ドキュメンタリーは嘘をつく/森達也

ドキュメンタリーは嘘をつく

森 達也/草思社



本書には、TVドキュメンタリー企画として「陽の目を見なかった企画」が挙げられています。

“グレート東郷” “見世物小屋の蛇娘”“野村沙知代”や“佐川一政”...

また、男性誌に必ずといっていいほど掲載 されている“美容整形の包茎手術”の広告から 「包茎共同幻想論」の企画など、すべて見てみたい企画ばかり。

ドキュメンタリーを愛しているという著者ですが、ドキュメンタリーを製作できない状態で、著述や、コメンテーター、トークゲストなどの業態でしか見ることが出来ないのは本当に残念なことです。

◎プロローグ
『ボウリング・フォー・コロンバイン』は凡庸な作品ではないが、ムーアの旧作『ロジャー&ミー』の方が面白かった。ドキュメンタリーへの幻想や思い込みを解体することは、『ボウリング〜』がなぜ、ぼくの定義ではダメな作品であるかを論述する過程と並行する。ドキュメンタリーの魅力そのものを否定する文脈に直結する可能性もある。

◎第1章/ドキュメンタリーに惹かれる
九龍砦の中の青空/「小人の存在が放送禁止なんです」/「ミゼットプロレス」の伝説

◎第2章/「客観的な真実」
「ありのままの日常」/亀井文夫と『戦う兵隊』/牛山純一と「ノンフィクション劇場」/封殺された『南ベトナム海兵大隊戦記』/変質していくNHK

◎第3章/オウム真理教を撮る
「オウムネタなら何でも持ってきてよ」/撮影の中断命令、契約解除/キャメラを向ける主体/撮影されることへの意識

◎第4章/撮る側のたくらみ
オウム信者「不当逮捕」の映像/ドキュメンタリーは一人称だ/作り手であることの覚悟/倫理と道義を踏み越えて
「嘘が多くなるほど艶を増す」

◎第5章/フィクションとノンフィクションの境界で
溶解する虚実の被膜/キャメラの前で演じられるもの/キャスティングされた疑似家族

◎第6章/わかりやすいマスメディア
国民のニーズに応える/モザイクの向こう側/慢性化した不安の行き着く果て/マスメディアの空隙/「目を逸らさない」ということ/「わかりやすさ」が奪いつづけるもの/空疎共同幻想

◎第7章/全ての映像はドキュメンタリーだ
ドキュメンタリーからの逸脱/「撮る」という作為の意味/悪辣で自分本位で、自由な/『奇跡の詩人』の致命傷

◎第8章/陽の目を見なかった企画
グレート東郷の秘密/野村沙知代を被写体に/佐川一政との二年間

◎第9章/報道とドキュメンタリー
深夜のシェフィールド駅/ニュースとドキュメンタリー/「報道ドキュメンタリー」という矛盾

◎第10章/ドキュメンタリーの加害性
デジタルの恩恵/放映を阻むもの/くりかえされる自問と煩悶/鬼畜の所業

◎第11章/セルフドキュメントという通過点
身も蓋もないエゴイズム/セルフドキュメントへの懸念/「自分探し」の隘路/商品から遠ざかる映画

◎第12章/世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい
次に撮りたいもの/「屠場」に働く人々/『A2』から『A3』へ/二〇〇一年九月十一日/「他人を想像する力」/たかが映画

◎第13章/ドキュメンタリーは嘘をつく
アクション・ドキュメンタリー/嘘をつく装置/嘔吐する男/BOX東中野の映像脱退/ドキュメンタリーとドラマの狭間

◎第14章/ドキュメンタリー映画評
安易な結論が世界を壊す/徹底して無邪気な善意/犯罪加害者のモンスター化/果てしない憎しみの連鎖/糊の剥げた新聞記事/『スーパーサイズ・ミー』

◎エピローグ
ムーアの主張には、全面的に賛同することができる。強引で作為的でアンフェアな属性は、ドキュメンタリーの領域としてはむしろ健全な位置にある。でも、ムーアはドキュメンタリーを愛していない。ぼくは偏愛している。使命感や社会主義ではなく、「これが自分の業なのだ」と書けば、いちばん近いが、どうしても言語化できない。
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【出版社/著者からの内容紹介】 オウムを内部から撮った作品『A』で知られる著者が、自らの制作体験を踏まえて展開するドキュメンタリー論。表現行為としての危うさと魅力と業の深さを考察する。

【BOOKデータベース】ドキュメンタリーとは事実の客観的記録である—ほんとうにそうなのだろうか?すべての映像は、じつは撮る側の主観や作為から逃れることができない。ドキュメンタリーを事実の記録とみなす素朴で無自覚な幻想からは、豊かな表現行為は生まれようがない。だが、撮ることに自覚的で確信犯的な作品の中には、観る側の魂を鷲づかみにしてきたものが多々ある。本書は、ドキュメンタリーというものが拓いてきた深甚な沃野に向き合い、その悪辣で自己本意で、自由で豊潤な表現世界の核心へと迫るものである。たんなる映画作品論ではない。この現実世界の見方そのものを揺さぶる鮮烈な論考である。


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# by yomodalite | 2007-03-19 13:20 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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