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[追記あり]
昨日、録画してあった、玉置浩二の「SONGS」を見てたら、

「KING OF Vocalist」というタイトルで(誰かと同じように、自分で言ったわけではないw)、これまでもどことなく衣装に、マイケルの影響は感じてはいたものお、今回も腕章ジャケットぽいのとか、


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アームカバーも何種類か登場して・・・


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そして、さらに、そのあと・・・



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過去映像を編集した場面だったからよくわからないけど、
放送ではサングラスはあっさり外してたw


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これは、レプリカとして売ってるの、
そのまま着てるとしか思えないんですけどw


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アームカバーも含めてセットで購入して
使ってるってことでいいかなw


ちなみに、この衣装の映像は、安全地帯“完全復活”コンサートツアー2010Special at 日本武道館〜Stars & Hits〜「またね・・。」に収録されている模様(というか表紙までこの衣装!)

このDVD観たいーーーー!!!
番組の最後に流れた「行かないで」という曲では、「アジアで最も愛され、20組以上がカバーしている」というナレーションのせいもあって、なぜか、羽生君がエキシビジョンで滑る姿が眼に浮かんできちゃった。。






それと、今頃になって読んでた『1Q84』はようやく読了。

最終巻Book3の最後の方で、タマルが牛河に、ユングのエピソードを言う場面が印象的で、ユングが塔に刻んだという『冷たくても、冷たくなくても、神はここにいる』という言葉の原文を調べてみたんだけど、案の定同じことを思った人は多かったようで・・


◎ユングと石 〜 村上春樹『1Q84』のユング


「これって、"Called"と"Cold"をかけたってことではあるまいか・・・」

うーーーーん、それって、英語圏でも日本語圏でも・・・???




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by yomodalite | 2017-05-29 07:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(2)
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前日まで、観たい映画がなかったのですが、毎週1本映画を見るノルマを果たさなくては・・・という気持ちから、上映作をサーチしていったところ、こちらのイタリア映画がひっかかってきました。

現代のイタリア映画ってほとんど観られないし、2015年にイタリアでヒットした、ヒーロー物がどんな感じなのかなんて想像もできないし、永井豪原作の日本のアニメが関わっていたり、タイトルもなんか変だし・・

主人公が不死身で、一風変わったヒーローものというと、最近のラインナップである『無限の住人』、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー・リミックス』という、日米伊の比較にもなって面白いかも。そんな感じで観に行ったのですが、

ちなみに、ヨーロッパで、永井氏がとても尊敬されていることは聞いていましたが、私自身は『デビルマン』をコミックで読んだだけで、『鋼鉄ジーグ』のこともまるで知らなかったのですが、映画を楽しむ上では問題なく、

一応の予備知識としては、

主人公が、司馬 宙(しば ひろし)という名で、優秀な科学者でもある父によって、サイボーグにされていることや、「鋼鉄ジーグ」の熱狂的なファンである、アレッシアがいうヒミカとは、永い眠りから覚めた後、3人の幹部を従え、地上征服に乗り出し、鋼鉄ジーグと激しい戦いを繰り広げる、邪魔大王国の女王なんですが、彼女は自分の父親を、その幹部のひとりだと思っていることぐらいでしょうか。

冒頭からしばらくの間、リアルな裏社会の描写や、テロ事件への抗議行動など、『ガーディアンズ』とは違う生々しい現実感があって、しかも、主人公はキムタクとは正反対のリアル親父系だし・・・またもや残酷描写に弱い私には、観られない場面が続いたあと、主人公が自分の驚異的な力に気づいてやったことといったら、

脳みそまですべて筋肉っ!というような馬鹿力を使ったドロボーなうえに、奪ったお金で買ったものも「バカ」がガチ過ぎてドン引きするレベル。しかも、トラウマから精神に異常をきたしている若い女の子アレッシアが、王女のドレスを試着しているときにやったことといったら、もう本当に哀しくなって・・とにかく、ヒーローの資質など、微塵も感じられない男なんですが、

物語は徐々に、『ダークナイト』を思わせる展開(?)になっていきつつも、米国のヒーローもののように、市民や警察官が巻き添えになったり、無関係なところで、簡単に破壊が行われたり、ということがなく、意外にも後味は悪くありません。

『ガーディアンズ』を観たあとなので、エンディングがたった1曲で終わってしまうなんて、短いような気がしてしまいますがw、歌っているのは、主役のエンツォを演じたクラウディオ・サンタマリアで、『鋼鉄ジーグ』のテーマソングらしいのですが、すっごく渋くて、「2」が出来そうな匂いもちらほら・・

で、そのときはまた見に行くかもしれないな、と思いました。



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by yomodalite | 2017-05-25 11:28 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
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バブル時代っていうと、派手なお金の使いっぷりや、夜遊び系のことがよく語られているけど、あの頃の東京の土台を創り、他の地域とを分けていたものは、「堤清二」だったような気もする。


様々なバブル紳士が、そのあぶく銭を使って、今までにないものを作りたがっていたけど、百貨店を母体とするような堅実な企業が、文化に真剣に関わって、今の時代なら売れそうにないものを、買わなければ・・と思わせていた「セゾン文化」がバブルの泡となってしまうなんて、当時は思ってもみなかった。



一方、異母兄弟で、西武鉄道グループの堤義明氏といえば、それとはまったく真逆のセンスで、就職してしばらく経った頃に、この2つの企業の仕事をするようになった私は、東京の「ダサイもの」は、すべて堤義明氏のせいなんじゃないかと思うぐらい、彼のことがキライだった。


20代前半の広告業界に足を踏み入れたばかりの女子が、大企業の社長をそんなにも嫌うだなんて、不思議に思うかもしれないけど、当時の西武鉄道グループの人は誰に会っても、いつでも社長の話題ばかりで、話題が豊富で、比較的おしゃれな人が多かった宣伝部の人の中で、異質なほど「体育会系」のノリが激しくて・・・


ある日、プリンスホテルの人との打合せに行ってみると、昨日まで普通の髪型だった人が「丸刈り」になっていたことがあって、驚いて言葉が出ない私の前に、さらにもうひとり「丸刈り」が現れた。詳しいことはわからなかったけど、なにかミスをしたらしく、そんなとき「丸刈り」になるのは、西武鉄道グループではよくあることなんだと説明されたけど、ふたりとも「鉄道」ではなく「ホテル」のひとだった。


そんな丸刈りでスーツの人がウロウロするから、プリンスホテルは「ヤクザ御用達」とか言われちゃうんだよ。と心の中で思ったけど、グループ内の社員の移動が頻繁なせいか、「ホテルマン」という意識のひとも少ないようで、義明社長とライオンズのことしか興味のない社員たちの話には、政治家の名前もときどき登場した。


当時の西武鉄道グループの窓口はすべて、原宿の一等地に立つ「国土計画(コクド)」の建物で行われていたのだけど、ライオンズが優勝すると、そこには総理大臣からの花が届けられる。「このビルの裏に、歴代の総理が住む家があるんだけど、その家はうちが貸してるからね」と、丸刈りのひとりが自慢げに話していて・・・。


コクドでの打合せのあと、シネセゾンの試写会に行って、パラジャーノフの素晴らしい映画を観ていると、天国と地獄のように「落差」を感じることが多かった。


そんなこともあって、西武鉄道グループの地獄構造の一端を解説してくれた、猪瀬直樹の『ミカドの肖像』は記憶に残るノンフィクション本で、ピストル堤と呼ばれた父の堤康次郎氏は、義明氏をグループの総師に選び、清二氏は、そんな父を反面教師にして、実業界に特異な位置を築き、成功すると早くに引退して、文学界に進出したのも、父や堤家の呪縛から逃れたいからだと思っていたのだけど、


清二氏が亡くなって、何十年も経って読んだこの本には、父の遺産や、堤家の名誉を守ろうとする姿や、これまでよく語られてきたふたりの愛憎に関しては、実際に愛憎・・というか、愛以外の感情がにじみ出ていて、スマートな印象とは別の一面や、彼の中に、晩年でさえこれほどの強い感情があったことに驚いた。


また、義明氏と違って、正妻の息子だった清二氏は、幼い頃から裕福な家庭に育っていたのだと思っていたけど、それも違っていて・・・当時は「天国」のように見えたセゾングループでも、義明氏とはまた違った「独裁」があったという内容が多い。


とはいえ、、セゾン系の社員は話題が豊富だったけど、鉄道グループはみんな同じことしか言わなかった、という私の印象が変わることはありえないなぁ。



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by yomodalite | 2017-05-22 07:00 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(2)
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このところ、チョコ一粒ではどうにもならなくて、がっつりスイーツを食べに行くことで頭がいっぱい、もうマジそれ以外考えたくないような日を3日ほど過ごして、ようやく事前予約というか、注文してから30分待たなくちゃならない、パンケーキを食べにいくことに。

パンケーキの有名店って、ハワイとかアメリカ以外では、大阪発祥の店が多いので、大阪駅が最寄駅という我が家の近くには、選びきれないほど美味しそうなお店がいっぱいあるんだけど、ホイップクリームや、フルーツが多すぎない方が・・・

というチョイスで今日選んだのは、全国に支店があるこちらのプレミアム・パンケーキ!

このふわふわを3段重ねにしたやつを崩さないように、店員さんがおそるおそるという感じでもってきてくれる様子に、別に上に重ねなくても・・って思ってしまうんだけど、そうなると、同じく大阪発祥の有名店で全国展開している「幸せのパンケーキ」と見た目変わらなくなっちゃうからなのかな・・・

メイプル全部かけの方が、SNS映えはすると思うけど、最後まで飽きずにいただくには、バターも、メイプルシロップもお好みでチビづけしていく方がいいかも。パンケーキって、そのボリュームに引いちゃうことも多いんだけど、ここは、ホイップクリームの量が多くないせいか、ひとりでも行けちゃうね。

で、そんなふわふわパンケーキを食しながら(という体で)、最近読んだ本を。

未だに『1Q84』が読み終わっていないこともあって(現在最終6巻の前半)、なるべく小説には手を出さないようにしてはいるんだけど、つい読みたくなってしまったのがこちら。


夫のちんぽが入らない

こだま / 扶桑社




強烈なタイトルの印象からは、あざとさも見え隠れしているような気もしたり、現在は顔出しもしておられる、まんしゅうきつこさん(美人)が書かれていたものとか、誇張された自虐や、コンプレックスをネタにして書かれた面白い文章なのかな、と思っていたんですが・・・

ちょっと違ってました。

想像していたより、笑える箇所は少なくて、著者も、その夫も、共に「教師」で、著者の書かずにはいられなかった気持ちと、身バレしたくない気持ちの両方が錯綜している感じが「リアル」で、

なんでも自分のせいにしてしまう著者に、入れられない「夫」の愛撫が足らないだけなんじゃないか、と言いたくなって、やきもきしているうちに、徐々に著者は「入らなくていいじゃん」と思うようになり・・・

確かに、夫婦は、性生活より「家族感」の方が大事だし・・兄弟とか、家族なんていう方がむしろ幸せだよね・・なんて思っていたのに、なぜか、その後も不幸はより深刻になっていって・・・

自虐ネタを軽々と飛び越えて行ってしまうのは、著者の律儀な性格と、著者と同じぐらい不器用な「夫」とのコラボレーションの相乗効果も功を奏しているようで、読者として、なかなかに心が重くなるという「体験」を味わわせていただきました。

読書って、山登りのような危険はないかもしれないけど、快適な空間の中で行われる「冒険」だから、いいことばかりじゃないのも醍醐味であり、平穏無事な生活が「幸福」とも言えない。

183レビューの大反響本なので、ここに書くのは止めようかとも思ってたんだけど、ここ数ヶ月で読んだ本の中で、やっぱり一番印象的だったので。

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by yomodalite | 2017-05-20 07:00 | 文学 | Trackback | Comments(0)
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前作の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』から、もう3年も経ってたなんて、なんだか信じられないんだけど、続編である「リミックス」を観てまいりました。

今回は、クイル、ガモーラ、ドラッグス、ロケットと、前回の最後でベイビーに生まれかわったグルートの5人が、徐々に家族のような絆を深め、

アメリカのヒーローものには欠かせない「父と子」の物語が主軸にあって、ラベンジャーズのリーダーで、クイルの育ての親でもあるヨンドゥ、そして、ガモーラの妹ネピュラ・・といったいくつかの「家族」の物語のおかげで、人物描写も増していて、おバカなノリで「銀河を守る」というよりは、「家族を守る」という感じなんですが、

頭を空っぽにして、映画の世界に入り込めるすばらしい映像と、深くはないけど浅くない物語が、ちょうどいい漬かり具合で楽しめます。

アメリカ、ミズーリ州1980・・・というテロップで始まるんだけど、音楽は、前作よりも70年代の感じで、

(この年代の曲は、以前、学習wしたときも思ったんだけど、みんなヒゲだし、モミアゲだし、胸毛だし、とにかく毛量多い感じの曲が多くてw、お肌ツルツルな感じの曲は、ジャクソン5ぐらいなんだよね)

そして、そんな毛量の多いイケメンが、ピーター・クイルの「パパ」として登場するんだけど、『ナイトライダー』のことはギリギリわかったものの、デビッド・ハッセルホフの名前にピンと来なくて、ネタ的に「?」な部分もいくつかあったので、帰宅後、デビッド・ハッセルホフで検索してみると、お肌ツルツル&タトゥーブームから、そろそろ胸毛回帰へと移行しそうなことがわかりました(嘘)

ジャスティンが関わってるんだから間違いないw





最高ミックステープにマイケルがいない寂しさはなかなか拭いきれないけど、デヴュー当時のジョージ・マイケルの「ヘアスタイル」や、『Dirty MInd』の頃のプリンスの「胸毛」を思い出したりしつつ(調べていたら両方とも『ナイトライダー』放映前だった)、


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「スリラー」以前の世界である70年代の「イイ曲」を新たに発見するいい機会にはなったかな。


E.L.O初期のヒット曲





これぞ70年代SFの音楽みたいな曲だけど、
feat. ハッセルホフで、
サントラ唯一の「新曲」!





全曲「予習」しておきたい方はこちらで視聴可能
正式な予告編じゃなくて
超絶かわゆくなったグルートがいっぱい登場する方




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by yomodalite | 2017-05-18 10:41 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(4)
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(4)の続き・・・


下記は、アメリカでよく言及されるジェネレーションの区別。


・ベビーブーマー/1946~64年頃、第二次世界大戦後からケネディ時代に生まれた世代

・ジェネレーションX/1965~70年頃に生まれた世代

・ジェネレーションY/1980~95年頃で、ベビーブーマーの子供世代

・ジェネレーションZ/1995年以降の生まれ


マイケル自身はベビーブーマーですね。


2002年に書かれた本によれば、ヒップ・ホップ・ジェネレーションは、1965年から1984年の間に生まれたアフリカン・アメリカンという定義があるのですが、それは、2001年に、マイケルがオックスフォード・スピーチで語った「O世代」(「彼らは、ジェネレーションXからバトンを受け取った世代で、富も、成功も、おしゃれな洋服も、かっこいい車も、なんでも持っているけれど、内面に虚しさに、傷つき痛みを感じている」)に重なる世代でありながら、そこから取り残された、多くのアフリカ系アメリカ人でした。


・なぜ、黒人社会はいつも警察と対立しているのか?

・銃やドラッグが身近にあるなど、どうして黒人社会はギャングから抜け出せないのか?


といった疑問を持った方も少なくないのではないでしょうか?黒人社会にこれほど銃がはびこっているのに、どうして、銃規制に反対する勢力として取り上げられるのは、いつも「全米ライフル協会」という白人中心の団体なんでしょうか?


また、ヒップホップの歌詞に少し興味がある人なら、そこには、政治について語られているものが少なくなく、あまり見聞きすることがない宗教的な言葉や、陰謀論が多いことに気づかれた人も多いでしょう。


今回はそういったことに関連がありそうな、『スリラー』から『ヒストリー』までのヒップホップの宗教と政治について。引き続き『ヒップホップ・ジェネレーション』の内容を中心にまとめてみます。


◎ヒップホップの宗教と政治と・・・


1980年の大統領戦おいて圧倒的な勝利をおさめ、レーガン時代が始まった頃、戦争や核兵器の不穏な噂はあったものの、ニューヨークでは若者文化がひとつにまとまり、人種が分裂することはなかった。イギリスでは、セックス・ピストルズの仕掛け人のマルコム・マクラーレンが、バウ・ワウ・ワウをデヴューさせ、トーキング・ヘッズのサイド・プロジェクトのトム・トム・クラブは、「Genius of Love」をヒットさせた。



Bow Wow Wow - Chihuahua





Tom Tom Club - Genius of Love





白人アーティストのブラック・ミュージックへの賛美は続き、1982年のアフリカ・バンバータの「プラネット・ロック」の大ヒットへと繋がっていった。ヒップホップは、都市部のマイノリティだけのものではなくなり、ダウンタウンのクラブを再統合し、社会的落伍者を洗練されたアートの世界へ押し上げていく原動力となったものの、黒人との連帯を好まない白人ロックファンも大勢いて、人種的クロスオーバーの実現には至らなかった。


そして、俗にレーガノミクスと言われる富裕層の減税と、軍事支出の増加と並行して行われた社会保障支出の縮小、そして、麻薬撲滅政策は、黒人社会に壊滅的な被害をもたらしていく。


ヘロインは、第二次大戦中から急激に輸入が減少していたが、資本主義陣営と、社会主義陣営が真っ向から対立した冷戦時代に入ると、アヘンやコカインが反革命運動のための資金調達にもってこいの商品となり、この頃設立されたCIAは、麻薬密輸組織を通じて各国の反共勢力と手を結ぶことが多々あった。


イタリアの反共組織もCIAと関係を結び、アメリカを国外追放されたマフィアの大物が糸を引いたことも相まって、ヘロインの密輸ルートは再び構築され、軍隊とゲットーで爆発的に広まっていく。


販売から得た利益は、東南アジアの反共軍事活動へと還元され、地球の裏側で起こった戦争によって、ゲットーではギャングがうろつき回り、ブロンクスはドラッグの密売人と常習者の世界へと様変わりしていった。


戦後のコカイン取引は、カストロ政権から逃れたキューバの反革命活動家たちによって始められた。1976年、ジャマイカのDJ、ディリンジャーの「Cokane In My Brain」が大ヒットし、「富とステータスの象徴」だったコカインは、一般中流家庭のアメリカ人にまで手が届くようになった。その後、供給過剰を調節し、収益を上げるために、高価なものから安価なものまで、さまざまな新種のドラッグが誕生した。



DILLINGER - COCAINE IN MY BRAIN





そして、1982年の終盤、ドラッグの顧客は富裕層から労働者へと移り変わり、大衆のために作られたドラッグは、ストリートを悲惨な状況へ変化させる。


アフリカ・バンバータの「プラネット・ロック」が大ヒットを記録していた頃、戦争がもたらした新たなドラッグ、コカインの塊(ロック)でできた、後に「クラック」と呼ばれるようになる、もうひとつの「プラネット・ロック」が形成されていた。


ランDMCがオールドスクールを抹殺し、フーディニや、LLクールJらとともに、ニューヨークからツアーを始めた頃、ロスアンジェルス(西海岸)で人気のミックステープでは、フーディニの「Freaks Come Out at Night」の替え歌「The Clucks Come Out at Night」が人気になり、UTFOの「Roxanne Roxanne」は、「Rockman, Rockman(ロックマンはクラックの売人)」へと変わっていたのだ。


Whodini - Freaks Come Out at Night (1984)





ヒップホップのビートに、ストリートで叩き上げられたモンスターの物語が綴られるようになり、ヒップホップは、反抗期へと突入していく。


白人の麻薬使用者の数は、黒人を大きく上回っていたにもかかわらず、レーガン政権時代に成立した厳格な麻薬取締法では、黒人の使用が多いとされる固形コカイン「クラック」に対して、粉末コカインの100倍の懲役年数が課せられることになったのだ。


黒人の家庭では、父親や息子が逮捕され、残された家族は精神的にも経済的にも大きな被害を受けた。そして、貧困のサイクルから抜け出せないゲットーの子どもたちは、唯一の選択肢として麻薬取り引きを始めてしまう・・・。


1990年代中盤、ファイブ・パーセンター(*1)のストリート・サイファー(*2)や、アフリカ・バンバータが始めたズールー・ネイション(*3)の勉強会では、「新世界秩序」が話題にのぼるようになった。黙示のときが差し迫っているのだと。


ウータン・クラン、モア・ディープ、アウトキャストらが繰り出すサウンドは、閉塞感に満ちた時代の空気にマッチし、若者たちは、迷彩柄のジャンプスーツにコンバット・ブーツ姿で街を闊歩し、お互いをソルジャーと呼び合っていた。



ウータン・クランのドキュメンタリー (1994)




路上の書店商は、ハワード・ジンの『民衆のアメリカ史』や、ウォード・チャーチルの『The COINTELPRO Papers(コインテルプロ白書)』(*4)といった反体制的歴史書や、『The Illuminati 666(イルミナティ666)』『Secrets of Freemasonry(秘密のフリーメーソン)』『The Unseen Hand(見えない手)』といった怪しげな小雑誌を売ることで活況を呈していた。


この不穏な空気は、1990年9月11日にジョージ・H・W・ブッシュ大統領が湾岸戦争前に連邦議会で行った『新世界秩序へ向けて(Toward a New World Order)』というスピーチに端を発していた。


今日まで我々が知っていた世界とは、分断された世界―有刺鉄線とコンクリートブロック、対立と冷戦の世界でした。今、我々は新世界への到達を目にしています。まさに真の「新世界秩序」という可能性です。ウィンストン・チャーチルの言葉で言えば、"正義と公正の原理により弱者が強者から守られる世界秩序"です。国連が、冷戦という行き詰まりから解放され、その創設者の歴史観を貫徹する準備の出来た世界、自由と人権の尊重が全ての国家において見出せる世界です。


これは、ペルシャ湾でサダム・フセインに対して取ったアメリカの軍事行動を正当化するための演説の一部で、ベルリンの壁が崩壊し、共産主義の脅威も薄れてきた頃、大統領は、新たなる敵に対して軍隊を動員し、警察部隊はゲットーに標的を定めた。


ブッシュの超国家的な「法の支配」は、アトランタのヒップホップ・グループのグッディ・モブが、1991年にリリースした「Cell Therapy」のように、強い中毒性のあるドラッグ、軍で訓練を受けた暗殺者、体制に迎合して生きる人々、コンピューター・チップの埋め込み、夜間の空挺部隊員の黒いヘリコプター、低所得者住宅、刑務所と結びついた。



Goodie Mob - Cell Therapy




学校の閉鎖、高騰する大学の学費、青少年に対する夜間外出禁止令や厳しい取り締まり、都市部における情状酌量なしの厳しい対応(ゼロ・トランス運動)、政府が市民監視のために使うテクノロジー、レイシャル・プロファイリング(*5)、刑務所建設ブーム、急上昇する受刑率など、あらゆることが急激に変わったことで、この急速な変化を手っ取り早く理解するために、グッディ・モブは、ブッシュの真の敵は、自分たちであると結論づける。


ストリート・ソルジャーたちは、生存主義者の必須本と言われる、M・ウィリアム・クーパーの『Beholda Pale Horse』を携行していた。白人のラジオ・パーソナリティーで右派愛国運動の英雄だったクーパーの著書を黒人の若者が読むのは奇妙な組み合わせだが、地方の白人過激派だけでなく、ゲットーの有色人種の若者を惹きつけたのは、クーパーの世界観が、コインテルプロ時代後の陰謀と、新世界秩序のパラノイアを結びつけていたからだ。


同署には、謎に包まれた邪悪な世界政府が、大衆を奴隷化する計画が描かれ、世界最終戦争はすでに始まっていることが語られていたが、クーパーが用意した「証拠」の大半は、お決まりの『シオン賢者の議定書』であり、そこに書かれたユダヤ人という言葉は、すべて「イルミナティ(光を受けた者)」に、ゴイム(人々)」という言葉は、すべて「キャトル(畜牛)」に置き換えること。といった指示が加えられていた。


対ドラッグの法律と米連邦緊急事態管理法は、憲法を停止し、永続的な警察国家を構築するための基礎を築いている、とクーパーは論じたが、この見解は、ルイス・ファラカン師のメッセージとほぼ同じだった。ゲットーでは、警察の圧力が、ほとんど厳戒令なみになっていた。


CIAは、極秘の政治活動を展開する資金を調達するため、ゲットーにドラッグを密輸している。とクーパーは語り、メディアはそれに反対する立場をとったが、後年行われた米国議会とCIAによる捜査によって、その基本的内容は事実であると確認された。


クーパーの奇妙な世界観は、さまざまなラップ・ソングによって語られ、ウィルスのごとくメインストリームに進出し、1993年の『Xファイル』の放映が始まると、社会全体に注目を浴びることになった。『Xファイル』の強烈な悲観主義は、ゲットーのストリート・ソルジャーの心情と合致していたのだ。


◎電気通信法の採決


マイケルのアルバム『HIStory』がリリースされた翌年の1996年、米国議会は電気通信法を採決。規制緩和の象徴ともいえるこの法律は、メディア独占企業寄りのスタンスを法律化したものだった。


この法律により、ラジオ局所有権の上限が解除され、空前の合併劇が相次ぎ、ごく少数の企業が公共の電波の大半を独占するようになると、コミュニティ番組は大幅に縮小され、どの番組も画一化されたプレイリストを使うようになった。


ラジオの平均聴取時間は急落し、ラジオ局の競争はなくなり、さらに大規模な合併が続いた後、1999年、クリア・チャンネルによる最大の合併劇が起こる。クリア・チャンネル内では激しいリストラの波が押し寄せ、音楽の選曲担当や宣伝スタッフが削減され、コミュニティ関連の部署は廃止された。


そして、悲惨なゲットーの現実をそのままに、メディア独占企業はヒップホップを大々的に商業化していった・・・

_________


(*1)ファイブ・パーセンターFive Percenters)/ネイション・オブ・イスラムから派生したセクトで、後に「The Nation of Gods and Earths」という呼び名も生まれる。ハーレムにある第七寺院の主任教師を務めていたクラレンス13Xによって創始され、彼の死後もハーレムやブルックリンといった東海岸の都市部を中心に増加し、1980年代の後期から1990年代のヒップホップアーティストたちに大きな影響を与えた。

「世界の人口の5%は貧しくも高潔な教師であり、この世の貧しき者の生き血を吸10%の者たちの嘘を信じず、この世に生ける真の神はアジアの黒い男であることを知っている。そして、富を有し、貧しき者の生き血を吸い、彼らを奴隷とする10%は、嘘によって大衆を支配し、貧しくも高潔な教師たちに敵対させる。この方法により、10%は預言者を殺し、共同体を崩壊させてきた」

という、ネイション・オブ・イスラムのイライジャ・モハメッドが布教させた思想を由来とする。

他のムスリムとは違い、自分たちを神の化身であると考え、科学や数学を用いてイスラームの真理を探究し、自らのまわりにあるものに意味付けを行なうことを常としている。彼らのレトリックの中には、droppin’ scienceというものがあり、ある事柄について語るとき、その原因や背景を数学(Supreme Mathematics)やアルファベット(Supreme Alphabet)を使って証明する。これは、ギリシャなどで発展した数秘術の影響を受けたもの。


例えば、0から9の数字にはそれぞれ意味があり(1は知識、2は知恵、3は理解など)、それらの数字を通して宇宙の真理を解明しようとするもので、アルファベットにも意味が当てられている(Allahという言葉は、arm、leg、leg、arm、headの頭文字からできているなど)。


◎Supreme Mathematics

◎Supreme Alphabet


こういった考え方は、ジャネット・ジャクソンの1989年のアルバム『Rhythm Nation 1814』にも使われていて、「R」は「規則および統治者」、「N」は「現在および国家の終わり」を指し、アルファベットの順番でRが18番目、Nが14番目という意味で「1814」。1は「知識」8は「構築および破壊」、4は「文化および自由」で、これは、ジャネットがこのアルバムの中で最もコンセプチュアルに伝えたいと思っていた3曲「The Knowledge」「Rhythm Nation」、「Miss You Much」にも表れていますね。


ジャネットのコンセプトは明るく楽観的なものですが、90年代中盤になると、陰謀論や終末論によってますます独自で複雑な「宗教性」を帯びたものになっていきました。

長文ですが、素晴らしい参考記事・・

(*2)ストリート・サイファー/公園や広場など路上でラッパーが集まり、円になってフリースタイルラップすること。


(*3)ズールー・ネイション/ヒップホップという言葉の生みの親である、アフリカ・バンバータが、1970年代に地域のギャング達の生活を更生するために立ち上げた団体。音楽やグラフィティ、ダンスなどをヒップホップのカルチャーとして一体に捉え、80年代には世界各国にも支部が誕生した。KRS-One、パブリック・エナミー、ア・トライブ・コールド・クエスト、リル・ウェイン、Nasなどの多くの有名アーティストや、人気司会者のジミー・ファロンも参加している。


(*4)コインテルプロ/Counter Intelligence Programの略。FBIが反体制分子を監視するために開発したテクニック。FBIは、ブラックパンサー党など、彼らが危険とみなした黒人の好戦的なリーダーを排除し、抹殺するために、警察やスパイや代理人を使って、(1)組織・敵陣などへの潜入行動(2)外部からの心理戦(3)法的強制力によるハラスメント(4)超法規的な力・・など、あらゆる方法を用いていた。


(*5)レイシャル・プロファイリング一般的には、警察が黒人やラティーノの、特に若い男性に的を絞っておこなう人種偏見に基づいた捜査方法を指す。具体的には、街中で警官が『不審』なマイノリティ人物を呼び止めて身分証明書の提示を求めたり、身体検査をおこなうこと。ニューヨークでは、ジュリアーニ市長が就任した1994年、ニューヨーク市の治安を良く、犯罪発生率を下げるために、徹底的なレイシャル・プロファイリングが始まった。




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by yomodalite | 2017-05-15 09:33 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

映画『無限の住人』

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キムタクと刀の組合せはサイコーなので、早く観たくてしかたなかった映画だったんですが、なんだかんだ色々と時間がとれなくて、昨日ようやく劇場へ。

いつも、水曜日のお昼過ぎぐらいに観ている印象で比較すると、「キムタクの映画」の観客は、女性率がかなり高かった。

それと、その時間帯も、私が観に行く映画のタイプも、ひとり客が多いのだけど、「キムタクの映画」では、女性のふたり客が多くて、男性の年代層も20代〜70代と幅広かったけど、そのほとんどが、彼女や奥さんと一緒のカップル客で、映画が始まる前も後も会話の声が賑やかだった。

映画が始まると、キムタクはすぐに斬りまくる。とにかく最後まで斬って斬って斬りまくる映画なので、殺人シーンに弱い私は、目をつぶってしまうシーンもいっぱいあったけど、やっぱりキムタクは魅力的で、主役を務めることの多い他の共演者たちの中でも、その「主役感」は圧倒的!ということを2時間通して確認できる、そんな映画。

ただ、監督は撮る前から、キムタクが不死身の肉体をもつ「万次」を演じる。というだけで、もうその出来栄えに満足してしまっていて、工夫のない脚本のせいで、せっかくキャスティングしても見せどころのない共演者がたくさんいたり、キムタクが極限まで肉体を駆使して出来上がった「絵」を繋ぎ合わせただけ。というもったいない映画でもあって、「キムタクの無駄遣い」について色々と考えてしまう・・

昔のヤクザ映画では、鶴田浩二や、高倉健に喝采をあげる男たちがいて、彼らが斬りまくることで、観客にもカタルシスがあったのに、今の日本では、とてつもない覚悟で「主役」を背負って、刀を振り下ろすキムタクを見守っているのは、女性たちだけで、「万次」が自分の命を使うのも、少女「凛」のため・・・。

その命、誰のために使うー

というのは、映画のコピーだけど、

こんな時代に「主役」でいつづける覚悟をもっているキムタクには、「万次」の孤独に重ね合わせられるような「孤独」がある。

そして、孤独から生まれる優しさが「色気」なのだと教えてくれるような役者も、やっぱりキムタクしかいない。

エンディングのMIYAVIの曲「存在証明」も、
キムタク自身に捧げられてる、と思えるようなそんな映画でした。





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by yomodalite | 2017-05-11 08:44 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

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(3)の続き・・・


『Dangerous』前後に起きた様々な変化、ビジネス、政治・社会状況について。


(参考図書『ヒップホップ・ジェネレーション』)


◎ヒップホップとビジネス


世界的なメディア業界における消耗品としてのヒップホップと、地域のアンダーグラウンドを結ぶ、広大なネットワークの中で力強い生命線となっていたヒップホップ。


90年代中盤になると、この2つの役割の間にあったクリエイティブな緊張状態は、メディア独占企業側に一気に傾き始め、脱白人ポップカルチャーに対する世界的需要に企業側が気づくと、ヒップホップは世界規模で統合されたメディアの主要コンテンツとなった。


ナイキや、アディダス、ペプシといった企業は、白人ベビーブーマー(1946~1964年頃までに生まれた世代)以外の新市場の開拓に乗り出し、都市部に住む有色人種に目をつけた。これまではニッチとして無視されていた彼らだが、一般の認識以上にブランド志向を持ち、実際はブランドをリードしている層であることがわかったのだ。


1980年代、ブラックミュージックを流すラジオ局は、自らを「アーバン・ラジオ」と称するようになり、ライオネル・リッチーや、マイケル・ジャクソンがアーバンだった80年代から、90年代になると、ヒップホップが「アーバン」の象徴になる。


1986年、Run-D.M.Cは「My Adidas」で、アディダスを一躍ヒップホップ・ブランドに変貌させ、その二年後、スパイク・リーとマイケル・ジョーダンは、ヒップホップを使ったブランド戦略をより高い次元へと押し上げ、1992年の「The Chronic」リリース以来、スヌープとドレーは2年間ヴィデオとラジオを独占し、ラップ業界は、音楽業市場の10%を占めるようになった。




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ロス暴動後、ヒップホップ世代の創造性が爆発した一方で、競争は熾烈を極めるようになり、雑誌に取り上げられ、高い評価を得られるかどうかをめぐって、編集者やライターが、ラッパーから脅迫をうけることもめずらしくなく、誰もが生き残りを賭けて、しのぎを削っていた。


1988年にハーヴァード大学のユダヤ系の学生によって創刊されたインディーズのヒップホップ専門誌「The Source」の発行部数は14万部に達し、ラップ業界の代弁者の域を超え、あらゆる文化や、政治も扱うようになった。ファッションのページには、その後、黒人初のスーパーモデルと言われるようになるタイソン・ベックフォードと共に、Bad Boy Recordsを設立したショーン・コムズ(パフ・ダディor ディディ)が登場し、1993年には、「The Source」の広告主は、レコード会社だけでなく、ナイキ、リーボック、セガなどにも広がった。平均的な読者層は21歳男性。そのうちの半数がブラック、4分の1以上が白人だった。



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(ショーン・コムズ:この表紙は1997年のもの)


一方、TV界では、これまで視聴者を独占していた三大ネットワーク(ABC、CBS、NBC)が、ケーブルTVなどによる視聴者の細分化によって視聴率が減少し、ビルボートのランキングに、バーコード読み取り方式の購買情報管理システム「サウンドスキャン」が取り入れられ、実際のセールスが集計されるようになると、インディーズで配給されたNWAの『Efil 4 Zaggin』が、初登場第2位を記録。

マイケルが、黒人として初めてMTVに登場したと言われた「Billy Jean」から5年後の1988年、MTVで最も人気番組になっていたのは、ドクター・ドレもホストとして参加していた「Yo! MTV RAPS」。MTVはラップ・ヴィデオがほぼ皆無な状態から、1日12時間もラップを放映するチャンネルとなっていた。

マイケルとの共同制作関係を解消したクインシー・ジョーンズは、『Dangerous』発売と同年の1991年、「The Source」を買収しようとして失敗するものの、その後タイムワーナーからの出資を受け、高級志向のヒップホップ雑誌「VIBE」を創刊。記事の質の高さだけでなく、エレガントな写真と画期的なデザインによる高級紙は、ジャンニ・ベルサーチや、アルマーニ・エクスチェンジなどの広告も掲載され、商業的にも大成功する。


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ホワイトネスからブラックネスへ、ベビーブーマーから若者へ、そして、郊外から都市部へ。「The Source」がシーンに登場した頃、エンターテイメント業界と、メディア業界は、空前絶後のパラダイムシフトを経験していた。


80年代の多文化主義を提唱する人々は 、社会が数々の文化を取り込み 、それぞれを尊重することを求めていた。この種の融合はあらゆる人々を幸せにできると考えられていた。しかし、『The Chronic』以降の企業の多文化主義は 、それとは逆の概念を持ち、アーバン・マーケティングは 、人種隔離と差別の現実を維持しながら、文化融合の欠点をも引き出した。



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「VIBE」に掲載された広告(1993)


歴史学者のロビン・D G・ケリ ーと、学者のヴィジャイ・プラシャドは、「多文化主義」という概念は 、政府や資本主義によって作り出されたと言い、ナオミ ・クラインは、90年代中盤、トミー・ヒルフィガーが、ラルフ・ローレンの偽物というイメージから、アーバン・クールの権化というイメージへ大変身を遂げた理由について、「アメリカの人種関係の核心にある距離感を利用したのである ― 白人の若者に対しては 、ブラック ・スタイルに憧れる心を利用して売り込み 、黒人の若者に対しては 、白人の富に憧れる心を利用して売り込んだのだ 」と(『ブランドなんかいらない』)。


リアルであり続けることと、成功を収めること。

メディアがヒップホップの商業化に加担した究極の代償のように、ヒップホップシーンに混乱状態がおとずれた。




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by yomodalite | 2017-05-09 00:23 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)
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(2)の続き・・・

パブリック・エネミーよりも、さらに過激な論争を呼ぶことになったN.W.A.(Niggaz Wit Attitudes 主張する黒人たち)は、後年ギャングスタ・ラップのゴッドファーザーとも呼ばれるようになるイージーE、議論を招くリリックを書き、現在も俳優として活躍しているアイス・キューブや、脱退後シュグ・ナイトと共にデス・ロウ・レコーズを立ち上げたドクター・ドレーなど、個性豊かな4人のメンバーをそろえ、Run-D.M.Cの「Walk This Way」が大ヒットした1986年にデビュー。


パブリック・エナミーのチャックDをメンターに、ネイション・オブ・イスラムについても学んでいたアイス・キューブがリリックを書いた「Boyz N The food」は、ブラック・パンサー党幹部の弟である、ジョナサン・ジャクソン(ショットガンやライフルを携行して裁判所を襲撃し、脱獄を企てた罪で死刑判決を宣告されていた兄ジョージの釈放を要求し、検事を人質に立てこもったが、警官の突入を受け、射殺された)の実話を取り入れたことで、同世代の神話ともいえるレヴェルにまで祭り上げられ、その過激なスタイルはギャングスタ・ラップと呼ばれるようになり、1988年のアルバム『ストレイト・アウタ・コンプトン』は大ヒットを記録します。



N.W.A. - Straight Outta Compton






ストリートのリアリティをあるがままに語っているようなN.W.A.のスタイルは、若年層のリスナーに受け入れられ、ラップのミックステープを作れば、誰でもお金が稼げるかもしれないという希望は、ストリートの若者を夢中にさせ、ディスコは過去のものになってしまう。


しかし、凶悪犯罪はこれまでにない件数を記録し、前年よりも4人多い78名の警察官が職務中に殺害されていた1988年、N.W.A.は、警官への暴力を支持するような曲(「Fuck Tha Police」)から大統領をも巻き込む大論争にまで発展する。


ロス暴動が起こったのは、それから4年後の1992年。


ハーレムで暮らす黒人と韓国人社会の対立は、1989年のスパイク・リー監督の映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』でも描かれていたように、アフリカ系アメリカ人の高い失業率、LA市警による黒人への恒常的な圧力や、韓国人の黒人への蔑視など、サウスセントラル地区の黒人社会には怒りが渦巻いていました。


そんなとき、ロドニー・キング事件(*1)のLA市警警官が無罪になり、ラターシャ・ハーリンズ射殺事件(*2)における韓国人店主にも、異例ともいえる軽い判決が下りたことが引き金になり、「ロス暴動」へと発展していく(*3)


1991年にN.W.A.を脱退していたドクター・ドレの1992年のアルバム『The Chronic』(強力なマリファナという意味)は、ロス暴動がようやく終結した数ヶ月後にリリースされたのですが、それは、人々にとってストリートの緊張を和らげてくれる強力な鎮静剤としても作用し、大ヒットしたようです。



Dr. Dre, Snoop Dogg - Nuthin' But A G Thang





そして、1993年、ドレーはスヌープ・ドッグのデビュー・アルバム「Doggystyle」をプロデュースし、初のビルボード・チャート1位デビューという大ヒットを記録。西海岸ギャングスタラップは、その後もヒップホップシーンを席巻するようになります。



Snoop Dogg - Gin & Juice






ビッチだの、ファックだの、ドラッグだの・・といった内容を好意的に解釈すれば、政治や宗教に傾倒しすぎの男たちや、フェミニズムにハマっていく女たちに、もっとリラックスして人生を楽しめ。


そして、政府に要求したり、誰かから奪うのではなく、「自分自身で自分のものを得るべきだ」というメッセージが込められているのではないでしょうか。また、Nワードとして差別用語だったニガという言葉の多用には、いわゆる「ブラックパワー」的な黒人啓発運動への反動もあるようです。


そんな西海岸のギャングスタ・ラップは、ライヴァル「バッドボーイ」レーベルとの獲得争いに勝利し、デス・ロウ・レコーズに移籍することになった2パックによって、さらに確かなものになりました。



California Love





ヒップホップの歴史に必ず登場する「東西抗争」というのは、主に「西海岸」と「東海岸」のレーベル同士の争いで、


N.W.A.の初期メンバーであるドクター・ドレが、N.W.A.を脱退後の1991年に、シュグ・ナイトと共に設立したDeath Row Records(西海岸)と、


ショーン・コムズ(パフ・ダディor ディディ)が、1993年に創立した、Bad Boy Records(東海岸)は、実際のギャングさながらに対立していました。


1992年に公開された映画『ジュース』など、映画スターとしても人気を集めていた2パックは、ファンにレイプをした罪に問われ、収監されますが、デス・ロウ・レコード(西海岸)のオーナー、シュグ・ナイトは、140万ドルの保釈金を用立てることを条件に、刑務所内で2パックと契約を結び、出所後、2パックはライヴァルであるバッドボーイ(東海岸)を代表するノトーリアス・B.I.G.らを激しくこき下ろす曲を発表する。









ヒップホップ界の東西対決は、2パックの大成功によって激しさを増し、対立が話題となることで、ますます活況を呈すことになりましたが、


1996年9月6日、ラスベガスで行われたマイクタイソンの試合観戦後、2Pacは何者かに銃撃され、25歳にして命を落としてしまい、そして、翌年の1997年1月、ノートリアス・B.I.G.は、LAで行われた「Soul Train Award」に出席し、その後のパーティー終了後の移動中、交差点で何者かに銃撃され、亡くなってしまう。こちらもまだ24歳の若さで、ふたりの死は、ヒップホップの東西対決が引き起こした最大の悲劇となりました。


デス・ロウ移籍後初のアルバム『All Eyez On Me』から

メッセージ性の高い曲

Life Goes On(和訳付き)





ちなみに、


一年間だけ通ったハリウッドのガードナー小学校や、エンシノ、ネバーランド、Hornby Hillsと、マイケルは基本的に「西海岸」の住人で、N.W.A.以降のラップミュージックは、ワッツ地区や、コンプトンに限らず、それぞれ自分がいる場所を語るという考え方があるのですが、


『HISTory』の「This Time Around」や、『Invincible』の「Unbreakable」でラップを披露したノトーリアスB.I.Gはバッドボーイレーベル(東海岸)で、


マイケルが『Invincible』までに共作した、Run-D.M.C、ヘヴィD、LL・クール・J、ノトーリアスB.I.G、ジェイ・Z(Heartbreakerや、Invincibleに参加しているFatsに関しては不明)は、全員ニューヨーク出身。バスケ選手でありながら、音楽的にも成功し、『HIStory』の「2Bad」にラッパーとして参加したシャキール・オニールもニュージャージー州の出身なので、


マイケルが共演したラッパーは、全員「東海岸」なんですよね。


プロデューサーであるテディ・ライリーがNYハーレム出身で、ロドニー・ジャーキンスも、やはり東海岸であるニュージャージー州出身ということもあるのかもしれませんが、


どうして、マイケルは「東海岸」びいきなんでしょう?


そして、才能あふれるラッパーは数多くいるのに、なぜ、ノトーリアスB.I.Gと二度も、しかも、二度目の「Unblackable」のとき、すでに、ノトーリアスB.I.Gは亡くなっていたのに、インヴィンシブル期のインタビューで、マイケルは一度もそれについて話しておらず・・・


マイケルはあれほどこだわっていた「Unbreakable」について、そんなことさえ語っていません。


わたしのヒップホップへの興味は、この二度も共演することになったノトーリアスB.I.Gと、彼のラップの魅力を理解したいという思いからスタートしているのですが、それについては、またあとで触れることにして、ヒップホップとビジネスの結びつきに関してもう少し・・・





これは死後アルバムからの曲で

「俺たちは変わる必要がある」という

Changes

(youtubeのページに和訳あり)




(*1)ロドニー・キング事件

1991年3月3日、黒人男性ロドニー・キングがスピード違反を犯し、LA市警によって逮捕された。その際、20人にものぼる白人警察官が彼を車から引きずり出し、装備のトンファーやマグライトで殴打、足蹴にするなどの暴行を加えた。たまたま近隣住民が持っていたビデオカメラでこの様子を撮影しており、この映像によって、白人警官3人とヒスパニック系警官1人の計4人が起訴された。裁判の結果、キングは巨漢で、酔っていた上に激しく抵抗したため、素手では押さえつけられなかったという警官たちの主張が全面的に認められ(実際は両手をあげて地面に伏せたキングが無抵抗のまま殴打され、医療記録によるとあごを砕かれ、足を骨折、片方の眼球は潰されていたとされるが、裁判では認められなかった)、事件発生から1年後の1992年に陪審員は無罪評決を下した。


(*2)ラターシャ・ハーリンズ射殺事件

ロドニー・キング事件の13日後の3月16日、持参したバックに1ドル79セントのオレンジジュースを入れ、手に支払いのための小銭を握っていた15歳の黒人少女ラターシャ・ハーリンズを、韓国系アメリカ人の女性店主が射殺した。事件の様子は防犯ビデオに収められており、2人は揉み合いになったのちに少女が店主の顔面を4度殴打、店主は床面に激しく転倒させられ、店主は少女に椅子を投げつけた。その後、件のオレンジジュースをカウンターに置いて店から歩いて出て行こうとする少女に対して、韓国人店主は背後から銃を向け、その頭部を撃ち抜いた。女性店主は逮捕されたが、陪審員は16年の懲役を要求していたにもかかわらず、判決は5年間の保護観察処分、およびボランティア活動400時間、罰金500ドルという殺人罪としては異例に軽いものだった。この判決によって、黒人社会と韓国人社会間の軋轢は頂点に達した。


(*3)ロス暴動

1992年4月末から5月頭にかけて、アメリカ合衆国・ロサンゼルスで起きた大規模な暴動。ロドニー・キング事件のLA市警警官に対して無罪評決、ラターシャ・ハーリンズ射殺事件における韓国人店主への異例の軽罪判決が引き金となり、黒人社会の怒りが一気に噴出して起きた事件と言われる。暴動鎮圧のために、4,000人を超える連邦軍(陸軍、および海兵隊)が投入され、さらに司法省が、ロドニー・キング事件について再捜査をアナウンスするなどの努力によって、6日間にわたった暴動はようやく収束を見た。暴動による被害は死者53人、負傷者約2,000人を出し、放火件数は3,600件、崩壊した建物は1,100件にも達した。被害総額は8億ドルとも10億ドルともいわれる。韓国人街は市警が暴動鎮圧に消極的だったと厳しく非難し、また彼らは『無実の我々が犠牲を強いられた責任は市当局にある』と述べた。この事件での逮捕者は約1万人にものぼったが、人種的にもっとも多かったのは44%のヒスパニック系で、42%が黒人、そして9%の白人と2%のその他の人種が含まれていたとされる。(以上、Wikipediaより)



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by yomodalite | 2017-05-01 07:00 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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