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ロスチャイルド 200年の栄光と挫折

副島 隆彦/日本文芸社




「はじめに」より(以下、省略して引用しています)

欧州ロスチャイルド家200年の全体像を大づかみで理解できることを真剣に目指した。日本では、それなりに読書人を自負する人であっても、この華麗なるユダヤ系の巨大金融財閥の全体像を把握できていない。

たとえばロンドン家2代目当主のライオネルと4代目ウォルター、パリフランス家2代目アルフォンスと、4代目ギーが行ったことを区別することができない。そのために愚かなる陰謀論なるものが、今も日本国内にはびこっている。この本は、この困難な課題にも正面から挑戦した本である。

世界権力者たちによる権力者共同謀議は有る。歴然と存在する。19世紀の世界はロスチャイルド財閥が操る大英帝国の時代だった。だが、20世紀になってから100年余は、アメリカ・ロックフェラー財閥が世界を支配した。ロックフェラー石油財閥が、欧州ロスチャイルド財閥に取って替わり、コンスピラシー(権力者共同謀議)の巨悪を実行してきた。

いつの時代も、世界で一番大きな資金を持つ集団がその時々の世界をいいように動かす。この観点をおろそかにしてはいけない。(中略)

この本が編まれた動機は「ロスチャイルド家による世界支配の陰謀」をバラまき続ける低能たちを粉砕することである。(後文略)


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掴みどころがない『赤い楯』(p22)

日本におけるロスチャイルド研究の金字塔として、読書人階級の人々に崇められている、広瀬隆氏の大書『赤い楯 ロスチャイルドの謎』という本がある。1991年に上下2巻本で刊行されて大きな反響を呼んだ。(中略)ところが、この本であまりに詳細に書かれた内容が、いったい何を意味するのか、誰もピンとこない。

広瀬隆のロスチャイルド研究の欠陥(p25)

広瀬隆のロスチャイルド研究が抱えている大きな欠陥は、情報のソース(源泉)の偏りであろう。どのような人々によって、広瀬隆にあれらの情報がもたらされたのか。それはセリッグ・ハリソンというCIAの高官からだろう。このハリソンは、ジャーナリストとか「アジア核問題の専門家」という民間人のふりをして、この30年間、日本や韓国、北朝鮮や台湾、そしてパキスタンやインドまでも含めた、各国の核兵器・原子力開発の、押さえつけの係をしてきた特殊人間である。

北朝鮮が激高すると日本に核ミサイルを撃ち込むだろう、という物騒なことを米議会の公聴会で発言して、日本国民を脅す米政府の公式のアジア核問題担当の高官である。おそらく、このセリッグ・ハリソンが、あの大書『赤い楯』を広瀬隆に書かせたのだろう。

ハリソンたち、CIA高官は、1970年代に、市民運動家だった広瀬隆に近づいた。「この日本の反核運動の若者は、アメリカの戦略にあっているから育てよう。日本の原子力開発と核保有を阻止するために、資金と情報を与えよう」と育てたのである。


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◎[Amazon]ロスチャイルド 200年の栄光と挫折
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[内容紹介]彼らは鬼でも悪魔でもない! ロスチャイルド財閥は、いかにして世界を支配し、そして敗れていったのか……。18世紀末から現在まで、世界、そして日本の金融、経済の最深部を握り続けた名門ユダヤ財閥・ロスチャイルド家。主要人物26人を幹に、これまで理解が難しかったロスチャイルド財閥200年の全体像に迫る。世界覇権を手にした一族の栄枯盛衰からわかる、近・現代史の裏側! ロスチャイルドを知らずして世界は語れない。ロスチャイルド一族の人物と歴史が、豊富な写真でまるごとわかる! カラー家系図の折込付き。 日本文芸社 (2012/6/26)



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by yomodalite | 2012-07-31 07:41 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(3)
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photo : Elie Wiesel & MJ



オフィシャルサイトで、少しだけ紹介された記事を、全訳してみました。

◎ラビ・シュムリー、MJがナチの支持者だったというウソに不快感

ラビ・シュムリーが話しているのは、MJへの愚かな「レッテル張り」への反論と擁護ですが、くだらないタイトルとは異なり、シュムリーとの議論のこと、イスラエルの首相や、エリ・ヴィーゼルが登場するなど、私には興味を惹かれる内容でした。

色々と、迷って訳しているところが多いので、日本語部分はご注意の上、間違いや、気になる点は、お気軽にご指摘くださると、たいへん助かります。

The Revolting Lie That Michael Jackson Was a Nazi Sympathizer

All a man has in this world is his good name. The book of Ecclesiastes says that a good name is better than fine oil. Our reputations determine what others think of our character. We have a right, therefore, to defend our name against scurrilous and slanderous attack. When those we know cannot defend themselves, we must stand up and speak out on their behalf.

人がこの世で手にできるものは、名誉につきる。伝道書には、名声は良い油よりも優ると書いてあります。私たちが手にする評判というものが、他の人々が、どんな人間として見るかを決定づけるのです。私たちは、下品な中傷などの攻撃から、名前を守るための権利を持っていますが、私たちがよく知る人物が、自己弁護することが出来ない場合、私たちは、彼らの代わりになって、自由に発言しなければなりません。

I generally try to avoid the gossip that is so often said and writing about Michael Jackson. Libraries of nonsense have been written about him, and now that he is tragically no longer alive, he cannot defend himself. In general I see no point in highlighting slanderous material about him by responding to it.

私は、通常、マイケル・ジャクソンについて、何度も言われているようなゴシップや、彼について書かれた無意味な蔵書群について書くことは、避けてきました。悲劇的なことに、今、彼は生きておらず、自己弁護することが出来ませんが、一般的に、それらに反応することは、彼に対しての中傷をより強調することになり、良い点を見出すことはありません。

But several headlines recently caught my attention when I heard that a man who claims to have worked as Michael's bodyguard made the incredulous charge that Michael was a Nazi sympathizer. This kind of viciousness should usually not be responded to because it just gives it more credibility for the retelling. But the slander against Michael's name in this instance is so great that it deserves to be rebutted.

しかし、いくつかの「見出し」は、私の注意を惹きました。最近、私が聞いたのは、マイケルのボディガードとして働いていた男が、マイケルが、ナチの支持者だったという、懐疑的な告発をしたこと。そんな悪質なものに、応答しても、より多くの信用を与えることになるだけですが、しかし、このような類いの、マイケル対する中傷は、影響力が大きいので、それは反論すべきだと思いました。

As is well known, I was Michael's Rabbi for two years. During that time, we discussed every subject under the sun. A great deal of it was captured in the conversations we recorded specifically for publication in the books that became The Michael Jackson Tapes and its follow up, Honoring the Child Spirit. In one of those conversations, Michael spoke of Hitler's mesmerizing oratorical skills.

よく知られているように、私は2年間、マイケルのラビでした。その間の間、私たちは、太陽の下で、様々な課題について、多くの議論をしました。それらを録音した中から『The Michael Jackson Tapes』が出版され、それに続く『Honoring the Child Spirit』も本になりました。そういった会話のひとつとして、マイケルは、人々を魅了するヒットラーの演説技術のことを話しました。

*ラビ・シュムリーが、MJと対話した2冊の本を全訳しました!

He said that oratory is in many ways one of the most effective tools that evil uses to manipulate others and thereby gain power. Michael argued that Hitler used many of the same techniques that showbiz performers use today in order to manipulate audiences and steer them toward evil deed. I was disheartened when the book was first published to see some newspapers highlight these comments of Michael completely out of context and misrepresent him as someone who could have admired Hitler. Nothing could be further from the truth.

彼は、演説というのは、いろいろな意味で、邪悪な意志を持った人間が利用するのに、もっとも有効な手段で、演説によって、人々を操り、それによって権力を得るのであると。現代のショービジネスのパフォーマーが聴衆を扇動し、不道徳な行為へと駆り立てる際に用いる手法の多くは、ヒトラーが使ったのと同じものだと、主張していました。本が最初に出版されたとき、いくつかの新聞が、それらのマイケルのコメントを強調し、彼がヒトラーを賞賛していると、完全に誤って伝えているのを見て、私は、大変落胆しました。これほど、真実から程遠いものはありません。



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Rabbi Shmuley Boteach


Michael detested and despised anyone who would do harm to another human being, especially the Nazis who gassed six million Jews, one and a half million of whom were children. Michael loathed everything Hitler stood for. As I have consistently stated, Michael was a great friend of the Jewish people. He celebrated his relationship with the Jewish community and never shied from demonstrating how much he learned from Judaism through our conversations and friendship.

マイケルは、人に危害を加える人間は、誰であっても、嫌悪し、軽蔑しました、600万人のユダヤ人(その中の150万人は子供だった)を、ガス室に送った、ナチスに対しては、特にそうです。マイケルは、ヒトラーを表現するすべてを嫌悪し、私が一貫して主張してきたように、彼は、ユダヤの人々の親友であり、ユダヤ人社会との関係を祝福していました。ユダヤ教についても、私たちの会話や、友情を通して、彼が、そこから、どれほど学んだかは計り知れません。

In one of our first meetings I gave him a mezuzah as a gift, which consists of a small scroll from the Torah that is affixed to the doorpost. I did not give it to him with the intention that he put it on his door as his was not a Jewish home. Nevertheless, Michael insisted that we put it on the front door of his rented home in Manhattan.

私たちが、最初に出会ったミーティングで、私は彼に贈り物として、メズーザー(註1)を贈りました。それは、トーラー(ユダヤ教の律法)が書かれた小さな巻物で、ドアの外側に取り付けるようなものなのですが、彼の家は「ユダヤの家」ではないので、私は、彼に、そのような意図で贈ったわけではありません。しかしながら、彼は、マンハッタンで賃貸している彼の家の正面玄関に、それを置くことを望みました。

A few weeks later he came with me to the Carlebach Synagogue in Manhattan one of the happiest days of the Jewish calendar, Shemini Atzeret, and told me later, as part of The Michael Jackson Tapes, that it was the happiest night of his life.

数週間後、彼は、私と一緒に、マンハッタンのCarlebachのシナゴーグ(註2)に行きました。ユダヤ暦の中でも、最も幸せな日の1つである「Shemini Atzeret」(註3)のことは『The Michael Jackson Tapes』にも少し書きましたが、その後、彼は、その日のことを「人生の中で、最も幸せな夜だった」と言いました。

As the boy superstar of the Jackson 5, Michael had a Jewish tutor who traveled with him and helped to raise him whose name was Rose Fine. Michael spoke of her in The Michael Jackson Tapes with great affection and revealed to me that he and Janet covered many of his former tutor's expenses as she aged.

ジャクソン5で、スーパースターになった少年のころ、マイケルには、彼を育てるための、ユダヤ人の教育係がいました。ローズ・ファインという名前で、優しく思いやりにあふれた彼女のことは『The Michael Jackson Tapes』の中でも語られていますが、彼女が、年老いてからは、マイケルと、ジャネットが、彼女の支払いの多くを補っていました。

In one of the conversations he says that as the group's plane landed in Germany, Mrs. Fine became agitated. Michael asked her why and she shared with him the horrors of the Holocaust. He was just a boy and it was the first time he had heard of the wholesale slaughter or Europe's Jews.

その会話のひとつで、彼は、ジャクソン5が乗った飛行機が、ドイツに着陸すると、ファイン夫人が動揺するようになったと語っています。マイケルは、彼女にそれがなぜか尋ね、彼女は、彼とホロコーストの恐怖を共有しました。マイケルは、まだほんの少年で、大量殺人についても、ヨーロッパのユダヤ人のことも、彼にとって初めて聞くことでした。

Later, I would take Michael to meet and converse with my dear friend, Nobel Peace Laureate Elie Wiesel -- arguably the greatest living Jewish personality -- who further shared with him the horrors of the Holocaust and the importance of reconciliation and love. Prof. Wiesel showed Michael boundless acceptance and affection, which Michael warmly reciprocated.

その後、わたしは、親しい友人で、ノーベル平和賞受賞者のエリ・ヴィーゼル(註4)ーー 生存しているユダヤ人の中で、最も偉大なパーソナリティーー に会うために、マイケルを連れて行きました。ヴィーゼル教授とマイケルは、ホロコーストの恐怖だけでなく、和解と、愛の重要性について共感し、ヴィーゼルは、マイケルに無限の愛情を示し、マイケルもまた、それを暖かく受けとめていました。

Michael's strong feelings for the Jewish community meant he was even prepared to suffer professionally for his love of Israel and the Jewish people. It is well-known that in 1993 Michael went to Israel on his Dangerous Tour where he performed for 160,000 fans in Tel Aviv. My dear friend Frank Cascio, later to become Michael's manager, accompanied him and he told me how much Michael loved being in the holy land. Less well known, however, is the following story.

マイケルのユダヤ人社会への強い感情は、イスラエルや、ユダヤの人々への愛のために、仕事の面で困難に出会うであろうことも覚悟していました。1993年、マイケルが「デンジャラス・ツアー」で、イスラエルに行き、テルアビブの16万人のファンの前で、ショーを行ったことはよく知られています。私の親友のフランク・カシオ(その後、マイケルのマネージャーになった)も、彼と同行していて、マイケルが、その聖地を、どれだけ愛していたかを、私に伝えてくれました。しかし、これから話すことは、それほど有名ではありません。

In late 2000, a Jewish philanthropist called me and told me that Israeli Prime Minister Ariel Sharon was coming to his home that night for a reception. He said it would be good for Israel if Michael would come there and meet with the prime minister. I turned to Michael, in the presence of some of his professional staff, and asked him if he would like to meet the Israeli prime minister. Michael immediately jumped at the opportunity and told me he would love to do so.

2000年の終わりに、ユダヤ人の慈善家が、私に電話をしてきて、イスラエルの首相アリエル・シャロンが、夜、彼の家で行われる歓迎会に来ると言いました。彼は、マイケルがそこに来てくれて、首相に会えば、イスラエルにとっていいだろうと言ったので、私は、マイケルのスタッフの何人かに、彼がイスラエル首相に会いたいかどうかを尋ね、彼に出席することを求めました。マイケルは、その機会に、すぐに飛びつき、是非出席したいと、私に伝えました。

However, the people who surrounded him at the time mentioned that it might not be a good idea. They said that Sharon was hated in many parts of world, especially in Arab nations. A photograph of Michael with Ariel Sharon could spark a significant backlash including a boycott of Michael's albums and music. Michael immediately dismissed their concerns and said that he felt very excited to meet the prime minister. A few minutes later we embarked in Michael's van and crossed town to the meeting.

しかしながら、彼の周囲の人間は、それはいいアイデアではなく、世界の多くの国々、特にアラブ国家では、シャロンが嫌われていて、マイケルと、アリエル・シャロンの写真は、彼の音楽アルバムの不買運動を含む、深刻な反動運動の口火を切ることになると言いましたが、マイケルは、彼らの心配を一蹴し、首相との面会に興奮して、数分後には、彼の車は、街を横切り、面会へと向かっていました。

The pictures of Michael greeting Prime Minister Sharon, along with me and our dear mutual friend Uri Geller, appeared throughout the world. Michael's professional staff were correct. The very next day websites called for a boycott of Michael's music saying that he supported Israel's "hated" leader. However, Michael did not care. Michael loved Israel and the Jewish people and he was thrilled to meet someone of Prime Minister Sharon's stature.

マイケルが、シャロン首相に挨拶した写真は、一緒にいた、私や、私たちの共通の親しい友人、ユリ・ゲラーと共に、世界中の至るところで現われ、マイケルのスタッフ達の意見は正しく、その翌日には、マイケルが、イスラエルの「嫌われもの」のリーダーを支援したと言って、彼の音楽のボイコットが、ウェブサイトによって始まりました。しかし、マイケルは心配することなく、イスラエルと、ユダヤの人々を愛し、他にも、シャロン首相のようなレベルの人間に会うことのスリルを楽しんでいました。



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Shmuley Boteach, Uri Gellar, MJ, ARIEL SHARON


Above everything else in our relationship, Michael was immensely sensitive to my family's Jewish observance and did everything to respect it at all times. When we would visit him at his homes and hotel suites, he would always order kosher food from local restaurants for us. He developed a taste for the cuisine of some well-known kosher restaurants and would often go there on his own after getting to know the restaurant through me.

私たちの交友において、もっとも強調したいのは、マイケルが、私たちユダヤ教の遵守をとても尊重してくれて、気を遣ってくれたことです。彼は、私たちが、彼の家やホテルの部屋を訪ねたときも、いつも私たちのために、地元のレストランから、kosher food(ユダヤ教の法に従って料理されたもの)を注文してくれましたし、彼は、kosher food レストランの料理法にも興味を深め、私から知った、いくつかの有名レストランに、ひとりで行くこともしばしばでした。

The speech I composed for him, based on our conversations, that was delivered at the Oxford Union in March, 2001 -- one of his crowning achievements where he received a standing ovation and which, unfortunately, has yet to be released by his estate -- was filled with Jewish references and wisdom. Michael told me to leave it all in. As a Jehovah's Witness he felt an immediate kinship and bond with the Jewish people and their teachings.

2001年の3月、オックスフォード大学で語られたスピーチ(スタンディング・オベーションを受けるような、彼の輝かしい業績のひとつだが、不運なことに、彼が生まれた地においては未だに発表されていない)は、私たちの会話をベースに、私が構成したので、ユダヤの知識や知恵で満たされていましたが、マイケルは、それをすべて入れたままにしておくように私に命じました。彼は、ユダヤの人々や、その教えから瞬時に「エホバの証人」との類似や、同様の契約を感じたようです。

Michael was an African-American male who told me that he and his family had experienced a great deal of discrimination in their lives. Surely it is adding insult to injury to accuse Michael of a racism that was never expressed through his actions and never felt in his heart.

マイケルは、アフリカ系アメリカ人として、彼も、彼の家族も、人生で多くの差別を経験したと私に語りました。彼の行動にも、心の中にも、一度もなかった人種差別主義によって、彼を非難することは、彼がそれまで受けてきた傷に塩を塗るようなものです。



Shmuley Boteach, "America's Rabbi," is the international bestselling author of 27 books and has just published Kosher Jesus. He is currently running for Congress to represent New Jersey's Ninth District. His website is shmuleyforcongress.com. Follow him on Twitter @RabbiShmuley.

シュムリー・ボアテック(Shmuley Boteach アメリカのユダヤ教指導者)は、27冊の国際的なベストセラーをもつ作家で『Kosher Jesus』は、彼の最新刊です。また、彼は、ニュージャージー州の9番地区の議会のために奔走中です。彼のウェブサイトは「shmuleyforcongress.com.」で、ツイッターは「@RabbiShmuley」をフォローしてください。

source : http://www.huffingtonpost.com/rabbi-shmuley-boteach

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Pop superstar Michael Jackson finds a quiet corner to sit in at Israel's Masada, the legendary last outpost of Jewish zealots who fought against the Romans nearly 2,000 years ago, in Masada, in this September 19, 1993 file


註1
◎mezuzah(メズーザー)画像検索
◎mezuzah(メズーザー)Wikipedia
トーラーに書かれている戒律が記された巻紙がケースに入っている。ドアなどに取り付けることが多く、結婚式などの贈り物としても、一般的。

註2
◎Carlebach(MJが訪問したシナゴーグ)
◎Celebrities Grace the Carlebach Shul’s Annual Dinner June 20th 2011, NY

(上記の記事)マイケルは、その訪問を「人生最高の日」と言った。
THE CARLEBACH SHUL has had many celebrity visitors before. Michael Jackson called his visit the best day of his life.

註3
2011年のパーティーでは『Black Or White』のSFに出演した、マコーレー・カルキン(Macaulay Culkin)も出席。
◎Carlebach Shul’s Annual Dinner June 20th 2011, New York City

父親役のジョージ・ ウェント(George Wendt)の姿も。
◎Carlebach Shul’s Annual Dinner June 20th 2011, New York City
◎ジョージ・ウェント、MJとの「ブラック・オア・ホワイト」ビデオ製作について語る

註4
エリ・ヴィーゼルの名言
There are victories of the soul and spirit. Sometimes, even if you lose, you win.
魂と精神の勝利というものもある。時には、たとえ負けても勝つのだ

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photo : Elie Wiesel


◎エリ・ヴィーゼル(Wikipedia)
Wikipediaの記述にある批判は、ノーマン・フィンケルシュタインの著書『ホロ・コースト産業』によって、大きな話題になりました。

◎[参考記事]『ホロ・コースト産業』について
イスラエル・ロビーが、米国政治にどれほど大きな影響を与えているかについては、やはり、ユダヤ人の2人の国際政治学者による『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』に詳しく書かれています。

民間人の被害にいっさい躊躇することなく、大都市の生活の場を焼き払った空爆や、広島・長崎への原爆を「ホロ・コースト」と呼ぶどころか、自己批判することしか思いつかなかった、私たち日本人に、ユダヤ人同士の争いのことはわかりませんが、、、

シュムリーは、あくまで、マイケルは、ユダヤの良き友人で、その痛みを深く共有する人物だったことを説明しているだけなので、どうか誤解なきように。それに、MJが、イスラエル・ロビーの利益に偏ることがなかったということは、イスラム社会での絶大なマイケル人気や、彼の交友関係からも明らかですよね。

☆エリ・ヴィーゼルと、ノーマン・フィンケルシュタインの参考記事(私はフィンケルシュタインが本物なのかどうかは知りませんが…)
◎私の闇の奥「Jester としてのマイケル・ムーア」

☆エリ・ヴィーゼル財団の「Humanitarian Award」は、1994年はヒラリー・クリントン、2002年はローラ・ブッシュ、2007年はオプラ・ウィンフリーが受賞。

Elie Wiesel Foundation Humanitarian Award.
On May 20th,Oprah Winfrey was honored in New York by the Elie Wiesel Foundation with their Humanitarian Award. The award honors individuals who dedicate their time to fighting indifference, intolerance and injustice and whose accomplishments are consistent with the goals of the Foundation. Past recipients include First Lady Laura Bush in 2002 and Senator Hilary Clinton in 1994.

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photo : Oprah Winfrey, Elie Wiesel


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by yomodalite | 2012-06-06 09:03 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(9)
本書の著者の西村肇氏は、2011年4月8日に、福島原発事故から放出された放射能の量を物理計算で測定した方です。

◎[USTREAM]理論物理計算が示す福島原発事故の真相(2011.4.9)

私は、2桁の足し算引き算以上の計算とか、数式とか見るだけで「おえっー」となる方なので、これを見てもよくわかりませんし、西村氏がどんな方なのかも全然知らなかったのですが、原発への意見を述べられる方が、物理計算だけでなく、公害や、ガンの著書もあり、尚かつ、米国にも詳しいということに興味をもち、下記の2冊を読んでみました。

◎見えてきたガンの正体(1999年出版)
◎米国 ユダヤ人 キリスト教の真実(2011.10.31出版)

例えば、放射能は低い線量でもガンを起こすことがある….とか言われても、そもそも癌の原因って特定できるの?とか、煙草がガンに影響するという夥しい量の科学的データはよく見るけど、成人男性の多くが煙草を吸っていた時代と、ほとんど吸わなくなった現代と比べて、目に見えて癌が減ってる?とか、禁煙者が増え、寿命が伸びて、介護が必要な老人は明らかに増えたような気がするけど、それで、世の中は「健康」になったの?とか、もう、とにかく疑問でいっぱいだったんですが

『見えてきたガンの正体』は、ガンの治療法とか、ガンをどう生きるかというような内容ではなく、「ガンとは何か?」という内容で、遺伝子とガン、細胞がガンになる理由、なぜガンになるのか?、ガンは治せるのか?など、科学者による「ガン」をテーマにした類書があまりないような興味深い本。

でも、『米国 ユダヤ人 キリスト教の真実』は、もっとめずらしい本のような気がするので、こちらを紹介します。(下記は「まえがき」から引用)

本書は「ユダヤ人はなぜ優秀なのか」という若い頃のわたしの単純素朴な疑問に発した半世紀の関心と研究の集大成ですが、本書成立の直接の動機は5年前(2006年)に行った講演、将来予測「米国・ユダヤ人・キリスト教」です。「米国」と「ユダヤ人」と「キリスト教」を並列した理由は、米国という国は「ユダヤ人」と「キリスト教白人」(white Protestant)との熾烈な争いの国なので、将来を予測するには両者の戦いを読み切ることが必要だからです。(引用終了)

☆「まえがき」全文はこちらで読めます。

日本人には、アメリカを語る人も、その影響が大きい人も大勢いるのだけど、この3つ全てを語れる人はすごく少ないし、特に「ユダヤ」をお題にした本の「当たり率」の低さはハンパないので、知ろうとすればするほど、アホになるということも多いですよね。

本書のタイトルに挙げられた、この3つのテーマは、多くの日本人が疑問に思っていても、なかなか理解できないテーマではないでしょうか。でも、アメリカでは、とか、ニューヨークタイムスでは… など、私たちは日常的によく聞いてますけど、ユダヤ人や、キリスト教のことがわからずに「アメリカ」のことなんて、わかるわけない。ということを噛み締めたくなるような内容であると同時に、

私たちには理解しにくい、キリスト教や、ユダヤ人ですが、クリスチャンが、ユダヤ人を差別する感情には、私たちとそんなに変わらない点があるように思えたり、また、普通のアメリカ人が「科学が苦手」で「天才が嫌い」であるという事実は、意外なようでありながら、今の日本の閉塞感と似ているような…

第三章「100年前にはじまった技術没落」から省略して引用します。

米国の技術の歴史を見ていて一番の驚きは、この120年の間に起きた2つの「技術革命」について調べると、それ自身の性格と、それを支えた人間の性格がまったく違うことです。第1の革命とは「電化」「自動車」など生活を一変させる産業革命で、エジソン、カーネギー、フォードなど「発明の天才」と「事業の天才」によって支えられました。これらの天才たちはテスラ1人をのぞき、すべて White Protestant でした。

第2の技術革命の始まりは1945年の原子爆弾開発の成功です。これによって米国は、戦後、世界帝国になる道が開かれました。この第2の技術革命の中心になったのは、すべてナチスの迫害を逃れ米国に移住したユダヤ人たちであり、White Protestant 白人はいません。この実績によって米国の技術分野での実質的主導権は、完全に White Protestant の手を離れ、ユダヤ人に移ったと見られます。

この劇的な変化が起こった理由は、原子爆弾以降は、理論物理学を創り上げる「天才的頭脳」が技術革命成功の「決め手」になったのに、当時の米国には、ユダヤ人オッペンハイマー以外には天才級の理論物理学者はいなかったのです。日本でさえ「湯川」「朝永」の二人がいたのに「電化」と「無線通信」で世界の技術革命をリードしていた米国が、なぜ物理学革命では、まったく「かや」の外だったのか。

一般の人に「科学」と「天才」が受け入れがたい最大の理由は、「科学」の性格について誤解があるからと思います。例えば、ガリレオの地動説のように「科学」と「常識」が対立した時、科学が勝つのは、科学が「正しく」「確か」であり、「理論にあっている」からと考えますが、これはまったくの誤解です。

「確か」で「理屈に合っている」のは「常識」の方です。人々の経験から「確か」なのは「大地が平で不動」であるということです。「地動説」がいうように、1日1回自転しているという感覚はまったくありません。「理屈」にも合いません。地球のように巨大な物体が自転したら、すごい「遠心力」が生じ、地表のものはすべて「宇宙空間」に吹き飛ばされてしまう筈です。(中略)

今の人はこれをすべて「万有引力」で説明しますが「万有引力」がこのような「地動説の困難」を解決するために、ガリレオの死後、ニュートンが考えだした「仮説」であって、実験的に証明されたものではありません。(中略)

科学=真理は、最初は「確かでもなく」「理屈にも合わない」主張から始まります。しかしその正しさを確信できる根拠を見つけたら、まっすぐにそれを主張するのが天才です。そのような天才を根絶やしにしては、科学は成り立ちません。

これは理屈を言い合う Debate を好み、つじつまの合った話の方が正しいと思う米国人の弱点です。

(引用終了)


優れた科学者を生み出してきた日本ですけど、科学者を大事にせず、国外流出も気にせず、発明・創造を好む理系創業者から、経営優先のゼネラリストがトップに立ったことで、企業がダメになっただけでなく、その企業に大きな口出しをする官僚もゼネラリスト… なんだか、日本全体が沈没しそうになっている理由と似ているような気がしました。

「つじつまの合う話」が好きなのは、アメリカ人だけでなく、たぶん、日本も、日本人なりの「つじつまのあう話」が好きなのかもしれません。

この本の面白さは多岐にわたっていて、タイトルに記されたとおり「物理学者が発見した米国 ユダヤ人 キリスト教の真実 技術・科学と人間と経済の裏面」という、本当に盛りだくさんの内容から「未来予測」にまで言及されているので、内容を紹介するのも難しいのですが、こういった「切り口」で、本を書ける著者は、他にはおられないのではないでしょうか。

見た目の安っぽさ(失礼)とは真逆で、13ミリほどの厚みに、米国の歴史がギュッと凝縮されていて、10冊以上の本をショートカット出来るような内容。上記引用個所の人名はカタカナ表記にしましたが、本書は、横書きで人名以外の用語も「英語表記」が多く、検索好きとしてはその点も便利だと思いました。

また、第4章「ユダヤ人とは」に登場する(P87)ケストラーの『The Thirteenth Tribe』。私はこの本を読んだときに、日本人だけでなく、白人プロテスタントや、ユダヤ人自身にとっても、ユダヤ人が謎だったなんて!と驚いたんですが、本書によれば、現在でも最も有効な「仮説」のようですね。

◎ユダヤ人とは誰か ― 第十三支族・カザール王国の謎

米国とはどんな国なのか?日ユ同祖論とか、ユダヤの陰謀とか、
ユダヤ人のことを知りもしないで語ってしまう前に、
科学とアメリカへの猜疑心が大きくなっている「今」だからこそ、おすすめの1冊!


☆☆☆☆☆(めったにないタイプの本なので)

◎「目次」詳細
◎「あとがき」全文
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☆下記は西村肇氏に言及している副島隆彦「学問道場」掲示板から

☆副島氏が掲示板へのアップを要請したNHKのドキュメンタリー番組
◎1986年のチェルノブイリ原発事故から10年後、
内部被ばくの被害に関するドキュメンタリー番組(1/4)


◎上記の放送(4)の書き起し

◎[406]西村肇・東京大学名誉教授の記者会見に行く。

1) 福島原発から放出された放射能は、チェルノブイリの10万分の1、
最悪でも千分の1程度の規模
2) 津波ではなく地震でタービン間の配管が壊れた事故である
3) 非常用ディーゼル発電機が五時間しか動かなかったことが重大事故の原因

◎[411]4月8日西村肇東大教授の緊急記者会見
「理論物理計算が示す福島原発事故の真相」の内容


◎[425]4/8西村肇教授の会見がUstreamに掲載されました。

◎[428]福島原発で大気に放出された放射線物質の総量は、いったい、いくらなのか?

◎[439]ネコを飼い主に返還して、私たちは昨日も原発の正面玄関まで行ってきました。日本は、大丈夫だってば。心配するな。

◎[486]原発20キロ圏のは立ち入り禁止(警戒区域)となりました。
私は、激しく怒っています。住民をいじめるな。


◎[529]河野太郎という若い政治家の優れた「原子力行政」の文章を載せます。





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by yomodalite | 2012-03-24 11:19 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)
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今日こそは、絶対に英語を読まない!って思ってたのに、MJ、プリンス、ウォホールという大好物が3人も揃っている文章を「うっかり」発見してしまって、またもや訳してしまうはめに(泣)…  ほんの出来心でテキトー訳なので、日本語部分は充分にご注意のうえ、間違っている部分や、ここはもう少し…などの箇所はどうか教えてくださいませ。


Susan Blond dishes about Michael Jackson, Prince and Andy Warhol
スーザン・ブロンド、マイケル・ジャクソン、プリンス、アンディ・ウォホールを語る


Susan Blond - who threw a baby out the window in Andy Warhol's movie "Bad" - is in her 25th year of repping artists such as Akon, Flo Rida and Sean Paul at her eponymous public relations firm. The first female vice-president of Epic Records, where she worked with Michael Jackson, she lives on the Upper West Side with her third husband, attorney Barry Bloom.

スーザン・ブロンドと言えば、赤ちゃんを窓から投げるという、アンディ・ウォホールの映画『Bad』。彼女が中心となってきた広告会社は、Akon、Flo Rida、Sean Paulといったアーティストたちの宣伝を手がけて25周年を迎え、かつては、エピック・レコードの初の女性副社長となって、マイケル・ジャクソンとも仕事をし、現在は、3番めの夫である弁護士バリー・ブルームとアッパー・ウエストサイドで暮らす。

☆MJの『Bad』より10年前のウォホールの『Bad』。
グロい「アートフィルム」なので要注意!主演の母親がスーザン・ブロンド。


◎[動画]ANDY WARHOL'S BAD (1977) Baby tossed out window!


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Q : What would you most like to see changed or accomplished in New York?

あなたが、このニューヨークの変化や成熟でもっとも好きな点は何ですか?


A : The city needs to take action to keep the character of our neighborhoods - both the businesses and the people - or we'll lose the whole city! Maybe we could landmark businesses like they do buildings. Or every neighborhood could have a lottery and pick the businesses and the 10 most interesting and talented people who will get subsidies for their landlords to let them stay.

都市というものは、様々な顔を持つ住人の個性を生かすことが重要で(ビジネスをするためにも、住人のためにもですが)そうでなければ、都市の魅力は失われてしまいます。おそらく、私たちはここに建つ有名なビル群たちと同様にそうしてきました。すべての住人にチャンスが与えられ、10人ほどの面白い才能をもった人々が、そのチャンスを生かすことで、彼らはまたここに住み続けるのです。


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ウォホールの「BAD」Tシャツを着たデボラ・ハリー


Q : What is the secret to getting publicity in New York?


ニューヨークで、広告を成功させる秘訣は何ですか?


A : People have to want to take your calls. So have to be an interesting person and be open to everything. I go to the opera, hip hop concerts, Cindy Sherman exhibits - everything. But if the artist isn't big enough, or the pitch isn't good, it won't matter. You have to have a good story and know what blogger or producer or reporter to call. I assign each of the young associates in my firm papers to read. We have to teach them to read the papers!

人に、呼び出しを受けたいと思われなくてはなりません。いつでも、常に面白い人でいなければなければね。オペラに行っても、ヒップホップのコンサートに行っても、シンディ・シャーマンの個展に行っても、常にね。ただし、そのアーティストがまだ未熟であったり、そこでの基盤ができていない場合は、それは重要ではないわ。あなたが「良い物語」をもっていることが、ブロガーにとっても、プロデューサーにとっても、記者にとっても重要よ。私は、会社の資料のために、若者を割り当てるだけでなく、彼らに資料を読むことも教えなくてはなりません。


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photo : Cindy Sherman “Untitled#15312”


Q : You're an Orthodox Jew. Has observing your religion ever interfered
with your job?

あなたは正統派ユダヤ教徒ですが、宗教が仕事の障害になったことはありますか?


A : There have been many instances and events on a Friday night I couldn't attend because of Shabbot. I didn't go to a Michael Jackson concert when I was working with him on Thriller. The rabbi said I could go to his after party if I didn't work, but I decided not to because, well, you always wind up working and Shabbot is a very, very special day.

安息日のために参加できなかった金曜の夜のイベントはたくさんあって、『スリラー』でマイケル・ジャクソンと仕事をしていた時も、彼のコンサートへは行けませんでした。ラビは、仕事をしないのであれば、アフター・パーティーに行ってもいいと言われましたが、私は行かないと決めていたのです。なぜなら、結局は仕事をすることになるし、安息日というのはとてもとても特別な日ですから。

I also couldn't attend a Prince show in the Village, but he wound up canceling the performance at the last minute. Prince could tell when I was taking notes on the phone and would tell me: "Listen! Don't write things down." This was during the period he didn't want anyone to look at his face. He just wanted me to be really, really present. I don't question artists; I respect them.

私は、ヴィレッジでのプリンスのショーにも行けなかった。でも、彼は直前になって、パフォーマンスをキャンセルしたのね。プリンスは、電話で私がメモを取っていることを察知してよく言いました。『メモは取らないで欲しいんだ』と。これは、彼が誰にも顔を見られたくないと思っていた時期のことです。彼は(用件を話したいのではなく)ただ、私がそこにいることを求めてた。私はアーティストに質問するようなことはしなかったわ。彼らを尊敬していたから。

Michael Jackson was a combination of a child and the most brilliant person you ever met. He would take my pocketbook and turn it upside down so everything spilled out and I'd scramble trying to put everything back. I didn't believe the child abuse charges, but I wasn't working with him when those came out.

マイケル・ジャクソンは、子供と、これまで会ったこともないような素晴らしい人物の両方を併せ持っていました。彼はよく私のお財布を逆さまにして、中身を出してしまって、私は元に戻すのに大変でした。児童虐待の件は信じていません。ただ、その頃、私は彼と仕事をしていませんでした。

☆pocketbook = 手帳、小さなバッグ、お財布… 迷ったけど「財布」にしました。メイク用品が入っているようなプチバッグを、何度も逆さにして出されて、怒らない女子はいないから。


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(Andy Warhol's movie)



Q : You worked a lot with The Factory and Paul Morrissey.
Tell us something about Andy Warhol we don't know.

あなたは、アンディ・ウォホールの「ファクトリー」で、Paul Morrissey とよく仕事をされました。私たちが知らない、ウォホールに関しての話を教えてください。


☆Paul Morrissey = ウォホールの映画として知られている作品群の脚本、映画監督として有名。

A : He went to church every Sunday - then he'd go to work and start painting. And he always took the tiniest office without a window when everyone else had nice spaces. Andy was very supportive.

彼は、毎週日曜日に教会に行き、それから、仕事や絵を描き始めました。誰もが素晴らしいスペースを使用しているときも、彼は常に窓のない小さなオフィスを使っていて、ウォホールはとても優しく接してくれました。

I was having trouble with a boyfriend and he told me not to worry : "Just work really hard, make a lot of money, become really famous, and you can choose any man you want. " He always said, "wear conservative clothes: Not wild clothes. "He didn't want me to dress wild and liked my hair dark and straight. He didn't like anything cutting edge, even though he invented cutting edge.

私はボーイフレンドとの間に問題を抱えていたんですが、ウォホールは「一生懸命に働いて、大金持ちになって、有名になれば、どんな男だって選べる」から心配することはないと言ってくれました。またよく「保守的な服。ワイルドな服じゃなくて」とも言ってました。私にワイルドな服を着て欲しくなく、黒っぽいストレートヘアが好きで、彼は最先端を走っていても、最先端なことは好きではなかったんです。


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Q : Single people often complain about the difficulty of meeting prospective mates in Manhattan. How did you meet your husband?

独身者は、マンハッタンで、将来を約束できるような人にめぐり会うのは難しいとよく言います。あなたは、あなたの夫とどのようにめぐり会ったんですか?


A : I met him on the first blind date I ever went on! And he's a Harvard lawyer! We met and that was it. We were both recently widowed, but I bounce back after terrible things better than most people.

最初に行ったブラインドデートで会ったのよ!彼はハーバード出身の弁護士!会って、ただ、それだけよ。私たちは、2人とも別れて1人になったところだったんだけど、ただ、私は人より恐れを知らないところがあって、立ち直りは早いのね。

I have a really positive outlook. Also, I really like being married. A lot of people don't. You're never going to find everything you want in one person. You don't need to: I have the most fabulous friends. New York has the most interesting people in the world.

私はものの見方がほんとにポジティブなの。結婚するのが好きじゃない人もたくさんいるけど。だいたい、1人の人に全てを求めるのは無理なのよ。そうする必要もないしね。私には素晴らしい友人がいて、ニューヨークには世界で最も面白い人々がいるのよ。

source : AM NEW YORK


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by yomodalite | 2012-03-08 16:59 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(17)
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The Day I Sang for Michael Jackson(1)のつづき

I decided that I wouldn’t waste this moment with mindless chatter. So I thought of something he might be interested in that I felt passionate about, and I dove right in.

私は、この瞬間を愚かなおしゃべりで、無駄にしてはいけないと心に決めました。私は、彼が何に興味を持つかを考えて、そして、情熱的に、そこに飛び込みました。

“I have always been madly in love with melodies”, I told him. “The whole idea of a beautiful melody blows me away. How can a certain arrangement of notes have so much power over me?”

「私には、猛烈に惹かれるメロディーがあるんです!」私は彼に言いました。「美しく完成された曲のすべてに、魂が奪われてしまう。そのように、注目すべきメロディーは、どうして、私に力を与えるんでしょうか。

“There are certain melodies that I cannot imagine living without”, I continued.

「その曲が存在することが想像できないぐらい惹き付けられてしまう曲があるんです」私は続けました。

“They’re like a part of me. I surrender to them.”

それらは、まるで自分の一部かと思うぐらい、わたしを捕えて離しません。

By now I was kvelling and I couldn’t control myself—but I meant every word. At that moment, Michael, in his sweet, hummingbird voice, looked at me and said, “Sing me your favorite melody, David.”

今、思い出してみると、なんだかにやけてしまうんですが、とにかく、私はあらゆる言葉を言っていました。マイケルは、そのとき私を見て、あのハミングバードのような声で、

「デヴィッド、あなたの好きなメロディーを私に歌ってください」と言いました。


And I did. It was an ancient Sephardic melody that Moroccan Jews sing only on Yom Kippur. It is my all-time favorite melody. Growing up, I would often cry when I would hear it. It’s the melody that has done the most to keep my emotional connection to my faith and my people. Today, I “cheat” and sing it before doing the Hamotzeh on Shabbat.

私は歌いました。それは、モロッコのユダヤ人が贖罪の日にだけ歌う、古いユダヤ的メロディーで、私の特に好きなメロディーです。私は、成長するまで、何度もそれを聴くとよく泣きました。その曲は、私と私の同胞が、感情的にひとつになるために、最も適したメロディーで、わたしは、本日の安息日(Hamotzehは不明)も、それを適当な感じで歌っています。

He had caught me off-guard. It was the only thing I could thing of singing. In the song, the lyrics describe Abraham’s apparent sacrifice of his son Isaac. At one point, the son asks innocently where his father is taking him, oblivious to the biblical drama that is about to unfold.

わたしは、歌うこと以外は考えられませんでしたが、彼(マイケル)は、私が油断している隙を捕えました。それは、歌の歌詞が、息子イサクに関して、父アブラハムが示した犠牲についてのもので、息子は、父親が、どこに彼を連れて行こうとしているのかを無邪気に訊ね、父親がそれに答えようとしている、聖書にある物語であるということに気がつかなかったことです。

I sang for no more than a minute.
I don’t remember what Michael said after I finished.

私は1分間ほど歌いました。わたしは、歌い終わった後に、マイケルが言ったことは覚えていません。

All I remember is that while I was singing, his eyes were closed and he was smiling.

私が覚えているのは、私が歌っていた間、彼の目が閉じられて、彼が微笑んでいたということです。

◎引用元 : http://www.jewishjournal.com/bloggish/item/the_day_i_sang_for_michael_jackson_20090625/

わたしが内容をよく理解していなかったり、日本語部分がイマイチというか、イマサンではありますが、なんとなく、David Suissaの、ユダヤ教業界の権力者であるシュムリーへの感情が透けて見えたり、それとは異なるMJへの想いが感じられて、Goodな記事だと思いました。

この頃のMJは、宗教関係者だけでなく、さまざまな運動の指導者との関係なども、興味が尽きないのですが、

とてもとても素敵なサイト「Legend Of Moon Walker」に掲載されている「僕の少年時代・僕の安息日・僕の自由」(http://legend-of-mwfc.la.coocan.jp/ < MJ WRITES <「My Childhood, My Sabbath, My Freedom」)が、発表された「beliefnet」という宗教関連の統合サイトをのぞいていたら、

MJのスピリチュアルな歌詞を使用したクイズがありました!

◎Michael Jackson's Spiritual Lyrics

あなたの歌詞の内容の理解度が試されるクイズなので、チャレンジしてみて♡

あと、ここ → http://www.beliefnet.com/Entertainment/Quizzes/index.aspx

☆basics に、ヒンズー教、イスラム教、ユダヤ教から、カバラーなどの、基本的なことがクイズになっていて、ざっくり見ただけで、基本的と言っても難しいんですけど、ちょっぴり面白いと思いました。


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2001年6月1日、ユダヤ系アメリカ人のユリ・ゲラー、ラビ・シュムリーと、当時のイスラエル首相、ARIEL SHARONに会った日のもの(フランク・カシオも同席)。松葉杖だったオックスフォードスピーチは同年3月ですが、6月もまだ杖を使ってますね。

ちなみに、SF「You Rock My Would」は、この後、約2ヵ月後の7月31日に制作発表。撮影終了は8月21日でした。

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by yomodalite | 2011-06-24 06:26 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(0)
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2009年6月25日「Jewish Journal」に掲載された、David Suissaの記事を紹介します。


わたしは、☆日にはあまり興味がなくて、MJに関しては、誕生日のことしか意識してません(復活祭ならいいのに・・)。彼は『ムーンウォーク』執筆時の29歳のときですら、自分を80歳のように感じ、2001年のオックスフォード大学でのスピーチでもそう言っていましたから、わたしが、自分の誕生日ごとに、少しづつ、彼の年齢に近づいたとしても、追い越すことはないと思うんです。

毎日、MJのことを考える時間が必ずあるので、たまに、彼のことを「家族」のように感じることもあるんですが、でも、調べれば調べるほど、自分とはかけ離れた存在だということも実感していて、まるで、彼のことを「神さま」のように、考えているんじゃないかと思うことがあります。最初に『ムーンウォーク』を読んだときは、まったくそんな風には思いませんでしたが、今、読むと、不思議と「聖書」のように感じることもあります。

わたしは、ユダヤ教も、他の宗教の信者でもなく、詳しくもないんですが、MJが感じていた「神」には興味があって、インヴィンシブル期は、彼が様々な宗教を学んで、彼が思想家(I am Thinker...)として、完成に向かっていた時期だと思っています。

それで、この頃、よく行動を共にしていたユダヤ教のラビ、シュムリー(Rabbi Shmuley Boteach)と、MJがどんな会話をしていたのかに興味があって、たまたま、この記事を発見しました。

David Suissaは、雑誌「OLAM」の編集者で、Olamをどう訳せばいいのか、よくわからないんですが「オックスフォードスピーチ(http://slowly.org.uk/mj/index.html)で

「ラビ・シュムリーから、HealとWorldという単語は旧約聖書の預言の基盤になっていると聞きました」と言っているのは「Tikkun Olam」という言葉じゃないかと。。

これは、英語にすると「Repairing The World」という意味らしいんです。

下記の記事には、David Suissaが、MJに初めて会った日のことが語られています。

彼は、雑誌「OLAM」への原稿依頼のため、ネヴァーランドを訪問し、MJは「Memories of my Childhood」という文章を書きました。(これは、オックスフォードスピーチで語られた、父親とのエピソード部分の元になっていて、ポニーや、ドーナッツのエピソードなどが同様の内容)

◎Memories of my Childhood

宗教的な知識が乏しいので、記事の内容に、よく理解できない部分もあるのですが、どこか「グッとくる」記事だったので、いつものように、苦手な英語力を駆使して訳してみました。(日本語部分は充分ご注意ください)


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The Day I Sang for Michael Jackson
June 25, 2009 | 8:28 pm Posted by David Suissa

“私がマイケル・ジャクソンのために歌った日”


“Sing me your favorite melody, David”, Michael Jackson said to me.

「デヴィッド、あなたの好きなメロディーを私に歌ってください」と、マイケル・ジャクソンは私に言いました。

I was sitting alone with Michael in one of the many living rooms at his Neverland ranch in the summer of 2000, and we were talking about melodies.

2000年の夏、わたしは、ネヴァーランド牧場にある多くの居間のひとつで、マイケルと一緒に、メロディーに関して話していました。

I had come up to see him because we were planning to discuss him writing an article for our “Parents” issue of OLAM magazine.

わたしたちは、雑誌「OLAM」で、“両親”をテーマにした特集記事のために、彼との議論を計画し、会いに行きました。

I spent a lot of time that summer hanging out with Rabbi Shmuley Boteach (going with him to the Sydney Olympics, among other things) who everyone knew was close to Michael.

私は、マイケルの近くにいることがよく知られている、Rabbi Shmuley Boteachと、シドニー・オリンピックに一緒に行ったりなど、多くの夏を過ごしたことがありました。

Shmuley, the great schmoozer that he is, told me that Michael “really loved” OLAM magazine, and that he might be interested in writing an original piece for the “Parents” issue.

卓越したおしゃべりである、シュムリーは、マイケルが「雑誌OLAM」を本当に愛していて「両親」というテーマで、ちょっとした文章を書きたがっているかもしれないと、わたしに言ったんです。

So off we went to Neverland, with, of course, my two young daughters, Tova and Shanni.

それで、わたしたちは、オフの日にネヴァーランドに行きました。Tova と Shanniというわたしの2人の娘も、もちろん連れて行きました。

On the way up, I played some old Michael videos (“Thriller”) to give my daughters a little education on someone who a decade earlier had been the most famous person on the planet.

そこに行くまでに、わたしは娘たちに、数十年に渡って、この惑星で最も有名人だった、マイケルの「スリラー」のビデオを見せたり、ちょっとした教育もしました。

When we got to the ranch, we had to sign special papers at the main gate, and agree to take no pictures.

牧場に着いたとき、私たちは、正門で特別な書類にサインして、写真を撮らないことに同意しなければなりませんでした。

That’s too bad, because I could have taken some great shots at the moment Michael met my daughters. Shanni’s first question for him—before even how are you? or nice to meet you—was: “Is it true that you have rollercoasters?”

すごく良いショットが取れたかもしれないので、それはとても残念でした。マイケルが、わたしの娘に会ったとき、Shanniは、彼に「お元気ですか?、お目にかかれて光栄です」と挨拶する前に「ジェットコースターを持ってるって本当?」って聞いたんですよ。

One of Michael’s handlers took my daughters to see the rides and the elephants, while the grown-ups sat down to talk.

マイケルの従業員のひとりが、娘たちを乗り物や象を見せに連れて行ってくれて、大人たちは、ミーティングのための席に着きました。

Shimon Peres’s granddaughter, Mika Walden, who would soon be working at my ad agency, came along for support. We talked about OLAM magazine and the special issue on “Parents”, as well as other projects that Rabbi Shmuley was working on with Michael.

シモン・ペレスの孫娘である、ミカ・ウォルデン(もうすぐ、私の広告代理店で働く予定ですが)が、サポートのためにやってきて、私たちは「雑誌OLAM」と、特集記事の「両親」というテーマに関して、ラビ・シュムリーが、マイケルとともに行っていたプロジェクトと、同じくらいよく話しました。

The issue for me was, how candid would Michael be if he wrote an OLAM article about his childhood? The last thing I wanted (OK, not the last thing) was a puff piece with just a famous name attached.

その特集記事に関しての、わたしの心配は、彼が自分の幼年期に関することを、どれくらい率直に語ってくれるか?ということで、私が一番したくなかったのは、有名人の名前が入っただけのヨイショ記事でした。

Thanks in large part to Shmuley’s help, Michael came through with an honest piece. He fessed up to the lack of love he felt growing up, especially from his hard-driving father. But in the sweet, enchanted tone that he was known for, he also wrote lovingly of the little moments—his father putting him up on a little pony or getting him his favorite glazed donuts—that marked him growing up.

シュムリーの力添えもあり、マイケルの率直で正直な内容の原稿が届きました。彼は、成長時に感じた、猛烈な父親からの愛情不足を告白し、また、あのよく知られた甘い魅力的な調子で、彼が記憶している父親とのちょっとしたエピソード(ポニーに乗ったときのことや、甘いドーナツを届ける父親)が、愛情を込めて書かれていました。

The day the issue broke, we started getting calls from People magazine and TV news shows who wanted to know how we got Michael to write for OLAM. We had our fifteen minutes of fame, but we didn’t divulge anything that was not in the magazine. That was our deal with Michael.

その話題が沸騰した日「雑誌 People」からの電話を手始めに、TVニュース番組や、ありとあらゆる人が、マイケルが「OLAM」の記事をどんな風に書いたのかを知りたがり、私たちは15分ほどの名声を得ましたが、私たちは、雑誌に書かれた以上のものは、何も明かしませんでした。それは、私たちとマイケルとの取引でしたから。

Beyond the article he wrote, what I will remember most is the moment we spent alone in his living room. By then Shmuley had gone to another part of the house for a meeting with Michael’s manager, and there I was, completely alone with the King of Pop.

彼が書いた記事以外で、私が最も記憶しておきたいことは、わたしたちが、二人きりで、彼のリヴィングルームで過ごした時間です。シュムリーは、マイケルのマネージャーとの打合せで、別の部屋に行きました。そして、私は、キング・オブ・ポップと、完全に、二人きりになったんです。




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by yomodalite | 2011-06-24 06:06 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(2)

私家版・ユダヤ文化論 (文春新書)

内田 樹/文藝春秋




私家版とした理由を、内田氏は、

・・・私のユダヤ人問題に対する立場は中立的なものではない(私の学問上の師はユダヤ人であり、私はその師から「ものを考える仕方」を教わった)。ユダヤ人問題についても十分に深い知識を有しているわけではない(私以上にこの問題に詳しい人は日本にもいくらもいる)。

けれども、人間の邪悪さ、愚鈍さはどのような様態をとるかについてなら私はたいへんに詳しい。私自身がその無尽蔵なデータベースだからである。本書を『私家版』と名付けたのはそのためである。


と「はじめに」で説明されている。しかし、本書には非ユダヤ人がユダヤ人問題を語ることがいかにむずかしいか、という理由が様々な角度から論じられていて、著者があとがきで書いている、

私のユダヤ文化論の基本的立場は「ユダヤ人問題について正しく語れるような言語を非ユダヤ人は持っていない」というものである」

という結論に読者を導いていく。学習濃度の高い本です。

非ユダヤ人の中でも、聖書や「神」をまったく理解しない日本人が、ユダヤを語ることや「知性」を身につけることが、いかに困難かということも。「ユダヤ人」のことだけではなく、日本人が「他者」を理解するための必読書。
____________

【BOOKデータベース】ノーベル賞受賞者を多数輩出するように、ユダヤ人はどうして知性的なのか。そして「なぜ、ユダヤ人は迫害されるのか」。サルトル、レヴィナスらの思想を検討しながら人類史上の難問に挑む。 文藝春秋 (2006/07)



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by yomodalite | 2009-03-13 12:09 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)
世界的話題書の第2弾。〈イスラエル・ロビー〉が、イスラエルの為になっていないことを、これでもかと列挙した第Ⅱ部。異論を挟む余地のない鮮やかな著作です。副島氏による本著刊行後の米国本国での反響に関する、簡潔にして的確な訳者あとがきも◎

【目 次】
第2部 ロビーの実態
第7章/イスラエル・ロビー”対パレスチナ人
第8章/イラクと中東 体制転換の夢
第9章/シリアに狙いを定める
第10章/照準の中のイラン
第11章/〈イスラエル・ロビー〉と第二次レバノン戦争
終章/何がなされるべきか

◎[Amazon]『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策2』

☆第1弾はこちら
◎『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策[1]』  
____________

泥沼のイラク戦争は、誰が始めたのか? イスラエル・パレスチナ紛争、イラク侵攻、シリアやイランとの今なお続く衝突など、米国の外交政策において重要な役割を果たしている「イスラエル・ロビー」の姿に迫る。 講談社 (2007/10/17)





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by yomodalite | 2007-11-20 22:53 | 政治・外交 | Trackback | Comments(0)
国際政治学の2トップによる、世界的な話題書。

反ユダヤではないことを、これでもかと強調し、イスラエル・ロビーの圧力の実例が示されている。ユダヤ陰謀本とは、まったく異なるアプローチ。第二部の刊行はまだですが、これから世界にどんな影響があるか興味深いところ。

下記、「JANJAN」より引用

露見したイスラエル・ロビー 2007/09/16
ワシントンIPS=コーディ・アハビ、9月6日

ハーバード大学のジョン・J・ミアシャイマーとシカゴ大学のステファン・ウォルトがロンドン・レビュー・オブ・ブックス2006年3月号に発表した論文「イスラエル・ロビー」は、学術書としては珍しい大反響を呼んだ。しかし、ネオコン、ユダヤ教徒、反対派学者、評論家、そしてアメリカ・イスラエル共同問題委員会(AIPAC)といったワシントンのロビイスト団体が、米国の中東政策を形作り、ワシントンにおける公開討議を妨げているとの主張が、厳しい批判/攻撃の的となった。

自らも同問題に関与しているコラムニストのクリストファー・ヒチェンズは、同論文の信憑性を批判。また、名誉棄損防止同盟は、ユダヤの力/支配というデマを取り上げ、反ユダヤ分析を行う古典的陰謀と批判。猛烈な反対キャンペーンが展開された。

ミアシャイマー/ウォルト両氏は、その後同論文を基に「イスラエルのロビー活動と米外交政策」と題された355ページの本を出版。米国のイスラエル支援には、外交的にも軍事的にも戦略的意味、モラル的理由も存在しないと主張している。

両氏はまた、イスラエル・ロビー団体の強い影響力により、米国の政治議論は、自国の長期的安全保障を損なわせる方向に向かっていると批判。更に、ロビー団体の活動は、時にイスラエル政府の政策/利益に反する自己本位なもので、イスラエルの右派リクード党に近い個人、組織で構成されていると主張している。

ロビー団体の境界線は曖昧で、両氏によれば、学者、シンクタンク、政治活動委員会、ネオコン、ユダヤキリスト教団体などもイデオロギー的にこれら団体を支えているという。

ロビー団体とその支援者は、イスラエル批判を抑えるため所謂「いじめ戦略」を取っており、2人の著者も、反ユダヤの汚名を着せられた。ロビー団体はまた、カーター大統領の「パレスチナ:アパルトヘイトではなく平和を」という著作に対しても反ユダヤのレッテルを貼り、同氏をナチ親派と糾弾している。(引用終了)

第1部 : アメリカ、イスラエル、そしてロビー

第一章/アメリカという大恩人
イスラエルへの経済援助/際立つ軍事支援/外交面からの擁護と戦時の支援/結論

第二章/イスラエルは戦略上の資産?か負債?か?
ソ連という熊を封じる手助けをする/冷戦から9・11へ/テロとの戦いのパートナー?という新しい論拠/ならず者国家?に立ち向かう/疑わしい同盟国/結論

第三章/道義的根拠も消えてゆく
弱きを助ける/民主国家の同朋を援助する/過去の犯罪に対する償い/善玉イスラエル?対悪玉アラブ?/キャンプ・デービッドの神話/イスラエル支援は神の御意志に適う/米国民は何を求めているか?/結論

第四章/〈イスラエル・ロビー〉とは何か?
〈イスラエル・ロビー〉を定義する/米国のユダヤ人社会の役割/多様な組織と異議へのきまりごと/右傾化する〈イスラエル・ロビー〉/ネオコン派の役割/キリスト教シオニスト/〈イスラエル・ロビー〉の力の源/大きくはない石油ロビーの影響力/二重の忠誠心?という問題/結論

第五章/政策形成を誘導する
アメリカ合衆国議会を牛耳る/親イスラエルの合衆国大統領を誕生させる/政権を〈イスラエル・ロビー〉側に引き止める/結論

第六章/社会的風潮を支配する
メディアは一つのメッセージしか発信しない/一方向からしか考えないシンクタンク/学界、教育界を見張る〈イスラエル・ロビー〉/不快な戦術/新しい反ユダヤ主義/大きな消音装置/結論


【目 次】 〈イスラエル・ロビー〉と米国の中東政策/〈イスラエル・ロビー〉の手口/なぜ〈イスラエル・ロビー〉を語ることがこれほど大変なのか/私たちはどのように主張を展開するか/この研究に使用した文献について/情報源について/結論

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☆続編も出版されました!
◎『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策[2]』 
  
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【内容】『文明の衝突』のS・ハンチントンに並ぶ、世界最高の知性がタブーに挑む。ユダヤ陰謀説を超える議論の提起!!なぜアメリカはイラク戦争を始めたのか?、なぜ中東はいつまでも不安定なのか?、アメリカの外交政策を歪めてきたのは誰か?、タブーはどのようにしてつくられたのか?

【著者略歴】
ジョン・J.ミアシャイマー/1947年生まれ。シカゴ大学ウェンデル・ハリソン記念講座政治学教授(国際関係論)。米中衝突を予言し、「オフェンシヴ・リアリズム」理論を提唱。米国のイラク侵攻を非難して、ネオコン学者と対立する。

スティーヴン・M・ウォルト/1955年生まれ。ハーヴァード大学ジョン・F・ケネディ行政学大学院教授(国際関係論)。「脅威の均衡」理論を提唱。ミアシャイマーとともに、米国のイラク侵攻を非難して、ネオコン学者と対立する





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by yomodalite | 2007-09-17 14:17 | 政治・外交 | Trackback | Comments(1)

聖書に隠された日本・ユダヤ封印の古代史―失われた10部族の謎 (Natura‐eye Mysteria)

ラビ・マーヴィン トケイヤー/徳間書店

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迂闊にも読んでしまいました!(泣) 中丸本の場合、あちらこちらからツギハギだらけの知識引用がそれなりにまとまって、政治娯楽本としては上手く行っている場合もありますが、これは酷い。

『闇の権力』とあれ程煽っていたのに、ユダヤの叡智とは!

ツッコミどころがあまりにも多くて、逐一あげていくのが面倒なほど。中丸氏のあまりのシャーマンぶりにトケイヤー氏が立派に見えてきますが、そちらも宗教人として、普通に常識的態度が身に付いているだけ。

中丸氏のユダヤ人とは宗教なのか、それとも民族なのか、何なのかという質問に、最初、トケイヤーは「宗教ではない、私たちユダヤ人は、人々です。人々とは家族です、ユダヤ人とは巨大な家族なのです」と、流石!宗教屋!としか言い様のない回答をする。

この回答に中丸のシャーマン魂が、Long time ago,I think....とかモゴモゴ言おうとするが、トケイヤーに日本語で(笑)と制されると、私は日本語でしゃべれるんでしたね。とまるで「麻原か!」というボケで終る。

その後、ケストラーを引用し、スファラディユダヤと、アシュケナージという2種類のユダヤ人がいるという説は、どのように思われるか?という質問には、トケイヤーは憤慨し、アシュケナージと、スファラディが同じ血筋であることが、遺伝的観点からはっきり証明されたと、ユダヤ人ー大司祭アロンの子孫には、ほかに見られない顕著な特徴がY染色体の遺伝子にあると、今度は思いっきり「優生思想」を主張する。ハァ。。。

こういった優生思想というか、何千年も前から「純粋な血筋」で、日本人が成立っているいう「ファンタジー」を信じたいタイプの人と、中丸氏自身の「血筋へのファンタジー」が共鳴しているんですね。

因に、中丸氏はこの本の中で、ビクター・ロスチャイルドにインタビューした話をさらりと紹介しているのですが、それこそ「ユダヤの叡智」として出版してほしいところ。

コラムが本文にくい込み、しかも目次にコラム内容が記載されない読みにく〜い編集スタイルは、徳間書店のドル箱シリーズに共通していますが、まともに扱って欲しくないというメッセージなのでしょうか。(単なる粗製濫造?)

イエズス会など、キリスト教を偽装したユダヤ教というのがあるらしいのですが「キリストの幕屋」だけでなく、トケイヤーが、紹介しているキリスト教会関係者がそうなのかも(ホ−リネス教会)。

自らが高揚すること=日本の霊力と感じる、中丸氏には、日本の伝統保守は本当に注意すべきだと思います。日本の文化が日本独自であると考えるのは、本当の「日本の伝統」じゃないですからね(笑)

(p42)明治天皇から聞いた話として、「日本は神道である。しかし神道は本来ユダヤ教である」と明治天皇が述べた件について、もともと道教で、多神教である神道が、近代化を目的とし、天皇を神とする国家神道(一神教に近い)へと変化していった。

近代(明治)になってそれまでとは大きく異なる持ち上げられ方をした天皇ですが、江戸時代の天皇のことはほとんどわからない。明治天皇の周囲には、常に討幕の獅子たちがいた印象しかないうえに、この話を披露したのは、天皇の娘を母とする人物。皇室の「娘」には、クリスチャンが多くいたようですが、当時の多くの国民より、近代化(=キリスト教)が推進されていたのでしょう。

☆中丸薫の正体他「ヒロさん日記」
http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1366554
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【内容紹介】日本人とユダヤ人は、共に神から選ばれた民族の裏と表。ユダヤの叡智と日本の霊力をつなぎ合わせて、高天原を祓い清めなくてはなりません! ユダヤ社会と日本人の共通点についてじっくりと対話した成果が収められた一冊。

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by yomodalite | 2007-06-07 18:23 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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