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マイケルとトランプタワー(ブラッド・サンバーグの話)

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『Bad』以降のテクニカル・ディレクターとして、マイケルと2003年まで付き合いがあったブラッド・サンバーグ氏が、MJの旅立ち後始めた音楽セミナーの宣伝のためにフェイスブックでシェアしてくれた話です。

* * *

政治には関係のない、親しみやすい話だよ。みんなも知ってると思うけど、『HIStory』は、MJが初めてニューヨークでレコーディングしたアルバムなんだ。1994年の1月17日に起こった、あのひどいノースリッジ地震のすぐあと、マイケルはプロダクションチームをミッドタウンの西54番街にあるヒット・ファクトリーに移すことにしたんだ。余震が続くLAからしばらく離れようってね。

プロジェクトの最初の時点では、チームはさほど大人数じゃなかった。ビル・ブレイとボディガードを除くと9人か10人てとこかな。で、その年の間に2人ほど加わって、1994年の大半をニューヨークで過ごしたんだ。アルバム完成後の仕事は1995年の春まで続いた。マイケルも含めてみんながニューヨークパレスに滞在していて、革のジャケットにジーンズの僕らは、ミンクのコートを着たお上品な人々と一緒のエレベーターに乗ることになったけど、我々にとってはそこが家だったんだよね。

でも、ルームサービスにも、ホテルのルールにもみんなうんざりしてきて(何週間かのホテル暮らしで、「あー、シンプルなスープ自分で作りたいな-!」って思ったのを覚えてる)、1994年の春の終わり頃、マイケルも結婚してちゃんとしたアパートメントに住んだ方がいいんじゃないかと思ったんだね。


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(トランプタワーは超高級アパートメントとして、ジャネットや、C・ロナウドを始め、大勢のセレブが利用していますが、MJが借りた部屋はもっとゴージャスだったようで・・・)



それでスーツケースに荷物をまとめて、トランプタワーの最上階に移ったんだ。みんな知ってるかどうかわからないけど(私は初めてでそこに行くまで知らなかった)、トランプタワーの最上階は2つの大きなペントハウスになってる。それぞれが3階構造で、バルコニーがあって、言葉で表せないくらい豪華だったよ。

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それで、片方にはドナルドが住んでて、マイケルは通路をはさんで彼のお隣さんになった。(ふたりが、バスローブを着たまま、砂糖やなんか貸し借りしてるとこ想像すると、面白いよね)



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(MJが借りてた部屋はわからないので、お隣の写真を)


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マイケルは結婚について、私に相談することはなかった。でも、新しいアパートメントにダンススタジオを作ってほしいと言ってきて、それで私はそこへ行ってどんな場所かチェックした。噂通り、マイケルの部屋は結構散らかっていたけど、それは気にしないことにした。



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(お隣りの部屋の写真は最近のものですが、雰囲気は当時とそれほど変わっていない模様)



実際のダンス・ルームはベッドルームの一角に、ポータブルのフローリングを持ち込んで作ってあって、あとは音楽だけだった。我々は巨大なウェストレイク・オーディオのモニターを2台買って(型番はBBSM-12、ばかでかいやつだった)、パワーアンプやケーブルやスタンドなんかと一緒に、それを部屋に運び込んだ。

マイケルがダンスしながらニューヨークの街を見渡せるように、スピーカーは窓の前に置いた。ケーブルを這わせ、スピーカーをスタンドの上に置き(スタンドは下の写真とはちがう)、システムを起動させた


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爆音だった。尋常じゃない音だったよ。「痛い」くらいの爆音。パーフェクトだった。ところが・・・その時私はスピーカーの正面にはいなかったけど、スタンドがずれる音を聞いた。次に目に入ったのは、巨大な100キロの重さのスピーカーが、床から天井までの高さのトランプタワーの窓へと、後ろ向きに倒れていくところだった。スピーカーが窓ガラスを突き破り、200メートル下の通りにいるタクシーをつぶす絵が頭に浮かんで、私は完全に血の気が引いたよ。



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スピーカーは、ガラガラドスンと窓ガラスにぶつかったが、そのまま床に落ちた。幸運なことに、高層ビルの窓ガラスを作るのは、私なんかよりずっと優秀な人たちで、マイケル・ジャクソン所有のステレオがぶつかっても大丈夫なように作ってあるんだね。冗談はともかく、スピーカーが落ちてからの数秒間は震えが止まらなかったよ。



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それから、我々はもっと丈夫なスタンドを探して、このすごい音響システムを組み直した。ただ、マイケルがこの経緯を知ることはなかった。言わない方がいいこともあるからね。
では、6月にLAで会おう。
Keep The Faith!ブラッド


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by yomodalite | 2017-03-03 09:51 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(0)

ネバーランドの彫像

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限定ブログで紹介している本のこともあって、このところ、またネバーランドの写真を見ることが多くて、中でも、ネバーランドの至るところに置かれた子供たちの彫像の素晴らしさには、あらためて感動してしまった。



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普段、こういった具象的な彫刻はあまり好きではなく、興味をもつこともないのだけど、ネバーランドの彫像たちは、どれも幸せな子供時代の一瞬を切り取ったかのように、すごく生き生きとしていて、とてもリアルに出来ている。


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こんな彫像を設置するために、マイケルは、相当多くの資料を取り揃えて発注したんだろうなぁと想像しているうちに、なぜ、こういった彫像がこれほど多く必要だったのかと不思議に思えてきた。



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ネバーランドは、最初から子供を招待して、彼らが楽しく遊べることを考えて創られている。滑り台や、鉄棒といった遊具を取り揃えるのはわかるけど、滑り台を滑っている子供の像や、鉄棒をしている子供たちの像では、実際の子供たちは、滑り台や鉄棒を使えないわけだし・・・子供が遊ぶ場所に、リアルな子供の像が必要だろうか?

かつて、ネバーランドの内部を公開したとき、そこにたくさん置かれたキャラクターや、マネキンについて、マイケルは、そういったものがあれば寂しくないから・・・といった答え方をしていたけど(彼はここにひとりで住んでいたわけわけではない)、家の外に置かれた彫像もそういった理由なのだろうか?

そんなことをぼんやりと考えていたら、偶然にも、ネバーランドの彫像は、スターリングラードにあるバルマレイ噴水にインスピレーションを受けているのではないか。という記事を発見した。

http://www.mjjcommunity.com/forum/

上記では、写真は見えなくなっていたけど、Barmaley Fountainで画像検索すると、確かに、ネバーランドにある彫像とよく似ている。


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この大きなワニを囲んで6人の子供たちが輪になっている像は、ウィキペディア(バルマレイの泉)によれば、1930年にスターリングラード(ロシア・現ヴォルゴグラード)の広場に設置されたが、

1942年、ドイツ、ルーマニア、イタリア、ハンガリー、およびクロアチアの枢軸軍とソビエト赤軍の戦いである、スターリングラード攻防戦(→Wikipedia)の惨禍と、無邪気に遊ぶ子供たちを対比した、エマヌイル・エヴゼリヒンの写真によって、世界的に有名になったという。

上記の記事によれば、子供たちが囲んでいるワニや、バルマレイは、共に、ロシアの詩人コルネイ・チュコフスキー(→Wikipedia)の『アイボリット先生』という童話が元になっているらしく、

Little children!
For nothing in the world
Do not go to Africa
Do not go to Africa for a walk!

In Africa, there are sharks,
In Africa, there are gorillas,
In Africa, there are large Evil crocodiles
They will bite you,
Beat and offend you

Don’t you go, children,
to Africa for a walk
In Africa, there is a robber,
In Africa, there is a villain,
In Africa, there is terrible Bahr-mah-ley!
He runs about Africa
And eats children
Nasty, vicious, greedy Barmaley!

子供たち、アフリカには行っちゃダメだよ
アフリカにはサメやゴリラや、凶悪なワニがいて、
噛まれるよ。
アフリカには恐ろしいバルマレイがいて
子供たちは食われちゃうんだ!


というような歌を歌いながら、子供たちは輪になって踊り、ロシアの典型的な悪者であるバルマレイとワニとの関係は、ピーターパンとフック船長の話に出てくるワニとも繋がりがありそうだ、と。

ネバーランドの輪になった子供たちの中央にはワニはいないけど、戦禍と無邪気な子供との対比を捕らえた写真は、映画『機械仕掛けのオレンジ』で、主人公のアレックスが無理やり目を開けられて見せられるシーンや、『Vフォーヴァンネッタ』にも登場するくらい有名で、マイケルが彫像を発注したときの資料だった可能性は高いと思う。


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コンクリート製の彫像は残ったけど、激しい戦闘によって、大勢の子供たちは亡くなってしまったのだろう・・そう思ってみると、楽しく遊ぶ子供たちの彫像は、HIStoryティーザーでも引用されていた映画『ターミネーター2』で、サラが追憶する核爆発の前の景色のようにも見える・・・


そう、ネバーランドは、ただの遊園地じゃない。

J・M・バリは、ロストボーイのために『ピーターパン』を書き、ネバーランドは、ピーターと同じように親からはぐれ、年を取らなくなった子供たちが永遠に冒険し、迷い込むための場所だった。そして、バリを深く知るマイケルは、病気の子供たちだけでなく、もうこの世にいない子供たち、そして私たちが失くしてしまった、すべてのロストチルドレンのために、「ネバーランド」を創ったのだから。


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ネバーランドで流れる音楽を製作した
ブラッド・サンバーグがシェアしてくれた音楽リストの中で
マイケルが特に気に入っていたという
映画『ポルターガイスト』からの曲






こういったBronze Garden Statue は、よくあるもので、マイケルだから意味があるように見えるだけかもしれないけど・・・


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(ブラッド・サンバーグのFBより)


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by yomodalite | 2016-07-08 12:00 | MJ考察系 | Trackback | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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