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もうたくさん!「We've had enough」(4)

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☆もうたくさん!「We've had enough」(3)の続き


エレノア:子供たちの問いは、神の問題へと通じ、神と国家との関係という問題を提起している。この女の子からすれば、国家は神の許しなく振る舞っているいうことになるのでしょう。彼女はとても難しい問題を私たちに突きつけている。



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by yomodalite | 2015-03-31 06:00 | MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

もうたくさん!「We've had enough」(3)

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☆もうたくさん!「We've had enough」(2)の続き


エレノア:まさにそうね。ただ、最初の物語のテーマは人種で、2番目の物語は国籍よね。


ウィラ:そう。あるいは、宗教や民族やそれらの組み合わせと言ってもいい。でも、私たちがこれらの物語を聞いて、それをどのように解釈したり、場面をどのように頭に描くかに関わりなく、歌詞を歌うマイケル・ジャクソンの声は哀しみに満ちている。彼の心はきっと、北アイルランドで親を失った子供や、イラクやスーダンやセルビアやイスラエルや東南アジアで親を亡くした子供に対する哀しみでいっぱいなんだと思う。子供の観点からは問題の解釈なんかどうでもいいのよ。子供にとっては、母が父が殺された、そのことだけしかないのよ。「We've Had Enough」は、親を失った子供の視点に立つことを、私たちに促すのよ。


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by yomodalite | 2015-03-30 06:00 | MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

もうたくさん!「We've had enough」(2)

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☆もうたくさん!「We've had enough」(1)の続き

エレノア:でもね、興味深いことがあるのよ、ウィラ。どちらの場面でも、マイケルはわざと、非常に重要な情報を入れないでおいて、見事なやり方で、その空白を私たちに埋めるようにゆだねている。

最初の場面では、マイケルは小さな女の子の人種を特定していない。私たちにわかるのは、何らかの理由で、少女から愛が奪われたこと。この子はどんな人種でもあり得るし、誰の娘でもあり得る。そして、私たちはみな、即座に彼女をかわいそうだと思う。人種はわからない。なんの偏見もない。でも、状況が(街なかで警察官に、市民のために働き、市民を守るのが仕事であるはずの警察官に父親である男性が殺されたこと)彼女をアフリカ系アメリカ人であることを想像させる。

そして、2番目の話では、少年の住む国は特定されていない。彼はただ、遠いところにいる貧しい少年で、彼にはなにか恐ろしいことが起こっている。私たちは引き込まれ、同情心が湧き上がる。しかしここでも、状況が(戦争地域で、平和をもたらすのが使命のはずの、平和維持隊という名の軍隊や、平和維持隊のミサイルに母親である女性が殺されたこと)この少年は何人でもいいわけではないと想像させる。彼はイラク人かアフガニスタン人で、いずれにしても、アメリカ合衆国が不健全な形で関わっている国に住んでいて、おそらくはムスリムよね。

書かれていないことについては、聞き手が想像してくれるだろうとMJがわかっていたということ自体が、本当に多くのことを伝えている。それは、マイケルが人間の性質を理解し、私たちが、これらの残虐行為を実は認識していることを知っていたということ。ここに描かれたような状況は、私たちがずっと前から知っていたことで、彼はそれもよくわかっていた。

そして、マイケルはまた、少女の人種や少年の国籍を特定しないことによって、私たちが彼らに共感や同情を持ちやすくなること、けれどいったん彼らの親たちの死の状況が明らかになれば、私たちが黒人であろうと白人であろうと、その少女の人種や少年の国籍について想像でき、それが、罪なき黒人の命や、罪なきイラク人やパキスタン人の命が奪われているということに、私たちみんなが気がついているんだということの証明になる、という流れについてもわかっていた。

私たちは、どのように扱われているかによって、その人たちが誰であるかがわかるのよ!だから、わかったことに対して、自分はなんの責任もないと言うことは出来ない。罪なき命が奪われるという残酷な状況は、いつものことで、私たちには関係ないという人もたくさんいるけれど、それは、もうビジネスになってしまっているんだから。


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ウィラ:でもね、こういうこともあるわ、エレノア。私と同じ高校の男の子は、大学1年生の時に警官に殺された。彼は白人だったのよ。


エレノア:でも、あなたがそれを今でも憶えているのは、それが日常的な事ではなかったからじゃない?黒人の男性や少年が殺されたり収監されたりするのは、日常的なことなのよ。今週初めにアカデミー賞の授賞式があったでしょ。そこで興味深かったのは、コモン(Common:アメリカの、グラミー賞を受賞しているヒップ・ホップアーティストであり俳優)が、南北戦争前に奴隷として働いていた人間の数より、今日アメリカ合衆国の監獄に入っている黒人男性の数の方が多いという事実を持ち出したこと。


ウィラ:そうね。その収監率の高さは、アメリカの悲劇だわ。でも、私がブラッド(殺された白人の大学生)の死を憶えているのは、それがひどい事件だったからなの。私は彼を小学校三年の時から知っていた。彼は飛びぬけたユーモアのセンスの持ち主で、それ故にトラブルに巻き込まれることもあった。それでも先生たちが彼を好きだったのは見ていてよくわかったし、まわりの生徒たちも彼が大好きで、彼には悪意なんていうものは全然無かった。本当に面白いやつだったのよ。でも、高校で、いわゆる荒れる時期を迎えたのね。それで、ある夜友達と、盗んだ車をぶっ飛ばしてしまった。そしたら警察沙汰になって、彼は殺されてしまったの。査問委員会が開かれたんだけど、そこでも警察の行動は適正だったという決定が下された。

それから、数年前に、私と同郷の若い白人男性が、2歳の娘の父親なんだけど、その彼が、州間高速道路の休憩地帯に車を停めていて、警官に殺されたの。州警察官となにかで激しい口論になって、その時手に持っていた銃を手放すのを拒否したのね。そしたら、警官は彼を射殺してしまった。彼の銃には弾が入ってなかったことは、あとになってわかった。彼をよく知る友人と話した時、その友人は、警察が事件を「警官を使った自殺」と呼んでいると言っていた。つまり、実は、彼は警官に殺されたがっていたと言うのね。それで、私の友人は、恐ろしいことだが、そうかも知れない、と言ったわ。友人は、殺された彼を子供の頃から知っていて、その死にショックを受けていたけど、あいつは確かに近頃落ち込んでいて行動も荒れていた、だから起こったことは本当に自殺かも知れない、とね。

私が言いたいのは、事はすごく複雑だということ。警察の仕事というのはとても困難なもので、白黒と判断がつくことだけじゃない。あなたがさっき言ったように、チャールズ・ブロウの息子に引き金を引いた警察官は黒人だったし、若い白人たちも、特に貧しかったり、ホームレスだったり、虐待にあったり、何らかの問題を抱えてる場合は、警察に殺される。黒人の方が、白人よりもターゲットにされやすいのは確かで、それもはるかに高い確率よね。

でも、白人だって爆弾から逃れられる訳じゃない。北アイルランドで失われている罪なき命のことを考えてみて。だから、人種というのは、今ある構図の大きな要素には違いないけど、私たちは皆、非常に軍国主義的な時代に生きていて、誰もがターゲットにされる可能性があるということ。他と比べて、ずっとターゲットになりやすい人々は確かにいるんだけどね。


エレノア:でもね、ウィラ、それは日常茶飯事に人が殺されている問題とは違うんじゃない。私が言いたいのは、マイケルも同じことを言いたいのだと思うけど、アメリカにおいてアフリカ系アメリカ人が警察に殺されるというは、本当に日常のことになっていて、もはや誰も気に留めなくなっている、ということなのね。#BlackLivesMatterは、状況が何も変わってはいないことを示していて、最近の抗議者たちが抗議しているのはそのことに対してなのよ。

「We've Had Enough」は、国家の敵ではなく、普通のアメリカ市民であったり、公的には戦争に参加していない、他の国の市民に対して、この国がとる行動の結果としての悲劇に特に焦点を当てている。全身武装した、強大な国の権力によって、不必要に、なんの配慮もなく、貧しい人、弱い人が殺されていくという物語を語っている。これらの物語に登場する人々は、理由もなく殺されている。

少女の父は犯罪者ではなく、少年の母は敵兵ではない。もしマイケルの詞がパキスタンや、あるいはアフガニスタンのことを指しているなら、アメリカはどちらの国とも戦争状態ではなく、ただその国に敵兵が潜伏しているというだけのことなのよ。MJが言っているのは、アメリカ合衆国は、彼らが本当の脅威かどうかは関係ない、なぜなら彼らの命なんかどうでもいいから、という観点でものを見てる、ということ。そしてマイケルは、どうしてそんなことが言えるのか、と私たちに問いかける。

それぞれの国で、いろいろな人々が捨て駒にされている。それが、この歌で人種も国籍も特定しなかったもう1つの理由じゃない? どういうことかというと、アメリカ合衆国では、警察の任務の対象になるのは圧倒的に黒人であり、さらに、9.11後はムスリムが軍の標的になっている。だから、歌詞の空白部分は、あなたが誰であるか,どこに住んでいるかによって、ちがう埋められ方がされるわけね。


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ウィラ:そして、歴史のいつの時点に立ってるかによっても埋め方は違う。たとえばアメリカでも、メキシコや日本やアイルランドやイタリアや中東や朝鮮やポーランドやプエルトリコや中国などからの移民が、それぞれの時代に、差別され、おまえらの命なんかどうでもいいというように扱われてきた。そしてもちろん、アメリカン・インディアンたちも、どうでもいいように扱われてきたのよ。

だから、マイケル・ジャクソンは、いろいろな理由で見捨てられてきたすべての人々のために声を上げている、と私は思う。アメリカで警察の暴力の犠牲になるのは圧倒的に黒人であり、爆弾の犠牲になるのは圧倒的に「他者」、つまり他の人種、他の宗教、他の国籍や民族であることは確か。

実際、私はアメリカが原爆を、日本の2つの都市には落としたけれど、ヨーロッパには決して落とさなかったという事実に関して、とてもいやな議論を聞いたことがある。もしドイツかオーストリアかイタリアが1945年の8月にまだ戦争をしていたら、私たちの国はそこに原爆を投下しただろうか?それともアメリカ人はそんなこと考えもしなかったか?という議論。


エレノア:興味深いわね。私も、たとえヨーロッパにイスラム過激派が集中しているという強力な証拠があったとしても、アメリカがドローンを使って爆撃するとは想像しがたいわ。


ウィラ:そうね。アメリカの政策担当者は、自分たちに近いと見なした人間と、「他者」と見なした人間とでは、違うルールを適用するものね。

だから人種の問題は、「We've Had Enough」で表現された、2つの物語に重くのしかかっていると思うけれど、同時に、それが明確にされていないことも大事だと思う。ある意味、人種的偏見が明確にされていないことは、物語の強力な要素になっている。私たちは自分の心の中で、複雑な歴史について思いを巡らさずにはいられなくなるから。








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by yomodalite | 2015-03-27 06:00 | MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

もうたくさん!「We've had enough」(1)

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☆この記事の「まえがき」はこちら


下記は「Dancing With The Elephant」の記事より和訳。


ウィラ:白人の警官が武器を持たない黒人男性を殺す事件が最近目立っている。いままでもさんざんあったことだけど、一番最近の犠牲者は、ミズーリ州ファーガソンにおけるマイケル・ブラウンとニューヨーク市のエリック・ガーナー。


これらの事件に対して、#BlackLivesMatter(blacklivesmatter.com/)の抗議者たちはデモを組織し、マサチューセッツとカリフォルニア、イリノイとジョージアの間にある都市や街の道路を封鎖したりして、国中で抗議運動をしている。そして、D.B.アンダーソンが「ボルティモア・サン」で指摘したように、抗議者たちの多くはマイケル・ジャクソンの、声なき者を代弁する歌「They Don't Care about Us」を歌っている。



They Don't Care About Us

発売当時この動画は公開禁止になり、別の動画が公開されたが、

今度は歌詞に差別用語があるという理由で曲もオンエア禁止になった。





原文:Messenger King

和訳:マイケル・ジャクソンは発言することを恐れなかった。


しかし、私たちの友人エレノア・バウマンは、最近のメールで「They Don't~」ほど有名ではないが、もう一曲、権力の濫用に対して、真っ向から力強く立ち向かっている歌があると指摘した。それは「We've Had Enouth」という歌。



We've Had Enouth

こちらは当時ボックスセットにのみ収録された曲で

動画はファンメイドのもの。





心を捉えて放さないその歌の歌詞は、制服を着た男たちに殺される、罪もない人々のことを表現している。たとえば、最初に歌われているのは以下のような光景。


She innocently questioned why

Why her father had to die

She asked the men in blue

“How is it that you get to choose

Who will live and who will die?

Did God say that you could decide?

You saw he didn’t run

And that my daddy had no gun”


彼女は無邪気に尋ねる

どうしてお父さんは死んだの

彼女は青い制服の男に尋ねる


「誰が生きるか、誰が死ぬか、

どうしてあなたが決めるの?

神様がいいっていったの?

お父さんは逃げたりしなかったのに。

銃も持っていなかったのに」


ウィラ:エレノア、あなたの言うとおり。この歌は、いま書かれたといってもおかしくない。この歌詞と、いま起こっていることは、ぞっとするくらいシンクロしてる。でも、こういった話はずっと前からあるもの。論理学の教授、グレッグ・ケアリーが「ハフィントン・ポスト」で書いているようにね。


エレノア:こんにちは、ウィラ。「We've Had Enough」について語ることに誘ってくれてありがとう。この歌はマイケル・ジャクソンの作品の中でも、最も強力なプロテストソングのひとつよね。


ウィラ:こちらこそ、ありがとう。


エレノア:それから、D.B.アンダーソンの「They Don't Care about Us」についての素晴らしいコラムについても触れてくれたこともうれしい。2つの曲はとても密接につながっているから、抗議者たちがマイケルの曲を歌っていることを、D.B.アンダーソンが伝えてくれてよかったと思う。他のニュースメディアではどこにもマイケルの名前も「They Don't Care about Us」と抗議活動の関係も語られていなかったから。


ウィラ:実際には、私はそのことに言及している報道をいくつか見たんだけど、レポーターたちは抗議者がマイケルの歌を歌っていることに驚いているみたいだった。でも、D.B.アンダーソンはそうじゃなかった。実際、彼の歩いた道のりや、彼が検察からいかに標的にされたかを知っていれば、つまり、非常に不確かな証拠で起訴され、警察やメディアから有罪だと決めつけられ、屈辱的な身体検査を行われ、裁判は公の目にさらされ、最終的には自分の家を出ることを余儀なくされた、ということを知っていれば、抗議者たちがマイケルの歌を、特に「They Don't Care about Us」を歌うのは、まったく当然なことだと思えるはず。



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エレノア:あの歌における「They = 彼ら」は「We've Had Enough」の「彼ら」(彼らはあなたから、私から、私たちから、きちんと話を聞くべきだ)と同じ。ちょうど「They Don't Care about Us」の「Us = 私たち」が「Earth Song」の「私たちはどうなんだ」の「私たち」と同じであるように。そして、もしかしたら、「We've Had Enough」の「We = 私たち」は「They Don't Care about Us」の They と Us をひとつにしたものかも知れない。ちょっとそんな感じがする。とにかく、どう見ようと、マイケル・ジャクソンがこれらの代名詞にいろんな意味を込めていることは確かよね。


ウィラ:そうね。


エレノア:「We've Had Enough」には、最初から心をわしづかみにされる。哀しみと怒りに満ちた彼の美しい声が、あの素晴らしい歌詞を歌い始めるんだもの。


Love was taken

From a young life

And no one told her why


愛が奪われた

子供の人生から

そして誰も彼女にその訳を言わない


ウィラ:そう。そして、私たちはやがてこの小さな女の子から「奪われた愛」が、彼女を愛し、守っていた父親のことで、彼は「またもやの暴力犯罪」によって殺されたことを知る。つまり、本来その父親を守るべき「青い制服の男たち」が、彼を殺した張本人たちということ。



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エレノア:そうね。そして、この暴力犯罪から、微かな光として得られる教訓は、良いか悪いかはわからないけど、女の子の人生の行方を指し示すものになる。最近の事件を考えると「We've Had Enough」は、時が変わっても起こることは同じだと、私たちに苦く思い出させる歌よね。事実、つい最近だけど、私はこれに近い、心の痛む事件をニュースを知った。命は無事だったんだけど、あるおじいさんが、孫を可愛がったり、面倒みたりできなくなってしまったのね。


他にも、ニューヨーク・タイムズのコラムニストのチャールズ・ブロウの息子が、イェール大学の図書館から出てきた時に、警察官に銃を向けられ、職務質問を受けたという事件もあった。この場合は、息子も警察官も黒人で、重要な点は警察官の方は制服を着ていて、職務執行中であったということ。


あなたが言ってた、ケアリーの記事の中ではこう書かれてる。


我々の社会における、人種の力関係は変化した。でも、基本的なパターン、つまり武器を持たない黒人男性(あるいは少年)がいて、警察官と遭遇する、なにか問題が起こり、警察官が発砲する、というパターンは変わらない。とんでもなく憂鬱で、そして本当に不公平な事態。(私たちはようやくこの暴挙を意識しはじめているのか?)


でも、「We've Had Enough」の第一節だけでは、物事の全体、少なくともマイケル・ジャクソンが伝えたかった事の全体はわからない。だから、マイケルは第二節を書いて、そこではもう一人の子供、たぶん、イラクかアフガニスタンの子供が親を失う。でも、今回登場する制服は、警官服ではなく、軍服。そしてこの光景も、いやになるほどおなじみの光景。


In the middle of a village

Way in a distant land

Lies a poor boy with his broken toy

Too young to understand

He’s awakened, ground is shaking

His father grabs his hand

Screaming, crying, his wife’s dying

Now he’s left to explain


遠く離れた国のある村の真ん中

壊れたおもちゃを手に貧しい少年が眠っていた

世の中のことはなにもわからず

地響きがして、少年は目を覚ます

父は彼の手を掴み、泣き、叫ぶ

母が死にゆき、残された父は

子供に話してやらねばならない


He innocently questioned why

Why his mother had to die

What did these soldiers come here for?

If they’re for peace, why is there war?

Did God say that they could decide

Who will live and who will die?

All my mama ever did

Was try to take care of her kids


少年は素直に尋ねる

どうしてお母さんは死んだの

あの兵士たちは何をしに来たの

平和のためだと言うなら、どうして戦争をしているの

神様は、誰が生きて、誰が死ぬのか

彼らが決めてもいいって言ったの?

お母さんは、僕たちの世話をしていただけなのに


「We've Had Enough」で、マイケル・ジャクソンは、ふたつの悲劇的でありながら、あまりに見慣れた状況を表現した。警察に殺される罪なき男と爆弾、あるいはミサイルに殺される罪なき女性。両者とも、顔のない、国家による行為の犠牲者。


ウィラ:そう。そこがすごく重要なところね、エレノア。それらふたつの場面をあのように並べることで、マイケル・ジャクソンは両者の関連性を描き出した。そして、聴く者にその関連性を見せようとした。こうやって並べられると、私たちは、警察官に街で父親を殺された少女と、兵士に母親を殺された少年の共通性に目を向けずにはいられない。


エレノア:そのとおりね。それらの共通性を明らかにする中で、マイケルは、私たちに2つの状況が孤立した出来事ではなく、大きくとらえれば1つの文化パターンの一部だということを見せている。国家権力が、一見過失のように見せかけながら、罪なき人の命を奪い、それに対して誰も何もしない、という行動パターンのね。


☆(2)に続く



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by yomodalite | 2015-03-26 06:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

「Dancing With The Elephant」の記事を紹介します!

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MJJFANCLUB JAPANで、管理人の方が丁寧な訳で紹介してくださっている、ウィラとジョイエの会話をお読みになった方は多いと思います。『M Poetica』の著者である、ウィラ・スティルウォーター博士と、MJFCのファウンダー、ジョイエ・コリンズ氏のブログ「Dancing With The Elephant」は、私がもっとも好きなMJブログです。


マイケルが旅立ったあと、世間の彼への見方は一変し、性的幼児虐待とか、変人であるということが覆されても、彼の顔の変化については「白斑症という病気の被害者」を強調するばかり。そこには、彼の意思や、アートが詰まっているという私の期待に応えてくれるものはどこにもなく、スティルウォーター博士が同様の表明をしてくれたときは、世界で初めて共感できる方を発見したように感動し、なんだか肩の荷が降りた気さえしました。


その他、「マイケル・ジャクソンは私たちが想像すらできないようなレベルの悪口雑言に耐えていたけど、私たちが想像できないほどの喜びも経験していた。彼はどん底も、とんでもない高みも感じていた。(http://yourockmyworld829.blog88.fc2.com/blog-entry-3480.html)


という感覚を基調にした内容の多くに、いつも感嘆しながら眺めてはいたものの、自分で翻訳する力はなく、残念に思っていたのですが、今回紹介する記事は、ウィラと彼女の友人である、エレノア・バウマン氏との会話です。


その内容は、私が、MJの顔の変化へのこだわりのあと、のめりこんだ問題の多くに関わっていて、それで、、


「今、この記事を紹介できないんだったら、もうブログにマイケルのことを書く意味なんてない!」


と、私に泣きつかれたchildspirits先生の全面協力のもと、記事を翻訳することが出来ました。


内容は、まだ記憶に新しいミズーリ州ファーガソンで起きた、白人警官に黒人青年が射殺されたことへの抗議で、マイケルの「They Don't Care about Us」が歌われたことから始まり、もうひとつのプロテストソングである「We've Had Enouth」の解釈へと進みます。


冒頭で紹介されているD.B.アンダーソンによる記事を以前に読んだとき、私は、心を動かされることはありませんでした。マイケルをどんなに高く賞賛されていても、彼が、他のセレブたちに望む基準を、MJに求めているように感じられたからです。



でも、ウィラとエレノアの会話が行き着いた地点には、マイケルの偉さと、自分への情けなさを痛感して、号泣せずにはいられませんでした。



☆もうたくさん!「We've had enough」へ





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by yomodalite | 2015-03-25 21:54 | MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

君が僕を愛してないなんて、、、

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苦手な英語といっぱい格闘していて疲れ切った私と、

そんな私に疲れた、あなたに!

素敵な「ファンメイド動画」を見つけたので、貼っておきます。

あの、あまりにダサくて、むしろ愛しくなるというか、

元気全開、ポンポンを降って、踊りたくなる、

完璧に仕上がってる「未発表曲」で、

どういうわけだか「昭和歌謡」の、、

例の曲ね!






このあと、

この曲とは「真逆な曲」についての素晴らしい記事を紹介する予定です!





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by yomodalite | 2015-03-24 19:25 | MJ系ひとりごと | Trackback | Comments(2)

和訳 BUT THE heart SAID NO『Dancing the Dream』[28]

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マイケル・ジャクソンが1992年に出版した『Dancing the Dream』から

「BUT THE heart SAID NO」の和訳です。


気になる点や間違いは、

いつでも遠慮なくご指摘ください。



BUT THE heart SAID NO


They saw the poor living in cardboard shacks, so they knocked the shacks down and built projects. Huge blocks of cement and glass towered over asphalt parking lots. Somehow it wasn't much like home, even home in a shack. "What do you expect?" they asked impatiently. "You're too poor to live like us. Until you can do better for yourselves, you should be grateful, shouldn't you?”


貧しい人がダンボールでできた小屋に住んでいるのを見て、彼らはそれをを取り壊して、団地を建てた。コンクリートとガラスで出来た巨大な団地は、アスファルトの駐車場の向こうにそびえ立った。だけど、それは家とは似ても似つかなくて、段ボール小屋の方がまだ家らしいものだった。彼らは、「何を期待してたんだ?」苛立を抑えつつたずねた。「おまえは、我々のような生活をするには貧しすぎる。 自分でもっと稼げるようになるまで、これで感謝すべきだろう?」と


The head said yes, but the heart said no.

頭では肯定したけど、心は違っていた


They needed more electricity in the city, so they found a mountain stream to dam. As the waters rose, dead rabbits and deer floated by; baby birds too young to fly drowned in the next while mother birds cried helplessly. "It's not a pretty sight," they said, "but now a million people can run their air conditioners all summer. That's more important than one mountain stream, isn't it?”


街ではより多くの電気を必要としたので、彼らはダムを造るために、川をせき止める谷を見つけた。水があふれるとウサギやシカの死骸が浮かび上がり、飛ぶには若すぎるヒナ鳥は巣のなかで溺れ、母鳥はどうすることもできず嘆き哀しんだ。「素晴らしい眺めとは言えない」と彼らは言う。「それでも100万人もの人々が、夏の間エアコンを利用することができる。それは山河のままであるより重要だろう?」


The head said yes, but the heart said no.

頭では肯定したけど、心は違っていた


They saw oppression and terrorism in a far-off land, so they made war against it. Bombs reduced the country to rubble. Its population cowered in fear, and every day more villagers were buried in rough wooden coffins. "You have to be prepared to make sacrifices," they said. "If some innocent bystanders get hurt, isn't that just the price one must pay for peace?”


遠く離れた土地で圧政とテロを発見した。だから彼らは戦争をけしかけ、 爆弾は国を瓦礫の山にした。住民は恐怖に怯え、多くの村民が粗末な木の棺で葬られる。「おまえたちも犠牲をはらう覚悟をしなくてはならない」と彼らは言う。「罪のない人が傷ついたとしても、それは平和を守るための代償ではないか」と


The head said yes, but the heart said no.

頭では肯定したけど、心は違っていた


The years rolled by and they got old. Sitting in their comfortable houses, they took stock. "We've had a good life," they said, "and we did the right thing." Their children looked down and asked why poverty, pollution, and war were still unsolved. "You'll find out soon enough," they replied. "Human being are weak and selfish. Despite our best efforts, these problems will never really end.”


時が流れ、彼らは年老いた。そして、心地のいい家でくつろぎながら、自分の人生を振り返る。「いい人生をおくった。私たちは正しいことをしたのだ」と。子供たちは、彼らを見下ろし、貧困も、環境汚染も、戦争もどうしてなくならないのかとたずねる。「もうすぐわかるよ」と彼らは答える。「人は弱く、自分勝手だ。私たちが賢明に努力しても、ちっとも問題は解決しない」と


The head said yes, but the children looked into their hearts and whispered "No!”

頭では肯定した。でも、子供たちは彼らの内心を読み取り、「違う!」とつぶやいた


(訳:yomodalite)



◎[AmazonDANCING THE DREAM 




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by yomodalite | 2015-03-24 06:00 | Dancing the Dream | Trackback | Comments(3)

ソニーウォーズの意味について[6]

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☆[5]の続き

色々と回り道をしていることで、誤解を招いていることも多いと思うので、ここまでの要点を一旦まとめておきたいと思います。

[1]の要点

モトーラの「悪魔」呼ばわりは、MJが「人を憎むことは決して教えない」と言っていたことに反していないか。『インヴィンシブル』が発売になったのは、同時多発テロと同じ2001年。抗議行動は、翌年の2002年、ブッシュ大統領が「悪の枢軸」発言をした年。マイケルには、自分のアルバムのことよりも、言うべき言葉があったのではないか。

[2]の要点

星条旗があふれ、アメリカ中が戦闘態勢になって、イラク戦争への道に突き進んでいった時代、「僕たちは、何度でも、何度でも、愛を与えるべきなんだ」と歌う『What More Can I Give』をリリース出来なかったのは、モトーラや、SONYだけだっただろうか。

[3]の要点

ここまで良好な関係だったモトーラを「人種差別者」だと攻撃したのは、彼を失脚させるためで、ソニー攻撃は、モトーラ下しの手段という側面が大きかったのではないか。

[4]の要点

モトーラが『インヴィンシブル』の宣伝を抑えたのは、史上最高ともいえるほど派手な広告をした『ヒストリー』での経験から、広告のし過ぎは、リスナーや若手ミュージシャンから「お金持ちMJ」という反発を招き、メディアの反感を煽るだけだと判断したのではないか。

また、MJはこの行動により、モトーラ失脚に成功した(彼は音楽部門のトップの座は死守した)。

[5]の要点(本文に書ききれなかった不足分も加えてあります)

(4の後半からも含めて)音楽版権は、マイケルがATVを取得したときよりさらに大きな利益を生み出しつつあった。グローバル化による販路の拡大だけでなく、様々な商品フォーマットの開発が期待され、CD売上げや、オンエア使用料だけでなく、版権の「債券」としての価値も急上昇した。

労働者と経営者との格差が広がる時代が到来し、アーティストが才能と肉体を駆使して、生み出した作品を利用して、経営者たちが、彼らよりも儲けているという状況は変わらず、

MJが、音楽とダンスとビジュアルを融合させたことを、後続のアーティストたちが、真似するようになっただけでなく、モトーラや経営陣は、MJの様々な方法論や、版権の価値の重要性についても、後追いするようになった。

と、ここまでが、一応、前回までのまとめなのですが、

モトーラを「人種差別者」だと攻撃したのは、彼を失脚させるためという[3]の内容について、このあと、また別の見方をしてみたいと思います。

ハーレムで行なったスピーチのときに、その場に居合わせた、アル・シャープトン師は、自分はモトーラが人種差別主義者だとは思っていないし、マイケルが事前に何を言うかは知らなかったと公の場で発言し、

報道でMJの発言を知ったベリー・ゴーディは、マイケルに電話をかけ「〈人種という切り札〉を使うべきではない。我々はこれまで、一度もその方法はとらなかった。音楽はみんなのもので、肌の色は関係ない。というのが我々の信念だ。特に君はダメだ。これまで人種を意識してやってきたわけじゃないだろう。よく考えてみろ」と諭し、マイケルもまた、「あなたの言うとおりで、よく考えなくてもわかる。電話をくれて本当にありがとう」と言ったそうです(→『Michael Jackson Inc.』)

モトーラに対して、人種差別を訴えたのは、マライアや、ジョージ・マイケルはしていないことですし、この時代のMJが、黒人としての差別を訴えるというのは、当時の私には違和感しか感じられませんでした。

MJは黒人の可能性を拡げた人物として、今でも尊敬されていますが、当時、白人よりも「白い肌」になっていたMJが、黒人差別を訴えるのに相応しいとは思えず、SONYが販促活動を怠ったことを、差別のせいにするというのは、もっと理解できないことでした。

なぜなら、マイケルだけでなく、プリンスも、MCハマーや、ボビー・ブラウン、ジャネット・ジャクソンや、ホイットニー・ヒューストンも、日本でお茶の間に波及するほど、売れていた洋楽アーティストには黒人が多く、スポーツ界では、マイケル・ジョーダンの人気が凄まじく、オリンピックでは、カール・ルイスや、ジョイナーが活躍し、ゴルファーで一番の有名人といえば、タイガー・ウッズ、女子テニスでは、ビーナス、セレナ姉妹が大活躍し、日本で、アメリカの有名人と言えば、ほとんど黒人のように思えた80年代以降、「人種差別」という問題は、日本ではまったく感じることが出来ないことでもあったからです。

ただ、その後、日本でも、韓流ブームの後に、嫌韓流が流行り、GDPで抜かれた後に、反中ブームが起こったという経験を経て、当時のアメリカで、貧しくなった白人が、どんな思いがしたのか、なんとなく実感を持って想像できるようになった気がします。

満たされない思いを抱く白人が多くなり、自分たちには手にすることの出来ない人種差別という「切り札」を、苦々しく思う人が増えた。それは、日本が貧しくなってから、「在日特権」などということがクローズアップされたように、人類に共通したネガティブな感情なんだと思います。

黒人の流行を上手に取り入れた白人アーティストが活躍するという状況は、マイケルが登場する前は、トラボルタとビージーズによる「サタデー・ナイト・フィーバー」のブームがあり、ブルーアイドソウルと呼ばれた、ホール&オーツも大人気でしたが、この当時から、隆盛を誇っていたヒップホップ文化が、ハーレムだけでなく、ブルックリンをも席巻するようになってから、ブルックリン出身で、イタリア系のモトーラの周囲では、白人の中では一段下に置かれていた、ラテン系、ヒスパニック系の人々を中心に、黒人以外の人種で結束するという状況があったのではないでしょうか。彼らが、黒人勢力に対し、侮蔑的な発言をすることで、集団としてまとまるということは、容易に想像できることなので、

マイケルが「モトーラは、所属アーティストをニガー(黒人に対する蔑称)呼ばわりしている」と言ったことを、彼を失脚させるための嘘だと思っているわけではなく、実際にそういうことはあったのだと思います。

ただ、マイケルほど冷静な人が、様々なストレスを抱えていたとしても、人種差別への思いが再燃したという理由だけで、これまで封印してきた〈黒人差別という切り札〉を使ったとは、私には思えません。

と、このあと[7]に続く予定でしたが・・・

他のことに追われ、時間が経つうちに、MJエステートが持っていたソニー/ATVを、SONYに売却することが決定しました(マイケルの楽曲に対する出版権の所有権は100%エステートが所有したまま)。

http://yourockmyworld829.blog88.fc2.com/blog-entry-3683.html

これに関しての私の感想は、ジョーパパとまったく同じです。

http://yourockmyworld829.blog88.fc2.com/blog-entry-3685.html

マイケルの子供たちが、これを保有し、ビジネスとしていく意向があるのなら、また別の選択もあったでしょうが、長男の選んだ大学から想像しても、おそらくそういった興味はない様子。そうであるなら、マイケルが地上にいない、ビジネスに関与できない状態で、他にどんな選択があるんでしょうか。

「ソニーウォーズの意味について」は、他人をお金の亡者に仕立てて、正義を振りかざす方々が作る “真実” への危惧から書き始めたものですが、しばらく放置することにします。

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by yomodalite | 2015-03-23 08:40 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

Summerlin(べガス旅行記)

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『ONE』を観るという目的を果たし、ここまでの疲れもあって、すっかりお寝坊した翌日、べガスに来る前はショーを観る以外の時間は、ストリップのホテル巡りをしようって思ってたんだけど、

◎[Wikipedia]ラスベガス・ストリップ

いくつかのホテルを見て回ったら、ストリップの外に行ってみたくなって、でも、グランド・キャニオンとか、ネバダの大自然を体験するには時間が足りないし、レンタカーでドライブするのもいいなって思ったんだけど、数時間で2、3万とか高すぎるしぃ、

それで、立ち寄ったAriaホテルのコンシェルジュに「タクシーで簡単に行ける距離で、ストリップの外に行ってみたいんだけど、どこがいい?」って聞いたら、「Summerlin(サマーリン)なら、レストランやショッピングも出来ておすすめですよ」って言われて、出かけてみた。


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(この住宅エリアに入っていった「Jetta」
ウィンドウから、ちらりと見えた横顔で
久しぶりに「ヤンエグ」という言葉を思い出した)




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「Paforminng Arts Center」と書かれた看板に引寄せられて歩いて行ったら、モーガン・フリーマンをひと回り大きくしたような警備員に声をかけられた。



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kumaさんが、とっさの機転で「バス乗り場を探しているんですが、、」と質問したら、「それなら、この図書館の人に調べてもらえばいい」と、ダンススクールを見学しようと思っていたのに、隣接していた図書館へと導かれた。



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(こっそりスマホで撮った図書館内)


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ヤング向けのコーナー)


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(日本語の絵本も。。)



本気で、バスに乗ってみたくなったkumaさんが、ストリップ行きのバスについて、図書館中の人に聞きまくっている間、ひとりでブラブラしていたら、図書館の至るところに、ハワード・ヒューズの写真が飾られていることに気づいた。



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MJのヒューズ大好き発言から(「MJ Tapes 第3章 “神秘性を操るということ”」)、彼に興味を持ち、調べはじめたのは、今から1年ほど前。ヒューズが、今のべガスの繁栄に大きく関わったことは知っていたものの、今回の旅行で、その痕跡を感じられるとは思ってもみなかったんですが、



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私が興奮していることがわかると、モーガン(さっきの警備員さんね)は、写真1枚1枚を解説せずにはいれらない様子で、ヒューズに会ったことがある。ものすごく背が高くて、、2度目にあったときは、映画のロケで、、とかなんとか、落ち着いた口調ながらも(本当にモーガン・フリーマンみたいな感じ)、しゃべりたくて仕方がないという感じて、語りだしたのだけど、私のヒアリング能力では、2、3割しかわからない。

しばらくして、映画『アビエイター』をどう思いましたか?と聞いたら、「その映画のことはよく知らない。でも、彼の真実はここにある」みたいな感じで、さらに展示写真の説明が続いた。



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帰国してから、調べてみたら、サマーリンは、住民の平均年収が1500万円以上の、ネバダ州でもっとも裕福なコミュニティで、お金で買える「アメリカ最高の場所」などと言われているらしい。ヒューズ・コーポレーションが街の開発をしていて、Summerlinという街の名も、ヒューズのおばあちゃんの名前から名づけられていた。



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(この図書館はヒューズの寄付によって出来たみたい)


バスが来るのを待っていると、『O』の開演に間に合わなくなりそうということが分かってきて、今度はタクシーを呼ぶのに四苦八苦していたら、子供のぬり絵のように青一色だった空が暮れてきた。


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モーガンは、人生の何もかもを知っているのに、それを人に伝える機会に恵まれていないせいなのか、旅人の私たちに、バスについても、ヒューズについても、電話をかけるときも、すごく親切にしてくれた。

夕陽をバックに彼の写真が撮りたくなって、お願いしてみたけど、「私は警備会社の人間ですから。。」と断られたことが、唯一残念だった。


(べガス旅行期はこれで終了)

後日追記:MJのラスベガスの家もサマーリンでした!


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by yomodalite | 2015-03-15 20:59 | 日常と写真 | Trackback | Comments(2)

図書館にも行ったのだ。。(べガス旅行記)

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ラスベガスでは、図書館にも行ったのだ。

本がない生活なんて1日だって耐えられない。。



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Summerlin Libraryの中から




なんてことは全然なかったんだけど、

たまたま、偶然にも図書館に来てしまって、、

それで、

私は、ただ、美しい夕陽を見て、

「神様、世界を美しくしてくれてありがとうございます」

って祈ってたんだけどw、

(『Honoring the Child Spirit』より)


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隣で、kumaさんは必死の形相で公衆電話を使ってて、

というのも、

スマホを海外でも使えるようにしてあったはずなんだけど、

なぜか繋がらなかったり、

その電話番号ではダメとか言われてて、、

っていう話を聞きたい人は

いないと思うけど、、続きますっ!




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by yomodalite | 2015-03-14 18:00 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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