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副島隆彦と行く、福島バスツアー[2]2012.4.29

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photo : 2012.4.30



2012年GWの福島は、とてもとても桜がキレイで、田畑が荒れていました。

下記は、副島隆彦と行く、福島バスツアー[1]の続きです。


◎2012.4.29(日)

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三春の旅館から、浪江町「長泥」へ。


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まだ出来て間もないように見える「山茶屋小学校」(閉鎖中)


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廃校になっている小学校の近くには、様々な計測機械があり、それぞれの機械には「Climatec」「極地研」「京都大学 防災研究所 城戸由能」のシールが貼られている。

◎Climatec
◎城戸由能のホームページ
◎国立極地研究所



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そこから、少し離れたところにある、元は畑だったような場所の「土」を採取する。

ツアー参加者には線量が高い土が人気で(笑)、副島先生は「すぐ線量が落ちちゃうんだよなぁ」「事故直後のもっと線量が高い頃の土を保存しておきたかった」と言っておられました。私もジップロックに詰めて持ち帰り。せっかくなので食べられるような「ハーブ」の栽培にでも使用してみたいと思ってます。



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この場所の空間線量


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地面に近いところ(この機械はアルファ波も感知するもの。数値が高く出ることが多い)


長泥から飯館村へ。



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飯館村役場前の線量計

役場の周囲には、飯館村の素晴らしさがよく伝わるコミュニティセンターなどの施設が充実していて、休日にも関わらず、地域の老人住宅を巡回している住民によるパトロール隊や、そこを憩いの場にしている住民の方などが大勢おられました。



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素敵な施設だなぁと写真を撮ったところで、住民の女性2人に「どちらの団体ですか?施設内の撮影の許可は?」と質問される。その質問から瞬間的に、住民にとって、自分の家の中を撮影されたような気持ちなんだなぁと理解する。

「どういう目的で?」と言われたので、副島氏の原発事故直後からの活動や、福島の復興を心から応援していることなどを、手身近に説明し、住民の方が読むのに、1番相応しいと思った著書『放射能のタブー』をメモして渡す。

「福島の食材は危ないと思ってるんでしょ?」と言われるので、ここにいる人はそうではないと思っているから来ていると言うと「でもね、あなたたちは、たまに食べるだけでしょ。私たちは安全だって言うのも、危険だっていうのも複雑なんです」と言われる。「そうだよねぇ」と思う。

能で感じることも、身体で感じることも、それぞれの能力や感性の違いによって、感じ方もいろいろあると思う。ただ、遠くにいながら、自分が気持ちが悪いと思うことを、他人に押し付けようと一生懸命になり過ぎる人には、何か目的があるのか、もしくは、あまりにも自己中心的過ぎるように感じられる。

私個人は、数年前まで2年ごとに引っ越ししてきたほどの「引っ越し好き」なので、どんなに便利な場所であれ、生まれた場所から一歩も出ない人が1番理解できないし、以前の福島が好きだった人、ここに良い思い出がたくさんある人には、起きてしまった変化は堪え難いものかもしれないけど、でも、今の福島から「未来」が見えるひとも大勢いると思う。


飯館村から、最近、警戒区域を解除された「小高」地区(南相馬市の原発20キロ圏内)へ

◎福島県南相馬市小高地区(MAP)


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南相馬の「道の駅」。


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海岸はずっと遠くなのに、津波の水がまだ全然引いていないところも多い。

◎[youtube]ほぼ一年前2011年4月9日の「小高」

映像内にある倒壊した建物は、現在もそのままのところも多く、
道路封鎖になる部分だけ片付けたという印象。


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田村市にある「ひふみ農園」へ。

ひふみ農園とは何か?ということを説明したいんですが、実は私にもよくわかりません。

◎同月2012年4月にひふみ農園に行かれた方のブログ

日月神示は、明治生まれの岡本天明の自動書記によって降ろされたとされる神示で、1990年代から中矢伸一氏の著作により、一般にも知られるようになったもので、原文を解読し漢字仮名交じり文に書き直されたものを「ひふみ神示」と言い「ひふみ祝詞」という真言というか、神聖視される呪文があるらしい。

◎日月神示(Wikipedia)

中矢氏は、福島の地に大変なエネルギーを感じておられるようですが、私にはさっぱりわからないし、副島氏も「さっぱりわからない(笑)」とは言っていたものの『放射線怖い派』に相対するという点で意気投合し、新著では対談もされているようです。

◎中矢伸一氏の「今週の一言」福島を真に復興させるために必要なこと

岡本天明は、大本教の流れを汲んでいる人で、中矢氏の本も副島ファンよりは、ベンジャミン・フルフォードが好きな人にウケそうなんですが(フルフォード氏とも対談本あり)、私は外国産の「アセンション系」には興味がないのですが「大本」には若干興味があるので、この本は読もうかな。

◎「日月神示 立直しの「超」暗号」(アマゾン)

◎関連エントリ「日本を動かした大霊脈/中矢伸一」

4月29、30日の福島は初夏を感じさせる暑さですこぶる快晴、ときどき梅や、しだれ桜も多く見られ、福島全域で美しい桜が楽しめました。

◎東日本大震災の現場(26)福島県南相馬市小高。これが被災者の今年の「花見」
◎東日本大震災の現場(27)南相馬市小高地区の倒壊した文化財、織物工場
◎東日本大震災の現場(28)福島県南相馬市 新田川の桜並木で聞いた話
◎東日本大震災の現場(29)相馬市 中村城跡の桜
◎東日本大震災の現場(30)福島県三春町「滝桜」と「内出の桜」

三春町の「滝桜」は遠くから見てもめちゃめちゃ大きくて満開になるとハンパないです。しかも夜になるとライトアップされて…


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この日の晩は、旅館で先生を囲んで宴会。


翌日、最終日はいわき市へ。四倉海岸、Jヴィレッジ、小名浜漁港を見て、郡山駅で最終解散となりました。

Jヴィレッジ周辺は警戒が激しく、写真撮影も禁止。建物に損傷は感じられないものの、フットサルコートにまで東電の寮が建てられていて、もうサッカー施設には戻してもらえないような気がして、寂しい思いがしました。小名浜漁港はお土産が豊富なんですが、海鮮関係は築地より高くて、手が出ず。

それと、副女(副島ファンの女子のこと)の方とは、修学旅行のときより、いっぱいおしゃべりしたかもw




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by yomodalite | 2012-05-02 14:26 | 311関連 | Trackback | Comments(10)

日本を動かした大霊脈/中矢伸一

日本を動かした大霊脈

中矢 伸一/徳間書店




読みたい小説もいっぱいあるのだけど「英雄」が気になって・・・ 特にまだあまり知られていない英雄となると、つい、ふらふらと惹き付けられてしまいます。そんな「英雄」好きで、尚かつ、明治のイケメンに目がなく、玄洋社などの右翼の源流にも興味がある人、そして、堀川辰吉郎の名前に、なんとなく「ン?」、どこかで聞いたことある、と思われた人。そう、堀川辰吉郎とは、あの中丸薫が、自分の父親だと言っている・・

つまり彼女が、あの御方の孫だと言っているのは、この父(?)の伝説によるものなのですが、、

私は彼女には興味ないので、そこはあっさり通過しておきますね。

堀川辰吉郎には、世界各国に48人の妻と88人の子供がいます!!!!(←本人伝)

ですから、彼女は、辰吉郎の子供だとしても、88分の1なんですが(笑)、彼はそのすべてを把握していて、全員に充分な養育費用などの面倒を見ていたようなので、彼女が当時の日本ではありえない待遇を受けていたのは、その恩恵による可能性はあると思います。

いずれにしても、結局「志」が違うということなんじゃないでしょうか。「血」で受継がれるものは、極わずかですからね。

では、どーでもいい人のことは、そんなところで、

堀川辰吉郎と“霊脈”に関して「はじめに」から、省略して引用します。

激動の時代には、天の配剤によるものか、神の仕組みによるものか、通常人のスケールでは計れないような大人物が、多数出現するようだ。

社会がむしろカオス状態に陥るような、旧体制が崩壊して新秩序が生まれる変革の時期には、第一級の「大人物」が現れて歴史に名を遺す様々な仕事をする。

維新前後の時は吉田松陰、高杉晋作、坂本龍馬、西郷隆盛、勝海舟などなど。日清戦争の時は乃木希典、児玉源太郎ら軍人たち。

ところが、名前が知られていない、超ド級の人物もいる。宗教家でいえば出口王仁三郎などがそうだし、右翼で言えば頭山満である。彼らの名前はとくに若い世代には知られていない。(中略)いわゆるタブーの領域にカテゴライズされてしまう人たちだから、当然である。

彼らの生き様は、破天荒で型破りであった。だが、それは1人よがりのものでなく、大勢の人々の心をまとめ、あるいは影響を与えるなどして、ひそやかに、かつダイナミックに歴史を動かしたことは事実である。そのことは、彼らの死後何十年が経ったとしても、心ある歴史研究家によって正しく評価され、記録されるべきであろう。

彼らは同じ時代の空気を共有しながら、どこかでつながっていた。(中略)彼らを動かしていたものは果たして何だったのだろうかと考える時、私はそこに「魂」レベルにまで及ぶ深いつながりを見る。

そうしたエネルギーが厳として存在し、悠久の太古から現在に至るまで、脈々と息づいているような気がする。

これを本書では「霊脈」と表現するとしよう。

この「霊脈」から、日本やアジア、そして世界をまたにかけ、陰に陽に活躍した大人物が現れた。

堀川辰吉郎の名前は、まったくと言っていいほど世間には知られておらず、まさに無名の存在と言ってよい。しかし、堀川辰吉郎という不思議な人物がこの世に実在し、日本男児として威風堂々と、世界をまたにかけて平和運動を行ったことは事実なのである。


と、スゴいひとみたいです。

著者の中矢伸一氏は、「日月神示」に関する著作で有名な方(未読)のようですが、レガリアとか「神盤」などという文字に、またもや「ン?」と思われた方もご安心ください。

その手の“風味”は、あまりなく、資料が少なく謎に包まれた「堀川辰吉郎」の軌跡を、丁寧に調査されいて、『日本週報』という雑誌の「不思議な人物-堀川辰吉郎一代記」という連載の内容紹介や(実際に交流のあった作家・森田哲郎のインタビューが基本)、辰吉郎が晩年、神盤を預けた「いのちの会」の森蔭彬韶氏への取材も、たいへん興味深いものでした。

また、上記にある、出口王仁三郎、頭山満、日本やアジア、世界をまたにかけ....という部分ですが、

こどもの頃から、大悪童で、校長を川に投げ込み、ヤクザとも喧嘩してしまう辰吉郎に、福岡では行く学校がなくなってしまい、井上馨と頭山満が相談して、東京の学習院に入れるのですが、そこでも、とんでもない問題を起こし、ついに、頭山翁の案により、孫文の預けられたのが15歳のとき。(王仁三郎との関係は下記の四章を参照)

孫文は、このとき「日本の若宮として革命戦争に使わせていただきましょう」と語ったそうです。

第一章は、幼少期から井上と頭山が、教育係としてついているなど、出生の謎に関する内容。

第二章「孫文と辰吉郎」
現在の米国の飼犬のような日本の右翼とは、まったく異なり、アジアのために命を賭して孫文を守った、日本の志士たちのこと、また高貴な雰囲気の美男のうえに、胆力があり、男ですら、その美しさに目を奪われた辰吉郎の、初恋だったかもしれない恋のエピソード、孫文の密使となった辰吉郎に、もっとも入れ込んでいたのが、あの張作霖だったなどなど。

第三章「大陸の空を駆けめぐる」
孫文の生き様から、彼が日本を愛し、辰吉郎を可愛がり、清朝末期の革命の時代の、日本と中国の志士たちの話が綴られていますが、辰吉郎自身は、晩年まで、それを饒舌に語らなかった。

第四章「真の世界平和実現のために」
辰吉郎は、敬州蜂起の失敗後、孫文とは合流しなかった。「不思議な人物-堀川辰吉郎一代記」では、孫文の片腕と称された辰吉郎のことが、他の文献では一切出て来ない謎。十数年を大陸で過ごし、帰国した後、彼は日本の政界にも影響を及ぼすすものの、この頃から、政治より宗教という考えだったらしく、中国最大の慈善事業団体「世界紅卍字会」の名誉会長に就任する。

大本教は、第一次大本弾圧事件のときに、満蒙へ潜入。あやうく処刑されそうになったところを救ったのが、辰吉郎だったらしく、大本と世界紅卍字会を結びつけることに骨を折る。辰吉郎が志向するするところは、常にアジアの平和と安寧だった。

ジュネーブで行われた世界平和連邦会議にも何度も出席し、威風堂々と、世界中の女性と関係し、その落とし胤が、中共にもソ連にも、アメリカにもフランスにも、対立する世界の両側の至るところに、成長していると演説し、沸き返るような拍手と「サムライ・ホリカワ」の異名を轟かした。

第五章「日本を動かした霊脈」
大正13年の神戸、孫文の「大アジア主義」と題された講演。その根本は

「苦しみを受けたアジアの民族が、どうしたらヨーロッパの強い民族に対抗できるかという問題であります。簡単に言えば、非圧迫民族のために、不平等を取り去る問題であります。圧迫を受けた民族はヨーロッパにもあります。侵略政策を行う国家は、たんに外国の民族を圧迫するだけでなく、自国の国民を圧迫しています。わたしの説く大アジア主義は、正義にもとづき不平等をなくするためのものです。」

そして、講演を締めくくる言葉として、

「あなたがた日本国民は、欧米の覇道の文化を取入れていると同時に、アジアの王道文化の本質ももっています。日本が今後、世界文化の前途に対して、西洋の覇道の番犬になるのか、東洋の王道の牙城になるのか、それはあなたがた日本国民がよく考え、慎重に選ぶことにかかっているのです」

この言葉は、生涯にわたって日本と日本人を深く愛し続け、それゆえに、この国の心ある人々に対し、大きな期待を寄せていた孫文の、最後の言葉だった。

大アジア主義から、大きく遠ざかり、西洋に憧れ、自らも覇道を求めて、敗れた日本では、この頃の「英雄」たちは「タブー」となり、埋もれていった。なぜ「タブー」になっていったかを考えれば、

今また訪れようとしている「アジアの時代」に、学ぶことが多い本かも。。。

[参考サイト]
◎大本教の系譜:中丸薫と堀川辰吉郎の「誇大妄想」革命
◎明治のイケメン(10)堀川辰吉郎という怪人  
◎堀川辰吉郎と内田良平
◎神盤・レガリア
___________

[MARCデータベース]堀川辰吉郎は、大本の出口王仁三郎、右翼の大ボス頭山満、辛亥革命最大の功労者孫文らと密接につながっていた。日本を歴史を動かした「霊脈」とは何か。巨人・堀川辰吉郎と霊脈のレガリアについて描く。徳間書店 (2002/12)


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by yomodalite | 2011-02-17 20:49 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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