<   2011年 07月 ( 16 )   > この月の画像一覧

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みなさま、夏をどうお過ごしでしょうか。(わたしは本を読むことにもあれこれ書くことにも疲れてしまって、ステキな音楽ばかりをただただ聴いていたいです。)

☆写真はすべてレイ・ハラカミ氏のアルバムですが、収録曲とは異なっています。


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by yomodalite | 2011-07-31 10:12 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(3)

Marvin Gaye “I Wan't You”

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オリジナルアルバム収録外や、一番よく聴いている “I Wan't You” を中心に
コレクションしてみました。


Marvin Gaye - What's Going On ( acapella )





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◎Marvin Gaye Come Get To This / Distant Lover Solo



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◎Marvin Gaye "I Want You" (1976)



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Marvin Gaye - Let's Get It On ( acapella )





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Marvin Gaye - I Heard It Through The Grapevine ( acapella )








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◎Marvin Gaye - Wholy Holy" (1971)


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◎Marvin Gaye - Trouble Man


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◎Marvin Gaye - Mercy, Mercy Me(the ecology)


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◎Marvin Gaye - Inner City Blues (Make Me Wanna Holler)


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◎Marvin Gaye - After The Dance (Live In Ostend, 1981)


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◎Marvin Gaye & Tammi Terrell - Ain't no Mountain High Enough(1967)



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◎Marvin Gaye - I want you(ダンサーステージ)


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Marvin Gaye sings American National Anthem

◎1968 World Series
◎1979 Las Vegas caesars palace


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[必聴]1983 NBA All Star Game
(史上最高のアメリカ国歌! 上の1968年、1979年と比較してみてください)







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◎[娘によるトリビュート]Nba Allstar-Game 2004

◎Nike Basketball Commercial Ver


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◎Marvin Gaye - Flying High(In A Friendly Sky)
◎Marvin Gaye - Save The Children (1971)



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◎www.Kadirnelson.com

◎Painting is like the illustrated biography of Michael Jackson
http://www.usatoday.com/life/music/news/2010-12-14-michaelalbum14_ST_N.htm

In 2003, while recording the song One More Chance, Jackson spotted a tribute painting of Marvin Gaye's life in Gaye's studio. The King of Pop immediately dialed Nelson. "He said, 'I want one about me, but I want it to be bigger,' " Nelson says. "He was always like that," Jackie adds with a grin. "He wanted things big."(ホント負けず嫌いなんだからぁ...笑)

◎Kadir Nelson only spoke to Jackson once before the singer's death.
http://www.mtv.com/news/articles/1654180/michael-jackson-asked-albumcover-artist-paint-him-before-died.jhtml


◎Marvin Gaye - Soul Train “Let's Get It On” (1974)
◎Jackson 5 - Soul Train “Dancing Machine”(1973)
◎Michael Jackson - Soul Train “One Day In Your Life ”(1975) 


Marvin Gaye - "Motown 25 Anniversary Special"







Michael Jackson - "Motown 25 Anniversary Special"







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◎Marvin Gaye - God Is Love(1969)
◎Marvin Gaye - Sexual Healing(1982)




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by yomodalite | 2011-07-30 01:02 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)
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ルドルフ・ヴァレンティノ(Rudolph Valentino)



☆(36)のつづき

「スペードのKING」の行方の前に、そう言えば、最近「顔について」なのに、全然「顔」について語ってないような気がするので、これまでに挙げた人物以外に、もうひとり、この方を追加しておきたいと思います。



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MJの顔への違和感が大きくなっていったのは、彼の不自然な「白塗りメイク」が大きいと思うのですが、よく考えてみると、彼は肌の病気によって、白人よりも、もっと白い肌になっているので、むしろ「ナチュラルに見える」ときの方が、肌色ファンデで「顔色をカモフラージュ」しているはずなんですよね。

MJのメイクが、レディーガガのように「アート」には見えなかったのは、ガガが「顔」を自由なキャンバスとして捉え直しているのとは異なり、

この頃、MJは「不自然な白い肌色」を少し工夫して、そのまま見せる方が「アート」だと思ったからだと思うんです。



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彼が、白班症について積極的に語らなかったのは、病気として「ネガティブ」に捉えるのではなく、すべて「創造」の源泉になりうるという信念からと、

また、その病気が特に女性に多く、遺伝に関わっているということも関係があるかもしれません。ジャネットは、家族にはもうひとりその病気で悩んでいる人がいると発言していますが、公表されていませんし、

彼のような有名人がもっと積極的に公表すれば、同じ病気のひとに勇気を与えたのではと思うひとも多いと思いますが、女性に多いことと、遺伝が関係していることを考えると、そのメリットは「微妙」で、

特に、黒人が「白班症」になるのは、黄色人種や白人が白班症になるよりもずっと人種的なアイデンティティの崩壊にも繋がる大問題なので「肌の色なんか関係ない」というメッセージの方が、より大事だと考えたんじゃないでしょうか。



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HIStory期以降のメイク顔は、彼の好きなピエロや仮面の影響もあったとは思いますが、不自然な「白い肌」をそのまま活かそうとする発想も根底にあったんじゃないかと思うんです。

(15)で紹介した写真を見ても、MJが伝説的美男と言われた、ルドルフ・ヴァレンティノをかなり研究していたことは間違いないと思いますが、『You Rock My Would』では、冒頭の中華屋のシーンを除くと、MJがやっていたのは「美男の演技」だと思うんです。

ヴァレンティノは、サイレント映画時代のスターで、淀川長治氏の『活動大写真』でも、

このヴァレンティノのラブシーンが物すごい。彼は激情に達するや、相手の女をぐいと抱きしめ、サッと彼女から身を離し、ついで再びグイと引きよせ、力いっぱい抱きしめる。それで女はガバと彼の腕によりそうことになる。すると彼は女の肩を両手でワシづかみにする。やがて片手で女の肩から腕へとその手をなでおろし、その腕の肉をくいこむがごとく握りしめる。と、もう一方の手は、女の首にまわる。そして女の背中を二回なでまわしてから、熱き接吻をするのであった。(引用終了)



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と表現されていて、やっぱり、多くの女性が虜になったのは「顔」だけではなくて、その「表現」だったと思うんです。

MJが初めて「赤い口紅」を見せた『Blood On The Floor』では、彼はめずらしく女性と絡んで踊っていますが、ヴァレンティノは元々タンゴダンサーで、彼の代表作には『血と砂 Blood and Sand』(マタドール役)という作品も・・・

☆『THE FOUR HORSEMEN OF THE APOCALYPSE』 (1921) という映画の有名なタンゴダンスシーン
◎Rudolph Valentino - TANGO DANCING

☆この動画で見る、撮影外のヴァレンティノは、素敵なんだけど
◎Rudolph Valentino - Caught On Film

☆代表作とも言われている『血と砂』は、スペイン人を演じるのに
眉毛を繋げたせいなのか(笑)、今見るとそんなに魅力的に見えない?(3:29)

◎Rodolfo Valentino - movie "Blood and Sand" (1922)

MJは、これまで学んできた「サイレントムービー」のスターたちのドーラン白塗り+口紅といった顔(ここで選んでいるヴァレンティノの写真はナチュラルなものが多いですが)が、自分の「白い肌」に意外と合うかも...と考えて、

SF『Blood on the Dance Floor』に取入れているのかもしれませんね。



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◎Blood on the Dance Floor

☆こちらは、わたしの大好きなリミックスVer!!!
◎Blood on the Dance Floor (alt version and remix)

ホントMJは、驚異的に負けず嫌いで、そーゆー勝負はハッキリと片をつけたがる男ですからね....

で、見てのとおり、MJの方がダンス上手いですよね。

それと、全世界の女を失神させたっていう伝説も

とっくにクリアしちゃってますよね。



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白塗りメイクで、女とタンゴを踊って、ヴァレンティノ超えもはっきりさせちゃったし、もう後は、マーロン・ブランドよりスゴい役者としても認識されて、チャップリンのように面白くて、映画史上に遺る映画を創って、モハメッド・アリのように強い男としても、キング牧師や、ネルソン・マンデラのような不屈の男とも、勝負しなきゃならないので、

\(・_\)ちょっと「美男」は置いといて (/_・)/


しばらくの間「ガールは黙って見ていろ」もしくは、

But they say the sky's the limit
And to me that's really true
And my friends you have seen nothin'
Just wait 'til I get through...


人は可能性は無限大だと言う。
僕にとっては正にその通りさ。
でも、友よ、君にはそれが見えていない。
だから僕の言うことを理解するまで待つんだ。

という心境で『You Rock My Would』を創って、その後、本当にもうめちゃめちゃ待たされたけど、MJは、まさかと思うほど「ダンディな男」として、そして誰も想像もしていなかったほど「タフな男」として、帰って来たんじゃないかと・・・



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MJより23歳年上のアラン・ドロンは『ボルサリーノ』で、ヴァレンティノ風の美男ギャングを演じていて、ドロンは、この映画の後に、アメリカ進出をするのですが、彼自身は、古式然とした美男演技の人ではなかったものの、ニューシネマ時代に突入したハリウッドでは、ドロンの美貌も、ヨーロッパ臭さも、もうあまり必要とされませんでした。

ですから、MJと同時代の俳優は、エキゾチズムで人気を得たヴァレンティノに学ぶなんてことは、ほとんどなかったと思うんですが、MJだけは「美男の演技」を、役者以上に学んでいて、アラン・ドロンまで、わずかに残っていた、陰鬱な眼と、冷たい表情でありながら情熱的な態度という「美男」の伝統に、音楽やリズムも含めた「黒人センス」を加え、

また『You Rock My Would』では、MJはめずらしくスカーフで髪をまとめていますが、これは、ヴァレンティノ風と言われる、ポマードぺったりなヘアスタイルを、MJ風にアレンジして「サイレント時代の美男」を取入れているんじゃないでしょうか。



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陰鬱な眼と冷たい表情と情熱的な態度の美男を
アートとして再構成してみた顔w
一番上と比べて見てね。



彼はより良い表現のためには、ダンスや歌の練習だけでなく「演技」の勉強がすごく重要だと考え、美しく見せるために「美男」をすごく研究して身につけていたと思うのですが、それと同時に、彼のパフォーマンスではなく、カッコ良さばかりに惹き付けられてしまう大勢のガールや、

彼と同じ顔に整形したいという希望を反対されたことで自殺してしまったファンもいたことから「顔じゃない」というメッセージも重要だと考えていて、

その両方のせめぎ合いと、ミレニアムに向けた様々な「宣戦布告」が目一杯詰まって、あの顔になっているのではないでしょうか。



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映画『アラン・ドロンのゾロ』Alain Delon “Zorro”



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『マイケル・ジャクソンのゾロ』(笑)



◎ルドルフ・ヴァレンティノ(ウィキペディア)

☆ヴァレンティノの濃厚キスシーンがいっぱいの動画
◎Rudolph Valentino - Tango Kisses
◎Rudolph Valentino - Tango Kisses Ⅱ

☆淀川長治氏がヴァレンティノの声は「聴いた時ぞーっとする程下手で、声が悪かった」って言ってるのは、これかな?
◎Rudolph Valentino Sings Two Songs (1923)


☆(38)に続く


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by yomodalite | 2011-07-26 15:32 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(1)
何ヵ月か前に、いとうせいこう氏のツイッターで、

二週間ほど前、批評空間の名編集者(俺の最後の小説「去勢訓練」担当)、故・内藤裕治氏からの封筒がどこからともなく目の前に滑り出てきて、やっぱり書けと言いますかと俺は書斎で独り言を言った。陣野氏にも同じようなことが起きたと「すばる」には書いてある。(2010/11/07)

という文面を発見して、いとう氏の最後の小説(いまのところ)をまだ読んでいなかったことに気づきました。

家では、本は奥深く収納してあるのですが、選りすぐりの30冊ほどのみ見えるところに置いてあって、それらは、自分にとって、どこか「特別」な本で、尚かつ素敵な装幀に限られているのですが、今確認してみたら、その中に、いとうせいこう氏の本は『マルクス・ラジオ』『ワールズ・エンド・ガーデン』の2冊もありました。

(同じく2冊あった著者は、澁澤龍彦の 『高丘親王航海記』『フローラ逍遥』、滝本誠の『映画の乳首、絵画の腓』 『渋く、薄汚れ。』

いとう氏のデビュー作『ノーライフキング』は衝撃的で、映画化もされましたけど、わたしにとって『ワールズエンド・ガーデン』は、それよりもさらに特別な感情を抱いた作品でしたが、

その後、わたしが個人的に読書をしなくなったり、出来なかった時期と重なっていたせいもあって、いとう氏の小説を読むのは、すごく久しぶりでした。

ただ、去勢のことも、それに訓練が必要なことも、今まで一度も考えたことがなかったせいでしょうか、この本がこんなに「エロい」内容だとは想像してなかったんですが(わたしは、ときどき「エロい本」が読みたい方なんですけどね。。)、

でも、この本は、ここの紹介にあるようなエロティックストーリーでもなければ、

数少ないネットでの感想のように「あまり面白くない本」でも、決してなく、やっぱり、すごく衝撃的な本でした。

同じくいとう氏のツイッターに、

陣野俊史×星野智幸対談(「すばる」)をトイレでふと開いたら、『ワールズエンドガーデン』と『去勢訓練』を引き合いに出しながら戦争小説について語っていて、ああ書いた甲斐があったなあと思った。(2010/10/26)

とあったので、雑誌「すばる」から引用します。

2010年11月号「すばる」〜「その後」の戦争小説論(16)
星野智幸氏との対話ー陣野俊史


陣野 前回、この連載で私は星野氏の新刊『俺俺』について書いた。いろんな問題があの小説には潜んでいるけれど、まず最初に提起したいのは、私が便宜的に「2003年問題」と呼んでいる現象についてだった。2003年のイラク空爆以後、日本の、主として若い作家たちは広義の「戦争小説」を書いているのではないか、というものだ。(中略)星野氏は2003年には大きな転換点といえる『ファンタジスタ』を書いている。2003年の転換について、星野氏はどう考えていたのか。

星野 たしか『ファンタジスタ』を書いているときだったと思いますが、自分の中で「新しい政治小説」というコピーを作ったのを覚えています。小説が政治をまともに扱うのは下品で恥ずかしいことだ、という空気が80年代にはありましたよね。政治を扱うと小説は政治の道具になってしまう、政治に取り込まれてしまうというような警戒感が強くあった。(中略)でも、そのままだと、誰も見ていないところで後ろ向きに抵抗しているような感じがあって、はっきり見えるところで政治というものを素材にしたいと思ったんです。その意識は『在日ヲロシヤ人の悲劇』を書くくらいまで続きました。

ーー直接的なきっかけはなかったんでしょうか。

星野 背景として「9.11」は大きかったと思います。(中略)湾岸戦争の後、それにまつわる小説はあまり書かれなかったけど、イラク空爆以後「戦争」を意識した小説が書かれるようになったということを、陣野さんは、この連載で指摘されました。そのことは、僕が小説を書きはじめた原因のひとつです。(中略)

しかし「日本が湾岸戦争および今後ありうべき一切の戦争に加担することに反対する」という声明に署名し、名を連ねていた中上健次は92年に死んでしまった。(中略)

中上健次の晩年の作品に対して世の評価はあまり高くないけれど、書けない状況の中で、どう書けるのかということを試行錯誤していたように思えてならない。(中略)それを自覚している人は書けなくなる。ー1991年に書き始め、翌年に一部は発表したものの、けきょく単行本の刊行が1997年になってしまった高橋源一郎さんの『ゴーストバスターズ』などはその典型ですね。


星野 まさにそうです。それと、いとうせいこうさん。いとうさんは湾岸戦争を彷彿とさせる『ワールズエンドガーデン』を書いた後、もはや小説が成立する状況にないことを深く感じ取っていたんじゃないかと思うんですね。そして1996年、雑誌「批評空間」で『去勢訓練』の連載を始める。『去勢訓練』は、それまで小説が前提としてきたのとは別の足がかりを得るための一歩で、「まず失っていることから始めよう」という小説だった。

そういうふうにしないと始められないと、僕も感じていました。いとうさんはあの時代にすごく正直に反応した作家だと思います。(後略)


2010年12月号「すばる」〜「その後」の戦争小説論(17)
いとうせいこう『ワールズエンドガーデン』『去勢訓練』ー陣野俊史


本連載で、前回、星野氏と話した折、ちょっと驚いたことがあった。それは、星野氏が、戦後文学との連続性よりも、90年代に登場した女性作家諸氏や、いとうせいこう氏とのつながりの中で小説を書いてきたと語ったことである。(中略)

90年代、男性作家たちは、どこかでメタノベルを書くことを要請されていた。(中略)物語への違和を、メタノベルで表明する小説こそが男性作家に求められていた。象徴的な存在は高橋源一郎である。(中略)こうした流れの中で、作家としてのいとうせいこうはどのように活動していたのか。

迂闊なことに星野氏に指摘されるまで、小説家いとうせいこうを湾岸戦争以後の小説の動向と重ね合わせて考えてみたことがなかった。(中略)私にとって、いとうせいこうは、まずラッパーであった。(中略)

『ワールズエンドガーデン』は戦争小説か、と言われれば、違うとしか答えようがない。舞台は、イスラム教の雰囲気が立ちこめる「ムスリム・トーキョー」。何故、東京の小さな町がイスラム化したのか。(中略)

小さな町の小さな人間たちの抗争だからこそ、小説は様々な連想を呼ぶのではなかったか。たとえば、小さなグループ間の抗争ということで言えば、いとうの数年後、石田衣良の手で『池袋ウエストゲートパーク』シリーズが書かれ、ヒキタクニオの手で『凶器の桜』が書かれることになる。(中略)『ワールズエンドガーデン』は幾重にも先取りしていたと、とも言える。

いとうせいこうは、いつも、時代より少し早い。(中略)

私の理解では、いとうせいこうは「男」の流動してとどまることのない横断性を進化させた小説を書いている。それが『去勢訓練』である。『去勢訓練』を検討する前に、もう人だけ『ワールズエンドガーデン』に触れておきたい。

この小説には2頁に及ぶ「献辞」がついている。(中略)「パキスタンにおけるイスラム神秘主義歌謡の帝王、ヌスラット・ファテ・アリー・ハーンとそのグループに」というような献辞群に混じって、こんな一節がある。

「つながった世界(ファック・オフ!!! ノストラダムス)」の中で “今が最高だところがって行こうぜ” と歌って我々を励まし、そのまま1人で天国へ転がって行ってしまった故江戸アケミに」(中略)

『去勢訓練』は、5つの短編からなる。(中略)それぞれ長短はあるものの、すべての短編に一貫していることがある。それは、行為の虚飾性が徐々に剥がれていき、ふいに、行為と無関係の何かが出現する。そして男性であること、あるいは女性であることは不意に逆転する、という構図である。(中略)

ただ、最後にひとつだけ言っておきたい。21世紀の日本文学は『去勢訓練』の成果の延長線上に位置する、優れた小説を幾つも持っている。湾岸戦争以後の停滞から立上がるために、小説家いとうせいこうが果たした役割は大きい、と(遅まきながら)いま、思っている。(引用終了)


陣野氏の文章は、相当省略してあって、もっともっと深い内容なので「すばる」誌で、実際にお読みくださいませ。

くれぐれも、90年代に本当の「こども」だった人や、大人ぶっている人(こどものくせにぃ)、またこれまでに、いとう氏の小説を読んだことのない人は「エロさ」に釣られて手を出さない方こと!(これは、そーゆー本じゃないです。残念ながら....)



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by yomodalite | 2011-07-24 18:31 | 文学 | Trackback | Comments(0)
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1974年に公開された実写版「ルパン三世」。


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企画に、赤塚不二夫、中山千夏の名前があるのですが、ウィキペディアによれば、実際はノータッチだったとこのこと。



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でも、監督がクレージーキャッツの映画を何作も手がけている方だからか、コメディがよくわかっていて、役者の選び方も、物語のリズムも、一流の「B級センス」を感じました。


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また、「一流のB級映画」の良心である「イイ女」が江崎英子さんであるところも、志の高さを感じるんですが、江崎英子さんの撮り方だけが残念な映画です。


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キレイで可愛くて、セクシーで、めちゃめちゃスタイルがいいのに、どこか子どもっぽくて、優しくて・・・江崎さんの素敵なお姿が、極わずかしか遺されていないのは、ホントに残念。(こんなボケボケ写真でしか記録できないのも)



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ロジェ・バディム監督が江崎さんを撮っていてくれたら、ブリジット・バルドーにだって大差で勝っていたはずなのに。


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宮崎駿のルパンより、目黒祐樹さんのルパンの方が300倍ぐらい好き-----!!!


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殺し屋 丸高太:前川清!!!


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孤児院に現れた殺し屋:天本英世!!!

◎ルパン三世念力珍作戦(予告編動画)

[出 演]
ルパン三世:目黒祐樹
次元大介:田中邦衛
峰不二子:江崎英子
銭形警部:伊東四朗

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by yomodalite | 2011-07-24 10:34 | 美男・美女 | Trackback | Comments(0)
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☆写真は『ボルサリーノ』と『ボルサリーノ 2』が混じっています。

今はいないようなタイプの素敵な男女をコレクションするのが「美男・美女」のテーマなんですが、私が、美男・美女より、もっと好きなのは「最後のひと」というテーマで、

それで、あるとき、ふと思ったんですけど、アラン・ドロンという人は「最後の美男」だったんじゃないかと思うんです。



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わたしが、どこからどう見ても100%子どもだった頃、アラン・ドロンという人は、とにかく「美男」の代名詞で、映画で彼のことをまったく観たことのないような、子どもでも名前を知っているくらいのひとでした。



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私はその頃から「イケメン嫌い」で「若者嫌い」だったので、その後に観たヴィスコンティ映画でも、ヌーベル・ヴァーグでも、ドロンに興味が湧くことは全然なかったんですが、



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最近になって、急激に興味が湧いてきたのは、ドロンが「最後のひと」だったんじゃないかと思いはじめたから。



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たぶん、アラン・ドロンは「美男」の最後だけではなく、ヨーロッパ映画の最後も担っていて・・・いやいや、今でも「ヨーロッパ映画」あるじゃん!って突っ込まれそうですが、



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確かに、リュック・ベッソン、ジャン=ジャック・ベネックス、レオス・カラックスの映画も好きだったし、ジャン=ユーグ・アングラードに魅せられ、ラース・フォン・トリアーの映画も観てますけど....



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でも、トリアー監督が、カンヌでここまで無視されるのも、スピルヴァーグが『シンドラーのリスト』を撮らないと、アカデミー賞をもらえなかったのと同様で、ヨーロッパの資本家には、ハリウッドにお金を注ぎ込んだ、アメリカの資本家より映画を創る理由がなく、煙草は健康に害があるっていうプロパガンダの方が重要だったのかなぁとか、ぼんやり思っているうちに、


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やっぱり「ヨーロッパ映画」を創ってきた巨匠たちや、その歴史や精神を体現して、必死に足掻いて、そこから抜出そうとしたり、なんとか後に繋げたのは、アラン・ドロンだったんじゃないかと、なんとなく思ってしまいました。



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それで、なんで『ボルサリーノ 2』なのかっていうと、ドロンの映画をそんなに観ていないからっていうのが最大の理由です。たぶん(苦笑)



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『ボルサリーノ』は1作目の方が娯楽作品として評判が良く「2」はイマイチというのが一般的なんですが、「2」は「1」と違って、友情とか、2人組とか、コメディタッチの演技とか、笑顔とか、ドロンが苦手そうなことがあまりなくて、暗くて、孤独で、復讐に燃えていて、全編、眉間にシワ寄せっぱなしのドロンが堪能できます。



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また、ストーリーはマルセイユを舞台にした、ギャング同士の抗争なんですが、弟を殺されたにも関わらず、すぐにドロンの息の根を止めなかった点も、一見、あとの復讐ストーリーへのご都合主義にも見えますが、アルコール中毒にしてから、マスコミに撮らせるなどのギャングらしからぬ手口も、



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この映画のボス達の面々が、まるで、ベルナール・アルノーとか、フランソワ・ピノーのような富豪たちか、官僚ぽい雰囲気で、世間的には慈善事業などをやってるような描写から妙に納得できたり、(→『ヨーロッパ超富豪権力者図鑑』参照)



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彼らが集まっている場面での会話も味わい深かったり・・・


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「白い兵器ヘロイン。世界を征服するにはこれが一番だ。今後、政治も化学に頼ることになっていく。息子を中毒にさせれば親たちも手中に納められる。ヨーロッパを制圧させる力だ!ここに無血進駐するのだ」


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ドロンが中毒患者を装って精神病院で潜伏している間、生き残った手下が、棺桶屋なところも『必殺仕置人』風味でイイんですが、病院から脱出したドロンが、最後の復讐に向かうところから、急激にオシャレなファッションに身を包んで、ボルサリーノで決めて、



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そこで初めて「1」では全編に使用されていた、あの素敵な音楽が流れるところが、全編軽快な音楽と明るめな印象だった「1」より、私にとっては娯楽として「痛快」でした!

☆この予告編だと楽しそうですが「2」の本編はもっと陰鬱な雰囲気です。
◎Alain Delon『Borsalino &Co.』



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それと、、原題は1作目が『Borsalino』で、2作目が『Borsalino & Co.』。「2」の方が主役が1人になって、トップダウンが強化されているところが『Dangerous』ぽいんですよね(謎)


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また、この映画を観て気がついたんですが「美男」には美男の歩き方があって、ドロンはまさに「美男のギャングの歩き方」をしてると思うんですが、この「美男」演技はどこかで見たことがあるような...(思い出したっ!例のSFじゃんw)



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他にもエンディングに「続く」とあるのに、続編が創られなかったり、とにかく、、なんだか、いろいろ「風味」ってことで....夜露死苦っ!(呆)


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棺桶屋に扮して、ドロンを救出する腹心.....フランク・カシオ風味w



☆アラン・ドロンの美しさがいっぱい堪能できる動画
◎Bonne aniversaire, Monsieur Delon!

◎『ボルサリーノ』(1970)
◎『ボルサリーノ 2』(1974)
◎『ゴッドファーザー』(1972)
◎『ゴッドファーザーⅡ』(1974)
◎『ゴッドファーザーⅢ』(1990)

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by yomodalite | 2011-07-22 09:03 | 美男・美女 | Trackback | Comments(0)

永遠の0 (講談社文庫)

百田 尚樹/講談社





震災ショックの影響からか、3〜5月は頻繁にTwiitterを見ていて、そのなかで、東野幸治さんが「号泣」されたというツイートを見て興味をもった本。

文庫本でも2009年(単行本は2006年)という古い出版にも関わらず、未だに図書館でも予約がいっぱいで、なかなか借りられませんでした。

アマゾンレヴューでも、295件という驚異的なレヴュー数で、星4つ半というような評判のいい本は、わたしの場合、通常読むことも少ないし、ブログに書くことは、もっとないのですけど(そんなに知られていない、イイ本を紹介するのがモチベーションなので)、

久しぶりの小説で、今まで読んだことのない著者ということもあって、めずらしく手にとってすぐに「解説」をのぞいたら、本を読む前に涙が・・・

「解説」 児玉清

わたしは、子どもの頃から、筋金入りの「熟男」好きなんですけど、児玉さんは、わたしの中で「日本一スーツが似合う男」の常にNo.1でした。

オシャレにスーツを着こなしている方は大勢いて、そのディティールに目を奪われることは多いのですが、児玉さんは、いつも素敵だったにも関わらず、後から思い出そうとしても、シャツの色も、ネクタイの柄も、スーツの色さえ思い出せないぐらい、あまりにも自然にスーツが似合う、本当に本当にステキな方でした。

永年放送されていた、クイズ番組の方は見たことがなかったのですが、児玉さんが出演される『週刊ブックレヴュー』が大好きでした。児玉さんがいない『週刊ブックレヴュー』なんて、タモリがいない『タモリ倶楽部』よりありえなくて、わたしは、未だに、児玉さんがいない世界に慣れることができません。

以下は、児玉清さんの、13ページにわたる「解説」から、ほんの少しだけ。

心を洗われるような感動的な出来事や素晴らしい人間と出逢いたいと、常に心の底から望んでいても、現実の世界、日常生活の中ではめったに出逢えるものではない。しかし確実に出逢える場所がこの世にある。その場所とは、本の世界、つまり読書の世界だ。もっと場所を小さく限定すれば、小説の世界と言っていい。

作者がそれぞれの思いや願いをこめて、様々なテーマで、人物や舞台や時代を設定して物語を紡ぎだす小説。そこには当然のことながら、好むと好まざるとにかかわらず、作者の全人格が投影される。従って、常に読む者の心を清々しく洗うことのできる小説を書ける作家、素晴らしき感動をもたらす小説を書ける作者というのは自ずと限定されてくる。

今回、紹介することになった作家、百田尚樹氏は、まさにそうした範疇に入る作家の一人で、デビュー作である本書『永遠の0(ゼロ)』と出逢えたときの喜びは筆舌に尽くし難い。それこそ嬉しいを何回重ねても足りないほど、清々しい感動で魂を浄化してくれる稀有な作家との出逢いに天を仰いで感謝の気持ちを表したものだ。

さて、『永遠の0』とは、いったい何なのだろう? とタイトルの意味を計りかねて、本書を手にした方も沢山いるのではないか、と思うのだが、どうだろう。実を言えば、僕もその1人であった。ところが、読みはじめて暫くして零戦パイロットにまつわる話だと徐々にわかってきたとき、僕の胸は破裂するほどの興奮にとらわれた。零戦という戦闘機に戦争中の子どもの頃から憧れを抱いてきたこともあるが(このことは後述するが)、現代と戦争中を交錯する物語の面白さにぐいぐいと引き込まれ夢中になってしまったのだ。

しかも途中何度も心の底からこみあげてくる感動の嵐に胸は溢れ、突如うるうると涙し、本を閉じたときには、なにやらハンマーで一撃を喰らったような衝撃とともに、人間として究極とも思える尊厳と愛を貫いた男の生き様に深々と頭を垂れ、心の中を颯と吹き抜けた清々しい一陣の風とともにうるわしい人間の存在に思いっきり心を洗われたのだ。(中略)

戦争のことも、零戦のことも知らない若者たちが読んでも素晴らしい感動が彼らの心を包むであろうことは間違いないことをここで強調しておきたい。いや、むしろそういう若者たちにこそ、ぜひ本書を読んでもらいたいと痛切に思っている1人だ。作者の意図もそこにあったと思う。

事実、本書の中では、太平洋戦争とはどんな戦争で、どのような経過を辿ったのか。また、この戦争に巻き込まれた我々日本人は、軍人は、国民は、その間に、どのように戦い、どのように生きたのか。国を護るために戦わなくてはならなかった若者たちの心とは、命とは。彼ら若者たちを戦場に送り出したエリート将校たちの心は、といったことを作者はものの見事にわかりやすく物語の中にちりばめているからだ。

なまじの歴史本などより、はるかに面白く戦争の経緯とその実態を教えてくれる点でも実に秀逸な物語だと思うのは僕だけであろうか。(引用終了)


零戦にも、戦争にも、興味がない、少女から老女までと、すべての日本人に!
☆☆☆☆☆(満点)

◎『永遠の0』講談社文庫(アマゾン)
__________

[BOOKデータベース]日本軍敗色濃厚ななか、生への執着を臆面もなく口にし、仲間から「卑怯者」とさげすまれたゼロ戦パイロットがいた…。人生の目標を失いかけていた青年・佐伯健太郎とフリーライターの姉・慶子は、太平洋戦争で戦死した祖父・宮部久蔵のことを調べ始める。祖父の話は特攻で死んだこと以外何も残されていなかった。元戦友たちの証言から浮かび上がってきた宮部久蔵の姿は健太郎たちの予想もしないものだった。凄腕を持ちながら、同時に異常なまでに死を恐れ、生に執着する戦闘機乗り―それが祖父だった。「生きて帰る」という妻との約束にこだわり続けた男は、なぜ特攻を志願したのか?健太郎と慶子はついに六十年の長きにわたって封印されていた驚愕の事実にたどりつく。はるかなる時を超えて結実した過酷にして清冽なる愛の物語。 単行本:太田出版 (2006/8/24) 文庫版:講談社 (2009/7/15)

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by yomodalite | 2011-07-21 11:42 | 文学 | Trackback | Comments(0)
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☆(35)のつづき

[21]からの『Invincible』期の考察で、これまでとは異なる見方をしている『Unbrakable』のSF制作が出来なかった件も、所属レコード会社によるプロモーション妨害と、MJ側の反発である「ソニーウォーズ」の件も、まだ納得された方は少ないと思います。

これは、その後の『Living with MIchael Jackson』から、二度目の幼児虐待疑惑、裁判へという、一般的には、マイケル最大の受難の時期に対して、当時はまったくそう見えなかったけど、振返って見て「本当はこうだったんじゃないか」と思うようになった、わたしの「仮説」の一部で、

確固たる証拠を挙げて説明することが困難なことと、何度か迷った部分が多いせいで、自分で読み返しても、さっぱり要領の得ない文章に呆れてはいますが、

ただただ一生懸命考えて、自分にとってできるだけ矛盾の少ない結論について考えているもので、真実を求める方は、私が匙を投げた部分なども、充分ご注意のうえ、是非また別の「解釈」を試みてくださいませ。



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では、SF『You Rock My Would』の一応の解説編なんですが、

このSFの内容に関して[31]から、色々と思いつく限りのことを探ってきましたが、残念ながら、すべてが解明できたとは言えない状況です。

ただ、このSFが、MJのこれまでの作品の集大成になっているだけでなく、マーロン・ブランドの歴史も重ね合わされているということを、少しでも感じてもらえたら、

ブランドが演じるギャングのボスの役を、当初はロバート・デ・ニーロに依頼したということが疑わしいことや、

ブランドと、MJのセリフも今後連作されていくはずだった物語がなくても、意味が通じるものであったことは、なんとなく、ご理解いただけたでしょうか。



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これまで、コンセプトやストーリーよりも、その曲のシングルヒットのポテンシャルにこだわって、アルバム収録曲を決定してきたように思えるMJですが、

アルバム『Invincible』は、最終的に収録されなかった曲と比較したとき、過去のどのアルバムより「無敵」というテーマと、ミレニアムを意識した、新たな自分の創造にこだわって選曲されていて、

わたしには、ここから、これまでのように、何曲もシングルヒットを目指すのではなく、むしろ、そういったレコード制作を一旦終了して、新たな別のスタートを切ったように思えるんです。

だから、彼はこれまで、“自分の世界を揺さぶったもの”(You Rock My World)をシングルカットし、今までの集大成のようなSFにしたんじゃないかと思うんですね。

“You Rock My World”の歌詞は、運命の女への愛を歌っているようなのですが、SFでは「運命の女」の意味は希薄ですし、マイケルが語っているような子供への愛とも無縁です。(「You Rock My World」の歌詞の別の意味 →[26]参照)

SFでは、通りで見かけただけの、名前も知らない女によって、ギャングとの抗争にも巻き込まれますが、この女性はかつての『The Way You Make Me Feel』のような、女とは異なり、どこか救いを求めている不完全な大人(Dark Child)の象徴にも感じられ、



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もっと象徴的なのは、ステージと思われるような場所で、女性ダンサーの前を通り過ぎるところですね(このダンサーは、酒場に入っていくきっかけになった女性とのひとり二役)

これまで、共演者との「禁欲」姿勢を貫いてきたMJですが、この通りすぎ方には「一般的な男女の愛」と「ステージ」との、両方の意味を感じます。



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(MJは30周年記念コンサートの後「Dangerous」パフォーマンスを2回行ったのみで、その後はダンスパフォーマンスを封印した)

◎American Bandstand 50th Anniversary(Dangerous live 2002)
◎Every Vote Counts(Dangerous Live 2002)

このSFは、集大成でありながら、これまでの自分との「決別」もテーマになっていて、

これまで、街のワルたちに『Beat It』では逃げろと言い、『Bad』ではダンスで対抗し、ガンジーか、MJかというぐらい、暴力には「非暴力主義」で対抗してきたMJですが、ここでは「No FIGHTING」にグラスを投げつけ、ギャングたちと素手で戦います。



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もちろん、暴力を肯定する意味はないと思いますが、この映像の後半部は「戦う姿勢」や「男ぽさ」を、かつてないほど表現し、これまでの「ピーターパン」や「優等生」イメージとの決別を謀っているように見えます。

また、このSFには、何枚かトランプが登場しますが、トランプには、カードやマークによって、色々な意味があると言われていますよね。

◎ダイヤ:貨幣、財産(商人)
◎ハート:愛、感情(聖職者)
◎クラブ:仕事、知性(農民=一般人)
◎JOKER : 道化師、切り札



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テーブルの上にあった「ダイヤのKING」にお札を投げ、バーカウンターの壁の「クラブのKING」と「ハートのKING」にグラスを投げつけていますが、その上には「ジョーカー」があります。

「ジョーカー」には、ビル・ブレイや、姉のラトーヤが、MJのことをそう呼んでいたり、多くのファンが知っていた彼の真面目さとは、別に、親しい友人たちが証言している彼の面白さと、この後、大どんでん返しを実行した、彼のトリックスターとして「自己像」も関係しているのかもしれません。



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3枚のKINGを切ったのは「KING OF POP」への決別(一旦休止するという意味ですが)とも思えますし、常にNo.1を目指すという彼が見つけた、新たな標的への意思表示とも思えます。

『You Rock My Would』の歌詞のように、完璧を求めて、見つけられたのは「エンターティナー」や「レコーディングアーティスト」としての自分ですが、彼が、目標としていたのは「シンガー」や「ダンサー」だけではありませんでした。だから、そこで満足したくない彼は、それを一旦捨て去る必要があったのではないでしょうか。彼は、

Greatest Actor, Singer, Dancer of all time and Entertainer, The Best.

と書くような男ですから・・([34]参照)

「僕は、マーロン・ブランドより偉大な俳優になって、世界一のシンガーで、フレッド・アステアを越えるダンサーのうえに、お笑いも出来るようになって、そうでなければ、チャップリンを越えられないし、まだその先だって・・と、思っていたんじゃないでしょうか。



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MJが非常に優れたエンターティナーであることは、誰でもすぐに感じることですが、時代を創ったレジェンド級のダンサーやエンターティナー達にとって、真に驚異的に思えるのは、自分のスタイルを創りだしたほどのダンサーでありながら「自ら作曲もしている」という点が大きいと思います。

MJは、世界中でNo.1ヒットを記録した“Singer”として、誰も比べようがないのですが、一応、アステアも当時ヒットチャートを賑わせていますし、サミー・ディビス・Jrは、歌手としても超一流ですけど、アステアや、サミー以上に、個性的なスタイルを自らの力で創り上げられるようなエンターティナーが、作曲もこなしたというのはめったになく、それが後世に遺るようなレベルで出来たのは、MJとチャップリンだけです。

加えて、チャップリンは、映画史に遺るような映画に、主演・監督し、音楽も担当した、世界でたった1人のアーティスト。

わたしは、MJが最後まで「映画」にこだわっていたのは、それが一番の理由で、

数々の大きな目標を実現したMJにとって、新たに興味があったのは、Greatest Actorや、映画を創ることであって、『INVICIBLE』から後、新たなアルバムが創られなかった理由に、所属レコード会社との確執の影響は少ないと思っています。



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でも、MJが、マーロン・ブランドのことを偉大な俳優として尊敬しているのは、間違いないのですが、『You Rock My World』にブランドが登場したのは、

『バンドワゴン』で、慣れないバレエ風の振付や、演技指導に不満を募らせたアステアが「ぼくはニジンスキーでもなけりゃ、マーロン・ブランドでもない」と言ったせいで、MJの「超負けず嫌い」がうづいた可能性もありますね。(←[35]参照)

『バンドワゴン』の中で(「Girl Hunt」)では、アステアは、ハンフリー・ボガートのパロディをやっていましたが、MJは『THIS IS IT』のライブ用に新たに創った「Smooth Criminal」のSFでは、ボガートも登場させています(笑)

しかも、またもや、不思議な顔で....(笑)

本当にどんだけ負けず嫌いで「お茶目」なのか。。

創る創ると言っていた『Unbrakable』のSFは「自分は何があっても負けない」という、ものすごく大真面目なメッセージで、世界中を巻き込んだゲームの始まりでもあったと思いますが、実は簡単に割れてしまうレコードのような「嘘」でもあって(←[35]参照)



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2000年以降の彼は、ときどき、なかなかの「悪党w」だったようにも感じられ、わたしには、MJが『Unbrakable』のSFを創るのに、メル・ギブソンと共演とか、絶対にジョークとしか思えないんですけど、、(←[24]参照)

そう思うのはわたしだけでしょうか?

また、ここまで、SFには3枚のKINGが登場していますが、まだ登場していない「スペードのKING」に関しては、

☆(37)につづく


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by yomodalite | 2011-07-18 18:05 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(9)
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Japan's midfielder Homare Sawa celebrates with the trophy

何度も驚いて、感動して、言葉にならない.....

☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2011-07-18 08:41 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

Roots of Michael Jackson

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☆サミュエル・ジャクソンと思われる写真(MJの祖父)

ちょっと大袈裟なタイトルなんですが、SF「You Rock My Would」に登場する、ふたりのボクサーの素性探しで、相当遠くまで網を張ったことから、うっかり捕獲してしまったプチ情報です。

☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2011-07-15 21:28 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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