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2013年の6月最後の日は、1987年の思い出を。

シェイクスピアからオペラ、ミュージカルまで手がける英国の映画・演劇の演出家で、
『スターライト・エクスプレス』や『キャッツ』で有名なトレヴァー・ナンが、
マイケルに会ったときのことを語った文章です。

こちらは、kumaさんにお願いして翻訳してもらいました。



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Michael Jackson's Peter Pan obsession
ピーターパンになろうとしたマイケル・ジャクソン

いくらか不安を感じながらだが、マイケルジャクソンの衝撃的な早すぎる死の後に巻き起こった論争にたいして、私も何か言いたいと思う。避けようのないことだが、繰り返し問われてきた疑問がまた浮上している。彼の精神は健全だったのか、彼は裁判で問われたように性的児童虐待をしたのか、という疑問である。誰もが納得する答えは出ていない。

しかしこれからお話しすることは
彼の本来の人間性に光を投げかけることになるかも知れない。

1987年のこと、ロンドンにいる私の法的代理人のところに、マイケルジャクソンの代理だと名乗る人物から接触があった。その人物は数ヶ月先までの私のスケジュールを知りたいと言った。そして、マイケルの世界ツアーの日程と調整し、日にちを決めて世界のどこかでマイケルと私が会うことができないかと言った。

「何の用事で会うんです?」私の代理人はびっくりして聞き返した。相手は「マイケル」が今までと違う新しいツアーコンサートの制作について話したがっている、と言った。

その話を伝えられて、私はてっきり、コメディアンのケン・キャンベルにやられたのだと思った。彼には前に一杯食わされているのだ。今回もドッキリに決まっている。

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◎Ken Campbell(Wikipedia)



2日後、私の代理人はよりはっきりした口調の電話を受けた。マイケルのマネージャー、フランク・ディレオと名乗る人物からだ。彼は、イギリス以外はすべての国をまわる勢いの、マイケルのツアースケジュールをスラスラと言ってのけた。これは正真正銘のマイケルのマネージャーなのでは?

そのマネージャーは、私が演出しているクレイジーな実験的ミュージカル、『スターライト・エクスプレス』のことをマイケルは「ちゃんと知って」いて、「そのアイデアを共有したい」と思っている、と言った。

私は、そのスーパースターがシドニーのパラマッタスタジアムで数回のコンサートをやる同じ時期に、『レ・ミゼラブル』の新しい舞台のリハーサルのために同地に滞在する予定だった。「それじゃ、シドニーで会うことができるな」と口にはしてみたが、これで私がまた仕掛けに引っかかったら、ケンは大喜びするだろうな、と考えていた。

オーストラリアに出発する直前、今はもう亡くなった私の法的代理人ビル・フォーニアーは、私がシドニーで泊まるホテルの名前をマイケル側に伝えていいかと聞いてきた。

私は「ほーら、やっぱりドッキリだ」と声を上げたが、ビルはこの交渉は本物に違いないと言った。「でも、どうして僕のホテルの名前を知りたいんだ?」

「それはだね」とビルはもったいをつけて言った。「マイケル・ジャクソンが言うには、彼は君と同じホテルに滞在して、オーストラリアにいる間に何度か会って話をしたいらしいんだ」


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“Starlight Express”



シドニー港にかかった橋を見下ろすように建っているリージェントホテルに到着して数日後、私は興奮気味のアシスタントマネージャー二人から、マイケル・ジャクソンの一行がたしかに30階建てのそのホテルの、最上の二階分をそっくり予約していると教えられた。

ますますとんでもない展開だ。結局、私の「レ・ミゼラブル」のリハーサルが終わる頃、マイケル・ジャクソンのツアーの一団が到着し、その後すぐ、ビルが仲立ちして、私たちは会うことになった。

マイケル・ジャクソンのいるところに入っていくのは、それがたとえ招待であっても、イングランド銀行に盗みに入るくらい大変だった。少し進むごとに、何人もの人に質問を受け、数え切れないほど「写真付き身分証」の提示を求められた。

すべてがきっちりと無線機で確認されるごとに、私は少しづつ「その存在」に近づいていた。29階から、最上階の30階へ。部屋に通じる廊下から、入り口のドアへ、ドアを開けたところの控えの間へ。そしてついに、私は大きく、ガランとした感じのラウンジに入った。床から天井に届くほど大きな窓があり、そこからの眺めは、世界でも有数の素晴らしいものだった。

時折、全身白に身を包んだ人たちが、柔らかそうな白い室内履きをはいて、部屋の中を音もなく動いていた。私はなんだか、集中治療室で徹夜の看病をしている人みたいな気分になった。

その場は静まりかえっていた。

やがて、赤のベルベットのパンツに赤のシャツ、思っていたよりずっと肌の色が青白く、唇には口紅を感じさせる「彼」が現れた。キング・オブ・ポップは、私と握手を交わし、自分と会うために「時間をさいていただいて」と、深い感謝の念を示してくれた。

そして、白いお仕着せの服を着た人々が動きまわって珈琲と美味しそうな軽食を運んでくると、それは細かな気遣いを示してくれた。彼の歩き方は、扁平足というか、微かなぎこちなさが感じられて、私が思っていたよりなめらかな動きではなかった。

私の中に残っていた疑念がかき立てられた。もしかしたら、世界で最も有名な男性の、超一流のそっくりさんと一緒にいるのではないか?

彼は1メートルと離れていないところに座っていた。私たちの会話が、どちらかといえば、たどたどしく進んでいく中、私が気づいたのは、彼の顔の皮膚移植によるかすかな変色と思われるものであり、彼の目の輝きであり(それは過去を思い出すときには悲しみに潤むこともあった)、女の子のようにソフトな声(笑い声は特にそうだった)の響きだった。

私はどのような人間として彼に接していいのかわからなかったが、マイケルと対面しているということの非現実感から抜け出して、やっと「これは実際に起こっていることなんだ」と頭で考えられるようになると、同時に、自分自身でいられるようになった。

自分は感激でいっぱいのいちファンとして会うべきか、多少は共通の言語を持っている音楽業界の人間として接するべきか、違う分野の鍛錬を積んできた年上の人間として、冷静な評論をすべきか、私は考えた。

私はそれら3つすべてをやってみた。彼の新しいアルバム「Bad」について話し、世界中をコンサートしてまわることの大変さについて話し、彼のすごい振り付けのダンスリハーサルの様子や、徹底的に独自なものを創作できるチャンスについて話した。

彼の質問に答える形で、私は「キャッツ」や「スターライト・エクスプレス」について話した。それらのショーは、劇場で音楽を楽しんでもらうのに、もっと周りと一体になれるような形はないかという意図の元に、私が演出したものだった。

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“Starlight Express”



お返しに、マイケルは私に彼がどんなにもっとみんなを驚かせるようなこと、たとえば観客の頭の上を飛び回るようなことをやってみたいかと話した。「あぁ、それならどうしたらいいかわかるよ。できるよ」と私は軽い口調で言った。

「ピーター・パンをやったとき、みんなを観客の頭の上に飛行させたんだ」

空気が激しく一変した。彼はまるで身体に電流でも走ったような反応を見せた。椅子の端に腰掛けて、大きな手で自分の両腕をつかんだ。片方の手には手袋がはめられていた。

「ピーター・パンをやったの?」彼はささやき声になっていた。

「そう、ロンドンでね」

マイケルは飛び上がって言った。「あなたがピーター・パンの演出をしたの?」高い声がさらに高くなり、彼は私の前をウロウロし始めた。「ああ、どうしよう。ピーター・パンだって。信じられない」

私は我々がやっている「ピーター・パン」では、子供の役はすべて大人が演じていると話した。マイケルは部屋中を飛び回り、目に涙をいっぱいためて、僕の前にひざまずき、私の両膝に手を置いた。そしてこう言ったのだ。

「ピーターの役をやりたいんですが、遅すぎますか?ピーターを演じさせてもらえませんか。ピーター・パンを演じたいと、ずっとずっと願ってきたんです」

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Trevor Nunn's PETER PAN



その瞬間から、私は彼の新たな親友になった。白衣に身を包んだ人たちが入り口のところに待機して、押さえきれない嬉しさからでた「ウォー」とか「キャー」とかいう叫び声に、ご主人さまが見も知らぬ訪問者に殴られでもしているのではと心配していた。

マイケルは、ピーター・パンの物語を隅から隅まで知っていて、いろいろなせりふを暗唱した。喜びが彼を幼い頃に引き戻してしまったのか、彼はとても無防備な子供のように見えた。

私は突然、彼の最大の望みを叶えられそうな人間、ということになってしまった。思いがけなく、このように事態が急変したので、私はそれが何を意味するのか、何の表れであるか、ということに思いが至らなかった。しかし、チャイルドスターとしてのマイケルがどんな風だったか、とか、彼が感じる、大人であることの奇妙な不快感というものがいま表に出てきていている、ということは感じていた。彼がこんなふうに感情を爆発させることは、とてもプライベートなことで、まれなことだということも。

私たちの会見は2時間後におわった。終わる前に、私は、次の夜に彼のコンサートに行くことを「約束」させられた。私は夕方の5時半にホテルの地下にある駐車場にいることになっていた。私は前回と同じような「検問」をくぐってそこについた。そして信じられないことに、ドライバーと、二人のセキュリティ・・・

そしてマイケル・ジャクソンが乗っている、黒い窓ガラスのドーモビール社製のキャンピングカーに案内されたのである。

私は、スタジアムまでマイケルと同じ自動車に乗って、暗い車内で外から見えない存在になるという、今までに無い、そしてこれからもないであろう経験をした。我々が通ると、車内からははっきりと見えるファンの群れが「愛している」と叫び、窓ガラスに触れようと手を伸ばしてきた。私はつかの間マイケルとステージ裏に連れて行かれ、その後、巨大な机を置いたサウンドオペレーター席のすぐ横にエスコートされた。それは観客席の中で最高の場所だった。

私には守らなければいけないことがあった。どういうことかというと、車で移動している間、マイケルはいろいろな言い方で私に伝えたのだ。ステージ演出とか彼のやっていることで、何か良くないと思うことがあったら言って欲しいと。「良くないところなんか無いに決まってるよ」と答えると、マイケルは差し迫ったような表情で、念を押した。

「いいえ、絶対に言ってくれなくては困ります。言ってくれる人が必要なんです。今とはどんな変化がつけられるか考えて・・・どうすれば僕が飛べるか考えてください」

マイケルは、もちろん、素晴らしかった。ダンサーとして比類なく、音楽は彼の口からだけでなく、「バッテリーフル充電」という感じの彼の身体全体から湧きだしていた。

もの凄い盛り上がりのフィナーレの後、私は再びステージ裏に案内され、キャンピングカーに乗せられた。すぐに、すべてを出し切って抜け殻のようになったマイケルと、短身でずんぐり、ごま塩頭をポニーテールにした中年の男性が、乗り込んできた。ディレオ氏だった。

私はマイケルに、彼のステージがどんなに素晴らしかったかと伝えようと思った。しかし、マイケルは「ほんとのことを聞かせて欲しい。今はだめです。明日言ってください」とだけ言った。

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Trevor Nunn, HM The Queen, Andrew Thomas James, Dexter Fletcher, Joss Ackland, Miles Anderson, Jane Carr – at the royal Gala Performance




ホテルに戻ると、彼のマネージャーは,マイケルが12時間の睡眠をとるまでは話は無し、と念を押してきた。私は、次の日の正午にホテルの部屋に来るように言われた。その時までには、私はマイケルに提案できるアイデアをまとめていた。「マン・イン・ザ・ミラー」のあたりで、物語の要素を入れるといいのではないかというアイデアだ。そうすればひとりの人間の、二つの面を表現することができる。

1つはBadにあるような、エネルギー全開の、セクシーで動物的なマイケル、もう一つは、繊細で優しく、想像力豊かで無垢なマイケル。後者はショーのクライマックスで空を飛び、会場をあとにする。

マイケルが約束した時間きっかりにやって来たとき、彼はディレオ氏と一緒だった。このことは状況を倍ややこしくした。なぜなら、マイケルは依然大喜びで夢見心地で、ちょっと感情を込めすぎなくらいで、「ぜったりやりたいよ」「素晴らしいだろうね」と言っているのに対して、マネージャーの方はまったくビジネスライクで、「どうやってやるのかきちんと説明してください」みたいな調子で、細々したことを聞いてきたのだ。

私ははっきりと感じた。マイケルは自分と私を、大人の目の前にいる二人の子供としてみているのだと。そして、私に「こんな親の言うことを聞いちゃだめ」と一生懸命伝えようとしているのだ。彼はこれからの計画について話したくてたまらなかった。私に、イングランドへ帰る途中にロスに寄って、と求めた。そうすれば、もう一度会って話ができる、と。

私の次の仕事、つまりブロードウェイのミュージカルのリハーサルの場所に居合わせることができるように、自分のリハーサルの場所をニューヨークにしてもいい、と言い張った。私は、ロスとニューヨークでマイケルに連絡が取れる電話番号を教えられた。

私が、幼い娘を自分の部屋から連れてくると、マイケルは娘と一緒にポーズをとって写真に収まってくれた。その写真は、今ここで話していることが真実であると証明する、唯一の証拠である。


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“Starlight Express”



その後何回も電話してみたが、一度もマイケル自身につないでもらうことはできなかった。マイケルを取り巻く集団が、ある指示の元に、とても礼儀正しくだが、私を排除しようとしたのだという考えが、私につきまとった。

大事なのはそんなことじゃない。私が言いたかったのは、マイケル・ジャクソンが、大好きなピーター・パンの住む場所である、ネバー・ランドの名を冠した地に、牧場付きの子供のための遊園地を作ったと聞いたとき、私は少しも驚かなかったということだ。性的児童虐待で彼が告発されたとき、私はそんなことはウソだと信じていた、そして今も信じているということだ。単純なやつ、と言いたければ言えばいい。でも、マイケルは確かにピーター・パンだったのだ。

ピーターはロスト・ボーイという子供の一団を率いている。子供たちは彼のリーダーシップに頼っているが、一方でピーターも同じくらい子供たちを必要としている。ロスト・ボーイたちはピーターと同じ大きな部屋に暮らし、みんなで一つの大きなベッドに眠る。ネバーランドに少年たちを招待し、同じ部屋で過ごし、みんなで一つの大きなベッドに眠る・・・

これらは性的虐待の訴えの、主たる疑惑としてあげられたものだ。しかし、ピーターというのは,両性具有的な存在なのだ。男女の性別など無く、ウェンディに慕われるが、彼女の、異性としての愛情に答えるつもりなどない。

ピーター・パンの作者であるJ・M・バリは、自分も児童虐待の疑いをかけられた。永遠に子供でいたいという、ピーターの切なる願い、大人になって、大人の社会と馴れ合っていくことに対する恐れは、かなりな範囲、バリ自身の経験によるものだっただろう。バリは、おそらくは、夫婦の交わりのない結婚生活を送りながら、よそのうちの子供をとてもかわいがったのだ。

マイケル・ジャクソンはどうだったかって?彼はタブロイド紙の世界ではあの名前(Wacko Jacko?)で呼ばれるような人物だったかも知れないが、ピーター・パンに対する熱狂の中に私が見たものは違う。それはうそ偽りのない、真実の姿だった。

本当は、ピーター・パンは、彼が演じたかった人物などではない。
それは、マイケルがなりたかった人物なのだ。


© Trevor Nunn (2009年「SUNDAY TIMES」より)
Theatre director Trevor Nunn talks about meeting Michael in 1987

(引用終了)


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by yomodalite | 2013-06-30 17:09 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(3)
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Die wahre Geschichte(ドイツ版カバー)


踊りたくなる気持ちもありつつ、6月25日は、この本を読んで過ごしました。

日本版は、ちょっぴり首をかしげたくなるような表紙なんですが、発売されたばかりのこの本の著者の名前を見て、速攻「ポチ」ってしまったんです。このブログにMJのことを書き始めたのは、インヴィンシブル期以降の彼のことを知りたかったからなので、当時のマネージャーである、ウィズナー(Wiesner)には、すごく興味があって。


素顔のマイケル・ジャクソン

ディーター・ウィズナー/講談社

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ページをめくると、ヒストリーツアーや、バンビアワードのときの写真があり、
キャサリン・ママからの「本書に寄せて」では、

ディーター、息子がひとりの人間として描かれているエピソードの数々を提供してくれてありがとう。そして、息子が残した多くのプロジェクトや計画を、広く世に知らしめてくれたことに感謝します。

という、2011年10月の言葉があり、

今までずっとわからなかった「MJユニバース」についても多く書かれてあって、
私は狂喜したんですが、

Amzon.comでも、Amzon.ukでも、一件のレヴューもありません。
英語翻訳されてないからですね。(たぶん。。)

http://www.amazon.com/Michael-Jackson-Dieter-Wiesner/

それなのに、

日本語で読めるなんて!(嬉)

企画協力として名前がある、リチャード松浦氏(朝堂院大覚氏の息子)の尽力によるものでしょうか。また、翻訳者によるあとがきはありませんが「訳注」からは、菊池氏の丁寧なお仕事ぶりも伝わりました。


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確かに、ウィズナーが「最後の10年間、最も近くにいた男」かと言われれば、
すぐに、ツッコミたくもなります。

彼がマネージャーだった頃、MJへの面会を厳しく制限していたように、彼も解雇後から晩年までは、MJに会いにくい状況だったでしょう。ただ、ウィズナーだけでなく、他の元関係者の多くが、自分が一番マイケルのことを考え、彼のためになる仕事をしていたと思っていることについては、私は、それぞれの人が、そう信じるだけのことは「ある」と思っていますし、

本書で「MJの敵リスト」として挙げている人のことも同様にそう思います。

ウィズナーは、MJ自身がつかった言葉として「システム」という言葉を挙げ、

彼を取り囲む「システム」に、逃げ道を許されなかったのだ。

と語っています。

でも、私は、普通に生きたいと思う人間で、そのシステムに加担していない人がいるとは思えません。

また、普通以上の生き方をしたいと願う、優れた人であっても「システム」から逃れることなど、ほとんど不可能だと思っています。

本当に特別な天才が、その有り余る才能に、永年磨きをかけ続け、
常に「鋭さ」を大事にして、
どこまでも「鈍さ」を憎まない限り。。


MJは、両親も、兄弟も、成人後も感謝の念を忘れなかった、ベリー・ゴーディ、前人未到の作品を共に作り上げたプロデューサー、クインシー・ジョーンズ、最盛期のマネージャーである、フランク・ディレオも、莫大な財産取得に大きな尽力をした、ジョン・ブランカ、一流レコード会社の社長としてだけでなく、敏腕音楽プロデューサーとして時代を築いたトミー・モトーラ、そして、ビジネスとは関係なく、愛情をかわした女性とも、ほとんど例外がないと言っていいほど、自分から離別していますが、

その理由は、彼がとことん「鈍さ」を憎んだからだと、私は思います。

誰をも愛し、出会った人の誰からも愛されたMJは、人は憎まなかったけど、人の「鈍さ」には、自分にも、他人にも、どこまでも厳しかった。

でも、愛にも、幸せにも、優しさにも、自分が信じた道を歩み続けるということの中にもどっぷりと「鈍さ」は潜んでいるもので、MJのことを思って、彼のためになるように考えたつもりでも、彼のその厳しい基準を満たすことは、誰ひとりとしてできなかった。

彼の「エネミーリスト」は、とてつもない高い理想を、実現しようとしていた「ドリーム・リスト」の裏返しというか、相手の中に、自分の変えるべき点を見ていることから、書かれたものだと思います。

というのは、毎日飽きることなくMJのことを考え続けた私の「4年目の結論」ですが、本書は、そんなつまらない「結論」より、ずっと面白く、

MJの完全委任権(power of attorney)を持っていたウィズナーが、様々なビジネスの現場での思い出を語ってくれていて、比較的近い時期に、MJと行動を共にしていた、フランク・カシオの本と同じぐらい、生き生きとした「素顔のMJ」が満載です。

終盤には、現在の裁判にも関連する、いわゆる「死の真相」についての話もありますが、彼に関わろうとした、お金だけが目的でない、優秀な人々のすべてが「なぜ、この心優しき天才が、こんなに不安定な生活を送らざるをえないのか」と思い、ファンもなぜなんだろう?と思う。

でも、目の前に常に「乗り越えるべき壁」を見てしまう男にとって、

私は「安定」こそが、最大の敵であり、そのせいで、彼は常に(どんなに辛いと感じても)「不安定」を保っていたのだと思います。

だから、、誰にも助けてあげられなかったのだと。
私は、そういった、やりきれない思いを抱きつつ、「僕は人を憎むことは教えない。「世界を変えるのではなく、自分を変えよう」という、彼のメッセージを考えなきゃと思っていますが、

本書は、週刊誌風の「ネタ」が、好きな方も、嫌いな方も、また、嫌いといいつつ、好きとしか思えないような人(笑)にとっても、面白い本だと思いました。


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by yomodalite | 2013-06-27 10:29 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)
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Nancy Bass Wyden(THE WALL STREET JOURNAL)



2009年7月5日のハフィントン・ポストの記事。ニューヨークにある、有名老舗書店「ストランド」の女性オーナーが、マイケルが2002年に来店したときのことを語っています。



The Day I Met Michael Jackson
あの日、私が会ったマイケル・ジャクソン

Nancy Bass Wyden
co-owner of the Strand Bookstore

Posted: 07/05/09 09:18 PM ET


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I was sitting with a friend as she glanced at her BlackBerry, "Michael Jackson is dead," she read. Then she added, "This must be a joke from my friend." But a few seconds later her grandma sent her another text. "It must be true," she concluded.

私が友人と座っていて、彼女がスマートフォンを見たときです。「マイケル・ジャクソンが亡くなった」彼女はそれを読みながら、「友だちからの冗談に決まってるわ」と付け加えましたが、数分後、彼女の祖母から送られたメールで、それが間違いでないと確信しました。

What flashed through my mind was: "Wasn't he dead already...a long time ago?" It was a strange thought, because I had met Michael Jackson, however briefly, in the flesh. I watched as he sang to himself. I saw him be a father. I played with his kids and cooed at his newborn son. That was 7 years ago, Friday April 30th 2002.

そのとき私の心に飛来したのはこんなことでした。「彼はもうずっと前から死んでいたのでは… 」それはおかしな考えでした。なぜなら、私はかつて、ほんのつかの間ですが “生” のマイケルに会っていたからです。

私は、彼が誰にともなく歌を口ずさむのを見ていました。私が見たのは父親になったマイケルです。私は彼の子供と遊んで、生まれたばかりの彼の息子に優しくささやいたりして、それは、2002年4月30日の金曜日で、今から7年前のことでした。

Perhaps the reason I thought he had already died is that I remember watching him on the Ed Sullivan Show with my parents. He was cute as a button, lively with an Afro. But eventually I could no longer recognize that little boy. His ghostly white skin, hair that looks like a glossy wig, rosy lipstick on his mouth, hidden behind dark glasses and a surgical mask: he had become a stranger.

おそらく、私が彼がすでに死んでいたと思った理由は、私が両親と「エド・サリヴァン・ショー」で、彼を見たことを憶えていたからです。

彼はとても可愛いいアフロヘアの少年でした。でも、私にはその当時の男の子が、彼だとは認められなくなっていました。彼の幽霊のような白い皮膚、つやつやとかつらのように見える髪、バラ色の口紅をつけた彼の口は、サングラスとマスクに隠され、彼は私の知らない人になりました。

I saw a picture of him lying in his oxygen tank, looking like a glass corpse. I remember a porcelain life-sized Jeff Koons sculpture of him that I saw in a museum.

私は、彼が酸素タンクの中で、死体のように見える写真や、美術館でジェフ・クーンズが陶器で創った、等身大のマイケルの彫像を見たことも思い出しました。



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Michael Jackson and Bubbles(Jeff Koons, 1988)



Don't they memorialize people that way after they die? His existence had turned into myth as he retreated into a bubble; didn't he show up to court in his pj's? He was a prince; he was an icon; he was Peter Pan; he lived in Neverland.

私たちは、誰かが亡くなってしまってから、そんなふうに思い出すものなんでしょうか。
彼の肉体が泡のように消えてから、彼の存在は神話に変わりました。

彼は裁判にパジャマで現れなかった?
彼はプリンスで、アイコンで、ピーターパンでもあり、
ネヴァーランドに住んでいました。

I received a phone call in the afternoon. The husky voice said, "I am representing a VIP who would like to come to the Strand." (The Strand is a bookstore that was founded 82 years ago by my grandfather and is run by my dad and me.) The voice continued, "I work for Michael Jackson. He would like to come to the store without customers around."

午後に私は電話を受けました。そのハスキーな声は、「私はストランドに行きたいというVIPの代理をしています」(ストランドは私の祖父が82年前に設立した書店で、父と私が受け継いだ書店です)と言ったあと、続けて、「私は、マイケル・ジャクソンのために働いています」と言いました。「周囲に、他のお客がいない状態で、マイケルは店に訪れたいのです」
I was directed not to tell anyone that Michael was coming. There was a contact telephone number at the New York Palace hotel, and I received updates from his representative throughout that day. It was decided he would come to the store at 10:30pm, after the Strand closes. And I kept the visit a secret, except to a few managers whom I asked to stay late with me; in turn I asked for their vow of secrecy.

私は、マイケルが来るということを誰にも話さないように命じられ、彼らと接触するための電話番号はニューヨークのパレスホテルで、その日、私は彼の代理から、新たな電話を何度も受け、ストランドが閉まったあと、午後10時30分に、彼が店に来ることが決められたのです。そして、私は店に残るように頼んだ数人のマネージャー以外には、彼の訪問を秘密にし、彼らにはその秘密を守るように誓いを求めました。

By nightfall the air was swirling with electrical excitement. I piled copies of Moon Walk, Michael's memoir (edited by Jackie Onassis,) in the store for him to see. I remembered from reading it how kind his voice was as author.

夜になる頃には、あたりは電気が走っているように渦巻いていました。私は、マイケルの伝記『ムーンウォーク』(ジャッキー・オナシスによって編集された)の再販本を、彼の目につくように積み重ねました。私はあの本でのマイケルの語り口がとても優しかったのを覚えていました。

And then there was Michael walking (not moon-walking) through the door of our third-floor rare books department. His skin was bleached white, he had orange rouge on his lips and his hair was straight. But he was still Michael. I had watched him grow up.

そして、そのあと、マイケルは歩いて(ムーンウォークではなく)私たちの店の3階にある、めずらしい本を集めたコーナーにいました。彼の肌は漂白されたように真っ白で、唇にはオレンジの口紅、そして髪はストレートでした。それなのに、彼は今でもマイケルでした。私は彼が成長した姿を見たんです。

The first thing Michael said when he walked into the room was, "Are there any cameras?" I said no. I knew that ruled out my having a picture taken with him; I had brought a camera just in case. I felt his paranoia. I could hear the crowd shouting at street level "We love you, Michael!" He asked that I pull down all the shades in the oversized windows. I was later told that some fans were climbing the gates that protect the store windows.

彼が店の中に入った時、最初に彼は「ここには何かカメラがありますか?」と言ったので、私は「ありません」と答えました。彼が写真撮影がNGだというルールを知っていましたから。でも、万が一に備えて一応カメラを持ってきていました。

私は彼の病的な疑い深さを感じましたが、群衆が通りじゅうに響き渡るように「私たちはあなたを愛してます。マイケル!」と叫んでいて、彼は、すべての窓のカーテンを下げられますかと尋ねました。後から聞いたのですが、一部のファンが店の窓を保護するための門を登っていたのです。

Despite my conscientious effort to keep this event a secret on Michael's behalf, somehow news had spread. But how did they find out? Maybe because Michael and his entourage were traveling in a motorcade that included a huge white stretch limousine, a white stretch Lincoln and a black Suburban truck. I was told that they had just come from Times Square. The curious onlookers must have followed them, and word got out.

このイベントをマイケルのために秘密にしておこうと誠実に努力したにも関わらず、なぜか、ニュースは流布しました。いったい、彼らはどのようにそれを発見したのでしょう?おそらくですが、マイケルと彼の側近たちは、白い巨大なリムジンに乗り込み、白いリムジンと黒の田舎臭いトラックは、列をなして移動していました。彼らは、今ちょうどタイムズスクエアから来たと言っていたので、好奇心の強い見物人たちは、彼らの後を追ったにちがいありません。そして、それはニュースになったのでしょう。



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In filed his entourage: two security guards, three nurses all dressed in crisp white uniforms, and four children varying in age, some Hispanic, some African-American. There was such a sweetness to Michael in how he interacted with them. They seemed like nice, polite, appreciative kids; I wondered if he took them under his wing because they'd had a hard life.

彼の取り巻きは、二人の警備員、パリッとした白いユニフォームを着た3人の看護師と、異なる年齢の4人のこどもたち、数人のヒスパニック系の子とアフリカ系アメリカ人の子がいました。マイケルは彼らに本当に優しく接していました。子供たちは、素晴らしく、礼儀正しくて、鑑識眼があるように見えました。マイケルが彼らを自分の庇護の元に置くのは、彼らが過酷な境遇を背負った子供たちだからだろうか、と私は考えました。

Then there were his beautiful children; they looked like magical Disney characters. They seemed as doll-like as their names: Paris and Prince Michael I. Both were dressed in matching royal blue velvet. Paris, who was 4 years old, was wearing a tiara with diamonds, like a real princess. Prince Michael, 5 years old, had straight blond hair cut in a page-boy; Paris had flowing brown hair and big blue eyes. Their skin was pure white...they looked Scandinavian. The effect was adorable: I wanted to keep them, to take them home.

それと、そこには、彼の可愛い子供たちもいました。彼らは、まるでディズニーのキャラクターか、彼らのパリスとプリンスという名前と同様にお人形のようで、お似合いのロイヤルブルーのビロードの服を着ていました。

4歳だったパリスは、ダイアモンドの冠をかぶっていて、本物の王女のようで、5歳のプリンスは、ストレートヘアを “ページボーイ”という髪型に切ってもらっていて、パリスは流れるような茶色の髪と大きな青い眼、彼らの肌の色は純粋に白人のようで、スカンジナビア人のように見えました。子供たちはとても魅力的で、私は彼らをこのままの状態で保存して、家に連れて帰りたいと思ったぐらいです。

I knew he covered them with shawls when cameras were around, and he did so when he later continued his shopping downstairs. Draped in cloth, his children walked around looking like Cousin It from the Addams family. The kids seemed well adjusted. We gave them a wind-up doll of a tan dog in a red bow tie and a suit, and they played on the wooden floor.

周囲にカメラがあった場合、マイケルが彼らをショールで覆うことを、私は知っていましたが、あとで、彼が階下で買い物をしているときも、彼はそうしました。布で覆われた彼の子供たちは「アダムス・ファミリー」の従兄弟のようでしたが、子供たちはそういう状況に慣れていました。わたしたちは、赤い蝶ネクタイとスーツを着て、黄土色の犬の操り人形を、彼らにプレゼントし、彼らは板の間でそれを使って遊んでいました。

Prince Michael brought over an oversized book on collectable toys, barely able to carry it. He said in the cutest little voice; "Dad, can I have this" Michael lovingly smiled and asked if he was going to read it. He replied, "Yes."

プリンスは、特大の本を、おもちゃがあるところまで持ってきて、
ちいさな可愛い声で「パパ、これぼくにくれる?」と言いました。
マイケルが優しく微笑んで、それが読めそうかどうか尋ねると、
「うん。」とプリンスは答えました。

One nurse was holding an adorable newly born baby with dark hair. I hadn't heard that Michael had three children nor was it public knowledge at the time. I wondered if Michael had a new baby, or could the child be borrowed? Months later, I found out that he was Prince Michael II.

看護師の1人は、新たに生まれた黒い髪が魅力的な赤ちゃんを抱いていました。私はマイケルに3人の子供たちがいると聞いていませんでしたし、それはその時はまだ公表されておらず、私はマイケルに新たな赤ちゃんがいたことが不思議で、借りてきた子供なのかと思いましたが、数ヶ月後、私が見たのは、プリンス2世(ブランケット)だったことがわかりました。

Michael picked out a young Hispanic employee to help him. He had his name, Jesus, written in black magic marker on his plastic oval Strand name tag. I would think this was the thrill of the young man's life. Michael handed the books that he wanted to buy to Jesus, who then gave it to us in a basket to be sent to the cash register to be added and packed.

マイケルは、本をピックアップするために、若いヒスパニック系従業員を呼びました。彼は “イエス” という名前で、プラスティック製の卵型の店のネームタグに、黒いマジックでそう書いてあったのです。これは、青年にとって人生最高のスリルだったと思いますが、マイケルは、イエスに買いたかった本を手渡し、それは、次々とカゴに加えられてレジに運ばれました。

Occasionally, Michael had requests. He wanted books on black folk music, books by Roald Dahl (including James and the Giant Peach), and something on Versailles. I would send my troops to look for the books and hand the findings to Jesus. On a previous visit, my dad had helped him, and he picked out books on Howard Hughes, dictionaries and first edition children's books.

マイケルからリクエストされたのは、黒人フォークミュージックの本と、ロアルド・ダールの本(『James and the Giant Peach』“おばけ桃が行く” を含む)と、ベルサイユ関連の本。

私はスタッフに本を探させ、スタッフは見つけた本をイエスに渡しました。以前の訪問では、私の父が彼の助けになり、ハワード・ヒューズや、辞書、児童書の初版本などを見つけました。

◎ロアルド・ダール(Wikipedia)
◎『おばけ桃が行く』(Amazon)



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Of course, I'm fond of anyone that shares my love of books, and I was impressed with Michael's selection. He sang quietly to himself and focused on photography and art books for a while, climbing on a ladder when necessary. All told, he spent $6,000 in books and allowed anyone in his group to take books. Although the people in his entourage did choose some, they did not seem as excited about shopping for books.

当然のことですが、わたしは本への愛情を共有できる人は誰でも好きです。それで、私はマイケルの選択に感動しました。

彼は静かな調子でひとり歌いながら、写真の本やアートブックに注目し、必要に応じて、梯子の上に登りました。彼は、全部で6000ドルを使って、グループの誰にでも、本を買うことを許し、彼の取り巻きの人々も何冊か選んでいましたが、彼らは本を買うことに興奮するようには見えませんでした。

Michael was hands off when it came to the transaction. I asked a security guard about getting paid when they were nearing the end. He handed me a cell phone, and I was given a credit card number, in a different person's name. The next day a black town car was dispersed to pick up Michael's purchases, all packed in doubled shopping bags.

マイケルは支払いのことにはノータッチだったので、本探しが終わりに近づいた頃、マイケルのセキュリティに支払いに関して尋ねると、彼は私に携帯電話を手渡し、私はその電話で、マイケルとは違う名義のクレジットカードの番号を教えられました。その翌日、すべて二枚重ねの買い物袋に詰められたマイケルの購入品を受け取りに、黒のタウンカーが寄こされました。

Michael and his entourage piled in the cars and, despite his desire for secrecy, his paranoid nature, you could tell he loved his fans waving and yelling, and he told them that he loved them.

マイケルと彼の取り巻きは急いで車に乗り込み、彼は秘密に対して病的なまでに疑い深い欲求があるにも関わらず、叫んでいるファン達は、彼に手を振って「愛してる!」と言うことができ、マイケルも彼らのことを「愛してる!」と言いました。

He craved love just like the rest of us, or maybe even more so.

彼は、私たちと同じように、もしかしたら私たち以上に愛を切望していたのでしょう。

It was after midnight. They had been at the Strand for 2 hours. Michael's security guard told me their next stop was FAO Schwartz, which like the Strand was open just for them.

その頃にはもう12時をまわっていました。彼らは2時間「ストランド」にいたんです。マイケルのセキュリティは、次に行くのは「FAO Schwartz」だと私に言いました。そこは、ストランドと同じように、マイケル一行のためだけに店を開けていたのです。



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FAO Schwartz



I felt like jumping with excitement, and thought to myself, I want to go with them. I wanted to be a kid again. I didn't want to stay in a crammed bookstore worrying about personnel, inventory, customer complaints. I WANT TO HAVE FUN.

私は興奮で飛び上がりたいような気持ちになって、彼らと一緒にそこに行きたいと思いました。私ももう一度こどもに戻りたかったんです。人員についてのあれこれとか、目録とか、顧客の不満についての心配がいっぱい詰まった本屋にもう居たくありませんでした。

「わたしは楽しみたかったんです」

I want to shop for toys and dance on the giant piano like Tom Hanks did in the movie Big. I want to ride in the big white limousine with Michael and the kids bopping to loud music. I want to follow Tinkerbell, be sprinkled with fairy dust, open the window, and fly through the night sky.

トム・ハンクスが映画『ビッグ』でしたように、店でおもちゃを買って、巨大なピアノの上で踊りたかった。マイケルと騒がしい音楽にあわせて踊っている子供たちと一緒に、大きな白いリムジンに乗りたかった。ティンカーベルについて行って、妖精の粉を振りかけられて、窓を開けて夜空を飛び回りたかった。


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FAO Schwartz



But 7 years later, I now have kids and I read them fairy tales. And as we all know, fairy tales can also have a dark side. Even Peter Pan said,

しかし、その7年後、現在の私には子供がいて、
私は彼らにおとぎ話を読んで聞かせています。

みなさんご存知のように、おとぎ話には暗い側面もあります。
あのピーターパンでさえ、こう言っていました。


"To die will be an awfully big adventure."

「死ぬって、きっとスゴい冒険だよ」



(引用終了)

source : http://www.huffingtonpost.com/


☆ ☆ ☆ 


そのポイント、わかるぅーーー!と言わずにはいられない
This is it[RARE Sweet moment]





これだけ、多くの本を読んでいたのに、

彼が語った言葉はとても少なくて、

知識をただ身につけるだけじゃなく、自分の言葉として使えるように

作品だけでなく、言葉も同じようにものすごく探し求めていたんだなぁと思う。

しかも、それほど、人生に求道的だった人が、

こんなにも、かわいくて、しかもセクシーだなんて、

いったいどうすれば、

忘れられるのかな。。。?

(A:無理!)



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by yomodalite | 2013-06-25 08:46 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(0)

ホタルの夜…

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梅田スカイビルや、ウエスティンホテル大阪などがある
新梅田シティ「中自然の森」で行なわれていた、ホタルの放流。

最終日の23日は曇り空だけど、
スーパームーンも重なって、かなり賑わっていた。

都会の森の中に光るホタルは、小さな小さな星の粉ようで、
人口の川辺の葉の上などに停まっていた。
以前にこんな光景を見たのが、いつだったかなぁと思い出そうとしても、
本当に見たことがあったのかさえよくわからない。

ホタルの光は小さ過ぎるので、都会の夜の森を写してみた。


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スーパームーンは、ときどき顔を見せた。

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周辺は、大都会という雰囲気ではあるのだけど、

新梅田シティには「ビオトープ」もあったりして、

今日のように、雨上がりの夜など、まるで田舎の駅に降りたかと思うぐらい

カエルたちは大合唱していて、鳴き声からは、道を譲りたくなるような、

わたしの靴よりビッグで黒々したような奴に会えそうな気がして、

うろうろしてみたんだけど、

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出会えたのは、全長3センチぐらいの緑の子だけでした。

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なんとなく、、März...



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by yomodalite | 2013-06-24 09:03 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)
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これまでに引用した話と重複する部分もありますが、MJの地元の有名書店オーナーが「LAタイムス」に語った記事をメモしておきます。

日本語部分には充分にご注意のうえ、気になる点は遠慮なくご指摘くださいませ。


Michael Jackson, the bookworm
マイケル・ジャクソンは本の虫

Owners of local bookstores, including Dutton's, recall encountering the late pop star perusing their shelves.
ダットン氏など地元の書店オーナーは、書棚を閲覧していた今は亡きポップスターに出会ったときのことを思い出します。




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By Carolyn Kellogg
Los Angeles Times Staff Writer
June 27, 2009

2009年6月27日 ロスアンジェルスタイムス紙記者 キャロリン・ケロッグ


When news broke in early 2009 of Michael Jackson's return to Los Angeles, it was not via reports of him being spotted dining at the Ivy or dancing at the hottest new Hollywood club but book-shopping in Santa Monica.

2009年の前半、マイケル・ジャクソンの復帰のニュースがロサンジェルスで始まった頃、それは「アイビー」で食事したとか、ハリウッドの最新のクラブで踊っているところを発見されたのでもなく、サンタモニカで本を物色したというものでした。

"He was a longtime and valued customer," a store representative of art and architecture bookstore Hennessey + Ingalls said Thursday. "We'll miss him."

「彼は永年にわたってとても重要な顧客でした」木曜日、アートと建築関係の書店「Hennessey + Ingalls」の代表は「彼がいなくなって寂しい」と語った。

If Jackson's bookstore appearance surprised his pop fans, it was nothing new for booksellers. A few years ago, Doug Dutton, proprietor of then-popular Dutton's Books in Brentwood, was at a dinner with people from Book Soup, Skylight and other area bookstores. "Someone mentioned that Michael Jackson had been in their store," Dutton said by phone Thursday, "And everybody said he'd shopped in their store too."

ジャクソンが書店に現れることは、ファンを驚かせはしましたが、書店にとってはめずらしいことではありませんでした。数年前、ブレントウッドで人気の「Dutton's Books」のオーナー、ダグ・ダットンは「Book Soup」や「Skylight」、その他のエリアの書店関係者と夕食を共にしたとき、誰もが、マイケル・ジャクソンが自分の店に来て買い物をしたと言ったと電話で話しました。






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(MJの写真はすべて、2008年に「Hennessey + Ingalls」に行ったときのもの)



It was the early 1980s when Dutton first saw Jackson, who came in wearing "very large sunglasses." He had bodyguards with him, but he was solitary and quiet. "There was no display of 'I'm Michael Jackson,' " Dutton recalled. "I don't remember him actually saying anything." Each time he shopped at Dutton's store, he'd buy four or five books.

ダットンがジャクソンを最初に見たのは、1980年代初期。彼は「とても大きなサングラス」をして店に入り、ボディガードが付いていましたが、ひとり静かな様子で、「自分がマイケル・ジャクソンだ」というような態度ではなかった。ダットンは、彼が実際にしゃべったことについては何も覚えていないが、自分の店で「マイケルは毎回4、5冊の本を買っていた」ことはよく覚えている。

Brother Dave Dutton got a call in the late '80s or early '90s from an assistant, who asked if he'd close his store early so Jackson could shop there alone. "We did close early," he recalled by phone as his wife Judy and son Dirk discussed Jackson's visits. "About a quarter to 9 he showed up in a big van," Dave Dutton said. "Once you got over the initial caution because of those burly guys with him, he was very nice."

ダグ・ダットンの兄弟、デイブ・ダットンは、1980年代の後半から90年代前半に、アシスタントからの電話で、ジャクソンが1人で買い物ができるように、早く店を閉めることが可能かどうか尋ねられたので、「我々は早く店を閉めた」と言う。また、彼は、妻のジュディと息子のダークが、マイケルの訪問について語り合っていたことを思い出しました。「9時15分前頃に、彼は大きなバンに乗って現れたんだ。たくましい男たちが側にいたから、最初はちょっと面くらったけど、彼はとても素敵だったよ」
In later years, Jackson would wear a surgical mask during his visits. In an X17 online video of him on New Year's Eve 2008, in what appears to be Hennessey + Ingalls, he browses for books under a black umbrella, often held by an assistant.

最近では、ジャクソンはマスクを付けて店を訪れていました。2008年の大晦日「X17 online video」(セレブゴシップを扱うような番組)では、「Hennessey + Ingalls」で、彼が本を閲覧し、アシスタントからしばしば黒い傘で隠されている様子が映されていました。





"He loved the poetry section," Dave Dutton said as Dirk chimed in that Ralph Waldo Emerson was Jackson's favorite. "I think you would find a great deal of the transcendental, all-accepting philosophy in his lyrics."

デイブ・ダットンが「彼は詩のコーナーが好きでしたね」と言うと、デイブの息子ダークは「ジャクソンは、ラルフ・ウォルドー エマソンがお気に入りだった」と話の中に割り込み、「彼の歌詞には、すべての素晴らしく偉大な哲学の影響が感じられる」と語る。


◎ラルフ・ワルド・エマーソン(Wikipedia)
◎ラルフ・ウォルドー・エマソン(Amazon)
◎R.W. エマソン(Amazon)


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Largely an autodidact, Jackson was quite well read, according to Jackson's longtime lawyer. "We talked about psychology, Freud and Jung, Hawthorne, sociology, black history and sociology dealing with race issues," Bob Sanger told the LA Weekly after the singer's death. "But he was very well read in the classics of psychology and history and literature . . . Freud and Jung -- go down the street and try and find five people who can talk about Freud and Jung."

ジャクソンはほとんど独学でした。ジャクソンの永年の弁護士ボブ・サンガーによれば、ジャクソンはまさに博識で、「心理学、フロイトとユング、ホーソン、社会学、黒人の歴史と人種問題を扱う社会学について、我々は話しました」「彼は心理学と歴史と文学の古典に、非常に造詣が深かった... フロイトやユング... 通りに出て試してみてください。フロイトとユングについて話すことができる5人でも見つかるかどうか」弁護士は、歌手の死後、LAウィークリーに語りました。

Hours after his death, Jackson's 1988 autobiography, "Moonwalk," despite being out of print, entered the Amazon bestseller list for biography and memoir at No. 25.

彼の死の数時間後、1988年のジャクソンの自伝『ムーンウォーク』は、絶版だったにもかかわらず、アマゾン・ベストセラー・リストの伝記と回顧録部門において25位を記録。


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相変わらずパジャマなんですけどw、書店に行くときは、グレーのペイズリーという「知的でクラシック」なものを選んでいてw、このスリムなトレンチコートの下に着て、袖口を折り返してるとことか、妙にオシャレに感じられるのが、、不思議。。


"I've always wondered if there was a library in Neverland," Doug Dutton mused. Indeed there was -- Sanger told LA Weekly that Jackson's collection totaled 10,000 books.

「私は、ネヴァーランドに図書室があったかどうかは知りません」と、ダグ・ダットンは感慨を込めて言う。しかし、それは本当にありました。サンガー弁護士は、LAウィークリーで、ジャクソンの蔵書は合計1万冊だったと語った。

And while the seven-bedroom Holmby Hills home that he leased this year had a sunny pool and other luxuries the sunlight-wary Jackson might not have taken advantage of, it also featured something he very well might have: a wood-paneled library.

そして、太陽に敏感であったジャクソンが利用しなかったかもしれない日当りのよいプールと、他の贅沢な施設を備え、今年、彼が借りていた7ベッドルームの豪邸「Holmby Hills」は、彼が多く所有していたのものを特徴としていました。ーーー「木製の重厚な造りの図書室」

carolyn.kellogg@latimes.com
Copyright © 2013, Los Angeles Times

source : http://www.latimes.com/

(記事引用終了)


*ダットン・ファミリーが経営する「Dutton's Books」は、希少な古書なども扱う、LAの有名なインデペンデント書店でしたが、2006年に閉店しています。ウォルマートや、Amazonの台頭といったことが、主な要因と考えられているようですが、同じ頃、超優良顧客だったMJがこの地を離れたことも、かなりの痛手だったりして....


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「Holmby Hills」の紹介動画
Michael Jackson's Final Home : Zillow Home of the Week





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これが、Holmby Hills の「wood-paneled library」だと思う。。


☆MJと書店オーナーの話は、6月25日にもアップします。



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by yomodalite | 2013-06-21 09:09 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(2)

狂人失格/中村うさぎ

狂人失格 (本人本)

中村うさぎ/太田出版

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久しぶりに小説を読みました。

中村うさぎさんの「小説」も、初めて読んだのかもしれません。もっとも、これが「小説」なのかどうかは微妙なのですが・・・海外の古典とか、若干のお勉強気分以外で、小説を読むことが、めっきり少なくなっていたのだけど、数日前に、この小説に、裁判で名誉毀損の判決がおりたというニュースを聞いて、すごく読みたくなった。そーゆー人は多かったようで、しばらくの間、Amazonでも楽天でも、入荷待ち状態だったのだけど、

私は、その「宣伝」には、積極的に乗りたいというか、この本には、お金を払っておきたいと思いました。厳しい道を歩まれているなぁと思って。。

文章を書くという表現のキツさについては、うさぎさんだけに限らず、感じることが多いのだけど、現代の、日本の、女の、「文学作品」というものが、多少なりとも「古典」のスタイルを受け継いでいて、本当に可能なのか?という点において、中村うさぎさんほど、嘘がつけないひとはいないんじゃないかと思う。

以前、ユーミンと中村うさぎ氏のトークショーのような番組を見たとき、

ふたりがお互いに共感しているのは、自分に対しての客観性というか、自己評価への厳しさだと感じたのだけど、それでも、永年高いクオリティの作品を創り続け、自他ともに認める天才アーティストであるユーミンですら、うさぎさんには一目置いていて、

うさぎさんは、ユーミンの才能に嫉妬しつつも、今、現在において、自分の方が厳しい道を歩んでいて、自分の方が、自分に嘘をついていない。と自負していて、ユーミンもそれを認めざるをえない。

ユーミンにとっての音楽は、どんなに制作に苦しいことがあっても作品という「喜び」がある。それに比べると、中村うさぎさんにとっての文章は「身を削る」ことばかりのような、、なんとなく、そんなことを感じた番組でした。

◎ユーミンのSUPER WOMAN 「中村うさぎとめぐる東京の夜」<1>
◎ユーミンのSUPER WOMAN 「中村うさぎとめぐる東京の夜」<2>

小説のモデルから、名誉毀損で訴えられた作品としては、ずっと以前に読んだ『石に泳ぐ魚』のことも思い出しました。

その作品も、訴えたモデルの人以上に、著者が身を削って書かれたと感じられる美しい作品だったけど、柳氏の作品は「文学という神」に捧げられていたと思う。

でも、中村うさぎさんは、文学の神ではない、自分の内なる神に対して戦っていて、それは、すぐに癒しを求めようとして、カンタンに浄化されることを望む、わたしたちには一番理解したくない毒を孕んでいて「作品」という昇華をも拒んでいるように思える。

名誉毀損で訴えたひとのことを、これを読むまで知りませんでしたが、彼女は自身のブログで、何度も顔出ししたうえに、自分がモデルであることも公言し、自費出版した自著の宣伝もしている。賠償額はそのことを考慮したうえでの決定らしい。

私には、この本は、最初からこのような結果を予想し、モデルである彼女に、うさぎさんが多少でも期待していたとは1ミリも思わないので、陳腐な内容も、小説とは言えないような文体にも、筋の通った「地獄巡り」を感じました。

☆カンタンに癒されたり、魂が浄化されたくない人に!
◎Amazon『狂人失格』


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by yomodalite | 2013-06-19 09:10 | 文学 | Trackback | Comments(4)
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MJが本を持っている写真を見ると、異常に食いついてしまう癖があるのですが、ものすごく集中して見てみても、本のタイトルが解読できることってなかなかないんですよね。

上の写真は、そういった中では、なんとか解読できそうな部類で、タイトルっぽい4行の一番上は、SALA KSIAZECA かなぁ、、と。でも、このスペルは英語じゃないし、ドイツ語でもないし、ロシア語でもない… と頭を抱えたんですが、、

ポーランド語の「Sala Książęca」ではないかと散々粘って解読しました。

ところが、この言葉、ポーランド語のGoogle翻訳で見てみても、さっぱり意味がわからない。でも、、英語が母国語のMJが、他国語の本を見てるとすれば、おそらく「美術書」でしょう?

しかも、ドイツ語でもフランス語でもスペイン語でもなく、ポーランド語の本を。。と思ったら、ちょっとビリっと来たんですね。

何がって、、んーーと、ハプスブルグ家とか、神聖ローマ帝国とか、なんかそんな感じのがww

そうなると、ますます、どんな感じの本なのか興味が尽きなくなって、さらに、粘って、検索を続けたところ、

こんな記事が、、
http://www.lubiaz.republika.pl/anpolo.htm

(下記は、上記のページを下にスクロールして隊長の写真が出てきたところ)


King of pop music

On 28 May 1997 on a football pitch in Lubiąż the helicopter with Michael Jackson has landed. The singer were interested in Lubiąż after seeing a picture of Monastery. Jackson were in Monastery only 20 minutes. Children had greeted him with bread and salt. He has visited the Monastery which has a roof surface over 330 thousand m3 in express speed. He went into raptures in Sala Książęca, got a watercolour of . After visit he boarded to helicopter and flied off.

1997年5月28日、Lubiąż のフットボール競技場の上に、マイケル・ジャクソンを乗せたヘリコプターは着陸しました。歌手は、Lubiążで修道院の写真を見て興味を示しました。ジャクソンが修道院にいたのは、わずか20分の間ですが、子供たちは彼をパンと塩で歓迎し、彼は33万㎥以上の屋根をもつ Sala Książęca を駆け足で見て回り、すっかり魅了され、水彩画を買って、それからヘリコプターで飛び去っていきました。

(引用終了)


1997年ということは、ヒストリーツアーでポーランドに行ったときに、ここにも立ち寄ったのかなぁと思ったんだけど、ヒスツアーがポーランドで行なわれたのは、1996年の9月で、1997年5月28日というと、1997年1月4日のハワイと、同年6月3日のドイツ公演の間なので、その間を利用したプライヴェートのエピソードなのかな?

◎HIStory World Tour (1996-97) SECOND LEG

となると、

わずか20分とはいえ、MJは「Sala Książęca」に、かなり惹かれるものがあったから、出かけているような、、「Lubiąż」というのは、おそらく地名で、ドイツ語表記では「Leubus」らしい。

というところまで何とか解明できたら、ポーランド語と違って、ドイツ語検索は少しは楽になったんだけど、、どちらの単語も、ポーランド地図で見ても、なかなか探せないぐらいの地名なので、たぶん、ここを訪れる人の大半は「Sala Książęca」に関連した建物を目当てなのかな。。

で、写真に写っている本のタイトルを、再度、目を凝らしてみてみると、

2行目は、たぶん、ポーランド語の「OPACTWA」で、これは修道院(大寺院)という意味らしく、3行目は「CYSTE RSKIFGO」とか「CYSH RSKIEGO」などに見えるけど... 不明。4行目は、最初の文字はわかんないけど、、後は「LUBIAZ」に見えるので、

やっぱり、Lubiąż にある Sala Książęca という大寺院の写真集ではないかと。。

同ページの「History」の内容からも Sala Książęca は修道院(大寺院)の名前のような気がするのだけど、Silesian Baroque 建築で有名な Lubiąż Abbey(Lubiąż大寺院)の中でも、特に有名な「Prince Hall」のことをポーランド語で「Sala Książęca」というのかもしれません。( → 後述)


なので、、妄想推理としては、


写真のMJはヒストリー期の感じだけど、乗ってる列車は、90年代後半の欧米先進国のものでは無さそうなので、

ヒスツアーで、ポーランドを訪れたときに立ち寄った書店で見つけた「Sala Książęca」の本が素晴らしかったので、それで、あとから再度、実物を見に行った。。。

MJが見ていた本の中身は、こんな感じだったのではないでしょうか。。



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確かに、MJが行ってみたくなるような場所ですよね!

で、これぐらいで、満足してもよかったんだけど、


本のタイトルについて、さらに、しつこくww 粘ってみた結果(呆)、ちょっぴり驚く意外な事実もわかりました!


この建物は、ドイツ表記では、Kloster Leubus in Schlesienで、英語だと、Cloister Leubus in Silesia らしい。。

◎[参考記事・ドイツ語]Kloster Leubus in Schlesien
◎[参考記事・英語]Silesian_architecture
◎シレジア(Silesian)Wikipedia


Cloister Leubus in Silesia → シレジア(地方)Leubus(の)修道院

Kloster Leubus in Schlesien → Lubiążu klasztor na Śląsku(自動翻訳)→ 
Klasztor Cystersów w Lubiążu もしくは、Lubiąż - klasztor Cystersów
Klasztor Cystersów w Lubiążu → Cistercian monastery in Lubiąż(自動翻訳)

本のタイトルの4行目の最初の文字はたぶん「W」で、これは英語の「IN」らしく、後は「LUBIAZ」に見えるので、

3行目を飛ばして繋げると、Sala Książęca Opactwa w Lubiąż

これを、英語に自動翻訳してみると、Prince Hall Abbey in Lubiąż

*ただし、英語からポーランド語では、Książęca = Prince ではなくて「Principe」。

不明の3行目は「S」から後が異なるものの、たぶん「Silesia」(シレジア)という意味の、ポーランド語の「Cystersów」に近い言葉で、

Sala Książęca
Opactwa
Cystersów
w Lubiąż

これだと「Prince Hall Cistercian abbey in Lubiąż」(シレジア地方、Lubiąż 大寺院のプリンスホール)で、ちょうどいいんだけどなぁ。。






上記のような動画をしつこく検索しているうちに、

MJの2度目のポーランド訪問の動画を発見!!!

Sala Książęca の中にいるところも映っているのだけど、この様子だとプライヴェート訪問とはほど遠いみたい。。



(Warsaw '97 - The Second Visit)



下記は、上の動画に付けられていた待望の英語文!

The second visit of Michael Jackson in Warsaw, Poland. Some extracts from TV news about this event.
During various meetings with polish officials, MJ revealed the plans of building 'Jacksonland' (a theme park similar to Disneyland) in Poland. MJ was extremely astonished by the previous year' warmthly welcome (during his HIStory World Tour Warsaw'96), so he decided to erect the park in Warsaw and also buy the Lubiąż castle for his european residence.
Unfortunately the castle was not for sale, and the complicated law regulation caused entertainment project failure.

ワルシャワでのマイケル・ジャクソンの2回目の訪問。このイベントに関するテレビ・ニュースからの抜粋。当局との様々な会談の間に、MJは、ポーランドで『Jacksonland』(ディズニーランドに類似したテーマパーク)を造る計画を明らかにしました。MJは前年、ワルシャワを「HIStory World Tour」で訪れ、大変歓迎されたことに驚き、そこで彼は、ワルシャワでテーマパークを建設し、彼のヨーロッパの住居として、 Lubiąż 城を買うことを決めましたが、城は売りに出されてはおらず、また、複雑な法律規制は、エンターテイメント・プロジェクトの倒産をも引き起こしました。

(引用終了)

まさか、ここに住むつもりだったとは・・・

プリンスが生まれて間もない頃で、「プリンス・ホール」だし。。みたいな?(笑)


この頃から、最晩年まで、あらゆるプロジェクトを頓挫させてきたMJなので、、
あちこちの国でこれに似た計画があったような気もしますが、

チャンドラーのことが騒がしかった頃から、誰もが、他人を批判し、審判をすることに熱中し、被害者になりたがる米国を離れ、自分の愛がシンプルに伝わり尊敬された、この地で世界中のこどもたちのための新たな「ネヴァーランド」として『Jacksonland』を建設しようとしてたのかなぁ。。。


追記(6.17)

コメント欄で、みっちさんが、同じタイトルの本を見つけてくださいました!
http://allegro.pl/sala-ksiazeca-opactwa-cysterskiego-w-lubiazu-i3309333262.html

MJが読んでいた本のタイトルは、
SALA KSIĄŻĘCA OPACTWA CYSTERSKIEGO W LUBIĄŻU

で、間違い無さそうです。
みっちさん、どうもありがとうございました!

とすると、、、

Cysterskiego は、英語だと「Cistercian」(シトー修道会の)なので、

◎シトー会(Wikipedia)

本のタイトルを、なんとか日本語にすれば、
Leubus(にある)シトー修道会寺院のプリンスホール みたいな感じかな。。。


追記(6.21)

Lubiąż(Leubus)は、ポーランドの Województwo dolnośląskie(ドルヌィ・シロンスク県)にあり、県都であるヴロツワフ(Wrocław。ドイツ語:Breslau)から54キロほど離れた、人口およそ2000人ほどの村みたい。

◎Lubiąż(Wikipedia)

◎ドルヌィ・シロンスク県(Wikipedia)

◎ヴロツワフ(Wikipedia)


プリンスホールと言われるのは、おそらく、シレジア王子ボレスワフに関連していて(違うかなぁ。。)

王子ボレスワフというのが、ボレスワフ何世なのかはわからないんだけど、Lubiąż にある、最初のシトー修道会の寺院が出来た1163年と年代があうのは、ボレスワフ1世ヴィソキで、彼は、神聖ローマ皇帝フリードリッヒ1世の従兄弟みたい。。

◎ボレスワフ1世ヴィソキ(Wikipedia)


みっちさんが、ここまでの経緯(コメント欄参照)などをまとめてくださいました(感謝!)みっちさんのおかげで、この件について、さらにしつこく追っかけようという気になってきました043.gif



みっちさんによる、プリンスホールの詳細なレポート
これで、主要人物はすべて揃った!



その他、本文中には書ききれなかった探求の経緯については、
コメント欄をご覧ください。



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by yomodalite | 2013-06-16 11:11 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(27)
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2CELLOSが演奏するインストゥルメンタルの「Hurt」のメロディーが素敵だったので、Nine Inch Nails のオリジナルVer の歌詞が知りたくなりました。

☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2013-06-14 08:41 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)

中津でミニコミを買う

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大阪市中津「シカク」の看板猫 “にゃん太ちゃん”



夜間飛行 ‏@bookyakan(6月8日)

個人的には「広報」や「広告」の時代は終わったと思います。これからは「狭報」や「狭告」の時代になるのではないでしょうか。/高城剛メルマガ最新号より 
http://bit.ly/O4pOI7


ホント、そう思う!
広報は、そうではないようにみえるものでも、結局は広告ばかりだし、広告は、なんだかんだと、結局は危険を煽るものばかりだし、、
有料メルマガ執筆者のクオリティ情報は、見てるだけで、うっかり自分のクオリティが上がった気分にさせられちゃうし、、

それに、

外国人とカンタンなコミュニケーションが出来るぐらいの英語が話せて、どこに行っても困らないようなタフな性格と能力をもったグローバル(世界中で誰とでも交換可能)な「人材」とか、

女性はもっと社会進出すべきだと、専業主婦を目の敵にするように煽られ、男女平等の元、賃金は、男女共に、女性のレベルに下げられて、国から、個人として直接管理されやすいような「人材」にされないように

もっと、ユルユルな感じに、自分を磨いて行きたいんだよぉ。。

んなわけで、

「人生をより低迷させる旅コミ誌」

というキャッチコピーに惹かれて『野宿野郎』を探しに、近所の中津に行ってみる。

ひまだったから...ww

◎オフィシャル公式「野宿野郎」ホームページ

東京では中野も新宿もなぜか苦手で、、タコシェも、模索舎にも行ったことはなかったのだけど、こちらでご近所になった「中津」に『野宿野郎』が置いてある、自費出版ミニコミ書店があると知り行ってみたのだ。

で、ここが、中野ブロードウェイとは別世界の「中津商店街」。


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快晴の日の午後3時ぐらいで、この暗さ!
周辺には、コジャレた店もないこともなく、梅田からも至近距離なのに、グランフロントに客を奪われたせいでしょうか。。(絶対違うw)


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アンダーグラウンドに「身を落とす」ような暗さがなくて、なにが「自主制作」だよ!インディーズのくせに全国区で有名だなんて、、もう飽き飽き・・そんな風にしっかりと自分に言い聞かせないと、入る勇気も、行く理由もない「商店街」の中程に、ほとんどそこしかやってないようなお店「シカク」をようやく発見。



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中に入ると、表の印象よりはずっと家庭的な感じで、拾い猫とは思えない「美男が抱っこ」するのに相応しいような猫もいて、



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思わず、

永遠なる手と目によって
お前の軀は畏るべきシンメトリーに形づくられたのか
ー by William Blake

と心の中で言いつつ、何枚かモデルになってもらう。



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最近は「ZINE(ジン)」と呼ばれているらしいミニコミを、がっつり立ち読みして物色する予定だったんだけど、最初に手に取った3冊を「感触」だけで(最近コンタクトをした状態だと近くが見づらいという理由での)大人買い!

( 大人のミニコミ買いは、棚を指差し「ここから、ここまでお願い」が正解だよね )


帰宅後、座り読みして意外だったのは『野宿野郎』の主催者が女性だったことと、乙女心よりも純情なドウテイ心をむやみに追求する雑誌『恋と童貞』第1号・特濃版を読んだら、2号も読みたくなったことかな。。

◎『恋と童貞』編集長のブログ

あーーー、わたしも人生をより低迷させるようなキャッチフレーズを作ったり、

むやみな追求をしていきたいっ!



名越康文 ‏@nakoshiyasufumi(6月6日)

なにかのために、は残念だがほぼ役に立たない。何かが好きだ、のみがなにかのためになる。ところが、ために、と、好きだの区別ができない個人が大勢になっている。ヒントはためにと好きだは、雲泥に違う感覚だということだろう。だからどっちかなぁ?はすべて観念(ために)と疑ってよい。覚え書き。


うーーーーーん、やっぱ、野宿は迷ったけど

MJのことは圧倒的に好きだわw

ゲーテの名言
人が旅するのは到着するためではなく、旅行するためである。 

しあわせの名言@名言ナビ @happy_meigen
幸福とは、旅の目的地のことではなく、旅のしかたのことである。
マーガレット・リー・ランベック



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by yomodalite | 2013-06-11 10:25 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)
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NHK「ミュージック・ポートレイト」北川悦吏子×斉藤工の回で、
斉藤工さんが、<人生の最後に聴きたい曲>として選んだ曲。

◎NHK「ミュージック・ポートレイト」公式サイト





Grapefruit Moon
Written By Tom Waits


Grapefruit moon, one star shining
Shining down on me
Heard that tune, and now I'm pining
Honey, can't you see?

グレープフルーツみたいな月と
星がひとつ輝いていて、俺を照らしている
俺が今、どうしようもなく聴きたい曲
君なら、わかるだろう?

'Cause every time I hear that melody
Well, something breaks inside
And the grapefruit moon, one star shining
Can't turn back the tide

いつだってあのメロディーを聴くと
俺の中で何かが壊れちまう
グレープフルーツみたいな月と星がひとつ
過ぎ去ったときを、戻すことなんて出来ないのさ

Never had no destination
Could not get across
You became my inspiration
Oh but what a cost

目的地なんてなかったけど
それを超えることも出来なかった
君はぼくに生きる意味を与えてくれたけど
それはとてつもなく大きな代償だったよ

'Cause every time I hear that melody
Well, something breaks inside
And the grapefruit moon, one star shining
Is more than I can hide

いつだってあのメロディーを聴くと
俺の中で何かが壊れちまう
グレープフルーツみたいな月と
星がひとつ輝いて
俺をそっとしておいてはくれないんだ

Now I'm smoking cigarettes
And I strive for purity
And I slip just like the stars
Into obscurity

煙草をふかしている今、
俺はピュアな気持ちになって
星たちをそっと通り過ぎる
人知れず名もない男のように

'Cause every time I hear that melody
Puts me up a tree
And the grapefruit moon, one star shining
Is all that I can see

いつだってあのメロディーを聴くと
俺は樹に登ってしまうのさ
グレープフルーツみたいな月と
星がひとつ輝いてると
俺にはそれしか見えないんだ


訳:yomodalite(気になる点は遠慮なくご指摘くださいませ)

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by yomodalite | 2013-06-09 10:32 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite