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『不滅のキング・オブ・ポップ』の話の途中ですが、、

こちらで省略して紹介してしまったジェロミーヌ・サヴィニョンの文章は、実際はもっとファンタスティックな雰囲気で、冒頭のページ写真にもあるように、ジャック・プレヴェールの『月のオペラ』の話から始まっています。ジャック・プレヴェールは、フランスの国民的詩人で、パントマイム芸人が主人公の名画『天井桟敷の人々』の脚本を書き、最近、ジャーメインもカヴァーした名曲『枯葉』の作詞でも有名な方。




(デヴィッドさん、編曲だけでよかったのに・・泣)



サヴィニョンの文章に魅せられ、絵本も読みたいと思っていた私は、もう飛びつくように読んでみたんですが、、これが、とてもイイ絵本で、この話から、MJとバニとのことを語るなんて、、

やっぱ、フランスって素敵っ!(もうアメリカンな人たちの話は飽きたわ...)

と思ってしまっただけでなく、MJはこどもたちへの本の読み聞かせは、すごく重要だって言ってたけど、、

この本を、こどもたちに読んであげてたんじゃないかって想像してしまったんです。

だって、フランスの有名な絵本だし…

娘は「パリス」だし… w

めちゃめちゃMJ好みの話としか思えないし…

そんな興奮と、勝手な推測で、この本を「MJの愛読書」に認定!

主人公は、フランスのマイケル、ミシェル君。


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ミシェル君は、こんなことを言うこどもで、


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プレヴェールが作詞した「ミシェル・モランのうた」の楽譜もあったりして、、





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by yomodalite | 2012-11-30 09:31 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(3)
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☆[1]の続き

この本を買って、最初によかったと感じた、ジェロミーヌ・サヴィニョンの文章から、大幅に省略して紹介します。

素敵な本を書いてくれた著者と、翻訳者の方に深く感謝します!

MJが亡くなった後の商品に対して、あまりにも安易に「金儲け」という批判がされているのを見るといつも哀しくなります。金儲けを批判するのは簡単ですが、実際に商品を創って「金儲け」をするのは大変なことです。

(引用開始 *下線は私が入れたもの)

今日4月11日、どこにでもあるようなホテルの、特徴のない、感覚を麻痺させるようなありふれた豪華な部屋で、マイケル・ジャクソンは夢想に耽りながら、気晴らしにサンデー・タイムスのページをめくって不安やもの憂さを紛らわしていた。

すると突然、付録ページ「スタイル」の表紙が彼の視線を虜にした。架空の都市にかかる靄を背景に、モデルのアストリッド・ムニョスが、金色の額縁を思わせるドレスの襟ぐりから現実離れした様子で浮かび上がっている。

うっとりするような写真を撮ったカメラマンと絶対に知り合いになるべきだとマイケル・ジャクソンは心に誓った。写真を撮ったのは、23歳になるかならないかの若いパリっ子カメラマン。ファッション界において巫女と言われる、ロンドンの貴族を思わせるようなイザベル・ブロウに見出されたばかりだが、その荒れ狂う独創性は、彼女を魅了し、すでに数ヶ月前から彼と仕事をしていたのだ。

マイケルは取り巻き連中に、作品集を携えてアルノにニューヨークに来てもらうように頼み、アルノはニューヨークにやって来た!

さぁ、おとぎ話「スリラー」の始まりだ。リムジンとボディガード、ウォルドルフ=アストリアにあるプライヴェートのビリヤード・ルーム付きスイート、レコード会社幹部との顔合わせのビジネスランチ。これはマイケル王子さまの王国で行なわれている礼儀作法の速習教育のようなもの。

ドキドキする状況はまだ続く。控え室で待ち構える人々、トランシーバーを持った連中や、うつろな目をしたボディガードの一団、長く感じる短い待ち時間、魅惑的な時間の前に受ける検査…。人目につかない廊下で、やっとドアが開くと、そこにアイドルがいた。

ビロードのスリッパをはき、サテン地のパジャマを着たマイケルは、アルノを抱きしめた。奇跡だ!


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マイケルは時おり気に入った写真をしなやかな手つきで撫でながら、ゆっくりと拍手をし、うっとりしながら「僕はこれが好き…」と、夢の世界に入り込んだような声で囁いた。マイケルのアシスタントたち、マネージャー、アーティストディレクター(原文ママ)の一団は、サロンの奥で静かに待機して、マイケルが好きだという写真の出典をあせって書き留めていた。

マイケルは、アルノに一緒に仕事をしたいと強く望んでいることを知らせ、次のアルバムジャケットを作るのはアルノだ。アルノをおいて他にはない」マイケルは将来のために、その他の提案、スタイル、シナリオについても考えてくれるように頼んだ。

アルノはまず初めにチームを編成した。自分のような突拍子もない若い男女のグループ、絶対的なマイケルのファンたちだ。みんなドキドキ胸をときめかせ、興奮状態でアイデアを続々に出して、最初の構想は活気に溢れていた。

準備なしのブレインストーミングでは、それぞれが自由にアイデアを出したり、レコード会社の気詰まりしそうなマーケティング担当者と馴れ馴れしく話をしたこともあった。すべてが内密に進められていたので、マイケル・ジャクソンの身体サイズが小説めいた隠し事として「ニューヨークから準公文書扱いで、特別な配達人によってパリにある写真家の弁護士宅に配送された」というような妄想を抱いたりもした。

マイケルは布地を撫でるのが大好きだった。スパンコールの瓶の中に嬉しそうに手を突っ込んでは、真珠母雲が舞い上がるのを見ようと、その上に息を吹きかけていた。次の瞬間、彼は片足でくるりと回って見せ、手本にしているフレッド・アステアのことをアルノに熱っぽく語っていた。彼が大好きなのは、急に有頂天になるきちんとしたジャケット。突然トランス状態になって、床を叩く高級皮の靴ーー

アルノを驚かせたのは、マイケルがすべてを気に入って何にでも賛成したことだ。「彼は何でも気に入ってくれる。それは僕がいつもギリギリの厳しい状態だったからではなく、彼がなんでも写真を連写することを望んでいたからだ。そこには服やメイクアップ用品、それに織物などの品物がいっぱいあった。僕たちには、すべてが楽しかったんだ」

マイケルが望んでいるのは、次のアルバム『インヴィンシブル』に使う写真を超えるものだ。それは、まるで彼の王国に突然姿を現した不思議なピーターパンのような、大切にしている兄弟分がマイケルに四六時中、より激しく夢を見させることだった。

撮影の時期は7月初め、パリで極秘に行なわれることになった。マイケルにはダンサーとしての厳しい修行経験もあり、真実を追究しようとする断固とした多くの要求もあり、子供っぽい自信もあったので、遠慮なく400回近くもダメ出しをした。“ダンスの化身” の写真は、アルノの霊感を帯びた目によって撮影されたものばかりだ。それは熱い仲間意識のなかでイメージされていった、メインとなる4つのシナリオの中から、たった1枚を選んでアルバムに使うためだからだ。



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冒険のようなプロジェクトは、パリのプラザホテルで幕を開けた。それは、“行動開始日” の前日、マイケルが滞在する部屋で行なわれた仮縫いの時間から始まった。姿を現したマイケルは相変わらず愛らしく、いたずらっぽく、デリケートで、痛ましい感じさえした。

翌朝、アルノのスタッフはパリ郊外、南西部にある、イシ=レ=ムリノーの広大な映画スタジオに全員揃っていた。このスタジオは今回の特別なプロジェクトのために無理に借りたもので、ハリウッドの発注条件に従って準備されていた。王子さまを迎える準備は万端だ。


平均年齢25歳のアルノのチームは緊張して固くなりながら、
彼らのアイドルを待っていた。王子さまはまだ来ていない…。

午後一時頃には、みんなの気力も低下した。“MJ” は来ない。情報は何ひとつない。昼食をとっている彼らに、ジャクソンのスタッフが勢揃いしたと知らせが入った。この時、アルノとチーム全員の不安は頂点に達していた。さらにレコード会社のエスコート、メイクや衣装のグループがやって来た。どちらかというと雰囲気は冷ややかで…。

これで重苦しい一日は終わった。

翌朝、気力は最低だった。すると突然、トランシーバーからニュースが届いた。マイケルは自動車道路のどこかで、ファンやパパラッチを巻いているところだという。ほっとした気持ちと、好奇心で待ちきれない気持ち。アルノはついに姿を現したマイケルを迎えた。マイケル・ジャクソンとアルノ・バニによる撮影のセレモニーが始められる。

マイケルは疲れて憔悴しているように見えた。むなしさに取りつかれたみたいで、彼を守ってあげようと抱きしめたくなるほど、ふらふらしていた。けれど、信じられないようなカリスマ性やパワー、そして影響力が、胸をつくような弱さの下に隠れていた。彼の集中力はスタジオセットでみんなを驚かせた。

息子のプリンスは決して遠くに行こうとはしなかった。彼ただひとりが、マイケルに取りついている邪魔をする何かを払い除ける呪文を口にすることができるようだった。「ダディ。カッコいいよ!」と言って、父親が変身するのを見ながら、ジャクソン・ジュニアは夢中になっている。

極端な集中力と正確さでアイドルスターは極めて親切に、写真家のヴィジョンに従った。マイケルの専属美容師がとがめるような視線を送るなかで、お気に入りの髪の毛がバッサリ切られた。それは彼の取り巻き連中から受ける漠然とした、我慢のならない圧力への反抗ではなかったか。

表向きは彼とポップスターという彼の身分を守る名目で配置されていながら、ダサくて、悪魔のようで、貪欲なやり方すべてから解放されるための絶望的な試みではなかったのだろうか。その不快感から、彼は息苦しさえ覚え、それゆえ死んでしまいそうなのだ。

スタイルと照明の構図が決まると、マイケルは約束した筋書きどおりに完璧に行動した。スタジオにはモーツァルトの「レクイエム」が流れていた。





最後の日、撮影が終わる頃、マイケルはアルノに挨拶をして、去って行った。

手を合わせ「サンキュー、ヴェリー・マッチ、サンキュー・ソー・マッチ、サンキュー、サンキュー」と何度も繰り返しながら。

撮影チームは、まだ夢見心地のまま、マイケルを遠くで見送っていた。すると突然、虚しくなって途方に暮れてしまった。と同時に、“ポップ界の星の王子様” に彼の奥底にある真実を返してあげられたという満足感と、ドキドキするほどの歓びに浸っていた。

「天使でいることは、おかしなことだ、と天使は言う」
Être ange c'est étrange dit l'ange(*)

マイケル・ジャクソンという黒人の若者は、音楽とダンスの世界のバンビ=E.T.であり、その誕生によって、ディズニーランドの人気スターの1人として「ミドル・オブ・ザ・ロード」(プリテンダーズの80年代のヒット曲)のように、すべては蜃気楼のなかに沈み、すぐに閉じこもってしまった。





◎[参考・訳詞]IN THE MIDDLE OF THE ROAD(日々の糧と回心の契機)


同様に彼は1950年代というアメリカン・ドリームの転換期の子供である。世界で最も豊かで、最も悲しい国のパラドックスとは、次のようなものだ。

成功が生きることの悲しみという単調でメランコリックな歌、そしてエドワード・ホッパーのノスタルジックな絵画しかもたらすことが出来なかったということ。

マイケルがソロ活動を始めた時、クインシー・ジョーンズは、さなぎを美しい蝶に脱皮させた。そのハイブリッド作品のもつ矛盾をはらんだ荒々しさは、普遍的で、無邪気で、生き生きとした喜びに満ち溢れ、そして理性を超えた変形音楽へと溶け込んでいったのだった。

レコード産業とジャクソン一族の時限装置はためらうことなく続いて、この恵まれた真実の瞬間を粉々に打ち砕いてしまった。取るに足らない気まぐれで、突然アルノに夢中になったマイケルを、黙認するだろうと誰もが思った。争点はもっとずっと重大だった。それはマイケルが “本気” だったからだ。

「この写真は自分の好きなように作ったもの。だから自分に関係のあることなんだ」マイケル・ジャクソンは怖れも遠慮もなく、その写真をアルバムに使わずにアルノの手に戻そうと決心し、無意識のうちに、クインシーと出会った頃のマトリックス風な美しい作品を復活させた。

彼がニューヨークでアルノに聴かせた「ユー・ロック・マイ・ワールド」のように、アルノはその夜、“自分の人生がどこでそれ以前と違ってしまったのか” ということに気づいていなかった。

(引用終了)

(*)翻訳者註・「天使でいることは、おかしなことだ、と天使は言う」
エートル アンジュ セ テトランジュ ディ ランジュ」“アンジュ”(天使)という音の繰り返しを生かした語呂合わせ。


☆アルノ・バニが監督したSuperbusのPV





☆アルノ・バニが監督したパリのMAC/VAL
(ヴァル・ド・マルヌ現代美術館)のビデオ








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by yomodalite | 2012-11-29 09:24 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)
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どうして今頃、この本をって思うよね?

わたしもそう思わなくもないんだけどw、でも、なんとなく記録しておきたくなったので、ニュースにはあまり興味がないという方のみ、どうか、続きをお読みくださいませ。

さて、、最近、益々そう思うのですが、

『インヴィンシブル』発売前、MJは本当に苦悩していたと思うんです。

それは、どこかの会社との軋轢とか、メディアの偏向報道とか、例のとんでもない濡れ衣の疑惑とか、、そーゆーことではなくて、

純粋に、この最後のアルバム(にしてもいいと思ってた)を、どう提示し、どんな風に発表するのがいいのか、音楽部分だけでなく、宣伝やパッケージといった売りに方も、これまで以上に悩み...

子供の精神の素晴らしさへの希求は、ますます強くなる一方で、完璧に成熟した作品を創りたいという、自分への厳しい要求・・ すべてに究極レベルを求めることで、彼は、自分で自分をどこまでも追い込んでいく

それは、周囲からは無駄の多い行動にも見え、彼の行動に矛盾を感じるひとや、また、彼の精神状態の危うさを心配するひともいれば、馬鹿にする人もいる...

でも、天才とは、普通の人が抱えきれないような苦悩を自ら背負い込み、それらを表現していくものでしょう。

周囲からでなく、自分自身の「深い矛盾」に最後まで耐え抜くことができた者こそ、真の天才で、MJはその歴史的天才の基準で、常に自分を測ってきた。


MJを語るとき、そういった「天才としての苦悩」ではなく「周囲による被害者史観」ばかりが語られるのは、彼が「キング・オブ・ポップ」として、超天才でありながら、普通の人々への親しみをも大事にしたからですが、その視点にばかり囚われていると、MJが『インヴィンシブル』と命名した作品の境地に、ほんの少しでも近づくことはできないのではないかと。

それで、『インヴィンシブル』のジャケットのことも気になってしかたないんですが、、

最近「An Appreciation of Little Susie」のコメント欄で、ヘルンヴァインや、アルノ・バニとの撮影現場を想像したことが、またもや気になってきて、掲載されている写真はネットで散々見ていたんですが、文章も読みたくなってきたので買ってみたんです。

結果から言えば、送料込み500円ほどで手に入れたせいか、私にはとても満足な内容で、

当時のMJが『インヴィンシブル』な「マイケル・ジャクソン」を求めて、どんなことを考えていたのか、に興味がある人、アメリカン・レヴューに飽き飽きしている人、また、自分以外はすべて「金の亡者」にしてしまう、あまりクリエイティブではないヘアメイクの人の独善的な扇動に疲れたという人のために、

本書の「ファンスタスティック」な部分を共有したいと思いました。


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Arno Bani



この本は、オークションカタログとして出版され、MJのバイオグラフィーから始まり、写真家のアルノ・バニの写真と、その撮影時のエピソードを、ジェロミーヌ・サヴィニョンがまとめて書いている。という構成で、ジェロミーヌ・サヴィニョン(Jeromine Savignon)は、サン・ローランや、ジャン・ルイ・シェレル、キャシュレル、ジャック・ファットに関する著書がある、ファッション業界の優秀な執筆者です。


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Jean Louis Scherrer and Jeromine Savignon



また、このオークションの主催者であるピエール・ベルジェは、あのベルナール・ビュフェの“恋人”でもあり、若きイブ・サン・ローランの才能を発見し、彼が亡くなるまで公私ともに唯一無二のパートナーと言われたひと!

◎[参考記事]イヴ・サンローラン、 天才デザイナーの苦悩と真実[1]
◎[参考記事]イヴ・サンローラン、 天才デザイナーの苦悩と真実[2]
◎[参考記事]イヴ・サンローラン、 天才デザイナーの苦悩と真実[3]

米国の映画産業では映画が創れなくなった、モンタナ州ミズーラ出身で、イーグル・スカウト(最高位のボーイスカウト団員) 出身のデヴィッド・リンチが、フランスに助けられたように、フランスには、一般的にアメリカ人が苦手とする芸術や、アーティスト自身をも支援する土壌がありますよね。

アルノ・バニ自身も、そういった「アート好き」の土壌で、若くして才能を発掘されたアーティストで、MJが彼を発見した「サンデー・タイムズ」(英国の高級紙)で、バニを取り上げた、イザベラ・ブロウは、英国版VOGUEの編集スタイリストとして、ステラ・マッカートニーや、アレクサンダー・マックイーンなど多くの新人デザイナーを発掘しただけでなく、彼女自身もスゴいひと!(今のレディ・ガガに負けないぐらいぶっ飛んでた)


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彼女自身が発掘した帽子デザイナー(フィリップ・トレーシー)
の帽子を身につけたイザベラ・ブロウ
◎[参考記事]数々の才能を発掘した名物スタイリストが死去


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photo by Arno Bani :THE SUNDAY TIMES(1999.4.11)





天才発掘において、確固たる審美眼をもつイザベラ・ブロウが、発見したばかりの若き才能に、MJが、心を奪われ... という本書の中身については、②に続きます。




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by yomodalite | 2012-11-28 09:16 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)

和訳 Lana Del Rey “Ride”

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歌もすごく素敵なんだけど、VDが映画のように素敵で、

まさに、ショートフィルム!

それで、つい訳してしまったのだけど、、
そこはそうじゃないかとか、色々とお気づきの点は、遠慮なくご指摘くださいませ。







Lana Del Rey - Ride
lyrics by Lana Del Rey


I've been out on that open road
You can be my full time, daddy
White and gold
Singing blues has been getting old
You can be my full time, baby
Hot or cold

建物ひとつないような、広くて遠い道のりを
パパはいつも一緒にいてくれたけど、
金髪の白人が
歌うブルースはすっかり古くなってしまったわ…
ベイビィ、あなたはずっと一緒にいてくれる
クールに、そして熱く...

Don't break me down
I've been traveling too long
I've been trying too hard
With one pretty song

私を大切にあつかって
とても長い旅をしたの
たった一曲の素敵な歌と一緒に
激しくて、つらい旅をね

I hear the birds on the summer breeze, I drive fast
I am alone in the night
Been trying hard not to get into trouble, but I
I've got a war in my mind
So, I just ride

爽やかな風の中、鳥の声を聞きながら、私は突っ走る
夜に、たった1人で
事故に遭わないように必死になってるけど
心の中はめちゃくちゃ…
そう、私はただ「乗っていたいの」


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Dying young and I'm playing hard
That's the way my father made his life an art
Drink all day and we talk 'til dark
That's the way the road doves do it, ride 'til dark.

若くして死んじゃうような感じで、がむしゃらに遊んでる
わたしのパパの人生もそんな感じで
一日中お酒を飲んで、暗くなるまで語り明かした
私は、鳩が道にいるような感じで、暗くなるまで「乗せてくれる」のを待ってる

Don't leave me now
Don't say good bye
Don't turn around
Leave me high and dry

今、わたしをおいて行かないで
さよならなんて言わないで
振り返ったりしないで
わたしを見捨てないで

I hear the birds on the summer breeze, I drive fast
I am alone in the night
Been trying hard not to get in trouble, but I
I've got a war in my mind
I just ride

爽やかな風の中、鳥の声を聞きながら、私は突っ走る
夜に、たった1人で
事故に遭わないように必死になってるけど
心の中はめちゃくちゃ…
私はただ「乗っていたいの」

I'm tired of feeling like I'm f*cking crazy
I'm tired of driving 'til I see stars in my eyes
I look up to hear myself saying,
"Baby, too much I strive, I just ride."

自分がクソッタレ女だってことに飽き飽きして
瞳に輝きを見出せるまで、走り続けることにも疲れたわ
空を見上げて、自分につぶやく
ベイビィ、もう努力するのはたくさん。私はただ(あなたに)乗っていたいの

I hear the birds on the summer breeze, I drive fast
I am alone in the night
Been trying hard not to get in trouble, but I
I've got a war in my mind
I just ride

爽やかな風の中、鳥の声を聞きながら、私は突っ走る
夜に、たった1人で
トラブルに遭わないように必死になってるけど
心の中はめちゃくちゃ…
私はただ(風に)「乗っていたいの」


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by yomodalite | 2012-11-26 09:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)
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坂口総理の個展を見に、ワタリウムに行く。

◎[ワタリウム]坂口恭平「新政府展」
過去編 2012 年11月17日(土)- 12月7日(金)
未来編 2012 年12月8日(土)- 2013年2月3日(日)


まだ、11月ですし、12月に行くライブもあるけど、それでも、今年一番のイベントは「坂口恭平1000人リサイタル」に決定したいと思う。

そして、今年一番後悔していることは、
坂口恭平「新政府展」のオープニングに行けなかったこと!


mutsu ‏@lonelyromancer
坂口恭平「新政府展」約1時間のトークのラストはビートルズ「I've Got A Feeling」はっぴいえんど「しんしんしん」チューリップ「サボテンの花」の人力マッシュアップ(?)を1曲披露して幕。思いつくままに展示内容が変わっていくようなので過去編の内にもう2回くらい行きたい。

水道橋博士 ‏@s_hakase
JRが来日してワタリウム美術館で坂口恭平展で挨拶したって!!今日一番の後悔だ。家族で行こうとしたのに。ちなみにJRは千原Jrじゃなくこういう人。この式典、日本語字幕で見える。子供と一緒にこの映像の字幕を音読してみてよ。
◎JRのTED Prize wish : アートを通して世界をひっくり返す

ああ、もうホント残念でならない。総理だけでなく、JRにも会えたかもしれないなんて!

そんな残念なきもちを抱きつつ、オープニングの日よりはずっと優しい雨が降る中、
外苑前に。


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坂口恭平 ‏@zhtsss
新政府国民のみなさんに朗報です。ようやくみなさんのパスポートができましたので、受け取りにワタリウム美術館までいらしてください。現在の人口の32475枚はもう既に用意してあります。パスポートは800円かかりますが、お返しにみなさんのパスポートに一万平を振り込んでおります。来てね!


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じゃあ、わたし「宣伝大臣」になりまーーす!

今、やってる「過去篇」では、2階に少年時代の机や、大学生時代の「貯水タンク生活」「移住ライダー」のVDから始まり、あの『0円ハウス』の元となった卒業制作の本があり、

3階には、レーモン・ルーセルの『アフリカの印象』や、稲垣足穂の『天体嗜好症』堀辰雄の『水族館』の挿絵、それとはまた違う天才的画風で、50万どころか、100万円でも楽に売れそうな「ふすま絵」とか「障子画」があって、

4階では、総理の「政権演説」がエンドレスで流れていて、何度聞いても最後の電話番号で笑ってしまいます。

また、ワタリウムからすぐ近くの外苑の「銀杏並木」は、
あと一週間は見頃じゃないかなぁ。。


わたしは、未来篇ももちろん行くし、、総理の影響で、大杉栄の本にも激ハマり中!


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☆ノンスタイルの井上と似たような髪型なのに、どーしてそんなに「男前」なの!








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by yomodalite | 2012-11-24 09:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)

隠されたヨーロッパの血の歴史

副島 隆彦/ベストセラーズ



本書は、今年の夏に出版された『隠された歴史ーそもそも仏教とは何ものか?』のヨーロッパ版でもあり『日本のタブー〈悪魔の用語辞典2〉』の続編とも言える書で、サブタイトルは「ミケランジェロとメディチ家の裏側」。

下記は、本書の「あとがき」から(省略して引用)

私が芸術家ミケランジェロの名前を知ったのは中学2年生のときだった。1968年だったから、あれから45年の年月が過ぎた。田舎の公立中学校の一学年全員が、九州の地方都市の繁華街の大きな映画館まで整列してゾロゾロと歩いて行った。『華麗なる激情』(原題:The Agony and the Ecstasy)という何とも言いようのない邦題のアメリカ映画だった。

ミケランジェロと、システィナ礼拝堂の天井壁画「天地創造」の制作を命じたユリウス2世の2人の友情と葛藤を描いていた。天井画は1512年に完成している。奇しくも丁度500年前だ。ミケランジェロが7年かけて描いた。この映画を45年ぶりにDVDで観て勉強になった。分からないことがたくさん分かった。

システィナ礼拝堂の天井画を、私は35年ぶりに今年見に行った。私にとっては巡礼の旅だ。ただし私は無垢で善意の巡礼者ではない。この世の大きな悪の本体に向かって突進する巡礼だ。自分の45年の年月をかけて、ようやく人類の歴史の全体像の理解に到達したと思った。そのことで1冊の本を書けた。よし、もうこれぐらいでいい、という気にもなった。

(引用終了)

下記は、本書の「塩野七生問題」という文章から。

この本がどういう本かということがわかる文章だと思ったので
省略して紹介します。(P226~234)


この本をたった2週間で書き上げなければならなくなった2012年8月末に、担当編集者が塩野七生著『ルネサンスとは何であったのか』を私に渡した。「参考にしてください」と言いながら。この他に『ルネサンスと地中海』樺山紘一も読むべきだと考えた。樺山紘一はヨーロッパ中世史の偉い学者で、ルネサンスの専門家だ。だが、この2人でさえ、ルネサンスのことを300年間ぐらい続いた文芸・芸術・美術運動だと考えている。

フィレンツェで繰り広げられた1439年から60年間の新プラトン主義(ネオプラトニズム)の人文主義者(ウマニスタ)たちの激しい思想運動のことそのものだったのだ、という自覚が半分ない。だから、私はこの2人を批判する。

塩野七生の本を私の友人たちが、20年ぐらい前によく読んでいた。それなりに立派な読書人たちである(知識人にはなれない)。『ルネサンスとは何であったのか』を急いで読んで、私はかなり勉強になった。偉大なるフリードリッヒ2世のことが詳しく説明されていて感動した。ルネサンスはこの抜群に面白いドイツ王と「アッシジの聖フランチェスコ」の2人から始まったのだ、という塩野が書いている聖フランチェスコについては、私はこの本では触れない。

塩野七生がフリードリッヒ2世をおおいに褒めている理由が私にはわかる。本当に偉大な人物だったと思う。彼はヨーロッパ皇帝でありながら、イスラム教徒と理解しあい、共感しあい、13世紀の当時の最高度の思想と学問の水準を持っていたイスラム世界を尊敬した。今の欧米白人学者たちからでさえ、“闇に葬られている” 人物に、塩野七生が2000年ぐらいから行きついていることが重要である。

ニーチェは『アンチ・クリスト』の中で、フリードリッヒ2世を “ずばぬけて偉大な人” と書き、塩野がこれからイスラム思想・世界に、自分の残りの人生を賭けて分け入ってこうとするのを、私は大歓迎し、応援したい。

それでも「塩野七生問題」というのはある。

私たち文科系知識人、本読み(歴史の本を買って読まない理科系を含めた99%の日本国民には無関係)100万人ぐらいに対して、塩野が日本語で書いた多くのイタリア本の意味と影響についてここらで考えなければならない。

『ルネサンスとは何であったのか』から(塩野の発言を)要約すると「自分は田中美知太郎、林健太郎、会田雄二ら大御所たちには認められたが、その後の西洋史学者、イタリア美術史学者、文化史学者たちからは、嫌われていじめられた。小林秀雄ら文壇・論壇の大御所からも冷遇され、いい思いはしなかった」と石原慎太郎に向かって言ったと書いている。

なぜ、塩野は日本の知識人の世界で、本人の主観としてはいい思いをしなかったのか?

彼女の本は80年代、90年代にたくさん売れた。それでも、塩野の評価は定まらない。女だからか?それもある。ヨーロッパ美術、オペラ声楽を専攻してイタリア留学する女性たちなど、良家の子女たちが、高度成長経済の日本を背景にして多く存在した。そういう女性のひとりとして、塩野は『ローマ人の物語』を15巻も書いた。

大不況が続くこの哀れな日本で、誰があんな分厚いどころか、何十冊もある本を読んで暮らせるというのか。塩野は学者であるのか、作家、あるいは評論家であるのか、と言う問題がある。彼女と同世代の日本の西欧史学者たちから、彼女は今も嫌われているだろう。彼らは勉強秀才であるが、凡才たちで、翻訳学者たちだろう。塩野は「自分の本はすべて歴史物語(イストワール)です」と始めから学者たちと棲み分ければよかったのだ。

ところが、塩野は作り話をしていない。歴史の事実を、人物像を出来るかぎり正確に描写して、歴史事実を慎重に扱っている。だから学者たちと仕事がぶつかってしまう。

私は彼女の日本語でのイタリア歴史の語り部として、文化、教養の取扱者としての才能を認める。彼女はそれなりに詳しく調べていえ、人物描写の鋭さもある。だが、それでも私が「塩野七生問題」と言うのは、彼女がエドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』をどう取り扱ったか、という1点に関わる。

私は主に中野好夫訳のこの『ローマ帝国衰亡史』の第一巻だけを読んだ。残り9巻は手が出なかった。人生の忙しさのために、そんな悠長な読書家人生などやっていられない。

あとは金森誠也氏の書いた『30ポイントで読み解く「ローマ帝国衰亡史」』を読んで済ませた。

塩野七生はギボンの大書『ローマ帝国衰亡史』が欧米世界での定評ある古代ローマ史の通史なのだから、それを正確に翻訳すべきだったのだ。私はギボンの本に日本人としての新発見をこのように付け加えたとして書くべきだったのだ。「塩野(独自の)古代ローマ史」というのを、外国人である塩野が、独自にやっていいことだとは私は思わない。

塩野はギボンだけでなく、何百冊と本場の文献に当たった、と言うだろう。だったら、せめてイタリアの3人ぐらいの大御所たちの著作から、主に学びましたと書くべきだったのだ。日本人学者には輸入学問しかできないのだ。

私は塩野の本の良い読者ではなかったし、あの大部の本を何冊も買ったような素朴な読書人階級ではない。私は古代ローマ帝国史と、今のアメリカ帝国史の百年間を、徹底的に自覚的に、両者を類推・比較して、その衰と亡をドギツく書いてきた。それを何十冊もの金融・経済、政治の評論本にして生活の糧にしてきた日本人である。だから、私も決してローマ史の門外漢(素人)ではない。

過去の人類史の諸事実のあれこれを手際良く上手に並べて書いて、それを次々に本にしました、というほど生易しい本づくりは、男にはできないんだ。塩野さん、ここを分かってくれ。

これは、作家がひとり、自分の名誉と生活費を求めてもがき苦しんで苦労して、100冊の本を書きました、というだけのことである。

このイタリア作家も、私もやがて死んでゆく。「作家があまりに長生きすると、読者の方が先に死んでゆく」(山本夏彦)のである。

あまり自著が読まれなくなって、そして次の時代と世代がやってくる。やはり塩野七生は歴史作家なのであって、歴史学者ではない。私はこう断定することで、この問題にはこれで片をつける。

(引用終了)

◎[Amazon]隠されたヨーロッパの血の歴史

☆参考記事

三島由紀夫bot ‏@MISHIMA_ESSAY
ニイチェの強さが私には永遠の憧れであっても遂に私には耐え得ない重荷の気がします。おそらくきょうは一人一人の日本人が皆ニイチェにならねばならぬ時かもしれません。 昭和十八年 東文彦宛書簡


◎「塩野七生が叩かれる理由」
◎「人生を語ろう、愛を語ろう!」瀬戸内寂聴 vs 塩野七生「現代ビジネス」対談〔前編〕
◎「どうやって死にましょうか」瀬戸内寂聴 vs 塩野七生「現代ビジネス」対談〔後編〕

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by yomodalite | 2012-11-22 10:53 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)
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ふぅーーー「鬱」から、なかなか脱け出せない。。

自分のことを責めるのはよくないって言うし、、なにもかも「石原慎太郎」のせいなんじゃないか、という気がしてきて「石原鬱」と命名してみたんだけど、

「石原鬱」で検索してみたら、すでに、2011年に発症しそうになっている人を発見。


nanaki@nanakisa
マジ勘弁。石原鬱を発症しそう… RT @ZOIZIZZZ: 慎太郎は目には目を歯には歯を派 RT @masason: 知事の原子力思想の根本はこれでしょうか? 【時事通信】核保有シミュレーションを=石原都知事が主張 http://bit.ly/pwQfxt
https://twitter.com/nanakisa/status/100157377101312000

だよね。。。

「石原不況」で検索したら、約 3,120,000 件(2012.11.20)もヒットするし、
きっと、患者数は激増しているはず。。


◎「石原不況」togetter

Aleida Guevara@AleidaRio
イスラエルには大企業がありません。イスラエル支援企業が資金を送らなければ、最新鋭の兵器も動かせなくなります。イスラエル支援企業の商品を買うのを控えましょう。スタバ、マック、コカコーラ、ネスレ、ダノンの商品は、まず、明日食べないでおきましよう


この不買運動にも参加したいけど、イスラエルに資金提供してる米国のATMは、日本全体だってことを考えると、、もうヨーグルトヤケ食いしたいような気分になる。。


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それで、中国のことも、ガザ地区のことも、リビアのことも、思い出さないように、録画してあった『IPPONグランプリ』を、日曜日から3回も観てしまう。。

普段なら「もう中学生」の解答が、いつでも脳内で自由にリプレイできるようになってるはずなんだけど、、、「石原鬱」は手強いわ。。


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それと、、昨日紹介した『ジョン・レノン・ラスト・インタヴュー』で、ジョンが「フォルティ・タワーズ」は、ここ何年かのあいだに見た最高の番組で、出演したいぐらいで、ビートルズより、モンティパイソンに入りたいって言ってたので、久しぶりに「フォルティ・タワーズ」も観てみる。。

☆2000年のGreatest British Television Programmes投票で1位!
◎[Amazon]フォルティタワーズ

やっぱり笑える。モンティ・パイソンとビートルズはすごく相性がいいけど、、実際にジョンが出演したところを想像すると「フォルティ・タワーズ」が一番笑えたかもしれないなぁ。(残念)



☆何度でも脳内リプレイしたくなった「予選」での解答!

◎【IPPONグランプリ予選】もう中学生の回答part1




◎【IPPONグランプリ予選】もう中学生の回答part2




◎[動画]第8回 IPPONグランプリ



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by yomodalite | 2012-11-21 09:00 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)
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「Woman」について、ジョンが亡くなる直前のインタヴューが納められた
『ジョン・レノン愛の遺言』から。

ーーヨーコさん、あなたははじめて『ダブル・ファンタジー』の中の「Woman」を聴いたとき、泣けてきましたか?

ヨーコ:イエス、イエス。

ーーちょっと私に言わせてください。私はワイフに聴かせてみたんです。

ヨーコ:彼女も泣いたでしょう(笑)

ーー「Woman」は、30歳代、40歳代の人たち向けですね。本当に受けている。

ジョン:そう、僕が今、40歳だからね。僕の年代に向けて語りたい。若い人たちが好きになってくれても幸福だし、もっと年上の人たちが好きになってくれても幸福です。でも、僕は僕たちと一緒に生きてきた男性と女性、生き延びてきた60年代グループの人たちに向かって語りかけているのです。

戦争、麻薬、政治、街頭暴力などを生き延び、混乱全体の中を生き延びてきた。「Woman」はヨーコに向けた歌ですが、すべての女性にも捧げる歌です。僕はすべての男性のために、女性に向かって表現しようとしているのです。女性に対する気持ちから、あるときハッと気がつきました。

ふたりがいなければ何もない。ふたりが一緒にいて、はじめて子供をつくり、社会をつくる。だから、女性はこうあるべきとか、男性はこうあるべきとかという考えはなんとくだらないことでしょうか。僕たちはすべて人間。僕はこのことをヨーコに向かって言おうとしていているのです。すべての男性を代表してね。

(引用終了)



下記は「Woman」の和訳です。
お気づきの点は、遠慮なくご指摘くださいませ。


Woman
Written By John Lennon

(For the other half of the sky)

(空のもう半分のために)

Woman I can hardly express
My mixed emotions at my thoughtlessness
After all I'm forever in your debt
And woman I will try to express
My inner feelings and thankfulness
For showing me the meaning of success

ぼくに、女というものを表現するのはむずかしい
ぼくは浅はかだし、どう言っていいのかわからないところもあるけど
女性に対して、永遠に返せない借りがあることはわかってる
でも、なんとか説明してみるよ
ぼくが心の中で感じている感謝の気持ちや
ぼくに、成功の意味について教えてくれたこととか

Ooh, well, well
Doo, doo, doo, doo, doo
Ooh, well, well
Doo, doo, doo, doo, doo

ふぅー、さて、さて
じゃあ、やってみるよ

Woman I know you understand
The little child inside of the man
Please remember my life is in your hands
And woman hold me close to your heart
However distant don't keep us apart
After all it is written in the stars

女性は、男の中に、小さな子供がいることを
知っているだろう
ぼくの人生は、君(女性)の手の中にあるということを、どうか忘れないで
そして、その胸にぼくを抱き寄せて
どんなに離れていても、男と女を引き離すことはできない
それは、すでに運命に書かれていることなんだ

Ooh, well, well
Doo, doo, doo, doo, doo
Ooh, well, well
Doo, doo, doo, doo, doo
Well

ふぅー、(もう少し続けるよ)…

Woman please let me explain
I never meant to cause you sorrow or pain
So let me tell you again and again and again
I love you, yeah, yeah
Now and forever
I love you, yeah, yeah
Now and forever
I love you, yeah, yeah
Now and forever
I love you, yeah, yeah

すべての女性へ。どうかぼくの話を聞いてくれ
ぼくはいつだって君(女性)を悲しまそうだなんて思っていなかった
そう、何度でも何度でもくり返して言うよ
愛してる
今も、これからもずっと
愛してる...



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However distant don't keep us apart は、

どんなに離れていても「ぼくたち」を引き離すことはできない

にするのが、普通だと思いますが、この頃のジョンとヨーコのインタヴューを目一杯読んでいると、彼らは、新しい男女関係のリーダーであり、ヨーコも、フェミニズム運動をリードしてきたという側面もあるのですが、女性の権利向上による、男女関係の混乱に、憂いも感じていて(異性と愛を育むことを困難と考える人が増えたり… )

ジョンは「女にとっても、男にとっても、お互いが必要だ」ということを、主張ではなく「愛を通して」伝えたいと思っていて、まずは「男性から」というメッセージを、女性だけでなく「男性に」送っているのだと思います。

After all it is written in the stars 

運命(星)に、書かれているというのは、運命の相手という意味も、もちろんそうなんですけど… 。


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「Woman」について『ジョン・レノン・ラスト・インタヴュー』から、
省略して引用します。


ーー「ウーマン」というのが、私は本当に好きなんですが。

そう、ありがとう。ぼくもあれは好きだが、あれの話はちょっときまりが悪いような… 

ーーなぜ、きまりが悪いんです?

なぜなら、まだぼくの中には、自分を男性的に見せたい、皮ジャンパーのタフなレノン、行儀の悪い言葉づかい… といった気持ちが少し残っていて、、、ぼくだってほかの奴と同じようにロマンティックだし、昔からずっとそうだったのさ。あれは、そう80年代向けの「ガールズ」ってとこなんだな、ぼくには。だけどぼくにはあれが、、突然わかったのさ、女のことが。ぼくは、そのとき女というものが、ぼくたちにとってなんであるかが、いきなりわかった、セックスの対象でも母親でもなくて、彼女たちのしてくれることがね。

だから、はじめのところで、ぼくは空の半分の側に向かってつぶやいているけど、あれは毛主席の有名な声明なんだ。

つまりもう半分の方さ。みんなが知っている男と女、男と女っていうのはジョークさ。お互いがなければ、なんにもないんだ。だから、これはなんて言うか、、ほら、ぼくが女に感じていた別の視点でね。それはあの歌の中で言ったような形でしか、ぼくには表現できないのさ。あれは、ヨーコと同時に、すべての女たちに捧げたのさ。

(引用終了)

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曲の冒頭で、ジョンがつぶやいている "For The Other Half Of The Sky" (空のもう半分のために)は、毛沢東の「空の半分を支えているのは女性である」という言葉からだったようです(どういう場面で、毛沢東氏が語ったのかはわかりませんでした)。

上記で引用した『ジョン・レノン・ラスト・インタヴュー』(初版タイトル『ジョン・レノン ALL THAT JOHN LENNON』)は、1980年12月6日、BBCの取材により、アンディ・ピープルズがインタヴューしたもので、ジョンが亡くなる2日前に行なわれ、3時間15分にも及んだもの。インタヴュアーが、イギリス人のため、ジョンはリバプール訛りをむしろ強調するように、語っているようです。

また、冒頭で紹介した『ジョン・レノン愛の遺言』は、1980年12月8日午後2時から5時まで(NY時間、日本時間では9日午前4時~7時まで)ジョン・レノンの住居(ダコタ・ホテルのアパート)で録音されたもので、こちらは、亡くなる数時間前のインタヴュー。

ですから、本当の最後の言葉は『ジョン・レノン・ラスト・インタヴュー』ではなく『ジョン・レノン愛の遺言』の方なのですが、こちらは再販はされてないようです(多分)。

どちらのインタヴューも、ニューアルバムのことと、これまでの作品について語っているのですが、ジョンの旺盛なサービス精神のせいか、印象が違っていて、訳者が違うせいもありますが、でも、両方ともすごく興味深い内容で、わたしは2冊とも読んでよかったと思いました。


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by yomodalite | 2012-11-20 10:23 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)
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「Watching The Wheels」について、ジョンが銃弾に撃たれた当日のインタヴューが納められた『ジョン・レノン愛の遺言』から。

(省略・抜粋して引用)

ーージョンがはじめて「スターティング・オーヴァー」を歌って聴かせたとき、あなたはどんな感じがしましたか?

ヨーコ:「Starting Over」「Woman」「Watching The Wheels」この3つの歌、特に「Watching The Wheels」は何百回も聴いています。この曲は、本当に私を息詰らせます。なぜだと思います?

この曲は、ジョンが過去5年間にしてきたことを要約したものです。私もジョンと一緒に過ごしてきましたが、ジョンにとってこの5年間は辛い時期でした。

「あなたは、今、何をしていますか?」と言う質問に、ジョンは「何もしていません」と答えていました。「次のアルバムはいつ出るのですか」などという質問もあり、誰もがとてもジョンに懐疑の念を抱いていました。

今ではジョンは「ハウス・ハズバンド(主夫)である」と宣言しています。主夫業をするのは、とても勇気がいることだと思います。さて、「なんだこのアルバムはラブソングだらけじゃないか」と人はいうでしょう。男臭い歌を書くのは簡単よ。つまり、ロックン・ロールのスターらしく女をムチでぶったり、部屋から放り出すか、酔っぱらってしまうとか(笑)

男の世界ではそういうイメージが普通でしょう。特にロックの世界では、そういうイメージを保つことは簡単なことです。しかし、その男らしいはずの人が、僕は主夫で、息子があり、そして妻を愛しているなどと言うと普通の人は変な気がするでしょう(笑)

「Watching The Wheels」を聴くと、私は泣けてきます。ジョンにとっては、この5年間はとても淋しい旅の期間でしたから。今でも、まだ彼にとっては淋しい旅だと思います。「他の主夫たちはどこにいるんだろう。彼らと話をしたい」とよく言いますもの(笑)しかし、この世の中では、女性が女性であることが難しいのと同じように、男性が男性であることも難しいのです。

ーージョンは、自分の生命を救ってくれたのはヨーコだと公言していますが。。

ヨーコ:それは彼の言い分です。だけど、本当のところは彼に尋ねてみなくちゃ。彼と一緒になる前、私は女らしい女ではなく、わが道を行く方でした。だから、もし私が他の人と一緒になっていたら、彼が抱えている問題に直面しなかったでしょう。ジョン以外の人には「私をひとりにしておいて。私には自分の問題があるのだから」と言ったでしょう。

私が、彼と一緒になったとき、彼は、気が強い男性でしたから、私も彼のもつ問題に直面せざるを得なかった。そして、この世の中の男性もそれぞれの問題を抱えているんだな、と私は悟ったわけです。

ーーあなた方の関係と結婚生活において、責任の分担を入れかえたことによって、物の見方に、どのような変化がありましたか?

ヨーコ:一緒になって、お互いが夢中だった頃は良かったのですが、彼の男っぽさが現れ始めて「一体どうなっているのか」と思い始めました。

その頃は、全世界が私を受け入れなかったのに、全世界は彼を支持していたわけで、とても憂鬱な気持ちでした。1973年頃には、私はジョンに「私を放っておいてロサンジェルスに行って楽しんでいらっしゃい」と言ったくらいでした。ひとりで考えたかったのです(1973~1975年ふたりは別居)

だから、ふたりの生活に戻ってから、彼は私たちの関係を修復するために、本当に努力したと思います。そして、それ以来、彼がやってくれたことに対して私は感謝し、大変尊敬するようになりました。

(引用終了)




下記は「Watching The Wheels」の和訳です。
お気づきの点は、遠慮なくご指摘くださいませ。


Watching the Wheels
Written By John Lennon


People say I'm crazy doing what I'm doing
Well they give me all kinds of warnings to save me from ruin
When I say that I'm o.k. well they look at me kind of strange
Surely you're not happy now you no longer play the game

ぼくがやっていることは、正気じゃないと、人は言う
それで、彼らは、ぼくを破滅から救おうといろいろな警告をしてくれる
ぼくが「だいじょうぶだから」と言うと、
彼らは奇妙なものを見るような目でぼくを見て
「長い間ゲームから降りていて、幸せなわけがないじゃないか」という

People say I'm lazy dreaming my life away
Well they give me all kinds of advice designed to enlighten me
When I tell them that I'm doing fine watching shadows on the wall
Don't you miss the big time boy you're no longer on the ball

ぼくが夢ばかり見ている怠け者だと、人は言う
それで、彼らは、ぼくにありとあらゆるアドバイスをしてくれる
僕が、壁に映る影を眺めながら「うまくやっているよ」と言うと
「表舞台に立ち、絶好調だった時代が恋しくないのか」と言う

I'm just sitting here watching the wheels go round and round
I really love to watch them roll
No longer riding on the merry-go-round
I just had to let it go

ぼくは、ここに座って「歯車」が回っているのをただ眺めてる
ぼくは、それを見ているのが好きだけど
もうメリーゴーランドには乗らない
ぼくは、そう、ようやく吹っ切れたんだ

Ah, people asking questions lost in confusion
Well I tell them there's no problem, only solutions
Well they shake their heads and they look at me as if I've lost my mind
I tell them there's no hurry
I'm just sitting here doing time

人々は皆、僕が自分を見失っているんじゃないかと、尋ねてくる
それで、ぼくは「問題なんかない。ないのは “答え” だけだ」と言うと
彼らは、それは違うという仕草で、ぼくを狂っているというような目で見るけど
ぼくは、急ぐ必要なんてないし、ただ座って時を過ごしたいだけなんだ

I'm just sitting here watching the wheels go round and round
I really love to watch them roll
No longer riding on the merry-go-round
I just had to let it go
I just had to let it go
I just had to let it go

ぼくは、ここに座って「歯車」が回っているのをただ眺めてる
ぼくは、それを楽しく見ているけど
もうメリーゴーランドには乗らない
ぼくは、ようやく吹っ切れたんだ
ようやくね…

(訳:yomodalite)


ウォッチング・ザ・ホイールズの「Wikipedia」では、I just had to let it go には「後は勝手に回ってくれ」とあきれる。いう解説が載っているのですが、

No longer riding on the merry-go-round は、

夢をみているわけではない ー メリーゴーランド(=遊園地)
もう、芸能界的な成功には興味がない ー メリーゴーランド(=芸能界)

という2つの意味に加え、

I'm just sitting here watching the wheels go round and round には、

これまでの精神的な探求に対してと、天才であるがゆえに巻き込まれてしまった「運命の歯車」(=運命の車輪、運命の輪 Wheel of Fortune)に対しての思いが込められていると思いました。

運命の輪といえば、タロットカードを思い浮かべる人も多いと思いますが「The Wheel of Fotune(運命の輪)」のカードには、女神と車輪、もしくは、TORAと書かれた輪とスフィンクスのデザインのものが一番多く見られるデザインだと思いますが、

人生と歯車という組合せで、メリーゴーランドを思い浮かべる人は多いので「運命の輪」のカードにメリーゴーランドが描かれていることもめずらしくありません。

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ここまでジョンのインタヴュー本を何冊も読んできて感じたのですが、ジョンの会話には「カルマ」という言葉がよく登場していて、1969年のインタヴューでも「次の目標はカルマだ」と言っていますが、この歌詞の「wheels」も、1973年の『Mind Games』の歌詞にもある「karmic wheel」と同様の意味があると思います。

ジョンは幼い頃から親しんでいるキリスト教的な考えだけでなく、仏教や、ヒンズー教なども踏まえて、神をとらえていて、この曲がリリースされた頃のインタヴューでも、

「キリストもブッダも同じことを言っているけど、キリストがこう言っているとか、みんなが決めつけていること(=後の者がつくった宗教的ルール)は信じない」

と言っています。

『Mind Games』の訳詞で「karmic wheel」を「運命の車輪」と訳しましたが、カルマの輪も、運命の車輪も、やっぱり同じなんですよね。

カルマの輪に多くの意味があるだけでなく、運命の車輪をテーマにした作品もすごくたくさんありますが、マイケル・ジャクソンの神について考えている者として、まず思いつくのは「BRACE YOURSELF」のバックに流れていたカール・オルフの世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」、

そして、なんといっても、MJが事あるごとに、その名前を出してきたミケランジェロなんですけど、、その件に関しては、いずれまた。。


◎ジョン・レノン「ロスト・レノン・インタヴュー(1)」より
「Watcing The Wheels」の箇所を引用

回る輪を見てるようなものじゃないだろうか?
この宇宙全体がひとつの輪だろう?輪はぐるぐる回り続ける。
まず見つめるのは自分自身の輪だ。
でも自分を見つめるってことは、ほかのみんなを見つめているのと同じなんだよ。
それに僕は自分の子どもをとおして、自分を見つめることもできる。
それに、現実って言葉をよく考えてみると、
ある意味で、現実のものなんてひとつもないんだ。
ヒンズー教や仏教で言うように、すべては幻想なんだよ。
あらゆるものは漂うかけらなのさ、そうだろ?
みんなそれはわかってる。
でもみんなが認めた共同幻想のなかに僕らは住んでるんだ。
いちばん難しいのは、自分自身に立ち向かうことだよ。
自分を見つめて、自分の心のなかにあるなにが本物で、
なにが偽物なのか見つけ出そうとするよりも、
人の目をあざむいて「革命」とか「人民に力を」とか叫ぶ方が楽なのさ。
いちばん大変なのは、自分を知ることだよ。


◎[関連記事]John Lennon “Woman”


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by yomodalite | 2012-11-19 09:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(7)
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2009年に出版された、川勝正幸氏の最後の著書。『サブカル・スーパースター鬱伝』を読んで、読まなくてはと思った本です。

藤原ヒロシ氏と仕事をした人々約70名の証言を中心に構成されていて、著者も書いているのですが、60年代文化の名著『イーディ』のようなスタイルの本で、

ともに時代を創ってきた大勢の人々が藤原氏のことを語っているのですが、驚くのはそのすべての人、中でも、藤原氏が20代の頃、すでに成功者で年長者だったいとうせいこう氏、近田春夫氏や、桑原茂一氏までもが藤原氏のことを非常に尊敬していること。

また、海外ミュージシャンとの交流では、エリック・クラプトンが一番多く語っていて、クラプトンは、テクノロジーの流行には頑固ジジイのような考え方を持っていたにも関わらず、藤原氏が小さなラップトップで遊んでいるのを見て「僕も持たなきゃ」と思われたそうです。

藤原氏のしてきた仕事は本当に様々なんですが、近田春夫氏は、

「王道」で、欲がなく、邪心も、下心もなく、戦略もない、メッセージ的でなく、モードであって、意味を伝える武器として利用しない、本当に自分が好きなこと、いいと思うことを一切軸足を変えずに、身体で半分形にしている。。。あいつが大成功しても、誰も嫉妬しないんだよ。徳なんじゃない。礼儀もあるし、無神経じゃないでしょ。本当に心の優しい人だから、あいつのこと嫌いな人いないんじゃない?

と証言されていて、他の証言者の方すべてが、それを証明しているといった内容。

それで、すっかり「洗脳」されてしまったからでしょうか。この本を読んでから、すっかり買わなくなっていた洋服を買いたくなってきたり、それと、DJにもなりたいと思ってしまいました!どーしよーw

下記は「INTRODUCTION」から省略して引用。

本書の英語タイトル「TINY PUNK ON THE HILLS」について

本書の日本語タイトル『丘の上のパンク』を見て、山田太一の素晴らしい小説/TVドラマ『丘の上の向日葵』を思い浮かべる方もいらっしゃると思う。しかし、直接の関係はない。英題「TINY PUNK ON THE HILLS」を和訳する際に、参考にさせてはいただいたのだけど。。。

そう、この本の英語のタイトルは、ビートルズの名曲として有名なポール・マッカートニーが作詞・作曲した「FOOL ON THE HILL」のもじりである。

まず、“TINY PUNK” とは、藤原ヒロシが、82年、18歳のとき単身ロンドンへ遊学し、ヴィヴィアン・ウェストウッドや彼女の店〈ワールズ・エンド〉の店員たちと親しくなっていく流れの中で付けられた愛称だ。意味としては「山椒は小粒でもピリリと辛い」「恐るべき子供」と同義だったのではないだろうか。

そして、“HILLS” と “HILL” が複数になっているのには、2つの意味がある。

ひとつは、藤原ヒロシのプライヴェート・スタジオがヒルズの上の方にあるという洒落からだ。

もうひとつは、藤原ヒロシが、2002年夏、オープンしたばかりの〈BAPE CAFE!?〉で、幻となったある雑誌のインタヴューのために、筆者に語った人生の流儀からである。

「僕はお山の大将ではなくて、言ってみれば小山の大将だと思う。小さな山のてっぺんまで登って、飽きたら次の小さな山を探して、またてっぺんまで登って… 。それを繰り返していく。でも1度も登った小山を自ら崩すことはしないんだけど」

小山という表現はあくまで藤原ヒロシ目線であって、エクストリームなスポーツの分野ならスケートボード、スノーボード、ピスト、音楽の分野ならリミックスDJ、ヒップホップ、ハウス、アンビエント・ダブ、DJ出身の音楽プロデューサー、ストリート・ファッションの分野なら日本初のストリート・ファッション・ブランド〈グッド・イナフ〉、日本初のダブルネーム・ブランドと言ってよい吉田カバンとの〈ヘッドポーター〉〈NIKE〉初の非アスリート系クリエイティブ・コンサルタントと、日本初、または始めた時期が早い行為が多く、しかもそれぞれのクオリティは高い。

しかも、藤原ヒロシは、これらの「小山」を極めるにあたって、ヴィヴィアン・ウエストウッド、マルコム・マクラーレン、ショーン・ステューシー… ら、頂点の人々と、最短距離で邂逅してきた。

本書の日本語サブタイトル「時代をエディットする男」について

エディットは、クラブ・ミュージック用語の「EDIT」と言う意味で使っている。藤原ヒロシがコレクションしてきたものはレコードだけでなく多岐に渡り、エディットしてきたのは音楽だけでなく、物から人にまで及んでいる。ブランド物やステイタスのある物が好きなんだけど、それを地に落とすっていう、とにかく普通のブランド物好きやコレクターとはちょっと違う。

藤原ヒロシの収集/募集には独自の美学があり、反権威という言葉が大げさならば天の邪鬼とでも呼びたい精神に貫かれている。自分が飽きたから、あるいは、自分が理想とする状態でなくなったからとキッパリ辞めた例が多く、その引き際は鮮やか、いや、鮮やか過ぎであり、時に周りの人々を驚かせ、困惑させてきた…

(引用終了)

ひとつのことを一生やり続けるということは、なかなか出来ないようでいて、実は、多くの人が選ぶ道であり、特に「プロフェッショナル」な世界では、そのほうが「楽な道」ではないでしょうか。藤原氏は、そういう意味で、軽やかに「前人未到」の道を行く方なんだなぁと思いました。

☆藤原氏の素敵なミックスはいっぱいありますが、究極の名曲という「王道」で!


Fujiwara Hiroshi





Happy remix





MICHAEL JACKSON & JAKSON 5 REMIXES by Hiroshi Fujiwara & K.U.D.O.





Jackson 5 - I Want You Back [HF & K.U.D.O. Dub Mix]


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by yomodalite | 2012-11-17 13:21 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(4)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite