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イエスの幼子時代/J・M・クッツェー

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2016年中は読むことがかなわなかった『イエスの幼子時代』をようやく読了。英国最高峰の文学賞ブッカー賞を史上初の2回受賞し、ノーベル文学賞も受賞した、J・M・クッツェーの本はこれが初めてだったけど、鴻巣友季子氏の翻訳がいつもながら読みやすくて期待通り楽しめた。


邦題は、 原題「The Childhood of Jesus」の直訳だけど、聖書の話とも、歴史上のイエスの記述とも違っていて、半分ほど読み終わるまで、これがどういう類の小説なのかもわからなかったのだけど・・


主人公の中年男は、自分の子でも孫でもない5歳の少年を連れて、移民や難民が集まるような「セントロ・デ・レウピカシオン・ノビージャ」という場所に降り立つ。ふたりにはそれぞれスペイン語の名前が与えられていて、中年男はシモン、少年はダビードと身分証に書かれている。


そこでは、社会福祉が整っていて、人々は親切で、きちんとしているようで、どこか生気がなく、シモンは違和感を感じながらも、与えられた船の荷揚げの仕事に就く。でも、シモンは真面目に仕事をこなしながらも、単純な作業や、不効率な部分に不満がないわけではない。


ある日、シモンは、倉庫にネズミの大群を発見して叫び声を上げるが、同僚は「我々人類が栄えるところにはネズミも栄える」と、意に関しない。シモンが、「どうしてネズミに汚染された倉庫に、何千トンの単位で、穀物を貯蔵しておくんだ?1ヶ月ごとに需要に見合うだけ輸入すればいいじゃないか。どうしてもっと効率良くできないんだ?」と言うと、


同僚は「あんたの言うようにしたら、おれたちはどうなる?馬は?・・・つまり、おれたちの獣じみた労働生活から解放したいと言うんだな・・・そういう職場では、粒がカサカサ言うのを聞きながら、積荷に肩に担ぎ上げたり、物とじかに触れ合うこともできなくなる。人間の糧となり命を与えている食物との接触を失うんだ。


われわれは、なぜ、自分たちが救済されるべきだとこうも強く信じ込んでいるんだろうな、シモン? おれたちは無能でほかに出来ることがないから、こんなに荷役をして暮らしていると思うか?・・・わかってきたろう、あんたも仲間なんだよ、同志。・・・愚かなのは俺たちじゃない。愚かなのは、あんたが頼りにしている小賢しい理屈だ。そのせいで、答えを見誤ってしまうんだ・・」


という具合に、ノビージャの人々は哲学的な会話が好きで、船の荷揚げの仕事が終わったあと、さまざまな倶楽部に参加して余暇を過ごしているが、そこでは、語学やプラトン哲学だけでなく、女性と過ごすことより、人体デッサンを学ぶ方が人気w。


シモンには、少年の母親を探すという目的があるが、名前も住所もわからず、ただ、会えば確実にわかる。という強い確信だけがあって、ある日、山の上にある蔦に覆われた門の中で見かけた女性が、ダビードの母親に違いないと感じ、その女性(イネス)に、母親になってほしいと頼むと、不思議なことに、若い独身の彼女もそれを引き受けてしまう。


しかし、シモンは直感だけでイネスを選んだものの、子育ての経験もない彼女の教育方針には、口を挟みたくなることも多く、また、少年ダビード(イエス?)は、覚えたばかりのチェスですぐに大人に勝利するなど、並外れたところはあるものの、大人の言うことを聞かず、イエスというよりは、暴君的で、ダビデ王のようでもあり、妙に「数字」にこだわったりw、「ライセ」のことも信じているw


物語の終盤、自分が三男坊になるために、兄弟を欲しかっていたデビートは、ヒッチハイクをしていたフアンという青年に出会う。「あとがき」によれば、フアンは、クッツェーの名前、Juanのスペイン語形で、つまり「ヨハネ」だということ。この続編の『イエスの学校時代(The Schooldays of Jesus』も刊行予定で、すでにそちらもブッカー賞のリスト入りとか・・早く読みたいっ!



イエスの幼子時代

J・M・クッツェー/早川書房

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by yomodalite | 2017-01-10 23:44 | 文学 | Trackback | Comments(0)

和訳 “The Hollow Men” T・S・エリオット「空ろな人間」

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世界はますます終わりに近づいているような気がする毎日ですが、人生も惑星の命にも限りがあるので、世界が終わるのは、当然といえば当然なんですが、Godという創造主のことを考えると、人はなぜか「永遠」を考え出すんだなぁなどと思いつつ、


とにかく、ヒストリー・ティーザーについてのエレノアとウィラの会話(これから紹介するPart 3)をより理解するために、そこにちょっぴり登場する『地獄の黙示録』を再度見てみたり、引用された文学作品を読んだりもしているのですが、原作の『闇の奥』は、以前なんとか読んだので、今回は、映画の中で、カーツが読んでいたT・S・エリオットの「The Hollow Men」という詩を読んでみようと思って、岩波文庫『四つの四重奏』(岩崎宗治訳)を買ったんです。


childspirits先生と二人で、エレノアの会話を日本語にしているだけで、もうヘトヘトなので、誰かが訳してくださったもので、あっさりと理解したかったんですが、訳注や解説には、ためになる部分があったものの、実際の詩の方は「?」という部分が多くて、、、しかたなく自分でも考えてみました。


ふだん、直訳とか、意訳という言葉が大嫌いな私ですが、意味がわかる。という意味での「意訳」につとめ、散文的に訳してあります。


気になる点や、間違いはもちろん、

遠慮のないご意見をお待ちしております。



The Hollow Men

空ろな人間



Mistah Kurtz―he dead. (*1)

Mr.クルツは死んだ


A penny for the Old Guy(*2)

ガイさんに1ペニーを(恵んでおくれ)。


I

We are the hollow men

We are the stuffed men

Leaning together

Headpiece filled with straw. Alas!

Our dried voices, when

We whisper together

Are quiet and meaningless

As wind in dry grass

Or rats' feet over broken glass

In our dry cellar


我々はすき間がないほど

詰め込まれていながら、空っぽで

頭の中は藁がいっぱい詰まっている(嗚呼)

お互い寄りかかるしかなく

みんなで一緒に囁いても

かすれるような声でしかなく

枯野の草のように静かで意味がない

もしくは、地下室で

ネズミが割れたガラスの上を歩くぐらいか


Shape without form, shade without colour,

Paralysed force, gesture without motion;


つかみどころのない形、色のない影、

麻痺した力、動きのない身振り


Those who have crossed

With direct eyes, to death's other Kingdom

Remember us―if at all―not as lost

Violent souls, but only

As the hollow men

The stuffed men.


目を見開いて、

死後にある別の王国に渡った者が

もし我々のことを覚えていたとしても

それは、荒ぶる魂というよりは

ただ、無意味だけが

詰め込まれた人間としてだ


II

Eyes I dare not meet in dreams

In death's dream kingdom

These do not appear:

There, the eyes are

Sunlight on a broken column

There, is a tree swinging

And voices are

In the wind's singing

More distant and more solemn

Than a fading star.


この目は、私が夢に出会うことを怖れ

死後の夢の王国が

目の前に現れることはないが、

そこでは

折れた円柱に陽射しが注がれ

木々は揺れ、

そして、声は響き、風は歌う

この消えゆく星よりも

ずっと遠くにあって、より厳かに


Let me be no nearer

In death's dream kingdom

Let me also wear

Such deliberate disguises

Rat's coat, crowskin, crossed staves(*3)

In a field

Behaving as the wind behaves

No nearer―


死後の夢の王国のそばに

俺を行かせないでくれ

あの念入りに見つくろった

死装束をまとわせるのも、だ。

鼠の毛皮、カラスの肌、十字にした棒

この場所では

風が振舞うように、振る舞う

それ以外にはない


Not that final meeting

In the twilight kingdom


あの黄昏の王国での

最後の集いとは違うのだ


III

This is the dead land

This is cactus land

Here the stone images

Are raised, here they receive

The supplication of a dead man's hand

Under the twinkle of a fading star.


ここは、死んだ国

サボテンの国

ここにある石の像は

消えていく星の煌めきの下

死んだ者たちの嘆願を

受け入れるために建てられた


Is it like this

In death's other kingdom

Waking alone

At the hour when we are

Trembling with tenderness

Lips that would kiss

Form prayers to broken stone.


それは、死後の王国で

ひとり目覚めたとき

誰かがそこにいて

優しく震えるように

唇にキスをする者によって

石が崩れ去る、ということか


IV

The eyes are not here

There are no eyes here

In this valley of dying stars

In this hollow valley

This broken jaw of our lost kingdoms


この目に見えるのはそんな場所ではなく

ここにある世界はそうではない

この谷では、星は死にゆき

ここは、空ろな谷でしかなく

この壊れた骸骨が、失われた王国なのだ


In this last of meeting places

We grope together

And avoid speech

Gathered on this beach of the tumid river


最後の集いの場所では

みんなが探りあい

意見を言うことを避け

人々は水が膨張した河の岸辺に

ただ群がっている


Sightless, unless

The eyes reappear

As the perpetual star

Multifoliate rose

Of death's twilight kingdom

The hope only

Of empty men.


盲目でないとすれば

この目にも、永遠の星や

花びらが幾重にも重なった薔薇が

見えるだろう

死にゆく黄昏の王国で

空っぽな人間の

残された希望として


V

Here we go round the prickly pear(*4)

Prickly pear prickly pear

Here we go round the prickly pear

At five o'clock in the morning.


手のひらみたいなサボテンのまわりを

サボテン、サボテン、みんなでまわろう

手のひらみたいなサボテンのまわりを

みんなでまわろう、朝の五時


Between the idea

And the reality

Between the motion

And the act

Falls the Shadow

     For Thine is the Kingdom(*5)


理念と現実の間に

動きと行いの間に

幻影があらわれる        

     神の王国のために


Between the conception

And the creation

Between the emotion

And the response

Falls the Shadow(*6)

     Life is very long(*7)


構想と創造の間に

感情と反応の間に

幻影があらわれる

     人生はとても長い


Between the desire

And the spasm

Between the potency

And the existence

Between the essence

And the descent

Falls the Shadow

     For Thine is the Kingdom


欲望と発作の間に

潜在と実在の間に

本質と堕落の間に

幻影があらわれる

     神の王国のために


For Thine is

Life is

For Thine is the(*8)


あなたのための

人生とは

それを、あなたのために


This is the way the world ends (*9)

This is the way the world ends

This is the way the world ends

Not with a bang but a whimper.


こんなふうに、世界は終わる

こんなふうに、世界は終わる

世界の終りは、

爆発音ではなく、すすり泣く声で。



訳注)________


(*1)コンラッド『闇の奥』からの引用、主人公クルツの死を告げる黒人のボーイの言葉。


(*2)1605年、ジェイムズ一世とその政権を転覆させるため、少数のカトリック教徒の中で、国会議事堂の爆破が計画された(「火薬陰謀事件」と呼ばれる)。しかし、実行予定の前夜、議事堂地下室で火薬の見張りに立っていたガイ・フォークスは捕らえられ、仲間とともに処刑された。英国ではこの日にちなんで、11月5日を「ガイ・フォークスの日」として、彼の張りぼて人形を引き回し、爆竹をはぜさせながら、人形を火に投じる習慣があった。「ガイさんに1ペニー」は、この日に子供たちが、家々をまわって爆竹を買うための小銭をもらうときの言葉。


(*3)Rat's coat, crowskin, crossed staves


このパラグラフ(スタンザ)は、岩波文庫『四つの四重奏』(岩崎宗治・訳)の「詩集1909 - 1925年」に納められた〈空ろな人間たち〉の訳では、


これ以上近くには行かせないでください
死の夢の国で
そしてわたしにまとわせてください
とくに入念な変装を
鼠の毛皮(コート)、烏皮(からすがわ)、十字に組んだ棒
麦畑で
振る舞いは風の振る舞いのように
これ以上近くには----


になっています。


訳注では(訳者は、the stuffed men を、案山子人間と訳している。確かに、The Hollow Men に案山子の絵が使用されている例は海外でもある)、


「わたし」は、中身の空ろな案山子として生きようとする。案山子はここでは棒を十字に組んで古着を着せたもの。畑を荒らす野鼠や烏を脅すために、そうした動物の死骸を結びつけることがある。原文のRat's coat の ‘coat’ は、「上着」または、「(獣の)毛皮」で、‘crowskin’ は、‘backskin’ (鹿革)に似せた造語で、「烏皮」といったところか。ともあれ、魂のない「案山子人間」には・・・


とありますが、


私には「畑を荒らす野鼠や烏を脅すため」も「まとわせてください」も、納得できません。


鼠やカラスといった動物から喚起されるイメージと、「I」の〈rats' feet〉との音韻だけでなく、人間の社会では、鼠の上着(毛皮)は、動物の毛皮としては薄くて価値がないし、カラスは羽根に覆われていて、その肌がかえりみられることはありませんが、どちらも自然なもので、同じように、自然社会にあるのは、棒を十字にしたものだけであって「十字架」ではない。


その場所で身につけるものは、人間社会での葬送の儀式において、遺体に着せられるようなものではなく・・という意味からの言葉ではないでしょうか。


(*4)prickly pear


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ウチワサボテンとも言われるようですが、このスタンザは童謡を歌っているようになっているので、このサボテンの能天気な感じを出すために「手のひら」みたいな、にしました。


(*5)For Thine is the Kingdom

これは「主の祈り」とも言われる、『マタイによる福音書』6章9-13にからの引用だと思われます。(→https://ja.wikipedia.org/wiki/主の祈り)


Between the idea ~ And the act までは、「王殺し」をイメージしていて、「For Thine is the Kingdom」は、その行為を後押しする言葉にもなっている。


岩波文庫訳では、


For Thine is the Kingdom
それ〈御国〉は〈汝〉のものなればけり


という訳のわからない(私だけ?)訳になっていて、確かに、Thine は古語で、英語辞書では、「汝」もしくは「そなた」などと書いてあるのですが、


「汝」は、日本の国語辞典では、


二人称の人称代名詞。本来は、尊敬の意を含む語だが、徐々に敬意を失って、同等または目下の者に対する代名詞となり、中世以降はもっぱら目下の者に対する代名詞となった。


と、あります。でも、英語のThine は、「同等かもしくは尊敬の意」なので、Thine=汝というのは、現代の日本人にとって勘違いしやすい訳になっているように思います。例を挙げれば、シェイクスピアのセリフでは「汝」(もしくは「そなた」)で問題ありませんが、『マタイによる福音書』などの聖書訳の場合、「thy」は、神を指している場合も多く、これを「汝」と訳すのは間違いの元ではないかと。


「主の祈り」の英語訳は、


Our Father, which art in heaven,

hallowed be thy name;

thy kingdom come;

thy will be done,

in earth as it is in heaven.

Give us this day our daily bread.

And forgive us our trespasses,

as we forgive them that trespass against us.

And lead us not into temptation;

but deliver us from evil.

[For thine is the kingdom,

the power, and the glory,

for ever and ever.]

Amen.


上記のウィキペディアのリンク先ににある日本語訳でも、「thy」がわかりにくい訳になっているので、下記は私訳ですが、


天国にいる、我らの父よ

あなたの名が讃えられ

あなたの王国がやってきますように

あなたはこの地上を

天国のようにされるでしょう

そして、私たちに今日のパンを与え

私たちが、罪を犯した者を許すように、

私たちの罪も許してください

そして、私たちが誘惑に導かれないように

私たちを悪から救ってください

[あなたのための王国、その力、そして栄光は、永遠に続きます]

アーメン。


thyや、thineは、すべて、Our Father, which art in heaven(天国におられる我らの父)を指しています。(ちなみに、ウィキペディアにはもっとも普及していると思われる「新共同訳」が載っていませんが、そちらは、天におられるわたしたちの父よ、御名が崇められますように。御国が来ますように・・・で、[ ]内はありません。ただ、文春新書の『新約聖書Ⅰ』にある佐藤優氏のマタイの福音書の案内によれば、[ ]内は、2世紀頃に付加されるようになったもので、「国とちからと栄とは限りなくなんじのものなればけり」という頌栄がつけられることもある。とのこと


それ〈御国〉は〈汝〉のものなればけり


とにかく、上記の岩波文庫訳では、神の国が「あなた(自分)」のものだと言っているか、もしくは、神に上から目線になってしまいませんか?


岩波文庫訳への疑問に文字数を使いすぎてしまいましたが、日本人が考える「神」と「God」の違いは、「God」がこの世界の創造主というだけでなく、


「God」を信じる宗教には「神の王国をこれから創る」という目標があることが、重要で、それは、この詩でも、また『地獄の黙示録』でも、現代の世界戦争においても、重要なテーマになっていると思います。


(*6)Falls the Shadow

Falls も、Shadowも意味深い言葉で、私訳では “幻影があらわれる” としましたが、Fall は、「人間の堕落や原罪」という意味を感じさせる言葉ですね。


(*7)Life is very long

(*5)と同じ文字装飾になっているので、なんらかの引用かもしれませんが、岩波文庫の訳注では、コンラッドの『島の流れ者(邦題「文化果つるところ」』の中で、重大な背信行為を犯した主人公に、年配の船長リンガードが言う言葉。とあり、恩寵に出会えぬまま苦悩し続ける人間にとって「人生は長い」ということ。だと説明されています。


(*8)

For Thine is

Life is

For Thine is the


このスタンザでは、ここまでの言葉の語尾が消されていて、


For thine is (the kingdom)

Life is (very long)

For Thine is thekingdom)


消された部分を繋げると、


その王国はとても遠い王国


という意味になり、ここから、最後の「This is the way the world ends」に続きます。


(*9)

この部分は[V]のサボテンの歌と同じく、童謡をベースにしていて、岩波文庫の訳注によれば、パロディの本歌となった童謡では「こんなふうにぼくらは手を叩く」という童謡があるそうです。





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by yomodalite | 2015-11-16 06:00 | 文学 | Trackback | Comments(0)

Among School Children[1]対訳イェイツ詩集(岩波文庫)

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マイケルへの思いをバネに英語詩を読もう!シリーズ

そんなシリーズあったっけ?と思われるかもしれませんが、
一応ここにあるMJの詩以外は、すべてそうだと思っているんですが、

今回は、MJが高校の教科書に登場したときに引用された詩です。

教科書に関して、まだご存知ではなかったという方は、
こちらの「とてもとても素敵なブログ」をご覧ください。

私は教科書は買ってないので、本文の方への関連はわかりませんが、まずは、引用された詩「Among School Children」の全体を読んでみたいと思いました。

下記は、岩波文庫の『対訳イェイツ詩集』から、注釈も含めて転載しています。



Among School Children
William Butler Yeats

小学生たちの中で
ウィリアム・バトラー・イェイツ

I
I walk through the long schoolroom questioning;
A kind old nun in a white hood replies;
The children learn to cipher and to sing,
To study reading-books and history,
To cut and sew, be neat in everything
In the best modern way — the children’s eyes
In momentary wonder stare upon
A sixty-year-old smiling public man.

私は長い教室を歩きながら質問する。
白い頭巾の老いた尼僧が丁寧に答える。
子供らは数の足し引きや、歌や、
読本の読み方や、歴史や、
抜ち方や縫い方を教わり、すべて
最新のやり方で整えることを学びます。
にこそかに微笑む六十歳の議員さんを
子供らの目が、一瞬、いぶかしげに見あげる。

II
I dream of a Ledaean body, bent
Above a sinking fire, a tale that she
Told of a harsh reproof, or trivial event
That changed some childish day to tragedy —
Told, and it seemed that our two natures blent
Into a sphere from youthful sympathy,
Or else, to alter Plato’s parable,
Into the yolk and white of the one shell.

私は心に思う、消えかけた火の上に屈む
レダの体を、彼女が語った
つらい叱責の話を、子供の一日を
悲劇に変えた小さな出来事をーー
語って、二人の本性は若さゆえの共感から
融合し、一つの球体となった。
あるいは、プラトンの寓話を変えて言えば、
一つの卵の黄身と白身になった。

III
And thinking of that fit of grief or rage
I look upon one child or t’other there
And wonder if she stood so at that age —
For even daughters of the swan can share
Something of every paddler’s heritage —
And had that colour upon cheek or hair,
And thereupon my heart is driven wild:
She stands before me as a living child.

私はあの悲しみや怒りの発作を思い起し、
そこにいる子やあそこの子をながめ、
彼女もこの年頃にはこんなふうだったかと
思い一一白鳥の娘でも、その辺の水鳥と
同じ血をいくぶんかは分ち合うことがある一一
煩や髪の色もああだったかと考え、
だちまち心は狂おしく錯乱する。彼女が
生身の子供となって目の前に立っている。

IV
Her present image floats into the mind —
Did Quattrocento finger fashion it
Hollow of cheek as though it drank the wind
And took a mess of shadows for its meat?
And I though never of Ledaean kind
Had pretty plumage once — enough of that,
Better to smile on all that smile, and show
There is a comfortable kind of old scarecrow.

現在の彼女の像が心に浮ぶーー
15世紀イタリアの指がこれを作ったのか、
痩せこけた頬は、風を飲み、
食事代りに影を食べたかのよう。
私はレダ一族の一人ではないが、それでも
昔はきれいな羽根をしていたーーまあいい、
いまは微笑むみんなに笑みを返して、気安い
老いぼれ案山子もいることを見せてやろう。

V
What youthful mother, a shape upon her lap
Honey of generation had betrayed,
And that must sleep, shriek, struggle to escape
As recollection or the drug decide,
Would think her Son, did she but see that shape
With sixty or more winters on its head,
A compensation for the pang of his birth,
Or the uncertainty of his setting forth?

生殖の蜜がこの世におびき出した形、
記憶や薬の作用のままに
眠り、泣き叫び、逃げ出そうとするものを
膝に抱く若い母親が、どんな母親であれ、
わが息子が、この形が、60年を、いや、
さらなる歳月を経て、白髪を頭にいただく
姿になり果てるのを見たら、出産の苦しみや、
この世に出すときの不安を償ってくれると思うか?

VI
Plato thought nature but a spume that plays
Upon a ghostly paradigm of things;
Solider Aristotle played the taws
Upon the bottom of a king of kings;
World-famous golden-thighed Pythagoras
Fingered upon a fiddle-stick or strings
What a star sang and careless Muses heard:
Old clothes upon old sticks to scare a bird.

プラトンは自然が、事物の幻影ともいうべき
範例に戯れかかる泡にすぎないと見た。
もっと堅実なアリストテレスは
王の中の王の尻を鞭でぶった。
人も知る黄金の腿(もも)したピュタゴラスは、
ヴァイオリンの弓や弦をひねくって、星が歌い、
無頓着な〈詩の女神〉が聞いた調べを奏でた。
棒切れに引っかけた古着が鳥を脅かそうというのだ。

VII
Both nuns and mothers worship images,
But those the candles light are not as those
That animate a mother’s reveries,
But keep a marble or a bronze repose.
And yet they too break hearts — O Presences
That passion, piety or affection knows,
And that all heavenly glory symbolise —
O self-born mockers of man’s enterprise;

尼僧も母親も幻像を崇拝する。
だが蝋燭に照らされる像は、母親の
思いに生気を吹きこむ像とは違って、大理石や
ブロンズの静謐をたもつ。だが、これらの像も
人を悲嘆に陥れるのだ一一おお、〈存在者たち〉よ、
情熱と、信仰と、情愛とが認め、
天の栄光の一切を象徴するものよ、おのずから
現前して、人間の営みを嘲笑するものよ。

VIII
Labour is blossoming or dancing where
The body is not bruised to pleasure soul.
Nor beauty born out of its own despair,
Nor blear-eyed wisdom out of midnight oil.
O chestnut-tree, great-rooted blossomer,
Are you the leaf, the blossom or the bole?
O body swayed to music, O brightening glance,
How can we know the dancer from the dance?

魂を喜ばせるために肉体が傷つくのではなく、
おのれに対する絶望から美が生れるのではなく、
真夜中の灯油からかすみ目の知慧が生れるのでもない、
そんな場所で、労働は花ひらき踊るのだ。
おお、橡(とち)の木よ、大いなる根を張り花を咲かせるものよ、
おまえは葉か、花か、それとも幹か。
おお、音楽に揺れ勤く肉体よ、おお、輝く眼差しよ、
どうして踊り手と踊りを分つことができようか。

(翻訳と下記の解説:高松雄一)

_________________

Among School Children[1927年8月The Dial 誌初出。詩集The Tower (London,1928)に収録] history『集注版』による訂正。旧版『仝詩集』では韻を合わせてhistoriesとしてある。 A sixty-year-old smiling public man イェイツは1922年にアイルランド自由国の上院議員に選出された。この詩は公人として学校を視察したときの感懐。 Ledaean body レダ(またはその娘ヘレネ)を思わせる姿。 our two natures blent / lnto a sphere 形而上派詩人ダン(John Donne,1572-1631)の詩 'The Ecstasy' は、並んで土手に寝そべる男女の魂が肉体を抜け出して中空で合体融合し、精錬され、ふたたび別れてそれぞれの肉体へ戻る、と歌う。 Plato’s parable 対話篇『饗宴』にある。人間はもともと男女両性を合せ持つ球体であったが、ゼウスがこれを「ゆで卵を髪で切る』うに」二つに切り分けた。以後それぞれが自分の半身を求めて合体しようとする。 daughters of the swan 白鳥に変身したゼウスがレダに生ませた娘たち。高貴な美女。 Quattrocento イタリア語。 15世紀(1400年代)イタリアの美術・文芸について記述するときに使う。 Honey of generation 3世紀の新プラトン主義哲学者心レピュリオスは『オデュッセイア』第13歌のニンフたちの洞窟の描写を解釈して、蜂蜜が浄化作用、性交願望、生成の歓びを表すとした(トマス・テイラーの英訳による)。 recollection 前世の記憶。 Plato プラトンは、イデアが真の実在で、自然の事物はその模像にぎないと考え両者を峻別した。 paradigm 形相(form)と同義のつもり。 Solider Aristotle アリストテレスはアレクサンドロス大王の少年時代に家庭教師を務めた。事物は形相の可能態であると見なして両者を結びつけたから、少年の尻を鞭打って矯正することもあり得だろう。  golden-thighed Pythagoras ピュタゴラスは弦の長さに応じて協和音程が得られることを発見し、また地球を中心として回転するいくつもの天球が美しい音楽を奏でていると考えた。当時は神格化されて黄金の腿を持つと伝えられていた。 images 尼僧は幼児イエス・キリストを、母親は自分の赤児を。 Presences 至高の存在者たち。イェイツは特定の神に呼びかけるのを避ける。 That は53行目のPresencesにかかる関係詞の目的格。55行目のthatも同じく関係詞だが、こちらは主格。 chestnut-tree horse chestnut とする説をとる。
_________________

すばらしいお手本のあとに、お茶を濁すようですが、
自分でも訳してみようと思います。







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by yomodalite | 2014-06-09 12:01 | 文学 | Trackback | Comments(5)

William Blake “A Divine Image”(『無垢の経験の歌』)

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『無垢の経験の歌』(Songs of Innocence and of Experience)の「人の姿(The Human Abstract)と「神の姿(The Divine Image)」の翻訳を見てくださった、みっちさんが、

◎人の姿(The Human Abstract)
◎神の姿(The Divine Image)

ご自身でも、この詩を訳してくださっただけでなく、

http://mitchhaga.exblog.jp/20522889

なんと「The Divine Image」だけでなく、「A Divine Image」もある。

と教えてくださいました!

みっちさんによれば『無垢の経験の歌』の中でも、「A Divine Image」という詩が納められた版は極一部らしく、未完成なのかもしれませんし、由来についてもよくわからないのですが、

ブレイクらしい巧緻が感じられるというか、「The Divine Image」よりも皮肉めいていて、また、この詩での人類のイメージは、有名な「虎(Tyger)」という詩と比較できる点も興味深くて、

◎William Blake “The Tyger” Thriller 25 The Book

またまた、うっかり訳してしまいました。


A Divine Image
神聖についての断片

Cruelty has a human heart,
And Jealousy a human face;
Terror the human form divine,
And secrecy the human dress.

人の心臓には、残虐があり
人の顔には、嫉妬がにじむ
人が神聖を形づくると、恐怖を必要とし
だから、
人の衣装は、秘密で整えられている

The human dress is forged iron,
The human form a fiery forge,
The human face a furnace seal'd,
The human heart its hungry gorge.

人の衣装は、鍛えられた鉄により
人の形は、鉄工所の火から
人の顔は、溶鉱炉ではりつけられ
人の心臓は、飢えた胃袋で造られたのだ

(訳:yomodalite)

なぜ、人の心には「残酷」なところがあるのか、、

この詩の「Divine Image」とは “God's Creation” のことではなく “Human made” の「Divine Image」(宗教業界とそれを信じる人々の合作)とは、こういうものである。ということではないでしょうか。


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by yomodalite | 2013-07-21 10:36 | 文学 | Trackback | Comments(2)

William Blake “Auguries of Innocence” 無垢の予兆(2)

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☆William Blake “Auguries of Innocence”(1)の続き


Tools were made and born were hands,
Every farmer understands.
Every tear from every eye
Becomes a babe in eternity;

人の手からは、道具が生まれることを
すべての農夫が知っている
すべての涙がその眼で作られていることも
赤子のときから変わらない

This is caught by females bright,
And return'd to its own delight.
The bleat, the bark, bellow, and roar,
Are waves that beat on heaven's shore.

それは聡明な女性たちに受け止められて
彼女たちもまたそれを繰り返す
泣き、怒鳴り、呻き、そして、わめく
天国の岸に打ち寄せる波のように

The babe that weeps the rod beneath
Writes revenge in realms of death.
The beggar's rags, fluttering in air,
Does to rags the heavens tear.

鞭を怖れて泣く赤子は
死に際に復讐を心に刻み
乞食が纏うボロ布は風の中ではためいて
天の涙をぬぐう

The soldier, arm'd with sword and gun,
Palsied strikes the summer's sun.
The poor man's farthing is worth more
Than all the gold on Afric's shore.

兵士は剣と銃で武装し
夏の太陽は小刻みなビートを刻む
貧乏な男の古い銅貨は、
アフリカの海岸から運ばれた金よりも価値がある

One mite wrung from the lab'rer's hands
Shall buy and sell the miser's lands;
Or, if protected from on high,
Does that whole nation sell and buy.

労働者の手から絞りだしたような僅かな金なら
安い土地を売買することができ
上流社会から保護されていれば
国家全体をも売り買いできる

He who mocks the infant's faith
Shall be mock'd in age and death.
He who shall teach the child to doubt
The rotting grave shall ne'er get out.

幼児の信仰を侮る者は
加齢にも死にも玩ばれ
こどもに疑うことを教える者は
朽ち果てた墓から出ることは出来ない

He who respects the infant's faith
Triumphs over hell and death.
The child's toys and the old man's reasons
Are the fruits of the two seasons.

幼児の信仰を尊ぶ者は、
地獄にも死にも勝利し
子供のおもちゃと老人にとっての動機は、
2つの季節に実る果実である

The questioner, who sits so sly,
Shall never know how to reply.
He who replies to words of doubt
Doth put the light of knowledge out.

座ったままで質問ばかりする者は
どんな答えも知ることはなく
疑問に答える者は
知識に光を射すことが出来る

The strongest poison ever known
Came from Caesar's laurel crown.(*)
Nought can deform the human race
Like to the armour's iron brace.

これまでに知られている最強の毒とは、
シーザーの月桂冠によるもの
人類が無から創られたのなら
鉄の鎧のような骨組みになるだろう

When gold and gems adorn the plow,
Peaceful arts shall envy bow.
A riddle, or the cricket's cry,
Is to doubt a fit reply.

金や宝石が鋤を飾るとき
平和の印はリボンを羨ましく思い
謎や、コオロギの鳴き声は
適当な答えを疑う

The emmet's inch and eagle's mile
Make lame philosophy to smile.
He who doubts from what he sees
Will ne'er believe, do what you please.

アリのインチや、鷲のマイルという単位は
微笑むためには不十分な思想で
自分が見たものを疑う人間は
神を信じることも、人を喜ばすこともない

If the sun and moon should doubt,
They'd immediately go out.
To be in a passion you good may do,
But no good if a passion is in you.

もしも太陽や月を疑うなら、
それらはただちに消え去り
あなたが人にしてあげることに情熱があるなら、何をやっても良いが
自分にだけ情熱があるのなら、何をやっても良くないだろう

The whore and gambler, by the state
Licensed, build that nation's fate.
The harlot's cry from street to street
Shall weave old England's winding-sheet.

娼婦と賭博師が免許を受け取り
国の運命が決められる
通りから通りに響く売春婦の叫びは
古き英国の屍体を包む布を織る

The winner's shout, the loser's curse,
Dance before dead England's hearse.
Every night and every morn
Some to misery are born,

勝者は叫び、敗者は罵り
死せる英国の葬儀車の前で踊る
ありとあらゆる朝と夜に
不幸は生まれ

Every morn and every night
Some are born to sweet delight.
Some are born to sweet delight,
Some are born to endless night.

ありとあらゆる朝と夜に、
甘く美しい喜びが生まれ
甘く美しい喜びは
終わりなき夜に生まれる

We are led to believe a lie
When we see not thro' the eye,
Which was born in a night to perish in a night,
When the soul slept in beams of light.

我々が自分の目を通して見なければ
我々は嘘を信じるように導かれる
魂が光の中にありながら眠っているなら
嘘は夜に生まれて、夜に滅びる

God appears, and God is light,
To those poor souls who dwell in night;
But does a human form display
To those who dwell in realms of day.

夜に住む貧しき魂には
神は光となって現れる
だが、その日1日を生きる者にとっては
それは人の姿そのものなのだ

(訳:yomodalite)


(*)シーザーの月桂冠(Caesar's laurel crown)/シーザーが、共和制ローマの終身独裁官に就任したこと(月桂冠はその証)が、その後の暗殺に繋がったことから。という意味だと思います。

☆ ☆ ☆

ちょっぴりわかった。と思ったのは、

Innocence(無垢)とは、神が創ったままの世界だということ。

最後まで読んで、その思いはさらに強くなりました。




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by yomodalite | 2013-07-07 11:52 | 文学 | Trackback | Comments(2)

やんごとなき読者/アラン・ベネット、市川恵里(訳)

やんごとなき読者

アラン ベネット/白水社




やんごとなき読者とは、英国女王エリザベス2世のこと。
ある日、女王は愛犬を追いかけていった先で、移動図書館のトラックに出会う。
80歳を目前にした女王が、立派な宮殿内図書館があるにもかかわらず、移動図書館の少年から本を借りることで、突然読書に目覚めていく。

女王「本を借りてもいいのかしら?券を持っていないけど?」
少年「大丈夫です」
女王「私は年金暮らしなのよ」
少年「6冊までお借りになれます」
女王「6冊も?まあ!」

上記のようなカワイイ会話後、女王は様々な本を読むようになっていきます。フランス風とか、イギリス流とか、グローバル化ですっかり印象が薄くなりましたが、本書は、まぎれもなく英国風であるところがイイです。

読書にハマっていく女王に対して、周囲の人々の反応がどのようなものだったか、また様々な読書経験を経て、女王はどのように変わっていくのか。。。

すでに英米独でベストセラーになっているようですが、映画化されたら、きっとチャーミングな作品になりそうです。

また「解説」で説明されていて、意外というか全く知らなかったのは、読書に対するイメージについて。上流階級の紳士淑女にとって、頭があまり良くなくて、ものを知らないことこそが「美徳」であるという考え方があり、イギリス全体がめざす「美徳」ともみなされているということ。

「頭が良い」(clever)という言葉が必ずしも褒め言葉でないのはイギリスだけとか、(参考:漫画家ポントによる『イギリス人の特質』というシリーズ内「知的でないことの重要性」)、皮肉屋でブラックなユーモアセンス一杯という、自分の今までのイメージとは異なるイギリス人像などの紹介が興味深かった。

★★★☆(午後のティータイムに)
___________

【BOOKデータベース】英国女王エリザベス二世、読書にハマる。おかげで公務はうわの空、側近たちは大あわて。「本は想像力の起爆装置です」イギリスで30万部のベストセラー小説。白水社 (2009/3/11)


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by yomodalite | 2009-11-15 12:37 | 文学 | Trackback | Comments(0)

英国機密ファイルの昭和天皇/徳本栄一郎

英国機密ファイルの昭和天皇 (新潮文庫)

徳本 栄一郎/新潮社



著者である、徳本栄一郎氏といえば、『角栄失脚歪められた真実』でアメリカの外交機密文書から、ロッキード事件はアメリカの陰謀ではなかったという結論に導いた妖しげな人(笑) という印象が強いのですが、英国公文書へはどうなんでしょうか? 

貞明皇太后や、開戦前の吉田、白州に関して、初めて聞く話があり、英国の当時の米国に対する感情など、興味深い話がわかりやすく語られている。

それにしても、杉山陸軍大臣の言葉「それは政治問題なので、自分の管轄外だと答えた」など、後述の著『日本人はなぜシュートを打たないのか』と同様の日本人の問題点を感じました。

【目次と主な内容】

■プロローグ 白洲次郎の涙

■第1部 戦前編
「二重戦略―秩父宮留学の裏で」

大英帝国が、東洋の新興国と手を組んだのは、ロシアへの警戒と不信があった。
松方正義の死去、大正天皇への不安、英国政府は新しい対日政策指針に取り組んだ。
英国は、「米国と同盟を結べば、日本への石油、アルミを供給できる」と考え、
唯一頼りになる同盟国は米国との結論に達した。
秩父宮の留学を実現させ、日英友好を演出し、白州のような若者には英国式教育をみっちりと仕込む。同時に、将来の対日戦争計画を作成し、日本人を「黄色人種」と言い放つ。

「秘密交渉―吉田茂の『示唆』 」
満州事変、国連脱退が、日本の国粋主義団体に追い風を送っていた。牧野伸顕の内大臣辞任に、昭和天皇は声を上げて泣く程のショックを受けていた。軍部の発言力は増し「2.26事件」が起こる。
吉田茂は、行き当たりばったりとも見える英国との和平工作を続けた。吉田の独走は、彼1人の思いつきか? 吉田は、日英の関係改善の強い意思は、天皇の意思であることを示唆した。

「日英緊迫―天皇の懇願」
日本の対中政策は、行き詰まりを見せていた。国連脱退〜孤立への焦りは、ドイツとの防共協定締結に結びつくが、欧米列強との関係はますます悪化した。そうした中、秩父宮はジョージ6世の戴冠式に出席するが、賓客の先頭を贈り、最重要の賓客として遇された。英国は天皇の意思を読み取り、メッセージを送ったのだ。

しかしその最中に、北京で盧溝橋事件が勃発。日本の軍の一部には反日運動を終息させようとする強硬派が出現し、中国では全土に抗日運動が拡大していった。たった3発の銃弾が、日中戦争を引き起こした。盧溝橋事件から一か月余り後、ヒューゲッセン英国大使の乗った車が日本軍機の爆撃を受け、英国民は一気に激昂した。吉田と面会した英国は、吉田野言う英米との和平を望む「日本の仲間」の存在自体を疑い、吉田の英国外務省でのクレディビリティは失墜していく。

稚拙な交渉手法、思いつきのワンマン外交を非難するものは今も多いが、実は、吉田の交渉は、昭和天皇、秩父宮、西園寺公望、牧野伸顕など、元老・重臣から成る集団だということが明らかになってきた。クレーギーは、皇族の英国への愛着に、期待をもったが、

大使館に押し掛けた学生の声明ー「欧州の抑圧を取り除かない限り、アジアに平和と繁栄は実現しない。日中戦争は、中国との戦いではなく、南京政府を支援する英国やロシアとの戦いである。これはアジア解放の歴史的闘争で、われわれは日本の政策を全面的に支持する」ー

急進的ナショナリズムが広がっていくのを感じざるを得なかった。

「反逆大使―戻らない針」
中国の蒋介石政権は、積極的な欧米メディア工作を展開していた。中国側の被害を大きく誇張する手法に日本政府は翻弄されていた。

★杉山元陸軍大臣「われわれの見解が理解されていないのは非常に遺憾です。日本軍は日本のみならず、極東、世界のために戦っています。このままでは、ボルシェヴィキズムの脅威が中国から日本にも波及してしまいます。

★クレーギー「かえってボルシェヴィキの影響は増していますよ。もし日本が誤解されていると思うなら、ブリュッセルの九か国条約国会議の場で、世界を納得させるべきでしょう」
杉山は、それは政治問題なので、自分の管轄外だと答えた。

日本のあらゆる新聞は、英国に対抗するため、ドイツやイタリアと手を組むのが、協定の狙いだと報道していた。天皇、広田弘毅、杉山元、本間雅晴は、日中戦争の継続を望んでいない。結果的に、広田は東京裁判でA級戦犯として死刑になり、杉山は、敗戦直後、拳銃自殺を遂げ、本間は、戦後マニラの軍事法廷で、「バターン死の行進」の責任を問われ、銃殺刑となった。日本との宥和政策を打ち出したクレーギーのスピーチは、『極東のミュンヘン』を認める、ことと理解され、波紋をよんだ。

「豪腕首相―切り捨てられた日本」
近衛文麿は、英国政府内で「メランコリック・プライム・ミニスター」(憂鬱な首相)と呼ばれていた。
東条内閣が誕生した時、天皇が内大臣の木戸幸一に「虎穴に入らずんば虎児を得ずだね」と語ったのは有名。

敢えて開戦論者の東条を首相に任命し、主戦派の軍人を、迎えようという天皇の狙いをクレーギーは承知していた。チャーチルには、何としても米国を参戦させたい理由があった。そのため日本の穏健派の和平工作に応じる訳には行かなかった。

「日本の攻撃で、米国が一丸となり参戦したのは天佑だった。大英帝国にとって、これに勝る幸運は滅多になく、真の敵の見方が明白となった。日本が無慈悲に壊滅される事で、英語圏と世界に大きな恩恵を与える」

最後まで、日英の関係改善に尽力したクレーギーに対して、吉田や親交のあった者は、彼の息子のビジネスを支援し、恩を忘れなかった。1998年に天皇訪英の際にも、親子はレセプションに招待された。

■第2部 戦後編(皇室危機―資産隠匿疑惑)
強引とも言えるGHQの手法の裏には、国際政治の水面下の駆け引きが潜んでいた。英国を始めとする極東委員会はGHQが新憲法草案を造り、日本に押し付けた事情を把握していた。彼らのあまりの理想主義が、将来、日本の外交や安全保障論議に混乱を引き起こす事も見抜いていた。

総選挙が実施され、鳩山内閣誕生が確実となったが、GHQの介入に依って、鳩山は公職追放となる。
マッカーサーは、天皇を高く評価していたが、英国は、天皇がマックの前では、民主主義を唱えるが、実は面従腹背ではないのか、と疑う。スイスを舞台にした「皇室の資産隠匿疑惑」が理由だった。
  
広島に原爆が投下された翌日、1945年8月7日、良子皇后が、1千万スイスフラン(数十億相当)の巨額寄付を赤十字国際委員会に行った。寄付金は、終戦後、スイス当局が凍結するが、この資金を巡って、赤十字と英国政府の間に熾烈な争いが起きる。

★英国「資金の大部分は、日本領の英国人戦争捕虜の救援用に送った資金を、日本が為替取引きにより、スイスフランで取得した。これまでに日本は、一度にこれほどの巨額な資金を行った事例がない」

終戦の数週間前、日本人がスイス銀行から300万フランの引出しを試みている。それ以外に500万フランの引出しに成功した例もあった。この時期の皇室ファイルには、目録に載っていながら、閲覧禁止や廃棄処分にされたファイルが少なからずあった。その一つが「昭憲皇太后基金」である。それは、1912年美子皇后(後の昭憲皇太后)が国際赤十字に当時の金額で10万円(約3億5千万)を寄付して創立された基金だ。

不思議なのは、1949年の目録に載った「昭憲皇太后基金」が未だに機密扱いされていること。1948年8月ストックホルムで、第17回赤十字国際会議が開催されたが、ここで採択された決議は「昭憲皇太后基金」にも触れ、それに関する英国政府文書が作成されたが、これが未だに非公開。同じ年高松宮が英国王室に手紙を送っているが、この手紙自体が保存されていない。ひとつ言えるのは、赤十字と英国が対立した1948年夏は、昭和天皇と皇室にとって、最もデリケートな時期だったという事。
 
敗戦を経て、昭和天皇を取り巻く環境は激変した。GHQが「民主化」の名で、日本を改造し、自分を最大限利用しようとしている事は、天皇は承知していた。天皇は、欧米で隠然たる力をもつ人物への接触を試みた。その人物こそ、バチカン市国のローマ教皇だった。

「天皇改宗―ローマの触手」
1948年3月30日、日本で社会福祉活動をしていたヨゼフ・フロジャックは、天皇のメッセージを携え、ローマ教皇ピウス12世に会った。天皇は皇太子時代の欧州歴訪から、法皇庁と連絡を取る必要を感じていた。

英国は、バチカンを警戒していた。その裏には教皇ピウス12世への連合国の不信感が横たわっていた。当時バチカンには、共産主義を公然と敵視したナチス・ドイツへの親近感があり、ソ連には宗教をアヘン呼ばわりし、聖職者を弾圧していた。ローマ教皇庁は、軍国主義の崩壊により、生まれたイデオロギー上の空白地帯を埋めたいと考え、天皇が改宗する可能性に期待していた。日本を巡り、キリスト教と、共産主義が凌ぎを削っていた。
  
天皇自ら地方を視察する「巡幸」も続いていた。天皇を取り囲む進駐軍兵士は、護衛よりも監視と言った方が相応しかった。当時の天皇は物理的、精神的に軟禁状態に置かれていた。終戦直後のマニラで、マックは、「天皇は今の日本で最も民主的な考えを持ち、極めて扱いやすい男だ」と答えているが、この時期の英国政府、ローマ教皇庁の内幕を見ると、冷静な現実主義者で、したたかな天皇像が浮かび上がってくる。

「退位計画―英米の鍔迫り合い」
終戦から3年近くが過ぎ、天皇退位という事態は、絵空事ではなかった。天皇が退位すれば、皇太子明仁が即位する。明仁が14歳の少年となると、摂政が設置されることになるが、秩父宮が肺結核を患っているので、高松宮か、三笠宮ということになるが、高松宮に、英国は強い警戒心を抱いていた。

マックが明確に否定した後も、天皇退位の噂は消えず、芦田内閣の国会図書館専門調査員の入江俊郎が、ガスコインにエドワード8世の国王退位の経験をもつ英国にアドヴァイスを求めてきた。ガスコインは慎重に対処したが、その後も『文芸春秋』に「天皇退位説に因んで」という記事が英訳され、連合国間で、回覧された。(執筆者 森田草平)英訳したハーバート・ノーマン駐日カナダ代表は、個人コメントを添付していた。

★ノーマン「現在の天皇はどちらかと言えば無能、神経質かつ内気だとする声がある。このため、天皇が無意識な政治家、官僚、廷臣に取り囲まれ、利己的な目的に彼の権威が利用される懸念もある。自分も天皇が攻撃的ナショナリズムの集約点となりうる印象をもつ。」

「歴代の天皇が時代に取り残され、時の支配層に支持と保護を求めてきたことを、この著者(森田)は示している。それは封建時代初期の武士階級であり、16世紀の偉大な征服者秀吉であった。(中略)一体天皇制を維持する利点は何かと、読者に問いかけているのである。
  
この辛辣とも言えるノーマン報告は、英国外務省で反発も呼んだ。彼らの内部メモ。

★「(ノーマン報告書は)日本が奉献主義を脱して西洋文明を導入した際、明治天皇が果たした役割を軽視している」。紀元、7、8世紀、皇室が主導して中国文明を取り入れた事も同様だ。」

★「現在の天皇を“無能”“神経質”“内気”と片付けるのは公平ではない。1936年の反乱(2.26事件)の時、これを『謀反』としたのは天皇だけだった。1945年以降も、米国から与えられた役割を彼は信念を持って遂行している。ノーマンや、英国外務省は、天皇制の歴史を調べ上げていた。神武天皇に始まり、戦国時代の信長、秀吉、徳川幕府が時の天皇をどう利用したか、明治維新で天皇が果たした役割は何か、昭和初期の狂信的天皇崇拝はなぜ生まれたのか。彼らが『日本書紀』や『古事記』まで遡り、日本の天皇制を研究していた事が伺える。

ハーバート・ノーマンは、その後、駐エジプト大使に赴任したが、1957年カイロ市内の9階建てのビル屋上から投身自殺した。享年47歳。動機はスパイ疑惑だった。1950年代、東西冷戦が激化するとノーマンがソ連のスパイではないかという疑惑が生まれた。ノーマンは大学在学中、共産主義に熱中した時期があった。

「皇太子攻略―家庭教師派遣に固執した英国」
トルーマン大統領と対立を繰り返したマッカーサーは、連合国最高司令官から解任された。吉田は、顔面蒼白となり、しばらくショックで口も聞けない状態だった。知らせを聞いた天皇も同様の反応だった。天皇は、帰国前に、宮中へ参内させたいという強い希望をもっていたが、反応はそっけなく、逢いたいなら、羽田空港まで見送りにくるべきとの発言に、周囲の相談を無視し「かまわぬ、行く」と決断した。天皇は結局、米国大使館にマックを訪ね、別れの(そして最後の)挨拶を交わした。
マッカーサーの後任は、リッジウェー中将に決まった。GHQはシーボルト率いる外交局が存在を増した。占領中、在京の各国外交団は、単独で天皇と会見しないという暗黙のルールがあったが、米国は公然と破った。再び天皇退位の噂が流れ始めた。

★「松平恒雄(元宮内大臣)は、天皇の贖罪意識を憂慮している。A級戦犯処刑時には、鬱状態が進んでしまった。側近たちは天皇を励まして、皇太子の若さを考慮して『不幸な手段』に走らぬように説得している」

★「(日本政府関係者によると)秩父宮妃の摂政就任を支持する声は大きい(中略)秩父宮妃の資質、性格、人気に疑問の余地はない。彼女を摂政に任命する必要が生じた場合、広く歓迎されるだろう。だが、1947年に公布された皇室典範は、天皇家の家系に属さない彼女を、摂政にできない」

天皇退位が現実味を帯びた当時の緊迫感が伝わる。と同時に本来摂政に就くべき高松宮が、いかに信用されていなかったかが分かる。

■エピローグ 皇居を見据えるユニオン・ジャック

【英国機密文書に描かれた人物寸評】
●昭和天皇
周囲の人間の操り人形とならないためには、強い個性が求められるが、〜持ち合わせていない。気立てがよく、従順だが、知的で明敏には見えない。
秩父宮のような自由を与えられず、意志を決定する機会を持てなかった。
個人としての天皇は自由主義や、穏健主義の傾向が見られる。軍部に対して行動し、
1932年上海からの日本軍撤退は、天皇に依る所が大きかった。
天皇を支持するのは、元老、薩摩、長州、資本家、大地主など、すでに富と権力を保持するもの。

●秩父宮(天皇の弟)
秩父宮を取り巻いたのは、桜会、神兵隊など陸軍の将校、右翼運動家、今の天皇に不満を抱く皇族。事態をややこしくしたのは、貞明皇太后(天皇の母)が、秩父宮をことさら贔屓し、かわいがった事、しばしば昭和天皇に政治的助言を与えることに、天皇が嫌がっている。2.26事件は、昭和天皇を追放しようとして失敗した企てだった。

●高松宮(天皇の弟)
★ガスコイン駐日代表
「高松宮は、反動主義の傾向があり、公職追放された人間達と結びついています。摂政が設置され、高松宮が指導的な役割を果たすようになれば、占領目的上望ましいことではありません」
★マッカーサー
「高松宮は極めて信用できないという評価には、私も同意します。また天皇退位の噂は、国内の公職追放された人間が流し、ウォール街の一部分子が広めているだけです」
元の地位に復帰したい公職追放組が、今の天皇をGHQのイエスマンと見ている。GHQの経済改革に不満をもつ米国のビジネス界も、行き過ぎた財閥解体や、公職追放はビジネスに悪影響を及ぼす。彼らは「ニューズウィーク」など米国メディアを利用し、退位の噂を流している。
★英国極東部
「他の皇族と比べた場合、降伏以来の高松宮は、公式の場で、不用意な発言が目立ち、一貫性がない。占領初期、高松宮は意図的に米国人を歓迎したが、その後は、占領政策の不満分子の影響を受けている」

●貞明皇太后
宮中内外の情報に驚くほど精通し、英国の政治情報にも強い関心を持っていた。
卓越した知性と、強烈な個性を備えた女性。皇太子時代の天皇が訪英出来たのも、
彼女の強い主張に依るもの。
反英感情が高まる中、皇室が持つ英国コネクションへの忠誠は批判も呼び、松平恒雄も、
外交政策で、天皇に悪影響を与えると非難されている。

☆参考サイト→ぽっぺん日記
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【出版社/著者からの内容紹介】 ヒロヒトの全てを報告せよ----。 インテリジェンス先進国の英国は、かつて七つの海を支配した情報網を駆使 し、敵対関係となった太平洋戦争前後も、わが国を冷徹に見つめ続けていた。とりわけそのターゲットとなったのは、日本のトップ、"天皇裕仁"だった。 退位計画、カトリック改宗説、皇室の資産隠匿疑惑。 そして、天皇の"名代"として動いた、吉田茂、白洲次郎の暗躍まで。 何から何まで、英国に筒抜けだったのだ。

ロンドンの公文書館に眠っていた、知られざる昭和天皇の真相! 新潮社 (2007/05)

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by yomodalite | 2007-08-03 16:25 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite