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あらすじーーー
スーザン(エイミー・アダムス)は夫とともに経済的には恵まれながらも心は満たされない生活を送っていた。ある週末、20年前に離婚した元夫のエドワード(ジェイク・ギレンホール)から、彼が書いた小説「夜の獣たち(ノクターナル・アニマルズ)」が送られてくる。彼女に捧げられたその小説は暴力的で衝撃的な内容だった。才能のなさや精神的弱さを軽蔑していたはずの元夫の送ってきた小説の中に、それまで触れたことのない非凡な才能を読み取り、再会を望むようになるスーザン。彼はなぜ小説を送ってきたのか。それはまだ残る愛なのか、それとも復讐なのか――。


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トム・フォードの監督2作目の作品。
グッチや、サンローランのデザイナー兼クリエイティブディレクターとして、ファッション業界の大スターだった、トム・フォードの映画は、第1作の『シングルマン』でも、おしゃれでスタイリッシュという評価が多かったのだけど、実は、ファッションよりも映画の方が・・と思うぐらい、素晴らしい映画監督で、

『シングルマン』では、同性愛の大学教授が、恋人を交通事故で失い、生きる価値を見失うというストーリーで、主人公のゲイへの目線には、同性愛者にしかわからない感覚に助けられていた部分もあったように感じたけど、『ノクターナル・アニマルズ』には、同性愛は登場せず、

主人公のスーザンは、アートギャラリーのオーナーで、現代アートやハイファッションが登場するシーンも多いものの、それとは真逆といえるホワイトトラッシュの世界も描かれていて、いわゆる「おしゃれ映画」ともまったく違う。

『シングルマン』のコリン・ファースもすごく魅力的だったけど、この映画でも、トム・フォードの俳優、特に男優を選ぶ目が冴えていて、全員がとても印象に残る演技をしている。

カズオ・イシグロがノーベル文学賞をとったとき、英文学を担う人がいてくれて良かった、とイギリス人に評価されたそうですが、トム・フォードには、ハリウッドからすっかり消え去ってしまったアメリカ文学の香りがする。

この作品でトム・フォードは、私が次回作にもっとも期待する映画監督になりました!



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by yomodalite | 2017-11-17 00:30 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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先週までをおさらいしてみるw
前日、家で『最終版』のDVDで復習した後、『ブレードランナー 2049』を見に近所の映画館へ。水曜日だったのに、私が座った席の列では、私以外はすべて男性という客層に驚いたんだけど、

人はなぜ生まれてきたのか?という問いは、男性の方がより持ちやすいのかも。

福岡伸一氏によれば、生命誕生から10億年、地上にはメスしか存在せず、「生命の基本仕様」はメスだった。しかし、地球環境の変化により、生物は多様な遺伝子を作り出そうとし、その結果、メスの遺伝子を掛け合わせる存在として「オス」が誕生したという。

聖書が男性中心なのも、新たに生まれた彼らには、マニュアルや、プロトコルが必要だったからで、その過程の中で発見された「アメリカ」は、新天地の開拓から歴史が始まっているので、他の国に比べて、より男性中心なのね・・・みたいなことをちょっぴり思いつつ、

2時間半以上の上映を堪能した3日後、日本初の「IMAX次世代レーザー」があるという大阪エキスポシティの巨大スクリーンでも、再度見た。

普段、上映前の情報はあまり必要とせず、むしろ避け気味の私なんだけど、今回の続編に関しては、公式ホームページの「予告/動画」にある、渡辺信一郎監督による、すっごくレベルの高い、前奏アニメ「ブレードランナー ブラックアウト 2022」「ブレードランナー ブラックアウト 2022」、「2036:ネクサス・ドーン」「2048:ノーウェア・トゥ・ラン」の3本を見ておく方がより楽しめるかも。



で、その次の週に見たのが『ブルーム・オブ・イエスタディ』。
ナチスやヒトラーとまったく関係のないドイツ映画なんてあったかな?と思うくらい、ユダヤ人虐殺という罪に呪縛されてきたドイツ映画だけど、2015年の『帰ってきたヒトラー』など、ようやく、新しいタイプのナチス映画というか、

『MJ Tapes』でマイケルが語っていたように、被害者以外の人間が罪を問うことで、新たな世代のドイツ人にも責任を押し付けるのはやめようといった趣旨が感じられる、よくできたドラマだと思いました。



読書では、『リトルプリンスー星の王子さまと私』の余韻で、『星の王子さま』をヴァージョン違いで2回読んだ以外、新刊本ではこれは!と思う本には出会えてなくて、我らのキングの未出映像を見るのにも忙しかったりしつつ(みんな知ってると思うのでここには貼らないw)、他に映像関係では、CSで、『雲のむこう、約束の場所』『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』という新海誠作品を見て、映画館で見て以来だった『君の名は。』も、2度目の方がなぜか感動したり・・。



羽生君のケガが残念だったNHK杯では、ランビエールのコーチぷりが、なぜか現役時代に負けないぐらい魅力的で、彼がリンク外で見守ってるとことか、キスクラとか、なんか別の意味で、デニス・ヴァシリエフスに注目しちゃったりしてたんだけど、それにしてもNHK、日本選手を優先するのはわかるけど、優勝したボロノフや、2位のリッポンのエキシビジョンを放送しないって酷すぎない?


ロシアのスケーターって大好きなんだけど、
EXでの音楽の趣味については、いつも残念・・・





それに比べて米国選手の「曲」にはいつも注目しちゃって、コールドプレイの「O」も、リッポンが滑ってくれたおかげで知ったイイ曲だったんだけど・・・






今回のリッポンのEXはなんと「歌」!(驚)






ジェイソンが選ぶ曲はいつも楽しみなんだけど、今回SPは「ハミルトン」から、「The Room Where It Happens」だったけど、EXも「DEAR EVAN HANSEN」という、どちらも今話題のミュージカルの曲なのね。






そういえば、カーニバルオンアイスの高橋大輔が素敵だったので、


Carnival on Ice 2017
高橋大輔 「Gilty Crown - Krone」





「ギルティクラウン」っていうアニメも見なくちゃいけないんだったww




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by yomodalite | 2017-11-13 17:02 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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すっかり遅くなってしまいましたが・・・
私と、childspiritsさんは、ここまでの興奮と感動で疲れきった身体になんとか喝を入れて、スリラーの3Dが上映された日の深夜に行われたジョージ・マイケルのドキュメンタリー映画のチケットもゲット!



2016年は、1月にデヴィッド・ボウイ(69歳)、4月にプリンス(57歳)、10月にピート・バーンズ(57歳)が亡くなり、12月には、ジョージ・マイケル(53歳)までもが旅立ってしまうという大変な年で、

ガンを公表していたボウイを除けば、みんな突然で、予想もしていなかったという点では、私はプリンスの死にもっともショックを受けた。使用していた処方薬を考えれば、彼自身にその覚悟がまったくなかったとはいえないものの、やっぱり、プリンスにはまだやり残したことがあって、旅立ちの準備をする時間などなかったように思えたから。

でも、毎年のクリスマスシーズンを最も盛り上げてくれた曲を作ったジョージ・マイケルが、クリスマス当日に亡くなったことを聞いたときは、ショックと同時に、彼の死は、彼自身の人生計画の一部だったのでは、と思えてきて・・・

そして、そんな想像をしてしまったことから、私の中で、マイケル・ジャクソンと、ジョージ・マイケルが少しづつ重なってみえることが多くなってきた。

医療ミスであり、直前のコンサートのストレスも大きな要因だと思われたマイケルの場合は、その死の責任をめぐって、医者とプロモーターが裁判にかけられたけど、ジョージの場合は、第一発見者である同居人への疑惑は持ち上がったものの、長期間の検視を経ても、結局明確な死因すらわからなくて、このドキュメンタリーを通して、その答えを見つけたいという気持ちも強かった。

そして、映画が始まるとすぐに、ジョージの最後を見届けたいという思いで、スクリーンを見つめていた大勢の観客の前に、ケイト・モスが登場し、このドキュメンタリーが完成して間もなく、ジョージが亡くなったことが告げられた。

映画では、ジョージのアーティストとしての歩みが、数々のヒット曲に彩られて紹介され、エルトン・ジョン、スティービー・ワンダー、ナイル・ロジャースといった時代をつくった大勢の天才たちが、ジョージがどれほど凄い天才だったかを語るシーンがたくさんあって、

ケイト・モスだけでなく、『Freedom! ’90』(1990)のPVに出演した、リンダ・エヴァンジェリスタや、クリスティー・ターリントン、ナオミ・キャンベル、クラウディア・シファーといった90年代のスーパーモデルたちも華を添えていた。


こちらに「FREEDOM ’90」の動画もあり


マイケルが、ナオミ・キャンベルと共演した『In the Closet』は、この2年後にリリースされたもので、『Freedom! ’90』を監督したデヴィッド・フィンチャーは、1989年にマドンナの「Express Yourself」で初めてミュージックビデオを手がけ、1990年に『Freedom! ’90』、1992年にマイケルの「Who Is It」を手がけた。

でも、90年代のスーパーモデルたちが醸し出していたゴージャスなセレブライフに最もフィットした音楽を作ったのはジョージで、90年代のジョージ・マイケルは、Wham!時代の元気なアイドルから、華やかなモデルたちの中心にいるのが相応しい雰囲気をまとうようになっていた。

音楽を創るのと同時に、大勢のひとが憧れるようなリッチな生活や、そこに相応しいファッションも、ジョージは身につけ、そういったものを自分のものにしていくことで成長していった「ジョージ・マイケル」は、マイケルや、マドンナが時代時代で変化していったのとは、どこか違っていて、

イェオルイオス・キリアコス・パナイオトゥという本名をもつ人間のことは、このドキュメンタリーでもほとんど描かれていないのだけど、それは子供時代からその名前だった「マイケル」や、「マドンナ」とは違い、元々「ジョージ・マイケル」が、ひとりの人物の “空洞” から生まれた「架空の存在」だったからではないか、と思う。

ボウイも、プリンスも、マイケルも、アーティストは、独自の人物像を創造するものだけど、ジョージ・マイケル(本名:イェオルイオス・キリアコス・パナイオトゥ)が創造した「ジョージ・マイケル」は、独自の、というよりは、大勢の人がイメージする理想的な人物を「実体化」したような、存在だったように思う。

そして、そんなところに、私はマイケル・ジャクソンとの類似をみてしまうのだけど、それを説明するのはすごくむつかしい。なぜなら、マイケルは独自のダンスムーブを生み出し、手袋や、靴下といったアイテムだけでなく、シルエットだけで、本人だとわかるような、「独自」のスタイルをもっていると思われているし、世界中の若い男女が憧れた人物であると同時に、長くメディアでの描かれ方が酷かったせいもあって、マイケルの顔に人工的な気味の悪さを感じている人や、奇妙な趣味をもった変人というイメージをもっている人も多い。

でも、プリンスや、ピート・バーンズが独自のスタイルを追求しようとしたのとは違って、私には、マイケルはすでにあったイメージを完成させ、完璧にすることで自分のものにしたのであって、「ジョージ・マイケル」の作られ方にも、それに近いところがあったと思うのだ。

映画の中で、もっとも印象に残ったのは、ジョージが言ったこんな感じの言葉。

「今はみんな、細かく分かれ過ぎている」

音楽がもつ人を繋ぐ力や、言葉を越えた共感は、小さな世界で王様になりたがるアイデンティティのモンスターたちや、差別や、寛容、多様性といった言葉を唱えているだけの信仰者によって、すっかり衰え、出自や人種といった分類から、ファンにも同じようなメッセージや、単純な政治観を植え付け、あるグループの代表者になることで、敵対するグループを見つけては戦おうとするアーティストが多い中、

ジョージ・マイケルも、マイケル・ジャクソンも、現代のそういった風潮に不満を感じ、大勢の人々が共感することや、音楽が持つ「言葉を超えた世界」を追求しようとしていた。

また、日本では「ソニー・ウォーズ」と呼ばれるマイケルのSONYへの抗議行動は、1987年の超ヒットアルバム「Faith」のあと、1990年に発表した『LISTEN WITHOUT PREJUDICE VOL. 1』が、所属レコード会社の社長トミー・モトーラに酷評され、裁判を起こしたことに大きな影響を受けたものだとも思うけど、

ジョージの行動は、自身の音楽的進化の途上で起こした、天才アーティストらしい行動だったのに比べ、マイケルは、すでに自分が完璧だと思えるアルバムの枚数を作り終え、他のアーティストとは比較できないほどの好条件での契約や、ビートルズを含む版権を会社と共有するなど、リスクを計算した上での「抗議」だった。

レコード会社との揉め事が、自分のキャリアを破壊するとは思わないほど、ジョージは、音楽業界のトップに立った後も、自分の音楽的才能を疑ったことがなかったけど、「KINGOF POP」を自分の呼び名にしたマイケルは、「永遠の命」のためには、脂の乗り切った年を一年でも無駄にしたくなく、そのための経済的基盤も重要視していた。晩年といわれる時期に、マイケルの経済状況が混乱していたと言われるのは、彼が後世に残る「完璧なアルバム」をすでに作り終えたあとだったからだ。

そして、やがてジョージにも自分の物語を、自分自身で締めくくりたいという時期が訪れ、彼は2005年に「素顔の告白(GEORGE MICHAEL: A DIFFERENT STORY)」というドキュメンタリーも創っていて、そこでも、大勢の天才アーティストたちから「真の天才」として賞賛され、何曲も名曲を創った作曲家で、比類なき歌唱力と存在感で、何万人もの観衆を酔わせられるパフォーマーだったことが証明されていて、本当に素晴らしいのだけど、

どちらのドキュメンタリーにも、『THIS IS IT』のような驚きや衝撃はない。

エイズで亡くなってしまった最初の恋人、アンセルモのことを語っているジョージ・マイケルを見ていると、マイケルがテイタム・オニールとの別れを歌に込めたと言われたことや、最初の恋人としてブルック・シールズの名前を上げていたことを思い出したりして、彼らが自らに望んだ「物語」のためには、「素顔」など存在しないことを想ったり・・・

生前、熱烈なファンだったとは言えない私には、ジョージ・マイケルのことを、ジョージと呼ぶのは抵抗があるのだけど、この、よくあるファーストネームを2つ重ねた名前を芸名にしたアーティストのファンたちは、彼のことをどう呼んでいたんだろう?

聴いた瞬間から名曲としての存在感を放つような楽曲を何曲も創り、比類なき歌唱力と、女性にも男性にも受けるルックスで、幅広い層にアピールできるキャラクターでありながら、それが逆につかみどころがないというか、誰にでも好かれる反面、ジョージ・マイケル一筋の熱狂的なファンという人は少ないようにも思える。

マイケル・ジャクソンも、ジョージ・マイケルも、比類なき天才で、ものすごい完璧主義者だったけど、とてつもなく多くの人に愛され、注目されるキャラクターを目指した、という点で、マイケルはより不思議な力と、他の誰にもできない計算があったのだ。

『FREEDOM』は、ジョージ・マイケルの魅力がいっぱい詰まっていて、彼が自分の物語に「FREEDOM」とつけたことも重要で、音楽好きなら必見の映画だと思う。

でも、なんのメッセージも込められていない『THIS IS IT』というタイトルの映画に、いったいどれほど大勢の人が影響を受けたかを思うと「FREEDOM」という言葉さえも色褪せて、現代に生きる私たちが、本当は何に飢えていて、どんなメッセージに縛られているのか、と考えざるを得なくなり、

『THIS IS IT』は、ドキュメンタリー映画として優れていただけではなかったのだ、とあらためて感じた、そんな夜でした。


こちらはオリジナル、Wham!の『FREEDOM』




FREEDOM ’90のアウトテイク


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by yomodalite | 2017-11-06 13:02 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(8)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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