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『The Michael Jackson Tapes』の全訳を公開!

『The Michael Jackson Tapes』の全訳を公開します!

マイケルの死から間もない時期、肉声テープをもとに出版された『The Michael Jackson Tapes』(通称:MJテープス)については、扇情的に報道したメディアも多く、いい印象を持っていない方もいるでしょう。

マイケルが、ユダヤ教のラビ・シュムリーと長く対話した理由については様々な理由があると思いますが、私が重要だと思うのは、彼は、この経験からオックスフォード大学でスピーチする機会を得て、また、シュムリーが「私たちのプリンス」と呼ぶノーベル平和賞作家、エリ・ヴィーゼルとも何度も会話し、イスラエルの首相にも会ったということ。

シュムリーは、インタヴューなどで、この対話のことを「カウンセリング」と言ってみたり、自分が個人的なスピリチュアル・アドヴァイザーだったように語ってもいますが、2冊の本を全部読んだ方で、そう感じた人は少ないのではないでしょうか。私には、MJが「他者との対話」を模索していたように感じられます。

彼は世界に正義をもたらそうとしたのではなく、
世界を癒すことを自分の使命だと考えていました。

シュムリーは、マイケルの知られざる面を引き出してくれていますが、マイケルも一年以上にわたってシュムリーと親密な関係を築き、私たちに、彼のことを知らせてくれています。他者を知ることが、平和の第一歩だと信じて。。

私が、読書ブロガーとして「完訳」にこだわったのは、ユダヤ教のラビが、マイケルの発言や、行いをどのように感じ、何を改めさせようとしたか。高い教養と知識をもつシュムリーが、時折、強い怒りを発散させているのはどのような場面か、を知りたかったからです。

それらは、ユダヤ教やユダヤ人に馴染みのなかった私にとって「他者を知る」ための
生きた教科書のように感じられました。

同じ時期の録音テープから出版され、昨年翻訳して好評をいただいた『Honoring the Child Spirit』で、マイケルの純粋さを感じた人には、マイケルがシュムリーよりずっと大人だった(実年齢もそうなのですが)ことをより深く知ることができるかもしれません。

また、シュムリーを疑っていた人にも、彼が、私たちファンと同じように、マイケルを愛し、健康で安らかな人生を送ってほしいと願っていたことは伝わるのではないでしょうか。

この対話は2000~2001年に行なわれています。ソニーへの抗議はこのすぐ後。バシールによるドキュメント番組は03年、裁判は05年です。

彼は『Honoring the Child Spirit』の序章では、自分がいろいろな矛盾をかかえていることを吐露し、また、そのことで、自分とマイケルは精神的に結びついたのだと語っていました。精神世界というのは、どこか別の次元にあるものだと錯覚している人も多いのですが、それは、自分の中にあるもので、自分自身の矛盾に気づくことから始まるものです。

本書で、マイケルが自分自身を赤裸々に語っているのも、そのためではないでしょうか。

『THIS IS IT』で衝撃をうけ、2000年からの彼の写真を、来る日も来る日も探していたあの頃、本書に出会ったことは大きく、マイケルが批判を受けた行動や言動が「メディアの嘘」という以上に見え始めたのは、この本を読んだことがきっかけだったように思います。

シュムリーの序章は「Honoring the Child Spirit 」よりもずっと長いです。しかし、それだけにMJの言葉が聞けたときの喜びも大きいのではないかと。

今回は、前回のメンバーの他、『別館akim』のakimさんにも参加してもらって、4人共同で翻訳し、これまで、「Honoring the Child Spirit」だったサイトは「マイケル・ジャクソン対話集」と名前を変えました。





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by yomodalite | 2014-06-27 09:30 | マイケルの言葉 | Trackback | Comments(0)

仁義なきキリスト教史/架神恭介

仁義なきキリスト教史

架神 恭介/筑摩書房

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全然「着物」についてあれこれしてないやん!というツッコミだけでなく、もはや、どこが「読書日記」やねん!というあり様に、自分でも困惑しているのですが、

今日は2ヶ月ほど前に読んだ、類書がないほど素晴らしい本を紹介します。

今まで、キリスト教に関する本を、山ほどとは言いませんが、それなりに読んだ経験から言うと、まず、どんなに「面白」とか、「よくわかる」とか書いてあっても、キリスト教の宗教者が書いた本は、信者でない人間が読むと、疑問に感じる点への言及がなかったり、絶対に納得できない説明がしてあって、起こったことの背景も理解できないので、重要人物に関しても、感情移入できないことがすごく多いんですよね。

中でも、私たちが理解しにくいのは、

なぜ、「愛の宗教」と言われるキリスト教において、多くの人が処刑されたり、戦争が起こったりという、血で血を洗うような歴史が積み重ねられているのか?という点ではないでしょうか。

本書では、そういったキリスト教の血の歴史を、日本の偉大なヤクザ映画『仁義なき戦い』と同じような抗争の歴史であることに気づき、大親分「ヤハウェ」の下、様々な「組」がうごめき、内輪揉めや派閥抗争を繰り広げていった様子が生き生きと描かれています。

第1章 やくざイエス
第2章 やくざイエスの死
第3章 初期やくざ教会
第4章 パウロ ー 極道の伝道師たち
第5章 ローマ帝国に忍び寄るやくざの影
第6章 実録・叙任権やくざ闘争
第7章 第四回十字軍
第8章 極道ルターの宗教改革
終章 インタビュー・ウィズ・やくざ

少しだけつまんで紹介します(第1章「やくざイエス」より)

「兄貴、今日はどぎゃあな御用で…」

「いやぁ、なんちゅうことはないわい。シナゴーグの帰りじゃ。近くまできたけえのう、こんなぁの顔を見に来ただけじゃ」

とイエスは快活に答える。シナゴーグ、と言われても読者諸君には馴染みはなかろうが、これは極道用語であり、要は地域共同体の集会所のことである。隠語では会堂とも呼ばれる。この集会に集まった民衆を前に、ユダヤ組の筋モンや、もしくはやくざに近いものたちが、ヤハウェ大親分の生き様や伝説などを語り聞かせる、一種の極道教育機関であった

(中略)

「なんじゃ、あの外道、ヤハウェ大親分のこと馬鹿にしくさりよって。大親分以外の誰が許すいうんじゃ。許すも許さんもそぎゃあなこと決めれるんは大親分だけじゃろうが」

すると、これを耳ざとく聞きとめたのか、

「おどりゃあ、何をちびちびいうとるんじゃ!」

イエスはパッと立ち上がると啖呵を切って言った。

「ええか、こぎゃあことはのう、人の子が許してもええことじゃ」

この時にイエスが言った「人の子」というのは、極道用語で、、、


という具合に、すべて「極道用語」で説明されるんですね(笑)

もう少し、つまんで紹介します(第2章「やくざイエスの死」より)


イエスとて、ヤハウェ大親分の子分であるからには、親分のシノギに文句をつける道理はない。彼が怒りを覚えたのはサドカイ組のシノギであった。

「あン? おい、なんじゃこりゃ。偶像じゃないの。おどりゃ知らんのか、ヤハウェ大親分は偶像が大嫌いなんじゃ。このばかたれが、出直してこんかい」

貨幣には当地の支配者であるローマ皇帝の肖像が描かれていたのだが、これが偶像であるから受け入れられぬ、と突っぱねるのだ。そして困り果てている民に対し、神殿内で商いをしている両替商が「お客さん、うちで両替すりゃええんよ」などと声をかけてくる。こうして民衆の貨幣は両替商により特殊な貨幣へと交換され、それでようやく納付が認められるわけだが、もちろん両替商は手数料を取るし、そのアガリは、サドカイ組へと流れるわけである…

(中略)

「先生、教えて欲しいんじゃ。わしら、カエサルに税金を払うことは許されとるんかの、許されとらんのかの」

その言葉を聞いた瞬間ーーー、イエスは微かに顔をしかめていた。(中略)イエスはこの言葉の裏に秘められた彼らの罠を瞬時に見取ったのだ。

(中略)

イエスは(デナリ貨幣)を高々と掲げてこう言ったのだ。

「顔が彫られとるじゃろう。これは誰の顔じゃい」

「・・・カエサルじゃ。」

「ほんなら話は簡単じゃのう。カエサルのものはカエサルに返しゃえかろうがい」

それから、イエスは、柱の陰に隠れる男たちをキッと睨みつけて、こう付け加えた。

「もちろん、ヤハウェ大親分のモノはヤハウェ大親分に、じゃ・・・」

オオッ、とヤクザたちが驚きの表情を見せる。見事な切り返しであった。イエスはローマ当局への反逆の意志を明示せず、それでいてヤハウェ大親分の顔も立てたのである。

それだけではない。この言葉の含む意味に気づき、歯がみした者たちがいた。柱の陰にいたサドカイ組のやくざたちである。「ヤハウェ大親分のモノはヤハウェ大親分に」これはヤハウェ大親分への上納金を集めるという名目で、体よく民衆から搾取を繰り返していたサドカイ組に対する皮肉でもあったのだ。

(引用終了)

このあと、サドカイ組とパリサイ組の違いや、初期やくざ教会が様々に分裂していく様子や、また、イエスが亡くなった後の、パウロの人物描写は秀逸で、ローマ帝国とキリスト教の関係もわかりやすいのですが、

下記は、第6章「実録・叙任権やくざ闘争」から(かなり省略しています)

グレゴリオス7世はキリスト教任侠道における3つの改革に着手していたのである。それは、シモニアでありニコライスムであり、俗人叙任であった。この3つの問題は、まるで違うことのように見えながらも1本の線で結ばれている。

シモニアは日本の極道用語では「聖職売買」と言われる。一方ニコライスムの語源はよくわからない。どうやらこの時代には姦淫とほぼ同じ意味で使われていたようだが、司祭などのやくざが妻を持ったり妾を囲ったりすることを問題視した言葉である。最後に、俗人叙任である。これは、司祭や司教などの組長の地位を「プロフェッショナルなやくざ」以外の王や資産家などが任命することである。この「プロフェッショナルなやくざ」を極道用語で「聖職者」と言う。なお、プロフェッショナルでないやくざは「信徒」である。。

と、ここから、さらに詳しい説明があるのですが、

こういった感じで、やくざ口語ではない部分も、簡潔にまとめられ、巻末には参考図書も提示してあるだけでなく、物語を脚色した部分についても説明があり、作者の頭の良さだけでなく、真面目な仕事ぶりに感動し、大いに笑いました。

最後に、

ラビ・シュムリーと、マイケルの会話をより深く理解したい人のために、
私のテキトーで大雑把な情報を補足しますが、

シュムリーはユダヤ教の中でも「Orthodox(正統派)」と言われる宗派なので(今はそういう言い方はしないんだけど)一応「パリサイ派」と言える。

で、パリサイ派とサドカイ派とエッセネ派が、本書でどう説明されてるかというと、

当時、ユダヤ地方を支配していたやくざには3つの代表的な組があった。いずれもユダヤ組本家から枝分かれした二次団体であり、サドカイ組、パリサイ組、エッセネ組といった。

サドカイ組は都市エルサレムにエルサレム神殿という巨大な事務所を構え、そこで民衆からヤハウェ大親分への上納金を集めてシノギとしていた。(中略)現状のシノギで十分懐が潤っているため、彼らは体制維持を志向しており保守的である。ヤハウェ大親分の言いつけも違わず守ろうとした。

サドカイ組が世襲的な「やくざ貴族」であるのに対し、パリサイ組はより庶民的な立ち位置に近く、ヤハウェ大親分に熱烈な忠誠を誓ったゴロツキたちの集まりである。ヤハウェ大親分の言いつけを厳しく守ろうとするのは同じだが、大親分の言いつけに人為的な解釈を加えることもあった。(中略)この点でサドカイ組とはソリが会わず、彼らは対立関係にあった。

エッセネ組は特殊なヤクザ組織であり、彼らの中の一派は、社会から距離を置き、独自の共同体を作って暮らしていたとされる。

で、、イエスの兄弟子であるヨハネも、イエスも「エッセネ派」だったと言われていて、MJが元信者だった「エホバの証人」もエッセネ派の影響が強いと言われています。。

そんなわけなので、

新約聖書で、イエスの宿敵のようなパリサイ派のシュムリーと、MJが深く対話し、その後決裂したことは、歴史の必然であり、MJにもその意志があった。

みたいなことも、もしかしたらわかるかもしれません(笑)

超おすすめ!(私は「Kindle版」で読みました)



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by yomodalite | 2014-05-01 11:21 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

マイケルとハワード・ヒューズ[1]ジョン・キーツ著『ハワード・ヒューズ』

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マイケル・ジャクソンの死後、父であるジョー・ジャクソンは、CNN「ピアース・モーガン・トゥナイト」のインタヴューで、息子はハワード・ヒューズのように扱われてきた。と語ったそうです。






また、MJの死後、彼との対話を出版したユダヤ教のラビは、彼の死は単なる個人の悲劇でなく、アメリカの悲劇である。と言い、その対話本の中でマイケルは、

ハワード・ヒューズは自分の所有するホテルの最上階にいるって、みんなが言ってた。そのフロアにずっといて下りてこない。暗がりの中、部屋の隅っこのベッドにいて、爪や髪をこんなに長く伸ばして、点滴に繫がれてるってね。

そんな感じで、脳はおかしな考えを色々かき集めて、とんでもない話しを作り上げる。僕はそういうのが大好きだから、ハワード・ヒューズのことも大好きなんだ。彼は大きな仕掛けをしたからね。僕にとって、彼はある意味、先生なのかもしれない。こんなことを話すのは、初めてなんだけど、ハワードのことが大好きなんだ。彼は天才だよ。人を操る術っていうか、彼はみんなが興味を持ってしまう方法を知っていて、P. T. バーナムもそういったことが得意だった。

と、語っていました。

私は、ハワード・ヒューズのことを名前ぐらいしか知らなかったですし、多くの日本人にとっても、ヒューズのアメリカでの存在感については想像しにくいとは思いますが、父の事業を10代で引き継ぎ、実業家として大きく拡大させただけでなく、映画製作者としても莫大な成功をおさめ、「地球の富の半分をもつ男」「資本主義の権化」と評されるほど、20世紀を代表する億万長者となり、


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長身のハンサムで、自らの映画の主演女優を発掘し、何人ものスター女優と浮き名を流し、ハリウッド黎明期の名作に監督・プロデューサーとして名を残し、世界一の飛行機を創る会社を経営するだけでなく、自らが、飛行機乗りとして世界記録をつくったヒューズのことを、MJのような「超人志向」の男が目標とすることは、不思議ではないかもしれません。


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彼がヒューズのような偉大な男になりたいと思っていたのは、少年時代より幾分落ちついた人気と評価の中にいて、新生マイケル・ジャクソンとして、自分の今後の戦略を練り上げていた、ジャクソンズを解散する前ぐらいのことなんでしょうか。

しかし、それを語った2000年前後、彼はすでに億万長者になっただけでなく、ヒューズが経験した以上の有名税を払ってきたはずです。それなのに、父が名声による悲劇的人物として名を挙げたヒューズを、当時もMJは「大好き」「先生」だと言い、ヒューズと同じような天才として、P.T.バーナムをあげていた。。。

この人物も日本では知名度が低く、調べにくい人物ではありますが、史上最大のサーカスを主催し、広告・宣伝の達人で、「バーナム効果」という心理現象にも名前を残したバーナムと、

秘密主義者で、マスコミ嫌いという印象のヒューズを、ともに「人心を操った偉大な人物」と考えている、MJ自身の「人心術」への興味から、米国で1967年に出版された本書を読んでみました。

下記は、2005年に書かれた「訳者あとがき」から、省略して引用。

1976年、非常な死亡記事によってハワード・ヒューズの名がニュースとして報じられたとき、多くのアメリカ人は、民間伝説の最後の英雄の死という受けとめ方をしたにちがいない。ヒューズを現代の悲劇の英雄に仕立て上げたものは、失われた個人主義への果てしないアメリカ人の郷愁である。

1968年のニューズウィークの表紙になったあと、それまでの14年間、人前に一度も姿を見せず、1枚の写真も撮られていなかった隠遁者が、まさに時の人のあつかいを受けた。それは、1967年末からヒューズが手がけた、有名な「ラスベガス乗っ取り」計画が明るみに出たあとのことだった。しかし、話題の人物ということであれば、半世紀前にアメリカの実業界にデヴューして以来、ヒューズはたえず、知名度ナンバーワンの生きた伝説上のアメリカ人だった。

ラスベガス乗っ取りも、『ヒューズ正伝』の贋作をめぐる一大ペテン劇も、とつぜんの死にまつわる数多くの逸話も、無数のヒューズ伝説に新たなエピソードをひとつふたつ添えたに過ぎない。本書の筆者、ジョン・キーツは1966年に付した「まえがき」のなかで本書をたんなる中間報告とよんでいるが、ヒューズの死後あわただしく刊行された数作の “ヒューズ伝” もふくめて、本書『ハワード・ヒューズ』が最もオーソドックスな風格を備えたすぐれたノンフィクションであることは、類書と読みくらべてみればおのずと明白だろう。

数々のエピソードのなかには、本書に納めきれなかったものもあるだろうし、その後も、数多くのエピソードが生産されてきた。まず、本書刊行後の最大の事件といえば、あれほど執着を示していたTWAの持株を、ヒューズが1966年に売却し、5億ドル以上の巨額の金を手中におさめたことだろう。筆者ジョン・キーツは、ヒューズが最大の夢を託していたTWAの実権を失ったことをさして “夢の終わり” といっている。そしてその予言どおり、ヒューズはTWAを去った。ヒューズが70歳の生涯を終えた後になって考えてみれば、キーツの言葉はたんなる中間報告ではなく、正しく的を射抜いた予言の言葉であったといえる。

本書はヒューズ陣営との激しいトラブルのあとに刊行された曰く付きの書である。自分自身のことに触れたあらゆる報道を極端に嫌ったヒューズは、本書の刊行以前にも何度となく出版物に関する問題をおこしていた。彼の死後はじめて、生前身近にいた人物たちによる評伝が刊行された事実だけをみても、その絶大な影響力が測り知れるだろう。絶対に出版しないという条件で、終生前払金をもらいつづけながら暮らす “幻のヒューズ伝” 作家さえいたということである。

あやるゆ妨害や起訴を覚悟の上で本書の刊行を決意したランダムハウス社の会長ベネット・サーフは、ヒューズ陣営との話し合いを拒絶し、筆者のジョン・キーツをはげましつづけた。ヒューズ陣営は事前の検閲を申し出たり、協力すればランダムハウス社を援助するといった話までもちかけたが、ベネット・サーフは「金儲けのためだけに出版事業をやっているのではない」とはねつけたという。

(引用終了)

この本のあと、様々な類書を読みましたが、「オーソドックスな風格を備えたノンフィクション」という評価に賛同します。本書で取り上げられたエピソードは「客観的事実」として認定されているもので、著者は感情を抑え、慎重に筆を進めていると思いました。

ただ、多くの評伝がそうであるように、枠を越えたような人物でも、枠におさめないと、物語としては完成しない。という「つまらなさ」も感じました。

ヒューズが出版を妨害した理由など、もちろん、私にわかるわけはないのですが、俗世間から姿を隠しつつ、巨大帝国を支配し、“ラスベガス乗っ取り” を開始した1967年の前年に出版されるというタイミングも影響したのでしょう。

残念ながら、本書からは、マイケルが言った「ヒューズがした大きな仕掛け」はあまり感じられませんでしたが、ただ、ヒューズが書かれることを強く拒否していた気持ちは、MJにはよく理解できたのではないでしょうか。

おそらく、それは、プライヴァシーの侵害という以上に、常にまだこれからだ。と思い続ける人間にとって、客観化という作業は、凡人が納得するための物語でしかなく、

世界一という高みからの風景を一度も見ることなく、俯瞰しているつもりになっている文章家の貧弱な空想力の中で主人公にさせられることが耐えられないからではないでしょうか。

並外れた読書家だったマイケルは、歴史の本をよく読むけど、自分が描かれて来た経験から、歴史の本は信用できないとも語っていました。

歴史は繰り返すという、その歴史は、

歴史を変えようとはせず、偉人を「変人」や「病気」としてしか納得することのできない、多くの凡人によって書かれているからだ。ということは、私がマイケルへの熱狂から学んだことのひとつです。

ハワード・ヒューズに関しては、1966年に出版された本書が、2005年に再販されるきっかけとなった、映画『アビエイター』に続きます。





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by yomodalite | 2014-04-08 10:24 | MJ考察系 | Trackback | Comments(2)

聖書男/A.J.ジェイコブズ

聖書男(バイブルマン) 現代NYで 「聖書の教え」を忠実に守ってみた1年間日記

A.J.ジェイコブズ/CCCメディアハウス




著者のA.J.ジェイコブズは、体にいいことを全部試してみたという『健康男』や、百科事典の全巻読破に挑戦した『驚異の百科事典男』などで人気を得た、エスカイア誌のシニアライター。

本書には、現代ニューヨーカーである著者が、聖書の教えを忠実に守るという生活を1年続けた顛末が綴られています。

(下記の太字部分は、本書を要約して引用)

何世紀ものあいだ、聖書は実話だと思われていた。完全なノンフィクションだと。ほとんどの人は、聖書学者のマーカス・ボーグいわく、「根っからの字義解釈主義者」で、聖書が実話でないと考えるに足る根拠もなかった。ところが、次第に科学と聖書の物語が激しく対立するようになった。(中略)

そのうち、この百年主流だったのがモダニズムとファンダメンタリズムの二つだ。モダニズムによれば、科学と宗教は別個のもの。スティーブン・ジェイ・グールドいわく、両者は「重複することなき教導権」だ。聖書は比喩的な言葉と詩にあふれている。天地創造の物語は、説得力はあるかもしれないが、神話にすぎない。


著者は「誰もやらないようなことを超まじめにやってみる」という経験を、軽妙な文章にしていて、ジョーク満載の気の張らないエッセイになっているものの、ファンダメンタリズムなどの原理主義や、聖書のさまざまな字義解釈を茶化しているわけではなく、

本書を執筆前の著者は、

自身を「不可知論者」であるというユダヤ人で、ニューヨークで宗教の話題はタブーのような家庭に育ち、「不可知論者」という言葉の意味を知る前から、神という観念は要らないと思っていた。姿も見えず、声も聞こえない神を、なぜ必要とするのか。神は存在するかもしれない。でも、それは、この世では絶対に知りえないこと。。

入学した非宗教系の総合大学では、ユダヤ・キリスト教の伝統よりもウィッカの儀式における記号論を研究したがる学生の方が多く、聖書を読むことはあっても文学としてだった。

ただし、宗教の歴史は学んでいて、公民権運動や慈善の寄付、奴隷制の廃止など、人類の偉大な遺産の多くが聖書を原動力としてきたことも、戦争、大虐殺、征服といった、負の遺産を正当化するのに聖書が使われてきたこともわかっていた。

宗教にはいい面もあるけれど、現代社会においては危険な存在で、悪用される可能性がきわめて高く、ほかの旧弊なものと同じように、徐々に消えてなくなり、近い将来、すべての決定がミスター・スポック流の非常な論理に基づいて下される新啓蒙主義の楽園に暮らすことになる、と。

もうお気づきだろう、みごとな誤解だった。

聖書の、そして宗教全体の影響力はいまだに絶大だ。
ぼくがこどもの頃より大きいかもしれない。。

聖書を字義解釈するといっても、実際はみんな選り好みしているんじゃないか。自分の信条にあった箇所を聖書から抜き取っているんじゃないか。ぼくは違う。層のように積み重なった解釈をはぎとり、その下にある真の聖書を見いだすつもりだ。究極のファンダメンタリスト(原理主義者)になってやる。そうすれば、聖書のどこが偉大で普遍か、逆にどこが時代にそぐわないか、見極められる。


このあと、著者は聖書と真剣に向き合い、聖書に書かれてあるとおりの生活を実践してみるだけでなく、宗教に無関心だった家族とは異なり、ユダヤ人として生まれ、ヒンドゥー教徒になってグルを自認し、ヒッピー文化に出会い、キリスト教徒になって、いまは、イスラエルの超正統派ユダヤ教徒というスピリチュアルならなんでもござれの親戚に会い、自身の民族的宗教であるユダヤ教を中心に聖書を「体験」しながら、精神世界への旅に出る。

日本人には理解するのが難しい「聖書」ですが、
宗派については、特にわかりにくいですよね。

本書では、軽妙な口調で「聖書生活」を語られるだけでなく、さまざまな宗派についても、それぞれの長所と短所のバランスを考えつつ多く語られていて、Godについて、現実アメリカで語られてきた話題の多くを、かいま見ることが出来ます。

他者と接することがなく、他者に意見をいう技術も、言葉も磨いてこなかった私たちは、ユダヤ人の「優位性」や「選民意識」など、都合のいい部分だけ似ているだなどと妄想を膨らませている人は多いものの、

批判されることによって培われてきたこともなく、宗教についてあまり考えないことが「常識人」だということに安住し、他国の宗教を理解しようとしていません。

それなのに、どうして、靖国神社への参拝をいずれ他国が理解してくれるだろう。などと期待することが出来るんでしょう?

神とは何か? という根本的な問題はさておき、

現実に、「他者」が神とどう接してきたか?について、
特に、ユダヤ教について楽に読める本は希少だと思います。

価格が安いだけでなく、注釈がとても豊富なので、その部分の読みやすさからも「電子書籍」の方に利があると思いました。下記は、Kindol版のリンクですが、私は「iBook」で購入し、iphoneで読みました(私が購入した時点ではKindle版より安かったので)


《MJメモ》

あらゆる本に登場する「マイケル・ジャクソン」ですが、2005年に出版された本書の564Pには、

アンサーズ・イン・ジェネシス(AiG)と呼ばれる福音派が建築中の、6千年足らず前に神が塵からアダムを創ったと信じる人々にとってのルーブル宮と著者が称する「創造博物館」を見学して、

完成のあかつきには、マイケル・ジャクソンの裁判並みに大勢のマスコミが押しかけてくるだろう。

また、カパロットと呼ばれる正統派ユダヤ教徒によって行われる儀式を見に行き、そのすごい人ごみの中で、ラビ・シュムリーボテアックに出会い、

上院議員のジョー・リーバーマン、レゲエ・ミュージシャンのマティスヤフについで3番目に有名な正統派ユダヤ教徒。。。「ザ・ラーニング・チャンネル」のショーを準備中で(のちに放送された)、驚くほどマスコミ通だ。「以前ここにドキュメンタリー番組のクルーがきたことがある。なんの説明もなく、それだけ見たら、野蛮でくだらない感じがする」我々の文化にはもっとくだらないものがたくさんあるんじゃないだろうか」「カパロットはボトックスよりもくだらないだろうか?全実体変化よりもくだらないだろうか?」

・・・などの記述がありました。


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by yomodalite | 2014-01-21 09:58 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

『Honoring the Child Spirit』について

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重大なお知らせです。
なんと、あの『Honoring the Child Spirit』の全訳を公開することにしました!

何それ?と思われた方のために説明すると、

『Honoring the Child Spirit』は、2000~2001年の間、ユダヤ教のラビ、シュムリーとマイケル・ジャクソンの会話を基にした本の第二弾で、マイケルの子供の精神に関する洞察に焦点をあてて編集され、2011年に出版された本です。

第一弾の『The Michael Jackson Tapes』も多くの世評とは異なり、同じような質問の多いMJインタヴューでは聞くことのできなかった話が多く、私は大変興味深く読みましたが、第二弾の『Honoring the Child Spirit』は『MJ Tapes』のような章ごとにシュムリーの見解を聞かされるという苦痛(笑)もなく、MJが常々もっとも重要だと語っていた「こどもの精神」に関して、彼の “肉声” が聞こえてくるような文章が読めるんです。

また、『Honoring the Child Spirit』のことは知っているけど。という方、ご安心ください。

翻訳したのは、わたしではありません(笑)

2012年の秋、わたしはMJファンである、ある大学の英語の先生(美女)に『Honoring the Child Spirit』を翻訳して公開したいと言ったところ、共感していただいたのですが、その後、私の英語力で下訳をして先生が監修するよりも、先生が最初から翻訳した方が早いという計画にも、まんまと成功し(笑)

また、翻訳後の文章には、語学好きなMJファンの方(美女)にも丁寧なチェックをしていただいて、出版レベルの文章で読んでいただけることになりました!

そんなわけなので、

いつものように日本語部分に注意してなどとは、これっぽっちも思っていないどころか、もったいぶって「限定記事」とか、「有料記事」にしたいところなのですが、

聡明であるだけでなく、優しい先生の太っ腹なご配慮により、毎週1回少しづつ公開することにしました。

第1回目は、シュムリーによる「序章」です。

章ごとにシュムリーの見解を聞かされるということがないと言いましたが、最初は彼が書いた「序章」が3回ほど続きます。

「シュムリー=ウザい」という印象をお持ちの方も多いと思いますが、まずは、著者がどういう気持ちで出版したか、また、MJの会話の相手がどのような人物なのかという点を見極めるのも重要だと思います。

翻訳を先生にお願いした理由も、シュムリーの文章を血が通ったものにするためには、英語上級者の方でなければと思ったからなんです。

シュムリーが「マイケルのこどものような精神をどう思っていたか」

それは、わたしたちの「Child Spirit」への扉をも開けてくれると思います。


☆(2016.5.23)現在は、サイトをリニューアルし限定公開しています。
新ブログの読み方はこちら



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by yomodalite | 2013-03-09 19:18 | マイケルの言葉 | Trackback | Comments(4)

新ユダヤ成功の哲学―なぜ彼らは世界の富を動かせるのか/越智道雄

新ユダヤ成功の哲学―なぜ彼らは世界の富を動かせるのか

越智 道雄/ビジネス社



本書は2007年に出版された、アメリカ研究の大家である越智道雄氏によるもの。

ユダヤ関係の読書はハズレ率の高さがハンパないジャンルで、クリスチャン右派や保守派による宗教的敵意が基本となっていたり、また、彼らを親にもっているせいか、一見違っているようで、マインドはほぼ同様の宇宙風味の「ニューエイジ」系に支持されている「ユダヤ陰謀論」か、

もしくは、その「陰謀史観」を否定している(副島隆彦氏と越智道雄氏以外のほとんど)バカバカしさすらない「本の形をしたゴミ」か、

多くのビジネスマンが通勤時に読んで、そのまま一生、電車通勤を止められない「成功哲学」ものの、いずれかなんですが、

本書は、普通のビジネスマン向けの「成功哲学」ではなく、ビリオネアレベルの成功に興味があるビジネスマン向けで、ユダヤ人の成功マインドについても、ユダヤの長い歴史を振り返った本格的なもののうえに、非常に凝縮された編集がされていて、

「成功哲学」を経済的に成し遂げなくても、、と思う「読書家」にとっても価値のある内容で、私は図書館で借りた後、購入しました。

価値ある内容については、目次をご覧になっていただければわかると思いますので、
個人的に興味深いと思った箇所を少しだけメモしておきます。(省略引用)


◎成功遺伝子8「選民思想」マインドセット

普通、民が神を選ぶものだが、ユダヤ教は神がすべての民族の中からユダヤ民族を選んだ。したがってユダヤ教徒は「選ぶ自由」はなく、「選ばれる宿命」しかなかった。この世界史上でも異例の信仰体系が、ユダヤ教徒をヒューマニズム(人間中心主義)、その延長である民主主義という近代化の主流思想との相克に巻き込んでいく。

「選民」という言葉はユダヤ教の原典にはなく「神にえり抜かれた(ブハルタまたはアム・セグラー)という動詞で表現されている。後者はセグラーだけだと「神の宝物」という意味でもある。ブハル(選ぶ)という語の旧約での使用頻度は175回で、それほど多くはない。

つまり「選民」という人間側の優越性ではなく、あくまで「神がえり抜く」という神の絶対的主体性、ユダヤ教徒の絶対的受動性が強調されているのだ。しかもすべての戒律を「殺すな」「姦淫するな」と動詞でビシビシ差し付けてくるこの神の有無を言わさぬ単純かつ鋭い鮮烈な激しさは戦慄的といえる。  

申命記7〜6〜8、新共同訳バイブルの「貧弱」は、原文では「最も少数」となっている、今日世界でわずか1450万人程度のユダヤ系は、選ばれた当時はもっと少数だった。(遺伝子の定義より)


(中略)その後、ユダヤ教徒らがヨーロッパでゲットーやシュテートルに囲い込まれたことが「選民思想」をカバラ思想の形で彼らの間に増殖させた。しかし、選民思想がイエスの優位を奪うことを直感したキリスト教徒の疑惑から、ユダヤ教をモダナイズするアメリカのユダヤ教少数派「再建派(リコンストラクショニズム)」などのように、シナイ山頂でのモーセの受戒や選民思想を否定する宗派も登場した。

ただ、神が否応なく民を選んで信徒にした世界史上でもきわめて特異な例ゆえに、ヤハウエは「事ごとに人事に介入する神」である。今日のユダヤ系の41%がそれを信じている(在米団体「ユダヤ連合会議(CJF)」による1990年度調査。この調査で「ユダヤ系の定義は国籍や文化でなく宗教だ」とするユダヤ系は75%に達した)

介入する神とは何者か? YHWH(ヤハウエ)とは語義的に動詞の「to be(成ること)」である。つまり、ユダヤ教の神は名詞よりも動詞なのだ。したがってユダヤ系を「約束の地」へとせき立てた神の「トゥー・ビー」(動詞性)とは、「われはなんじとともにその地へ赴くであろう」(I'll be there with you)となる。あるいは「われはなんじらにこれこれのことを引き起こす者である」(I am be who cause〈things〉to be)となるのである。

この神自身の痛烈な「動詞性」ゆえに、ユダヤ系自身「動詞的」たらざるをえなかった。

「コンピューターは情報を動詞化する」とは非ユダヤのビル・ゲイツの言葉だが、コンピューターの開発者の多くはユダヤ系だったのである。(「介入」する神より)

ピューリタンの選民思想は、しかし、他民族社会特有の「民族性」の強調が強まってくるにつれて削ぎ落されていき、ユダヤ系は自らの選民思想と文化多元主義的なアメリカの間で苦悩することになった。ユダヤ教三派のうち、左派の改革派、前述の再建派、いや中道の保守派すら、基本的には選民思想の没主体性(逆にユダヤ教の絶対性)をアメリカン・デモクラシーの主体性(逆に他民族集団同士の相対性)とどう折り合いをつけるかに悩み、その案配の違いが、宗教間の違いと特徴を形づくることになるのである。

私註)ラビ・シュムリーはWikipediaによれば、戒律遵守に厳しい「正統派(Orthodox)」。ユダヤ教は、やや厳しい「保守派(conservative)」ゆるやかな「改革派(Reformism)」「再建派(Reconstructionism)」と、「特定宗派なし派(No Label)」に分かれているらしい。

◎成功遺伝子9「ヘブライ的時間の貫徹」
なぜユダヤ系にとって「歴史は繰り返さない」のか?


ヘレニズム的(ギリシャ的)時間」は季節ごとに円周を描く、ゆとりのある時間だが、反復だから厳密な意味で何一つ新しいものはなく、したがって個人もなく、人は生まれ変わるだけで(輪廻転生)、歴史はつくられない。

他方、「ヘブライ的時間」は創世から終末へと非可逆的に流れる厳しい時間だが、刻々に新しい展開が発生、個人は生まれ変わらず(輪廻転生なし)、したがって個人はあくまで個人であり(人生の一回性)、それらの個人が歴史を構成していく。

ヘブライ的時間は、世界とともに時間を創出したヤハウェが最終的にはユダヤ教徒を自らが生息する「時間の外(永遠)」へと回収するまで非可逆的に流れ続ける運動率をもつ。だからこそヤハウェとは「成る to be」を意味し、「物事を引き起こす」という動詞的機能をもつのだ。

ユダヤ系が創出した古代ではまったく新しかったこの時間概念こそ、ユダヤ文化の成功遺伝子の基幹染色体を形づくった。(遺伝子の定義より)

◎[Amazon]新ユダヤ成功の哲学
◎[参考ブログ]お金学

☆少し似たタイトルですが、副島氏と副島研究所メンバーによる、
こちらのユダヤ本も知的好奇心が刺激されて「金儲け」に興味がない人にもお奨め!

◎[Amazon]金儲けの精神をユダヤ思想に学ぶ




(写真はクリックすると拡大します)
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by yomodalite | 2012-09-11 20:03 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

黄金律に従おう『The Michael Jackson Tapes』

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☆人種差別、宗教、反ユダヤ主義[2]『The Michael Jackson Tapes』と、
☆人種差別、宗教、反ユダヤ主義(註釈)の続き

Happy Birthday!!! のページをたくさん見てくださってありがとうございます! 

引きつづき『The Michael Jackson Tapes』の和訳ですが、「Jehovh's Witnesses years and Religion」は、今回の章で終了です。

Following the Golden Rule ー With All People
黄金律に従おう


P.128~

SB:Let's get back to Jusitice. When you see so many injustices with no recourse to justice, when people are killed and their murderer is never found, when garbage is written about you continue to believe in justice?

MJ:I don't believe in justice. I believe in it but I don't believe that…

英文表記はここまでで省略。本をお持ちの方は、和訳の内容をご確認のうえ、気になる点や間違いは、遠慮なくご指摘くださいませ。途中ポイントになるような箇所のみ、英文も併記しました。


SB:正義の話に戻ろう。君は、多くの不正が放置されていたり、人が殺されても、殺害者が見つからなかったり、また、君についてのゴミのような記事が書かれていても、正義を信じ続けることが出来ると思う?

MJ:僕は正義は信じてない。正義は信じているんだけど、司法の「正義判断」は信じていないんだ…

SB:君は、正しいことをした人には報酬が与えられ、犯罪者は罰せられるべきだと思わないの?善良な人は繁栄し、悪人は失脚し落ちぶれるべきだとは思わないということ?(☆註1)

All these are man - made things. I think evil is in people's hearts. This is where you and I might disagree. I don't think there is some devil out there manipulating our thoughts. That is what I was taught.

MJ:そういったことは、すべて人が創ったことだよ。僕は悪(evil)は人々の心の中にあると思う。この件に関して、君と僕とでは意見が違うだろうけど。僕は悪魔(devil)が外側から、僕たちの心を操っているとは考えない。これは僕が教えられたことだけどね。

SB:ユダヤ教では、悪魔(devil)という存在は信じられていない。したがって、私たちは君の考えにそれほど反対はしない。ただ、私たちと異なるのは、非常に有害なことをする人々は、その悪事を自分の内側に取り入れて自分のものとしていく。だから最初は邪悪な行為をしただけかもしれないが、そのうち、その人自身が邪悪(evil)な存在になってしまう。有名なユダヤ人の哲学者マイモニデス(☆註2)は言った。「習慣は第二の天性なり」(☆註3)

人は行なったことと同じものになるから、彼らは邪悪であり、ヒトラーのような人間には何も希望もない。そして、誰もが、君でさえも、その法則からは逃れられない。彼らのような人間は、骨の髄まで邪悪なのだ。

MJ:僕も悪魔は非常に邪悪だと思う。悪魔はこの部屋や世界中の裏側に潜んでいて、彼らは本当に忙しい。みんなゲイになってしまうし、同じようなことをしている女性もいる。だから、僕は悪魔は人の心の中にいると思うんだ。(☆註4)

(SB註:マイケルのゲイへのコメントについて。私が思うに、マイケルは自分が見た世界を表現したのではなく、すべてを悪魔の責任にしようとする人々が言うことを、言い換えて表現したのだと思う。マイケルが同性愛嫌悪の意見を言うことを、私は一度も聞いたことがないし、彼はそのような性格ではまったくない。彼はときどき、出会った男性が同性愛者かどうかを当てるゲームをしていたが、それは、悪魔的かどうかというような判断ではなく、彼らが自分に対して慕ってくるかどうかに基づいていた)(☆註5)

SB:こんな残酷な世界で、私たちが正義を信じ続けるためにはどうすればいいと思う?

Follow the Golden Rule. Be kind to your neighbors, love them as much as you would love yourself, do unto others...

MJ:黄金律(☆)に従うこと。隣人に親切に。自分を愛するのと同じように彼らを愛し、他の人にも同じように行なうこと...

☆黄金律(Wikipedia)

SB:君は罪を罰せられることなくうまく逃れようとする人々を見てどう感じるのだろう?怒りを感じない?公平でない卑劣な人々がいるとは思わないの?

MJ:腹が立つよ。だけど、僕は世界にはそういうことがあると知っている。僕のワールドツアーのテーマはこうなんだ。人に親切に、世界を癒そう、ここから違う自分になろう、人を愛そう。それは教会に行くことに似ているけど、僕は説教はしない。僕は音楽とダンスを通してそれを伝えるんだ。

マリリン・マンソンはステージで「神を殺せ!聖書を引き裂け…」と言っているけど、メディアは彼を攻撃しない。彼がまるで女性のような胸をしていてもね…(☆註6)

SB:君は、そういった卑劣な手段で成功したような人々を見て、いつも神に「僕には理解出来ない」と言っているのかな?

No, because I know how feel.

MJ:そうだね。僕にはその気持ちはわからない。

SB:じゃあ、君はそんなときどうするの?

MJ:僕は、世界には善良な人々がいることを信じている。そして、この世界に神が存在していることも信じているけど、神が「審判」を行なうとは思わない。神が降りて来て「あなたは申し分ない。しかし、あなたは引き抜くつもりだ」なんていうことは、僕はしないと思う。

SB:この世界に地獄がないということは、ユダヤ教でも同じだ。罪を洗い清めるための罰はあるけど、永遠に処罰されるような罰はない。

Really? I think that is all beautiful because we were all taught to believe in the devil and Lucifer and the burial ground, where you never get resurrection and judgment.

MJ:本当?それは素晴らしいね。なぜなら、僕たちは(クリスチャン全般を指していると思う)は、悪魔や堕天使(ルシファー)や死後の世界のこと、君は信じないだろうけど、キリストの復活や、審判の日を信じるように教えられてきたからね。

There is a decision being made right now as we talk. Jesus is putting certain people on the right, and when the end of the would comes all those people on the left will be swallowed up and they will be dead forever.

僕たちはいろいろ話して来たけれど、はっきりさせておきたいことがある。イエスは、ある人々を右におき、また、ある人々を左において「終末の日」に、左側の人々が地獄に飲み込まれて永遠に罰を与えられる。(☆註7)

That's not fair is it? There are a lot of beautiful, good people in the world no matter what religion, no matter what race. If there was really such a thing as real true heavenly justice, I don't think Hitler would have got away with what he did as long as he did.

そんなのはフェアじゃないだろう? この世界には善良な人々がたくさんいて、どんな宗教でも、どんな人種でも何の問題もない。もし、この世界に、真実、本物の天国と言えるような「審判」があったとしたら、ヒトラーがしたようなことを、彼が長い間、罰せられることなく出来たはずがない。

Then you get those people who say, " It happened for a reason, to teach the would never to let it happen again. "

それから、こんなことを言う人もいる。「もう二度と、こんなことが起こらないように、人々に教えるために、ホロコーストのような行為が行なわれた」

My foot ! You don't need a million of those little kids to die to teach the would. I am not going for it. They let him get away with it.

そんなばかな!世界に何かの教訓を与えるために、百万もの幼い命が必要だなんてことはない。僕は絶対にそうは思わない。ヒトラーは単にああいうことを、報いを受けることなくやれてしまったっていうことなんだ。

One day when this is over we will get Elie Wiesel to take you to Auschwitz, where so many of those children died. That would be poignant. You have to read his book, Night. His books is one of the most influential books of the twentieth century. He was sixteen years old when he was at Auschwits. He is the most famous Holocaust survivor in the would.

SB : 私たちはエリ・ヴィーゼルと共に、大勢の子供たちが亡くなったアウシュヴィッツに行く日が来るだろう。それは心に強い印象を残す。彼の『夜』という本を読むべきだ。彼の本は20世紀で最も影響力のある1冊だ。アウシュビッツにいた頃、彼は16歳だった。ウイーゼルは、世界一有名なホロコーストからの生還者だ。(☆註8)

(Professor Elie Wiesel is a prince of the Jewish people and one of my greatest heroes. As I mentioned earlier, I introduced Michael to Professor Wiesel, the Nobel Peace Laureate, and they had several meetings.

(SB註:エリ・ヴィーゼル教授は、ユダヤ民族の王子であり、私の最も偉大なヒーローの1人です。前にも言いましたが、私はマイケルをヴィーゼル教授[ノーベル平和賞受賞者]に紹介し、彼らは何度かミーティングを行なった。

Wiesel was my guest over two visits while I was rabbi at Oxford, and we have become close friends. It was my fervent hope that Professor Wiesel would take Michael under his wing, and it was Michael's great honor to have one of the world's foremost humanitarians believe in him for a few months.

ヴィーゼル教授は、私がオックスフォード大学のラビであった期間に、私の元に2度訪れ、私たちは親しい友人になった。ウィーゼル教授の下に、マイケルを連れて行くのは、私の強い希望でもあり、そして、世界一の人道主義者のひとりに、2、3ヵ月の間信頼されたことは、マイケルにとっても大きな名誉でした。

Later, when MIchael got arrested on charges of molestation, I called Professor Wiesel and apologized for vouching for Michael and what I thought to be his sincere intentions to help children. Professor Wiesel once told me that he saw compassion in has always been a wise counselor in my life and I continue to be blessed with his inspiration and guidance.)

その後、マイケルが猥褻行為の罪で逮捕されたとき、私はヴィーゼル教授に電話をして、マイケルと私が子供たちを助けるという考えは、誠実な意図によるものだと説明し、彼の保証人になったことを謝罪しました。ヴィーゼル教授は、かつて、私にとって同情は、常に人生の賢いカウンセラーであり、そのインスピレーションに今でも恵まれ続けていると語りました)


He is not bitter. He is like Mandela in that way.

MJ:ヴィーゼル教授は、冷酷で厳しいというような人ではなく、マンデラのようなタイプだね。

So you don't believe in justice ? You have seen it subverted too many times to believe in it ?

SB:君は正義を信じるには、あまりにも多くの人が罪から逃れるのを見て来たから、それを信じないの?


I believe there should be justice but I don't believe in the justice system. That's what I should say. You have seen the things that go on in the world and how people get away with them.

MJ:僕は正義はなくてはならないと思っている。でも、司法制度は信じてない。それが僕の言いたかったことだよ。世界で進んでいる物事や、それに関わる人々が、そこからどう逃れるか見てきたからね。

The majority of the good people that you have met, have they prospered ?

SB:君が出会ってきた善良な人々の大部分が、それで上手くいくと思う?


Absolutely

MJ:絶対大丈夫!

☆黄金律に従おう(註釈1)に続く



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by yomodalite | 2012-09-01 09:14 | マイケルと神について | Trackback | Comments(22)

人種差別、宗教、反ユダヤ主義[2] 『The Michael Jackson Tapes』

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☆人種差別、宗教、反ユダヤ主義[1]『The Michael Jackson Tapes』の続き

P.123~(中段より下)

SB:君は、大人たちがそうだったとしても、若い世代は、優しい心を持っていると信じ続けているの?

MJ:そうだよ。僕は今日までそれを見つけ出そうとしている。僕はユダヤ人の問題もずっと気にかけて来て、すごく大きな問題だと思ってる。

SB:ユダヤ人問題って?

MJ:ホロコーストで孤独に亡くなった子供たちの数を知ったとき…[泣き崩れる]人は何故そんなことができるんだろう? 僕には理解できない。人種が何であるかが、どうして、そんなに重要なんだ? 何であろうが… そんなことは、全く理解できない。人種にどんな条件があるって言うんだ …

僕には、人種差別なんて理解できないし、誰かが、それらを嫌うように、君の心が憎しみでいっぱいになるように、命令するんだろうか? 申し訳ないけど、彼らには、僕の心をそんなふうに変える事はできないよ。君には悪いけど、彼らは君の心は変えられたの?

SB:私たちが影響を受けやすい自分をつくり、正しいことを要求する神との関係を断っていたとしたら、彼らは、私たちの心を変えることが出来ただろうね。


MJ:ヒトラーは天才的な演説家だった。彼は多くの人々の心を憎しみに変えた。彼はショーマンに違いない。彼は演説の前に、少し間を挟んで、少量の水を飲み、のどをすっきりさせ、周囲を見回す。それは、エンターティナーが観客を惹き付けるためにやることと同じなんだ。彼は、演説の最初の言葉から激高していて、その強い口調で叩き付けるように話す。

でも、彼はどこでそんなことを学んだのだろう?彼は学校を退学しているし、彼はそこでは建築家になろうとしていた。彼は多くの失敗を経験している。僕はそういったことは、すべて刑務所で起こったんだと思う。『我が闘争』(☆)にあるようにね。僕は本当にそう信じているんだ。

☆『我が闘争』(Wikipedia)

(SB註:マイケルは、ヒトラーはショーマンとしては素晴らしいものがあると分析していた。私は後になって、ヒトラーの演説を何本も見たがマイケルの分析は間違いなく正しかった。ヒトラーは演説を始めるとき、少し間を取り、そして観衆の期待が高まった後で、ゆっくりと話し始めるのだ。)

SB:彼がその本を書き始めた場所で、彼の計画は練り上げられたと?


MJ:ああ、そうだね。彼は強い怒りを込めてその計画を練り上げた。ネルソン・マンデラとは真逆だね。彼は刑務所で子羊になり、恨みを持たなかった。彼は青春期が過ぎ去ってしまった80才の今日まで、長い間刑務所で過ごした後悔を口にしない。

SB:彼の青春時代が過ぎ去ってしまっていても?

MJ:そう、彼はかわいいんだよね。すごく子供っぽくて

SB:彼もくすくすと笑うの?(☆註2)

MJ:彼は子供たちが大好きで、僕が彼に会いにいったとき、何人かの子供たちと一緒にいたんだけど、「子供たちはここにいてください。マイケル・ジャクソンさんだけこちらにどうぞ」と言われて、僕は「マンデラ氏は子供たちに会うのを嫌がったりしないよ。子供たちが一緒に行けないのなら、僕も行かない」と行ったんだ。マンデラ氏の代理の人が、険しい表情で、僕の顔を見てきたことを憶えているよ。

そのあと代理の人が戻って来て、「みなさん、お入りください」と言った。マンデラ氏は、初めに子供たちのところにかけよってハグをしたんだ。僕はね、マンデラ氏がそんな優しい人だと知っていたし、彼も子供たちが大好きだった。彼は子供たちに話しかけた後に、僕と握手したんだ。それが正しい順序というものだよ。(☆註3)

SB:君はヒトラーとは真逆なんだろうか? 神は驚異的なカリスマ性を君に与えた。ヒトラーが、人間の獣性を表わすなら、君は人間の純真さや神性を引き出したいと考えている。最強の暗黒の力が、ヒトラーの指示によりドイツから放たれることになり、神は今、君に驚異的なカリスマを与えた。君はそのカリスマ性を、人の心にある純真さや神性を引き出すために使っているの?

MJ:僕はそう信じている。僕のショーに来れば、君も変わることが出来るよ。僕のショーは宗教体験のようなものだから。そこに来る前は君はただの1人の男だけど、そこから出て行く頃には、違う人間になっている。実際そうなるんだから。

SB:君は、ショーの目的のひとつとして、人々からそれらを引出すようにしているということ? ただ、観客を楽しませるだけではなく?

MJ:もちろん。観客も僕もそうなんだ。僕たちがコンサートでやっていることを、君にも見せてあげられたらいいのに。ステージに巨大な戦車が登場して、戦車と兵士が、観客に狙いを定め、それから、彼は僕に対して、銃口を向けると、観客全体からブーイングが起こる。どんな国でもそうなんだ… そして僕が銃を取って、それを下に向けると、兵士たちは嘆き始める。そこに、小さな女の子が登場して ーーいつも貧しい農家の少女なんだけどーー 花をひとつ持っていて、兵士の顔を見て渡す。兵士の膝が折れて泣き崩れると、観衆はいつも熱狂するんだ。

それから、僕のスピーチが始まって、別の少年がやってきて手話をする。君がそこにいたら、観客がみんな泣いているのが見るだろう。それは、どこの国でも起こることで、『Earth Song』という曲でのことなんだ。

僕は親善大使のように、世界中でそういったメッセージを広めて来たんだ。その後『Heal the world』では、全世界の子供たちが巨大な地球を取り巻いて、後ろにある大きなスクリーンには、世界中のリーダーたちが映し出されて、それは驚くよ。

一方、他のシンガーたちは、セックスについてとか「ベイビィ、バスタブの中で、君の体のすべてに触りたい」とか歌っていて、僕だけが、どこかのマスコミに変な奴だと叩かれてる。君はその感覚をどう思う?

SB:それは、もちろん正しくないね。

MJ:おかしいと思うだろう?

SB:君が見たものとは、変わっているね。

(SB註:その頃、マイケルはオックスフォードのような場所でスピーチをしたことによって、彼の周囲には信頼のおける尊敬すべき政治家や、育児の専門家が集まり、彼は良い評価を得るようになり、失われていた尊敬を回復しつつあった)

SB:彼らはなぜ理解できなかったんだろう?なぜ、彼らはナチスのような、邪悪(evil)な人たちになったのだろう。


MJ:僕には、彼らの心に近づく方法がないとは思えない。

SB:それは、君がヒトラーと直接向かい合って話すことができたら、ということ…

MJ:そうだよ。まさにそのとおり!彼の周囲には、彼を恐れていた人々ばかりが大勢いたんだ。

SB:もし君がヒトラーと1時間会うことが出来たら、君は何らかの方法で、彼の心に触れることが出来ると信じているということ?

MJ:僕は、絶対に出来ると確信してる。

SB:ヒトラーだよ。マイケル!君は誰であろうと、心の底から邪悪(evil)な人はいないと思っていて、それで、彼の心にも触れられると信じているんだね。だから、君は不正を罰すること良しとしない…

MJ:僕は彼らのような人たちは救って、セラピーを受けさせなければならないと思う。君は、彼らに教えてあげなくちゃ。人生のどこで、何を間違ったのか、彼らは自分が何をしているかわからなくて、それがどれだけ間違っているかもよくわかっていないんだ。

SB:しかし、マイケル、ヒトラーのように、明確に矯正不可能な人々もいる。彼は悪(evil)そのものだ。君が同席するような人間性の欠片もない人間で、見たことがないような深海や暗闇に話しかけるようなものだ。いったいどれだけ大勢の人を殺したと思っている?彼らに与えるセラピーなんてないだろう?彼らは殺人者なんだから、厳しい罰を与えるべきだよ。

MJ:それは、恐ろしいことだと僕は思う。彼らの心に届くような人がいることを僕は望むね。

SB:彼らがすでに罪を犯していて、彼らが殺した犠牲者がいるのに? 

MJ:彼らがすでに罪を犯してしまっていたとしたら、それは間違っているけどね。

(SB註:これは、馬鹿げた話だ。ヒトラーを1時間で変えられると信じている人がいるとは。ヒトラーは、かつて、この世に存在した中で、最も邪悪(evil)な人間だ。その男は、600万人のユダヤ人の殺害はもちろん、100万人の子供たちも同じように計画的にガス室で殺害した。マイケルは純真だから許すことができるのだろう。

しかし、暗闇を光に、悪(evil)を善(goodness)に変えることができると信じている人間には、通常の善悪のルールは通用しない。マイケルは自分には、子供たちを癒す特別なヒーリングパワーがあると信じていて、その能力は、他の人々には間違って見えたとしても、彼には心地よいものだった。

実際のところ、私は、マイケルのヒトラーへのコメントについて、彼をもっと説得すべきだった。私は、彼に、「マイケル!君は救世主(Messiah)じゃないんだ」と言うべきだった。君は、第二次世界大戦を止められなかったじゃないか。私はそうしなかった自分の臆病を後悔している。しかし、私は重大な判断をせまる問題に対しては、柔軟な姿勢でアプローチすることにした)

SB:ここまでの話をまとめてみると、君が、世界を子供の目を通して見ようという意見は面白い。了解だ。だが一方で、子供にとって、本当に邪悪(truly evil)な人間を見分けることは難しい。それは、子供が人を信じやすいという問題でもあり、同時に、君が抱えている問題でもある。(☆註4)

たとえ、どんなに有害な悪人であっても、君は良いところがあると言いたい。それなら、人を裁くシステムについては誰かに依頼したらどうだろう。それは君が世界に貢献するようなことではなく、率直に言って、その件に関して君は良くない仕事をしてしまう恐れがある。(☆註5)

残酷な行為による「大人の世界」の罪を知れば、君も刑罰が必要だと思うようになる。しかし、子供の世界ではそれらは存在しないので、君は処罰を必要としないなどと言うんだろう。しかし、マイケル、君はヒトラーの心に触れることが出来るなんて、本当に考えているの?


MJ:間違いなくそう思ってるよ。

SB:何らかの方法で、ヒトラーの良いところを見つけることが出来ると?

MJ:うん。僕はできると思っているし、実際に出来るよ。誰も彼と本当に話をしたことがないんだよ。僕が思うに、彼は、こんな言い方は嫌いなんだけど、ご機嫌取りのような連中に囲まれていたと思う。事実、彼らはそんな感じで、それは、ヒトラーが求めたことでもあり、彼の周囲もそうしていた。

SB:ヒトラーには、挑む人間が誰もいなかったということ?

MJ:ドイツには、ヒトラーに反対する人間もいた。彼らはヒトラーを殺すことだって挑戦したよ。憶えてるだろう?

SB:ああ、クラウス・フォン・シュタウフェンベルク(☆)だね。しかし、彼と彼の賛同者は、1千万人の人口のうち、多くても数百人だった。このような話の場合、私と君の意見にはかなりの距離がある。ヒトラーは本質的に邪悪だ(intrinsically evil)。君には彼の心に触れることは出来ない。この問題で人々ができる唯一の方法は、彼らをこの世界から追い出すことだけだ。(☆註6)

☆クラウス・フォン・シュタウフェンベルク(Wikipedia)

◎ヒトラー暗殺計画(Wikipedia)

SB:君は酷い報道をして来た人々や、子供を傷つける人々を除いて、君の心の中のすべての人々を許して来たのかい?

MJ:そうだよ。(☆註7)

☆人種差別、宗教、反ユダヤ主義(註釈)に続く



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by yomodalite | 2012-08-21 12:17 | マイケルと神について | Trackback | Comments(5)

人種差別、宗教、反ユダヤ主義[1]『The Michael Jackson Tapes』

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☆カルマと正義[2]『The Michael Jackson Tapes』と、
☆カルマと正義[2](註釈)の続き

ラビ・シュムリーの著書『The Michael Jackson Tapes』から、Part 2「Jehovh's Witnesses years and Religion」(エホバの証人時代と宗教)にある「Racim, Religion, and Anti - Semitism」の和訳です。

Racim, Religion, and Anti - Semitism
人種差別、宗教、反ユダヤ主義


P.120~

SB:マイケルは彼の曲「They Don't Care About Us」で、ユダヤ人を侮辱する言葉である「Kike」を使用したことによって、激しい非難を浴びた。私とマイケルが友人であることを知っている多くのユダヤ人たちが、私にマイケルは反ユダヤ主義だと言って来た。しかし、マイケルの人生で非難されたことの中で、反ユダヤ主義だと言われることなど、それらのうちのひとつに過ぎない。

私は、むしろ、マイケルがユダヤ人に直感的に親近感を抱いていたと思う。(☆註1)マイケルは、私がラビであるということに非常に敬意を払い、私が持っていたユダヤ学の知恵から、多くを学んでいた。私はマイケルがユダヤ人を誹謗するような2006年頃のボイスメッセージについても、よく知っている。

◎[ボイスメッセージ]Michael Jacksons opinion about jews

そういった不快な行動を援護するつもりはないが、私が彼を守ることが出来なかった期間、マイケルは処方箋薬の問題を抱えていて、彼は薬物の影響下にあった。そして、誰がそれらをマイケルに与えていたかについては、誰にもわからないが、マイケルは常に私の前では、ユダヤ人と、ユダヤ教に対して、最上級の尊敬を表していた(☆)


☆[関連記事]Michael Jackson and The Jews:Rabbi Shmuley Boteach

(会話はここから)

SB:君は、社会から取り残された多くの人々の声になろうとしてきた。「They Don't Care About Us」もそうだね。この曲の重要なメッセージである、誰からも見捨てられているのは誰だろう? 貧しい人々? それとも第三世界?

MJ:僕が言いたかったのは、誰からも見捨てられていて、不当な扱いを受けている人々、結婚していない両親から生まれたり、「ニガー」(黒人への差別用語)なんて言われたり、これは、僕が言ったことで、誤解を受けた言葉だけど「カイク」(ユダヤ人への差別用語)もね。

少年の頃、ユダヤ人の弁護士と、ユダヤ人の会計士が、僕が寝ているベッドの隣で、お互いに “カイク” と呼び合ってた。僕が「そうはどういう意味?」と聞くと、彼らは「ユダヤ人に対する悪い意味の言葉だよ。黒人に対して “ニガー” というのと同じさ」って、僕は「ああ、そうなんだ」と答えた。

だから、 “ニガー” も “カイク” も、人々が不当に扱われるときの言葉だって知っていて、そう言ったんだ。大勢の人に誤解されたけど、僕は決して… わかるだろう?

SB:君は声なき人たちのために、立ち上がろうとしたんだね?

Yeah, who don't have a voice. I would never teach hatred, ever. That's not what I'm about.

MJ:そう。声なき人のためにね。僕は憎むことは決して教えない。それは僕が言いたいことじゃない。

SB:君にはアメリカ人としての誇りがある? 外国でコンサートを行うとき、いろんな意味でアメリカの代表だと感じることは?

MJ:これから言うことを、誤解して欲しくないんだけど、僕は自分を世界の一員だと感じている。だから、どちらか一方につくのはいやだ。アメリカ人として、この国に生まれ、アメリカについて誇りに思うことがたくさんあっても、そうは思えないことも… 偏見と言うか… ノーマン・ロックウェルが描いた、学校で学ぼうとする少女に物を投げている絵とかね…


(SB註:ロックウェルは、南部の人種差別が撤廃されたばかりの学校に、白人の攻撃から彼女を守る連邦保安官に警護されて、通学する黒人の少女の絵を描いた。マイケルと私は、ノーマン・ロックウェル美術館にその絵を見に行ったことがあった)


MJ:僕には人種差別が理解できない。僕の母親、彼女は天使とか聖人のような人なんだけど、エンシノの家から1ブロック先にあるマーケットに、ベンツで買い物に行った日、母はみんなを愛しているのに、車に乗った白人の男性に「アフリカに帰れ!ニガー!」と怒鳴られた。母がそんな目に会うなんて、今から5年ほど前のことだけど、僕はすごく傷ついた。その白人男性は妬んでいたんだと思うよ。

僕が知っている話としては、僕の兄弟が乗っていたロールスロイスに鍵をかけて出かけて戻って来たら、誰かが自分の鍵で、その車に傷をつけていた。黒人がロールスロイスを運転していたからだよ。そういうことにはうんざりするね。皮膚の色と、その人の人間性とは何の関係もないじゃないか。

僕は、ユダヤ人の子供も、ドイツ人の子供も、アジアや、ロシアの子供もみんな愛している。僕たちは、みんな同じで、僕はそれを完璧に証明できるよ。

僕はあらゆる国で、コンサートをして来たけど、彼らは、みんな同じ場面で泣いて、同じ場面で笑って、同じ場面で興奮する。気絶して倒れるところまで同じなんだから、それは完全な証明だと言えるよね。僕たちには、みんな同じ共通性があるんだ。

ロシア人は抜け目がなく、ドイツ人は感性や感情がないなんて聞いたことがあるけど、僕のコンサートでは、ドイツ人は僕たちと同じか、それ以上に感情的だった。ドイツにもロシアにも、僕を大好きなファンがいて、彼らは、寒い日でも、暑い日でも、僕を一目見ようとずっと外で立っている。

彼らは「世界を癒したい!」「私たちはあなたを愛してる!」って叫ぶ。そういうのは若い人々で、戦争や他のくだらない状況とは何の関係もない。彼らはこれまでとは違う、新しい種類の人たちだ。とても素晴らしいし、僕も世界のひとりになったように感じる。だから、僕には、どちらの側にもつくことは出来ないよ。「僕はアメリカ人です」と言うのが嫌いなのは、そういう理由なんだ。

SB:実際のところ、君は信じられないほど成功した初めての黒人有名男性として、そのキャリアがどんな影響を及ぼしたと思う? 例えば、誰かから不公平な行為をされたとか、君の母親が経験したような人種差別とかはあった?

MJ:そうだね。僕の前には、ハリー・ベラフォンテや、サミー・ディヴィス・ジュニア、ナット・キング・コールがいた。 彼らはエンターティナーとして、人々は彼らの音楽が大好きだったけど、でも、彼らは、ちやほやされたり、キャーキャー言われたり「愛してるわ!結婚して!」なんて、言われたことはなかった。

彼らは観客に服を破かれることもなかったし、ヒステリックに叫ばれたり、スタジアムで演奏することもなかった。僕は、最初にそういったスタイルを破って、白人の女の子、スコットランドや、アイルランドの女の子たちにも「愛してるわ!あなたが欲しいの!…」とか叫ばれたんだ。

多くの白人の記者たちは、それが気に入らなかった。僕がパイオニアだったから、彼らは僕に冷たかったんだ。 それが作り話の始まりだった。「彼は奇妙だ」「彼はゲイだ」「彼は高圧酸素室で寝ている」「エレファントマンの骨を買いたがっている」 … 人々が僕に背を向けるようなことを、彼らは本当に酷いことをやってきた。僕じゃなくて、他の誰かがそんな目にあったら、今ごろ麻薬中毒で死んでいるだろう。

SB:君がそんなことに耐える力はどこから与えられたの?

MJ:こどもたちを信じること。若者を信じること。こどもたちを守るために、神が僕にこういった試練を与えたんだと信じることだよ。

☆人種差別、宗教、反ユダヤ主義[2] 『The Michael Jackson Tapes』に続く



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by yomodalite | 2012-08-20 17:31 | マイケルと神について | Trackback | Comments(0)

カルマと正義[2]『The Michael Jackson Tapes』

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夏休みに、東京から車で2時間ぐらいの場所でキャンプをしてきました。美しい虹は見ませんでしたが、ずっと気持ちがいい青空で、草原を跳びまわる鹿にも会えませんでしたが、見たこともないような巨大な虫をしばらく眺めたりして、夜はテントから星空を眺めながら、ちょっぴり神に感謝してみました。

下記は、

☆カルマと正義[1]『The Michael Jackson Tapes』と、
☆カルマと正義[1](註釈)の続きです。

P.118~(中段より下)

MJ:僕がドアからドアへ訪問して布教活動をしていたとき[エホバの証人のパイオニアリング]、人は「私たちは無神論者だから」なんて言うんだ。どうして?なぜ彼らは神を信じないんだろう?… 僕はそれを何度も聞いたし、僕の兄弟もしばらくの間、無神論者で、ティトは母の宗教の信者として厳しく育てられたけど、その後は無神論者だったんだ。今は違うみたいだけど。僕が知っている有名な映画監督では、『雨に歌えば』でアカデミー賞を取ったスタンリー・ドーネン(☆註1)も… 。

SB:君は訪問先の人々から「私たちは無神論者だから」と言われたとき、彼らとどういった議論をしたの?

MJ:僕は生命の奇跡によって、それを試みようとした。子供たちの目や、体が、いかにすべてが正しく動いているか。それらのすべてが、自ら偶然現れるなんて方法はない。

それから、僕たちがなぜここに存在し、なぜ、互いに破壊し合うことが許されているのか? 僕たち人類だけが、この惑星の中でお互いを破壊しようとする、唯一の種属なんだ。僕には、様々な不公平がどうしておこるのかわからない。なぜ、天国は、ホロコーストや世界中で起っている大量虐殺や、リンチや奴隷制度、スターリンとか、、そういったすべての重要な問題を止めることができないのか。

こんなことは言いたくないけど、僕はナポレオンも嫌いなんだ。彼が起こした大量虐殺は賞賛されている。[SB : マイケルはナポレオンが行なったすべての戦争のことを言っているのだと思う]それに対して、ヒトラーは悪魔(Devil)と呼ばれている。でも、彼らは同じことを、同じようにやっている。ナポレオンのことは国のためにやったことだと言う人がいるけど、それはヒトラーも同じだよ!ナポレオンと共に大勢の人が亡くなっているのに、ナポレオン像まである。

SB:いいかい、ヒトラー以上に邪悪(evil)な人物なんていない。それから、ナポレオン。彼は多くの戦争を始めたが、未だに、慈悲深い独裁者だと言われている、この人物は、ヒトラーと比較されることは決してない。現代でも、彼の時代においても、英国やヨーロッパの国々からは「獣(the beast)」と呼ばれ、アンチキリスト(☆註2)だと言われているんだ。

MJ:でも、彼はたった1人で、島で亡くなった孤独な男だろう。

SB:君は歴史書を読むのが好きなの?

MJ:僕は、歴史についての本を良く読むよ。でも、何を信じていいかわからないね。だって僕は、自分に関しての記事が、どれだけ捻じ曲げられて書かれたか知っているからね。歴史も、僕と同じように捻じ曲げられていると思う。この国(米国)は、インディアンから、そしてオーストラリアは黒人から。そしてアパルトヘイトも。彼らがどれほど多くの黒人を殺したか。

You know that most of the death of the indigenous peoples here in the Americas, as well as most of the slaves who were brought from Africa, was through disease and germs. Almost ninety percent of Native Americans died because of European diseases. You see the Europeans had so much disease in their bllod they developed immunity to it. But the Native Americans had no such immunity and European germs killed off about eighty seven percent of indigenous peoples in the Americas, and something like ninety five percent of the Aborigines died of disease. They lived in more wholesome environments without all the European illness.

SB:君も知っているだろうが、アメリカにいた原住民や、アフリカから奴隷として買われて来た者たちも、主な死因は病気と病原菌だ。90%のネイティブ・アメリカンは、ヨーロッパ人の病原菌で亡くなった。ヨーロッパ人は、彼らの血の中に病原菌をもっていたけど、彼らにはその免疫があった。でも、ネイティブ・アメリカンには、そのような免疫はなく、87%のアメリカ原住民が亡くなった。また、95%のアボリジニも病気で亡くなった。アボリジニは、ヨーロッパ人がかかるような病気がない、健全な環境に住んでいたんだ。


MJ:嫌な話だね。申し訳ないけど、そういう話は本当に嫌いなんだ。

SB:最近、オーストラリアに行ったんだけど、そこでは、オーストラリア政府は、アポリジニの人々に謝罪すべきかどうかという議論があったよ。

MJ:それについてはよく知ってる。フランクにも(カシオのこと)それについて話したよね。憶えてない?[SB註:フランク・カシオはこの会話の間、私たちと同じ部屋にいた]

they say that if they apologize then they have to pay them the way they are paying the Jews for the Holocaust. And they don't want to pay them so they can it say they are sorry. They made a mistake because they are worried that they will stick their hand out and ask for money.

MJ:ドイツ人が、ホロコーストに対する謝罪をユダヤ人にしているのと同じように、アボリジニの人々にも、賠償金を支払わなければならないと言う人もいれば、また、オーストラリア政府は、謝罪も、賠償金を支払うこともしたくないという人もいる。アボリジニの人々が、金銭を要求することばかりを心配しているなんて、オーストラリア政府は間違ってるよ。

SB:君は、彼らは謝罪すべきだと思う?

Absolutely, and I give the Jews credit for standing up for the past. Yes. The Germans paid the Jews $47 billion a year in taxes because of the Holocaust.

MJ:もちろんそうだよ。僕はユダヤ人が過去に対して抗議するのは当然だと思うし、ドイツ人はユダヤ人にホロコーストの賠償金として、年間470億ドルもの税金を支払った。

It's actually nowhere near that much, But the Jews were never paid for their slave labor and certainly never accepted blood money for the six million killed.

SB:それは、実際に近い話とは言えない。ユダヤ人には強制労働の賃金は支払われなかったし、亡くなった600万人の犠牲者に対する謝罪金は受け取っていない。

Rather, they were compensated for the tens of billions of dollars in confiscated property that was stolen and destroyed by the Nazis and their collaborators, and even then only got a fraction of what they lost.

もっと正確に言えば、それらは、ナチスとその協力者によって強奪された財産のうち、数百億ドルは償われたが、それらは失ったものの一部に過ぎない。


But I hate when people to this day think that all Germans are bad, because they are not.

MJ:でも僕は、今日まで、すべてのドイツ人が悪いだなんて言われるのは嫌なんだ。だって、彼らが悪い訳じゃないだろう。

In the Bible there is horizontal, rather than vertical accountability. So if I saw you beating up Frank and I didn't stop you, I am also responsible because I was here witnessing it but chose to do so without stopping you. But Prince wouldn't be responsible just because he is your son.

SB:聖書には、縦の関係より、横の関係に責任があると書かれている。例えば、もし君がフランクを殴りつけるのを見て、私が君を止めなかったとしたら、それは私にも同様の責任がある。なぜなら、私はそれを目撃していたのに、君を止めなかったのだから。しかし、プリンス(MJの息子)には、責任はない。プリンスは君の息子だというだけだ。

We do not visit the sins of the fathers upon the children. So, horizontal accountability, but not vertical. He can't be accountable for what his father does. So we of course don't hold this generation of Germans responsible for what their parents did. But we do hold the generation who perpetrated it, and those who watched in silence, we hold them accountable.

SB:私たち(ユダヤ人)は、父親の罪を、こどもに押し付けようとはしない。責任は縦の関係ではなく、横の関係にある。息子には、彼の父親が行なったことについて責任はない。私たちは、もちろん、今の世代のドイツ人に、親が行なったことの責任を負わせることはしない。しかし、私たちは、それを行ない、黙って見過ごしていた親の世代の責任を忘れることはない。
(☆註3)

☆カルマと正義[2](註釈)に続く



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by yomodalite | 2012-08-18 14:01 | マイケルと神について | Trackback | Comments(7)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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