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三島由紀夫の『美しい星』が原作と知って、観に行かねばと思った映画。

吉田大八監督は、この作品だけは自分が映画化すると、原作に大変な思い入れがあったとは聞いていたものの、最初、物語の中心となる一家の父親が、地球温暖化に危機感を抱くテレビ番組の気象予報士だということに、小説との違いを感じて、ちょっぴり不安を感じつつ観ていましたが、徐々に1967年に発表された小説の斬新さを、現代に甦らせようとする熱意が伝わってきて、原作を読んでいる人にも楽しめる映画だと思いました。

『美しい星』は、UFOや宇宙人が登場することで、三島作品の中でも異色だと紹介されることが多い作品ですが、実は、これこそ三島由紀夫!と言いたくなる、三島にしか書けないような作品で、

この小説はきわめて耽美的、芸術至上主義的であり、もっとも社会的でありながら、もっとも反現実的である。明治以来の日本の近代文学にかつてなかった型破りの小説・・・
人類の運命に関する論争の場面は、手に汗を握るような迫力・・・ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の「大審問官」の章を思い浮かべた・・・
作者は核兵器という人類を滅亡させる最終兵器を自らの手でつくりだした現代という状況をふまえて、人類の存在の根源を問おうとしているのだ。(新潮文庫、奥野健男氏の解説より)

というような小説なんですよね。

映画では、リリー・フランキーが演じている一家の父親がコミカルで、宇宙人だと意識している家族と、政治家との関係なども、かなり単純化されていて、耽美的とか、芸術至上主義的な印象もないと思いますが、知性も感情も劣化した現代では、三島が描こうとしたレベルを想像することさえ難しくなっていますし・・。

没後何年も経ってから、作品に出会った者には信じられないことですが、文学者だけでなく、あらゆる分野の中でも、日本最高の知性を持ち、死の瞬間まで「流行作家」だっただけでなく、小学生でも知っているほどの「有名人」でもあった三島は、きっと、この映画を楽しんで観たでしょう。

遠い未来を見通すほどの鋭い知性と、完璧な美を追求する繊細な感覚。この両方を兼ね備えた、数百年にひとり現れるかどうかというような稀有な天才が生み出した作品を、いつか、私たちが理解できるときまで、今後も三島作品がたくさん映画化されますように。

小説は、見てから、読んでも、また違った感じですごく深いです!



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by yomodalite | 2017-06-01 09:52 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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☆瀬戸内旅行(2013.8.20)「八幡神社」の続き


瀬戸内国際芸術祭のため、マイカーも「草間弥生Ver」にチューンナップ!というのは、もちろん嘘でw



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直島から犬島行きは、フェリーがないので、車を駐車場に預けて高速小型船に乗ったのだ。


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快晴が続いて、地元の人も特に暑いという毎日だけど、


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この澄み切った風景に、やっぱり来て良かった!と思ってしまう。。


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今日は、犬島精錬所美術館へ。


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犬島精錬所美術館には、日本の近代化のあり方に警鐘をならした
三島由紀夫をテーマにした、柳幸典氏の作品があり、
三島が住んでいた松濤の家の部材が利用され、
写真の作品は『英霊の聲』をモチーフにしています。

◎YANAGI yukinori「精錬所」
◎YANAGI yukinori「家プロジェクト」



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三島由紀夫による『英霊の聲』の朗読(字幕付き)




三島由紀夫インタヴュー








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by yomodalite | 2013-08-27 08:55 | 日常と写真 | Trackback | Comments(3)
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6月の終わり頃のこと。

このときは、つまんない。。と思ったものの、やっぱり、こんな近所に紀伊国屋の立派なお店があるなんて、すごくラッキーなので、ずっと手をつけなきゃと思っていた、エマソンの本を探しに行ってみた。

老舗の大手書店であっても、海外の古典の品揃えには期待できないことが多いものの、大都市・大阪の旗艦店なら、、と思ったんだけど、大阪だけでなく、東京でも、エマソンの洋書の在庫がある店舗はなく、

和書も想像どおりの在庫しかなかったので、しかたなく、以前から気になってた『天人五衰』のエンディングが英語でどうなってるか知りたかったので『The Decay Of The Angel』を買って、


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そのあと府立中之島図書館に行ってみた。
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ここは蔵書数はすごく少ないのだけど、建物が素敵で入ってみたかったのだ。

本当に素敵な建物なんだけど、そんな素敵な気分で長くいられるようなスペースはないので、外に出て、川沿いのカフェに入る。



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古い建物や街並が美しいような場所は、中之島や、堂島周辺だけでなく、オシャレなお店は、横浜よりずっと多く、東京よりも多い。というと、「えっ」て思う人も多いかもしれないけど、本当に、中身でなく、見た目も、東京より“そそる”お店が
このあたりに限らず多い。

写真のお店は、フロムNYなので、味は「スタバ」程度なんだけど、東京で同じようなロケーションにある店よりはずっといい。


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個人個人のファッションは、男女ともに、東京の方が圧倒的にレベルが高くて、
オシャレも、仕事も出来る女子のレベルもすごく高いと思うけど、

街も、建物も、味も、サービスも、
都会人としての、人の洗練度も大阪の方が上だと思う。

オリンピックに対して、市民の反対運動が起こらないなんて
東京はどんなに成長しても、成熟できない都市なんだろうか。。

いつからか、東京は同じ系列の店ばかりが増殖して、個性的な独立系の店舗は、どんな形態の店にしろ、すごく少なくなって、それは全国的な傾向だと思っていたのだけど、大阪の方が、まだ「インデペンデント」に力があるみたい。

お茶してるときに、川沿いの公園で開催してた橋下市長への反対運動が、遠くから聞こえてくる分だけでも笑える内容で、ますます「差」を感じてしまう。

東京は、昔から情報に先導されやすい場所だけど、その発信源の質が年々低下しているだけでなく、一元化されているからかな。。


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同じ川沿いに、東京でも見かけたような建物が。。



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兜町にもあった光世証券と同じ造りは、永田・北野建築研究所の設計で、特殊レンガの中空積という手法らしい。

『The Decay Of The Angel』のラスト。。


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Cynthia Hopkins : The Truth: A Tragedy




cero - 大停電の夜に





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by yomodalite | 2013-07-04 09:41 | 日常と写真 | Trackback | Comments(13)
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年末とか、お正月に観た映画から良かったものをちょっぴりメモ。HDに溜まっていた録画からなので、新作映画ではありませんが。。

『ノルウェイの森』

私はそんなに村上春樹のファンというわけではないので、映画化と聞いても「むつかしそうだなぁ」と思ったぐらいで、そんなに注目していたわけでもなく、公開後、いくつかのレヴューを目にしているうちに、ますます興味が薄くなっていたのですが・・とても見事な作品でした。

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そんなにファンではないといっても、村上作品は結構多く読んでいて、なかでも「ノルウェイの森」は、もっとも印象に残っている作品。でも、熱心なファンのひとのように、あの場面とか、あのセリフが、ということはなくて、ただ、主人公が、私の「初めての男」によく似ていて、登場人物に、自分が投影できる人物がいて、、それで、他の作品より印象に残っているんですね。

出演された俳優は、全員がこれ以上は考えられないほど、ベストな配役で、観る前は「どうなの?」という感じだった、菊地凛子は、登場した瞬間、彼女でよかった。と思うぐらい素晴らしく、主人公の松山ケンイチは「私の男」にそっくりで、、

わたしは、自分の「恋愛」のことをたくさん思い出して胸が熱くなりました。

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事前に情報を何も知らなかったのだけど、観終わった後、トラン・アン・ユンの脚本・監督だと知って納得。彼の『青いパパイヤの香り』は、その雰囲気が大好きで、めずらしく何度も観てしまった映画。まだ観ていない『夏至』も観てみなくちゃと思いました。

◎映画『ノルウェイの森』オフィシャルサイト



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「ハーブ&ドロシー」

現代アート界のアイドル。といっても作家ではなく、コレクターの老夫婦の話。

郵便局員のハーブと、図書館司書のドロシー、ふたりの楽しみは現代アートを買うこと。購入する作品を選ぶ基準は、自分たちのお給料で買える値段と、1LDKのアパートに収まるサイズであること。そして、彼らは購入した作品を決して売らない。。

30年の間、買い集めた作品は慎ましい部屋の隅々にまですき間もないぐらい詰め込まれ、ソファの置き場所もないぐらいになっていた。そして、ついに、アメリカ国立美術館が動く。これまで、どの美術館からの話も断ってきたふたりでしたが、、



ふたりが買ってきたアートは、いわゆるコンセプチュアルアートとか、ミニマルアートと呼ばれるようなもので、一般的に難解だとか、これが芸術だとは!と、批判されることが多い。

私は、美大出身だとわかったとたんに「どうしてピカソの絵はあんなに高いのか?」という質問をされた経験が何度もあるのだけど、そういう質問を「堂々とする」人は、私の経験では100%、K大の経済学部の人で、

たぶん日経新聞などで、オークションの記事を見て疑問に思ったのだと思うのだけど、株式市場の上下動や、実体経済とはかけ離れた市場を見ていて、どうしてピカソの絵の値段だけを「高い」と思うのか、不思議でしょうがなかったけど、当時は、私自身もよくわからなかったので、大抵の場合は「美術史上の価値なら少しはわかりますが、価格に関しては、マーケットを創っている人たちによるものなので、わかりません」と答えていた。

私が会ったK大経済学部の人たちとはまた別の人たちは、現代アートはユダヤ人による「マーケット」でしかない。と思っている人も多い。

いずれにしても、彼らはそれらの作品に疑問をもっていて、それが不当に高いと思う感情から、嫌悪感を抱き、作品も、作品を創る人も「詐欺」だと感じているのだ。

価値がわからないなら、買うこともないわけで、それなら騙されて買わされるという「詐欺」にあうこともないのに、世の中に、自分の価値観にそぐわないものに高値がついていることが許せないと思う人は多いようで、日本でも、村上隆氏を批判する人は多い。

現代アートは宗教だ。という人も多い。彼らは、概ね宗教を「詐欺」か、前近代的な遺物だと思っていて、意識的か、もしくは無意識に、科学やお金を信仰している。

わずかな収入のほとんどを現代アートを買うことに費やす、
ハーブとドロシーが何を買い、何で魂が満たされていたのか? 
それを知りたい人はぜひ!

◎『ハーブ&ドロシー』公式サイト

◎映画「ハーブ&ドロシー」日本公開版予告編



◎[Amazon]ハーブ&ドロシー(DVD)



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『人斬り』

去年から「日本映画チャンネル」では、やたらと勝新が登場して、今までなかなか見られなかった『警視K』が始まってしまったり、我が家の録画機の、勝新占領率はますます増えていく一方。。

そんな大好きな勝新ですが、座頭市にハマり過ぎているからか、目が開いているときの彼に違和感を感じることが多いんですね。勝新は、顔が可愛らしすぎるというか、子供っぽくて、現代劇でも、時代劇でも、座頭市のような人間的な深みに到達するのは、他の役ではむつかしいと感じてしまうことが多い。。


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この映画で、勝新が演じているのは、司馬遼太郎の小説から「人斬り以蔵」の名で有名になった岡田以蔵。私は司馬史観で、幕末を見ることに飽き飽きしているのですが、この映画では、大好きな勝新が岡田以蔵を演じているだけでなく、大好きな三島由紀夫が「人斬り新兵衛」こと田中新兵衛を演じ、劇中で切腹シーンもあるので、絶対に見逃せない作品だったんです。


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監督は五社英雄、脚本は、黒澤映画の数々の傑作を書いた橋本忍、龍馬役の石原裕次郎や、仲代達矢も重要な役で共演し、その他の豪華キャストが華を添えているだけでなく、すべて意味のある出演となっていて、流石、勝プロダクション制作!

座頭市以外では、なかなか魅せられることができない純真さと凶暴さをあわせもつ、勝新に相応しい役で、1969年の公開当時は8月だったようですが、わたしはお正月映画としてとても満足しました。

◎勝新太郎「人斬り」テレビ初放送
◎『人斬り』goo映画

*全部観たわけではありませんが、この映画の三島は、これまでになく自然な演技で魅力的。切腹シーンも残酷な場面に弱い私が見てもだいじょうぶで、素晴らしい演技でした。

*勝新お奨め情報/作品数が多い勝新ですが、最初に見るべきなのは「座頭市」で「兵隊やくざ」「悪名」は見なくていい。また、座頭市は、初期より後期が完成度が高く、映画より1時間のTVシリーズ『新座頭市』は、マイケル・ジャクソンのダンスに匹敵するような彼の完成された立ち回りと、凝縮された脚本、さらに勝新の監督した回なら、彼の類いまれな音や映像のセンスにも驚かされるはず。

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by yomodalite | 2013-01-06 16:51 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

隠された歴史 そもそも仏教とは何ものか?

副島 隆彦/PHP研究所



猛暑の中、もっと軽いエンタメ本を望んでいたにも関わらず、仏教とは何か?というテーマの本に齧りついてしまいました。

副島氏は、今年の8月までに、『中国は世界恐慌を乗り越える』『ロスチャイルド 200年の栄光と挫折』『国家は有罪(えんざい)をこうして創る』『中国 崩壊か 繁栄か!?』『欧米日 やらせの景気回復』『ロン・ポールの連邦準備銀行を廃止せよ』 『アメリカが作り上げた“素晴らしき"今の世界』などなど、熱心なファンでも読み切れないほど、多くの著作を出版されているのですが、

私は本書に一番期待していて、発売直後に急いで読み、出版社の「仏教についての衝撃の宗教論」という宣伝に嘘はないと思いました。いわゆる日本仏教的な考えに慣れている人だけでなく、日本最高峰のインド哲学者で、仏教学者でもある中村元氏の著者を読んできたような方でも、知的興奮を覚える内容で、衝撃をうける箇所も、人によって様々ではないでしょうか。

副島氏の熱心な読者にとっては、この本は『時代を見通す力』の続編という部分もあり、また、副島氏の先生でもある小室直樹氏の宗教論から、さらに展開された内容になっていると思いました。

本書の中から、副島氏が出した結論を、3つだけ紹介すると、

◎キリスト教と仏教は、同じである

◎般若心経は、ブッダの教えとは異なる

◎ブッダもイエスも大乗仏教ではない

ということ。

副島氏は、ブッダとイエスは同じ思想をもっていて、2人の共通点は、この世のすべての人間を現世の苦しみから救おうとしたという点で、だから、副島氏はブッダとイエスが大好き!だそうです(はぁと)

ですが、、、残念なことに、

ブッダとイエスの「救済」は、失敗に終わり、人類の救済はなく、おそらくこれから先もない(ぐっすん)

とも書いておられるんです。

「人類の救済はない」これからも、、ない。

ということに、ショックを受ける方も多いかと思いますが、

ここが、すごく大事なところで、、

私は、本書を読む前から、私たちが知ることができる人物としては、マイケル・ジャクソンと三島由紀夫だけが、本当にそのことを理解していた。と思っていました。

それは、ここでは書ききれないので「マイケルと神について」という記事を書き始めましたが、ものすごく長いので、くれぐれも副島ファンの方はご覧にならないでくださいw

さて、本書は赤線を引きたいところが、多過ぎる本なのですが、

第六章「般若心経になぜ仏陀の名前は無いのか?」から下記をメモしておきます。

(p142から省略して引用しています)

「中論」は「すべては無である」といっているのではない。「有」とともに「無」を否定しているのである。西洋のアリストテレス以来の実在論では、有か無かどちらかである。有でければ、それは無、無である。無でなければ有なのである。ところがナーガルジュナを始祖とする仏教の論理(副島隆彦註。すなわち、それはブッダその人の教えではない)はそうは考えない。

江戸前期の臨済僧である至道無難(しどうぶなん)が主張した「草木国土、悉皆成仏」
(『仮名法語』)の中に、

草木も 国土もさらに なかりけり 仏といふも なおなかりける

という歌がある。(臨済宗の)祖師の1人である仏教僧が、空(くう)を説明して人々を教え導くために「仏はいない」と公然といっているのである。

破天荒の秀才と言われた法然は、さらに激しい。法然は、どんなに仏法を学んでもどうしても納得することができず、栄西(ようさい)の元を訪れて、仏について質問した。栄西が答えて曰く。

「仏などいない。いるのは狸と狐ばかりである」(中略)

キリスト教はヘレニズム世界(ギリシャ文明)を通過したときにギリシャ思想の洗礼を受けており、アリストテレスの実在論を根強く受継いでいるのである。だからどうしても、「無」であれば「有」ではないと考えてしまう。

しかし、(ナーガルジュナによって作られた西暦2世紀から後の仏教によると)実在論を否定する。実在論と、形式論理学を超えるナーガルジュナの論法を用いる。そのため以後の仏教とは、「無」であると同時に、「有」であっても、それで一向に平然としていられる。「仏なんか無い」といったそばから、仏様を肯定し仏様に礼拝し、仏像をつくってこれにもまた礼拝する。(中略)まさしく、一切は、空であるからである。(中略)

西暦150年にナーガルジュナ(龍樹)によって創られた大乗仏教は、キリスト教のマリアさまが阿弥陀如来と観世音菩薩となって、その中に組み込まれた。「般若心経」=中観派の思想は、ゴータマ・ブッダ(釈迦)その人の思想とは異なるのだ、と強く主張する。私にとっては、このことは重要である。そして「空とは無である」「死ねばすべて無となる」とする法相宗の立場を私は決然として支持する。

小室直樹先生は、この法相宗という、ブッダその人の思いを最も正しく強固に保持している宗派について、次のように鋭く解説した。それはまさしく「輪廻転生」の否定である。

以下、『日本人のための宗教原論』のP208~210から、本書より省略して引用。

法相宗の徹底的解説、これが『豊穣の海』の大切な1つのテーゼなのだが、残念ながら、この点を学者も宗教者も文芸評論家も指摘していない。宗教を知らないからなのだ。これまでの大方の評論家や読者は『豊穣の海』を輪廻転生の物語と理解している。(中略)聡子の言葉を正当に解釈し、理解すれば、三島が言っていることが理解できる、つまり、人間の魂が輪廻することはない、ということである。(中略)

唯識の思想は大変難解だが、一言でいえば、「万物流転」、すべてのものは移り変わる、ということである。(中略)

結論から言えば、魂の輪廻転生を否定した三島は、
生まれ変わって復活するのは何かという宿題を読者に残した。


(小室氏の文章引用終了)

私は、この法相宗の立場を支持し、三島由紀夫を愛惜し追慕する。(中略)

ここから「般若心経」そのものを解説する。まず、このお教の全文を私なりに分かった自分の翻訳文を載せる。(←本書でお読みください)

私の理解では、このお経はブッダの弟子の舎利子(シャーリープトラー)が書いて伝えたもので、さらにその上に龍樹が自分の「空」の思想(中観)を混ぜ入れて書いた、とする。(中略)

このお経には、ついにゴータマ・ブッダその人は現れなかった。ブッダはどこに行ったのだ。観音菩薩(アヴァローキテーシュヴァラ)と舎利子に、説いた(教えた)のはゴータマ・ブッダその人であるだろうか?そんなことは、どこにも書いていない。

(後文略。引用終了)

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[目次]

第1章:お釈迦様の教えはどこへ行ったのか
日本人がうっかり信じ込んでいること
マグダラのマリア?
観音菩薩、弥勒菩薩の「菩薩」とは何か
大仏は大日如来である
チベット仏教の思想
GODは神(かみ)ではなく天(てん)と訳すべきだ
お釈迦様と観音菩薩
ブッダとキリストが望んだ人類の救済はなかった
日本ではブッダと阿弥陀如来の像は区別がつかない
人類の文明は2500年前から下り坂/修行の主流は出家すること
カースト制度を激しく嫌ったお釈迦様)

第2章:2世紀頃、仏教にキリスト教が流れ込んだ
ギリシャ、ローマの影響を受けたガンダーラ美術と仏教伝来
敦煌の仏教壁画
私が2000年にすでに書いていたこと
キリスト教の影響を受けた観音様はマリア様

第3章:ブッダの言葉こそ本当の仏教
釈迦=ブッダの一生
ブッダが必死で修行した町
「無益な苦行を行うことは、どうも無駄なことだ」
ブッダの死語250年を経て現れたアショーカ王
根元のところで仏教を理解する
輪廻転生は仏教思想ではない
仏教を教団化した極悪人デーヴァダッタ

第4章:宗教の中心は「救済を求める思想」
「人間は死んだら全て終わりであり、消滅し、無に帰る」
龍樹がつくった大乗仏教
救済を求める思想
救済を求めない自力としての禅宗

第5章:救済思想の否定として生まれた禅宗
中国人仏僧がさまざまな仏教の宗派を生み出した
「何者も信じない」禅の思想
『臨済録』の真髄/禅は徹底的に自力
密貿易の文書作成係だった日本の臨済宗の僧侶
禅僧の思想が行き着いたもの

第6章:般若心経になぜブッダの名前は無いのか?
262文字の般若心経
小室直樹先生による空の思想の解説
輪廻転生の否定
副島隆彦による般若心経の翻訳
大乗の「四諦八正道」(したいはっしょうどう)などについて

第7章:「悪人正機説」を解体すると見えてくること
「世尊布施論」(せそんふせろん)こそは日本に伝わったキリスト教の「聖書」そのものである
悪人正機説の本当の意味/親鸞の教え
キリスト(教)あるいはブッダ(=仏)教における「愛」
キリスト教と仏教は、同じである

第8章:法華経を通じて見えてくる大乗仏教の正体
法華経について
観音経は法華経の一部

第9章:現代の阿弥陀如来の姿
インドの神さまたち
大日如来はチベット仏教で密教の仏様
現代の阿弥陀如来は何になって生きているか―結論
ハイデガーの「最後の人論」とガルブレイスの「ゆたかな社会」
オタク(ナード)こそが人類の新しい進むべき道である
コミケに行ってわかった現代の阿弥陀如来

第10章:道教とキリスト教
『三国志演義』の義兄弟の思想
中国の道教も起源は伝来したキリスト教であろう
中国を侵略した悪いイギリス
阿弥陀、観音様を信じながら、「キリスト教を信仰している」と言った中国人女性たち
人類のあけぼのはバグダッドのシュメール人

第11章:現代と救済
空海と最澄
空海が言った弥勒下生(みろくげしょう)
キリストの復活と再臨

あとがき



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by yomodalite | 2012-08-03 08:14 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)
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般若心経に関する本て、ものすごくたくさんありますよね。といっても、私はつい最近まで、ほとんど興味がなくて、、尊敬する小室直樹氏が、名著『日本人のための宗教原論』

(以下大幅に省略して引用)

そもそも、現代の日本に残っているのは、本来の意味での仏教とは言いがたい。いや、現代のみならず、日本に入ってきたときから本来の仏教とは変質していて、日本に広まるにつれ、さらに変質は拡大し、、(中略)

有名な「色即是空、空即是色」という文言にしても、一切のもの(色)は実在しない、それが「空」であるという理解をする人もいるけど、それは「唯物論」ではないか。一切のものを否定する仏教の本質とは「唯物論」に他ならない。。

この批判は、インドでは盛んになされた批判である。仏教を本当に理解するには、この「仏教は唯物論ではないか」という批判から入っていくのがよい。この批判に答えるために、インド仏教は苦心した。(中略)

仏教が、魂を否定するとは「魂」という実体が存在することを否定するという意味なのである。

日本人にとって、この難解無比な仏教哲学の最も手頃な解説書は?と問われれば、筆者は三島由紀夫の『豊穣の海』四部作を挙げる。

法相宗の徹底的解説、これが『豊穣の海』の大切な1つのテーゼなのだが、残念ながら、この点を学者も宗教者も文芸評論家も指摘していない。宗教を知らないからなのだ。これまでの大方の評論家や読者は『豊穣の海』を輪廻転生の物語と理解している。(中略)聡子の言葉を正当に解釈し、理解すれば、三島が言っていることが理解できる、つまり、人間の魂が輪廻することはない、ということである。

結論から言えば、魂の輪廻転生を否定した三島は、生まれ変わって復活するのは何かという宿題を読者に残した。(中略)

仏教は、元来、エリートのための宗教である。高度な哲学体系を持ち、厳しい修行を要求する。仏教は、体を痛めつけるような苦業こそ要求しないが、その修行の厳しさたるや、尋常一様なものではない。

(引用終了)


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と言っておられたので、私は、日本人が仏教をなんとなく理解できるかのように思っていることは、その神髄とも言われる「般若心経」を曲解することになりかねないので、生半可な解説書は絶対に避けようと思っていたんですね。

誰の本とはいいませんが、ほんのちょっぴり読んだだけで、それのどこが「空」なの? と言いたくなる本が多いと思うんです。

そんなわけで、「般若心経」を読むのは、もっと年をとってからでもいいかなぁとも思っていたんですが、三島由紀夫へのマイブームを発端に、仏教本も少し読みたくなってきて、、仏教は、近代科学の先駆けとも言われ、最新科学に至り、科学は仏教に追いついたとも言われています。それゆえ、科学者であり、こちらの本で感動した経験もある、柳澤氏の本には期待していたんですけど、期待以上だったというか、

ページを開いてすぐに「わぁ!」と声をあげてしまいました。

表紙から受ける印象よりも、中身の方がずっと素敵で、堀文子さんの絵も見開きで、何枚も使われています。薄い本ですが、自分にも知人へのプレゼントとしても素敵。



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下記は「あとがき」から。(省略して一部を引用しています)

「般若心経」について、どうしてこのような現代語訳が出てくるかといいますと、私は次のように考えました。これは私の解釈であって、絶対に正しいというものではありません。みなさんにはみなさんの解釈があるのだと思います。

私は釈迦という人は、ものすごく天才で、真理を見抜いたと思っています。ほかの宗教も同じですが、偉大な宗教というものは、ものを一元的に見るということを述べているのです。「般若心経」もおなじです。

私たちは生れ落ちるとすぐ、母親の乳首を探します。お母さんのお腹の上に乗せてやるとずれ上がってきて、ちゃんと乳首に到達します。また、生まれたときに最初に世話をしてくれた人になつきます。その人が見えなかったり、声が聞こえないと泣きわめきます。このように、生まれ落ちた時点ですでに、ものを自己と他者というふうに振る舞います。これは本能として脳の中に記憶されていることで、赤ちゃんが考えてやっていることではありません。

けれどもこの傾向はどんどん強くなり、私たちは、自己と他者、自分と他のものという二元的な考え方に深入りしていきます。元来、自分と対象物という見方をするところに執着が生まれ、欲の原因になります。

ところが一元的に見たらどうでしょう。二元的なものの見方になれてしまった人には、一元的にものを見ることはたいへんむずかしいのです。でも、私たちは、科学の進歩のおかげで、物事の本質をお釈迦さまより、少しはよく教え込まれています。

私たちは原子からできています。原子は動き回っているために、この物質の世界が成り立っているのです。この宇宙を原子のレベルで見てみましょう。(中略)

あなたもありません。私もありません。けれどもそれはそこに存在するのです。物も原子の濃淡でしかありませんから、それにとらわれることもありません。一元的な世界こそが真理で、私たちは錯覚を起こしているのです。(後文省略・引用終了)


本書は、こんな感じで、上に、柳澤氏の現代語訳。下欄に、原文があります。



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また、リービ秀雄氏の英訳は、原文と、その意味、英訳、という3つが比較できるページにあります。こちらは柳澤氏の文章の英訳ではなく、原文から訳されたもののようです。(その部分はまだよく読んでいませんが、、)「般若心経」の英語本は多く出版されていて、ネット上で読めるものをいくつか見たのですが、リービ秀雄氏の訳は、それとはまた違う印象でした。


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さらに、般若心経の原文全文と、その読み方が書かれたページもあって、もう至れり尽くせり。

で、肝心の柳澤氏が読み解いた、日本語訳なんですが、、、

言おうか言うまいか迷ったのですが、私は11ページまで読んで「ARE YOU Listening?」を読み直しました!

大いに自覚はあるのですが、やはり重病なのかもしれませんw。そんなところも含めて、是非ご確認を!

☆☆☆☆☆(満点)

◎[朝日新聞]本当に苦しむ死に直面 生命科学者・柳澤桂子さん

◎[Amazon]生きて死ぬ智慧

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[出版社・著者からの内容紹介]/生命科学者による現代詩訳・般若心経絵本。当代きっての生命科学者・柳澤桂子と生命曼荼羅を描き続ける人気日本画家・堀文子が合体! いままでで、最も明晰な日本語と最も美しい映像で般若心経に込められた「いのちの意味」が感得できる。リービ英雄の英訳付。小学館 (2004/9/18)



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by yomodalite | 2012-07-14 11:59 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)
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☆ 正編『三島由紀夫が死んだ日』

続編で、私が最も印象的だったのは、10歳のときに、三島由紀夫と「煉瓦亭」で対談した神津カンナ氏が、9歳で出版した「詩集」を見せたときのエピソード。これまで、大学生との対話からも感じた、誰にでも、真摯な対応をしてきた三島が、子供にも同様に真剣で優しい態度で接していたことが伝わり、また、神津氏が、その後に読んだ多くの「三島論」にしっくりこないと言われている点にも共感しました。

他にも、三島の研究者である井上隆史氏による、三島が大学時代につけていた「会計日記」など最新資料の分析や、楯の会の制服を発注した当時の西武デパートの社長で、文学者でも辻井喬氏による、神奈川近代文学館での講演、衝撃的な写真集『薔薇刑』の写真家として、事件後、写真を求めようとするマスコミに「事件とは無関係」と断りつづけた、細江英公氏、

あの日を「最期の悲劇のために選ばれた日」という蜷川幸雄氏は、アートシアター新宿の横の露地にあった「蠍座」という、三島が書いた看板がある劇場を、若き演劇人の域に、三島が遺した「傷跡」だと語り、

詩人で、三島に関わる詩も書いている高橋睦郎氏は、今こそ三島の「喪明け」だと言い、彼の死を様々な「独断」から解放してあげなければならない時期ではないかと言う。三島はサービス精神旺盛で、出会った誰もが、自分こそが三島さんと一番親しかったと思い込ませるところがあると。


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なんだか、知れば知るほど「あの人」と似ていると、私は、またもや思ってしまうのだけど、でも、三島も、MJも、誰も「独断」から、逃れることはできないけど、どんなに誤解を受けても、語られなくなることを望んでいないから「サービス精神」が旺盛だったんじゃないかなぁ。。

最後は「豊穣の海」の第一巻『春の雪』を映画化された行定勲氏で、エピローグは、事件の日、家に帰ると、母が自分が「後追い自殺」するかもしれないと心配して(実際に当時後追い自殺した若者が何人もいた)、目を泣き腫らしていたという映画評論家で、2005年『みやび 三島由紀夫』を監督された、田中千世子氏による「自決から遠く離れた人々に生きる三島」など… 私には、続編の方が興味深いと感じる点が多々ありました。

『みやび 三島由紀夫』(Amazon)

下記は、三島の『命売ります』に触発されて『自由死刑』を書き、『豊穣の海 四部作』を意識して『無限カノン 三部作』を書いたという、島田雅彦氏の “「みやび」なアナーキスト” という文章から。

三島由紀夫をこれから、あるいは、もう一度読んでみようという人に、ぴったりな素敵な文章だったので、そこから、大幅に省略・簡略化して、ちょっぴり紹介します。


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いわゆる三島事件が起こったとき、私は小学校3年生(9歳)で、「俳優がハラキリしたらしい」と思ったのでした。考えてみれば、三島由紀夫の名前を9歳の子供も知っていたということ自体、当時の日本における三島の知名度の高さを物語っています。(大映の「からっ風野郎」に主演し、時代劇で人斬りの役を演じていた)

その後成長するに従って、三島由紀夫の傑作群を読んでいくことになるのですが、それと同時に三島が、とても1人の人間が成し遂げたとは信じられないような多彩な活躍をし、いかに幅広く、かつ深く日本の文化に影響を与えたのかを、驚きを伴って知ることになります。そういう三島を、私はかねてから「多面体」と呼んでいます。


日本文化の広告塔 MISHIMA

世界各国から、20~30人の人が一堂に会して「私の国の人物であなたたちが最も影響を受けたのは誰ですか」と聞いていくゲームが、アメリカのある都市で、35人が参加して行う機会がありました。すると、三島由紀夫の名前を、ほとんどの国の人がベストスリーの中に入れたのです。三島が日本文化の広告塔としての役割を、戦後から現在に至るまで一貫して果たしてきたことは、日本人にとって極めて有利な点だといえます。

三島1人がいてくれたおかげで、日本は自国文化の世界的なコンテキストというものを与えられているので、欧米はじめ、どんなに日本の歴史や日本文化に対する知識が普及していない国に行っても日本文化に対するパースペクティブが既にある程度できていて、それに寄りかかることができる。

三島は自ら日本文化を広く知らしめるための広告塔たらんとして「ジャポニズム」とでも呼ぶべき欧米人が日本文化に期待するエキゾチシズムの要素を意識して作品に取り込むというようなことを、かなり自覚的に行うというサービス精神まで示していたのです。


純文学作家と大衆作家の一人二役

三島は「多面体」であると述べましたが、まず、彼の本業である小説の分野だけ考えても、果たした役割は実に多様なものでした。本来、純文学作家と大衆作家の二人に分散されるべき役割を1人で担うことができた極めて稀有な作家だったのです。30数年間の文筆生活において、これだけの膨大な作品の分量を生産しようと思ったら、夜に酒など飲んでいる場合ではない。二日酔いなどになっていては絶対に書けない。常に朝しっかりと目覚めて、深夜に及ぶまで書き続けなければ到底生産できない分量です。

10年に1度は純文学の成果としての名作をよに問うていた訳ですが、そうした純文学作品だけでは、とてもあれだけの作品量には到達しません。その合間合間に、勤勉なる労働によって無数の大衆向け作品をも生み出したというわけです。

こうした刻苦勉励の賜物とはいえ、三島由紀夫ほど存命中に同時代的な人気を獲得した作家もめずらしい。同時代的に人気のあった作家の作品と言うものは、普通は忘れられるものですが、三島の作品は没後35年たった今でも皆に読まれている。


ゲイカルチャーと世界進出

サブカルチャー(というよりアングラカルチャー)の中でも、三島が特に積極的にコミットしたものの1つに「ゲイカルチャー」というものがあります。戦後、特に60年代から70年代にかけて、他の作家に先駆けて海外に紹介されたのは、谷崎潤一郎、川端康成、そして三島由紀夫でした。この3人は、言ってみれば日本文学の王道と目されていた私小説からは、かなり逸脱した作品を書いた人たちですが、彼らに共通し、当時の欧米において日本文学に何が求められていたかといえば、それが実は、3人とも「同性愛」の世界を描いていたという点なのです。

この3人の作品を翻訳して紹介したサイデンステッカーや、ドナルド・キーンらに代表される日本文化紹介のパイオニアとなったジャパノロジストたちの多くは、戦時中は主に海軍で日本軍の暗号解読に従事していた人々です。戦争が終わってやることがなくなった彼らの多くが、戦後は自分たちの趣味の追求に走り、日本を極めて「美的な世界」として紹介することになったのですが、その重要な要素が実は同性愛だったのです。

こうしたジャパノロジストたちの嗜好を見抜き、自らの作品が海外で翻訳されることによって世界に対する日本文化の広告塔たらんとした三島は、欧米人のジャポニズム、エキゾチシズムへの欲求に応えるためのサービスの重要な要素として、同性愛を巧みに作品のテーマに取り入れたのだと考えられます。

(引用終了)


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実際の、島田雅彦氏の文章は、もっと内容豊富で、上記で紹介していない「見出し」には、戦後演劇最大の功労者、サブカルチャーの案内者、日本文壇の交通整理役、『春の雪』は不敬小説…?、皇室への屈折した思い、「文化概念としての天皇」とは、など。

[目次]

口絵1 オブジェとしての三島由紀夫-撮影 細江英公
口絵2 天才のオーラに魅せられて-作 横尾忠則

まえがき-中条省平
プロローグ 新資料から推測する自決に至る精神の軌跡-井上隆史

辛すぎた四十五年の生涯-辻井 喬
誠実なる警告-細江英公
最期の悲劇のために選ばれた日-蜷川幸雄
存在感獲得への熱望-高橋睦郎
時間に楔を打ち込んだ男-四方田犬彦
おじさんはもうすぐ死ぬけれど-神津カンナ
「みやび」なアナーキスト-島田雅彦
失われた日本の美を求めて-行定 勲

エピローグ 自決から遠く離れた人々に生きる三島-田中千世子
あとがきにかえて 三島由紀夫は歴史になったか-中条省平


◎『続 三島由紀夫が死んだ日』あの日の記憶は何故いまも生々しいのか(Amazon)
________________

大好評を博した三島由紀夫没後35年記念アンソロジー『三島由紀夫が死んだ日』の続編!

辻井喬、細江英公、蜷川幸雄、高橋睦郎、四方田犬彦、神津カンナ、島田雅彦、行定勲、田中千世子ら超豪華執筆陣が語る1970年11月25日。戦後を代表する天才作家・三島が凄絶な割腹自殺を遂げたあの日を、彼らはどう迎え、いまはどう観るのか…「日本人の心に刺さった棘」と呼ばれる真の理由が浮かび上がる。三島の予言が次々と的中しつつある現在、私たちは三島の叫びをどう受け止めるべきなのか。三島研究者・井上隆史白百合女子大助教授による新発見資料の解読や細江英公の歴史的写真集『薔薇刑』、横尾忠則の「三島関連作品集」も口絵に収載した決定版!



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by yomodalite | 2012-06-29 10:07 | 文学 | Trackback | Comments(9)
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現在、熱烈なマイブームが来ている「三島由紀夫」。本書は、2005年に続編も含め、2巻出版されているのですが、続編のことは、最近になって気づきました。

下記は、監修をされた、中条省平氏(フランス文学・映画評論家)の「まえがき」から。


三島由紀夫が昭和45年(1970年)11月25日に割腹刎頸という衝撃的な自死を遂げてから、すでに35年の時間が経過しました。この歳月は、たいていの出来事を記憶の戸棚に片付けるに十分な長さです。しかし、三島由紀夫の自殺はいまだに神秘のオーラに包まれたまま、人間精神の深みが持つ解明しがたい魅惑と恐れとを投げかけています。三島の死はいまでもなまなましい「事件」なのです。(中略)

自衛隊が憲法改正に立ち上がることはないと悟った三島は、「これでおれの自衛隊に対する夢はなくなったんだ」と言い残して切腹します。この顛末を見るかぎり、三島の自殺は政治的なものであり、自衛隊蜂起の火付け役になることに失敗した責任をみずから取ったように見えます。これが三島が自決にいたった表面的な理由です。

しかし、この説明が「表面的」にすぎないというのは、三島は最初から決起が成功するとは思っていなかったからです。(中略)

また、三島は自分の主張を政治利用しようとする勢力がいることにも自覚的でした。たとえば、一部保守派が三島と楯の会を、日本に徴兵制を敷くための地ならしに利用するのではないかという疑念に対しても、自決直前の最後のインタヴュー(聞き手は古林尚)で、こう答えています。

「ぼくはそうやすやすと敵の手には乗りません。敵というのは、政府であり、自民党であり、戦後体制の全部ですよ。社会党も共産党も含まれています。ぼくにとっては、共産党と自民党は同じものですからね。まったく同じものです、どちらも偽善の象徴ですから。ぼくは、この連中の手にはぜったい乗りません。いまに見ていてください。ぼくがどういうことをやるか(大笑)」(小学館版『群像 日本の作家 三島由紀夫』)(中略)


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三島の死には、政治的な速効性はありませんでしたし、三島自身もそんなことは初めから思ってもいませんでした。しかし、30年以上たった今から考えると、彼の最後の行為は、戦後日本の精神的荒廃への生命を賭した警告という意味が際立って見えてきます。この日本の荒廃を、三島は一貫して、今のインタビュー発言にもあるとおり、「偽善」と呼んでいます。(中略)

「こんな偽善と詐術は、アメリカの占領とともに終はるだらう、と考えていた私はずいぶん甘かった。おどろくべきことには、日本人は自ら進んで、それを自分の体質とすることを選んだのである。政治も、経済も、社会も、文化ですら。〈中略〉

私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら『日本』はなくなってしまふのではないかといふ感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代はりに、無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう」
(「果たし得ていない約束 ー 私の中の25年」、『決定版 三島由紀夫全集 36』

この30数年前の予言が、恐ろしいほどの正確さで今の日本の姿を言い当てているのを見て慄然としない人がいるでしょうか。三島由紀夫の自決にこれほど遠大な射程距離があったことは、経済バブルの崩壊に帰結した20世紀が終わった今こそよく実感できることです。

(引用終了)

最近になって、ようやく私が実感していたことと同様の感情を、代弁してくださったような、とても魅力的な「まえがき」だったのですが、三島について、多少は「あれこれ」読んできた、私にとって、本編は「まえがき」ほど、魅力的ではありませんでした。

三島を実際に知っていたり、彼がいなくなった時代に生き、現在活躍中の執筆者による文章は、三島が言っているように、からっぽで、ニュートラルで、抜け目がないことに「自覚」が感じられず、これまでに何度も読んだ内容と変わりばえしなかったからでしょう。

ただ、やはり中条氏による「死とエロティスズムと絶望をこえて」は、中学から三島のファンで、事件当時、16歳だった、中条氏のこれまでの思いが伝わるような文章で、

特に、三島が亡くなった翌年の春に出版され、自決にいたる4年間の軌跡」(帯文)を年代順に87編のエッセーで構成した『蘭陵王』という文集の紹介(笠原和夫脚本・山下耕作監督・鶴田浩二主演のヤクザ映画『総長賭博』や、アラン・ドロン主演『サムライ』を絶賛し、ヴィスコンティ監督の『地獄に堕ちた勇者ども』のナチス観を批判し、赤塚不二夫、水木しげるを熱く賞賛している)や、

◎「蘭陵王」MP3(映画『11.25 自決の日』で、三島が剣舞した曲)

『行動学入門』に収録された「革命哲学としての陽明学」のエッセーも、三島の遺言として重要と記し、1970年が日本人の近代精神史における分水嶺で、それを、当時、痛切に意識した日本人は、三島由紀夫を除いてほかにいなかったといっても差し支えないと記し、三島の、このエッセーの最後に書かれた、若者へのメッセージを伝えてくれています。


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(引用開始)

平田弘史の劇画や、赤塚不二夫のマンガに夢中になた若者たちが、そうしたサブカルチャーに飽きて、正統的な教養が欲しくなるときが、かならず来るといいます。そんなときでも、ヒューマニズムやコスモポリタニズム(さしずめ今ならグローバリズムというでしょう)へと逆行することだけはしないでくれと語って、このエッセーをこう締めくくるのです。

「若者は、突拍子もない劇画や漫画に飽きたのちも、これらの与えたものを忘れず、自ら突拍子もない教養を開拓してほしいものである。すなわち決して大衆社会へと巻き込まれることのない、貸本屋的な少数疎外者の鋭い荒々しい教養を」

(引用終了)

このあとの、中条氏による、あとがき「三島由紀夫とはだれだったのか」も気持ちが熱くなる文章で、また、三島の最後の原稿『豊穣の海』の第四巻「天人五衰」を受け取られた、当時の編集者、小島千加子氏が、原稿を受け取るまで「最終回」であることを知らされておらず、原稿が入れられた封筒が、タクシーの中で開けるのも困難なほど、厳重に封印されていたこと、最後の原稿を渡すとき「最終回」を見て驚く頃には、事件が始まっていなければならないことなど、

大事を決行するまでの日常の段取りと、周囲に気づかれぬ算段、気配りの中で「天人五衰」を書き進めた力業と、気力に瞠目し、事件後は、日本の文学の編集者として、見る鏡を失い、空虚感を克服するのが骨で、三島さんと共に自分も終わったと職場を去る若い編集者も多かったという記述が印象的でしたが(本書には、最終回、昭和45年11月25日と書かれた直筆原稿の写真も掲載)、

他の有名執筆者の方の文章は、最近、三島由紀夫の文章に多く触れ、その潔癖さから、誤った影響を受けているからでしょうか。

特に、生前の三島と親交があった、瀬戸内寂聴氏が、三島について、何度も「売文」されているにも関わらず、仏教者として『豊穣の海』について踏み込まれることなく「不死」などと書かれることには、軽い「吐気」を感じました。

☆『続 三島由紀夫が死んだ日』につづく

[目次]

主なき三島邸(撮影・篠山紀信)
まえがき 中条省平
プロローグ 三島由紀夫の死は、当時どう論評されたか

最後の原稿を受け取った日     小島千加子
三島由紀夫の不死         瀬戸内寂聴
「日本」という病         篠田正浩
静かなる恐怖           森山大道
消された歴史の舞台        猪瀬直樹
「本気」の時代の終焉       呉智英
「革命なしの反革命」の奇跡    鹿島茂
死とエロティスズムと絶望をこえて 中条省平

あとがきにかえて
「三島由紀夫とはだれだったのか」 中条省平
三島由紀夫[略年譜]


☆出版社の紹介には、日垣隆氏の名前もありますが、実際の本には集録されていません。
◎[Amazon]三島由紀夫が死んだ日

◎[書評空間]三島由紀夫が死んだ日 あの日何が終わり 何が始まったのか
___________________

[MARCデータベース]昭和45年11月25日、三島由紀夫、自決。あの日、何が終わり、そして何が始まったのか…。瀬戸内寂聴、篠田正浩、猪瀬直樹ら各界著名人が、三島の死の歴史的意味を考える。没後35年、三島由紀夫回顧展記念アンソロジー。



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by yomodalite | 2012-06-28 09:59 | 文学 | Trackback | Comments(6)
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三島作品を読んで、小説も評論も面白いし、素晴らしい作家だということもわかるけど、三島由紀夫の世界にはイマイチよくわからないところがあり、美的感覚が違うというか、特に、右翼のアイコンのような肖像写真や、また、自決という最期にはもっとも受け入れがたい感覚を感じる。と言うひとは、すごく多いと思います。

私もかつてはそうでした。

そこから、異なる「三島由紀夫」が見え始めたのは、歴史に残る天才のことは、かなり後になってからでないとわからないものだと、最近になって、ようやく分ってきたからなんですが、日本で三島を映画にするためには、40年以上を必要とし、そして、今年ついにそのときが来たようです。

この映画は、三島が自決に至るまでのストーリーが詳しくないので、誰にでも「お薦め」とは言えないのだけど、でも、

とてもとても「良い映画」でした。

三島を演じた、井浦新(この役のために、ARATAから改名。いうらあらた)さんは、三島には、まったく似ていないのに、「三島由紀夫」が乗り移っているようで、

そして、それは、新さんだけでなく、森田必勝を演じた、満島真之介さん(満島ひかりさんの実弟)も、そうでした。(満島さんは、アポイントなしで、必勝の生家を訪ねられたのに、玄関で満島さんを見た、実のお兄さんは、必勝が帰ってきたと思われたそうです。こちらも、顔立ちはまったく似ていないのにも関わらず… )


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この映画を一緒に観た、私よりも遥かに三島ファンのアラフォー女子は、若松監督の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』の描写の激しさから不安を抱いていて、私も彼女も残酷シーンや血の描写にすごく弱いのだけど、三島の最期だけはしっかり見届けないと、、という思いがあって、それで、なんだか緊張していたんです。

でも、映画が始まると、その不安は徐々に消えていって、私たちは二人とも少し泣きながらこの映画を見届けました。

井浦新さんの演技に対して、パンフ(遊学社から近日中に店頭でも発売予定。内容充実1000円)では、

人間・三島由紀夫、若くして苦悩する三島由紀夫がそこに存在していた
(一水会顧問、鈴木邦男)

新さんが、これほどの存在感ある役者さんだったとは。若松監督が三島たちを意気に感じて映画にしようとした、その感覚が、新さんに何ものかを呼び覚まさせたようだ
(社会学者・宮台真司)

とあり、実際に知っている人も、そうでない人も、誰もが、井浦新さんの「三島」に魅せられるようです。私は、三島の精神のバトンが繋がったように感じて、すごく嬉しくなりました。

これは、わたしが観たいと思っていた以上の映画でした。迷っている人は是非!

映画のエンディング曲
◎BELAKISS - ONLY YOU
◎[訳詞]BELAKISS - ONLY YOU

若松プロダクション ‏@wakamatsu_koji
若松孝二ブログ更新:「テアトル新宿ファイナルイベント決定!」"もう一度、劇場でお客様たちと語り合いたいと急遽ファイナルイベントが決定した!日時:7/8(日)14:05回終了後、 場所:テアトル新宿、予定ゲスト:若松孝二、井浦新、鈴木邦男”

「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」予告編
[公式サイト]11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち



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by yomodalite | 2012-06-26 22:02 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(5)
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毎日の読書は、色々バリエーション豊富に読んでいるけど、「三島由紀夫」以外、なかなか面白いものがない。

この本と、この本を読んで、もうすぐ、ジョン・ネイスンの『三島由紀夫―ある評伝』を読み終えたら、

三島について「まだ書かれていないこと」が、大体わかるような気がするので、そしたら、その「書かれていないこと」について、描けるかもしれない人に「書いて♡」というファンレターが書けないものかなぁと思う。

若松監督の「映画」は、来週、井浦新ファンの女子と一緒に観に行く予定。

◎「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」予告編

深夜に見る体力はないけど、結局、毎日「EURO」を観てしまっているせいで、それ以外に、TVを見る時間がないのだけど、松田聖子 × 藤井隆 の『ミュージック・ポートレイト』第1夜 は「玉姫様」がオンエアされたんだなぁ。。(藤井隆氏・選曲)


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2012年に振り返って思うけど、

日本のロック史上、最も偉大な女性アーティストは、戸川純であり、
今後、その地位が揺らぐことは、永遠にないと思う。



「玉姫様」



「好き好き大好き」




「パンク蛹化の女」




「バーバラ・セクサロイド」(ヤプーズ)




ゲルニカ「蘇州夜曲〜復興の唄」





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by yomodalite | 2012-06-15 20:53 | 日常と写真 | Trackback | Comments(5)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite