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ジョージ・マイケル追悼「Praying For Time」

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今年は最後の最後まで、一時代を築いた人の訃報が続く年でしたが、私の青春時代からずっとクリスマスシーズンの街に欠かせなかった曲を作ったジョージ・マイケルが、クリスマス当日に旅立ってしまうなんて・・・


ジェームズ・コーデン(英国の俳優・コメディアン):僕は物心ついた頃から、ジョージ・マイケルが大好きだった。彼は絶対的なインスピレーションだった。常に時代を先取りしていた。ジョージ・マイケルが「Praying for Time」を書いたのは、今から25年前のこと。でも僕はこの曲のメッセージについて、今でこそ、これまで以上に意味を持つのではないかと本当に信じている。


Praying for Time は、世界的な大ヒットアルバム『フェイス』のあと、1990年に発表された『LISTEN WITHOUT PREJUDICE VOL. 1』のシングル曲。『フェイス』と同じ路線を期待するレコード会社ともめるきっかけとなった曰くつきの作品で、そのあと予定されていた『LISTEN WITHOUT PREJUDICE VOL. 2』の発売も中止になってしまった。



1990年は、世界をリードしていた米国のポップ文化が経済的格差によって変化し、グローバリズムという世界戦略の拡大と共に、徐々に世界の人々の心と乖離していくことになっていく、その最初の年だったのかもしれません。今あらためて聴くと、この曲には、ジョージ・マイケルがその頃感じていた、時代への危機感や違和感が表れているように思えます。


マイリー・サイラス:既に寂しいわ!LGBTQコミュニティーにおいて、積極的に活動してくれてありがとう!ずっと愛しています!


どのコミュニティに属するか決めないと生きられず、それぞれ主張し合うばかりで、大きな連帯のない時代。彼女の世代(choosers)にとっては、ジョージ・マイケルは、LGBTQコミュニティの重要人物なのでしょう。でも、POP黄金時代を作った彼が夢見ていた世界は、それとは少し違っていたような・・







Praying For Time

時への祈り


These are the days of the open hand

They will not be the last

Look around now

These are the days of the beggars and the choosers


気前が良かった時代には、続きがあった

見てごらん

今はひどく貧乏な人と、

自分に合うものだけを選びたい人の時代


This is the year of the hungry man

Whose place is in the past

Hand in hand with ignorance

And legitimate excuses


今は飢えた人の時代

過去の栄光にすがり

無知でつながり合い

言い訳を正当化する


The rich declare themselves poor

And most of us are not sure

If we have too much

But we'll take our chances

Because god's stopped keeping score

I guess somewhere along the way

He must have let us alt out to play

Turned his back and all god's children

Crept out the back door


金持ちは自分たちは貧しいと言い張り

僕らの多くはどれだけ所有しても

実感を持てず

チャンスがあればまた手に入れてしまう

だって神は点数をつけるのをやめてしまったから

僕が思うに、神はどこかの時点で

勝手にやればいいと僕らに背を向け、

神の子供たちを全部連れて

裏口からそっと出て行ったんだ


And it's hard to love, there's so much to hate

Hanging on to hope

When there is no hope to speak of

And the wounded skies above say it's much too late

Well maybe we should all be praying for time


愛することは難しく、憎むことはたくさんあって

なんとか希望を持ちたいと願うけど

語れるような希望はなく

傷ついた空は、もう遅すぎると言う

今はみんなで、もっと時間をくださいと祈るしかない


These are the days of the empty hand

Oh you hold on to what you can

And charity is a coat you wear twice a year


今は持てるものなど何もない時代

ただ手に入るものにしがみついているだけ

そして、施しとして与えられるのは

年に2回しか着ないコート


This is the year of the guilty man

Your television takes a stand

And you find that what was over there is over here


今は罪人だらけの時代

テレビは断罪するけど

画面に映っているものは

こちら側にもあることがわかるだろう


So you scream from behind your door

Say "what's mine is mine and not yours"

I may have too much but i'll take my chances

Because god's stopped keeping score

And you cling to the things they sold you

Did you cover your eyes when they told you


それで、君はドアの後ろから叫ぶ

「私のものは私のもの、あなたのものじゃない」

僕は持ち過ぎているかも知れないのに

チャンスがあればまた手に入れてしまう

神は点数をつけるのを止めてしまったから

人は売りつけられているものにしがみつく

声をかけられたとき、目を塞いでいるんだろうか?


That he can't come back

Beacuse he has no children to come back for


神はもう戻って来れない

彼の帰りを待つ子供たちがいないから


It's hard to love there's so much to hate

Hanging on to hope when there is no hope to speak of

And the wounded skies above say it's much too late

So maybe we should all be praying for time


愛することは難しく、憎むことはたくさんあって

なんとか希望を持ちたいと願うけど

語れるほどの希望はない

傷ついた空は、もう遅すぎると言う

今はみんなで、もっと時間をくださいと祈るしかない


(訳:yomodalite)





LIVE Version(1996)


たくさんの素晴らしい歌を

ありがとう、ジョージ!


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リアム・ギャラガーもこの曲をシェアしてた・・


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by yomodalite | 2016-12-29 12:59 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)

クリスマスに『わたしは真悟』を観に行く

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イブの日は、京都ロームシアターで、ミュージカル『わたしは真悟』を観ました。
真鈴(まりん)役に高畑充希、悟(さとる)役に門脇 麦というキャスティングは申し分のないほどイメージ通り。でも、この作品がミュージカルになるなんて、いったいどんな仕上がりになるのか、まったく想像がつかなかったのだけど、幕が開いてすぐに東京タワーらしき塔が現れて、


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「333のテッペンカラトビウツレ」

という構成には速攻でがっかりしてしまいました。フランス人の演出家を起用したことで、楳図かずおの現代アート界での評価がもっと上がるきっかけになったり、コミック全体を通読すれば10時間ぐらいのストーリーを、140分に凝縮して現代に合わせる、とても困難ではあるものの、今度の指標となるような仕事に期待していたんですが、

概ね原作の筋通りの展開の中で、2016年作品としては必要のないバブル期の日本バッシングなどの設定を残すなど、演出のフィリップ・ドゥクフレは、これまでに培ってきた手法を使って、依頼された仕事をただこなしたという印象で、特にこの原作に思い入れがあるようには思えず・・


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日本マンガが幅広く読まれていると思っていたフランスですが、帰りの電車の中で読んだパンフに、「ホリプロさんが訳してくれた原作漫画を読んで大好きになり・・」と書いてあったので、演出家が自ら選んだ企画ではなく、フランス語版の『わたしは真悟』も販売されていないみたい。

ドゥクフレ氏は、有機物でも無機物でも、人間が表現することにチャレンジしている身体芸術の演出家なので、機械の意志や街の様子、自然現象などは表現できても、真鈴と悟という子供の世界の「愛」や「世界」には手を出せない。そんなことが冒頭すぐの東京タワーになったんですね、きっと。

でもよく考えたら、当時46歳でありながら、これほどまでに子供の感性で作品を創ってしまった楳図かずお氏が、あまりにも稀有なアーティストだったことと、80年代の日本の勢い、その両方が合わさった奇跡をヨーロッパ人が表現することを期待する方が無理だったのかも。

そんな感じで舞台の出来は期待通りではなかったものの、会場は、平安神宮や京都市美術館・府立図書館といった建物の近くで、改装されたばかりのロームシアターも素敵で、同時に開催されていた楳図かずお氏の複製原画展など、イベントとしては充分に楽しめました。


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京都府立図書館&京都岡崎蔦屋書店による選書フェア『わたしは真悟』をもっと楽しむ24冊!というのも紹介されていたのですが、ロボット、SF関連の本が並ぶ中、『結婚式のメンバー』を見つけてちょっとびっくり!それは私のオススメで『わたしは真悟』を読んだ人が、私に薦めてくれた本でもあったから。


結婚式のメンバー (新潮文庫)

カーソン マッカラーズ/新潮社




大阪に帰る電車の中で、これは榊原郁恵から始まった『ピーターパン』ミュージカルの新機軸としてのホリプロの企画で、だから、ピーターパンを演じた高畑充希が主役なんだ、とか、マイケルは『わたしは真悟』読んでなかったのかなぁなどと、いつもながらの想像にふけりながら家に戻ると、大阪駅周辺もご近所もクリスマスでいつも以上に賑わってました。








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by yomodalite | 2016-12-25 18:43 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

和訳 “2000Watts”

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『インヴィンシブル』からの和訳12曲目は『2000Watts』。この曲は、共作者でもあるTyrese Gibson のアイデアから作られた曲で、Tyreseの「Watts」は、彼が育ったロスアンジェルスの黒人スラム街のこと。彼は貧困にあえぐWatts地区のために、「2000Watts」というタイトルの作品を考えていたようですが、このタイトルを気に入ったマイケルは、Tyreseが設立した基金に曲の収益金を寄付し、Tyreseのアルバム「2000Watts」は、インヴィンシブルより後の2001年に発売されることになりました。


また、Tyreseがこのタイトルを思いついたのは、1998年に、科学者たちが増え続けるエネルギー消費の問題に取り組むための「2000ワット社会(2000-watt society)」という政策の影響もあったのかもしれません。


ただ、マイケルの『2000Watts』は、Watts地区とも、2000ワット社会とも関係なく、爆音好きのMJが、復帰作に込めた思いや、また、プレステVRでマイケルが見れたらなぁと思ったファンは多いと思いますが、MJも16年前からその実現を考えていた様子なども伝わってきて、


当時は、今まで聞いたことのない低い声に戸惑い、あまり聴かなかった曲のひとつだったのですが、今聞いても新鮮で、永遠に続く彼の果てしない野望の一端が、エロとおふざけにコーティングされているところもたまりません。


ダブルミーニングな単語の羅列が基本になっているので、訳し方は色々ありそうですが・・・







2000 Watts


Intro(Teddy Riley)

You may now apply (you may now apply)

Your 3D glasses (your 3D glasses)

As we proceed (prepare for proceed)


3Dグラスを装着せよ

我々は、徐々に移行する


2000 watts (2000 watts)

2000 watts (2000 watts)

2000 watts (2000 watts)

2000 watts (2000 watts)

2000 watts (2000 watts)

2000 watts (2000 watts)

2000 watts (2000 watts)

2000 watts (2000 watts)


2000ワットへ・・・


VERSE 1

Bass note, treble, stereo control, how low you go

Just enough to make your juices flow

Press play, don’t stop, rotate, too hot

You feel I’m real

I’m everything you need, so tell me what’s the deal


低音は最高レベルに合わせた、どこまで “下” に行けるかは

君の限界次第だね

プレイボタンを押したら、そのまま回し続けて、熱くなれ

僕をリアルに感じただろう

僕は、君が欲しいものすべて

さあ、なにが欲しいのか言ってごらん


CHORUS

2000 watts, 8 ohms, 200 volts, real strong

Too much of that, fuse blown

Be careful what you say don’t overload

2000 watts, 8 ohms, 200 volts, real strong

Too much of that, fuse blown

Be careful what you say don’t overload


2000ワット、8Ω、200ボルトで、マジ強烈

スゴ過ぎてイっちゃうから

声を出し過ぎないように


VERSE 2

(3D D D D D) 3D, high speed, feedback, Dolby

Release two or three

When I reach I can go ‘til I hit my peak

Compact steelo, chico, D-Lo, highpost lady(*1)

Shorty really wanna be there for me


3D、ハイスピード、フィードバック、ドルビー

2、3曲ブッ放して、そこからさらに頂点まで突っ走る

ミニマムな生活が好きなやつも、少年や、隠れゲイや、お高くとまったレディも

すぐに僕を追いかけたくなるはず


2000 Watts, 8 ohms, 200 volts, real strong

Too much of that, fuse blown

Be careful what you say don't overload

2000 Watts, 8 ohms, 200 volts, real strong

Too much of that, fuse blown

Be careful what you say don't overload


2000ワット、8Ω、200ボルトで、マジ強烈

スゴ過ぎてイっちゃうから

声を出し過ぎないように


We now prepare to take you to the next level (yeaa)

2000 watts, 8 ohms, 200 volts (all right now)

(Are you ready?)

Voltage, high

Aaahh!


我々は、次のレベルへと突入する

2000ワット、8Ω、200ボルト

準備はいいか?

ボルテージを上げて

Aaahhーーー!


2000 watts (2000 watts) (What?!)

2000 watts (2000 watts)

2000 watts (2000 watts)

2000 watts (2000 watts) (dolby®)

3002 watts (2000 watts) (What?!)

2000 watts (2000 watts)

2000 watts (2000 watts)

2000 watts (2000 watts) (Three dimentional)


2000ワット(何だって?!)

2000ワット(ドルビーサウンド)

2000ワット(3D)


3D, high speed (high speed)

Feedback, dolby (baby)(*2)

Release (heehee)

When I reach I can go ‘til I hit my peak(3D, 3D, 3D now)

Compact (come on)

Speed low, she flow (D-Lo)(*1)

D-Lo (D-Lo) 

High post lady (high post)

Shorty really wanna be there for me(Come on, come on, come on)


3D化に、ハイスピードで

反応して、雑音なんかかき消すよ

リリースしたら、そこから頂点まで突っ走るんだ

ぎっしり詰め込んで

スピードを落としたり、彼女に合わせて

音を低くしたりして

お高くとまったレディも

すぐに僕を追いかけたくなるはず


2000 Watts, 8 ohms, 200 volts, real strong

Too much of that, fuse blown

Be careful what you say don't overload(don't you overload)

2000 Watts, 8 ohms, 200 volts, real strong(baby, don't you overload)

Too much of that, fuse blown

Be careful what you say don't overload(don't overload)

2000 Watts, 8 ohms, 200 volts, real strong

Too much of that, fuse blown(baby)

Be careful what you say don't overload

Dance!

Don't you overload

Baby...


2000ワット、8Ω、200ボルトで、マジ強烈

スゴ過ぎてイっちゃうから

声を出し過ぎないように

そして、ダンス!

イキ過ぎには注意だよ

ベイビィ・・・


(訳:yomodalite)

_________


(*1)D-Lo / "down low" という意味と、主に黒人コミュニティで使われる俗語、クローゼットホモセクシャル(カミングアウトしていないゲイ)の男性という2つに意味で使われていると思います。また、CD訳では、Compact steeloをステレオとしていますが、stereoではなく、steelo(=スタイル)です。


(*2)ドルビーは、1965年に設立された「ドルビーラボラトリーズ」が開発した今も幅広く使用されている技術ですが、音声のノイズリダクションが基本なので、このパラグラフでは、そういった意味を加味してみました。


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by yomodalite | 2016-12-21 12:30 | ☆マイケルの言葉 | Trackback | Comments(0)

プリンスに慣れてきたMJファンに止めを刺す(A Case Of You)

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MJファンの友人に、プリンスを慣れさせるという試みは、羽生選手の尽力もあってか、予想以上の大成功で、私の選曲CDを愛聴してくれているだけでなく、『プリンスの言葉』も買ったし、CDも少しづつ集めてるなんていう報告もあるのだけど、



ここで手を緩めることなくw、以前にMJファン向けにセレクトした(→ここ)とか(→ここ)とも、最近発売された2枚組のベストアルバム『4Ever』ともカブらず、しかも、止めを刺しちゃうような・・と考えてみた結果、


全部スローな曲でまとめてみようかな、と。


でも、確かにそういった名曲はたくさんあるものの、Pの場合、最初はすごく穏やかでも、最後の方になると段々ほとばしる魂が抑えきれなくなって絶叫してしまうことも多いw。そこが彼の魅力には違いないんだけど、今回は本当に最後まで静かで、絶叫なしの曲を選んでいったら、これまでとカブらないようにしてるせいもあって、思ったよりも少ない?


ということに、私も初めて気がついたという結果がこちら。


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まずは、プリンスのギターとピアノはどっちが魅力的かというのは、羽生選手の「Let’s Go Crazy」と「白鳥の湖」のどっちが素敵か?を考えるぐらい、悩ましい問題だということが如実にわかる「A Case Of You」これは、超入手困難な『One Night Alone』に収録された、プリンスが敬愛するジョニ・ミッチェルの名曲の一部をカバーしたもの(ほんの少しだけ歌詞が異なる)。






Pは、ジョニに捧げるように歌っていると思うので、和訳はこんな感じ?


I am a lonely painter

I live in a box of paints

I used 2 be frightened by the devil

And drawn 2 those who weren't afraid

Remember when u told me

That love was touching souls?

Well, surely u touched mine

Part of u pours out of me from time 2 time in these lines

U're in my blood like holy wine...u're so bitter and so sweet

I could drink a case of you, darling

And still be on my feet...still be on my feet


僕はひとりぼっちの画家

絵の具箱の中に住んでいて

悪魔にずっと怯えていたから

恐れを知らない人に引き寄せられたんだ

あなたが言ったことを、よく思い出すよ

「愛って魂に触れることでしょう?」

そう、あなたはたしかに僕の魂にふれた

だからあなたの一部がときどき歌になって

僕の中からあふれ出すんだ

そう、あなたは僕の血の中に流れる聖なるワイン

とても厳しいけど、とても優しい

あなたが言うことなら、僕は受け入れられたんだ

そして、僕は今でもちゃんと立っていられる

まだ、立っていられるんだ・・


次に、プリンスのアルバムの中でも特に女子が手を出しにくいジャケセンスが光るセカンドアルバム『Prince』から、胸毛感がみじんも感じられないキュートな「With You」。そして、2010年にデイリーミラー紙に無料添付されたアルバムで、SALEのときにかかってたら、いっぱい買ってしまいそうな感じの曲が多い?『20Ten』から、「Future Soul Song」。90年代からファンになった私にとっては最も思い出深いアルバムとも言える『Emancipation』から、「Soul Sanctuary」。そのあと、2004年に久しぶりにチャート復帰を果たした『Musicology』から、「What Do U Want Me 2 Do?」


次の「Adore」は、ベストアルバムに押すファンが多い『Sign O' the Times』の曲なんだけど、ショートヴァージョンを選びたかったので『The Hits』の方を選択。「When 2 R In Love」は、1987年にリリースされるはずだったのに直前でキャンセルになり、1994年になって結局そのままの内容で発売されたという不思議な経緯をもつアルバム『Black Album』から。ファンキーな曲ばかりの中で、唯一のスローナンバー。


次の「Betcha By Golly Wow!」も『Emancipation』から。ちなみに、このアルバムの頃はプリンスのことをプリンスって呼べなかった時期(The Artist Formerly Know As Prince とか、ホント色々と面倒くさかった・・レコード会社が色々変わった影響は、Pのベストアルバムがいつも90年代以降を無視する理由のひとつでもあり、リマスター版が出ない理由でもあるような・・そして、MJファンもたまにはSONYに感謝した方がいいとか、やっぱりKINGは賢明だったと思うこともw)。


そして、スピリチュアルなアルバム 『The Rainbow Children』から、プリンスの「Remember The Time」と言えなくもない?「Muse 2 The Pharaoh」。胸毛時代の1979年に戻って、「When We're Dancing Close And Slow」のあと、再度『Emancipation』から「Let's Have A Baby」。デビューアルバム『For You』からもう1曲ベイビイ繋がりで「Baby」(赤ちゃんじゃないけどあんまりエロくない)、ふたたび『Musicology』から「Reflection」。そして、またまた『Emancipation』(だってこのアルバム3枚組なんだもんw)から、「The Love We Make」。そして超ヒットアルバム『パープルレイン』の翌年1985年の『Around the World In a Day』から、以前訳詞もした「The Ladder」



当時は、おまけだったけど、今買うと結構高値になってる『20Ten』からもう一曲「Walk In Sand」大好きな『Emancipation』からとうとう5曲目、「Dreamin' About U」。そして、最後も『One Night Alone』から、こちらもピアノが素敵すぎる「U’re Gonna C Me」


惜しくも選外となったスローな名曲の中には、


最後が激しくて止めた、Thieves In The Temple(Graffiti Bridge)、The Beautiful Ones(Purple Rain)、The Holy River(Emancipation)や、曲数の関係で漏れてしまった、June(HITnRUN Phase One)や、The Question Of U(Graffiti Bridge)、Everywhere(The Rainbow Children)あと曲の終わりの無音部分が長くて止めた、Condition Of The Heart とか、最後の曲はインストのVenus De Milo(Parade)もいいな・・とか、他にも色々迷ったんだけど、


よく眠れるような、眠れないような、

夜明けを迎えそうで、終わりも近いような、そんな詰め合わせで、

今後、MJと共にPのことも思い出して欲しいという気持ちを込めてみました♬



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地上での最後のコンサート、
Piano & A Microphone Tourの映像リンク
http://video.usmagazine.com/previews/2Rmbtdsf-qInh6Xrr


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by yomodalite | 2016-12-19 07:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)

和訳 “Heaven Can Wait”

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『インヴィンシブル』からの和訳11曲目。プリンスのあと、マイケルの訳詞を紹介すると、MJの言葉が軽く見えてしまわないか心配なので、ちょっぴり言い訳からw


プリンスが書く歌詞は、彼が尊敬するジョニ・ミッチェルなどと同じく、英米詩人の系譜に連なるものですが、マイケルは大変な読書家でありながら、文学的に評価されるような様々なテクニックをほとんど使っていません。


それは、プリンスが「One Song」で言っていたように「知恵の樹を選ぶ必要はない」ことをプリンス以上に理解し、知恵の樹の実(禁断の果実)を選ぶ前の人間の状態、すなわち「無垢な状態」を学ぶことの方に一生懸命だったからこそ、なんです!(鼻息w)



私は、マイケルの言葉に取り憑かれている人間のひとりですが、彼の言葉の意味を見出すための、メタファーや裏読みといったレトリック分解はまったく意味を成さない、と思っています。KING OF POPの世界は、そのような小さな世界とは無縁だと。


ジョセフ・ボーゲルは『Heven Can Wait』について、

これは、死から逃れたいという欲求についての歌だ。ついに愛と喜びを見つけた男は、それを奪われることを恐れるようになる。・・・曲の最後でマイケルは歌う。「僕たちをそっとしておいて」(しかし、興味深いことに最後の最後にはあえぐように「僕をそっとしておいて」と歌っている)。曲の後半で歌われる痛ましい感情は、真に迫っている。彼が本当に恐れているのは、死ではなく、別れ、孤独に戻ること。『Heven Can Wait』は、時間を請い求める歌ーー何の妨げもなく愛し愛される時間を求める歌なのだ。(『コンプリート・ワークス』より)

と書いていますが、私は、マイケルが別れや孤独に戻ることを、死よりも恐れていたとは思いません。彼にとって別れは、新たな出会いのためであり、また孤独について彼は、

彼女たちは、僕の孤独を分かち合いたがっているように見える。でも、僕は誰にもそんなことは望んでいない。僕は、自分が世界で一番孤独な人間のひとりだと信じている。(『ムーンウォーク』)

と答えていました。


この曲はテディ・ライリーのデモから創られているのですが、「僕たちをそっとしておいて」の最後が、BAD時代のヒット曲「Leave Me Alone」と同じく「僕をそっとしておいて」になっているのは、特にMJらしい部分だと思います。マイケルが歌うと、「ふたりきり」も、「ひとりきり」も、私も、あなたも、生きることも、死ぬことも、溶け合っていくんですよね・・。



自分の愛は惜しみなく与えた、もう神への使命を果たせたのではないかという思いと、まだ永遠の命には足らないのではないか、という不安。そして、あらたに加わった父親として、子供を育てるという役目・・私には、そんなことが交錯して感じられる曲です。






Heaven Can Wait


CHORUS

Tell the angels no, I don't wanna leave my baby alone

I don't want nobody else to hold you

that's the chance I'll take

Baby I'll stay, Heaven can wait

No, if the angels took me from this earth

I would tell them bring me back to her

it's the chance I'll take, maybe I'll stay

Heaven can wait


天使に言うよ、僕のベイビィをひとりにしたくないって

君がほかの誰かに抱かれるなんて嫌なんだ

運に賭けるしかないけど、

僕はここにとどまる、天国は待ってくれる

行けないよ、天使たちが僕をここから連れ去ったとしても

僕は、彼女の元に戻してほしいって言う

運に賭けるしかないけど、きっとここに居られるよ

天国は待ってくれる


You're beautiful, wonderful, incredible, I love you so

you're beautiful, each moment spent with you is simply wonderful

This love I have for you girl it's incredible

And I don't know what I'd do,

if I can't be with you

The world could not go on so every night I pray

If the Lord should come for me before I wake

I wouldn't wanna go if I can't see your

face, can't hold you close

What good would Heaven be

If the angels came for me I'd tell them no


君はきれいで、素晴しくて、信じられないほど、愛してる

美しい君、君と過ごした一瞬一瞬がただもう素晴しくて

僕の君への愛は桁外れだから

もし君と一緒にいられなくなったら

僕はどうしたらいいのかわからない

世界が続くのかさえも・・だから毎晩祈るんだ

もし目覚める前に、主が迎えに来たとしても

行きたくないよ

君の顔を見られず、抱きしめることもできないのなら

天国なんてどこがいいんだろう

もし、天使が来たって、僕は行かないって言うよ


CHORUS


Unthinkable

Me sitting up in the clouds and you're all alone

The time might come around

when you'd be moving on (moving on)

I'd turn it all around and try to get

back down to my baby girl

can't stand to see nobody kissing, touching her

couldn't take nobody loving you the way we were

What good would Heaven be

If the angels come for me I'd tell them no


考えられないよ

僕が雲の上にいて、君がひとりぼっちだなんて

そんなときが来るかもしれない

君が次の愛へと進んでいくなら

僕はなんとしてでも君の元へ戻ろうとするだろう

君が誰かとキスしたり、触れられているだなんて耐えられないんだ

僕らのように愛しあうなんて、誰にもできない

天国のどこがいいんだろう

天使が迎えに来たって、僕は行かないって言うよ


CHORUS


Oh no, can't be without my baby

Wont go, without her I'd go crazy

Oh no, guess Heaven will be waiting

Ooh

Oh no, can't be without my baby

Wont go, without her I'd go crazy

Oh no, guess Heaven will be waiting

Ooh


もう、君なしじゃいられない

行きたくない、君がいなかったら僕はおかしくなってしまう

いやだ、天国に行くのは、もっと後でいいから・・・


CHORUS


Just leave us alone,

Leave us alone, leave us alone

Please leave us alone

Leave me alone

Please leave me alone

I said leave me alone


僕たちにかまわないで

ふたりっきりにしておいて

僕たちだけでいたいんだ

僕にかまわないで

お願いだから、放っておいて

僕にかまわないで、って言っただろう


(訳:yomodalite)


この男性(マイケル?)は、普段から、天使と会話していて、最初、「天使に言うよ、僕のベイビィを・・」と言っているのも、彼女に直接言っているというよりは、ひとりでいるときの感情かもしれませんね。


一番最後の、I said ・・は、天使に言っているようなので、天使のお迎えというシチュエーションと通して、現世の素晴らしさを表現しているというか・・


和訳の気になる点は、いつでも遠慮なくおしらせくださいませ。


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by yomodalite | 2016-12-16 07:00 | マイケルの言葉 | Trackback | Comments(0)

和訳 PRINCE “One Song”

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週末は、羽生選手の活躍で「Let's Go Crazy」を何度も聴かれた方も多いと思いますが、プリンスの訳詞11曲目は、それとはかなり雰囲気の違う「One Song」を。

前回の「Last December」の2年前、1999年12月31日に、プリンスのウェブサイト「love4oneanother.com」で公開されたもので、アルバムには収録されていません。

9分間ほどの曲のうち、歌が始まる前のプロローグ(スピーチ?)が6分ほどもあって、プリンスの曲の中でもっとも「言葉」の多い、まさにメッセージといった感じ。

「読んでいるときは、あなたが知覚している言葉で語りかける声が聞こえてくる」とか、「この目標に反する考えを、非難したり変えさせる必要はない。ただ無視すればいい」など、1999年の言葉ですが、今の時代の方がより強く心に響くことも多いのでは?






One Song


1999... and the illusion continues. One begs to ask - "when will it end?"

1999年 ... 幻想はまだ続いている。

人は願うように尋ねる-「いつ、それは終わるのか?」


Unnatural disasters happen seemingly every week. Train crashes, shootings, nuclear accidents; is there any place of refuge one can flee from this insanity? Very few of mankind's creations r designed to make you feel good, unless you get pleasure from seeing the human body desecrated by guns, explosions, fights, and any other things these so-called "artists" create. In the name of freedom, many have used art as a means to destroy the human mind. As an excuse to continue we hear "Art reflects society".


人為的な災害は毎週のように起こる。列車衝突、銃撃、原子力による事故・・そういった愚行から逃れる場所があるだろうか?あなたが、銃や爆発や戦闘や、その他のいわゆる「アーティスト」が作る、人の体が冒涜されるようなものを見て楽しいと思わなければ、人が作ったもので、あなたを幸せな気分にしてくれるものなどほとんどない。自由の名の下に、大勢が、人の心を破壊する手段としてアートを利用し、「芸術は社会を反映する」という言い訳が繰り返されている。


How many times has this lie been repeated: "creations are not real", they say and yet any one of these people can call to mind images and complete scenes of horror in graphic detail.


何度この嘘が繰り返されたことか・・・「作品は現実とはちがう」なんて言いながら、彼らは恐怖シーンの写実的なディテールにこだわり、人の心に映像を焼き付ける。


They will carry these so-called "unreal" creations around with them for the rest of their lives. These images are now a part of their being. In the name of RECREATION these people in fact are re-creating themselves in their own images. SOCIETY THEN REFLECTS ART.


彼らは人生の残り時間を、そういったいわゆる「現実とはちがう」作品とともに歩んでいく。 そのようなイメージは今、彼ら自身の一部であり、リ・クリエーション(再・創造)の名の下、自分のイメージで自分自身を再創造している。「社会が芸術を反映する」ということ。


In man's decision to further separate from God, his re-creation of himself leaves him in a dysfunctional state of confusion. The mind becomes a burial ground for dead waste.


から離れようとして人が自分で自分を再創造すると、その混乱から機能不全を起こすことになり、精神は不要な物の墓場となる。


Isolated from the wholeness of God, Earth and his fellow brothers and sisters, this man seeks solace in activities he thinks will stimulate his mind. He begins downloading into his brain a series of manmade creations designed to destroy it.


の完全性や、地球や、兄弟姉妹や、仲間から孤立した人は、心が刺激されることだけに慰めを求め、 心を破壊するように設計された人工的な作品を脳にダウンロードし始める。


All manmade creations originate from one of 2 sources: the Tree of Knowledge or the Tree of Life. One of these trees contained deadly fruit, the other - Fruit of Everlasting Life. The one who disregards this fact recreates himself and his kind into extinction.


人が創造するものの原点はすべて知恵の樹か、生命の樹(*1)、そのふたつのうちのどちらか。片方の木には毒の実がなることもあるが、もう片方には永遠に続く命の実がなる。この事実を無視する者は、再創造によって、自身と同胞を絶滅に導くだろう。


Your reading these words on a machine created by man. As you read, you hear a voice speaking to you the words that you perceive. They make sense to you because you understand (stand under) the SPELLing. The words are what binds this SPELL to your illusion.


あなたはこれらの言葉を人が作った機械で読む(*2)。読んでいるときは、あなたが知覚している言葉で語りかける声が聞こえてくる。あなたが言葉を理解できるのはスペルが分かるからだけど、言葉は、文字の配列が、あなたの幻想と結びついたものなんだ。


When you hear the truth, like a memory - you recognize it and this recognition releases you from all illusion. Many languages are brilliant in their attempt to confuse you. con meaning: against, fuse meaning: together. Words and their spellbinding illusions have the power to keep man separate from God.


あなたが読んで聞こえてきた真実、それは記憶のようなものだ。その認識さえできれば、あなたはすべての幻想から解放される。多くの言語は、人を混乱させることに長けている。confuse(混乱)con は「反対に」 fuseは「共に」を意味する。言葉における文字の組み合わせによる幻想は、人を神から遠ざける力を持っている。


You were born in an all-knowing state of mind. The first words spoken to you begin the SPELL. The words come from one of 2 sources: the Tree of Knowledge or the Tree of Life. In ignorance or simply lack of respect for God, many use words that confuse the minds of humans and turn them into projections of their own illusions.


あなたは全知の精神を持って生まれているが、最初に言葉をかけられたときから言葉の呪縛は始まる。言葉の原点はいつも、知恵の樹か、生命の樹か、その2つのうちのどちらかだ。に対する無知か、単なる敬意の不足からか、多くの人間が、人の心を混乱させ、そこに自分の幻想を投影するために言葉を利用している。


Because of this fact, many people grow up and blindly assume their pre-selected role under a dictatorship without even being aware of it. When asked what they are doing here on earth, most will answer with statements that do not reflect their natural God-given desires.


こういった事例から、多くの人は成長すると、独裁者のもとで、前もって決められた役割を、意識もせずに引き受けるようになる。一体この世で何をしているのかと聞いても、ほとんどの人は生まれたときに神から与えられた欲望とは異なる答えをするだろう。


This creates a pyramid-like structure with the dictator on top, and each level under it knowing less and less. Upon reaching the bottom level - which is where the majority is, you will find chaos, disorder, and illusion. With ill as its prefix, illusion is a state of insanity.


独裁者が一番上にいるピラミッドでは、下の階層になるほど、知識や情報は少なくなっていく。大多数の人が属する最下層では、混乱と精神の障害と幻想を目にすることになる。頭に、ill(病)がついてるように、illusion(幻想)というのは狂気の状態なんだ。


In the name of democracy, supreme power is vested unto the people in this insane state instead of God. A future re-created, to be ruled by man, is one of isolation and despair. Returning the leadership back into God will allow mankind to achieve its original collective goal which is union with God.


一方、民主主義のもとでは、に代わる最高権力は、この狂気の状態にある人々に与えられる。人間が創ったルールで、再創造される未来は、孤立絶望でしかないが、リーダーシップを神に戻せば、人類は神と融合して、元のあるべき状態へと戻ることができる。


Ideas contrary to this goal should not be blamed or persecuted - just simply ignored. They originated when man first chose to ignore God's rule. Simply put - in the beginning, the Human was made perfect in God's image. They had no need for knowledge. They were also given freedom of choice.


この目標に反する考えを、非難したり変えさせる必要はない。ただ無視すればいい。そういった考えは、人が神のルールを無視することを選んだときに生まれたんだ。簡単に言えば、はじめに、人間は神のイメージにおいて完璧なものだった。彼らには知識は必要なく、選択の自由も与えられていた。


The Tree of Knowledge and the Tree of Life are reflections of this freedom. The human is now a reflection of their choice. They could have simply chose not to choose. God being centrifugal in nature, freedom was the CAUSE and choice was the EFFECT.


知識の樹生命の樹はこの自由の反映で、現在の人間には、彼らの選択が反映されている。人間には知識の樹を選択しないという選択肢もあった。神は近づこうとすれば遠ざかるものだ。神が遠ざかった原因自由であり、知識の樹選択が今の結果をもたらしたのだ。


In knowing their perfection made in God's image, there was no need to choose. In fact, their were NO NEEDS. There was only love in an all-knowing state before the fall. The worst thing you can do is give up your God-given right to choose. For in it - you can choose not to choose. There in is the final judgement. The illusion ceases and you awaken from your dream. Now the healing begins...


神のイメージで作られた完全を知れば、選択する必要はなかったんだ。実際、まったくその必要はなかった。人間が堕落する以前のこの地上には、全知全能のしかなかった。あなたにとって最悪なのは、神から与えられた選ぶ権利を放棄してしまうこと。その権利の中には、選択しないことを選ぶ権利もあるのだから。それが、最後の審判なんだ。幻想は終わり、君は夢から目覚める。そして、そこから癒しが始まるんだ。


With an all-knowing mind, made in God's image you can create as your Creator - God intended. With love, honor and respect for every living thing in the universe. Separation ceases, and we all become One Being singing the One song.


全知の精神であれば、あなたは創造主である神が意図した通りに創造することができる。 愛によって、宇宙のすべての生き物を尊び、敬意をはらう。分離することはなくなり、私たちはひとつになり、ひとつの歌を歌うようになる。


I am the universe

The sun, the moon and sea

I am the energy

for that is what I believe

I can be contradiction

'cause that is all I see

But I am the universe

And the universe is me

I am the one song (Ah yes)

And that one song is free


私は宇宙

太陽である、月であり、海でもある

私は、僕が信じるものによって

エネルギーとなる

私が矛盾することがあるのは

私がすべてを見ているから

それでも、私は宇宙であり

宇宙は私でもある

私はひとつの歌であり(まさに、そう)

そして、その歌は自由である


All things come from this one song (Yes they do, uh)

The garden and the tree

If everything, everything is present

What is will always be

This here is the first and the last song

And all that come between

When language falls like a wounded soldier

And it's covered by the sea

All the sadness


すべてのものがこの歌から来ている(そう、みんなそう)

庭に木があるように

すべてそうあるように、存在して

常にそうあり続ける

ここにあるのは、最初と最後の歌

そして、それらの間のすべて

負傷した兵士から、言葉が零れ落ちるように

そして、すべての哀しみが

海に覆われているように


All these unanswered questions

Keep me company

(Company, company, company come to me, come to me please!)

Here at the center of it all

(I know)

I know that you can only come from me

(I am the universe)

Yes it will, oh, yes it will

(The sun, the moon and sea)

Where else is it gonna come from but me?

(I am the universe)

Oh my, my my my my my my my universe

(The universe is me)


これらすべての答えのない質問について

僕とつきあってほしい

(仲間、仲間、仲間、私の元へ、私の元へ、さあ!)

ここは、そういったものすべての中心

(わかってる)

僕は、君が、僕から来ているものだと知っている

(僕は宇宙)

そう、そうなるんだよ。うん、そうなんだ

(太陽も月と海も)

それ以外にどこから来ることができる?

(僕は宇宙)

ああ僕の、僕の僕の僕の僕の僕の僕の宇宙

(宇宙は僕)


(I am the universe)

(The sun, the moon and sea)

(I am the universe)

(We are the universe) {x2}

(The universe is me)

One truth (One truth)

One song (One song)

One energy


(私は宇宙)

(太陽と月と海)

(私は宇宙であり)

(私たちも宇宙)x2

(宇宙は私)

真実はひとつ(真実はひとつ)

ひとつの歌は(ひとつの歌)

ひとつのエネルギー


(訳:yomodalite)


「神を信じられないなら、誰を信じられるというのか?」


というのは、1989年の「Trust」(『Batman』サウンドトラック)の歌詞ですが、彼の神への気持ちは、改宗前も後も、最初から最後までずっと一貫したものでした。

神は、人が作った「宗教」のせいで貶められ、また、無神論者は、神を幻想だと考えていますが、プリンスのメッセージを聞いていると、神よりも賢い人間がいると思う方が「幻想」だと思えてきて、私はそれをよくわかっていた彼の方に深い知性を感じてなりません。

____________


(*1)知恵の樹か、生命の樹/聖書の創世記に登場する、エデンの園にあった2本の樹。


知恵の樹は、善悪の知識の木とも呼ばれ、知恵の樹の実(禁断の果実)を食べると、神々と等しき善悪の知識を得ることができる。エデンの園に住んでいたアダムとイヴは、食べることを禁じられていた果実を口にした結果、無垢な心が失われ、裸を恥ずかしいと感じるようになり、神はふたりを楽園から追放した。


生命の樹は、命の木とも訳され、生命の樹の実を食べると、神に等しき永遠の命を得るとされる。


プリンスは、神はこの2つの樹を選ぶ「自由」を人間に与えているのであって(人間には知識の樹を選択しないという選択肢もあった)知恵の樹の実を食べてはいけないという「ルール」を与えられたのではない(最悪なのは、神から与えられた選ぶ権利を放棄してしまうこと。その権利の中には、選択しないことを選ぶ権利もあるのだから)。ただ、現代の世から神が遠ざかった「原因」は、その「自由」であり、知識の樹の「選択」が、今の「結果」をもたらしている。


もし、人間が、神のイメージで作られた完全というものをわかっていたら、知恵の樹を選ぶ必要はない(すでに完全だから)。だから、自分でそれを選べるということが「神の審判」となるのだと言っているようです。


(*2)あなたはこれらの言葉を人が作った機械で読む(Your reading these words on a machine created by man) は、違う訳し方があるのかもしれませんが・・・これは1999年の作品なので、ネットや、電子書籍で読むという意味ではなく、印刷機でできた本なども含まれるのだと思います。


和訳の気になる点は、いつでも遠慮なくご指摘くださいませ。


こちらは、マイケルの「One Song」?



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by yomodalite | 2016-12-12 07:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)

心をさらけだす・・・

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平松洋子氏の『食べる私』に登場して、興味を持ってしまった宇能鴻一郎氏の2014年の純文学作品『夢十夜』をちびちびと読んでみた。


谷崎、三島は雲のかなたにそびえる高嶺だった。しかし、その高みに登る足がかりもなければ、ひきずりおろす手がかりもなかった。ダンテの『神曲・地獄編』で解決した。二人を地獄に放り込んでしまえば、どんな高嶺も眼の下だ。・・・80歳にもなれば、完全に勝手気ままに書きまくれる。エッチ描写が衰えたとみられるか、ますます盛んだと思われるか。いや、いい気分だった。

と、宇能氏はあとがきに書いているのだけど、

谷崎、三島をメインの材料にして、さまざまな著名人を地獄鍋にぶち込込んで、毒々しく煮込んで、かき回したような内容で、たしかに、パラ読みした程度でもエッチ描写はかなりエグい印象。でも、谷崎と三島がお互いのナルシズムについて、地獄で架空対談をしているという「設定」は、宇能氏が巨匠を批判したいがゆえのもので、80歳になっても、自分をさらけだすって出来ないものなんだなぁとか、谷崎や三島や太宰が一流なのは、やっぱりそこなんだよね。と改めて思ってしまう。

昨日読んだ「恥ずかしくて、ほとんど人にしたことがない話」には、「私の嫌いな人」というエッセイが紹介されていた。


それは、ほぼ日塾の課題として書かれた文章で、同じ会社で働く女性ふたりが、お互い相手を嫌いになった理由を語ることによって、自分を見つめ直すことにもなっていて、「自分をさらけ出す」という最初の訓練にもなっているみたい。

心をさらけだしても失うものなんて何もない。何もないのに、何かがあるふりをして行動しないで、本当に大切な何かを手に入れられない。まずは「さらけだす」ことから始まる。僕はほとんどのことを諦めない男だけど、小説家になるという夢は諦めた。そして、そのことへの後悔がないから、今の僕がある。でも、諦めたということはさらけだせていなかった。一体、僕は何を守っていたのだろう。(佐渡島庸平)

自分をさらけ出して書くって、本当にすごくむずかしいことだと思う。自分を率直だと思っている人は、ほとんどの場合、自分にしか興味がなく、そーゆー人は文章を書くことも読むこともしないし・・

ブログでもSNSでも、結局は自分を主張したいという欲求で書かれているはずなんだけど、ネット上の文章のほとんどは匿名にも関わらず、自分が嫌いなことについて書く「嫌流」か、好きなことについて書く「好流」のどちらかになる。

でも、「好き」なことも、「嫌い」なことも、自分自身の内面に関わっているようで、実は、自分が見ている外側の世界のことで、自分を置き去りにしていることには変わりない。

プリンス名言WordsOfPrince
@Princewords1999
カッコよさとは、誰かの尻を追っかけ廻すことじゃない。カッコよさとは、他人全てが愛するようになるまで、自分を愛し抜くこと。"Stlye"より。

Michael Jackson bot ‏
@Michael59273844
「僕を批判したり僕の事をひどく言う人がいるけどそれは仕方ない事だと思うんだ。僕を好きな人がいるなら僕を嫌いな人もいる。もし僕を嫌いな人がいたとしてもその人に対して嫌いとかそう言う感情は持ってほしくない。それは僕の事を悪くいったりするゴシップと同じになってしまうからね」

ふたりを見ていると、自分を愛しているから、人を愛することもできて、だから、自分をさらけ出すこともできる、ような気がするのだけど。



(最高画質1080p60で見てね)


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by yomodalite | 2016-12-08 16:31 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)

和訳 PRINCE “Last December”

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クリスマスソングが流れる季節になりましたが、プリンスの「Last December」を紹介したいと思います。


この曲が収録された『レインボウ・チルドレン』(2001)は、プリンスのアルバムの中で最も宗教的なメッセージにあふれたアルバムだと言われています。エホバの証人に改宗したことが大きな理由だとは思いますが、彼がこれまでの個人的な信仰から、教団の教義や仲間を求めた理由には、生まれたばかりの子供の死や、離婚といった個人的な理由だけでなく、米国の社会状況への彼なりのメッセージではなかったかと、私は思います。


多くの人々が、アメリカの富を享受できた80年代が終わると、政治から理想主義が消え、数多くの小集団がそれぞれの権利を主張するようになっていき、ヒップホップの美学や政治的メッセージは、黒人はより黒人らしさを求めることで、ビジネスにおいても成功できるようになった。それは、マイケルやプリンスが次々と打ち破っていった先に見えていた人種の壁のない世界とは少し違っていて、人種間の対立を一層際立たせることに繋がり、誰もが自由とお金を求める一方で、愛や大きな団結が消えていってしまった・・。


信仰に求めるものは人それぞれですが、プリンスが神への信仰によって、現代の人々に伝えようとしたのは、自由よりも、愛や大きな目標であり、この曲のコーラスのように、


僕らは、お互いを必要としている

僕らは、みんなでひとつなんだ


というメッセージではなかったでしょうか。







Last December


If you're Last December came what would you do?

Would anybody remember to remember you?

Did you stand tall?

Or did you fall?

Did you give you're all?


人生最後の12月が訪れたとしたら、君ならどうする?

君のことを思い出してくれる人がいるだろうか?

君は誇り高く生きて来た?(*1)

それとも堕落した人生を歩んできた?

君は自分のすべてを捧げ尽くしてきたんだろうか?


Did you ever find a reason why you had to die?

Or did you just plan on leaving without wondering why?

Was it everything it seemed?

Or did it feel like a dream?

Did you feel redeemed?


君は死ななくてはならない理由がわかった?

それとも、疑問に思うことなく人生を終えるんだろうか?

なにもかも思ったとおりの人生だった?

それとも夢のようだった?

君は救われたと感じたんだろうか?


In the name of the Father

In the name of the Son

We need to come together

Come together as one


父なる神の名において(*2)

その息子であるイエスの名において

僕らは、お互いを必要としている

僕らは、みんなでひとつなんだ


Did you love somebody but got no love in return?

Did you understand the real meaning of love that it just is and never yearns?

When the truth arrives

Will you be lost on the other side?

Will you still be alive?


君は誰かを愛したのに、報われなかったことがある?

愛に憧れただけじゃなく、その本当の意味を理解したといえる?

真実がこの世界に現れたとき

君は肉体を失った世界にいるんだろうか?

それとも、まだこの地上で生きているのか?


In the name of the Father

In the name of the Son

We need to come together

Come together as one


父なる神の名において

その息子であるイエスの名において

僕らは、お互いを必要としている

僕らは、みんなでひとつなんだ


In you're life did you just give a little

Or did you give all that you had?

Were you just somewhere in the middle

Not to good, not to bad?


これまでの人生の中で、少しは役に立てたと思う?

それとも、自分のすべてを捧げて尽くしてきた?

君は、何事もほどほどに

可もなく不可もなかったのでは?


In the name of the Father

In the name of the Son

We need to come together

Come together as one


父の名においても

子の名においても

僕らは、お互いを必要としている

僕らは、みんなでひとつなんだ


(訳:yomodalite)

__________


(*1)CD訳詞では、最後の12月がやって来たときのことを聞いているという解釈ですが、前の二行は、would you do?、Would anybody・・で、次行は、did you・・なので、ここは時制が変わっていて、 今までを振り返ってどうだった?という意味になるのではないかと思いました。


(*2)Godを父とし、その息子をイエスとするのは、in the name of the Father and of the Son and of the Holy Spirit.(父と子と聖霊の名によって)というように、一神教では一般的ですが、このあとの、We need to come together、Come together as one というのは聖書的ではありません。プリンスは、イエスだけでなく、自分もみんなも神の子供である。だから、Come together as one(僕らは、みんなでひとつなんだ)と言っているのだと思います。


和訳の気になる点は、いつでも遠慮なくご指摘くださいませ。






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by yomodalite | 2016-12-05 07:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(5)

愛の宇宙方程式とヒップホップ・ジェネレーション

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数日前にアップされた、Soul Train Awards のテディ・ライリーのショー、ご覧になりました?

MJメドレーはもちろん、こちらも最近ますます元気なティト兄のギター参加もあって、とにかくテディが今でもすっごくカッコよくて、なんか元気出ちゃったんですけどぉ・・


この頃の黒人音楽には言葉の壁を感じなくてイイよね。

ヒップホップ時代は、メロディよりラップが重要視されるようになって、世代間の差とか、地域差も激しくなり、歌の中に暴力とドラッグが蔓延して、実際に亡くなったラッパーも・・・

それなのに、どうして、これまでの音楽ジャンル以上のビッグビジネスになったのか?

そんな疑問を解いてくれる本になかなか出会えなかったのだけど、この本は、ヒップホップの歴史が丹念に描かれていて、色々と参考になりました。


なじみのないカタカナ用語が多い上に、厚みが5センチぐらいある大書なので、想像以上に時間がかかって、なかなか読み終わらなかったんですが、ようやく、「ミリオン・マン・マーチ構想」が登場する(P643)頃から興味深い記述が増えてきて面白くなってきたんですが、


それにしても、全756ページ(注釈をのぞく)もある本を、643ページまで読んで、ようやく「ミリオン・マン・マーチ」(1995年)って!、ジェイ・Zや、ノトーリアス・B.I.G.が出てくる前に、ヒップホップの歴史ってそんなに長くあったっけって思いません?

記憶の中では腑に落ちなかったものの、スパイク・リー監督の出世作『ドゥ・ザ・ライト・シング』は1989年で、映画では、それまで同じ地区の住民という関係だった韓国系やユダヤ系と黒人たちが分離していく状況を描いていて、その後さらに黒人とユダヤ人の連携関係が崩壊したことがヒップホップ文化の発展にとっては重要なポイントになったことや、

MTVで初めてかかった黒人音楽がマイケルとプリンスだった、というのは有名ですが、そのときMTVや、流行の仕掛け人たちが嫌っていたのは、黒人だけでなく「都会」だった。という話も、なんだか納得するものがありました。

マイケルのヴィデオを初めて見たとき、それを都会的だとは感じなかったけど、当時の他のアメリカンアーティストたちはもっと「カントリー」な感じの人が多くて、「ライブエイド」はロックアーティストたちが仕切った若者のイベントという印象だったけど、「ウィ・アー・ザ・ワールド」は、紅白歌合戦みたいで、なんか古臭い・・・と当時の私は思っていたのですが・・

そんな風に思えた時代のアメリカは、今のようには「分断」しておらず、ヒップホップの仕掛け人たちによる、MTVでラップを流す計画は、マイケルがMTVに登場した数年後にはあって、マイケル以降、それまで消費社会の中心にあったカントリーミュージックは消え、都会中心になっていったんですね。

とにかく取り上げたくなるポイントが多すぎてピックアップするのも大変な大書なんですが、押野素子氏の翻訳がスムーズで読みやすく、ヒップホップの資料という以上に、アメリカの歴史に迫った本だと思いました。


そして、私がヒップホップに四苦八苦しているとき、ダーリンがときどき笑いながら読んでいたのがこちら。

空手バカのダーリンは、読む本の6割以上が「格闘技関係」なんだけど、この分野には、いろいろと変わった方が多くて、この本の著者の保江邦夫氏も数理物理学・量子力学の教授で、少林寺拳法や、大東流合気武術などさまざまな武術を学んだだけでなく、イエス・キリストが直接使用した(!)活人術まで伝授されて、『人を見たら神様と思え』なんていう本も書いておられたり、

比例代表で、日本のこころを大切にする党から立候補されて、落選されていたり、とにかくてんこ盛りな人生を歩まれている方なんですけど、

物理学用語をテキトーに利用して、宇宙の真理を語ってしまうスピリチュアル本は多いですが、理論物理学者の著者が書いたこの本では、受験生時代からここまで、自分の人生がいかにツイていて、スゴい奇跡にいっぱい遭遇してきた、という話が満載の・・・ナンダカンダ笑える本でした。


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by yomodalite | 2016-12-03 07:00 | 読書メモ | Trackback | Comments(0)

映画『シークレット・オブ・モンスター』

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原題は「The Childhood of a Leader」。ジャン=ポール・サルトルの「一指導者の幼年時代」という短編が元になっているらしく、第一次世界大戦後を舞台に架空の指導者の幼少期を描いた物語。

ハリウッドでは、ヒトラーとユダヤ人虐殺に関する映画が繰り返し作られていますが、ここ最近、ヨーロッパでヒトラーの映画が多いのは、反グローバリズムからナショナリズムが台頭しているということだけでなく、独裁者が大勢現れた20世紀をもう一度見直したいという気運があるような気がして、この映画が、イギリス、ハンガリー、フランス合作という点にも惹かれたんですね。

ただ、通常、鑑賞前はできるだけ情報をシャットアウトする私も、この映画の評判が良くないことは、なぜか小耳入ってきて、それを確かめに行ったという動機も少なからずありました。


結論から言えば、そういった評判は間違っていないと思いました。

予告編の情報、

・フランス語を教える美人家庭教師
・政府高官の父親は、子育てを母親にまかせっきり
・美しい母親は、子供の面倒を見ながら「本当は結婚なんてしたくなかった」
・少年は、自分が愛しているのかどうかわからず、教会の教えに反発する
・少年は、美人教師の胸を触って、怒られ、僕は悪い子なの?と問い返す
・両親から「あの子は善悪がわからない」と思われる
・少年:(母と一緒にいる男+父と家庭教師を見て)「ふたりで何してたの?」
・敬意を示せと、少年の部屋のドアをぶち破る父親
・反抗的な態度の息子に「あの子は私たちの手に負えない」
・少年:「神なんていない」「僕は間違っていない」

で、「独裁者の謎に迫る心理パズルミステリー」のパズルは出揃っていて、

これらの組み立てをミステリーというのは、プロットとしてショボいというか、それだけを売りにして、伏線を張ったせいで、驚愕のラストシーンというよりは、え、これで終わり?!という衝撃の方が勝ってしまったような。

一回見ただけの印象では、この映画が「深読み」できる内容かは疑問で、「映画IQが高い」とも言えないのでは?と感じましたが、

ただ、この監督が映画を作ろうとした動機は「深い」と感じました。

まず、始まってすぐに私が「深いなぁ」と思ったのは、少年の父親がアメリカ人で、終戦を迎えた1918年に、パリで行われるヴェルサイユ条約作成のために、アメリカからフランスに送り込まれた政府高官で、

妻で少年の母親は、ドイツ人でありながら、親の仕事で、アメリカやフランスで暮らした経験から3ヶ国語を話せる才女だということ。

1919年という舞台背景から、20世紀の独裁者たちを思い描きがちですが、この設定が、ムッソリーニやヒトラーと全然違うことで、監督が強く「アメリカ」を意識していることがわかりますし、

スターリン、ムッソリーニ、ヒトラーといった20世紀の独裁者たちは、みな貧しい家の生まれですが、上流階級でプレスコットという名前から思い出すのは、ブッシュでしょう。

そういった監督のアメリカへの意識の強さがわかると、母親がクリスチャンで、日々の祈りや、教会に行くことを重要視していても、家を守るとか、夫の仕事のサポートをするなど、妻や、母親といった旧来型の「女の仕事」がイヤで仕方がない様子など、現代アメリカのセレブ妻が、キリスト教ではなくリベラル教で、子供を教育し、移民の女性をメイドにしながら、女性の自由や自立を支持している姿とも重なって見えてきて、

現在、トランプ氏が大統領選を勝利したことによって、南北戦争や、ジャクソン大統領時代がクローズアップされていますが、そのジャクソンの次の民主党大統領が、主人公の父親が仕えるウィルソン大統領・・・

と、そんなことが、この家族を見ていると思い出されて、私は冒頭で、身を乗り出したんですが、そのあとの展開はラストの「ずっこけオチ(と言いたくなるネタに関してはキャスティングにヒントあり)」まで、伏線通りに進んで行ってしまって、ちょっと残念だったんですね。

見終わってすぐに思ったのは、主人公が、実在の人物でないのなら、第一次世界大戦や、ヴェルサイユ条約というはっきりとした年代はいらなかったのでは、ということ。

でも、これを近未来の話として映画化するのは、これがデヴュー作だという新人監督には、やっぱり厳しいのかな・・なんてことを考えつつ、帰宅して、公式サイトを見ていたら、

「Production Note」に、こんな監督の言葉がありました。

2006年の、ヴェルサイユ条約締結について書かれたマーガレット・マクミラン著『ピースメイカーズ・1919年パリ講和会議の群像』を読みました。当時イラクへの侵攻が始まって既に2年以上経過していたこともあり、読みながら今起きている状況と重ねずにはいられませんでした。・・ウッドロウ・ウィルソンの切実ながらも効力のなかった政治活動は。一世紀後でもアメリカの外交政策が一向に進化していないことを、この本は明確に綴ります。そして、両対戦間を経て、ムッソリーニとヒトラーが鋼鉄協約を締結することにより、ドイツとイタリアが軍事的また政治的につながって枢軸国が形成されるまでを読んでいると、現代においても結局同じ事が繰り返されているという思いに駆られました。・・・

ああ、やっぱりそうだったのかと納得。

それと、イギリス、ハンガリー、フランス合作で、キャスティングもヨーロッパの俳優だったのに、監督はアメリカ人だったんだぁ・・と、またまた納得。

音楽が恐怖を煽る雰囲気しかないとか、色々不満は感じたものの、アメリカ人監督がこういう映画を・・という新鮮な驚きもあったり。映画IQ(?)が高いことを自認される方は、試されてみては?


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by yomodalite | 2016-12-01 07:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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