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もしかしたら、私は日本一「Blood on the Dancefloor:HIStory in the Mix」を愛している女なんじゃないかと思うことがあるんです。

ほとんど毎日聴きたいと思うし、特に1日の始まりに聴くと色々憂鬱になるような現実にもなんとなく対応できる気がして、すごく「ポジティブ」になれるのですが、一般的にはあまり健康的とはいえないイメージの曲が多いこのアルバムに、なぜそのような効果があるのか?ずっと不思議でした。

これは、自分の感想に1番近いレヴューのような気がして、いつか訳しておこうと思っていたものです。いつもどおり、ヤバい英語力を駆使していますので、お気づきの点は遠慮なくご指摘くださいませ。

Source : SHUFFPOST ENTERTAINMENT

Michael Jackson : Man in the Music, Part 2(Morphine)
Joe Vogel
(Posted: June 27, 2009 03:44 AM)

This is Part 2 of a series exploring Michael Jackson the artist through his albums and songs. The following excerpt is taken from Chapter 5 of Man in the Music: An Album by Album Guide to Michael Jackson

マイケル・ジャクソン「Man in the Music」Part 2 “Morphine”
アルバムと歌を通して研究するシリーズのパート2。今回取り上げるのは、第5章「An Album by Album Guide to Michael Jackson」から


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People often struggle with allowing artists to grow and evolve. For Bob Dylan it was considered sacrilege by many to pick up an electric guitar; for the Beatles, the shift from sentimental love songs to social statements and psychedelia caused them to lose, in some people's minds, their initial charm and mass appeal.

人はアーティストが成長し、進化していくことを認めるのに苦労する。ボブ・ディランへは、エレキギターなどけしからんという意見が多く、ビートルズには、センチメンタルなラブソングから、社会への声明やサイケデリックな世界観へ変化したことが、彼らの初期にもっていた魅力や大衆的な人気を失わせることになったと感じた人もいただろう。

For Michael Jackson, the conventional wisdom meant every album post-Thriller that didn't sound or sell like Thriller was considered a failure; this, in spite of the fact that some of his most significant and challenging work came later. Call it the curse of expectational stasis.

マイケル・ジャクソンへは、スリラー以降のアルバムが、スリラーのようには売れなかったことで失敗と思われるということが一般通念になった。実際には、彼の最も重要で挑戦的な作品がその後だったにも関わらず、これは、期待が外れたときの混乱による災難と言ってもいい。


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Still, for those who gave Blood on the Dancefloor: HIStory in the Mix a serious listen, it was an impressive record indeed. Containing just five new songs, the album is considered an artistic breakthrough by some. "His singing on the first five tracks of new material has never been so tormented, or audacious," wrote Armond White of Village Voice.

さらに、本当に重要なレコードである『Blood on the Dancefloor: HIStory in the Mix』を真剣に聴くなら、この5曲の新曲には、これまでにない芸術的な進展が見られる。ビレッジ・ボイスのアーノルド・ホワイトは「彼が最初に歌った5曲は、苦痛に満ちていながらも、不敵で大胆といった、これまでにはない新しい質感がある」と書いている。

"'Blood on the Dancefloor' has the vitality of an intelligence that refuses to be placated. . .[It] is a throwdown, a dare to the concept of innocuous Black pop." In a 1997 review, The New York Times' Neil Strauss concurred: "There is real pain and pathos in these new songs... Jackson's pain is often the world's merriment, and this is probably true of his new songs, which fret about painkillers, sexual promiscuity and public image.

『Blood on the Dancefloor』は、懐柔を拒否するような知性に溢れていて、それは、無害なブラックポップのコンセプトへの思い切った冒険でもある。1997年のニューヨークタイムスのレヴューにおいて、ニール・ストラウスの意見も一致している。現実の苦痛や悲哀が込められた新曲… ジャクソンの苦痛は、しばしば、世界中で娯楽となったが、これらの新曲は、鎮痛剤や、性的乱交、自分の公的イメージに対する彼の真実を歌ったものだ。

In many of them, Jackson seems like the elephant man, screaming that he is a human being... In keeping with Jackson's darker mood, the music has grown more angry and indignant. With beats crashing like metal sheets and synthesizer sounds hissing like pressurized gas, this is industrial funk... Creatively, Jackson has entered a new realm."

大勢の中で、ジャクソンはまるで、自分は人間なんだと叫んでいるエレファントマンのように見える… 金属板を壊すようなビート、シンセサイザーは、圧縮されたガスのシューというような音をだし、その音楽は怒りを増し、ジャクソンは暗い雰囲気を漂わせている。これは、まさに創造的で、インダストリアル・ファンクというか… ジャクソンは新しい領域に入ったと言える。


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In the gritty, haunting "Morphine," Jackson tackles a subject he never had before: drug addiction. To a relentless, industrial funk beat, the singer lashes out in visceral bursts of anger, aggression, and pain. "Is truth a game daddy," he screams out at one point. "To win the fame baby / It's all the same baby / You're so reliable."

ザラザラするような不安感に満ちた「Morphine」、ジャクソンは以前は考えられなかったテーマである「薬物中毒」に取り組んだ。執拗なインダストリアル・ファンクのビートに対し、歌手は、怒りを内部から爆発させるかのように攻撃的に苦痛を歌い上げる。「真実はゲームなのか?ダディ」彼はある時点で叫ぶ。「名声を得るために、みんなそうさ、実に頼もしいよ」

The rage and disappointment, combined with its ear-assaulting sound (music critic Tom Sinclair described it as "alternating Trent Reznor-style sturm und clang with Bacharachian orchestral pomp"), make for a jarring listening experience, particularly for those accustomed to the breezier melodic pop of Off the Wall and Thriller (though it should be noted that songs like "Wanna Be Startin' Somethin'" and "Billie Jean" were already beginning to uncover the complexity, paranoia and pain represented in these later tracks).

憤怒と失望が混ざりあって耳を襲う音は(音楽評論家のトム・シンクレアは、トレント・レズナー風の荒れ狂うような音と、バート・バカラック風の優雅さが交互に入れ替わるようだと著している)「Off the Wall」や「Thriller」の軽快なメロディーや、美しいポップスに慣れている人には、不協和音のような耳障りの悪さを感じるだろう。(「Wanna Be Startin’ Somethin’」や「Billie Jean」のような曲も、これらの曲の複雑さをもち、偏執的で、苦痛を精密に表現していたにも関わらず)

☆sturm und clang ←Trent Reznor に絡んでいることから「sturm und klang」の誤植ではないかと… 確信はありませんが「sturm und klang」で訳しています。

☆Trent Reznor(トレント・レズナー)ナインインチネイルズの中心人物。
デヴィッド・リンチの映画『ロスト・ハイウェイ』の音楽を担当。

◎Nine Inch Nails - The Perfect Drug (full)

☆同じく『ロスト・ハイウェイ』で使用されたドイツの「インダストリアル系」バンド
◎Rammstein Rammstein lost highway

☆Tom Sinclair(トム・シンクレア)Entertainment Weeklyのレビュワー
EW.com(http://www.ew.com/ew/)



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But "Morphine" is best viewed as an experiment -- both sonically and lyrically -- in representing the experience of physical / psychological pain as well as its temporary release via narcotic pain relievers like demerol and morphine (both of which Jackson has been reportedly addicted to, on and off, since the early Nineties).

「Morphine」は、歌詞や音においても、デメロールやモルヒネといった一時的な麻薬の投与によって得られる身体的・精神的な開放感と苦痛の両方を表現するうえで、最も実験的といえる。(伝えられるところによれば、90年代の初期から、ジャクソンはその両面で中毒になっていたという)

This experience is also brilliantly conveyed in the song's form: About mid-way through the track, the grating beat subsides, symbolically representing the pacifying effect of the drug. "Relax, this won't hurt you," Jackson sings soothingly from the perspective of the drug.

この経験はまた、曲の形式にも見事に表現されている。曲のちょうど真ん中あたりで、軋むようなビート音は弱まっていく。これは、ドラッグの鎮静効果を象徴するものだ。「リラックスして。痛くなんかないからね」ジャクソンはドラッグの視点からなだめるように歌う。

Before I put it in
Close your eyes and count to ten
Don't cry
I won't convert you
There's no need to dismay
Close your eyes and drift away

Demerol
Demerol
Oh God he's taking demerol
Demerol
Demerol
Oh God he's taking demerol

He's tried
Hard to convince her
To be over what he had
Today he wants it twice as bad
Don't cry
I won't resent you
Yesterday you had his trust
Today he's taking twice as much

Demerol
Demerol
Oh God he's taking demerol
Demerol
Demerol
Oh God he's taking demerol


◎訳詞:Morphine「マイケルの遺した言葉」



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These verses are perhaps some of the most poignant (and tragic) Jackson has ever sung. Beyond the literalness of the drug itself is Jackson's persistent yearning to escape from pain, loneliness, confusion, and relentless pressure. In this brief interlude he beautifully conveys the soothing, seductive, but temporary release from reality. There is a sense of pleading, of desperation, before the high abruptly ends, and the listener is slammed back into the harsh world of accusations and anguish.

この一連の歌詞は、おそらく、ジャクソンがこれまで歌った中では、もっとも痛烈(および悲劇的)で、麻薬そのものの解釈以上に、ジャクソンが抱える孤独や混乱と容赦のないプレッシャーといった苦痛から解放されたいという願望が見られる。短い間奏中も、彼は優しく慰め、誘うように。しかし、それは一時的な解放に過ぎず、ハイな状態は突然、絶望を訴えるような感覚へと突き落とされ、リスナーは、非難に苦しむ不快な世界に連れ戻される。

Sputnik Music described this musical sequence as a "moment of absolute genius." The song, written and composed entirely by Jackson, is one of his most experimental and brilliant creations. It is a confession, a personal intervention, a witness, and a warning.

Sputnik Musicは、この音楽シークェンスを「絶対的な天才の瞬間」であり、この曲は完全にジャクソンによって作詞・作曲され、彼のもっとも輝かしく、実験的な創造のひとつで、それは罪の告白であり、個人的な治療でもあり(自らが)証人となる、警告でもあると評した。



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[Note : This analysis of "Morphine" was written before Michael Jackson's death. It becomes all the more tragic given reports that narcotics like demerol and morphine may have contributed to his passing.]

[注:この「Morphine」の分析は、マイケル・ジャクソンが亡くなる前に書かれたもの。デメロールやモルヒネのようなドラッグが彼の死の要因かもしれないという報告に従うなら、より一層悲劇と言える]


☆Sputnik Music:英国の音楽評論誌(http://www.sputnikmusic.com/)

(Copyright by Joseph Vogel, from Man in the Music: An Album by Album Guide to Michael Jackson)

◎Morphine - Michael Jackson





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by yomodalite | 2012-03-30 14:36 | MJ考察系 | Trackback | Comments(7)

Long live the King of Pop

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Joe Vogel がTwitter で紹介していた “Star Tribune” の記事です。(“Star Tribune”はミネソタとミネアポリスで発行されている米国の日刊紙らしい)記事中にヴォーゲル氏も登場し、ネルソン・ジョージの名前も発見してしまったので、つい、うっかり訳してしまいました。

いつもどおりヤバい英語力を駆使していますので、気になる点は、どうか遠慮なくご指摘くださいませ。

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by yomodalite | 2012-03-28 18:44 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(3)
わたしは、水木しげる氏の作品を読んだこともなく、そのキャラクターにも、そんなに魅力を感じたことはなかったのですが、最近「妖怪」に、興味が湧いてきて、

ていうか、なんだか「妖怪」になれそうな気がしてきたんですよねw。

というのは、、

こどもと老人はどこか似ていて、年寄りは「こども」に還るなんて昔の人も言ってたと思うんですけど、こどもと老人に共通しているのは「妖怪ぽさ」なんじゃないかと。(妖怪という言葉にどろどろとした怨念とか、暗さを感じる人はとりあえず「妖精」と言い換えてもいいと思う)

私が自分の「神」のように考えている方も2歳児の知能を取得され、尚かつ自分は80歳ぐらいのような気がするとか言ってましたし、確かに、こどもでも妖怪の匂いがするのは、2歳児までで、老人も80歳を超えないと、妖怪になれないような気もします。

わたしは、取得することによって、そこから「自由」になれるという「取得」の仕方が好きなので、例えば、

スリムな体を維持するのに、永遠に「ダイエット」するとか、

美人に生まれたのに、ずっと美人でいなきゃならないとか、

いっぱい仕事をして、お金持ちになったのに「死ぬまで働き続ける」とか、

ガンと闘うとか、、

最終地点が「自由」に繋がってないような気がすることには、なんだか興味がもてなくて、、

今はアンチエイジングが「是」ですけど、、でも、若返ったって「2歳児」にはなれないでしょう。せいぜい、実年齢から10歳とか、20歳若く見えるだけだったら、いつまで立っても中途半端な「中年」領域に留まるだけでつまんないし、それだと、次の「ステージ」に行くことも嫌になっちゃう。

それで、いつまでも20代や30代が最高だったなんて思って過ごすより、未知なる「ババアの世界」の方がなんだか面白そうだし、そこには「妖怪」というキーワードが重要なんじゃないかと、最近思い始めたんですね。

とはいえ、ただ年を取ったからといって、なかなか「妖怪」にはなれないですよね。とりあえず最終目標の「妖怪」の前には「オモロいババア」の通過地点があるような気がするし「ボケ方」にも「コツ」があるんじゃないかと思っているんですが。。。

「水木サン」が、どんなことを言っているかというと。(下記の太字が本書から引用)

みんな子供のときは妖怪です。(6月29日)

あ、、やっぱり、そうですか。。

目に見えないものが、神から妖怪にいたるまで、どのようにつながってるか、目に見える形で、レンガのように積み重ねていかないとならんわけです(7月1日)

ふむぅ。。

ホピ(ネイティブ・アメリカン)にはあんた、妖怪が “千” いるというんですよ。私が調べたところでは、中国にも千前後の妖怪がいます。日本にも千五百という人もいるが、だいたい “千” でまとまります。私はねぇ、これは皆共通した同じ妖怪だと思ってるですよ。私はこの驚くべき大発見は、ノーベル賞に値する、と思ってるんです。(2月7日)


霊の世界というのは、どうも非常に広いようですよ。丹波(哲郎)さんと宜保(愛子)さんの霊界というのも微妙に違います。ですから人間の知恵で考えると難しいんです。そこで「妖怪人類学」が必要になってくるわけですよ。「残忍だ」「野蛮だ」といった人間の知識で評価する必要はないんです。インディオやアポリジニの考えた霊との接触の仕方を客観的に記述するばいいことですからね。静かに眺めることが肝心ですよ。(2月11日)



自然界は「弱肉強食」で「死」は日常茶飯事だしね。。


(アポリジニの楽器ディジャリドゥについて)
あれいいですよ。あれがいいんです。精霊が来ますよ。あれは霊界楽器です。あの音楽は霊界音楽に相当します。いやむしろこのために音楽というものがあったのに…。(2月13日)

☆Didgeridoo(ディジャリドゥ)初めて聴きました。
◎[動画]Didgeridoo - Jeremy Donovan, Aboriginal Artist
◎[動画]Australian Aboriginal Music: Song with Didgeridoo


「うそぶく」という言葉があるでしょう。その音は、精霊が好きな音なんですが、現在では、それがどんな音だかわからないわけです。ところが、澤口瑞穂という学者の書いた本によると、清朝時代まではそれがどんな音であるかわかっていたそうですよ。こういった音や、儀式に関する音は、日本ではもう死んでしまっているんです。わたしは「うそぶく」は口笛に近い音なんじゃないかと思っておりますが。。。(3月6日)


(水木さんの家に大量の本が送られてくるという話を受けて)
送られてきた本の八割は捨てるんです。家内は文句を言うですが「開いたら死んでしまうぞ」と言ってます。(3月14日)


(仮面を買いながら)
同じものはいらない。同じものはいらない。(呪文のように繰り返す)(5月18日)


わたしは幸せのことしか考えないからよかったのです。今の人々は、わざと幸せにならないように努力している(2月16日)


われわれはもともと “霊霊(かみがみ)の世界” からやってきたものであり、そして “霊霊の世界” に去ってゆく存在なのだ。(4月24日)


しないではいられないことをし続ける(5月16日)



最近、なんだか幸せな気がするのは、きっと。。。


(アポリジニに「人が死んだらどうなるか」と聞かれて)
無に入るのではなく、未知の状態に入る。それは、人が生まれて、一歳か二歳の頃の、生きていると気づく前の状態です。(7月17日)


水木せんせ、アポリジニにも教えてる。。。


水木サンが長年にわたって古今東西の奇人変人を研究した結果、彼らには幸福な人が多いことがわかりました。(8月8日)


妖怪というのはね、くだらんものを一生懸命見る努力をして、
見えないものを無理矢理見るということなんです。(10月17日)



やっぱり、努力は必要なのね、、でも、見えないものを見たがる人の中でも、宇宙人を見たがる人に多いような気がするんだけど、宇宙人って科学的にいるとか、科学的に証明される可能性があるでしょ?それに、どーゆーわけか、宇宙人を見たがる人って、集団で見たがるよね。なんかね、そこが「弱い」んじゃないかとw、、、最近の横尾忠則氏から、ちょっぴり思ってみたり。。。


(メキシコ在住の画家・竹田鎮三郎さんの秘蔵のドクロ像を見て)
なるほどこりゃ死の神様だ。見てるだけで死にそうになる。やすらぐねー。死んだらわざわざ迎えに来てくれるんだ。(12月3日)

◎竹田鎮三郎 A small gallery of engraving


水木 幸福観察学会はですね、結局のところ世界妖怪協会に昇華すると思ってます。幸福には自分自身の力以外のものが働きますから。目に見えないものの作用っていうのは大きいですよ。幸福になるためには妖怪が要るんです。

荒俣宏 幸福観察学会は発展的解消をして世界妖怪学会に吸収されるということですか。

水木 幸福の追求と妖怪はつながっているんです。



(引用終了)


だそうです(笑)。

366日、うるう年にも対応したこれらの「お言葉」は、1988年から2004年までのもので、編者で、水木原理主義者でもある大泉実成氏は、少年時代に「エホバの証人」の信者で『説得ーエホバの証人と輸血拒否事件』で講談社ノンフィクション賞を受賞された方。水木センセイの本はこれからもっと読まなきゃ。

◎本日の水木サン―思わず心がゆるむ名言366日(アマゾン)
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by yomodalite | 2012-03-26 17:31 | エッセイ | Trackback | Comments(0)
本書の著者の西村肇氏は、2011年4月8日に、福島原発事故から放出された放射能の量を物理計算で測定した方です。

◎[USTREAM]理論物理計算が示す福島原発事故の真相(2011.4.9)

私は、2桁の足し算引き算以上の計算とか、数式とか見るだけで「おえっー」となる方なので、これを見てもよくわかりませんし、西村氏がどんな方なのかも全然知らなかったのですが、原発への意見を述べられる方が、物理計算だけでなく、公害や、ガンの著書もあり、尚かつ、米国にも詳しいということに興味をもち、下記の2冊を読んでみました。

◎見えてきたガンの正体(1999年出版)
◎米国 ユダヤ人 キリスト教の真実(2011.10.31出版)

例えば、放射能は低い線量でもガンを起こすことがある….とか言われても、そもそも癌の原因って特定できるの?とか、煙草がガンに影響するという夥しい量の科学的データはよく見るけど、成人男性の多くが煙草を吸っていた時代と、ほとんど吸わなくなった現代と比べて、目に見えて癌が減ってる?とか、禁煙者が増え、寿命が伸びて、介護が必要な老人は明らかに増えたような気がするけど、それで、世の中は「健康」になったの?とか、もう、とにかく疑問でいっぱいだったんですが

『見えてきたガンの正体』は、ガンの治療法とか、ガンをどう生きるかというような内容ではなく、「ガンとは何か?」という内容で、遺伝子とガン、細胞がガンになる理由、なぜガンになるのか?、ガンは治せるのか?など、科学者による「ガン」をテーマにした類書があまりないような興味深い本。

でも、『米国 ユダヤ人 キリスト教の真実』は、もっとめずらしい本のような気がするので、こちらを紹介します。(下記は「まえがき」から引用)

本書は「ユダヤ人はなぜ優秀なのか」という若い頃のわたしの単純素朴な疑問に発した半世紀の関心と研究の集大成ですが、本書成立の直接の動機は5年前(2006年)に行った講演、将来予測「米国・ユダヤ人・キリスト教」です。「米国」と「ユダヤ人」と「キリスト教」を並列した理由は、米国という国は「ユダヤ人」と「キリスト教白人」(white Protestant)との熾烈な争いの国なので、将来を予測するには両者の戦いを読み切ることが必要だからです。(引用終了)

☆「まえがき」全文はこちらで読めます。

日本人には、アメリカを語る人も、その影響が大きい人も大勢いるのだけど、この3つ全てを語れる人はすごく少ないし、特に「ユダヤ」をお題にした本の「当たり率」の低さはハンパないので、知ろうとすればするほど、アホになるということも多いですよね。

本書のタイトルに挙げられた、この3つのテーマは、多くの日本人が疑問に思っていても、なかなか理解できないテーマではないでしょうか。でも、アメリカでは、とか、ニューヨークタイムスでは… など、私たちは日常的によく聞いてますけど、ユダヤ人や、キリスト教のことがわからずに「アメリカ」のことなんて、わかるわけない。ということを噛み締めたくなるような内容であると同時に、

私たちには理解しにくい、キリスト教や、ユダヤ人ですが、クリスチャンが、ユダヤ人を差別する感情には、私たちとそんなに変わらない点があるように思えたり、また、普通のアメリカ人が「科学が苦手」で「天才が嫌い」であるという事実は、意外なようでありながら、今の日本の閉塞感と似ているような…

第三章「100年前にはじまった技術没落」から省略して引用します。

米国の技術の歴史を見ていて一番の驚きは、この120年の間に起きた2つの「技術革命」について調べると、それ自身の性格と、それを支えた人間の性格がまったく違うことです。第1の革命とは「電化」「自動車」など生活を一変させる産業革命で、エジソン、カーネギー、フォードなど「発明の天才」と「事業の天才」によって支えられました。これらの天才たちはテスラ1人をのぞき、すべて White Protestant でした。

第2の技術革命の始まりは1945年の原子爆弾開発の成功です。これによって米国は、戦後、世界帝国になる道が開かれました。この第2の技術革命の中心になったのは、すべてナチスの迫害を逃れ米国に移住したユダヤ人たちであり、White Protestant 白人はいません。この実績によって米国の技術分野での実質的主導権は、完全に White Protestant の手を離れ、ユダヤ人に移ったと見られます。

この劇的な変化が起こった理由は、原子爆弾以降は、理論物理学を創り上げる「天才的頭脳」が技術革命成功の「決め手」になったのに、当時の米国には、ユダヤ人オッペンハイマー以外には天才級の理論物理学者はいなかったのです。日本でさえ「湯川」「朝永」の二人がいたのに「電化」と「無線通信」で世界の技術革命をリードしていた米国が、なぜ物理学革命では、まったく「かや」の外だったのか。

一般の人に「科学」と「天才」が受け入れがたい最大の理由は、「科学」の性格について誤解があるからと思います。例えば、ガリレオの地動説のように「科学」と「常識」が対立した時、科学が勝つのは、科学が「正しく」「確か」であり、「理論にあっている」からと考えますが、これはまったくの誤解です。

「確か」で「理屈に合っている」のは「常識」の方です。人々の経験から「確か」なのは「大地が平で不動」であるということです。「地動説」がいうように、1日1回自転しているという感覚はまったくありません。「理屈」にも合いません。地球のように巨大な物体が自転したら、すごい「遠心力」が生じ、地表のものはすべて「宇宙空間」に吹き飛ばされてしまう筈です。(中略)

今の人はこれをすべて「万有引力」で説明しますが「万有引力」がこのような「地動説の困難」を解決するために、ガリレオの死後、ニュートンが考えだした「仮説」であって、実験的に証明されたものではありません。(中略)

科学=真理は、最初は「確かでもなく」「理屈にも合わない」主張から始まります。しかしその正しさを確信できる根拠を見つけたら、まっすぐにそれを主張するのが天才です。そのような天才を根絶やしにしては、科学は成り立ちません。

これは理屈を言い合う Debate を好み、つじつまの合った話の方が正しいと思う米国人の弱点です。

(引用終了)


優れた科学者を生み出してきた日本ですけど、科学者を大事にせず、国外流出も気にせず、発明・創造を好む理系創業者から、経営優先のゼネラリストがトップに立ったことで、企業がダメになっただけでなく、その企業に大きな口出しをする官僚もゼネラリスト… なんだか、日本全体が沈没しそうになっている理由と似ているような気がしました。

「つじつまの合う話」が好きなのは、アメリカ人だけでなく、たぶん、日本も、日本人なりの「つじつまのあう話」が好きなのかもしれません。

この本の面白さは多岐にわたっていて、タイトルに記されたとおり「物理学者が発見した米国 ユダヤ人 キリスト教の真実 技術・科学と人間と経済の裏面」という、本当に盛りだくさんの内容から「未来予測」にまで言及されているので、内容を紹介するのも難しいのですが、こういった「切り口」で、本を書ける著者は、他にはおられないのではないでしょうか。

見た目の安っぽさ(失礼)とは真逆で、13ミリほどの厚みに、米国の歴史がギュッと凝縮されていて、10冊以上の本をショートカット出来るような内容。上記引用個所の人名はカタカナ表記にしましたが、本書は、横書きで人名以外の用語も「英語表記」が多く、検索好きとしてはその点も便利だと思いました。

また、第4章「ユダヤ人とは」に登場する(P87)ケストラーの『The Thirteenth Tribe』。私はこの本を読んだときに、日本人だけでなく、白人プロテスタントや、ユダヤ人自身にとっても、ユダヤ人が謎だったなんて!と驚いたんですが、本書によれば、現在でも最も有効な「仮説」のようですね。

◎ユダヤ人とは誰か ― 第十三支族・カザール王国の謎

米国とはどんな国なのか?日ユ同祖論とか、ユダヤの陰謀とか、
ユダヤ人のことを知りもしないで語ってしまう前に、
科学とアメリカへの猜疑心が大きくなっている「今」だからこそ、おすすめの1冊!


☆☆☆☆☆(めったにないタイプの本なので)

◎「目次」詳細
◎「あとがき」全文
____________

☆下記は西村肇氏に言及している副島隆彦「学問道場」掲示板から

☆副島氏が掲示板へのアップを要請したNHKのドキュメンタリー番組
◎1986年のチェルノブイリ原発事故から10年後、
内部被ばくの被害に関するドキュメンタリー番組(1/4)


◎上記の放送(4)の書き起し

◎[406]西村肇・東京大学名誉教授の記者会見に行く。

1) 福島原発から放出された放射能は、チェルノブイリの10万分の1、
最悪でも千分の1程度の規模
2) 津波ではなく地震でタービン間の配管が壊れた事故である
3) 非常用ディーゼル発電機が五時間しか動かなかったことが重大事故の原因

◎[411]4月8日西村肇東大教授の緊急記者会見
「理論物理計算が示す福島原発事故の真相」の内容


◎[425]4/8西村肇教授の会見がUstreamに掲載されました。

◎[428]福島原発で大気に放出された放射線物質の総量は、いったい、いくらなのか?

◎[439]ネコを飼い主に返還して、私たちは昨日も原発の正面玄関まで行ってきました。日本は、大丈夫だってば。心配するな。

◎[486]原発20キロ圏のは立ち入り禁止(警戒区域)となりました。
私は、激しく怒っています。住民をいじめるな。


◎[529]河野太郎という若い政治家の優れた「原子力行政」の文章を載せます。





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by yomodalite | 2012-03-24 11:19 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)
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PHOTO : http://cuteoverload.com


[追記あり]3月11日~3月22日の「Twiitter」から。

◎[3.23追加]英国の原発の今「クリーンなエネルギー」の行方は?

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by yomodalite | 2012-03-22 22:04 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)
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この曲は、YAEL NAIMの2011年のアルバム『She was a boy』に収録。

どう訳したらいいのかわからない部分も多いのですが、、、


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by yomodalite | 2012-03-21 08:41 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)
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石岡瑛子氏が、今年の1月に亡くなったというニュースを聞いたとき、私は久しぶりにその名前を思い出したことに、胸がズキンとして、石岡氏が亡くなったことより「石岡瑛子」という存在を、これまで大事にしてこなかったことが、日本にとって本当に大きな損失だったと思った。

逝去のニュースだけでなく、その名前は、これまでも胸が「ズキン」とすることが多かった。私は、石岡氏が日本を去られてから就職したのだけど、石岡氏と同世代や、もっと下の世代でも、当時の私にとって見上げるような先輩たちから「石岡瑛子」の悪口をよく聞いていたから。

学生時代の雰囲気と違って、その業界は普通の企業よりよほど「男社会」というか「ヤクザ」な体質をもっていて、その悪口は、社会に出たばかりの女子にとって脅えるほど辛辣で、「石岡瑛子」を目標にしたいとは、絶対に思わせられないような厳しい「掟」のようでした。

本書は2005年に出版されていて、彼女の代表作について12章にまとめられています。



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映画「MISHIMA」(金閣寺)



下記は、第一章「映画・MISHIMA」より省略して引用(中略と書いていない箇所も含め大幅に省略しています)

映画「MISHIMA」は、ある圧力によって葬られたまま、完成から20年以上経った今も日本では未公開になっている。この映画の制作と上映に対しては、私の想像をはるかに超えた複雑な動きが日本では起こった。政治的な動きもあったし、遺族の意志もあった。

法的チャンネルを通してくるものもあれば、公開すれば殺すという脅迫が出演俳優や重要なスタッフに対して投げられるという恐ろしい動きもあった。信じられないことだが、カンヌ国際映画祭に来た日本のジャーナリストたちのほとんどが、映画祭での成功の事実を無視したり、意図的に歪曲して報道するという行動に出た。

それなのに、制作の中心人物であるアメリカ側のフィルムメーカーには何の行動も起こさない。外人連中はしようがない、という理由なのだろう。このような露骨な反対の動きを見て、私は日本人でありながら、日本の闇の部分を全く知らないで生きてきたことに愕然とした。

スタッフのひとりとして内情をよく知る私は、そんな事実に出会って、たとえようもなく立腹し、悲しむと同時に実に頻繁に思い知らされたのは、もう風化しているはずの島国根性が今も知的な日本人の中に厳然と根強く残っているという現実である。そのことは、私が日本を離れるようと決意した理由の一端をも担っている。

とにかく、私が日本で映画「MISHIMA」の話をしたくても誰とも通じあえないということは、新しいキャリアの重要な1ページをつくってくれたこのプロジェクトに誰にも触れてもらえないまま、私は日本と疎遠になってしまったわけだ。(中略)




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Miles Davis「Tutu」




それにしても、私にとって最も大切な日本の観客に見てもらう機会を失ったダメージは計り知れない。監督のポール・シュレーダーはもちろんのこと、製作総指揮にあたったフランシス・フォード・コッポラや、ジョージ・ルーカスは、西洋のフィルム・メーカーには数少ない日本びいきで、この映画を通して、自分たちの日本の主題に対する真摯な立ち向かい方を観客に見てもらいたいと願って取り組んでいたので、彼らの情熱が日本に全く届かず、努力が不発に終わってしまったことがなんとも残念でならない。

それまでアメリカのフィルムメーカーが制作してきた日本に関するテーマの映画ときたら、将軍や芸者や忍者ものに終始していたのだから、フランシスやポールやジョージがイメージを変えようと努力したのは無理のない話だ。(中略)ポール・シュレイダーは、はじめ映画の評論を書いていて、それから脚本家になり、「タクシー・ドライバー」で一躍注目を浴び「レイジング・ブル」など傑作を何本も書き、『アメリカン・ジゴロ』などの個性的な映画をつくり、評判は上昇する一方である。

映画「MISHIMA」は弟との共同脚本だが、ポールは、もし三島という人間が仮にいなかったとしたら、よく似た人物を脚本という方法で創造していただろうと言う。なぜかと言うと、三島が人生の中で出会った葛藤は、ポールが体験し解決を求めてきた葛藤と非常によく似ているのだそうだ。しかも、三島が逢着した解決は、フィクショナルな人間に演じさせても不思議ではないほど劇的だった。はじめは単に面白がっていたが、そのうちに、せひ映画にしなければと考えるようになったのだと言う。ポールが作家としての三島に注目するポイントは、思想も面白いけれど、その思想が空想の世界から実生活に入っていった、その入り方が面白いのだと言う。

小説を書くというのは、虚構を働かせばすむのだから、作家は何もそれを行動でやりとげる必要はないのに、三島の場合は、小説の働きを見るだけでは、充分ではなくなり、最後には言葉に幻滅した。それは非常に面白い状況で、今までの映画では扱われたことがないだけに、映画にしてみたいという気持ちが次第に膨らんでいったのだ。才能もあって、年齢的にもまだ若い芸術家が死んでしまったとき、彼の芸術はどうなっていくのか。ポールは三島の中に、変わりゆく文学への啓示を見た。そして非常に興味をそそられた。



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ブロードウェイ演劇「M・バタフライ」




(ポールの映画の構成が語られて後に...)しかし、私が三島由紀夫の世界を表現することには無理がありそうだ。なぜなら、彼の文学を認めないわけにはいかないけれど、残念ながら彼の生き方には、理屈では語れない嫌悪感がある。「私は三島という人間が好きになれないんですが…」と正直に告白すると、ポールは一瞬私の顔をじっと見て「あ、それは幸いだ。この映画は僕の三島像をを描くのであって、エイコの三島像を描くのではない。三島に熱狂的な(ファナティック)な連中ばかりが集まって、三島の分析をしているような映画を創ったら、観客はしらけるよ」と説得した。(中略)

日本映画の数々の名作を撮影した宮川一夫のファンであった、一流撮影監督のジョンは、京都まで彼に会いにいき、話を交わし「機材は貧しくとも、素晴らしい映像を残してきたミヤガワを僕は尊敬する。だから、僕もここで入手できる機材でベストを尽くすよ」と私に語った。

この映画における最も困難な問題は、言語のコミュニケーションである。

私は日本人でありながら、アメリカ側から雇われたという微妙な位置にいた。そのため、両サイドの苦しいが少しでもわかる私は、アメリカ側と日本側のあいだに立って互いが上手く行くような、言ってみれば精神的コーディネーターの役をかって出た。ポールやジョンが極度のフラストレーションに陥っているときには、一緒に食事に行って全部吐き出してもらったり、主役の俳優たちが私のところに来て「監督は、僕たちの演技に満足しているのかどうか全くわからない。本当はどうなんだろう」と言うのを聞くと、ポールに演技のイエス、ノーをもっとはっきり俳優に伝えた方がいいのではないかと話に言ったり、差し出がましくない程度にブリッジの役目をはたすように努力した。

しかし、実際には、私自身が別の意味で苦境の中にいた。私が美術監督という大役を担っていることが、どうやら男性で固められている日本のクルーにとって、気に入らなかったらしい。(中略)

あらためて日本の映画界の化石のようなふるい体質にショックを受けた。私のように女性であり、映画のアウトサイダーであり、その上、アメリカ側から雇われ、プロデューサーや監督から大切にされていることが、とにかく不快だということらしい。

プロデューサーのトム・ラディは、日本の社会が男尊女卑の社会であるらしいと頭ではわかっていたものの、私に対する日本クルーの屈折した扱いを間近で目の当たりにして、あらためて日本という国の体質を認識させられ、愕然としていた。(中略)




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映画「ドラキュラ Bram Stoker's Dracula」




カンヌ映画祭では、入場できない、つまり、その夜のチケットを買うことのできない観客で会場入り口はあふれかえっていた。その数は数千人におよぶと言われた。終わると私たちはいっせいに、スポットライトを浴びた。超満員の観客から受けたスタンディング・オベーションは「本当によくやった」というねぎらいの気持ちに近かったのかもしれない。とにかく拍手が鳴りやまず、どうしていいかわからなかったほどである。

二千人の満席の観客が声を立てず息をつめて映画を見てくれて、途中で席を立った人などひとりとしていなかったのに「どんどん途中からは客は出て行った」などという悪意のあるウソを日本人のジャーナリストたちは新聞に書いた。とにかくアメリカ人が映画「MISHIMA」を創り、世界の熱狂を受けることに異常な敵愾心を持っている。日本のジャーナリストや、一部のフィルムメーカーは、いったい何におびえて歪曲した報道をしているのだろう。

ある日本人のジャーナリストはポールに次のような質問をしている。「あなたはアメリカ人なのに、どうして三島が描けると思うんですか?」ポールはその記者に「Why not? どうしてアメリカ人に三島が描けないと思うんですか?そういうあなたは三島をよく知っているんですか?」と聞き返したら、絶句して後がつづかなかったという。

ポールが日本語で映画を創って達成しようとした血が滲むような努力、アメリカ人と日本人が一緒になってポールの夢を実現しようと、汗と涙を惜しまず提供したその結果など、日本の誰も見ようとしなかった、その事実だけが今も重くよどんで残っている。

撮影が終わり、ポールは日本を発つ前に「日本人はヒト科の一種族にすぎないのに、今、大変な思い上がりをしている。21世紀いおいて日本人は、必ずや世界の指導者の一角を担うだろう。しかし、このような謙虚さの足りない人種が指導者になったときの怖さを、僕は憂えるね」と言い切って帰っていった。謙虚は日本人の美徳ではもうなくなったということなのだろうか。

映画「MISHIMA」に懲りて、サムライやゲイシャではなく、現代の日本の主題に真正面から真剣に取り組もうとするフィルムメーカーが西洋から現れるということも、当分ないだろう。「それで結構」という声が、日本のどこかから聞こえてくる。(引用終了)



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映画「落下の王国」




映画「MISHIMA」はVHSで持っていて、何度か見ているけど、いったい何が問題だったのかまったくわからない。でも三島の遺族が…というのが本当の理由ではないことは、本書の記述でも明らかですね。緒形拳や、沢田研二、加藤治子、坂東八十助、佐藤浩一、永島敏行…という素晴らしい俳優が、素晴らしい演技をし、もちろん反日的なところなんて全然ない。日本のジャーナリストというのは、特別バカでないとなれないのでしょうか?(それとも一流大学を卒業した人間をわざわざ「バカ」に改造する特殊な機関なのでしょうか?)

私は日本が好きなので、外国のようになって欲しいとも思わないし、石岡氏もそうだったけど、海外で成功された日本人の多くが帰国されていることを考えても、日本は、日本人にとってはいい国なんだと思う。

日本人ほど、謙虚な国民はいないと多くの日本人は思っているし、私もそう思う。でも、ポール・シュレーダーが「謙虚さが足りない」といったことには、なぜか納得してしまうし、「MISHIMA」に限らず、石岡氏がどれほど現場で苦労されてきたかも、本書のあらゆる箇所で痛いほど感じる。それは「男尊女卑」とか「女性差別」だけではなく、空気を読めという「掟」と、顔が見える人間をリーダーに出来ないことが大きいのだと思う。(黒澤組とか、石原軍団とか、男同士の場合は「チーム」化することがあるけど…)

日本は長い間、本当に素晴らしいセンスをもっていて、身のまわりの品がすべて美しい「用の美」をもった国だった。石岡氏もそのような日本文化の中で、類希なセンスを開花させられたのだと思うし、石岡瑛子が生きた時代、日本のデザインは世界最高だった。



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映画「ザ・セル」




当時、資生堂にはものすごく素敵な人がいっぱいいて、卒業後、私と同様「地獄のような」仕事場に就職した同級生(男)は、その後、資生堂に入ったとたん、目に見えて生き生きとしていた。資生堂を離れた石岡氏のことは、堤清二氏の「セゾングループ」が救っていた。最近のことはまったく知らないのだけど、どちらももうあの頃とはまったく違うと思う。

紙媒体が圧倒的に激減して、印刷技術や、紙会社に影響があっても、かつてのグラフィック・デザイナーを目指したような人間の才能には影響はないはずなのだけど、紙媒体に限らず、すべてのプロダクトでも、日本の美しいデザインが失われたのは、権威者たちに謙虚さがなくなって(自分たち以外の“デザイナー”を許さない)すっかり「美的音痴」になり、その他大勢がその空気を読んでいるからだと思う。

石岡氏はインタヴューで、芸大でデザインを専攻していると言うと「芸大にファッションデザイン科があるんですか?」とよく聞かれたという。(現在のデザイナーも同じ質問をうけているだろう)逝去のニュースのときも「衣装デザイナー」という報道が多かった。

米国では映画や舞台からの依頼が多かった。だから、彼女は「舞台」や「衣装」をデザインしたのであって、石岡瑛子はなんだって「デザイン」できた。そんなことすらわからない人は、どうかこれ以上「日本のデザイン」に関わらないで欲しい。

届かない星であっても、それでも、石岡瑛子になりたいと思って毎日を過ごしかった。

この人にもっともっと憧れられる日本だったら、、

日本はもっと素敵な国になっていたはずなのに。



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ミュージックビデオ ビョーク「COCOON」







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シルク・ド・ソレイユ「VAREKAI」




[目次]
第一章 カンヌ国際映画祭芸術貢献賞受賞 映画「MISHIMA」
第二章 グラミー賞受賞 マイルス・デイヴィス「TUTU」
第三章 ニューヨーク批評家協会賞受賞 ブロードウェイ演劇「M・バタフライ」
第四章「映像の肉体と意志 ー レニ・リーフェンシュタール」展
第五章 アカデミー賞コスチュームデザイン賞受賞 映画「ドラキュラ」
第六章 ブロードウェイプロダクション「デビッド・カッパーフィールドの夢と悪魔」
第七章 オペラ「忠臣蔵」
第八章 オペラ「ニーベルングの指輪」四部作
第九章 映画「ザ・セル」
第十章 ミュージックビデオ ビョーク「COCOON」
第十一章 シルク・ド・ソレイユ「VAREKAI」
第十二章 ソルトレイク冬期オリンピック


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by yomodalite | 2012-03-19 09:54 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)
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☆藤永先生のメールから[1]のつづき

先生の「彼の舞踏にはすっかり感心してしまいまして、YouTube を漁り続けています…」に嬉しくなって、お気に入りの「動画」を教えてくださいと質問しました。

(先生のメールから)

MJのダンスをあれこれ見てみましたが、パフォーマンスの断片的なYouTubeの動画のどれが一番気に入ったかを申し上げることは出来ません。強いて言えば「Michael Jackson 1995 MTV Video Music Awards」と題する8分半の動画ですが、私の心を惹き付けてやまないのは彼の舞踏の全体であり個々の瞬間の動きです。

まだ幼いMJが踊る「I wanna Be Where You are」というのも見ましたが、舞踏の極限地点に達したMJのことを思うと、私は “You've gone a long, long way!” と声を掛けたくなります。

(引用終了)

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みんな、何度も何度も見た映像だと思いますが、


☆8分半のは高画質なものの比率が違っていたので、これは10:40のもの




☆こちらは、他にもっといい動画あったかな?





“ You've gone a long, long way ! ”… 


80年代は、まだライヴァルがいたように思えたけど、90年代のMJは「ぶっちぎり」で、私には、完全な「1人勝ち」に見えました。

◎MJにしてはめずらしい長めのMCのこと...


先生のメールにあった、ニジンスキーや、武原はんも、ヴァレリーも、ドガも、まったく馴染み深い名前ではなかったけど、でも、新鮮というだけでなく、なんか「ストン」をわかった感じがしました。

なぜ、MJと言えば「スリラー」なの?という疑問が、しつこくあったんですけど、デンジャラス期以降のMJを語る言葉がアメリカで極端に少ないのは、アメリカのフィギュア選手と、ロシアやヨーロッパの選手の違いを考えても、なんとなく納得できますね。


私は、アメリカの若い世代のアーティストですら、MJとエルヴィスを比較していることが、ずっと不思議だったんですけど、それは、内田樹氏の『うほほいシネクラブ』(『ヘアスプレー』の部分)で、ようやく少し納得しました。

ロケンロールこそ、1945年以後のアメリカ人が肌の色を超え、信教の違いを超え、階級を超え、政治的立場を超えて、1つに結びついた、たった一度だけの歴史的経験だったのでした。

エルヴィスはそのように愛されていて、MJにも「アメリカ全体でひとつになれる」という役割の重要さは、彼の芸術の進化などより、彼の国にとっては、よほど重要で、だから、圧倒的な円熟期である「デンジャラス」や「ヒストリー」を無視しても「スリラー」が大事なんだなぁ。

でも、MJは、これほどの「芸術的進化」を遂げつつも、KING OF POP としての「役割」も担って、子供時代の歌をも歌い続けた。。。


“ You've gone a long, long way ! ”… 





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by yomodalite | 2012-03-17 09:22 | MJ考察系 | Trackback | Comments(2)
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藤永先生のメールから、みんなと「共有」したいと思った箇所をちょっぴり紹介します。

(先生のメールから)

マイケル・ジャクソンのことでは、深い森の中の広いmazeに迷い込んだ感じです。必ずしも出口がないとは思いませんが。

彼の舞踏にはすっかり感心してしまいまして、YouTube を漁り続けていますが、いつもの悪い癖が出て、「舞踏とは何か」という設問に、またぞろ、頭を突っ込んでいます。ニジンスキーとか武原はんとかを思い出すのはよいとして、ヒョットコ踊りまでが気になり始めました。

人間の正常状態では滅多にとることのないポーズ(静止形態)やムーヴメントが何故こんなにまで面白く、刺激的で、美しくさえあるのでしょうか?(そして、それが魂の入らぬ模倣物であれば、何故耐えがたい嫌悪を覚えるのか?)

ポール・ヴァレリーに「ドガ・ダンス・デッサン」という名エッセーがあります。その中の一文を引用します。

制作するに当って、一人の人間の能力全部が用いられることを必要とし、またその結果である作品を鑑賞するのに、別の人間の能力全体が刺激されて、作品の理解に努力することを必要とする、そのような芸術のことを私は「大芸術」とよぶのである。それ以上のことを意味しているのではない。

私は、この言葉を、マイケル・ジャクソンという人間の総体に適用して考えたいと思っています。

(引用終了)
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大芸術! その言葉が新鮮だったにも関わらず、なんかもう「そのとおりだ!」と思ってしまって、私は、ドガに対して踊り子の絵ばかり描いていた人というイメージ以外、何も知りませんでしたし、ヴァレリーも、少女時代に少し気取って読んでみただけで、すっかり忘れていたんですけど、

MJに対しての「アメリカン・レヴュー」のパターンに飽きていたところだったので、なんだか興奮して『ドガ ダンス デッサン』を読んでみることにしました。

先生が紹介してくださったのは、吉田健一氏の翻訳なのですが、旧字、旧かなの古い本しか見つからなかったので、私が実際に読んだのは清水徹氏による2006年の新訳の方です。

◎ドガ ダンス デッサン/ポール・ヴァレリー、清水徹(翻訳)

『ドガ ダンス デッサン』は、ドガと深い親交があったヴァレリーが、ドガの作品と、彼の発言から「ドガの肖像」を描いただけでなく、1933年から1938まで、様々な雑誌などに断章として発表されたヴァレリーの文章をまとめたもので、ドガだけでなく、マラルメとも対比させているなど、知的な香り満載のエッセイで、

ドガ=踊り子の画家としか知らない私にとっては、ドガの洒脱な毒舌ぶりも新鮮な驚きだったり、踊る女を描くということの意味について、初めて想像してみたり、絵やダンスのことだけでなく、まさに、この本全体が「能力全部が刺激される」ような本になっていると感じました。

ちなみに、上記の箇所は「清水訳」では、

わたしが《大芸術》と呼ぶものは、単純に、ひとりの人間の全能力がそこで用いられることを要請し、その結果である作品を理解するためにもうひとりの人間の全能力が援用され、関心を向けねばならぬような芸術のことである。

エッセイ全体は、もう少し読みやすい文章なんですが、、ひとりの人間と、もうひとりの人間とか、援用とか、なんかメンドクサイ文章だなって、うっかり思ってしまって、、、

で、そんなわたしに、先生は、フランス語の原文も教えてくださいました。

(先生のメールから)

引用した部分はもっと直訳でもよかったかも知れません。ご参考までに原文を写します。

Ce que j’appelle < Le Grand Art >,C'est simplement l’art qui exige que toutes les faculties d’un homme s’y emploient, et dont les œuvres sont telles que toutes les faculties d’un autre soient invoquées et se doivent intéresser a les comprendre …

faculties というのは「能力」といっても人間のあらゆる「機能」を意味するでしょうからMJ を考える場合によく当てはまる言葉でしょう。また、 les œuvres (作品、仕事)は複数です。


(引用終了)

英語がヤバい以上に、フランス語はもっと「チンプンカンプン」なんですが、これを、自動翻訳で英語にすると、

What I call < The Big Art >, It is merely the art that requires that a man's faculties uses themselves of it, and whose works are as all faculties of another are invoked and must interest has understand them …

直訳にはなっていないと思いますが、、、なるべく簡単に理解したいと思って、

私が「大芸術」と呼ぶのは、制作するのに、ひとりの人間の能力がすべてが用いられている作品のことで、それゆえ、それを鑑賞する側も、作品の理解に、すべての能力を使う必要がある。

としてみたんですが、やっぱり吉田健一氏の文章が素敵で、尚かつわかりやすいですね。


☆ニジンスキー
◎[動画]Nijinsky 1912-L'Après-midi d'un Faune (full version)
◎[動画]Nijinsky 1910 - Carnaval
◎ニジンスキー(Wikipedia)

☆武原はん
◎『武原はん一代』松岡正剛の千夜千冊
◎「地唄舞 武原はん」
◎「武原はん 幻のパリ公演と大佛次郎」
◎[動画]地唄「雪」武原はん
◎[動画]地唄「松の寿」武原はん


☆藤永先生のメールから[2]につづく




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by yomodalite | 2012-03-15 21:57 | MJ考察系 | Trackback | Comments(16)

和訳 Feist “1 2 3 4”

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古いMac3台をiMacへ移行してて、普段よりPC前にいる時間が長くて、新しいMacに目一杯ぶち込んだ音楽(海外)を聴いてる時間も長いせいか「Apple」のCM音楽も気になってきましたw(だって “Color Classic” からずっとMacばっかり買わされてるし…)

☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2012-03-14 20:12 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(4)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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