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おことば 戦後皇室語録

島田 雅彦/新潮社



本著は、実際の皇族の発言を時代順に、島田氏の解説とともに編集されたもので、無限カノン3部作の2年後に、出版されています。

「おことば」は、新聞など、公的発言のみで、私的な発言は含まれていないので、折々に聞いたものや、歴史として知っているものばかりですが、こうしてまとめて読むことで、昭和、平成、未来へと、皇室が時代とともに歩んできた歴史が感じ取れます。

影響の大きい皇室の「おことば」は、慎重に考え抜かれているものだけに、血が通いにくいもののような印象もあったのですが、ここに集められた「おことば」をあらためて読むと、むしろ、考えに考え抜かれた結晶という印象。

島田氏は、その「おことば」ひとつひとつに解説を加えているが、天皇や皇室にごく普通に尊敬の気持ちをもつ一般の国民への文章としてバランスがとれている。

天皇の著作を多数出版されている原武史氏は、

「おことば」だけでは、昭和天皇ばかりか、昭和天皇よりも「お祭」に熱心な現天皇の姿をもとらえることはできないのである。

と、本書を評していますが、公表を禁じられた文章こそが「真実」とみる姿勢もいかがなものか。なにを伏せ、なにを公表するか、その決定があって、はじめて天皇の「おことば」であり、奇跡的なまでに永く続いた天皇の知恵の結晶だと思う。

本書は2005年の発行なので、悠仁さま誕生前なのですが、現在、雅子妃への批判は益々勢いが増している様子。男子を産めなかった雅子妃の苦しみの大きさを国民が理解できなかったという「結果」は、非の打ち所のなかった美智子妃の苦労や、前途洋々のキャリアウーマンだった雅子妃の受難を経て、もう輝かしい妃の誕生を期待することはできないでしょう。

紀宮は結婚によって平民になったが、女子の皇族の身分の不確かさを一向に考える気のない保守派は、果たして本当に「保守」なのだろうか。現在の自称保守派が、極短い日本の歴史感の中でのみ皇室をとらえ、利用している態度を見るにつけ、皇室の未来は明るいとは言えないと思う。「万世一系」が非科学的としても、皇室の廃れることのなかった長い歴史を、尊重しない態度の人には辟易とする。

日本の真の伝統は、形骸化した祭事ではなく、松岡正剛氏いわく、「一途で多様な国」。古代から一貫して「主題の国」ではなく「方法の国」であったこと。皇室の永い歴史には、現在の危機に対応する知恵があるはず。だとおもうのですけどね。。。

本書のきっかけとなった『無限カノン』三部作、すぐに読んでみたくなりましたが、『豊饒の海』4部作が、まだ『奔馬』の途中なので、だいぶ後になりそうだなぁ。。。

※章タイトルは本書どおり。見出しタイトルは異なります。

第1章 占領というどん底から
最初の「おことば」は、あの玉音放送から。占領時代〜マッカーサーが日本から去るまで。

第2章 「開かれた皇室」は大衆とともに
明仁皇太子の初めての外遊、皇族とは何かに悩む宮家、テニスコートの恋、「皇室アルバム」。。。

第3章 「象徴」天皇の黄金時代
東京オリンピック、万博、欧州訪問、2・26事件。。。

第4章 世界市民への道
明仁皇太子の沖縄訪問、昭和天皇の米訪問、戦後の帝王教育、皇族と帰国子女との共通点。。。

第5章 そして、昭和は終わった
皇太子夫妻の銀婚式、日韓併合、徳仁親王の理想のタイプ、正田家の哀しみ、紀子さま。。。

第6章 無関心にさらされて
中国訪問、皇室に嫁いだ雅子妃、皇太子の英国留学、皇室とキリスト教、失語症、皇族のマスコミ批判。。。

第7章 予測されざる危機
不惑を越えた皇太子、21世紀の皇室、「ゆかり発言」の衝撃、未来の皇室の憂鬱、「人格否定発言」の真意、女帝論議、適応障害、娘から見た皇后。。。
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【MARCデータベース】皇室はずっと、僕たちの隣にあった。玉音放送から人格否定発言まで、戦後60年の「おことば」から日本を照らすアンソロジー。皇室の方々の心の奥まで踏み込み、その目に日本や世界はどう映ったのかを探っていく。 新潮社 (2005/6/29)

波 2005年7月号より

「おことば」と「お祭」――島田雅彦と三島由紀夫
原 武史

 島田雅彦は、「無限カノン」と名付けられた『彗星の住人』『美しい魂』『エトロフの恋』の三部作において、皇室に対する並々ならぬ関心を示した。その点で「無限カノン」は、おそらく島田自身が意識していたように、三島由紀夫の最晩年の作となった『豊饒の海』四部作に酷似している。
 しかし、最晩年の三島が、『英霊の聲』にせよ「文化防衛論」にせよ、宮中で行われる「お祭」に注目していたのに対して、島田は天皇をはじめとする皇室メンバーが発する「おことば」を重視する。すなわち、三島が戦前、戦後を一貫する「お祭」に天皇制の最後の望みを託していたとすれば、島田は一九四五(昭和二十)年八月十五日の玉音放送から始まる数々の「おことば」のうちに、それがほとんど聞き取れなかった戦前とは異なる天皇制のかたちを見ようとする。このたび刊行された『おことば 戦後皇室語録』には、このような島田の問題関心が、鮮やかに反映されているといえよう。
 では、両者の違いはどうして生じたのか。三島は自決の一カ月前に、磯田光一に向かって「本当は宮中で天皇を殺したい」と本音を漏らしたほど、昭和天皇を呪詛していたが、天皇本人に会ったことはなかった。だが、何人といえども訪れることができないはずの宮中の賢所(かしこどころ)には、立ち入りを許されている。六六年一月三十一日付のドナルド・キーン宛手紙で、三島は「長篇(『豊饒の海』――引用者注)の取材で、この間宮中の賢所へ行つて内掌典に会ひ、平安朝の昔にかへつた気がしました」と書き、感激を率直に吐露している。
 一方、島田は宮中の賢所に立ち入ったことはない反面、皇室の一員であった高円宮憲仁とは、三軒茶屋の居酒屋でプライベートに会えるほど親交を結んでいたことが、『おことば』で明かされている。同書全体に滲み出る皇室に対する島田の親近感のようなものは、おそらくこのことと無関係ではないだろう。島田の「おことば」に対する関心も、実は個人的な体験に裏打ちされたものであるような気がしてならない。
 けれども、ここに収録された「おことば」だけで、戦後の皇室の歩みを語ることができると考えるのは、あまりに一面的である。本書では例えば、『入江相政日記』(朝日新聞社)に収められた昭和天皇や香淳皇后らによる多くの興味深い言葉が、ほとんど収録されていないからである。
 いや、そもそも「おことば」がすべて資料に残されていると考える方が間違っている。三島が注目した「お祭」における天皇の「御告文」のように、いまだに公表を禁じられた文章があることを忘れてはならない。皇居の外では即位以来、「日本国憲法を遵守し」「〔私自身〕韓国とのゆかりを感じ」「〔日の丸・君が代は〕やはり、強制になるということではないことが望ましい」などと発言してきた現天皇は、皇居の内では黄櫨染御袍(こうろぜんごほう)を着て神々の前でうやうやしく「御告文」を読み上げる「お祭」を、大小合わせて毎年三十回前後も行ってきた。
 私たちはその声を、決して聞くことはない。「おことば」だけでは、昭和天皇ばかりか、昭和天皇よりも「お祭」に熱心な現天皇の姿をもとらえることはできないのである。
 かつて三島には、日本政治思想史を専攻する橋川文三というよき理解者がいた。三島の言う「文化概念としての天皇」というのは、軍隊や近代国家の制度と直結した瞬間に「政治概念としての天皇」にすり変わってしまうものである――橋川は「文化防衛論」をこう批判した。しかし橋川の批判は、果たして正鵠を得たものであったか。宮中の賢所を訪れた三島は、そこで「お祭」が戦後も変わらぬまま続いていることに気づいたはずである。その体験を共有しなかった橋川は、究極のところで三島を見誤っていたのではないか。
 きわめて僭越ながら、私は島田にとって、三島にとっての橋川文三のような存在でありたいと念じている。ただし橋川がそうであったように、読者は往々にして著者の期待を裏切る。橋川が宮中の賢所を訪れることがなかったように、私も高円宮のような皇族と言葉を交わしたことはない。それを百も承知の上であえて言えば、天皇や皇族の「おことば」に「君徳の偉大さ」を学んだという島田は、宮中で続けられてきた「お祭」に「祭司かつ詩人である天皇のお姿は活きてゐる」とした三島を、もっと強く意識するべきではなかったか。 (はら・たけし 歴史学者)

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by yomodalite | 2009-04-12 20:29 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(0)

未確認尾行物体 (文春文庫)

島田 雅彦/文藝春秋




83年の「優しいサヨクのための嬉遊曲」以来、島田氏の著作を読んでいませんでした。正直永年にわたって本作のような佳作を書き続けられる人だとは思わなかったんです。謝罪!!

★★★★

[BOOKデータベースより]産婦人科医・笹川賢一にとってルチアーノとの出会いが破滅の始まりだった。この執拗なおカマの尾行者のために、笹川氏の世界はハチャメチャな逆転をとげる。優雅な「上流社会」からの脱落、家庭崩壊、そしてエイズ。その中で笹川氏が得た真理と救済とは?エイズを通じて人間の生の深淵をえぐる問題作。

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by yomodalite | 2007-03-24 19:35 | 文学 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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