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来年はきっと…(2014.12.30)

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「私、生まれてすぐに踊りだし、世界中を旅して周り、姓はジャクソン、名はマイケル、人呼んで、キング・オブ・ポップと発します。」


* * *


今年は、着物について、まったく「あれこれ」しなかった。というか、一度も袖を通さなかった。

昨年も、ブログタイトルに偽りありだと思っていたけど、それでも、少しだけ「着物」に未練があって、なんていうか、それは、着る着ないに関わらず、「着物で生活していた世界の日本人」の気分を、わずかでも感じていたい。というような気分だったんだけど、、、

大阪に来てからは、まだ周囲がきものを着ている人がたくさんいる時代に、このままじゃ日本はダメになると感じて、死にものぐるいで、西洋を学んでいた人の方に惹かれている。

そういった近代日本を創ったような人々は、関西の神仏習合や、土着的な宗教文化を嫌っていて、東京をそれとは違う場所にしたかったんだと思うけど、近代日本人の魂のようなものは、むしろ今、大阪の方に残ってて、そして、東京では、その後、ああなって、こうなって、色々あって、今、こうなってるんだなぁと思うと、ようやく、日本は、世界史の中で、特異な存在ではなくなりつつあるのかもしれないと思う。

それで、極東の未知なる島国のままで良かったのに。と思う一方で、日本の歴史が進んでいる間、マイケルの信仰について考えていたせいもあって、世界の思想・宗教史について、少しだけ実感できるようになった。と思ってみたりもする。

知りたいと思う欲は、あまり際限を感じなくてもいい欲望だと教えてくれたのも、マイケルのおかげだ。

2007年から、ブログを始めて、しょっちゅう、いつ止めようかと思うのだけど、その都度やり残したことが気になって続けてきたんだけど、2014年は、区切りをつけようと思っていたことのすべてがそうならなくて、ますます、やり残したことが増えたので、

来年も、きものを着ないと思う。

それで、来年からは、ブログのタイトルから「着物」をとろうと思って、「読書日記とあれこれ」にしようと思ったんだけど、、

そんなことすら、どうしても決断できない。

こんなグダグダな年末で、来年だいじょうぶなのか。と思うけど、限りあるのは「時間」の方だけじゃなくて、「自分」もそうだから、しかたないんじゃないかな? 

と、思った瞬間、キャプテンの声が聞こえて、結論が鈍ることもよくある。

私が、2000年以降のMJが好きなのは、その時期、少しは彼もグダグダしていたんじゃないかと思うからなのかな。

『寅さんとイエス』という本があったんだけど、なんとなく、寅さんとマイケルを想った。


これも、私が思う、寅さんっぽいMJ。


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「この家で揉め事があるときは、いつも悪いのはこのオレだよ。でもなあ、さくら、オレはいつも、こう思って帰ってくるんだ。今度帰ったら、今度帰ったら、きっとみんなと仲良く暮らそうって、あんちゃんいつもそう思って。」(第17作「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」)

んなことは、言わないねw

「どこにいたって、愛がありゃあ、天国なんじゃないの?そういうもんだよ。」(第33作「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎」)

ちょっと、言いそうだよね。


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柴又の「寅さん像」


とりあえず、来年は、今年より、旅に出よう。

みなさん、どうか良い年をお迎えくださいませ。



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by yomodalite | 2014-12-30 22:26 | 日常と写真 | Trackback | Comments(2)

和訳 PLANET earth『Dancing the Dream』[26]

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マイケル・ジャクソンが1992年に出版した
『Dancing the Dream』から、「PLANET earth」の和訳です。
MJ自身の朗読を聴きながら、読んでみてください。





PLANET earth

Planet Earth, my home, my place

A capricious anomaly in the sea of space

Planet Earth, are you just

Floating by, a cloud of dust

A minor globe, about to bust

A piece of metal bound to rust

A speck of matter in a mindless void

A lonely spaceship, a large asteroid


惑星地球、僕の家、僕の居場所
果てしない海原の気まぐれな変わり者
惑星地球、あなたは宇宙に漂う塵なのか
壊れそうに、ちっぽけな球体なのか
錆ついていく金属のかけらなのか
虚空に浮かぶ物質のひとつなのか
ひとりぼっちの宇宙船で、ただの大きな小惑星なのか

Cold as a rock without a hue

Held together with a bit of glue

Something tells me this isn't true

You are my sweetheart, soft and blue

Do you care, have you a part

In the deepest emotions of my own heart

Tender with breezes, caressing and whole

Alive with music, haunting my soul.


岩のように冷たく色合いもなく
糊で固められているだけなのか
でも、なにかが、そうではないと言う
あなたは、やさしく青い、僕の愛しいひと
そよ風のように、すべてを愛撫し、
音楽と共に生きる私の魂に寄り添い
僕の心の最も深い感情を
自分のことのように気遣ってくれているのでは?

In my veins I've felt the mystery

Of corridors of time, books of history

Life songs of ages throbbing in my blood

Have danced the rhythm of the tide and flood

Your misty clouds, your electric storm

Were turbulent tempests in my own form

I've licked the salt, the bitter, the sweet

Of every encounter, of passion, of heat

Your riotous color, your fragrance, your taste

Have thrilled my senses beyond all haste

In your beauty I've known the how

Of timeless bliss, this moment of now.


僕の血潮に感じる神秘
時の回廊、歴史を紡いできた書物
僕に流れる血の中で、幾時代もの生命の歌は
寄せては返す波のようなリズムを踊る
あなたを覆う謎めいた雲や、嵐の中の雷は
僕の中で荒れ狂う嵐となり
僕は、しょっぱさも、苦さも、甘さも味わった
あなたの色、あなたの香り、あなたの味に
僕は出会うたびに、情熱を感じ、熱くなり
どんな状況であっても、僕のすべての感覚を刺激する
果てしない喜びと、今という、この瞬間を
僕は、あなたの美しさから知った

Planet Earth, gentle and blue

Floating by, a cloud of dust

A minor globe, about to bust

A piece of metal bound to rust

A speck of matter in a mindless void

A lonely spaceship, a large asteroid


惑星地球、優しく青い星
あなたは宇宙に漂う塵なのか
壊れそうに、ちっぽけな球体で
錆ついていく金属のかけらで
虚空に浮かぶ物質でしかなく
ひとりぼっちの宇宙船で、ただの大きな小惑星なのか?

Cold as a rock without a hue

Held together with a bit of glue

Something tells me this isn't true

You are my sweetheart, gentle and blue

Do you care, have you a part

In the deepest emotions of my own heart

Tender with breezes, caressing and whole

Alive with music, haunting my soul.


色のない冷たい岩の固まりで
糊で固められているだけ
でも、なにかが、僕にそうではないと言う
あなたは、優しくて青い、僕の愛しいひと
そよ風のように、すべてを愛撫し、
音楽と共に生きる私の魂に寄り添って
僕の心の最も深い感情を
自分のことのように気遣ってくれているのでは?

Planet Earth, gentle and blue

With all my heart, I love you.


惑星地球、優しく青く
ぼくは、こころのすべてをかけて、あなたを愛している

(訳:yomodalite)


◎[AmazonDANCING THE DREAM 



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by yomodalite | 2014-12-27 00:00 | Dancing the Dream | Trackback | Comments(2)

☆Children at Neverland Ranch for Christmas Party

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2004年12月17日、
マイケルはネバーランドでのクリスマスパーティーに
3歳から17歳の子供たちを
200人以上招待した。



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前年の12月、検察から正式に告発され、
同月3日には、警察によって2度目の家宅捜査が行われていた。
マイケルの広報レイモン・ベインが、
「今日は特別にマイケルが登場します」と言うと
招待された子どもたちは驚き
歓声が上がった。









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by yomodalite | 2014-12-25 10:31 | マイケルジャクソン裁判 | Trackback | Comments(2)

Merry Christmas !!!

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Javon Beard : He’d planned a special gift for Prince: a seven-week-old chocolate Labrador puppy. But the people that Feldman arranged to get the dog from had arrived too early on Christmas Eve. Mr. Jackson didn’t want Prince to see the dog, and there was nobody else to step up, so I said, “I’ll take him for the night.”


ジャクソンさんは息子のプリンスのために、特別な贈り物を計画していました。生後7週目のチョコレート色のラブラドール犬。しかし、フェルドマンらが手配した犬は、クリスマスイブの早朝に到着したんです。ジャクソンさんは、プリンスにまだ犬を見られたくなく、他の誰も手を上げそうになかったので、私は、「今晩、私がその犬を預かりましょう」と言いました。


I took the dog home, kept him at my house. Cute dog. Did not shut up. Whined and whimpered all damn night. I’d barely slept a couple hours when my phone started ringing off the hook. It was only six a.m., but somehow Prince had gotten wind of the surprise and wanted the puppy as soon as possible. So, I dragged my ass out of bed, put the puppy in the car, and drove it over. Little guy was whimpering and whining the whole way.


私は、子犬を連れて家に帰りました。とてもかわいかったのですが、吠えるのをやめないので、夜中に泣きごとを言いました。家の電話が鳴り響いたのは、ようやく子犬が静かになって、なんとか2、3時間寝寝られたぐらいの頃で、まだ午前6時ぐらい。プリンスへの、思いもかけないプレゼントのために、出来るだけ早く子犬が必要でした。それで、私はベッドから重い腰を上げて、子犬を車に乗せて出かけました。坊やは、ずっとメソメソしたり、愚痴を言っていましたが、


But the second I brought him inside Mr. Jackson’s house? He shut right up. He was suddenly as sweet and lovable as he could be, like he knew he was finally home. Prince went crazy. He loved that dog. Named it Kenya.


私がジャクソンさんの家の中に、子犬を連れて行ったとたん、彼は泣き止みました。ようやく、子犬が家に来て、可愛がることができて、プリンスはもうクレージーなぐらい、その子犬を愛していて、その子犬をケニアを命名しました。(テキトー訳)


- Remember the Time: Protecting Michael Jackson in His Final Days(ボディガードの人が出版した本)










⭐️









こどもの頃、家でクリスマスを祝うことはなかったのに、みんなのクリスマスのためのお仕事は、ホントにいっぱいしてるんだから。。。






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by yomodalite | 2014-12-24 01:37 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(0)

和訳 dancing the dream『Dancing the Dream』[25]

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これは、マイケル・ジャクソンが1992年に出版した
『Dancing the Dream』の冒頭の詩です。

『Dancing the Dream』は、元々、ツアー用のブックレットの企画が発展して、出版されることになったようで、この詩は、デンジャラスツアーのパンフレットにも掲載されていたようです。

自分で訳すときは、以前出版された和訳とは、少し異なる感じにしたいと思っていて、あまり代りばえしなさそうなものを後まわしにしてたんですが、ただ、そう思っていた詩でも、訳し終わる頃には、いつも、驚かされるというか、「ああ、そういう詩だったのか」と、新たに発見した気分になることも毎回で、やっぱり、本の順番どおりに訳すべきだったと後悔しているところなんですが、

完訳後に、収録順の番号に直そうと思います。

気になる点や間違いは、
いつでも遠慮なくご指摘くださいませ。


dancing the dream

Consciousness expresses itself through creation. This world we live in is the dance of the creator. Dancers come and go in the twinkling of an eye but the dance lives on. On many an occasion when I'm dancing, I've felt touched by something sacred. In those moments, I've felt my spirit soar and become one with everything that exists. I become the stars and the moon. I become the lover and the beloved. I become the victor and the vanquished. I become the master and the slave. I become the singer and the song. I become the knower and the known. I keep on dancing and then, it is the eternal dance of creation. The creator and creation merge into one wholeness of joy.

I keep on dancing . . . . . . . and dancing, until there is only . . . . . . the dance.

— Michael Jackson


夢を踊る


意識は、創作を通じて、表現される。

僕たちが住むこの世界で、クリエイター達はダンスする。

ダンサー達は、瞬く間に入れ替わっていくけど、ダンスは生き続ける

踊っているとき、僕はなにか聖なるものに触れることがよくある。

そんなとき、僕の精神は高く舞い上がり、この世界のあらゆるものになる

僕は星や、月になり、愛し、愛される者になり

勝者となり、敗者にもなり、主人となり、奴隷となる

歌を歌い、歌そのものにもなり、知る人となり、知られる人となる

僕は踊り続ける。それは、尽きることのない創造のダンス

クリエイターと、その作品はひとつになって、完全な喜びとなる


僕は、踊り続けて …… ただ、ダンスだけが遺るまで …… 踊るんだ


― マイケル・ジャクソン


(訳:yomodalite





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by yomodalite | 2014-12-23 21:37 | Dancing the Dream | Trackback | Comments(0)

スティーブ・バロン監督が語る『ビリー・ジーン』裏話

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スティーヴ・バロンが、自身の仕事を振りかえった本「Egg n Chips & Billie Jean」を出版。そのPRもあってか、「The Telegraph」のインタヴューに応えていて、“ビリー・ジーン”の撮影についての話が興味深かったので、訳してみました。


私は、MJはアルバムリリース段階から、「スリラー」で画期的なビデオを創るために、通常はありえない7番目のシングルまでを計画し、周到な計算のうえに、順番にリリースしていった。という自説の一端が表れている話だと思いながら読んだのですが、そう思うのは私だけかな?w


source : http://www.telegraph.co.uk/



そのとき、カメラは湯気で曇った --- 私が『ビリージーン』のビデオを創ったとき


By Rupert Hawksley

12:00PM GMT 11 Dec 2014


スティーヴ・バロン(プロデューサー兼ディレクター)はこれまでに制作されたアイコンともいえるいくつかの音楽ビデオに関わりました。彼が80年代に仕事をしたアーティストたちは印象的です。アハ、デビッド・ボウイ、フリートウッド・マック、ヒューマン・リーグ、マドンナ。しかし、そのリストのトップは、マイケル・ジャクソンでしょう。ジャクソンの1982年のヒット曲「ビリー・ジーン」のビデオがどのように製作されたかという裏話について、バロンが語ります。





◎THE OFFER

1982年の段階で、私は15から20本の音楽ビデオを創っていて、その中には当時イギリスでNo1だったヒューマン・リーグの『Don’t You Want Me』のビデオもありました。その頃はまだみんながマイケルのことを話しているというわけじゃなかった。『スリラー』の発表されたのは2、3ヶ月後でしたからね。マイケルからの電話をもらった時は、確かに、魔法のようなものを感じましたが、私はヒューマン・リーグの仕事のほうに熱中していましたし、当時、妻は最初のこどもを妊娠していて、最初、私は「やってる余裕はない」と思ってました。どうしてもやらなきゃいけない仕事だとは感じなかったんです。私にやるべきだと説得してくれたのは、妻でした。


◎THE BRIEF

マイケルのマネージャーから、マイケルは、ビデオを不思議な感じにしたくて、ヒューマンリーグの『Don’t You Want Me』の映画的なところや、全体の雰囲気が気に入っていると聞きました。マイケルは、ストーリーのある音楽ビデオではなく、むしろ短編映画のようにしたいと思っていたのです。






◎THE BUDGET

5万ドル。それは、これまでに私に頼まれた仕事の2倍の予算でした。でも、『Beat It』が5週間後にリリースされたとき、その予算は30万ドルになり、そして、彼らが『Thriller』をリリースしたときは、それは200万ドルになりました。3ヵ月の間に、『Billie Jean』の予算は、些細なものになったんです。


◎THE INSPIRATION

私は、ジョーン・アーマトレイディングのビデオのためにあったアイデアを、『Billie Jean』のために使いました。ミダス的というか、マイケルが行くところの、すべてが輝いて、黄金に変わるというようなプランですね。私はファックスでそのコンセプトを書きとめて、マイケルにそのページをファックスし、内容の半分を伝えました。マイケル側は、「彼はすごく気に入っている。彼はピーター・パンのようなものを望んでいる」と。それで「よし、やってもらおう。すぐにとりかかって欲しい、君のアイデアが気に入ったよ」ってことになったんです。


◎THE FILM

私たちは16mmのフィルムを使いました。35mmを使わなかったのは、ちょうど、『Don’t You Want Me』を35mmで撮っているときで、十分な予算がなかったからです


◎MEETING MICHAEL

マイケルは、とても優しく、すごく静かで、柔和な感じでしたが、ビデオの計画については、本当に詳細に知りたがって、結局、彼は私よりもわかっていたいようでした。


◎BEFORE THE SHOOT

ビデオの絵コンテを書くとてもいい友人がいて、私はマイケルと座って、彼にその絵コンテを見せ、コーラス部分の2つの空白だった画面には、彼のマネージャーが、マイケルがいくらかダンスをしたがるかもしれないと言って、彼は、マイケルが鏡の前で練習していたことを説明しました。

マイケルと話したのは、彼の後をつける私立探偵のアイデアについてです。それは、大まかに言って、彼が私に話したことに基づいていて、この曲の基本的コンセプトですね。マイケルは以前、何か私立探偵についての記事を新聞で読んでいたんです。


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◎MICHAEL'S MOMENT OF GENIUS

私たちは、彼と一緒にシーンごとにセットを確認していって、カメラ店のシーンは、彼のエネルギーが引金になって、すべてのカメラが動きだすというシーンだったんですが、マイケルはそこでアイデアがあると言ったんです。

「通りにもう一軒、ウィンドウに、マネキンが置いてあるテーラーなんてどうかな?僕がカメラ店を通り過ぎる前か後で、マネキン達が生き返って、彼らはウィンドウから、僕の後ろに飛び出る。それから、彼らが、僕と踊ったりするなんてどう?」私はそれを完璧に気に入りました。素晴らしいアイデアで、ここまでのコンセプトに沿っているだけでなく、物語を強化する、まさに天才的なアイデアでした。

その後のミーティングで、私はプロデューサーに、「マイケルが素晴らしいアイデアを出しました。私たちが進めている現状の撮影セットを変える必要があります。私たちはマネキン何体かと、ダンサーを新しく入れて、リハーサルをする必要があり、振付師や、衣装デザイナーも雇わなくてはなりません。これは、最初のダンスのあとにあるので、撮影には、あと二時間ほど必要です」と言いました。

プロデューサーは、その制作費は5千ドル以上かかると言い、マイケルのレコード会社であるCBSは納得せず、彼らは、「我々はこれ以上は払えない。以前言ったように、あなたには5万ドル払う。それでやってもらう」



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◎A LUCKY BREAK

彼の出したアイディアをやるには予算がない、と誰かがマイケルに言わなければいけませんでした。私は半ば、彼が「その代金は僕が払います」と言ってくれると思っていましたが、彼はそうしなかった。金曜の夜、私が寝ているときに電話があって、私は一瞬「ここはどこ?」状態だったんですが、それは、マイケルからでした。彼が自分で電話するようには思えなかったので、妙な感じでしたね。

すると、彼は「ねぇ、スティーブ、明日の撮影だけど、ダンスはやらないことにしようと思う」と。それなら、「私も打ち明けるのはやめよう。彼がやめたんだ。彼が自分でやりたくないと言った以上、予算について説明する意味はないだろう」と。

どうして、彼がやめたのかについて、私の想像なんですが、彼は、そのとき『Beat It』について考えていて、『Thriller』のことも考えていたからだと思います。ただ、あの素晴らしいアイデアをやらなかったのは残念でした。すごく撮りたかったのに撮れなかったシーンですね。あれがあれば、このビデオはもっと良くなったと思っています。


◎THE DAY OF THE SHOOT

撮影セットの中で私は落ち着いていました。彼が踊り始めるまでは、いつも通りの仕事だったのです。



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◎THE DANCE

その前の日、私が聞かされたのは、敷石のすべてが明るくなるわけではなく、マイケルは歩きたいところすべてを歩けるわけではないということです。11枚は明るくできるということで、歩行のすべてのパターンを朝までに決めなければなりませんでした。私は、「すみません、マイケル、この敷石が明るくなって、それからここの2つ、その次はここです」と言わなくてはならなかった。

リハーサルも何も見ていなかったので、マイケルがどうするつもりだったのかは推測するしかありませんでしたが、彼は色々な動きを練習していたんだと思います。ただ、それらをどのようにつないでまとめられたのかは、神のみぞ知るといったところでしょうか。

マイケルは、すべてをとても慎重に観察していて、私たちは徹底的に話し合った。それから、私が「マイケル、少しリハーサルしてみよう」と言うと、彼は、「いや、撮影にとりかかろう」と言ったんです。

コーラス部分が近づくと、彼の足の動きは少し大きくなり、そして、コーラスが始まると、彼はサッとダンスを始めました。私がそれまで見たことがないようなダンスです。それはまさに本能的で、驚異的で、彼はその場のすべてを支配し、私たちが今見ているものを作り上げた。彼が放っていたエネルギーは、私に飛び火し、私が熱くなったので、カメラは文字通り湯気で曇りました。私が興奮したせいで、覗いていたレンズが熱くなったからです。湯気で曇ったレンズのせいで、彼は霧の中に消えてしまいそうでした。そんなこともあって、それはとにかくシュールな瞬間でしたね。



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◎THE EDIT

私はコヴェントガーデンのロングエーカーにある、編集スタジオでマイケルに会いました。徹夜で仕事をしていたのを覚えています。早く仕上げなければなりませんでしたからね。いつものことですが。彼はたまたまロンドンにいて、完璧なタイミングでした。彼は、私の背後にあったソファで、横になっていたことを覚えているんですが、ある場面に来たところで、「これ、すごくいいね」と言ったんです。スクリーンには、分割された3つのショットが並んでいました。本当は、その3つの中から一つ選んでもらおうと思ってたのですが、それは黙ってました。




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◎A VIRAL VIDEO

私が覚えているのは、およそ2週後のことですが、MTVが『Bille Jean』をオンエアしないということを聞きました。MTVは、それが自分たちの視聴者に合わないと言ったんですね。そのあとも、多くのストーリー(CBSが激怒してMTVに電話したとか)を聞きました。「これほど偉大なアーティストの売れるレコードとビデオをオンエアしなかったら、君たちの視聴者になんてなれっこない。君たちの視聴者は誰なんだ?」なんていうのをね。

MTVは、アメリカの中流家庭を代表しているんだ。と言っていました。白人が、とか黒人が、という言葉は使っていなかったと思います。MTVは、まだ始まったばかりで、自分たちが何者かわかっていなくて、マイケル・ジャクソンがMTVの代名詞になるなんて、もちろんわかっていなかった。彼らは、自分たちの帝国の礎になるものと、戦おうとしていたんですね。


(インタビュー終了。翻訳はkumaさんにご協力いただきました)



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Steve Barron's memoir Egg n Chips & Billie Jean: a Trip Through the Eighties is out now

By Rupert Hawksley 11 Dec 2014



これまでMJは、スリラーからのビデオはすべて35ミリで撮影したと言っていたと思いますが、監督はそうではなかったと言ってますね。

他のショートフィルムの監督にも最低でもこれぐらいの長さのインタヴューをしてもらいたいです。


こちらは、メイキング動画。











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by yomodalite | 2014-12-21 01:00 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(0)

和訳 PINK FLOYD "Louder than Words" 

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ピンク・フロイドが20年ぶりにリリースしたアルバム『The Endless River』の中から、ビデオが制作された “Louder than Words” を見て、大体こんな感じではないかと訳してみました。


◎ピンク・フロイドの新アルバム『The Endless River』


上記に「ポリー・サムソンが新しい歌詞をつけている」と書かれていたので、リリックサイトを見ながら、ビデオを見てみると、新しい歌詞はないのですが、これまでのものより省略されているようです。(下記の訳で「グレーの部分」が、今回のビデオにない部分)


気になる点や間違いは、いつでも遠慮なくお知らせくださいませ。






"Louder than Words"


We bitch and we fight

diss each other on sight

but this thing we do...


私たちは、お互いの世界観の中で、けなし合い、戦っているけど、

それが、私たちのすることなのか。。。


These times together

rain or shine or stormy weather

this thing we do...


雨の日や、晴れの日や、嵐のときも、

私たちは、この時代を共にしていくはずでは。。。


With world-weary grace

we've taken our places

we could curse it or nurse it and give it a name.


私たちは、自分たちが選んだ居場所の、うんざりする世界を祝福し

それを貶しめたり、治そうとしたり、名前を与えることはできた。


Or stay home by the fire

felled by desire, stoking the flame.

But we're here for the ride.


家に火を灯し、欲望を感じて、その炎をかきたてたけど

私たちは、そこに(互いの体に)乗るだけだった


It's louder than words

this thing that we do

louder than words

it way it unfurls.


私たちがすることは

それを表す言葉よりも多く

言葉以上のスゴいものを

広げていくこと


It's louder than words

the sum of our parts

the beat of our hearts

is louder than words.

Louder than words.


私たちが生まれもっているものは

その言葉よりもずっと多く

私たちの心臓の鼓動は

言葉よりも大きくて

言葉以上のもの


The strings bend and slide

as the hours glide by

an old pair of shoes, your favorite blues

gonna tap out the rhythm.


弓をしならせて引くように

時は過ぎていき

古い靴と、お気に入りのブルースは

あなたを足にリズムをとらせる


Let's go with the flow

wherever it goes.

We're more than alive.


どこに行こうとも、流れに身をまかせよう

私たちは、もう十分に生きてきた


It's louder than words

this thing that we do

louder than words

the way it unfurls.


私たちがすることは

それを表す言葉よりも多く

言葉以上のスゴいものを

広げていくこと


It's louder than words

the sum of our parts

the beat of our hearts

is louder than words.

Louder than words.


私たちが生まれながらにもっているものは

それを表す言葉よりも多く

私たちの心臓の鼓動は

その言葉よりも大きく

言葉以上のもの


[Guitar solo]


Louder than words

this thing they call soul

it's there with a pulse

louder than words.

Louder than words.


魂と呼ばれるものは

その言葉よりも大きな存在で

ここにある波動は

その言葉よりも大きく

言葉以上のもの


(訳:yomodalite) 



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by yomodalite | 2014-12-18 00:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(2)

砂袋と黄金像とリベラーチェ。。。

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11月から今日まで映画館では、『ニンフォマニアックVo.2』、『トム・アット・ザ・ファーム』、『インターステラー』を観たんだけど、『インターステラー』については「登場した詩」について書いたし、


『ニンフォマニアックVo.2』は、予想通りの鬼畜な展開だったけど、心の準備が出来ていたのと、絶対に丸くならないという監督の心意気のせいなのか、不思議と鬱な気分にはならず、やっぱりトリアーの今後には眼が離せないと思い、

『トム・アット・ザ・ファーム』は、若い頃のジョニー・デップや、トム・クルーズがミックスされているようなルックスにして、20代前半で、監督・脚本・主演までこなすグザヴィエ・ドランに惹かれて観に行ったら、冒頭すぐにガブリエル・ヤレドの音楽が響いて、音楽だけ良すぎるのでは?と心配になったものの、映像もそんなに負けてはなくて、ドラン監督のデヴュー作の『マイ・マザー』も現在レンタル中(まだ観てないけど。。)

で、、

『マイ・マザー』を借りるときに、同時レンタルしたのが、私の「MJ研究資料」というメモの中から選んだw、『レイダース/失われたアーク』と『恋するリベラーチェ』。

『レイダース』は「タジの証言」で、インディ・ジョーンズが、砂袋と黄金の像を差し替えるシーンの話をマイケルがいつもしていた。という意味が知りたくて再挑戦してみたんだけど、

結果から言えば、さっぱりわかりませんでしたw

「Billie Jean」のSF制作のときも、全てを黄金に変える “Midas touch” がコンセプトにあったと監督が語っていたり、「Remember The Time」では、エジプト王の前で、砂袋から取り出した砂が黄金になり、金の像になって、そこから、マイケルが現れるという展開とか、MJが石とか砂が金に変わるのが好きな理由は、まあまあわかってるつもりなんですけどぉw、

レイダースのシーン、そんなに何度も語りたいかなぁ。。(-_-;)

以前観たときも、あまりの音楽のウルサさw(名曲なんだけど)に耐えられないわ、ゲーム感覚の展開や、ナチスもアークも結局どうでもいいやん。みたいなストーリーにも耐えられなかったんだけど、今回もやっぱりダメで、MJと私の間にある、深い深い溝を感じる(=_=;)


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『恋するリベラーチェ』は、Sam ChennaultのMJ追悼記事で、初めてその名前を知った、エルヴィスにも影響を与えたと言われる偉大なエンターティナーへの興味から観たんですが、

監督はソダーバーグで、主役のリベラーチェをマイケル・ダグラス、そのゲイの愛人をマット・ディモン。ふたりとも、手堅い演技で役になりきっていて、出番は少ないもののロブ・ロウは、出てきた瞬間にセレブ御用達美容外科!という雰囲気が素晴らしく、最後まで退屈はしませんでしたが、私が期待していたものとは違ってました。



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写真は映画のものではありません。


ソダーバーグが描いたリベラーチェは、現代の少し頭のイイ大学生がエンターティナーに対して「こんな風に思っていればいい」という見本のような感じで、ストーリーは愛人が書いた暴露本が基本になっている。

今年観たサンローランの映画もそうだったんですが、薬物への依存、同性愛、精神不安、満たされない愛や、美への欲望・・・そういったものは現代の観客が理解し、経験可能なことであって、描かれている天才固有の特質ではない。だけど、どんな天才であっても、それを描くのも、観る側も、凡才であるために、同じような「真実」や「教訓」や「欲望」が描かれる。



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伯爵邸に招かれたとき
中央がモンタギュー伯爵



現代では、男女の愛を表現しようとすると、様々なハラスメントの呪縛を通過する必要があって、ほとんど不可能になりつつあります。同性愛はもちろん批判されることではありませんが、パートナーが妊娠しないため、セックスを純粋に楽しめ、憎しみや、お金儲けから法的に訴えるにはリスクがあるという現代の若者の「切実な理由」も加わって、もはや、バイセクシャルは「マイノリティ」ではなく、映画の素材としてオイシいのでしょう。

今のわたしには、マイノリティや、ハラスメント、虐待という「切実な問題」も、愛の問題ではなく、米国発の「ビジネス」であり、精神科学を利用した思想の破壊や、人間的成長の阻害といった側面の方が、より深刻に感じられます。

MJも、もちろん同性愛について差別も偏見ももっていませんでしたが、そういった、みんながゲイになってしまう状況については危惧してました。(MJTapesでの会話)

同性愛のことを決して肯定しなかったリベラーチェのことを不満に思うゲイの方も多いのかもしれませんが、性的嗜好にばかり、注目が集まり過ぎることや、自らの嗜好を表明したり、分類化されることで、愛の自由が損なわれると、リベラーチェや、その他のアーティストは考えていたのではないでしょうか。私はアーティストがカミングアウトするのは「作品」だけでいいように思います。


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モンタギュー伯爵邸に招かれたとき


とにかく、映画ではリベラーチェについて、よくわからなかったので、少しだけ、ネット検索してみたところ、「マイケル+リベラーチェ」でヒットする情報は多いものの、そのすべてが、マット・ディモンが演じていた人が、マイケルについてTVで語ったことばっかりで、、(溜め息)。

また、1987年にマイケルがリベラーチェについて語ったインタヴューというのもあったのですが([Liberace] is like my guardian angel…)、怪しい匂いがしたので、出所を探ったところ、イギリスの「Psychic News」というタブロイド雑誌で、霊言wというか、、フェイクですね。



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私には判断出来ませんが、こちらの「とてもとても素敵なブログ」によれば、MJがリベラーチェを描いたという、こちらの絵も「FAKE」のようです。

「MJ研究資料」のメモの中には、まだまだ観るための気合いが入らない、モノクロ映画とか、日本版がないのとか、いっぱいあって、本物だってときどき「☆ん☆り」しちゃうのにぃ… ww


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by yomodalite | 2014-12-16 18:44 | MJ系ひとりごと | Trackback | Comments(0)

「かなしみ」の哲学 ― 日本精神史の源をさぐる/竹内整一

「かなしみ」の哲学―日本精神史の源をさぐる (NHKブックス)

竹内 整一/日本放送出版協会




日本人はどうして「かなしみ」という否定的な感情に親しみを覚えるのか?

本書では、あらゆる角度から「かなしみ」について語られているのですが、

日本人の精神史においては、こうした「かなしみ」を感受し表現することを通してこそ、生きる基本のところで切に求められる、他者への倫理や、世界の美しさ、さらには、神や仏といった超越的な存在へとつながることができると考えられていたのではないか。つまり、「かなしみ」とは、生きていること〈死ぬこと〉の深くゆたかな奥行きをそれとして感じさせる感情なのではないかーー。

と「はじめに」には書かれています。

最近の私は、欧米の古典を読むうえで、「かなしみ」や、「もののあわれ」といった日本的な情緒で、ものごとを理解をしないように心掛けているんですが、反知性主義の時代と言われる、今の日本の現状は、宮台氏が言うように「感情の劣化」のようでもあり、


日本人が他者への共感を感じるには「かなしみ」という感情はとても大事で、また、世界から「LOVE」が失われているように感じるのも、深くゆたかな奥行きのある「かなしみ」が欠けていて、正義行動や、権利行動にばかり駆り立てられているからかもしれません。

差別を失くせ。という主張をどれだけしても、他者への同情や共感をもたれなければ、自分と同じだとは思えない。個性が尊重され、個性が競われる一方で、人類に共通した感情を確認することは、いつの時代であっても大事なことですが、現代では特に重要に思えます。

本書は、源氏物語や伊勢物語といった古典から、漱石や小川未明、宮沢賢治、井上陽水、谷川俊太郎、天童荒太、、に言及し、引用は幅広く、「かなしみ」について考えるために、コンパクトにまとめられた名著だと思いました。

全体の内容については、他の書評を。


下記は、私の個人的なメモです。

(引用開始。要約して引用しています)

「やさしい」は、太宰治のキーワードのひとつでもあるが、たとえば彼はこういうことを言っている

文化と書いて、それに、ハニカミというルビを振る事、大賛成。私は優という字を考えます。これはすぐれるという字で、優良可なんていうし、優勝なんていうけど、でも、もう一つ読み方があるでしょう? 優しいとも読みます。そうして、この字をよく見ると、人偏に、憂うると書いています。人を憂える、ひとの淋しさ、忙びしさ、つらさに敏感な事、これが優しさであり、また人間として一番優れている事じゃないかしら、そうして、そんな、やさしい人の表情は、いつでも含羞(はにかみ)であります。

私は含羞で、われとわが身を食っています。酒でも飲まなきや、ものも言えません。そんなところに「文化」の本質があると私は思います。「文化」が、もしそれだとしたなら、それは弱くて、敗けるものです、それでよいと思います。私は自身を「滅亡の民」だと思っています。まけてほろびて、その呟きが、私たちの文学じゃないのかしらん。「昭和21年4月30日河盛好蔵宛書簡」(p81−82)

「優」のもともとの意味は、「わざおぎ、役者」である。「優」[やさし」には、どれほどかは「見せること」の演技性・作為性がふくまれているということが、こうしたところからもうかがうことができる。
 
それは偽善だ、嘘だということにはならない。大宰の言い方でいえば、「人を憂える、ひとの淋しさ詫びしさ、つらさに敏感な」「優しさ」には、そうした要素をふくむことによって、何とかその「淋しさ詫びしさ、つらさ」といったものを共悲・共苦しえているということである。大宰その人の「道化」といわれる側面もそこに由来している。
 
人は、簡単に「同じ」ではありえないのであって、そこを安易に「同じ」としてしまうとき、偽善や押しつけがましさといったことが起こってくる。「同情するな」「情けはいらない」「あわれむな」といった拒否反応は、それを感じとったところに生じるのである。

ー 以上、第4章 他者に向かう「かなしみ」より


遺された者の「かなしみ」については、「悲哀の仕事」という考え方がある。

これはフロイトの精神分析用語であるが、小此木啓吾は、それをこうまとめている。
 
……「悲哀」とは、愛する対象を失うことによってひきおこされる一連の心理過程のことである。フロイトは、相手を失ってしまったという事実を、知的に認識することと、失った相手を心からあきらめ、情緒的にも断念できるようになることとは、決して同じではないという。……頭ではよくわかっている。しかし、どうしても会いたいという思慕の情は、決してわかっただけで消えるものではない。……すくなくとも一年ぐらいのあいだは、これらの情緒体験を、心の中でさまざまな形でくり返す。この悲哀のプロセスを、心の中で完成させることなしに、その途上で悲しみを忘れようとしたり、失った対象について、かたよったイメージをつくり上げたりしたりして、その苦痛から逃避してしまうこともある。……しかしこうしたさまざまな心の動きによって、対象喪失をめぐる自然な心のプロセスを見失い、対象喪失を悼む営みが未完成なままになる心理状態は、心の狂いや病んだ状態を引きおこす。

「悲哀の仕事」とは、こうした対象喪失の「悲哀のプロセスを、心の中で完成させる」営みである。この考え方は、むろん精神分析にかぎらず、より一般的にわれわれが死者を送り弔う一連の儀式の中にもさまざまなかたちで見出されるものでもある。
 
「弔う」とは、もともと「問う」ことであり、「訪う」ことである。死者を訪問して、死者の思いを問うことである。柳田邦男の言葉でいえば、死者の[物語」を聴きとめることである。そのようにして死者の「物語」を完結させることが、同時に、こちら側の「悲哀の仕事」をも完遂させていくことになるということであろう。(p158)

「遺された者にとって、死が辛く悲しい。しかし、悲しみのなかでこそ、人の心は耕されるのだ」(柳田邦男「死への医学」への日記)(p160)

ー 以上、第7章 別れの「かなしみ」より


三水清は、以下のようなきびしい感傷批判を展開している。

・感傷は、何について感傷するにしても、結局自分自身に止まっているのであって、物の中に入ってゆかない。
・感傷はすべての情念のいわば表面にある。
・特に感傷的といわれる人間は、あらゆる情念にその固有の活動を与えないで、表面の人口で拡散させてしまう人間のことである。
・あらゆる物が流転するのを見て感傷的になるのは、物を捉えてその中に入ることのできぬ自己を感じるためである。自己もまた流転の中にあるのを知るとき、私は単なる感傷に止まり得るであろうか。
・感傷には常に何等かの虚栄がある。
・感傷には個性がない、それは真の主観性ではないから。その意味で感傷は大衆的である。
・感傷はたいていの場合マンネリズムに陥っている。
・感傷はただ感傷を喚び起こす、そうでなければただ消えてゆく。
・宗教はもとより、芸術も、感傷からの脱出である。
 
三木の批判の要点は、大きく分けるとふたつある。ひとつは、感傷が、表層的・静観的であること、もうひとつは、感傷が、個性を持たない、大衆的なマンネリズムに陥っていること、の2点である。

竹田青嗣は「歌謡論」のなかで「悪しきセンチメンタリズム」は、他人の目をひそかに意識し、利用する」自己哀惜のナルシズムとは、他人の目を意識しながら、それに乗じて自己の「かなしみ」をあおりたてること、高ぶらせることだという。

「他人による承認」、あるいは、「他者の目の利用」というセンチメンタリズムは、自分みずからの経験や実感に基づいておらず、そこでの表現は「大人にも子供にもあまりかわりなく、定型的な情動をよび覚ます」ものである。センチメンタリズムとは、簡単に「我と他と何の相違があるか」「皆同じではないか」と乱暴に一括してしまうところにあるということである。

ハンナ・アーレントの言うように、「哀れみは、残酷さそのものよりも残酷さそのものより残酷になる・・・感傷の際限なさが限りない暴力の奔流の解放を助ける」ということも十分ありうるし、「もののあわれ」もまた、他者性・超越性がいささかでも失われるならば、「世界を既知の同質性へと変容させるたえのイデオロギー」として「感性のファシズム」として機能してしまう危険性をもっている。(p191)

ー 以上、第8章「かなしみ」の表現より


「かなしみ」は、それを「かなし」まなければ「もっと何かを失」ってしまうものであり、さらには、それを「かなしむ」ことにおいてこそ、その失われゆくもの、失われてしまったものにつながりうるかもしれない感情でもある。(p207)

「物のあはれ」というのは、結局は、われわれのうちにある、何かしらの「永遠の根源」なるものへの思慕ではないか。喜びも「かなしみ」も、すべての感情は、「永遠の根源」への思慕を含むことによって、初めてそれ白身が喜びとなり、「かなしみ」となる。

それはいつもそう意識されているわけではないが、たとえば、「ああ楽しいなあ」、と思えばそれはずっと楽しくいたいと思うし、「ああいとしいなあ」、と思えば、それはいついつまでなどとは言わずに、ずっと愛していたいと思うものだ、だから、愛はかならず「かなしみ」となるのだ、と。

われわれは有限である。にもかかわらず、愛は愛のなかに永遠を目指すから、それはどうしても「かなしみ」にならざるをえない。ー 和辻哲郎『日本精神史研究』(p209−210)

「物のあはれ」「かなしみ」は、それ自身が、かぎりなく純化されようとする傾向をもった「無限性の感情」の発動でもある。すなわち、「物のあはれ」「かなしみ」とは、われわれのうちにあって、われわれを「永遠の根源」へと帰らせようとする、根源自身の働きだというのである。だからこそ、「それによって、我々は過ぎ行くものの間に過ぎ行くものを通じて、過ぎ行かざるものの光に接する」ことができるというのである。
 
綱島梁川は、「神はまず悲哀の姿して我らに来たる。・・・我らは悲哀を有することにおいて、悲哀そのものを通じて、悲哀以上のあるものを獲来たるなり」と表現していた。

また宣長は、その根源の働きを神々の働きと言い、親鸞は阿弥陀如来の働きとしていた。

ー 以上、第9章 有限性/無限性の感情としての「かなしみ」


人間の一生はたくさんの哀しみや苦しみに彩られながらも、その哀しみや苦しみの彩りによってさえ、人間は救われ癒されるのだ・・・哀しみも豊かさなのである。/なぜならそこにはみずからの心を犠牲にした他者への限りない想いが存在するからだ。/そしてまたそれは人の中に必ずなくてはならぬ負の聖火だからだ」(藤原新也『コスモスの影にはいつも誰かが隠れている』)

エロスとは、男女のそれだけではないよ、真理を知りたいとか、力を持ちたいとかいうのもエロスなんだよ。(山折哲雄氏の言葉)

「その星は小さすぎて見上げてもわからないだろう、でも、その方がいい、ぼくの星は、夜空いっぱいの星のなかの、どれかひとつになる、そしたらきみは、夜空ぜんぶの星を見るのが好きになるだろう」(『星の王子さま』の最後、もとの星に戻ってしまうという王子さまの言葉)

ー 以上、「あとがき」より

(引用終了)

☆星の王子さまの言葉は、この詩と似てますね!


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by yomodalite | 2014-12-15 11:59 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

和訳 magical CHILD(Part2)『Dancing the Dream』[24]

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マイケル・ジャクソンが1992年に出版した『Dancing the Dream』に
収められた「magical CHILD - Part2」の和訳です。
Part 2 は、先に訳した Part 1 の続きと考えていいと思うのですが、
おそらく、これまで訳した中で、もっとも時間がかかってしまいました。

とは言え、それで完成後が高くなっているわけではないので、
いつものように、
気になる点や間違いは遠慮なくご指摘くださいませ。


magical CHILD(part 2)


Magical child once felt a twinge
A faint recollection, a memory unhinged
In the colors, the forms, the hue
There seemed a mystery with a subtle clue
Behind the wind, the storm,the gale
Within the shroud, beyond the veil
Hidden from view in a wondrous pattern
There seemed a force that he could not fathom
Its music and cadence were playful and sweet
He danced in bliss to its throbbing beat
He did not mind either cold or heat
On the mountain high was his royal seat

奇跡の力をもつこどもは、あるとき心がうずくのを感じた
思い出は薄れ、記憶は細切れになっていたが
色彩や、形や、色合いのなかに、かすかな手がかりがあり
風の向こう側や、嵐のベールに
なにか驚くようなものが隠されていて
彼にはわからない力がそこにあった
その音楽とリズムは陽気で優しく
彼は喜びのなかで踊り、鼓動に身をまかせ
暑さも寒さも気にすることなく
山の頂上は、彼の特等席だった

Strangers came and scorned his joy
With ridicule and banter they tried to destroy
What in their minds was a skillful play
With cruel darts they tried to plunder
To suffocate and strangle his innocent wonder
Fighting hard, despite their blunder
Again and again to steal his thunder
Despite their attacks, they could not break
With all their barbs they could not take
God's gift of love, which they could not fake
Not knowing his strength or what he sought to seek
They complained aloud and called him a freak

見知らぬ人々は、彼の喜びを嘲り
冷やかしや、からかいの言葉で、それを壊そうとした
彼らは精神を巧みに操り
冷酷な矢を放ち、少年の息の根を止めようとした
何度失敗しても、攻撃の手を緩めることなかったが
そのこどもの力を止めることはできず
あらゆる棘のある言葉を投げつけても
彼らには、神から与えられた恵みを模造することはできず
少年の強さも、彼がなにを求めているのかもわからず
声を荒げて批判し、変人呼ばわりした

But the mysterious force just kept its hold
Magical child grew brave and bold
Diving deep into his soul
In exquisite ecstasy he discovered his role
In his Self was infinite scope
This mysterious force was mankind's hope
Piercing through that mask of Being
In that silence beyond all seeing
Was a field with a different story
A field of power, of awesome glory
With other children, if unfurled
Its tidal wave would change the world

それでも、少年の不思議な力はそのままで
彼は勇敢で大胆な大人に成長し
魂の奥深くにある、このうえない絶頂において
自分の役割を発見した
彼の内にある果てしない世界と
その不思議な力は、人類の希望だった
それまでの仮面を突き破り
沈黙の向こう側を見通した先には
壮大な栄光と、力に満ちあふれた場所があり
こことは別の物語を
他のこどもたちと、繰り広げられるなら
その流れは、世界をも変える

Magical child was ready to bow
Sow the seed, pick up the plough
With effortless ease, without a sigh
Without a tear, without a cry
With silent perfection
Under God's direction
To sing together as one race
Stem the tide, transform this place

奇跡の力をもつこどもは、身をかがめ
種をまき、鋤を手にし
楽々と、ため息もつかず
涙を見せることも、泣き言を言うこともなく
静かに、やり遂げる
神が命じるように
ひとつの種として、ともに歌い
流れに逆らって、この世界を変えよう

Magical children, don't worry how
Don't delay, this moment's now.

奇跡の力をもつこどもたちよ、どうするかは問題じゃない
急いで、今がそのときなんだ

(訳:yomodalite)



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by yomodalite | 2014-12-12 00:00 | Dancing the Dream | Trackback | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite