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ユダヤの「生き延びる智慧」に学べ/石角完爾

著者は、京都大学在学中に、国家公務員上級試験、司法試験に合格し、同大学を首席で卒業後、通産省へ。その後ハーバート・ロースクールから、ペンシルバニア大学証券金融研究所研究員を経て、現在は、千代田国際経営法律事務所所長、国際弁護士として、アメリカ、ヨーロッパを中心にM&Aのサポートする著者は、50歳を過ぎてから、ユダヤ教に惹かれ改宗することを決意する。

他の宗教とは異なり、ユダヤ教への改宗は、信者になるというだけではなく、「ユダヤ人」になるということ。

日本人からユダヤ人になるのは、簡単なことではなく、宗教指導者であるラバイ(=ラビ)の元で何年も厳しい勉強をし、筆記試験や、口述試験を何度か受け、数々の儀式を行い、死後、自分の遺体を火葬しない誓約書を提出し、割礼手術を受ける。手術はラバイの立会いの元、病院で行ったものの、術後、2週間も出血と痛みがあった。また妻も改宗するという条件があり、冬の三浦海岸で、素っ裸になって海に浸かる儀式を経て、あらためてユダヤ式の結婚式を挙げた。(「はじめに」より)


これほど優秀なひとが「簡単なことではない」というユダヤ教について、冒頭から学ぶ気が失せるようなことが書かれているうえに、「浮かれる日本への警鐘」というサブタイトルどおり、耳の痛いことが満載の本書なのですが、

「第4章・生き延びるためのヒントはユダヤの教えに」から、

「なぜリベラルアーツ教育は日本に根づかなかったのか」を引用します。


あるボーディングスクールを訪ねたとき、こんな標語の書かれたポスターが貼ってあるのを目にした。

A bill of rights is what the people are entitled to against every government on earth.
地球上のあらゆる政府に対して抵抗する人民の権利こそが基本的人権である

これは、アメリカ合衆国第三代大統領であり、アメリカ独立宣言の主要な起草者であるトーマス・ジェファーソンの言葉(*)である。
 
ボーディングスクールとは、リベラルアーツ教育を行うところだ。日本では「リベラルアーツ=一般教養」などと誤った訳が与えられているが、とんでもなく馬鹿げた間違いである。今の日本には、そもそもリベラルアーツの概念すら存在しない。
 
リベラルアーツとは何か?それはギリシャ・ローマ時代に理念的な源流を持つ、人が身につけるべき実践的な知識・学問のことだ。原義は「人を自由にする学問」であり、それを学ぶことで人は初めて非奴隷たる自由人になれた。
 
時代は下って、アメリカで発達した現代のリベラルアーツ教育は、人文科学、社会科学、自然科学に加え、物の考え方に重点を置いた教育が行われる。全寮制による少人数教育であることも特徴だ。
 
と、ここまでの説明は辞書的な一般論である。私なりの解釈をいえば、リベラルアーツ教育とは、冒頭の標語に書かれていたように、政府に抵抗し、政府を倒すための戦略的思考を教える教育である。政府に抵抗する人民のために銃を持つことが権利であると同じように、政府に対抗するための学問を修めることも人民の最も重要な権利なのだ。
 
だからこそダグラス・マッカーサー元帥は、第二次世界大戦後、日本からリベラルアーツ教育を奪い去ったのである。そんなものが日本にあると世界にとって危険だからだ。だからこそ豊臣秀吉は刀狩りをやったのだ。そんなものがあると秀吉の支配に危険だったからだ。同じことである。
 
マッカーサーは日本をアメリカのいいなりになる羊ばかりの国にするために、リベラルアーツの欠如した教育制度をつくった。6・3・3・4という日本の教育制度からは、リベラルアーツを修める機会がすっぽり抜け落ちていることに日本人は気づかなかった。その挙句、どうなったか? 日本には受験教育と就職戦争だけが残った。一つでも上のランクの大学に入ろう。早く大学に入って就職活動をしよう。そういう若者ばかりを育てた。結果として、戦略的思考ができる人間は日本からはほとんど生まれなくなった。
 
これこそはアメリカの思う壷であった。”愚かな国、日本” を収奪の対象とすることが戦後70年にわたって行われてきた。日本の国富という国富はすべてアメリカに吸い上げられた。その結果が今の日本の体たらくである。
 
経営学の巨人、ピーター・ドラッカーはいっている。
 
「マネジメントはリベラルアーツである」
 
ドラッカーのいうマネジメントには、企業のマネジメントはもちろんのこと、国家のマネジメントも含まれる。
 
先に挙げたトーマス・ジェファーソンの言葉を紹介したポスターは、ケンタッキー州のレキシントンにあるトランシルヴァニア大学のキャンパスに貼られていたものだ。トランシルヴァニア大学は小さなリベラルアーツ・カレッジである。その大学の標語が「単なるリーダーになるな、パイオニアになれ」といっているのだ。
 
パイオニアとは、いうまでもなくある分野の開拓者、つまり人がやっていないことを、先頭に立って切り開く者という意味である。これぞまさに、今の日本に最も求められている起業家のことではないか。リベラルアーツ教育はパイオニア精神を叩き込む教育なのだ。日本人は政府に反抗したり、政府を倒そうとしたりしない羊のような人間の集合である。それはアメリカによってつくられた現実だったが、結果的には政治家や官僚にとっても、都合の良い状態なのだろう。
 
マッカーサーの「謀略」以前に立ち戻って、日本人はリベラルアーツ教育の必要性を議論するべき時である。

(引用終了)



(*)イギリスに統治されていた13の植民地が独立したことを宣言した、アメリカの独立宣言は、トーマス・ジェファーソンが起草し、1776年7月4日に大陸会議によって採択された(この頃、日本は鎖国中の江戸時代)。基本的人権と革命権に関する前文、国王の暴政と本国(=イギリス)議会・本国人への苦情に関する28ヶ条の本文、そして独立を宣言する結語の3部から成り、中でも、「全ての人間は平等に造られている」と唱え、不可侵・不可譲の自然権として「生命、自由、幸福の追求」の権利を掲げた前文は、アメリカ独立革命の理論的根拠を要約し、後の思想にも大きな影響を与えた。

ちなみに、

マイケルが、オックスフォード・スピーチで「子どもたちの権利」について話す前に、ジェファーソンを登場させているのも、それが米英の基本的人権の土台になっているからですね。

(下記はスピーチの該当部分)

みなさんご存じのように、イギリスとアメリカは、第3代大統領トーマス・ジェファーソンが起草した独立宣言の「奪うことのできない権利」(生命・自由・幸福の追求)をめぐり争っていました。2カ国がジェファーソン大統領の主張をめぐり争う中、子どもたちにも「奪うことのできない権利」があるということは論議されなかったのです。

これらの権利が徐々にむしばまれていけば、世界中の子ども たちの多くが、幸福や安全を享受できなくなります。そこで、すべての家庭に児童権利法案が取り入れられることを強く望みます。 条項を挙げると、

・愛される権利。自ら求めずとも。
   
・守られる権利。どんなことがあっても。
   
・かけがえのない存在だと感じられる権利。何も持たずにこの世に生を受けようとも。
   
・話を聞いてもらえる権利。大人にはおもしろくない話でも。
   
・寝る前に読み聞かせをしてもらえる権利。夕方のニュースや、『イースト・エンダー』(イギリスの家族ドラマ)に時間を取られることなく。
   
・教育を受ける権利。学校で銃弾におびえることなく。
   
・かわいがられる対象となる権利 (たとえ平凡な外見だとしても)。

どの人も、自分が愛される対象であると実感することが、認識の土台、つまり意識のはじまりなのです。髪の色が赤か茶色かを知る以 前に、肌の色が黒か白かを知る以前に、どんな宗教に属しているかを知る以前に、自分が愛されていることを実感できなくてはならな いのです。




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by yomodalite | 2015-07-05 20:00 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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