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私と宗教/高村薫、小林よしのり、小川洋子、立花隆、荒木経惟...他

私と宗教―高村薫、小林よしのり、小川洋子、立花隆、荒木経惟、高橋惠子、龍村仁、細江英公、想田和弘、水木しげる (平凡社新書)

渡邊 直樹(編集)/平凡社




ダーリンの図書館本。返却日当日に、その魅惑的人選に気づいて慌てて読んでみる。

本書は『宗教と現代がわかる本』の2007年版から2011年版までの5冊に掲載した記事を再構成して纏められたもので、登場するのは、高村薫、小林よしのり、小川洋子、立花隆、荒木経惟、高橋恵子、龍村仁、細江英公、相田和弘、水木しげる。

宗教をもっているのは、日本では少数派と見なされているので、自分を多数派で、しかも「宗教」など反近代的なものだと思っている常識人(自分では知識人だと思っている場合がある)の人は、「カルト」など、本当にどんな意味かもわかっていないような、怪しい外来語で蔑んでみたり、判断を下すことに疑いをもたない人も多いですね。

わたしは、特定の宗教を信心したことはありませんが、関心はあって、様々な信者の方から、その宗教のバイブル的な本をもらったり話を聞いたりするのも好きです。でも勧誘を断れなかったということはないので、しつこい勧誘にあうのは、その宗教の欠かせない特徴というよりは、信者になった人と、自分との関係や、態度が原因となっていることも多いと思っているのですが、、

わたしに「ターゲット」としての魅力がなかったせいなのかもしれません(笑)

でも、どんな素晴らしい宗教も「豚に真珠」と同様で、信心する人の態度や、相性の問題が大きいと思うんですよね。

下記は、目次から。

高村薫「善男善女でない私がたどり着いた死生観が「空・縁起」なのです
・言葉でないことを言葉で書こうとした道元
・母の頭の中には仏教と近代哲学が同居していた
・キリスト教の「原罪」にはずっと違和感があった
・大震災の体験で、近代の合理主義から解き放たれた
・仏教を小説で書くことには、もともと大きな矛盾がある
・現代人に可能な形での発心のしかた、とはどんなものなのか

小林よしのり「わしの中の宗教心と近代主義をどう折衷するかが問題だ」
・靖国神社の霊は共産主義より強いというのか
・真言宗の寺で不動明王に見守られ、わしは育った
・仏教徒 vs マルクス主義者という両親の議論を聞いていた
・戦後の日本は「死の不安」を直視することを避けつづけて来た
・何かを伝えられるとしたら自分の「たたずまい」でしかない。

小川洋子「超越者ではなく伴走者としての神」
・お金に縁のない金光教がつつましい幸せを教えてくれた
・カウンセリング要素の濃い金光教独自の「お取次」
・神様は高みにいるのではない。信者と同じ地平に立ってくださる
・信じるものがあるから毎日を楽に生きられる
・私は死者の声に耳を傾けながらそれを小説にする「取次者」です

立花隆「ぼくが宗教嫌いになった理由」
・キリスト教に対して疑いを持つきっかけ
・日本と韓国に入ってきたプロテスタントは原理主義
・人間の感覚の持つ不思議さを宗教は利用してきた
・がん、ホスピス、臨死体験について
・ウィトゲンシュタインの『哲学宗教日記』のおもしろいところ
・自分自身の生涯の残り時間をどう使うか
・宇宙の問題に比べたら宗教を信じるなんて、ばかみたい

荒木経惟「照れるけど“幸福写真”はいい!!」
・60過ぎたらポートレート行くぞって、昔から決めていた
・笑顔のポートレートが最高!って思うようになった
・写真は被写体との関係が大事、デジタルはコミュニケーションを奪っちゃう
・写真にも人生にも、宗教にもエロスが必要

高橋恵子「女優という職業、そして信仰」
・「真如苑」と出会って先が明るくなり希望がもてた
・脳性マヒで亡くなった兄の供養をしたい
・さまざまな宗教との和合を説く「真如苑」の教え
・生まれて死んでいくのは自然のサイクル

龍村仁「おおいなるもの、目に見えないものをいかに映像化するかが最大の挑戦です」
・見えないもの聞こえない音をドキュメンタリースタイルで撮る
・自我の奥深いところですべてがつながっている感覚
・ジャック・マイヨールが私たちに教えてくれたこと
・生かされていることに気づくと、生きるためのエネルギーが湧いてくる

細江英公「ポンペイ、広島、アウシュビッツの悲劇を静かに伝える」
・大野一雄の踊りの基本には“生きること”がある
・数値化できないものの価値観を保っていなければいけない
・2000年前に絶滅した町は、今日の人たちに警告を発している
・間接的な原爆体験者として静かに語りかけること
・宗教宗派を超えてみんなが1つになって祈ることができればすばらしい

想田和弘「患者さんと健常者を隔てているカーテンを取り除く」
・誰が患者さんで、誰が患者さんでないのか
・ナレーションもBGMもモザイクもすべてなし
・宗教も精神科の世界も似たところがある
・参与観察の方法から「観察映画」が生まれた
・宗教の力が肯定的に発揮されると、大きな力になる
・映画の撮影後に3人の患者さんが亡くなった
・自分のシーンは使わないでほしい、と言われたら......
・「客観的真実」を宣言するドキュメンタリーへの違和感

水木しげる「宗教とアニミズムを分けるものは何か」
・80年代からは神のステージに入った
・縄文時代から続く精霊信仰の生き残りが妖怪
・不幸が訪れない場合、人は無宗教で平気
・文明社会でこね回したものは、だめ
・「素朴な祖先からの生活」に属しているかどうか
・「祖霊」との深いつながりのなかで生きてきた
・日々祖霊化する水木しげるはふるさとのように懐かしい


それぞれ現在活躍中の、魅力的な方々ばかりなので、共感もでき、また為になる内容ばかりなのですが、わたしには、高村氏が語っていた内容が印象に残ったというか、引っ掛かりを感じました....

なんて言っていいのかわからないのだけど、憧れの先輩が、遠くに行ってしまわれたというか、、元々、先輩はわたしとは違って「わたくしは....」という世界にお住まいの方ですし、ミステリー小説を捨てられたことには、寂しくても、しかたないなぁと感じで、シェイクスピアにも付いて行きますっ!という思いはあるんですけど、

「新リア王」の政治家の扱いとか、小沢一郎批判とか、大阪ダブル戦など、最近の高村氏の政治への積極的な発言を聞いていると(TVニュースは絶対に見ないようにしているので記事で確認しただけですが)、正直どう考えたらいいのかわからなくて、、、

たぶん、それは、シェイクスピアにも、ドストエフスキーにも繋がってないんじゃないかという疑問というか、違和感があって、そこから、高村氏の仏教の見方とか、日本の歴史とか、全部少しづつ違和感があってよくわからなくなっているのかなぁ....(原発脱却への賛否ではなく)。

立花隆氏は、その最盛期もそんなに読んでいるわけではないのですが『宇宙からの帰還』『臨死体験』など、科学と宗教の境界線を探る仕事をされて、また「現実」へとすんなり戻ってこられたところなどは、

最期に登場した、水木しげる氏が「ねずみ男」を常にバランサーとして配置していながら、最終的に神のステージに入ったと語るような「絶好調」と、逆なんだけど、同様に「イイ感じ」(本人にとっては)なのかなぁとか......

編者の渡邊直樹氏が言われるように、宗教について、私たちはもっと知らなくてはいけないし、もっとオープンに語ればいいと思いました。


最期に、編者である、渡邊直樹氏の「はじめに」から冒頭の詩を。

死んだら死んだで生きていくのだ

(草野心平の詩「ヤマカガシの腹の中から仲間に告げるゲリゲの言葉」より)

◎報道ステーション「直木賞作家・高村薫さんに聞く」
◎大阪ダブル選 私はこう見る/ショー化に危機感/高村薫氏 作家(毎日新聞)
◎高村薫さんの原発に関するNHKインタビュー《Togetter》
_____________

[内容紹介]『宗教と現代がわかる本』2007~2011年版に掲載された記事を再構成。日本を代表する10人の表現者が、「宗教」と自身のかかわりについて語る。3.11後の生き方を考えるために。平凡社 (2011/10/17)

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by yomodalite | 2011-12-05 20:34 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

ゴーマニズム宣言SPECIAL 新天皇論/小林よしのり

ゴーマニズム宣言SPECIAL 新天皇論

小林 よしのり/小学館




本書で、著者が主張する、直系優先〜女系公認に賛成し、小林氏のことも、もちろん、今上天皇のことも尊敬しておりますが、一点だけ、疑問というか不満をメモしておきます。

第7章「小沢一郎の天皇私物化を許さん!」の章で、天皇と中国副首相との会見を、羽毛田長官が「1ヵ月ルール」を理由に断った件を、小沢氏の天皇私物化と表現している点は、よしりんの「カン違い」ではないでしょうか?

この「1ヵ月ルール」は、米国には、平等に適用されてないですよね。

あのときの、鳩山首相と、小沢一郎は、これまでの米国一辺倒の外交からの脱却を試みたもので、日本と中国の未来を考えるうえで、重要な外交であったはず。これを、小沢の権力という「私益」のために「政治利用」とは....

【佐藤優の眼光紙背】羽毛田信吾宮内庁長官は尊皇のまこと心をもっているのだろうか?

羽毛田長官が、両陛下の信頼が厚いかどうかは、わたしには知る由もありませんが、(東北出身で、角栄直系とも言える、小沢氏に対し、現在の皇室が親近感を抱いていないことや、小沢氏側も同様であることは想像がつきますが...)

天皇が、米国要人には、頻繁に会われていることが「政治」とは関係がないとはいえないはずですし、昭和天皇が角栄を嫌っていて、共産主義を敬遠していたことは、今後の中国関係や、今上天皇にも、今後の皇室にも、受継がれていくべき「伝統」でしょうか。

本当に、よしりんは、中国要人との会見をここまで強く拒否する姿勢に、何の疑問も感じてないのでしょうか?

わたしには、そのことが、今後の皇室と、日本の未来にとって、良きこととは思えませんし、雅子妃、愛子さまへのバッシングとの関係も疑います。

陛下が、アメリカの人ばっかりに会っておられると、その度に「属国」なんだと意識させられ、やっぱり、中国とは独自に外交出来ないうえに、外務省だけでなく、天皇側近まで、ポチ。。って思う、よしりんファンも多いと思いますし、

小沢個人の私物化という意見は、かつて、親米保守を「ポチ保守」と喝破した、よしりんとは思えません。

昭和天皇〜今上天皇が築いて来られた「皇室」は、尊敬していますが、そもそも、皇室に、ここまで男子が生まれないという「謎」がある限り、宮内庁や、側近という存在を信用することは、わたしには出来ません。羽毛田長官は、厚生省の事務次官から、宮内庁入りした人....女系容認だけで、そこまでタッグを組む必要性があるんでしょうか。。

わたしは、直系優先も、女系にも賛成ですが、悠仁さまがお生まれになったときの今上天皇のお顔は、これまで見たことがないほどの「笑顔」でした。

結婚後の女子の皇族の身分に関しては、早急な改正が望ましいと思いますが、愛子様、悠仁様、そのどちらであっても、これまでの雅子妃へのバッシングの元凶がなんであったのかを探ることが、皇室繁栄のためには一番重要ではないでしょうか。そうでなければ、悠仁様のところに、嫁ぐ女はいませんし、大体、未来の「天皇」を誰が教育するんですか?

皇后陛下へのバッシングが何故起こったかについて、全然理解しないまま、雅子妃へのバッシングにノセられている「愚かな人々」も多いようですが、愚かな人々を煽動しているのは、誰なのかということに、よしりんが興味をもってくれればなぁと、ファンとして思いますし、

男系固執、万世男系がカルト化しているのは、誰でもわかることですが、よしりんも、ブレーンの高森明勅氏(1冊も読んだことがないのですが、、)から、妙な影響を受けておられないでしょうか。。。心配です。

本書は、全体を通して、女系の正当性と、男系のトンデモについての内容が、これでもかというぐらい、懇切丁寧に力強く描かれているので、冒頭での、この小沢一郎への個人攻撃と、中国要人との会見、今後の「天皇訪韓」阻止への違和感は、後半では忘れそうになるものの、やはり、この「違和感」は、見過ごせないものだと思いました。

☆関連する書籍(女系論には関係ありませんが)
◎『天皇財閥』/吉田祐二
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[内容説明]ゴーマニズム宣言SPECIAL新天皇論
いま皇室は千五百年来の危機に直面している。
天皇とは何か。それは私たちがいま考えなくてはならない。
だが、私たちは天皇の何を知っているのだろうか。
メディアが伝えない天皇のご真意。
教科書が教えない偉大なる女帝の歴史。
お世継ぎを巡る二千年の懊悩。
われわれは何も知らない。

全日本人必読!
皇室についてのあらゆる疑問に答え、すべての論争に終止符を打つ、
衝撃の書、ついに登場。小学館 (2010/12/15)

[BOOKデータベース]
メディアが伝えない天皇のご真意。教科書が教えない偉大なる女帝の歴史。お世継ぎを巡る二千年の懊悩。―われわれは何も知らない。

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by yomodalite | 2011-05-08 15:53 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(0)

世論という悪夢 (小学館101新書)/小林よしのり

世論という悪夢 (小学館101新書)

小林 よしのり/小学館




よしりん初めての文章のみの本は、『わしズム』2006年冬号〜2009年冬号までの巻頭コラム「天籟」を編集したもの。

内容は、メディア論、国家・民族論、社会・家族論、戦争論、日本無罪論、天皇論の6章。

中でも、単行本で大いに話題になった戦争論、書き下ろしの日本無罪論(『パール真論』)、天皇論は、中身の濃い内容になっています。

マンガがないことで、いつもより魅力は減少していますが、強力な説得力をもつマンガがない状態でも、氏の主張に簡単に反論できる人が多いとは思えません。
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【内容紹介】マスコミ・知識人の情報操作によって、「世論という悪夢」が生まれる。我々がそこから覚醒するために、必要な真の知性とは?
新聞・テレビが垂れ流すデマ、アイヌ問題や沖縄集団自決をめぐるタブー、天皇や戦争に関する無知……閉ざされた言論状況を打破する活字版「ゴーマニズム宣言」ついに見参。
'09年初頭をもって終刊した責任編集誌『わしズム』の人気巻頭コラム「天籟」に書き下ろしを追加。あのときの「ごーまん」は一つも間違ってなかったのだ。

【BOOKデータベース】マスコミ・知識人の情報操作によって、「世論という悪夢」が生まれる。我々がそこから覚醒するために、必要な真の知性とは?新聞・テレビが垂れ流すデマ、アイヌ問題や沖縄集団自決をめぐるタブー、天皇や戦争に関する無知…閉ざされた言論状況を打破する活字版「ゴーマニズム宣言」ついに見参。 小学館 (2009/8/3)

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by yomodalite | 2009-09-14 09:29 | 評論・インタヴュー | Trackback | Comments(0)

ゴーマニズム宣言SPECIAL天皇論/小林よしのり

ゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論 (小学館文庫)

小林 よしのり/小学館




最近では『おぼっちゃまくん』をパチンコに売ったことで話題のよしりんですが、果たしてそれは、80歳でも、持病があっても入れる“外資系保険”のCMに出演するタレントと比べて、それほど批判されることなのか、どうなのか、私には判断がつきかねますが、本書で、繰り返し登場している原武史氏の『昭和天皇』への言及には溜飲が下がりました。

『滝山コミューン1974』で、小学生時の記憶と現在の視点との混在を明瞭化できなかった原氏は「事実」に対して、学者(?)が持つべき重要な資質に欠けているように思います。原氏は新聞記者出身ですが、その職業の人によく見られる傲慢さで、ジャーナリストとしてなら時代の隙間ユーズに答えられる方とは思いますけど、歴史学者として、天皇を語れるような器の方とは思いませんでした。

ところが、その後、原氏が『大正天皇』『昭和天皇』など次々に出版し、毎日出版文化賞や司馬遼太郎賞など悉く受賞していることを知って大変驚きました。

大学でと天皇を研究している人に頭がイイ人はいない。というのは、天皇に関して、数十冊ほど読んできた感想ですが(カテゴリ「天皇・皇室」に20冊ほど収納)、天皇擁護派には、小室直樹、山本七平といった碩学がおられますが、天皇批判派は、揃いも揃って戦争時代の恨みつらみを親にあたるような幼児性に、いつまで経っても気付かない情念の人ばかり。昭和天皇以上に、理系脳の人は1人もいません。

それでも戦中に生まれた世代なら、そのアノミーも致し方ないかと同情もできますが、原氏は1962年生まれにも関わらず、天皇の実像へのイメージ支配が強すぎて、事実に、勝手な感想を付け加えることに疑問を抱かないのは『滝山コミューン』と同様で、個人史の範疇なら、許せても、一国の歴史にそのような態度でいいのかと思っていました。

しかし、現在日本の学者社会は、これで権威と給金がもらえるのですから、小林氏のように、出版だけで何人ものスタッフに給料を支払って、尚かつ、その権威と闘うだけの大衆性を獲得するような内容で、出版部数をも兼ね備えなくてはならない。そんな厳しい闘いに、正義のためなら餓死せよ!というような批判をできる大人がいることが不思議です。

本書は、個人主義者であった著者が、天皇への敬意を獲得していった個人史から始まっています。現在の日本の教育では、学校で天皇について教えられることは少ないので、一家に一冊あっても良いのでは?

原氏への不自然な報償を考えると、それぐらい売れてから批判したい本です。

◎参考書籍

『滝山コミューン1974』/原武史
『昭和天皇』/原武史

小室直樹の天皇本
・『「天皇」の原理』
・『天皇恐るべし—誰も考えなかった日本の不思議』
・『昭和天皇の悲劇—日本人は何を失ったか』

山本七平の天皇本
・裕仁天皇の昭和史—平成への遺訓-そのとき、なぜそう動いたのか
・昭和天皇の研究—その実像を探る
・昭和天皇全記録
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【内容紹介】戦後日本人が初めて天皇を知るときが来た!「天皇は神なのか」「宮中祭祀とは何か」「戦争責任はあったのか」誤解と偏見だらけの天皇観を正し、雅子妃や皇位継承をめぐる現代皇室の問題点にも鋭く切りこむ、最高の「天皇入門書」登場。
今上天皇、美智子妃、昭和天皇をはじめ皇室の知られざる秘話の数々に、驚きと感動が止まらない。大反響のSAPIO掲載分に描き下ろし200ページ超を加え、天皇陛下ご即位20年、天皇皇后両陛下ご成婚50年の年に放つ、著者渾身のシリーズ最高傑作。小学館 (2009/6/4)

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by yomodalite | 2009-06-17 14:43 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(4)

ゴーマニズム宣言EXTRA パトリなきナショナリズム/小林よしのり

ゴーマニズム宣言EXTRA パトリなきナショナリズム

小林 よしのり/小学館

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パラオを通してみた日本統治時代、命の大切さを考える傑作マンガ『ザ・樹海』、『戦争論』以降のプチナショナリズムへの危惧から、ゴー宣『沖縄論』その後。親米ポチ(エセ右翼)への従来からの批判に加え、『沖縄論』の沖縄以外での反響の薄さなど、ゴー宣本の中では印象の薄かった本著だが、『ザ・樹海』のマンガとしてのレベルの高さ、『沖縄論』への補足も、2007年時点で力の衰えていない小林氏の凄みを感じた。これを含め07年以降のゴー宣は未読だったのですが、やはり全部読まなくては、と改めて思わされました。
_______________

【出版社/著者からの内容紹介】『わしズム』連載中の好評シリーズ単行本化
小林よしのり苦悩す——日本のナショナリズムに火をつけ戦後の言論空間に地殻変動を巻き起こした『戦争論』から9年。日本に出現したのは「危険なナショナリズム」だった。ネット右翼、ネオリベ一派の「偏狭なナショナリスト」は小林よしのりが『戦争論』によって昂揚させた「愛国心」から生まれたのか? 日本に真のナショナリズムは育ちつつあるのか? 今回はパラオ現地取材による「日本統治論」、自らの故郷・福岡から「美しい国」を描く「パトリ(故郷)とナショナリズム」、挑戦的意欲作の「国家と結婚」、など新しいテーマが満載。さらに語り下ろしと漫画による“沖縄戦スペシャル”、ギャグ漫画「ザ・樹海」なども特別収録する。小学館 (2007/6/14)

【目 次】
日本統治論①
日本統治論②
パラオ取材日記
ザ・樹海① 「ニートとフリーターと愛国オタク」
『戦争論』以後の愛国心について
ザ・樹海② 「命を大切にしない奴を嫌う奴」
真の不安、偽りの不安
パトリなきナショナリズムの危険
ザ・樹海③ 「リストラ一家」
国家にとって「結婚」とは何なのか?
特別収録/新ゴーマニズム宣言 沖縄戦編
インタヴュー『沖縄論』、その後
第1戦 ひめゆり語り部に関する試験問題
第2戦 ひめゆり学徒隊の証言を読む
第3戦 対馬丸の悲劇は日本軍が悪い?
沖縄取材日記
第4戦 同調圧力の島・沖縄
沖縄講演会『沖縄論』を語る



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by yomodalite | 2008-06-09 22:46 | 戦争・軍隊 | Trackback | Comments(0)

私の「戦争論」 (ちくま文庫)/吉本隆明, 田近伸和

私の「戦争論」 (ちくま文庫)

吉本 隆明,田近 伸和/筑摩書房

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全くタイムリーではありませんが、『よせやぃ。』があまり面白くなかったので、「思想界の巨人」が墜ちたのはいつだったのか知りたくなり読んでみました。

小林よしのり氏への批判は、戦争を直に知っている者として至極普通のものですが、小林氏の作品が、マンガ作品として第一級であるのに比べ、吉本氏の「戦争論」は思想書としてどうなんでしょうか? 氏には国際政治を語るような知識があるのでしょうか? ビルダーバーグ会議が何かすら知らない気がするのですが・・

いち早く進歩的左派から抜け出たことが「思想界の巨人」という称号の由来だったと思うのですが、それ以降は何があったのでしょう? 私には、未だに氏の偉大さがよくわかりません。論争というケンカが強かっただけで、本物のインテリではなかったのではという疑問すら。。。

糸井重里や副島隆彦氏が、現在でも吉本氏へ高い評価を送っていることを考えると、またチャレンジしなくてはと思いますが、とりあえずしばらくはいいかな〜。

☆その後に読んだ本で考えがかわりました....
◎日本語のゆくえ/吉本隆明
_____________

【MARCデータベース】小林よしのりの「戦争論」をはじめとして最近新たに再燃してきた「戦争」にまつわる論議を契機に、「戦後思想界の巨人」が遂に日本人と国家、個と公を解き明かす。間違いだらけの「戦争論議」を批判し、再び「戦争」を語る。

【BOOKデータベース】戦争とは何なのだろう?国家と個人とはどちらが重い?「思想界の巨人」が素朴な疑問の一つ一つに、ていねいに答えるように解り易い言葉で語った「戦争論」の決定版!自己の戦争体験を冷静に語り、今日もなお繰り返される旧来の保守派と進歩派の不毛な論議を根本からくつがえす。「戦争自体がダメだ」「エゴイズムは肯定されるべき」等々、ラジカルかつ、明解な論理が展開される。 筑摩書房 (2002/07)

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by yomodalite | 2007-11-05 23:33 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

新ゴーマニズム宣言SPECIAL 沖縄論/小林よしのり

新ゴーマニズム宣言SPECIAL 沖縄論

小林 よしのり/小学館




『戦争論』以上とも言える力作。ネットでは反米、嫌韓、反中国というラベルに沿った一言批評が跋扈し、小林氏の労苦が報われるような賛同も批判もあまり見られませんが、この本が「沖縄」に果たした役割はきっと大きいと思う。

この本の記述がデタラメであると考える人々の、「反論するのもバカバカしい」などと言う手法はお仲間以外には通用しない。小林氏の個性は、『戦争論』で発揮されるより、沖縄問題にマッチしていると思う。

東京裁判でのパール発言や、慰安婦・南京虐殺の否定にこだわり過ぎるよしりんには、危惧を抱くが、真のインテリを見抜くリトマス試験紙としての「よしりん」の存在は貴重。

『サピオ』六月十二日号のチャルマーズ・ジョンソン氏による沖縄論

■チャルマーズ・ジョンソン氏の日本論の核心


 アメリカは戦後約六十年、第二次世界大戦の勝利の遺産をタテに日本に軍事基地を置き、アメリカの好みにあった諸政策を日本に高圧的に押しつけてきた。今の日本はそのアメリカの軍事的、経済的ヘゲモニーの下で機能しているのにすぎない。つまり日本はアメリカによって割り当てられた範囲の中で外交政策を立案、実施しており、その政策のほとんどが国際社会におけるアメリカの目標を達成させるための補完的な役割を果たしているにすぎないのだ。その意味では悲しいことだが、日本政府は先進民主主義国の中でも最も破滅的に不能な政府の一つだと言っていいだろう。 

 以上が、チャルマーズ・ジョンソン氏の日本論の核心である。それにしても、これまでの日本がアメリカの軍事的、経済的ヘゲモニーの下で機能していたにすぎないと言い切るのは、何とも見事という他はない。
 私自身、遅々とした足取りながら、日本の「失われた十年」を研究しているが、戦後の日米関係にその謎を解く鍵があると考えているところである。

■チャルマーズ・ジョンソン氏の自民党・小泉論

 一九四九年以降、政権の座についてきた自民党は腐敗し、無能化しているだけではない。遺物化しているのだ。かつて反共の橋頭堡としての役割も、官僚制支配の「公の表紙」としての役割も今や無用の長物になってしまった。
 確かに二〇〇一年四月、自民党の一般党員たちが大ボスや幹部たちが推す総裁候補を蹴って、変人だがカリスマ性のある小泉純一郎氏を選んだときには、陳腐で古めかしい自民党に新しい息吹がでたのではないかと思わせた。だが、その小泉首相が実質よりスタイル、真の改革よりも口先だけの変革に終始し始めるやいなや国民はその見せ掛けのリーダーシップに再び失望してしまったというのが現状ではなかろうか。

 こうしたことを言いながら、チャルマーズ・ジョンソン氏は、今日本が必要としているのは、アジアにおけるアメリカン・ヘゲモニーに終止符を打つ、本物の政治指導者が実権を握れるような政治システムを作り出し、再び産業政策を打ち出せる人物の登場を切望している。もちろん、チャルマーズ・ジョンソン氏は民主党とは明言していないが。
 しかし、これは叶わぬ夢でしかない。この窮状を打開できるのは、私たち労働者の他にはいないのである。

■チャルマーズ・ジョソン氏の沖縄論

 なぜアメリカは沖縄に地上軍を駐留させておきたいのであろう。
 その第一の理由はカネだ。日本政府は沖縄や田の日本国内に米海兵隊や他の部隊を駐留させているのに必要な経費を二十億ドルも支払っている。これは他の「同盟国」に比べたら非常に気前のいい話だ。
 沖縄は一九世紀に日本に力ずくで併合された日本の本州とは異質の文化を持つ国家だった。その意味ではアメリカがプエルトリコやハワイを併合したのによく似ている。そうしたこともあって日本人は沖縄県民に対して、かつて植民地化した朝鮮や中国、台湾の人々に対して抱いているのと同じような根強い優越感を持っている。事実、アメリカはこうした点を踏まえて日本全土土地面積の一・六%しか満たない沖縄に七五%の米軍基地を置くという差別的な政策をとってきた。
 今ひとつ、米軍が沖縄を手放さない理由は、沖縄が好きだからだ。生活環境は米本土よりずっといい。すべての施設は米軍経営で、地元沖縄当局の管轄権は一切及ばない。これこそ米軍が沖縄から出てゆきたがらない大きなインセンティブになっている。
 また米軍の沖縄駐留は米兵による地元婦女子に対する暴行、傷害事件を生み、殺人事件まで起こしている。飲酒運転していた米兵たちのひき逃げ事件、環境汚染、住民たちの市民生活を絶え間なく妨害する戦闘機やヘリコプターの騒音などそのどれ一つとってみても、アメリカ市民だったら絶対に許されない行為である。

 チャルマーズ・ジョンソン氏の沖縄論は、ここで読むことができるように極めて的確なものだといえる。ここには、一部の日本人の意識における沖縄に対する差別意識を明確に指摘している。沖縄の闘いが、なぜ全国化しないかは、私たち自身に突きつけられた問題でもある。

■チャルマーズ・ジョンソン氏の「沖縄はアジアの『ベルリンの壁』論」

 沖縄はかつてのベルリンの壁によく似ている。それは日本および他の東アジア地域全体をアメリカが占領しているというシンボルである。もし沖縄が反植民地的反乱を起こしたら東アジアのアメリカン・パワーの牙城は音を立てて崩れ落ちるだろう。
 ペンタゴンとその追従者である日本政府は間断なき圧力で沖縄県民の抵抗をくじいてきた。沖縄県民は日本の国会には何らの影響力もない。外務省はアメリカというパトロンのために沖縄県民を食い物にし続けてきた。
 そうした中で沖縄県民はもはや圧制者への直接的な抵抗は諦め、日本政府から出来るだけカネを引き出そうという戦術に切り換えたかに見える。沖縄県民は県知事や重要な市の市長に親自民の人間を選んでいるし、国内最悪の失業率にあえぐ若者たちは本土政府からの助成金増額のみを望んでいるというのが現状なのだ。
 そうした中で、沖縄問題を平和裡に解決する方法は、日本政府がアメリカに対し沖縄からの米軍撤退を「懇願」せざるを得ないような、大規模な大衆蜂起を誘発させる「事件」でも起こることだ。

■チャルマーズ・ジョンソン氏の結論

 日本政府のそうしたスタンスは中国や他のアジア諸国から賞賛されるだろうし、それこそ日本がついに成熟した独立民主主義国家となったことを示すシグナルにもなるだろう。


山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20080318/1205801359

[引用開始]
〜曽野綾子や小林よしのりが大見得を切って断言する「確実な証拠が出たら……」という時の「確実な証拠」とは、驚くべきことだが、いわゆる「軍命令書」のことであり、要するに軍が正式に文書化した「公式文書」のことなのである。むろん、そんな軍命令を記録した公式文書が発見される確立は極めて低いことは誰にだってわかっているわけで、そのことを知っているが故に、つまり「軍命令はあった……」論が成立するはずがないとタカをくくっているが故に、小林よしのりも曽野綾子も大見得を切っているわけなのだ。
[中略]
〜だから、僕は、以前から、「軍名命令はあった……」論にも「軍命令はなかった……」論にも、むろん「軍命令はあったか、なかったか」論にも、興味はないと言って来たのである。
[中略]
〜「軍命令はあったか、なかったか」という二者択一的な前提論が、集団自決をめぐる議論や論争の共通の前提的了解事項として常に成り立つというわけはないし、成り立たなければならないというわけもないのだ。その種の前提的了解が確認され議論や論争が成り立ったところで、それはその時のその場の論争や議論に参加している当事者達の中での了解事項に過ぎない。議論の前提そのものを認めないという人が、これからも続々と出てくるだろう。それでは、この論争や議論に終わりも決着もないではないか、と言う人もいるかもしれないが、しかし、論争や議論と言うものは、元々そういうものなのだ。
[引用終了]

山崎氏のブログの冒頭には
「文藝や哲学を知らずして政治や経済を語るなかれ!!!」とあるが、日本の政治学が「文学」でしか語られてこなかったことに今の日本の幼稚な政治があると思う。文学者である山崎氏には仕方のないことだが、政治的判断という身も蓋もない現実の冷徹さを描くにはむしろマンガは文学より向いている。山崎氏はマンガ的レトリックという表現で、マンガで政治を語る事を貶めているようだが、政治を文学で語ってきた日本の政治評論界にレトリック以外の何があったのか。それゆえ「レトリック」の幼稚さばかりが気になるのだろう。文学は政治で救われない「魂」のためにあるのではないのか。山崎氏は沖縄の集団自決の犠牲者に、自分の言葉が届くと思っているのだろうか。。。「論争や議論と言うものは、元々そういうものなのだ。」とタカをくくって文学者が政治を商売のネタにできる時代がもう永くないことを望む。マンガで政治を語る「マンガ保守の時代」は終わったと、山崎氏は再三言いたいようだが、文学で政治をで語ることも、もういい加減終了して欲しい(小声のみ可)。「マンガ保守」の反対だからと言って、「文学革新」とか、「文学左翼」とは言い換えできないなぁ。だって「革新」でも「左翼」でもなく、「恨」の感情があるだけじゃん。よしりんに大人の対応ができないでどうして「知識人」と言えるのか。
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【出版社/著者からの内容紹介】戦後60年の節目に怒濤の400枚で問う
『戦争論』『台湾論』から5年。構想、執筆1年。戦後60年の節目に、大幅書き下ろし、怒濤の400枚で問う問題作。これはゴーマニストから日本人への新しい挑戦状だ! 第1部…沖縄を考える(米軍ヘリ墜落と基地問題)、第2部…琉球王朝とは何か?(海の王国の物語)、第3部…沖縄戦後史(これが封印された祖国復帰の歴史だ)、最終章(歴史とクニガラ)。真夏の紫外線の中、恐る恐る沖縄に降り立ったゴーマニストは、沖縄の基地、現状を目の当たりにし、やがてその深層に潜む沖縄のアイデンティティと歴史へ足を踏み入れていく。沖縄の戦後史を救ったある政治家の一生、最後に降り立った「神の島」で捧げた祈り…これまでの対立軸に凝り固まったイデオロギーではとうてい立ち向かうことのできない思想的挑戦! しょくん!受けて立てるか!? 小学館 (2005/06)

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by yomodalite | 2007-04-03 18:45 | 戦争・軍隊 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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