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宇宙のデザイン原理ーパリティ・ゲージ・クォーク/アンソニー・ジー(著)

2ヶ月ほど前に、60年代の映画『アラバマ物語』をDVDで見直したんですが、再発版には、出演者だけではなく、当時のアラバマ住民が、南部の歴史やその頃の生活について語っている90分のメイキング・ドキュメンタリが収録されていて、そのタイトルが『Fearful Symmetry』。

オープニングで、ブレイクの『Tyger』が引用され、詩の中の “Fearful Symmetry” が拡大されて、タイトルバックになるのですが、当時の激しい人種差別や、村民同士の対立、そういった白人の世界と黒人の世界を『Fearful Symmetry』と名付けるセンスがよくわかりませんでした。


それで、尊敬するF先生にメールで質問したところ、ドキュメンタリ作者の意図はわからないものの、シンメトリと神のクリエイションの関連を考える良い糧になるでしょう。と、物理の世界におけるポピュラーな評論書である、本書を紹介していただきました。(原題:Fearful Symmetry:The Search for Beauty in Modern Physics, New York, 1986)

対称性は、物理の世界ではたいへん重要な事柄のようですが、南部陽一郎氏らがノーベル物理学賞を受賞された「自発的な対称性の破れ(Spontaneous Symmerty Breaking)」のように、自明だった対称性が仮定にすぎない。。。というようなことが、アインシュタインや、マイケルのGODへの想いを覆すものなのかどうか。

神の方程式は本当に美しいのか?ということ。

パリティも、ゲージも、クォークについても、基礎的な物理学や、宇宙についてのことも、これまでにも何度も挫折していて、こちらの本も、著者が優しく書いてくれていることはひしひしと伝わるものの、理解するまでには至っていないんですが、私が知りたいと思っていたことを書いてくれている本には違いないので、

いつかきっと。という想いをこめて、

相対論から、80年代初頭までの物理理論の展開をシンメトリーの視点から描いた本書のことを、

少しだけメモしておきます。


(引用開始)

物理学が進歩していくにつれ重要になってきたのは、美を感じ取る力である。究極のデザイナーの心を読みとるために、物理学者たちは対称性と美から成り立っているものへと、その関心をむけることになったのである。夜のしじまの中で、まだ夢みられたこともないような対称性について、語りかけてくる声に耳を傾けているのである。

かつて、アルバート・アインシュタインは次のように語った。

「私は、この世界を神がどう創ったか、それを知りたいのだ。したがって、あれやこれやの現象や、あれやこれらの要素のつながりには関心がない。私は神の考えを知りたいのであって、その他のことはとるに足らないことなのだ。」

確かに、物理学の方程式の中には醜いものもあるが、われわれにしてみれば、そんなものは書き留めるのはおろか、それを見ることさえ我慢ならないのであって、かの創造主がこの宇宙をデザインするにあたって、美しい方程式だけを用いたのは疑いないことだと、そう確信しているのだ。事実、この自然を記述しているという2つの方程式が与えられて、その間で選択を迫られるとき、われわれが選ぶのはいつも、われわれの美意識に訴える方の式である。「まず、美しさに気を配ろう、真理はあとからついてくる!」


物理学者のひとりとして、私はアインシュタインの言わんとしたそのことに、大きな魅力を感じる。もちろん今日、物理学者の圧倒的多数は、個々の特定の現象を説明することに力を注いでいる。しかし一方には、少数ではあるが、アインシュタインの知的末梢たちもいるのであり、しかも彼らはいまや、以前にも増して野心に満ちあふれている。つまり、自然界の基本デザインを求めて闇夜の森に入り込み、しかも、その限りない自信の中で、すでにそれを垣間みたと主張するまでに至っているのだ。

そうした彼らの研究を導いている基本原理は2つある。すなわち、対称性とくりこみ可能性である。くりこみ可能性というのは、異なる特徴的長さをもった物理過程どうしが互いにどう関係するのかに関わることで、これについても本書ではふれるつもりである。しかし、本書での私の関心はむしろ、基礎物理学者たちがこの自然を眺めるときの、統一的な美の視点としての対称性のほうにある。

(引用終了)







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by yomodalite | 2014-10-29 22:41 | 科学・環境問題 | Trackback | Comments(6)

大阪ディナークルーズ(2013.10.19)

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大阪は、街の中心部に川が通っているせいか、
東京よりも水辺のお店が充実していて、
リバークルーズが楽しめる期間も長く
帝国ホテル大阪のクルーズ船「ひまわり」などが定番なんですが、

◎グルメ・ミュージック船 ひまわり

今回は、完全オープンエアの小型船で、
夜の中ノ島~大阪城周辺へ。

◎リバーボートダイニング リパリウス


☆続きを見る!!!
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by yomodalite | 2014-10-24 19:26 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)

映画『ニンフォマニアック Vol.1』監督:ラース・フォン・トリアー

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その名前だけで観にいく監督のひとりではあるものの、そんなに好きだと思ったことはない、ラース・フォン・トリアー監督。

新作は前後編に分かれた長編という以外の情報に疎かったせいなのか、先週水曜日に、前編を観に映画館に行ったら、午後2時の回が、上映30分前に「立見」になっていて、その後の4時からのも売り切れ。トリアーの映画がそんなにヒットしてるなんて、、と泣く泣く家に帰り、今回は、前日に予約しての再チャレンジ。


☆続きを読む!!!(ネタバレはありませんが、あらすじもわかりませんw)
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by yomodalite | 2014-10-23 06:00 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

ケンブリッジ白熱教室・第2回「美と醜悪の現象学」[2]

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☆ケンブリッジ白熱教室・第2回「美と醜悪の現象学」[1]の続き


最初は、サルトルが登場するまで「長っ!」と思っていましたが、16世紀頃の芸術が大好きだと言っていたMJにとっては、プラトンから攻めてもらって良かったかも。

マーティン教授がよくいる、幼稚な持論全開なうえに上から目線な人ではなく、マイケルに対しても、好意以上の敬意が感じられて、次回がますます楽しみになりました。

下記は、マイケル・ジャクソンをテーマにした「美と醜悪の現象学」の後半部分です。

理想型がそれ自体が美しいかどうかについて。でも、ここで、美しいものはどこにあるのか。プラトンはときどき、美について語っている。ここで、私は質問された問題について考えてみたい。

理想型はそれ自体が美しくなければいけないのか? 

プラトンは美について、まるでそれ自体が理想型であるかのように話す。美の理想型。美の原型。ここに椅子があり、そこに美しいものがある。プラトンは言う。「その美しいものだけが、本当に美しい」。プラトンの言っている、その美しいものだけが、本当に美しいーこれを議論するのは、とてもむつかしいと思うが、よく考えると、なにを考えようとしているのか、よくわからない。美はすべての理想型に備わっているものとして、話をする方がもっと説得力があると思う。美は理想的な状態にあるすべてのものの特性だ。

理想的なその椅子は美しい。理想的なそのテーブルも美しい。という風に。椅子の理想型は美しい。なぜなら、その椅子そのものであるから。同様に男性の理想型が美しいのは、男性そのものであるから。だとすると、醜さも定義されるだろう。正確には、定義の欠如によって、定義される。何か質問がある?

生徒から:マイケル・ジャクソンの場合、彼はふたつの異なる観念の間に挟まれているとはいえないでしょうか。ひとつは、彼の自己改善への執着、具体的にいえば、整形への執着は、自分が美の理想型と考えたものに近づこうとしていたということを示しています。しかし、その理想型とは、社会によって形成されたものです。

一方で、マイケルは子どもたちと時間を過ごすことで、社会的知識を分解しようとしています。子どもたちは、社会的構成前に属していて、無知だと、彼は考えていました。このふたつには、対立した緊張関係があったと思います。一方で完全に、社会のパラダイムに嵌ろうとし、もう一方で、それらを超越しようとしている。ということです。

マーティン先生:君にハイパーノーミア。この言葉は私が創った言葉なのだが、アノミー、つまり、無規則状態の反対のものだ。アノミーは、深く社会規範を逸脱している。私はすべての社会の規則に反抗する人間だ。一方で、ハイパーノーミアとは、どういう意味だと思うか? 私は特に古典ギリシャ的な「ノモス」に注目したい。誰かノモスについて、手助けをしてくれないか? 

生徒から:慣習とか、法律の意味だと思います。

マーティン先生:慣習や、法律、だから、ハイパーノーミアは、規則を意識することだ。もちろん、マイケル・ジャクソンは、規則をとても意識している。彼は言う。「子どもは規則を無視する」。ハイパーノーミアは、規則や理想型に対する過敏性だ。でも、理想型についても曖昧さがある。それは、マイケルの中の曖昧さにも通じる。

プラトンは、「見てみろ。これらの理想型があるが、誰も理想型になることはできない。それを理解しなくてはいけない。今、地球に理想型は存在しない。理想型は、生まれる前、あるいは、死後のものだ。その間の部分、生きているときは考えるな。理想型になろうとしたりするな。なれるはずがないと言った。

しかし、誰もがやるのは「私は理想型になる必要がある」。よし、私たちはここに理想型が必要で、理想型に対応する人がいて、そこに理想型に対応しない人がいる。残念ながら、プラトンのもうひとつの解釈が存在する。言い換えれば、私たちは神話的なものになれるのか? 理想的な椅子を創ることはできるのか? 理想的な足の爪切りを創ることはできるのか? おそらく、無理だ。でも、可能性は埋め込まれているのではないだろうか? もしかすると、美は失われたもので、醜さが私たちに残されたすべてではないのか? これが哲学の行き着くところなのか? 醜さが私たちに残されたすべて。。

ソクラテスも同様のことを主張する。

君たちも読んだことがあるかもしれないが、ここで、『饗宴』の一部を思い出してもらおう。

饗宴(プラトン中期の対話編。副題は「恋について」紀元前416年、ギリシャ・アテナイの悲劇のコンクールの優勝祝賀の様子を語ったもの。祝宴にはソクラテスも参加した。

ソクラテスはアルキビアデスに向き合って言う。ここで、アルキビアデス、誰か彼について、知っていることをひとつ教えてほしい。誰か

生徒から:軍人ではなかったでしょうか。

マーティン先生:それは忘れていた(笑)、なぜなら、私が考えていたのは、彼はハンサムな男性だったということだから。彼はハンサムで、でも、彼は軍人でもあった。彼はアテネで最も美しい男性という名声があったと思う。彼はアテネの象徴のようなものだった。ソクラテスよりも若かった。ソクラテスは醜くて有名だった。アルキビアデスは、ソクラテスを森に住む好色な牧神サティロス、あるいは、セタ、サターンのようだと言う。サティロス、私は正しく発音している? (生徒から)「サティアです。」サティアか、どう発音するのかよく知らない。でも、要するに年老いた山羊、それでいい。

アルキビアデスはこう言う。「あなたは醜い老いた野獣だ。そうでしょう」でもそれから同時にソクラテスの気を惹こうとするが、激しく拒否される。ソクラテスの醜さに対する擁護は、理想的な美のみが、真に美しいがゆえに、アルキビアデスはその基準にあてはまらない。単なるこの世の美は、幻想にすぎない。だから、アテネ、そして世界は、再び醜い人々にとって、安全な場所になったのである。言い換えれば、私たちは皆、醜さの中にいる。ソクラテスは美しい人々の根本的な不平等を理解していた。この意味で、醜さの認識、理想型との一致との失敗、これが西欧哲学のまさに起源にあった。

そして、もちろん、理想型の排他性についての問題もまたそこにある。

ソクラテスの哲学にも関わらず、私たちはまだ理想型に自分を一致させようとしているのか? これが君が注意を払っていた「緊張関係」だと思う。

私にとって、現代のソクラテスは、ジャン・ポール・サルトルだ。

ジャン・ポール・サルトル(1905〜1980)フランスの小説家・哲学者。主な著作『嘔吐』『存在と無』、実存主義の中心的人物。「実存は本質に先立つ」容姿に強いコンプレックスを抱いていた。(*実存とは「現実存在」という意味)

他の哲学者が崇高なものを熟考する一方で、サルトルの場合は、醜さが、彼の哲学の全体に浸透している。君たちの中には、サルトルが醜さを発見した瞬間のことを知っている人もいるだろう。それは彼の自伝の中にある。サルトルが醜さを発見したときのことを、誰か憶えているか? 私が「髪型が決まらない日」と呼ぶ日だ。

サルトルが散髪をしたときのこと。私たちはみんなこのような経験をしたことがあるだろう。切り過ぎた髪型を伸ばしてくれ! サルトルの自伝で、この部分を憶えている人はいるか? それは、彼が7歳か8歳ぐらいのことだったと思う。実際、サルトルのこどもの頃の写真がここにある。彼はこの時点まで天使と呼ばれていた。(写真登場)注意を惹くのは、長い金髪とカールした髪だ。家にやってくる人はみんな、「おお、なんて可愛い天使なの。この子は天使だわ」と言っていたらしい。

これは、サルトルが抱いていた考えだ。これは少し、マイケル・ジャクソン風、ルソー主義的考え。いわば、髪を介して、私は天と繋がっているということ。しかし、彼の祖父がサルトルがあまりにも女の子ぽくなっていると、それで、彼はサルトルを床屋に連れて行くことを主張した。幼い天使サルトルは、「いいよ。面白そうだ。おじいさんと出かけるといつも楽しいから」と思った。当時、彼は7歳か8歳だった。よし、床屋に行こう。そこで、祖父が言う。「しっかり刈ってほしい」これは深刻だ。つまり丸刈りのように、すべて剃ってくれ。サルトルは帰宅する。母親は外出から帰ってきて、ドアを通り抜けて、サルトルがそこに立っているのを見る。彼は母親になにかこのようなことを言っている。「ねえ、髪を切ったから、見て」。彼女はもっていた買い物袋を落とし、階段を駆け上がって、ベッドに身を投げ出し、泣きじゃくった。散髪でこのようなリアクションをされたことはないと思うが、これはかなり強烈なものだ。

このとき、サルトルは彼のすべての凝視に関する理論を発展させたんだ。「地獄とは他人のことである」という観念はまさにそこから始まっていた。

彼が実際に書いているのは、これは天使の前で(幼い頃の写真)、これがそのあと(サルトルの写真として知られるもの)。散髪によってヒキガエルに変身させられてしまった。天使からヒキガエルへの散髪効果だ。それが、彼がその後の自分を表現する方法となった。髪が天使効果を使って、彼を変装させているが、それが取り除かれると、ソクラテスのように醜いものとして暴露される。

なぜ、サルトルは「地獄とは他人のことである」というのか。なぜなら、理想型の場合と同様に、私は、あなたの完璧なものに、自分を一致させることができないからだ。

サルトルの哲学者の彼女は同意する。「そう、あなたは実際に醜い。なんの疑いもない。周りの人を見て比べてみると、あなたの醜さは本当に際立っている」。実際に彼女がそう言ったわけではないが、でも、実存的な肉体について重要なのは、その肉体は、その肉体そのものではないという点だ。その肉体はいつも、その肉体であるもの以外のなにかになることができる。

私は私であるものではなく、私は私ではないものだ。

これは、問題であると同時に、解決法でもある。

実存主義は、それがプラトン的理想の領域と同じように、牢獄から脱出させる切り札であると言っている。ソクラテスにとって、醜さは現在そこにあるが一時的なもの。醜いあひるの子の議論の一形式で、いずれは白鳥になる。でも、サルトルにとって、醜さは避けられないものだが、とるに足らないもの。サルトルとソクラテスは、私たちが顔と本の理論と呼ぶものを共有している。彼らが鏡から切り離そうとするとき、顔が本の起源になっていて、本には顔の起源がのこっている。

サルトルは言う。「私は書くことから生まれた。その前にあったのは、鏡にうつった像だけだった」

でも、これらのどれも、あの素敵なマイケル・ジャクソンには当てはまらないのではないか? 彼はソクラテスよりは、アルキビアデスではないのか。彼はサルトルよりも、カミュではないのか? 彼はヒキガエルよりは、天使なのではないか? 

ここで、マイケルの傑作の一曲について考えてみたい。「マン・イン・ザ・ミラー」

僕は鏡の中の男から始める。彼に生き方を変えるように言ってみる。こんなにもわかりやすいメッセージはない。もし、世界をよりよい場所にしたいなら、まず、自分を見て、自分を変えることだ。

君たちの番だ。この曲は君たちにとって、なにを意味するか? なぜなら、私はマイケル・ジャクソンが、それが意味することを、君たちに伝えることができるから。「はい。どうぞ」

生徒から:先生は、サルトルのことを話していましたので、私はそれで「出口なし」のことを思いました。どの登場人物が言うのだったか、憶えていませんが、「私が鏡であるかのように、私の目に映ったあなた自身を見て」と言います。なぜなら、登場人物のひとりは、鏡を欲しがるのですが、彼女は鏡をもっていないからです。

マーティン先生:確か、イネーズだ。彼女は鏡をもっていない。だから私の鏡になって。でも鏡の中で…鏡の… 彼女はある時点で鏡になる事を申し出る。それから?

生徒から:それはエステルです。

マーティン先生:君がいてくれて本当に助かったよ。今日は私の「名前がよく思い出せない日」のようだ。そうだ、エステル。

生徒から:エステルは口紅を心配しています。イネーズは目を鏡として使うように言うのです。

別の生徒から:たぶん、鏡の中の男は理想形で、マイケル・ジャクソンは、もし、彼が理想形に自分の生き方を変えてほしいと思っているなら、自分の理想を変えなければいけないと、あるいは、少なくとも理想形に必死にたどりつこうとするのを止めようとしていると思います。彼は理想形にならなければいけないというプレッシャーを感じているからです。

マーティン先生:理想形は全てのものにあると思う。だからそれはもっともらしい説だ。

『マン・イン・ザ・ミラー』のプラトン的解釈からサルトル的解釈に移ろうと思っていた。自伝「ムーンウォーク」の中でマイケルは、この曲が、ガンジーや、キング牧師、ケネディ大統領などからの影響を受けていると言う。これは利他主義の訴えだと言う。とても気高い。でもマイケル自身を「利己的な愛の犠牲者」として表している。つまり、鏡が必然的に映し表す自己愛、あるいは自己観察のようなものだ。これはばかげて聞こえるかもしれない。

ショービジネスを生きる男性がいて、彼は確かに20世紀の最高のパフォーマーの一人。どうして彼は自分の外見にそんなに不安を抱くのか? でも自伝にはそれがかなりはっきり書かれている。「有名になると人々は凝視するようになる。観察する。それは理解できる。でもそれは易しい事ではない。なぜ私が人前でできるかぎりサングラスをかけているのかと聞くなら、それは人の目を見なければいけないというのが好きではないというだけだ。少し自分を隠す方法だ」。

ある時、彼は歯科医に細菌が入らないようにするため手術用マスクを渡される。そして彼は言う。「このマスクがとても気に入った」。

マイケルの「子供は自意識がない」という考えを思い出してほしい。逆説的だが、彼はステージで自分の全ての意識を失う事ができると言っている。彼はこの瞬間、他人に完全に観察されているからかもしれない。「パフォーマンスをしている時自分がどのように聞こえるか、どのように人に思われるかには気付かない。ただ口を開けて歌うだけ。だからパフォーマンスの中で自意識は消え、自己超越がある」。しかしステージを降りると自意識が戻る。

「一度ステージを降りるとまた対面しなければならない鏡がそこにある」。だから、マイケルは強い自意識、あるいは彼自身の、あるいは他人からの凝視の恐怖に苦しんでいたと言う事ができる。

そして整形の話にも触れたいと思う。マイケルがどのように視覚的に自分を再構築したのか。「10代の頃に向き合わなければならなかった最も大きな個人的苦悩は、スタジオで録音したり、ステージでパフォーマンスをしたりする事とは関係なかった。

当時の最も大きな苦悩は自分の鏡の中にあった」。彼はこれが思春期に始まったと言う。おそらく私たちは推測する事しかできないが、彼は肌の色素形成を気にしていた。彼は皮膚病恐怖症だったかもしれない。マイケルはどれくらいの治療を行ったか? でも治療をすればするほど、彼はもっと不満になる。

「時々私の人生経験はサーカスの仕掛け鏡に映った像のように思う。一部分はとても太っているのに他の部分は消え入りそうなほどに細い」。他にマイケルには解決法があるか。ひと言で答えると「アクセサリーをつける事」。ひとつの白い手袋。ショービジネスそのもの。だがこれがどのように光を反射させるかに注目してほしい。

彼の靴への執着。視線を屈折させるためにアクセサリーは反射するものでなければいけない。そしてマイクも。「マイクは私の手の自然な延長となっていた」。

自分を「もの」化するという意味でアクセサリーは全て1つの機能を持っているのではないか。メークアップも同じだ。「私は何かを自分の顔に塗られることを楽しんでいた。私がカカシに変身するとき、それは最もすばらしい事だった」。カカシは映画の登場人物。「それは世界で最もすばらしい事だった。役を通して誰か別人になって逃げられると思った」。

ここで再び彼は「もの」になる。これは自己客体化だ。「私は座ってこう言う事ができる。『よし今存在するものは他に何もない』」。サルトル哲学はここで何が起こっているのかを説明している。

これは全て「美」に関する事。「美」は超越した状態で、それに到達できるのは「その人でない」人間が「もの」になる事ができるとき。

「もの」というのはプラトンの言う理想形に近いものだ。あるいはサルトルの言葉を使えば「対自即自存在」。実在がついに本質になり意味を帯びる。

「即自存在」とはそれが何ものであるかを規定されて存在しているもの。一方「対自存在」は何ものであるかを規定されず、自己に向かい合うもの。つまり人間は「対自存在」にあたるとサルトルは言います。この即自存在と対自存在が一致した状態。本質と実存の一致が「即自対自存在」となります。

サルトルが書いている事。

La beauté représente donc un état idéal du monde.’
これは私たちが超越に与える価値だ。これは私たちが美と呼ぶもの。

美は世界の理想的な状態を表す。

でもサルトルは言う。「美は世界の人々につきまとう亡霊だが決して実現されないもののままだ。私たちは美しいものを切望する。私たちは、私たち自身が美の欠如である事を把握する限りにおいて、宇宙を美しいものの欠如として把握する」。

サルトルは『存在と無』の一節でこの対立を劇的に表現している。あるスキーヤーという人物の中の内面の「二元的実践」。このスキーヤーは理想形。スキーヤーそのものになりたいと願うがそうなる事ができない。彼の幻想は雪のように解けてしまう。

マイケルはある宗教の信者だったと知られている。でもサルトル哲学では、神を信じているだけではなく神になろうとしている。あるいは逆に言えば、神は「即自対自存在」に私たちが与える名前だ。

サルトルは言う。「私たちは皆、神になろうと企て、自らを神として投影する」。

マイケルの世界的人気は、彼がこの普遍的な状況を明らかにした事の印だと主張したい。

神になろうとする事の失敗。不可能な「即自対自存在」になろうとする事の失敗だ。

講義の結論に向かおう。

ここで「美」にも関連する言葉「崇高」という言葉に注目したい。

君たちは「崇高」という言葉を知っているし、おそらく「崇高」を経験した事もあるだろう。君たちは崇高かもしれない。誰か崇高の仮説的定義を提案してくれないか? あるいは、崇高に見えるだけで十分だと感じるか?どうぞ。

生徒から:崇高とは美と畏敬との間にある美的な感情だと思います。自然の力などに対して感じられる畏怖の感覚ではないでしょうか。

マーティン先生:モーガンからの崇高の定義。他に崇高なものについて意見のある人はいるか?どうぞスペンサー。

生徒から:それは理想形に似たものに到達するという事ではないでしょうか? 理想形と同じ特性を持つ事、そして一瞬ほんの一瞬の間だけ、それに到達する事ができて、そのあとは記憶の中に残されるようなものです。

マーティン先生:プラトンはそう言うべきだったと思う。理想形への近似化は君が言うように、一瞬の、いわば一瞬の中に感じる永遠のようなもの。崇高は一時的なものだ。

ある状態とある状態の間で不安定にあるという感覚だ。でもこれは身振りやダンスとしての哲学。綱渡り芸人、あるいは死ぬまで割れる波に乗るサーフィン。ムーンウォークは前に進むと見せて後ろに進む。このような形の崇高は維持できないものだ。

マイケルは答えのヒントを与えてくれていると思う。

彼は言う。「私はとても長いスピンをして、それから爪先で静止するつもりだった。一瞬の間止まって、ただそこにいたかった。ただそこで凍りつくように静止したかった。でも思ったようにはうまくいかなかった」。

私はマイケル・ジャクソンの慰めになるような提案をしたい。

それはソクラテスやサルトルからではない。レナード・コーエンの「チェルシー・ホテル」の中からだ。

「気にしない。私たちは醜い。でも私たちには音楽がある」。

そしてここで終わりにしたい。マイケル、レナード・コーエン、サルトル、そして、みんなどうもありがとう。

(拍手・講義終了)





私は、I love you 、I need youとか、世界で一番とか、そんなことを自分が言われることを、まったく信じられなかったせいか、元々、美しかった容姿にさらに磨きをかけ、世界一の容姿を手に入れた彼が、愛されることに恵まれていない人々を、公平に愛そうとする姿に、どこか疑問を感じていたんですが、

彼が亡くなると、想像以上の喪失感でいっぱいになり、マイケル自身がそういった様々なジレンマにとことん苦しんだだけでなく、社会から、これ以上ないほどの批判をうけながら、最後まで、謙虚に考え続けたことがわかったことで、今まで、彼に向けていた視線のすべてが、自分に降り掛かってきた。

この一時間弱の講義には、そのことが哲学的によくまとまっているなぁと感じました。

We are ugly but we have the music
私たちは醜い、それでも私たちには音楽がある

私は、この言葉を、マイケルに贈りたいとは思いませんが、彼の音楽を聴いていて、自分が救われているのは、まさにそうだと思いました。

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by yomodalite | 2014-10-21 13:57 | MJ考察系 | Trackback | Comments(8)

ケンブリッジ白熱教室・第2回「美と醜悪の現象学」[1]

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10月10日から、NHK-Eテレ毎週金曜日の午後11時から放送している「ケンブリッジ白熱教室」。私は「白熱教室シリーズ」の熱心な視聴者ではありませんが、今回の教授、アンディ・マーティン博士の専門は実存主義。

これまでのラインナップの印象は、「はい、はい、アメリカ主義を学ぶんですね」という感じでしたが、今回は少しちがうのかも。。と思い、第一回の「ベッカム実存主義」から期待して見たんですが、やっぱりそうだと勝手に納得。

そんな講義の第2回が、マイケル・ジャクソンをテーマにした「美と醜悪の現象学」。

マーティン教授ならそういったタイトルであっても、幼稚な精神心理学的知識と、幼少期のトラウマ論(現在では、人の深層心理を探ることより、多くの人の幼少期を単純化し、自分を犠牲者とし、大人を虐待者とするだけの悪質なものになっていることが問題)で、論じるようなつまらないものではないはず。と期待して観たのですが、ほぼ期待どおりだったので、スクリプトで残しておくことにしました。

下記はその前半部分です(☆番組冒頭部分を要約して追記しました)

_______________

1209年創立のケンブリッジ大学。800年以上の歴史と伝統を誇る名門大学。

学生数およそ2万に対して教職員の数はおよそ5,000。最高の講師陣をそろえた大学の授業。中でも「スーパービジョン」と呼ばれる少人数・対話形式が特徴です。

そんなケンブリッジで今注目を集めているのが、サッカー好きで冗談好きイギリス人男性、マーティン博士の専門はフランス哲学と文学。サルトルを中心とした人間の実在を思考の中心に置く「実存主義」が研究のテーマ。

「私は毎日の日常は哲学にあふれていると思います。私は「哲学は役に立たない」「机上の空論」「学者だけのもの」という考え方から離れて、哲学は実践的で日常の経験を理解するために役立つ学問なんだと言いたいのです」

「哲学が扱う問題は人間の心理にも関連する。だから哲学は心理学ともつながりが深いのだ」

大胆な仮説や奇抜な思考実験を駆使して、現代人が心の中に抱える、さまざまな悩みや矛盾の解決方法を探る「実践的フランス哲学講座」。

サッカー界のスター、デビッド・ベッカムを実存主義者と見立てた思考実験や、世界的なポップスター、マイケル・ジャクソンを例に「美しさ」に対する人間の執着心を考察。更にFBIによる哲学者に対する捜査からフランス実存主義の歴史をひもとき私たちが抱える人生への不満不幸や嫉妬の解決方法を哲学を通じて探る。

マーティン博士は「生きているとはどういう事か」を実存主義を使って明らかにします。

第2回は「美と醜悪の現象学」。

人間はなぜ美しさを求めるのか。プラトン哲学と実存主義をもとに、美と醜悪の根源を考えていきます。

(拍手)こんにちは、みなさん。

「美と醜悪の現象学」、難しいタイトルだ。

副題を付けると、「マイケル・ジャクソンの新プラトン主義」

でも私のことを知っている学生は、私が歌ったり踊ったりしないことを知ってるだろう。

なぜ、マイケルは子どもに夢中だったのか?

哲学者ウィトゲンシュタインの言葉を借りれば、心を奪われた状態、執着のひとつの形式だ。だが、これが最終的には、マイケルに法的な、道徳的な、そして経済的な問題をももたらした。名声の損失は大きかった。しかし、マイケル・ジャクソンは、これを完全に認識していた。と推測できる。それでも、彼は同じパターンを繰り返した。幼い子供たちが、彼とネバーランドに滞在する。すると、彼は児童虐待だと非難される。それは性的なものだったのか。フロイト的にみれば、すべては性的なものを関係がある。しかし、私は、エロティックではなく、ゼロティック、性的要素がゼロだったと主張したい。

つまり、彼の子供たちの執着はプラトニック、哲学的意味で、古代ギリシャのプラトン的だった。でも、哲学はこれから私たちが見ていくように究極的には心理学でもある。もしかすると、マイケル自身の哲学が、彼の苦悩に満ちた自意識と、彼自身の外見の両方の、そして、彼の死の原因だったのかもしれない。

子どもについての最も完全で、最も叙情詩的な賛歌は、ジャン・ジャック・ルソーの作品にある。ルソーは18世紀の啓蒙思想家で、百科全書の編纂に貢献し、自伝の傑作『告白』の著者でもある。


ジャン。ジャック・ルソー(1712ー1778)
フランスの哲学者・作家。主な著者「社会契約論」「人間不平等起源論」などで、文明や社会の非人間性を批判。人民主権の思想を説き、フランス革命の先駆けとなった。


ルソーは、年寄りとして知られる文明に対する手厳しい批判を行っている。これが、ルソーの演説、「子どもたちはすべてのことに気づく。彼らは疲れていない。彼らは、私たちがもはや興奮を忘れてしまったものに、興奮を見出す。彼らはまたとても自然体で、まったく自己を意識しない。。

よし、告白しよう。

これは、ルソーではなくて、本当はマイケル・ジャクソンだ。どうして間違えたのか。この引用は、マイケル・ジャクソンの1988年の自伝『ムーンウォーク』からのものだ。でも、ルソーのように聞こえるとも思わないか。ルソーの1762年の教育論『エミール』から取り出したといっても、おかしくないと思う。

これから、私は次の引用の中から、一語、注目したい言葉を選ぶ。突拍子もない質問だが、それがどの語かを当てて欲しい。

生徒から:どの話をしていますか?

マーティン先生:今、それを教える。これから、君たちに引用を読み上げる。だから、すべての言葉に敏感にならないといけない。そのあとで、君たちに尋ねる。もっとも重要な語はどれか。

私は彼らの周りにいうのが大好きだ。家にはいつもたくさんの子どもたちがいて、彼らの周りにいるだけで、私はエネルギーをもらえる。彼らはすべてを新鮮な目で、開かれた心でみる。子どもたちはそれほどにも、想像的なのだ。彼らは規則を気にしない。絵は紙の中央に描かれていなくても、空は青くなくてもよい。彼らは人々を受け入れる。彼らの唯一の要求は、公平に扱われ、愛されること。それは、わたしたち、すべての者が望むものだ。

私が選びたい言葉がある。それがどの語か、誰か予想して欲しい。その語は、この文章の中にあった。

生徒から:規則!

マーティン先生:規則。正解。私はとても驚いた。なぜなら、それが私が思っていた言葉だからだ。冗談を言っているわけではない。ここに書いてある。見せてあげるよ。マイケルの理論において、子どもたちにおける規則は重要だ。なぜなら、規則を乗り越えようとしているから。子どもたちには規則がない。規則を無視する。規則に反抗する。あるいは、まだ規則を学んでいない。マイケルの理論では、子どもたちは、デュルケムが社会規範のない者と呼ぶ領域に属する。「アノミー」だ。

エミール・デュルケム(1858〜1917)
フランスの社会学者。主な著作「社会分業論」「自殺論」独自の視点から社会現象を考察し、社会学の確立に大きな成果をあげる。デュルケムが定義した「アノミー」とは、社会秩序が混乱した状態をさす。

アノミーは、規範がないことを指す概念だ。共同体、規範的な社会の意志からは慣れている状態。子どもたちはまだ社会化されていない。彼らはまだ規則を教えられていない。彼らは規則に基づいた判断を行わない。私が知るかぎり、マイケルは、ルソーを参照しているわけではないが、ふたりを合わせて、「ジャン・マイケル・ルソー」と呼びたい。本物のルソーは子どもたちと自然の状態、そして野生的なものについて書いている。ルソーによれば、子どもたちは、高潔な野蛮人として知られるようになった神話的な存在の小規模なものだ。

‘L ‘homme est né libre, et partout il est dans les fers.
人間は自由な者として生まれた。しかし、至るところで鎖につながれている。

感動的な一行、ここでルソーはなんの話をしているのか。子どもと大人、狩猟採集民と農民? それ以上に人間の意識についてだと思う。ルソーをもう少し深く考えることができるように、マイケルとプラトンとの繋がっているかを19世紀の詩人、ウィリアムズ・ワーズワースの詩を見てみたい。

ウィリアムズ・ワーズワース(1770〜1850)イギリスのロマン派詩人。イングランド北部の湖水地方をこよなく愛し、純朴であると共に、情熱を秘めた自然賛美の詩を書き残した。

この詩は、マイケルとルソー、両方の考えを要約していると思う。『不死の暗示』から、少し抜粋を読んでみることにする。ワーズワースが語っている。

汝、喜びの羊飼いの子よ。私の周りで叫び、汝の歌を歌え。幸ある牧童よ。幸多き皆よ。汝らが呼び交す声を、私は聞いた。天も、汝らの喜びに加わって、笑っている。

よし、今度は私がどの語を選ぶと思うか? 君がまた当てることが出来るか見てみよう。

生徒から:二度も答えません(笑)

マーティン先生:そうか、しっぺ返しをくらってしまったわけか。。実は「満ち足りていること」天も汝らの喜びに加わって、というのが、私たちが話していること。つまりマイケルが言っていることの中心だ。私たちは、幸ある牧童を見ている。では、どこで、すべてがうまく行かなくなるのか、つまり、どうやって、鎖につながれるのか。ワーズワースによれば、満ち足りていること、完全さにも関わらず、私たちには、はじめから何かが欠けているから。羊飼いの子どもは、満ち足りた者と完全な喪失の間にいる。彼はどこかその中間にいて、不死の海と、私たちが行き着く都会の悪夢、遠くの陸地の奥の間の浜辺で遊んでいる。

私は以前、変身について語った。あるいは、偏見について話をした。例えば、美女と野獣。カフカの「虫」、ここに、サルトルが「逆超越」と呼ぶものがある。変形だが、良い意味の変形ではない。ワーズワース、ルソー、そして、マイケルは、いったいどこでこの考えを得たのか。私はプラトンからだと主張したい。この主張は、ワーズワースとルソーに関しては定評のある主張だと思うが、マイケル・ジャクソンの場合は、あまり明らかなことではなかったかもしれない。今までは。。

でも、私はこれを見れば明らかだ。哲学者の洞察のように、みんながこう言うことになる。なんで気づかなかったのだ。これは明白なことなのに。となることを願う。

この主張をするために、まずプラトンの美の概念について考えてみたい。なぜなら、これが、マイケルや他のひとたちの美的価値を実証するように思われるからだ。でも、その前に、私たちはプラトンの理想型の考え方について、概要をつかまなくてはいけない。

プラトン(紀元前427〜紀元前347)古代ギリシャの哲学者。ソクラテスの弟子。イデア(理想型)論を根本とする彼の理想主義的な哲学は、西洋哲学の源流にあたる。プラトンは、私たちの心の目によって洞察される純粋な形、つまり、物事の真の姿や、理想型に言及した。

私が椅子をみるとき、プラトンやソクラテスは、私は何を見るか?と問う。言うまでもなく、椅子だ。でも、同時に彼は、私は頭の中に、その椅子の像を持っていると言う。完璧で理想的な椅子。最初は馬鹿げたことのように思うかもしれないが、考えてみると、これを見ているという事実から、これが椅子だと、どうやって知るのか。でも、私が椅子の概念をもっていなければ、このものは一体なにかということになる。

テーブルでも、男性でも、女性でも、基本的な概念なしにどのようにして、それを知ることが出来るのか。私たちが見るすべてのものは「理想型」をもつと、プラトンは主張する。プラトンはすばらしい構想を思いつく。それは、ワーズワースが彼の詩の中で「我が家」と呼ぶものだ。生まれる前の天国、そこでの私たちは「理想型」をよく知っている。つまり「真善美」だ。

でも、生まれた後はどうなるのか?生まれると何が起こるのか? 誰か憶えているか? もちろん、君たちは忘れてしまった。それが彼の主張だ。ワーズワースはこう言う。人の世に生まれるのは、ただ、眠りと前世を忘れるに過ぎぬ。しかし、ルソー、ワーズワース、マイケルは、子どもはすべてを完全に忘れてしまったわけではないかもしれないと考えている。

重要なのは、忘れてしまうということ。そして、思い出さなければいけないということ。

思い出すことが哲学の機能だとプラトンは主張する。私たちが何かの知識をもつとき、それは、私たちが、忘れたものを思い出したからだと言う。それが、私たちが目指したもの。言い換えれば。それを取り戻すということだ。こじつけだと思わなければ、私はマイケル・ジャクソンの素晴らしい曲を偶然にも思い出したと言いたい。

I wan’t you back!

OK、ジャクソン5が、最初にこの曲を創ったのがいつだか知っているひとはいる? あるいは、最初にリリースされたのはいつか?

生徒から:1987かな? 76? 

私はつい最近確認したんだが、本当のプラトン的な意味で、私も忘れてしまった(笑)。でも、そのとき、私はすでに生きていて、60年代後半だったと思う。

生徒から:漠然としすぎです。

マーティン先生:ここにある私のメモを見よう。1969年だった。マイケル・ジャクソンは当時、10歳か11歳だった。そして、この曲はジャクソン5を有名にした曲のひとつ。子どもスターのジャクソンだ。君たちはこういうかもしれない。その曲はマイケル・ジャクソンではない。ジャクソン5だ。彼はこの曲を書いたわけではない。確かに正しい。でも、この曲はマイケルを念頭において書かれた。この曲は元々、自由になりたいという題だった。マイケルによって発展した。だから、彼はこの曲の生みの親ではないが、彼は育ての親であり、自分のものにした。さらに、彼はソロになってからも、この曲を歌っていた。技術アシスタント、演奏をどうぞ。

生徒のひとりがボタンを押して『I wan’t you back(帰ってほしいの)』が流れる。(体を揺らして、ノリノリなマーティン先生、生徒たちの笑顔。。)

このベースは素晴らしいね。これを考えた人は天才だ。話を元にもどそう。この曲の歌詞のいくつかに焦点をあててみたい。

誰かが集団の中から、君を連れ去ってしまった。それは一瞬のできごとだった。

これは、明らかに「理想型」だ。でも、歌手マイケルは、それをふいにしてしまった。彼は理想型である彼女を本当に大切には思っていなかった。

あって当たり前のものだと思っていた。今となっては手遅れだ。もう一度君を見るのは。

ここで、マイケルは典型的な人生について歌っている。生まれたとき、私たちは必然的に理想的なものから切り離される。失われた理想型をもう一度見るのはいつも手遅れだ。僕が失ったものを返してくれ。アップビートに乗せて、哲学者マイケルは回想の可能性を考えている。失ったものを心の中で、取り戻そうとしながら。これがまさに哲学の目的だ。回想、あるいは追憶。私たちを感覚的な知識から逃れさせる。そして再び、僕を生き返らせて。とマイケルは言う。

私たちは、この決定的な点を無視することはできない。回想は復活、転生の概念と結びつけられる。私たちは真と美を手に入れて、再び生まれるという。でも、どうやって、再び生まれることができるのか。答えはまず死ななければいけない。だから、古典的な議論では、哲学は、死のひとつの形だ。もちろん「悟り」が死につづく。でも、死は「死」にちがいない。

僕はなにも気づかずに、君を行かせてしまった。と、マイケルは言う。

人生は、言い換えれば、ある種の盲目だ。ワーズワースが言うように。かつて見たものは、もはや、見えなくなった。

僕に必要なすべては「もう一度のチャンス」と、マイケルは言う。

生徒から:先生が話をしている歌詞には、オルフェウスの神話に通じるものがあると思いますか?冥界から、妻を取り戻そうとするような、、冥界の王との約束は、冥界を出るまで振りかえらない。ということでした。でも、彼は、妻がまだそこにいるのか見ようとし、彼は妻を永遠になくしてしまいます。それで、失ったものについて考えているということです。

マーティン先生:その考えはとても良い。私の解釈より良い考えかもしれない。オルフェウスはもちろん、音楽の起源の神話と関係している。そうでなかったかい。その物語は非常にプラトン的だと思わないか。欲しいものを追うためには、冥界に降りていかなくてはならない。実質的には死ななくてはいけない。自分がとても親密だった者を追い求めるためでもいい。でも、現実世界に戻ろうとすると、オルフェウスは悲惨にも失敗する。

僕に必要なすべては「もう一度のチャンス」という歌詞を読んで思ったのだが、これは、芸術、特に音楽についていえることなのかもしれない。芸術や音楽は、ある種の典型のような「もう一度のチャンス」、失われた真や美を一瞬垣間みるチャンスを、私たちに与えてくれる。私はマイケル・ジャクソンが、プラトン、あるいは、オルフェウスの神話をほのめかしているという理論が理にかなっていると思いたい。別の言い方をすれば、喪失、忘却、そして回想という古典的なプラトン的理想型に通じる、マイケルの個人的な哲学だと言いたい。

この議論のほとんどは、プラトンの『パイドン』や『パルメニデス』(プラトン中期の対話篇。プラトン哲学の中枢であるイデア論が登場する重要な哲学書。プラトンの師ソクラテスの言葉が会話の形で書き残されている)からとっている。その中には、ソクラデスが登場する。

ソクラテスは、やや懐疑的だった。誰かソクラテスがどのように自らの理想型の理論について、懐疑的だったのか憶えているか? 椅子、テーブル、男性、女性、もちろん、これらにはすべて理想型がある。でも、彼は他のいくつかのものに言及する。これらには理想型があるのか?だれか、『パルメニデス』の中で、それが何だったのか憶えているか? ひとつは、足の爪切り、足の爪切りに理想型があるか? よくわからない。他のものは、ミミズの糞、ミミズによって残された痕、理想的なミミズの糞などというものはあるか?これはよい疑問だ。私はその答えを知らない。だから、プラトンは自分の理論について心配しはじめたのだと思う。自分の理論が内側から崩壊する可能性があると。

生徒から:理想型というのは、何らかの形で美しくなければならないのですか?足の爪切りが、椅子とちがうのはそこですか?

マーティン先生:それは面白い。なぜなら、私はその点について、今、まさに話をしようとしていたからだ。理想型それ自体は美しいのか?それについて、話をさせてもらおうか。答えは曖昧だが、でも、これは非常に重要だと思う。




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by yomodalite | 2014-10-20 18:27 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

ひとりごと(2014.10.17)ドストエフスキーの『白痴』にハマる

あのセルビア出身の「L'Uomo Vogue」のファッション・エディターが、マイケルと、よくフロイトやドストエフスキーの話をしていて、MJは特に『白痴』が好きだと言っていた。と知り、ムイシュキン公爵をはじめとした登場人物のことが懐かしくなってきて、新訳で再読しました。

長編は、少しでも開いた時間に読み進めることができるKindleが便利なので、私はこちらの望月訳をセレクト。


中山訳との価格差は大きいですが、海外文学で文庫本3冊分の分量。ロシア語の名前や、会話をテンポよく理解することを考えると、読みにくさは致命的なんですよね(サンプル版での比較をおすすめします)

読んだことのある方は、主人公のムイシュキンは、キリストがモデルになっていて、世界で最も美しい人間を描こうとしたこと、また、創作ノートの段階では、彼は「公爵スフィンクス」という名前だったり、7センチのナイフとか(あの曲は7インチですけど…w)、ハンス・ホルバインの『死せるキリスト』の絵とか、他にも、様々なMJとの関連性を想像できると思うんですが、、

『白痴』というタイトルも、ムイシュキンには、癲癇の持病があり、その治療により、自分は「白痴」のようだった。と称しているものの、おそらく作者は、登場人物すべてを「愚か者」(英題:idiot)だと言っていて、

トーツキーの養女で元愛人であるデンジャラスな女、ナスターシャ、彼女に欲望をたぎらすロゴージンと、彼女を救おうとするムイシュキン、この3人の関係を主軸に、悲劇が繰り広げられるのですが、以前読んだときは、この話をここまで長くする意味も、3人以外の登場人物のことも把握できなかったんですが、インヴィンシブル以降のMJについてずっと考えてきたせいでしょうかw、今回はそのあたりも少し楽しめたような。

日本人が、世界文学の古典を読むためには、基礎的な宗教的知識だけではダメで、「God」を頭上にも、精神にも取り入れて、人間には手に負えないような荒涼とした自然に身を置き、血に飢えるほどの喉の渇きを感じながら、愛と嫉妬に狂い、父か、母か、あるいはその両方を殺すことを考えながら、ジーザスに救いを求め、その後のキリスト教の長い歴史を「地獄への道は善意で舗装されている」ことだと知るという「下準備」が必要なんですが(メンドクさっ)、

ドストエフスキーは1821年生まれで、小説の舞台でもあるペテルブルグは欧米より遅れてその文化を取り入れた都市なんですが、彼はそういった近代化の批判者だったせいか、今の日本で多くの人が感じている感覚と相通じるところがあって、、という点なども、高校生のときに読んだときには、まったく感じなかったことですね。

陰謀論系の本が、日本で流行りだしたのは80年代からですが、それは、この時代になって、ようやく、自由や権利といった、生活に密着しないものも、お金で買えるということが、日本人にもわかるようになり、貴族社会が舞台になっている。とか、没落貴族の話とかではない、現実の世界のスーパーリッチの存在を、初めて知って、それで、クリスチャンでもないのに「サタン」のことだけはわかったような気分になったからでしょう。

でも、地獄や、悪魔については、文学から学ばなきゃね。

そして、文学のKINGは、やっぱ「悲劇」でしょ。

正統派キリスト教の三位一体は、拙速と妥協の産物だけど、ムイシュキンとロゴージンとナスターシャの三角関係は、誰が誰を愛して、誰に嫉妬し、憎しみを抱いているのか、そして誰が一番悪いのかということを、私たちに突きつけるけど、そこには答えがない。でも、答えがないということが、古典文学になるための条件のようなもので、どちらが正しいかと決めるのは、なんであれ「宗教」です。科学も、哲学も、法律も、数学も、神学の婢(はしため)で、陰謀論は祈りを失くしたクリスチャンの呪詛なので、いつも、どこかにいるサタンのことばかり考えてしまう。

MJがこうなりたいと思ってたミケランジェロは1475年生まれ。100年、200年なんて、本当にあっという間で、自分が戦えるのは、「Big Brother」ではなくて「自分の心」という「Little Space」の中だけだと思う今日このごろ、

確実なのは500年後も、マイケルの音楽が必要とされてるってことだけだと思う。


ところで、、

冒頭に書いた「MJは特に『白痴』が好き」という情報なんですが、、ソースを明示しようと思って、記事を探したところ、ルシュカがドストエフスキーが大好きで『白痴』を5回も読んだという記事(http://shopghost.com/rushka-bergman/)はあるものの、MJが、、という内容のものは見つからなかったので、

私の妄想だったみたい(滝汗)

私もその記事知ってるっていう人はせひお知らせくださいませ。




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by yomodalite | 2014-10-18 19:14 | MJ系ひとりごと | Trackback | Comments(5)

マイケルと読書[8]1976年のこと

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2009年6月28日のデイリータイムズの記事から、1976年に、17歳のマイケルと乗馬を楽しんだ家族によるエピソードを紹介します。

あくまでも、MJの読書についてのメモなんですが、1976年は、ジャクソン5がモータウンを離れ、ジャクソンズとして羽ばたくことになった年でもあり、テータム&ステファニー&テレサ期ともいえる時期ですねw(写真は大体同時期からセレクト)。

source : http://www.delcotimes.com/


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乗馬のときも、この帽子だったのかしら?



Radnor family had inside look at Michael Jackson

1976年の夏、スージ・ナッシュは、バレーフォージ国立公園の丘を、未来のキング・オブ・ポップの腰に手を回して馬に乗っていた。

17歳のマイケル・ジャクソンは、まだジャクソン5の一員で、その日、彼らは、ナッシュが子供時代を過ごした、ペンシルベニア州ラドナーのウェイン地区にある家に訪れていた。それは、その後10年以上にわたって続いたマイケルとの交流の始まりだった、とナッシュは語る。彼女はこの並外れたエンターティナ-がフィラデルフィアでコンサートをやるときは、いつもその前後に彼のところへ行くようになった。



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このベルトに挟んだキーも、ファッションかしら?



「それは、たしかにワクワクするようなひとときでした。彼はこの上なく素敵な男性でした。少しシャイで、どこか物静かで。彼といると、私はついお姉さんぶってしまいました」そう語るナッシュも、マイケルに会った当時は、ティーンエイジャーだった。

ジャクソン兄弟がナッシュ宅を訪れたのは1976年の7月15日、フィラデルフィアのシグマ・サウンド・スタジオでレコーディング中のことだった。プロデューサーのデクスター・ワンセルは、彼らにちょっとした休息を与えたいと思い、友人のトニ・ナッシュにお膳立てを頼んだ。

(トニは、スージとマイケルとラリーの母で、かつてWGBS-TV57の番組「プロファイルズ」で進行役をつとめ、現在は彫刻家でもあり、アンドリュー・ターナーのドキュメンタリーの監督、制作にも関わっている)



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罪深い視線!



「デクスターとは友人で、あくまでも個人的な付き合いの中での頼みだった。だから、誰もマスコミに知らせたりなんかしなかった」とトニは言う。彼女は、家族が所有する3頭と友人から借りた数頭の馬を、スナイダー夫妻の家のあるアイビー・ホローへと運び、そこで、ジャクソン兄弟は野球をやったり、馬に乗って、バレーフォージ国立公園を馬で巡ったのだ。

スージは、兄弟たちが “カウボーイ” を気取ってはしゃいでいる間も、マイケルはリムジンのそばでたたずんでいた。と語る。

私は、「あなたは馬に乗らないの?」って聞いたの。そしたら、彼は『だって、全部、君が準備をした馬だから』って。

マイケルは、自分も馬を持っているけど、家にはもう2年も帰っていないし、上手く乗れるか自信がないと言ったので、スージは、ミッドナイトという名の自分の馬にマイケルを乗らせることにした。



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わ、私も写真撮るの、好きなんですけどぉ。。



「私が馬をひいて彼と一緒に歩き出すと、彼は『君の靴が泥だらけになっちゃうよ。僕が馬を引いて歩くよ』って言うの。

それで、自分の馬を持っているなんてすごくラッキーだから、友達にはいつもミッドナイトに乗ってもらって、自分は引っ張る役にまわるのだと説明し、「誰にでもそうするの。あなただけが特別じゃないわ」と言うと、マイケルは『本当?』って言って、そのあとは、彼はすごくリラックスして、落ち着いているようだった。今まで誰も、彼に対して「特別じゃない」なんて言ったことがなかったのね。スージは笑いながら語った。

馬小屋のそばで45分ほど、彼の乗った馬の手綱をひいたあと、スージはこのポップスターと一緒の馬に飛び乗り、腕を彼の腰に回して手綱をとった。マイケルは、一緒に3時間、馬に乗っている間、非常にリラックスしていた。最後には一緒に笑ったりして、「歌も口ずさんでくれたのよ」と、スージはふり返る。



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食事中なのに、4つもボタン外すなんて。。



「ひとりの時間をあげたかったの」

数年後のフィラデルフィアでコンサートを行ったときの訪問で、スージはタイトルもろくに見ず、両親の書棚から1冊の本をつかみだした。マイケルに何かプレゼントをしたいと思い、彼が古い本が好きだと言っていたことを思い出したのだ。

運命のなせる技か、その本は、1902年出版のジェームズ・アレンの『As a Man Thinketh』(邦訳『「原因」と「結果」の法則』)だった。

「彼は私を見て、飛び上がりそうだったわ。『どうしてこれをくれようと思ったの?どうしてこの本選んだの?』と言って」

マイケルは、「世界中で一番好きな本なんだ」と彼女に言った。そのタイトルは、聖書の箴言、23章7節に基づいている。

"As a man thinketh in his heart so is he,"
思考が人間を創る。人は心の中で考えているような人になる。



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ジャクソン兄弟がナッシュ家を訪れた日は、奇しくもマイケル・ナッシュの13回目の誕生日だった、とトニは語る。乗馬から帰ってくると、彼らは、ウエストアベニューのナッシュ家に、大きなケーキと共に再び訪れた。

「ハッピー・バースディ」を歌ってくれたのよ、とトニは言う。彼女は、自分の息子のためにジャクソン兄弟が歌ってくれたテープを持っているそうだ。スージは、マイケル・ジャクソンと会うときに、一緒に写真を撮ってと頼んだことは一度も無いという。

「私たちは、写真やサインをねだったりしなかった。だからつき合ってもらえたのだと思うわ」

スージと彼女の一家は、ジャクソン兄弟が訪問の際は、彼らのボディーガードに入念にチェックされた。本を見ようと、マイケルがスージとリビングルームから、彼女のベッドルームに行くと、ボディーガードが素早くあらわれて、マイケルに「大丈夫か」と尋ねた。と彼女は言う。

スージは初めてマイケルに会ったとき、周りの人間が、どれだけ彼をコントロールしているかを見てショックを受けた。その時彼は18歳の誕生日を6週間後に控えていたというのに。

「みんなは、マイケルがディナーに出かけるのはよくないと思っていたわ。人目につくところに出て欲しくなかったのよ。ボールを踏んで転ぶといけないからって、テニスもさせなかったし、風邪をひくといけないからって、泳ぎにも行かせなかった。あの時は、絶対馬に乗りたいって、彼、頑張ったんじゃないかしら」



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チェスター郡のバレーフォージ音楽祭でのパフォーマンスのあと、マイケルを訪ねたときのことを彼女は思い出した。マイケルは、サインをもらおうとペンを取りにいった小さな男の子を待っていたのだが、そのとき、彼の「仕切り人たち」に体ごと運ばれてしまった。彼らは次のスケジュールへと彼を追い立てようとしていたのだ。

「彼らは文字通りマイケルの胴と足をつかんで持ち上げたの。マイケルは私の襟をつかんで、『僕を連れて行かせないで!』と言って、すごく動揺していた。『あの子をがっかりさせたくないんだ』って」

最後に会った時、マイケルはついに自分の人生を自分でコントロールするようになったみたいだった、とスージは言う。「彼は本当に穏やかで親切で優しい話し方だった。でも、自分の周りで起こっていることについては完全に把握していた。それでもやっぱりシャイだったけど」

あるとき、彼女は一家と仲の良かった女の子を、マイケルに会わせてやろうとニューヨークでの記者会見に連れて行った。緊張しているその子に、スージは、マイケルはあなたよりもっと「ドキドキしているのよ」と念を押した。

「会見中は、マイケルは本当にじっとしていました。彼が動くとその瞬間、フラッシュが一斉にたかれて目がくらんでしまうから。それで、彼はただただじっとしていたんです」



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この帽子のことも、一生忘れられないわw



記者会見のあと、マイケルは快くその女の子に会ってくれた。「彼はその子にとても優しかった。座って挨拶してくれたの。その子は、それはそれは大喜びだった」とスージは話す。

マイケルの名声の大きさにスージがショックを受けたのは、兄弟愛の街(フィラデルフィア)にマイケルがコンサートで来た時のことだった。彼の動物好きを知っていたので、フィラデルフィア動物園を案内するわ、と提案した。するとマイケルは、「前の日に動物園に行くことを考えたんだけど、動物園を閉園にして貸し切り状態にするための手配が間に合わなかった」と言ったのだ。

「私は思ったわ。目の前にいるこの人は、やろうと思えば、街の施設を閉めることができるんだ、ってね」

彼女の目には、整形手術や白斑と呼ばれる皮膚の病気ゆえに体に変化が起こる一方で、マイケルは自分の人生の舵をとっているようにも見えた。

「彼の外見はどんどん様変わりしていったかも知れないけど、彼は会う度に、落ち着きを増しているような気がしたし、自分をとりまく状況をコントロールする度合いも増えていったと思うわ」

マイケルが、ロスから北西125マイルに、遊園地や動物園も兼ね備えた2600エーカーの広さのネバーランドに引っ込むようになると、彼女と連絡を取り合うことはなくなり、マイケルはそこに、何百人もの子供たちを招いた。

「彼があれほど子供と関わったのは、子供仲間と遊ぶ機会を持たなかったからだと思うわ。5歳から働いていたのだもの。公園に遊びに行くことなんかなかったでしょう」



公園では遊ばなかったけどね...



マイケルは、13歳の少年に対する性的児童虐待疑惑で2度も訴えられた。1993年の民事訴訟では、彼は容疑を否認し、法廷外で和解に至った。2005年には、ガンから生還した少年に飲酒を勧め、性的虐待に及んだという容疑に対し、陪審で無罪判決を得ている。テレビドキュメンタリーで、マイケルは子供たちに自分のベッドを使わせたことは認めたが、それはあくまで「やさしさ」のあらわれで「性的」なものとは一切関わりが無いと主張した。

「閉まったドアの向こうで何が起こっているか、誰にわかるの? 私は、彼が私の弟と一緒にいるところを見たけど、弟に変な興味を持っていると感じたことなんか一度もないわ。今に至るまで、一度もね」

2度の離婚をして、3人の子供を持つマイケルは、2002年、ベルリンで、ファンの群衆にむけて、まだ赤ん坊の息子をホテルのバルコニーから外へ抱いてつり下げ、非難を浴びた。彼はまた、ペットのチンパンジーと一緒にいたり、医療用のマスクをかけたり、高い声でしゃべったりと、その風変わりな行動で、非難された。

「彼はいつも半分ささやくような声で話したけど、それは声帯を守るためよ。世間では気取ってやってるんだ、と思ってたみたいだけど」トニは言う。彼女は、マイケルがレコード契約しているとき、「ささやき声で話せ」と言われていたことにも触れた。

13ものグラミーを獲り、7億5千万枚以上のレコードを売り上げたマイケル・ジャクソンは、大変な浪費家としても知られていた。ネバーランドに対する245億ドルの債務が不履行になると、その不動産は昨年、抵当物請け戻し権喪失手続きのオークションにかけられる寸前だったが、ある投資会社が彼のローンを買い取った。マイケルはロサンゼルスのホーンビーヒルズにある借家に住み、十数年ぶりのコンサートの準備をしているとき、心臓発作のため、50歳で亡くなった。

「本当に残念だったと思うわ。彼はカムバックしようと頑張っていたのよ。いろいろな事情を抱えながらも、彼はカムバックしようとしていた。でも、それに伴う本当に多くの問題があったのよ」

創造的な面でいえば、マイケル・ジャクソンは「ミュージックビデオを再発明した」功績がある、とトニは言う。音楽や映像を通して、世界的な問題への人々の認識を高める努力をした人としても名を遺すだろう。加えて1992年のヒール・ザ・ワールド基金の設立や、エリザベス・テイラー・エイズ基金へのサポートを含め、慈善活動に力を注いだこともよく知られている。

「彼の人生がもっと幸せであったなら、と思います。彼にはもっと幸せな人生を送らせてあげたかった。心の内に喜びがなければ、どんなに成功しても意味が無いでしょう?」とトニは言った。

木曜の午後、スージは、弟のマイケルから、偉大なシンガーでありダンサーであるマイケルの死を知らされたとき、地元の農園で作業をしていた。一緒に馬の背に揺られた、あの有名な友がいなくなったことが信じられず、悲しかった。

「私から見ると、ある意味、彼は死に追いやられたのだと思います」と彼女は言う。「彼のように、金魚鉢みたいな(他人に見られる)生活は、想像を絶するものでしょうから」

(引用終了。翻訳はkumaさんにご協力いただきました)


ジェームズ・アレンの『原因と結果の法則』は、ナポレオン・ヒルや、カーネギーにも影響を与えた自己啓発書の原点とも言われる古典なので、意外なところはありませんが、マイケルが、ティーンエイジャーの頃に読んでいたと聞くと、妙に「納得」という感じの本ですね。


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どうしてわかったの



以上、ティーンエイジャーの頃のマイケルの読書に関するメモでしたw

◎[Amazon]ジェームズ・アレンのページ
◎[ジェームズ・アレンの名言]


本を見て飛び上がった瞬間!w


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このセーター柄はルネサンス絵画では、、ない?



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by yomodalite | 2014-10-13 22:27 | マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(2)

ユダヤ・コネクション/アルフレッド・M・リリアンソール

ユダヤ・コネクション―アメリカ=世界戦略を決定するのは誰か

アルフレッド・M. リリアンソール/三交社



ラビ・シュムリーや、彼が尊敬してやまないエリ・ヴィーゼルのことを考えているときに、再読した本。著者は米国に住むユダヤ人で、原著は1978年、日本では1991年に出版された古い本ですが、今、読み返しても、「シオニズム」について、これ以上の名著はないように思います。

翻訳者の宇野氏は、本書の翻訳以外にも多くの「怪しげなユダヤ本」の著者でもあり、氏によるまえがきは、ユダヤやシオニストの裏の顔や、残虐性にのみ焦点をおいて書かれていますが、

「裏の顔」というものは、特定民族だけにあるものではありません。

下記に、本書の適確な紹介と、感想が紹介されているのですが、


たしかに、私たちは、アメリカの属国である日本に住んでいるので、報道はイスラエル寄りで、パレスチナや、イスラム国家に、否定的な報道に曝されています。それでも、2014年に、本書を読んでみようという方なら「イスラム・パレスチナの戦士というのは、皆テロリスト集団である」などとは思っていないでしょうし、すでにマイノリティであるユダヤ人の力の源になっている「ユダヤ・コネクション」の存在を確信している人も多いでしょう。

実際、パレスチナ問題をしらべて行くと、イスラエルの正義を信じることは難しいのですが、シオニズムを生み出したのは、ユダヤ人だけではないという点も、本書の重要な部分であり、アメリカ中に張り巡らされた「ユダヤコネクション」を詳細に解説しただけでなく、当初はイスラエル建国に反対していた多くのユダヤ人が、シオニズムや、イスラエルの戦闘行為に加担していくまでの歴史も詳細に描かれています。

私たちの国でも、過去の歴史について、何度も謝罪させられてきたことへの不満を発端として、長引く不況の中、国内に抱えてきた差別問題を正当化したり、生活の不満を外国のせいにしようとする流れが加速しています。そこに危機感をもっている人は大勢いますが、いつのまにか、大多数の国民の意思になってしまっていることに焦燥感を感じる人も多いでしょう。

本書を書いたリリアンソールも、それと同様の危機感から、同胞にむけて、自分たちの間違いを正そうと書いたのではないでしょうか。

ユダヤコネクションは、米国議会を動かす大きな力をもっているようですが、日本の議会が、私たちが望むような判断をしないことと同じく、大勢のユダヤ人がそこに不満を抱きつつも、今日のような事態を避けることができなかった。

私たちの国の現状を考えれば、陰謀論でなんでも説明できたような、平和な時代は過ぎ去り、もはや、ユダヤ人の恐ろしさなどと言っていられる時代は終わったと思います。

どんな国家や、民族や、個人も、自分の良心を信じ、正しい選択をしているという間違いが、絶対悪を生み出し、最悪の不幸と災いを生むのではないでしょうか。

下記は、本書でリリアンソールが紹介している、W・ロバートソンの言葉から。

ユダヤ人は「聖書の民」であると同時にストリップ・ティーズの創案者である。彼らは金権支配政治と共産主義双方の先駆者である。彼らは「選ばれた民」というコンセプトをもって生まれ、生活すると同時に、もっとも声高な反人種主義者である。彼らは神を畏れ、憎しむことにおいてもっともはなはだしく、もっとも厳格であると同時にもっとも寛容である。彼らはコスモポリタンであると同時にもっとも狭量であり、もっとも文化的であると同時にもっとも粗野な人間たちである。イスラエルのユダヤ人組織「サブラス」は1万人の「アラビアのロレンス」のように果敢に闘うが、しかしドイツでは彼らの兄弟たちは小羊のように屠殺場に引かれていった。同じような人種的ダイナミックスが、ときおり、ユダヤ人を社会階層のトップにまで駆りたてると同時に、彼らを奈落につき落としてきた。ユダヤ人の歴史に見られる極貧と億万長者に相わたる振子のようなぶれは、一方でロスチャイルド家のお伽の国の城へ導くと同時に、アウシュヴィッツのガス室へ導くといってもよかろう。客観的に見た場合、代々のユダヤ人のさすらいの物語は、魅カ的であると同時に嫌悪を催させ、人を気高くさせると同時に堕落させる。部分的には喜劇的であるが、大部分は悲劇的である。ユダヤ人についていえる唯一の確かな言葉は、実はそうした言葉がどこにも見つからないということである。


(引用終了)



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by yomodalite | 2014-10-11 19:56 | 政治・外交 | Trackback | Comments(0)

和訳 THE fish THAT WAS THIRSTY『Dancing the Dream』[21]

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マイケル・ジャクソンが1992年に出版した『Dancing the Dream』に

収められた「THE fish THAT WAS THIRSTY」の和訳です。

気になる点や間違いは遠慮なくご指摘くださいませ。



THE fish THAT WAS THIRSTY

喉が渇いた魚


One night a baby fish was sleeping under some coral when God appeared to him in a dream. "I want you to go forth with a message to all the fish in the sea," God said.

ある夜、小さな魚が珊瑚の下で眠っていると、神さまが夢の中に現れて、「この海にいるすべての魚たちに、私のメッセージを届けて欲しい」と言われた


"What should I tell them?" the little fish asked.

「なんと伝えればいいのですか?」と、小さな魚はたずねた。


"Just tell them you're thirsty," God replied. "And see what they do." Then without another word, He disappeared.

「喉が渇いた」とだけ言いなさい。「そしてみんながどうするかを見るように」神はそれだけ言うと、消えてしまった。


The next morning the little fish woke up and remembered his dream. "What a strange thing God wants me to do," he though to himself. But as soon as he saw a large tuna swimming by, the little fish piped up. "Excuse me, but I'm thirsty."

翌朝、小さな魚は目を覚ますと、昨晩の夢を思い出して、「神さまから命じられたことをやらなきゃ」とつぶやいた。すると、大きなマグロが泳いできたので、小さな魚はいきなり、「すみません、ぼく喉が渇いたんですけど」と大声で言った


"Then you must be a fool," the tuna said. And with a disdainful flick of his tail, he swam away.

「おまえは、どうかしてるんじゃないか」、マグロはそう言うと、尾びれで振り払うようにして行ってしまった。


The little fish did feel rather foolish, but he had his orders. The next fish he saw was a grinning shark. Keeping a safe distance, the little fish called out, "Excuse me, sir, but I'm thirsty."

小さな魚は自分が愚かに思えてきたものの、神さまの命令にそむくわけにはいかない。次に出会ったのは、にやりと顔を歪ませたサメ。小さな魚は、少し離れたところから、叫んだ。「すみません、ぼく喉が渇いているんです!」


"Then you must be crazy," the shark replied. Noticing a rather hungry look in the shark's eye, the little fish swam away quickly.

「おまえは、頭がおかしいよ」、と言うサメの眼が、自分のことを物欲しそうにしていることに気づき、小さな魚は急いで逃げだした。


All day he met cod and mackerels and swordfish and groupers, but every time he made his short speech, they turned their backs and would have nothing to do with him. Feeling hopelessly confused, the little fish sought out the wisest creature in the sea, who happened to be an old blue whale with three harpoon scars on his side.

その日のうちに、タラ、サバ、メカジキ、ハタにも出会ったけれど、喉が渇いたと言っただけで、彼らは知らんぷりで行ってしまう。小さな魚は絶望感でいっぱいになりながらも、この海の中でいちばん賢い生き物を探し続けていると、モリに傷つけられた3本の跡のある年老いたシロナガスクジラに出会った。


"Excuse me, but I'm thirsty!" the little fish shouted, wondering if the old whale could even see him, he was such a tiny speck. But the wise one stopped in his tracks. "You've seen God, haven't you?" he said.

「おじいさん、ぼく喉が渇いているんだ!」小さな魚は、年老いたクジラが、自分に気づくかどうか心配しながら、大声で叫んだ。それなのに、賢いクジラは動きを止めると、「君は、神さまに出会ったんだね?」と言った。


"How did you know?"

「どうしてわかったの?」


"Because I was thirsty once, too." The old whale laughed.

「昔、わしも喉が渇いていたからさ」年老いたクジラはそう言って笑った。


The little fish looked very surprised. "Please tell me what this message from God means," he implored.

小さな魚はとても驚いて、「教えてください。神さまからのこの伝言にはどんな意味があるんですか?」と懇願した。


"It means that we are looking for Him in the wrong places," the old whale explained. "We look high and low for God, but somehow He's not there. So we blame Him and tell ourselves that He must have forgotten us. Or else we decide that He left a long time ago, if He was ever around."

「それは、誰もが間違った場所で、神を探しているという意味なんじゃ」と年老いたクジラは答えた。「みんな高いところや、低いところで、神さまを探しているが、そこにはおられない。それで、みんな神さまを恨み、自分たちを見捨てたか、とうの昔にいなくなってしまったと思いこむようになったんじゃ」


"How strange," the little fish said, "to miss what is everywhere."

「おかしな話だ」と小さな魚は言った。「どこにでもあるものを見失うなんて」


"Very strange," the old whale agreed. "Doesn't it remind you of fish who say they're thirsty?"

「たしかにおかしな話だ」と年老いたクジラもうなずいた。

「まるで、喉が渇いたと言う魚みたいじゃろう?」


(訳:yomodalite)


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by yomodalite | 2014-10-09 10:57 | Dancing the Dream | Trackback | Comments(0)

認知神経科学の教授が語るマイケルの創造性

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こちらで発見した記事(Scoop.it!)なんですが、オックスフォード大学出版局で本を出している著者やスタッフが、哲学、文学、経済学など、あらゆるアカデミックな分野にわたって、自分の考えたこと、研究していることなどについて語られているブログで、

認知神経科学の教授が、真の天才の創造性について、マイケルを例にあげて書いてます。



☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2014-10-07 00:22 | MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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