タグ:チャーリー・チャップリン ( 13 ) タグの人気記事

チャップリンとヒトラー――メディアとイメージの世界大戦

大野 裕之/岩波書店



(本書は、マイケルが実際に読んだ本ではありませんが、この著者と同様に、熱心なチャップリン研究者だったマイケルは、これと同様の内容を読んでいたと思われるので、「マイケルの愛読書」に分類しました。)

こちらは、「ヒストリー・ティーザー」に関する会話を、訳しているときに発見した本なのですが、これまで『独裁者』という映画に、あまり感動できなかった人、また、マイケルのチャップリンを尊敬する気持ちをより深く知りたい人に、超おすすめします!

「同じチョビ髭を持ちながら極めて対照的な生涯を歩んだ二人の天才は、わずか4日ちがいで生まれたという偶然性から、ともに芸術家を志したという共通点、あるいはショーペンハウアーの読者だったというトリヴィアに至るまで、話題には事欠かない。しかし、本書は二人の伝記ではない。本書は、チャップリンとヒトラーの〈闘い〉を描く。」(第1章「チャップリンの髭、ヒトラーの髭」より)

と、著者が語るこの本は、チャップリン研究家として、国際的にも活躍されている大野裕之氏が、今年(2015年)出版した本。

1974年生まれの著者は、脚本家・映画プロデューサー・演出家・作曲家・俳優・映画研究者・振付師・・と、まさにチャップリンを学んだことから、人生を歩まれているような方で、


ここ5年間、チャップリンとヒトラーとの闘いを追ってきました。チャップリン家の資料をひもとき、草稿や日誌,当時の新聞記事を読み込みました。チャップリンに対してのナチスからの度重なる妨害の記録を読んで心が重たくなり,一般人からの脅迫の手紙に心底恐怖を感じました。そんな中でも、「今こそヒトラーを笑い飛ばすべきだ」と信念を貫いたチャップリンから喜劇の役割というものを教わりました。 
この研究は本当に辛い作業でした。1万ページ以上ある資料と格闘するのが辛かったのではありません。ナチスの妨害だけでなく、母国のイギリスからも本国アメリカからも製作中止を求められ、会社の身内からも反対される。当時のアメリカはほぼ親ナチス国で、マスコミも手を替え品を替え妨害する… かたやナチスは戦争へと突き進んでいく。誰も味方になってくれない状態で、チャップリンはたった一人で闘い続ける。そんな最悪の状況を、生々しい資料で追いかけるのは本当に辛かったのです。どんな人でもあの状況では途中で製作をやめていると思いました。それゆえに、ついに1939年9月9日付けの制作日誌で、本日撮影開始、の文字を見たとき、資料庫で一人で手を叩いてしまいました。すごい!これはすごい!ほんまに撮影が始まったんや! 
チャップリンは、創造の秘密を明らかにしなかった秘密主義者でもありました。明らかにしなかった理由は想像つきます。とくに『独裁者』に関しては苦闘よりも死闘と呼ぶにふさわしい。語りたくもなかったのでしょう。でも、その闘いの様子を知ることは、現代社会に多くのことを教えてくれます。 資料の解析に時間をかけたことで、脱稿は遅れに遅れました。しかし、結果、戦後の70年の夏に出版することになったのは、偶然とはいえ、意味があったのかもしれません。
「メディア」という戦場で「イメージ」を武器に闘った二人の話は,過去のこととは思えないほど,21世紀の〈世界大戦〉を先取りしていて,今まさに現在進行形の話です。

読む前は、ヒトラーという、これまでメディアに散々描かれ、今も描かれ続けている人物をテーマにしていることも、また、『独裁者』という映画の批判にも称賛にも、ちょっぴり食傷気分を感じていた私ですが、読み始めてしばらくすると、この映画ができるまでの、本当に命がけの展開に目が離せなくなり、史実として知っていた事実に感情がともなわれ、著者が「今まさに現在進行形」だと言われることに大いに共感しました。

このブログを見てくださっている方なら、本書の副題、「メディアとイメージの世界大戦」を、『HIStory』や、マイケル・ジャクソン自身と重ねてみない人はいないでしょう。

マイケルが生涯尊敬して止まなかったチャップリンを、私たちが今知るために、大野氏が描いたこの本ほど素晴らしい本はないと思います。

エレノアや、ウィラが言っていた、

『意志の勝利』が作られた1934年から『独裁者』が作られた1940年のあいだに、とても多くのことが起こった。そして、1940年から第二次世界大戦の終わりに起こったことによって、それらの映画の意味や重要性も変わった。

ということや、

第二次世界大戦で明らかになったことは、『独裁者』に対する私たちの感じ方を変え、『意志の勝利』への見方も180度変えたということ。
(マイケルは、)『独裁者』がチャップリンへの世論を変えるのにどれだけ影響があったか、確実にわかっていたはず。

ということが実感できるだけでなく、

私には、マイケルが長年の夢だった映画を創ることができなかった理由についても、わかるような気がしました。

これを読み終わったあとの『HIStory』には、新たな発見がきっとあるはず・・・



☆サントリー学芸賞受賞!!!


[PR]
by yomodalite | 2015-12-02 06:00 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(0)

(1)の続き


ヒストリー・ティーザーのエスペラント語は、オープニングで男が叫んでいる、







“Diversaj nacioj de la mondo konstruas ĉi tiun skulptaĵon en la nomo de tutmonda patrineco kaj amo kaj la kuraca forto de muziko”


“Different nations of the world build this sculpture in the name of global motherhood and love and the healing power of music.“


「さまざまな国が、世界共通の母と、愛と、音楽の癒やしの力の名のもとに、この像を建てよう!」


と、そのあと溶鉱炉のようなところで、


“Venu ĉi tien!”

Come over here!


こっちへ来い!


という音声の二カ所のみで、


『独裁者』と違って、エスペラント語が文字として登場するところはありません。



このフィルムに登場する文字を見てみると、



f0134963_10114157.png


これは、ロシア語っぽくて、私はロシア語なんてチンプンカンプンなんですが、でも、少し違っているというか・・・ロシア語に使われているキリル文字の「З」「Ж」「Є」「У」を、ちょっぴり変えて造ったんじゃないかなぁ・・・

一番上部に並んでいる4文字も、「И」「Ф」「Я」までは、ロシア文字ですが、一番右側の三角みたいなのは、「Д」ではないような・・ロシア語だけじゃなく、おそらく非スラブ系文字で探しても少し違うんじゃないでしょうか? 

https://ja.wikipedia.org/wiki/キリル文字一覧

でも、、「Д」は「デルタ」だから、やっぱり文字デザインとして「△」もアリ??・・(ロシア語だとして、英語変換すると「IFAD」?)

なんてことを思っていたら、同時進行で調べていたティーザーの音楽に『レッド・オクトーバーを追え』のサントラが使われていることが判明!(kumaさん、moulinさんありがとーーー!!!!)

ちなみに、この曲の前にかかっている音楽については、「ターミネーター2」を加工してあるとか、後半は「レッドオクトーバー」と同じ作曲者の「Honor and Glory (1996 Olympic Games)」じゃないかとか、いや、1996年って『HIStory』よりも前じゃん・・などの話があったものの、結局、この前後の音楽は、MJの音楽チームが適当に創ったのではないか・・という感じになってきているんですけど、どなたか、わかる方はおられますか?(ブラッドさんは何か言ってないのかな・・)






この曲は、Hymn To Red October(レッドオクトーバーの賛歌)という題名なんですね。


f0134963_13471200.png


じゃあ、やっぱりロシア語だったのかな?と思いつつ、『レッド・オクトーバーを追え』の「Wikipedia」を見てみたら、

映画の冒頭では「КРАСНЫЙ ОКТIАВR」と赤い文字で表記される(一見ロシア語かと思うが、いわゆる偽キリル文字表記の一種)。

と書かれていて、


f0134963_12260423.jpg


こちらは、ティーザーと違って、私にはまったく「偽」っぽく見えなかったんですけど・・REDは「КРАСНЫЙ」だけど、Octoberは「октября」だったんですね。いずれにしても、ティーザーの文字がロシア語なのかどうかは、よくわかりませんが、

ソヴィエトの「十月革命」を指すレッド・オクトーバーは、“革命” という意味を感じさせますよね。

ベルリンの壁が壊れ、ソヴィエト連邦が崩壊したのは、ヒストリー発売の4年前(1989年)ですが、同じ年、撮影が行われたハンガリーでも、MJが、社会主義崩壊後にいち早く公演を行ったルーマニアや、自分の家として国宝のような城を買おうとしていたり、「ジャクソン・ランド」を建設する計画もあったポーランドでも(→参考記事)、東ヨーロッパ諸国の共産主義国家が次々に崩壊しました。「ヒストリー・ティーザー」の社会主義的な雰囲気からは、そういった国々に新たな光をもたらそうとしていた、MJの意志が感じられます。



また、その他の文字に目を向けてみると、


f0134963_10172292.jpg



f0134963_10261933.png
(兵士たちは上部の星がないデザインではあるものの
MJと同じバッジ)



f0134963_10282700.png
(袖の部分もMJのバッジと同じ文字?)



よくはわからないものの、これらは、現在の主要な言語よりも古い、文字の根元を思わせるような、架空の文字ではないでしょうか。。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ルーン文字
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヘブライ文字
https://ja.wikipedia.org/wiki/古ヘブライ文字


そして、この隊を率いているMJは、エスペラント語を話す溶鉱炉にいた男たちが造っていた「丸の中に星」のバッジをつけてはいるものの、

彫像とは異なるデザインになっていて、使われている文字も違います。


ちなみに、MJの逆側の腕のバッジはデザインが違っていて文字はなく、「777」のみです。


f0134963_15102431.jpg


では、

この隊を率いているMJは、彫像の男ではないのでしょうか?

というか、

エスペラント語で、「あらゆる国に共通した母と愛と音楽の力の名のもとに、この像を建てよう!」って言ってた像に、どうしてエスペラント語ではなく、英語で「POLICE」って入っているんでしょうね?(笑)

全然「エスペラントの星」じゃないじゃないですか(笑)

あの蒸せ返るような溶鉱炉で作業していた、エスペラント語を話す男たちも、出来上がった像を見て、( ゚д゚)ポカーン て感じでw、「話が違う!」と、MJに文句を言っても不思議でないような・・

隊を率いているMJが「POLICE」で、彫像とバッジを逆にした方が、しっくりくるような気がするんですけどねぇ・・

まだ、Part 3もあることですし、とりあえずこの疑問は、保留にしておきますが、

このティーザーの中で、架空ではない文字は「KING OF POP」などのプラカード以外に、もうひとつあるんですよね。

それは、MJのブーツの前面にはっきりと入っている

「DOMINICAN」という文字。


f0134963_10331558.jpg


えっーーー、ドミニカ共和国・・・せめてハイチにしてくれないかな(なんでw)とか、一瞬、頭が混乱したんですが、これは、おそらく、

「最近、リサ・マリーと結婚したんだよね、ドミニカ共和国で

という、MJの人生の1ページというか、歩みwを記念したものではないかと。

それは、確かに「HIStory」ですからね(笑)

そんなところで「Part 2」の補足もこれで終了(ふぅーーー)





[PR]
by yomodalite | 2015-10-30 06:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(4)
これは、HIStory Teaser, Part 2「独裁者」の内容への私の補足です。

エスペラント語に関する記事で、MJはなぜ、あの映像作品のオープニングで、作品のテーマを紹介するために、殆どの人が知らないような言葉を使ったのだろうという疑問が持ち上がったわよね(チャプリンが『独裁者』でエスペラント語を使ったことにも同じ問いができる)。(→ ③)

この問いについて、チャップリンの場合を先に考えてみたいんですが、

『独裁者』でエスペラント語が使われているシーンは、


f0134963_22474408.png


例えば、このナチを思わせる兵士たちの後ろにある看板には「TABAKBUTIKV」と大きく書かれていますが、その下左「CIGAROJ(葉巻)」や、下右「CIGAREDOJ(煙草)」がエスペラント語で、TABAKBUTIKV(Y)は、エスペラント語では変換できないのですが、TABAKは、ドイツ語その他の言語で「煙草」という意味のようです。


f0134963_22483774.jpg


こちらの写真の看板は、vestajoj = clothing(服)、malnovaj = old(古)「古着屋」と、D]olcj fresaj legomaj = Sweet fresh vegetables(甘くて新鮮な野菜)「八百屋」のようで、これ以外にもいくつかエスペラント語の看板が見られます。



f0134963_23022408.jpg


『独裁者』では、ナチスと思われる兵士や国は架空のものですが、チャップリンが演じている床屋はユダヤ人で、この場所は、ユダヤ人居留地(ゲットー)と思われますが、当時、ヨーロッパ各地にあったゲットーでは、通常、その国の言葉とイディッシュ語や、ヘブライ語が使われていて、看板に「エスペラント語」が普通に使われている場所があったのか、少し調べてみたんですが、そういった場所は見当たらず、


f0134963_09430475.png
(ゲットーのポーランド語とヘブライ語の看板)



私の最初の想像では、

ザメンホフの祖国ポーランドで、ナチが造った最大のゲットー、ワルシャワ・ゲットー(「ザメンホフ通り」と呼ばれる通りもあった)を象徴するために、街の看板にエスペラント語を潜ませたのではないかと思ったのですが、ザメンホフ通りにエスペラント語の看板があったかどうかについてもわかりませんでした。


f0134963_09432860.png
(ゲットーのポーランド語とヘブライ語の看板)


f0134963_10483299.jpg
(1940年10月のワルシャワ・ゲットーでは、
標識にドイツ語とポーランド語が書かれている)




最後のスピーチ部分や、ハンナに希望のメッセージを送っている部分などに「エスペラント語」が使われているのなら、その言語がもっていた「希望」という意味や、チャップリンの国際主義的な意識というのもわかりやすいのですが、

ユダヤ人であることをボカして表現したわけでもないのに、なぜ、ゲットーにエスペラント語が使われているのか?

そこが「なぜ、チャップリンはエスペラント語をつかったのか?」というウィラとエレノアの問いであり、私の疑問でもあったのですが、結局その答えはよくわかりませんでした。

ただ、ゲットーが「エスペラント語」で溢れているというのは、おそらく、ヒトラーをおちょくる映画として先行していた、ユダヤ人である三バカ大将の映画にはない発想だったのではないでしょうか。

私は、チャップリン自身がユダヤ人ではなかったからこそ、このゲットーを、伝統的なユダヤ色ではない風景にしたような気がします。

チャップリンのスピーチにある、

すべての人を助けたい。ユダヤ教徒も、キリスト教徒も、黒人も、白人も。

それは逆にいえば、ユダヤ人だけが被害者ではない。ということでもあるでしょう。

共通の言語があれば、民族グループの不和に苦しまず、新たなコミュニケーションの道具になると考えたザメンホフに、チャップリンは自分に近い精神を見出し、その気持ちが、伝統的なユダヤ・コミュニティではなく、エスペラント語が看板に書かれている街を創造させたのではないでしょうか?

チャップリンは「エスペラント語」に希望があると思ったのではなく、民族的・言語的な基盤が異なっていることが、憎しみや偏見の主な原因になっている。と考えたザメンホフに共感し、すべての人の団結を訴えた。

マイケルがチャプリンから引き継いだのは「エスペラント語」というよりは、チャップリンの「団結」への気持ちであり、

それが、マイケルの「JAM」になったのではないでしょうか。


ヒトラーについても、特に戦争が絡んだ歴史については、中立的な態度で学ぶのはとても困難なものですが、『The trump and dictator』というドキュメンタリー映画の製作者のひとりが、ガーディアン紙に書いていた記事に、チャップリンが『独裁者』を創っていた時期のことが少し載っていたので、要約でちょっぴり紹介します。



ヒトラーが政権を取った1933年、スタジオの多くがユダヤ移民によって経営されているにもかかわらず、ハリウッドは彼の政策を批判しなかった。


批判することでヨーロッパのユダヤ人がさらなる苦境に陥ることを懸念し、ヨーロッパでハリウッド映画が不評になることも避けたかった。また、1939年に、英仏が参戦したとき、アメリカでは90パーセント以上が参戦に反対だった。


1931年にチャップリンがドイツを訪れたとき、大変な人気だったことを、ナチスは懸念していたが、これは、チャプリンが『独裁者』を撮る発端になったかもしれない。


チャップリンは「私の映画に政治的なものは一本も無い」と語っていたが、ある意味ではすべての彼の映画が政治的だとも言える。堅苦しい社会の中で、彼の存在は「反抗」を表すものだった。ナチスが彼を嫌悪したのは、そういった権力者を茶化すような姿勢だった。


1938年、チャップリンが『独裁者』の脚本を書き始めた時、アンチ・ナチの映画はハリウッドの本流ではまだ無く、ようやく38年に出てきたときも、現実に起こっていたことを考えればリアリティはなかったが、「独裁者」の製作が発表された時、


イギリスはヒトラーを怒らせるのをさけて上映禁止にし、ハリウッドのユダヤ人プロデューサーたちはチャップリンに製作を辞めるように言ったが、当時の大統領フランクリン・ルーズベルトの介入もあって、続けることになった。


チャプリンは二役を演じることに決め、バクテリア国の独裁者ベンツィーニ・ナパロニを演じていたジャック・オーキーは、当初、Benzino Napaloniというイタリアの独裁者役だった。チャプリンの仕事は進まず、


ようやく撮影が始まったのは1939年の9月で、第二次世界大戦勃発の数日後だった。撮影は秘密裏に進められたが、最後にシーンを撮る頃は、すでに、フランスもデンマークも陥落寸前で製作を中断することも考えた。ヒトラーの存在は、もう笑っていられる場合ではなかったから。


でも、彼は中断せず、エンディングを変えた。


元々は、グリフィスの『イントレランス』にならって大々的な平和主義のモンタージュで終わるつもりだったが、撮れば撮るほど納得がいかなくなり、チャプリンは、映画をスピーチでしめることを決意した。そのスピーチは、独裁者のものでも、床屋のものでもなく、チャプリン自身のもので、スピーチは賛否両論を引き起こし、今でもそれは続いている。


映画は大当たりしたが、占領下のヨーロッパ、南米の一部、アイルランドで上映禁止となり、アメリカにおいては、チャプリンの終わりの始まりとなった。


(要約引用終了)


では、マイケルのエスペラントに続きます。。






[PR]
by yomodalite | 2015-10-29 06:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

f0134963_15261818.jpg


(③の続き)


「ヒストリー」では、MJは一度もしゃべったり歌ったりダンスしたりしないけれど、彼の顔を体が多くのことを伝えていて、私に伝わってきたのは、チャップリンが床屋としてしゃべったあの台詞にすごく近いものよね。


申し訳ないが、私は皇帝になどなりたくない。そんなことはごめんだ。私は誰も支配したくないし、征服したくもない。私は、できるなら、すべての人を助けたい。ユダヤ教徒も、キリスト教徒も、黒人も、白人も。私たちはみんな、お互いに助け合いたいと思ってる。人間とはそういうものなんだ。私たちは、お互いの不幸でなく、お互いの幸せによって暮らしたい。憎み合ったり、軽蔑し合ったりしたくない。この世界には、だれにでも暮らせる場所がある。この大地は豊かで、誰にでも恵みを与えてくれる。人生は、自由で美しいはずなのに、私たちは進むべき道を見失っている。



スピーチ全体の和訳

http://nikkidoku.exblog.jp/16974980/



ウィラ:すごい演説よね。アメリカの映画史上最高の演説だという人も大勢いる。『独裁者』は全編通して見ることをみんなに勧めるわ。まだ見ていない人も、とにかくチャップリンの最後の演説だけは見てほしい。ガービッチの、以下のような演説の後だけに、余計に心に響くのよね。


勝利こそが価値あるものだ。今日、民主主義や自由や平等は、人々を惑わせる言葉に過ぎない。いかなる国家もそのような考えの下に進歩はない。そんなものは、何かことを起こそうとするときの邪魔になるだけだ。そのようなものはさっさと捨ててしまおう。将来、一人一人の国民が、絶対服従のもとに国家の利益に奉仕することになるのだ。それを拒むものには思い知らせてやろう。市民としての権利は、すべてのユダヤ人、非アーリア人種から剥奪されることになる。彼らは劣った者であり、それゆえ国家の敵である。彼らを憎み、見下すのが、真のアーリア人種全員の義務である。


このあと、独裁者のふりをしたユダヤ人の床屋という二重の役を演じるチャップリンが、立ち上がって、さっきあなたが引用したような、すべての人に愛を呼びかける演説をする。


私たちはみんな、お互いに助け合いたいと思ってる。人間とはそういうものなんだ。私たちは、お互いの不幸でなく、お互いの幸せによって暮らしたいんだ。


下記の動画は、『独裁者』の最後の部分で、ガービッチの演説と、それに対するチャップリンの激しく心揺さぶられる演説が入っている。





元記事動画が削除のため全編動画を貼り付け

ガービッチの演説は1:57:00~



エレノア:抜き出してくれてありがとう、ウィラ。実際に映画でこれらの演説を見ると文字で読むよりもはるかにパワフルね。



ウィラ:そうね。そして、この最後の部分を見ると、『独裁者』がどのように視覚的に『意志の勝利』の堂々としたスケール感を出しているかもわかるのよね。『意志の勝利』のはじめで、ヒトラーが自動車でのパレードとともに登場するところがあるんだけれど、チャップリンはそれを再現し、権力を誇示する威圧的な建造物や兵隊の長い列も再現している。これらは「ヒストリー・ティーザー」でも再現されているわね。ここにあるのは、『意志の勝利』と『独裁者』と「ヒストリー・ティーザー」からの場面を切り取ったものだけど、その類似性がすぐにわかる。つまり、どの作品でも、背景には国家の力を示す巨大な象徴があり、前景には果てしなく続く隊列がある。



f0134963_21523086.jpg


『意志の勝利』の一場面



f0134963_21531064.jpg


『独裁者』の一場面



f0134963_21534926.jpg


『ヒストリー・ティーザー』の一場面



こういった映像によって、『独裁者』も『ヒストリー・ティーザー』も『意志の勝利』における広大な視野をとらえている。ただ、『独裁者』では、その広大な視野に次々と、自国のファシスト体制に従う兵士たちによって、ユダヤ人市民が抑圧され、殺害までされるという、帝国主義のイメージが織り込まれる。



エレノア:そう、『独裁者』は風刺作品なんだけど、深い苦悩と多くの論争を巻き起こす問題を扱ってもいる。「ヒストリー」も同じなのよね。そして、『独裁者』と同じように、「ヒストリー」は、多くの点でぎりぎりのラインまでやっている。高い技術で簡潔にやるという見事な手腕で、「ヒストリー」はリーフェンシュタール的な映像を、ナチスの恐るべき作品と『独裁者』の両方を思い起こさせるために使っている。マイケル・ジャクソンの立ち位置を、歴史的に、そして、個人的にはっきりさせるためにね。


MJJJusticeProject の洞察力の「ある記事」によれば、


彼のヒーローであるチャーリー・チャップリンと同じく、マイケル・ジャクソンは『意志の勝利』の視覚的効果を引用しつつ、そこにある感情を引きずり下ろした。チャップリンはオスカー候補にもなった『独裁者』でその映画を風刺し、ジャクソンはナチス体制の犠牲者たちを讃え、いまだにファシスト的信条を支持する人々の心のあり方を冷笑するためにその映画を引用した。


ウィラ:その記事は、ヒストリー・ティーザーを歴史的文脈に置き、予告されたアルバム『ヒストリー』を文脈の中に置く、とてもいい内容だった。



エレノア:リーフェンシュタール風の華麗な式典の場に、ヒトラーのような独裁的な指導者ではなく、マイケル・ジャクソンを置いた「ヒストリー・ティーザー」は、『独裁者』に出てくる穏やかな床屋が、ちょっとした変装で、ヒトラー的人物の代役になってしまう場面を思い起こさせるのよね。ナチスドイツのことを思い起こさせながら、ジャクソンとユダヤ人の床屋を結びつけることで、「ヒストリー」は黒人の体験とユダヤ人の体験、黒人のゲットーとユダヤ人のゲットー、ユダヤ人が受けた扱いと黒人がアメリカで受けた扱い。といったことについて、それとなく言及している。



ウィラ:それは興味深い見方ね、エレノア。独裁者という意外な役を演じるマイケルは、『独裁者』で、思いもかけず押し出されて、独裁者の役を演じることになったユダヤ人の床屋の体験を、自分と同列に置いている。ひとつ違っているのは、床屋が自分が望みもしないのに、その状況に放り込まれたことで、すごく戸惑っているのに対して、マイケル・ジャクソンはそうじゃない。彼は「ヒストリー」の中で、ゆったりと自信に満ちて見える。



エレノア:ただね、ウィラ、明らかに、マイケル・ジャクソンは独裁者の役を演じているんじゃなくて、独裁者に取って代わったように見えるのよね。軍隊の先頭で、大股で歩いている彼は、独裁的なリーダーがいそうな場所を独占している。でも、私たちは、独裁者の代わりに、マイケル・ジャクソンという、独裁とは対極の立場をとるひとりの男性を見るわけ。あの床屋のように、「皇帝になどなりたくない」と思っている、誰かを支配したり、征服したりするなんてことのない彼をね。


でも、MJがくつろいだ様子で、床屋はまったくそうではなかった、というのは同感だわ。ただ、結局彼らは二人ともその役柄に忠実だったということじゃないかしら。床屋は脚光を浴びるのに慣れてないし、ジャクソンは政治家ではないけれど、慣れていた。



ウィラ:そうね。



エレノア:でも、彼のあの美しい笑顔については、再び言及したくなっていたから、あなたが、あの瞬間についてとりあげてくれたことは嬉しいわ。私は、彼の笑顔は、チャップリンの歌の「スマイル」を視覚的に表現したものだと思う。そして、それは、アルバム「ヒストリー」のエンディング曲でもあった。彼の放つ輝きは、苦しみを覆い隠すもの。その苦しみはチャップリンにとっては馴染み深いものよね。


でも、マイケルと軍隊の場面に話をもどすと、あのシーンは、チャップリンの『独裁者』の最後の演説のもう一つの部分に繋がると思うのね。実のところ、あの演説は「ヒストリー」のための脚本集みたいなものだと思う。


兵士たちよ。あなたを軽蔑して、奴隷にするような人間に従うな。彼らは、君たちが、何をして、どう思い、何を感じるべきかまで指示し、君を、家畜のように扱って、砲弾の餌食として利用しようとしている。君たちは、機械でも、家畜でもない、心に愛と尊い人間性をもっている人間だ。だから憎んだりしない。愛のない者だけが憎むのだ。愛されず、不自然な者だけが。兵士たちよ!奴隷として戦うのを止めて、自由のために戦うのだ!


制服を着たロボットのような兵士たちの最上位に立つリーダーとして、MJは新しい上官の姿を提示している。「野蛮に・・・奴隷化する」のとは異なった種類のヒーローとして、彼は国家の仕事をするために徴兵されたすべての人々が、その過程において人間性を失っていくことに共感し、MJは、兵士たちが体現している体制にではなく、兵士たち自身と一体であろうとする。彼は偉大な心の大きさを示し、チャップリンの言葉を借りれば、「罪のない人々を拷問にかけ、拘束する」ようなシステムを非難する。そんなことをしてしまう人ではなくね。拷問する人もされる人も、帝国の邪悪な罠に捕らわれているということなのよ。



ウィラ:それは大事な点ね、エレノア。チャップリンが演説のこの部分を、独裁者の抑圧的な命令を遂行している兵士たちに向けて話し、彼らの人間性に訴えているというのは、すごく大事な点。チャップリンは、彼らが悪いことをやってしまったのは否定しない、彼らが市民を傷つけ、殺しさえするところも描いている。ただそれでも、彼らを悪魔だとは言わない。むしろ、兵士たちも、彼らを「見下し、奴隷にする・・家畜のように扱い、使い捨てにする」リーダーたちの犠牲者だ、と暗に伝えている。


そして、あなたが言うように、マイケル・ジャクソンは、兵士にも警察にも敵意を持っていないように見える。それは彼らが、それぞれの立場で命令を遂行していると思っていたからなのよね。実際、彼は兵士たちの隊列と一緒に歩いている。



エレノア:そう。あのとても表情豊かな兵士たちへの敬礼は、ひとつのメッセージよね。たとえ抑圧者の意志を遂行する使命を負わされた人たちに対してであっても、敵意や憎しみではなく共感や尊敬を感じているという。



ウィラ:そう。そして、スーザン・ウッドワードがメールで私に指摘したように、あの巨大な像が除幕されたとき、私たちには片方の腕についた腕章が見える。そこには、エスペラントの星の下に、太字でPOLICEと記されている。(☆)



エレノア:スーザンに感謝ね。それは気づいてなかったわ。もう一度見てみないと。



ウィラ:私も気づいてなかったのよ。でもそれは、重要なディテールだと思う。マイケル・ジャクソンがサンタ・バーバラ警察とのあいだで経験したこと、特に裸にされて取り調べを受けたことを考えれば、彼が警察全体に憎悪を感じていてもちっとも不思議じゃない。でも、「ヒストリー」からはそういう感じを受けない。彼が表現しているのはもっと複雑なものなのよね。


率直に言えば、そういった行為は一種の借用だと思うのね。白人の歌手や音楽家がジャズからヒップホップに至るまで、「黒人」音楽を借用して、白人の観点からそれを作り直したのと同じように、「ヒストリー」でのマイケル・ジャクソンは、白人がもつ権威のイメージ(そして人種を根拠にした権威主義の例として、ナチスドイツ以上のものがあるだろうか?)を流用し、多国籍であるエスペラントの観点からそれを作り直しているということ。あるいは、もっと良い例えだと、Queer Nation(*)みたいなグループや多くの黒人ヒップ・ホップアーティストたちが、過去に自分たちが投げつけられてきた軽蔑の言葉、たとえば「ニガー」とか「クィア」などを借用して、今はそれを名誉の印として受け入れ、それによってそれらの言葉から負の力を抜き取ってしまった、というようなことかな。


エレノア:そうね、借用して変容させているのよね。帝国主義や国家主義の権力構造は、人間の文化によって作られてきた方法よりも、他者を征服することが、人間本来の性質が持たらす生き残り戦略だと考える。だから、彼らは、優れた技術の所有者が優勢になると仮定する。でも、私たちの技術は、農業でも、産業、軍事でも、私たちの生存にとって逆効果になっている。まさに今、私たちの中の何人もの人々が、戦争によって住む場所を奪われたように、あまり遠くない将来、私たち全員が住めなくなるような、そういった世界を構築しつつある。


チャップリンはこう言ってる。


私たちが得た知識は、私たちを皮肉にし、賢さは、私たちを冷たく、不親切にしている。私たちは、考えてばかりいて、感じることが少なくなっている。機械化よりも人間性が大事で、賢くなるよりも、親切や思いやりの方が必要なんだ。こういった本質を失ってしまったら、人生は暴力的になり、なにもかも失ってしまう。


私たちは黒人への奴隷制度を撤廃したことなんかを、優れた人間の特質だと誇ったりするけれど、実際のところ、私たちは、お互いに対話する方法を変える必要があるとは、あまり信じていない。集団としても、個人ベースでもね。でも、マイケル・ジャクソンはそういう見方に与しなかったんだと思う。彼は自分を信じ、根本的なレベルでの変化をもたらす手段としての芸術の力を信じていた。まったく異なった意味での「意志の勝利」を思い描いていたのだと思う。


自分自身とこれまでの冷酷な専制君主を対比させることで、マイケル・ジャクソンは、彼の価値観、つまり芸術は世界を癒やすことが出来ると信じるアフリカ系アメリカ人アーティストとしての価値観と、他者への抑圧につながる価値観との違いや、システムの悪を指摘し、そこに捕らわれてしまった人たちのことも思いやるのよね。



ウィラ:見事なまとめ方だと思うわ、エレノア。ありがとう。そして、再びこの複雑な映像作品への理解を深める試みに参加してくれてありがとう。私たちの議論の結論は次の記事で。そこで、また他の重要な作品について語りましょう。


もうひとつ、皆さんに知らせたいのだけれど、米国議会図書館が最近、ジョー・ボーゲルによる『スリラー』アルバムについての論文を発行しました。このブログの「Reading Room」に加えておくわね。



エレノア:いいニュースね。こちらでわかるようにしてくれてありがとう。では、議論の最後のパートでまたご一緒できるのを楽しみにしてるわ。


(HIStory Teaser, Part 2 終了)


(☆)「巨大な像が除幕されたとき、片方の腕についた腕章のエスペラントの星の下のPOLICE」その他については、「次の記事」で!



☆この続きの「Part 3」はこちら



(註)____________


(*)1990年3月にニューヨーク市で設立された、LGBTQ(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、ジェンダークィア)の活動家組織のひとつで、同性愛者への差別と嫌悪の撤廃を目指している。





[PR]
by yomodalite | 2015-10-27 06:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)
f0134963_13485085.jpg


『独裁者』でユダヤ人の床屋の役を演じるチャップリンは、現実の状況を踏まえチャップリン自身の思いをこんな風に言っている。

今、私の声は世界中の何百万という人たちに届いている。何百万の絶望の淵にある男性や、女性、そして、幼い子供たち、罪のない人々を拷問にかけ、拘束するシステムの犠牲者に、届いている。

そして、その考え方によって、二人とも悪意ある攻撃を受けることになる。なぜなら、彼らが世界の調和を目指すこと、世界的な変化を本当にもたらしうる彼らのグローバル・コミュニケーションの力、そして彼らのスターとしてのパワーは、民主主義や国際主義よりも階層制度と国家主義を信奉している人々にとって、脅威だったから。


ウィラ:そうね。本当に同感するわ、エレノア。


エレノア:そう、マイケルの人生のあの時期につくったヒストリーで『独裁者』を、特に最後のスピーチを連想させることで、マイケル・ジャクソンは、自分がマスコミによって悪魔に仕立て上げられ、法の手によって不当かつ暴力的に扱われたことと、チャップリンの境遇とを重ね合わせている。そして、自分とチャップリンに向けられた性的異常者であるという非難は、社会が切望する変化を引き起こすような行動に火をつけるアーティストの政治的な力、つまりマイケル・ジャクソンが間違いなく持っていた力(そして今も持っている)を恐れる社会が使う道具だと言っている。

そして、重要な点として、彼らの世界平和や和解への関与は、国際言語であるエスペラント語が「ヒストリー」にも『独裁者』にも使われていることでも表現されている。「ヒストリー・ティーザー」のオープニングは、エスペラント語の音声で始まり、『独裁者』では、ユダヤ人のゲットーのシーンの看板の一部にエスペラントが書かれているのよね(*1)


ウィラ:そうね。私もそれは重要な点だと思う。エスペラント語については、2013年の記事(「¡Porque Soy Malo, Soy Malo!」)でも少し話して、簡単な歴史を説明したわよね。

エスペラント語は1800年代後半、世界の平和や理解を進める助けになるように、多くの異なる言語の要素を使って作られた。具体的に言えば、L.L.ザメンホフによって、言語や国籍や民族の区別を超えたコミュニケーションの中立的な手段として作られた。

だから、あなたが言ったように、本当にそれは「国際語」で、「世界の平和と理解」という使命を持っていたのよね。


エレノア:そうね。でも、エスペラントを前面に押し出していながら、よくわからないようになっている。多くの人はそれに気づいてないし、(『独裁者』を見る人と同じように)、エスペラント語だとわからず、意味もわからず、その重要性を完全に見逃していて、そもそもエスペラント語が出てきていることにまったく気づいていないと思うけど、

このサイトの読者でエスペラントの専門家である、Bjørn Bojesenとともに、かなりの議論をしてくれたおかげで、「Dancing with the Elephant」の読者は、それが使われていることに気づいただけでなく、その言葉の意味も知ることができた。(今、そのポストを再読してみたら、Bjørnさんは、エスペラントが『独裁者』で使われていることもコメント欄に書いていたのね)

ヒストリー・ティーザーの冒頭で語られているエスペラント語の言葉を訳すと、

「さまざまな国が、世界共通の母と、愛と、音楽の癒やしの力の名のもとに、この像を建てよ!」

となる。この、エスペラント語で話されている言葉は、『独裁者』にエスペラントが使われていることを思い起こさせるだけではなく、『独裁者』のラストの演説に込められた感情をも伝えている。そして、言語と言葉の内容の両方が、マイケル・ジャクソンが、世界の調和を生み出す条件としてのグローバル・コミュニケーションの重要性を信じていたことを示している。特に彼は、世界のいろいろな国々を愛(L.O.V.E.)と平和でひとつにするための手段としての音楽の力を信じていたのよ。

調べてみたところ、国際語であるエスペラントという名前に「希望」という意味があるのは偶然ではない。そして、それが「国際主義」をも表現しているということが、「ヒストリー・ティーザー」を理解する鍵じゃないかと思うようになったのね。

エスペラント語に関する記事で、MJはなぜ、あの映像作品のオープニングで、作品のテーマを紹介するために、殆どの人が知らないような言葉を使ったのだろうという疑問が持ち上がったわよね(チャプリンが『独裁者』でエスペラント語を使ったことにも同じ問いができる)。

私が思うに、主な理由のひとつは、見ている私たちの好奇心をかき立てるためじゃないかしら。私たちに、その言語を特定して、言われている言葉の意味を見つけて欲しかったのでは。なぜならば、それらの謎を解くことで、私たちはより大きな疑問を見つけることになるから。

たとえば、エスペラント語の歴史を深くひもとくと、「ヒストリー・ティーザー」と『独裁者』にエスペラント語が使われていることは、MJとCC(Charles Chaplin)を結びつけるだけでなく、ドイツとロシアのエスペランティストたちともつながっている。彼らの平和主義者的、国際主義者的な運動は、ヒトラーやスターリンに体制の転覆をはかるものだと見なされ、暴力的に罰せられたり、時には処刑されたりしたのよね。

自身の著作『我が闘争』で、アドルフ・ヒトラーは、ユダヤ人が世界を征服した時、国際的な謀略に使われうる言葉として、エスペラント語のことを言及している。ホロコーストで、エスペランティストたちは殺された。特に、(エスペラント語の創始者である)ザメンホフの家族は選び出されて殺害された。エスペラント語は1939年に禁止され・・・1937年には・・・スターリンがエスペラント語を「スパイの言語」だと非難し、エスペランティストたちを追放したり処刑したりした。エスペラント語の使用は、事実上1956年まで禁止されていた。

ウィラ:ああ、私はまったくわかっていなかったわ。じゃあ、「ヒストリー・ティーザー」にエスペラント語の言葉やシンボルがあるというのは、ものすごく強いメッセージなわけね。それは、あの映像作品の全体主義者的なイメージを根底から変えてしまうものね。どうしてあなたが、「エスペラント語・・・そしてそれが表す国際主義が、このフィルムを理解する上での鍵だ」と言ったのか、ようやくわかり始めたわ。


エレノア:よかった、わかってもらえて!とにかく、この映像のオープニングをエスペラント語の呼びかけにしたことで、マイケル・ジャクソンは、彼自身の「デンジャラスな」国際主義者的な傾向を主張し、それによって彼にもたらされる危険も明らかになった。マイケルが受けた困難の源は、彼や、彼の考えが重大な脅威だとみなされたことによるもので、彼にとっても、その文化は重大な脅威よね。 悪名高いファシストのイメージを使うことで示されたように、「ヒストリー・ティーザー」が表現した脅威は、今もそこにある。影に隠れていてもね。

“We’re talkin’ danger, we’re talkin’ danger, baby!” ー「Stranger In Moscow」
(僕たちは危険なことを話してる。危険なんだよ、ベイビー

オープニングシーンでは、真っ暗な画面にエスペラント語の言葉が流れ、並行してブーツのスタッカート・ビートが入り、そのあと地を踏むブーツと、トゥルル(*2)という、古代ハンガリーのシンボルである鷲の石像の映像が続く。(「ヒストリー・ティーザー」はブダペストで撮影された。後述)それから、アメリカのスワットチームが現れる。一見威嚇的かつ攻撃的に、彼らは、画面の下方からせり上がるように、観客に向かって行進する、映画の『パットン大戦車軍団』風にね。その後、場面は労働者が溶けた金属を流す作業をするところになるけど、これはソビエトのプロパガンダ映画で工場労働者の肉体美を描いていたのを連想させるわね。

マイケル・ジャクソンがどんな人で、何を訴えていたかを知っていると、MJの映像作品が、帝国主義者や全体主義者を思わせる映像で始まるというのは、違和感がある。見えているもの以上のものがここにはあって、何かとても興味深いことが進行しているとわかる。その何かは、「ヒストリー・ティーザー」にエスペラント語が使われていることの重要性に気づき、その言葉の意味を理解すると、より一層はっきりと見えてくる。なぜなら、エスペラント語で話されているのは、この作品の労働者が、全体主義体制のもとでの労働者を示しているのではない、と言っているわけだから。そうではなくて、彼らは、様々な国を代表して、自分の芸術を世界平和を進めるために捧げている「男の記念像」を作っていることを表しているのよ。

その像に加えて、労働者たちは、これもエスペラントの象徴である「巨大な星」も鍛造している。エスペラント語について勉強していてわかったんだけど、このエスペラントのシンボルの星は、5つの角が、ヨーロッパ・アメリカ・アジア・オセアニア・アフリカという5つの大陸を表しているのよ。この場面から1分後くらいに、エスペラントの星がMJのユニフォームもついていて、平和の星が、平和を願うスターの身を飾っているのを私たちは目にする。


ウィラ:とても興味深いわ。それで、『意志の勝利』にあるふたつの重要な場面を思い出したんだけど。映画の中心となる場面は、この映画のビジュアルの面に触れるとき、ほとんどの映画制作者が引用する、目の前に整然と列をなしている数十万の兵士たちに、ヒトラーが演説するシーン。そのシーンの始まりは、ナチス・ドイツのシンボルである、巨大な鉄の鷲を見上げる静止画像で、それからカメラがパンして、私たちは、その「鷲」が円の中に刻まれた巨大な鉤十字の上にあるのを見る。

一方、「ヒストリー・ティーザー」は、ハンガリアン・トゥルルのような鷲を見上げる静止画像から始まる。私がわかる範囲で言うと、この鷲の映像は、見る人によって違うことを意味する、もっと言えば正反対のことを意味する、複雑なシンボルなのではないかしら。でも、ウィキペディアはそこらへんについて、きちんと説明はしていない。こんな風な説明なんだけど。

トゥルルは、マジャール(ハンガリー人のこと)の創成神話において、最も重要な鳥。神の使いで、生命の木のてっぺんでさえずるとされている。まだ生まれていない子供たちが鳥の姿の精霊となって、その傍らにいる。

そのあとの場面では、労働者たちは、巨大なエスペラントの星を円の中に溶接している。つまり、これらの映像を通して、「ヒストリー・ティーザー」は、『意志の勝利』にあるファシズムと全体主義のシンボルを流用しつつも、それを破壊し、まったく新しい形に作りかえているのよ。


f0134963_19252173.jpg
『意志の勝利』にある、鉄の鷲をあおぐ画像と、
「ヒストリー・ティーザー」の鷲(トゥルル)の写真


f0134963_19262225.jpg
『意志の勝利』で円の中にある巨大な鉤十字と、
『ヒストリー・ティーザー』における円の中のエスペラントの星


鉤十字も星も、薄青の背景から差し込む光を受け、巨大なモニュメントとして浮かび上がっている。さらに気をつけてみると、労働者たちは、星のせいで小さく見える(ひとりの溶接工が星に当たる部分に座り、彼の持つトーチランプから火花が出ている)。要するに、星はとても大きく、この「星」がもつメッセージが、あの「鉤十字」にとって変わったことがわかるように、それは大きくなければならなかったのよね。


エレノア:すごいわ、ウィラ。これらの画像は、マイケル・ジャクソンが細部に注意を払っていることや、シンボルがもつ力を深く理解していることを示しているわね。エスペラントの星を、鉤十字と対比させ、さらに、ソビエトの兵器や、警察官のバッジや、アメリカの陸軍大将の制服を飾っている、より伝統的な五芒星の意味や、ポップ・スターとしてのマイケル・ジャクソンにも結びつけている。『ヒストリー』という作品は、「HIStory(彼の物語)」のメッセージと「HIStory(彼の歴史)」におけるヒーローを、伝統的な軍事的レジェンドやヒーローたちと対比させ、


マイケル・ジャクソンは、人間のエネルギーが帝国や国家の利益に供するための支配を生み出すために注がれるのではなく、新たなグローバル・コミュニティを作り出すために使われるような世界をめざそうと私たちに示している。


オープニングの後に浮かび上がるイメージは、膨大な人数の軍隊で、その軍を誰が率いているのかはわからない。でも見るものをじらすように、彼を象徴するあの膝上のブーツをはいた足のショットでヒントが示され、最後に彼の美しい顔が映され、この軍を率いているのが他でもないマイケル・ジャクソンであることが明らかになる。(④に続く)



(註)_________


(*1)『独裁者』のゲットーに見られるエスペラント語については、Part 2終了後の記事で。


f0134963_19441708.jpg

(*2)上下とも、トゥルルの写真

◎参考記事
「天までのぼる木にはトゥルルという名の霊鳥が住む」


f0134963_19430173.jpg


[PR]
by yomodalite | 2015-10-26 06:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)
f0134963_15234748.jpg



ウィラ:そこはとても重要なポイントよね。マイケル・ジャクソンは、何十年もチャールズ・チャップリンの映画や人生についてを研究し、スイスにある彼の家族も訪ねているぐらい、チャップリンについてよく知っているわけだから、『独裁者』がチャップリンへの世論を変えるのにどれだけ影響があったか、確実にわかっていたはずよね。


エレノア:そうね、それは十分考えられる。『独裁者』はいくつかの理由で、チャップリンをとても難しい状況に追い込んだ。まず、1940年の時点では、アメリカにはヒトラーの支持者が大勢いて、彼らは『独裁者』の反ファシストというメッセージを受け入れることが出来なかった。そのあと、共産主義が毛嫌いされるようになると、反ファシストであることは、共産主義に賛成と見なされた。チャップリンが一生懸命「共産主義者であることを否定し、自分を『平和主義者』だと名乗った」にも関わらず、彼の評判は深刻なダメージを受けたのよ。

でも、私はチャップリンの本当の「罪」は、彼のインターナショナリズム(国際主義)や、世界調和のビジョンであり、一般的なナショナリズムへの批判だったと思う。彼は『独裁者』でもそれを表現していたのよね。


ウィラ:それはもう一つの重要な点ね、エレノア。そして、マイケル・ジャクソンとチャップリンのもうひとつの繋がりでもある。『マイケル・ジャクソン・テープス』で、マイケルがラビに言ってるわよね。
僕は自分を世界の一員だと感じている。だから、どちらか一方につくのはいやだ。「僕はアメリカ人です」と言うのが嫌いなのは、そういう理由なんだ。

エレノア:興味深いわね、ウィラ。マイケルの世界的な影響力は、実際に、世界中の人々が彼に反応したという事実によって証明され、彼は「私たちの内のひとり」だという反応は今も続いている。でも、残念なことに、こういったインターナショナリズムや、反ナショナリズムは、「非アメリカ人」として責められる結果にもなった。そういったことが、チャップリンにも起こったのよね。


ウィラ:そうね。そして、マッカーシズム(*)の狂乱の中で、チャップリンは本当に厳しく糾弾されてしまった。


エレノア:『独裁者』の、特にその最後、チャップリン自身の声で、彼の見解をスピーチすることによって、チャップリンは非難にさらされることになり、1947年には、彼を国外追放にしようとする動きにまでなってしまった。1947年の6月、ミシシッピ選出の下院議員、ジョン・F・ランキンは議会でこう述べている。
彼がハリウッドにいることそのものが、アメリカの道徳観念の構築に有害なのであります。・・・(もし彼が国外退去となれば)、彼の忌まわしい映画がアメリカの若者の目に触れることを防げるのです。彼は追放されなければならないし、すぐに追い払わなければなりません。
チャップリンの悪魔化は、タブロイドの記事だけでなく、彼の評判や信用を破壊した性的異常性の法的告発が致命的となり、彼が1956年にアメリカからヨーロッパへ向かったとき、アメリカは彼の再入国を拒否し、ビザも取り消された。


ウィラ:チャップリンがどれほど映画や文化に貢献したかを考えると、信じられないことよね。そして、「悪魔化」というのはまさにそのとおりで、チャップリン自身もそれをよく承知していた。「Michael Jackson Academic Studies」というサイトの創設者のひとりであるケイリン・マークスが、最近私に面白い話をしてくれたわ。チャップリンはアメリカを離れる直前、写真家のリチャード・アヴェドンに写真を撮ってもらったんだけど、撮影の最後に、チャップリンはもう一枚撮ってくれと頼んで、指を頭から悪魔の角のように突き出すポーズで、カメラに向かったそうよ。これが、ケイリンが教えてくれたドキュメンタリー番組で、リチャード・アヴェドンはその時のことについてしゃべっている(39分20秒~)



(興味深いことに、チャップリンの話をする前、アヴェドンは、私たちが前回の記事で触れたウインザー公夫妻、ヒトラーの熱心な支持者だった夫妻の写真を撮った時のことを話している。アヴェドンは夫妻がニースでギャンブルをしているのをよく見かけたと話していて、「二人は、ユダヤ人よりもはるかに犬たちのほうを愛していた」という見解を述べている)

50年後、マイケル・ジャクソンは、チャップリンと非常に似た方法で悪魔に仕立て上げられることになる。彼は、BBCニュースで取り上げられたように、サンタ・マリアの裁判所で、チャップリンがやったのとまったく同じポーズをカメラマンたちにとってみせたのよ。ここにあるのが、二人の「悪魔ポーズ」の写真。


f0134963_18310804.jpg


f0134963_18312789.jpg

この写真について以前書いた記事
http://nikkidoku.exblog.jp/13746654/



エレノア:すごい。これを見ると、MJがチャップリンと自分は同じだと思っていたのが歴然ね。一致する点があまりにもたくさんある。どこかで聞いたんだけど、マイケル・ジャクソンは、あまりにもチャップリンを身近に感じていたので、一度など「僕自身がチャップリンだと感じることがある」とも言ったって。


ウィラ:そう、彼はドキュメンタリー番組「マイケル・ジャクソンのプライベート・ホームムービー」のインタビューの部分でもそう言っているし、ホームムービーには、よくチャップリンがやっていたように、「The Little Tramp(愛らしい浮浪者)」の服装をして、口ひげを左右に動かすマイケルの素敵な映像もあるわよね。これはファンが作った「スマイル」っていうビデオなんだけど、ここにはチャップリン風のマイケルの写真や、「プライベート・ホームムービー」からとったその他の場面も入っている。






これらの写真は違う機会に撮影されたもので、初めのは彼がソロになったばかりの頃で、もうひとつはあとのもの。だから、彼が長年チャップリンを敬愛していたのがわかる。基本的にはキャリアのスタートから終わりまでね。そして、あなたが言ったように自分とチャップリンを同じと見ていた。


エレノア:そうね。それと、子供の頃にMJがチャップリンのスケッチをしていたところを見ても、彼が幼い頃からチャップリンに興味をもっていたのがわかる。それはたぶん、チャップリンがサイレント映画のスターとして、言葉に頼らず身体を使って表現することに並外れた能力を持っていたからだと思う。MJもまさにそうだった。


◎Antiques Road Showに取り上げられたMJが描いたチャップリンのスケッチ
◎チャップリンを含め、MJが描いたいろいろな絵を載せているPinterest


でもそれだけじゃなくて、小さい頃からこの世界で目にする理不尽さに深く心を寄せていたマイケル・ジャクソンの、並外れた感受性と共感力が、チャップリンの持つ平和と調和を目指す姿勢に引き寄せられたのだと思いたいわね。MJの物語を語るために『独裁者』を引用することで、「ヒストリー」はMJの人生とチャップリンのそれとの、驚くほどの一致に気づかせてくれる。

チャップリンとマイケル・ジャクソンはともに世界の調和を思い描いていた。二人とも、そのために世界が変わることが必要で、世界が変わるには、世界が繋がらなければならないと理解していた。そして、二人とも世界中を繋ぐということにかけて優れた仕事をした。チャップリンは、サイレント映画のスターとして大成功することになったボディランゲージによって、ジャクソンは、音楽とダンスという言語を通して。そして、二人は、偉大なアーティストとしても、スーパースターとしても、人々の気持ちや考え方に触れ、世界中に影響を与えた。(③に続く)

(註)__________

(*)マッカーシズム/1950年代にアメリカ合衆国で発生した反共産主義に基づく社会運動、政治的運動。アメリカ合衆国上院議員のジョセフ・レイモンド・マッカーシーの告発をきっかけとして、共産主義者であるとの批判を受けた政府職員、マスメディアの関係者などが攻撃された。これは赤狩りというよりも、リベラル狩りという側面もあった。

1947年、非米活動委員会でハリウッドにおけるアメリカ共産党の活動が調べられ、チャーリー・チャップリン、ジョン・ヒューストン、ウィリアム・ワイラーなども対象となり、委員会への召喚や証言を拒否した10人の映画産業関係者(ハリウッド・テン)は議会侮辱罪で訴追され有罪判決を受け、業界から追放された。グレゴリー・ペック、ジュディ・ガーランド、ヘンリー・フォンダ、ハンフリー・ボガート、ダニー・ケイ、カーク・ダグラス、バート・ランカスター、ベニー・グッドマン、キャサリン・ヘプバーン、フランク・シナトラなどが反対運動を行う一方で、エリア・カザンや、ウォルト・ディズニー、ゲーリー・クーパー、ロバート・テイラー、そして1981年に共和党から大統領に就任することになるロナルド・レーガンなどは告発者として協力した。

1950年2月、共和党上院議員であったマッカーシーが、「国務省に所属し、今もなお勤務し政策を形成している250人の共産党党員のリストを持っている」と発言したことは、メディアの関心を集め、これをきっかけに、アメリカ国内の様々な組織において共産主義者の摘発が行われた。この中心となったのが1938年に設立された非米活動委員会である。

マッカーシズムは共和党だけでなく、民主党の一部の議員からも支持を集め、あらゆるマスコミが赤狩りの標的になることを恐れて批判を控えていた中で、1954年3月に放映された番組「See it Now」は、強引かつ違法な手法で自らがターゲットとした個人や組織への攻撃を行うマッカーシーのやり方を鋭く批判した。この一連の放送は、陸軍との対立により強まってきていた大衆によるマッカーシーに対する不信を後押し、反マッカーシー派を勇気づける結果となり、(この経緯は『グッドナイト&グッドラック』として映画化されている)1954年12月、上院は賛成67、反対22でマッカーシーが「上院に不名誉と不評判をもたらすよう行動した」として譴責決議を可決した。

しかし、その後、1995年、ベノナ(ソ連暗号解読プロジェクト)が機密扱いを外され、ソ連の暗号通信の内容が明らかになった結果、ソ連のスパイ行為はマッカーシーの見積もりよりも、さらに大規模なものだったことが判明し、マッカーシーに調査された人物の中に実際にソ連のスパイがいたことも明らかになった。

たとえば、メリー・ジェイン・キーニーはマッカーシーにより単に「共産主義者」とされているが、実際には彼女も、その夫もソ連のスパイだった。マッカーシーにより名指しを受けたロークリン・カーリーは、ルーズベルト大統領の特別顧問だったが、ベノナによりソ連のスパイであることが確かめられた。(マッカーシズムと、ジョセフ・マッカーシーのWikipediaより要約。参考書籍『共産中国はアメリカがつくった』



[PR]
by yomodalite | 2015-10-25 06:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)
f0134963_15415877.jpg

前回紹介した、HIStory Teaser, Part 1「意志の勝利」の続き、今回はチャップリンの映画『独裁者』との深い繋がりについての考察です。

私にとって、まず嬉しかったのは、以前、推測で書いていたチャップリンとMJの同じポーズの写真について、より確信がもてたことと、


「マイケルの軍隊は、チャップリンスピーチを映像化したもので、だから、最後の曲が “Smile” だった」という私の思いを、より強力に語ってくれたことと、


関連記事:http://nikkidoku.exblog.jp/17145592/


以前訳した「チャップリンのスピーチ」について再び考え直すきっかけになったことです。


また、私がはじめて、エスペラントのことを知ったのは、1985年の坂本龍一の同名のアルバムがきっかけで、そのとき、その言葉は、民族感情に左右されず、特定の民族に有利になったり、不利になったりしない。そんな夢を担った国際言語であると知ったのですが、ヒトラーはそれを「ユダヤの陰謀」と断じ、そのヒトラーのファシズムを揶揄したチャップリンは、共産主義者だと批判され、マッカーシズムによって、国外追放になりましたが、「赤狩り」で悪名高いマッカーシーは、共産主義という全体主義から、アメリカの自由を守ろうとしていました。そして、戦後、アメリカでは、日本よりも遥かに激しくヒトラーを「悪魔化」しましたが、ヒトラーが信じた「ユダヤ陰謀論」や、「人種差別」の精神をもっとも引き継ぐことになっているのは、なぜなんでしょう? ちなみに、それを「秘密結社」のせいにするのも、ヒトラーと同じ考え方ですからね(笑)

でも、チャップリンや、マイケルは、常に、正義や、理想ではなく、人々を分断しようとする力に抵抗し、心から愛と平和のために尽くしたと思う。

前置きが長くなりましたが、エレノアとウィラの会話の続きです。


ウィラ:今週も、エレノア・バウマンと私で、マイケルがヒストリーアルバムのプロモーションのために作った映像作品についての議論を続けたいと思います。前回の記事で話したように、「ヒストリー・ティーザー」は初めて公開されたとき、広範囲で議論を巻き起こしましたが、それはこの映像が、ナチのプロパガンダ映画『意志の勝利』を真似ているように見えるということが大きかった。そして、そこでの会話のように、確かにふたつの映像作品には、興味深い重要な関連性がありました。

しかしながら、ここにもう一本、このふたつの作品をつなぐ役目を担ったような映画があります。チャップリンの意欲的な傑作『独裁者』です。この映画は、『意志の勝利』や、そういったプロパガンダ映画を皮肉ることによって、巧みにナチのイデオロギーに対抗し批判している。『ヒストリー・ティーザー』は、この映画から目立たない形で引用することで、作品の持つ意味をより重層的なものにしていると、私は思います。

というわけで、今回のテーマは、『意志の勝利』と『独裁者』と「ヒストリー・ティーザー」との関連性、そして、それらの影響から、「ヒストリー・ティーザー」をどう解釈するか、です。エレノア、議論の続きに参加してくれてありがとう!


エレノア:ハーイ、ウィラ。こちらこそ、誘ってくれてありがとう。私にとって、マイケル・ジャクソンについて考えたり書いたりすることほど楽しいことはないわ。もちろん彼の音楽を聴くこと別格だけどね。本当のことを言うと、私は、MJの世界史や、映画史に対する理解や知識の広さや深さについて、未だに把握できていないし(いったい彼はいつそんな勉強をするひまがあったの???)、「ヒストリー・ティーザー」にそれら歴史の知識をすべて織り込み、このすごく短い映像作品に、とてつもなく多くの意味を持たせた、信じられないほどの芸術的能力についても、わかったとは言えない。

ただ、ここまでの議論で、私は「ヒストリー・ティーザー」を、様々な映画を引用した、複雑なコラージュだと思うようになったのね。ひとつひとつに、強い思いと歴史的知識が込められていて、それらが合わさって、マイケル・ジャクソン自身の物語になった。白人が支配する社会で名声を勝ち得ていった、パワフルな黒人アーティストである彼の側から語られる物語にね。その物語は、彼の存在や経験をより広い文脈の中に置き、彼個人の経験だけでなく、一部の人間を優位に置き、他を犠牲にするようなシステムに絡め取られた人たちの経験にも、思いを巡らせたものよね。「ヒストリー・ティーザー」は本当に、歴史について、マイケル・ジャクソンについて、そして慈悲について、私たち考えさせてくれる。私はこれを圧倒的に素晴らしい作品だと思うし、他の人もそう思ってくれることを願うわ。

個人のレベルで言うと、HIStory(彼の物語)はTHEIRstory(彼らの物語)へのアンチテーゼ。彼らの物語というのは、メディアによって繰り返し語られる嘘が、そのうち大衆心理に深く根を下ろして出来るものね。それらの嘘は、ヒトラーが「大きな嘘」と読んだものの類で(*1)、あまりに「巨大」で、「事実をそれほどまでにひどくねじ曲げる人がいる」とは誰も思い至らないのね。ヒトラーがナチスドイツにおけるユダヤ人の名誉を損ねるために言ったのもそのような嘘。

『ヒストリー・ティーザー』でマイケル・ジャクソンは、自分を地獄へ陥れたシステムを強く非難することで、自分を守ろうとした。そして、目的を達成するために『独裁者』と『意志の勝利』を使ったのね。

『意志の勝利』を思い出させる映像を使うことで、彼を破壊しようとした文化をナチスドイツにたとえた。そして、『独裁者』のテーマとプロットを引用することで、『意志の勝利』が讃えてしまった悪を明らかにし、そればかりか、『独裁者』の最後の有名な演説にあるような、『意志の勝利』が提示したものに代わるような世界観を提示して見せた。


ウィラ:いい総括だわ。エレノア。ありがとう。


エレノア:どういたしまして。


ウィラ:三つの映像作品を年代順に追っていくうえで、1934年公開の『意志の勝利』と1940年の『独裁者』を比較することから始めなくてはね。まず、前者では、アドルフ・ヒトラーは超人的な人物として登場するけど、『独裁者』は風刺映画だから、チャップリンは彼を傲慢で無能な人間、おばかなアデノイド・ヒンケルとして描いている。ヒトラーを取り巻く神話的なオーラをさらに取り払うため、チャップリンはヒンケルを「Fuhrer」(フュアラ:ドイツ語で指導者)ではなく「Phooey」(フューイ:英語で「ふーん」とか「ちぇっ」といった意味)と呼ぶ。同じように、ヒトラー内閣の閣僚であるヘルマン・ゲーリングや、ヨセフ・ゲッペルスは、チャップリンの映画では、ドジなへール・ヘリングや、へール・ガービッチ(ガベッジ〈ゴミ〉と発音されている)になっている。


エレノア:そして面白いことに『独裁者』の直前、MJの好きなお笑いトリオの「三ばか大将」が出演した、ナチスドイツを皮肉ったもう一つの作品があるのよね。


ウィラ:彼らの短編映画『You Nazty Spy(ナチのスパイめ!)』のことね。ドイツでのファシズムの興隆に対して、ハリウッドが反応したことや、しなかったことを論じた本が新しく出版されて、私はまだ読んでないんだけど、記事によれば、「三ばか大将の作品は、映画館で、ナチスドイツの本質を表現した一番最初のもの」とあるわ。長編映画である『独裁者』は、同じ年なんだけど、それより後に公開されているのね。

『独裁者』という作品の雰囲気は『意志の勝利』とはかなり異なっているけど、作品の意図や視点も違っている。『意志の勝利』では、何もかもが大規模で、もの凄い数の群衆、もの凄い数の兵士、記念碑的建造物、そして、ナチスのリーダーたちは、あえて言うなら、外見的に描かれている。と言うのは、カメラのアングルによって、私たちは彼らを見上げているような格好になっている。まるで台座に載った像や、オリンポスの神々のように。彼らの頭の中にある考えや感情なんて、わからないようになっている。実際のところ、私たちは彼らの人間性なんて見なくていいのよ。だって彼らは、神話的で、神のような存在としてそこにいるんだから。


エレノア:そうね。リーフェンシュタールはあらゆる技術を駆使して、ナチスのリーダーたちをÜbermenschen, つまり「スーパーマン」として描いているのね。


ウィラ:まさしくそうね。対照的に『独裁者』では、チャップリンの映画がいつもそうであるように、全てが等身大で、日々の生活のつらさ、特に権力側に目をつけられているユダヤ人のゲットーに暮らす人たちのつらさが描かれている。それは、チャップリンが二つの役、衝動的に命令を下す独裁者ヒンケルと、独裁者の命令によって人生をまるっきり変えられてしまうユダヤ人の床屋の二人を演じることで強調される。見る側は、ヒンケルと、床屋の場面を交互に見ることで、威張ってるだけで、頭が空っぽで、情緒も鈍い独裁者のファシスト的妄信が、どれほど、床屋や、彼の友達だけでなく、そのコミュニティ全体に危険が及ぶかということが、すごくはっきりとわかる。

そして、二本の映画は似通った事柄、ファシストのイデオロギーが、国の未来やアイデンティティや、自国への意識に与える影響について扱っているけど、そこにある世界観や雰囲気、そして意味するところは、これ以上無いほどかけ離れている。


エレノア:そうね。そして、これらの映画を年代順に考えてみると、『意志の勝利』が作られた1934年から『独裁者』が作られた1940年のあいだに、とても多くのことが起こった。そして、1940年から第二次世界大戦の終わりに起こったことによって、それらの映画の意味や重要性も変わったのよね。


ウィラ:先を聞かせて、エレノア。


エレノア:たとえば、1934年には、ヒトラーやナチスは、第一次世界大戦に敗れたドイツに希望を与え、共産主義に対する防波堤になったと賞賛されていて、リーフェンシュタールの映画も拍手をもって讃えられた。ところが1940年になると、ヨーロッパで戦争が起こり、多くの人々がドイツに対して不安を抱くようになった。結果として、国際世論も変わりはじめ、同じ映画が、非常に疑わしい体制のプロパガンダとして、懐疑的に見られるようになった。

ナチの脅威にみんなの目を向けさせ、ヒトラーのパワーやカリスマ性を損なわせるべく、チャップリンは『独裁者』を作り、1940年の10月にニューヨークでプレミア上映を行った。アメリカが第二次世界大戦に参戦する1年前のことよね。リーフェンシュタールが、ヒトラーを立派に見せようとした方法を参考に、チャップリンは、ヒトラーのふんぞり返った姿を嘲笑し、彼を等身大の人間に描いた。自らの驚くべき喜劇的才能を使いつつ、チャップリンが描いたのは、喜劇とはほど遠い状況だった。

現在では、多くの人が、ナチスをおちょくって批判するなんて、好意的に見ても、適切ではないと考えるでしょう。でも、思い出して欲しいのは、1940年には、ヒトラーの狂気の全体像はまだわかっていなかったし、「最終的解決」(ユダヤ人の大量虐殺計画のこと)も徹底して実行されてはいなかった。後年になって、チャップリン自身が言ってるわ。「ナチの収容所の本当の恐怖を当時知っていたならば、あの映画を撮ることはなかっただろう」って。


ウィラ:それは重要なポイントね。ふり返って見ると、今の人たちには、『独裁者』は悲劇を矮小化していて、無神経に見えるかも知れない。でも、強制収容所のような残虐行為は1940年の時点ではまだ知られていなかったし、あなたが言ったように、実際、最悪の事態はまだ起こっていなかったのよね。それはもっと後の戦争中に起きたことだから。

海外で起こっていることに対するアメリカの態度は、この時点ではすごく複雑だった。アメリカは、1941年12月7日に日本がパールハーバーを攻撃するまでは、公式には参戦していなくて、1940年は、武器や資金援助などの支援を連合国側に供与していた。実は、この国の歴史で唯一の平時徴兵制が始まったのは、1940年の9月で、『独裁者』が公開される1ヶ月前。アメリカは戦争に備えてはいたけど、積極的に参加してはいなかった。それは、第一次世界大戦でたくさんの犠牲者が出たことから、戦争に巻き込まれることをすごく嫌っていたからなのよね。

だから、あなたの言うことはわかるわ、エレノア。『独裁者』を理解し、その価値を知るには、それが製作された頃の歴史的背景を考慮しなくてはね。この時代は、戦争がいろいろな国を巻き込んでいくのを目にしながら、アメリカが大いに迷っていた時期であり、ホロコーストの恐怖の全容がまだわかっていなかった時期なのよね。


エレノア:そうなのよ。そして、第二次世界大戦で明らかになったことは、『独裁者』に対する私たちの感じ方を変え、『意志の勝利』への見方も180度変えたということよね。『意志の勝利』は、第三帝国(*2)の栄光の象徴ではなく、強制収容所と大虐殺の象徴になってしまった。で、「ヒストリー」におけるこれらの映画の使い方についての議論を複雑にしているのは、1940年と1994年の間に再び、このふたつの作品の重要性というのが変化していることなの。それも劇的にね。

「ヒストリー」が作られた1994年には、すでに何世代もの映像作家が、ナチスの残虐行為やその横暴を描く手軽な手段として、リーフェンシュタールのような映像手法を使っていた。だから、私たちはそういった映像が「ヒストリー」に現れた時、即座に嫌悪感を感じてしまうのよね。この映像効果によって、「ヒストリー」は、我々の心の奥深くにある、意識もしていないような感情を呼び覚まし、「集団的な罪の意識」のメカニズムと結びつけ、アメリカ文化の中にある人種差別や広範囲な抑圧の悪を明らかにした。そして、1994年には、『独裁者』はナチスに対する風刺映画というよりも、その役を演じていたチャップリンの栄光が失墜していた。マイケル・ジャクソンと同じような原因でね。(②に続く・・・)

(註)______

(*1)大衆は、小さな嘘より大きな嘘にだまされやすい。なぜなら、彼らは小さな嘘は自分でもつくが、大きな嘘は怖くてつけないからだ(アドルフ・ヒトラー)

(*2)第三帝国/ナチスドイツを示す言葉として知られている。元はキリスト教神学で「来るべき理想の国家」を意味する「三時代教説」と呼ばれる概念で、まず「律法の元に俗人が生きる『父の国』時代」、そして「イエス・キリストのもとに聖職者が生きる『子の国』の時代」、そして最後の審判の後に訪れる、「自由な精神の下に修道士が生きる『聖霊の国』の時代」の三つに分けられると定義されていて、「第三の国」は、来るべき理想の国であるというニュアンスを持っていた。
その後、保守革命の思想家アルトゥール・メラー・ファン・デン・ブルックが、1923年に著した『第三帝国論』の中で、第一の国である神聖ローマ帝国と、第二の国であるドイツ帝国の正統性を受け継ぐ「第三の国(第三帝国)」の創設を唱え、ナチ党(国家社会主義ドイツ労働者党)統治下のドイツで、これが盛んに用いられた。(→ https://ja.wikipedia.org/wiki/第三帝国より要約)



[PR]
by yomodalite | 2015-10-23 06:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)
f0134963_2154122.jpg


☆藤永先生に贈ったマイケルの曲[1]のつづき

2012年1月15日

藤永先生へ

年末からお正月までの間に『ロバート・オッペンハイマー』を読ませていただきました。

これまで、その名前ぐらいしか知らない私でしたが、それでも決定版に間違いないと思える御著に出会えて、大変、有意義な読書体験に、お恥ずかしながら「感想文」も書いてしまいました。

それと、年末に言っていた「マイケルCD」、昨日ポスト投函いたしましたので、ご笑納いただけると幸いです ←これは字義どうりの意味なんですが、先生のブログで下記も読ませていただいて、

◎慈善家は人間を愛しているか
◎レニ・リーフェンシュタールの『アフリカ』

最初のメールに書いた「マイケルのおかげで藤永先生に出会えた」ということを再度意識してしまったので、またもや長いメールを書いてしまうことをお許しください。

このCDは、私が「1日の終わりに聴きたいと思う曲」を集めたものなんですが、自分でも意外に思ったことがありました。選曲する前は予測していなかったのですが、最も多くの曲を選んだのは「HIStory」というアルバムで、これはマイケルのこれまでのベスト版(Dick1)と新曲による(Disk2)の2枚組アルバムで、一般的に(Disk2)は下記のように評されています。

歌詞やサウンドのあまりの「悲痛さ」「メディア批判」「怒りの表現のストレートさ」に困惑してしまった。少なくとも『オフ・ザ・ウォール』以降のアルバムに存在した「ファンタジックな魅力」というものがないように感じられてならなかった。マイケルが純粋にやりたいことをぶちまけた、ある意味、彼のキャリアの中で最も「自己主張の強い」「まとまりのない」アルバムである。(西寺豪太『マイケル・ジャクソン』より)

Disk2は「Scream」という曲で始まって「Smile」(チャップリンの「モダンタイムス」のテーマで1954年に歌詞が加えられたもの)で終わる構成になっていて(先生にお送りした曲はすべて[Disk2]から)、このアルバム発売のティーザーは下記をご覧ください。




私はレニ・リーフェンシュタールのファンだったので、当時このティーザーが「意志の勝利」のリメイクだということは分かりましたが、チャップリン、マーロン・ブランド、マイケルの繋がりは、極最近意識したもので、これがチャップリンの「独裁者」スピーチへの返答だということには最近まで気づきませんでした。マイケルの軍隊は、チャップリンスピーチの

自由な世界のために、国境を無くし、強欲や憎しみや不寛容を追放するために、戦おう。科学や進歩がすべての人の幸せのためになる、そんな世界のために共に戦おう!

を映像化したもので、だから、アルバム最後の曲が「Smile」だったんだと思うんです。

このティーザーは当時、批評家たちから「ポップシンガーによる、最も派手な自己神格化だ」などの批判を受け、これ以降、彼はますます激しいメディア攻撃を受けるようになりましたが、彼の死後は、その評価が一転し、彼が大変な慈善家だったことを称賛したものが多くなりました。

◎[リーフェンシュタール関連]マイケル・ジャクソンの顔について(14) “HIStory”

でも、私はその評価の盛上がりには冷めた感情を持っていて、むしろ、私は、生前の彼の慈善家としての活動によって、彼を少し誤解していたというか、完璧には好きではなかったんです。

1985年の「We Are The Would」は、先生もご存知の曲かもしれません。マイケルはこの曲を作曲し(クレジットは共作)スター揃いの参加メンバーの中でも、当時最も人気のあるアーティストでしたが、彼はそのプロモーションビデオの中でも非常に控えめで、発売後に大々的に行われたチャリティコンサート(ライブエイド)にも参加していません。

音楽評論家の渋谷陽一氏は「ウッドストックは、イベントそのものが大きな事件であった。しかし、ライブエイドは「チャリティ」という話題を借りなければイベントが成り立たず、音楽の影響力が低下した証拠だ」という旨の発言をしているのですが、

私は、マイケルの死後、彼の慈善事業について少し調べるようになって、アフリカへの支援が、なぜ、“音楽の力”を奪っていったのか? その問いを誰よりも考え続けたのが、マイケル・ジャクソンだったと思うようになりました。

ちなみに「We Are The Would」はハイチ地震による被災者支援曲として、彼の死後である2010年にも、新たなスター達によって新ヴァージョンが発表されていますが、私はこれにもあまり感心できませんでした。(素晴らしいアーティストが、大勢参加しているのですが....)

先生へのCDには、マイケルがソロで歌っている「We Are The World」のデモを収録しました。私は当時も今も「We Are The World」があまり好きではないのですが、このデモ版は、何度聴いても涙が溢れてならないんです。






それで、最初から「Smile」と「We Are The World」のデモは、収録するつもりだったのですが、自分で意外だと思ったのは、同じく「HIStory」から「You Are Not Alone」「Childhood」という曲も、今までそれほど好きな曲ではなかったし「Little Susie」という曲も考えていなかったのですが、不思議なことに、先生へのプレゼントとして選曲を考えているうちに、これらの曲の魅力に気づいてしまったという感じなんです。


f0134963_22271941.jpg


まだ聴いてもいない曲に対して、自分の感想を押し付けるようで申し訳ないのですが、、最後にもうひと言。

最初の案では、ラスト曲を「Smile」にしようと思っていたのですが「Hold My Hand」という曲に変更しました。これは、彼の死後に正式発売されたものですが、セネガル出身のAkonという人気アーティストとの共演で(2008年のAkonのアルバムに収録予定でしたがネットでのリークにより発売中止)、元々大好きな曲なのですが、どーゆーわけだか、ますます、もうどうしようもなく好きになってしまって、しかも、どうしても「Smile」の後に入れたくなってしまいました。

本当に「ご笑納」いただけると幸いです。


ここから、メールに書いていないこと.....

先生、「Hold My Hand」(僕の手を取って)は「モダンタイムス」(「Smile」)のラストシーンのように、2人が並んで歩いて行くと言うよりは、マイケルの手に導かれて、空を飛んでいるような感じがするんです(この歌は作詞作曲ともにMJではなく、Akonの元に寄せられた曲からMJが気に入って共作したもの)。

マイケルにはチャップリンにはない「翼」があるようで、これは「Rubberhead Club」の11条にあるように

「ピーターパン飛行学校での飛行訓練が活かされているんじゃないかと思うんですが、、どうでしょう?(笑)


☆藤永先生に贈ったマイケルの曲[3]につづく


[PR]
by yomodalite | 2012-02-01 22:34 | MJ系ひとりごと | Trackback | Comments(0)

チャップリンのスピーチ

f0134963_2381485.jpg


このスピーチは、映画『独裁者』の最後のシーンで行われたものです。以前、歴史的に有名な映画として、これを聞いた(見た)ときは、独裁者に操られて、戦争に行くのではなく、わたしたち自身のために、立ち上がろうというメッセージを訴えたものだと思ってました。

それが間違っていたとは思っていませんが、この数年、MJのことを考えない日はないぐらいの毎日を過ごしてきたせいか、今日あらためてスクリプトを読んで、自分なりに訳してみて、なんだか全然わかっていなかったという気持ちと、やっぱり、そうだったのかなぁという気持ちも半分あって、結局のところ、すごく泣いてしまいました。

私は、チャップリンを歴史的偉人として知っている世代なのですが、この映画のチャップリンを批判したのは、戦争執行者たちや、支持者たちだけではなく、彼のファンや、映画評論家からも、決して評判がいいものとはいえなかった。

そこに至るまでの、コメディ演技の素晴らしさに対して、ラストの演説シーンはなかった方が良かったという感想は、今でもよく見られます。

そういった感想を抱く人は、この映画が公開されたとき、多くのユダヤ人が実際に収容所に送られ、ドイツ国民もその政策を支持し、日本はドイツの同盟国として、戦争に参加していたということの想像ができないのでしょうか? 

ヒトラーは、実際にこの映画を観たそうで、チャップリンは是非その感想が聞きたいと言ったという。私は、これが、心優しく人々を楽しませてきたコメディアンが行った演説だということを絶対に忘れたくないと思います。

映画の日本語字幕も、熱いスピーチに見合った素敵なものだと思いましたが、

◎独裁者(ラストの演説・DVDをコマ送りしながら、書き起こしてみた)

チャップリンの最後の映画が、マーロン・ブランドが主役で、MJの最後のSF(実質的に)にも、ブランドが登場しているという繋がりを強く感じ始めてから、チャップリンとMJの類似は、それを感じるだけでなく、ときどき突き刺さって来るような感覚を感じて......

それで、英文スクリプトから自分でも訳してみました。




I'm sorry but I don't want to be an Emperor, that's not my business. I don't want to rule or conquer anyone. I should like to help everyone if possible, Jew, gentile, black man, white.

申し訳ないが、私は皇帝になどなりたくない。そんなことはごめんだ。私は誰も支配したくないし、征服したくもない。私は、できるなら、すべての人を助けたい。ユダヤ教徒も、キリスト教徒も、黒人も、白人も。


We all want to help one another, human beings are like that. We all want to live by each other's happiness, not by each other's misery. We don't want to hate and despise one another. In this world there is room for everyone and the earth is rich and can provide for everyone.

私たちはみんな、お互いに助け合いたいと思ってる。人間とはそういうものなんだ。私たちは、お互いの不幸でなく、お互いの幸せによって暮らしたいんだ。憎み合ったり、軽蔑し合ったりなどしたくない。この世界には、だれにでも暮らせる場所がある。この大地は豊かで、誰にでも恵みを与えてくれる。


The way of life can be free and beautiful. But we have lost the way. Greed has poisoned men's souls, has barricaded the world with hate;
has goose-stepped us into misery and bloodshed.

人生は、自由で美しいはずなのに、私たちは進むべき道を見失っている。強欲によって精神は毒され、世界には憎悪の壁が築かれる。私たちは歩調を合わせ、悲惨と流血への道を行進している。


We have developed speed but we have shut ourselves in :
machinery that gives abundance has left us in want.
Our knowledge has made us cynical, our cleverness hard and unkind.

私たちは、スピードを発達させたことで、逆に閉じこもりがちになり、機械化は、私たちを豊かさにすると同時にさらに欲張りにし、私たちが得た知識は、私たちを皮肉にし、賢さは、私たちを冷たく、不親切にしている。


We think too much and feel too little :
More than machinery we need humanity ;
More than cleverness we need kindness and gentleness.

私たちは、多くを考えて、感じることが少なくなっている。機械化よりも人間性が大事で、賢くなるよりも、親切や思いやりの方が必要なんだ。


Without these qualities, life will be violent and all will be lost.

こういった本質を失ってしまったら、人生は暴力的になり、なにもかも失ってしまう。



The aeroplane and the radio have brought us closer together. The very nature of these inventions cries out for the goodness in men, cries out for universal brotherhood for the unity of us all.

飛行機やラジオは、私たちを近づける。こういった発明の本質は、人々の良心に呼びかけることだ。私たちみんなが普遍的な人類愛でひとつになろうと呼びかけるのだ。


Even now my voice is reaching millions throughout the world, millions of despairing men, women and little children, victims of a system that makes men torture and imprison innocent people. To those who can hear me I say "Do not despair".

今、私の声は世界中の何百万という人たちに届いている。絶望の淵にある男性や、女性、そして、幼い子供たち、罪のない人々を拷問にかけ、拘束するシステムの犠牲者に届いている。彼らに私は伝えたい。「希望を失ってはならない」と。


The misery that is now upon us is but the passing of greed, the bitterness of men who fear the way of human progress : the hate of men will pass and dictators die and the power they took from the people, will return to the people and so long as men die [now] liberty will never perish. . .

私たちは、今、悲惨な現実を味わっている。でも、強欲も、人間の進歩を恐れる男性の辛さも、一過性のものだ。憎しみはいずれは去り、独裁者たちは死ぬ。そして、彼らが人々から奪った力は、人々に戻るだろう。人類が絶滅しない限り、自由が絶滅することはない。


Soldiers : don't give yourselves to brutes, men who despise you and enslave you, who regiment your lives, tell you what to do, what to think and what to feel, who drill you, diet you, treat you as cattle, as cannon fodder.

兵士たちよ。あなたを軽蔑して、奴隷にするような人間に従うな。彼らは、君たちが、何をして、どう思い、何を感じるべきかまで指示し、君を、家畜のように扱って、砲弾の餌食として利用しようとしている。


Don't give yourselves to these unnatural men, machine men, with machine minds and machine hearts. You are not machines. You are not cattle. You are men. You have the love of humanity in your hearts. You don't hate, only the unloved hate. Only the unloved and the unnatural. Soldiers: don't fight for slavery, fight for liberty.

君たちは、機械でも、家畜でもない、心に愛と尊い人間性をもっている人間だ。だから憎んだりしない。愛のない者だけが憎むのだ。愛されず、不自然な者だけが。兵士たちよ!奴隷として戦うのを止めて、自由のために戦うのだ!


In the seventeenth chapter of Saint Luke it is written:
"The kingdom of God is within man"
Not one man, nor a group of men, but in all men; in you, the people.

ルカの福音書17章には「神の国は人々の中にある」と記してある。ひとりの男の中にではなく、特定の集団にでもなく、すべての人々の中に、そして、君自身の中に存在すると。

You the people have the power, the power to create machines, the power to create happiness. You the people have the power to make life free and beautiful, to make this life a wonderful adventure.

あなた方人々は、力を持っている、その力は機械を創造し、幸福も創造する。あなた方人々は、この人生を素晴らしい冒険にし、自由で美しくする力もある。


Then in the name of democracy let's use that power, let us all unite. Let us fight for a new world, a decent world that will give men a chance to work, that will give you the future and old age and security.

民主主義の名のもとに、この力を使い、団結しよう。新しい世界のために、働く機会が平等に与えられる世界のために戦おう。それは、君たちに未来を、古い世代には安全を与えるだろう。


By the promise of these things, brutes have risen to power, but they lie. They do not fulfil their promise, they never will. Dictators free themselves but they enslave the people. Now let us fight to fulfil that promise.

これらを公約をすることで、彼らは政権をもった。でも、彼らは嘘つきだ。彼らは約束を果たさない、絶対に。独裁者たちは自分自身を自由にし、人々を奴隷化する。私たちは、本当に約束のために共に戦おう。


Let us fight to free the world, to do away with national barriers, do away with greed, with hate and intolerance. Let us fight for a world of reason, a world where science and progress will lead to all men's happiness.

自由な世界のために、国境を無くし、強欲や憎しみや不寛容を追放するために、戦おう。科学や進歩がすべての人の幸せのためになる、そんな世界のために共に戦おう!


Soldiers! In the name of democracy, let us all unite!

戦士たちよ!民主主義の名のもとに、団結しよう!


(下記は恋人ハンナへのメッセージ)



Hannah, can you hear me? Wherever you are, look up, Hannah. The clouds are lifting. The sun is breaking through. We are coming out of the darkness into the light. We are coming into a new world. A kind new world where men will rise above their hate and brutality.

ハンナ、聴こえるかい? 君がどこにいたって、見てごらん!ハンナ、雲は上がり、太陽が現われる。暗闇の中に、明るい光が射し始め、新たな世界がやってくる。新たな世界は、人々が憎しみや暴力を克服して生まれるんだ。



The soul of man has been given wings, and at last he is beginning to fly. He is flying into the rainbow, into the light of hope, into the future, that glorious future that belongs to you, to me and to all of us. Look up, Hannah. Look up.

人の魂は翼を与えられている。そして、ようやく飛び立とうとし、虹の中に飛び立った。明るい希望をもつ未来の中に、輝かしい未来は、君にも私にも、私たちすべてにやって来る。上を向いて、ハンナ!


◎『独裁者』(ウィキペディア)


f0134963_2337943.jpg
写真は、晩年期のチャップリン


ヒストリー・ティーザーは、この『独裁者』の演説を発展させたものだと思います。

◎[関連記事]マイケル・ジャクソンの顔について(14) “HIStory”

チャップリンも、MJも「正義」のためには戦わない。

正義は、善と悪を分けようとし、善人と悪人を作り出す。だから、必ず「憎しみ」が生まれるし、その感情に囚われてしまう。そして、それを「独裁者」は支持する。独裁者がいても、殺人を実行する多くの人々がいなければ、戦争を起こすことはできないから。

罪のない人が拘束され、裁判は「無罪」を勝ち取らなくてはいけないという「システム」によって、善と悪が決定される。だから、MJは、いつも裁判のときにおどけていたのだ。

やっぱり、忘れてはいけないのは、あのときのMJの「スマイル」だと思う。






[PR]
by yomodalite | 2011-12-20 23:50 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(5)
f0134963_9184931.jpg
『伯爵夫人』Countess from Hong Kong 1967



☆(39)のつづき

SF「You Rock My Would」でのブランドとMJの会話にこだわって、日本語版の和訳のニュアンスを自分なりに解釈し直したり、ほんのわずかしかない2人の会話の意味を考え続けたのは、このときのMJの、怒りと、哀しみが同居しているような「表情」の意味が、よくわからなかったからです。(→このシーンは[32]参照)

「You Rock My Would」は、冒頭はコメディタッチで、MJの表情も「コメディ」よりの感じがしました。ところが、酒場の雰囲気も登場する役者も、これまでのような「ミュージカル」よりの出演者たちとは異なり、リアルに血の匂いを感じさせ、MJは、彼らのような現実的な人物とは異なる「違和感」を発散していました。


f0134963_9195595.jpg
『伯爵夫人』Countess from Hong Kong 1967



一方、ブランドは登場シーンでは、他の出演者と同じく、リアルなギャング映画の人物像を演じていますが、MJとの対面シーンから一転して「コメディ」タッチに転調し、自らのパロディも演じているようです。

ところが、ここでも、MJはブランドの「ボケ」に応じず、それまでのコメディ寄りとは、逆の「暗い表情」でブランドを見つめている。(→[38]冒頭の写真)

「You Rock My Would」について、わたしが読んだ批評によれば、このときのMJの演技は、女(Kishaya Dudley)を本当に買ったのはブランドで、そのことと、波止場を支配する“ボス”への怒り...というようなものでしたが、

そうであるなら、ブランドのパロディ演技は何のためかわかりませんし、そういったストーリーに集約するには、このSFには、他にも様々な違和感が感じられ、何かしっくりしないというのが、わたしの永年の謎でした。


f0134963_921163.jpg
Brando&Sophia Loren『伯爵夫人』Countess from Hong Kong 1967



わたしは、その謎をきっかけに、ブランドの映画を観たり、自伝を読んだりするうちに、すっかり、ブランドに魅了され、これが、波止場を舞台にしたギャングと若者の話ではなく、MJのブランドへの特別な想いの方が、より重要な「物語の鍵」だと思うようになったのですが、

その特別な想いの中身は(30)を書いていた時点で想像していたことより、ずっと遠い地点まで広がってしまって、自分でも困惑しているんですが、さらに困ったことには、この想像が、そんなに外れていないような気がするところなんです(笑)。

あくまで、そんな気がするだけだということと.....また、これをどう説明したらいいのかに関して、もっとも困惑しているということを、あらかじめご了承くださいませ。


f0134963_9272271.jpg

さて、

(39)で「チャップリン、マーロン・ブランド、マイケル・ジャクソンという繋がりに1本の糸が見えてきた」と思ったのは、

ブランドの自伝『母が教えてくれた歌』で、チャップリンの遺作『伯爵夫人』(Countess from Hong Kong)に出演したときのエピソードを読んだことがきっかけでした。

◎『伯爵夫人』(アマゾン)


f0134963_9302919.jpg


ブランドは、チャップリンのことを、メディアが生んだもっとも偉大な天才で、彼に匹敵するような才能を持ち合わせた者など、ほかには思い当たらず、誰1人として足下にも及ばないと言うぐらい尊敬しているのですが、その尊敬するチャプリンの『伯爵夫人』はとんでもない失敗作で、

また、共演した息子(シドニー・チャップリン)に罵声をあびせつづけ、彼のシーンを何度も撮り直したことなどの行為を「無類のサディスト」と評し、常に撮影現場にいたチャップリンの妻のウーナにも、義理の息子をかばおうとしなかったことを見るに耐えなかったと書いています。

わたしは、最初これを読んだときは、ブランドの感想を文字通り信じ、彼の言うように「人間チャップリンは、長短さまざまな要素がからみ合ってできていた。その点では、私たちと何ら変わらない」といった表現から、チャップリンのことを考えていたのですが、



f0134963_9324827.jpg


しばらく経ってよくよく考えてみると、ブランドの「人間チャップリン」の評価には、「彼の眼には、そう見えた」ということがあるように思えてきました。

『伯爵夫人』への評価は一般的にも高いとは言えませんし「人間チャップリンは、長短さまざまな.....」といった表現は、どんな天才にもあてはまる表現ですが、少し異なるのではないかと思ったのは「息子への酷い仕打ち」の部分です。

ブランドの自伝を読んでいない方に少し説明すると、彼の両親は2人ともアルコール中毒で、親からの愛の欠乏に苦しみ、生涯通して悩み続けていて、ブランドの自伝は、偉大な成功を収め、長くスターの座を維持してきた俳優の自伝としては、随所に痛々しい魂を感じるものです。(そこが彼の魅力なのですが....)特に、先に母親が亡くなると、母を幸せにできなかった父親への憎しみがより一層増していたり、彼の度を超したプレイボーイぶりも、母からの愛の欠乏が原因だったように思えるのですが、

そんな分析が解決に繋がることはなく、永年のセラピーへの依存から、最後に出会ったハリングトン博士のセラピーでは、過去に触れることより、あらゆる事象について議論することに熱心になっていく。



f0134963_9351850.jpg
演技指導中のチャップリン:Sophia(左)、Sydney(右)



ブランドが、一度だけ、ハリングトンに「私が憤怒の塊なのは、父のせいだと思う」と告げると、

ハリングトン「憤怒とはどういうことだい?それが父上へのわだかまりから来ているというのかい?」
ブランド「そう」
ハリングトン「ほう、今この瞬間もわだかまりを感じているの?」
ブランド「いや、今感じているわけではないのだが」

ハリングトンは「そうか」と言い、話はそれっきりだった。しかしなぜか、この反応で彼は怒りから解放されたように感じ、

他にも、診察室に飾られた造花の花から、現実の不確かさを示し、人生のすべての事象は個人的な知覚に左右されるということや、彼から「きみの見方は必ずしも真実をとらえてはいない」ことを教えられたことや

ハリングトンにもっとも感謝しているのは「自分と他者を許す術を示唆してくれたことである」と著している。(『母が教えてくれた歌』P385)


f0134963_9473958.jpg

多くの精神医は、最終的にどうしても許せない相手が「親」であると知っている。

わたしには、両親がアルコール中毒だったという経験はないし、それ以外にも彼との共通点はまったく見当たらなけど、ブランドが父への憎しみから解放されるためには「自分と他者を許す」ことだと理解したことは、よくわかる。

親から愛されなかったという思いは、他人の賞賛では代えられないし、親への憎しみは、自分への憎しみと切り離すことができない。それでも過去は代えようがないから、今の自分が「許す」こと以外に方法はないのだけど、そんな風に何度思ったところで「許す」ことはむずかしい。それは、今の自分には出来ても、こどもだった頃に「許す」ことが出来ないからでしょう。


f0134963_9483858.jpg
『伯爵夫人』撮影オフ:Sydney、Chaplin、Sophia Loren



コメディアンも、俳優も、偉大なエンターティナーの幼少時が、幸福であることは少ないのですが、チャップリンの幼少時は、その中でも特に「不幸」な例だと思う。

チャップリンの両親はともに芸人で、彼が1歳のときに離婚。彼は5歳から舞台に立ち、7歳のときに父を亡くすが、その間も養育費はほとんど払われず、母は極貧生活で精神に異常を来たしたため、4歳から孤児院や貧民院を転々とし、10歳で地方劇団の一員となる。

母はときどき良くなる兆しを見せるものの、チャップリンがある程度稼げるようになり、極貧生活から抜出せた後も、完治することはなく、亡くなってしまう。

それでも、チャップリンの自伝には、父への憎しみはあまり書かれていない。

◎『チャップリン自伝〈上〉若き日々』(アマゾン)
◎『チャップリン自伝〈下〉栄光の日々』(アマゾン)


f0134963_957374.jpg
演技指導中のチャップリン:Brando&Sophia Loren



『チャップリン自伝』は1959〜1963年に書かれ、1964年、彼が75歳のときに出版され、4人目の妻ウーナに捧げられている。

ブランドの自伝『母が教えてくれた歌』は1994年、彼が70歳のときに出版され、2人の姉と精神科医ハリングトン、クライド・ウォリアー(インディアンの民族運動家)、ボビー・ハットン(17歳で射殺されたブラック・パンサー党員)と15人のこどもたちに捧げられている。

MJの自伝『ムーンウォーク』は1988年、彼が30歳のときに出版され、フレッド・アステアに捧げられている。偉大な人物の自伝としてはめずらしく、あまりにも若い頃に書かれているので、比較することはむつかしいのですが、


f0134963_9591556.jpg
Brando&Sophia Loren『伯爵夫人』Countess from Hong Kong 1967



ブランドの父への感情から、MJのことを思い出すひとも多いでしょう。ふたりは共に、父から、褒められなかったことや、愛されなかったことを語り、恵まれないこどもたちの支援を熱心に行っています。ただし、その後のMJは父を許し、ブランドのように長く苦しむことも、自分の子供たちとの関係に問題を抱えることもなかった。(『息子マイケル・ジャクソンへ』参照)

チャップリンとMJが、父を許すことが出来たのは、チャップリンの場合は、父と同じ職業を継ぎ、MJの場合は、父の教育によって成功に導かれて、ともにエンターティナーという職業で成功し、また、2人ともその職業についたことを「天職」だと感じていますが、ブランドはそうではなく、子供たちのいずれにも、芸能界の仕事を反対している。

わたしは、ブランドの自伝で『伯爵夫人』への記述を読んでから、その映画を観て、ブランドの「人間チャップリン」の評価は少し違うのではないかと思ったのですが、それは、チャップリンが、この映画の重要な役に息子シドニーを抜擢させているだけでなく、あとに女優として活躍することになるジェラルディンや、その他エキストラにも、ファミリーを登場させ、撮影現場に妻も招いているからです。


☆ “反省・反省・反省”につづく


[PR]
by yomodalite | 2011-09-19 10:11 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(5)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite