タグ:ツタンカーメン ( 4 ) タグの人気記事

f0134963_23105069.jpg



同じ世界観の中で複数の作品を展開させて、本来作品の異なるキャラクターが共演したり、ストーリーがリンクし合ったりする映画企画を「ユニバース」と言って、米映画で大流行していますが、

ユニバーサル・スタジオがスタートさせた、往年のクラシック・モンスターホラー映画を現代版にリブートするという「ダーク・ユニバース(Dark Universe)」の第1作目が『ザ・マミー 呪われた砂漠の王女』(原題The Mummy)。

エジプト、ファラオ、十字軍、死者の書、宝剣・・など、マイケルが好きそうな要素がいっぱい詰まっているうえに、「Hollywood Tonight」のMVにも登場した超魅力的なダンサー、ソフィア・ブテラも出演!


プテラが演じているのは、ファラオの息子に女王の座を奪われた謎の王女で、生きたままミイラにされた彼女が蘇って・・・というのも、なんだかマイケルのツタンカーメン好きに通じてそう。

聖書の民は、ミトコンドリア・イブが黒人だという説が有力であっても、世界文明の源流であるエジプト人が、アフリカ系だとは絶対に認めたがらないのですが、マイケルがツタンカーメンにすごく興味があったのも、聖書以前の歴史に興味があったからで・・・

と、まあ、そんなことばっかり想像して、大量のネズミが登場するシーンでも、映画『BEN』を思い出すというMJ中毒症状を抱えながら鑑賞していたんですが、映画の展開がさっぱり「母」に行かなくて・・・「The Mummy」ってタイトルは何だったんだろうと帰ってきてから調べてみたら、

マミー(Mummy)って、ミイラのことなんですね。

米国でミイラとママが同じ呼び方をされている(スペルも同じ)理由については、色々調べてみても、納得がいかなかったのですが、映画自体は普通にスリラーとして楽しめるというか、トム・クルーズと、ラッセル・クロウがつまらない脚本の映画に出演するわけがない。という保険がギリギリ効いていたという感じw

でも、せっかくユニバースなのに、この脚本だとソフィア・ブテラは今作限りっぽくて残念!


f0134963_23135773.jpg



f0134963_23143459.jpg



f0134963_23150348.jpg




[PR]
by yomodalite | 2017-08-03 00:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(4)

AEG裁判「タジの証言」

f0134963_18445462.jpg
(こちらは、証言時のタジとは時代が異なる写真です)


この記事をお読みになる前に、こちらの「長いまえがき」も、お読みくださいませ。


AEG裁判でのタジの証言を抜粋して紹介します。

私はネットの傍聴スクリプトを信頼すべきではないと思っています。有志による傍聴は、裁判が始まる前から、被告を批判か、擁護か、態度がはっきりしている方ばかりなので、公平性に疑いがあるからです。

ただし、ここで紹介するタジの証言は、被告を批難する内容ではなく、MJについて語っているだけなので、取りあげた「メモ」についても、より詳しくわかると思ったので記録しておきます。

引用元のスクリプトから省略した部分は、

彼とMJとの関係、どの程度MJと一緒にいたか、「3T」や「キャプテンEO」の説明、映画『ムーンウォーカー』のセットにいたときのこと、タジが制作したゾンビ映画「Code Z」についてなど、その他、裁判上のクドい部分や、質問に対しての審議、彼が「メモ」を入手した経緯など、数多くの質問を省略していることをご了承ください。

◎SOURCE(某所で問題が指摘されたサイトのようですが、その某所よりも問題があるのかどうかなど、私にはさっぱりわかりません。

引用部分は、上記をかなり下までスクロールしないと出てきませんが、和訳の気になる点や誤記は、遠慮なくお知らせくださいませ。英文併記はポリシーなんですが、今回は転載は避けるべきだと判断しました。

(引用開始)

☆質問者は、ジャクソン家側の弁護士で、答えているのが、MJの甥タジ・ジャクソン


Q. あなたが成長していく間、ふたり(MJとタジ)は、音楽や映画について多くを語り合ってきたのですか?

A. はい。前にも言いましたが、それが僕らの絆でした。映画やフィルムに対して抱いている熱い想いを共有しあってきたのです。

Q. 映画やフィルムに対する愛情を、どれぐらい前から共有してきたのですか?

A. 僕がこどもの頃からです。僕らはよく古い映画を観て分析したものです。彼は独特の鑑賞法をもっていました。初めは音響をオフにして ーー 音は視覚の邪魔になりますからね。観終ったら今度は音を出してもう1度観るんです。

彼は何か理由があったのでしょうけれど、いつも『レイダース/失われたアーク』のインディ(ジョーンズ)が砂袋と黄金の像を差し替えるシーンの話をしていました。

とにかく、彼はいつでも本を読んで何かを学んでいました。映画製作や監督業についても多くの本を買っていましたね。それらを隅から隅まで読んでいて、僕にテストしたものです。僕らはいい映画製作の本を見つけたら、僕らふたりのために2冊買うというちょっとした誓いをたてていました。僕がいい本を手に入れたら、もう一冊を彼に送って、あとからその本に関するクイズをお互いに出し合うんです。

Q. その過程で、あなたは映画のシナリオを書けるようになれと言われたのですか。

A. はい。

Q. 失礼。シナリオでなくて、曲を書く方でしたね。

A. シナリオと、曲。両方です。

Q. 両方?

A. はい。

Q. 彼はどちらにも情熱をもっていたのですか。

A. どちらにもです。

Q. 彼が特定の映画学の教授を雇ったり、クラスを受講していたかご存知ですか?

A. ヴェガスにいた頃、僕は叔父に教えていた南カリフォルニア大学の教授に出くわしたことがありました。彼は自分同様、子供たちにも映画製作に関する専門知識を学ばせていたのです。

Q. あなた方は映画製作の計画として、具体的にはどんなものを検討していましたか?

A. 「ツタンカーメン王」や、「Chicago Seven」と呼んでいた映画がありました。それから、「透明人間」をリメイクする話も出ました。叔父は私に原作本を渡して、映画の脚本にするようにも言いました。

Q. あなたの叔父はツタンカーメンに興味をもっていたのですか?

A. 彼はツタンカーメンが大好きでした。エジプトもその文化も。一緒に本屋へ行くと、それらについて目につくものすべてを・・・ファラオや王家の墓、ツタンカーメンに関するあらゆる本を何でも買おうとするのは、よく知られていることです。

Q. 彼がなにかツタンカーメンの映画の特別な準備をしていたのを知っていますか?

A. 彼の家へ行ったとき、映画版「ツタンカーメン」の絵コンテやシーンの模型、その映画に関する様々なメモを見ました。

Q. 彼と一緒にスリラーの3Dバージョンの制作に関して話したことはありますか?

A. ええ。彼は"Thriller 3D"をとても楽しみにしていました。

Q. 「3Dスリラー」の準備のために、何かふたりでしたことはありますか?

A. 彼は僕に3Dの技術を学んでほしいと思っていました。アバターが公開され、3Dというものが再び人々を熱狂させる前のことです。「キャプテンEO」が3Dで製作されていたこともあって、彼は3Dがずっとお気に入りでした。

ヴェガスで、彼と彼の子供たちと一緒に3Dショーを見に行きました。海を舞台にした… なにか海に関する作品でしたが、彼はテクノロジーが本当に好きで、再びみんなをあっと言わせることがしたかったのです。

Q. それで、彼はあなたに3Dを研究するよう頼んだのですね?

A. 勉強して、知識を身につけ、それの達人になることを。

(中略)

Q. 映画を作るという彼の計画や構想について、あなたと彼は議論しましたか。

A. はい、彼はよく話していました。「THIS IS IT」のすぐ後になりそうだと思っていました。

Q. わかりました。今度は、メモや文書を作成するという、あなたの叔父上の習慣についてお話を伺います。

A. いいですよ。

Q. まず教えていただけるでしょうか。ネバーランドでも他の場所でも良いのですが、彼が仕事をしているときやツアーをしているとき、あなたはどれくらいの頻度で彼と一緒に過ごしましたか。思い返してみてください。

A. 難しい質問ですね。生まれてこのかた、何週間も続けて叔父と過ごすことがしばしばありました。家にいるときもいないときも。ツアー先に行くこともありましたから。

Q. では、子供の頃は一度に何週間も彼と一緒ということがあったのですね。

A. そうです。

Q. わかりました。ツアー中ですか、ホテルでですか、それともレコーディングをしているときですか?

A. いずれの場合もありました。

Q. あなた自身は、一番長いときでどれくらいネバーランドで過ごしましたか。

A. ネバーランドに住んでいたんです。私だけ、家族とは別に。一年くらいでしょうか。

Q. わかりました。その間、あなたは彼と一緒の時もあったということですね。

A. はい。たいていの時間を叔父と過ごしました。。

Q. 一緒にいるとき、人生の計画を立てたり目標を達成するために、何かを書いてそれを利用するという彼の習慣を目にすることはありましたか。

A. はい。しかし、それは一緒に住んでいたときだけでなく、私がずっと目にしていたことです。

Q. 彼はあなたに、同じような習慣を身につけさせようとしましたか。

A. しました。しかし、私自身が望んだことでもあります。その習慣が役に立っているのを目にして、自分もやってみたくなった。そういうことです。

Q. それで、あなたはそれを学びましたか?

A. はい。

Q. あなたは今も、彼のやり方や習慣を使いますか?

A. もちろんです。

Q. あなた自身の生活で?

A. ええ。今もそうです。

Q. あなたが一緒に過ごしたり、暮らしていたとき、いろいろなプロジェクトに関して彼と働く機会がありましたか?

A. はい。

Q. 彼と共同でプロジェクトに関わることがあったのですね。

A. はい。

Q. 彼が参加する会議にあなたも出席して意見を言ったことは?

A. あったと思います。

Q. それらの会議は、対面でしたか。それとも電話での会議ですか。

A. 主に電話によるものです。叔父はたいていの場合、電話での会議を好みました。私にとっては、彼が受話器に向かって話すのを見る機会になりました。ビジネスの進め方などを学ぶことが、私にとってが大事だと叔父は考えていました。それでたいていは電話での会議になり、私はそれを観察していたのです。

Q. 大体でいいのですが、今までに何回くらい、叔父様の電話会議に参加してきましたか。

A. 今までに、ですか。

Q. そうです。思い出してみてください。

A. 100回以上でしょうか。

Q. わかりました。それでは、実際の会議はどうでしょう。対面での会議にも出席なさってるんですね。

A. たぶん、20回くらいでしょうか。適切な回答とは言えないかもしてませんが、それぐらいですね

Q. そういった会議のための準備とか、ブレーンストーミンングを手伝ったことはありますか。

A. はい。

Q. どれくらい多くそれを行なったと言えますか。

A. それが映画や映像についての会議なら、多くの会議に、大抵の会議に出席しています。

Q. あなたが見たところ、文書やメモについて、彼が教えたことは、自分で開発したやりかたかどうかは別にして、なにかシステムに基づいていましたか?

A. はい、それは確かです。そのようなことに関して、叔父はとてもシステムに基づいたやり方をするんです。

Q. そして、彼はあなたにそのシステムを教えたと?

A. 教えてくれました。でも、自分で感心したり、観察して覚えたところもあります。

Q. そういうものがあれば私たちも人生において成功することができると思うのですが、彼の分類の仕方やシステムの作り方を表しているような証拠を提出してくれましたか。

A. そうですね。何かのお役に立つならと。はい、出しました。

(AEG陣営から意義がとなえられるが、裁判官から認められる)

Q. まず最初に尋ねたいのですが、あなたが目にした、あるいは教わった、そのシステムにおいて、叔父様は創作のヒントを得るための法則があると信じ、それを実行していたのですか。

A. 彼にはある、信念によるシステムがありました。それは何のためかというと…それはつまり…あまり詳しく言いたくないのですが、つまり…

Q. 我々は、あなたから秘密を聞き出そうとは思いませんよ。

A. いえ、それは秘密と言うわけではありません。基本的に、今では誰でも知っている『ザ・シークレット』という本にある考え方というか、『引き寄せの法則』です。つまり「思ったことを信じることが実現につながる」ということです。(*1)

Q. わかりました。

A. 「思考の現実化」、それはまさに叔父そのものでした。彼は人生で成し遂げたいことや達成したいゴールを絶えず書き出していました。

Q. 彼はなにかあなたに見せましたか?

A. 僕の目の前でもよく書いていましたが、彼のそういったものを直接見たのは、子供の頃スリラーについてのものです。彼は自分の鏡に書いていました。「史上最高売上を誇るアルバム」と。

A. 確かにそれは現実になりました。でも、彼が書いたときはまだ現実ではなかった。そんなことを考えているのは彼だけだったのです。そういうことに関して、叔父の能力はすごかった。彼の頭に浮かんだことは、たいがい現実になったのですから。

Q. あなたは、彼が鏡に言葉を書いたとおっしゃいましたね。そのような「引き寄せの法則」に基づいたメモを、叔父様はどんなところに書いていましたか。

A. 基本的には、紙があるところならどこにでも。メモを多く見れば見るほど、実現に近づくと考えていたので。

Q. どんな紙でもいいのですか。

A. 私が目にしてきたところでは、書ければ何でも良かったようです。文字が消えないものなら。それらを「引き寄せの法則」として、基本的に彼は自分のゴールや成し遂げたかったことを、書けるとこならどこにでも書いていました。目にする機会が増えるほど現実になりやすいからです。

自分に宛てて書かれたもので、情感のこもった大事なものは、記念にとっておいたり、「この時これをした」と彼が忘れたくない記憶をとどめてくれるようなものも、保管していましたね。

私が目にして、そして今も実践しているのは、To Doリストのようなものです。たとえば、彼がミーティングを行うとなったら、電話か対面かにかかわらず、そのミーティングで彼が相手に理解してほしいテーマやポイントを書いておくのです。

引き寄せの法則に関わらず、彼はそれが自分や創作に関わることなら、書くよりも前にやっていました。でも「何と何とが必要、今すぐ」的なものは、いわゆるTo Doリストにしていました。

Q. 他の人に向けてですか?

A. 他の人に向けてです。

Q. 彼のためにやって欲しいことを、ですか?

A. そうです。何故なら彼は、自分で出来る事は、すみやかに実行するからです。

Q. それでは、このメモを書く習慣をあなたは、子供から大人になるまでずっと見ていたのですね。間違えありませんか。

A. はい。

Q. このような書き付けやメモを叔父様が書くのを、何回くらい目にしたかわかれば、教えていただけますか。

A. 数え切れないほどです。

Q. それで、あなたがネバーランドに一年間住んでいる間、叔父様と一緒のときでもそうでないときでもいいのですが、この手のメモを目にすることがありましたか。

A. はい。

Q. あなたが叔父様の所有物の管理をしている間も、この手のメモを目にする機会があったのですね。

A. はい。

(審議による中断 → 続行)

Q. ジャクソンさん。叔父様(MJ)が亡くなった後、キャロルウッドの家に行ったことがありますか。

A. はい。

Q. どうして行かれたのですか。

A. それは・・・叔父の所持品のいくつかを集めておくためです。

Q. どうしてそのようなことを?

A. 私のいとこ(MJの子どもたち)のためにとっておいてやりたいと思ったのです。私の母が亡くなったとき、母の家にあった、本来なら自分たちのものをずいぶん失いました。

Q. どうしてですか。

A. 倉庫から出して、そしてヴェガスでオークションにかけたのです。母の持っていたものはすべてオークションで落とされたのです。そんなことがいとこ達の身に起こって欲しくありません。

Q. それはつらい経験でしたか。

A. 身を切られるように。

Q. いとこたちのために物を持ち出したと?

A. はい。いとこ達のためでした。自分たちが味わったつらさを味わわせたくなかったんです。

Q. その作業の中で、叔父様の寝室にあった書類入りの箱も持ってきたのですか。

A. はい。

Q. それらの書類はあなたが作ったものですか?

A. はい。

Q. あなたが宣誓証言をしたときに両方の弁護士(訴訟代理人)にあてて作ったのですか。

A. そうです。

(中略)

Q. 『This Is It』が終わったところで、彼は映画製作を目指すつもりだったのですね。

A. 『This Is It』が終わったところで、少なくとも優先順位を移そうとしていたと思います。最優先事項を映画へと。

Q. その時点で、あなたは映画製作に彼と共同で取り組むつもりだったのですね。

A. おそらく、プリンスをはじめとする彼の子供たちも一緒でした。子供たちも映画にかかわることになっていたはずです。

Q. その映画に備えるために3Dを勉強するようにと、彼はあなたに言ったのですね。

A. できるだけ3Dのことを学んでおくようにといいました。おじは新しく作る映画はすべて3Dでやりたかったのだと思います。それで、私に技術的なことを学び、3Dについてあらゆることを知っておいてほしかったのです。


Q. 『Leg Diamond』や『Smooth Criminal』の映画を作ることについてもあなたに話していましたか。



A. はっきりとお答えできません。なぜかというと『Leg Diamond』について、私はあまり知らないので。『Smooth Criminal』の映画については「Chicago Seven」みたいな感じになるようでしたが、いずれにしても私にはよくわからないのです。「Chicago Seven」はギャングの映画で『Smooth Criminal』のような作品になっただろうとは思うのですが、実際どんなものかは… 過去に一度も具体的な話になったことがなくて、単なる話、思いつきだけだったんです。

Q. わかりました。あと、あなたは今日ツタンカーメン王の映画のことを話してらっしゃいましたね。あなたとおじ様と彼の子供たちが、映画製作にかかわる予定だったのですね。

A. はい。それ以外に、もっと力のある人たちも参加していたでしょうが、たしかに私たちは参加する予定でした。

Q. しかし、計画では、あなたとマイケルが共同で監督するということでしたね。

A. はい、話に出た映画全部かどうかはわかりませんが、少なくともツタンカーメン王の映画に関しては、共同監督という形をとるつもりでした。

Q. そして、おじ様は、ロンドンでの 『This Is It』の公演が終わったら、一緒に映画をやろうとあなたに言ったのですね。

A. 叔父が最後に私に言ったのは、「これが終わったら、僕たちは映画をやるよ」でした。だから、私は一緒にやるのだと理解したのです。

Q. その言葉を聞いたのは、あなたのおじいさま達が、5月に結婚60周年の記念パーティーをやったときですね。

A. そう、その時です。

Q. その時すでにマイケルとあなたは、ワン・ツー・ジャクソンというユニットを組んで映画を作る計画を練っていたのですね。

A. はい。

Q. ワンがマイケルで、あなたがツー?

A. そうです。2番手という意味ですけどね。私がツーです。

Q. 彼はあなたに、3D版スリラーや「Chicago Seven」を作るために、あなたよりもケニー・オルテガと組むというような話をしましたか。

A. それは、私でもそうします。叔父もそうしていたでしょう。私の知るところでは、叔父はある時点で、他の映画のためにピーター・ジャクソン(*2)と組もうとしていました。私だけが特別扱いされていたわけではないのです。叔父はいつも誰かと組んでやることを考えていました。ヴェガスでの3D版スリラーについては、具体的にどうするかを私に話してくれ、同時に3Dについて勉強するように言ったのです。私は3Dの知識を身につけてそのプロジェクトに参加することになっていたと思います。

Q. その時点で、3D版スリラーに関してはおじ様はヴェガスでどんなことをしていたのでしょうか。

A. 彼は企画書をもっていて、それと模型がありました。オリジナルのスリラーの良さを損なわず今の時代に合わせるとどうなるかを示すものです。他には… 動画のような物はなかったと思います。

Q. つまり、彼はまだいかなる映像もとっていなかったと?

A. 私の知るかぎりでは。


(引用終了:July 11th 2013 Transcripts of Taj Jackson)


(*1)ロンダ・ハーン著『The Secret』のこと。また著者に影響を与えたのは『The Science of Getting Rich』(『富を「引き寄せる」科学的法則』)』だと言われている。

そして、さらに、その本の元になったのは、ウィリアム・ウォーカー・アトキンソンのThought Vibration or the Law of Attraction in the Thought World(1906)(『引寄せの法則』)だと思います。

◎[Wikipedia]ザ・シークレット

(*2)ピーター・ジャクソンについては[Note 4]のメモに名前がありましたね。



タジが制作したゾンビ映画「Code Z」予告編



AEG裁判に関しては、これで終了。

ツタンカーメンをテーマにした、MJミュージカル、また[No.5]では、メモの最後で「オマーン」を強調していることについて再度言及と書きましたが、それについても、またなにかの機会にということで!(ふぅーー)


[PR]
by yomodalite | 2013-11-08 20:10 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(7)
f0134963_9422719.jpg

AEG裁判の中であらわれたMJのメモの続きです。手書き文字の解読、和訳に関して、その他様々なご意見をお待ちしております。

[Note 5]

Jack the giant Killer
SINBAD = OMAN
AEG →
Demand Development
of these Movies

Aladin Cameron ← start now franchise
3D Film
2 hour movie !

SINBAD'S Seventh Voyage

101 Nights part 2
alibaba
alibaba and 40 thieves
like Indiana Jones [解読不明]
Mysterious Island(メモでは Isla までですが...)
Legs Diamond
Tut
More than Human
Cab Callaway[解読不明]
20,000 leagues under the The Sea(メモでは Under までですが...)
AEG Develop Now


Source : http://www.mjjcommunity.com/

◎とりあえずの和訳

巨人退治のジャック(*1)
シンドバッド = オマーン(*2)
AEG → これらの映画の展開を要求(*3)

ジェームズ・キャメロン監督の『アラジン』←今すぐフランチャイズを開始(*4)
3Dフィルム、2時間の映画 
シンドバッド七回目の航海(*5)

百一夜物語 パート2(*6)
アリババ
アリババと四十人の盗賊 インディージョーンズの洞窟のような(*7)
神秘の島(*8)
暗黒街の帝王レッグス・ダイヤモンド(*9)
ツタンカーメン(*10)
人間以上(*11)
キャブ・キャロウェイ(*12)
海底二万里 (『海底二万マイル』)(*13)
AEG(と共同で)進展させる 今すぐ


(*1)
イギリス民話「巨人退治のジャック」。2013年に同じくイギリスの童話「ジャックと豆の木」と「巨人退治のジャック」をベースにした、ブライアン・シンガー監督の『ジャックと天空の巨人』(Jack the Giant Slayer)が公開になっているのですが、『ジャックと天空の巨人』のWikipediaによれば、この映画は、ニューラインシネマによって、2009年1月、ジャックと豆の木伝説のアダルト・ルックとして制作が予告され、当初は『Jack the Giant Killer』というタイトルで制作が進んでいました。

MJのメモは、AEGと『TII』打合せ中のものであるのはほぼ確実なので、最終的にシンガーが監督することになった、ニューラインシネマ作品へのアプローチなのかもしれません。エンターテイメント業界内では、一般に予告されるよりもずっと前に、制作予定の情報を知ることができたはずですから。

同時期に、メモと同じタイトル『Jack the Giant Killer』(邦題『空飛ぶ城と天空の王国』監督マーク・アトキンス)という作品も制作されていますが、こちらは『ジャックと天空の巨人』が、完成前の予告で『~Killer』として宣伝されていたという混乱に便乗したもの(どちらも、日本でDVD発売がありますが、私はいずれも見ていません)らしいです。

f0134963_22572216.jpg


◎[Wikipedia]ジャックと天空の巨人

動画のタイトルは『Jack the Giant Killer』ですが、
内容は『Jack the Giant Slayer』の予告編



(*2)
千夜一夜物語(アラビアンナイト)の「船乗りシンドバッドの物語」のシンドバッド(シンバッド)が航海に乗り出した地が、オマーンだと言われています。ただし、これらが欧米に伝わり、創作されていった物語はオマーンの地に意味があるストーリーではなく、そもそも、千夜一夜物語のころ、オマーンという国名はありません。

それでは、なぜMJは「オマーン」を強調しているのか?という疑問を考えているうちに、ふと思いついた「妄想」に関しては、メモの最後の方で再度言及したいと思います。

(*3)
AEGと、この2つの映画にアプローチしていく。ということだと思いますが、これが、MJ主導、MJミュージカルとしての映画制作なのか、あるいは、ビジネスとしての共同出資のようなことなのかは不明。

(*4)
キャメロン監督の『アラジン』に対して、フランチャイズを今すぐ開始。という記述からは、キャメロン作品の販売権、占有権といったことも考えられますが、このメモが、2008〜2009年頃だとすれば、キャメロンが、2011年にフュージョン3Dカメラ共同開発者であるビンス・ペイスと共同で設立した3Dの新会社(キャメロン・ペイス・グループ。当時は設立準備中だったと思われる)への参加といったことかもしれません。

3Dの新会社で創る2時間映画!ここで初めて「2時間映画」を強調しているので、
これは、一般的な映画館で上映される映画を想定しているようです。

ここから下も、作品名が並んでいます。
キャメロンとの「3D映画」に相応しい作品を列挙しているのでしょうか。


(*5)
シンドバッド七回目の航海/1958年に創られた、特撮の名匠レイ・ハリーハウゼンによる、シンドバッド3部作と言われる最初の作品。

(*6)
百一夜物語 パート2/千夜一夜物語と同じシェヘラザードをヒロインにもつアラビア語の18話からなる物語群。パート2は、第2話という意味なのか、あるいは1995年、アニエス・ヴァルダ監督・脚本のコメディ映画「One hundred and One Nights」のPart 2(続編またはリメイク)なのか不明。

(*7)
アリババと40人の盗賊(インディージョーンズの洞窟の穴のような)/シンドバッド、アリババ、神秘の島、アラジン… 冒険物語の典型的なスタイルをもった作品が目立つ。ディズニーがアニメーションにしていった作品群とも重なる。

(*8)
神秘の島/ジュール・ベルヌの冒険小説。同じネモ船長が登場する「海底二万里」『グラント船長の子供たち』『神秘の島』を合わせて3部作とすることがある。1960年に創られた特撮の名匠レイ・ハリーハウゼンの映画でも有名。

(*9)
暗黒街の帝王 レッグス・ダイヤモンド(The Rise and Fall of Legs Diamond)/ニューヨークの暗黒街を舞台に、その帝王といわれた男の浮き沈みを描くギャング映画。



(*10)
ツタンカーメン/MJのツタンカーメン好きは、聖書以前の歴史への興味も大きいのだと思いますが、ツタンカーメンには、名作と言われる小説や映画も少ない。自分のミュージカルの重要なモチーフと考え、エジプトの若き王として興味が尽きないのは、そういったこともあるのかも。

(*11)
人間以上/SF作家・シオドア・スタージョンの代表作。白痴の少年が、念力が使える少女、テレポーテーションが出来る黒人の双子、天才的な頭脳をもつ赤ん坊と出会う。。人類の進化をテーマにした作品。

(*12)
キャブ・キャロウェイ/高級ナイトクラブ「コットン・クラブ」の専属となり、1930年代初頭から1940年代後半アフリカ系アメリカ人として最大の人気を博したジャズ・シンガー。長い上着、金メッキの鎖、だぶだぶで、裾が先細りになったズボンといったファッションが特徴。




(*13)
海底二万里 (海底二万マイル)/前述の「神秘の島」と同じくジュール・ベルヌの冒険小説。何度か映画化されていますが、ウォルト・ディズニーの作品が有名で、東京ディズニー・シーのアトラクションにもなっている。

AEG trial で提出されたMJメモは、何かと映画についての内容が多いのですが、それは、キャサママ側の証言から提出されたものだから。ということも大きな理由だと思います。AEG側が、同じ戦法でメモを集めたとすれば、MJがステージのあれこれに細かな指示をしているものも、多くあったのではないでしょうか。


[PR]
by yomodalite | 2013-10-15 10:08 | ☆マイケルの言葉 | Trackback | Comments(3)
f0134963_1455148.jpg

最近、評決を終えたAEGの裁判の中で登場したMJのメモを記録しておきたいと思います。

メモの解読も、和訳もわからない部分が多くあり、MJの手書き文字にも慣れていないので、いろいろとご意見を頂けると幸いです。

Source : http://www.mjjcommunity.com/

The following are Michael's handwritten notes previously mentioned by Taj Jackson. Currently there's an AEG motion stating that Jacksons want to use these notes during their closing statements and AEG is arguing these notes are hearsay and should not be allowed to be used. Some notes were added as exhibits to the motion.

「以下は、以前タジ・ジャクソンがふれていた、マイケルの手書きメモである。目下、AGEの申し立てによると、ジャクソン家側はこれらのメモを最終弁論で使うことを望んでいるが、AEGとしては(当時書かれたものかどうかは)伝聞に過ぎず、法廷で使われるべきではないと反論しているとのことである。メモのいくつかは、最終弁論に証拠として添えられた」

下記の英文は、MJJCが読み解いたものを基本に私の読解を加え日本語訳と解釈を加えたものです。

[Note 1]

(*1)レターヘッドの左上に「Angelikson Productions」
右上は、www.angeliksonproductions.com/ のように見える。


No AEG unless films are involved
Develop for[不明]
2 a year for 6 years
a movie a year for next 5 years

Meeting Peter Lopez (*2)
Simon Fuller (*3) AEG NOW
Call Fuller myself

MJ Musical NOW
Manager (*4) Script
Should be in TUT(*5)
and Musical
and Family[不明](*6)

boxed in note :
call Turkle,
Marcel Marceau
Marcell Marceau Interview
get [不明]


(*1)
12種類のメモの中で、これだけレターヘッドが写っています。サイトは現在は存在していないようですが、この会社はアルバム『Michael』で、Eddie "Angelikson" Cascioと表記されている、エディー・カシオ(カシオトラックでお馴染みの)が、2005年にフランクリン・レイクで創立した会社で、MJのスリラー25周年記念版の「For All Time」には、ADDITIONAL KEYBOARDSのクレジットとして「Angelikson Production」が使われています。

(*2)
Peter Lopez/Raymone Bainの後、MJのエンターテイメント弁護士になった人物。2010年に自宅で銃殺死体で発見され、自殺と断定されるものの、マイケルの死後、その不審な死について証拠を手に入れるという声明を出していた(レオナルド・ロウ著『マイケルに起きた真実』による)ことから、その死に疑問をもつ人も多かった。

(*3)
Simon Fuller/英国のTVプロデューサー兼、アーティストマネージャー。米国の「アメリカン・アイドル」など、世界各国で成功したTV番組の生みの親で、ジェニファー・ロペス、スパイスガールズ、ベッカム&ヴィクトリア夫妻、スティーブン・タイラーのマネージメントを手がける。

(*4)
manager 以外の読み方を、一応考えてみましたが、、
MMAger、Mmager、MMager、Mmasem、Mmagir … など候補と言えるものは発見できず。

(*5)
TUTには「ちぇっ! 」とか、舌打ち。という意味や、Tut-ankh-amen(ツタンカーメン)を指しているとも考えられますが、Should be in ~ でしっくり来ないような気がして、私は最初「Totally Unique Thoughts」の略語だと解釈し、「まったく独自なものでなければ」というような意味かと思ったのですが[Note 5]にもほぼ同じスペルで「TUT」が登場し、こちらは文章の流れから考えてツタンカーメンだと考えられるので、こちらも「ツタンカーメン」が有力だと思いました。

(*6)
Musical 、Family 共に、前の文字を「and」にしているサイトがありましたが、wil?、、ドイツ語のvielは、英語のmuch…うーーん。。Family の後も、、Circle、Cultural … など、有力候補と言えるものは発見できず。

[追記]コメント欄でみっちさんからのご指摘。[Note 10]に同様の文字を発見したので、Musical、Familyの前は「and」にします。

◎とりあえずの「和訳」

映像(Film)が含まれないなら、AEGは「ない」
2年から6年で発展させる
今後5年のあいだ、1年に1本の映画(Movie)

Peter Lopez、Simon Fullerと、今すぐAEGで打合せ
Fullerには、ぼくから電話

現代のMJミュージカルとは
責任者、脚本も
ツタンカーメン王のようでなければ
ミュージカル
家族(?)

枠内:
タークル(メイクのKaren Fayeのこと)に、
マルセル・マルソーのことで電話
マルセル・マルソーにインタヴューを求める

◎とりあえずの「解釈」

[注意]このメモは、AEG側が主張するように、いつ書かれたものか不明ですし、MJとAEGが、最初に接触したのは『THIS IS IT』(以下『TII』)発表よりも数年前なのですが、下記は『TII』ミーティング中のものとして解釈しています。

MJが、復帰コンサートをすることも、そのプロモーターにAEGが選ばれたことについても、様々な憶測がありましたが、このメモには、MJ自身が最終的にAEGを選んだことと、また、その理由として、映画の計画があったことが示されていると思います。

冒頭は「映像」と訳しましたが、MJはメモ全体で、Movie、Filmという2種類の表現をしていて、Filmという場合、いわゆる2時間映画のことではないらしく、他のメモでも、MJは、AEGと映画(Movie&Film)について、

・ビジネスとしての商業映画への投資
・自分の映像(ライブやリハ映像など)
・MJミュージカル(脚本を必要とするもの)

の3種類について話しているように思われます。

映画への思いは『インヴィンシブル』以降、アルバム制作やステージよりも熱心に語られてはいたものの、実際にどのような映画を創りたかったのか、また、彼がどう映画に関わるのか、主演俳優としてなのか、監督なのか、プロデュースをしたいのかといった具体的なことは、なかなか見えなかったのですが、


MJミュージカルという表現からは、これまでのシングル曲のプロモーションで創ってきたヴィデオを、さらに発展させたようなものを創りたかったように思えますね。

絶頂期に創られた『ムーンウォーカー』の興行失敗を考えると、MJだけをフューチャーした映画の成功は、当時よりさらに困難に思えましたが、『TII』の爆発的なチケットの売上げで明らかになったように、彼のパフォーマンスを観たいという欲求は、世界的に高まっていた。ジャクソンズ時代に高い視聴率を上げていたTVショーを終了した理由も、人々にいつでも見られると思われることを避け、露出を制限するためでしたが、

常にゴシップ紙からは追われていたものの、彼のダンスを含めたパフォーマンスを見ることは、10年近く叶わなかった。そんなタイミングに、世界ツアーでなく、ロンドンでのみ数回行なわれるショーが評判になれば…

彼のパフォーマーとしての肉体的限界を考えれば、MJの映画制作にとって、最後のチャンスであり、また、そのタイミングも、彼は自ら測っていたのではないでしょうか。

数回のロンドン公演のあとは、映画で世界を周る。というのが、おそらく当時のMJの考えだったのでしょう。

MJミュージカルという表現の中に、ツタンカーメンが登場していることに関しては、様々な想像できますが、これについては、あとの機会に。


[PR]
by yomodalite | 2013-10-07 10:08 | ☆マイケルの言葉 | Trackback | Comments(4)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite