大阪の友人に会う

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[写真追加]久しぶりに、akimさんに会う。
「ネバーランドコレクション」が行われた場所から2分ぐらい歩いた場所にあるカフェで待ち合わせしたせいもあって、「もう7年も経ったんだよね」と、しみじみしてしまうふたり・・・

私は、当時は大阪にいなかったけど、引っ越してすぐ、akimさんに会ったとき、転居先のすぐ近くで、その展覧会が行われていたことを知って、この家を選んだことさえ、マイケルに導かれたのかと思ったことを思い出した。

そんなことも、こんなことも、とにかく、「なにもかも信じられない、もう7年前だなんて・・」

MJ本の翻訳メンバーの4人は、全員ひとりっ子で、既婚者で、子なし(childspirits先生除く)で、夫が長男・・という共通点があったんだけど、この日さらに、私とakimさんは、かなりの方向音痴で、数字に弱いこともわかったりしながら、話題は「大阪」についてのことへ。


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(数々の映画スターやミュージシャンの写真がいっぱい貼ってあって、マドンナ、プリンス、シンディ・ローパーなどの写真はあるけど、なぜかMJだけがいない、カフェのトイレ)


もうすぐ4月。5月を過ぎれば、私の大阪生活は5年目に突入しようとしているけど、大阪と関西生活の楽しさは薄れることなく、愛が募る一方だと私が言うと、akimさんはちょっぴり嬉しそうにしながらも、不思議そうな顔をする。

大阪の素晴らしさについて話しだすと、京都や神戸の人はすぐに自分の地域の自慢系に話をもって行こうとするけど、絶対に大阪の良さをアピールせず、悪い点ばかりを言うところも「大阪人」の特徴だ。私がどんなに大阪の素晴らしさを力説しても、「そやろ、大阪一番がでっしゃろ」なーんて納得する人は今まで一人も会ったことがない。

akimさんは、全国メディアでの大阪の扱われ方が不満みたいで、私も実際に大阪に来て、東京でイメージしてた大阪と違っていたことに驚いたんだけど、それを大阪のひとに説明するのもすごくむつかしい。なぜなら、大阪人が思い描いている「東京」も、メディアの中の東京だから。

そういえば、akimさんから「電通とか博報堂と仕事したことある?」って聞かれて、ハっとしたんだけど、大阪では、電通や博報堂がまったく感じられない。

ヒョウ柄とか、よくしゃべるおばちゃんばかりを優遇する大阪のテレビに、akimさんは偏見を感じているみたいで、確かに私もそう思う。東京のメディアは常に「上」を見せようとするけど、どんなにオシャレな場所や人がいても、大阪のメディアは常に「下」に照準を合わせてる。

私は常にロケに出て、実際に人々に接していたり、お客の前で芸を披露している芸人さんたちが、テレビを創っているから、大阪のテレビには嘘やヤラセがない。それで、私がどれほど癒されているか・・を説明したかったけど、大阪のひとは、そもそもそんなストレスを抱えた経験がない。

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大阪の素晴らしさは、結局「人」なんじゃないかと最近よく思う。大阪のひとは確実に正直だし、差別的な言葉は多いけど、それも「嘘がない」ことと繋がっていて、東京のように「見ないこと」にはしないというか、実際に「悪所」だとされているところに行ってみると、東京のそれと比べて殺伐とした雰囲気がまったくない。

みんなよく「怖い」とか、「危ない」なんて言うんだけど、じゃあ具体的にどんなことがあったの?って聞くと、誰も具体的なエピソードを持ってない。結局、誰ひとり危ない経験なんてしてないのに、大阪のひとは、ここが東京よりも怖い街だと信じてるみたい。こんなに平和で優しい街なのに・・・

大阪の人は、まるで東京にはヤ☆ザなんていないかのように語るけど、大阪市内中心部で4年足らずの経験と、20年以上の東京生活との比較でいえば、東京にはむしろそーゆー人がたくさんいて、大阪の人がヤ☆ザだって言ってるのは、もしかしたらヤ☆キーのことなんじゃないか、と疑いたくなることも多いw。

ただ、もう少し真面目に考えてみると、大阪は「恫喝」が通じやすい世界だとは思う。でもそれは裏を返せば、大した「権力」がないからなのだ。大阪では役人が強いという意識がないし、大阪の役人は官僚ではない。だから、役人や政治家と付き合うことの旨みや方法についても、東京とはちがっていて、それが、悪い人の認識にも繋がっているんだと思う。

大阪では、警察官を見かけることもすごく少ない(本当に危険だったらそれもありえないw)。前にデモを見学に行ったときもびっくりしたけど、数千人?ぐらい集まっていても、警察官が3人ぐらい目につかなかったし、街中で職務質問されたという人にも会ったことがない。

どこそこが「アブナイ」だなんて聞いて、実際に行ってみても、ただ、昼間から幸せそうに、お酒飲んでる人がいるだけだったり、もし、海外の人に、尼崎(大阪から数駅のところにある兵庫県の市)と世田谷区(成城以外)の住宅写真を見せて、どちらが高級住宅街だと思いますか?っていう質問をしてもきっとそんなに差はつかない。でも、ボロボロの空き家は世田谷の方が多いんじゃないかな。


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akimさんは、「最近、日本礼賛みたいな番組多くて気持ち悪いよね」とも言っていて、すごく共感したんだけど、それもこれも、今の東京に活力がないからだと思う。反米意識を利用したり、中国や韓国を貶めたりすることで日本が一番だと思わせ、また、大阪を悪者にすることで、日本の中で一番だと思わせる。若い人に影響(洗脳)を与える手段がそれぐらいしか思いつくことができないみたい。

吉本が大阪の「カラー」を創っていることに不満をもつ「大阪人」が少なくないことはわかるけど、私には、先進諸国でこれほど素晴らしい教育(洗脳)が行われているのは、吉本のおかげのようにも思える。エンターテイメント会社のお客を見る視線と、芸人さんたちのおかげで、さまざまな格差や不公平を意識することなく笑えることができるんだから。

もうひとつ、akimさんの言葉でハッとしたのは、大阪のひとは「東京人」というのがいると思っていること。

前にgingerさんも、ほんとの東京人って、どんな人たちなのだろう…ってコメントくれたけど、たしかに関西にいると、大阪人とか、京都人といった「アイデンティティ」があるように思う。東北にも、北海道にも、九州にも、そういった地方性というのがあるのかもしれない。でも、そういった意味でいえば、「東京人」というのはいないと思う。

よく勘違いされてるけど、東京で生まれて育つ人は特にオシャレでもない。

だって「東京デビュー」の機会がないから。


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これは、私が東京土着民と2回結婚して、彼らの幼なじみとか親戚などを観察した「自分調べ」の結果でしかないけど、「東京」は、メディアと政府が一体となってハンドリングし、10年ぐらいでどんどん変化する街で、東京の土着性というのがあるとすれば、常に欧米諸国を見習うべきとか、できるかぎり海外と歩調を合わせたいとか、世の中の変わり目を察知して、変化を受け入れることぐらいだと思う。

周囲の空気を読んで「勝ち馬」に乗ろうとすることが、「東京人」でいられるコツなのだ。

だからいつでも使い捨てられる若年僧向けの視聴者洗脳モデルとしての「読者モデル」とか「女子高生」とか「TVコメンター」(テリー伊藤とか、本業としては仕事のない芸能人とか、取材なんてまるでしない元ジャーナリストとか)などという、それぞれバブル世代向けとか、団塊世代とか、主婦向けだと想定しているような「視聴者の意見を作るための特殊な専門職」が、東京でのみ、たくさん成り立っていて、彼らは関西の芸人とは違って、メディアの中の空気を外に知らしめようとするけど、その逆のことはまるでしない。

茂木健一郎が、日本のお笑い芸人が権力批判できないっていう批判をしてたけど、アメリカのコメディ番組は、権力批判ばっかりするようになって、自分を笑うことをすっかり忘れてしまってると思う。トランプやバノンを悪者にするなんて、本当の権力に「忖度」してる・・・だなんて、もうコメディアン自身も自覚できないぐらい、自分の周囲以外の人々のことがわからなくなってて、都会に住んでるひとの「全国」目線や、「世界」目線なんて、とことん「的外れ」になってるような気がする。

私には、大阪から「人好きな」お笑い感覚が失われたら、日本全体が「オワコン」だと思えてならないんだけどな・・・




akimさんとふたりでやって、しばらく前に終わった「バーニー先生(本名William Van Valin II)の本」の最後、17歳の息子メイソンが、「天国で会おうね、アップルヘッド」ってコメントで言ってる曲を探したかったんだけど、上の動画は、「サンタ・イネス・バレー」がロケ場所の、Mason Van Valin という人の動画。




同じくMason Van Valinの「Ghost Love」って曲。

メイソン、いい感じの大人になってるみたいだよね。


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# by yomodalite | 2017-03-27 15:40 | 日常と写真 | Trackback | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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