<   2014年 11月 ( 14 )   > この月の画像一覧

f0134963_22174235.jpg

☆『MJ Tapes』の翻訳について[3]の続き

yomodaliteと、childspirits先生とのおしゃべりの続きです。



C:「すんなり納得できるパターン」っていうのは、MJの事に限らず、私たちが日々インプットしたりアウトプットしたりする言葉が陥りやすい罠だね。そういう意味で、『MJTapes』も他のMJ本とは一線を画していて、同時に、一線を画した批判のされ方もしたんだね。そのこともMJに出会ってすごく考えさせられた。


彼の事があるまでは、誰かの熱烈なファンになったことはなくて、「ファンの愛」というものを遠巻きに見ていたけど、MJの死後に「彼は誰かに殺された」という疑惑がいろんなパターンで出てきたとき、そちらに引っ張られたこともあったのね。急激に彼を好きになった分、彼の死を理不尽な悲劇とのみ捉え、彼をかわいそうな被害者と考え、「死に追いやった悪者」を突き止めて、「懲らしめねば」、みたいな気持ちにね。そんなことは自分にできることではないし、できたとしても、死後のMJにどんないいことがあるのかわからなかったけど。たぶん、悲劇の人というイメージにあうプロットを探して、大好きなMJのために何かをしている自分を感じたかったのかなぁ。だから、「すんなり納得できるパターン」と「プロット」の話は、人ごとではないかな。



Y:推理小説って、まさにプロットでできてるストーリーだからね。別に殺さなくてもいいようなことでも、殺す。ストーリーのためにw。MJのようなメガスターが「殺されるかもしれない」という想像は、生前から人々の中にあって、実際に「殺されたのかもしれない」という疑惑は、真剣に検証されなくてはならないし、その可能性を全否定するつもりはないんだけど、ただ、その論者のひとたちは、私が見た限り、全員その動機を「お金」に絞ってるよね。


それなのに、「お金のために殺された」と主張してるサイトは、どこも、お金のことがわかってるとは思えないんだよね、残念なことに。彼らが「確信」しているのは、世の中は強欲な人でがあふれていて、そういった人々が共謀している「不公平な社会」だということだと思うのね。そこは私も共感しなくはないけど、「強欲」から「殺人」へのプロットが弱くて、MJのお金の流れについて、比較的細かく説明してくれているところの情報を読んでいると、MJが亡くなった場合と、生きていた場合と比較して、確実に前者の方が儲かる立場を確保するのは、かなり難しいと思ったのね。利益を得るためには、まず借金の返済をしなきゃいけないわけだけど、この収支をプラスにもっていけるかどうかは、MJブランドが回復した現在から考えても不確定でリスクが大きすぎると思う。



f0134963_07255083.jpg


チャンドラーやアルビーゾがやったことを思い出すと、MJがリスクが大きくても「お金のため」という考えの犠牲になったことは間違いないんだけど、殺人に関しては、疑惑は理解できるけど、具体的に納得できるプロットには出会わなかったし、私にも出来ない。


だって、実際に調査したわけでもないのに、想像だけで人を判断するなんて、まさにMJがされたことと同じじゃない?


チャンドラーや、アルビーゾはお金のためだけかもしれないけど、メディアが、MJを利用できたのは、そこに様々な人の「正義感」や「ジャッジ」があったからでしょう?


でも、私たちには、殺人疑惑に決着をつけることはできないけど、MJが旅立つ前の美しい姿は、この眼ではっきり見たじゃない。それが、仮にものすごくいい状態を繋ぎ合わせたものだったとしても、あれだけたくさんの奇跡のような瞬間があるってことは、それまでの生活の賜物で、「1クールのレギュラーより、1回の伝説」(by 江頭 2:50)に重きをおいていたってことでしょ(笑)。



C:さすがエガちゃん、いつでも捨て身の芸人(笑)、いいこと言うわ。「すんなり納得できるパターン」についてしつこく言うようだけどね、自分という人間をみれば、そこには正と邪、強と弱、清と濁、いろいろな要素が渦巻いていて、本当にやっかいだと思わされる。それなのに、いやそれだからか、他人には、特にアイコンと呼ばれるような人に対しては、片方を拾って、もう片方を忘れてしまうことを極端にやっちゃいがちだよね。「やっかいさ」から逃げ出して、自分なりにスキッとするストーリーを、相手に見出すっていうね。幼い頃からスポットライトの下に生きたMJは、世の人のそういう欲求を十分わかってて、それを受け入れていた気がするな。


“I just can't stop loving you” の語りで’people don’t understand me(みんな僕のことをわかってない)’とささやきながら、“Give into Me” では’don’t try to understand me(僕のことをわかろうとするな)’と歌い、“Is It Scary?” で’I’m gonna be exactly what you wanna see(僕はあなたたちが見たいと思うものになってみせる)’と言ってるでしょ。2000年の時点で既にメディアや世間からひどい目に遭っているわけで、『MJTapes』の中には、MJの悲痛な叫びも多いんだけど、一方で彼は、神や世間に対して「怒っていない」とも言うんだよね。



f0134963_07310967.jpg


Y:実際に怒ってたこともあったけど… (いわゆるソニーウォーズはこの会話の直後ぐらい。その話はまた後で)MJの捨て身の覚悟が「社会的正義」じゃないことは確かだよね。彼の作品は大抵の場合、自分の気持ちを直接表現しているんじゃなくて、様々な人の視点が取り込まれているし、怒りすらも作品として昇華させた。人々が踊ったり、辛いことが忘れられたり、癒されたり、、そういうことがエンターテイメントの尊い仕事だと信じて。


シュムリーは「どうして、自分だったのだろう」なんて、何度も考えてるけど、MJは、ラビであるシュムリーにも、政治的な正しさより、人の心を癒すことが大事なんじゃないかって言いたかったんじゃない? それなのに、このヒゲメンはw、自分のことをMJのカウンセラーだったと勘違いしてるわ、「オックスフォード・スピーチ」だって自分が原稿を書いたって言ってるけど、シュムリーが許さなくてはならないとわかってるのは、聖書に敬えって書いてある「自分の父親」のことだけなんだよね。だから、実際にMJの口を通したものとはちがう。


MJは自身の怒りを告発してもいい立場だったにも関わらず、「許さなくては」とスピーチしたんだから。エリ・ヴィーゼルや、シモン・ペレスもいた“Heal the Kids”のボードメンバーたちの中で。


シュムリーが処方薬についてウルサくいったことは、MJのためを思って言っていたことだと思うけど、じゃあ、MJがシュムリーのためを思って言っていたことを、彼が真剣に聞いていたかといえば、この本でも明らかなように、そうじゃないじゃない。シュムリーは、MJがこどもたちを残して…ってことに怒りを感じてるみたいだけど、そんな彼に一番キツい反論をするとしたら、


あなたは、自分のこどもたちの世代には、自分と同じような差別にあって欲しくない。そんな思いから、貧しいひとを助け、自分が同胞だと信じるユダヤの仲間が被った境遇に寄り添い、「世界に類のない唯一無二の民族的虐殺」であるとアナウンスする役目も積極的に行なった。


でも、あなたが「ホロコースト」を唯一無二だと信じ、イスラエルの暴走を許したせいで、罪のないこどもたちも大勢犠牲になった。ユダヤへの恨みは、キリスト教社会から、現代のイスラム社会へと拡大し、今、あなたの子どもや、これから生まれるユダヤ人の子どもたちは、あなたが受けた差別よりももっと強い恨みを受けつつある。あなたが、不当な差別を受けた人々ができる唯一の方法は「彼らをこの世界から追い出すことだけだ」と信じたばかりに。


マイケルの子どもたちは、父親の死によって、大変な苦痛を経験した後も、口さがない人々のせいで、今も辛い目にあることもしばしばだと思う。でも、あなたの子供より不幸せかどうかは誰にもわからない。ってことじゃないかな。



C:そこは大きく肯きたい。ただ、yomodaliteさんが、キツい反論しちゃったから、なんだかシュムリーのこと庇いたくなってきちゃったんだけどw、私がもしシュムリーの奥さんだったら、彼が「やっぱり間違ってた。MJの言う通りだ」って言って家に帰ってきたら、受け入れられてたかなぁとも思うよね。おそらくそんなことをしたら、もう大学にも戻ることも出来ないし、身に覚えのないことで逮捕されるとか酷い仕打ちにあるかもしれないし、9人の子どもを抱えて、これからどうやって生活するつもり?って言っちゃうかもね。



Y:だよね。シュムリーへの批判を考えてると、速攻ブーメランなんだよね。



C:私たちは、MJのことが好きだから、彼の側に立って考えてるつもりだけど、ここでの会話をよく聴いてみると、自分の中にも「シュムリー」がいるんじゃないかと思うよね。



Y:私たちがいる世界では、愛はすぐ憎しみに変わるし、正義はいつも暴走する。だから、MJは「僕は憎しみは絶対に教えない」と言い、「僕は正義は信じていない」と言ったんだよね。



C:世界で一番有名なポップスターとして、彼は「実像」を理解してもらうことよりも、皆の「虚像」であることを引き受けようとしたようにみえる。その覚悟はすごくて、そのことこそがMJの比類のなさだという気もするんだけど。ただ、世間は、そして私たちは、MJのその覚悟の大きさに甘えて、いろんなプロットが暴走した感があるよね。



Y:MJに関して、さまざまな噂が暴走した原因については、今は、メディアの罪についてばかり語られるんだけど、当時のMJの変化について、理解できていたなんていう人は、本当に少なかったと思う。


それでね、マイケル自身が「MJストーリー」のプロットをどう考えていたかってことなんだけど、、


☆この続きは、いつかまた。。


今、ふと思ったんだけど、、

MJがヒゲメンだったときは、シュムリーとの蜜月期だったんだなぁ。。





[PR]
by yomodalite | 2014-11-29 01:03 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)
f0134963_22464587.jpg

クリストファー・ノーランの新作『インターステラー』が素敵だったので
そこで使われていた詩を全訳してみました。

マイケル・ケインが演じていたブランド教授がつぶやいていた詩で、
予告編の字幕では、

”おとなしく夜を迎えるな。賢人は闇にこそ奮起するもの。
消えゆく光に対して果敢に挑むのだ”

となっていたものです。
気になる点は、遠慮なくご指摘くださいませ


☆続きを読む!!!
[PR]
by yomodalite | 2014-11-26 22:55 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(4)

f0134963_08580608.jpg
Photo : Angel Ball 2000


いつになったら終わるの!と、みなさんをイライラさせていた、シュムリーの1人しゃべりもようやく終わり、ついにMJとの会話が始まったわけですが、ここまでのストレスとか、今後のことも踏まえて、またまた、childspirits先生とおしゃべりしてみました。


《前回のおしゃべり》

最初、childspirits先生も、シュムリーへの不満を爆発させまくってやると勢いこんでいたんですけど、なんだかんだ、yomodaliteがいっぱいしゃべってます(てへへ)

☆ ☆ ☆


yomodalite(以下Y):序章、長かったよねーーー(しみじみ。。)あのヒゲメンwのしゃべりが長過ぎるせいで、「公開のお知らせ」から「まえがき」、前回の「おしゃべり」や、注釈と、言いわけするのに必死になって、しわは増え、老眼が進み、肌荒れ、腰痛、体重増加に、各種更年期障害の悪化と、自分たちで始めたこととはいえ、お互い散々な目にあってるわけだけど、なんかいいことってあった?(笑)ホント覚悟を決めていたつもりだったのに、モヤモヤしたり、読んでくれている人の笑顔が想像できなくて、胃が痛くなったりしたよね(泣)。


でも、何度でもはっきり言っておきたいんだけど、私たちは、シュムリーの見解に共感して、これを公表しているのではなく、とにかく全部読まずに批判したり、考察の材料とするなんてこともしたくないので、「全訳」にこだわったんだよね。


それと、これは、私たちではなくて、「私個人」の理由なんだけど、以前、「マイケルと神について」を書きはじめたとき、私は、様々なひとが、自分の信じていることや主張に都合のいい部分だけをとりあげて「マイケルの思想」だとか、マイケルの神はナントカと似ているとか言っていることが不満だったのね。だって、似ていると感じる点から、MJを考えていても、今、自分が信じていることを(無意識に)補強するだけでしょう? 私には、Godはひとりで、それは「Jehova」だと、2005年の時点で、MJが言ってたことをわかっている人はいないように見えたし、私にもわからなかった。


でも、彼が否定していたり、ここについては留保しているとか、そういうことだったら、少しはまとめられるんじゃないかと思って、無謀にも書きはじめたんだけど、当初の予定では「Imagine」と「All In your Name」を比較して、その違いについて書いたら、一応「第一部」終了というか、少しはスッキリすると思ってたんだけど、「All In Your Name」の訳詞が自分で納得できるまで完成できなかったのと(その後に和訳しました→)、それ以外にも、資料不足を感じることが多くて、それで、これに関しては、もっと徹底的に「遠回り」しようと思ったのね。で、その遠回りの第一歩が『MJTapes』の全訳だったんだよね。


childspirits(以下C):「MJについて語られた言葉より、MJが語った言葉」を知ってもらおう、という本来の目的にたどり着く前に、息絶えてしまうのではないかと思ったよね。そんなにしてまでどうして訳す?喜んで読む人ばかりではないのに。と自問したこともあるんだけど、シュムリーなしにはここに収められたMJの言葉は日の目を見なかったことを思うと、彼の解説を自分の意にそぐわないからといって「なかったこと」にするのは有用ではないし、今の時点で、自分たちなりに、シュムリーに対して反論すべきは反論し、共感すべきは共感したほうが、この対談がMJ研究の資料として生きたものになるんじゃないかな。というか、生きたものにしたい。とはいえ、まず反論すべきは反論したいんだけど(笑)、


この前、yomodaliteさんと話し合ったときは、シュムリーの語りの部分だけでなく、『MJTapes』全般を視野に入れていた気もするし、MJから学びたいのなら、最初から批判的になったり、感情的になっちゃいけないとかなり自制していたところがあるんだけど、シュムリーのまえがきは、その長さもしんどかったけど、全体を通して、後出しジャンケンみたいなものじゃないか、という思いはあったよね。MJとやった対談という「作品」に対して、「実はこうだった、ああだった」と、共同制作者が反論できないところで書くというのは、フェアではない気がしたよね。


Y:確かにね。でもさ、その批判はもっともではあるけど、反論できないところで、、っていうのは、シュムリーに限らず、ファンも含めてすべてに言えることだよね。MJは自ら語ることをずっと抑えていたしね。MJについての証言には様々なものがあって、彼について、なにが本当なのか?と思い始めると、じゃあ、誰が嘘をついているのか?と考える人もいる。でも、私自身はね、それは、誰かが嘘をついているわけではなくて、「MJストーリー」に対して、それぞれの人が感じた「プロット」の違いだと思うのね。


ストーリーは「物語」、プロットは「筋」というか、物語に因果関係を加えて解釈したものだ。と考えてもらえばいいと思うんだけど、もう少し説明すると、


彼が旅立つ前の一般的な “MJストーリー” というのは、「ジャクソン5で、一世を風靡した少年が、青年になり、類いまれなるダンスや、整形によって顔を変えたことで、史上空前の成功を手にしたものの、整形の繰り返しや、浪費癖、少年との不適切な交際によって、その栄光を台無しにした」というものだったよね。


これは、莫大な成功のあとには、転落がつきものという庶民感覚に則っていて、その要因を「整形」とか「浪費癖」とか「異常な性的嗜好」に結びつけて、さらにその原因は「幼児期のトラウマ」だとかっていう、児童への性的虐待をのぞけば、こういったストーリーは、大抵の芸能人にも当てはめることが出来るし、それは、誰もが想像できるストーリーだったよね。

でも、実際に、彼が亡くなってみると、そんな誰もが疑っていなかったストーリーに混乱が起きた。それが『THIS IS IT』で、「転落したスター」としてエンディングを向かえるはずだった物語に「復活」というありえない展開が起こった。


私たちはふたりとも『THIS IS IT』での復活からMJを考えてるよね。なぜ、彼は復活できたんだろう?って。私たちは、彼の最後を輝かしい結末だと感じて、彼の人生は不幸なこともあったけど、見事な人生だったんじゃないかという思いから、今までの “MJストーリー” を見直して、これまで想像していなかった事実をいっぱい発見した。


でも、『MJTapes』のシュムリーは、彼が亡くなった直後、彼が薬物の中毒で亡くなったという情報と、これまで流布された、性的疑惑を払拭したいという気持ち、加えて、彼との友情が壊れた原因から考えている。だから、素晴らしい人間性をもっていたMJが、性的児童虐待という疑惑に苦しみ、処方薬の乱用のせいで、徐々に気力をなくし、悲劇的な最後をむかえてしまったというのが、シュムリーが思う “MJストーリー” だよね。


「マイケルの死」には、そのあたりがよく表れていると思うんだけど、シュムリーには、親密だった思い出と、別れの思い出があって、親密だった思い出の中には、MJの優しさや、自分の子供たちへの態度から、児童への性的疑惑については、なんとしてでも誤解を解きたいという思いがある一方で、別れの思い出を辿っていると、自分から離れて、彼が思う「堕落した社会」であるエンターテイメントの世界に戻ろうとするMJに、生活態度を含めて批判的で、彼とのプロジェクトが上手くいかなかった一番の原因も、処方薬の使用について、自分がウルサく言うようになったことを、MJが疎ましく思うようになったからだと考えている。


そして、それがついに、彼の命をも奪ってしまったと思うと、父親としての責任を果たさずに、幼いこどもたちを親のない子にしてしまったという怒りも重なって、MJを強く非難している部分も目立つ。


C:シュムリーの感情がずいぶんダイレクトに表現されてる部分だよね。私ね、彼のしゃべりがあまりに長いから、訳しながら、「この本はシュムリーテープスかっ」って毒づいたときもあったけど、ある意味「シュムリーテープス」で間違いないと思う。彼という人間が、よく表れているもの。


この本が出版されたときのテレビ番組を動画で見たんだけど、そこでは本の内容を断片的に流したり、番組のキャスターが、”Some people say…”みたいな言い方で、シュムリーに話をふったりして、ある結論に誘導するために、他人の言葉を引用したり、状況の一部を切り取ったりするでしょう。純粋に「客観的」というよりは、建前としての「客観的」で、「他の人もこう言ってます」とか、「みんなそう言ってますよ」みたいな楯の陰で、自分だけは安全なところから、ものを言ったり、他人に石を投げたりする。


シュムリーが、そういった材料をメディアに与えたこと自体に、腹立たしい思いを抱く人もいるかもしれないけど、MJの「子供っぽい」と批判されたキャラクターの裏側には、知的で、複雑な内面があったという、その両面を見せてくれていることで、彼のこどもへの愛が本物だったことや、本当に優しくて、エンターティナーとしてだけでなく、人間として素晴らしかったことを提示してくれたことも確か。


『THIS IS IT』で、そのことを大勢の人が目の当たりにする前、無罪判決でさえ、まったく信じようとせず、異常な性格というイメージを流布しようとするメディアに向けて、自分が知っているMJを根拠に、彼の本当の人間性を提示したという姿勢には、卑怯なところがなくて、敬意を払いたいし、訳してても面白かったんだよね。


Y:そうそう、本の中では、MJの子どもの接し方に文句を言ってるように感じる部分もあるけど、メディアに登場してるときは、毅然として疑惑を否定してくれている感じがするよね。彼はもともとMJに対してメディアで言われてた印象しかなくて、直接交流して、その人間性に惚れ込んで、疑惑について否定すべき点は否定しなきゃって思ってるわけだから、メディアの主張とある程度バランスをとってしまうのは仕方ないしね。


それで、「プロット」の違いについての話をもう少し続けたいんだけど、私がフォローしてる海外ブログでみた画像なんだけど、


f0134963_16182848.png

The loneliest people are the kindest

最も孤独な人は、最も思いやりのある人である


f0134963_16191468.png

The saddest people the smile the brightest

最も哀しい人は、最も朗らかに笑う人である


f0134963_16193853.png

The most damaged people are the wisest

最も被害を受けた人は、最も賢明な人である



こうやって、なじみのある彼のショットに、逆の意味の言葉が添えられていると、共感する人が多いんじゃないかと思うんだけど、私たちは、MJから様々な面を感じている。でも、解釈つきの文章というものは、往々にして、どちらか一方を無視して納得させようとするものが多いんだよね。


例えば、この文章をシャッフルして、


・最も孤独な人は、最も朗らかに笑う。とか、

・最も被害を受けた人は、最も思いやりがある。


とすると、個々の要素はMJにあるものなのに「しっくりこない」。

つまり「ストーリー」として認識しにくいんだよね。


でも、それぞれの頭の部分で繋げて、


・最も孤独な人は、最も哀しく、最も被害を受けた人である。


とか、後半部分をつなげて、


・最も思いやりのある人は、最も朗らかで、最も賢明な人である。


だと「すんなり」するでしょう。


つまり、これが「筋の通ったストーリー」なんだよね。


3段目の写真はあんまり対照的なセレクトではないけど、1枚目と2枚目の彼のキュートな笑顔にメロメロにならない女子は少ないよね。この笑顔をみると、こっちまで幸せになっちゃうもんね。でも、彼がメディアに嫌がらせをされていたり、MJ自身が少年時に辛かったなんて、話を聞くと、彼のことを「かわいそう」だと感じて、彼の寂しげな表情もたまんなくて、そこも「キュン」ときちゃうでしょ。つまりさ、自分を幸せにしてくれた相手を、同時にかわいそうだと思って、私が応援してあげなくちゃ。と思う気持ち、「ファンの愛」って、大体そういうものだよね。


だから、このすんなり納得できるパターンは、正義を求めて、誰かを銃弾するようなブログの主張や、フェイスブックで、速攻「イイネ」がもらえるタイプの記事にも多い。


どういうことなんだろう?という疑問を解くために、人はそれぞれ自分が納得できるプロット(筋)を求める。「それじゃ、筋が通らない」なんてことをよく耳にするでしょう。ひとを納得させるためには、「筋が通っている」ことが重要なんだよね。でもね、上記の写真の例のように、筋を通すためには、筋が通るような部分を繋げるものでさ、だから、「真実」としてすっきり納得できるようなストーリーは、決して「リアル」ではないことが多い。


『MJTapes』は、全体にプロットが求められる通常の本と比べれば、ある章で感じるようなMJとはまた別の面が、次の章では展開されていたり、リアルなMJが垣間みれるという点は貴重なんだけど、シュムリーがひとりでしゃべっている部分は、自分との別れと、死因として取り上げられた薬物を直結させた「プロット」になっているから、そこは注意が必要だよね。


彼は、MJが鎮痛剤を必要としていることを、精神的な苦痛からの逃避としか捉えてないし、クリエイターの生活がわかってないから、これまでに見たスターが薬物で亡くなったというニュースに、MJを重ね合わせて考えているんだけど、当時、MJがヒストリーツアーと『インヴィンシブル』の製作でどれほど疲労していたかという想像はまったく出来ていない。


それから何年も経ってから、一緒に仕事をしたウィル・アイアムやエイコンといったクリエイター達が、少年のころに憧れだったMJに会ったとき、彼が薬物でダメになりかけていたとしたら、すごくがっかりしたはずなんだけど、彼らは自分がスターになった後でさえ、MJへの尊敬を失わなかったし、むしろ、直接その人間性に触れたことで、もっと尊敬するようになってる。


書き手というのは、どんな人でも、自分が主張したいことを書いてしまうものだし、主張に見合った証拠ばかり目に入りがちで、よく見つけてしまう。自分もそうなってしまうとよく反省するんだけど、


文章は、結論に向かって一直線に書いた方が説得力がある。


さまざまな事実を照らし合わせて、結論を出すのは至難の業だけど、最初から結論を決めて、エビデンスを揃えるのはすごく簡単なんだよね。特にネット社会では!


もっとも、ネットでMJについて書かれた文章の場合、それをエビデンスだと思うのも、あなただけだっていう文章がほとんどだけどさ(笑)


☆『MJ Tapes』の翻訳について[4]に続く





[PR]
by yomodalite | 2014-11-25 01:19 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)
f0134963_10020430.jpg

マイケル・ジャクソンが1992年に出版した『Dancing the Dream』に

収められた「MAGICAL child」の和訳です。

「MAGICAL child」には、Part1 と Part2 があり、

下記は「Part1」の方です。


気になる点や間違いは遠慮なくご指摘くださいませ。



MAGICAL child (part1)


Once there was a child and he was free

Deep inside, he felt the laughter

The mirth and play of nature's glee

He was not troubled by thoughts of hereafter

Beauty, love was all he'd see


かつてそこにいたこどもは自由だった

心の奥から、笑いを感じ

輝く自然の中で、楽しく遊び

将来のことで悩むこともなく

美しさと愛は、彼が知るすべてだった


He knew his power was the power of God

He was so sure, they considered him odd

This power of innocence, of compassion, of light

Threatened by priests and created a fright

In endless ways they sought to dismantle

This mysterious force which they could not handle


彼は自分の力は神の力だと信じていたので、

人は彼を変わり者だと思った

その力は、無垢で、憐れみ深く、叡智にあふれ

聖職者たちは脅かされて、恐怖を抱き

その不思議な力を解明し、

自分たちのものにしようとした


In endless ways they tried to destroy

His simple trust, his boundless joy

His invincible armor was a shield of bliss

Nothing could touch it, no venom, no hiss


彼の信念も、限りない喜びも

人々は絶え間なく破壊しようとした

このうえない喜びは、無敵の甲冑となって

悪意も、非難も、彼を傷つけることはできず


The child remained in a state of grace

He wasn't confined in time or place

In Technicolor dreams, he frolicked and played

While acting his part, in Eternity he stayed


そのこどもは、神の寵愛を受けて

時にも、空間にも、縛られることなく

極彩色の夢の中で、戯れながら遊んだ

永遠の世界で、与えられた役を演じながら


Soothsayers came and fortunes were told

Some were vehement, others were bold

In denouncing this child, this perplexing creature

With the rest of the world he shared no feature

Is he real? He is so strange

His unpredictable nature knows no range

He puzzles us so, is he straight?

What's his destiny? What's his fate?


占い師たちがやってきて、運命を告げる

ある者は熱っぽく、ある者はふてぶてしく

面倒な生き物のように、そのこどもを非難した

この世界には、彼のような人間はいない

彼の力は本物なんだろうか? 

なにもかもが奇妙で、予想もできないぐらい

私たちを当惑させて、彼は正気なんだろうか?

彼の運命は? どんな運命を背負っているのか?


And while they whispered and conspired

Through endless rumors to get him tired

To kill his wonder, trample him near

Burn his courage, fuel his fear

The child remained just simple, sincere


人々はひそひそと共謀して非難をくりかえし

それは果てしない噂となって、彼を疲れさせ

魔法のような力は封殺され、人格を踏みにじられ

勇気は焼き捨てられ、恐怖にかられたが

そのこどもは単純そのもので、正直だった


All he wanted was the mountain high

Color the clouds, paint the sky

Beyond these boundaries, he wanted to fly

In nature's scheme, never to die


彼が望んだのは、山の頂上で

雲に色を塗り、空に絵を描き

あらゆる境界を越えて、飛んでいくこと

自然の法則の中で、死なないように


Don't stop this child, he's the father of man

Don't cross his way, he's part of the plan

I am that Child, but so are you

You've just forgotten, just lose the clue


そのこどもを止めないで 彼は人類の父

彼の行く道を遮らないで それは彼に与えられた役目

僕はその「こども」であり、君もそうなんだ

ただ、君は忘れてしまっているんだ、その手がかりさえも


Inside your heart sits a Seer

Between his thoughts, he can hear

A melody so simple, but wondrously clear

The music of life, so precious, so dear


人の心の中には預言者がいて

君が思考するあいだ、

シンプルで、素晴らしく澄んだメロディをもつ

とても大切で、貴重な人生の音楽を

君は聴くことができる


If you could for one moment know

This spark of creation, this exquisite glow

You would come and dance with me

Kindle this fire so we could see

All the children of the Earth

Weave their magic and give new birth

To a world of freedom with no pain

A world of joy, much more sane


もし、君がほんの一瞬でも

この創造の火花や、優雅な輝きを知るなら

ここに来て、僕と踊ろう

僕たちに見えたように、その火をともして

地球に住むすべてのこどもたちに

そういった魔法を創り上げ、新たな命を与えるんだ

苦しみのない、自由な世界のために

喜びあふれる 健全な世界に


Deep inside, you know it's true

Just find that child, it's hiding in you.


心の底では 君はそれが真実だと知っているだろう

君は、君の中に隠れている、そのこどもを見つければいいだけなんだ


(訳:yomodalite)


f0134963_10035742.jpg



[PR]
by yomodalite | 2014-11-20 20:00 | ☆Dancing the Dream | Trackback | Comments(0)
f0134963_00413578.jpg

マイケルが1992年に出版した『Dancing the Dream』の詩の翻訳をはじめてから、大分経っているのですが、まだまだ残っているものが多くて、ため息が出てしまいます。

もうずっと前に、この本の和訳本を見たとき、私はそこに納められた、澄んだ空気感のある美しい写真には魅せられたものの、「素晴らしい教えが紹介されている小冊子」のような絵や、そういった冊子をくださる方が好きそうな言葉にあふれているように感じ、特に「child」という言葉の多さにはちょっぴり辟易しました。

詩を読むまでもなく、当時、マイケルは口を開けば「こども」のことばかり言っていて、20代、30代の私には、それがとてもしんどかった。私は自分のことで精一杯だったし、マイケルの幼少時は、自分よりも明らかに幸せそうで、彼の言葉は、彼の音楽に比べて、純粋なのかもしれないけど、陳腐に思えたんですね。当時は。。

それが、そうではなかったと思いはじめたのは、彼の人生の最後を見てからです。

それまで敬遠していた詩の中から、自分に理解しやすいものから、翻訳を始めてみると、今まで見えていなかったことにたくさん気づいて、マイケルが大事にしていた「こどもっぽさ」の意味に驚きました。彼の「child」に抵抗がなくなったのは、自分が大人になったことも大きいのかもしれませんが、それ以上に、自分が、どれだけ「こども」で、マイケルがいかに「大人」だったかに気づいて愕然としたんですね。

マイケルの詩に限らず、英語詩の訳は、英語力だけでなく、日本語にするのは、むずかしく、ほとんど英語力のない私が言うのはおこがましいのですが、私が訳詩をするとき、気をつけているのは、英語詩には、日本人の自然な感覚にはない概念が大きく関わっています。

簡単に言えば、それは「God」と「神」の違いです。

日本で「神」と言うと、自然から感じられる「神秘的な雰囲気」をイメージします。私たちは、何年も時を経た樹木に畏敬を抱き、湧き出る水に恵みを感じて、それらに感謝したくなり、心が浄化されるように感じます。

これは、私たちの「内なる感覚」だと思います。

私たちは、この内なる感覚で「マイケルの表現」にも感動しているわけですから、そこには共通点があることも確かだと思いますが、マイケルが感じている「God」は、内なる感覚だけでなく、私たちの「外」にも存在しています。

Godは「世界の創造者」ですからね。

西欧は、科学も、文化も、なにもかもが、この「God」の解釈や、解明から生み出されているといってもいいのですが、英米で、マイケルがより激しく非難されたことで、そういった宗教感よりも、日本の穏やかな「神」の方が、マイケルの「God」に近いと思われる方も多いでしょう。でも、私は、私たちにはない「欠落した部分」を意識していたいと思っています。わかったと思うよりも、わからない部分を意識している方が、学べると思うからです。

私は特定宗教の信者ではないので、Godを信仰することの素晴らしさを説くことが目的ではありません。

また、いかなる「スピリチュアル」も信望していませんが、どんな信仰をもっている方にも偏見はもっていないつもりです。ただ、よく不満に思うのは、そこにある善悪や、正誤の規定、世界のシステムについての説明が、すべて「Human made」にも関わらず、「God」からだと錯覚させられることです。Godの言葉が完璧にわかるのは、God以外にないはずなのに。

スピリチュアルを説明した文章から、人の愚かさを感じたり、父の愚かさを説く、母の言葉から、母の愚かさを知るとか、言葉って、本当にむずかしいですね。

えっーーと、何をグダグダと書いているかというと、今日も、「なんちゃらchild」っていうマイケルの詩を訳していて、「またか」と思ったからなんですけどねw


(上記の要約:私が「神」と「God」の違いについて、しつこく言っているのは、マイケルがあまりにも「child」について何度も言ってるからで、それは彼の「God」のせいであり、私の宗教感ではないこと。英語詩は日本語詩みたいな感じで訳すと、日本語的にはしっくりするかもしれないけど、マイケルに限らず、英語詩は、日本語詩とちがって「内なる感覚」ではないし、、マイケルの詩は(歌詞ではないもの)韻を踏むよりも、MJ思想の方が重要だと思うので、散文的にしないと。。って言い訳です。)






[PR]
by yomodalite | 2014-11-20 00:56 | ☆Dancing the Dream | Trackback | Comments(4)
私がややこしい本を読んでいる隣で、ダーリンが読んでいた図書館本なんですけど、、

ちなみにこの本の前は、梶原一気の弟で、真樹日佐夫氏の『ああ五十年身に余る―真樹日佐夫ワル自伝』を読んでいて(ダーリンはすごく面白かったらしいのでこの後読むかも)、またもや下品な本を、、とは思ったものの、なんとこの本にも、朝堂院氏が登場していてw、

それ以外の13人のアウトサイダーたちも全員、さまざまな分野から選ばれた方々なのですが、知らない人も多く、極薄い興味でパラパラと斜め読みしているうちに、ずんずんと惹きこまれ、読み終わる頃には、今年読んだ本の中で、一番面白いノンフィクション本だったかも。。とさえ思えてきました。2012年に出版された本なんですけどね。

著者はヘアヌード本のプロデュースから「毛の商人」と呼ばれた方ですが、私は氏の文章を読むのは初めてで、どんな方かも知らなかったのですが、学生運動を経験した「団塊の世代」の中でも、当時の熱さや、社会への思いを持ち続けていて、もしかしたら同世代の方の中では、現在もっとも面白い仕事をされておられるのかも。それと、高須基仁氏は、高須クリニックの院長とは親戚なんだそうです。

タイトルは、歎異抄の有名フレーズ「悪人正機」から名づけられているのですが、自身を「悪名」と呼ぶ高須氏は、アウトサイダーとは、アウトローと似ているけど、ニュアンスがちがうと言う。アウトサイダーは、少数派で、何かを最初にやる人で、それが花開いたとき、その人はいないというのがアウトサイダー。

そして最初の対談者である、前田日明と、柳美里には「自分がやったことが広がっているのに、自分はそこにいない」という哀しみをとりわけ感じると。

[内容メモ]

前田日明
韓国に言いたいことがたくさんある。在日外国人の参政権の問題、自分はkの法案を通せば在日であるとかいろんな人に将来に禍根を残すと思っているので、大反対なんです。。

朝堂院大覚
朝鮮総連売買、朝青龍暴行疑惑、亀田問題、、、亀田問題の背後には、元の所属ジムである協栄ジムの亀田親子へのファイトマネー未払い問題があるわけです。本来コミッションは、ファイトマネーを払うようにする義務があるのに、当時のコミッショナーが仕組んだ。。。(番外編対談):ロアビルのフラワーの上にある朝堂院の息子がやっている店。。。朝堂院の息子のひとりは関東連合の頭の1人で、顔は絶対に見せない。。。朝堂院が恐喝しているとき、俺が真ん中に入って。。。朝堂院氏は、スポーツ団体のすべてのトップをやってますね。。。そういう名刺をがんがん作って作ってくるんだよな。。。任侠右翼に多い手口ですよね。。。朝堂院が去年の10月以降メディアには一切出なくなった。基本的に恐喝しにくい時代になったんだろう。俺に言わせれば、彼のはわかりやすい恐喝。ただ、ヤクザではないから、暴力装置は感じない。基本的に一匹狼の人なんだろうな。。。朝堂院さんは、企業経営者だったから、企業の不正を教えてあげて、コンサルタント料をいただいているんでしょうかね(笑)。。。朝堂院は資本主義の弊害に対して、ものを申しているだけだろう。警察は、資本主義の隙間でやってくる人間は逮捕しない。


自伝がイマイチで、少し興味を失いかけていた朝堂院氏ですが、本書でまた少しだけ理解できたというか、恐喝という言葉を、はじめて「いい意味」に捉えそうになってしまいました(苦笑)



斉藤智恵子
浅草ストリップ劇場、ロック座の会長。(北野武に)私が勝新太郎の「座頭市」を監督してと言ったんです。。。早乙女太一は私の子どもでした。。

石井和義
出所から2年。元K1プロデューサーが考えてきたこととは。。。

柳美里
キャバクラをテーマに「アサヒ芸能」で、『雨の夜、日曜の朝』という官能小説を書いているけど、今までとは読者層がちがう。これはファンに対しての裏切りというか、、、

川崎タツキ
決して後ろに下がらないボクサー。少年院、ヤクザ、薬物依存地獄を乗り越えた生き様。

戸川昌子
渋谷のシャンソンバー「青い部屋」は、従業員の持ち逃げという不測の事態で、存続の危機に陥った。。

杉浦和男
2011年は地下格闘技ブームに沸いた。中でも異彩を放ったKRUNCHを主催する足立区の伝説的不良。。。

山本直樹
連合赤軍をテーマにした『レッド』の漫画家。ママ友の中にも永田洋子はいる。。。

ルミカ
自身がいじめられた経験をもとに、「いじめ74(なし)ツアー」と題し、74カ所をツアー。。。

秋田一恵
弁護士。永田洋子の弁護をつとめる。。。

ごとう和
「りぼん」でデヴューし、現在はレディースコミックを中心に活躍。東電福島原発事故の20年前、原発の恐ろしさを描いたマンガ、『6番目の虹』を発表。

黒岩安紀子
団鬼六の未亡人。1999年に歌手デビューし、「知覧の母」「母は老いても」を発表。「団鬼六は最後までSM小説を恥じていた」。。

[番外編対談]高須基仁×平井康嗣対談
週刊金曜日の発行人、北村肇はかつて「サンデー毎日」の編集長をしていて、「週刊金曜日」に別の基軸を作りたくて、高須氏の人脈を利用しようとした。。(本書は「週刊金曜日の連載から出版されたもの)





[PR]
by yomodalite | 2014-11-18 00:29 | 評論・インタヴュー | Trackback | Comments(0)
f0134963_01194517.jpg

マイケル・ジャクソンが1992年に出版した『Dancing the Dream』に

収められた「A child IS A SONG」の和訳です。

気になる点や間違いは遠慮なくご指摘くださいませ。



A child IS A SONG

ひとりのこどもに、ひとつの詩がある


When children listen to music, they don’t just listen. They melt into the melody and flow with the rhythm. Something inside starts to unfold its wings – soon the child and the music are one. I feel that way, too, in the presence of music, and my best moments of creativity have often been spent with children. When I am around them, music comes to me as easily as breathing.


こどもが音楽を聴くとき、彼らはただ聴いているだけではない

メロディに溶け込み、リズムと一緒に飛び上がり

彼らの内から翼が広がっていって、こどもは音楽とひとつになる

僕の音楽のあり方もそれと同じで、

創作の最高の瞬間は、こどもたちと過ごしているときが多い

こどもたちと一緒にいると、

音楽はまるで、呼吸するのと同じぐらい自然に僕のもとにやってくる


Each song is a child I nourish and give my love to. But even if you have never written a song, your life is a song. How can it not be? In wave after wave, Nature caresses you – the rhythm of each dawn and each sunset is part of you, the falling rain touches your soul, and you see yourself in the clouds that are playing tag with the sun. To live is to be musical, starting with the blood dancing in your veins. Everything living has a rhythm. To feel each one, softly and attentively, brings out its music. Do you feel your music?


僕の歌は、どれも可愛がって育てたこどものようなもの

でも、もし君が作曲をしたことがなかったとしても、人生は詩なんだ

そうではない道理がある? 

寄せては返す波のように、人は自然に愛撫されている

日は昇り、日は落ちるというリズムは、君の一部

降る雨は魂に触れ、太陽と追いかけっこをする雲に包まれる

君の中に流れる血が踊りだして始まる、人生はミュージカルなんだ

生きているものはすべてリズムを持っている

それをひとつひとつ、注意深く感じて、音楽として引き出す

君は自分の音楽を感じない?


Children do, but once we grow up, life becomes a burden and a chore, and the music grows fainter. Sometimes the heart is so heavy that we turn away from it and forget that its throbbing is the wisest message of life, a wordless message that says, “Live, be, move, rejoice – you are alive!” Without the heart’s wise rhythm, we could not exist.


こどもたちは感じている

でも、僕たちは成長するうちに、人生が重荷となり

雑事は増え、その音楽はかすかなものになっていく

心が重たくなると、

そのビートが人生にとって一番賢いメッセージだということを忘れ

目を背けてしまいがちだけど、

その無言のメッセージが伝えているのは

「命の意味、なぜここに生まれ、どこに行き、何に恵まれて... 君が生きている!」

ということ

心に賢いリズムを携えていなくては、

僕たちは生きていけないんだ。


When I begin to feel a little tired or burdened, children revive me. I turn to them for new life, for new music. Two brown eyes look at me so deeply, so innocently, and inside I murmur, “This child is a song.” It is so true and direct an experience that instantly I realize again, “I am a song also.” I am back to myself once more.


僕が少し疲れたり、重荷を感じはじめると

こどもたちが元気にしてくれる

彼らによって、僕は新しい人生や、音楽に向き合う

ふたつの茶色い無垢な眼に深く見つめられると

僕は心の中でつぶやく

「この子は詩だ」と

それは僕の心にじかに訴えてくるまぎれもない真実で

そしてまた気づいたのは

「僕も詩なんだ」ということ

僕は再び自分に戻っていくんだ


(訳:yomodalite)


◎[Amazon]DANCING THE DREAM




[PR]
by yomodalite | 2014-11-15 09:10 | ☆Dancing the Dream | Trackback | Comments(0)

In The Court[20]

f0134963_22471120.jpg





f0134963_22474795.jpg






[PR]
by yomodalite | 2014-11-13 06:00 | ☆マイケルジャクソン裁判 | Trackback | Comments(0)

☆In The Court[19]

f0134963_11492081.jpg



f0134963_11495265.jpg




D.S. Live in Bucharest 1996









[PR]
by yomodalite | 2014-11-12 06:00 | ☆マイケルジャクソン裁判 | Trackback | Comments(0)

In The Court[18]

f0134963_11455630.jpg



f0134963_11463063.jpg




D.S HIStory Tour Seoul









[PR]
by yomodalite | 2014-11-10 20:00 | ☆マイケルジャクソン裁判 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite