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ジム・ジャームッシュが監督した、イギー・ポップのドキュメント映画。

かなり昔のことだけど、私にはイギーが大好きだった時期がある。
デヴィッド・ボウイと仲がいいという記事を読んだのがきっかけだったと思うけど、一番の理由は、イギー・ポップという名前がステキだったのと、ヘアスタイルとか雰囲気がすごく好きで、美容室に写真を持って行って、「これと同じスタイルにして」って言いたかったし、こんな感じの人になりたいと思ってた。

でも、当時は、動いているイギーを見ることなんて出来なかったから、私のイギーのイメージは「パンクのゴッドファーザー」なんていうものとはかけ離れてた。

ちなみに、私が美容室に持っていきたかった写真はこれで、


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私が唯一もっていたアルバムはこれ。


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イギーポップについて書かれたもので、このアルバムに触れている記事を見たことがないぐらい軽視されてるアルバムだけど、私がイギー・ポップに抱いたイメージどおりの「ポップ」なジャケットだったし、私の中のイギーは、白いシャツを一番上まできちんと留めて着るのがすっごく似合う人だったのだ(笑)。



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セックス・ピストルズや、ダムドや、ラモーンズや、ニルヴァーナといった、イギーに大きな影響を受けたアーティストたちの音楽も好きだったけど、私には、パンクやグランジが「イギー・ポップ」と関係があるとは思えなかったし、彼らの音楽さえあまり聴かなくなった頃には、私とイギー・ポップの関係は完全に終わっていて、『トレインスポッティング』(1996)で「ラスト・フォー・ライフ」がかかったときも、それがイギー・ポップの曲だとわからず、彼の一般的なイメージは「上半身裸」なんだということに、ようやく気づいたぐらいだった。


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世間では、その後もイギーの再評価は続いて、彼とすごく引き締まった肉体というイメージは、ようやく私の中でも擦り合ってきたけど、なにも知らずに「大好き」だった頃の感覚は戻ることなく、遠くから眺めているという状態が続いていた。

でも、この映画は、そんな私の心にふたたび火をつけてくれるほど、イギーの魅力が詰め込まれてた。

The Stooges というバンド名は、やっぱり「Three Stooges」から来ていて、「No Fun」のような歌詞も、当時人気のあったコメディアンの「25字以上はむつかしい」みたいなギャグから来ていて、





70歳になろうとしているこのドキュメントの撮影時でも、未だにその教えを守っているというか、人生を通じてその思想を深めてきたような語り口や、風情・・・

ストーンズの変わらなさには、いつも若い頃からの計算高さを感じてしまう私だけど、イギーの佇まいにはそれとは違う、野生の動物にしかない、本物の深い「痴性」があって、

不遇な時期のマネージャーに「ハリウッドに行って、ピーターパンを演じろ!」と言われた話には吹き出しそうになったものの、よく考えてみたら、イギーって、リアルにピーターパンのような気がする。

J.M.バリも、マイケル・ジャクソンも早く大人になった少年で、それゆえ、「ピーター・パン」に憧れを抱いたように思える。でも、イギーは、早くから大人の論理に見切りをつけ、こどもとして成長し続けてきたような無垢さがあって・・・

イギー・ポップのことが、またまた大好きになって、これからもっと彼から影響を受けたいと思ってしまった。


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この映画で初めて見た「ロックの殿堂」の映像
超カッコよかったなぁ。。
(イギー登場は5:04〜当時63歳だけど、やっぱり白いシャツが超似合ってるw)




追伸:それにしても、重症のヘロイン中毒者が生還して、長く元気でいるパターンはよくあるような気がするけど、ドラッグ嫌いで処方箋中毒になってしまった人には、治療方法がないような・・・

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by yomodalite | 2017-10-12 17:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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久しぶりに読書について。
2016年末に決着したアメリカ大統領選挙のあれこれを見ているうちに、知性への懐疑は増す一方で、知的興奮を覚えることは激減し、ブログで紹介したいと思える新刊本も本当に少なくなっているのですが、

それは、マイケルが旅立ったあと、それまで信頼していた大勢の人が、自分にとって「完璧に要らない人」へと変貌して、呆然とした、あの頃と少し似ていて、

そのときは、自分があまりにもなにも知らなかったことにショックを受け(念のため断っておきますが、マイケルが無罪だなんてあたりまえのことではありません)、それまでよくわかっていなかった本を真剣に読むようになって、少しは「無垢(inoccent)」について、わかるようになったのですが、

昨今の社会情勢の混乱を垣間見ているうちに、マイケルが演じたいと願い、子供たちにも暗記するまで読むように勧めていた「ピーターパン」は、私にとってこれまで以上に重要な本になりました。

というのも、2015年に出版されていた大久保寛氏の翻訳本が素晴らしくて・・・

文庫版とKindle版があります。
これまで、石井桃子訳で挫折したあと、芹生一訳に救われていた私ですが、大久保氏の訳は最後まで本当にスムーズに、「ピーターパン」の複雑さを伝えてくれていて、寝る前にこの続きが読めることが、本当に幸せ、という数日を過ごしました。

10代の頃の基準や傷や夢や栄光を身に纏っている大人は多いけど、バリやマイケルのように大人と子供の狭間を行き来できるほど、老成した子供はあまりにも少なく、『ピーター・パン』を何度も読む以外に、その感覚を取り戻す方法もないと思う。

(http://1000ya.isis.ne.jp/1503.htmlより)

「ほんと」と「つもり」の関係だなんて、たいしたことではないだろうと思うだろうが、とんでもない。いざその正体と二つの関係を測定しようとすると、なかなか容易なことではないことがすぐわかる。


そもそも「ほんと」とは何かということがとても難解なことなのだ。現実におこったことが「ほんと」だろうとしても、朝は晴れていた、ビスマルクは鉄血宰相と称ばれていた、俳句をつくった、この道はいつか来た道、村上春樹の新作をざっと読んだ、内閣が改造された、自社株が下がった、母親の病気が重い、友達とコーヒーを飲んだ、シリアにイスラエルからの爆撃があった、チラシのデザインを仕上げた、といったことの、いったいどこからどこまでが「ほんと」かを説明するのは、えらく大変なのだ。


 それ以上に、「つもり」の正体なんて、ほとんど抜き出せない。連休は海外旅行に行く、信長は野望をもっている、あなたが好きです、この映画は当たるだろうね、銀河系には生命があるにちがいない、あしたの遠足なんか行きたくない、リンゴを剥きますか、発車まであと数分、この歌うたえるかな、あの件はチャラにしたい、なんてことから、「つもり」の部分だけを抜き出すのは至難の技なのだ。世間ではおそらくは「つもり」から「ほんと」を引いたところを勘定したいわけだろうが、そうは問屋が卸さない。


 それよりいったん、すべてが「つもり」で出来ているのだと見たほうがうんといいい。このことは、幼い少年と少女以外の誰もがわかっちゃないことなのである。そう、かれらは「つもり」こそが「当然」なのだから。


ジェームズ・ディーンの『理由なき反抗』やフランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』はティーンエイジをみごとに描き出したけれど、バリがピーター・パンに託したことはそういうティーンエイジの社会観ではなかった。・・・


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by yomodalite | 2017-09-26 00:00 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(30)
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今年出版された『ケンジントン公園のピーター・パン』の新訳を読みました。
これは、バリが初めてピーターパンを登場させた小説『小さな白い鳥』から、ピーターが登場する部分だけを抜粋して出版された作品なんですが、海賊フックと戦ったりする前の話で、ピーターがまだ赤ちゃんのときの話なんですね。


新訳の光文社文庫のあとがきには「小さな白い鳥』に関しても詳しく書かれているのですが、ここでは、訳者による「パン」についての解説を紹介します。

(省略・要約・抜粋して引用)

「パンとはどんな神様なのでしょうか」
19世紀に広く愛用されたランプリエールの『ギリシャ・ローマ辞典』で「パン」の項目を引くと・・

パンは羊飼い、狩人、そして田舎のすべての住人の神であり、ローマ神話のファウヌスとしばしば同一視されました。その血統については、ヘルメス神とドリュオペー(ニンフが棗の木から花を摘んだために、木になってしまう女性)の息子だとか、ゼウスとカリストー(ゼウスに愛され、女神ヘーラーに嫉妬され、熊に変えられてしまった乙女)の息子だとか、諸説あり、

また、その名前の「パン」は、ギリシャ語で「すべて」の意味(由来は諸説あり)で、姿形は、頭に小さな一本のツノが生え、肌の色は赤みを帯び、鼻は平らで、脚、腿、尻尾は山羊といったもの。

古代エジプトでは、八柱の偉大な神の一人として崇拝され、その像は山羊の姿をしていましたが、パンは、豊穣の象徴であり、エジプト人は彼を万物の原理と見なし、

ローマ時代のティペリウス皇帝は「大神パンは死せり」という声を聞き、また、パンは田舎に住む人々を怖がらせたことで、人が言われのない恐怖に取り憑かれるとき、これを「パンの恐怖」と言うようになり、これが「パニック」という言葉になった・・・

パンの性質は、みなさんが知っているピーター・パンには、ほとんど見られませんが、本書のピーターには、それがまだ残っています。

その一つが「葦笛」であり、もう一つが「山羊」です。

日本人がかつて中国の学問や文化をお手本にしたように、ヨーロッパ人にとってギリシア・ローマの文芸は敬愛する古典であり、ヨーロッパの文学や絵画にもしばしば登場し、パンの神に関しては、19世紀後半から20世紀にかけて、象徴派や耽美派の美術が盛んになると、キリスト教のアンチテーゼとしての異教世界や、産業文明に対する自然を象徴するものとして、また人間の欲望の解放の象徴として、新たな脚光を浴びたようです。

たとえば、デンマークの作家イェンス・ペーター・ヤコブセンに「アラベスク」という詩があり、イギリスの作曲家フレデリック・ディーリアスは、この詩を歌詞とした声楽曲「アラベスク」を書きました。

また、牧神をテーマにした詩で有名なのは、フランスの詩人、ステファン・マラルメの「牧神の午後」。作曲家のドビュッシーは、この詩に霊感を受け、「牧神の午後への前奏曲」をつくり、ドヴュッシーと並び称されるフランスの巨匠ラヴェルが作曲したバレエ「ダフニスとクロエ」は1912年にディアギレフバレエ団によって初演され、ニンフとパンの神に対する牧人たちの素朴な信仰が描かれています。

一方、世紀末のドイツ、ベルリンでは1895年に芸術雑誌「パン」が刊行。「パンの会」も結成され、イギリスでは、1894年にアーサー・マッケンが『パンの大神』という短編集を発表。これは、パンを魔界の象徴として用い、この神の恐ろしさを強調した作品でしたが、ケネス・グレアムの小説「The Wind in the Willows」に登場するパンは、美しい歌声で、主人公を行方不明になった息子がいる場所へと呼び寄せます。

こういった例ほど有名ではありませんが、モーリス・ヒューレットという詩人が発表した戯曲『パンと若い羊飼い』の冒頭には、「少年よ、少年よ、汝は永遠に少年なりや Boy, boy, wilt thou be a boy for ever?」と書かれていて、まるで大人にならないピーターパンの出現を予告しているかのようです。

バリーがこの作品に影響されたかどうかはわかりませんが、研究家のアンドリュー・バーキンは、バリーはこの戯曲を知っていただろうと、指摘しています。

(引用終了)
ちなみに、研究家のアンドリュー・バーキンの本は、マイケルも読んでいた本です!

バリが空想した「ネヴァーランド」は、マイケルによって何年も実在することになり、その庭には、ピーター・パンの像だけでなく、ヘルメス像が建てられていました。(HIStoryツアーのオープニング映像にも登場。→リンク)また、ドヴュッシーは、マイケルのお気に入りの作曲家であり、ディアギレフバレエ団で「牧神の午後」の振り付けとダンスの両方をこなしたニジンスキーは、マイケルのパイセンで・・・。


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光文社文庫飯の解説は、抜粋した部分以外も、ピーター・パンの創造者で、その最大のモデルでもあったバリー自身や、作品に大きな影響を与えた母親についても、よくまとめられているのですが、キャプテンWの存在が消えてしまっている本編の方は、マイケルのいないネヴァーランドのように寂しく感じられ・・

私的には、こちらの訳本の方をオススメします(しかもお値段も安いw)


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by yomodalite | 2017-08-19 00:00 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(0)
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名スピーチとして名高い、J.M.バリの「Courage(勇気)」の翻訳を紹介します。
日本語訳はこれが初めてだと思います。

バリは、英国・スコットランドの作家で、マイケル・ジャクソンが心から演じたいと願い、こどもたちに暗記するほど読め。と言っていた「ピーターパン」の作者です。

その物語に登場する「ネヴァーランド」は、現代では「マイケル・ジャクソンの家」として有名になり、MJのネヴァーランドの門には、“DIEU ET MON DROIT”「神と我が権利」や、”Honi soit qui mal y pense” 「邪推する者は侮蔑されんことを」(*)という言葉もそのままに、英国の紋章が掲げられていました

MJの人生は「ネヴァーランド」を現実化するために大金を稼ぎ、そして、その夢のために誤解を受け、大きな犠牲をはらったともいえるのではないでしょうか。

わたしはこどもの頃『ピーターパン』を読んだこともなく、彼が、疑惑の渦中に「60ミニッツ」に出演し、「おとぎ話」の重要性や、こどもの心について語り、番組出演時の奇妙なメイクとはまるで違う、夢見る少年を演じている『Childhood』のヴィデオが流れたときも、冷ややかな目で見ていました。

彼の少年虐待について、疑ったことはなかったものの、当時、社会の厳しさの真っただ中にいた私は「おとぎ話」を、心のよりどころにすることは出来なくて、MJは、ますます私たちとは違う世界に行ってしまったと感じていたのです。

正直にいえば、今も『Childhood』のヴィデオを見て涙することはないのですが、ただ、「おとぎ話」を繋いできた文学者たちの系譜には、まったく違った思いをもつようになりました。

そのきっかけを作ってくれたのが、J.M.バリです。

『小さな白い鳥』を読んで以来、私はバリに夢中になったのですが、バリ作品で今読めるのは『ピーターパン』ぐらい…

そんな中、『ロストボーイズ』や、芹生一氏訳の『ピーターパンとウェンディ』(石井桃子訳に不満だった方は是非!)で、バリの有名なスピーチ「Courage(勇気)」のことを知りました。

ネットで探し出したものを見ながら、時間をかければ、自分にも訳すことが。。というような無謀な努力をしなかった自分を、今は褒めてあげたいと思います。それは、私にはめずらしく賢明な判断だったと思うのですが、これを読まれた方は、もっとそう思われるでしょう。

バリの精神を日本語にしていただくのに相応しい方にお願いすることができました!

語学に興味がある方は、ぜひ、原文と照らし合わせて読んでみてください。

原文は、直訳ではまったく意味がわからないぐらいの上級レベルの英語なので、はじめて、これを日本語で読んだときは、わたしは魔法を見たように感動しましたが、より行間を読むために、そこから半年以上の時間を費やしました。このブログでも何度もお世話になった「If you must die, die well」のみっちさんに助けていただけなかったら、途中で挫折していたかもしれません。

日本の若い人にも読んでもらいたい。

というのが、私と訳者に共通する思いでした。そのためには、伝える側が深く理解していなければ。と考え、少しずつ調べているうちに、当初、感動した地点から、少し遠くまで思いを馳せられるようにはなったものの、

現代に生きる、日本を愛する若者に、これを伝えるにはどうすればいいのか悩み、

調べられないことや、理解しきれないことで、迷ったことも何度もあったのですが、私たちができる精一杯のレベルということで納得することにしました。ページによっては、幾分「注釈」が多いと感じるかもしれませんが、何度か読まれるうちに、

バリの「勇気」とは、どのようなものなのか、
より深く理解するために、少しは役立てることもあると思います。

第一次世界大戦は、1914年~1918年。
バリがこのスピーチをしたのは、終戦から4年後の1922年です。

1930年に書かれた『小さな白い鳥』の序文でも、彼は「ブロードウェイを通るにしても、左右どちらの歩道の肩を持つと思われても困るので、危険は承知の上で道の真ん中を歩かせた」というほど、中立に慎重だったバリは、

このスピーチでは「若者に戦う勇気を持て」と煽動しています。

バリは何のために戦えと言ったのでしょう?


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スピーチには、現代の日本人にはなじみの薄い、英国、スコットランドゆかりの人物が多く登場しますが、彼らは、近代の日本人が熱心に学んだ人々です。

私たちの先人が、欧米の文化に接して、何を学び、何に悩んだか、現代の日本人は、もう一度振り返るべきなのではないかと思います。

英国史における、イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの関係についても、わたしたちはなかなか理解することができませんが、中国、韓国・朝鮮と日本の問題と近い部分も多く感じられます。明治以前より、日本の上層は「英国」の影響を色濃く受けてきていますが、今に至るまで、「英国」にはなれず、中国にその地位を奪われつつある今は、特にそう思えてなりません。

また、バリが語っている数々の戦いの中には、第一次世界大戦だけでなく、宗教対立という部分もあります。

世界の戦争において、わたしたちが一番理解しにくいのは「宗教」に絡んだ部分ではないでしょうか。現代日本で知識人を自認している人の多くも、「一神教」は、世界で起きている対立の原因であり、平和の妨げになっているというような意見を口にします。

しかしながら、「一神教」を理解しなければ、世界に「思想」を語ることも、世界からの批判をかわすこともできません。

バリのスピーチには、宗教、国、民族、郷土愛、母校愛、友情、愛する者の死…といった、わたしたちの「戦う理由」になるようなことが、すべて詰め込まれていて、それらの犠牲になったり、勇気を発起して散っていった人々の魂、ひとつひとつに語りかけているようです。

わたしたちは、近隣諸国への謝罪が足らないという批判を何度もされていることに、うんざりしていますが、国のために犠牲になったわたしたちの先祖の無念さや、未来に託してくれたこと。。そんな魂の声を本当に聞いているといえるでしょうか。

その他、何度読んでも、読み返すたびに、新たに、バリの思いに気づき、歴史に遺る文学者の深さに少しだけ触れられたような体験を味わいました。

長くなりましたが、最後に、マイケルファンの方に付け加えると、わたしは、MJは、バリがここで語っているさまざまなことに忠実だったように思います。

ですが、スピーチの名手としても有名だったバリは、この歴史に遺るスピーチを「堂々と」行ったのではなかったようです。

(スピーチ読了後「訳者あとがき」をお読みくださいませ)

MJも「Courage」という詩を書いたときはステージに上がることに勇気はいらなかった。でも、『THIS IS IT』のとき、彼は不安を隠しきれなかった。

ヴィクトリーツアーの頃のMJは、まるで、ミケランジェロの「ダビデ像」のように見えましたが、『THIS IS IT』を成功させようとしていたMJは、ミケランジェロが晩年まで創り続けながらも未完に終わった「ロンダニーニのピエタ」のイエスのように、雄々しさとは違っていた。


歴史をふりかえってみれば、偉人の「勇気」というものは、常にそういうものではなかったでしょうか。





(*)「思い邪なる者に災いあれ」の訳が多いですが、下記サイトの訳を使用させていただきました。

スピーチに関連している文学者とMJの関係について

シェイクスピア
MJが映画を撮っていくことの芸術的価値について彼が抱いている想いに畏怖の念を抱き、彼がどれほどのことを教えてくれたか説明できない。と語った、反抗する若者像を初めて演じ、後のロックスターの源流でもあるマーロン・ブランドは、MJと同年代の俳優、ジョニー・デップに、シェイクスピアを演じることの重要性について、強く語っていました。欧米で映画や物語を創造するひとにとっては当然ですが、もちろんMJの書棚リストにも。


サミュエル・ジョンソン
バッドツアー中、メディアに宛てて書かれた手紙の中には、ジョンソン博士の言葉が引用されていました。
If a man could say nothing against a character but what he can prove, his story could not be written.


ロバート・バーンズ
マイケルの友人で、30周年記念コンサートのプロデューサーでもあったデイビッド・ゲストは、MJはバーンズの大ファンで、彼の詩に曲を書いたと語っています。


ウィリアム・アーネスト・ヘンリー
アーネスト・ヘンリーの有名な詩「インヴィクタス」は、MJが尊敬し親交があった、ネルソン・マンデラの獄中を支えた詩としてよく知られています。


ライマン・フランク・ボーム
オズの魔法使いの作者。MJは自作の詩にも引用し、そのリメイク作ともいえる『ウィズ』はMJの初映画出演作。

スティーヴンソン
『ジキル博士とハイド氏』『宝島』で有名なスティーヴンソンは、フロイト研究者にして、冒険物語の愛好者である、MJの「先輩」といえるかも。。

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by yomodalite | 2014-02-13 15:13 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(2)
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2013年の6月最後の日は、1987年の思い出を。

シェイクスピアからオペラ、ミュージカルまで手がける英国の映画・演劇の演出家で、
『スターライト・エクスプレス』や『キャッツ』で有名なトレヴァー・ナンが、
マイケルに会ったときのことを語った文章です。

こちらは、kumaさんにお願いして翻訳してもらいました。



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Michael Jackson's Peter Pan obsession
ピーターパンになろうとしたマイケル・ジャクソン

いくらか不安を感じながらだが、マイケルジャクソンの衝撃的な早すぎる死の後に巻き起こった論争にたいして、私も何か言いたいと思う。避けようのないことだが、繰り返し問われてきた疑問がまた浮上している。彼の精神は健全だったのか、彼は裁判で問われたように性的児童虐待をしたのか、という疑問である。誰もが納得する答えは出ていない。

しかしこれからお話しすることは
彼の本来の人間性に光を投げかけることになるかも知れない。

1987年のこと、ロンドンにいる私の法的代理人のところに、マイケルジャクソンの代理だと名乗る人物から接触があった。その人物は数ヶ月先までの私のスケジュールを知りたいと言った。そして、マイケルの世界ツアーの日程と調整し、日にちを決めて世界のどこかでマイケルと私が会うことができないかと言った。

「何の用事で会うんです?」私の代理人はびっくりして聞き返した。相手は「マイケル」が今までと違う新しいツアーコンサートの制作について話したがっている、と言った。

その話を伝えられて、私はてっきり、コメディアンのケン・キャンベルにやられたのだと思った。彼には前に一杯食わされているのだ。今回もドッキリに決まっている。

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◎Ken Campbell(Wikipedia)



2日後、私の代理人はよりはっきりした口調の電話を受けた。マイケルのマネージャー、フランク・ディレオと名乗る人物からだ。彼は、イギリス以外はすべての国をまわる勢いの、マイケルのツアースケジュールをスラスラと言ってのけた。これは正真正銘のマイケルのマネージャーなのでは?

そのマネージャーは、私が演出しているクレイジーな実験的ミュージカル、『スターライト・エクスプレス』のことをマイケルは「ちゃんと知って」いて、「そのアイデアを共有したい」と思っている、と言った。

私は、そのスーパースターがシドニーのパラマッタスタジアムで数回のコンサートをやる同じ時期に、『レ・ミゼラブル』の新しい舞台のリハーサルのために同地に滞在する予定だった。「それじゃ、シドニーで会うことができるな」と口にはしてみたが、これで私がまた仕掛けに引っかかったら、ケンは大喜びするだろうな、と考えていた。

オーストラリアに出発する直前、今はもう亡くなった私の法的代理人ビル・フォーニアーは、私がシドニーで泊まるホテルの名前をマイケル側に伝えていいかと聞いてきた。

私は「ほーら、やっぱりドッキリだ」と声を上げたが、ビルはこの交渉は本物に違いないと言った。「でも、どうして僕のホテルの名前を知りたいんだ?」

「それはだね」とビルはもったいをつけて言った。「マイケル・ジャクソンが言うには、彼は君と同じホテルに滞在して、オーストラリアにいる間に何度か会って話をしたいらしいんだ」


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“Starlight Express”



シドニー港にかかった橋を見下ろすように建っているリージェントホテルに到着して数日後、私は興奮気味のアシスタントマネージャー二人から、マイケル・ジャクソンの一行がたしかに30階建てのそのホテルの、最上の二階分をそっくり予約していると教えられた。

ますますとんでもない展開だ。結局、私の「レ・ミゼラブル」のリハーサルが終わる頃、マイケル・ジャクソンのツアーの一団が到着し、その後すぐ、ビルが仲立ちして、私たちは会うことになった。

マイケル・ジャクソンのいるところに入っていくのは、それがたとえ招待であっても、イングランド銀行に盗みに入るくらい大変だった。少し進むごとに、何人もの人に質問を受け、数え切れないほど「写真付き身分証」の提示を求められた。

すべてがきっちりと無線機で確認されるごとに、私は少しづつ「その存在」に近づいていた。29階から、最上階の30階へ。部屋に通じる廊下から、入り口のドアへ、ドアを開けたところの控えの間へ。そしてついに、私は大きく、ガランとした感じのラウンジに入った。床から天井に届くほど大きな窓があり、そこからの眺めは、世界でも有数の素晴らしいものだった。

時折、全身白に身を包んだ人たちが、柔らかそうな白い室内履きをはいて、部屋の中を音もなく動いていた。私はなんだか、集中治療室で徹夜の看病をしている人みたいな気分になった。

その場は静まりかえっていた。

やがて、赤のベルベットのパンツに赤のシャツ、思っていたよりずっと肌の色が青白く、唇には口紅を感じさせる「彼」が現れた。キング・オブ・ポップは、私と握手を交わし、自分と会うために「時間をさいていただいて」と、深い感謝の念を示してくれた。

そして、白いお仕着せの服を着た人々が動きまわって珈琲と美味しそうな軽食を運んでくると、それは細かな気遣いを示してくれた。彼の歩き方は、扁平足というか、微かなぎこちなさが感じられて、私が思っていたよりなめらかな動きではなかった。

私の中に残っていた疑念がかき立てられた。もしかしたら、世界で最も有名な男性の、超一流のそっくりさんと一緒にいるのではないか?

彼は1メートルと離れていないところに座っていた。私たちの会話が、どちらかといえば、たどたどしく進んでいく中、私が気づいたのは、彼の顔の皮膚移植によるかすかな変色と思われるものであり、彼の目の輝きであり(それは過去を思い出すときには悲しみに潤むこともあった)、女の子のようにソフトな声(笑い声は特にそうだった)の響きだった。

私はどのような人間として彼に接していいのかわからなかったが、マイケルと対面しているということの非現実感から抜け出して、やっと「これは実際に起こっていることなんだ」と頭で考えられるようになると、同時に、自分自身でいられるようになった。

自分は感激でいっぱいのいちファンとして会うべきか、多少は共通の言語を持っている音楽業界の人間として接するべきか、違う分野の鍛錬を積んできた年上の人間として、冷静な評論をすべきか、私は考えた。

私はそれら3つすべてをやってみた。彼の新しいアルバム「Bad」について話し、世界中をコンサートしてまわることの大変さについて話し、彼のすごい振り付けのダンスリハーサルの様子や、徹底的に独自なものを創作できるチャンスについて話した。

彼の質問に答える形で、私は「キャッツ」や「スターライト・エクスプレス」について話した。それらのショーは、劇場で音楽を楽しんでもらうのに、もっと周りと一体になれるような形はないかという意図の元に、私が演出したものだった。

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“Starlight Express”



お返しに、マイケルは私に彼がどんなにもっとみんなを驚かせるようなこと、たとえば観客の頭の上を飛び回るようなことをやってみたいかと話した。「あぁ、それならどうしたらいいかわかるよ。できるよ」と私は軽い口調で言った。

「ピーター・パンをやったとき、みんなを観客の頭の上に飛行させたんだ」

空気が激しく一変した。彼はまるで身体に電流でも走ったような反応を見せた。椅子の端に腰掛けて、大きな手で自分の両腕をつかんだ。片方の手には手袋がはめられていた。

「ピーター・パンをやったの?」彼はささやき声になっていた。

「そう、ロンドンでね」

マイケルは飛び上がって言った。「あなたがピーター・パンの演出をしたの?」高い声がさらに高くなり、彼は私の前をウロウロし始めた。「ああ、どうしよう。ピーター・パンだって。信じられない」

私は我々がやっている「ピーター・パン」では、子供の役はすべて大人が演じていると話した。マイケルは部屋中を飛び回り、目に涙をいっぱいためて、僕の前にひざまずき、私の両膝に手を置いた。そしてこう言ったのだ。

「ピーターの役をやりたいんですが、遅すぎますか?ピーターを演じさせてもらえませんか。ピーター・パンを演じたいと、ずっとずっと願ってきたんです」

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Trevor Nunn's PETER PAN



その瞬間から、私は彼の新たな親友になった。白衣に身を包んだ人たちが入り口のところに待機して、押さえきれない嬉しさからでた「ウォー」とか「キャー」とかいう叫び声に、ご主人さまが見も知らぬ訪問者に殴られでもしているのではと心配していた。

マイケルは、ピーター・パンの物語を隅から隅まで知っていて、いろいろなせりふを暗唱した。喜びが彼を幼い頃に引き戻してしまったのか、彼はとても無防備な子供のように見えた。

私は突然、彼の最大の望みを叶えられそうな人間、ということになってしまった。思いがけなく、このように事態が急変したので、私はそれが何を意味するのか、何の表れであるか、ということに思いが至らなかった。しかし、チャイルドスターとしてのマイケルがどんな風だったか、とか、彼が感じる、大人であることの奇妙な不快感というものがいま表に出てきていている、ということは感じていた。彼がこんなふうに感情を爆発させることは、とてもプライベートなことで、まれなことだということも。

私たちの会見は2時間後におわった。終わる前に、私は、次の夜に彼のコンサートに行くことを「約束」させられた。私は夕方の5時半にホテルの地下にある駐車場にいることになっていた。私は前回と同じような「検問」をくぐってそこについた。そして信じられないことに、ドライバーと、二人のセキュリティ・・・

そしてマイケル・ジャクソンが乗っている、黒い窓ガラスのドーモビール社製のキャンピングカーに案内されたのである。

私は、スタジアムまでマイケルと同じ自動車に乗って、暗い車内で外から見えない存在になるという、今までに無い、そしてこれからもないであろう経験をした。我々が通ると、車内からははっきりと見えるファンの群れが「愛している」と叫び、窓ガラスに触れようと手を伸ばしてきた。私はつかの間マイケルとステージ裏に連れて行かれ、その後、巨大な机を置いたサウンドオペレーター席のすぐ横にエスコートされた。それは観客席の中で最高の場所だった。

私には守らなければいけないことがあった。どういうことかというと、車で移動している間、マイケルはいろいろな言い方で私に伝えたのだ。ステージ演出とか彼のやっていることで、何か良くないと思うことがあったら言って欲しいと。「良くないところなんか無いに決まってるよ」と答えると、マイケルは差し迫ったような表情で、念を押した。

「いいえ、絶対に言ってくれなくては困ります。言ってくれる人が必要なんです。今とはどんな変化がつけられるか考えて・・・どうすれば僕が飛べるか考えてください」

マイケルは、もちろん、素晴らしかった。ダンサーとして比類なく、音楽は彼の口からだけでなく、「バッテリーフル充電」という感じの彼の身体全体から湧きだしていた。

もの凄い盛り上がりのフィナーレの後、私は再びステージ裏に案内され、キャンピングカーに乗せられた。すぐに、すべてを出し切って抜け殻のようになったマイケルと、短身でずんぐり、ごま塩頭をポニーテールにした中年の男性が、乗り込んできた。ディレオ氏だった。

私はマイケルに、彼のステージがどんなに素晴らしかったかと伝えようと思った。しかし、マイケルは「ほんとのことを聞かせて欲しい。今はだめです。明日言ってください」とだけ言った。

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Trevor Nunn, HM The Queen, Andrew Thomas James, Dexter Fletcher, Joss Ackland, Miles Anderson, Jane Carr – at the royal Gala Performance




ホテルに戻ると、彼のマネージャーは,マイケルが12時間の睡眠をとるまでは話は無し、と念を押してきた。私は、次の日の正午にホテルの部屋に来るように言われた。その時までには、私はマイケルに提案できるアイデアをまとめていた。「マン・イン・ザ・ミラー」のあたりで、物語の要素を入れるといいのではないかというアイデアだ。そうすればひとりの人間の、二つの面を表現することができる。

1つはBadにあるような、エネルギー全開の、セクシーで動物的なマイケル、もう一つは、繊細で優しく、想像力豊かで無垢なマイケル。後者はショーのクライマックスで空を飛び、会場をあとにする。

マイケルが約束した時間きっかりにやって来たとき、彼はディレオ氏と一緒だった。このことは状況を倍ややこしくした。なぜなら、マイケルは依然大喜びで夢見心地で、ちょっと感情を込めすぎなくらいで、「ぜったりやりたいよ」「素晴らしいだろうね」と言っているのに対して、マネージャーの方はまったくビジネスライクで、「どうやってやるのかきちんと説明してください」みたいな調子で、細々したことを聞いてきたのだ。

私ははっきりと感じた。マイケルは自分と私を、大人の目の前にいる二人の子供としてみているのだと。そして、私に「こんな親の言うことを聞いちゃだめ」と一生懸命伝えようとしているのだ。彼はこれからの計画について話したくてたまらなかった。私に、イングランドへ帰る途中にロスに寄って、と求めた。そうすれば、もう一度会って話ができる、と。

私の次の仕事、つまりブロードウェイのミュージカルのリハーサルの場所に居合わせることができるように、自分のリハーサルの場所をニューヨークにしてもいい、と言い張った。私は、ロスとニューヨークでマイケルに連絡が取れる電話番号を教えられた。

私が、幼い娘を自分の部屋から連れてくると、マイケルは娘と一緒にポーズをとって写真に収まってくれた。その写真は、今ここで話していることが真実であると証明する、唯一の証拠である。


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“Starlight Express”



その後何回も電話してみたが、一度もマイケル自身につないでもらうことはできなかった。マイケルを取り巻く集団が、ある指示の元に、とても礼儀正しくだが、私を排除しようとしたのだという考えが、私につきまとった。

大事なのはそんなことじゃない。私が言いたかったのは、マイケル・ジャクソンが、大好きなピーター・パンの住む場所である、ネバー・ランドの名を冠した地に、牧場付きの子供のための遊園地を作ったと聞いたとき、私は少しも驚かなかったということだ。性的児童虐待で彼が告発されたとき、私はそんなことはウソだと信じていた、そして今も信じているということだ。単純なやつ、と言いたければ言えばいい。でも、マイケルは確かにピーター・パンだったのだ。

ピーターはロスト・ボーイという子供の一団を率いている。子供たちは彼のリーダーシップに頼っているが、一方でピーターも同じくらい子供たちを必要としている。ロスト・ボーイたちはピーターと同じ大きな部屋に暮らし、みんなで一つの大きなベッドに眠る。ネバーランドに少年たちを招待し、同じ部屋で過ごし、みんなで一つの大きなベッドに眠る・・・

これらは性的虐待の訴えの、主たる疑惑としてあげられたものだ。しかし、ピーターというのは,両性具有的な存在なのだ。男女の性別など無く、ウェンディに慕われるが、彼女の、異性としての愛情に答えるつもりなどない。

ピーター・パンの作者であるJ・M・バリは、自分も児童虐待の疑いをかけられた。永遠に子供でいたいという、ピーターの切なる願い、大人になって、大人の社会と馴れ合っていくことに対する恐れは、かなりな範囲、バリ自身の経験によるものだっただろう。バリは、おそらくは、夫婦の交わりのない結婚生活を送りながら、よそのうちの子供をとてもかわいがったのだ。

マイケル・ジャクソンはどうだったかって?彼はタブロイド紙の世界ではあの名前(Wacko Jacko?)で呼ばれるような人物だったかも知れないが、ピーター・パンに対する熱狂の中に私が見たものは違う。それはうそ偽りのない、真実の姿だった。

本当は、ピーター・パンは、彼が演じたかった人物などではない。
それは、マイケルがなりたかった人物なのだ。


© Trevor Nunn (2009年「SUNDAY TIMES」より)
Theatre director Trevor Nunn talks about meeting Michael in 1987

(引用終了)


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by yomodalite | 2013-06-30 17:09 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(3)
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ー 何人たるを問わず、余の伝記をものにせんとする者を、神よ、罰したまえ ー

上記は、大変なメモ魔だった、バリの晩年のメモに遺されていたもの。著者は、古代エジプトのファラオの墓に彫り込まれた呪いにも似た、この警告に恐れをなし、本書を伝記でないと断り、また、バリの作品の評論でもなければ、彼の心理の分析でもない。登場人物自身の言葉で語られ、自身の姿で描かれた、一つの愛の物語であり、

さらにまた、これはドキュメンタリーとして書かれているが、自分がBBCテレビのために書いた同名のドラマとも違っていて、本書では、編集者の役割に徹し、書簡、日記、メモ、面接取材、写真、それにバリ自身の作品などの資料に、事実をあるがままに語らせ、個人的見解はできる限り排除したつもりである。

と「序文」で語っています。


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(Andrew Birkin。監督作「THE CEMENT GARDEN」の主演で、姪でもあるシャルロット・ゲインズブールと)



また、特に大きな助力を受けた協力者として、協同研究者のシャロン・グードと、彼女がその所在をつきとめた、バリの養子となった5人の兄弟の末っ子、ニコラス・リューイン・ディヴィス(通称ニコ)を挙げ、家族全員のものである手紙や書類の版権の所有者として、出版に同意し、原稿を詳細に吟味したニコの協力について、

送りつけた原稿に対し、「やや正確さを欠くと思われる若干の点についての意見」を別便で送るが、そう重大なことではないから無視してもいいということだったのに、送られてきた「次の便」は、50枚近い便箋にびっしり書き込まれたもので、それは、すべて、事実に関する原稿の誤りを訂正するものだった...

という、素敵なエピソードからも、本書を「マイケルの愛読書」に断定しました。

☆[追記]このあと調べたところ、リストにあったことが判明。
http://www.mjjcommunity.com/


バリの研究本は、英国、アメリカともにたくさん出版されていますが、バリが「マイ・ボーイズ」と呼んだ5人の兄弟の1人が深く関わり、第一級の資料が満載の本を、MJが読んでいないわけがないですからね(原著の出版年は「Off The Wall」発売の1979年)

上記で「BBCテレビのために書いた同名のドラマ」と言っているのは、1978年にBBCで放映された「The Lost Boys」という1回90分の3回連続ドラマで、大変な評判になり、多くの賞を受賞したもの。著者のアンドリュー・バーキンは、1968年に『2001年宇宙の旅』に助監督として関わり、その後も脚本家、映画監督として活躍され『薔薇の名前』の脚本家として有名な方。また、あのジェーン・バーキンは1つ年下の妹だそうです。


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Michael Llewelyn Davies age 9



とにかく『小さな白い鳥』を読んで以来、バリに夢中で、本書でもバリの作品タイトルが登場するたびに、読みたくなるのですが、日本で出版されているのは「ピーターパン」ぐらいで、、

◎Andrew Birkin's site about Barrie and the Davies family

上記のサイトを眺めたり、バリの有名なスピーチの原文を探して、でもこれを訳すなんて何年かかるかわからない ... と、途方に暮れていたんですが、本書を読んでいる間は『小さな白い鳥』読了後に見舞われた「バリ禁断症状」が和らぎました。

後日追記:バリのスピーチ、初めての翻訳です!

といっても『小さな白い鳥』と異なり、こちらは「おとぎ話」ではなく、現実の少年たちが、大人になり、ひとり、また、ひとりと亡くなっていくような、あまり楽しい話ではありません。5人の少年たちは、バリの成功と「ピーターパン」の人気により、少年時から、当時の新聞によって、一々、ピーターパンと結びつけられて報道され、そのことによる苦しみなども本書には著されています。

また、少年たちは、幼い頃可愛かっただけでなく、青年時もそれぞれ優秀で、全員が「人気者」。なかでも、バリが特に愛したと言われている、長男ジョージと、4男マイケルは、優秀な子弟が集まるイートン校でも目だつほど「天才」で「ハンサム」な青年でした。

◎Llewelyn Davies boys

バリの性的な能力に関する論議は、1970年以降から盛んになったようです。そういえば、そういったことに限らず、新たな病気を発見しては、患者を増やしたり、新たな罪を創っては、罪人を増やすということも、その頃から始まっているような.... ク☆ガキよりも、ずっとたちの悪い、ろくでもない大人が増えたからでしょうか。

私は、MJのことを性的異常だと思ったことはまったくなかったものの「ネバーランド」や「ピーターパン」好きに関して、以前は、そんなにイイ感情を持っていませんでした。でも、それは、自分がこどもだったからなんだと、今になって、しみじみ思う。


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Michael Llewelyn Davies age 2



こどものままでいたいと思う、こどもは1人もいないし、こどもの素晴らしさがわかるのは、大人だけだから。。大人になっても「道徳」とか「規範」でしか、物事を考えられないのは、出来の悪い大人でしかない。。

3男のピーターは、その名前からも「ピーターパン」の高名により最も苦しんだと思われるのですが、バリの些か愛情が溢れ過ぎともいえるジョージとマイケルへの手紙について、

手紙には、バリがジョージとマイケルに抱いていた愛情の、異様な性格がよくあらわれていると思う。少しばかり父性的で非常に母性的、そしてやはり非常に恋人的な愛情だ。批判するのは何でもないが、この奇妙な愛情がジョージに何らかの害を与えたとも、与えたかもしれないとも、私は思わない。と意見し、

前述の本書の協力者でもあるニコ氏の言葉は、序文の締めの言葉になっている。

私の知るすべての人のなかで、バリほど機知に富み、一緒にいて楽しい人はいなかった。彼はセックスにはまったく何の関心も示さなかった。彼は素敵な人だった。彼には何の邪気もなかった。だから彼は『ピーター・パン』を書くことができたのだ。



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Michael Llewelyn Davies age 6



本書には、バカな大人には異常と思えるほど、5人の息子たちを愛した、バリの実際の手紙や、息子たちの返事、証言、その他、バリが折々に語ったユーモア溢れる言葉の数々が納められていて、ニコ氏が言うように、バリが本当に素敵な人だったことがよくわかる。

その後、5人を襲った悲劇は普通とはいえないかもしれない。でも、これは、よくある「おとぎ話」の裏にあった現実というような、つまらない話ではなくて、幼い頃、兄を亡くし、そのことで心に深い傷を負った母親、上手く行かなかった結婚、成長し、ケンジントン公園からも、この世からも旅立ってしまった息子たち.... 

さまざまな「失われていく」悲しみに立ち向かって、類いまれな想像力の翼で人生を生きた、バリ自身の「ものすごく素敵な話」だと思いました。

最後に、翻訳者の鈴木氏による「訳者まえがき」から、

「The Lost Boys」という語は、バリに慈しまれながら、1人また1人と離れて ー 失われて(ロスト) ー いったディヴィス家の五少年に、劇の『ピーター・パン』で活躍するネバーランドの少年たちを意味する「迷い子たち(ロスト・ボーイズ)」を重ねたものである。


年齢に関係なく、ユーモアを愛する大人の方に...

◎ロスト・ボーイズ ー J・M・バリとピーターパン誕生の物語(アマゾン)

[ロスト・ボーイズ原著]
◎J.M. Barrie & The Lost Boys :
The Love Story that Gave Birth to Peter Pan[Hardcover]/Andrew Birkin

◎J. M. Barrie and the Lost Boys:
The Real Story Behind Peter Pan[Paperback]/Andrew Birkin


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Michael Llewelyn Davies age 6



☆下記は、私のメモ。未読の方は、読了後の参照をお薦めします。


[バリ作品メモ]

◎『センチメンタル・トミー』
主人公のモデルはバリ自身と思われる。バリの母は、この作品を気に入っていた。

◎『マーガレット・オギルヴィ』
『センチメンタル・トミー』の序文とするために書きはじめられた、バリの母の話は、次第に長くなって1冊の本になった。バリの母の死の翌年、1896年末に公刊。無名の女性にまつわる回想で、その女性を語ることで、著者自身もさらけ出すという、当時の文学界では例を見ない作品。旋風のように読書大衆の想像力を捉えたが、批評家は、プライバシーの侵害に不快感を表明し、バリの家族からも非難された。バーキン氏は、バリが生涯を通じて描き続けた「失われた喜びの国へのあこがれ」が、自分の少年時代への後ろ向きの回帰現象でなかったと書いている。

◎『小牧師』
批評家の評価はよくなかったものの、公演は大成功だった。

◎『トミーとグリゼル』
物語は『センチメンタル・トミー』の終幕から始まる。トミーは流行作家で、社交界の寵児となり、少年時代の友グリゼルは、大人の情熱を身につけた成熟した女性になっているが、トミーの心情は少年時代のまま。迷いながらも、グリゼルと結婚したトミーは、その感情の行き違いに悩む。前編である『センチメンタル・トミー』の出版から3年をかけた、この長編は、トミーが背中に背負った荷物が釘に引っ掛かり、登ろうとした塀から滑り落ちたトミーは、首を吊ったかたちで変死するという唐突な結末だった。批評家の評価は非常に高かったが、全編を通じて病的かつ悲痛な雰囲気がある。

◎『おい、ブルータス』
「ときどきだが、私の文学的努力の結果がマイケルの気に入ることがある。彼が『おい、ブルータス』を読み終えて、そう悪くはないというコメントつきで原稿を返して寄越した日、私は天にも昇る心地だった」

バーディ われわれの人生をかたちづくるのは、偶然なんかじゃありませんよ。
ジョアンナ そうね。運命が決めるんだわ。
バーディ いや、運命でもありませんよ、ジョアンナさん。運命とはわれわれの外にあるものです。本当にわれわれの行為を決定するものは、われわれ自身のなかにあります。われわれを駆り立てて、同じ種類の愚行を重ねるもの、どんなに数多くの機会を得ても同じことをさせるもの......、われわれが生まれつき持っているものです。シェイクスピアにはちゃんとわかっていたのです。

われわれが下積みなのは、
おい、ブルータス、
われわれの星のせいじゃない。
われわれを左右するものは、
われわれ自身のなかにあるんだ


◎バリの演説『勇気(Courage)』
1922年5月3日にセント・アンドリュース大学の名誉総長に選ばれたときのスピーチ。バリのスピーチの中で最高のものとされている。

◎『ジュリー・ローガン嬢への挽歌』
『小さな白い鳥』から30年後に出版された最後の小説(「ピーターパン写真集」鈴木氏の文より)


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「Boy Castaway」George, Jack, Peter


Llewelyn Davies boy

◎George (1893 - 1915)
積極的だったジョージは、自らすすんでバリに近づいた。バリは際限もなくおもしろい話を聞かせてくれた翌日、ひと言も口を聞いてくれないこともあったが、ジョージは、子どもらしい自己中心的な考えで、相手の態度で傷つくことはなく、バリにとって「これほど小癪な子は見たことがない」というような小生意気なところが魅力だったらしい。また、イートン校の同級生は「彼のように万事に頭角をあらわすような生徒であって、自惚れの気がない者はめずらしく、人を惹き付ける話術と、ユーモアのセンスが抜群だった」と語っている。

◎John 'Jack' (1894 - 1959)
ジョンと名づけられたが、すぐに愛称ジャックと呼ばれるようになる。本書の中では地味な印象だが、兄弟の中で最も早く結婚し、2人の子どもは、シルヴィア(母の名)、ティモシー(バリの幻の息子)と名づけている。

◎Peter (1897 - 1960)
ピーターという名前は母シルヴィアの亡父で高名な作家、ジョージ・ド・モーリアの作品「ピーター・イベットソン」から名づけられ、バリの愛犬ポーソスの名は、この作品に登場するセントバーナード犬からもらったものだった。ピーターは1945年、1874〜1915年の間の家族関係の手紙や書類を集め、自分のコメントそえて6巻にまとめ、これを皮肉を込めて「モルグ(死体公示所)」と呼んだ。本書には、この資料から多くの証言が集録されている。ピーターという名前に翻弄され「あのいまいましい傑作」と称したものの、出版社を経営し、自分の次男もピーターと名づけている(長男はジョージ[兄の名前])

◎Michael (1900 - 1921)
ジョージ、ジャック、ピーターは、バリに会ったときから「少年」だったが、マイケルは、はじめて出産に関与することが出来たことで、その登場は、バリにとって、格別新鮮な体験だった。5歳のころのマイケルは、ジョージやジャックと違って、他の子がサンタクロースを信じるように、ピーターパンは本当にいると信じて成長した。彼は、バリがピーターの劇を書いたことも、ピーターを演じているのが「女優」だということをわかっていたが、ほかに、本当のピーターパンがいて、ときどきブラックレイクにあらわれるのだと思い込んでいて、しばしば、悪夢に悩まされた。マイケルはウィルキンソン学校でも常に主席で、ニコは、5人の中でマイケルが一番頭が良く、兄のピーターは「生まれたときから本物の詩人」の素質を持っていたと語り、イートン校の同窓で、その後オックスフォード大学でも親しくし、のちに「ロード」の称号を得たブースビーは、マイケルは私が交際した中でもっとも際立った存在だった。同世代で天才と言えるのも彼1人だったと証言。

◎Nicholas 'Nico' (1903 - 1980)
ウィルキンソン学校の同級生の談話「ウィルキンソンで、もっとも華々しかったのは、ニコだった。知力が高いとか、ゲームの腕前と言うよりも、往々にして1人の幼い少年を大勢の中で一際目だたせる、強い牽引力をもっていた」兄のマイケルは、ホームシックにかかった自分と異なり、イートン校でのニコのことを、先生にぼくもニコのようだったらいいのにと言われ、学寮の象徴だそうだ。と証言している。



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by yomodalite | 2012-02-23 13:40 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(0)
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表紙の男の子は「マイケル」という名の少年。

本書は日本一のバリ研究家、鈴木重敏氏による「ピーターパン」本。バリが「マイ・ボーイズ」と呼び、戯曲『ピーター・パン』が出版されたとき「五人へ」という長い献辞を送った、ディヴィス家の5人の兄弟と、その両親との物語、また歴代のピーターパンを演じてきた(多くは女性)出演者や舞台の様子などが豊富な写真とともに紹介されています。


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写真集とありますが、読みどころが多く、冒頭では、1904年の『ピーター・パン』初演の日、数々の人気舞台を手がけてきたバリがこれまでにないほど緊張し、演出への悩み、興行成績への不安など、困難を乗り越え、大成功した舞台初日について語られています(バリは当初、この公演を『偉大な白い父』と名づけていた)。

(P19)現実は、大方の予想に反する大当たりだった。幕が上がってダーリング家の子供部屋に犬のナナが現れた瞬間から、観客はバリの魔術の虜になってしまった。ナナが幼い少年の入浴の準備を始めると、観客席はあまりの意外さに一瞬鎮まりかえり、次いで快い笑いに沸き返った。その後は最後の幕が降りるまで、観客はバリの意のままに笑い、恐れ、そして涙を流した。

ロンドンの一流の劇場では、初日に子供連れで来る客は少ない。この夜もデューク・オブ・ヨーク座の観客席を埋めていたのは、社交界のエリートと演劇や文芸の批評家が殆どだった。この、いわゆる知識人たちが、年齢を忘れ地位も職業も忘れ、子供時代に戻ってこのお伽劇を楽しんだのだった。(引用終了)



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1907年の暮れに始まった第4回公演の千秋楽では『ピーターパン』の数千回に及ぶ上演史上ただ1回だけの特別な場面が挿入されている。とか、あのチャップリンもこの舞台の出演者だった?....などの興味深い記述もたっぷり。

(また『小さな白い鳥』では、これがバリの最後の小説作品とありましたが、ここでは、さらに30年後に『ジュリー・ローガン嬢への挽歌』が出版されたとあります)



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フック船長を演じ、少年たちと遊ぶバリ



第二章から、ディヴィス家の5人の少年たちとの話。彼らが赤ちゃんだった頃から、成長した後の彼らが辿った運命....

http://beinecke.library.yale.edu/dl_crosscollex/SetsSearchExecXC.asp?srchtype=ITEM

上記のアーカイブは、バリが撮影した少年たちの写真を中心に、たった2冊のみ出版された『ブラックレイク島少年漂流記』(The Boy Castaways of Black Lake Island)。本書にも詳細な章題とともに紹介されています....(この本こそ『ピーターパン』の劇の底本?....ただし、ピーターパンは登場していない)。

yomodalite註:これをブライアン・マイケル・ストラー流に仕上げたのが『ネバーランディング・ストーリー』(原題:Miss Cast Away)たぶん...w



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第三章は、バリの生涯。スコットランドの生家や街並、少年時代から晩年までが、写真付きで紹介。

本書で使用されている写真は、すべて映画『ネバーランド』(Finding Neverland)の原作でもある『ロストボーイズ』の著者、アンドリュー バーキン氏所蔵のもの。

次は『ロストボーイズ』を読まなくちゃ!(『ロストボーイズ』には本書の内容と重複しているところもあるのかな...)

◎ピーター・パン写真集(アマゾン)

[参考サイト]
◎ピーターパン・バリ文庫(鈴木重敏氏の寄贈によるもの)

[本書の感想]
◎ピーターパン&ジェームズ・バリ
______________

[BOOKデータベース]J・M・バリがピーター・パンを撮影していた。デイヴィス家の五人兄弟に自作『ピーター・パン』を捧げたJ・M・バリ。世界中に愛される「永遠の少年」の誕生秘話。新書館 (1989/10)


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by yomodalite | 2012-02-09 11:48 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(0)
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☆Rubberhead Club 会員連絡「ピーターパン」はじめました!

暗記するぐらい読まなくてはならない『ピーターパン』なんですが、実はわたし、子どもの頃も、大人になってからも『ピーターパン』を一度も読んだこともなくて、、でも、とにかく「小さなことからコツコツと(by : 西川師匠)」始めようと、読むべき『ピーターパン』を探してみたところ、こちらが見つかりました。

本書について「訳者まえがき」から、要約して引用します。

永遠の少年「ピーターパン」を主人公とするジェイムズ・M・バリの作品は、主要な3つが公刊されている。

①『ケンジントン公園のピーター・パン』(公園のピーター)
②『ピーターとウェンディ』(劇のピーター)
③『ピーター・パン』(劇のピーター)


②は1921年の「Peater Pan and Wendy」と改題されたが、1987年の著作権が消滅してからは単に「Peater Pan」という標題で出版されるのが普通になっている。

③は〈ト書き〉とセリフから成る台本の形をとっている。ただし、6千語におよぶ長い序文が添えられ、全体としては台本というより読まれるための戯曲という感じになっている。

三者はそれぞれ独立した作品ではなく、共通するのは「ピーター・パン」という主人公の名前と、年をとらないという点で、身体的特徴も行動の形態も全く別人のそれと言える。

②と③は、1枚のコインの両面で、②は1904年初演の劇『ピーター・パン』を物語の形に改めたもので、③は再演のたびに手直しされ完成の域に達したとバリ自身が認めた1927年上演の同じ劇『ピーター・パン』の決定版を戯曲の形で出版したものである。

②が初演から7年も経って書かれたのは『ピーター・パン』が、演劇関係者が驚くほどの大当たりをとり、一儲けを企む群小出版社による俗悪な作品が大量に売り出されたため、原作者自身の手による本格的な物語を発表することになった。

①は、1902年に出版され、本書『小さな白い鳥』(The Little White Bird)の一部として書かれたものである。ピーター・パンというキャラクターは『小さな白い鳥』という作品の中で、3分の1にあたる一連のエピソードの主役として活躍するが、決して全編の主人公ではない。

『小さな白い鳥』は、小説家としてのバリの最後の作品であると同時に最高の傑作でもある。人間性への透徹した洞察とそれを包み込む温かい愛情、そしてその甘さを適度に抑える軽妙な皮肉とその鋭さを和らげるユーモアなど、すべてがバリの到達した円熟の境地を示している。

しかし、その高度に洗練された文学の妙味を十分に味わい得る読者の層はあまり厚くはなく、出版後数年間で5万5千部という売行きは、今世紀初頭のものとしては第一級のベストセラーではあったが、人気作家バリの新作としては比較的冷静な一般の反応だった。

ところが、その発表から2年後に初演された『ピーター・パン』は爆発的な人気で迎えられた。この人気を利用しようと考えた出版社が(バリの同意のうえ)『小さな白い鳥』からピーター・パンの登場する6つの章だけを抜粋し、出版した。

これが①が世に現われるに至った真相である。

今日、我が国では青少年から成人に至るまで広い範囲の人々の精神的・心理的諸問題に関して「ピーター・パン症候群」といった恣意的な概念による説明が試みられるなど、原作者の意図とは遠く離れたところで「ピーター・パン」への関心が高まっているように見られる。

しかし「ピーター・パン」の真の姿を知るためには「劇のピーター」よりも先に「公園のピーター」を知ることが必要であり「公園のピーター」を正しく理解するためには『小さな白い鳥』全体との関係においてこれを読むのが正しい態度ではなかろうか。

(引用終了)


本書を最初に手にしたときは、その厚さにも重みにもくじけそうになったのですが、読み始めてみると、ジェイムズ・M・バリの熱心な研究家である鈴木重敏氏の翻訳が本当にスムーズで、実際のバリの文体を感じさせるような、魅惑的な文章に夢中になり、

これまでの「ピーター・パン」のイメージを完全に覆され、ファンタジーとか、メルヘンとか、おとぎ話が、全然好きではないにも関わらず、冒頭からワクワクし、何度も笑えるほど、楽しく読むことができ、訳者の「まえがき」にある

人間性への透徹した洞察とそれを包み込む温かい愛情、そして、その甘さを適度に抑える軽妙な皮肉とその鋭さを和らげるユーモアなど、すべてがバリの到達した円熟の境地で、その高度に洗練された文学の妙味....

にも完全に同意。これほど完璧な物語を読んだのは、人生で初めてのような気がします!(私の記憶を信頼したことは、私自身はほとんどありませんが....)

ピーターは、厚さ4センチほどの本書を半分読み終えても、まだ登場しませんし、主人公は元軍人の中年男性で、会員である紳士クラブでは「意地っ張りのオールド・ミス」と呼ばれるような偏屈で皮肉屋の男性。

でも、その中年男性が、紳士クラブから、ケンジントン・クラブ(ケンジントン公園)へと、社交場を変化させていく過程は、わたしが「ネバーランド」にたどり着くためにも、絶対に必要な物語で、ジョニー・デップ主演の映画『ネバーランド』で彼が演じたバリよりも、遥かにステキな(「Rubbers」的な意味で)著者の姿も見えてきました!

そんなわけで、マイケルがバリを熱心に研究していたことをよくご存知の、Rubberhead Club 関係者にとって「Must Read」は言うまでもないと思いますが、忙しい会員に、さらに「しつこく」奨めるために、バリのお茶目なおとぼけぶりが伝わる、

不思議な「序文」も引用しておきます。

(これは1930年の全集刊行時に書かれたもの。バリは自作を解説することをとことん拒否し続けた作家で....)


「序」 ジェイムズ・M・バリ

大戦が始まって2ヵ月、私はアメリカを訪れた。ニューヨーク・タイムズがインタヴューを申し入れてきたが、私は断った。

ところが、それでもインタヴューの記事が同誌に掲載された。執事のブラウンが私に代わってインタヴューを受け、私や私の日常生活について、いろんなことを喋ったことになっている。もちろん署名はなかったが、私は今に至るまで、自分で書いたのかも知れないと思っている。

とにかくブラウンが話したことになっているのだが、それによると私は、当時まだ中立を守っていたアメリカのウィルソン大統領の要望に背くまいと、非常に気を遣っていたことが分かる。私はブラウンに命じて、戦争そのものに関してはもちろん、それ以外のあらゆる面でも厳正な中立を守らせたようだ。

例えば食べる物にしても、今日牡蠣を注文すれば明日は蛤にする、といった具合で一切の偏向を避けさせたし、ニューヨークの摩天楼を見ても、ある1つが他の1つよりも高いなどとは、口が裂けても言わせなかった。

ブロードウェイを通るにしても、左右どちらの歩道の肩を持つと思われても困るので、危険は承知の上で道の真ん中を歩かせたほどだった。

ブラウンは、また、私が自分の作品を、それが出版されるや否やすっかり忘れてしまう、というようなことも話したらしい。全く酷いやつだ、客が来ると分かっているとき、話題が自分の作品に及ぶ場合に備えて、私は最近の自作を大急ぎで読み返すことがある ー その現場を見たことも1度や2度ではない ー そんなことまで彼は証言している。

この最後の点に関しては、ブラウンの話も満更作り話ではないと認めねばなるまい。なぜなら、主イエス・キリストの御降誕紀元1930年というこの年、私はこの『小さな白い鳥』に関しては、どんな質問を受けることも拒絶せざると得ないからだ。私が覚えているのはただ1つ、それが他人を脅迫した結果の、自業自得の産物だということだけだ。

それまで一度も本を書いたことの無いある女性が、ずっとまえからこの題名で本を書こうと考えていた、と私に話したのだ。私はその女性を励ますつもりで、貴女が書かなければ私が書きますぞ、と脅したのだが、結局はその脅しを実行する破目に陥ってしまった。

こんな事情で本を書いたことなど、この他には一度も無い。だがひょっとすると、だれでも同じようなことをしているのかも知れない。


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by yomodalite | 2012-01-19 12:34 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(21)

Rubberhead Club の掟

☆Rubbers 会員各位「緊急連絡」
メンバー(たぶん)によるコメント欄への指摘により第8条の日本語部分に重大な「ミス」を発見!早速訂正しました。りんごさん、ありがとーーーーー!!!!! これからも遠慮なくバシバシご指摘くださいね(はぁと)


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Photo : from Katherine's new book (「Never Can Say Goodbye」)



以前、こちらでも、その厳しさに根をあげそうになった、MJの私的倶楽部「Rubberhead Club」(「Rubbers」)ですが、14の内容がすべて明らかになっているのに「うっかり」アップしてませんでした(反省)!

とにかく、隊長は、これをしっかり読んで、よく勉強すること!としつこく念を押すように(6668495384576004956366)言っておられるうえに、これをよく守る「Rubbers」は、いつでも隊長に会うことができ、

「Stay hungry, Stay foolish」よりも具体的な、KINGによる「No,1哲学」をも凝縮されている内容なので、2012年の年頭とまだ言えるこの時期に、しっかりと頭に叩き込んでおくために、苦手な英語力を駆使して、アップしておくので、

なんか「ちゃうやん!」ってところは教えて、Rubbers!


contract(契約書)

member ship to the Rubberhead Club (Rubberheadクラブ会員各位)

Rules(会員規約)



1. All members of the Rubberhead Club must be idiots and act crazy times.
すべての「Rubberhead Club」メンバーは、常におバカでクレイジーな行動を心がけること。


ラジャ!

2. All members must have the brain power of a two year old child.
(Michael qualifies)
メンバーは全員、2歳児の知能を持たなければならない。(マイケルは取得済)


身近に2歳児がいない場合は、KINGを見習えばいいんですね。

3. All members must read and know the story Peter Pan fluently.
メンバーは全員「ピーターパン」を熟読し、ストーリーを流暢に話せなければならない。


読みます!

4. All members must carry their cards and badgeswith them wherever they go.
メンバーは全員、どこに行くときも、自分の「会員証」をもって出かけること。


うっかりに注意!(キビシぃーー)

5. All members must speak high of and never curse out our club.
メンバーは全員、クラブのことを褒めちぎり、決して悪く言ってはいけない。


ラジャ!

6. All members must watch at least 2 episodes of the Three Stooges every day.
メンバーは全員、「3バカ大将」を、毎日、最低でも2話は見なければならない。


と、とにかく、「お笑い」は見ます!

7. All members of the Rubberhead Club must not smoke, drink, use foul language, or use drugs under any circumstance.
すべてのメンバーは、禁煙、禁酒。また、汚い言葉づかいや、ドラッグの使用はいかなる状況でも認められません。


煙が出ないようなものを吸います(笑)。それと、汚い言葉づかいをしないって言うのは「上品ぶってる人たち」のような言葉とか、みんなが使ってる、F×××!とか、S×××!じゃなくて、2歳児のような素敵な言葉(Doo Doo など)を使用するって意味ですね!

8. All members must be vegetarians and fast on every Sunday for good health.
メンバーは全員、ベジタリアンを目指し、健康のため、毎週、日曜日は断食すること。


こちらは、最初「早起き」と訳してました。元々(ちょっとひと休み)の方でも「断食」と言っていたのに、わざわざ今回「早起き」と直してしまったんですね。やっぱり「早起き」の方が正しいと、そのとき思ってしまったのは、今振り返ると自分でも不思議なんですが、、MJの睡眠に関しての動揺が深かったからでしょうか(「fasting」何度も経験してるのに、、)でも、やっぱり「断食」の方が正しいですよね。とにかく、こんな間違いをどうしてもしてしまう奴だということを、今後とも充分にご注意のうえ、おつきあいくださいますようお願い申し上げます。

9. When a member is confronted by another member of the Rubberhead Club, he is to give a peace sign, and then half of it.
他のRubberheadのメンバーと目が合ったときは、ピースサインをして....


この後の half of it ....Half A Peace Signは一般用語として「middle finger」(←アレね)のことで....ピースサインの後に、それを“半分”は「中指」ってことだと思う....こーゆー言い方が「汚い言葉づかいをしない」の実用例じゃないかと(たぶん)。でも、とにかく、ピースだけじゃないってとこ、大事かも!

ただし、ネバラン以外のパブリックな場所では、こんな感じでね(↓)


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http://nikkidoku.exblog.jp/13746654/



10. All members of the Rubberhead Club must pay dues to the President whenever possible and however much they desire so that it can be given to sick children and underprivileged fatheads.
メンバーは全員、病気の子供や恵まれない人に尽くすために、出来るかぎり会長に会費を払わなければなりません。


お金を稼ぐことも、どう使うかも、何のために使うかも、隊長から学ぶこと多いですが、学んだ人にはお金を払え(感謝を示す)ってことも「大事」ですね。それと、

underprivileged fatheads ←恵まれない人って訳したけど、underprivileged children、Volunteers Fathead は一般的だけど、underprivileged fatheads は、MJ用語みたいなので、もしかしたら、ちょっと違うニュアンスがあるかも.....

11. Every member of the Rubberhead Club must take frying lessons at the Peter Pan School of frying.
すべてのメンバーは、ピーターパン飛行学校で、飛行訓練を受けなくてはいけません。


ピーターパン飛行学校の入学案内を取り寄せなきゃ!

12. All members must attent all meetings that the club has scheduled. (If impossible contact 346-1840)
メンバーは全員、クラブが企画したすべてのミーティングに出席せねばならない。(もし不可能な場合は、346-1840に連絡すること)


隊長も、連絡して!

13. All members must be in bed (alone ) by three o' clock in the morning. (unless the stooges are on late)
メンバーは全員、朝の3時までに(1人で)ベッドに入らなければなりません。
(ただし「3バカ大将」が深夜にやってない場合)


1人で寝る.....ダーリンと相談しなきゃ....(でも、おバカでクレイジーなことのためには徹夜しろってことだよね)

14. Every member must read, study and follow these rules. 6668495384576004956366
すべてのメンバーはこれらのルールを、6668495384576004956366回、しっかり読んで、勉強し、従うこと。


隊長! 2歳児には、1日何回読めばいいのか計算できません....でも、わけわかんなくなるぐらい「しっかり」読んで、勉強しなきゃいけないんですね.... が、がんばりますっ(汗)

If any member is seen disobeying these rules, he will be kicked out of Club. (Sign on the dotted line)
いかなるメンバーであっても、これらの規則に背いたことが確認された場合は、クラブから、蹴っ飛ばして放り出します。(点線部分にサインすること)




                   ...............................................
                    (各自、ここにサイン!)


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Dear Rubbers
I HAD To go (24) See you LATer love M.J Never land Never land

しんあいなるRubbersへ。ぼく行かなきゃ(24時間後に)じゃ、またね。love M・J

もうっーーー「ネバラン、ネバラン」は、魔法の呪文にしよっと!


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Rubberhead Club Portfolio(クラブ関係書類)
クリックすると拡大します!


Rubberhead Club Memberships Contracts(契約書)、Rubberhead Club Member Card(Michael Joe Jackson ←こっちが本名という噂もある「Joe 」名義)、Club Bookmark(しおり)、Rubberhead Club Members Badges(バッジ)、Dues and other Club Funds(会費およびクラブ資金)....

もう、胸キュンどころか、ギュンギュインとめまいがして倒れそうなぐらい激カワイイ、MJの手作り関係書類! 

クラブ専用「ブックマーク」ってところ、読書好きのMJらしさが全開ですね。

私もこの「ブックマーク」を使って、難しい本も読むときも、2歳児の知能を大事にしなきゃ.....これから、Rubbers的読書法を考えてみようかなぁ。。



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by yomodalite | 2012-01-13 11:46 | ☆マイケルの言葉 | Trackback | Comments(7)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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