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☆THE TRIAL “April 30, 2004”

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THE TRIAL
“April 30, 2004”



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Ooh, I'd Love To Be With You
The Jackson 5









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by yomodalite | 2014-04-29 23:17 | ☆マイケルジャクソン裁判 | Trackback | Comments(0)

In The Court[12]

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クリックすると拡大します!


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by yomodalite | 2014-04-28 12:40 | ☆マイケルジャクソン裁判 | Trackback | Comments(2)
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名古屋旅行で中断していましたが、ヒューズ探求の旅は、まだまだ終えられそうにありません。

私も知らないうえに、おそらく読んでくれている人も知らない。資料は少ないうえに、古いものばかりというヒューズについては、調べることだけでなく、どう書けばいいのかもわからないんですが、

でも、、MJから「大好きなんだ」「ぼくの先生かもしれない」を聞いてしまうと、それもちょっと秘密なんだけど。というニュアンスで漏らされると、もうどうしようもなくて、あっという間に、デスク周りは、ヒューズ関連のものばかりになり、暇な時間のすべてをどっぷりとヒューズに浸かっています。

彼が「大好きだ」というヒューズに辿り着けるのは、まだ先のことかもしれませんが、ひとつひとつ、ツブしていく感じで、この映画も観てみました。





『ザ・ホークス』の監督は、『ギルバート・グレイブ』や『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』のラッセ・ハルストレム。

ディカプリオが最初にオスカーに近づいた作品を撮ったハルストレム監督も、ヒューズに関しての映画を撮っていたんですね。こちらが公開されたのはイタリアでは2006年、米国では2007年。『アビエイター』は2004年末の映画でした。

『アビエイター』は、TWA(トランス・ワールド航空)が国際線に進出するといった1950年あたりで終わるのですが、『ザ・ホークス』で描かれているのは、それからずっとあとの1970年代。

この2作の映画を観てつくづく思ったのですが、2時間映画でヒューズを描くのは至難の業で、両方見ても、元々ヒューズについて知らない人が彼を理解するのはむずかしい。


この頃のヒューズは人前に出なくなっていたものの、人々の彼への関心は強く、ヒット作を探していた、売れない作家アーヴィングは、贋作画家の伝記を取材していた経験から、ヒューズの伝記を「創作」することを思いつき、

企画を持ち込まれた出版社の編集者は、ヒューズの自伝は、聖書よりも売れることを確信し、出版社も、連載を見込んだ「LIFE」誌も、その興奮の渦に巻き込まれて行く。

物語の終盤では、その本が「ニセモノ」であると、ヒューズ自身が語っている電話の音声が流れ、アーヴィングは「ニセ伝記」を創作する過程で送られてきた資料から、ヒューズとニクソン大統領の関係において、自分の「ニセ伝記」が利用されたことを示唆し、また、アーヴィング自身がヒューズと同化していく様子や、彼の一番の理解者のつもりでいたことなども。。

アーヴィングはこの詐欺事件の主犯でありながら、この事件の真相本も出版していて、それがこの原作なんですが、この事件以前にアーヴィングが取材して本にした贋作画家の話も、あのオーソン・ウェルズが『フェイク』という映画にしていたり、







上の動画で、町田氏が語っている以外にも、アーヴィングは詐欺事件で服役後、日本でも翻訳されるほどヒットした小説も書いてたり、彼自身も、何人もの女や、男を虜にしてしまう人物のようです。

この映画を観ただけでは、この「ニセ自伝」に老舗の出版社や、マスコミ人が惹き付けられた事情についても、アーヴィングがこの大胆な計画に突き進んでしまった理由についても理解しにくいのですが、

私が、原作本の『ザ・ホークス』を駆け足で読んだ印象では、アーヴィングは、当時人々がヒューズに抱いていた「奇行で人生に落ちぶれた大富豪」というイメージに疑問を抱き、小説家の空想力によって、むしろ「真実」にせまろうとしていたように思いました。

(原作本は上下刊で長いうえに、中古本でしか手に入れられませんが、ヒューズに興味がある人にはオススメの面白い本です)

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下記は、アーヴィングが「創造した」ヒューズのインタヴュー

ヒューズ「わたしは奇行で有名らしいが、その点はなんとも思っていない。奇行は卓越した知性の証だ。いや、自分に卓越した知性があると言いたいのではない。自分にそんなものがあるとは信じていないからな。本当だ。ただ、わたしは、、、そうだな、このように表現しようか。奇行を嘲る者は、、、奇行を嘲ることは、劣る知性の証だと。(中略)わたしの奇行は注意深く見てみれば、人生にはありふれた危機に対する知的な防御に過ぎないことだ。

それ以上に、どんな人間でも奇行はやるものだ。どんな人間も、いわゆる変わった態度を取ることはある。必ずしも、わたしの行動と同じではなくても、その人間なりの変わった態度があるんだ。その人間に勇気さえあればな」

アーヴィング「そして金があれば」

ヒューズ「そう、金だ。欲望の思いのままにふけることのできる金、気に入らなければ他人に地獄へ堕ちろと言えるだけの金だな。(中略)わたしの変人ぶりだけがわたしの個性だ。ほかの者が表現不可能、あるいは肝っ玉が小さ過ぎて表現できないときでも、わたしには表現できる余裕がある。(中略)正直に表現していればーーどれだけ変わっていても構わない。芸術家に近い考え方だな。そのあたりの感覚から見ると、芸術家はわたしのように裕福な男に近い。芸術家は個性の感覚を高度に磨き上げているし、ためらわずに世界にくそくらえを言える(後略)」

引用終了(『ザ・ホークス』上巻、275〜277ページから)

この映画は、ヒューズを描いた映画ではなく、

ヒューズをネタにした詐欺事件を描いているのですが、ディカプリオがヒューズを演じるために、若くして神経症にかかり、早々に破滅したかのような『アビエイター』に比べれば、

MJが仕掛けをしたと言っている「ヒューズの策略」についてや、人々のヒューズへの関心や、ねじれた愛情をも織り込まれ、わずかではあるものの、実際のヒューズの映像や彼の声も記録され、ヒューズ現象の一端が垣間みれます。

ハルストレムは、この映画を「コメディ」と捉えていて、ニクソンとの関係についても、アーヴィングの妄想や、70年代に作家が飛びつきそうなネタとして扱っているように思えますが、そんなところも、私には、社会派として骨太さがなくなっているスコセッシよりは「大人向け」の映画に思えました。

私が観た「レンタル版DVD」に納められた関係者インタヴューで「作品の教訓について」聞かれた、アーヴィングの妻を演じたマーシャ・ゲイ・ハーデンは、

ウソをつくな、なんて言うつもりはないわ。伝えたいのは、そんな平凡なことじゃなくて、人は自分の信じたいものを信じるということよ。

と答えていました。マーシャ・ゲイ・ハーデンの言っている意味とは違うかもしれませんが、私にとって、この映画では、何が正しいかをジャッジせずに描かれているところが魅力的で、マイケルのヒューズに対しての感情に、スコセッシよりは、近い人々によって創られているようにも思えました。


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クリフォード・アーヴィング(Clifford Irving)


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by yomodalite | 2014-04-26 10:26 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

☆In The Court[11]

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春って、いいよね。
緑が生き生きとしている感じが大好きなんだ

(と、言ってたにちがいないw)

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by yomodalite | 2014-04-24 08:20 | ☆マイケルジャクソン裁判 | Trackback | Comments(0)
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友人と別れて、夜の「栄」をブラブラする。

当時は、栄は「庭」だと思っていたんだけどw、
テレビ塔とその近くにある噴水以外は、どこもあまり懐かしい気がしない。


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今はなき「さくら館」(原宿竹下通りがビルになったようなところ)や、「OZ」「SCHOOL」「Dance Hall」「ガルボクラブ」など、クラブ系の走りだったディスコの跡地を住所を頼りにめぐっても、路地にも、建物にもまったく記憶がなくて、

『檸檬』を読んだあと、レモン爆弾を置きにいった「丸善」も栄なんだけど、発見できたのは、「明治屋」だけで、栄や錦をグルグルしても、街角から「名古屋感」が伝わってこないので、

テレビ塔から100m道路を南にひたすら歩いてみることにした。

◎[Wikipedia]久屋大通

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ひつまぶしと、HARBSのケーキでおなかが一杯だっただけでなく、

この日は「満月の夜」だったのだ。



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行ったことのない「ランの館」。。

◎ランの館(ランは漢字の方がいいのにな。。)


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栄から「大須」まで歩くなんて初めてだったけど、
懐かしの「大須スケート場」や「大須観音」までは、まだ大分あるはずなので、


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この店のあたりから、栄に戻る。。


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この日の夜散歩で聴いていたのは「Hollywood Tonight」

名古屋には『Michael』が似合った。どういうわけだか…w





外国人の観光客が東京や大阪よりも多い印象だったり、
久しぶりの名古屋では思ったことがたくさんあり過ぎて
ブログに書ききれないなぁ。。

☆名古屋で撮ったその他の写真は、こちら(現在更新中)


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by yomodalite | 2014-04-23 12:28 | 日常と写真 | Trackback | Comments(2)
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中学・高校とも同じ学校の友人と、同じ通学路で学校に行って、
懐かしいものを食べよう!

という趣旨で、名古屋に行ってきました。

午前中に到着して、1日前に名古屋入りしていた「栄」にある友人のホテルに行ったら、エントランスで、フィギュアの鈴木明子選手とすれ違って、中に入ったら、ペアの高橋成美選手がエレベーターから降りてきた。スターズオンアイス名古屋公演の1日前だったのだ。

友人の部屋に荷物を置いて、エレベーターに乗ったら、メダリストの中国のペア選手もいて、ホテルを出ると、フェルナンデス選手もいたけど、彼に気づきもしないで、「真央ちゃんはいつ来るの?」とベルボーイに詰め寄るオヤジたちを横目にそそくさと歩いた。私たちは2人ともフィギュアが大好きなんだけど、腹ぺこには勝てないw

計画どおり、栄地下街の「コンパル」に入る。ここは、女学生が喜ぶような店ではなく、サラリーマン御用達のような古い喫茶店なんだけど、毎日のように通っていた栄地下街に何店舗もありながら、当時は食べたことがなかったサンドウィッチが食べたい。という友人の希望で。

普通に美味しいモーニングのあと、栄から地下鉄で一駅の「市役所」に行く。私たちは同じ学校に通っただけでなく、2人とも国家公務員用の宿舎に住んでいて、そこは家の最寄り駅だったのだ。

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ここは、セントラルパークがある100m道路と平行している隣にある道なんだけど、広々としていて道路だけじゃなく歩道も広い。

東京に行ってから一度だけ名古屋に帰ったとき、この風景を見て「ロスアンジェルス」だと思ったことを思い出した(笑)

(実際、モンローやグレゴリー・ペックやジュリー・アンドリュースなどハリウッドスターの手形・足形もある公園も近くにあるし、名古屋とロスは姉妹都市なんだってばw)


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ここから「名城公園」まで歩く。当時はよく見えたお城がなかなか見えないことが不思議だったんだけど、名城公園も、天守閣の周囲も樹が伸びたからなのかな。お城の周囲だけでなく、名古屋は緑が多くなっていて、当時はスカスカな印象だった名城公園もだいぶ綺麗になっていた。


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お昼は、私たちの真のソウルフードである「寿がきや」に行く予定だったのだけど、想像以上に暑い中、たくさん歩いて疲れたので、お城の近くにある「名古屋キャッスル」でランチ。ここには、ふたりで当時大人気だったコマネチの「追っかけ」で来たことがあった。

中学生だった私たちは、上の方の部屋を眺めていただけで、コマネチには会えなかったけど、ここに来ると野球選手はよく見かけたね。外堀には名古屋場所がある体育館も近いので、力士もよく見かけたし、地下鉄の駅も鬢付け油の匂いがしたよね。とか言いながら、お寿司をつまむ。

(月替わりランチがレベル高くてリーズナブルだった)

このあと、ホテルから出て母校へ。

駅から結構歩かなくてはいけない「通学路」だったんだけど、道順もわからないし、記憶にある風景も全然なく、校舎も新しくなったせいか、どこも記憶がないことに驚きつつ、



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通学路に咲いていたスミレと、後輩たちの元気な様子に癒され、バスで栄まで戻る。

名古屋第1日目の夕食はひつまぶし。最初は「うな富士」に行く予定だったのだけど、定休日だったので「あつた蓬莱軒」の松坂屋店に。


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美味しいひつまぶしと、そうじゃないのの違いは、おなか一杯になっても、まだイケルのが本物の「ひつまぶし」で、うな重のうなぎが小さく切ってあって、だしが添えてあって、焼いたうなぎにタレがかかってるだけでは「ひつまぶし」とはいえない(と私は思う)

本店は行列必須なんだけど、松坂屋店は楽に入れるので栄周辺の「ひつまぶし」なら、やっぱりここ。


大満足だったけど、おなか一杯なので、少し歩かないとヤバいかも。。と松坂屋からほど近い「LACHIC」をブラブラしていたら、2階に「HARBS」があって、驚いたことに友人がケーキを食べよう!と悪魔のような誘いをかけてきた。

ラストオーダーまであとわずかだし、今、ひつまぶしでおなかいっぱいなのに?と散々説得したけど、HARBSのケーキは、ひつまぶしの次に彼女が名古屋で食べたいと言っていたものだし、美味しいんだけど、ビッグサイズなここのケーキは、女学生時代も悩ましくも甘い思い出。でも、今は名古屋だけじゃなく、東京にも大阪にもお店あるしぃ、、

それなのに、気がつくと、結局「チョコレートケーキ」を注文して、私もひとくちだけ… と言いつつ、美味しさにつられて、半分近く食べていた(ったくもうっ)。

HARBSといえば、絶対「ミルクレープ」なのに…と思いつつw


そのあと、名古屋2日目で歩き疲れた友人はホテルへ帰り、私はさらに夜の栄を歩いた。


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by yomodalite | 2014-04-22 08:54 | 日常と写真 | Trackback | Comments(2)

☆In The Court[10]

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by yomodalite | 2014-04-21 09:24 | ☆マイケルジャクソン裁判 | Trackback | Comments(0)
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先日、約30年ぶりに名古屋に帰って、思い出の地をめぐってきました。

でも、なんせ30年ぶりなので、どこも初めて訪れたように新鮮だったのですが、
こちらは、数年前に修復されて、建物と庭園が見学できるようになった
千種区「覚王山」にある、松坂屋の初代社長、伊藤次郎左衞門祐民の別荘。



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こちらは、揚輝荘の近隣。


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当時も今も、松坂屋にいいイメージを抱いたことはないんですがw、
こちらは若き日の祐民(すけたみ)が、世界のあちこちをミックスして創った、
建築や歴史が好きな方にはお奨めの場所です。



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2階には、内装が異なる部屋がいくつもあり、


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ここから下の写真は「地下室」です。


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で、こちらは、地下室にある「秘密トンネル」の入口


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◎揚輝荘の日々→「歴史」→「第2話・揚輝荘のトンネル」


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庭園は広くて、もっと素敵な場所があるのですが、

池に浮かぶ椿がキレイだったので。。


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by yomodalite | 2014-04-19 12:05 | 日常と写真 | Trackback | Comments(6)

In The Court[9]

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by yomodalite | 2014-04-18 09:07 | ☆マイケルジャクソン裁判 | Trackback | Comments(0)
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photo : http://whitney.org/Exhibitions/JayDeFeo



山本七平著『無所属の時間』/秘密の原則より
要約のため大幅に省略して引用しています。


「国家秘密と裁判」の関係が問題になり、朝日新聞の論説は「″国家秘密″ も大切であるが ″公正な審理″ ″被告人の防御権″ もまた司法にとって極めて重要な問題である。その調整をどうするか。真剣に検討されねばならない問題であると考える」という結論になっている。

私がいつも疑間に感ずるのは、こういった種類の論説である。「真剣に検討されねばならない問題であると考える」なら、まず最初に、そう主張する人が、真剣に、検討の素材となる具体的一案(俗にいうタタキ台か?)を提出すべきではないのか。

確かに、真先に提出された試案には愚案が多い。しかし、その愚案があってはじめて検討がはじまるのだから、それをしないなら「よきよう取りはからえ」というお殿様の一言であっても「論説」ではない。「論」とは「殿のおことば」ではないはずである。

「外交はガラス張りでなければならない」という極論と「外交交渉に秘密がつきまとうのは当然で、自分の手の内を予め全部相手に知られてしまえば、交渉などできない(従って国家秘密は大切だ)」という反論があり、

この二つが何ら生産的な討論を行うこともなしに騒いだだけで消えた。

社説は「国家の秘密」の存在を認めており「全てガラス張り」でなければならぬと主張している訳ではない。

これは一つの進歩だが、過去においてはしばしば「一切秘密があってはならない」という極論が主張され、これが奇妙な逆作用となり「秘密がある事をも秘密にする」という弊害を生んだ。

実を言うとこれが「秘密」というもののもつ最大の弊害なのである。

従って「それから脱却できる第一歩」の提示という点では、この論説も評価されてよい。

では、そのように「国家秘密も大切であるが……」とこれを認めれば、それで十分なのか。そうは言えない。

国家は、認められた秘密の範囲を無限に広げて行き、広げることによって「秘密があることも秘密にしてしまう」であろう。

これでは「ガラス張り」を主張して「秘密を秘密にする」逆作用を誘発し、それによって、一見、秘密がないように粧うという最悪の状態と同じ結果を招来してしまう。

従って、いずれをとっても、問題の解決にはならない。

それが外交問題に関連しようと、公正な審理に関係しようと、またそのいずれにも関連しない場合であろうと、秘密というものは、常にかくかくしかじかの取り扱いをすべきだという原則が確立されねばなるまい。

では秘密はいかに扱うべきか。

原則の第一は「公然の原則」である。

秘密は公然と秘密にし、秘密であることを秘密にしてはならない、
という原則である。

この原則は、少なくとも西欧圏では、個人・組織を問わず確立しているように思われるが、日本では非常にあやふやである事は否定できない。例えば我々は簡単に「知りません」とか「存じません」(アイ・ドント・ノゥ)とが言う。

この場合、そう言った相手が本当に「知らない」のか、知っているが「言明しない」と言っているのか、我々の社会では明らかでない。というのは「ノゥ・コメント」(言明しない)という言葉がないからである。

「ノゥ・コメント」は「知っていようが、知っていまいが、それについての言明を拒否する」ことであり、従って「知っている」とも「知っていない」とも言っていないわけである。

いずれにせよ、その件はその人の秘密だが、彼は、それが秘密であることは、公然と言明しており、そして、人には「秘密であることを言明する権利」があること、そしてこれを侵害する権利はだれにもないことを、社会が当然のこととして認めているわけである。

これが日本にはない。

従って戦犯裁判の時など、つい「日本的」な意味で「知りません」といい、後で知っている筈だという証拠を突きつけられて偽証罪になった例がある。これを偽証とするなら、政府の国会答弁などは偽証の連続となるかもしれない。従ってまず秘密は公然と秘密であると言明する慣行の確立が第一であろう

第二の原則は「期間と範囲の明示」という原則である。

いわば、秘密であることを秘密にしておいて、闇から闇へ永久に葬ってしまってはならない、ということであって、秘密は、それを秘密にする必要がなくなったら、一切を、資料として明示する義務を負うということである。

範囲とは、その秘密がどの部分に属するかの明示である。

沖縄返還協定に秘密の取り決めがあったのなら、それが軍事的か経済的か、または単なる手続上の問題か、あるいはまた自分の方の問題でなく…たとえば…相手方の…問題への配慮か、といった範囲は、いわば、消去法の形で明示すべきである。

これはある点を「ノゥ・コメント」ということによって、おのずと明らかになる。そして、明示した秘密の範囲以外には、一切、秘密があってはならない。

細かい点を省略すれば大体、以上が原則であろう。





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by yomodalite | 2014-04-17 08:38 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite