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オウム真理教の精神史―ロマン主義・全体主義・原理主義

大田 俊寛/春秋社




『ヒストリー』20周年で、アメリカだけでなく、日本の1995年を思い返しているのですが、その年は、阪神大震災が起こり、オウム真理教によるサリン事件があった年でした。

20代から30代までグノーシス主義の研究に専念したという著者は、2011年に出版された本書で、これまでに出版されたオウム関連書籍を、元信者、ジャーナリスト、学問的著作に分類し、特に、学問的分野において、適切に論じられているものがなく、


・中沢新一『「尊師」のニヒリズム』

・宮台真司『終わりなき日常を生きろーオウム完全克服マニュアル』

・大澤真幸『虚構の時代の果てーオウムと世界最終戦争』

・島薗進『現代宗教の可能性ーオウム真理教と暴力』

・島田裕己『オウムーなぜ宗教はテロリズムを生んだのか』


著者は上記の代表的な五点の問題点を

オウム事件の原因を70年代後半から80年代以降の日本社会、すなわち、高度経済成長を達成した後の日本社会の問題に帰着させていることである。このような着眼はまったく間違っているというわけではないが、端的に言って、視野が狭すぎる。現代の日本社会においてオウムのような「カルト」が発生するに至ったのは、それに先行するさまざまな歴史的要因の蓄積があり、学問的分析においては、そのような要因をも視野に収めなければならない。
それとは逆に、仏教研究を専門とする学者によって執筆された論考にしばしば見られるものだが、オウムの問題を、例えば仏教史全体から考察しようとすることは、視野が広すぎる。宗教のあり方はそれぞれの時代によって大きく異なっており、近代以前の仏教の教義とオウムのそれを比較することは、両者の根本的な差異が大きすぎ、有効な分析にはなりえない。オウムはしばしば原始仏教へと回帰することを訴えたが。その精神史的ルーツが本当に仏教にあるのかということ自体を疑問に付す必要があるだろう。


という。このあと、オウムの教義が近代宗教の特質を備えていることを確認すると、「第1章」では、そもそも「宗教」とは何なのか、について、キリスト教の成立から、主権国家と政教分離に至るまで。といった内容が展開され、やはり「視野が広すぎる」のでは? と思うものの、


そのあとの第2章で、サブタイトルにもあるように「ロマン主義」、第3章で「全体主義」、第4章で「原理主義」と、近代宗教や精神史の総括が簡潔にまとまっているので、オウムのみならず、宗教やスピリチュアル、オカルト、陰謀論を考えるうえでは、ちょうどいい視野と言えるのかも。(ただし、本書の「ロマン主義とは何か」という説明は、宗教のなかの「ロマン主義」を説明する文章であって、精神運動全般としてのロマン主義を誤解させかねない点は要注意)


下記は、神智学、ニューエイジ思想、トランスパーソナル心理学、チベット仏教、インドの導師・・など、現在のスピリチュアルの根源が数多く登場する、


第2章「ロマン主義ー闇に潜むわたし」から(省略・要約して抜粋)


近代においては、主権国家の枠組みのもと、科学力・経済力・軍事力等が歴史的に類を見ない速度で発展し、またそれに伴って、社会の巨大化と流動化と複雑化が右肩上がりに進行していった。それではこのような社会において、人々が心理的に求めるものとは何だろうか。それは、世界の全体像を知りたい、ということである。


今や社会はあまりにも巨大化しており、事実上、誰もその全体像を一つの視野に収めることができない。また、社会はあまりにも高度に複雑化しており、誰もその詳細を見通すことができない。誤解してはならないのは、社会の全体像を把握することができないのは、それが非合理的な存在だからではなく、合理的に組み上げられたネットワークそのものが、今やあまりにも巨大で複雑なものと化しているからである。しかし人々は、自分が生きている世界の構造を知り、その全体像を見渡したいという欲望を断念することができない。そこから、幻想的な「世界観」が生まれることになる。

 

そして次に、自分が生きている意味を知りたい、ということである。啓蒙主義は、万人には平等な理性が与えられていると説くが、このような主張は実は、群衆社会に生きている人々にとっては、不安や恐怖の原因でしかない。なぜならそれは、自分自身が他の誰とでも交換可能な存在に過ぎないということを示すものだからである。人々はむしろ、自分がかけがえのない存在であり、自分の人生に固有の意味があるということを実感したいと欲する。複雑な社会のなかで一つの部品のように生きている自分は「偽りの自分」に過ぎず、「本当の自分」は見えないところに隠れている、と考えるのである。

 

近代人のこのような心理的欲望から、多種多様な幻想が析出されてくることになるが、ロマン主義という思想は、その主なものの一つである。


ロマン主義的宗教論の系譜をたどる上で、最初に取り上げておきたいのは、ドイツの神学者フリードリッヒ・シュライアマハーが著した『宗教論』という著作である。1799年に初版が公刊された『宗教論』は、副題に「宗教を軽んずる教養人への講話」と記されており、もはや人間は宗教という迷信にすがる必要はないとする、当時の先進的知識人に向けた反論として執筆された。


彼は、心のなかに湧き上がる宗数的感情を「宇宙の直観」と呼ぶ。『宗教論』では、究極的存在者を「神」という言葉でなく、「宇宙」や「無限(者)」という用語が使用される。『宗教論』という著作は、キリスト教の本質を捉えることを目的としているが、それ以上に、個別宗教としてのキリスト教やその人格神の観念を突き抜け、宗教一般の本質へと到達しようとしたものなのである。そして彼が言う「宇宙」とは、目に見える宇宙の背後に、あるいは人間の心の深部に存在する、不可視で精神的な「宇宙」なのである。


『宗教論』という著作は、美しい文体と説得力のある論理の運びによって多くの読者を獲得し、後世にも長く影響を与えた。しかし、実際に、シュライアマハーが提唱したことをそのまま実現しようとすると、オウムのような「カルト」的傾向を帯びた宗教が立ち現れることになる。また、人間の心の中には「宇宙」という無限の世界が広がっており、それに触れて自己を変革することに、宗教の本質があるというアイデアは、その後、数多くの心理学者たちによって具体的に展開される。(→ウィリアムズ・ジェイムズ『宗教的経験の諸相」~P63)


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19世紀にヨーロッパで生まれたロマン主義という潮流は、20世紀後半のアメリカ・ニューエイジ思想においてヴァラエティに富む表現や実践方法を獲得し、60年代以降、日本では「精神世界」というカテゴリーが作り出され、ニューエイジ思想以上に雑多な内容のものがそこに放り込まれた。具体的には、東西の神秘主義、錬金術、魔術、ヨーガ、密教、禅、仙遊、輪廻転生、超能力、占星術、チャネリング、深層心理学、UFO、古代偽史などであり、一見したところ相互にどのような関連を持っているのか見分けがたいが、その大枠は、何か「宇宙的なもの」を感じさせてくれる対象の集まり、ということになるだろう。


シュライアマハーは「心のなかの宇宙」に触れて本当の自分に目覚めることを宗教の本質とし、宇宙を経験するために古今東西のさまざまな宗教について学ぶべきであると提唱したが、日本の「精神世界」論は、ポピュラーな水準でそれを具体化したもので、オウムもまた、こうした精神世界論のなかから生み出されたものの一つだったのである。

 

日本にヨーガを持ち込んだのは、心身統一論で知られる中村天風、神智学系のヨーガ団体の竜王会を主催した三浦関造、ヨーガ教典の翻訳に努めた佐保田鶴治などがその先駆けとなるが、クンダリニー・ヨーガを広く社会に浸透させたという点から考えると、超心理学を提唱した本山博、阿含宗の教祖である桐山靖雄に注目する必要がある。

 

本山博(1925~)は、霊能者の母を持ち、東京文理科大学(現・筑波大学)で博士号を取得した本山は、自らの神秘的経験を科学的に検証することを志す。その成果として1963年に公刊された処女作が『宗教経験の世界』。この著作では、超感覚的な存在を科学的に探求する試みが世界中で始まっていることが紹介され、J・B・ラインの超能力(ESP)研究、ユングの深層心理学、そしてヨーガの実践による超感覚的なものの体験が挙げられている。論理構成としては、ヨーガの修行者や霊能者が主観的に体験している超感覚の世界を、いかにして科学的に明らかにしうるかという問題が取り上げられ、著作の結論部においては、宗教経験に全体として三つの段階の深まりがあること、その第三段階おいては「心霊との全き一致」が生じることが論じられる。

 

本山の活動は、「超心理学会」の開設や「宗教心理学研究所」の運営など多岐にわたるが、1978年に公刊された『密教ヨーガ』という著作では、ヨーガの目的が「身体や心を健全にするだけでなく、人間の存在そのものを霊的に進化させ、宇宙の絶対者と一体にならしめるところにある」と説かれ、宇宙との一体化を実現するためには、クンダリニーを覚醒させ、身体内の七つのチャクラを問くことが必要であると説かれる。この著作には、本山自身の体験についても豊富な記載があるが、クンダリニーが覚醒したとき、一時的に身体が空中に浮揚したということが述べられている。オウムの信者のなかには、本山の著作や指導によって最初にヨーガに触れたという者も数多く存在した。

 

ヨーガや密教の修行をポピュラーなものとするのにより大きな役割を果たしたのは、本山の活動と並行して発展した、桐山靖雄(1921~)の「阿含宗」である。オウムの初期信者たちの多くが阿含宗に所属しており、麻原自身もかつて阿合宗で修行していたことが知られている。桐山は81年に『1999年カルマと霊障からの脱出』という著作を公刊し、ノストラダムス・ブームに荷担するとともに、悪しきカルマの増大によってこの世に破局が訪れるという形式の終末論を唱え、その論法はオウムにも引き継がれていった。また、阿含宗は関連会社として平河出版社を経営しており、桐山の著作だけでなく、ニューエイジ関連本も多数出版された。そのなかの一冊が1981年に中沢新一による『虹の階梯』である。(P99~104)


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第3章「全体主義 ー 超人とユートピア」から(省略・要約して抜粋)


フランス革命の標語「自由・平等・友愛」に示されているように、近代社会を支える理念とは、個々の人間が自由で平等な主体として存立し、友愛の念を持って相互に尊重し合うということである。啓蒙主義においては、あらゆる人間には平等に理性が備わっているとされ、ロマン主義においては、個々の人間は他に還元できないかけがえのない固有性を持っていると見なされる。人間のあいだの共通性に着眼するのか、あるいは差異性に着眼するのかという点において、啓蒙主義とロマン主義の主張は対極的であるが、それでも両思想のベースには、人間の本来的平等の観念が存在していると見ることができるだろう。

 

しかし、地縁や血縁から切り離された「自由で平等」な個人が都市部に集合して群衆化し、アノミー的に裁き続ける近代社会において、人々は逆説的にも、生の指針を示し、自分を導いてくれる、特権的な人物の存在を強く希求するようになる。


一例を挙げれば、啓蒙的な自主独立の精神に立脚していたはずのフランス革命は、実際にはロベスピエールという一人の「カリスマ」によって唱導された。また、ロマン主義において、宗教の本質は心のなかに潜む宇宙を独白に探求することであるとされたが、自らの霊性をどれほど深く探求し、開発したかに応じて、人々から「導師」として仰がれるような高位の人物が現れてきた。


政治哲学者ハンナ・アーレントは群衆意識の性質について、次のように述べている。


大衆は目に見える世界の現実を信ぜず、自分たちのコントロールの可能な経験を頼りとせず、自分の五感を信用していない。それ故に彼らには或る種の想像力が発達していて、いかにも宇宙的な意味と首尾一貫性を持つように見えるものならなんにでも動かされる。事実というものは大衆を説得する力を失ってしまったから、偽りの事実ですら彼らには何の印象も与えない。大衆を動かし得るのは、彼らを包み込んでくれると約束する、勝手にこしらえ上げた統一的体系の首尾一貫性だけである。(『全体主義の起原』第三巻、80頁)


人々の利害はあまりに細分化・多極化しており、すべての人問に共通する利害を見出すことが難しい。ゆえに政治家や運動家は、特定の利害ではなく、明確に目には見えないものの、個々人がそこに自らの生の基盤があることを実感し、自我を没入させることができるような「世界観」を提示しようとする。全体主義とは一言で言えば、孤立化した個々の群衆を特定の世界観のなかにすべて融解させてしまおうとする運動なのである。


アーレントは、全体主義が構築する世界観について、次のように論じる。


全体主義運動は(中略)権力を握る以前から、首尾一貫性の虚構の世界をつくり出す。(中略)全体主義プロパガンダは大衆を空想によって現実の世界から遮断する力をすでに持っている。不幸の打撃に見舞われるごとに嘘を信じ易くなってゆく大衆にとって、現実の世界で理解できる唯一のものは、言わば現実世界の割れ目、すなわち、世界が公然とは論議したがらない問題、あるいは、たとえ歪められた形ではあってもとにかく何らかの急所に触れているために世間が公然と反駁できないでいる噂などである。(『全体主義の起原』第三巻、八三頁)

 

白身が生活する現実世界の全体像を見渡すことができない群衆は、現実世界の「割れ目」に存在するものを手掛かりにして、幻想的な世界観を作り上げる。ナチズムの場合で言えば、肯定的な存在としては、「ゲルマン民族の血の高貴さ」であり、否定的な存在としては「ユダヤ=フリーメイソンの陰謀」ということになるだろう。群衆はこうした不可視の想像物を基礎に据えることによって、幻想的で二元論的な世界観を構築する。すなわち、彼らは、自らの本来的アイデンティティはゲルマン民族としての血統にあるが、劣等民族であるユダヤ人や秘密結社のフリーメイソンがその高貴さを汚そうとしている、こうした相克こそが世界の実相である、と思い込むのである。


エーリッヒ・フロムがナチズムの運動に雪崩れ込んでいった群衆の心理を「自由からの逃走」と呼んだように、根無し草としての放恣な自由に疲れ、苦悩を抱える群衆は、その心の奥底では、強固な束縛こそを希求しているのである。(~P117)


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近代人に「超人」というヴィジョンを提示しだニーチェは、近代の世界においてはもはやキリスト教の原理が通用しないこと、キリスト教が提示してきた目的論的な歴史観が失効してしまったことに、もっとも正面から向き合おうとした。主著の『ツァラトゥストラ』で、主人公のツァラトゥストラは、独白に近いスタイルで「超人」について語り始める。しかしそもそも、なにゆえに超人の存在が必要とされるのだろうか。

 

ひと言にで言えば、それは、キリスト教の神がすでに死んでしまったため、神の存在を基準として人間主体を陶冶してゆくという従来の方法が、もはや通用しなくなったからである。ニーチェは、キリスト数的な主体から超人へと至る精神の歩みを、駱駝、獅子、小児という三段階の比喩を用いて語っている。駱駝とは、敬虔の念に溢れた重荷に耐える精神、キリスト教の規範に従属する禁欲的精神のことを指すが、これに対して獅子は、「われは欲す」という欲望と意志の言葉によって、その生き方を打ち砕く。しかし獅子も、新しい価値を自ら創造することはできない。それが可能なのは、無垢な小児である。小児は、過去については忘却し、その目は常に新しい始まりに対して開かれ、世界生成のありのままの姿を肯定する。「創造の遊戯」によって新たな価値を生み出すことができるのは、小児=超人なのである。

 

ニーチェは、プラトン主義的な形而上学や、神の国の実現という目的=終末を設定するキリスト数的な歴史観を、空虚な「背後世界」の存在を仮定し、それによって人間の価値や存在意義を提造しようとする錯誤的な思考であるとして、厳しく退ける。それに代わってニーチェが持ち出すのは、いわゆる「永劫回帰」の世界観である。あの世などという「背後世界」は実在せず、存在するのはあくまでこの世だけである。そしてこの世において、万物は流れ去るとともに、再び同一の状態へと回帰する。死もまた、人間の生にピリオドを打つものではない。人の一生はまったく同じあり方で、同じ世界のなかに再び回帰してくるからである。何らの意味も目的も終わりもなく、流れ去っては、永久に回帰し続ける世界。しかし、ニーチェの思想は、シュタイナーやユングのような20世紀のロマン主義者たちに多くの霊感を与えただけでなく、ナチズムにおける進化論や人種論を支えるバックボーンともなった。(P126。ウェーバーのカリスマ論~群集心理学~精神分析のパラノイア論)


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『わが闘争』において、ヒトラーがユダヤ的なるものとして指弾している対象、民主主義、マルクス主義、マスメディア、国際金融資本、売春業などには、確かに共通した傾向が見られる。それは、人間を慣れ親しんだ故郷の大地から引き剥がし、不透明で流動的な社会へと投げ込むもの。すなわち、近代的な群衆社会の特性を象徴するものなのである。しかしながら、彼の思索は、論理的一貫性を備えているとは言い難い。具体例を挙げれば、ヒトラーは、マルクス主義と資本家を共にユダヤ的だと見なしているが、言うまでもなくマルクス主義は資本家の打倒をその政治目標として掲げており、対立する両者がともにユダヤ的というのは、辻褄があわない。そこでヒトラーが持ち出すのが、いわゆる「ユダヤ陰謀論」である。ユダヤ人による活動はきわめて多岐にわたり、一見したところ支離滅裂で、ときに対立しているかのように思われるが、その背後にはすべての糸をひいている秘密結社が存在し、ある目的を達成するために、隠された計画を進めているのである。


表面的に露わになったものにはその「裏」があるのではないだろうか、と考える「陰謀論的解釈学」は、必然的に裏の裏、裏の裏の裏を追求することを余儀なくされ、その妄想の連鎖には歯止めが利かなくなる。(~P148。「洗脳の楽園」~グルジェフのワーク、ヤマギシ会の農業ユートピア)


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第4章「原理主義ー週末への恐怖と欲望」


原理主義という言葉は、本来、20世紀初頭のアメリカに現れたキリスト教・プロテスタントの一派を名指すために使われ始めた言葉であるが、視野を広げてみれば、キリスト教やその他の一神教だけでなく、日本の宗教思想にもその存在が認められる。日蓮主義はその一例であるが、日本において特徴的なのは、オカルト思想に由来する原理主義、例えば「竹内文書」に基づいた偽史的世界観や、ノストラダムスの予言書に基づく終末思想が大きな影響力を振るい、国内に流入したキリスト教原理主義と奇妙な混淆を起こしていることである。


アメリカ社会において一般に原理主義が広まったのは、急速に普及したテレビによって、「テレビ説教師」と呼ばれる人物たちが登場したことによる。彼らの歴史観は「ディスペンセーション主義」と呼ばれ、その最も有名な書物はハル・リンゼイが1970年に公刊し、アメリカで1800万部を売り上げた『今は亡き大いなる地球』である。リンゼイはイスラエルの再建を終末へのカウントダウンが開始された確証であるとみなす。同時にイスラエルの存在は、中東情勢を不安定にする要因となっており、メギドの丘(ハルマゲドン)に「諸国の王」が呼び集められ、最終戦争が引き起こされるための条件が徐々に整いつつある。旧約聖書のエゼキエル書にあにイスラエルの敵として登場する「ゴグ」をソ連のことだと考え、両者の間に核戦争が勃発すると予測する。ダニエル書の記述から「北の王」をソ連、「南の王」をエジプトだとし、エジプトもイスラエルへの侵入を目論んでいると考える。世界情勢は聖書の預言どおりに進行しており、ハルマゲドンは間近にせまっている。とする。(P177。~ブランチ・ダビディアン)


アメリカのキリスト教原理主義の信仰形態は、日本にも伝達された。日本ホーリネス教会の創始者、中田重治は、世界の終末とキリストの再臨が迫っていること、、そしてその際、正しい信仰をもった信者は救済されると説いたのだが、そこで、根本的な疑問に直面する。果たして、神の救済計画の中に、日本人の救済が含まれているのだろうか?このような疑問に回答し、信仰への確信を得るために、中田はきわめて突飛な論を引き寄せる。いわゆる「日ユ同祖論」である。(P183。~竹内文書、ローゼンベルグの『20世紀の神話』、ヒヒイロカネ)


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第二次大戦中から戦後にかけて、日本では最終戦争や、終末論に関する言説は影を潜めたが、1970年以降、再び活気を取り戻す。ハル・リンゼイが提示した終末論を焼き直した書物を執筆する人々が現れ、彼らの著作も多くの読者を獲得するようになり、その代表者の一人が、宇野正美である。宇野は、キリスト教の終末論に加え、ユダヤ陰謀論を唱えるようになり、1986年に出版された『ユダヤがわかると世界が見えてくる』『ユダヤがわかると日本が見えてくる』の二書は、100万部を超えるベストセラーになった。


また、1970年代半ば以降『地球ロマン』『UFOと宇宙』『迷宮』など数々のオカルト雑誌を公刊し、『ムー』や『トワイライト・ゾーン』の発刊、編集にも間接的に関わった、武田崇元は、東大法学部在学中にトロツキーを始めとする共産主義の思想に触れ、卒業後は大本教の出口王仁三郎の霊学思想へと軸足を移した。結果として武田の世界観は、共産主義と大本霊学という二つの革命思想を混淆させたものとなり、「霊的革命」「霊的ボルシェビキ」と称され、『はじまりのレーニン』などの革命感は、中沢新一にも影響を与えたと言われる。武田の著作はそれほど多くはないが、「有賀隆太」というペンネームで書かれた『予言書 黙示録の大破局』という著作の末尾に、世紀末の日本に「オカルト神道」が復活し、その流れから「再生のキリスト」が出現することが予言されている。(P193。~五島勉『ノストラダムスの大予言』~仏教による千年王国の実現~川島徹『滅亡のシナリオ』)


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このあと最終章の第5章で「オウム真理教の軌跡」として、麻原の出生からのサリン事件に至るまでの軌跡が綴られています。


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by yomodalite | 2015-10-19 23:20 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

さよなら、サイレント・ネイビー―地下鉄に乗った同級生

伊東 乾/集英社



さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に乗った同級生 (集英社文庫)

伊東 乾/集英社



ダーリンが図書館から借りてきていた本書の表紙を見て、ヨットで冒険したひとの話かと思い、何気にページを開いてみて驚きました。

まったく想像していなかったのですが、これはオウム事件に関する本でした。

サブタイトルにある「地下鉄に乗った同級生」というのは、地下鉄サリン事件の実行犯である豊田亨。

著者は、死刑判決を受けた豊田亨と、東大時代、同じ研究室にいて、作曲家・指揮者としても活躍し『題名のない音楽会』の司会をしていたことでも知られている、伊東乾氏(現在・東大准教授)

◎豊田亨(Wikipedia)

おそらく、このブログに記録した2倍以上、オウムに関する本は読んでいると思いますが、本書は『A3』と同様、大変重要な本だと思いました。

2冊とも著者の全力で書かれた印象で、『A3』は主に90年代からの日本を振り返るドキュメンタリだったのに対し、本書は、著者の生い立ちから、第二次大戦なども踏まえた日本社会への言及から、執筆時の2005年までを振り返り、著者の全人生をかけて、親友だった豊田亨と、彼が巻き込まれた「オウム」とはなんだったのかを問う内容になっています。

想像ですが、豊田亨に死刑が確定されたのは2009年のことなので、著者は上告が棄却される前に、友人の本当の姿を知ってもらいたいという一心で書かれたのではないでしょうか。(←この表現に対し、著者よりコメントをいただきました)死刑が求刑されるような被告の主張など聴きたいと思う人は少ないかもしれませんが、日本の裁判は始まった時点で、有罪が確定しているといっていいほど「無罪率」が低く、報道は検察の主張のみを報道しています。

被告の報道での印象と、著書で描かれる人物像とがかけ離れていることは、事件を扱った本を読むとき、毎回思う感想ですが、豊田亨のことを描いてくれたことを、著者に感謝したいと思いました。

オウム真理教が引き起こした事件の中でも、教団とまったく関係のない被害者を多数生んだ地下鉄サリン事件が起きたのは1995年。この教団が関わる事件には多くの謎があり、そういった事件の場合、10年以上立たないと「真相」は見えて来ないものですが、本書は2006年に出版され、その年の開高健ノンフィクション賞を受賞した佳作。

アマゾンの内容紹介には、刊行前から各メディア取材殺到とありますが、著者によれば、受賞するまで出版のあてもなかったとのこと。同年に出版された出版界で常に評判の高い藤原新也氏の『黄泉の犬』に対しても、同様の話がありましたし、予定通りの裁判に影響を与えるような出版は、常に歓迎されていないのでしょう。

以下は、本書から(村上春樹の『アンダーグランド』に書かれた部分に対して)

俺は、村上春樹は嫌いじゃない。むしろ好きだと言ってもいい。村上春樹は〈加害者=オウム関係者〉のプロフィールが、ひとりひとりマスコミが取材して、ある種の魅惑的な物語として世間に語られているのに、もう一方の〈被害者=一般市民〉のプロフィールの扱いが、まるでとってつけたみたいだったから、この『アンダーグラウンド』の仕事をしたって言うんだ。とても価値があると思う。ただ、この豊田の部分みたいなのは、基本的な事実も間違っているし、あまりに類型化されてて、正直ひどいと思った(p144)


エリート研究室って何? 世の中に、うちは〈エリート研究室〉ですっていう研究室があんの? 最低のレッテル貼りと思考停止だと思った。豊田が選考したのは素粒子理論、理学系基礎研究の最高頂点みたいなものだったけど、村上春樹はなんて書いてる〈応用物理学を専攻し、優秀な成績〉は、およそ判で押したような類型で、普段の村上のいいとこと正反対と思った(p145)

地下鉄サリン事件の法廷を見に行った村上春樹は〈自分たちが人生のある時点で、現世を捨ててオウム真理教に精神的な理想郷を求めたという行為そのものについては、実質的に反省も後悔もしていないように見受けられる〉って言うんだ。そこで信者が完全にしらふだったって仮定に立ってものを言っているけど、実際には薬盛られたり、いろんなマインドコントロールや洗脳のテクニックで、蟻地獄に落とされていくんだ。特に高学歴の連中は、狙い撃ちにされて落とされていった、この段階からすでに被害者なんだけど、そういうことがいっさい表に出てこない(p146)

村上春樹は、社会の〈どうしてこのような高い教育を受けたエリートたちが、わけのわからない危険な新興宗教なんかに?〉という質問に〈あの人たちは「エリートにもかかわらず」という文脈においてではなく、逆にエリートだからこそ、すっとあっちに行っちゃったんじゃないか〉って書いてある。これは半分当たっているだけに、最悪の間違いだと思う(p147)

(引用終了。本書のすべてではありませんが、この部分は「相棒」と呼ばれる女子大生を「ワトソン役」にして、会話するという構成になっています)


著者は、なぜ高学歴のエリート達がオウムに? という疑問に、何も調べることなく、類型的な「エリート像」で語ってきた社会に対し、実際に「豊田亨」という男がどんな人間だったかが、心情深く伝わるように、立体的なエピソードで語っています。

サイレント・ネイビーという言葉を、私はこの本を読むまで知らなかったのですが、「黙って任務を遂行し、失敗しても言い訳をせず、黙って責任をとれ」という、海軍の美意識を表現する言葉。

戦後、海軍の美談ばかりに慣れているひとには、本書の第二次大戦以降の日本社会への言及も唐突に感じられるのかもしれませんが、著者は、その言葉を、友人の豊田亨の姿勢と、沈黙に美学を見いだす日本全体の両方に向けて発している。

オウム事件とは何だったのか?という問いも、二度ととこのような事件をおこさない、とか、凶悪事件後、常に聞かれる言葉ですが、直後はもちろん、10年余に渡って考えられたような著作に対し、世間が反応することは極僅かです。

せめて、本ぐらいは読みたいという方へ。

☆上野千鶴子「さよなら、サイレント・ネイビー」とノンフィクションの魅力」
☆有田芳生の『酔醒漫録』
☆第四回開高健ノンフィクション受賞(選評・受賞の言葉・試し読み)

◎参考書評「無回転レシーブ」
◎参考書評「風のたより」

☆さよなら、サイレント・ネイビー〈集英社文庫〉(アマゾン)

◎参考記事
☆元オウム信者で、地下鉄サリン事件実行犯の広瀬健一氏が、
平成20年に大学生へ向けて書いた手紙(忠告)をまとめました。


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by yomodalite | 2012-04-05 16:45 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(2)

私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか ~地下鉄サリン事件から15年目の告白~

松本 聡香/徳間書店



1ヵ月ほど前、平田信オウム事件容疑者逮捕というニュースを見て、この本を読んでいなかったことを思い出しました。

著者は、有名な三女アーチャリーの妹で、松本智津夫の四女。松本家は4人の女の子の後に長男、次男の2人の男の子が生まれている。聡香はペンネームで、父が逮捕されたとき、彼女は5歳。16歳で家出し、2010年に本書が出版されたときは、彼女は21歳でした。本当に痛ましい本だと思う。

死刑囚をもった家族は、ほとんどが一家離散の運命を辿るものだけど、彼女は教団とは別の道を歩もうとしては、家族に連れ戻され、教団では、教祖逮捕後の教団の運営をめぐって、幹部たちにも様々な考えがあり、姉、母、父の愛人たちという「女の争い」もある。

幼い頃から「教祖の娘」として接してきた信者たちは、殺人者として服役し、彼女は少女時代から、度々、彼らの面接にも行っているが、身近に接し、優しかった彼らが「殺人」という罪を冒してしまったのは、自分の父親によるものだという「罪」の意識からも逃れられない。

教祖の娘として甘やかされて育ったのではと思う人も多いと思うけれど、生まれたときから「教祖」だった父親に、彼女は普通の父親としての態度で接したことはなく、それは、正悟師で教祖の妻だった母親へも同様で、

子供の頃から教団で育った子ども達も、他の信者たちと一緒の施設に住み、飲食を含め、ヘッドギアなどの修行も同様にやっていたと彼女は言い、両親が逮捕されたときのことは、こう記しています。

(引用開始)

父に続いて母も逮捕されると、私たち姉妹はタガが外れたように、伸び伸びと子どもらしい日々を過ごしました。父が禁止していたチョコレートを長女が買ってきてくれると、姉妹たちは歓声をあげて飛びつきました。上の弟の部屋がみんなの溜まり場になり、毎日がパーティーのように、みんなではしゃぎました。

厳しい規則で縛られていたことからの解放感もあったのでしょうが、みんなで騒いでいないと両親がいなくなった悲しみには耐えられなかったのかもしれません。


(引用終了)


メディアは、元信者が教団の呪縛から逃れられず、カルトの洗脳が解けていないなどと騒がしく責め立てるけど、信者であることを隠しても、正直に話しても、元信者への差別は激しく、家を借りることさえ困難で、

松本家の子供達は、未成年にも関わらず、教団の責任を負わされ、学校への入学許可さえ降りなかったうえに、ようやく入った学校でも、想像どおりの「いじめ」を受け.....

皮肉にも、彼女の苦しみを救うことが出来るのは「宗教」以外にはないようにも思えてくる。でも、彼女は、それに出会う前に「信仰」の苦難ばかりを知りすぎている。

本書には、教祖である父親や家族に対して、興味深い記述が多くあります。正直、それらは、彼女の年齢を考えると、当時の記憶というよりも、後から学習したというか、記憶の修正が行われているように思える部分も多々あるのだけど、それでも、彼女自身の冷静な客観力からは、知性が感じられるだけでなく、彼女の周囲にも知的な人間が大勢いたことが感じられます。

重い精神病にかかってしまった長女への親近感や、自分より年下の長男、次男へは温かい眼差しを向ける著者は、信者たちからの献金で暮らす、次女、三女、母にも、彼女たちと袂を分けた上祐派にも、批判的で、その理由としては「被害者への償い」を第一に考えていないことをあげている。

ただし、一方、自分の行動を記述した部分では、どの場所にも安住出来ず、それは、堪え性がないとも言いたくなるほど、短い期間に居場所を点々としていて、自分を助けようとしている人に対しても、結局、彼女は誰も信じきれず、疑い、離れていってしまう。

自らの進路に迷うだけでいい普通の思春期の少女にとっても、悩みの多い時代に、彼女は、罪の償いをしながら、教団とは別の道を歩んでいくという高い「理想」に呪縛され、結局、どの道も歩んでいけず、自傷行為をくり返した後に、本書は書かれたようです。

その痛ましさと、記憶への疑問はありますが、本書で彼女が語っている中で、もっとも説得力があり、リアルな描写になっているのは、父親に面接したときのもの。

(引用開始)

9年ぶりの再会

次女と下の弟と3人で行った初めての面会の日。私だけが初めての面会だということで、次女と弟は私を父の正面の真ん中の席に座らせてくれました。私は初めての面会という緊張や長い間離れていた父に9年ぶりに会えたという思いで胸がいっぱいになり、言葉がうまく出ませんでした。姉も弟も緊張している様子で話さなかったので、脈絡なく父が笑う声だけが時折面会室にこだまするだけでした。(中略)

その年の暮れに今度は三女と2人で面会に行きました。父はやたらと腕や脛をボリボリと掻いては、時折「シー」と歯の間から声を出す、と言った具合で落ち着きのない様子でした。姉は話をせず父の様子をひたすらノートに書いていました。そのノートは父が娘とすら会話が成立しない状態だということを裁判所に提出するためのものだったようです。

3度目の面会は翌05年8月のことです。この面会が姉弟たちと共に行く最後の面会となったのですが、衝撃的な光景を目の当たりにすることとなりました。父は相変わらず身体のあちこちをボリボリ掻いていて落ち着きがありません。「今日はミラレパの本を読もうと思っているんです」三女が父に言いました。この時、姉は父が尊敬していたミラレパという聖者のことを描いた『ミラレパの生涯』という本を父に読み聞かせようと考えていたようです。(中略)

その直後です。忙しなく動かしていた父の手が止まりました。一瞬、何が起きているのかわかりませんでしたが、私は父のそれをはっきりと見たのです。父はスウェットパンツの中から自分の性器を取出し、マスターベーションを始めたのです。(中略)父の真横に座っていた看守は、私たち3人の沈黙の中に漂っている空気を察知すると、父を見て即座に「やめなさい!」と叫びました。しかし、父はいったんは止めたものの、しばらくすると再び自慰行為を始めました。私の記憶では3回ぐらい繰り返していたと思います。(中略)

三女がやっと口火を切りました「これは恥ずかしいことだから、あまり公にしたくないよね」(中略)でも私は姉に「あそこまで恥ずかしい行為をしたのだから、ちゃんと公にした方がいいんじゃない?」と言いました。というのも、私はショックよりも、もっと大きな疑念を抱いていたからです。それは父の詐病説です。もし、父が精神障害などではなく詐病だったとしたら....

(引用終了)


この面会時の描写は、森達也氏の『A3』での他の娘たちの証言と同様で、『A3』では、詐病ではないと主張するもっとも大きな理由になっているものです。著者(四女)はこのとき14歳で、本書では、このあと四女が家を出る前にひとりで面会に行ったときの記述があります。

(引用開始)

詐病

私が教団の起こした事件の全貌を知ったのは15歳のときでした。それまで学校でいじめを受けたときもそうでしたが、なぜ父が死刑判決を受けるに至ったのか、何が原因だったのか、私には知らないことがあまりにも多かったのです。置かれている環境に常に違和感を抱いていながら、それが何かを私は探しあぐねていました。

家族、いえ教団の構造と過去の歴史と、関わった事件。それらを自分なりに検証することで、私は自分の中にある違和感や謎が少しずつ解けていくのでは....と、そんな期待をしていたのかもしれません。

初めて事件の内容を知ったのは、父の裁判の一審で弁護団長をされた渡辺 脩弁護士の著書『麻原を死刑にして、それで済むのか?』を読んでからでした。それからインターネットで検索して世論や、いろんな識者の意見を知るうちに、自分がどうして今のような状況に置かれているのかが少しずつ理解できたのです。

事件のことを知ると、私は家族の態度にも不信感を抱くようになりました。悲惨な事件を引き起こした者の身内なのに、事実上、教団から得たお金(信者からの献金)で何食わぬ顔で贅沢をして暮らしていることを、おかしいと思うようになったのです。(中略)

そうした心の変化は家族や信者たちの考え方とは対極のものでしたから、次第に日常の些細な出来事においても溝が生じていくのは当然です。しばらくすると周りの人たちとは修復できないほどの壁ができていました。(中略)

それからしばらくして、私は家を出ました。家出した時、私は、家族はもちろん、教団関係者とも訣別し、父とも、もう二度と会わないと決心しました。(中略)しかしその後、ジャーナリストの江川紹子さんに「1度は会って自分の気持ちを整理した方がいいのではないか」と勧められるなど、いくつかの偶然が重なり再び面会することになりました。(中略)

姉たちと面会に来ても、父に対してはあくまでも教祖と弟子として振る舞いましたし、家族という感覚ではありませんでした。でも、私は娘として父と向き合いたかったのです。その一方で、同じ父の子なのに、父の愛人の子どもたちは面会できないのに自分だけ会っていいのだろうか、という戸惑いもありました。(中略)

面会の許可がおりると長い通路を歩きながら、私は何度も深呼吸を繰り返しました。とても緊張していたのです。その日の父は、全身に気力がみなぎっていて、以前会った時と、だいぶ違って見えました。「さとかです。お久しぶりです」そう言ったあとで、本当に来てしまってよかったのだろうかという思いが頭をよぎりました。

目が見えなくても、父はそんな私の逡巡している気配を察したのでしょう。「何でも言ってごらん」というように、微かに首を振りました。「いきなり来てしまってごめんなさい。今日は他の人と面会の予定だったのですが、先に会った人がいたので....」父は身動きもせずに私の方を向いていました。「あの、大丈夫ですか?」具合が悪いのではないかと思い慌てて尋ねると、父はまた「うん、うん」と頷きました。たったそれだけの仕草でも、私にとっては昔、一緒に暮らしていた頃の懐かしい父が思い出されました。

「痩せましたね。この前来たのは一昨年の夏ですよね。私は太りすぎですけど」と言って私は笑ってしまいましたが、父は笑うことなく聞き入っていました。今考えると、目の見えない父には私の姿が見えないので笑いようがなかったのかもしれません。

「東京ではこの冬は暖かかったですが、お父さんの居るところはどうでしたか?」父は見えない目で私をじっと見ていました。「私は暖房をつけずに冬を越せたのでありがたかったです。あっ、東京ではって、ここも東京でしたね」

自分でも何をトンチンカンなことを言っているんだろうとおかしくなってしまいました。父も声を立てて笑いました。そして、その笑いに乗じて父が言ったのです「さとか.....」それは私にだけ聞こえるぐらいの小さくて懐かしい父の声でした。父は右手で自分の口を覆い隠すようにして、笑い声でごまかすように私の名前を呼んだのです。

看守は気づかなかったようですが、私には聞き取れました。いえ、おそらく口の動きを見えていなければ私も聞き逃してしまったかもしれません。もしかしたら、父は私の話をちゃんと聞いて理解しているのだろうか。ふと、そんな気がしました。(中略)

「そういえば昔、りんごを一個食べられたって自慢して、お父さんに、もっと食べられるようになるよって言われたことがありましたね。あの時は、そんなこと絶対ないと思っていましたが、お父さんの言った通りになりましたよ。女の子なのに、丸かじりが大好きですし」(中略)

瞑想にしか興味のない父が俗世の話題に耳を傾けるとも思えませんでしたが、あまり沈黙していると面会を切り上げられてしまうので、私は話を続けました。(中略)

必死で笑顔を作ろうとしましたが、そう思えば思うほど泣けてしまいました。とりとめのない話をしているうちに、30分の面会時間は終わりました。(中略)私はドアのところでもう一度振り返り、面会室を出て行く父の背中に向かって「大好き!」と叫び、そのまま駆け出しました。(中略)

このときの面会で、私は父が私をはっきりと認識していたことを確信しました。最初から父は詐病ではないかと疑っていましたが、それが確信に至ったのはこの時の面会での父の態度を見たからだったのです。私は「父はやっぱり詐病だったんだ」とはっきりと悟ったのです。その少し後にも再び父と面会したのですが、その思いが変わることはありませんでした。

(引用終了)


私には、著者が、父が詐病だと「はっきりと感じた」のは、不自然に思えましたが、詐病説をとる人々は明確な根拠もなく、麻原死刑囚に面会したわけでもないのに、とにかく「絶対」そうだと主張される方が多いですね。

本書には、家族だけでなく、有名信者や、死刑囚として服役している信者たちの素顔を綴った文章も多く納められています。

それらは、やはり著者の当時の年齢を考えると不自然で、彼らへの客観性と、自分を見つめる眼の「差」は、アンバランスとしか言いようがないのですが、6歳から、彼女が深く悩み、多くの本を読み、考えてきたであろうことは容易に想像できるような「洞察」になっていて、色々な意味で一読の価値が高い本だと思いました。


◎未成年後見人の辞任について(江川紹子氏によるメディア向け文書)

◎[参考記事]獄中の麻原彰晃に接見して/会ってすぐ詐病ではないと判りました

◎[Amazon]私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか

[目 次]
はじめに
第一章 オウム真理教の亡霊
第二章 教団・その後
第三章 血のキズナ
第四章 悪夢
第五章 妻妾同居
第六章 いじめと登校拒否
第七章 姉と弟
第八章 さすらいの年月
第九章 マスコミ露出と苦悩
第十章 教団幹部たちの素顔
おわりに
____________

[BOOKデータベース]「地下鉄サリン事件のとき、私は5歳だった」―幼い心と体を痛めつけた父の虐待と妻妾同居の異常な生活、間近に見た最高幹部たちの言動、そしてひそかに進む恐るべきテロ計画。激しいイジメと公安当局の執拗な追跡に遭いながらも、罪悪感に囚われ自殺未遂を繰り返す日々。松本死刑囚の家族が初めて明かす殺人教団・オウム真理教の正体と自身の流浪20年間の真実。 徳間書店 (2010/4/24)



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by yomodalite | 2012-02-06 23:44 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(9)

黄泉の犬/藤原新也

本書は、森達也氏の『A3』に登場したことから、確認のために読んでみました。

このブログで、たぶん初めて、この言葉を使うと思うんですが、、、

でも、いつだって評価の高い、藤原氏には安心して言える気がする。。。

わたしは、この人がずっと「キライ」でした。なぜ、そう思うのかは、自分でも説明できない。でも、あの頃、藤原氏の描く不毛は、バブルの恩恵を受けていることに無自覚か、もしくは、免罪符として必要な人のために存在しているんじゃないかと思っていて、今もそうだったと思っているだけ。

『A3』では、他にも数多くの本が引用されていて、巻末の参考資料(41冊)の中から、麻原彰晃によるものと『キリスト教史Ⅱー宗教改革以後』など、オウムと直接関係ないものを除くと、下記の25冊になります。

・オウム法廷(全13巻)/降幡賢一
・オウム「教祖」法廷全記録(全8巻)/毎日新聞社会部編
オウム裁判傍笑記/青沼陽一郎
・オウム真理教とムラの論理/熊本日日新聞編
麻原彰晃の誕生/高山文彦
・「オウム真理教」裁判傍聴記/江川紹子
・裁かれる教祖/共同通信社社会部編
約束された場所で―underground〈2〉/村上春樹
・二十歳からの20年間ー“オウムの青春”の魔境を超えて/宗形真紀子
さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に乗った同級生/伊藤乾
・オウムはなぜ暴走したか。内側からみた光と闇の2200日/早坂武礼
「麻原死刑」でOKか?/野田正彰、大谷昭宏、宮台真司、宮崎学、森達也
・獄中で見た麻原彰晃/麻原控訴審弁護人編
私にとってオウムとは何だったのか/早川紀代秀、川村邦光
・ジ・オウムーサブカルチャーとオウム真理教/プランク編
・検証・オウム真理教事件ーオウムを決別した元信者たちの告白/瀬口晴義
・オウム真理教大辞典/東京キララ社編集部編 西村(新人類)雅史、宮口浩之監修
オウムーなぜ宗教はテロリズムを生んだのか/島田裕巳
「A」―マスコミが報道しなかったオウムの素顔/森達也
・黄泉の犬/藤原新也
・サリンー1995・3・20/中島尚志
オウム帝国の正体/一橋文哉
革命か戦争かーオウムはグローバル資本主義への警鐘だった/野田成人
・オウムと私/林郁夫
・オウムからの帰還/高橋英利

リンクがあるものが読了したもので、読んでいない本もまだまだありますが、『A3』では、2006年に出版された『黄泉の犬』について、

重要な仮説が提示され、事件の様相を一変させる証言を書いたにも関わらず、あらゆるマスコミから無視され、この内容にしてインタヴューが一件もないというの、は経験からして考えられないことで、腹にサラシを巻いて命がけで取材するような者のいないこの時代を象徴している。

という、藤原氏のブログの文章が紹介されていたので、腹にサラシを巻いて取材した部分が、どうしても読みたくなりました。

その部分は、作品の重要な魅力をバラすことになるので、ここに書くことはできませんが、サラシを巻いただけでなく、ギラリと抜き身が光る内容で、藤原氏は、やはり「本物」だと思い、引用した図書の多くに挑戦を投げかけている『A3』の中でも、作品として、森氏がもっとも強く挑戦状を叩き付けたのも、本書なのではないかと思いました。

ただ、『黄泉の犬』は、常に評価の高い、藤原氏の著作の中でも、評価の高い近年の作品ですけど、『A3』を読了後に読むと、その限界もはっきりしたように感じられます。オウム解題としては『A3』が明らかに上をいっていると思いました。

◎黄泉の犬 (文春文庫)/藤原新也

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[BOOKデータベース]藤原新也インド旅伝説に新たに衝撃の一章が加わる!青春の旅を記録した処女作『印度放浪』から34年―その長きにわたって著者が封印してきた衝撃の体験がついに明かされる!『メメント・モリ』の感動を再び甦らせる。藤原新也、インド紀行完結篇。

[MARCデータベース]「オウム真理教の何が若者たちを惹きつけたのか」という疑問を糸口に、かつてインド、チベットを放浪した著者が独自の宗教観を展開する。『週刊プレイボーイ』連載の「世紀末航海録」を大幅に加筆改稿して単行本化。文藝春秋 (2006/10)、文庫版(2009/12/4)





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by yomodalite | 2011-02-01 22:58 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

A3/森達也

A3【エー・スリー】

森 達也/集英社インターナショナル




森達也氏に関しては、2006年に読んだ 『東京番外地』、2007年に読んだ『日本国憲法』から、すっかり興味を失っていたので、本書にはすぐに興味を持てませんでした。森氏は、すっかり「偽善系」の人になってしまったと思っていたんです。でも本書を読み出して、すぐにそれが大きな間違いだったことに気づきました。

『A』を観たひと、『A2』を読んだひとは、絶対にこの『A3』も読んだ方がいい。『A3』は、過去作の遥かに上を行く、森氏の最高傑作だと思いました。

まだ、どの作品にも触れていない方でも、オウム事件のことを覚えているなら、今からでも観て、読んだ方がいいと思う。

森氏は「プロローグ」で本書のことを、

かつて『A』と『A2』を発表したとき、タイトルの意味についてよく質問された。主要な被写体である荒木浩広報部長(当時)のイニシャルのAでもあるし、オウム(AUM)のAでもある。あるいは煩悶(Agony)や反命題(Antithese)もうひとつの代案(Alternative)などのAでもある。などと答えるときもあったけれど、実のところ自分でも、この答えに納得はしていなかった。なぜなら本音は「タイトルなどどうでもいい」なのだ。(中略)

でも、今回の『A3』は違う。意味を込めた。内容を凝縮した。麻原彰晃のAだ。


と述べています。

自分が良いと思うと、すぐ薦めたくなる質なんだけど、、、この本は今までとは比べようがないぐらい必読本だと思う。その最大の理由は、ここに書かれていることは、この本にしか、書かれていないし、今後追随する人もいないと思われるからです。

また、オウム本に関しては1番最近読んだ元アーレフ代表、野田成人氏の『革命か戦争か』のコメント欄でも「オウム タグ」には、お薦め本はないと言っているのですが(『A』に関しては、記録していたことを忘れていましたため。これは良書)本書を、それらに比べて評価するのは、著者がこの1冊に込めた「熱意」が、本の厚み以上に深く感じられるからで、事件の真実、登場人物の描写に関しての同意によるものではありません。

この本を読んでいると、今、小沢一郎やマイケル・ジャクソンを擁護することが、どんなに「楽」で、「安全」かということを思い知らされる。

未曾有の被害者を生んだ犯罪者の本に、上記のふたりを思い出すことに、違和感を覚えたひと、ごめんなさい。

多分、それは、わたしの現在の「ビョーキ」とも言えるMJ好きによるところが大きいとは思うけど、もうひとつだけ理由を考えると、それは、著者の90年代の捉え方に共感を覚えたからだと思う。

マイケルが亡くなったとき、わたしは悲しいという気持ちより「しまった。。」と思い、しばらくして、彼を拒絶した時代のことが、1番心に突き刺ささりました。

森氏は本書で、何度か95年、96年といった、オウムによる時代の文節点を挙げています。

あの事件だけでなく、90年代からを振替える時代のドキュメンタリーとして、
アマゾン評にある「ノンフィクション史上に残る傑作!」に完全同意します。

☆本書の講談社ノンフィクション賞受賞への滝本弁護士による抗議文

◎『A3』(アマゾン)
◎A(DVD)
◎A ー マスコミが報道しなかったオウムの素顔(角川文庫)
◎A2(ドキュメンタリー映画「A」の続編「A2」の撮影日誌)

☆現在は「ひかりの輪」の代表、上祐氏の近況↓
◎上祐史浩×ターザン山本×吉田豪×プチ鹿島の『新春時事放談』
◎上祐史浩氏のオフ会に参加・国松長官事件・村井刺殺事件を聞く
_______________

[内容紹介]なぜ「あの事件」から目をそむけるのか?「何でもいいから、早く吊るせ!」。それが大半の日本人の本音なのか。真相究明なしに「事件」は葬り去られようとしている。『A』『A2』の作者が、新しい視座で「オウム事件」と「日本人」の本質に迫る!

[BOOKデータベース]何か変だよな。おそらく誰もがそう思っている。でも抗えない。多くの謎と副作用ばかりをこの社会に残しながら、急激に風化されつつある一連の「オウム事件」。何も解明されないまま、教祖と幹部信者たちの死刑は確定した―。麻原彰晃の足跡を、新しい視点からもう一度辿る。浮かび上がるのは、現代日本の深層。
集英社インターナショナル (2010/11/26)


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by yomodalite | 2011-01-30 12:23 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

革命か戦争か―オウムはグローバル資本主義への警鐘だった

野田 成人/サイゾー



この本は、3月から読み始めていたのに、ようやく最近読了しました。

これまでに“信者”が書いた本を読んだのは、早川紀代秀が書いた(部分的ですが)『私にとってオウムとは何だったのか』のみ。地下鉄サリン事件(1995年)から、すでに15年が経ちましたが、国家レベルの事件の真相が現れるには、それでも、まだ早いのかもしれません(わたしがもっとも疑問なのは、村井の殺害と、他の信者より年長で医師でもあった林郁夫の死刑が回避されたこと)。

でも、元信者による告白本としては、もう、そろそろ良本が現れる頃ですし、出版元は、オウム信者の脱洗脳で、有名な苫米地英人氏と関係の深いサイゾーということもあって、期待がありました。

ただし、冒頭から第3章ぐらいまでは、以前に書いたように、優秀な理科系の頭脳の持主がオウムにハマっていった様子など、今ひとつ個人的な具体性にかけるというか、他でも読んだような内容で、あまり惹かれなかったんですが、第4章からは、幹部が一斉に逮捕された後、正悟師であった野田氏の責任が重くなり、謝罪や、賠償、住人との軋轢を通して、教団内部の様々な動きを捉えている部分や、教団が上祐派と、依然として尊師絶対で後継者家族を中心としたグループに分かれていく様子などは、本書で初めて読みました。


(下記は、注目個所を要約してメモしたもの)

・獄中の麻原は、破防法適用の前に、長男(当時4歳)と次男(当時2歳)を後継者として指名し(彼らの対して「リンポチェゲイカ」という尊称も指示があった)教団運営体制について、2人の息子、4人の娘を、5人の正悟師に加え運営にあたるという指示があった。

・麻原は、獄中から、破防法の適用を予言し、真理は弾圧されるが、1997年は間違いなく真理元年になるというメッセージを送ってきたが、破防法は回避され、1997年も何もおこらなかった。

・上祐は、1989年の衆議院選挙の落選の際、結果を陰謀とする麻原に対して、たった1人反論した。

・1988年、上祐は獄中から「パソコン事業で稼いだお金は、被害者への賠償に回したらいいのではないか」という提案をしてきたが、当時、金庫番でもあった野田氏は、まだ教団の真理と正当性を信じていたため、耳を貸さなかった。

・松本和子(妻)、次女、三女(アーチャリー)は、教祖をないがしろにするものとして、出所後の上祐の教団運営に批判的だった。(松本和子は裁判では教祖と教団を批判し麻原と離婚すると発言していた)村岡達子、杉浦茂・実兄弟、二ノ宮耕一は懐柔され、反上祐で固まり、野田氏は、上祐寄りとして危惧されるようになった。しかし、三女らの、陰から教団に指示を出すというやり方は、責任の所在がはっきりせず、その後、多くの正悟師が混乱を来たしていった。

・2003年、三女の指示により、上祐は「修行入り」し、教団運営にかかわることができなくなった。

・松本家からの指示は現場レベルで納得できない理想論に偏っており、危険分子でもあるが、実務能力と立場上、野田氏を重用せざるをえなかった。

・実務的な話に介入するのは、松本和子だったが、三女はいきなり電話をかけてきて怒鳴ることもあった。また直接、サマナに「無限地獄行きだね」と宣告することもあった。この当時、三女は、和光大学から入学拒否された際「カルト教団の娘というだけで入学拒否するのは人権侵害。教団とはもう関係ない」と主張していた。

・2004年、野田氏、薬事法違反で逮捕。このとき、野田氏は謝罪を主張したが、教団は「公判で事実関係が明らかになる推移を見て判断する」という判断だった。

・2004年後半、上祐は松本家批判を力説し支持者を集めていく。松本家は荒木(広報)を使って、反上祐宣伝を開始。二ノ宮は幾度か豹変するものの、上祐批判側につき、杉浦茂は途中から一貫して反松本家。

・四女の家出が、原理派の一角を崩すことになる。原理主義者であった、杉浦実と村岡達子は経理を任されたことと、四女による松本家の内実から、徐々に松本家から距離をおくようになる。

・2006年、原理派と上祐派の対立は激しくなり、村岡、杉浦は発言力を失い、松本家の信頼は薄いものの、正悟師としての位と自らの立候補により、野田氏が「アーレフ」の代表となり、上祐は「ひかりの輪」という宗教団体を立ち上げる。

・しかし、元々松本家の信頼が薄く、原理派とそりが合わない、野田氏は教団内で支持を集まられず、2009年3月、除名宣告を受ける。直接のきっかけは「麻原を処刑せよ」という一般大衆向けの原稿.....

(本書からのメモ終了)


野田氏の主張は、自身の除名宣告を正当化するところを差し引いて読むべきですが、どうやら、あまり人心掌握力には長けていない様子や、批判を承知で、自分の想いをぶつけている点は好感を持ちました。また、野田氏がオウムの総括を通して、資本主義への提言をしている部分は、些か固過ぎて、評価しにくいのですが、ハルマゲドン支持者らしい論理が集約されているとも言える。

ボランティア活動と、謝罪活動への取組みの具体的な活動からは、野田氏の本来、オウムに求めていたものが感じられ、また、苫米地氏との特別対談では、オウムの仏教理解を正確に知る、対談相手により、釈迦の空論や、チベットで新たに発見された、昔のサンスクリット語の経典や、オウムが中沢新一の指示でダライ・ラマにお金を払って、チベットに経典を買いに行った話など、以前に洗脳を解いた都沢和子(元オウム信者。当時は美人信者として有名だった)からの話として、紹介されている。

また、苫米地氏は、野田氏の資本主義批判への、具体的な議論相手としてもふさわしく、この対談部分がなかったら、本書の面白さは、かなり減じていたと思う。宗教的理解と、経済が両方わかる対談者は希少で、こういった話相手が、野田氏の周辺にいなかった(野田氏だけでなく、誰にとっても)こと、教祖逮捕後も、残された信者や、被害者、周辺住人、マスコミなどに対応して、自身の論理を進めて行くことは本当に困難だったと思う。

また、サリン事件で逮捕された、多くの信者たちにも、死刑でなく(日本では死刑になると発言手段は相当制限される)、終身刑であれば、事件を無駄にすることなく、生涯をかけての真摯な提言がされただろうと思う。

◎革命か戦争か―オウムはグローバル資本主義への警鐘だった

◎元オウム教団幹部 みどりの家族代表 野田成人のブログ
_______________

[内容紹介]野田成人氏は、アーレフでは代表まで務めた人物ですが、その後、麻原原理主義派と対立し教団を追われたという特別な立場から、教団および一連の事件を総括しております。オウムの破滅的状況を内部から見てきた同氏は、その状況を綻びを見せ始めたグローバル資本主義社会となぞらえ、「その後に待つのは、革命か戦争か」と説きます。その言葉の真意を、本書でご確認いただければ幸いです。サイゾー (2010/3/11)



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by yomodalite | 2010-07-14 13:24 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(3)

危険な思想家/呉智英

危険な思想家 (双葉文庫)

呉 智英/双葉社




橋本治氏の著作をひさしぶりに読んだら、呉智英氏の本も久しぶりに読んでみたくなりました。

2人とも思春期のわたしにとって、強く心に響いた方々で、呉智英氏は民主主義が絶対でないことをはじめて気づかせてくれた先生でした。(『封建主義 その論理と情熱 さらば、さらば民主主義よ!』改題『封建主義者かく語りき』)

書評など、雑誌などでは読んでいましたが、まとまった著書を読むのは、もしかしたら30年ぶりぐらいかもしれません。

でも10年前の著作にもかかわらず、内容はまったく古くなっていませんし、残念ですが、アエラはまだ発刊されていて、あの恥ずかしい一行コピーもまだ健在のようです。

本書で、恥ずかしい人々として登場するのは(数字は2008年4月の検索ヒット数)、住井すえ(2,410)、中野孝次(50,500)、野間宏(41,200)、津村喬(12,800)、最首悟(5,600)、芹沢俊介(47,300)、上野俊哉(21,000)、大江健三郎(665,000)、大江光(19,100)、佐高信(178,000)で、想像どおり、大江健三郎が筆頭で、佐高信も意外としぶといですが、他はすでに影響力はなく、

ちなみに呉智英氏は(235,000)なので、

切通理作(40,100)、佐伯啓思(60,800) 、浅羽通明(71,000)、西部邁(142,000)、本多勝一(160,000)、ベンジャミン・フルフォード(164,000)、大月隆寛(173,000)、福田和也(184,000)、西尾幹二(195,000)、副島隆彦(227,000)より影響力大で、

橋本治(316,000)、吉本隆明(321,000)、宮崎哲弥(378,000)大塚英志(465,000)、 勝谷誠彦(405,000)、小林よしのり(648,000) 、宮台真司(684,000)、筒井康隆(838,00)より影響力が低いと思われる。(あれだけTVに出ている宮崎哲弥氏のヒット数の低さに驚いた)

それにしても、ご・ちえいが、くれ・ともふさであるのは、よく知られていることですが、本名が新崎 智(しんざき さとし)だったのいうのは、今日初めて知りました。

【目次】
第1章 オウムの托卵
・オウムと惰眠知識人たち
・異物と孤独
第2章 人権真理教の思考支配に抗して
・人権真理教と差別
・聖なる白痴の零落
・民主主義の顕教密教と人権朱子学の崩壊
第3章 眠れない世のために
・歴史がわかると現代がわかる
・左翼全滅の時代の「左畜」
・痴漢より恥ずかしい「アエラ」の広告
・あいまいな日本語の新聞
・「噂の真相」さん江
・大学を目指す青年に
・闘う書評
あとがきに代えて〜東京クーデター計画
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【メタローグ】何が正しく、何を信じればいいのかが見えてこない社会情況の中、すっぱりものを言い切ってくれる論者の本は確実な読者層をつかむ。この呉智英もその一人。人権思想や民主主義を疑え、という立場から社会を斬るこの本は、言い切ることの爽快さと強さに満ちている。だが何より特筆すべきはその滑稽味だろう。この世で最も人権を主張出来るのは、現生人類が滅亡させたネアンデルタール人だとか、著者が東京都知事選に出て、「差別もある明るい社会」「東京を民主主義の治外法権に」のポスターを貼りたいとか……。民主主義の替わりに何を持ってくるか、が最後まで触れられじまいなのもご愛敬か。(守屋淳)『ことし読む本いち押しガイド1999』

【内容「BOOK」データベースより】
狂なるは進取(『論語』小路篇)。「狂」にこそ進取の気風が満ちている。進歩も革新も淀んだ安全な思想に堕した今、進取の「狂」が、危険な思想が求められているのだ。「人権いい子」たちが操る人権真理教のマインドコントロールから目覚めよと説く、危険な魅力満載、著者渾身の最新評論。メディアワークス (1998/03)

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by yomodalite | 2008-04-11 20:39 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

私にとってオウムとは何だったのか

早川 紀代秀,川村 邦光/ポプラ社




川村邦光は、早川紀代秀の控訴審を担当する弁護士が知人だったことから証人尋問を依頼され、宗教研究者としてオウム論を述べた。本著は、この証人尋問の草稿を書き直し、早川への質問を付け加えたものが基本になっています。

早川は自身が著者となることによって傷つく人がいることに躊躇し、川村のオウム論を展開するための、あくまでも「素材」として欲しいという考えだったが、ポプラ社と川村の説得により共同執筆の形となっている。

「宗教的テロリズムと早川紀代秀」(川村邦光著述部分)は、日本の新宗教の流れを追った文章が長々と続きオウムへも解釈は至って凡庸で、肝心の早川の執筆部分は当事者の証言として、一応読むべき価値はあるかなという内容。

「消えない足跡ーオウムと私の軌跡」〜早川による生い立ちから、オウムでの活動のすべてを振り返る。他の信者と違い、若者ではなかった早川は、教団の戦闘的活動の中心である「武闘派」、教団No.2、元阿含宗信者、、など夥しい報道によるイメージを与えられているが、TM(超越瞑想)などの瞑想に興味をもち、ハルマゲドンや、ヨガの修行に夢中になっていくところなど、出家時に妻や、経営する会社をもっていた以外、他の若者信者と変わらないグルへの傾倒が綴られている。

また麻原への帰依が狂信的とも見えていた新実の「ポア」体験後の苦悩の様子などは意外だった。麻原の到底無理と思われるビジョンを次々と実行していった気持ちは幾分理解できたが、中小企業の経営者のようなリアルな中年男性に見えた早川が、瞑想や、麻原のシャクティパッドに魅了されていただけで、ここまで麻原に傾倒したことにはまだ疑問が残る。

麻原に能力があるのなら、なぜ信者が手を汚して「殺人」しなくてはならないのか、という疑問は、オウムへの最大の疑問だったが、早川が尊師へ疑問をもったのは、90年の選挙落選が最初だった。その後、サリンプラント建設計画にも無謀さを感じるものの、絶対的帰依にヒビが入ったのは、検事から聞いた逮捕後の麻原が出されたカレーライスを食べてしまい自己ポアできなかったというエピソードだった。

この本で描かれている、他の多くの信者同様、邪悪な麻原の野望に騙された真面目な宗教修行者としての早川も、オウム報道が洪水のように溢れていたころの「武闘派」「No.2」という称号も、早川の真実に迫ったとは思えない。

★★★☆(前半のみオウムの主要人物の記録として)
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【BOOKデータベース】本書では、教団幹部として様々な事件に関わった早川紀代秀被告が、幼い頃の生い立ちから自らを振り返り、麻原彰晃とオウム真理教との関係を、慙愧の念を持ってとらえ返している。また宗教学者・川村邦光は、日本宗教史から宗教弾圧と宗教的テロリズムを概観し、オウム真理教およびその事件を、早川被告に焦点を絞って論じている。 ポプラ社 (2005/03)

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by yomodalite | 2008-03-07 21:40 | 裁判・法律・犯罪 | Trackback | Comments(0)

麻原彰晃の誕生 (文春新書)

高山文彦/文藝春秋




西山祥雲(不動産や顧問業をメインとしている。西山総合株式会社、経営育成ゼミナール、自念信行会などの代表)が経営する会社の幹部候補生の募集チラシにより、麻原は現れた。この面接のエピソードは、これまで聞いたことのないものでした。

また、麻原が、大分の山口系B組のB組長の跡目を継いだAと面識があったこと。「彰晃」という名前が、西山によるものだったことなど、知られざるエピソードが満載。


下記は、http://plaza.rakuten.co.jp/bhavesh/diary/200703120001/ から

・・・特に、その彰晃という名前の由来となる、「自念信行会」の西山毅夫(現・祥雲)という人物をこの本で初めて知った。1982年当時、世田谷祖師谷の事務所に現れた麻原は、この名前をもらったとされる。まだ麻原という名前はない。つまり松本彰晃と名乗り始めた、ということか。

あるいは、一度、上京したが、挫折して九州に帰った1976年当時、大分のY組系B組のAという人物のもとにいたのではないか、という「異聞」を伝えている。この辺を限りなくレポートしている資料は少ない。この辺から、村井殺害に及ぶなんらかのシンジケートがあるやなきやは、余人の推し量れる範囲の外だ。また、麻原という名前は、83年夏に、ヨガ教室の前身となる学習塾を開いたおり、生徒募集のチラシに始めて用いたとされる。麻原彰晃の誕生である。

この本の終わり方もなかなかユニークだ。「ヒヒイロガネ」で終わっている。ヒヒイロガネについては、詳細を避けるが、つまり、岩手県釜石周辺の自然界に存在する鉄分の多い丸石から生成された金属、ということになろうか。この研究を、酒井勝軍の文献から知った麻原は、現地に赴き、古老の研究家から大量に貰い受けたとされる。1985年6月のこととされる。

酒井勝軍のプロフィールを知れば、日ユ同祖論や「陰謀論」と容易に連想されていくのであり、 島田裕巳 のように、のちに井上や早川などの「弟子から教えられ、それを鵜呑みにしてしまった」とするのはどうかと思う。このヒヒイロガネでふたたび注目される東北の隠された神秘性だが、このような文脈ででてくることに、私は寂しさを覚える。(引用終了)

●第1章/狂気の誕生
戦後十年たった1955年、熊本で生まれた少年が、盲学校での生活を経て成人するまで(恨みの記憶、寄宿舎時代、居直りと涙)
●第2章/東京へ
兄の静止を振り切り、単身上京して鍼灸院を開設したが、それは荊野の道への第一歩だった(状況、結婚、逮捕、取締室で)
●第3章/オウム前夜
若者を集めた学習塾は、いつしか宗教団体に変化する。そして「彰晃」という名と出会う(宗教への執心、矛盾という橇、ヒヒイロカネ)
●第4章/グルに化けた日
空中浮揚、最終解脱、信者拡大……教団が肥大化するなか、麻原は空路インドへ向かった(空中浮揚、求心力、最終解脱、法王との会見)
●第5章/「ポア」はこうして始まった
ついに“事件”が起きた。信者が一人、また1人と殺される。「地下鉄サリン」への前史
(変貌、殺人、現世の魔境)
●終章/ほんとうの聖地
麻原彰晃とオウム真理教の信者たちが固執した、あるアイテム。それは東北地方にあった(詭弁のアイテム、山頂へ)

◎麻原彰晃の誕生 (文春新書)
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【本の内容】 数々の犯罪を生んだオウム真理教。その教祖・麻原彰晃に宿った「狂気」の本質とは何か?熊本時代の言動、上京後の逮捕、宗教団体への執着…徹底取材でさびしい怪物の核心に迫る。文藝春秋 (2006/2/20)

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by yomodalite | 2007-07-16 12:19 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔 (角川文庫)

森 達也/KADOKAWA / 角川書店



同ドキュメンタリー観賞後、読了。本も映画と同様傑作。

【BOOKデータベース】オウムの中から見ると、外の世界はどう映るのだろう?一九九五年。熱狂的なオウム報道に感じる欠落感の由来を求めて、森達也はオウム真理教のドキュメンタリーを撮り始める。オウムと世間という二つの乖離した社会の狭間であがく広報担当の荒木浩。彼をピンホールとして照射した世界は、かつて見たことのない、生々しい敵意と偏見を剥き出しにしていた—!メディアが流す現実感のない二次情報、正義感の麻痺、蔓延する世論を鋭く批判した問題作!ベルリン映画祭、山形国際ドキュメンタリー映画祭をはじめ、香港、カナダと各国映画祭で絶賛された「A」のすべてを描く。



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by yomodalite | 2007-03-20 12:05 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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