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『MJ Tapes』の翻訳について[2]シュムリーの序章

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☆『MJ Tapes』の翻訳について[1]のつづき。。


Y:シュムリーは、このあとの会話でも、「名声」や「物質的な成功」「愛情」「孤独」…といった、誰もが自分の人生において悩む課題について、様々な方面からMJに質問して、彼の内面を引き出しているよね。ただ、彼は、この時期のMJを低迷していたと認識して、自分との対話によって「あるべき姿」を取り戻してほしいと思っている。メディアがどう報じようと、音楽界で、MJが「低迷」していた時期なんてないことを知っているファンとしては、見当違いと感じる部分もあるけど、私が驚いたのは、人生のあらゆる問いに関して、MJがすでに多くの「答え」を持っていたことなんだよね。



C:認識の違いということで言えば、「出版の経緯」でシュムリーは「惨めなほどの孤独さについて」告白されたことにふれている。マイケルは「皆に自分を愛してもらいたかった。心の底から愛してもらいたかった。なぜなら、真に愛されたと感じたことがなかったから」と語り、シュムリーはそんなマイケルに対して、「名声が手に入っても、身近な人からの愛情は手に入っていないよね。ファンの気持ちと本当の愛情は違うよね、かわいそうに」と言いたげ。でも、このシュムリーの認識も、マイケルの現状とは違っているんじゃないかな。


だって、マイケルほど愛された人はいないのだから。ファンを別としても、マイケルに接した人はみな、彼に魅了されたと言っているし、シュムリー自身が、実際会ってみたらマイケルの人柄の魅力に惹きつけられた、と「私たちの出会い」に書いている。そのマイケルが「愛されたかった」という時の「愛されたい」は、自分の「愛されたい」とは違うのでは? マイケルが「孤独だ」という時、自分の「孤独」とは違うのでは? とシュムリーは疑問を持つべきだったと思うのだけど。



Y:MJは、自伝『ムーンウォーク』でも自分の孤独について、『僕は自分が世界で一番孤独な人間のひとりだと信じている』と語っていて、表現者として、その感覚をもっていることに、誇りを抱いているという感じだものね。


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それと、そんな感じで同情させるの、MJがよく使う手だよねって思った人もいると思うけどw、でもさ、シュムリーだけじゃなく、男って嫉妬深いから、名声や仕事に対して自分より上の男を目の前にすると「身近な人からの愛情は手に入っていない」なんてことをまず考えるじゃない。可哀想ぶってるなんて批判されることもあるけど、MJにしてみれば、それは男の嫉妬を和らげ、相手の懐に入る方法でもあると同時に、実際、彼はあらゆることを「愛」を中心に考えていたと思う。



C:名声-これは彼が選んで手に入れた薬物と言っていい-、そして舵のきかない人生が、彼を徹底的に打ちのめしてしまったのだ。彼の人生における最大の悲劇は、注目されることと愛情とを間違えたこと、家族より名声を、真の精神的な目標より物質的な成功を選んだことである。


これは、「MJTapes」において一貫しているシュムリーのマイケル観で、表現を変えて、繰り返し述べられているよね。でもね、『THIS IS IT』のマイケルを見れば、2009年、シュムリーと別れてから8年(ただの8年じゃない、ものすごいバッシングと好奇の目に晒される年月)経った時点でも、彼は精神的に壊れていたわけじゃないし、名声や物質的な成功に左右された破滅などしていないことがわかるよね。


これも、シュムリーが独善的であるとか、マイケルを利用しようとしたということではなく、「名声」や「愛情」や「成功」というものの意味が、両者の間で違ってたということじゃないかな。シュムリーは「名声」を得ること=「物質的な成功」、「名声」=「愛情」の代用品、そして、「物質的な成功」は「精神的な目標」に劣ると捉えているけれど、マイケルにとっては、多分そうじゃない。


マイケルにとって作品を創ることと、「名声」や「物質的な成功」は、並行してやってくるものだけれど、彼は、それ自体を目標としていないし、「物質的な成功」と「精神的な目標」を相反するものとは考えていなかった。「精神的な目標」のために「物質的な成功」を手に入れようとしてたのではないかな。



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Y:MJは、仏教でいう、上品(じょうぼん)、中品(ちゅうぼん)、下品(げぼん)のような分類で言えば、上品(じょうぼん)を目指してる。彼は、少年時代からイエスを見習いたい人として、尊敬してきたような人だから。


シュムリーは、聖書について深く研究してきた人だと思うけど、ユダヤ教では、成したことを重視する傾向があるので、精神性の高さについては厳しい見方をするみたい。でも、今はあらゆる分野で、下品(げぼん)から見ようとするね。その方が「お客さん」を多く集められるし、世の中には汚いことがいっぱいあるからね。


ケネス・アンガーの『ハリウッド・バビロン』とか、1960年代以降、MJが尊敬していたチャップリンや、J・Mバリ、ウォルト・ディズニーらを、幼児性愛や同性愛者として、徐々にその裏面を描くことが「真実」といった風潮になっていったけど、MJはその流れに逆行するかのように、彼らが成し遂げたことを讃えたでしょう。他にも『MJ Tapes』では、ハワード・ヒューズのような、MJ以前に、アメリカでもっとも「メディアの餌食」になったような人物についても「大好きだ」と答えている。そんなところからも、多くの人が選ぶ道以外を進むには、人々からの批判や疑惑を受け止めて、自分を磨いていかなくてはと、彼には最初から相当の覚悟があったように思える。


『THIS IS IT』に対して、自分が見た「真実」と違うと批判した人もいたし、殺されたのではという疑惑もあり、彼の死の真相については色々な言葉がとびかった。シュムリーも含めて、彼らの言葉には、かならず「原因」を自分以外に求め、他者の責任を「追求」するところがあるけど、MJは、あれだけ批判にあっても、誰かを批判することはめったにしなかったし、少しだけ言ってしまった場合も、後から反省したり、自分のことを振り返ってみようとしていたよね。


ファンや家族にとって、彼の死以上に悪い結果はないけど、おそらく、MJにとって一番悪い結果は「死」ではなかったんじゃないかな。


よく生きることと、どう死ぬかを考えることは、同じように大事というか、精神的なことと、物質的なこともそうだけど、一見対立していると思われていることも、実はそうではないのでは、とか。MJを見ていると、自分がどれだけ狭い見方をしているか、思い知らされることがよくある。



C:なぜ、今『MJTapes』を、しかも、シュムリーの主張まで全部紹介するのって言う人もいると思う。私も、以前はこの本を敬遠していて、日本語にしようなんて考えてもいなかった。でも、MJに対してこのようなアプローチをしてくれた本はやっぱり他にないじゃない。死後5年経って、MJに関する本がつぎつぎと出版されていても、彼の思想や精神に注目してくれた本はこれだけで、新しい世紀を向かえるこの頃、MJが何をどんな風に考え、『THIS IS IT』まで生きたのかを知りたい者としては、無視して通ることはできないと思うんだよね。



Y:シュムリーのプロローグは、マイケルの死にショックを受け、ふたりの友情が続いていた頃から自分はずっと注意していたのに、というやりきれない怒りと、またもや始まったメディアの狂騒の中での、彼へのいわれのない誤解も解きたいという思いが錯綜しているよね。


このあと公開する部分では、友情が終わった理由について語られているんだけど、シュムリーは自己弁護もあって、彼が思う「MJの黒い部分」についての話が続くでしょう? 自分との関係が終わったことと、マイケルが死に至った原因を直結させているところに疑問は多いものの、シュムリーの批判は、これまでメディアに登場したものの中では、まだ真っ当な方じゃない。



C:そうだよね。さっきも言ったけど、MJの思想や精神を紹介したいなら彼の言葉だけ取り上げて、って考える人もいるかも知れない。でもシュムリーには、ユダヤ教のラビとして、揺るがない自分の信念や、考え方の基盤があるから、話のかみあい方や、先に言葉の認識のところで述べたような、話のくいちがい方に、MJの考え方が浮き上がってくるように思う。物事を論じるときに、比較っていうのはすごく有効な方法だからね。


ただそれは、読む側にとってのこの本の価値で、マイケルがこの対談を行った意図は、また別に考えなきゃいけないよね。シュムリーと面識を持ちたいと言ったのは、マイケルの方だった。「どうして、ラビだったのだろう」とシュムリー自身もこの本の中で問いかけているけれど、マイケルは、深く考えてシュムリーを選んでいるだろうし、自分の意見に同調してくれるばかりの人物ではないということも、望んでのことじゃない?


揺るがぬ信念を持って座標軸になってくれる人物は、ユダヤ教のラビに限ったことではないかもしれない。プロテスタントの指導者でも、カソリックの指導者でも、仏教の指導者でもいいわけだけど、ユダヤ教のラビを選んだんだよね?


なぜかなぁ、と考えるとき、Black or Whiteの、“I’d rather hear both sides of the tale.”という一節を思い出す。マイケルをこれを実践していたんじゃないかなって。


何度か本を読んで「ユダヤ人とは?」って知ろうとして頓挫している私だけど(汗)、彼らがホロコーストを含む長い受難の歴史を持ち、その中で多くの優秀な人材を輩出していることはわかる。アメリカの政界や財界にも厳然とした力を持ち、ショービジネスの世界でも絶対的な力を持っているよね。それなのに、というか、そうであるがゆえに、一方ではたえず陰謀を画策しているようなイメージを持たれたり、受難の歴史にこだわりすぎる、理解の難しい人たち、と考えられることもある。


MJは、アメリカで、っていうか世界でかも知れないけど、大きな力ゆえに大きな疑念や偏見の対象にもなるユダヤ人を、話を聞くべき ’side’ だと考えたんじゃないかな。ジャクソン5時代の家庭教師がユダヤ人女性だったこともあり、彼は子供の頃からユダヤ人の歴史については関心を持っていたし、ビジネスの世界でもユダヤ人との関わりを多く持っていたわけだけれど、ここで改めて、彼らの考え方の根本であるユダヤ教について学び、自分の考え方との違いや共通点を知り、理解しようとしたんじゃない?


MJの住む世界のことを知らないシュムリーが、ラビとしての善悪の基準を前面に出して批判的なことを言うときも、彼は激高したり、無視したりするのではなく、冷静に自分の意見を述べている。MJがシュムリーとやりとりする姿勢は、「他者」というのは、非難したり追求したりして、自分が優越感を感じるために存在するんじゃなく、対話して、自分を高めていくためにあるのだ、ということを教えてくれるように思う。


MJは、自分がどんな人間か世間に知って欲しい、と言ったわけだけれど、この本でそれは成功してるんじゃないかな。彼が「愛」や「孤独」をどう考えていたかということもだけど、何より彼が「対話」と「理解」の人だということがよくわかるもの。それが翻訳したいと思った一番の理由なんだよね。だから、たとえシュムリーが私たちには不愉快に感じられることを言っていたとしても、切ってしまわずに伝えたい。



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Y:私も、ユダヤ教やキリスト教のお勉強については苦労してるんだけど、今の時点で、MJが会話の相手として、シュムリーを選んだ理由は大きく分けて2つあると思う。


ひとつは、自分の中で培われた信仰を確認するための対話者として。MJは「エホバの証人」を離れてから、宗教指導者を通して、神を学ぶということをしていないでしょう。それは、誰かが言ったことを鵜呑みにしないで、自分自身で考えるという訓練にはなっているけど、良くない点としては、自分の都合のいいように神を創造してしまうこと。新興宗教の教祖を目指すならそれでもいいし、律法を重視しないプロテスタントは解釈の違いで数多くの宗派を生んだけど、そもそも「三位一体」とか、「一神教」とはいえなくなっている部分もある。


でも、MJにとって、神がひとりだということはものすごく重要な概念なんだよね。彼は「エホバ」というユダヤ教、キリスト教、イスラム教に共通した神を信じているわけだから、それを生み出した「ユダヤ教」の指導者と対話するというのは、何かを学ぶときに、必ず「原点」から振り返ってみるという、彼が守ってきたやり方を考えれば必然だったと思う。


ユダヤ教とキリスト教の違いは、イエスがいるかどうかの違いという人もいるけど、MJにとってのイエスは、神ではなく目指すべき人間であり、ユダヤ教にとっての「救世主」は、まだ現れていないという解釈だから、シュムリーが、このあと「メシア・コンプレックス」なんて言って、MJを批判しているのも当然の流れと言えるし、彼にとっても「望むところ」だったんじゃないかな。


もうひとつは、


現在も収束する気配が見られないイスラエルとパレスチナ間の悲劇的な事態を、当時から危惧していたから。


ヴィーゼルは、2014年8月1日、米国の新聞に全面広告を出してて、


http://www.algemeiner.com/2014/08/01/elie-wiesel-condemns-hamas-for-using-children-as-human-shields-calls-on-gazans-to-reject-hamass-child-sacrifice/


記事の内容を端的に言うと、ハマスが「人間の盾」として子供たちを使っていることへの非難で、なにより悪いのはハマスだっていう主張なんだけど、記事では、シュムリーもそれに同調し、援護するかのようなコメントも紹介されてる。というか、シュムリーはこのキャンペーンを主催する立場で、見ようによってはヴィーゼルよりも過激にハマスを非難し、イスラエルの正当防衛を主張しているんだよね。


ガザで犠牲になった大勢の子供たちの写真を見せられると、シュムリーたちの言い分を支持することはむずかしいけど、パレスチナの政権は不安定で、イスラエルに行ったユダヤ人たちが、周辺国のテロに怯えるのはもっともで、それを米国に住むユダヤ人たちが援助しようとすることもよくわかる。でも、米国のユダヤ教会が、一丸となってイスラエルを支持しているわけでもないし、そもそもイスラエル建国に関しても、多くのユダヤ人が反対してた。


世界の富が、極少数の人々に集中していることも、ユダヤ人に力を持っている人が多いのも、彼らが国を超えて強力なネットワークをもっていることも事実。そんなことから、日本でも「ユダヤの陰謀」みたいなことが頻繁に話題にされ、侮蔑的な表現をカンタンにしてしまう人も多い。


でも、世界を思うがままに操る権力者の会議が、ユダヤ人を中心に行われていたとしたら、様々な国で暮らす同胞のユダヤ人を、イスラエルというひとつの国に集めて、イスラム国家を攻撃することにどんな意味があるのかな?


私が、世界を牛耳る権力者の考えを想像するのは、めちゃくちゃ無理があると思うけど、国をもたないことで差別をうけてきたと感じているユダヤ人のために「中東」の地に国を作って、そこに武器を投入して、イスラム国家を弱体化させる。っていう作戦は、世界覇権をもくろむ「ユダヤ人以外の人たち」にとっては、都合がいいんじゃない?


私たちの国でも「愛国」が敵国を意識させることとセットになっているように、戦争を起こしたがる勢力は、まず「国」を意識させたがる。それで、国をもたずに世界中にネットワークをもっているユダヤ人を嫌い、利用しているという部分もある。


第二次大戦のとき、ドイツが先に原子爆弾をもったら。という恐怖は、ユダヤ人の科学者にその研究を推進させた。でも、原爆がつかわれたのはドイツではなく、「日本」だったよね。


米ソの代理戦争のような朝鮮戦争のあと、韓国はキリスト教へと改宗し、「反日」政策を強めていった。日本も、韓国も、恨む理由があるとすれば「米国」のはずなのに。中東のテロリストと言われるような人は、欧米への憎しみを強めていて、特に「反米」意識が強いけど、彼らが「ユダヤ人」にターゲットを絞っていないのは、イスラエル=ユダヤだとは思っていないからでしょう。


MJが言っているとおり、人種や国や民族の問題じゃないんだよね。


それなのに、国や、民族や、宗教や、肌の色で、差別的をしたり、敵だと思ってしまうのは、何の罪もない、子供たちを不幸にすることで、その間違いをおかしているのが、今の「自分たち」でもあると。MJは伝えたかったんじゃないかな。


シュムリーが、イスラエルの正当防衛を主張している件だけど、彼は『MJ Tapes』の中でも、何度もエリ・ヴィーゼルの名前を口にしているよね。でも、そこはMJとの「温度差」がもっとも感じられる部分で、シュムリーがどれだけヴィーゼルのことを尊敬していたにしても、この本において必要とは思えない不自然さで、ヴィーゼルを持ち上げてるでしょう。MJとの関係や、彼をシンパに出来なかったことを、自分のコミュニティにいる人に言い訳したかったことが一番大きいのかもしれないけど、シュムリーにとって、MJの存在が、自分のメンターへの気持ちに動揺をきたすほどのインパクトを持ち始めていたようにも思えるよね。


少年時代の孤独感から、信教の道に進んだシュムリーは、マイケルが世界の子供たちの代弁者になりたいという言葉に心を動かされたと思う。でも、それは、ユダヤ民族の代弁者としてのヴィーゼルらの活動とは、どこかで衝突せざるを得ない。このあと紹介する「友情の終わり」には書かれていないことだけど、私には、ふたりの関係が終わった理由に、ヴィーゼルの存在が影響を与えなかったとは思えない。


黒人とか、ユダヤ人とか、そんなことはどうでもいい。みんな同じように神のこどもで、だからこどもの頃はそんなことを意識していなかったじゃないか、とMJはいう。でもシュムリーは、自分がユダヤ人だということから逃れることは出来ないし、君は、黒人として生まれたことから逃れられないのではないか。自分は、夫として、そして、こどもたちの父親として、彼らを育てる責任があり、ラビとして人々を導く責任もある。大人には、他にも様々な「立場」があると。


MJも、シュムリーの批判は受け止めたと思う。「ぼくはヒトラーの心だって変えることができる」と言っていたけど、それは、ヴィーゼルにも届かなかったし、彼はこの頃、はじめて自分自身のこどもを持って、本当に、他の子供を、自分の子と同じように愛せるかと、何度も自分に問い直したと思う。


私たちはユダヤ人じゃないから、彼らが経験したことを実感するのはむずかしいけど、個人としてではなく、日本人として、つまり「立場」をふまえての選択を迫られたときは、シュムリーのように行動する人が多いんじゃないかな。彼は、家族と同胞のために、正しい道を選び、正しいと思う人のために働いた。ヴィーゼルは「ノーベル平和賞受賞者」で、MJは、全メディアから批判されているポップアーティストに過ぎないって、何度も自分に言い聞かせて。


そして、多くの人は、進むべき道を決めるとき、選ばなかった道を批判して前に進む。シュムリーのこの長いプロローグも、そういうことなんじゃない。でも、MJは『THIS IS IT』まで、シュムリーよりももっと長い年月をかけて、自分が選んだ道だけを示して旅立った。


自分に出来ることは、イデオロギーで理想を実現したり、世界を変えることではなく、人の心を癒すことなんだって。。


私は、それが、彼の『THIS IS IT』だと思った。


MJは、これまでもずっとそうだったと思う。でも、、それは自分の想像をはるかに越えていたんだよね。


(一旦おしゃべり終了)


シュムリーのプロローグは、まだしばらく続きます。シュムリーは、『MJ Tapes』のときから、「どうして自分だったのだろう」と何度も問いかけていたけど、このあと、次作の『Honoring the Child Spirit』の序章を読み返すと『THIS IS IT』を見て、彼がもう一度、思い直したことも伝わるかもしれません。


彼が讃えようとしたのは、子供の精神ではなくて、MJの精神ではなかったかと。


◎『MJ Tapes』の翻訳について[3]序章を終えて…に続く





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by yomodalite | 2014-08-26 11:02 | MJ考察系 | Trackback | Comments(4)

マイケルと神について「Heal The Kidsとは何だったのか」

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☆「エリ・ヴィーゼル Part 2」の続き

人は、古来から神に捧げる「生贄」という神話を創造してきました。十字架にかけられたイエスを、キリスト教徒が「神の子羊」と呼ぶのも、神は人類のためにイエスの犠牲を必要としたという聖書の解釈によるものです。

ヴィーゼルの『夜』が、ユダヤ民族の「教え」にまで影響を与え、ヴィーゼルが神秘宗教化したのも『夜』で描かれた、子供への残虐な行為を「聖なる犠牲」として受け止めたからで、

それらは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という「アブラハムの宗教」に共通してよく知られている「創世記」にある、アブラハムが自分の子どもイサクを神に捧げようとする話に由来しています。

◎イサクを捧げようとするアブラハム:創世記 20-22章

MJに原稿を依頼したユダヤ教の雑誌編集者が、彼の前で歌った「心に響く歌」も
それと同じテーマでした。

◎The Day I Sang for Michael Jackson(2)

神は、アブラハムの信仰を試した。しかし、イサクを本当に捧げようとしたとき、神はアブラハムの真実を認め、子供を助けた。それならば、なぜ、ユダヤの子供は犠牲にならなければならなかったのか。ナチに奪われた幼い子供たちの命は、なんのために「犠牲」になったのか。我々ユダヤ人は、何かを忘れていたのではないか。我々はエルサレムに帰ることを目指して、エジプトを出たのではなかったのか。

ユダヤ教にとって、聖書と「シオニズム」は分離しがたいものなんだと思います。

民族は流浪し、さまざまな土地で生きるすべを磨いているうちに、彼らには、異教徒にはないリアリズムが身に付き、そのため各地で成功するユダヤ人も増え、その土地に馴染むユダヤ人も多くなった。ところが、異教徒たちも、ユダヤ人を真似て同じようなやり方をしだすと、競争が激しくなった。

排除するターゲットを絞ることで、他のグループをひとつにまとめる。
戦争には、旗印が常に必要とされます。

戦争中、ヒトラーはその感情を利用してドイツ国民をひとつにし、戦後、ヒトラーを絶対悪とすることで、ユダヤ民族は結束を固めた。

ヒトラーや、ホロコーストの真実に「偽り」があったとしても、ユダヤ人の差別の歴史は疑いようもない「事実」です。その拭いがたい罪を「ヒトラー」に集中させたのは、ユダヤ人以外の民族の知恵で、ユダヤ人は「表向き」で、その考えに賛同した。。

MJが少年の頃に教育係だったローズファイン先生が「ドイツに着陸するだけで動揺した」という経験は、そのことを如実に語っていますし、

MJもその頃から、ずっとその問題について考えてきて、ユダヤ人に対して深い同情心と、現状の問題点の両面から、人々の心が癒される方法を考えて、ユダヤ教を学ぼうとしたんだと思います。(勉強自体はシュムリーに会う前からしてたと思う。。)

ヴィーゼルが「ホロコースト」を神聖化できたのは、「ホロコースト」という大きな受難を契機に、約束の地エルサレム(イスラエル)を忘れそうになっていたことへ民族的反省を促し、ユダヤ教にとって、聖書と「シオニズム」は分離できないものだということを再認識させたからで、

一般的なユダヤ人と接する機会のない、日本人にとっては「金融ユダヤ人」というイメージが強く「ユダヤ教」も合理的思考をリードしてきたという印象しかありませんが、特別な成功をしなくては生きていけないという環境を背景にして、何事にも励んできたユダヤ人に成功者が多いのは当然ですが、

黒人がみんな歌がうまかったり、運動神経が良いわけではないことと同じく、不器用で、成功とは無縁のユダヤ人も大勢いて、そこにも「断絶」がある。

でも、ヴィーゼルと「ホロコースト神話」には、その両方から支持される魅力があって、だから、ヴィーゼルは「シオニズム」の旗手となり、シュムリーにとっても、ユダヤ教のプリンスであり、民族的英雄なのでしょう。

ユダヤ人ではない、フランス人のモーリヤックも、また、殺人事件で子どもの命を奪われた母親も「子どもの死」という受け入れがたい哀しみに、どうしても意味を求め、犠牲を無駄にしたくないと考えるのは世界共通です。

最近、日本ではめずらしく大きな抗議行動になった、原発デモも「原発再稼働」によって被害が繰り返されることの「恐怖」によるものでしたが、哀しみや、憎しみ、恐怖というのは、平和を望む気持ちよりも強い感情で、国も、民族も、あらゆる集団は、その方がひとつになれる。

でも、ガンジーは戦争が始まったとき、

ヒトラー主義は、反ヒトラー主義によっては打ち負かされないだろう。反ヒトラー主義は、ただ、ヒトラー主義を無限に昂じさせるだけである。(『わたしの非暴力』より)

と言いました。

どんなに罪のない子どもが犠牲になり、加害者に大きな罰を与えたところで、哀しみを癒すことができるのは、結局は「許す」ことだけで「憎しみ」は必ず、哀しみの連鎖を生み出します。

I would never teach hatred, ever. That's not what I'm about.
僕は憎むことは決して教えない。それは僕が言いたいことじゃない。

◎[参考記事]MJの愛読書『預言者』より “罪と罰”


MJの「Heal The World 財団」は、1992年に設立され、設立当初から「子供たちが一番大切だ」というコンセプトを掲げています。

◎[参考記事]THE HEAL THE WORLD FOUNDATION(Legend of MoonWalk)

それなのに、なぜ、2000年にユダヤ人のメンバーとともに、新たに『Heal the Kids』を設立したんでしょうか?

これは、私の想像でしかありませんが、、

MJは、フィンケルスタインとは真逆なスタイルで「ユダヤ人以外の苦しみに心を開くべき時が来ている」ことを語り、ホロコースト神話によって、生み出されている新たなる不幸によって、またしても「犠牲になっている子どもたち」のことを彼らに感じてもらいたかったのではないでしょうか。

シュムリーが語っているように、ヴィーゼルが同情によって心が動く人間で、人の哀しみがわかり「子供の犠牲」によって動かされた人間なら、ユダヤ人が先頭に立って、犠牲になっている子供たちを救う運動をおこすべきだ。と考えたのではないかと思うんです。

シオニズムや、ホロコースト神話や、ユダヤ人への批判よりも、

まだ、なんの歴史をもたない、未来の子どもたちを救おうという気持ちでひとつになることができたら、今起きている不幸も、これから起きる不幸も、防ぐことができ、世界中の大人たちの心も癒される。。

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『Heal the Kids』のシンボルは、

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「メノーラー」と呼ばれるユダヤ教の象徴に似ていませんか?


私には『Heal the Kids』のシンボルは、メノーラーに子供を組み合わせて図案化されたように見えます。メノーラーは燭台をモチーフにしたユダヤ教の象徴で、ユダヤ教のシンボルと言えば「ダビデの星」が有名ですが、

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イスラエルは、国旗は「ダビデの星」ですが、国章は「メノーラー」が使われています。


結果から言えば、MJの計画は上手く行かなかった… 『Heal the Kids』は1年足らずで破綻したようです。

でも、私は、MJがシュムリーからユダヤ教を学んで、ヴィーゼルに会ってくれたおかげで、歴史と宗教と政治が、常に一体になっていることも、ユダヤの歴史や、聖書を、自分に近づけて考えてみることができて、ノーベル平和賞に「2度もノミネート」されてるのに「6歳も年下」のシュムリーから、MJは低姿勢で自分から学んでいた。なんていう自慢も

余裕で許すことができたので … \(^▽^)/

☆「ディーパック・チョプラ Part 1」続きます。


Diana Ross - If we hold on together(日本語+英語字幕)


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by yomodalite | 2012-09-09 10:55 | マイケルと神について | Trackback | Comments(7)

マイケルと神について「エリ・ヴィーゼル Part 2」

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☆「エリ・ヴィーゼル Part 1」の続き

(註釈2)では、シュムリーがヴィーゼルの名前を出したことを「なぜか…」と表現しましたが、

「もし、この世界に、真実、本物の天国と言えるような “審判” があったとしたら、ヒトラーがしたようなことを、彼が長い間、罰せられることもなく出来たはずがないだろう」

それから、こんなことを言う人もいる。「もう二度と、こんなことが起こらないように、人々に教えるために、ホロコーストのような行為が行なわれた」

世界に何かの教訓を与えるために、百万もの幼い命が必要だなんてことはない。僕は絶対にそうは思わない。ヒトラーは単にああいうことを、報いを受けることなくやれてしまったっていうことなんだ。


という、MJの発言は元々ヴィーゼルを想定して言っているのだと思います。

この後のシュムリーの解説文が長いのも、米国の読者にはここまでで、ヴィーゼルを思い浮かべる人が多いということを想定したからで、MJが「はっきりさせたいことがある」と切り出したところで、宗教談話が終わっているのも、それが理由のような気もします。

MJは「ヒトラーのホロコースト」は、天国の審判の存在を否定するもので、神の教訓などでは絶対にないと言っていますが、ヴィーゼルは「ヒトラーのホロコースト」を、神が許した理由を考え、ユダヤ人だけに行なわれた「特別に意味があるもの」としての解釈を試みているようです。

ヴィーゼルの『夜』という作品は、世界に比類のないとてつもなく恐ろしい残虐な行為が描かれていると思って読み始めると、不謹慎な言い方ですが、少し肩すかしにあうというか、戦争の残虐さ、悲惨さを描いた、他の文学作品と比べて「唯一無二の…」とは、私には感じられなかったのですが、

ただ、フィンケルスタインが言うように「彼の地位がその人道的活動や文学的才能によって得られたものでない」とは言えないというか、ヴィーゼルの『夜』は小説でありながら、ノンフィクションとして読まれ、ヒトラーと戦争に傷つけられた民族の心をひとつにするような文学的な力があったんだと思います。

◎[Amazon]『夜』新版

その史実としての正確さよりも、人々の心に必要な歴史小説 …

内容は真逆ですが、日本の戦後を支えた歴史小説、司馬遼太郎の『坂の上の雲』もそういった小説であると思います。司馬史観と言われるものが、戦後の日本人に必要だったように、ヴィーゼル史観が、ユダヤ人には必要だったのではないでしょうか。

ユダヤ人が賠償金を求めていないのは米国だけですが、『坂の上の雲』に、日本人が米国への敵意を忘れさせる効果が大きかったことも見逃せない事実です。

日本人は米国を許すことができ、ユダヤ人はヒトラーを絶対に許さない。それは真逆の行動ですが、心性がまったく違うからとは言えません。どちらも、それが戦後を生き延びるために「有利な選択」であり、戦勝国の体制に沿った行動だからです。

内田樹氏は『坂の上の雲』がこれほど愛され読まれている理由を、

それは『坂の上の雲』が国民文学だからだと結論し、ヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』はフランスの、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』はロシアの、マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』はアメリカの、それぞれ国民文学で、巨大なスケールを持った政治劇の場合もあれば、市井の人々の生活を活写した物語の場合も、そこに共通するのは、強い人間性を持った主人公を登場させ、「我々はこういうタイプの人間が好きだ」という宣言をなしているという点である。

その偏りのある人間的選好が、長期にわたって国民のふるまいや価値観に影響を及ぼし続けたとき、それは「国民文学」と呼びうるだろう。


と結論しています。ユダヤ人は「国民」ではありませんが、『夜』には、それらと同じ性質があって、戦後のユダヤ人の生き方に大きく影響を与えたのではないでしょうか。


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それは、他民族から見ると理解しにくいのですが、同じような「偏り」はどの民族にも必ずあります。日本には他民族が少ないので、安心してその感情に浸ることができますが、さまざまな国に暮らし、歴史的に敵対を繰り返してきた異教徒の批判の眼に、常にさらされてきた、普通のユダヤ人が、その限られた人生の中で「民族主義」に惹かれ、

その苦難の一番の理由が「国をもたないこと」だと結論し、イスラエルへの建国を夢見るのは、自分だけでなく、未来のユダヤ民族のことを考えても抗えない魅力に溢れ、すでに米国で充実した生活をしている成功したユダヤ人が、そのお金を使って、極端にイスラエル寄りの政策を米国に実行させていることも、恵まれない同胞への同情心が大きく、

フィンケルスタインの父親の友人が最終的にイスラエルに行ってしまった話も、他国で永年に渡って成功した日本人の多くが、老後は帰国することと同じく、やはり、お金だけとは言えない、抵抗しがたい感情によるものではないでしょうか。

フランソワ・モーリヤック(ノーベル文学賞)の『夜』の序文から省略して引用します。

外国のジャーナリストがたびたび私のところに訪ねてくる。私には彼らが恐ろしい、私の考えをすっかり打ち明けてしまいたい気持ちと、フランスに対してどういう感情を抱いているのか分らぬ話し相手に武器を渡すことにならないかという危惧とで、板挟みになるからである。

その朝のこと、テル・アヴィブのある新聞社から派遣されて私に質問しにきた若いイスラエル人は、はじめから私のうちに共感をよびさました。(中略)私は占領期の思い出話をもちだすところまでいった。私は若い来客にこう打ち明けた。

あの暗うつたる歳月に見たいかなる光景も、オーステルリッツ駅に来ていた、ユダヤ人の子供を鮨詰めにした、あの幾台かの貨車ほどに私の心に深く刻み込まれはしなかった…。それでいて、私はそれらの貨車をわれとわが目で見たわけではない。じつは、私の妻が見て帰ってきて、そのとき憶えた恐怖感がまだ少しも抜けやらぬままに語り聞かせてくれたのである。

当時、私たちはナチスによる絶滅方法をまるきり知らずにいた。それに、そのような方法を誰に想像できただろうか!(中略)その子たちがガス室や焼却炉に供されようとしていたとは、私にはとうてい思いもよらなかった。

以上のことを、私はそのジャーナリストに打ち明けずにはいられなかった。そして私が「何度も何度も、その子たちのことを考えましたよ!」と言って溜め息をついたところ、彼は私に言った。

「私はそのなかのひとりです」

(引用終了)

シュムリーも言っていたように、ヴィーゼルが、アウシュビッツにいたのは16歳(最初に移送されたときは15歳)。その年齢の東欧の少年は、モーリヤックがまるで実際に見ていたかのように記憶している、貨車に鮨詰めにされた「子ども」には見えない年齢のように思えますが、、、

モーリヤックの序文は、この後も、この小説の印象的な場面をすべて書ききってしまうかと思うほど長文で、それは序文として書かれたというよりも、戦後に芽生えた、ヒトラーの残虐な政策を見逃してしまったという良心の呵責から、どうしても述べずにはいられないのではないかと、私には想像せずにはいられませんでした。

さらに、モーリヤックの序文を続けます。

そのなかのひとりであったのか!彼は、母親と熱愛する妹とが、父親を除く身内の者すべてが、生き身の人間を焚き物とする炉のなかへ消えてゆくのを見たのであった。父親については、彼は来る日も来る日もその殉難に立ち会い、そして、その臨死の苦闘に、またその死に、立ち会わなくてはならなかった。しかも、なんという死! この書物は、そのときの状況を述べているから、この書物を発見する仕事は読者にお任せする。(中略)

この並外れた書物が私の心を捉えて放さなかったわけは、もうひとつの側面から来ている。ここで自分の身の上を語っている子どもは〈神〉に選ばれた子であった。

彼はものごころついてこのかた、タルムードに心を奪われ、カバラーの奥義に通じようとの野望を発し、「永遠なるお方」に心身を献げて、ただ「神」のためにのみ生きていた少年が、信仰を有する者にとっては最悪の所行に出逢った、ということ。すなわち「一挙に絶対の悪を発見したこの幼い魂のなかで〈神〉が死んだ」、ということに。

「… 子どもたちのからだが、押し黙った蒼穹のもとで、渦巻きに転形して立ち上ってゆくのを私はみたのであったが、その子どもたちのいくつもの小さな顔のことを、けっして忘れないであろう。私の信仰を永久に焼尽してしまったこれらの炎のことを、けっして忘れないであろう。生への欲求を永久に私から奪ってしまった、、、」
(以下略)


ホロコーストの犠牲者の割増しが目に余る現在、この序文を読むと、モーリヤックが最初に読んだときの印象と同じようには、この小説を読めないというか、彼がこの小説の評価に与えた影響についても想像してしまうのですが、この小説がどれだけ「歴史的真実」なのかは、さておき、

無関心だった、それゆえ幼い子どもたちの犠牲を見逃してしまったという良心の呵責は、モーリヤックだけでなく、ヴィーゼルの『夜』の主題のひとつです。

『夜』の2007年の「新版」には、さらに、ヴィーゼル自身による、やはり「長い」序文があり、そこには『そして世界は黙っていた』という表題のもと、最初にイディッシュ語で書かれたという原稿の記述もありました。

冒頭部分を引用します。

はじめに信仰があった、幼稚ながら。そして信頼があった、空虚ながら。そして幻想があった、危険ながら。

私たちは〈神〉を信じていた、人間に信頼していた、そしてこのように幻想を抱いて生きていた。すなわち、私たちの各人のうちには〈シェキナー〉の炎の聖なる火花が預けられており、私たちはひとりひとり、みずからの目のなかに、また〈魂〉のなかに〈神〉の似姿の反映を宿している、との幻想を。

これは私たちのあらゆる不幸の原因とは言わないまでも、その源泉であった。


下記は、『夜』第一章、冒頭部分の要約

ヴィーゼルの故郷、シゲットに住む、道化のように不器用で、口数が少なく、よく歌を歌い、夢見るような大きな目をした男 ー 《堂守りのモシェ》

ヴィーゼル少年は、シゲットの町を裸足で歩く《堂守りのモシェ》から、何時間も「カバラー」(ユダヤ教の神秘思想)について聞いた。少年は彼が好きだった。しかし、ある日《堂守りのモシェ》は、ハンガリーの憲兵によって家畜用の貨車に詰め込まれ、その列車はかなたに消え去った。外国から来たユダヤ人はシゲットから放逐されることになったのだ。移送囚たちのことはすぐに忘れ去られた。何ヶ月かが過ぎ去り、生活がいつしか平常通りに戻った頃、《堂守りのモシェ》は、会堂の入り口そばに坐っていた。

移送囚を乗せた列車は、ハンガリーを越えてポーランド領に入ってから、ゲシュタポの手にゆだねられたのであった。列車はそこで止まり、、

《堂守りのモシェ》は、とにかく逃亡に成功した。しかし、彼はすっかり変わってしまっていた。

彼の目にはもう喜びが映っていなかった。彼はもう歌わなくなった。〈神〉のことも〈カバラー〉のことも話してくれなくなり、自分の見てきたことだけを話した。そして、人々は彼の話を本気にするどころか耳を貸そうともしなかった。

「ユダヤ人のみなさん、私の言うことを聞いてください。お願いするのは、ただそれだけです。金もいりません。憐れみもいりません。ただどうか話を聞いてください」彼は薄明の祈りから夕べの祈りまでのあいだ、会堂の中でそう叫んでいた。

「あんたにはわからないんだよ」と、彼は絶望をこめて言った「あんたにはわかりっこないんだ。おれは助かった、奇跡的に。首尾よくここまで戻ってくることができた... 」

1942年の末ごろのことだった。

わたしたちは、ヒトラーが我々を絶滅する意志があるのかどうかさえ、疑っていた。それゆえ人々は、あらゆることに、戦略に、外交に、政治に、シオニズムに、関心を寄せていながら自分自身の境遇には無関心だったのである。《堂守りのモシェ》すらもう黙っていた。話し疲れたのであった。彼は目を伏せ、背中を屈め、人々に目を向けないようにしながら会堂内や通りをさまよい歩いていた。(要約終了)

有名なヴィーゼルの言葉

人々の無関心は、常に攻撃者の利益になることを忘れてはいけない

今日我々は知っている。
愛の反対は憎しみではない。
無関心である。
信頼の反対は傲慢ではない。
無関心である。
文化の反対は無知ではない。
無関心である。
芸術の反対は醜さではない。
無関心である。
平和の反対は、平和と戦争に対する無関心である。
無関心が悪なのである。
無関心は精神の牢獄であり、我々の魂の辱めなのだ。



シュムリーが、マイモニデスや聖書から考えを述べているときとは異なり、ヴィーゼルはユダヤ民族の王子で、私の最も偉大なヒーローだと熱く語っている感情が少し伝わったでしょうか。ヴィーゼルの『夜』は、すでに現代ユダヤ教の聖書に組み込まれているかのようです。

しかし、ユダヤ教では「悪魔」はいないと書かれていて、

その記述ゆえ、シュムリーは人間であるヒトラーを「心の底から邪悪」で「絶対に矯正不可能」な「絶対悪」とする事実を際限なく求めてしまう・・・

シュムリーは、MJが自分なら「ヒトラーの心だって変えられる」と言ったとき、そこに1人の《堂守りのモシェ》を見たでしょう。

しかし、MJは、

僕たちはいろいろ話して来たけれど、はっきりさせておきたいことがある。のあとに、

ユダヤ教が教えとして「悪魔」はいないと記した意味は、そうではないのではないか。と、シュムリーに話すつもりだったのではないでしょうか。


☆「Heal The Kids”とは何だったのか」に続く


◎以下は参考資料

☆ヴィーゼルの講演(10:45~ヴィーゼル登場)
私には、彼が何を言っているのかはまったくわかりませんが
観衆に何度も笑いを起こさせる力があり、彼の講演が魅力的なことが伝わります。
◎[動画]An Evening with Elie Wiesel

☆オプラ・ウィンフリーが、ヴィーゼルとアウシュヴィッツに訪問した番組
◎[動画]Oprah and Elie Weisel at Auscwitz Part 1

◎上記のTV番組のスクリプト

◎LAタイムズに掲載されたイスラエル人歴史家による「イラン攻撃すべし」論説と
それに対する反論、歴史家による再反論の記事(2012年3月18日)

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by yomodalite | 2012-09-07 10:22 | マイケルと神について | Trackback | Comments(0)

マイケルと神について「エリ・ヴィーゼル Part 1」

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☆黄金律に従おう(註釈2)の続き

エリ・ヴィーゼルは、マイケルが信じている人ではなく、シュムリーが信じているだけなので関係ないと思われるかもしれませんが、

MJのオックスフォード・スピーチは「Heal The Kids」財団のスタートに伴って行なわれたもので、そこには、シュムリー、エリ・ヴィーゼル、シモン・ペレス(イスラエル前首相。MJはペレスの後のシャロン首相にも会っている)、ユリ・ゲラー、エリザベス・テーラー、というユダヤ教メンバーが揃っていました。

そんな中、マイケルが「僕ならヒトラーの心に触れることが出来る」と言っていたことに、私と同じように胸が熱くなって欲しいので、エリ・ヴィーゼルについて、しつこく続けます。


◎[参考記事]『Heal the Kids』 関連(Legend of MoonWalk)


シュムリーが心から心酔し、MJも「マンデラのような人だね」と言ったヴィーゼル、そのヴィーゼルに、もっとも先鋭的な批判をしたのがノーマン・フィンケルスタイン!!

この2人の本を、自分がユダヤ人だったらどちらを支持するか?
という視点で考えてみませんか。

ちなみに、2人はともにアシュケナージ(白人系ユダヤ人)で、年齢差はあるものの甲乙つけがたい(いかにも学者風の眉間のしわや、その額にかかる銀髪を掻き揚げる仕草とか、高い鼻がたまらないと思うような女子にとっては…w )魅力があり、カリスマ性も申し分ないと思います。

まずは、フィンケルスタインから。


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フィンケルスタインの『ホロコースト産業』は、

ユダヤ人で、収容所から生還した両親をもつフィンケルスタインによる、同胞の創りだした「ホロコースト神話」から発生した様々な問題点をあぶり出した画期的な著作で、

イスラエルやアメリカのユダヤ人団体が、イスラエルの軍事的優位が明白になった1967年以降、ナチによるホロコーストを突然思い出し、ホロコースト生還者の定義を拡大させ、そのことを理由に過大な賠償請求を行っているとした上で、

受け取った賠償金をホロコースト生還者へ適切に分配せず、自らの事業に流用するなどして私物化しているとも批判し、また、米国政府を動かしてスイスから多額の補償金をゆすりとった経過を分析し、2000年に出版。米国国内では完全に黙殺されたものの、世界各国で大きな反響を呼んだ本。

ユダヤ人以外の著者が書いた、読んでいると知らず知らずのうちに脳が単純化される「ユダヤ陰謀論本」(主にイルミナティを悪魔や宇宙人として描く本で、教養の低いクリスチャンを対象に書かれているため、その稚拙さから権力者には何の打撃も与えず、有名芸能人や罪のない多くのユダヤ人を貶める役割だけは大いに果たしているもの)と違い、

本書は、読むだけで、頭が良くなったような錯覚をしてしまうほど切れ味鋭く、フィンケルスタインは「陰謀論」に関してこう述べています。

いわゆる「陰謀論」なるものは、それ自体ここで改めて語る価値のないものだ。しかし、だからと言って、現実の世界で個人や機関が戦略をめぐらせたり陰謀を企てたりすることがないということにはならない。そんなことを信じるのは、巨大な陰謀組織が世界のできごとを操作していると信じるのと同じぐらい子供じみている。

アダム・スミスは『国富論』で、資本家は気晴らしや娯楽の場さえ滅多に顔を合わせないが、交流すれば結局は、大衆に対する陰謀ないし物価値上げの策略となる」この一文でもって、スミスの古典を「陰謀論」と呼ぶ者がいるだろうか。ところが現実には、事実を「政治的に正しくない」やり方で並べたものがあった場合には、その信用を失墜させるための用語として「陰謀論」という言葉が見境なく使われている。

したがって、強力なアメリカ・ユダヤの組織、機関、個人がクリントン政権と手を組んでスイスの銀行に攻撃を仕掛けたと主張することは、明らかな陰謀論とされる(反ユダヤ主義という批判は言わずもがな、だ)。だが、スイスの銀行が共謀してナチ・ホロコーストのユダヤ人生還者とその相続者を攻撃したと主張することは、陰謀論だとは言われない。(本書の序章より)

☆ホロコースト史の第一人者ラウル・ヒルバーグと、オックスフォード大学のアビ・シュライム教授、ともにユダヤ人学者による、フィンケルスタインの終身在職拒否について

◎[動画]フィンケルスタインはなぜ大学から終身在職を拒否されたか


本書の引用を続けます。

(ヴィーゼルを中心に省略して引用)

序論「ユダヤ人以外の苦しみに心を開くべき時が来ている」

本書はホロコースト産業を分析し、告発するためのものである。(中略)ザ・ホロコーストは、各個人による恣意的なものではなく、内的に首尾一貫した構造物である。その中心教義は、重大な政治的、階級的利益を支えている。実際に、ザ・ホロコーストがイデオロギー兵器として必要不可欠であることは、すでに証明済みだ。これを利用することで、世界でもっとも強力な軍事国家のひとつが、その恐るべき人権蹂躙の歴史にもかかわらず「犠牲者」国家の役どころを手に入れているし、合衆国でもっとも成功した民族グループが同様に「犠牲者」としての地位を獲得している。

この犠牲者は途方もない配当を生み出している。その最たるものが、批判に対する免疫性だ。しかも、この免疫性を享受している者は皆ご多分に漏れず、道徳的腐敗を免れていないと言ってよい。この点から見て、エリ・ヴィーゼルがホロコーストの公式通訳者として活動していることは偶然ではない。彼の地位がその人道的活動や文学的才能によって得られたものでないことは明白だ。

ヴィーゼルが指導的役割を演じていられるのは、むしろ、彼がザ・ホロコーストの教義を誤りなく言語化しているからであり、そのことによって、ザ・ホロコーストの基礎となる利益を支えているからである。(中略)

私の両親は、ワルシャワ・ゲットーとナチ強制収容所からの生還者だった。両親以外の親族は、父方も母方もすべてナチに殺された。(中略)私の両親は、死ぬまで毎日のようにそれぞれの過去を追体験していたが、晩年には、大衆向けの見せ物としてのザ・ホロコーストにまったく関心をしめさなくなっていた。

父の親友にアウシュヴィッツの収容所仲間がいた。買収など考えられない左翼の理想主義者で、戦後のドイツからの補償金も信念に基づいて受け取りを拒否していたのだが、最後にはイスラエルのホロコースト博物館「ヤド・ヴァシェム」の館長になった。

父は心から失望し、最後にはこう言ったーーあいつもホロコースト産業に買収された、権力と金のために信念を曲げたのだと。(中略)両親はよく、ナチの大量殺戮をでっちあげたり利用したりすることについて、なぜ私がこれほど憤るのかわからないと言っていた。

いちばん分りやすい答えは、それがイスラエル国の犯罪的な政策と、その政策へのアメリカの支持を正当化するために使われているから、ということだ。(中略)ホロコースト産業の今のキャンペーンは「困窮するホロコースト犠牲者」の名の下にヨーロッパから金をむしり取るためのものであり、彼らの道徳レベルはモンテカルロのカジノの水準にまで低下してしまっている。


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「第2章・ホロコーストの唯一性をめぐる議論の不毛さ」


ホロコーストの唯一性という主張から、ザ・ホロコーストは合理的に理解不能だという主張までは、ほんの一飛びだ。ザ・ホロコーストが歴史に前例のないものなら、それは歴史を越えたものであり、したがって歴史によって把握できないものである。

まさにホロコーストは、説明不能であるが故に唯一無二であり、唯一無二であるが故に説明不能なのである。

ノヴィックはこれを「ホロコーストの神聖化」と揶揄したが、この神秘化を誰よりもさかんに行なっているのがエリ・ヴィーゼルだ。

ヴィーゼルにとってのザ・ホロコーストは、事実上の「神秘」宗教である、というノヴィックの見解は正しい。よってヴィーゼルは朗誦する ーー

ホロコーストは「暗闇へと導き」「すべての解答を否定し」「歴史を越えてとは言わぬまでも、少なくとも歴史の外にあり」「認識も描写も拒絶し」「説明も視覚化もできず」「理解も伝達も決してできない」ものであり、「歴史の破壊」と「宇宙規模での有為転変」を印するものである。その神秘を垣間みることができるのは、生還者という名の聖職者(=ヴィーゼル)のみである。

しかし ーー とヴィーゼルは明言する ーー ザ・ホロコーストの神秘は「伝達不可能であり」「それについて語ることさえできない」。こうしてヴィーゼルは、通常25000ドルの講演料をもらい、運転付きのリムジンで送り迎えを受けながら、アウシュビッツの「真実」という「神秘は沈黙の中にある」と語るのである。

この見方では、ザ・ホロコーストを合理的に理解することは、突き詰めていけば、ザ・ホロコーストを否定することになる。合理性によってザ・ホロコーストの唯一性と神秘性が否定されるからだ。さらに、ザ・ホロコーストをそれ以外の苦しみと比較することも、ヴィーゼルにとっては「ユダヤ人の歴史に対する全面的裏切り」となる。

数年前にニューヨークのあるタブロイド紙がパロディで、「マイケル・ジャクソン、6000万人と核ホロコーストで死亡」という見出しを載せた。するとヴィーゼルは、「昨日起こったことをホロコーストと呼ぶ神経が分らないホロコーストは一つしかない…」と投書欄に激しい声を寄せた。

また、新しい回想録では、

「アウシュヴィッツとヒロシマは20世紀の “2つのホロコースト” 」だと躊躇なく発言したイスラエルの元首相シモン・ペレス(Shimon Peres)を「言ってはならないことを言った」と非難している。

ヴィーゼルお気に入りの決め文句は「ホロコーストの普遍性はその唯一性にある」だ。しかし、比較も理解もできない唯一無二のザ・ホロコーストが、どうすれば普遍的な次元を持つというのだろう。(p57 中略)

もし、エリ・ヴィーゼルが「解釈の第一人者」でなかったら、「アメリカでのホロコーストをめぐる議論はどうなっていただろう」答えを見つけるのは難しくない。ヴィーゼルは、そのイデオロギー的有用性という機能において傑出していた。

ユダヤ人の苦しみの唯一性、永遠に有罪の異教徒と永遠に無罪のユダヤ人、無条件でのイスラエル擁護と無条件でのユダヤ人利益擁護 ー エリ・ヴィーゼルはザ・ホロコーストそのものなのである。

(p63 引用終了)

読書でも映画でも、突如として、MJが登場して驚くことが多いのですけど・・。また、このヴィーゼルが言ってる「昨日起こったこと」って翌日が911だった、30thのこと? でも、911のときに、そんなパロディ無理だよね?。。


次は、ヴィーゼルの魅力について語りたいと思います。

☆「エリ・ヴィーゼル Part 2」に続く


◎以下は参考資料

☆ユダヤ人監督による、MJを「反ユダヤ」だと非難した「ADL」の実体と、
現在の「反ユダヤ主義」やイスラエルを描いた傑作ドキュメンタリ。
イスラエルの少年少女たちが、マイダネク(アウシュヴィッツに次ぐ規模の収容所)
を訪問する様子や、フィンケルスタイン、ミアシャイマー&ウォルトも
その4から登場しますが、ヴィーゼルは登場しません。

◎[映画Defamation]ユダヤ人と名誉毀損 反ユダヤ主義の実体 その1
◎[映画Defamation]ユダヤ人と名誉毀損 反ユダヤ主義の実体 その2
◎[映画Defamation]ユダヤ人と名誉毀損 反ユダヤ主義の実体 その3

(5:25~フィンケルスタインも登場)
◎[映画Defamation]ユダヤ人と名誉毀損 反ユダヤ主義の実体 その4

(8:12~)ミアシャイマー登場。(12:24)~フィンケルスタイン
◎[映画Defamation]ユダヤ人と名誉毀損 反ユダヤ主義の実体 その5

◎[映画Defamation]ユダヤ人と名誉毀損 反ユダヤ主義の実体 その6(終)

◎[参考記事]アメリカの分裂したユダヤ人

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by yomodalite | 2012-09-05 21:21 | マイケルと神について | Trackback | Comments(0)

黄金律に従おう(註釈2)

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☆黄金律に従おう(註釈1)の続き

それぞれの宗教には、それぞれ問題点もあって、厄介な部分も多いですが「God」を持たない、日本人にとって一番の問題は「黄金律」を共有していないことかもしれません。

また、(註釈1)で、マイモニデスに執着したのは、MJの信念が青い理想からではなく、歴史への深い理解を背景にしているということを紹介したかったからだけでなく、シュムリーのヴィーゼルへの傾倒についても、マイモニデスから考えてみたいという気持ちが芽生えたからで、

(註釈2)は、その他へのツッコミと、どうして「そんなにヴィーゼル?」について、ほんのちょっぴり。。

☆註4、☆註5

MJ:僕も悪魔は非常に邪悪だと思う。悪魔はこの部屋や世界中の裏側に潜んでいて、彼らは本当に忙しい。みんなゲイになってしまうし、同じようなことをしている女性もいる。だから、僕は悪魔は人の心の中にいると思うんだ。

シュムリーは、この後、マイケルにが「ゲイへの偏見はない」と真面目に擁護してくれちゃってますけど、、

(SB註:マイケルのゲイへのコメントについて。私が思うに、マイケルは自分が見た世界を表現したのではなく、すべてを悪魔の責任にしようとする人々が言うことを、言い換えて表現したのだと思う。マイケルが同性愛嫌悪の意見を言うことを、私は一度も聞いたことがないし、彼はそのような性格ではまったくない。彼はときどき、出会った男性が同性愛者かどうかを当てるゲームをしていたが、それは、悪魔的かどうかというような判断ではなく、彼らが自分に対して慕ってくるかどうかに基づいていた)

MJは、シュムリーが「devil」という言葉は使わないものの、骨の髄から「絶対悪」を強調するので、普通の人の中にある「天使と悪魔」を表現したんであって、一般的に旧約聖書に書いてあると思われているゲイへの偏見に対し、それが本当なら、現代の悪魔はめちゃめちゃ忙しいし、マンツーマン指導か(笑)っていうジョークだって、わかるってば!!

◎こちらのキリスト教会(プロテスタント)では、聖書には同性愛が禁じられているとは書いてないという詳しい説明があります。

シュムリーの教会でも、上記と大体同じような解釈なんでしょうか?

でも、世の中にはどこかの圧力団体が成功した手口をまねて、何かに付けてケチをつける機会を狙っている団体がいっぱいあるので、擁護してくれたことには感謝します。


☆註6

MJ:マリリン・マンソンはステージで「神を殺せ!聖書を引き裂け…」と言ってるけど、メディアは彼を攻撃しない。彼がまるで女性のような胸をしていてもね…

マンソンについて詳しくないのですが、MJはマンソンの批判をしているのではなく、対象によって「基準」を変える、メディアの欺瞞を批判しているんだと思います。

また、マンソンのように、宗教団体から批判されるようなパフォーマンスに対して、メディアが批判しないのは、マンソンの反抗精神が体制に脅威を与えないからで、MJが嫌われたのは、彼が本質的な部分で、自分が所属する「体制」や「偽善」や「悪」をついてくることへの嫌悪からでしょう。

『Man in the MIllor』に感動した人であっても、自分を振り返るより、他人を責める方が何千倍も楽ですし、利益になりますからね。本質的に批判することが難しいと感じると、根拠のない人格批判とか「レッテル張り」で貶めようとするのは、マスメディアに限りませんよね。


☆註7、註8

僕たちはいろいろ話して来たけれど、はっきりさせておきたいことがある。イエスは、ある人々を右におき、また、ある人々を左において「終末の日」に、左側の人々が地獄に飲み込まれて永遠に罰を与えられる。

それは、フェアじゃないんじゃないかな?この世界には善良な人々がたくさんいて、どんな宗教でも、どんな人種でも何の問題もない。もし、この世界に、真実、本物の天国と言えるような「審判」があったとしたら、ヒトラーがしたようなことを、彼が長い間、罰せられることなく出来たはずがないだろう。
(この後の部分も含めて)

MJはカルマを否定し、キリスト教や、多くのスピリチュアル思想にも見られる「審判」も否定した後に、シュムリーに、ふたりの同意点を確認しようとしていますが、シュムリーはなぜか、ヴィーゼルの話にもっていこうとしています。

SB : 私たちはエリ・ヴィーゼルと共に、大勢の子供たちが亡くなったアウシュヴィッツに行く日が来るだろう。それは心に強い印象を残す。彼の『夜』という本を読むべきだ。彼の本は20世紀で最も影響力のある1冊だ。アウシュビッツにいた頃、彼は16歳だった。ウイーゼルは、世界一有名なホロコーストからの生還者だ。

これは「東大話法」の規則4、

(自分に)都合のよいことがない場合には、関係のない話をしてお茶を濁す。

というよりは、

マイケルが本質的なところをついて来たので、本能的に自分の世界に「逃避」しようとしているんでしょう。

シュムリーは、MJがヴィーゼルを読んでいない前提で話していて、未読の読者に「ノーベル平和賞」などの先入観を植え付けようとしてますけど、ここまでのMJの考え方から想像すると、彼がユダヤ教を学ぼうとした時点で、現在のアメリカン・ユダヤに多大な影響を与えている、ヴィーゼルの主著を読んでいないとは、私には思えません。(ヴィーゼルの平和賞受賞は1986年)

◎[Wikipedia]エリ・ヴィーゼル

また、以前『夜』を読んだ印象からは、シュムリーが、ヴィーゼルをそこまで重要視する理由がわからなかったのですが、この会話を読んで、再度『夜』を読み直してみて、MJの問いかけから、シュムリーがヴィーゼルの話に繋げたのは、ヴィーゼルとホロコーストが、現代ユダヤ教にとって「神秘思想」になっているからだと思いました。


☆「エリ・ヴィーゼル Part 1」に続く

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by yomodalite | 2012-09-04 14:15 | マイケルと神について | Trackback | Comments(0)

Michael Jackson and The Jews:Rabbi Shmuley Boteach

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photo : Elie Wiesel & MJ



オフィシャルサイトで、少しだけ紹介された記事を、全訳してみました。

◎ラビ・シュムリー、MJがナチの支持者だったというウソに不快感

ラビ・シュムリーが話しているのは、MJへの愚かな「レッテル張り」への反論と擁護ですが、くだらないタイトルとは異なり、シュムリーとの議論のこと、イスラエルの首相や、エリ・ヴィーゼルが登場するなど、私には興味を惹かれる内容でした。

色々と、迷って訳しているところが多いので、日本語部分はご注意の上、間違いや、気になる点は、お気軽にご指摘くださると、たいへん助かります。

The Revolting Lie That Michael Jackson Was a Nazi Sympathizer

All a man has in this world is his good name. The book of Ecclesiastes says that a good name is better than fine oil. Our reputations determine what others think of our character. We have a right, therefore, to defend our name against scurrilous and slanderous attack. When those we know cannot defend themselves, we must stand up and speak out on their behalf.

人がこの世で手にできるものは、名誉につきる。伝道書には、名声は良い油よりも優ると書いてあります。私たちが手にする評判というものが、他の人々が、どんな人間として見るかを決定づけるのです。私たちは、下品な中傷などの攻撃から、名前を守るための権利を持っていますが、私たちがよく知る人物が、自己弁護することが出来ない場合、私たちは、彼らの代わりになって、自由に発言しなければなりません。

I generally try to avoid the gossip that is so often said and writing about Michael Jackson. Libraries of nonsense have been written about him, and now that he is tragically no longer alive, he cannot defend himself. In general I see no point in highlighting slanderous material about him by responding to it.

私は、通常、マイケル・ジャクソンについて、何度も言われているようなゴシップや、彼について書かれた無意味な蔵書群について書くことは、避けてきました。悲劇的なことに、今、彼は生きておらず、自己弁護することが出来ませんが、一般的に、それらに反応することは、彼に対しての中傷をより強調することになり、良い点を見出すことはありません。

But several headlines recently caught my attention when I heard that a man who claims to have worked as Michael's bodyguard made the incredulous charge that Michael was a Nazi sympathizer. This kind of viciousness should usually not be responded to because it just gives it more credibility for the retelling. But the slander against Michael's name in this instance is so great that it deserves to be rebutted.

しかし、いくつかの「見出し」は、私の注意を惹きました。最近、私が聞いたのは、マイケルのボディガードとして働いていた男が、マイケルが、ナチの支持者だったという、懐疑的な告発をしたこと。そんな悪質なものに、応答しても、より多くの信用を与えることになるだけですが、しかし、このような類いの、マイケル対する中傷は、影響力が大きいので、それは反論すべきだと思いました。

As is well known, I was Michael's Rabbi for two years. During that time, we discussed every subject under the sun. A great deal of it was captured in the conversations we recorded specifically for publication in the books that became The Michael Jackson Tapes and its follow up, Honoring the Child Spirit. In one of those conversations, Michael spoke of Hitler's mesmerizing oratorical skills.

よく知られているように、私は2年間、マイケルのラビでした。その間の間、私たちは、太陽の下で、様々な課題について、多くの議論をしました。それらを録音した中から『The Michael Jackson Tapes』が出版され、それに続く『Honoring the Child Spirit』も本になりました。そういった会話のひとつとして、マイケルは、人々を魅了するヒットラーの演説技術のことを話しました。

*ラビ・シュムリーが、MJと対話した2冊の本を全訳しました!

He said that oratory is in many ways one of the most effective tools that evil uses to manipulate others and thereby gain power. Michael argued that Hitler used many of the same techniques that showbiz performers use today in order to manipulate audiences and steer them toward evil deed. I was disheartened when the book was first published to see some newspapers highlight these comments of Michael completely out of context and misrepresent him as someone who could have admired Hitler. Nothing could be further from the truth.

彼は、演説というのは、いろいろな意味で、邪悪な意志を持った人間が利用するのに、もっとも有効な手段で、演説によって、人々を操り、それによって権力を得るのであると。現代のショービジネスのパフォーマーが聴衆を扇動し、不道徳な行為へと駆り立てる際に用いる手法の多くは、ヒトラーが使ったのと同じものだと、主張していました。本が最初に出版されたとき、いくつかの新聞が、それらのマイケルのコメントを強調し、彼がヒトラーを賞賛していると、完全に誤って伝えているのを見て、私は、大変落胆しました。これほど、真実から程遠いものはありません。



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Rabbi Shmuley Boteach


Michael detested and despised anyone who would do harm to another human being, especially the Nazis who gassed six million Jews, one and a half million of whom were children. Michael loathed everything Hitler stood for. As I have consistently stated, Michael was a great friend of the Jewish people. He celebrated his relationship with the Jewish community and never shied from demonstrating how much he learned from Judaism through our conversations and friendship.

マイケルは、人に危害を加える人間は、誰であっても、嫌悪し、軽蔑しました、600万人のユダヤ人(その中の150万人は子供だった)を、ガス室に送った、ナチスに対しては、特にそうです。マイケルは、ヒトラーを表現するすべてを嫌悪し、私が一貫して主張してきたように、彼は、ユダヤの人々の親友であり、ユダヤ人社会との関係を祝福していました。ユダヤ教についても、私たちの会話や、友情を通して、彼が、そこから、どれほど学んだかは計り知れません。

In one of our first meetings I gave him a mezuzah as a gift, which consists of a small scroll from the Torah that is affixed to the doorpost. I did not give it to him with the intention that he put it on his door as his was not a Jewish home. Nevertheless, Michael insisted that we put it on the front door of his rented home in Manhattan.

私たちが、最初に出会ったミーティングで、私は彼に贈り物として、メズーザー(註1)を贈りました。それは、トーラー(ユダヤ教の律法)が書かれた小さな巻物で、ドアの外側に取り付けるようなものなのですが、彼の家は「ユダヤの家」ではないので、私は、彼に、そのような意図で贈ったわけではありません。しかしながら、彼は、マンハッタンで賃貸している彼の家の正面玄関に、それを置くことを望みました。

A few weeks later he came with me to the Carlebach Synagogue in Manhattan one of the happiest days of the Jewish calendar, Shemini Atzeret, and told me later, as part of The Michael Jackson Tapes, that it was the happiest night of his life.

数週間後、彼は、私と一緒に、マンハッタンのCarlebachのシナゴーグ(註2)に行きました。ユダヤ暦の中でも、最も幸せな日の1つである「Shemini Atzeret」(註3)のことは『The Michael Jackson Tapes』にも少し書きましたが、その後、彼は、その日のことを「人生の中で、最も幸せな夜だった」と言いました。

As the boy superstar of the Jackson 5, Michael had a Jewish tutor who traveled with him and helped to raise him whose name was Rose Fine. Michael spoke of her in The Michael Jackson Tapes with great affection and revealed to me that he and Janet covered many of his former tutor's expenses as she aged.

ジャクソン5で、スーパースターになった少年のころ、マイケルには、彼を育てるための、ユダヤ人の教育係がいました。ローズ・ファインという名前で、優しく思いやりにあふれた彼女のことは『The Michael Jackson Tapes』の中でも語られていますが、彼女が、年老いてからは、マイケルと、ジャネットが、彼女の支払いの多くを補っていました。

In one of the conversations he says that as the group's plane landed in Germany, Mrs. Fine became agitated. Michael asked her why and she shared with him the horrors of the Holocaust. He was just a boy and it was the first time he had heard of the wholesale slaughter or Europe's Jews.

その会話のひとつで、彼は、ジャクソン5が乗った飛行機が、ドイツに着陸すると、ファイン夫人が動揺するようになったと語っています。マイケルは、彼女にそれがなぜか尋ね、彼女は、彼とホロコーストの恐怖を共有しました。マイケルは、まだほんの少年で、大量殺人についても、ヨーロッパのユダヤ人のことも、彼にとって初めて聞くことでした。

Later, I would take Michael to meet and converse with my dear friend, Nobel Peace Laureate Elie Wiesel -- arguably the greatest living Jewish personality -- who further shared with him the horrors of the Holocaust and the importance of reconciliation and love. Prof. Wiesel showed Michael boundless acceptance and affection, which Michael warmly reciprocated.

その後、わたしは、親しい友人で、ノーベル平和賞受賞者のエリ・ヴィーゼル(註4)ーー 生存しているユダヤ人の中で、最も偉大なパーソナリティーー に会うために、マイケルを連れて行きました。ヴィーゼル教授とマイケルは、ホロコーストの恐怖だけでなく、和解と、愛の重要性について共感し、ヴィーゼルは、マイケルに無限の愛情を示し、マイケルもまた、それを暖かく受けとめていました。

Michael's strong feelings for the Jewish community meant he was even prepared to suffer professionally for his love of Israel and the Jewish people. It is well-known that in 1993 Michael went to Israel on his Dangerous Tour where he performed for 160,000 fans in Tel Aviv. My dear friend Frank Cascio, later to become Michael's manager, accompanied him and he told me how much Michael loved being in the holy land. Less well known, however, is the following story.

マイケルのユダヤ人社会への強い感情は、イスラエルや、ユダヤの人々への愛のために、仕事の面で困難に出会うであろうことも覚悟していました。1993年、マイケルが「デンジャラス・ツアー」で、イスラエルに行き、テルアビブの16万人のファンの前で、ショーを行ったことはよく知られています。私の親友のフランク・カシオ(その後、マイケルのマネージャーになった)も、彼と同行していて、マイケルが、その聖地を、どれだけ愛していたかを、私に伝えてくれました。しかし、これから話すことは、それほど有名ではありません。

In late 2000, a Jewish philanthropist called me and told me that Israeli Prime Minister Ariel Sharon was coming to his home that night for a reception. He said it would be good for Israel if Michael would come there and meet with the prime minister. I turned to Michael, in the presence of some of his professional staff, and asked him if he would like to meet the Israeli prime minister. Michael immediately jumped at the opportunity and told me he would love to do so.

2000年の終わりに、ユダヤ人の慈善家が、私に電話をしてきて、イスラエルの首相アリエル・シャロンが、夜、彼の家で行われる歓迎会に来ると言いました。彼は、マイケルがそこに来てくれて、首相に会えば、イスラエルにとっていいだろうと言ったので、私は、マイケルのスタッフの何人かに、彼がイスラエル首相に会いたいかどうかを尋ね、彼に出席することを求めました。マイケルは、その機会に、すぐに飛びつき、是非出席したいと、私に伝えました。

However, the people who surrounded him at the time mentioned that it might not be a good idea. They said that Sharon was hated in many parts of world, especially in Arab nations. A photograph of Michael with Ariel Sharon could spark a significant backlash including a boycott of Michael's albums and music. Michael immediately dismissed their concerns and said that he felt very excited to meet the prime minister. A few minutes later we embarked in Michael's van and crossed town to the meeting.

しかしながら、彼の周囲の人間は、それはいいアイデアではなく、世界の多くの国々、特にアラブ国家では、シャロンが嫌われていて、マイケルと、アリエル・シャロンの写真は、彼の音楽アルバムの不買運動を含む、深刻な反動運動の口火を切ることになると言いましたが、マイケルは、彼らの心配を一蹴し、首相との面会に興奮して、数分後には、彼の車は、街を横切り、面会へと向かっていました。

The pictures of Michael greeting Prime Minister Sharon, along with me and our dear mutual friend Uri Geller, appeared throughout the world. Michael's professional staff were correct. The very next day websites called for a boycott of Michael's music saying that he supported Israel's "hated" leader. However, Michael did not care. Michael loved Israel and the Jewish people and he was thrilled to meet someone of Prime Minister Sharon's stature.

マイケルが、シャロン首相に挨拶した写真は、一緒にいた、私や、私たちの共通の親しい友人、ユリ・ゲラーと共に、世界中の至るところで現われ、マイケルのスタッフ達の意見は正しく、その翌日には、マイケルが、イスラエルの「嫌われもの」のリーダーを支援したと言って、彼の音楽のボイコットが、ウェブサイトによって始まりました。しかし、マイケルは心配することなく、イスラエルと、ユダヤの人々を愛し、他にも、シャロン首相のようなレベルの人間に会うことのスリルを楽しんでいました。



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Shmuley Boteach, Uri Gellar, MJ, ARIEL SHARON


Above everything else in our relationship, Michael was immensely sensitive to my family's Jewish observance and did everything to respect it at all times. When we would visit him at his homes and hotel suites, he would always order kosher food from local restaurants for us. He developed a taste for the cuisine of some well-known kosher restaurants and would often go there on his own after getting to know the restaurant through me.

私たちの交友において、もっとも強調したいのは、マイケルが、私たちユダヤ教の遵守をとても尊重してくれて、気を遣ってくれたことです。彼は、私たちが、彼の家やホテルの部屋を訪ねたときも、いつも私たちのために、地元のレストランから、kosher food(ユダヤ教の法に従って料理されたもの)を注文してくれましたし、彼は、kosher food レストランの料理法にも興味を深め、私から知った、いくつかの有名レストランに、ひとりで行くこともしばしばでした。

The speech I composed for him, based on our conversations, that was delivered at the Oxford Union in March, 2001 -- one of his crowning achievements where he received a standing ovation and which, unfortunately, has yet to be released by his estate -- was filled with Jewish references and wisdom. Michael told me to leave it all in. As a Jehovah's Witness he felt an immediate kinship and bond with the Jewish people and their teachings.

2001年の3月、オックスフォード大学で語られたスピーチ(スタンディング・オベーションを受けるような、彼の輝かしい業績のひとつだが、不運なことに、彼が生まれた地においては未だに発表されていない)は、私たちの会話をベースに、私が構成したので、ユダヤの知識や知恵で満たされていましたが、マイケルは、それをすべて入れたままにしておくように私に命じました。彼は、ユダヤの人々や、その教えから瞬時に「エホバの証人」との類似や、同様の契約を感じたようです。

Michael was an African-American male who told me that he and his family had experienced a great deal of discrimination in their lives. Surely it is adding insult to injury to accuse Michael of a racism that was never expressed through his actions and never felt in his heart.

マイケルは、アフリカ系アメリカ人として、彼も、彼の家族も、人生で多くの差別を経験したと私に語りました。彼の行動にも、心の中にも、一度もなかった人種差別主義によって、彼を非難することは、彼がそれまで受けてきた傷に塩を塗るようなものです。



Shmuley Boteach, "America's Rabbi," is the international bestselling author of 27 books and has just published Kosher Jesus. He is currently running for Congress to represent New Jersey's Ninth District. His website is shmuleyforcongress.com. Follow him on Twitter @RabbiShmuley.

シュムリー・ボアテック(Shmuley Boteach アメリカのユダヤ教指導者)は、27冊の国際的なベストセラーをもつ作家で『Kosher Jesus』は、彼の最新刊です。また、彼は、ニュージャージー州の9番地区の議会のために奔走中です。彼のウェブサイトは「shmuleyforcongress.com.」で、ツイッターは「@RabbiShmuley」をフォローしてください。

source : http://www.huffingtonpost.com/rabbi-shmuley-boteach

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Pop superstar Michael Jackson finds a quiet corner to sit in at Israel's Masada, the legendary last outpost of Jewish zealots who fought against the Romans nearly 2,000 years ago, in Masada, in this September 19, 1993 file


註1
◎mezuzah(メズーザー)画像検索
◎mezuzah(メズーザー)Wikipedia
トーラーに書かれている戒律が記された巻紙がケースに入っている。ドアなどに取り付けることが多く、結婚式などの贈り物としても、一般的。

註2
◎Carlebach(MJが訪問したシナゴーグ)
◎Celebrities Grace the Carlebach Shul’s Annual Dinner June 20th 2011, NY

(上記の記事)マイケルは、その訪問を「人生最高の日」と言った。
THE CARLEBACH SHUL has had many celebrity visitors before. Michael Jackson called his visit the best day of his life.

註3
2011年のパーティーでは『Black Or White』のSFに出演した、マコーレー・カルキン(Macaulay Culkin)も出席。
◎Carlebach Shul’s Annual Dinner June 20th 2011, New York City

父親役のジョージ・ ウェント(George Wendt)の姿も。
◎Carlebach Shul’s Annual Dinner June 20th 2011, New York City
◎ジョージ・ウェント、MJとの「ブラック・オア・ホワイト」ビデオ製作について語る

註4
エリ・ヴィーゼルの名言
There are victories of the soul and spirit. Sometimes, even if you lose, you win.
魂と精神の勝利というものもある。時には、たとえ負けても勝つのだ

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photo : Elie Wiesel


◎エリ・ヴィーゼル(Wikipedia)
Wikipediaの記述にある批判は、ノーマン・フィンケルシュタインの著書『ホロ・コースト産業』によって、大きな話題になりました。

◎[参考記事]『ホロ・コースト産業』について
イスラエル・ロビーが、米国政治にどれほど大きな影響を与えているかについては、やはり、ユダヤ人の2人の国際政治学者による『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』に詳しく書かれています。

民間人の被害にいっさい躊躇することなく、大都市の生活の場を焼き払った空爆や、広島・長崎への原爆を「ホロ・コースト」と呼ぶどころか、自己批判することしか思いつかなかった、私たち日本人に、ユダヤ人同士の争いのことはわかりませんが、、、

シュムリーは、あくまで、マイケルは、ユダヤの良き友人で、その痛みを深く共有する人物だったことを説明しているだけなので、どうか誤解なきように。それに、MJが、イスラエル・ロビーの利益に偏ることがなかったということは、イスラム社会での絶大なマイケル人気や、彼の交友関係からも明らかですよね。

☆エリ・ヴィーゼルと、ノーマン・フィンケルシュタインの参考記事(私はフィンケルシュタインが本物なのかどうかは知りませんが…)
◎私の闇の奥「Jester としてのマイケル・ムーア」

☆エリ・ヴィーゼル財団の「Humanitarian Award」は、1994年はヒラリー・クリントン、2002年はローラ・ブッシュ、2007年はオプラ・ウィンフリーが受賞。

Elie Wiesel Foundation Humanitarian Award.
On May 20th,Oprah Winfrey was honored in New York by the Elie Wiesel Foundation with their Humanitarian Award. The award honors individuals who dedicate their time to fighting indifference, intolerance and injustice and whose accomplishments are consistent with the goals of the Foundation. Past recipients include First Lady Laura Bush in 2002 and Senator Hilary Clinton in 1994.

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photo : Oprah Winfrey, Elie Wiesel


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by yomodalite | 2012-06-06 09:03 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(9)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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