<   2015年 01月 ( 14 )   > この月の画像一覧

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SONY is phony like bologna は、ソーセージの肉のようにインチキという意味


引き続き、マイケルが自分の愛したSONYではないと感じた理由を、モトーラと絡めつつ、色々探っていきたいと思います。

モトーラがソニーミュージックの社長となった1990年代は、グローバリゼーションが地球規模化し、多国籍企業が世界経済を支配していくことになった時代でした。

MJのレーベルであるエピックレコードは1953年に設立され、コロムビアとエピックの2つのレーベルを柱としていたCBSレコードは、1988年にソニーに買収され、1991年にソニー・ミュージックエンタテインメントと改名する。

マイケルがATV版権を買ったのは1985年。1988年に自分のレーベル「MJJ Music」を創った頃、彼には、自分がレコード会社を所有して、アーティストを育てるということも考えていたようです。

MJの30周年記念コンサートには、彼に影響を受けた若いアーティストが大勢出演し、アッシャーや、ビヨンセ(ディスティニー・チャイルド)、ジャスティン・ティンバーレイク(インシンク)は、MJの大ファンを公言しているだけでなく、ブリトニー・スピアーズや、インシンクは、MJの教え子であるウェイド・ロブソンが振り付けを担当していました。

2015年に、ウェイドのことを考えるのは気が重いですが、オーストラリア出身であるウェイドを、アメリカに連れてきたのはMJで、振付師としてだけでなく「MJJ Music」で、アーティスト契約もし、Quoという名前でデビューしました。






ブリトニー・スピアーズやインシンクがやっていること、そのスタイルはすべて僕から来ている。僕がウェイドを教えたんだから。彼は僕のレコード会社「MJJ Music」に所属していて、ラップもできるし、何でもできるんだ。(『MJ Tapes』)


MJにとって、教え子のウェイド・ロブソンは、自分のあとを追う、ティンバーレイクや、ブリトニーを生み出しましたが、自分のレーベルでデビューさせた “Quo” は、ティンバーレイクや、ブリトニーのようには売れなかった。そして、ディスティニー・チャイルド(コロムビア)、インシンク(RCA)、アッシャー(Arista)といったMJチルドレンは、レーベルはちがっても、合併により、すべてソニーミュージックのアーティストになっていました。

ニルヴァーナの登場によって、「マイケル的な美学」が完全に過去のものとなっていく様を体感し続けた。「90年代」に生きる多くのミュージシャン、音楽ファンにとって「マイケル」こそは唾棄すべき商業的な音楽の象徴であり、「ニルヴァーナ/カート・コバーン」こそは救世主であった。(西寺郷太『マイケル・ジャクソン』)


というグランジロック全盛期のあと、怒濤のように現れた「MJチルドレン」は、マイケルへのリスペクトを取り戻す起爆剤にはなりましたが、『インヴィンシブル』は、彼らとヒットチャートを争わなくてはならなかった。


一方、モトーラは、ホール&オーツ、ビリー・ジョエルなど、永年に渡って、様々なアーティストを手がけてきたヒットメイカーですが、ソニー/コロンビア時代に彼が手がけたのは、マライアだけでなく、


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Jennifer Lopez




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SHAKIRA




タリアはマライアの後、モトーラと結婚したアーティスト。

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Thalia





上記の動画や写真は、2000〜2002年でセレクトしていて、彼女たちは皆、ブロンドヘアで、露出の多いファッションなど、マライアの成功パターンを繰り返したようにも見えますが、マライアのデビュー当時の写真を見ると、


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マライアが、今のような巨乳とエロティックな路線になったのは離婚直後から。


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離婚して、SONYを離れる直前1999年頃



ただ、SONYの女性アーティストが、モトーラの趣味により、みんなソフトウェービーのブロンドヘアで、ヌーディーなファッションになったようにも見えるので、コントロール・フリークだと言われても納得できるものはあります。

また、セリーヌ・ディオン、グロリア・エステファン、マライア・キャリー、ジェニファー・ロペス、シャキーラ、そして、マライアと離婚後、再婚したタリアなど、女性アーティストが多いだけでなく、マーク・アンソニー、リッキー・マーティンなど男性アーティストも含めて、

彼はイタリア系の自分と同じ「ラテン系」のアーティストを多く売り出したようです。

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Britney Spears





彼女たち以上に人気を得たブリトニーも、外見上の「戦略」は同じで、ブロンドでグラマーな美女が好まれるというのは、MJが好きな「黄金律」よりも、現世的に確実な「ゴールデンルール」なので、モトーラの個人的趣味ではなく、他のレコード会社でも似たような状況だったかもしれませんが、

この時代は、MJチルドレンが席巻しただけでなく、ポップチャートに登場するアーティストのほとんどに、ダンスの要素と、過激な肉体露出が求められるようになっていました。

最初に、MJが目を付けたATV版権の半分を所有し、巨大企業となったソニーミュージックは、所属アーティストを大勢抱えることによって、その権利ビジネスも巨大になり、SONYだけでなく、80年代から上昇傾向にあったグローバル企業の役員報酬額の伸びは90年を越えて、ますます、急激に上昇していきました。

アーティストが才能と肉体を駆使して、生み出した作品を利用して、アーティストよりも、派手な生活を楽におくっている・・・当時の音楽業界の幹部たちの姿を見て、

アーティストたちに、実際にその代価が支払われていないのは本当に悲しいことです。彼らは、世界中の人々と会社のために大きな喜びを生み出したのに、レコード会社のような組織を始めとして、完全に彼らを利用している。(2002年ハーレムでのスピーチ)


と感じたアーティストは多かったと思いますが、それを公言し、会社に潰されることがない立場だったのは、世界中でMJただひとりだったと思います。



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by yomodalite | 2015-01-31 00:00 | MJ考察系 | Trackback | Comments(11)
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NHKの「SWICHIインタビュー」田村淳×猪子寿之のPart2を見てたら、

◎「SWICHIインタビュー」過去3ヶ月の放送

ロンブー淳が、台湾でも、僕の番組が流れてて、すごく人気があるって言われて行ってみたんだけど、jealkb(淳がやってるバンド)のメイクをして空港に降り立ったら、翌日の新聞に、


「日本のマイケル・ジャクソンが来た」って書かれたんだって!


んな、アホな、、

だいじょうぶかっ 台湾!w

人気者の例えなんだろうけど、、いくらなんでも、淳のどこにMJ要素が???

そりゃ、jealkbをやってるときは、顔もちがってるよ。


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でも、強いて挙げても、帽子かぶってることと

面白いってことぐらいじゃ。。。


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あとは、、なんか衣装が、


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ちょっと、似てるとか、、

でもさ、ビジュアル系って、大体ミリタリーとゴシックのミックスで、MJ自身も元々、アダム&アンド・ジ・アンツにインスパイアされてるし、、

でも、、、この挨拶(1.07~)は、




ファン:ラビューーー、マイコー

MJ:アイラブユー、モア

ていうのに、そっくり?w


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他は、メンバーの「黒マスク」???

あ、もしかして、手弁当でイベント開催してたり、
ボランティア活動してることとか?


うーーーん、でも、彼のことは好きだし、そもそもお笑い芸人は最上級で尊敬してるし、白Tとか、長い指から何気にMJ感を醸し出してて、ついに、ケント・モリにも目をつけられたジュニア師匠が、吉本の養成所の生徒に言った、「あなたがたは、芸人になりたいと思った時点で、人間として一流です。」に、700%ぐらい同意してるから、、

まっいっかww





今回の「SWICHIインタビュー」は、いつも以上に、前半と後半でかぶってる内容が多くて、番組内で、少しだけ触れていた、テレビに自由がないことをしゃべり過ぎちゃって切られたのかも。

大阪でいいなぁと思うことのひとつは、テレビの嘘が少ないこと。

使い捨ての「お馬鹿タレント」じゃなくて、熟練の「アホタレント」がいっぱいいてくれるおかげで、テレビ上での会話のレベルが高いし、

東京のテレビだと、観覧席の客まで、テレビ局が用意して、テレビ映りのいい客を前に出したり、街頭インタヴューも「仕込み」が」基本だし、そうでなくても、都合のいい意見しか拾わないし、やたらと編集して、テロップいっぱい出すとか、、そーゆーことばっかり目についたんだけど、そんなことも大阪ではほとんど感じない。

* * *

淳が福島に行ってるところを見たからでしょうか、なんとなく「東北」のことを思い出したので、今日一の曲はコレ!

映画「あなたに」で田中裕子が歌った宮沢賢治作詞作曲の「星め­ぐりの歌」






下記は、興味深かったネット記事



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by yomodalite | 2015-01-27 22:50 | MJ系ひとりごと | Trackback | Comments(2)
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☆(3)の続き


SONYデモで、プロモーションへの不満を主張したのは『インヴィンシブル』だけでしたが、そこまでの経緯を少し振りかえってみたいと思います。


宣伝が少ないと不満を表明した『インヴィンシブル』の前に出された『ヒストリー』と『ブラッド・オン・ザ・ダンスフロア』は、その宣伝方法において、両極端な戦略がとられました。


『ヒストリー』は、業界の常識を超えるほどの派手な広告が打たれ、史上最も売り上げた二枚組アルバムという記録を作りましたが、その宣伝方法や、ティーザーは激しい批判を浴び、米英ともにNo.1にもなったにも関わらず、メディアは「失敗」の烙印を押し、


◎[参考記事]この記事内にあるTV『プライムタイム』の内容


一方の『ブラッド・オン・ザ・ダンスフロア』は、発売日すら告知しない状態で店頭に並べられ、リミックス・アルバムとして世界最高売り上げのアルバムになりました。


『ブラッド・オン・ザ・ダンスフロア』が急遽発売されたのは、未収録になった作品を長く埋蔵させるよりは、アルバムや、通常アメリカのアーティストが行かないような場所までケアしたツアーなど、多額の費用と時間をかけた『ヒストリー』期の損失補填に利用したい。という意向があったのかもしれませんが、


リミックスアルバムといえ、新曲が5曲も含まれたアルバムに対し、このときのMJは、宣伝がないことになんの不満も述べず、これまでよりも安い予算で創られたとおぼしきショートフィルムを1本だけ創っています。


私は未読ですが、2013年に出版された、彼の著書『Hitmaker: The Man and His Music』には、そんなことが書かれているんでしょうか(読まれた方は教えてくださいね!)?


◎[Amazon]『Hitmaker: The Man and His Music』


MJも尊敬する俳優ロバート・デニーロが、ブロンクスで生まれ、自分の才覚によって成功を納めた同胞に対して、「彼を誇りに思う」というレヴュー他、ビリー・ジョエル、ジェニファー・ロペス、有名音楽プロデューサーで、数々のレコード会社の社長でもあったクライブ・デイヴィス等からの賞賛の言葉が並んでいます。


このまったく違う2枚の宣伝方法は、マイケルにとっても、モトーラにとっても、次のアルバムの「観測気球」になったのではないでしょうか。


まったくの想像ですが、


モトーラは、宣伝のし過ぎは、若手ミュージシャンからの反発と、メディアの反感を煽るだけで逆効果になる。と考えたのではないでしょうか。


1993年の疑惑によって、MJが1530万ドルという巨額の和解金を払ったことは大きく報道されていました。また、グランジ・ロックが席巻した当時の米国で、成功したアーティストによる「金にものを言わせる」広告は、若者に好まれていなかった。音楽プロデューサーとして、様々なアーティストの売り出しを考えねばならず、MJだけに特別扱いはできない。むしろ、MJには先輩として、若手にプロモーション費用を譲って欲しいと。 


マイケルがどう考えたかは、さらにむずかしいですが、


『ヒストリー』ティーザーへの批判は、論争を巻き起こしたかったからで(TV番組『プライムタイム』での発言)、むしろ、歓迎すべきことであり、『ブラッド・オン・ザ・ダンスフロア』は、自分が創ったショートフィルムだけで売れた。


というような結果を手にしていたのかもしれません。


西寺郷太氏の『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』には、


ソニー創業者のひとりである盛田昭夫会長のことを心から尊敬し、信頼していたマイケルにとっては「これは自分の愛したソニーではない」という気持ちが強かったのかもしれません。


と書かれています。私もそう思います。


マイケルの愛したSONYは、最新の技術と、夢のある商品を提供する「特別な会社」で、また、そのハリウッドへの挑戦に対しても、盛田社長と、マイケルは夢を共有する関係だったと思いますが、ヒットメイカー、モトーラが支配するソニーミュージックは、MJにとっては「普通のレコード会社」になっていた。



上記は、デモの後行われたスピーチですが、その中でも語っているように、


このとき、MJはソニーの半分を所有していました。


モトーラが、ソニー・ミュージックの社長になったのは1990年。『デンジャラス』『ヒストリー』『ブラッド・オン・ザ・ダンスフロア』『インヴィンシブル』の製作期間、彼は、MJのレコード会社の社長で、


MJのATV版権と、ソニーの音楽出版事業が合併し、ソニーATVミュージックパブリッシング(以下:ソニーATV)が出来たのは1995年。このときソニーミュージックの社長だったモトーラが、どの程度そこに関わったのか、あるいは関わろうとしていたのか?その詳細はわかりませんが、


モトーラのWikipediaによれば、


在任中、ソニーを最も成功しているグローバルな音楽会社の1つに変えた。とか、ビートルズなどのカタログを獲得をすることによってソニーミュージックの出版事業部を生き返らせて・・・などの記述があるので、ソニーATVの版権の利用について、もっとも力を行使できる立場だったと思われます。


◎Tommy Mottola(Wikipedia)


その使い方の中には、マイケルにとって「音楽を殺す」と感じられるようなことがあったのでしょう。MJは購入する版権の楽曲にもかなりのこだわりがあったようです(『MICHAL JACKSON.INC.』)。


しかしながら、財務一辺倒でない音楽プロデューサー出身のモトーラが、マライアを失った後のSONYで、マイケルまで潰そうとするでしょうか?


西寺氏と同じく、私もそこに大きな疑問を感じます。



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モトーラは、マイケルには「もっと売れて欲しかった」。ただ、マイケルが考えているようなプランは対費用効果に乏しく、これ以上時間をかけても仕方がない。すでに素晴らしい曲が出来ているんだから、これをシングルにすればいいだけだ。というような、誰もが思う正論を、「自分が悪者になるのだ」(西寺郷太『新しいマイケル・ジャクソンの教科書』)と思って言っていたのではないでしょうか。


当時のことを聞かれたモトーラは、「たとえ誰かがノーと言ったとしても、マイケルはイエスと言ってくれる別の人のところに行くだけだったと答えています。(『MICHAL JACKSON.INC.』)


しかし、納得のいかないMJはスピーチで語ったように、


版権の半分を所有したまま、離れる。


と、SONYに迫った。端的に言えば、それは「自分とモトーラのどちらを取るんだ」という脅しです。

そして、SONYはモトーラの方を解雇した。


MJは、モトーラをソニーミュージックの社長の座から降ろすことに成功したわけです。


スピーチでは、SONYから自由になる。と発言しているので、あれだけ批判したSONYに停まったことを疑問に思った人は多いと思いますが、デモの時点ではモトーラはまだ社長ですから、彼を失脚させるためにSONYブランドを攻撃した。ということで理屈は通ります。


これ以降、MJ主導のショートフィルムは創られることなく、多くの企画が流れていったことで、ファンは、MJの創作活動が妨げられていると感じ、さまざまな想像がなされ、マイケルがその後も何度か版権への陰謀を口にしてきたことは、それにさらに拍車をかけました。


「SONYは、ソニーATVの全権をにぎるために、自分のキャリアを破壊しようとしている」


という理屈は、


「アルバムが失敗すれば、資金ぐりが悪化し、ソニーATVを担保に借りている2億ドルの返済が滞る」


ということで、マイケルの心中としてはそうでしょうが、理由はどうであれ、彼が非常にお金のかかる生活をしていたことは否定できませんし、アルバムの制作費に莫大な金額をかけたのも、借金をしたのもMJで、モトーラや、SONYがそうするように仕向けたわけではありません。


MJは当時の破産という噂に対し、FOXニュースのインタビューで、「僕は最近、とある人物に5億ドル(約600億円)の小切手を渡したばかりだ」と答えていますが(→ http://moonwalker.jp/project_old/2002-2.html)


それほどお金があるなら、そして、なぜ、「スリラー」のときと同じように、自分のお金で「アンブレイカブル」のショートフィルムを創らなかったのでしょう?


また、その後も莫大なお金を借りられることができたMJは、なぜ、その借金で本当に創りたいショートフィルムを作らなかったのでしょう?


また、デモを行なった、2002年6月15日から7月16日までの間に、ソニーと共同で、カントリー音楽を扱う音楽出版社エーカフ・ローズを購入するという発表(7月2日)も行なわれています。そこから考えても、やはり、ソニーへの攻撃は、モトーラ失脚のための手段だったと、私には思えてなりません。


☆(5)に続く


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by yomodalite | 2015-01-25 06:00 | MJ考察系 | Trackback | Comments(2)
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とうとう、(3)まで、書いてしまいましたけど、まだ最初に書きたいと思ったところまで、全然来てなくて、焦ったり、迷ったりしつつ、これ以上、自分の心が折れないように、初心を思い出したり、いいわけしたりしたいんですけど、

マイケルに限らず、考察をする意味というのは、自分以外の人のことを考えることで、「自分を知ること」だと思っています。

マイケルは、「偉大な人を学ぶことで、自分も偉大になる」と考えて読書をしていました。

私にとって「偉大な人」は、マイケルですが、自分も。。というようなことは、まるで考えられないので、読書をする行為という部分だけをとっても、ものすごい違いがあるわけです(それ以外はもっと違ってるんですけどねw)。それで、「マイケル・ジャクソンを読む」ということのむずかしさを実感したり、

彼が読んでいた本とか、彼が偉大だと思っていた人物について調べたりということを、コツコツとやっていると、こんなに偉大な人たちがいっぱいいて、命がけで歴史を創ってきたのに、どうして世の中はよくならないんだろうと思って、絶望しそうになるんですが、

偉大な人たちは、そんなことに絶望することなく、偉大な精神を未来に繋ぐために、その身を削ってきた人だということはわかってきて、その「偉大な精神」とは何かということもわかりました。そこだけは、はっきり「わかった」と言ってしまいますが、「偉大な精神」とは、

We Are The World と、Heal The World です。

(ちなみに、今ほどマイケル病にかかっていない頃、私は「Heal The World」という曲は大好きでしたが、「We Are The World」は嫌いでした)

マイケルのことを尊敬しているから、そう思うのではなく、世界宗教の創始者も、科学者も、思想家も、詩人も、政治家も「偉大なひと」はみんなその精神だと思います。

2015年の私だけじゃなく、2016年も、2017年の私もきっとそう思っているんじゃないかと思います。それについては、7年続けているブログでさえ、なにか書こうと思ってから、実際に書いてみると、まるで違う内容になってしまうと思うぐらい、自分の考えも、その書き方もわからない私にしては、めずらしいぐらい確信しているんですが、残念ながら、人は「確信」したときほど、間違ってるものらしくw、


名越氏は、立派な精神科医の方なので、こんな風に言ってくださいますが、ほんの少しかじったその方法論だけで、偉大な人を「病気」に分類したり、幼児期のトラウマや、悲惨な体験を発見しては、物事の真実を知ったと、悦に入っている人の方が世の中には多いので、その創始者であるフロイトが「精神分析」について、慎重に書いてきたこととは、まるで違っていて、

偉大ではない人が、ものすごく正しいと感じるときは、たしかに「ヤバい病気」に犯されている可能性は大いにあって、

しかも、その「ヤバい病気」というのは、ふつうのひとが「偉大な精神」に触れたとき、よく起こる病気で、世の中がよくならない原因でもある。といってもいいぐらいの「ヤバさ」なんですが、一旦、発病すると、完治に至ることは極まれで、もともと感染力が強いだけでなく、発病した人はみんな、積極的に他人をも感染させようとするせいか、少しづつ形を変えて、蔓延するので、どんどんヤバさが増していくという、ホントに恐ろしい病気なんですけど、えっと、何の話でしたっけ(笑)

そうそう、「マイケル・ジャクソン考察と、偉大な精神を考えることのむずかしさ」についてですよ。たしかww

とにかく、そんなわけで、「偉大な精神」のことを考えていたって、偉大にはなれないことが多いだけでなく、むしろ、そこから離れていくことが多いので、

だから、マイケルことはわからない。ってことになるんですけど・・・

でもね、残念なことに、すでに「発病」してしまってるんです。私だけじゃなく、あなたも。

私が考える「マイケル」は、しょせん、「私の考え」です。

私の考えを「マイケルの考え」のように書かれたり、MJではないものを、「MJとして捉えられている」ことへの不快感は、私も日々感じていますが、

本当は憎む必要がないものを、憎んだことで起こる問題は重大で、世界中の人を愛し、また愛された人のことを考えることは、「自分を知ること」だけでなく、少しでも「自分を拡げること」に繋げたいと思います。

マイケルを理解することには、なんの自信もありませんが、今後も、病とつきあっていくので、どうぞよろしくお願いします。


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by yomodalite | 2015-01-22 14:31 | MJ考察系 | Trackback | Comments(8)
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☆[2]の続き

ソニー社内の権力闘争という側面については、下記に詳しく書かれています。

http://homepage3.nifty.com/mana/michael-world7.html

上記は、『ソニー:ドリームキッズの伝説』にインスパイアされた素晴らしい記事ですが、実際の本の中で、マイケルに言及した部分は極わずかということもあって、
少しだけ異論というか、解釈を加えたいと思うのですが、

まず、私は、マイケルにとって関係のないソニー内の権力闘争によって、彼が犠牲になってきた。とは考えません。

私を含め、ほとんどのファンは、MJのような「KING」ではないので、大きなものに巻かれたり、その犠牲になるような経験しかないため、つい、大好きなマイケルのことも、自分と同じように弱い立場として想像しがちなのですが、

「スリラー」で始まった彼の物語は、「バッド」で「デンジャラス」な「ヒストリー」を創りあげ、これ以上ない「インヴィンシブル」な男だったことを、ファンはもっとも忘れてはいけないのではないでしょうか。

「オフ・ザ・ウォール」を続けるということは、常に戦いに勝利するということです。

80年代のイエトニコフ時代のCBSレコードはソニー最大の稼ぎ頭で、90年代のモトーラ時代の音楽部門は、映画部門と並んで、ソニー全体にとって、むしろ「赤字部門」だった。ということは重要な指摘なんですが、歴代トップと、モトーラとの最大の違いは、

モトーラが、マイケルに並ぶほど収益をあげたマライアを育てたことです。


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それまで、なんだかんだ、マイケル頼みだったこれまでの社長と違い、自分自身もアーティストの経験があるモトーラは、プロデュース能力によって、次々にスターを生み出し、マライアを90年代には、MJを凌ぐほどのドル箱に成長させました。マライアにとって「耐えられないほどの干渉」は、裏を返せば、それほど、きめ細やかな指導だったとも言えます。

彼は財務のプロフェッショナルというよりは、むしろ、音楽業界を知り尽くした、現場の叩き上げとして、社長の座を射止めたわけです。

音楽産業は転換期をむかえ、全米のラジオ局は、クリアチャンネルが独占するようになり、それぞれのDJが音楽を選曲して放送する時代は終わり、流通も変化しました。ニューズ・コーポレーションに代表されるメディア・コングロマリットは、5大ネットワークをゴシップ雑誌と同じ水準に引き下げ、彼らは、マイケルの驚異的な知名度をビッグビジネスに転化しましたが、レコード会社にとってはそうではなかった。

ますます売れなくなる音楽業界で、放っておいても売れるアーティストにお金を使わせるよりも、新人のプロモーションにお金をつかう方が、新たな収入源につながることは、誰が考えても明白で、それは、モトーラ個人の考えというよりは、レコード会社だけでなく、多くのビジネス現場で正しいと判断される考え方で、私たちが働く会社でも、ビジネス論理は同じようなものです。

マイケルが、他のアーティストと比べて、待遇面であまりにも恵まれていたことは否定できず、90年代、数々のスキャンダルに見舞われ、ブランド価値に陰りが差したマイケルに物が言えるのは、当時マイケルと同じぐらい稼いでいたマライアの生みの親であるモトーラだけ。。

病床にあった盛田会長だけでなく、当時のソニーは、映画産業への壁に阻まれ、デジタル化への変化の中でもがき続けている最中で、マイケルと同様のマインドを持ち続けたくても出来ない状況でした。


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赤字に転落していた音楽部門を立て直すために、モトーラに期待されたことは、アーティストを今まで以上に「売る」ことだったでしょう。元々ミュージシャンで、敏腕プロデューサーだったモトーラは、これまで成功したアーティストの方法論も、彼らの音楽についても、アーティストが売れたいと思う気持ちも理解できたと思います。

売れるためにはどうすればいいか。日々そのことを考えていたモトーラは、これまでの社長よりも、マイケルのアルバム製作にしても、宣伝活動にしても、現実的な目線で見ていたでしょう。想像でしかありませんが、マイケルの90年代の売上げに匹敵するほど、マライアを売った男は、それまでの社長よりもマイケルに具体的な指示をしがちだったと思います。

そういった意味において、MJにとって、モトーラは、歴代社長の中でもっとも「ウザい」相手だったのでしょう。

成功に導いた実の父親や、ベリー・ゴーディ、クインシー・ジョーンズといった人々でさえ、自分のやり方を通すために別離し、有能なマネージャーのディレオ、ソニーウォーズでも切り札になった版権取得を可能にしたジョン・ブランカでさえも、首にしてきたマイケルは、自分に指図するような相手と長くつきあうことはしません。

マイケルの業績として、彼が新しい音楽ビジネスを開拓したということがよく語られています。新たなビジネスモデルを創るということは、経済分野においては、彼の音楽よりも評価されることですが、それは、そのモデルによって、他の人にも恩恵が与えられるからです。

2015年の音楽業界でも「MJフォロワー」は数えきれないでしょう。

『MJ Tapes』の中で、マイケルは、マドンナのことをあまり良く語っていない理由のひとつは、自分の真似をすることで、自分に近い地位まで獲得した彼女に、自分とはまったく違う精神を感じるからだと思います。その感覚は複雑だと思いますが、

あえて、ひとことで表すとすれば、「PHONEY(偽物)」ではないでしょうか。


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私たちが、心の底から「本物」だと思うアーティストは、素晴らしいものの中にも、「偽物」を感じるような鋭敏な感覚を、永遠に持ち続けることで、真の「本物」になったのだと思います。

マイケルは、マライアの才能を認め、高く評価していますが、それは、彼女がマドンナと違って、自分のライヴァルにはならないということもあったでしょう。でも、社長として、売上げベースで比較すれば、ふたりのアーティストの価値は拮抗していて、モトーラは、その一方を創ったという意識で、マイケルに接したはずです。

「KING OF POP」のみならず、「KING OF MUSIC」であるマイケルがそれをどう感じたか、どんな山よりも高い、MJのプライドを知るファンとしては、彼が「イラっ」とする感じが想像できるんじゃないでしょうか。

「KING OF MUSIC」である自分の想像の翼をすぼめることは、「音楽を殺すこと」と同じだと、マイケルが考えても、彼のファンなら、ただの傲慢だとは思わないでしょう。彼のような音楽を創り上げるには、それぐらいの妥協のなさと同時に、ビジネス論理にも打ち勝つことが必要でした。

米国の一流企業のトップにとって、女性蔑視的な行動や、人種差別的発言を公表されることは完全に「OUT」です。SONYのようなコンシューマー企業は特にそうです。

マライアから、最初にモトーラについて相談を持ちかけられたときから、MJが内心ほくそ笑み、マライアを移籍に誘導していった。とまでは言いませんが(あ、口がすべったw)、ソニーから移籍したマライアから、モトーラの罪状を聞いたとき、小さくガッツポーズするMJが、どうしても私には見えてしまいます(妄想ですw)。

会社に莫大な利益をあげたアーティストを育てたことで得た地位は、彼女に去られたことで、危うくもなっていました。モトーラのマライアに対しての監視や盗聴行為は、ライバル会社に移籍した元妻が自分の立場を悪くすることへの防御の意味合いもあったでしょう。

マライアの口からそれを聞き出したとき、それは、MJにとって、「時はきた。」という瞬間ではなかったでしょうか(またまた妄想w)。

当初のインタヴューで答えていたように、MJのソニー攻撃は、モトーラ下しの手段という側面が大きかった。

ただ、MJの心の中では、結局、そのふたつへの怒りは、同じものとして、燃え上がっていったのだと思います。


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by yomodalite | 2015-01-21 06:00 | MJ考察系 | Trackback | Comments(10)
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☆[1]の続き

ソニーへの抗議で、MJが主張したと言われているのは、

1. 所有する版権を奪うために、アルバム『インヴィンシブル』のプロモーションを積極的に行わなかった。

2. ソニー・ミュージックの社長、トミー・モトーラの人種差別や、元妻(マライア・キャリー)への監視・盗聴などの行為

当初のインタヴューでは、マイケルは「モトーラに怒っているんであって、ソニー全体ではない」と言っていたものの、デモでは、「STOP CRIMINAL MOTTLA(犯罪行為を止めろ、モトーラ)」「GO BACK TO HELL MOTTOLA!!(地獄へ帰れ、モトーラ!)」以上に、「SONY IS PHONEY(いんちきソニー)」「SONY SUCKS(くそったれソニー)」「SONY KILLS MUSIC(ソニーは音楽を殺す)」といったプラカードを挙げているマイケルの姿が目立った。(プラカードはファンが用意したもの)




マライア・キャリーは、CBSレコード(現:ソニーミュージックエンタテイメント)の社長だったトミー・モトーラに見いだされ、1990年にデビュー。1993年にはモトーラと結婚し、1999年を最後にソニー・ミュージックを離れるまで、会社に1000億円を超える利益を与えたと言われるほどの成功を納めた。敏腕音楽プロデューサーだったモトーラが、彼女を成功に導いたことは間違いないものの、私生活と仕事の両面で厳しい干渉を受け続けたマライアは、ついにそれに耐えられなくなり、1998年に離婚。ヴァージンレコードに移籍する。


西寺郷太氏の『新しいマイケル・ジャクソンの教科書』には、

モトーラが元妻のマライアと別離後にした仕打ち、『インヴィンシブル』からほとんどシングルカットがされず、ショートフィルムが作られなかったこと、マイケルの呼びかけにより、21世紀の「ウィー・アー・ザ・ワールド」とも呼ばれた『ホワット・モア・キャン・アイ・ギブ?』のリリースをなぜかソニーが拒み続けたことは、未だに不可解であり、ふたりの個人的感情のもつれとしか思えない。


と書かれています。ふたりの間に感情のもつれがなかったとは言えないでしょう。ただ、『ホワット・モア・キャン・アイ・ギブ?』は、自然災害の被害者や、飢餓を救うためだけのチャリティ・ソングとは違っていました。


(下記は歌詞からの抜粋)

How many people will have to die before we will take a stand?

どれだけの人が死んだら、僕たちは立ち上がるんだろう?


How many children will have to cry, before we do all we can?

どれだけの子どもが泣いたら、手を尽くすというのだろう?


If sending your love is all you can give to help one live

人が生きるのを助けるために、愛を与えることができていたら


How many times can we turn our heads and pretend we cannot see

僕たちは、何度顔を背け、見て見ぬ振りをするのだろう?


See, then why do they keep teaching us such hate and cruelty?

よく見て欲しい、なぜ彼らは、私たちに憎しみや残虐を教えようとするのか?


We should give over and over again

僕たちは、何度でも与えよう


What have I got that I can give?

他に何かできる?


We should give over and over again!

僕たちは、何度でも、何度でも、愛を与えるべきなんだ


(yomodalite訳)


◎[参考記事]“What More Can I Give”が歌われる前に行われたスピーチ





日本語字幕 “What More Can I Give”

(私訳とは少し異なりますが)




911を憶えている人なら、あの頃、アメリカ中が戦闘態勢になり、国中に星条旗があふれ、イラク戦争への道に突き進んでいったことを憶えているでしょう。当時は、「イマジン」も放送禁止になり、人々の平和を求める声は抑えられ、戦うことを強いた時代でした。


それぞれ別レーベルのアーティストが参加したこの曲のリリースは、各レコード会社が、その壁を越えて、力をあわせなくてはならない事業でしたが、アフリカやハイチの支援活動と異なり、この時代の米国で「ひとつになること」を求められたのは「テロとの戦い」の方。


“What More Can I Give” は、同時多発テロ事件で傷ついた人々に手を差し伸べるだけでなく、その憎しみを利用して、戦争を起こそうとする政府に反した内容で、お金集めを目的とするチャリティ・ソングを越えたものでした。


モトーラでなくても、そしてSONY以外のレコード会社でも、“What More Can I Give” のリリースには、積極的になれなかったのではないでしょうか。


☆ソニーウォーズの意味について[3]に続く



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by yomodalite | 2015-01-20 06:00 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)
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正月三が日を明けた頃、尊敬するある先生から、

「私はPHONEY(偽物)が嫌いなんです」

という言葉を聞いて、私の頭の中は、SONYへの抗議行動を起こしたときのマイケルの姿でいっぱいになり、そのあと、その先生と同年代である吉本隆明のNHKの番組「戦後史証言」を見て、

SONYという会社が2000年以降のMJの活動を妨げ、その他諸々、彼への陰謀に関わっていたという論調に違和感を感じていた理由のひとつは、偏向する報道の視聴者であり、利潤を追求するために働いている「私たち」が抜けていたからだと思いました。

大衆の原像を忘却し、この原像から、思想が孤立することは恥辱である。大衆の思想は、世界性という基盤をもっているのだ。ー 吉本隆明「情況とはなにか」

大衆の原像とは、今のありのままの大衆ではなくて、大衆の理想化されたイメージであり、それを正しさの基準としなければならないのだと。

MJが背負った「KING OF POP」の「POP(大衆)」にも、それと同じようなものを感じる。

番組では、吉本隆明に影響をうけた人々だけでなく、同時代のさまざまな論客による彼への異論も紹介されていて、それぞれの人がもつ「正しさ」のものさしのようなものも見えたけど、「思想家」として、時代を超えるものと、そうではないものとの違いも、少しだけ見えたような・・

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そんなことを考えつつ、久しぶりに西寺郷太氏の『マイケル・ジャクソン』を見てみたら、

人生を危険にさらせ ー『悦ばしき知識』

という、ニーチェの言葉が冒頭にあって、西寺氏がどんなきもちでそれを引用されたのかはわからないけど、なにか同じものを感じて嬉しくなった。マイケルは、ほとんど語らなかったし、むずかしい言葉も絶対につかわなかったけど、彼のことを考えようとすると、偉大な思想家の力を借りなくては説明の出来ないことがいっぱいある。というか、MJの持っていた何かが、それまでは何を言っているのかわからなかった言葉の中から、それを発見させたり、ゴミ箱に入れてもいいものも教えてくれる。

若いときに「本物をいっぱい見ろ」とよく言われたけど、何が「本物」なのかよくわからなかった。でも、一度でも「本物」に出会えると、芋づる式に「本物」に出会うこともできれば、素晴らしく見えるものの中に偽物があることにも気づく。

偽物は、借り物の言葉で出来ているけど、本物は、それを表す言葉がないことに気づかされて、言葉を失わせられる。それで、自分の無知を知ることができるのだ。

MJのことを考えていると、いつも言葉を失って、誰かが、彼について語っている、その言葉にも納得ができない(そんな経験をみんなもしてるよね?)。

そんなことを考えていたら、childspirits先生から電話がかかってきた。

C:お正月に『THIS IS IT』をコマ送りで見て、どうだった?


Y:私って、すっごい俳優だなって思うと、コマ送りで見るの好きじゃん? でもさ、『THIS IS IT』をこれだけ何度も見てるのに、まだやったことなかったのね。なんか、怖かったんだよねw、うっかりすると、なんだか恐ろしいものが見えそうでさ、そーゆーことよくあるじゃん、マイケルの場合w。でもね、だいじょうぶだった。もうね、どこで止めてもすっごく絵になってた!


C:娘がまだこどもの頃に、「スリラー」を見せたことがあったんだけど、それからしばらくして、「You Are Not Alone」を見て、すごくショックを受けてた。あの「スリラー」の人がこんな風になったんだって。


Y:リアルタイムで彼の変化を見てるときは、あれでも、充分ショックだったし、基本的にいつもショックを受けてたような気がするw「Blood On The Dance Floor」だって、今は死ぬほど好きだけど、昔あれを見たときの怖さは、未だに忘れられないし、あらゆる映像の中でも一番トラウマになった映像は「You Rock My World」のような気がするしw。。。あのね、今「ソニーウォーズ」のこと考えてて、それで、「Threatened」の歌詞も翻訳しようと思って読んでて、それで、あらためて怖いなぁって思ってたところだったんだ。ホント、マイケルってハンパなく恐ろしいよね。怒ってる神々って多いからかなぁ・・・




彼の怖さについては、まだよくわからないけど、「ソニーウォーズ」のときの、今までに見たことないような行動。あのときのMJは何に怒っていたんだろう?

SONYは、アップル設立前のスティーブ・ジョブズが憧れるほど輝いていた会社でありながら、一般的な米国人にとっては、自国の衰退を感じさせた外国企業の代表として、それまでも、職を奪われた人々による抗議のはけ口として常にニュースにされやすい会社で、単純な陰謀論を信じやすいファンにとって、うってつけの企業だった。

それまでのMJは、SONYから、その革新性の象徴のように扱われていて、彼が抗議した、レコード会社がアーティストから搾取しているという主張は、SONYという会社の固有の資質ではなく、むしろ、SONYのマイケルへの投資は、他と比較すれば異例で、MJがどんなに売れたからといって、他の会社だったらこれほど自由にできたとも思えなかった。

『HIStory』が、巨額の広告費を投じた割には売れなかった後の『Invincible』までの6年という長い歳月は、レコード会社としては我慢の限界を遥かにこえていて、MJがアーティストとして、彼らからの催促をかわし続けたことは流石としか言いようがないけど、SONY本体が映画部門の失敗で苦しむ中、売り上げ不振だったレコード部門の縮小は止む終えないもので、当時、MJが得意としていた華やかな宣伝は、消費者にも好まれなくなっていた。


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そんな状況の中でも、相変わらず巨額な費用をかけたビデオを製作し、それが1本しか創れなかったから、会社が「Invincible」を売ることを妨害したとか、マライア・キャリーの訴えを100%信用し、トミー・モトーラを「悪魔」呼ばわりするなんて、

「僕は人を憎むことは決して教えない」

と言っていたことに反してないだろうか。SONYとの契約の中には知られていないことも多くあるのだと思いますが、これまで見聞きしたものの中には、真実の光を放つものはなく、長い時間をかけて創った素晴らしいアルバムに対して、不当なほど酷い評価を下したメディアや批評家に憤慨するのならわかるけど、

すでに、知らない人が誰もいないほど有名になったアーティストが、広告が足らないことへの不満から、所属レコード会社に対して派手な抗議をするなんて、円熟したアーティストの行動とは思えないし、トミー・モトーラは、MJが「悪魔」と呼ぶには小さ過ぎる相手ではないか。長くエンタメ業界で過ごしてきた彼なら、モトーラ程度の「悪魔」なら、何度も遭遇してきたはず。。

『インヴィンシブル』が発売になったのは、同時多発テロと同じ2001年。抗議行動は、その翌年、ブッシュ大統領が「悪の枢軸」発言をした2002年。そのとき、マイケルには、もっと他に言うべき言葉があったのではないか。

私はずっとあのときのMJのことがわからなかった。


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by yomodalite | 2015-01-18 20:27 | MJ考察系 | Trackback | Comments(2)

人生を変えたければ「桜井章一」を見よ! (成美文庫)

桜井 章一,名越 康文/成美堂出版



桜井章一氏は、20年間無敗のまま引退した伝説の麻雀士。著作も多い方なんですが、名越康文氏との共著があることを知り、初めて読んでみました。

対談ではなく、桜井氏が語ったテーマに対して、名越氏が「診断」を下すという形になってはいますが、精神分析をされているのではなく、名越氏は、テーマを掘り下げたり、解説をされるという形になっています。

共に、自己啓発分野での著作が多い方なので、どこを選ぼうか迷いましたが、

下記に少しだけメモしておきます(省略して引用しています)

「友達ではなく仲間」

(桜井)「嫌いな人っているんですか?」と聞かれることがある。確かにそう考えると、嫌いな人はあまりいない。ただ、私には友人とか親友とか、そういった友達がひとりもいないことに気づいた。では、何がいるのか?私には《仲間》がいるのだ。

「友達」、「親友」というくくりで考えてしまうと、人間関係の幅が狭くなる。どうしても都合のいい人間、分かり合える人間を選んでしまうからだ。ただ、そこに《仲間》という感覚を持ち込むだけで世界が広がる。1人では絶対に出来ないようなことも、仲間がいれば可能になる。人間関係で悩んでいる人も、一対一の直線的な思考ではなく、仲間としての丸い輪、円のような考え方にするだけで、かなり違ってくるのではないか。

(名越診断)僕にとっての友達、親友というのはシンプルで《尊敬できる人》です。《対等な人》と思ったことはありません。ただし、この《尊敬》の内容は、社会的な価値観や道徳とは何の関係もありません。少なくとも僕はそう認識しています。そして不思議なことに、そういう人たちと近づけば、近づくほど、その人の凄さを言葉に表せなくなるのです。桜井氏は仲間を《円》という言葉で表現しています。ここに僕は《円》という表現でしか言い表せない、人生の妙味を感じます。

ただ、《円》という思想、考え方は非常に危険な部分もあります。禅の世界や、タオイズムの悟りでも《円》が用いられます。それら一大思想を築いた方たちが悟りの境地で体感したのが、《円》だったということにはまったく異論はありません。ただ、悟ったふりをしている人、悟りの境地に憧れるあまり、大きなエゴをもってしまった人も、やはり《円》を持ち出すものなのです。《円》というのは非常に難しい概念で、そこにはさまざまな考え方が玉石混淆していますが、それらのほとんどが、玉ではなく《石》です。そういった世の常を見定めてゆくことが大切だと思っています。


「目的意識をもたない」

(桜井)現代に生きる人々にとっての目的意識とはいったい何だろう。答えはいろいろあると思うが、集約すると、

「勝つため」
「偉くなるため」
「お金持ちになるため」

この3つに行き着くのではないだろうか。こんな目的をもつから人間はダメになっていくのだ。結果だけを求め、そこに行き着くまでの過程はどうでもいいという精神。結果主義は人間の弱い心をくすぐり邪心を刺激する。他人を羨むとか、妬むとか、他人よりも偉くなりたいとか、お金持ちになりたいとか。そんな目的意識、生き方は自然界にはない。

(名越診断)目的意識が自身の確かな感覚体験に基づかず、既存のものを鵜呑みにすることほどみじめな生き方はないと思います。何がみじめかと言うと、その人からどんどん個性が失われ、考えること、感じることもどこかで聞いたような中身になってゆくからです。でも、無気力になっているわけではないのです。逆にやたら活発な人が多い。それはただ熱を感じさせるだけで、心の弾力や強さは伝わってきません。

目的意識は人のためにもつようなところがあります。自分を尊敬させるため、見えやすく分かりやすくするため、あるいは真面目そうに見せるために持つこともあるかもしれません。しかし、真の意味での目的、目標というのは、人生を生き切った時にはじめて、何を目指していたのか気づいたり分かったりするものなのではないでしょうか。

また道徳、宗教、哲学というのは崇拝の対象になりやすいものです。崇拝とは自分の欠落した部分を埋めようとする行為で、誤った、《熱》を持ちやすいものなのです。

熱さとは《欠落》です。しかし、だからと言って宗教的なものを何でも否定しようとするのも考えものです。ヒステリックな言動、否定しようとする情熱も何かの欠落なのです。そういうことを僕たちは理解しておかなければならないと思います。

(引用終了)

《円》という概念は玉石混淆で、ほとんどは《石》。熱さとは《欠落》

ふぅ。。。

桜井氏の魅力が伝わりにくい部分を紹介してしまったかも。。桜井氏の本はまた読んでみようと思います。

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by yomodalite | 2015-01-16 13:16 | 精神・教育・自己啓発 | Trackback | Comments(0)
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映画『神は死んだのか』を観に行った。いつものように、予告編も、レヴューも参考にせず、「無神論者の哲学科教授に、大学生が挑む」という情報だけで観に行ったんだけど、

エイシストの教授との議論は、これからという段階で終わってしまうし、その後も、不信心な人は不幸になってしまうというクリスチャンによる「プロパガンダ映画」で、ちょっぴりがっかりだった。

でもね、、


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途中までは、有名な無心論者であるホーキングや、ドーキンスの本を一生懸命に読んで、教授に逆らうことで、ロースクールへの進級がダメになってしまうと反対する婚約者と破局しても、神の存在を証明しようとする大学生に、なぜか共感していて、彼が「(かなり曖昧な記憶だけど)イエスをがっかりさせたくない」みたいなセリフを言ったときは、うっかり涙が込み上げた。



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帰りに寄った書店で、ビートたけしの本が目に入った。

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何を信じるとしても、
そんな教養があったら、いいと思うんだけどな。。。



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動画は映画の予告編ではなくて、

MJのそっくりさんで有名な、Marcus Joseph Williams の最新動画「How Will I Know」(音声のみ)






わんこにキュンとなった数年前の動画






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by yomodalite | 2015-01-12 22:02 | MJ系ひとりごと | Trackback | Comments(0)

映画 鈴木先生 通常版 [DVD]

長谷川博己,臼田あさ美,土屋太鳳,風間俊介,田畑智子/角川書店

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昨年末、ひと足先にダーリンが東京に帰ったあとは、返却期間が迫っていたレンタルビデオを片付けた。


アンチクライスト [DVD]

ウィレム・デフォー、シャルロット・ゲンズブール/キングレコード

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まずは、このところ、すっかり慣れてきたラース・フォン・トリアーの『アンチ・クライスト』をやっつける(余裕。。何がw)、これで、トリアー監督で観てないのは、『エピデミック』と『ラース・フォン・トリアーの5つの挑戦』のみだと思うと、またもや、余裕を感じつつ(だから、何でw)、

この勢いが止まらないうちに、『トム・アット・ザ・ファーム』でお初だったグザヴィエ・ドランのデヴュー作(監督・脚本・主演)『マイ・マザー』をすばやくデッキに滑り込ませると、冒頭からドランが可愛いせいか、「あっと言う間」に片付いたんだけど、でも、自分の主演映画を、最初からこんなに完璧に創るなんて、、何か、可愛くない気もするw。
 

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しかし、そんなことを長々と考えている暇はないと思い、一緒にレンタルしたビデオを確認すると、残りは邦画で、しかも、ドラマの映画版だったことに気づいて「しまった!」と思うけど、2014年ももうすぐ終わるのに、一旦、日を改めてなんていられない。

気合いを入れるために、ビートたけしのように首と肩を動かし、中居君のように前髪ふーふーして、映画版『鈴木先生』をデッキにねじ込む。

案の定、クオリティがどっと下がった映像に、テンションが下がるものの、テレビ東京のドラマが映画化までにたどり着いたことを、何度も思い出しながら乗り切るw。2011年に放映されていたドラマの『鈴木先生』をみていないので、鈴木先生のキャラをなかなか把握できなかったんだけど、とりあえず、このドラマが評価された理由のようなものだけはわかって、連ドラとして観ていたら、面白かっただろうと思った。2時間で起承転結をつけるという映画のリズムにも不満が多いし、長い物語を展開できるドラマには可能性を感じているものの、面白いドラマを自分で発見するような努力を全然していないことを、ちょっぴり反省する。

それで、年が明けてから、NHKの「新春テレビ放談2015」を観ていたら、千原ジュニア氏とYOU氏が『若者たち2014』(フジテレビ)と、『アオイホノオ』(TV東京)について熱く語っていたので、すごく観たくなった。YOU氏が、新ドラマは第一話をすべて観てから、続きを観るものを決めると言っていたので、少し真似しようと思った。


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by yomodalite | 2015-01-08 13:29 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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