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和訳 “Unbreakable”

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さて、いよいよ、アンブレイカブル の和訳です。

なんていっても、今頃?って思われそうだったり、一番の難問だったビギーのラップは、すでに「You Can't Stop the Reign」で訳し終えていて、




それ以外の部分は、特に迷うところもないので、和訳の前に、マイケルがすでに年も前に亡くなっていたビギーの既発曲のラップを使ったのは、なぜなのか? について、「マイケルとヒップホップ」では書ききれなかったことを補足したいと思います。


* * (補足はここから)* * 


ヒップホップのアーティストたちに、もっとも人気がある映画は『スカーフェイス(Scarface)』だと言われています。


アル・パチーノ主演のこの映画は、キューバの刑務所を出て、アメリカにやってきた主人公のトニー・モンタナが、コカインの密売でのしあがろうとする物語で、危険を冒しても成功を手に入れたいストリートのプレイヤーにとって「バイブル」とも言われ、


◎[参考記事]人生で成り上がりたいなら「スカーフェイス」を見ろ!!


ビギーのラップに登場する、コロンビア人のエピソードや、また、黄色のクーペも、まだ成功する前にトニーが乗っていた車を思わせるのですが、


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ラッパーたちだけではなく、マイケルもこの映画にこだわっていたんですね。


1983年に、アル・パチーノがトニー・モンタナを演じた『スカーフェイス』は、元々、マイケルもお手本にしていた伝説的な大富豪ハワード・ヒューズが、アルカポネをモデルにした映画を作ろうと、ハワード・ホークスに監督を依頼して制作されたもの(原題は同じ、邦題は『暗黒街の顔役』)のリメイクで、


主人公を演じていた、ポール・ムニは、マイケルが尊敬し、親友でもあったマーロン・ブランドが最も尊敬する俳優であり、Billie Jeanや、You Rock My World のショートフィルムに引用された『ゴッドファーザー』も、この映画から大きな影響を受けていて、マイケルはまだ幼いブランケットにさえこの映画を見せていたほどです。


You Rock My World のショートフィルムには、Unbreakable で映像化しようとしたアイデアが少し形を変えて組み込まれているに違いないと、私は思っているのですが、『スカーフェイス』は、彼が “心を揺さぶられた(You Rock My World)” ものであり、マイケルが考える「不屈の精神(Unbreakable)」のために引用されているんですね。



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「World Is Yours(世界は君のもの)」は、『スカーフェイス』に何度も登場する言葉なんですが、


シャックとビギーの「You Can't Stop the Reign」は、トニー・モンタナが悲劇的な結末を迎えるのとは異なり、成功はしたけど、彼のような失敗はぜずに、俺たちの世界を維持し続ける、という曲ですが、


マイケルの Unbreakable は、本当の成功や、強さとは、「決して負けないこと」である、という言葉だけでなく、時流に対して気が利いていて、韻を踏んだ「言葉」だけで勝負したがるラッパーたちに、もっと「音」そのもので勝負しろ!といわんばかりの、音の “奇襲攻撃” であり、


「スリラー」で、人種やジャンルを越えた地点から、より高い壁を突破しようという、マイケル自身の音とリズムによる「声明」でした。


そして、実は『スカーフェイス』へのこだわりは、彼自身の「顔」にも関係があって・・・


というのも、1992年、デイリーミラー紙は、マイケルの整形手術を揶揄するかのように、彼の顔のアップを一面にし、「Scarface(傷だらけの顔)」という見出しを付けていたからです。


マイケルはこれに抗議し、その写真の使用禁止と謝罪文の掲載を勝ち取りましたが、もともと整形手術を行った事実はオープンにしていますし、そうやって変えた顔に関して一度も後悔することなく、ここまで何度もひどい中傷にあっても負けなかった、という思いもあったでしょう


You Rock My World のショートフィルムのルックスは、当時、多くのファンを失望させましたが、歌詞にもあったように、その後、彼は余裕で這い上がり(I’m steady laughin’ while surfacing)、昔のファンが戻っただけでなく、大勢の新たなファンを増やし、今もなお KING Of POP の座を明け渡してはいません。


エリオット・ネスのチーム「アンタッチャブル」は、アル・カポネを刑務所に送り込みましたが、トム・スネドンは、結局、マイケルに手出しは出来ず、アンタッチャブルだったのは、やっぱり、マイケルの方でした(you can’t touch me ‘cause I’m untouchable)


(マーティン・バシールのドキュメンタリ番組などで、マイケルへの少年性的虐待疑惑は再度持ち上がるのは、ここから数年後のことですが、私はこのアルバム以降の彼の発言や動向が記録された海外本の翻訳などから、疑惑の再燃の半分ぐらいは、マイケルが「トム・スネドンをけしかけた」からだと思っています。)


そう、マイケルは「Unbreakable」のミュージックビデオは創れませんでしたが、その後の人生すべてを賭けて、Unbreakable」を演じたんです。


「あなたの天下は終わらない(You Can't Stop the Reign)」


「世界はあなたのもの(World Is Yours)」


そんな風に、マイケルに言いたくなる気持ちが抑えきれなくなったところで、


Unbreakable」をもう一度じっくり聴いてみてください。






"Unbreakable"


[1st VERSE]

Now I’m just wondering why you think

That you can get to me with anything

Seems like you’d know by now

When and how I get down

And with all that I’ve been through

I’m still around


僕は不思議でならないんだよね

君が僕をどうにかできると思っているなんて

もう分かってもいい頃だろう

どんなに落ち込むようなことも

僕はすべてを経験して

いまだに生き延びてるんだ


Don’t you ever make no mistake

Baby, I got what it takes(I've got )

And there’s no way you’ll ever get me(get to me)

Now why can’t you see(Why can't)

That you’ll never ever hurt me

‘Cause I won’t let it be

See, I’m too much for you, baby


君は間違ってばかりだよね

ベイビィ、君とは持ってるモノがちがうんだよ

僕にたどり着こうなんて、君には無理さ

君に僕を傷つけることなんかできない

どうしてわからないのかな

僕はそんな手には乗らない

ね、僕は君の手には負えないんだよ


[CHORUS]

You can’t believe it

You can’t conceive it

And you can’t touch me

‘Cause I’m untouchable

And I know you hate it

And you can’t take it

You’ll never break me

‘Cause I’m unbreakable


君は信じられないし、

納得できないだろうけど

僕には手出しはできないよ

僕は君には手の届かない相手だからね

君が僕を嫌っているのは知ってるけど

君にはなにもできない

僕を壊すことなんか絶対に

だって、僕は不死身だから


[2nd VERSE]

Now you can’t stop me even though you think

That if you block me, you’ve done your thing

And when you bury me underneath all your pain

I’m steady laughin’ while surfacing


君がなにをしたところで僕は止められないよ

君があれこれと僕を妨害したり

あらゆる苦痛を与えて、僕を沈めようとしても

僕は余裕で笑いながら、這い上がる


Don’t you ever make no mistake

Baby, I’ve got what it takes

And there’s no way you’ll ever get me

(You can’t do it, baby)

Why can’t you see that you’ll never ever hurt me

‘Cause I won’t let it be

See I’m too much for you, baby

(I’m too much for ya, baby)


君は間違ってばかりだよね

僕からなにかを取ろうとしても

君は僕にたどり着くことはできない

(君にはどうすることもできないよ、ベイビー)

君に僕を傷つけることなんかできないよ

どうしてわからないのかな

僕はそんな手には乗らない

君には手に負えない相手なのさ

(手に負えないのさベイビー)


[CHORUS]

You can’t believe it

You can’t conceive it

And you can’t touch me

‘Cause I’m untouchable

And I know you hate it

And you can’t take it

You’ll never break me

(you can’t break me)

‘Cause I’m unbreakable


君は信じられないし、

納得できないだろうけど

僕に手出しはできないよ

僕は君には手の届かない相手だからね

君が僕を嫌っているのは知ってるけど

君にはなにもできない

僕を壊すことなんか絶対に

(君には僕を壊せない)

だって、僕は不屈だから


You can’t believe it

(I’m unbreakable)

You can’t conceive it

And you can’t touch me

(you can’t touch me)

‘Cause I’m untouchable

(just watch me, baby)

And I know you hate it

(come on now)

And you can’t take it

You’ll never break me

You can’t stand it, babe, ’cause I’m unbreakable


君は信じられないし

(僕が不死身だってこと)

納得できないだろうけど

僕に手出しはできないよ

(君に手出しはできない)

僕は君には手の届かない相手だからね

だって、僕は不屈だから

(ただ見てればいいのさ、ベイビー)

君が僕を嫌っているのは知ってるけど

(come on now)

君にはなにもできない

僕を壊すことなんか絶対にできないし

君には耐えられないよ

だって、僕は不屈だから


[BRIDGE]

You can try to stop me

But it won’t do a thing

No matter what you do

I’m still gonna be here

Through all your lies and silly games

I still remain the same(I'm a still remain the same)

I’m unbreakable


僕を止めようとしたって、上手くいかないよ

君が何をしたところで、僕はまだここにいる

君が嘘をつき、愚かなゲームを続けても

僕は変わらない

僕は不屈だから


RAP(Notorious Big)

A lime to a lemon with my DC women(*5)(*6)

Bringin’ in ten G minimums to condos with elevators in ’em

Vehicles with televisions in ’em

Watch they entourage turn yours to just mirages

Disappearing acts, strictly nines and MACS(*7)

Killers be serial, Copperfield material

My dreams is vivid

Work hard to live it

Any place I visit I got land there

How can players stand there and say I sound like them?

Hello! Push wigs back and push six coupes that’s yellow(*8)

Plus clips that expand from hand to elbow(*9)

Spray up your Day’s Inn, any hotel you in

Crack baggin’ sick of braggin’ how my mink be draggin’

Desert ease street sweeper inside the Beemer wagon

I rely on Bed-Stuy to shut it down if I die(*10)

Put that on my diamond bezel

You’re messin’ with the devil

What? what? what? what


レモンからライムまで、(*5)

俺が支配してるD.Cの女たちにたんまり稼いでもらう(*6)

エレベーター付きのコンドミニアムや、

テレビ付きの車に運ぶのさ

見てろよ、俺の仲間はおまえが持ってるものを幻に変える

殺し屋は次々と、消すのに使うのは、9's か、MAC(*7)

デヴィッド・カッパーフィールドが手品で消すようなものさ

俺の夢ははっきりしてるし、必死にやってる

どこへ行こうが、そこが俺のシマ

そこらにいる奴が、俺みたいに出来るだって?

よぉし、頭数をそろえたら、6台の黄色のクーペに押し込んで、(*8)

肘から手まで伸びるやつを装着して(*9)

デイズインだろうが、どこのホテルだろうが、

ぶっ放してやるよ

ミンクのコートが引きずるほど長いだとか、

バカな自慢ばっかりしてるけど

乾ききった楽園の通りを、BMWワゴンの中から掃除してやる

俺が死ぬときは、ベッドスタイの連中にカタをつけてもらうぜ(*10)

俺のダイヤ付きの指輪に刻んでおこうか、

「お前は悪魔を相手にしてる」ってな。

どうよ?


[CHORUS]

You can’t believe it

You can’t conceive it

And you can’t touch me

‘Cause I’m untouchable

And I know you hate it

And you can’t take it

You’ll never break me

‘Cause I’m unbreakable


君は信じられないし、

納得できないだろうけど

僕に手出しはできないよ

僕は君には手の届かない相手だからね

君が僕を嫌っているのは知ってるけど

君には何もできない

僕を壊すなんて絶対に無理

だって、僕は不屈だから


You can’t believe it

You can’t conceive it

And you can’t touch me

‘Cause I’m untouchable

And I know you hate it

(why’d you do it?)

And you can’t take it

(just why’d you do it?)

You’ll never break me

You can’t fix me

You can’t stand of me

You can’t stand it, babe, ’cause I’m unbreakable


君は信じられないし、

納得できないだろうけど

僕に手出しはできないよ

僕は君には手の届かない相手だからね

君が僕を嫌っているのは知ってるけど

(そんなことしてどうするの?)

君には何もできない

(まったく、なぜそんなことがしたいのか?)

君は僕を壊せないし、

僕を矯正することも

僕と同じ立場に立つこともできないし

君には耐えられないよ

だって、僕は不死身だから


(訳:yomodalite)


☆訳註は(ビギーのラップ部分のみ)こちらをご覧ください。

http://nikkidoku.exblog.jp/27982381/



この曲を作った当時や、その後のマイケルのギリギリの不屈の精神に思いをめぐらせていると、ピーターパン(トリックスター!!)の作者である、J.M.バリが「勇気とは何なのか?」について語ったときのことを思い出します。



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by yomodalite | 2017-07-26 00:00 | ☆マイケルの言葉 | Trackback | Comments(2)
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(7)の続き・・・


マイケルの数少ない音楽について語ったものの中でも、もっとも語られていないヒップホップとの関わりや、影響について色々見てみたところで、最終回の今回は、Unbreakable のビギーのラップの元曲「You Can't Stop the Reign」について。


マイケルが、亡くなったビギーの5年も前のラップを使ったのはなぜなのか?その理由を知るために、まずは、この曲の和訳から始めたいと思ったのですが、


マイケルは、自分は知らなかったんだけど、たまたま、ロドニーが見つけてきて・・みたいなニュアンスで語っていましたが(→ ⑥)


シャックの歌詞を読んでみると、むしろ、Unbreakable は、この曲にインスパイアされたというか、アンサーソング的な意味合いで創られたのでは?と思える内容で、もともとシャックの第3ヴァースには、「俺は無敵で抜け目のない男(invincible, smooth individual)なんていう表現もあるのですが、マイケルのUnbreakable にも、「you can’t stop me、 you block me・・」という、シャックのラップと同じような表現が・・

ただ、1996年にリリースされたこの曲は、今のラップミュージックよりもずっと、ありがちなR&Bですし、Unbreakableとは印象がまったく違っています。


下記の英詞は、CD歌詞を転載したかったんですが、何度か聞いて確認したところ、日本版のCD歌詞には正しくない箇所が多くて・・聞き取りや、ネット上にある歌詞とも照らし合わせて修正しました。


とにかくスラングばかりなので、和訳にはずいぶん苦労しましたが、ニュアンスが伝わるような意訳に徹して、なんとかやってみたので、もっと正解に近い訳がわかるという方は教えてくださいませ。






You Can't Stop the Reign

オレの天下は止められない


[Verse 1: Shaquille O'Neal]

You can't stop it, block it, when I drop it

Anytime I go rhyme for rhyme on a topic

Ain't even fit to step into Shaq's arena

I looked inside your mind and I see your shook demeanor

In your eyes why are you surprised

No matter how you try not fly its' elliuqahs(*1)

The new edition this is the end of your last night(*2)

In the daytime you couldn't see me with a flashlight

I crash flights on sight of my enemies

I'm coming through and then

I bomb your whole facility (→vicinity?)

Why the act of faken jacks, you're not a friend of me

I peeped your card, you're not as hard as you pretend to be

Who wanna spark it, with the chocolate macadamian

Head clean to the cranium you know the name

Shaq aim to maintain

Money on the brain, can't stop the reign


オレが言葉を吐くとき、

おまえは止めることも、ブロックすることも出来ない

どんな話題も、オレが次々と韻を繰り出せば

おまえは「シャックのアリーナ」に立ち入ることさえ無理

おまえの心の中を覗いたら、ビビってる姿が見えたぜ

おまえの目は、なぜそんなに驚いてるんだ

おまえがどんなにやってみたところで、

「elliuqahs」みたいには飛べないし(*1)

ニュー・エディションが終わったように、今夜がおまえの最期さ(*2)

昼間は懐中電灯を使ったって、オレを見ることはできないけど

オレがちょっと通っただけで

おまえの周辺すべてを爆破してやる

イカサマするなんて、オレの友だちじゃない

おまえの手口はお見通しさ

思ったよりも、たいしたことないね

マカダミアンチョコみたいな女たちと盛り上がりたいだろ

頭の中をスッキリさせてさ

シャックはいつもいい状態

お金のことがきっちり頭に入ってるし、

オレの天下は止められない


[Chorus]

You can't stop the reign (You can't stop the reign, no)

When it starts to fall

There's no one else to blame

You can't unlock that door


おまえにはできない、俺の天下を終わらせようなんて、無理

落ち始めたって

誰も責められないし

ここから出て行くこともできない


[Verse 2: Notorious B.I.G.]

I speak deep with killers about million dollar figures

Blessen niggas with acc's legend and vigors,

cream lizards, cream coochies,

I do my duty as long as they fly as me,

and high as me

Success of my circle, try to break it will hurt you

Ain't no getting out that


俺は100万ドル稼ぐようなやつらについて

殺し屋たちとじっくり話す

伝説みたいな力を身に付けたイケてる黒人たち

極上のチ☆コに、極上のマ☆コたちさ

彼らがオレを高く買ってくれるなら、オレもその期待に応えるけど

オレらの成功をジャマするやつは放っておかない

痛い目にあわせてやる


I doubt that we want the exotic erotic ladies

Not them toxic ladies that burn a lot

I learned a lot from junkies to ruffians,

from being tied up by colombians cause

8 grams was missin' listen, had to change

my position from wanting to be large

To head nigga in charge my garage

call it celo, 4,5,6 honies by the mixes(*3)

If it ain't broke don't fix it

Smoke out with Biggie Tarantino

Size like a sumo

Frank White numero uno(*4)


ヤク中で盛り上がってる女じゃなくて

エキゾティックでエロい女がいいなんて嘘だね

オレは、ジャンキーやゴロツキから多くを教わった

コロンビア人が8グラムのドラッグを失くして

酷い目にあったからね

オレはビッグになりたい

自分のガレージを仕切るトップのニガーに

いちかばちかの博打、4、5、6の目がそろえば勝ちさ(*3)

壊れてなけりゃ、直す必要はない

ビギー・タランティーノが煙に巻いてやる

スモウレスラー並みにデカいフランク・ホワイトがナンバー1さ(*4)


[Chorus]

You can't stop the reign (You can't stop the reign no)

When it starts to fall (When it starts to fall)

There's no one else to blame (Ain't no one else to blame)

You can't unlock that door


おまえにはできない、俺の天下を終わらせようなんて、無理

落ち始めたって

誰も責められないし

ここから出て行くこともできない


[Verse 3 - Shaquille O'Neal]

7'0" towerin inferno, invincible, smooth individual

Who wants to test it foreign or domestic

No matter where you're from I not the one

you want to mess with

Original willie style, living lavish

Private jets to let my shortie shop in Paris

I'm not the average, I'm far from the norm

It's daddy long, hitting you strong,

keepin' you on


おれは7フィート以上あるタワーリング・インフェルノ

無敵で、抜け目のない男

国内でも、海外でも勝負するつもり

どこから来ようと、オレには関係ない

オレ独自のスタイルで、贅沢三昧に暮らすのさ

プライヴェートジェットでパリまで行って

カノジョに買い物させてやる

オレは並の男じゃない、桁外れなんだ

あしながおじさんもするし、おまえをひっぱたくこともあるけど、

おまえを見捨てたりしない


[The Notorious B.I.G.]

A lime to a lemon with my DC women(*5)(*6)

Bringin’ in ten G minimums to condos with elevators in ’em

Vehicles with televisions in ’em

Watch they entourage turn yours to just mirages

Disappearing acts, strictly nines and MACS(*7)

Killers be serial, Copperfield material

My dreams is vivid

Work hard to live it

Any place I visit I got land there

How can players stand there and say I sound like them?

Hello! Push wigs back and push six coupes that’s yellow(*8)

Plus clips that expand from hand to elbow(*9)

Spray up your Day’s Inn, any hotel you in

Crack baggin’ sick of braggin’ how my mink be draggin’

Desert ease street sweeper inside the Beemer wagon

I rely on Bed-Stuy to shut it down if I die(*10)

Put that on my diamond bezel

You’re messin’ with the devil

What? what? what? what


レモンからライムまで、(*5)

俺が支配してるD.Cの女たちにたんまり稼いでもらう(*6)

エレベーター付きのコンドミニアムや、

テレビ付きの車に運ぶのさ

見てろよ、俺の仲間はおまえが持ってるものを幻に変える

殺し屋は次々と、消すのに使うのは、9's か、MAC(*7)

デヴィッド・カッパーフィールドが手品で消すようなものさ

俺の夢ははっきりしてるし、必死にやってる

どこへ行こうが、そこが俺のシマ

そこらにいる奴が、俺みたいに出来るだって?

よおし、頭数をそろえたら、6台の黄色のクーペに押し込んで、(*8)

肘から手まで伸びるやつを装着して(*9)

デイズインだろうが、どこのホテルだろうが、

ぶっ放してやるよ

ミンクのコートが引きずるほど長いだとか、

バカな自慢ばっかりしてるけど

乾ききった楽園の通りを、BMWワゴンの中から掃除してやる

俺が死ぬときは、ベッドスタイの連中にカタをつけてもらうぜ(*10)

俺のダイヤ付きの指輪に刻んでおこうか、

「お前は悪魔を相手にしてる」ってな。

どうよ?


[Chorus]

You can't stop the reign (You can't stop the reign, no)

When it starts to fall (When it starts to fall)

There's no one else to blame (Ain't no one else to blame)

You can't unlock that door


おまえにはできない、俺の天下を終わらせようなんて、無理

落ち始めたって

誰も責められないし

ここから出て行くこともできない・・(繰り返し)


(訳:yomodalite)


(*1)elliuqahs / Shaquilleの逆読み・・・シャキールは自分のことを二面性のある人間だと言う。「企業人で、ハンサムで話し方もさわやか、スーツを着て人当たりも良いシャキールと、2回タイトルをとったスーパーアスリートのシャックがいる」と。「二人は同じ人間だけど、クラークケントとスーパーマンのように、昼間はシャキールで、夜はシャック」また、ネメシスのような存在の邪悪な双子がいるのだとも言う。彼が Elliuqahs Laeno(Shaquille O’Neal の逆読み)と呼ぶ人物だ。「立場上おれがそいつのようにふるまうことは許されない。やつは普通の金持ちの男がやるだろうことをやる。パーティして、ぶらぶらして、悪い言葉を使ってね。徹夜しては翌日練習、ちっとも集中してない。そういうやつだよ。でもね、彼はもういない。おれはやつを消したんだ」。(ニューヨーカー誌より)

(*2)The new edition / ニューエディションは、ジャクソン5の後、最も成功した超人気黒人アイドルグループ。ソロでも大成功したボビー・ブラウンが脱退後も、メンバーの入れ替えをしながら活動を続けていますが、80年代~90年代前半のアイドルグループというイメージが強い。

(*3)celo / サイコロ三つを振るシンプルな博打で、4,5,6の目が出るのが最強らしい。ただ、honies の意味は曖昧になってます。

(*4)Frank White / フランク・ホワイトは、映画「King of New York」でクリストファー・ウォーケンが演じた役で、奪ったものをニューヨークの貧困層に再分配する義賊。ビギーは、自分のことをKing of New York や、Black Frank Whiteと称していた。

(*5)シャックの[Verse 1]冒頭の「I go rhyme for rhyme」とリズムを揃えている。レモンのスラングは数多くありますが、全体の内容から、lime も lemonもドラッグを指しているような感じ。

(*6)my D.C. women / CeCe womenという表記も多いのですが、CD歌詞では「my D.C. women」で、実際の発音でも「DC.」だと思います。ブルックリンのディーラーにとって、ワシントンD.C.はドラッグが高く売れる「シマ」なんですね。

(*7)9's はこんな感じで、

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MACは、こんな感じの銃だと思います。

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(*8)wigs はカツラではないと思います。複数でない wig でも「頭」というような意味で、そこから派生した「エロい意味」もあったり、wig pushed back! なら、ボッコボコにするという意味もあるのですが、ここでは「頭数」という訳にしました。


(*9)Plus clips that expand from hand to elbow

タクシードライバーにも出てきた、袖から伸びて出てくるやつのこと??

https://www.youtube.com/watch?v=GdCkpgj8BLU

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* *(注釈終了) * *



シャックには、2Badのラッパーに起用される前、マイケルが買おうとしてた家を、先に買ってしまった。なんてエピソードもありましたよね!


◎シャキール・オニール、MJとの出会いを語る



次回はようやくUnbreakable」の和訳ですw


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by yomodalite | 2017-07-24 00:00 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)
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マイケルの「Unbreakable」に使われた、ビギーのラップは、もともとNBAの大スター、シャキール・オニールの「You Can't Stop the Reign」という曲に使われていたものだったのですが、


これは1996年のビルボードのR&B/Hip-Hopチャートで、最高位54位という中ヒット曲で、前年の1995年にリリースされた『HIStory』で、マイケルは「2Bad」では、シャキール・オニール(シャック)と、そして、「This Time Around」では、ノトーリアスB.I.G.(ビギー)のラップを使っていて、


その2人が、それぞれ「俺の天下は止められない」みたいなことをラップしあう曲が、「You Can't Stop the Reign」なんですね。


ちなみに、「2Bad」は「Bad Part 2」のような内容をもった作品で、ジョー・ボーゲルの『コンプリート・ワークス』では、


いかにもストリート風の生意気な雰囲気をもつこの曲は、(ヒップホップの大半がそうであるように)非常に挑発的だ。しかし同時に、「必ず立ち直る」という宣言の曲でもある(蹴られ続けても、僕は立ち続ける)、曲の冒頭に流れるのは、Run-D.M.C の「King Of Rock」のサンプリング音。「King Of Rock」は音楽業界が白人によって牛耳られていることへの反抗心を示した歌だ。この曲を使うというのは、同業の先駆者に敬意を払いつつ、この歌の政治的意図を明確にするための巧みな “技” だ。


とあるのですが、「King Of Rock」の歌詞には、「スリラー」や「バッド」が登場します。






I'm the king of rock, there is none higher

俺はロックの王様、俺以上のやつはここにはいない


They called us and said we're gettin iller

There's no one chiller

It's not Michael Jackson and this is not Thriller

As one def rapper, I know I can hang

みんな俺たちのこと、さらにヤバくなったって言っている

これほどのチラー(ゾクっとするヤツ)はいないって

マイケル・ジャクソンじゃないから、スリラーじゃないよ

イケてるラッパーとして、俺はいられるんだ


Now we're the baddest of the bad, the coolest of the cool

I'm DMC, I rock and roll. I'm DJ Run, I rock and rule

俺たちは、ワルの中のワル(Bad)で、クールの中のクール

俺はDMCで、ロックン・ロールしてる

俺はDJ RUNで、ロックがルールさ・・・


「King Of Rock」を聞いたマイケルは、Run-D.M.Cが言いたいことに共感しつつも、こう思ったんじゃないでしょうか。


「どこが王様やねん。お前らの王国なんか、ちっちゃ過ぎて話にならんわ。それと、ワル中のワルっていうのは、そないなもんやない。ホンマのBADっちゅうんは・・・」


というわけでw、


ホンモノの王様であるマイケルは、マジで残念なやつと、本当にクールな “ワル” を「2bad」で表現します!





What do you want from me?

What do you want from me?

Tired of you haunting me, yeah yeah

You're aiming just for me

You are disgustin' me

You got blood lust for me

But too bad, too bad

僕から何を奪いたい?何が欲しいんだ?

お前らの標的にされるのはうんざりだよ

いつも僕だけを狙っていて、反吐がでる

お前らは、僕の血に飢えているんだ

でも残念だね、そうはいかないよ


Hell all up in Hollywood

Sayin' that you got it good

Creepin' from a dusty hole

Tales of what somebody told

ハリウッドはもう何もかもが終わってる

お前らは「善」だとか言ってるけど

薄汚たない穴から出てきた

誰かが仕組んだつくり話さ



で、マイケルに「ちょっと言うたって」と言われて出てきたシャックは、


Life's about a dream

人生は夢のようなもの

I'm really undefeated when MJ is on my team, theme

でも、マイケルが俺の仲間のときは、絶対に負けることはない。


というラップを披露するんですね。


また、「This Time Around」は、「今度こそ、やられたりしない」という内容の曲で、


ビギーは、スターダムの苦悩を抱えるようになったことで、マイケルの苦悩を共感するようになり俺のダチのマイクもそうしてるんだ)、シャックもビギーもそれぞれ、マイケルを「極上の仲間」として表現するラップを披露しています。


ところが、そんな二人も、自分の王様ぶりを見せつけようとイキがって「You Can't Stop the Reign」(オレの天下は止められない)をリリース。


それを聞いたマイケルは、またもやこう思ったにちがいありませんw。


「お前ら、ちょっと目を離したすきに、チマチマした王国を作りやがって。何回言わなあかんねん?ええか、王様はひとりやねん!アリーナだとか、NYだとか、そんなん「世界」やあらへん。ホンマの「世界」や「王様」ちゅうのはな・・・」


ということを表現するために作られたのが「Unbreakable」なんだという説明は、また次回w。




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by yomodalite | 2017-07-16 16:06 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)
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(5)の続き・・・

しばらく間があきましたが、マイケルとヒップホップについて、目一杯寄り道をしながら考察するシリーズ。

『Bad』から『HIStory』期までの音楽業界にヒップホップが与えた影響や、時代背景をひととおり見たところで、今回は、ようやくマイケルが2度もラップを使ったノトーリアスB.I.G(別名ビギー・スモールス)について。

* * *

マイケルが、はじめてビギーのラップを使った「This Time Aound」(『HIStory』収録)について語っているインタビューは見当たらず、「Unbreakable」(『Invincible』収録)に、ビギーのラップを使うことになった理由については、

それは僕のアイデアではなくて、このアルバムの作曲家でプロデューサーでもあるロドニー・ジャーキンスのものだったんだ。 僕がこの曲にラップを入れようと思っていたら、「ピッタリなのがある、ビギーのだ」ってロドニーが言ってね。それで、彼のラップを取り入れることになって、この曲は完成したんだ。(→ 2002年VIBEインタビュー)

と、答えているのみ。

VIBE誌は、ヒップホップの雑誌ですから、ビギーについてもっと聞きたかったと思うのですが、マイケル側でこれ以上の質問を許可しなかったのでしょう。でも、毎回うんざりする整形や皮膚の色、少年虐待疑惑などとは違って、このアルバムの中で、マイケル自身が最も強くシングルカットを望んだ曲に関する話題であり、

ヒップホップの東西対立抗争の中で、撃たれて亡くなったビギーのラップを取り入れた理由について、いくらインタビュー嫌いのマイケルでも、もう少し言葉があっても・・と思うのは私だけではないでしょう?

しかも、マイケルは、ロドニー・ジャーキンスが「ぴったりなのがある」と奨めてきた、とプロデューサーのせいにしていますが、これはマイケルの癖でw・・・すでに銃撃で亡くなっていたビギーのラップを、I’m unbreakable(僕は不死身)だという曲で使うなんて、マイケル自身にしか決められないことです。

ラップは、黒人のCNNと言われるように、ヒップホップのアーティストたちは、実際に起こったことを音楽に取り入れることが得意ですし、期待もされていて、評論家のような人々が、音楽を語るための材料になったり、アーティスト自身が大いに語ることで、宣伝にもなるのですが、ビギーが亡くなったのは1997年3月で、『Invincible』が発売された2001年10月よりも、4年以上も前のこと。

何度も延期になった『Invincible』の発売ですが、何ひとつリップサーヴィスをしないマイケルのことを考えると、SONYが「Unbreakable」をファーストシングルにしなかったことを責めることは、わたしには出来ないのですが、どうして、マイケルは、2度もラップを使ったビギーについて何も語っていないのでしょう?

私は、とりあえずビギーの魅力に触れたくて、彼が遺した2枚のアルバムを、歌詞を見ながら何度も聴いて思ったのですが、ここまでマイケルが基準にし、達成もしてきたレベルを考えると、現在でも多大なリスペクトを受けているビギーでさえも、少し「足らない」と感じるところがあったんだと思うんです。



album "Ready To Die" より


両親ともにブラック・パンサー党のメンバーという出自に、主演俳優になれるほどのカリスマ性、加えて、ヒップホップ史上、最高のプロデューサーと言われるドクター・ドレがプロデュースしたヒット曲をもつ2パックの楽曲の完成度と比較すると、

幼い頃に、父親が蒸発し、保育園で働く母によって育てられ、犯罪とクラックが蔓延するブルックリン(ベッドスタイ地区)で成長し、ドラッグディーラーになったビギーには、貧しく、ハンサムでもないという、多くの普通の黒人に訴える普遍性に、素晴らしいラップスキルが共存するという幸運があっても、マイケルが考える「素晴らしい音楽」には、ほんの少し足らなかったのではないか、と。



album "Life After Death"より


上記と同じインタビューの中で、マイケルはこうも語っていました。

VIBE:現在のR&Bの状況をどう思いますか?

MJ:僕は音楽をカテゴリで分けたりしない。音楽は音楽だよ。R&Bがロックンロールという言葉に変わっただけ。ファッツ・ドミノや、リトル・リチャード、チャック・ベリーなんかが、ずっとやってきたことと同じさ。区別してどうするの?素晴らしい音楽は、素晴らしい。それが現実さ、そうでしょう?

ヒップホップが流行した時期、黒人たちは「黒人」にしかわからない世界を表現しようとし、音楽業界はこれまで以上に、音楽をカテゴリで分類し、音楽ファンも自分の好きな音楽を、分類されたカテゴリから選んで聴くようにになっていました。

KING OF POPであるマイケルは、テディ・ライリーの才能を「ニュージャックスイング」からすくい上げたように、自分がラップや、ヒップホップに関わることで、黒人という枠を飛び越え、カテゴリに埋没しない、時流にのった言葉以上の意味と、音を創造しようとしていたんじゃないでしょうか。


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(3)では、N.W.A.以降のラップミュージックは、それぞれ自分がいる場所を語るという考え方があるにもかかわらず、基本的に「西海岸」の住人だったマイケルが、「東海岸」のアーティストとばかり仕事をしているのはなぜなのか?と書きましたが、



音楽的には、ヒップホップを嫌っていたプリンスは「My Name Is PRINCE」のように、「自分語り」が得意なアーティストですが、マイケルは「自分語り」をほとんどしないアーティストですよね。

何事も「原点から探求する」ことが好きなマイケルは、ヒップホップ発祥の地であるハーレム(東海岸)により興味があり、また、デスロウ・レコーズ(西海岸)のアーティストと関わるには、代表のシュグナイトが怖すぎたw。ということも多少はあったのかもしれませんが(笑)、

プリンスのミネアポリス出身という「アイデンティティ」とは異なり、マイケルにとって、インディアナ州ゲイリーで生まれたことは意味があることではなく、そういったすべての「境界」と関係なく、誰もが素晴らしいと感じる音楽を創ることが、彼の「アイデンティティ」だったと思います。

マイケルはこれまで、ポール・マッカートニーのような伝説的なアーティストをはじめ、フレディ・マーキュリーや、プリンス、マドンナといったライヴァル関係ともいえるアーティストと直接対決するようなコラボレーションも考えてきましたが、

ラップについては、新しい時代感覚を取り入れることで、世代や、音楽のジャンルにもこだわらない「いい音楽」が作りたかった、ことと、今をときめくラッパーに「自分のやり方」を見せたかったのではないかと思うんですね。

マイケルは、ビギーのラップのスキルを使って、自分ならこうする、という音楽を創りたかったのではないでしょうか。



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by yomodalite | 2017-07-10 07:00 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)
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(4)の続き・・・


下記は、アメリカでよく言及されるジェネレーションの区別。


・ベビーブーマー/1946~64年頃、第二次世界大戦後からケネディ時代に生まれた世代

・ジェネレーションX/1965~70年頃に生まれた世代

・ジェネレーションY/1980~95年頃で、ベビーブーマーの子供世代

・ジェネレーションZ/1995年以降の生まれ


マイケル自身はベビーブーマーですね。


2002年に書かれた本によれば、ヒップ・ホップ・ジェネレーションは、1965年から1984年の間に生まれたアフリカン・アメリカンという定義があるのですが、それは、2001年に、マイケルがオックスフォード・スピーチで語った「O世代」(「彼らは、ジェネレーションXからバトンを受け取った世代で、富も、成功も、おしゃれな洋服も、かっこいい車も、なんでも持っているけれど、内面に虚しさに、傷つき痛みを感じている」)に重なる世代でありながら、そこから取り残された、多くのアフリカ系アメリカ人でした。


・なぜ、黒人社会はいつも警察と対立しているのか?

・銃やドラッグが身近にあるなど、どうして黒人社会はギャングから抜け出せないのか?


といった疑問を持った方も少なくないのではないでしょうか?黒人社会にこれほど銃がはびこっているのに、どうして、銃規制に反対する勢力として取り上げられるのは、いつも「全米ライフル協会」という白人中心の団体なんでしょうか?


また、ヒップホップの歌詞に少し興味がある人なら、そこには、政治について語られているものが少なくなく、あまり見聞きすることがない宗教的な言葉や、陰謀論が多いことに気づかれた人も多いでしょう。


今回はそういったことに関連がありそうな、『スリラー』から『ヒストリー』までのヒップホップの宗教と政治について。引き続き『ヒップホップ・ジェネレーション』の内容を中心にまとめてみます。


◎ヒップホップの宗教と政治と・・・


1980年の大統領戦おいて圧倒的な勝利をおさめ、レーガン時代が始まった頃、戦争や核兵器の不穏な噂はあったものの、ニューヨークでは若者文化がひとつにまとまり、人種が分裂することはなかった。イギリスでは、セックス・ピストルズの仕掛け人のマルコム・マクラーレンが、バウ・ワウ・ワウをデヴューさせ、トーキング・ヘッズのサイド・プロジェクトのトム・トム・クラブは、「Genius of Love」をヒットさせた。



Bow Wow Wow - Chihuahua





Tom Tom Club - Genius of Love





白人アーティストのブラック・ミュージックへの賛美は続き、1982年のアフリカ・バンバータの「プラネット・ロック」の大ヒットへと繋がっていった。ヒップホップは、都市部のマイノリティだけのものではなくなり、ダウンタウンのクラブを再統合し、社会的落伍者を洗練されたアートの世界へ押し上げていく原動力となったものの、黒人との連帯を好まない白人ロックファンも大勢いて、人種的クロスオーバーの実現には至らなかった。


そして、俗にレーガノミクスと言われる富裕層の減税と、軍事支出の増加と並行して行われた社会保障支出の縮小、そして、麻薬撲滅政策は、黒人社会に壊滅的な被害をもたらしていく。


ヘロインは、第二次大戦中から急激に輸入が減少していたが、資本主義陣営と、社会主義陣営が真っ向から対立した冷戦時代に入ると、アヘンやコカインが反革命運動のための資金調達にもってこいの商品となり、この頃設立されたCIAは、麻薬密輸組織を通じて各国の反共勢力と手を結ぶことが多々あった。


イタリアの反共組織もCIAと関係を結び、アメリカを国外追放されたマフィアの大物が糸を引いたことも相まって、ヘロインの密輸ルートは再び構築され、軍隊とゲットーで爆発的に広まっていく。


販売から得た利益は、東南アジアの反共軍事活動へと還元され、地球の裏側で起こった戦争によって、ゲットーではギャングがうろつき回り、ブロンクスはドラッグの密売人と常習者の世界へと様変わりしていった。


戦後のコカイン取引は、カストロ政権から逃れたキューバの反革命活動家たちによって始められた。1976年、ジャマイカのDJ、ディリンジャーの「Cokane In My Brain」が大ヒットし、「富とステータスの象徴」だったコカインは、一般中流家庭のアメリカ人にまで手が届くようになった。その後、供給過剰を調節し、収益を上げるために、高価なものから安価なものまで、さまざまな新種のドラッグが誕生した。



DILLINGER - COCAINE IN MY BRAIN





そして、1982年の終盤、ドラッグの顧客は富裕層から労働者へと移り変わり、大衆のために作られたドラッグは、ストリートを悲惨な状況へ変化させる。


アフリカ・バンバータの「プラネット・ロック」が大ヒットを記録していた頃、戦争がもたらした新たなドラッグ、コカインの塊(ロック)でできた、後に「クラック」と呼ばれるようになる、もうひとつの「プラネット・ロック」が形成されていた。


ランDMCがオールドスクールを抹殺し、フーディニや、LLクールJらとともに、ニューヨークからツアーを始めた頃、ロスアンジェルス(西海岸)で人気のミックステープでは、フーディニの「Freaks Come Out at Night」の替え歌「The Clucks Come Out at Night」が人気になり、UTFOの「Roxanne Roxanne」は、「Rockman, Rockman(ロックマンはクラックの売人)」へと変わっていたのだ。


Whodini - Freaks Come Out at Night (1984)





ヒップホップのビートに、ストリートで叩き上げられたモンスターの物語が綴られるようになり、ヒップホップは、反抗期へと突入していく。


白人の麻薬使用者の数は、黒人を大きく上回っていたにもかかわらず、レーガン政権時代に成立した厳格な麻薬取締法では、黒人の使用が多いとされる固形コカイン「クラック」に対して、粉末コカインの100倍の懲役年数が課せられることになったのだ。


黒人の家庭では、父親や息子が逮捕され、残された家族は精神的にも経済的にも大きな被害を受けた。そして、貧困のサイクルから抜け出せないゲットーの子どもたちは、唯一の選択肢として麻薬取り引きを始めてしまう・・・。


1990年代中盤、ファイブ・パーセンター(*1)のストリート・サイファー(*2)や、アフリカ・バンバータが始めたズールー・ネイション(*3)の勉強会では、「新世界秩序」が話題にのぼるようになった。黙示のときが差し迫っているのだと。


ウータン・クラン、モア・ディープ、アウトキャストらが繰り出すサウンドは、閉塞感に満ちた時代の空気にマッチし、若者たちは、迷彩柄のジャンプスーツにコンバット・ブーツ姿で街を闊歩し、お互いをソルジャーと呼び合っていた。



ウータン・クランのドキュメンタリー (1994)




路上の書店商は、ハワード・ジンの『民衆のアメリカ史』や、ウォード・チャーチルの『The COINTELPRO Papers(コインテルプロ白書)』(*4)といった反体制的歴史書や、『The Illuminati 666(イルミナティ666)』『Secrets of Freemasonry(秘密のフリーメーソン)』『The Unseen Hand(見えない手)』といった怪しげな小雑誌を売ることで活況を呈していた。


この不穏な空気は、1990年9月11日にジョージ・H・W・ブッシュ大統領が湾岸戦争前に連邦議会で行った『新世界秩序へ向けて(Toward a New World Order)』というスピーチに端を発していた。


今日まで我々が知っていた世界とは、分断された世界―有刺鉄線とコンクリートブロック、対立と冷戦の世界でした。今、我々は新世界への到達を目にしています。まさに真の「新世界秩序」という可能性です。ウィンストン・チャーチルの言葉で言えば、"正義と公正の原理により弱者が強者から守られる世界秩序"です。国連が、冷戦という行き詰まりから解放され、その創設者の歴史観を貫徹する準備の出来た世界、自由と人権の尊重が全ての国家において見出せる世界です。


これは、ペルシャ湾でサダム・フセインに対して取ったアメリカの軍事行動を正当化するための演説の一部で、ベルリンの壁が崩壊し、共産主義の脅威も薄れてきた頃、大統領は、新たなる敵に対して軍隊を動員し、警察部隊はゲットーに標的を定めた。


ブッシュの超国家的な「法の支配」は、アトランタのヒップホップ・グループのグッディ・モブが、1991年にリリースした「Cell Therapy」のように、強い中毒性のあるドラッグ、軍で訓練を受けた暗殺者、体制に迎合して生きる人々、コンピューター・チップの埋め込み、夜間の空挺部隊員の黒いヘリコプター、低所得者住宅、刑務所と結びついた。



Goodie Mob - Cell Therapy




学校の閉鎖、高騰する大学の学費、青少年に対する夜間外出禁止令や厳しい取り締まり、都市部における情状酌量なしの厳しい対応(ゼロ・トランス運動)、政府が市民監視のために使うテクノロジー、レイシャル・プロファイリング(*5)、刑務所建設ブーム、急上昇する受刑率など、あらゆることが急激に変わったことで、この急速な変化を手っ取り早く理解するために、グッディ・モブは、ブッシュの真の敵は、自分たちであると結論づける。


ストリート・ソルジャーたちは、生存主義者の必須本と言われる、M・ウィリアム・クーパーの『Beholda Pale Horse』を携行していた。白人のラジオ・パーソナリティーで右派愛国運動の英雄だったクーパーの著書を黒人の若者が読むのは奇妙な組み合わせだが、地方の白人過激派だけでなく、ゲットーの有色人種の若者を惹きつけたのは、クーパーの世界観が、コインテルプロ時代後の陰謀と、新世界秩序のパラノイアを結びつけていたからだ。


同署には、謎に包まれた邪悪な世界政府が、大衆を奴隷化する計画が描かれ、世界最終戦争はすでに始まっていることが語られていたが、クーパーが用意した「証拠」の大半は、お決まりの『シオン賢者の議定書』であり、そこに書かれたユダヤ人という言葉は、すべて「イルミナティ(光を受けた者)」に、ゴイム(人々)」という言葉は、すべて「キャトル(畜牛)」に置き換えること。といった指示が加えられていた。


対ドラッグの法律と米連邦緊急事態管理法は、憲法を停止し、永続的な警察国家を構築するための基礎を築いている、とクーパーは論じたが、この見解は、ルイス・ファラカン師のメッセージとほぼ同じだった。ゲットーでは、警察の圧力が、ほとんど厳戒令なみになっていた。


CIAは、極秘の政治活動を展開する資金を調達するため、ゲットーにドラッグを密輸している。とクーパーは語り、メディアはそれに反対する立場をとったが、後年行われた米国議会とCIAによる捜査によって、その基本的内容は事実であると確認された。


クーパーの奇妙な世界観は、さまざまなラップ・ソングによって語られ、ウィルスのごとくメインストリームに進出し、1993年の『Xファイル』の放映が始まると、社会全体に注目を浴びることになった。『Xファイル』の強烈な悲観主義は、ゲットーのストリート・ソルジャーの心情と合致していたのだ。


◎電気通信法の採決


マイケルのアルバム『HIStory』がリリースされた翌年の1996年、米国議会は電気通信法を採決。規制緩和の象徴ともいえるこの法律は、メディア独占企業寄りのスタンスを法律化したものだった。


この法律により、ラジオ局所有権の上限が解除され、空前の合併劇が相次ぎ、ごく少数の企業が公共の電波の大半を独占するようになると、コミュニティ番組は大幅に縮小され、どの番組も画一化されたプレイリストを使うようになった。


ラジオの平均聴取時間は急落し、ラジオ局の競争はなくなり、さらに大規模な合併が続いた後、1999年、クリア・チャンネルによる最大の合併劇が起こる。クリア・チャンネル内では激しいリストラの波が押し寄せ、音楽の選曲担当や宣伝スタッフが削減され、コミュニティ関連の部署は廃止された。


そして、悲惨なゲットーの現実をそのままに、メディア独占企業はヒップホップを大々的に商業化していった・・・

_________


(*1)ファイブ・パーセンターFive Percenters)/ネイション・オブ・イスラムから派生したセクトで、後に「The Nation of Gods and Earths」という呼び名も生まれる。ハーレムにある第七寺院の主任教師を務めていたクラレンス13Xによって創始され、彼の死後もハーレムやブルックリンといった東海岸の都市部を中心に増加し、1980年代の後期から1990年代のヒップホップアーティストたちに大きな影響を与えた。

「世界の人口の5%は貧しくも高潔な教師であり、この世の貧しき者の生き血を吸10%の者たちの嘘を信じず、この世に生ける真の神はアジアの黒い男であることを知っている。そして、富を有し、貧しき者の生き血を吸い、彼らを奴隷とする10%は、嘘によって大衆を支配し、貧しくも高潔な教師たちに敵対させる。この方法により、10%は預言者を殺し、共同体を崩壊させてきた」

という、ネイション・オブ・イスラムのイライジャ・モハメッドが布教させた思想を由来とする。

他のムスリムとは違い、自分たちを神の化身であると考え、科学や数学を用いてイスラームの真理を探究し、自らのまわりにあるものに意味付けを行なうことを常としている。彼らのレトリックの中には、droppin’ scienceというものがあり、ある事柄について語るとき、その原因や背景を数学(Supreme Mathematics)やアルファベット(Supreme Alphabet)を使って証明する。これは、ギリシャなどで発展した数秘術の影響を受けたもの。


例えば、0から9の数字にはそれぞれ意味があり(1は知識、2は知恵、3は理解など)、それらの数字を通して宇宙の真理を解明しようとするもので、アルファベットにも意味が当てられている(Allahという言葉は、arm、leg、leg、arm、headの頭文字からできているなど)。


◎Supreme Mathematics

◎Supreme Alphabet


こういった考え方は、ジャネット・ジャクソンの1989年のアルバム『Rhythm Nation 1814』にも使われていて、「R」は「規則および統治者」、「N」は「現在および国家の終わり」を指し、アルファベットの順番でRが18番目、Nが14番目という意味で「1814」。1は「知識」8は「構築および破壊」、4は「文化および自由」で、これは、ジャネットがこのアルバムの中で最もコンセプチュアルに伝えたいと思っていた3曲「The Knowledge」「Rhythm Nation」、「Miss You Much」にも表れていますね。


ジャネットのコンセプトは明るく楽観的なものですが、90年代中盤になると、陰謀論や終末論によってますます独自で複雑な「宗教性」を帯びたものになっていきました。

長文ですが、素晴らしい参考記事・・

(*2)ストリート・サイファー/公園や広場など路上でラッパーが集まり、円になってフリースタイルラップすること。


(*3)ズールー・ネイション/ヒップホップという言葉の生みの親である、アフリカ・バンバータが、1970年代に地域のギャング達の生活を更生するために立ち上げた団体。音楽やグラフィティ、ダンスなどをヒップホップのカルチャーとして一体に捉え、80年代には世界各国にも支部が誕生した。KRS-One、パブリック・エナミー、ア・トライブ・コールド・クエスト、リル・ウェイン、Nasなどの多くの有名アーティストや、人気司会者のジミー・ファロンも参加している。


(*4)コインテルプロ/Counter Intelligence Programの略。FBIが反体制分子を監視するために開発したテクニック。FBIは、ブラックパンサー党など、彼らが危険とみなした黒人の好戦的なリーダーを排除し、抹殺するために、警察やスパイや代理人を使って、(1)組織・敵陣などへの潜入行動(2)外部からの心理戦(3)法的強制力によるハラスメント(4)超法規的な力・・など、あらゆる方法を用いていた。


(*5)レイシャル・プロファイリング一般的には、警察が黒人やラティーノの、特に若い男性に的を絞っておこなう人種偏見に基づいた捜査方法を指す。具体的には、街中で警官が『不審』なマイノリティ人物を呼び止めて身分証明書の提示を求めたり、身体検査をおこなうこと。ニューヨークでは、ジュリアーニ市長が就任した1994年、ニューヨーク市の治安を良く、犯罪発生率を下げるために、徹底的なレイシャル・プロファイリングが始まった。




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by yomodalite | 2017-05-15 09:33 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

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(3)の続き・・・


『Dangerous』前後に起きた様々な変化、ビジネス、政治・社会状況について。


(参考図書『ヒップホップ・ジェネレーション』)


◎ヒップホップとビジネス


世界的なメディア業界における消耗品としてのヒップホップと、地域のアンダーグラウンドを結ぶ、広大なネットワークの中で力強い生命線となっていたヒップホップ。


90年代中盤になると、この2つの役割の間にあったクリエイティブな緊張状態は、メディア独占企業側に一気に傾き始め、脱白人ポップカルチャーに対する世界的需要に企業側が気づくと、ヒップホップは世界規模で統合されたメディアの主要コンテンツとなった。


ナイキや、アディダス、ペプシといった企業は、白人ベビーブーマー(1946~1964年頃までに生まれた世代)以外の新市場の開拓に乗り出し、都市部に住む有色人種に目をつけた。これまではニッチとして無視されていた彼らだが、一般の認識以上にブランド志向を持ち、実際はブランドをリードしている層であることがわかったのだ。


1980年代、ブラックミュージックを流すラジオ局は、自らを「アーバン・ラジオ」と称するようになり、ライオネル・リッチーや、マイケル・ジャクソンがアーバンだった80年代から、90年代になると、ヒップホップが「アーバン」の象徴になる。


1986年、Run-D.M.Cは「My Adidas」で、アディダスを一躍ヒップホップ・ブランドに変貌させ、その二年後、スパイク・リーとマイケル・ジョーダンは、ヒップホップを使ったブランド戦略をより高い次元へと押し上げ、1992年の「The Chronic」リリース以来、スヌープとドレーは2年間ヴィデオとラジオを独占し、ラップ業界は、音楽業市場の10%を占めるようになった。




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ロス暴動後、ヒップホップ世代の創造性が爆発した一方で、競争は熾烈を極めるようになり、雑誌に取り上げられ、高い評価を得られるかどうかをめぐって、編集者やライターが、ラッパーから脅迫をうけることもめずらしくなく、誰もが生き残りを賭けて、しのぎを削っていた。


1988年にハーヴァード大学のユダヤ系の学生によって創刊されたインディーズのヒップホップ専門誌「The Source」の発行部数は14万部に達し、ラップ業界の代弁者の域を超え、あらゆる文化や、政治も扱うようになった。ファッションのページには、その後、黒人初のスーパーモデルと言われるようになるタイソン・ベックフォードと共に、Bad Boy Recordsを設立したショーン・コムズ(パフ・ダディor ディディ)が登場し、1993年には、「The Source」の広告主は、レコード会社だけでなく、ナイキ、リーボック、セガなどにも広がった。平均的な読者層は21歳男性。そのうちの半数がブラック、4分の1以上が白人だった。



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(ショーン・コムズ:この表紙は1997年のもの)


一方、TV界では、これまで視聴者を独占していた三大ネットワーク(ABC、CBS、NBC)が、ケーブルTVなどによる視聴者の細分化によって視聴率が減少し、ビルボートのランキングに、バーコード読み取り方式の購買情報管理システム「サウンドスキャン」が取り入れられ、実際のセールスが集計されるようになると、インディーズで配給されたNWAの『Efil 4 Zaggin』が、初登場第2位を記録。

マイケルが、黒人として初めてMTVに登場したと言われた「Billy Jean」から5年後の1988年、MTVで最も人気番組になっていたのは、ドクター・ドレもホストとして参加していた「Yo! MTV RAPS」。MTVはラップ・ヴィデオがほぼ皆無な状態から、1日12時間もラップを放映するチャンネルとなっていた。

マイケルとの共同制作関係を解消したクインシー・ジョーンズは、『Dangerous』発売と同年の1991年、「The Source」を買収しようとして失敗するものの、その後タイムワーナーからの出資を受け、高級志向のヒップホップ雑誌「VIBE」を創刊。記事の質の高さだけでなく、エレガントな写真と画期的なデザインによる高級紙は、ジャンニ・ベルサーチや、アルマーニ・エクスチェンジなどの広告も掲載され、商業的にも大成功する。


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ホワイトネスからブラックネスへ、ベビーブーマーから若者へ、そして、郊外から都市部へ。「The Source」がシーンに登場した頃、エンターテイメント業界と、メディア業界は、空前絶後のパラダイムシフトを経験していた。


80年代の多文化主義を提唱する人々は 、社会が数々の文化を取り込み 、それぞれを尊重することを求めていた。この種の融合はあらゆる人々を幸せにできると考えられていた。しかし、『The Chronic』以降の企業の多文化主義は 、それとは逆の概念を持ち、アーバン・マーケティングは 、人種隔離と差別の現実を維持しながら、文化融合の欠点をも引き出した。



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「VIBE」に掲載された広告(1993)


歴史学者のロビン・D G・ケリ ーと、学者のヴィジャイ・プラシャドは、「多文化主義」という概念は 、政府や資本主義によって作り出されたと言い、ナオミ ・クラインは、90年代中盤、トミー・ヒルフィガーが、ラルフ・ローレンの偽物というイメージから、アーバン・クールの権化というイメージへ大変身を遂げた理由について、「アメリカの人種関係の核心にある距離感を利用したのである ― 白人の若者に対しては 、ブラック ・スタイルに憧れる心を利用して売り込み 、黒人の若者に対しては 、白人の富に憧れる心を利用して売り込んだのだ 」と(『ブランドなんかいらない』)。


リアルであり続けることと、成功を収めること。

メディアがヒップホップの商業化に加担した究極の代償のように、ヒップホップシーンに混乱状態がおとずれた。




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by yomodalite | 2017-05-09 00:23 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)
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(2)の続き・・・

パブリック・エネミーよりも、さらに過激な論争を呼ぶことになったN.W.A.(Niggaz Wit Attitudes 主張する黒人たち)は、後年ギャングスタ・ラップのゴッドファーザーとも呼ばれるようになるイージーE、議論を招くリリックを書き、現在も俳優として活躍しているアイス・キューブや、脱退後シュグ・ナイトと共にデス・ロウ・レコーズを立ち上げたドクター・ドレーなど、個性豊かな4人のメンバーをそろえ、Run-D.M.Cの「Walk This Way」が大ヒットした1986年にデビュー。


パブリック・エナミーのチャックDをメンターに、ネイション・オブ・イスラムについても学んでいたアイス・キューブがリリックを書いた「Boyz N The food」は、ブラック・パンサー党幹部の弟である、ジョナサン・ジャクソン(ショットガンやライフルを携行して裁判所を襲撃し、脱獄を企てた罪で死刑判決を宣告されていた兄ジョージの釈放を要求し、検事を人質に立てこもったが、警官の突入を受け、射殺された)の実話を取り入れたことで、同世代の神話ともいえるレヴェルにまで祭り上げられ、その過激なスタイルはギャングスタ・ラップと呼ばれるようになり、1988年のアルバム『ストレイト・アウタ・コンプトン』は大ヒットを記録します。



N.W.A. - Straight Outta Compton






ストリートのリアリティをあるがままに語っているようなN.W.A.のスタイルは、若年層のリスナーに受け入れられ、ラップのミックステープを作れば、誰でもお金が稼げるかもしれないという希望は、ストリートの若者を夢中にさせ、ディスコは過去のものになってしまう。


しかし、凶悪犯罪はこれまでにない件数を記録し、前年よりも4人多い78名の警察官が職務中に殺害されていた1988年、N.W.A.は、警官への暴力を支持するような曲(「Fuck Tha Police」)から大統領をも巻き込む大論争にまで発展する。


ロス暴動が起こったのは、それから4年後の1992年。


ハーレムで暮らす黒人と韓国人社会の対立は、1989年のスパイク・リー監督の映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』でも描かれていたように、アフリカ系アメリカ人の高い失業率、LA市警による黒人への恒常的な圧力や、韓国人の黒人への蔑視など、サウスセントラル地区の黒人社会には怒りが渦巻いていました。


そんなとき、ロドニー・キング事件(*1)のLA市警警官が無罪になり、ラターシャ・ハーリンズ射殺事件(*2)における韓国人店主にも、異例ともいえる軽い判決が下りたことが引き金になり、「ロス暴動」へと発展していく(*3)


1991年にN.W.A.を脱退していたドクター・ドレの1992年のアルバム『The Chronic』(強力なマリファナという意味)は、ロス暴動がようやく終結した数ヶ月後にリリースされたのですが、それは、人々にとってストリートの緊張を和らげてくれる強力な鎮静剤としても作用し、大ヒットしたようです。



Dr. Dre, Snoop Dogg - Nuthin' But A G Thang





そして、1993年、ドレーはスヌープ・ドッグのデビュー・アルバム「Doggystyle」をプロデュースし、初のビルボード・チャート1位デビューという大ヒットを記録。西海岸ギャングスタラップは、その後もヒップホップシーンを席巻するようになります。



Snoop Dogg - Gin & Juice






ビッチだの、ファックだの、ドラッグだの・・といった内容を好意的に解釈すれば、政治や宗教に傾倒しすぎの男たちや、フェミニズムにハマっていく女たちに、もっとリラックスして人生を楽しめ。


そして、政府に要求したり、誰かから奪うのではなく、「自分自身で自分のものを得るべきだ」というメッセージが込められているのではないでしょうか。また、Nワードとして差別用語だったニガという言葉の多用には、いわゆる「ブラックパワー」的な黒人啓発運動への反動もあるようです。


そんな西海岸のギャングスタ・ラップは、ライヴァル「バッドボーイ」レーベルとの獲得争いに勝利し、デス・ロウ・レコーズに移籍することになった2パックによって、さらに確かなものになりました。



California Love





ヒップホップの歴史に必ず登場する「東西抗争」というのは、主に「西海岸」と「東海岸」のレーベル同士の争いで、


N.W.A.の初期メンバーであるドクター・ドレが、N.W.A.を脱退後の1991年に、シュグ・ナイトと共に設立したDeath Row Records(西海岸)と、


ショーン・コムズ(パフ・ダディor ディディ)が、1993年に創立した、Bad Boy Records(東海岸)は、実際のギャングさながらに対立していました。


1992年に公開された映画『ジュース』など、映画スターとしても人気を集めていた2パックは、ファンにレイプをした罪に問われ、収監されますが、デス・ロウ・レコード(西海岸)のオーナー、シュグ・ナイトは、140万ドルの保釈金を用立てることを条件に、刑務所内で2パックと契約を結び、出所後、2パックはライヴァルであるバッドボーイ(東海岸)を代表するノトーリアス・B.I.G.らを激しくこき下ろす曲を発表する。









ヒップホップ界の東西対決は、2パックの大成功によって激しさを増し、対立が話題となることで、ますます活況を呈すことになりましたが、


1996年9月6日、ラスベガスで行われたマイクタイソンの試合観戦後、2Pacは何者かに銃撃され、25歳にして命を落としてしまい、そして、翌年の1997年1月、ノートリアス・B.I.G.は、LAで行われた「Soul Train Award」に出席し、その後のパーティー終了後の移動中、交差点で何者かに銃撃され、亡くなってしまう。こちらもまだ24歳の若さで、ふたりの死は、ヒップホップの東西対決が引き起こした最大の悲劇となりました。


デス・ロウ移籍後初のアルバム『All Eyez On Me』から

メッセージ性の高い曲

Life Goes On(和訳付き)





ちなみに、


一年間だけ通ったハリウッドのガードナー小学校や、エンシノ、ネバーランド、Hornby Hillsと、マイケルは基本的に「西海岸」の住人で、N.W.A.以降のラップミュージックは、ワッツ地区や、コンプトンに限らず、それぞれ自分がいる場所を語るという考え方があるのですが、


『HISTory』の「This Time Around」や、『Invincible』の「Unbreakable」でラップを披露したノトーリアスB.I.Gはバッドボーイレーベル(東海岸)で、


マイケルが『Invincible』までに共作した、Run-D.M.C、ヘヴィD、LL・クール・J、ノトーリアスB.I.G、ジェイ・Z(Heartbreakerや、Invincibleに参加しているFatsに関しては不明)は、全員ニューヨーク出身。バスケ選手でありながら、音楽的にも成功し、『HIStory』の「2Bad」にラッパーとして参加したシャキール・オニールもニュージャージー州の出身なので、


マイケルが共演したラッパーは、全員「東海岸」なんですよね。


プロデューサーであるテディ・ライリーがNYハーレム出身で、ロドニー・ジャーキンスも、やはり東海岸であるニュージャージー州出身ということもあるのかもしれませんが、


どうして、マイケルは「東海岸」びいきなんでしょう?


そして、才能あふれるラッパーは数多くいるのに、なぜ、ノトーリアスB.I.Gと二度も、しかも、二度目の「Unblackable」のとき、すでに、ノトーリアスB.I.Gは亡くなっていたのに、インヴィンシブル期のインタビューで、マイケルは一度もそれについて話しておらず・・・


マイケルはあれほどこだわっていた「Unbreakable」について、そんなことさえ語っていません。


わたしのヒップホップへの興味は、この二度も共演することになったノトーリアスB.I.Gと、彼のラップの魅力を理解したいという思いからスタートしているのですが、それについては、またあとで触れることにして、ヒップホップとビジネスの結びつきに関してもう少し・・・





これは死後アルバムからの曲で

「俺たちは変わる必要がある」という

Changes

(youtubeのページに和訳あり)




(*1)ロドニー・キング事件

1991年3月3日、黒人男性ロドニー・キングがスピード違反を犯し、LA市警によって逮捕された。その際、20人にものぼる白人警察官が彼を車から引きずり出し、装備のトンファーやマグライトで殴打、足蹴にするなどの暴行を加えた。たまたま近隣住民が持っていたビデオカメラでこの様子を撮影しており、この映像によって、白人警官3人とヒスパニック系警官1人の計4人が起訴された。裁判の結果、キングは巨漢で、酔っていた上に激しく抵抗したため、素手では押さえつけられなかったという警官たちの主張が全面的に認められ(実際は両手をあげて地面に伏せたキングが無抵抗のまま殴打され、医療記録によるとあごを砕かれ、足を骨折、片方の眼球は潰されていたとされるが、裁判では認められなかった)、事件発生から1年後の1992年に陪審員は無罪評決を下した。


(*2)ラターシャ・ハーリンズ射殺事件

ロドニー・キング事件の13日後の3月16日、持参したバックに1ドル79セントのオレンジジュースを入れ、手に支払いのための小銭を握っていた15歳の黒人少女ラターシャ・ハーリンズを、韓国系アメリカ人の女性店主が射殺した。事件の様子は防犯ビデオに収められており、2人は揉み合いになったのちに少女が店主の顔面を4度殴打、店主は床面に激しく転倒させられ、店主は少女に椅子を投げつけた。その後、件のオレンジジュースをカウンターに置いて店から歩いて出て行こうとする少女に対して、韓国人店主は背後から銃を向け、その頭部を撃ち抜いた。女性店主は逮捕されたが、陪審員は16年の懲役を要求していたにもかかわらず、判決は5年間の保護観察処分、およびボランティア活動400時間、罰金500ドルという殺人罪としては異例に軽いものだった。この判決によって、黒人社会と韓国人社会間の軋轢は頂点に達した。


(*3)ロス暴動

1992年4月末から5月頭にかけて、アメリカ合衆国・ロサンゼルスで起きた大規模な暴動。ロドニー・キング事件のLA市警警官に対して無罪評決、ラターシャ・ハーリンズ射殺事件における韓国人店主への異例の軽罪判決が引き金となり、黒人社会の怒りが一気に噴出して起きた事件と言われる。暴動鎮圧のために、4,000人を超える連邦軍(陸軍、および海兵隊)が投入され、さらに司法省が、ロドニー・キング事件について再捜査をアナウンスするなどの努力によって、6日間にわたった暴動はようやく収束を見た。暴動による被害は死者53人、負傷者約2,000人を出し、放火件数は3,600件、崩壊した建物は1,100件にも達した。被害総額は8億ドルとも10億ドルともいわれる。韓国人街は市警が暴動鎮圧に消極的だったと厳しく非難し、また彼らは『無実の我々が犠牲を強いられた責任は市当局にある』と述べた。この事件での逮捕者は約1万人にものぼったが、人種的にもっとも多かったのは44%のヒスパニック系で、42%が黒人、そして9%の白人と2%のその他の人種が含まれていたとされる。(以上、Wikipediaより)



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by yomodalite | 2017-05-01 07:00 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

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(1)の続き・・・

ヒップホップの世界では、1970年代 - 1980年代までをオールド・スクール、1990年代以降をニュー・スクールと呼ぶことがあります(現在は1990年代もオールドスクールと呼ぶことが多いですが)。オールド・スクールを代表するアフリカ・バンバータは、ヒップホップの創始に関わった3大DJの1人で、ラップ、DJ、ダンス、グラフィティなどの黒人の創造性文化を総称して「ヒップホップ」と名付けた、ヒップホップの生みの親。


プレイリストに、ジャクソン5も入れていたアフリカ・バンバータは、1982年に発表した『Planet Rock』により、ヒップホップ、ハウス、テクノの音楽シーンに多大な影響を与えたと言われていますが、クラフトワークに強い影響を受け、YMOから音のサンプリングを学び、ジョン・ロビーがシンセサイザーを演奏した『ビート・ボックス』を提供してもらったことで完成した『Planet Rock』のヒットは、マイケルが、YMOの「ビハインド・ザ・マスク」を、最終的に『スリラー』(1982)から外したのと同時期のこと。


Afrika Bambaataa - Planet Rock





1980年代後期から1990年代前期については、音楽面で革新的な技法・作品が多く生み出されたことから、特にゴールデンエイジ(黄金時代)と呼ばれ、マイケルが「JAM」で共演したヘヴィ・Dもその時代のアーティスト。

彼は1967年にジャマイカで生まれ、9歳からニューヨークに移住し、80年代末から90年代前半にニュージャック・スウィングのラッパーとして活躍していました。


Dangerous発売前の1989年のヒット曲

Heavy D & the Boyz - Somebody For Me





また、『Dangerous』には収録されなかったものの、同時期に録音された「Serious Effect」で共演したLLクールJは1968年生まれで、ヘヴィ・Dと同じくニューヨークで育ち、ふたりとも愛嬌あふれる明るいキャラクターで、ヒップホップがポップスに浸透していく一翼を担ったラッパーであり、俳優としても活躍したという点も、マイケルに好まれたように思われます。


マイケルの『BAD』と同じ1987年の曲

LL Cool J - I'm Bad





MJの売上には程遠いものの、当時の時代感覚に合った「Bad」なセンスは、おそらくLLクールJの方でしょう。マイケルの「BAD」は、病気理由であっても、人種の壁を破ったと賞賛された黒人としての外見を白人に見せてしまったことで、元々マイケルが気に入らなかったローリングストーン誌など老舗のロック雑誌のライターからは「偽物のロック」と判断され、ヒップホップによって今までにない盛り上がりを見せたブラックミュージックのジャーナリストたちをも混乱させたことで、真っ当な評価を受けることはありませんでした。


代表曲は「Dangerous」の前年にリリースされたこの曲

LL Cool J - Mama Said Knock You Out





プリンスはヒップホップに批判的でしたが、「Dangerous」の翌年に発表したアルバム『Love Symbol』には、この曲の影響も感じられるこんなラップ曲も。


Prince - My Name Is Prince

http://www.nicovideo.jp/watch/sm14109619



今聞くと、Heavy Dの曲は、テディ・ライリーが推薦しただけあって、当時のニュージャックスウィング・サウンドそのものといった感じですが、LLクールJの曲は現代のラップにも近い感覚で、マイケルの「JAM」も、ニュージャックスウィングとは別のソリッドな感覚がありますね。


(1)で紹介したスパイク・リーのCMのように、この曲のショートフィルム(以下SF)には、嘘の告発によるスキャンダルから影響力が低下していたマイケルより、当時は影響力が絶大だったマイケル・ジョーダンが登場し、スポーツとダンスが融合し、ふたりの大スターがみんなに「JAM」を求めているような感じで、下記の和訳には使いませんでしたが、NBAで「Jam」と言えば、強力なダンクシュートという意味もあります。


SFの冒頭では、ハーレムのような場所で、ガラスが割られ、地球のようなボールが飛び出し、荒廃した地を見回すような映像の後、「全世界が一つになり、僕らが直面する問題に取り組めば、何か方法が見つかるはずだ」という歌が始まり、歌の最後では、そのボールは水溜まりから拾われる。


ジョセフ・ボーゲルの『コンプリート・ワークス」には、


「Jam」はマイケルの楽曲の中で、『Thriller』のオープニング曲「Wanna Be Startin’ Somethin’」に次いで社会を見据えた、内面を率直に吐露した曲となった。・・・彼は決まり文句を皮肉たっぷりに吐き捨てる。「世界はひとつ。みんなで協力しよう」。彼は現実はもっと殺風景なものであることを知っている。「世界は変わり続け/心もその都度変化する」と彼は観察し、質問を投げる。「僕らは正しいものと間違ったものを見分けられるのか?」

家族、政治、宗教のいずれもが彼を落胆させ、彼は考え続ける。彼は「幸せを見つけ」なければならない。しかし、他人の基準にはうんざりしている。「僕に教えようとしないでくれ/叫んだりわめいたりしないでくれ」。・・・

歌手の最後の救いが見つかるとすれば、それはもちろん音楽の中だろう。「Jam」とは時々息がつまりそうになるこの世界からの一時的な脱出のことであり、クリエイティブな世界に没頭し、音楽によって問題を解決することである。


と書かれています。私は、冒頭部分をマイケルが皮肉たっぷりに言っているとは思いませんが、彼は作曲者で、中心メンバーでありながら、「We Are The World」のツアーに参加しなかったり、「人種差別」や「多文化共生」の政治的な欺瞞には鋭い視点をもっていたと思います。


同署では、「Black Or White」のSF、後半部における暴力表現に見られたマイケルの痛みと怒りは、1992年ロス暴動を予言することになった。という記述もあるのですが、


後半の映像でのマイケルは「破壊」の限りを尽くしていて、ブラックパンサー党の黒人至上主義的ともいえる過激な思想を表現するかのごとく、最後は「ブラックパンサー」に変身します。これは、前半の多文化共生的なメッセージに反して、見るものを混乱させましたが、実はこの曲では、それらが相反していただけでなく、もっとあらゆるものが「混ざって(Jam)」いて、「Black Or White」は、黒人サイドが主張する「人種差別」ではなく、人種に限らず、あらゆる「カテゴライズ」への抵抗をテーマにしていました。


自由の女神像から登場したマイケルは、「白いシーツ(KKKのこと)なんか怖くない・・・」と言い、黒人差別に立ち向かっているようですが、そんな彼の肌はすっかり「白く」なっていて、ご丁寧にも、「I’m not going to spend my life being a color(僕は生涯、有色人種と呼ばれて生きる気はない)」というラップを、自分や黒人ラッパーではなく、制作者のひとりである白人のビル・ボットレルにやらせていたり(笑)・・・


◎参考記事「Black or White」でラップを歌った謎の男に会う

上記の記事で言われているように、「Black Or White」時点では、主流のラジオ局はラップをオンエアしない方針でした。つまり、マイケルはヒップホップがメインストリームに登場することにも一役買っていたわけですが、マイケルが、アルバムの最初の曲を『Jam』にしたのは、過激なメッセージから、分裂・対立が激しくなっていた時代背景や、その頃数多く語られていた多文化主義、結集や団結といった意味だけでなく、自由にやりあい、様々なものを混ぜ合わせ、ゴールにボールを叩き込む・・・その他にも、当時の日本では想像もしていなかったあらゆる意味が「Jam」には込められていたようです。



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by yomodalite | 2017-04-27 09:56 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)
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マイケルのアルバムに “ラップ” が登場したのは、1991年のアルバム『Dangerous』からでした。

前作『Bad』発売1年前の1986年は、ロックとラップを融合したRun-D.M.Cの「Walk This Way」や、白人ヒップホップの草分けであるビースティ・ボーイズ「Licensed to Ill」がヒットした年で、スパイク・リー監督のデビュー作『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』が低予算映画でありながら700万ドルを超える興行成績を残した年でもありました。


RUN-DMC - Walk This Way




Beastie Boys - Fight For Your Right




ナイキのCM撮影をまかされるようになったリーは、NBAの大スター、マイケル・ジョーダンを起用し、高価なスニーカーへの欲望は、「エア・ジョーダン狩り」と呼ばれる暴力事件を誘発するほどの大ヒットを記録。それまで業界第2位だったナイキを一躍トップメーカーへと押し上げ、自身が共演したジョーダンとのCMも評判を呼びました(1987)。





ちなみに、マイケルがペプシのCMに登場し、「コーラ戦争に勝った」と言われたシリーズCMが始まったのは1984年のこと。80年代は、エンターテイメント界と、スポーツ界の2人の若き黒人スター(奇しくも二人ともMJ)が、マーケティング史上にのこる快挙を成し遂げた時代でした。

当時、マイケルと『Bad』を製作していたプロデューサーのクインシー・ジョーンズは、ヒップホップに強い関心があり、マイケルがヒップホップのアーティストと会ったのも、クインシーがセッテイングしたRun-D.M.Cとの出会いが最初だと言われています。

クインシー・ジョーンズは、彼らとマイケルの共作を考えていて、「Crack Kills」という曲を録音したものの、結局「Crack(亀裂)」や、「Crack(ドラッグの一種)」をテーマにしたこの曲は『Bad』には収録されることはありませんでした。

『Bad』で実現しなかった共演では、Run-D.M.Cよりも、シングル曲でのプリンスとの計画の方がよく知られていますが、プリンスは自らこの共演を断り、マイケルがその後、ヒップホップとの距離を縮めていくのとは逆に、ヒップホップ界の汚い言葉や、男性優位で、女性蔑視的な言葉遣いや世界観を嫌って、ラップミュージックに反対の立場をとるようになります。

これは、マイケルファンにとっては意外というか、むしろ、マイケルがしそうなことだと感じる人が多いのではないかと思いますが、これまでマイケルよりもずっと過激な表現をしてきたプリンスは、1985年のアルバム『Around the World in a Day』以降、徐々に宗教色を強めていき、その後、マイケルが『Bad』期に離れた教団に改宗します(2001)。

ふたりは音楽や仕事に対しても、神に対しても、非常に似通ったところがあるのですが、マイケルは時代に支持されていることに、常に真っ向から立ち向かおうとし、プリンスは独自な道を歩もうとする。というのはこの後も続いたふたりの個性ではあるものの、プリンスが宗教的になっていった要因は、ヒップホップ世代の社会変化にもあるように思えます。

音楽やダンスの修養や、練習する楽器を手に入れなくとも、ラップを書くことで成功できるかもしれない、という希望は、かつて英国のパンクムーブメント以上に、黒人社会を変え、評論家はヒップホップに黒人社会の未来を感じ、アーティストによる過激な言葉は、音楽や文化だけでなく、政治やビジネスにも大きな影響を与えていく。

『Bad』と同じ1987年は、おそらくヒップホップに関する文章で、最も多く引用されているグループである、パブリック・エネミーのデビューアルバム『Yo! Bum Rush the Show』も発売され、彼らはセカンドアルバム『It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back』から、より政治色が強くなり、

スパイク・リーの1989年の映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』のテーマにも使用された「Fight The Power」を含む、彼らのアルバムの中で最も売れた1990年の3rdアルバム『Fear of a Black Planet』は、ブラックパワーや、ネイション・イスラムとの連携を深め、黒人至上主義的なメッセージによって、ポリティカル・ヒップホップの土台を作ることになりました。


Public Enemy - Fight The Power





この作品は、アメリカ国会図書館の重要保存録音物として永久保存もされているのですが、映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』で描かれたように、かつて隣人だったユダヤ人はハーレムを離れ、新しくハーレムで店を始めた韓国人社会との間に軋轢が生まれ、黒人社会の底辺には「反ユダヤ主義」や「新世界秩序」といった陰謀論が蔓延し、ドラッグビジネスや、銃による抗争や自己防衛は、地元警察との関係をますます悪化させていきました。

マイケルの『Bad』(1987)から、『Dangerous』(1991)までの間に、プリンスは『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』(1986)や、『Sign "☮" the Times』(1987)、『Graffiti Bridge』で、音楽だけでなく、映画を通して、神や愛というメッセージを表現しようと苦心するのですが、音楽的な完成度はさておき、プリンスと消費者でもある一般の若者との距離は遠くなっていきました。


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by yomodalite | 2017-04-24 16:15 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)
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最近読んだ中で一番面白かった本から、抜粋省略してメモしておきます。


ラップは何を映しているのか


磯部・・・ネルソン・ジョージのようなオーセンティックなブラック・ミュージックの歴史観では、ディスコはソウルを売り渡したもので、対してオールドスクールのヒップホップはピュアなものとされていますから、ところが「ゲット・ダウン」は、ヒップホップと、同時代のニューヨークで起こっていたアンダーグラウンドなゲイ・ディスコのシーンとの接近を描くことで、前者の「正史」には描かれてこなかった歴史の在り方を示唆した。・・・






大和田 ゲイフレンドリーなディスコと、ミソジニスティックなヒップホップが交互に描かれていますね。・・・実はオバマ政権はアフリカン・アメリカンの団体からはそれほど評価は高くないけど、LGBTの団体からは評判がいい。


大和田 アメリカのヒップホップやラップミュージックを象徴する10曲を選ぶにあたって、当初は普通にBLM関係の曲にしようと思っていたんです。例えば、ビヨンセがスーパーボウルのハーフタイムショーで、ブラックパンサーの格好をしたダンサーを従えたり、ケンドリック・ラマーがBETアワードの授賞式でパトカーの上に乗って「Alright」をラップしたりと印象的なパフォーマンスも多かったですし。


ところが、大統領選の結果を受けて、そうしたことがどうしようもなく虚しく感じられてしまった。






つまりケンドリック・ラマーが重要で素晴らしいアーティストであることは間違いないけど、意地悪な言い方をすれば、そのケンドリックを白人の音楽評論家が絶賛するという、マイノリティとリベラルな白人の音楽評論家が結託して作り出す適度に心地よいぬるま湯的な共同体が結局はトランプ的なるものに敗北してしまった、ということを思わずにはいられませんでした。


吉田 確かにそういう視点から見ると・・あまりに評価されすぎているように思えるところはあります。・・・


磯部 ・・・ケンドリックはBLMのデモについて、「行動もいいけど、葛藤しろ」というような微妙な発言もしているようですが・・・


大和田 ・・・例えばアメリカの学会などに行くと、白人男性の研究者でフェミニズムやアフリカ系アメリカ人のアクティビズムに深くコミットしている人はたくさんいるけど、白人の労働者階級に言及する白人研究者は相対的に少ない。・・・


アカデミーに属する人間として、僕らはアメリカの様々な現象を分析する際に、呪文のように「レイス」「ジェンダー」「クラス」の3つの指標を用いるように訓練づけられていますが、ウォルター・ベン・マイケルズによれば、レイス、ジェンダーの二つと、クラスというカテゴリーはぜんぜん違う。つまり、前者の二つは結局アイデンティティ・ポリティックスになりうるけど、階級(クラス)はなりえないんですよ。


例えば、アフリカ系アメリカ人や女性というアイデンティティには、マイノリティとしての戦略的な本質主義、すなわち「黒人」や「女性」の「誇り」がともなうけど、貧乏であることに誇りは生じない。貧乏はただ単に金持ちになりたいだけで、だからこそ階級闘争が重要だとマイケルズは言う。・・・


要するに統治者は白人のアイデンティティやプライドをくすぐることで、同じような状況にある黒人に対する優越感を持たせ、労働者としての連帯を妨害したというんですね。それが統治者の操作によるものかどうかは別として、白人労働者と黒人が共闘することがアメリカにおいていかに困難であったかは容易に想像がつきます。


磯部 トランプの勝利確定直後の混乱状態にいては、これは「白人労働者階級の革命だ」なんてことが言われましたが、だんだんデータが出揃ってくる中で、トランプを勝たせたのは、むしろアフリカ系やヒスパニックのようなマイノリティだ」という見方も出てきていますね。オバマに比べてヒラリーを積極的に支持できなかったアフリカ系の投票率の低さや、ヒスパニックによる意外なトランプへの投票率の高さが彼の勝利を導いた面もあると。・・


実はトランプはラップミュージックでは人気がありましたからね。2015年の時点でハフィントン・ポストは「ドナルド・トランプ」がネーム・ドロップされた67曲ものラップソングをリストに上げていますが、多くの場合、その名前は金持ちの象徴として肯定的に扱われています。そもそも。自信家で口が悪くて・・・っていうキャラクターがラップ的。しかも、トランプ自身もラップ好きで、エミネムがお気に入りだったり・・・


2004年にはエミネムのパーティに呼ばれて、「私は正しいことしか言わない!スリム・シェイディ(エミネムの別名)は勝利者だ!なぜなら、トランプの一票を獲得しているからだ!」みたいな演説を打っている。それが今回の選挙期間中、エミネムは手のひらを返すように「キャンペーン・スピーチ」という強烈なアンチ・トランプソングを発表したわけです。・・・ラップミュージックこそがトランプを有名にしたとも言えるのではないでしょうか。


もともとラップをやるような不良は、ストリートの政治にしか目に行かないというか、かつてN.W.Aみたいに無意識に政治を体現してしまうタイプの方が多いとしても・・。大文字の政治という意味では、「いま」を映さなくなってきたとも言えるのではないかと。あるいは、それこそが「いま」なのかもしれません。


吉田 ・・・例えば2008年のオバマ対マケインの裏にも、ラップ対カントリーという構図があったわけですよね。当時はウィル・アイアム、ジェイZらがオバマ支持を表明しましたが、あの頃と避泊しても、確かに状況は複雑化しているように見えます。


大和田 リチャード・B・スペンサーのような白人至上主義者の団体がワシントンで集会を開いてナチス式敬礼をしているといった、これまであまり一般のメディアでは見られなかったような映像が、大統領選をきっかけに可視化されるようになりましたね。彼らにしてみれば、アフリカ系アメリカ人や女性のアイデンティティ政治があるのなら、白人のアイデンティティ政治があってもいいだろうということになる。


磯部 「男性差別」みたいなネトウヨ用語っていうのは日本独自のものだと思われがちですが、例えば、ビヨンセのスーパーボウルでのパフォーマンスに対しては「白人差別」、BLMに対しては「ホワイト・ライブズ・マター」というような逆張りが散見されました。


磯部 ラップミュージックはリアルを歌っていると思われがちですが、むしろ重要なのはリアリティ、つまり「リアルっぽさ」であり、それってポスト・トゥルース的だとも言えると思うんですね。


ア・トライブ・コールド・クエストが、大統領選挙直後のサタデー・ナイト・ライブでトランプの演説をアイロニックに引用した「We the People」を披露して話題になりました。・・・投票直前にリリーズされたコモンの「Black America Again」も、トランプのスローガン「グレート・アメリカ・アゲイン」をもじったタイトルをつけ、スティービー・ワンダーからロバート・グラスパーまで様々な世代のアフリカ系アーティストを呼んだリベラルなアルバムでした。






しかし、アメリカのラップにおける幼児退行の象徴であるリル・ヨッティと、ラッパーとシンガーの中間のようないかにもいまっぽいヴォーカリストのドラムが共演した曲からは、トライブやコモンが保守的に思えるようなアナーキーさが感じられ・・・実際トライブやコモンよりも「Broccoili」の方が圧倒的に受けています。





大和田 ネットで「大統領選でこれだけ有名ミュージシャンが輪になってもリベラル側が勝てなかった」と言うひとがいたけど、アメリカ研究に関わる者としては、それはまったく驚くべきことではないんです。例えば、レディ・ガガやケイティ・ペリーが政治的にどういう立場をとり、どういうことを言うのか、みんなすでにわかってる。


ディベートですら支持者を変えるほどの影響力はそれほどなく、政治的なポジションがメディアやカルチャーによって変化することはほとんどないように思います。・・・同じ意見の人たちがうなづきあう状況を「エコー・チェンバー(反響室)」と言いますが、結局みなが反響室の中で自分たちの意見が増幅されることに満足していた、ということだと思います。


リル・ウェインや、エイサップ・ロッキーはBLMに興味がないと言っている、そのことには真摯に耳を傾けなければいけないと思います。


磯部 実はそれこそが多様性とも言えるだろうし、「アメリカの多様性」や「多文化主義」といったときに排除されてしまうものもあるのでしょうね。エイサップにとって、BLMは、排他的なブラック・ナショナリズムに映る部分もあると思うんですよ。・・・


この1ヶ月は完全にミーゴスが制覇していましたよね。






吉田 ・・・政治的な楽曲が溢れすぎて食傷気味になった反動が表れている・・・


大和田 反動というか、でもサウスのシーンってもともと政治的なメッセージをそれほど発したわけでなないです。実際に鳴っているサウンドを「政治的に:」解釈することは可能ですが・・・


オバマ政権下においてはエンターテイメントとしてのポリティックスも政治的に見えたものが、トランプ政権下においては、文字通りのエンターテイメント、しかもあまり出来のよくない娯楽にしか見えないというか・・・


磯部 カニエ・ウエストは、「もし(選挙に)行っていたら、トランプに入れていただろう」という発言のあと、実際にトランプに面会して、さらなる批判を受けています。


大和田 もう一人、スティーブ・ハーヴェイという黒人コメディアンが同じようにトランプに面会して批判を受けました。(yomodalite:カニエとMJは2008年の「スリラー25周年記念アルバム」で共演。スティーブはMJの潔白を晴らすことに多大な貢献をしている)


磯部 カニエは「多文化問題について議論するためにトランプに会う」・・とツイートしていました。・・・しかし、彼はトランプと会ったあと、精神的な疲労で入院し、件のツイートを削除するという。・・・


大統領選でのディベートでもシカゴのサウス・サイドがいかに治安が悪いかが議論されていて、そこの出身のチーフ・キーフの「I don’t Like」のMVだけでなく、同じイメージをまとった曲が過剰に再生産されている。サウスサイドで起こった年間の死亡件数がイラクを超えたからってことで、Chicag(シカゴ)+Iraq(イラク)で、「Chiraq(シャイラック)」という。


大和田 スパイク・リーが同名のタイトルで2015年に映画化したんですが、批評家受けは悪くはないものの、現地の若者からデタラメだと批判されましたよね。中でもチャンス・ザ・ラッパーの批判は激烈で、部外者がシカゴを搾取しているとかなり強い口調で・・・それに対してスパイク・リーが、シカゴに問題があるなら(市長の側近を務める)チャンスの父親に言え、と反論するんですが・・・。


磯部 スパイク・リーもアウト・オブ・デイトな存在になってしまったのか、と感慨深くなりました・・・


(引用終了。「第1章:ラップは今を映しているか」より。このあとも興味深い話題が続きます)


ナチス式敬礼だと批判されたリチャード・B・スペンサーをはじめ、トランプ支持者は、シリアへの攻撃に対していち早くトランプを批判しましたが、CNNなどヒラリー支持のメディアでは、逆に評価が上がっていて・・・


日本のポップミュージックや、お笑いが政治を扱わないことを批判する声もあったけど、人種(レイス)や、ジェンダーへの言葉に驚くほど過敏なアメリカ社会が、女性蔑視で、同性愛嫌悪で、男性優位主義で、武器とドラッグとニガって言葉が大好きすぎるラップミュージックのみ批判してこなかったことを考えると(ヒラリーが「嘆かわしい人々」といった特徴のうち、人種差別主義者(黒人至上主義)、女性蔑視(ミソジニー)、同性愛者嫌い(ホモフォビア)の3つを兼ね備えていない有名ラッパーの方が少なく、ネイション・イスラムという黒人至上主義による特殊なイスラム教は、一般的なムスリムからイスラム教とは認められないことがほとんど)、やっぱりリアルとリアリティは違うんだなと。(銃規制の話になると、全米ライフル協会の話ばかりなのも、白人差別かもw)


ヒップホップにはユダヤ陰謀論を広めたという功績(苦笑)も、あると思うけど、かつてのフォークと違って、ラップは商業主義と手を結ぶのが早く、何故これほど大きなビジネスになったのか、っていう「陰謀論」の方が、私的には気になる今日この頃・・。



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by yomodalite | 2017-04-19 07:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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