<   2016年 02月 ( 9 )   > この月の画像一覧

f0134963_21291271.jpg


[追記あり・必見です!!!]

この記事にいただいた「素敵なコメント」から、「HIStoryツアー」だけでなく、デンジャラスツアーの、俗に「Brace Yourself」とも言われているオープニング映像についても分解してみたくなりました。


といっても、、


これについては、後半、あの世界をかき回しながらも、ひとつにまとめてしまうような、驚くべきスピンのあと(2:50)、数々のアルバムや、ショートフィルムの映像が点滅するように入り乱れる場面以降を、特によく見てみようという趣旨です。


下の動画は、4:3の画面で高画質という理由で選んでいます。(このオリジナル比率の動画でないと、ちがうものに見える可能性があるのでご注意ください)


設定ボタンで、できるだけ「高画質」を選択し、速度は一番遅い「0:25」で見てくださいね。







さて、この速さで見ると、何度も赤い文字で「Dangerous」と警告されますよね!


そんなこと言われたって、もう後戻りはできないんだ、という方ばかりだと思いますので、先に進みますが ww


まず、最初になにか認識しにくいものがあるのは、Jackson 5の「Christmas Album」の前(2:53)だと思いますが、



f0134963_11385195.png



これは、ジャクソンズの『Can You Feel It』の(1:58)あたりの映像ですね。









この時代のPVとは思えないほどメッセージ性とビジュアル表現が合致していて秀逸な作品ですよね。でも、今回初めてスローで見て、このシーン(3:10)の人の「ポーズ」が気になってしまいました。




f0134963_11440518.png



なんか不思議な形ですよね。これ、なんのポーズなんでしょう??? なんて、うっかり疑問に感じて、ジャクソンズのPVに寄り道してしまいましたが、


《追記》

あむさんより、このポーズは古代エジプトのヘフではないか?というコメントをいただきました(嬉)! 私ももうそうとしか見えないという感じです(コメント欄参照)



マイケルのフィルムに戻って、(3:05)から、マイケルの体が白く光って、星のように四方に飛び散っていくような映像になりますよね。で、そのあと・・・




f0134963_21473029.png


f0134963_21475896.png



これは《拳》ですよね。




f0134963_23442944.png


f0134963_14394689.png



「Brace Yourself(覚悟せよ)」というのは、自分の運命を神に委ねるな、運命は自分自身が切り拓くもの、それを覚悟せよ。というメッセージなんですが、


マイケルはそれを力強い「拳」にこめていたんですね。


確かに、あらためて考えてみると、彼は『Black Or White』の後半でも、夜の街を破壊し、物を壊しただけでなく、常識や良識にも挑戦していましたし、HIStoryティーザーでは、彼がよく腕にしていた「バンデージ(アームカバー)」を、自身の腕だけでなく、兵士たちの腕や銃器にもその意味を重ね、(この記事の注釈参照→)


「You Rock My World」では、「NO FIGHTING」という文字にグラスを投げつけてもいました。マイケルはいつもチャーミングな笑顔でファンを魅了しながらも、ずっと拳を固く握って戦っていた・・・


と、まぁそんな感じで、


わたしにはこれが《拳》にしか見えないのですが、海外の記事では《骸骨》に見えるという意見も目にしたり、こちらのコメント欄で《マイケルの右目》に見えるというご意見もいただきました。


それで、あらためてこの映像を何度も見てみたんですが、この映像のように「親指」を、4本の指と離して握るのはかなり難しいというか不自然ですし、もしかしたら、この形には、なにか別のものに見える工夫が、元々されているんでしょうか・・・


例えば、最近ネットの映像でもよくありますよね。ある人には「白いドレス」に見えるけど、ある人には「青いドレス」にしか見えないとか(→ リンク)回って見える方向が人によって異なる映像とか(→ リンク)


・・・とにかく、私には今のところ《拳》にしか見えないのですけど、他のものに見えるという方、こうすれば違って見えるとか、いろいろご意見いただければ、と思います(ぺこり)



《追記》


鍵コメさんからの情報で、《マイケルの右眼》がどこにあるかわかりました!

こちらは動画では見えないので、是非「DVD」でご確認くださいませ。


◎[Amazon]DANGEROUS ザ・ショート・フィルム・コレクション


(ちなみに、これから購入を検討される方は「Wikipedia」の方が内容がよくわかると思います)



f0134963_13262896.png



まず、上記の(3:40)の場面で一旦停止します。そこからスローではなく「コマ送り」もしくは「1フレーム」ごとに見ていくと、3:41までの間に(3:42になるともう消えてしまいます)、あのキリッとした凛々しい眉毛とともに、マイケルの右眼(向かって左側の眼)が中央に見えてきます。

ね!!! 一旦見えると、スローで見ても感じられるようになりますね。

鍵コメさん、素敵な情報をありがとうございました!

他にもまだ・・という方も、いつでもご連絡お待ちしております。




[PR]
by yomodalite | 2016-02-28 17:00 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(15)

レクイエムの名手 菊地成孔追悼文集

菊地 成孔/亜紀書房

undefined



この本は発売直後2015年の11月に買ったのだけど、最後まで読むのに時間がかかって、読んだあとも、なかなかブログアップ出来なかった。例のごとく、あの人のことで手一杯だったwというのもあるのだけど、この本をどう感じたかとか、どこをピックアップするかとか、そういったことのすべてがむずかしくて、他にも、すごく面白かったのにブログに書いていない本が、菊地氏の場合は特に多い。


以前、山口瞳氏が書かれた『追悼』を読んだときも、まったく知らなかった人の話で泣いてしまうことが多くて、それで本書のことも、少し身構えるような感じでページをめくったのだけど、一番最初の追悼である、「二つの訃報」には、菊地氏の父親と、かつて演奏した経験のある店のマスターの死、そして、次の「というわけで、今週は当欄お休みします」というタイトルの内容は、菊地氏が忙しく(そして喪中のため)ブログの更新ができない、という内容で、その次の「今日で君とお別れ」は、eMacとの「別れ」・・・


若干、気が抜けたというか、追悼って色々あるのね・・なんて思ったのもつかの間、その後はやっぱり、どんどんと人が亡くなっていく。追悼集だから、あたりまえなんだけど・・・


菊地氏にとって、身近な存在だった人と、遠くから影響を受けた人、忙しい日々の中で、様々な人が亡くなって、それに心を動かされながら、今日を過ごしている菊地氏の「生」が生々しく感じられることも・・・


本書に登場したのは、


マイケル・ブレッカーアリス・コルトレーン/植木等/清水俊彦/カール・ゴッチ/ミケランジェロ・アントニオーニ/イングマール・ベルイマン/テオ・マセロ/蒼井紅茶/ウガンダ・トラ/マイルス・デイヴィス/飯島愛/エリオ・グレイシー/忌野清志郎/マイケル・ジャクソン/三沢光晴/平岡正明/武田和命/ジョージ・ラッセル/加藤和彦/クロード・レヴィ=ストロース/浅川マキ/アレキサンダー・マックィーン/今野雄二/谷啓/キャプテン・ビーフハート/エリザベス・テイラー/団鬼六/ギル・スコット=ヘロン山本房江(仮)/ジョン・コルトレーン/ビリー・ホリデイ/レイ・ハラカミ/エイミー・ワインハウス/柳ジョージ/立川談志/川勝正幸/伊藤エミ/桜井センリ/コーリー・モンテース/大瀧詠一/井原高忠菊地潔藤村保夫中山康樹DEV LARGE菊地雅章/相倉久人



山口氏の本と同様、菊地氏の本にも知らない名前がいっぱい登場する(太字が知らなかったひと)、と思ったのだけど、あらためて追悼されている人を書き出してみたら、思ったよりも知っている人の方が断然多かった。追悼の主役以外でも知らない人がたくさんいて、それでそういう印象をもったのかな。


知ってると思ってた人だって、亡くなってみたら、全然ちがう感じで、出会えた。ということを毎日のように経験しているからか、常に身近にいる人以外の「死」は、その人に出会えなくなったわけではなく、これから出会える人、ということもあるのだと思う。


有名人の死に対して「R.I.P」だなんて言ってるのをみると、そんなこと言わなくたって “安らかに眠っている” に決まってるって、思ってしまうのだけど、ここには、それとは真逆の〈追悼〉がある。


本書のどこかをピックアップしておきたくて、色々迷ったのだけど、「クロード・レヴィ=ストロース逝去」っていう文章にしました。理由は、読めばすぐわかります(笑)



◎クロード・レヴィ=ストロース逝去


今、これを書いておりますのは16時55分。非常に美しいタ焼けが新宿を染めています。書いている間に、宵闇は夜へと変わるでしょう。ここ1週間ほどは、映画本の追い込みで、特に、最後に書いた「大日本人」と「しんぼる」への評に時間がかかり・・(中略)・・やっと書き終わったのが11月1日の早朝でした・・(中略)・・それからワタシは仮眠をとってからシャワーを浴び、「ああ。やっと終わったよ。終わった!」とロに出しながら街を歩き、先ず西武新宿の「PEPE」でミュグレーのエンジェルをまとめ買い、それから伊勢丹メンズ館に流れて、アレキサンダー・マックイーンのムートン襟のコートを注文し、靴を2足買い、・・(中略)・・そしてそのまま「映画本が書き終わったら、先ずこれをしよう」と決めていた事を実行しに、半ばフラフラしながらバルト9に向かいました。11時25分からのレイトショーでしたが、100人近い人々が集まっていました。

 

「THIS IS IT」についての詳しい感想は、次のトークショーで松尾さんと西寺さんと一緒に話しますが、とにかく冒頭から泣きっぱなしで崩落寸前になり、物凄い元気が出て笑い。という事を往復しながら、最後はどんどん落ち着いて来て、爽やかな中にもちょっとした重さが残る。といったコースでしたけれども、何れにせよ天才は重力を超える等当たり前(合気道の達人、修行を積んだヨーギ、西アフリカのヒーラーの如く、全く体重と、その移動を感じません)で、重力どころか、「時間」をもコントロール出来るのだと言う事を、嫌と言う程見せつけられました。登場する全員がインターロックし、トランスしているこの映画では、マイケル・ジャクソンが、時間を追い抜き、時間に追い技かせ、時には遡行さえし、常に時間を生み出し、いつでも自由に止められるという様が映し出され続け、ワタシが思ったのはむしろ「よく50まで生きたな」という事でした。ずっとチャーリー・パーカーを思い出していたからです。

 

我々ジャズメン全員が、個々人の程度差は兎も角、国語の様にしてパーカーのフレーズが血肉と化している、起きたら脳内にパーカーフレーズが鳴り、それが一日中続いている。という、パーカーの子等であるのと全く同様の事が、マイケルにも起こっています。パーカーもマイケルも、先生がいません。全く独学で(ジェームス・ブラウンやレスター・ヤングなど、素材はありましたが)全く新しい身体言語を生み出したのです。そして二人とも、派手に飛んだり、浮遊したりといった、ケバケバしいスペクタクルなしの、常に地に足がついている状態で、重力も時間も完全に超越している事を我々に知らせるのです。終了後には(小さく。ですが)拍手も起こっていました。この映画が最も素晴らしいのは、神域にあろうと、人間は人間だ。という当たり前の事を、雄弁に描いている事です。

 

 本を書き終え、目的も達成し、犬荷物と深い溜息を抱え、ワタシは部屋に帰って来ました。そしてレヴィ翁が亡くなった事を、フランスにいる友人からのメールによって知らされたのです。そのメールには「悲しいかな、京都のコンサートは良くなりそうだな」と書いてありました。ペペ・トルメント・アスカラールという楽団は、ワタシの幼少期に於ける「街と映画館」の記憶と、クロード・レヴィ=ストロースの著作から受けたイメージの集積とで出来ており、そして、その初期設定を更新したのが、最新作の『ニューヨーク・ヘルソニック・バレエ』なのです。ワタシが京都公演に「悲しき熱帯〈京都〉」というタイトルをつけたのは、初期設定の更新前と更新後の境界越えを京都で行おうという意図に依る物でした。

 

 アルチュセール、バルト、ドゥルーズ等の時とは全く別の感慨に囚われているのは、神域にある能楽師の舞いにも似た、MJの姿を観て帰って来た事も関係あるかもしれません。レヴィ翁を超える、長寿の知識人は今までもいませんでしたし、これからもいないでしょう。「天寿の全う」という言葉が、どんどん重みを増して行く昨今ですが、レヴィ翁の逝去ほど、この言葉が似つかかしい物はないでしょう。翁の魂はどの地域の、どの部族の空に向かって飛ぶのか。ワタシに出来る事は地に足をつけて演奏し、その魂の行方を心眼で追う事だけです。夜の帳が降りました。ごきげんよう。


(初出「PELISSE」2009年11月4日)


この本には、「マイケルの56回目の誕生日」に引用した記事も収録されていて、その記事のように、曲が手向けられている記事も多い。例えば、エイミー・ワインハウスには、レゲエヴァージョンのクリスマスアルバムから、ザ・シマロンズの「サイレント・ナイト」、ピーナッツの伊藤エミには、ニーナ・シモンの「アイ・ラブズ・ポーギー」が選曲されている。


それで、レヴィ=ストロースの死のBGMには、『THIS IS IT』の全体が流れていると思うと、レヴィ翁の本をもっとも読め、という啓示かも、と思ったり・・・。


でも、ミュージシャンが大勢登場するこの本の中で、曲名がタイトルになっているのは、「ビリー・ジーン」というマイケルだけなのだ。


ずっと不思議だった、あの日の記事のタイトルがどうして「ビリー・ジーン」だったのかは、この本を読了したあとも、やっぱりわからなかった。


◎[Amazon]レクイエムの名手/菊地成孔追悼文集




[PR]
by yomodalite | 2016-02-26 06:00 | エッセイ | Trackback | Comments(0)
f0134963_11460120.jpg


ここまで、ティーザーに引用された映画に潜む《黙示録》や《神話》を探ってきましたが、今回は、マイケルが遺したものから・・・


⭐️ ⭐️ ⭐️


「聖杯伝説」や「アーサー王と円卓の騎士」と呼ばれる神話の中には、登場する騎士たちがもつ様々な《聖剣》が登場します。アーサー王の剣《エクスカリバー》はもっとも有名なものですが、その代表的な伝説には、


湖の乙女から魔法の剣を受け取る

石に刺さった剣を抜いて王になる


という2つがあります。


ジャクソンズ時代のVictoryツアー(1984年)のオープニングでは、騎士に扮したランディが、舞台に置かれた石から剣を抜くことで、勝利(Victory)を宣言していましたよね。






(聖剣のシーンは1:20〜)




ジャクソンズは、ロックの殿堂入りもした素晴らしいグループなんですけど、マイケルの作品を見続けていると、そのクオリティの差に・・なんだかほっこりしてしまいますw このときの演出は、『スターウォーズ』の影響が色濃いものでしたが、でも、ジャクソンズに限らず、欧米人はホント《聖剣》が大好きで、同時代にチャートを席巻し、マイケルとも縁が深いTOTOのアルバムも、聖剣のオンパレードです。



f0134963_11484434.jpg

(1978~1988年までのTOTOのアルバムジャケット)




では、HIStory期のマイケルの「聖剣」や「王冠」の意味は何だったのでしょうか?



f0134963_11495519.jpg

これは、以前も紹介したマイケルの専属画家デイヴィッド・ノーダールによって、HIStoryの約1年前に完成した絵「The Triptych」。



f0134963_12075304.jpeg



右側は、騎士として任命を受けている様子が描かれています。これは、叙任の儀式は、主君の前に跪く騎士の肩を、主君が長剣の平で叩くという伝統に沿っているもので、




f0134963_12085495.jpg


中世をテーマにしたロマンス絵画で有名な英国の画家、Edmund Leightonが、1901年に描いた「The Accolade(騎士の爵位授与)」(この絵の騎士は《鷲》と《月》のシンボルですね)という絵にも同じような場面が描かれていますが、




f0134963_12122156.jpg



騎士の爵位授与は、現代の英国でも基本的に同じスタイルで行われていて、これは、英国の俳優で、スタートレックやX-Menでもおなじみのパトリック・スチュワートが2010年に「騎士(Sir)」の称号を受けたときのもの。彼のように、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで永年活躍した人にはこの称号がよく与えられているんですが、ちなみに叙勲していない「ジョブズ」のものは、これの合成写真ですからね(苦笑)。




f0134963_12133038.jpg


念のため、弁明しておくとw、私はフリーメーソンの肩をもっているわけではありません(笑)。


ある団体はずっと「悪の組織」で、ある団体はずっと「善の組織」なんてことは、歴史においては一度もなく、どんな崇高な志をもって生まれた組織も、必ず腐敗していく。それだけは、長い歴史の中で唯一確かな真実といっていいことで、そこを無視した単純な陰謀論は、メディアの嘘と同じように大きな問題だ、と思っているだけです


ということをご了承いただいたうえで、


マイケルの絵に戻りますが、左側は、王としての戴冠ですね。



f0134963_12155772.jpg



左右ともに《獅子》が背景になっています。キリスト教では、ユダ族のライオンといえば、イエスを指しているのですが、世界中のあらゆる国で、王者や、勇者を象徴するシンボルになっています。




f0134963_12174114.jpg



そして、中央には、聖剣をもつマイケルが描かれ、Dancing the Dream』の詩「ARE YOU Listening?」の一部が書き入れてあります(→[和訳]ARE YOU Listening?)


また背景には《竜》が描かれていますが、黙示録で、大天使ミカエルが戦うのも、円卓の騎士達が戦うのも《竜》です。剣には二匹の蛇がデザインされているようで、これは、エクスカリバーと同類のデザインのように見えます。以前も書きましたが、この金色のマントが「スペードの形」になっていることも、意味があると思います。(→http://nikkidoku.exblog.jp/16382196/)


これらの絵から、「HIStory」製作時、マイケルは騎士に任命されて、竜退治に行き、成功して、王になり、竜を退治した聖剣によって、王国を治める。ことを、自らに課していたように思えるのですが、しかし、当然のことながら、マイケルの騎士の任命は、実際に起こったことではなく、彼の内面をあらわすものですよね。


この絵に書かれた詩には、


僕は粒子 僕は波
光の速度で回転して、変動し、先導する
僕は王子になり、悪党になり、あらゆることを行動し
宇宙では、天の川のその中で、熱狂そのものにもなる・・・


という内容があります。


あらゆるものになる。というメッセージは、映画『ムーンウォーカー』で、子供たちの優しいお兄さんでありながら、妖しげな酒場に行き、犯罪に巻き込まれると、スーパーカーで逃げるのではなく、スーパーカー自体に変身(!)し、少女が捉えられると、助けるためにロボットへと変化し(!)、そこから宇宙船になって彼方に去ったと思いきや、セクシーなロックスターとして舞い戻る(!)とか、マイケルの世界ではよくあることですよね(笑)



でも、彼の詩をいくつも訳していると気づくことですが、多くの場合で、主語や代名詞が変化していくという特徴があります。(これは、ウィラとエレノアの会話でも指摘されています→)


この詩も、このあと、「思索者や、探求者であり、露や、陽の光や、嵐であり、現象となり、砂漠であり、海であり、空でもあり、それらは原始の自己であり・・・」


それは、あなたも、僕もそうなのだ、と。


「あらゆるものになる」というのは、マイケルの信条というだけでなく、私たちへのメッセージでもあるわけです。これは、ティーザーが「自己神格化」だと誤解されたことにも通じることだと思いますがそれは最終的な「ティーザー解読」に再度書くこととして、


次回は、この絵の背景に描かれている、マイケルの《竜》とは?・・・について。






[PR]
by yomodalite | 2016-02-24 12:42 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(8)
f0134963_11173736.jpg


日本映画チャンネルで、49歳までマウンドに立った元中日ドラゴンズ・山本昌と、辰吉とのスペシャル対談を見た。関根勤が場を仕切り、辰吉と同時代の世界チャンピオン飯田覚士もその場にいたのだけど、彼のスーツ姿は一流アスリートというよりは、面接に来た新卒の大学生のようで、ジャージ姿の辰吉とはまるで違っていた。

山本昌と、辰吉は、年齢を重ねてからの練習方法や、いつまで現役を続けるか、など、ふたりは想像以上に共感しあっていたけど、そのあと武豊とのふたりだけの対談では、辰吉は、会話をリードしていたり、武の悩みに、なんとなく「まだまだやな」と思っているような感じもあって、現役のプロとしては、武豊よりも遥かにどん底で八方塞がりに見えても、辰吉の内面には、今の状況でボクシングを続けていることに、光を感じているんだということがわかった。

一時間ほどの番組で、今の辰吉の言葉をたくさん聞けて安心し、試合の映像はほとんどなく、20年間のインタヴューばかりを集めた映画を見ることもないような気がしたものの、すぐ近所の映画館で、監督と辰吉の舞台挨拶があることを知ると、やっぱり観に行きたくなって、慌ててチケット入手を図る。今までどんな素敵な俳優もそんな気持ちになったことないのに・・

でも、翌日の舞台挨拶つきの上映はすでに完売。でも、その映画館は本当に近所だということもあって、挨拶が終わった頃の時間に、映画館の入り口に行ってみた。辰吉に会えるとは思わなかったものの、上映が終わったあとの大勢の観客の様子を眺めたり、会場から出てきた阪本監督の姿に心の中で「ありがとう」って言ってみたりして・・・それで、すっかり観たような気分になって、帰宅した夜、千原ジュニアと阪本監督の「SWITCHインタビュー」(NHK)があった。

番組は、千原ジュニアのお笑いについてのことや、阪本監督の藤山直美を主演にした映画のことや、和田アキ子を撮りたいと思っていることなど、すべてが面白い内容だったのだけど・・・辰吉の映画について、

千原:監督、フィルムで回してはるんでしょ?
阪本:基本フィルム3本だけ持っていて、4本目は予備。フィルムは1本11分。これで勝負する、と。
千原:ほぼ12ラウンドですやん。ロマンチックなことしはりますなぁ。。

というのが、心に残り、翌日の夜、ついに映画をみることに。

インタヴューは、普通の公園とか、辰吉が生活している場所と近いような、なんの絵作りもされていない場所で行われていて、スクリーンには、辰吉の顔ばかりが映る。ここまでの2日間で、テレビでも何度も彼の顔を見て、映画でも、まだ彼の顔に惹きつけられているなんて、熱心なボクシングファンでもないのに、不思議だなぁと思う。でも、阪本監督は、どこかで辰吉のことを「クレバー」だと言っていたのだけど、彼の言葉を、ひとことも聞き逃したくないと思っている自分がいることも確かなのだ。

このブログでは、2008年に、岸本加世子が辰吉のことを書いた本について書いた。


それから今日まで、辰吉について考えたことは一度もなく、格闘家じゃないのに「白いバンデージ」をよく巻いていた人のことばかり考えていたのだけど、あれから、もう8年も経っていて、自分が8年もブログを書いていたことにも驚いたのだけど、でも、今の辰吉をみたかった理由には、そのことも関係があったのかも・・

8年前、辰吉に感じた不安は、2016年は感じなかった。数多くの批判を浴びた辰吉の現役続行だけど、映画には、それで正解だったのだと思わせてくれる、微かな光がある。

自分のお気楽生活と、ストイックなボクサー生活を比べるなんて、すごくおこがましいのだけど、私の子なしの専業主婦生活という、ゴールが見えない生活の中で日々感じていることと、どこか通じているような気がして、それで、きっとこの映画が観たかったのだと納得した。





[PR]
by yomodalite | 2016-02-22 11:01 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
f0134963_16220931.png



HIStoryツアー・オープニング映像を分解してみました。

いくつかわからない点もありますが、「正解」や、「これじゃない?」など、色々とご意見いただけると助かります!






動画は、右下「歯車」ボタンの「設定」で、速度や、画質が変えられます。ぜひ、画質は最高の「720」で、わかりにくい箇所は速度を遅くしてご覧くださいませ。



f0134963_20542763.png
1)巨大な仏像



f0134963_20544571.png
2)キング牧師



f0134963_20551933.png
3)大航海時代? メイフラワー号?




f0134963_22000685.png
f0134963_22021465.png
4)指十字? 菩薩像の指?

下品下生の指の形?(コメント欄参照)
弥勒像の指にしては、
指と指の間が輪になってない気も・・


f0134963_22055494.jpeg
(弥勒像 / 反転)

f0134963_22064651.gif
(弥勒像)





f0134963_20574819.png
5)スフィンクス



f0134963_20583085.png
6)クライスラービル(摩天楼の象徴)




f0134963_20590571.png
7)左側は、自由の女神のトーチ


f0134963_20592921.png
8)ヒストリーティーザーで使われた
ハンガリーの英雄広場の構造に似ている
左が「千年記念碑」で、右は「美術館」のような・・
実際の「英雄広場」では「現代美術館」の方?

参照記事
http://nikkidoku.exblog.jp/24787053/


f0134963_11333640.jpg
(↑↓実際の千年記念碑と現代美術館)
f0134963_11341138.jpg






f0134963_20595325.png


f0134963_21004267.png
ひと回りして、再び「英雄広場」風の場所



f0134963_21010972.png
美術館の中へ



f0134963_21104487.png
9)ヘルメス
蛇が巻き付いている杖は色々あるけど、
上部に羽がついている杖は、ケーリュケイオンと呼ばれるもので、
ギリシア神話における神々の伝令であるヘルメスの持物。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ケーリュケイオン
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヘビ
https://ja.wikipedia.org/wiki/アスクレピオスの杖

ネバーランドのメインハウスの前にも
ヘルメスの彫像がありましたね。


f0134963_11534286.jpg


映像の方がトボけた顔してるのは、
ヘルメスが文化的な神というだけでなく、
トリックスターとしての一面を持っているから・・かなww
そして、ヘルメスの「眼」の中から、美術館へ


f0134963_21114793.png
モナリザ、聖母子、モンドリアン・・



f0134963_21120675.png
10)システィナ礼拝堂
礼拝堂内をゆっくりと旋回し、
右奥の窓から脱出


f0134963_21130284.png
11)煉獄のような場所?



f0134963_21134053.png
We Are The Worldの音楽
さまざまな民族の子供たちの中には少年MJの姿も



f0134963_21142487.png
12)歯車のような映像の後に「砂時計」



f0134963_22133071.png
14)??アインシュタイン??
巨大なメディアセンター
最初に回転した映像
(でも、メガネかけてるようにも・・)

下記は候補者たち

f0134963_10501622.jpg
東京裁判時の東条英機


f0134963_10324710.jpg
HIStoryの曲に名前が登場する
『ジャングルブック』で有名な
作家キプリング




f0134963_21144491.png
14)ガンジー




f0134963_21150588.png
15)モハメド・アリの試合?



f0134963_21153077.png
16)古いSF映画・・『メトロポリス』?



f0134963_21174242.png
17)アラファト
パレスチナ解放機構(PLO)を率いた指導者


f0134963_21180265.png
18)左右と上下が逆になった時計




f0134963_21182272.png
19)マザーテレサ



f0134963_21184732.png
20)ケネディ大統領夫妻




f0134963_21192209.png
21)???宇宙服を着て座っているように
見えるんだけど、後ろの「三角」が・・???



f0134963_21194672.png
22)マルコムX



f0134963_21200709.png
23)インディアンの男(Two Moons?)

参考記事
http://nikkidoku.exblog.jp/18369966/


f0134963_21203272.png
24)ネルソン・マンデラ?



f0134963_21205552.png
25)レーガン大統領


f0134963_19260214.png
f0134963_21212044.png
26)キスシーン


f0134963_10251105.jpeg

追記)エリザベス・テーラーが主演の映画『陽のあたる場所』ではないか、というタレコミ❤️がありました!

観てはいないのですが、関連写真をしつこく見たところでは、男(モンゴメリー・クリフト)が帽子をかぶっておらず、エリザベスとの顔の一致も確定までは・・という感じです。報道写真という可能性もあるのかな・・


追記)『我等の生涯の最良の年』(The Best Years of Our Lives)という映画ではないか、というタレコミ❤️をいただきました。


f0134963_16015306.jpeg


f0134963_16033075.jpg


1946年に公開された米映画で、第二次世界大戦後に市民生活に復帰した復員兵が直面する様々な社会問題を描いた作品。トーキーになってからの興行成績で『風と共に去りぬ』以来の第2位を記録したほどよく観られている作品で、アメリカ国立フィルムにも登録されています。

元海兵のホーマーは戦争で負った火傷が原因で、鉄製の義手をしている。元陸軍軍曹のアルは「豪華なアパート住まい」で快適な生活を送り、「ジャップ」という差別用語を口にする父親から日本刀をプレゼントされたロブは「日本人は家族の絆を大切にすると聞いた」と言い、放射能が広島の人々に与えた影響や、レーダーやミサイルに原子力が結びついたら悲劇になるから人類は共存すべきだと物理の先生が言っていた、と。

他にも「日本やナチスは共産主義を絶滅出来たのに我々は利用されてしまい、無駄な犠牲を払ってしまった」など、戦争が生み出すさまざまな傷を多面的に描いた名画で、キスシーンも有名らしく、内容的にもマイケルが注目しそうな映画なのですが、今のところ、この画像と同じ写真は見つけられませんでした。(https://ja.wikipedia.org/wiki/我等の生涯の最良の年)




f0134963_21221847.png
27)??? 



f0134963_21214351.png
27)???
P.T.バーナムや、史上最大のショウに関係ある?


f0134963_21291939.png
f0134963_22212491.png
28)???



f0134963_21294249.png
29)??アポロ打ち上げを見上げる人々??



f0134963_22244667.png
14)と同じ映像が再び



f0134963_21303062.png
30)???



f0134963_21305195.png
31)???
HIStory曲の登場者から考えると・・
エリザベス女王?
ローザ・パークス?


f0134963_21322051.png
32)天安門事件
中華人民共和国で学生や市民が起こしたデモを
鎮圧するために出動した戦車の前に立つ男は
マイケルのパフォーマンスにも
取り入れられました。


f0134963_09573977.jpg
(実際の写真)





f0134963_21325103.png
33)金網の向こうにいる男
このあともう一回映るんですが誰なんでしょう?
どこかの収容所でしょうか?

f0134963_16063425.jpg
f0134963_21335814.png

33)隣にいる人も含めて誰かな???



f0134963_22034923.png
34)戦争映像が続く



f0134963_22044096.png
35)戦争場面から脱出し、「マイコー!」という声
子供たちの中には、MJショートフィルムも


f0134963_21363823.png
36)イルカと共に山越える
(なんとなくシナイ山)


f0134963_21371428.png
37)コンサート会場が見えてきた



f0134963_16004956.png
f0134963_16000219.png

38)ジェットコースターのレールに変化が・・
ステージが見えてから、
レールと平行にフィルムが伸びてきている。
ショーを映画と同じものと捉えている?



f0134963_21372765.png
コンサート会場に到着


f0134963_21375641.png
MJ-2040と書かれた
ロケットからMJ登場ーーー!!!


[PR]
by yomodalite | 2016-02-17 06:00 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(7)
f0134963_22403268.jpg


マイケル愛が、反ダイエット方向にばかり向かっている今日この頃(ていうか、ここ数年・・)、そんなわけで、今年はバレンタイン・チョコへの気持ちもぐっと押さえたのだ(エライぞ、自分w)。

で、選んだのは、

お店の人に渡されたQRコード入りのカードと、「こちらでストーリーをご覧くださいね」という誘い文句に釣られて、ウィンドウを覗き込むと、

f0134963_22413133.jpg


ニコラ・ビュフとのコラボパッケージがカワイイ、安心と実績のピエール・エルメのショップで、食べ終わった後もイケる感じのお箱も決め手となって速攻決断した、ボンボンショコラ8個入り。

キャラクターストーリーや、商品の中身はこちら→

太陽神ヘリオス由来のエリオス君も、ロクサーヌ嬢も、東洋人ぽくて、カードに書かれている警備ロボット、アタノール3号も「武士のごとく二言はない」らしい・・


f0134963_22431544.jpg
(パッケージは、箱裏のシールまでキレイに剥がせました)


で、チョコを買いに行った帰りは、バレンタインデーが最終日の『アンドロイドでよみがえるダヴィンチ展』に行く。


f0134963_22441879.jpg


ダヴィンチのノートがキレイに再現されていたり、彼の発明アイデアを実際の模型にしたものなどが、撮影自由で見られたりする展覧会で、


f0134963_22445239.jpg


f0134963_22445507.jpg


最後に、ダヴィンチ・ロボットが登場します。


f0134963_22460666.jpg


製作したのは、マツコロイドでおなじみの石黒浩氏ではなく、大阪大学の浅田教授。ダヴィンチロボットは、目の前にスマホをかざしても、「オシャレなスマホカバーじゃのう」なんて、やさしく撮影に応じてくれて(目にカメラが内蔵されてて、人が近づくと、視線や言葉を投げかけるのは「自動モード」、会話は「オペレーターモード」です)、


f0134963_22465379.jpg


かなりの間近で見ても、表情も、皮膚の質感も、想像以上によくできてて、「特殊シリコン」も、表情を動かす「空気圧制御」も、スゴって感じ。

もうアンドロイドと暮らす日は遠くないって感じだったなぁ・・


[PR]
by yomodalite | 2016-02-15 06:00 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)
f0134963_17284247.jpg



[内容を大幅に追加して再投稿しました]私が見た「3Disc コレクターズ・エディション」の1枚目はオリジナル版と特別版、2枚目がコッポラの妻のメイキング『ハート・オブ・ダークネス』で、3枚目は、終盤部分は異なるものの、脚本の90%ぐらいを書いている、ジョン・ミリアスや、主演のマーティン・シーンのインタヴューなどが入っているボーナスディスク。

f0134963_17300192.jpg

「HIStoryと黙示録」の記事内で、コッポラのコメントとして紹介したものは、1枚目のディスクに収録された監督コメンタリーからですが、こちらには、脚本家ミリアスのインタビューから、気になった内容をメモしておきます。


⭐️ ⭐️ ⭐️


ミリアス:ベイジル・ポールドゥリス(『レッド・オクトーバーを追え』の作曲者)は、ルーカスとともに、南カリフォルニア大学で同じクラスだった。みんなが好きだったのは、『博士の異常な愛情』で、それは『地獄の黙示録』にも影響を与えた。


・・・


『闇の奥』は英文学の傑作のひとつだったが、偉大な作家たちを悩ませていた。ベン・ヘクトや、アーネスト・レーマンや他の素晴らしい作家たち・・この本は危険信号を発していた。僕は『闇の奥』が大好きで、17歳の時にこの本を読んだ。僕はビーチから遠ざけるために、コロラドの学校へ送られていた。コロラドの山の中に野放しになった僕は、すぐに山男になった。罠を仕掛け、狩りをして、ジム・ブリッジャーになろうとして、それで『闇の奥』を読むのは素晴らしいことだった。寒い冬にジャングルやアフリカ、コンゴ川のことを読む。雪に埋もれ・・凍えて・・でも同時に自分を山男だと感じた。『闇の奥』の映画化は何人もの人が失敗した危険な作品だが、『闇の奥』の素晴らしさは、ジャングル自体に力があること。そして、それは人を脱落させる。人はジャングルを恐れるから。ジャングルは原始そのもので、その力に自分を捧げねばならない。人は、ジャングルでは暗闇を恐れた子供時代と同じことをする。自分を暗闇に従属させるのだ。ジャングルでは、可能な限り、奥へ入っていく。ジャングルの超自然的な力を恐れるがゆえに、戦いの絵の具を顔に塗る。それで、ジャングルの生き物になり、トーテムをもち、動物になる。そして狼か何かのように吠え始める。僕はこれをコロラドでやっていた。イエティが木の反対側にいると信じて、木にもたれて寝たり、猟銃を持って座り、この力を見た。この原始の超自然的な力。この原始のものが木の反対側にいる。襲いかかろうとする熊、猟銃なしでは対処できないが、猟銃は家に置かねばならず、ナイフだけで眠らねばならない。結局僕は、ナイフを木に刺し、丸腰で眠った。このためには完全に身を任せねばならない。これが『闇の奥』の内容だ。ここから、カーツがこの力に身を任せる案が生まれた。さらに彼はそれと仲良くなり、彼はその一部になった。物語を読み、僕はどの文学作品よりも強く惹きつけられた。君に会う前から、これをやらねば・・マイケル・ハーの記事を読んでも、何かをすぐに始めないとと思った。それから、友人たちがベトナムから帰ってきて、色々な話をした。彼らとじっくり話して気づいたのは、話せば情報が得られるということ。それでベトナム帰りの人を探し始めた。


コッポラ:サーファーは?


ミリアス:数人いた。(ベトナムに)行ったサーファーは少ない。徴兵を逃れる方法を知っていたから。『ビッグ・ウェンズ・デー』でわかるよ。これらの人々と話すときは、出来る限りすべてを収集するんだ。物語をね。そして最終的に・・ジョージ・ルーカスが「これを書き始めるべきだ、君は作家だ、君は書くのが仕事だ、他に誰もいない」と。それで、書くときになって、『闇の奥』を思い、これをベトナムで撮るべきだと思った。『闇の奥』を寓話とするので、読み直そうと思ったが、しかし、読むべきじゃないと思い直した。夢のように覚えていて、きっちり読み返しては、それが台無しになると思った。


コッポラ:哨戒艇で『闇の奥』の川を上る案は、君とジョージ・ルーカスが考えたの?それともひとりで考えた?


ミリアス:僕ひとりだ。ジョージは「ヘリを入れろ」と。


コッポラ:彼は監督をするはずだった。


ミリアス:脚本は誰も書きたくなかった。作家はハリウッドではよく扱われない。英雄は監督だ。次が撮影監督。カメラを持っているからだ。カメラは備品で、人々は備品にこだわる。歩兵部隊なら機関銃を持ちたい、カメラは機関銃だった。


コッポラ:ジョージは、君が書いたら、監督すると?


ミリアス:ああ、いつもジョージが案を出していた。当時僕は自分を監督とは考えていなかった。ハリウッドに行ったことがなかったから、監督というのは黒澤やジョン・フォードみたいな人で、彼らみたいになるだなんて、ハリウッドの質の悪い監督たちを見るまで気づかなかった。


コッポラ:『雨の中の女』の撮影からジョージと戻ったとき、ワーナー・ブラザーズの僕の事務所の隣が編集室で、そのときジョージと君に初めて会ったと思う。(あのとき君は)『地獄の黙示録』の脚本を書いていたの?まだだった?


ミリアス:いや、君が契約をまとめて金を受け取るまで僕の収入はなかったから・・そのときから1ページ目を書き始めた。だが、内容や音楽のメモはたくさんあった。映画中の場面とほぼ同じ場面をつくりあげていた。


コッポラ:『地獄の黙示録』の題名を決めるにあたって、君は『サイケデリック・ソルジャー』という題名を・・・


ミリアス:それは他の人。僕の題は最初からこれ。なぜなら、僕はヒッピーを見ていて、ヒッヒーの時代は急に来て、1965年から急に、良くも悪くもね。僕は信じなかった。ビート族は好きだったけど。ヒッヒーの時代は急に来て、1965年から急に、良くも悪くもね。僕は信じなかった。ビート族は好きだったけど。ヒッピーは、ピースマークをつけていて、その意味は「ニルバーナ・ナウ」だった。今こそ、ハイになって苦痛から脱却しよう。ドラッグを使えば、みんながその境地に、禅を学ぶ必要はない、「地獄から脱却しよう」という感じでね。僕は反逆児だから、それが理油だっと思うけど、戦争の方が好きだったから、ピースマークを変えた。ニルバーナ・ナウから、「アポカリプス・ナウ」という題名を思いついた。これを僕の本かなにかに貼って、持ち歩き、皆が気に入っていた。書き始めるずっと前からね。初めからこれが題名だった。



f0134963_17323161.jpg


f0134963_17324418.jpg


f0134963_17330187.jpg


f0134963_17334805.jpg


コッポラ:映画の始めの方のヘリコプターの場面で、ワーグナーの音楽が鳴って、素晴らしいから、どうやったか聞かれるんだが?


ミリアス:僕はワーグナーが好きで、なぜかヘリの場面で効果的だった。


コッポラ:なぜ、あの曲を選んだ?


ミリアス:脚本を書いたとき、2つのことを考えていた。ワーグナーとドアーズ、この2者を聞きながら、脚本を書き上げた。ドアーズのファーストアルバムをひたすらかけていた。擦り切れるまでね。


コッポラ:ドアーズはベトナム戦争時、人気があった。


ミリアス:ああ、ドアーズは常に・・あれは戦争の音楽だった。ドアーズにそう言ったら、びっくりして、「絶対に違う!正反対だ」って言ってたけど、でも、彼らの音楽が有名なのは、この映画によってだ。


コッポラ:ドアーズは、全員UCLAの映画部の出身。レイ・マンザレクや、海軍将校の息子だったジム・モリソンは僕と同じ学校だった。モリソンは極端に静かで、内省的で、読書家で、特にニーチェの大ファンで、詩人だった。


ミリアス:彼は素晴らしい詩人だ。彼の歌を聴くと、いまだに素晴らしくて・・


コッポラ:僕が我々の企画をワーナーに承諾させ、サンフランシスコに行ったときはどうだった?


ミリアス:君が初めて企画を売り込んだ。我々みんな、映画制作の仕事がなければ、CM制作でネガの編集を続けるしかない状況で、君の案は全員に良かった。大勢の仲間が大スタジオに雇われる。そのときには僕はそこから抜けていた。僕はいうなれば補欠メンバー、君たちが道を開いた正規のメンバーだった。


コッポラ:僕は5、6歳年長だ、それは大きい。


ミリアス:君が僕に「1年間の生活費は?」僕は大胆に「1万5千ドル」君は「あげるよ」信じられなかった。


コッポラ:ジョージ(ルーカス)にも同様の金額か、何がしかの金を渡した。彼はそれを『THX1138』の制作にあてた。『地獄の黙示録』の脚本で、ジョージと共同でやったことは?執筆に関して、彼は介入した?君ひとりなのか?


ミリアス:彼は仕事があり、「がんばれ!」とか、「場面を少し話して」とか、彼は6ページくらい書くまで見てない。


コッポラ:僕もやってないけど、脚本家が6人いて、小さなスタジオだったから。脚本がノッてきたときの様子が知りたい。初期の脚本は盛りだくさんだった。ヘリの戦闘や、カーネッジ中佐とか、執筆作業を教えてくれ。カーツ大佐は、最初からカーツだった?


ミリアス:ああ、彼が「カーツ大佐は死んだ」という場面を入れたがった。


コッポラ:作業はどう展開した?


ミリアス:ある程度順序良く展開した。話が始まれば、川を遡ることは決まっていたから。


コッポラ:4人の乗組員をどうやって船に乗せた?


ミリアス:哨戒船だとわかっていたから、チーフが船の責任者で、クリーンは若いあの男、ブロンクス出身だかのロックンロールで踊り、シェフは僕のお気に入りだった。当時でさえ、理不尽な案・・ソーシエの修行をした男、ニューオリンズ出身で海兵隊に入ったが、食べ物がひどく我慢ができなかった。


コッポラ:ランスは実在のモデルが?


ミリアス:サーファーの人物を思いついた。(ランス役の俳優は)家族がサーファーだから、役を理解できたと思う。無邪気さを持ち続けてくれてね。


コッポラ:それらの登場人物と、哨戒艇、ウィラード、ウィラードは君のスターだね。


ミリアス:ウィラードはある意味、とても複雑な登場人物だ。彼は時代に先行していて、今は、彼についてたくさん書かれているが、当時は説明のない人物。攻撃的でないが、戦争で興奮した。戦争が彼のドラッグ。戦争好きで、他に行くところもやることを知らない。ウィラードには戦争のPTSDがあって、最初の場面では、目的も行き先もわからず連れて行かれれる、まるで、彼がそれを待っていたように。そして、彼は任務を与えられ、それで満足する。映画ができたとき、僕は寂しくなった。僕は君に電話で、「僕は任務が必要だ」君は「分かるよ」って。(コッポラにヘリコプターの場面でのワーグナーが素晴らしいと言われて)今や、ヘリコプターの急襲に、ワーグナーの音楽は欠かせない。2003年のイラク侵攻でも、ヘリコプターは、ワーグナーをかけた。


コッポラ:当時、これを指揮したカラヤンからも興奮したという電話があったよ。音楽の他の部分の使われ方について話したいと。あの手紙があったらね、すごく感応してた。脚本は君からだと言っておいたよ。


ミリアス:キルゴアは《キュクロプス》から思いついた。こっちはオデュッセウスで、キュクロプスに会うんだ。プレイボーイのバニーガールは《セイレーン》。通り抜けるにはキュクロプスを騙さないと。キュクロプスが騙されるのは、サーファーによってだ。そこでランスが出てくる。キルゴアはランスを勇気付けて、この川を上るといいサーフポイントがあるという。


コッポラ:「俺の利き足は左だ」が好きだ


ミリアス:ああ、キルゴアが、サーフィンに興味があるのは道理にあう。キルゴア登場の別の理由は、6日戦争の話になるが、アリエル・シャロンの記事を読んだんだ。彼は武装侵入で、アカバに侵攻したとき、武装侵入だ。この攻撃はアカバまで至った。戦車から降り、素潜りをして、アクバ特有の魚をモリでつき、焼いて、指揮官たちとそれを食べた。エジプトの戦車が後ろで火を吹いている、彼は「我々は敵を破壊するだけでなく、敵の魚まで食い尽くした」。そこから敵を全滅させ、敵地でサーフィンする案が生まれたんだ。


僕はカリフォルニアで、戦争が起きることを考えた。ある意味第二次大戦のようで、でも、映画の中で戦うのは、ブロンクス出身者や、ブルックリン、それか中西部で、地元出身者は戦わないんだ。当時の文化の中心はヒッピーのカリフォルニアで、全世界がビーチボーイズで、ドアーズで、すべてがカリフォルニアだった。だから戦争もカリフォルニアで起こる。冒頭でヘリと炎の映像が絶え間なく続く。ロケット弾の爆発で炎上して、でも人々の頭には、ピースマークが描かれているんだ。「平和は武器よりも強し」みたいなね。ヒッピーの音楽を聴いたり、カリフォルニアの文化と、古い歴史の衝突が起きるんだ。チンギス・ハーンに抵抗し、ベトナム、インドネシアはフランスに抵抗した。中国にもすべてに抵抗した。今は共産主義者の薄い皮をかぶっているが、奥底には東洋の神秘主義がある。すばらしく不可解な東洋の性質。それがカリフォルニアにやってきた。ロック音楽やドラッグや武器もある国に対抗する・・


コッポラ:君が書いたセリフで、君も人から聞いた話だそうだが、「爆弾で人を殺せと教えられるが、機体にファックと落書きをするのは許されない」


ミリアス:その数年後、僕は「砂漠の嵐作戦」時に、バーレーンの海兵隊空軍基地へ行った。航空機と海兵隊、彼らは戦いに勝っていたから。航空機は制空戦闘機、どれもぐれーで機体横に番号とかが書いてある。機体を見分ける方法は、書いてあるパイロットの名前だ。バード・なんとか、とか、英国人のところに行くと、裸の女性が助手席にいたり、色々と・・不道徳なことが・・英国人は厳格だったけど、アメリカ人は容認できなかったんだね。一方で人々を焼き殺したりしていたのにね。


コッポラ:君がどうやって脚本を作り上げたかを話そう。初稿を書き上げた。今それを書いている最中とする。「プレイボーイ」のバニーガールは?


ミリアス:ああ、我々は・・ただ理論的に、このショーのアイデアは、セクシーな女の子たちが連れてこられ、明日をも知れぬ命の多くの男の前に提示され、男たちにはなくすものはない。彼女たちを取らない方法はない。この手のことはたくさん起こったに違いない。これは聞いた話ではない。聞いたのは皆、国から来た女の子を見て、すごく幸せだった、見るだけで気持ちがよくなったということ。だが、欲望はあっただろう。彼女たちはセイレーンだから。彼らが触らない、初めのヴァージョンが好きだ。セイレーンに触れたら、岩になるからね。


コッポラ:初めのヴァージョンで編集で抜いた場面だが、でも君の脚本にあったよね?


ミリアス:ああ、最初のヴァージョンにね。あれがなくなってほっとした。(中略)これが映画制作のおもしろさ、映画が作られ、我々はすべてをやった。多くのことをやった。(中略)ジョージは、『アルジェの戦い』のような映画にしようとしていた。でも、彼はすでに『スターウォーズ』が始まっていて、『アメリカン・グラフティ』もあった・・・





[PR]
by yomodalite | 2016-02-14 17:44 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)
f0134963_12192845.jpeg

④の続き・・・


前回、ルーカス監督が、ジョーゼフ・キャンベルの神話学から『スター・ウォーズ』を生み出したことを書きましたが、コッポラの映画には、神話学において、キャンベルの先達であるジェームズ・フレイザーの『金枝篇』と、ウェストンの『祭祀からロマンスへ』が効果的に使われています。


エンディングを間近にして、この2冊が登場した意味を解説するために、騎士物語について、もう少し説明しますね。



◎アーサー王物語と、聖杯伝説


アーサー王は、ブリテン王である父が、魔法使いマーリンの助けで貴婦人と同衾して誕生したと言われ、若くしてブリテン王となったアーサーは宝剣エクスカリバーの力で諸国を統一すると、貴族の娘グィネビアと結婚し、これを甥のモドレッドにゆだねてローマ遠征の途につくが、留守中、モドレッドが反逆し、王位と妃を奪われてしまう。アーサーは遠征を中断して帰国し、モドレッドを討つが、自らも致命傷を受け、不思議な島アバロンに去った。


アーサー王の城(キャメロット)には、大勢の円卓騎士たちがいて、彼らによる建国物語や、武功と愛の物語、また、キリストが最後の晩餐に用い、十字架上のキリストが流した血を受けたとされる聖杯(Holy Grail)の行方を探求するのが騎士の使命であるという「聖杯探し」の要素も織り込まれ、これらすべて総称して「アーサー王伝説」と呼ばれている。


アーサー王物語はさまざまに発展し、円卓騎士たちの物語である、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の悲恋物語や、『ランスロット』などの騎士ロマンスだけでなく、キリスト教神秘思想を導入したクレチアン=ド=トロワの『ペルスバルまたは聖杯物語』や、ドイツの詩人ウォルフラム・フォン・エッシェンバハの『パルツィヴァール』などのように、騎士たちが、血を流す槍と、聖杯を発見すること。このふたつによってその国が栄えるという聖杯信仰をも生み出しました。



◎病める王と荒地(Wast Land)


騎士ペルスバル(パルツィヴァール)は、漁夫王(漁師の親方ではなく、王様の名前w)の城で、血の滴る槍と、光る聖杯について見聞きしたものの、心に抱いた質問を口に出すことはなかった。これが失敗の原因だったと後で知ったペルスバルは、聖杯探索の旅に出る。《漁夫王》(Fisher King)は、癒えない負傷を得たことから、不具の王、病める王とも呼ばれ、王が病むことで、王国も病み、肥沃な国土は《荒地》(Wast Land)へと変わってしまう。勇者である騎士たちは、王の病を癒すために《聖杯》を探しに行き、それを持ち帰ることで、王と王国を癒そうとします。


騎士物語にあるふたつの重要な要素は《戦い》と《探究》なのですが、騎士は、聖杯を探すだけでなく、《ある問いを正しく問う》ことも重要なんですね。


しかし、キリスト教国の現実においては、美しく彩られた騎士物語は、各地で残虐な殺し合いをする兵士や、海外の品々を奪い取って持ち帰る商人たちに、肉体も精神も知識も優れたもっとも素晴らしい民族という意識を与えることになり、自分たちが、その精神によって世界を支配する、ことに疑いをもつことなく、異文化の人々への野蛮な行為を助長する手助けにもなっていました。


そういったヨーロッパの裏面に触れ、通俗小説として描いた最初期のものが、『地獄の黙示録』の原作である『闇の奥』(Heart Of Darkness, 1902出版)であり、20世紀最大の詩人と言われるT.S.エリオットの長編詩『荒地』(Wast Land, 1922年出版)は、第一次大戦後、ヨーロッパそのものを《荒地》と表現し、その少しあとに書かれ、映画の中でカーツが朗読していた『空ろな人間』という詩は、『闇の奥』の登場人物、Mr. クルツが、死んだ。から始まるものでした。




◎『金枝篇』と『祭祀からロマンスへ』


そして、コンラッドの『闇の奥』と、T.S.エリオットの『荒地』に大きな影響を与えた研究書が、カーツの部屋にあった2冊の本、ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』(初版1890年)と、ウェストンの『祭祀からロマンスへ』(1920年出版)です。



f0134963_12465389.png


『金枝篇』について、ターナーの描いた美しい絵だとか、金枝とはヤドリギのことで・・ネミの森がどうしたこうした・・なんていう説明をすればするほど、『地獄の黙示録』との関係がわからなくなるので、結論部分のみ、超あっさり風味で説明すると、


イエスが十字架に架けられた後、復活したという奇跡の物語は、世界各国の未開部族における生贄の儀式(祭祀)や神話と同じであり、人々は、常に、神(王)を殺すことで、その地を再生してきた。


ということ。これは、もっとも優れた民族で、未開部族を自分たちが啓蒙することで目覚めさせようという意識でいた、当時のキリスト教文化圏の人々にはショッキングな結論だったのですが、フレイザーの研究に多大な影響を受け、その祭祀についての見解は、聖杯ロマンスも同じであると結論づけたのが、ウェストンの『祭祀からロマンスへ』で、ウェストンの結論をこれまた超訳すると、


王が病むことで、王国も病み、荒地(Wast Land)へと変わってしまう。それを癒すために、「聖杯」を探して、王と王国を建て直そうとするヨーロッパの基本となった騎士たちの物語は、病んだ王を殺すことで、国が病むことを防ぐ。新しく王となる者は、その聖なる力を受け継ぐために、王が自然死を遂げる前に殺さなくてはならない。そして、王を殺した者が、次の王となる。という、未開の村のシステムの中で、王を殺す勇気をもった若者と、それを望んだ人々の気持ちを癒すための儀式が基になっていた。


ということです。


こういったことは欧米の本を読む習慣のある知識レベルの人々にとっては、知っていて当然のことなんですが、これらは、カーツが単純に騎士道精神を信じていたわけでなく、彼がどれぐらい自己探求をしていたか、を示すための「小道具」であり、また、エンディングのウィラードの行動を予告するものにもなっています。



◎カーツとウィラードの狂気と嘘と欺瞞


カーツは、他者のために自分を捧げるという英雄に憧れていた。彼が38歳で空挺部隊を希望した理由には、キルゴアのシーンで見られたように、奇襲作戦しかない現代の騎兵隊に、自分なら戦闘の合理性や美しさをも指導できるという思いからだったのでしょう。しかし、彼の作戦は、上層部に独断的行為とのみ受けとめられ、戦争の中での「殺人罪」という理不尽な罪を負わされる。それは、現実社会が認める以上の、つまり、神話的な英雄レベルの苦悩で、地獄を知らぬ者に、何が必要かを、言葉で説いて分からせることは不可能だ」という彼の言葉には、それがよく表れています。ただ・・・


カーツは、ウィラードに「君のような人間が来ると思っていた」といったとき、


1)司令部の偽善的倫理を超えて正しいことをした自分を理解してくれる人間が現れて、自分の真実を息子に伝えてほしい。


2)村で、今や「病める王」となった自分を殺し、その若者に新たな王になって欲しい。


という、2つの希望をもっていた。


一方、ウィラードは、司令部の人間に、


この戦争ではいろいろな混乱が生じている。権力と理想、古い道徳観と現実の作戦行動、彼は現地人の間に入り、自ら神となる大きな誘惑に負けた。人間の心には戦いがある。合理と不合理、善と悪、善が勝つとは限らぬ。誰にも理性の限界がある。君にも、私にも。カーツは限界に達し、完全にイカレてしまった。彼の行動は良識による抑制を失い、人間の行ないとしていささかの容赦の余地もない。カーツの情報を集めながら、その行方を追い、発見次第、いかなる手段を使おうとも、「抹殺するのだ。私情を捨てて」


と言われ、戦場の英雄を「殺人罪」で処刑しようとする司令部に疑問をもったものの、命令を拒否することなく、カーツを追って旅にでる。しかし、カーツの経歴を辿っているうちに、彼が自分の損得からではなく、軍に復帰していることや、司令部が不健全だといったカーツの作戦が、的を得たものであったことがわかり、腐っているのは、司令部やさらに上の人々だと感じ、カーツへの共感が増す。


しかし、様々な困難を乗り越えて、カーツの王国に到着すると、


「君は考えるか? “真の自由”とは何か 他人の意見にとらわれぬ自由、自分からも解きはなれた自由とは何かを?」


と質問されても、ウィラードは命令だとしか答えられず、また、これまでカーツのことを考えてきたにも関わらず、なにも質問することができない。


カーツは、自分がたどり着いた地点を理解してくれる人間に、あとを継いで欲しいと思っている。でも、カーツが自分を殺す者を待っていたのは、本当に自分の王国の行く末を心配しているからだと言えるでしょうか? 


「息子よ、頼りが途絶えて、母さんも心配しているだろう。面倒なことになった。私は殺人罪に問われている。4名の二重スパイを処刑したからだ。我々は数ヶ月かけて証拠を固め、その証拠をもとに軍人として行動した。告発は不当だ。この戦いのさなかに、どう考えても正気の沙汰とは思えない。戦争には憐れみの必要な時がある。また冷酷で非常な行動が必要な時もある。だが多くの場合に重要なのは、なすべきことを冷静に見きわめて、沈着にためらわず、すみやかに、行動することだ。お前の判断で母さんに伝えてくれ。私は告発の件など気にしていない。私は彼らの偽善的倫理を超えたところにいる。ーー 私が信頼する息子へ。愛する父より」


カーツが息子に書いた手紙で、息子に「なすべきこと」だと言っているのは、軍人としての正しい行動を指していて、彼が軍服や、名誉勲章を大事にとってあったのも、自分のこれまでの戦いをまちがっていたとは思っていないことを示している。おそらく、非常に知的で、人格にも申し分のない軍人だったカーツに欠けていたのは《政治力》で、それは、戦争の意味や勝敗を常にわかりにくくする・・・


ナポレオンのしたことは、当時のフランスの栄光のためだった。しかし、ナポレオンが、ヨーロッパ全体にもたらした荒廃はひどいものであり、それは、ヒトラーにも同じことがいえる。カーツの判断が、軍人としての範疇にとどまるなら、それは、時と場所を越えれば、必ず矛盾をはらんだものになり、彼自身、ベトナムや、カンボジアの人々の方に理想の軍人を見るようになっていく。


そして、教義とか、政治信条だけでなく、選んだ職業倫理や、幼い頃から「こうしなくては・・」と思っていることが絡みあい、「絶対こうしなくてはならない」という結論を見出してしまうんですね。人というのは・・・


カーツは、自分を理解してくれる者を求めているが、その苦悩に魅せられ、自分に従おうとする者ばかりが増えていく。しかし、カーツは彼らを指導することに、もう未来を感じることができない。なぜなら、彼にはもう戦う目的がなくなっているから。彼が軍の理想を書きつらねた文章にあった「爆弾を投下してすべてを殲滅せよ」の文字には、その気持ちが表れている。カーツはこのジレンマを解消するために、《王殺し》を行う若者を待っていた。そして、自分を追ってきたウィラードに最後の期待をかけるものの、彼の答えは、カーツを満足させるものではなく、“ただの使い走りの小僧” だと失望する。


でも、ウィラードも実際のカーツを見て失望していた。彼は、なにかはわからないものの、カーツに期待していた。しかし、カーツがウィラードに言った言葉・・


「私を殺す権利はあるが、私を裁く権利はない。言葉では言えない。地獄を知らぬ者に、何が必要かを、言葉で説いて分からせることは不可能だ。・・・恐怖とそれに怯える心、両者を友とせねば一転して恐るべき敵となる。真に恐るべき敵だ・・・持つべき兵は、道義に聡く、だが同時に何の感情も感情も興奮もなく、原始的な殺人本能で人を殺せる男たちだ。理性的な判断を持たずに、理性的な判断が敗北を招く」


それは、司令部が自分に言ったことと同じ。ただ言い方を変えただけだった。


ウィラードはカーツの王国にたどり着き、その混乱した世界に言葉を失う。これまでの戦場と同じように死体があふれていただけでなく、もっと理解のできない不気味な世界は、ウィラードをこれまで以上の不安に陥れた。それで彼は、当初は疑問に思った司令部の命令を遂行することで、この旅を終わらせようとする。彼は、自分自身を探究して結論を出したのではなく、誰もが、そしてカーツ自身も望んでいるのだから・・と納得する。


つまり、ウィラードは、疑問を感じた、司令部にも、カーツにも《ある問いを正しく問う》ことをせずに、王殺しを行ってしまったのだ。カーツ殺しは、ウィラードの原始的本能を目覚めさせ、殺人は古代の儀式のように行われる。でも、彼は、その儀式に込められた《破壊と再生》を信じていないし、それは、神話に似せただけの行動で、そこには「光」がない。



f0134963_13175874.jpg

カーツの最後の言葉は、「horror horror(地獄だ、地獄の恐怖だ)」


殺されることを待っていたカーツには、死への恐怖はなかったはず。いざ、死が目の前に迫ってみると急に怖くなった、というのとも違うでしょう。「horror horror」は、カーツ自身が「恐ろしい」と感じたのではなく、人が生きることや、行動原理は、恐怖に基づいていて、人生はホラーに等しい、という意味ではないでしょうか。


そして、結局ウィラードが、カーツ殺しを決めたのも「恐怖」からだった。ふたりは、自ら戦場に魅せられて行ったはずなのに・・



◎「解読『地獄の黙示録』」との解釈の違い


4年ほど前に、立花氏の本を読んだとき、わたしはまだ、聖書も、『闇の奥』も『金枝篇』も『祭祀からロマンスへ』も、エリオットのことも、『地獄の黙示録』との関連がわかるほど理解していなかったのですが、数年かけて、これらの本を読み、ようやく少しはわかるようになったと思い、それで、この⑧を書く前に、あらためて、立花氏の本を読んでみたところ、氏が言っていることは、たしかに「知ったかぶり」ではないことがわかり(何様ww)、何度も「誤訳」を強調する割には、全然正解訳を書かないとか、その他いろいろ卑怯wだと感じる点は以前と変わらずあったものの、意外にも自分が理解したことと一致している点も多くて、驚いたり、がっかりしたりしたんですがw、エンディング部分の解釈で、どうしても納得できないという箇所が・・(嬉w)


・・・チャールズ・マンソンの大量殺人とカーツ王国のどちらも、weird という言葉で、シェフは表現するが、カーツが原始的本能を使って、シェフの首を斬り、その生首をウィラードのひざの上に投げ出す場面の、あのカーツの顔と、決意の場のウィラードの顔がいかに質的にちがうか、説明の必要はあるまい、ウィラードは、最後まで人間としての正気を保ってカーツを殺したのである。(p114)
カーツ殺しを果たして、寺院の前に出てきたウィラードは、民衆から、新しい王として迎えられる。カーツの子供たちは、いまやウィラードの子供たちになったのだ。・・彼は何を迷ったのか。彼もまた、自分が神になれる可能性を前にして、その誘惑に動かされたのだ。しかし、騎士に与えられた最後の試練もまたウィラードは切り抜ける。彼は無言で武器を投げ出し、即位したばかりの王位から退く。・・つまりコッポラは『荒地』を下敷きとしながら、これもまた根本的なところで換骨奪胎してしまったわけだ。彼にとっては「荒地」はカーツの世界なのである。(115 -116)


ウィラードが人間として正気? 騎士として正しい行動をとった?


人間の顔はいかなるものより多くのことを表現するという。あのウィラードの顔にこめられたものが、コッポラの観客への最大のメッセージなのである。そして、それが「荒地」への雨をもたらしたというのが、彼の寓話である。(p118)


私も、この映画は『闇の奥』よりも、構造的にエリオットの『荒地』に似ている部分が多いように感じますし、黒澤明をこよなく尊敬するコッポラが、雨のシーンに思い入れがあるのも間違いないと思います。そして、殺しに向かうウィラードが決意を固めた戦士の顔であったことも間違いないでしょう。でも、殺しを終えて、船に戻ってきたウィラードの顔に、光があったでしょうか? 上記に書いたように、私は、ウィラードは、「ある問いをきちんと問わなかった」ことで、騎士として失敗していると思います。エンディングで、オープニングと同じドアーズの「THE END」が流れ、ウィラードは翌朝、オープニングとまったく同じように目覚め、これからも覚めない悪夢を繰り返す姿が見えないでしょうか。そこには、終わりのない地獄しかない。


彼は命令を果たし終わったことで、また《空ろな人間》になってしまった。そして、雄々しく刀を振るった彼に、司令部からの通信が響く「こちらオールマイティ、哨戒艇ストリート・ギャング、応答せよ」



f0134963_12260459.jpg


カーツを神となる誘惑に負けた狂人だという司令部は、自らを「全能(オールマイティ)」だと言ってはばからず、地獄の底まで旅をしたウィラードは「チンピラ(ストリート・ギャング)のまま。もう一度繰り返される、カーツの最後の言葉「horror horror」は、ここでは、ウィラードの言葉のように聞こえる・・「彼の物語は、俺の物語、彼の物語が懺悔録なら、俺のも同じだ」。冒頭の、事を成し遂げたあとの独白でも、ウィラードはそう言っていた。



立花氏は、この雨の意味をさらにこう解釈している。


ラストシーンで、カーツを殺したウィラードは、群衆の中にわけいり、原住民の中にいたランスの手をつかんで、引き出し、いっしょにパトロールボートに乗る。そのとき雨が降ってくる。ランスは雨に顔をぬらして喜ぶ。・・このシーンは病める漁夫王が癒されて、「荒地に雨が降り、世界が救済される」という神話のシンボリックな表現である。ここで、「L.B.ジョンソン」の名前が意味を持ってくる。L.B.ジョンソンこそ病める王だったのである。L.B.ジョンソンが戦争の狂気から抜け出したときに、世界は救済され、雨が降ったのである。

病める漁夫王が癒され、荒地に雨が降り、世界が救済される。というのが、神話のシンボリックな表現なのはわかるつもりですが、このシーンがそうだと言うなら、何が救済されたと、立花氏は言っているのか?

このあと、1965年にベトナム戦争が本格化し・・・1968年にジョンソン大統領が北爆を停止し、北ベトナムに和平交渉を開始することを提案するとともに、次期大統領に出馬しないことを言明した。実際にはそのあともベトナム戦争は続き、次期大統領のニクソンもベトナム和平を公約したにも関わらず、すぐには終結させず、その後4年にわたって、北爆再開、ラオス、カンボジア進行など悪あがきを続け、死傷者が30万人を超え、国内の反戦運動が百万人単位の人を集めるようになり、ソンミ虐殺事件の報道、ペンタゴン秘密文書のスッパ抜きなどで、戦争支持者は激減し、財務破綻の末、ついに73年、和平協定に調印した。


という上記の文章は「L.B.ジョンソンが戦争の狂気から抜け出したときに、雨が降ったのである」のすぐあとの文章なんですけど、、で、何が救済されたんですか??? カーツの王国が「荒地」だったら、カーツが病める王で、漁夫王でしょう? 



f0134963_12295704.jpg
(雨はランスの血で汚れた顔をぬぐっただけ・・・)



この雨は、コッポラが映画の結末に悩み抜き、最後まで、島の爆破計画も捨てきれない中、なんとかエンディングを撮り終えた自分に降らせた雨ではないでしょうか。そこには、牛殺しの儀式の血や(これは村人の実際の儀式)、現実の戦争の傷を、洗い流したい、コッポラの気持ちが込められていたのかも・・・



◎コッポラの主題は・・・


脚本家のジョン・ミリアスが、これを書いたとき、コッポラは自分が監督をやるとは思っていなかったのに、監督と、出資者になり、本当に最後の最後まで、エンディングを決められなかっただけでなく、さまざまな部分に、大勢の人の意見が取り入れられているようなのですが、エンディングに、大きな影響を与えた『金枝篇』と、『祭祀からロマンスへ』は、カーツを演じたマーロン・ブランドと同じように、あとから現場に来た、デニス・ホッパーのアイデアで、急遽盛り込まれたものなんですね。

私の解釈は、最初からこの2冊の本ありきなので、エンディングからオープニングを遡って解釈するなら、整合性がとれていると思いますが、実際の現場では、最後までどうなるかわからないことだらけで、計画的ではなかった部分がたくさんあったようです。コッポラのコメントは全体的に、これは奇跡的に完成した映画であって、名作となった箇所のほとんどが、自分のディレクションではない、と言っているようにも感じられるのですが、その中でも、監督自身の気持ちが伝わる部分をDVDの監督コメンタリーから抜粋すると、


撮影中、何度も『闇の奥』を読み返し、この映画が戦争映画ではないことに気づいた。主題は道徳観だ、と。我々は嘘をつき、それが潤滑油となり、さらにひどいことが起こる。真実を言えば、いくらかの行動が不可能になる。すべてが機械化され、テクノロジーは広がり、嘘は極端に異様で、破壊的なものを生み、そして同時に美が備わる。・・・戦って守るというのは、『ゴッドファーザー』と同じ主題だ。マイケル(コルレオーネ家の三男)がやったことは、彼の家族を保つためだが、そのために家族は抹消される。

殺人と破壊と森林除去のために、金と努力と近代的な資源をたくさん使い、同時に安易に道徳観念を論じられるのか。少し考えるだけでも頭痛がする。これが『地獄の黙示録』の主題で、これを反戦映画だと考えたことはない。



◎原作『闇の奥』との違い


『地獄の黙示録』の意味がよくわからない、という理由で、原作『闇の奥』を読んでみたという人は多いと思いますが、それで、『地獄の黙示録』がわかったという人は少ないと思います。『闇の奥』は、植民地コンゴが舞台。そこは戦場ではなく、象牙や黒人が堂々と売られている世界で、クルツ(映画ではカーツですが)も軍人ではなく商人で、また、クルツは、カーツのように殺されたわけではありません。文学作品を原作とした映画の場合、その魅力のほんの断片の映像化であったり、原作よりも単純化されたものになっていることがほとんどなのですが、この映画に関しては、『闇の奥」は原作というには、話が違いすぎ、映画はかなりの「翻案」がされています。


特に、映画のカーツを、原作のクルツから探ろうとするのはお勧めできませんし、原作の語り手であるマーロウと、映画のウィラードの人物造形もかなり異なっています。曖昧なところは、原作も曖昧で、映画では、俳優、スタッフ、大勢のすばらしい映画製作者たちが、それぞれ肉付けしたことで、『闇の奥』にはまったくない別のテーマが、『地獄の黙示録』にはあると思います。



◎まとめ・・・


歴史は勝者が作る、と言いますが、歴史の最初から一貫して勝利している者などひとりもいませんし、王者は常に移り変わっています。だから、歴史は「王たちの物語」とは言えるのかもしれません。一握りの王たちが勝ったり、負けたりしていることが記述されている。では、王ではない、私たちは、その歴史にただ翻弄されてきただけなんでしょうか? 


この映画のフォトジャーナリストのように、状況を解説し、判断し、先導する人間がいて、私たちは、ヒトラーを熱狂的に支持し、ドイツが負けると、彼を葬ったように、日本でもなんども同じことが起きています。私たちは、王に力が無くなったと感じると、それを殺す側に参加する。


コッポラがベトナム戦争を描いた映画で、ウィラードを主役にしながら、彼だけでなく、どんな英雄も登場させなかったことで、この映画は、戦争の原因や責任を問う映画ではなく、「わたしたち」の映画になったのだと思います。カーツも、ウィラードも、嘘と欺瞞を憎んでいた。それなのに、


我々はみんな嘘をつき、それが潤滑油となり、さらにひどいことが起こる・・・



さて・・


マイケルの最初のショートフィルムと言える『ビリー・ジーン』も、最後の『ユー・ロック・マイ・ワールド』にも、マーロン・ブランドが強く影響していました。


「ホラー、ホラー」で終わった《王殺し》の映画は、《スリラー》で《王》になり、《スリテンド》でアルバム創りを終えたマイケルと、どう繋がっているのか、いないのか?


次回から、ようやく「ティーザー」の解読します!

HIStoryと黙示録:マイケルと神話 ①







[PR]
by yomodalite | 2016-02-09 14:12 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(6)

f0134963_16491368.jpg

③の続き・・・

聖書と黙示録、政治と歴史との関連に引き続き、今回は、マイケルの『HIStory』にもっとも影響がありそうな《神話や騎士道物語》との関連について。



◎Godがいる国の神話


まず、《神話》という言葉のイメージは、私たちと、Godがいる国では大きな違いがあります。


私たちが、神話の世界を想像するとき、そこには、原始のままの美しい森や、透き通るような川が流れていて、巫女のお告げを人々が聞き、作物の豊穣を神に祈っているような世界を思い浮かべ、自然を見ると、それをそのまま「神の恵み」だと感じるでしょう。


でも、Godがいる国の自然への感覚はそうではなく、神話学で有名なジョーゼフ・キャンベルは、「聖書の伝統は、社会的な方向をもった神話体系で、自然は悪しきものとして呪われている」と語っています。

「自然を悪と見なしたとき、人は自然と調和を保つことができず、自然を支配する、あるいは支配しようと試みる。おかげで緊張と不安が生まれる・・・聖書の中では、永遠は退き、自然は堕落しきっている。聖書の思考に従えば、私たちは異境で流刑生活を送っている・・・ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖典の伝統はすべて、いわゆる自然宗教を非難しながら、自己を語っている。・・・「創世記」にも書いてあります。われわれ人間が世界の支配者にならなければならない」



◎神話の主題と、英雄物語の基本


黙示録の《神の国》の創造が、こういった考えから生まれたものだということがよくわかると思うのですが、《神話》の主題も、この堕落した自然に《光》を取り戻す、ということになるわけです。


これが「聖杯伝説」や「アーサー王と円卓の騎士」と呼ばれる《神話》の基本で、こういった神話から、戦いに勝った国の王が《英雄》であるだけでなく、カトリックでは《聖人》にもなっています。ただ、誰も聖書が読めない時代は、聖書の内容とは関係のない物語で、人々を惹きつけていても大丈夫だったのですが、プロテスタントになると、事実と明らかに違うことは、聖書から除外するようになり、天使も聖人も新約聖書からはいなくなっていく一方で、騎士物語はますます盛んになり、中世の騎士に由来した「ナイト(騎士)」という称号が、現在のイギリスの叙勲制度にあるように、素晴らしい騎士というものが、最高の人物・人格である、というヨーロッパの伝統も出来たのですが、


キャンベルは、英雄伝説の基本構造は大きくは3つに分類され、


①英雄が、日常世界から危険を冒して、超自然的な領域に出掛け(セパレーション:分離・旅立ち)、②そこで超人的な力に遭遇し、未知の経験や、これまでの自分の殻を脱ぎ捨てるなどの転生を経て、最終的に決定的な勝利を収める(イニシエーション:通過儀礼)。③そして、英雄は、彼に従う者たちにも恩恵を授ける力をえて、この不思議な冒険から帰還する(リターン:帰還)。


これをもう少し細かく分析すると、


・Calling(天命)
・Commitment(旅の始まり)
・Threshold(境界線)
・Guardians(メンター)
・Demon(悪魔)
・Transformation(変容)
・Complete the task(課題完了)
・Return home(故郷へ帰る)


となり、西欧の騎士物語も、東洋のブッダの物語も、このパターンであるとキャンベルは言っています。


大学でキャンベルの授業に影響を受けたジョージ・ルーカスが、この基本構造を『スター・ウォーズ』三部作に適用して大成功を収めた話はよく知られていますが、その『スター・ウォーズ』第1作が公開になった1977年の2年後に公開された『地獄の黙示録』は、元々『闇の奥』を原作にしてベトナム戦争を描くという、ルーカスの企画が、コッポラに譲られて発展したもので、現代の英雄としての「騎士物語」を目指した『スターウォーズ』と『地獄の黙示録』は、裏表の関係にある映画ともいえるんですね。



◎登場人物の名前(ファーストネーム)


欧米では、子供を聖書から命名することが多いですよね。カトリックには、聖人と呼ばれる人が大勢いますが、例えば、最近「聖人」になったマザー・テレサは、元々は、アグネス・ゴンジャ・ボヤジュという名前で、アグネスは、聖アグネスという聖人から名づけられていて、修道女になったときに、リジューのテレサと呼ばれる聖人の名を、修道名にしたのだそうです。


でも、修道女や、アッシジのフランチェスコのように、実際に宗教的な奉仕活動をおこなった「聖人」だけでなく、伝説上で活躍した聖人も大勢いて、男子に人気の名前は、「騎士道物語」の登場人物の名前も多いんですね。


映画の中でその名前が呼ばれることはありませんが、『地獄の黙示録』の登場人物には、ミドルネームもきちんとつけられていて、その名前を見ていると、コッポラが黙示録だけでなく、神話や騎士道物語を意識していたことが見えてきます。


ウォルター・E・カーツ大佐 Walter E. Kurtz

ウォルターの名は、古ドイツ語で「支配する」ことを意味するwaltanと「軍隊、部隊」を意味するheriの合成により生まれたものであるとされる。ちなみに、原作の『闇の奥』で、クルツ(Kurtz)と呼ばれる人物は、そのドイツ系の苗字しか明示されていらず、母親が半分イギリス人で、父親は半分フランス人、イギリスで教育を受け、ヨーロッパ全体がクルツという人物を作り上げるのに貢献したような・・とされる人物。


ビル・キルゴア中佐 William "Bill" Kilgore

ウィリアム(ビルはウィリアムの愛称)の名は、ゲルマン的要素を持つ古フランス語の名に由来し、Williamは、念願や意志を意味する"Will"(「Triumph of the Will」の "ウィル" ですね!)と、ヘルメットや防護を意味する"helm"があわさった名前とされる。


ベンジャミン・L・ウィラード大尉 Benjamin L. Willard

ベンジャミンの名は、ヘブライ語で[son of the right hand=最も頼りになる助力者の息子]という意味。ベニヤミンを由来とする。米・英に多い。そして、 彼の役職は「U.S. Army Special Operations Officer」!(→マイケルもSpecial Officer だったよね!)


ちなみに、司令部の場面に登場して、カーツの情報を説明するハリソン・フォードはルーカス大佐」なんですが、これまでに、何度も指摘している《逆》パターンが、わかりやすい例としては、


ジョージ・フィリップス(“チーフ”)George Phillips

ジョージの名は、ドラゴン退治の伝説で有名なキリスト教の聖人ゲオルギウスに由来。槍で致命傷を与えたのち、アスカロンでトドメをさした。感謝した町の人々はキリスト教に改教したという神話があるのですが、“チーフ”は「槍」に射抜かれて亡くなります。



f0134963_15582727.jpg


ランス・B・ジョンソン・Lance B. Johnson

ランス(英: lance)は、中世から近代まで主にヨーロッパの騎兵に用いられた「槍」の一種。また、ランスロット(Lancelot)は、アーサー王物語等に登場する伝説の人物で、槍、剣術、乗馬のどれも彼の右に出るものはいない、最強の円卓の騎士と言われているのですが、元サーファーのランスは、もっとも軍人らしくない人物。



f0134963_15591370.jpg
(槍が刺さっているように自分で細工している)




◎ランス・B・ジョンソンとは・・


この映画のランスは、L.B.ジョンソンであり、円卓の騎士ランスロットでもあり、そして、さらに、サーファーのカリスマとしての彼は、このベトナム戦争をテーマにした映画の中で、聖書や、円卓の騎士という古い神話ではなく、当時は「ニューエイジ」と呼ばれていた新しい精神主義の波である、スピリチュアリズムに惹かれる若者という役どころも担っています。


この時代、サーフィンと哲学や精神世界を結びつける文化が流行っていて、60年代にハーバード大学の教授だったティモシー・リアリーは、LSDなどの幻覚剤による人格変容の研究を行うだけでなく、東洋の導師とも関係を深め、ニューエイジ文化の一翼を担っていたのですが、彼は、サーフィンの素晴らしさについて、「一回のライドで何回も生と死といった究極の人生を体験できる」とか、サーファーとは人類全般の進む方向を探るため、皆よりも列の先頭へ出され、道なき道をあゆまされているのだ」というような言葉で、若者のサーフィン文化を盛り上げていたんですね。


ニューエイジ文化は、科学の発展にともに信じることが難しくなり、また魅力的には見えなくなった大人たちの宗教よりも未来を感じさせ、残酷な歴史に由来しない輝かしいものとして、東洋など、異国の思想も大いに取り入れられたのですが、徐々に、プロテスタントが捨てたカトリック的な要素を、別の包み紙にくるんで再提出したような内容が多くなり、天国や地獄も、最後の審判も、昇天や、復活といったことも、新たな名前に言い換えて、隠喩としてではなく、現実に起こることとして信じようとする(そのため物理学用語なども使う)。


それで、結局、自分では何も考えず、教義を信じていれば、正義と救済が手に入るという「宗教」と同じものになり、他者の受け入れも、その教義を信じる仲間に限られる、というところまでまったく同じ歩みを辿ることになる。


「ソウル・・・」とか、「・・・ソウル」とか、仲間や恋人を求める人には、近づきやすく、宗教のもつ怖さとは無縁のように感じられ、なぜか、古代の神話が大好きで、ファンタスティックなもののように語る人が多いのですが、生きるということは、他の生き物から命を奪うことだという、ことを実感できない現代の若者が、古代の人々が神に求めてきたものを、どうやって誤解せずに理解できるんでしょう。


この映画の中でも、ランスは自分が撒き散らしたスモークによって、敵に発見され、そのときの攻撃で “クール” が死んでしまっても、自分の犬のことの方を気にしていたり、常に自己中なんですが、神話上では、聖ゲオルギウスとしてドラゴン退治の仲間だった “チーフ”の水葬のときだけ、パブテスマのヨハネになったかのように、なぜか、洗礼の真似事だけは上手い(笑)。



f0134963_16415679.jpg
(とても美しい「前世ごっこ」のシーン)




⑥の「ふたりのL.B.ジョンソン」で、ジョンソン大統領もランスも、共に、ジョンソン(ヨハネの息子)という名前が重要だと言ったのは、《ヨハネの啓示をそのまま継承していく者》だという意味だったのですが、


ランスが、ただアシッドにふけっているだけの自己中のニューエイジではなく、

「ヨハネの息子」だ、という証拠写真はこちら(笑)



f0134963_17081464.jpg

出ました!「神の国」Gods Country



f0134963_17085956.jpg

未来を輝かせるのは「神の国」ではなく、

君の心の中にある「愛」で、

それはどんな教義を信じることでもなく、

日々懸命に生きることで少しづつ大きくしていくものなのにぃ・・

(→ HEAL THE world)





f0134963_21283523.jpg

(クールや、チーフが亡くなるシーンより少し前の場面)



船のオイルタンクらしき場所には、CANNED HEATと書かれていて、これは、「Sterno」というブランドの物が有名な「携帯燃料」のことを指したり、そこから「アルコール中毒」という意味にもなっていたり、爆発しそうな位の熱い気持ち、といった意味もあるようですが、船の燃料が入っている場所に書かれているのは、、、なんか「変w」ですね。


上の写真では見えづらいですが、船体には、EREBUS(エレボス)という文字も見えます。エレボスはギリシャ神話に登場する神の名で、原初の幽冥を神格化したもので、「地下世界」を意味しています。


さて、ルーカスが、キャンベルの本から、『スターウォーズ』を創ったように、コッポラにも、この映画を創るうえで、啓示をうけた本がありました。そして、カーツとはいったい何者だったのか、ウィラードはなぜ、カーツを殺したのか? 


次回、ようやく『地獄の黙示録』の最終回!





[PR]
by yomodalite | 2016-02-02 21:47 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite