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☆(32)のつづき


わたしは「神は細部に宿る」という感覚が好きです。

そのせいなのか、謎が多いうえに、集大成だったりもする「You Rock My World」を徹底的に解剖したい欲求が(24)を書きはじめた時点より大きくなってしまいました。SFのどこってわけじゃないけど、関係がありそうという部分も、出来るだけまとめておきたいと思います。

引き続き、情報、ご意見、ご感想、ご指摘など、ぜひお寄せくださいませ♡





(32)で、もう少し考えてみると言っていた

Brando(大げさなアクションでサングラスを取る)
Brando : You’re pretty cute in there.(坊主、やるじゃないか)
Michael:I know who you are.(あんたのことは知ってるよ)
Brando : Bing bang (←4:20)
Brando : Later(またな)

なんですが、、色々悩んでいるうちに、こんな歌が見つかりました。

「Lazy Town」は、Nickelodeon(こどもチャンネル)の「番組」。2005年のリベラのインタヴュー(http://moonwalker.jp/ → Interviews → At Large with Geraldo Rivera 2005)で、子供に、ニコロデオンとディズニーチャンネルのどちらを見せるかなんていう話題もありましたよね。(「You Rock My Would」撮影時は、長男4歳、長女3歳ぐらい)でも、残念ながら、この番組は2004年から始まって、CDリリースは2006年なので、この可能性はなし。

この本は、The 150-plus poems and drawings collected in Douglas Florian's Bing Bang Boing speak to children's great fascinations....みたいな内容。





こちらは、イギリスのコメディアン、サシャ・バロン・コーエンによる、ボラットという架空のキャラクター(カザフスタン人のジャーナリスト)が歌った有名な曲。これが歌われたのは、英米でヒットした、Da Ali G Show で、2000年のシーズン1は英国のチャンネル4、2003年の第2、第3シーズンは米国のHBOで放映。コーエンは1998年にエミー賞にもノミネートされ、2001年にマドンナの「MUSIC」のPVにも出演してるんだけど・・・

◎BING BANG BOOM
SF発表前の1991年発売では、こんな曲もありましたが、やっぱり歌詞が理解出来ないせいか、ピンと来ません。

いずれにしても、どうして「Bing bang」なのかが納得できるほどの「決定打」は、残念ながらありませんでした。(ここでは、ピンポン!というよーな意味でいいのかなぁ)

ただ、MJとの対面場面から、突然、それまでのイメージを覆すような演技に変化していることの「ネタ」というか、意図は少しだけわかりました。

このSFを見て、ここまでのブランドの演技に『ゴッドファーザー』を感じていたひとが、ほとんどだと思うのですが、


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それは、このとき初めて見せた全身ファッションによって覆されていて、燃え上がる炎の中、登場したブランドが演じていたのは、1950年初演のブロードウェイで最も陽気なミュージカル作品『Guys and Dolls』の「スカイ・マスタースン」という役です。


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(4:03)の登場シーンと、このファッションをよく見比べて見てください。なんで、こんなネクタイしてるのかなぁとは、前々から思ってはいたものの、このネタ元に関しては、数日前まで気がつきませんでした。

(31)の動画(5:45)で、もてあそんでいた帽子も『ゴッドファーザー』だけではなくて



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こっちの意味もあったんですよね!(右側はフランク・シナトラ)


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『Guys and Dolls』は、1955年にマーロン・ブランド、フランク・シナトラ共演で映画化されていて、振付けは、あの「バンド・ワゴン」と同様マイケル・キッド!しかも、この映画、最初はNYが舞台なんですが、途中からキューバ(ハバナ)に行きます。

「You Rock My Would」の舞台がキューバなのは、当時、映画と音楽の両方でヒットした『ブエナ・ビスタ・ソシアルクラブ』の影響なのかなぁとか、ぼんやり考えていましたが、この映画が要因なのかもしれません。

こちらのとてもとても素敵なサイトによれば、ジーン・ケリーが断ったために、ブランドが抜擢されたとか。(そういえば、ジーン・ケリーには「フレッド・アステアがダンス界のケーリー・グラントだとしたら、私はマーロン・ブランドだ」という発言もありましたが、、こんな代役アリ?)

それで、まさかとは思うけど、マイケル・キッドの振付けで、ブランドが踊っているのかも?という興味から観てみたところ、ほんのちょっぴりだけ踊ってました。


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リハーサル中のマイケル・キッドとブランド



わたしはMJ研究のために、泣く泣く古い映画や、ミュージカルを観たりしている方なので、この映画の面白さは、あまりわかりませんでしたが、

宝塚など、日本でも舞台で人気の『Guys and Dolls』なんですが、たぶん、舞台版にあるような、躍動感や陽気さが、映画版には少し欠けていて、当然のことかもしれませんが、ブランドが華麗なダンスで魅せるという場面がないので、ダンスシーンに、ジーン・ケリーのような「主役」がいないんですね。

ミュージカルが人気の映画形式だった時代には、主役は、歌って踊れなくても良くて、ダンスは、背景扱いであることも多く、アステアや、ジーン・ケリーのように、ダンサーが「主役」というのは、むしろ数が少ないのかもしれません。

でも、これは意外だったんですが、ブランドの歌は悪くないです。

この映画では、もちろんフランク・シナトラが歌うシーンもあるのですが、わたしには、ブランドが歌っているシーンの方が遥かに魅力的でした。シナトラのウィキペディアによれば、この頃は低迷期で、1953年に転機が訪れ、その後の奇跡的な復活のエピソードが『ゴッドファーザー』の中で語られている。)

◎Marlon Brando & Jean Simmons - Woman In Love
◎Lyrics - A Woman In Love

ブランドの歌は1:10〜。冒頭のシーンで「Billy Jean」のSFを思い出したり、共演の女優の名前が、Jean Simmonsだったりすることに「ン?」と思うのは、私だけでしょうか?

◎Frank Sinatra - Sue Me (私を訴えてください)


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あの「お尻タッチ」の師匠も、ブランドだったの?!

SF「You Rock My Would」の当時の批評。

エール・デイリー・ニュースのCatherine Halabyは、曲については、肯定的なレビューを書いたが、ビデオについては「The Way You Make me Feel」の“ニュアンス”がある「Smooth Criminal」の“直系」と描写した。Halabyは、Marlon Brandoや、Michael Madsenの出演は「どうでもいいこと」であって、マイケル・ジャクソンに、私たちが衝撃を受けることはほとんどないとコメントした。(「You Rock My Would」ウィキペディア英語版より)とか、

◎Not So Smooth(「You Rock My Would」レヴュー)

(上記要点の省略引用)マイケルの最新ヴィデオに敬意を表するかどうか迷っています。彼は他の人皆がしていることをすることによって新世紀に入っているように見えます。 もちろん、他の人皆はマイケルが以前したことをしているのですが、、1988年の「Smooth Criminal」との類似は「You Rock My Would」の基本概念ですが、今回はそれが痛々しく見えます。

椅子に座るマーロン・ブランドへの“カット”は「女」が自分のものであり、手下にはマイケルを痛めつける用意ができていることを感じさせる。これまでのマイケルのヴィデオのように、有名人が出演しているものの、ブランドも、クリス・タッカーにも目新しさはなく、マイケル・マドセンも、ビリー・ドラゴも、暴漢として普通の演技をしているだけ。

また、旬を過ぎたスターのカメオ出演(the worn-out movie star cameo)よりやっかいなのは「You Rock My World」のダンスが、1995年のMTV Video Music Awardsの反復であること。6年前、それは彼のキャリアの最上級のものでしたが、彼がビデオ革新者であるだけに、ここでの焼き直しは失望です。

マイケルとタッカーは「波止場」でエンディングを迎えますが、炎も、ガラスを壊すのも、1991年の "Black or White"の後半のシーンの方がいいですし、最後のキスシーンも1988年の「The Way You Make Me Feel」と同じシルエットで、冒頭のシーンも、そのSFに類似しています。ただ、唯一ちがうのは、そこでの、マイケルも女たちも絶えず微笑んでいて、魅力的でしたが、このSFでは、、、そうではない。


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これらのすべての反復にもかかわらず、プロデューサーのRodney Jerkinsは「You Rock My World」のヴィデオは、マイケルの「新生面」の扉を開けていると主張します。Jerkinsは、一体いつの時代のことを言っているんでしょうか? マイケル・ジャクソンの最も魅力的な特色の1つは、自分を笑うことができる能力です。

Thrillerもそうでしたが、ユーモアは彼の短編映画の多くに見られました。 "Jam"ではムーンウォークをマイケル・ジョーダンに教え、"Black or White"の冒頭でも、"Say Say Say"でも、ポール・マッカートニーと共に、ビング・クロスビーとボブ・ホープのトリヴュートを行いました。

Jerkinsは、"You Rock My World"が、がユーモラスであると言いますが、マイケルはシリアスに見え過ぎます。こういった過去の作品の導入は、監督のポール・ハンターの考えだったのか、私にはわかりませんが、「Blood On The Dance Floor」と1997年の「Ghosts」以来、待ち続けたファンにとっては、そこに新たな発見はありませんでした。

John Singleton, Martin Scorsese, David Lynch, David Fincher, Spike Lee, と John Landisらは、マイケルと共に新しく輝かしいイメージを作り上げましたが、この作品がそうではないことは明らかです。

それでも、マイケルが、クラブの床を歩き、そこを横切るとき、彼はいつも素晴らしい。私が「You Rock My World」のヴィデオ製作者を許すことが出来るのは、それが理由です。4年間すでに待ったのですから、私には、確実にもっと長い間だって、待つことが出来るでしょう。(引用終了)


省略したと言っても、長く引用してしまいましたが、

一般的なものから、MJを崇拝しているレヴュワーまで、古くさいミュージカルも、とっくに旬を過ぎた映画スターも、MJ自身の作品も、すべてが郷愁に満ちていて、新鮮でもなければ、面白くもないし、重要な意味があるとも思えない上に、MJの顔も妙にシリアス.....マーロン・ブランドのパロディなんて、誰も気づかないし、気づいたところで「だから、何?」って感じですよね。

いずれにしても、マーロン・ブランドの出演は効果を上げるどころか「こんな古くさいスターをどうして?」という扱いで、このSF当時、やはり彼は「ゴッドファーザー」でのみ印象づけられていたようです。


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「欲望という名の電車」A Streetcar Named Desire


たしかに、当時のブランドの弛みきった体型には好感が持てなかったし、今、これがパロディだとわかったところで笑えるほど面白くもない。むしろ彼がかつて、とてつもなく魅力的だっただけに、老いた姿が余計に哀しくも見え、そういった“老いたスター”にこだわっているMJも爛れた感じがしました。


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by yomodalite | 2011-06-27 07:51 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(0)

四つ話のクローバー

水野敬也



「深沢会長の秘密」

(なんて運が無い人生なんだろう……)
そう思い続けてきた昨日までの自分が、まるでウソのようだ。いや、もしかしたらこれまでの人生は、今日という日のための「運の貯金」だったのかもしれない。(中略)

インターネットの掲示板で見つけた「深沢響に会う方法」。そこに書かれていたのは「こんな話誰が信じるんだ」というほどのバカげた内容だった。深沢会長のメールアドレスは.....

「ハッピーコロシアム」

12月31日、大みそか。
この日の夜はテレビで『紅白歌合戦』や『格闘技』を見るのが恒例となっていました。しかし、数年前、ある番組の登場によって大みそかのテレビ事情は一変してしまいました。(中略)その番組の名はーーーJHC。(中略)

「さあ、それではここで改めてご説明しましょう。JHCーージャパン・ハッピー・クラシックとは、今まで深い議論が交わされてこなかった『日本人はどう生きたら幸せになるのか?』という問題に関して、様々な分野の猛者たちが熱いバトルを繰り広げる大会です。バトルの勝敗は、日本の科学者たちが総力を結集して開発した『脳内神経伝達物質計測装置』によって計測される『幸せ指数』で決定されます。木村さん、この装置がJHCを特徴づける大きな役割を果たしていますよね」.....


「見えない学校」

一瞬、体がふわっと浮いたかと思うと、僕は駅のホームに1人で立っていた。
(あれ、何してたんだっけ?)
何とも言えない違和感を覚えたが、僕の目に映っていたのは、会社帰りに見るいつもの駅の風景だった。ちょうど電車のドアが閉まろうとしている。(中略)

駆け出そうとして体を前に出したとき、僕は驚きのあまり「ええっ?!」と叫んで立ち止まってしまった。

ーー手が透けている。......


「氷の親子」

ここは、営業時間の終わった夜の遊園地です。
静まり返ったジェットコースター乗り場で、コンコン、とジェットコースターの機体を叩く音が響きました。
「誰だ?こんな時間に」
ジェットコースターが眠そうな目を開いて見ると、そこに立っていたのは熊でした。しかし、ただの熊ではありません。氷でできた熊だったのです。
氷の熊は言いました。

「夜分遅くに大変申し訳ありません。わたくし熊五郎と申します」....


大好きな水野敬也氏の2年ぶりの新刊。佐々木一澄さんの挿絵も効いていて素敵な本です。

[内容紹介]170万部の大ベストセラー「夢をかなえるゾウ」著者による幸せになるための4つの物語。四つ葉のクローバーを見つけた人には幸運が訪れるという伝説があり、四つの葉にはそれぞれ 「faith(誠実」」「happiness(幸福)」「heart(愛情)」「hope(希望)」の意味があると言われています。そして、本書「四つ話のクローバー」に登場する4つの物語にも「笑い」や「感動」だけではなく「幸運」を呼び込むための具体的なヒントがつまっています。
文響社 (2011/4/22)


カキフライが無いなら来なかった

せきしろ、又吉 直樹/幻冬舎



才能溢れる、おふたりによる自由律俳句集。目をつぶって、偶然開いたページから、おふたりの句を。

せきしろ(p232)

待ち続ける錆びた遊具

意識してスズメを見る

三人前くらいの大皿で来るとは

友人が旅立つ時間寝ていた


又吉直樹(p234)

地下に潜り過ぎ

それを言うなら梅雨前線だろう

今でも入道雲なら乗れるような気がする

前から知っていたという自慢


おふたりの自由律俳句を読んでいたら、穂村弘氏と、枡野浩一氏の本がものすごく読みたくなってきた。センスの良い方々だけに、期待が大き過ぎるのかな。。

[内容紹介]妄想文学の鬼才と、お笑いコンビ「ピース」の奇才が詠。センチメンタル過剰で自意識異常な自由律俳句四百六十九句。散文二十七篇と著者二人の撮影による写真付き。文学すぎる戯れ言か、お題のない大喜利か。幻冬舎 (2009/6/25)

国家予言者宣言も頼もしい、副島氏による、幻冬舎新書テイストの本。占いにあまり興味がないひと向け「四柱推命」「九星術」の基本ガイド。

わたしは、未来のことを占う占術には、ほとんど興味がなく、特に東洋の占術の知識はまるでないのだけど、西洋占星術の「星座」には、すごく興味があって、自分に関わる人の星座がわかると、なんか安心できるというか、少しはマシな対応ができるような気がするんですよね。(コメントくれる人も星座申告してくれないかなぁ・・)

それにしても、今まで「乙女座」対応していた、1958年8月29日生まれの男性が、昭和33年生まれで、戌年、六白金星というのは、意識してなかった・・ソエジとダーリンは、同じ「牡牛座」だって知ってたけど「二黒土星」も一緒で、今年は「大殺界」。それなのに、やっぱり「六白金星」が気になってしまう今日このごろ。。(真剣にマズい....と思う)

[BOOKデータベース]「非科学的だ、インチキだ」とバカにし騒ぐ人間が白眼視されるほど、いまや世界中のVIP、政界・財界人が占い・呪い、スピリチュアルを信じ、それに基づいて行動している。これは事実である。では、この紀元前からの知恵の体系(占星術、易学)に皆が惹かれるのはなぜか?近年、金融・経済の近未来予測を次々当てた著者が、占術の世界へ飛び込んだ。「四柱推命」「九星術」を研究し、呪い(厄除け)につながる山伏修行を実体験。未来を見通す力の重要性を体当たりで説く革新的な書。幻冬舎 (2011/04)


名妓の資格―細書・新柳夜咄 (芸者論)

岩下 尚史/雄山閣



しばらく前から、このブログのキーワード検索で、驚くほど急上昇した岩下尚史さん。わたしは見ていないのですが「タモリ倶楽部」に出演されたときの「ご本人」が相当魅力的だったみたいです。

岩下氏の『芸者論』は、この数年の読書の中でも、すごく印象強い本だったし、最近2008年の浮世絵についても、コメント頂いたりして「芸者」に関しての積み残しが、すごく気になってきてます。『名妓の資格』も、もうずっと前に購入してるのに、何年も「積ん読エリア」に放置してました(ものスゴい良本なのに!)岩下氏のスゴいところは、現在の芸者関連の関係者でありながら、それらへのスタンスの取り方も、知識も膨大なのに、それだけではない歴史への直感力というか、センスの良さが只ならないんですよね

筋金入りの「不細工好き」のはずなのに、いったいどうして、MJとかマーロン・ブランドのようなイケメン好きになっちゃってるのか。。とにかく、、マズい....と思う。読書と着物をあれこれしないで、アメリカ人のことばっかり考えているなんて、、

でも『サヨナラ』という映画を、うっかり発見してしまって、舞台も日本だったりして、ますます、ブランドに夢中になっているのだ。

あの日「タモリ倶楽部」を見逃したのが敗因なんでしょうか。運命って、何に左右されるか、わからないなぁ。でも、岩下さんきっかけで、翌週の「傑作MJ空耳」を見れたのはよかった♡


砦なき者 (講談社文庫)

野沢 尚



昨日、チャンネルNeco放送で録画してあった『砦なき者』をようやく観る。

野沢尚氏が自殺された日は、日本のテレビが(そのずっと前からそうだったけど、)終わった日(ドラマ界は完璧なまでに)として、わたしは記憶しています。あれから、もう何年も経っている。ということが、多過ぎるなぁ。(ドラマと、こちらの小説の印象は異なります)

◎野沢尚(ウィキペディア)

[BOOKデータベース]報道番組『ナイン・トゥ・テン』に売春の元締めとして登場した女子高生が全裸で首を吊った。恋人を番組に殺されたと訴える青年八尋樹一郎の姿は、ライバル局の視聴率を跳ね上げた。メディアが生んだ一人のカリスマ。その邪悪な正体に気づいたのは、砦を追われたテレビマン達だった。『破線のマリス』を超える衝撃。講談社 (2004/2/13)


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by yomodalite | 2011-06-27 06:50 | 読書メモ | Trackback | Comments(0)
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The Day I Sang for Michael Jackson(1)のつづき

I decided that I wouldn’t waste this moment with mindless chatter. So I thought of something he might be interested in that I felt passionate about, and I dove right in.

私は、この瞬間を愚かなおしゃべりで、無駄にしてはいけないと心に決めました。私は、彼が何に興味を持つかを考えて、そして、情熱的に、そこに飛び込みました。

“I have always been madly in love with melodies”, I told him. “The whole idea of a beautiful melody blows me away. How can a certain arrangement of notes have so much power over me?”

「私には、猛烈に惹かれるメロディーがあるんです!」私は彼に言いました。「美しく完成された曲のすべてに、魂が奪われてしまう。そのように、注目すべきメロディーは、どうして、私に力を与えるんでしょうか。

“There are certain melodies that I cannot imagine living without”, I continued.

「その曲が存在することが想像できないぐらい惹き付けられてしまう曲があるんです」私は続けました。

“They’re like a part of me. I surrender to them.”

それらは、まるで自分の一部かと思うぐらい、わたしを捕えて離しません。

By now I was kvelling and I couldn’t control myself—but I meant every word. At that moment, Michael, in his sweet, hummingbird voice, looked at me and said, “Sing me your favorite melody, David.”

今、思い出してみると、なんだかにやけてしまうんですが、とにかく、私はあらゆる言葉を言っていました。マイケルは、そのとき私を見て、あのハミングバードのような声で、

「デヴィッド、あなたの好きなメロディーを私に歌ってください」と言いました。


And I did. It was an ancient Sephardic melody that Moroccan Jews sing only on Yom Kippur. It is my all-time favorite melody. Growing up, I would often cry when I would hear it. It’s the melody that has done the most to keep my emotional connection to my faith and my people. Today, I “cheat” and sing it before doing the Hamotzeh on Shabbat.

私は歌いました。それは、モロッコのユダヤ人が贖罪の日にだけ歌う、古いユダヤ的メロディーで、私の特に好きなメロディーです。私は、成長するまで、何度もそれを聴くとよく泣きました。その曲は、私と私の同胞が、感情的にひとつになるために、最も適したメロディーで、わたしは、本日の安息日(Hamotzehは不明)も、それを適当な感じで歌っています。

He had caught me off-guard. It was the only thing I could thing of singing. In the song, the lyrics describe Abraham’s apparent sacrifice of his son Isaac. At one point, the son asks innocently where his father is taking him, oblivious to the biblical drama that is about to unfold.

わたしは、歌うこと以外は考えられませんでしたが、彼(マイケル)は、私が油断している隙を捕えました。それは、歌の歌詞が、息子イサクに関して、父アブラハムが示した犠牲についてのもので、息子は、父親が、どこに彼を連れて行こうとしているのかを無邪気に訊ね、父親がそれに答えようとしている、聖書にある物語であるということに気がつかなかったことです。

I sang for no more than a minute.
I don’t remember what Michael said after I finished.

私は1分間ほど歌いました。わたしは、歌い終わった後に、マイケルが言ったことは覚えていません。

All I remember is that while I was singing, his eyes were closed and he was smiling.

私が覚えているのは、私が歌っていた間、彼の目が閉じられて、彼が微笑んでいたということです。

◎引用元 : http://www.jewishjournal.com/bloggish/item/the_day_i_sang_for_michael_jackson_20090625/

わたしが内容をよく理解していなかったり、日本語部分がイマイチというか、イマサンではありますが、なんとなく、David Suissaの、ユダヤ教業界の権力者であるシュムリーへの感情が透けて見えたり、それとは異なるMJへの想いが感じられて、Goodな記事だと思いました。

この頃のMJは、宗教関係者だけでなく、さまざまな運動の指導者との関係なども、興味が尽きないのですが、

とてもとても素敵なサイト「Legend Of Moon Walker」に掲載されている「僕の少年時代・僕の安息日・僕の自由」(http://legend-of-mwfc.la.coocan.jp/ < MJ WRITES <「My Childhood, My Sabbath, My Freedom」)が、発表された「beliefnet」という宗教関連の統合サイトをのぞいていたら、

MJのスピリチュアルな歌詞を使用したクイズがありました!

◎Michael Jackson's Spiritual Lyrics

あなたの歌詞の内容の理解度が試されるクイズなので、チャレンジしてみて♡

あと、ここ → http://www.beliefnet.com/Entertainment/Quizzes/index.aspx

☆basics に、ヒンズー教、イスラム教、ユダヤ教から、カバラーなどの、基本的なことがクイズになっていて、ざっくり見ただけで、基本的と言っても難しいんですけど、ちょっぴり面白いと思いました。


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2001年6月1日、ユダヤ系アメリカ人のユリ・ゲラー、ラビ・シュムリーと、当時のイスラエル首相、ARIEL SHARONに会った日のもの(フランク・カシオも同席)。松葉杖だったオックスフォードスピーチは同年3月ですが、6月もまだ杖を使ってますね。

ちなみに、SF「You Rock My Would」は、この後、約2ヵ月後の7月31日に制作発表。撮影終了は8月21日でした。

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by yomodalite | 2011-06-24 06:26 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(0)
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2009年6月25日「Jewish Journal」に掲載された、David Suissaの記事を紹介します。


わたしは、☆日にはあまり興味がなくて、MJに関しては、誕生日のことしか意識してません(復活祭ならいいのに・・)。彼は『ムーンウォーク』執筆時の29歳のときですら、自分を80歳のように感じ、2001年のオックスフォード大学でのスピーチでもそう言っていましたから、わたしが、自分の誕生日ごとに、少しづつ、彼の年齢に近づいたとしても、追い越すことはないと思うんです。

毎日、MJのことを考える時間が必ずあるので、たまに、彼のことを「家族」のように感じることもあるんですが、でも、調べれば調べるほど、自分とはかけ離れた存在だということも実感していて、まるで、彼のことを「神さま」のように、考えているんじゃないかと思うことがあります。最初に『ムーンウォーク』を読んだときは、まったくそんな風には思いませんでしたが、今、読むと、不思議と「聖書」のように感じることもあります。

わたしは、ユダヤ教も、他の宗教の信者でもなく、詳しくもないんですが、MJが感じていた「神」には興味があって、インヴィンシブル期は、彼が様々な宗教を学んで、彼が思想家(I am Thinker...)として、完成に向かっていた時期だと思っています。

それで、この頃、よく行動を共にしていたユダヤ教のラビ、シュムリー(Rabbi Shmuley Boteach)と、MJがどんな会話をしていたのかに興味があって、たまたま、この記事を発見しました。

David Suissaは、雑誌「OLAM」の編集者で、Olamをどう訳せばいいのか、よくわからないんですが「オックスフォードスピーチ(http://slowly.org.uk/mj/index.html)で

「ラビ・シュムリーから、HealとWorldという単語は旧約聖書の預言の基盤になっていると聞きました」と言っているのは「Tikkun Olam」という言葉じゃないかと。。

これは、英語にすると「Repairing The World」という意味らしいんです。

下記の記事には、David Suissaが、MJに初めて会った日のことが語られています。

彼は、雑誌「OLAM」への原稿依頼のため、ネヴァーランドを訪問し、MJは「Memories of my Childhood」という文章を書きました。(これは、オックスフォードスピーチで語られた、父親とのエピソード部分の元になっていて、ポニーや、ドーナッツのエピソードなどが同様の内容)

◎Memories of my Childhood

宗教的な知識が乏しいので、記事の内容に、よく理解できない部分もあるのですが、どこか「グッとくる」記事だったので、いつものように、苦手な英語力を駆使して訳してみました。(日本語部分は充分ご注意ください)


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The Day I Sang for Michael Jackson
June 25, 2009 | 8:28 pm Posted by David Suissa

“私がマイケル・ジャクソンのために歌った日”


“Sing me your favorite melody, David”, Michael Jackson said to me.

「デヴィッド、あなたの好きなメロディーを私に歌ってください」と、マイケル・ジャクソンは私に言いました。

I was sitting alone with Michael in one of the many living rooms at his Neverland ranch in the summer of 2000, and we were talking about melodies.

2000年の夏、わたしは、ネヴァーランド牧場にある多くの居間のひとつで、マイケルと一緒に、メロディーに関して話していました。

I had come up to see him because we were planning to discuss him writing an article for our “Parents” issue of OLAM magazine.

わたしたちは、雑誌「OLAM」で、“両親”をテーマにした特集記事のために、彼との議論を計画し、会いに行きました。

I spent a lot of time that summer hanging out with Rabbi Shmuley Boteach (going with him to the Sydney Olympics, among other things) who everyone knew was close to Michael.

私は、マイケルの近くにいることがよく知られている、Rabbi Shmuley Boteachと、シドニー・オリンピックに一緒に行ったりなど、多くの夏を過ごしたことがありました。

Shmuley, the great schmoozer that he is, told me that Michael “really loved” OLAM magazine, and that he might be interested in writing an original piece for the “Parents” issue.

卓越したおしゃべりである、シュムリーは、マイケルが「雑誌OLAM」を本当に愛していて「両親」というテーマで、ちょっとした文章を書きたがっているかもしれないと、わたしに言ったんです。

So off we went to Neverland, with, of course, my two young daughters, Tova and Shanni.

それで、わたしたちは、オフの日にネヴァーランドに行きました。Tova と Shanniというわたしの2人の娘も、もちろん連れて行きました。

On the way up, I played some old Michael videos (“Thriller”) to give my daughters a little education on someone who a decade earlier had been the most famous person on the planet.

そこに行くまでに、わたしは娘たちに、数十年に渡って、この惑星で最も有名人だった、マイケルの「スリラー」のビデオを見せたり、ちょっとした教育もしました。

When we got to the ranch, we had to sign special papers at the main gate, and agree to take no pictures.

牧場に着いたとき、私たちは、正門で特別な書類にサインして、写真を撮らないことに同意しなければなりませんでした。

That’s too bad, because I could have taken some great shots at the moment Michael met my daughters. Shanni’s first question for him—before even how are you? or nice to meet you—was: “Is it true that you have rollercoasters?”

すごく良いショットが取れたかもしれないので、それはとても残念でした。マイケルが、わたしの娘に会ったとき、Shanniは、彼に「お元気ですか?、お目にかかれて光栄です」と挨拶する前に「ジェットコースターを持ってるって本当?」って聞いたんですよ。

One of Michael’s handlers took my daughters to see the rides and the elephants, while the grown-ups sat down to talk.

マイケルの従業員のひとりが、娘たちを乗り物や象を見せに連れて行ってくれて、大人たちは、ミーティングのための席に着きました。

Shimon Peres’s granddaughter, Mika Walden, who would soon be working at my ad agency, came along for support. We talked about OLAM magazine and the special issue on “Parents”, as well as other projects that Rabbi Shmuley was working on with Michael.

シモン・ペレスの孫娘である、ミカ・ウォルデン(もうすぐ、私の広告代理店で働く予定ですが)が、サポートのためにやってきて、私たちは「雑誌OLAM」と、特集記事の「両親」というテーマに関して、ラビ・シュムリーが、マイケルとともに行っていたプロジェクトと、同じくらいよく話しました。

The issue for me was, how candid would Michael be if he wrote an OLAM article about his childhood? The last thing I wanted (OK, not the last thing) was a puff piece with just a famous name attached.

その特集記事に関しての、わたしの心配は、彼が自分の幼年期に関することを、どれくらい率直に語ってくれるか?ということで、私が一番したくなかったのは、有名人の名前が入っただけのヨイショ記事でした。

Thanks in large part to Shmuley’s help, Michael came through with an honest piece. He fessed up to the lack of love he felt growing up, especially from his hard-driving father. But in the sweet, enchanted tone that he was known for, he also wrote lovingly of the little moments—his father putting him up on a little pony or getting him his favorite glazed donuts—that marked him growing up.

シュムリーの力添えもあり、マイケルの率直で正直な内容の原稿が届きました。彼は、成長時に感じた、猛烈な父親からの愛情不足を告白し、また、あのよく知られた甘い魅力的な調子で、彼が記憶している父親とのちょっとしたエピソード(ポニーに乗ったときのことや、甘いドーナツを届ける父親)が、愛情を込めて書かれていました。

The day the issue broke, we started getting calls from People magazine and TV news shows who wanted to know how we got Michael to write for OLAM. We had our fifteen minutes of fame, but we didn’t divulge anything that was not in the magazine. That was our deal with Michael.

その話題が沸騰した日「雑誌 People」からの電話を手始めに、TVニュース番組や、ありとあらゆる人が、マイケルが「OLAM」の記事をどんな風に書いたのかを知りたがり、私たちは15分ほどの名声を得ましたが、私たちは、雑誌に書かれた以上のものは、何も明かしませんでした。それは、私たちとマイケルとの取引でしたから。

Beyond the article he wrote, what I will remember most is the moment we spent alone in his living room. By then Shmuley had gone to another part of the house for a meeting with Michael’s manager, and there I was, completely alone with the King of Pop.

彼が書いた記事以外で、私が最も記憶しておきたいことは、わたしたちが、二人きりで、彼のリヴィングルームで過ごした時間です。シュムリーは、マイケルのマネージャーとの打合せで、別の部屋に行きました。そして、私は、キング・オブ・ポップと、完全に、二人きりになったんです。




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by yomodalite | 2011-06-24 06:06 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(2)
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☆(31)のつづき


引き続き、いろいろ見落としている部分があると思うので、気づいた方は、ぜひ教えてくださいませ♡






上の階にいるボスに騒動を告げに行く男(Miko Brando)。

ボス(Brando)椅子に座ったまま振り返る(口笛)

「Now?」

MJが再度ステージへ向かうと、天井から(!)3人のダンサーが現れる。

こーゆー感じで、突然現れるっていうのは、『ムーンウォーカー』のロボットだけじゃなく、MJの場合よくありますよね。あの『Captain EO』でも、




4:55〜倒れたMJの肩にバナナと目玉焼きが乗ってますよね。バナナはまだしも、この「目玉焼き」はいったいどこに置いてあったんだ!みたいなね(笑)

☆類似作品:Dangerous ステージ MTV 1995(天井からロープでダンサーが現れる)


レジスターのところにいた男が煙草をもみ消し、MJダンサーに合流。

☆類似作品:煙草を足でもみ消す男は『Billie Jean』にも登場。
さっき、天井から現れたダンサーもそうですが、事前に計画があって、天井に隠れていたのではなく、MJの勇気によって、その場に仲間が出現したんですよね!(←そんな説明入らない?ww)


一緒に闘うのは、最初にいた仲間ではなく、途中で現れるというのは『Bad』などにも共通していますが、こーゆー、一見「アホか」と思うような演出を何度もやっているのは、それだけ彼に「大真面目」なメッセージがあるからで、それは、

「真に勇気をもって、一歩を踏み出せば、必ず仲間は出現する」

というメッセージだと思います(たぶん.... 因みに『波止場』という映画もそんな感じの映画です。←こんな説明でいいんだろうか?)



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Is that all you got?

That ain't nothin'! You ain't nothin....

Show me what you got(Billy Drago)

これは、SF「Bad」(1987)で、MJがウェズリー・スナイプスに言うセリフからでしょうか。ここから、ダンスが始まるという展開も「Bad」と似てますね。

「VISION」の日本語字幕では「さあ、かかってこいよ。どうした イキがってるだけか?ほら、かかってこい。本気を出して」で「You ain't nothin」は「たいしたことないな」になっていますが、「Bad」の日本語字幕は「お前こそワルじゃない」のあと「You ain't nothin」は「(お前なんか)何者でもない」。この場面は「Bad」で、MJが言ったセリフを逆に受けることで、

MJが「お前は何者なんだ?」(たいしたことないという意味での)という問いかけを受けているのだと思います。


客席の男の葉巻に火がつき、蛇口の水滴、モップの男、靴磨き、女のヒール....次々とリズムが刻まれ、MJたちのダンスが始まり、

若い頃のマーヴィン・ゲイ似の男の指パッチンで、ますます、カッコいいダンスが始まる

MJ、椅子を壁に投げつける


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「You rock my would ーーー!!! 」

ナイフで襲いかかる男の腕を取り、くわえ煙草を捨てて、手首をつかんで床に転がす。
(ステージで見てるときは、振付けにしか見えなかったけど、この影像では、ホントに強そう♡)

類似作品:「Smoose Criminal」「Dangerous」ステージ

ホントに強そうに見えるなって思ってから、何度も観てて、ふと思ったんですが、、、確か、ジャッキー・チェンの映画で、日常の何気ない動作が、身を守る防御となり、攻撃の姿勢にもなってたみたいな映画のように

「You Rock My Would」のダンスで「Dangerous」や「Smoose Criminal」にはなかった部分には、素手で戦うときの様々な動きがミックスされていて、武道系ですよね。

これは、これまでのダンスにも言えることかもしれませが、MJと、他のアーティストの振付けが違うのは、ひとつひとつの動作が、武道の「型」のように、研ぎすまされていて、力の方向に無駄がないからで、実際に本当に強いんじゃないか?って思いました。(そういえば、MJは空手名誉五段!手首返しは合気道技だけど...)



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中国でのMJ人気や、集団ダンスに「スリラー」じゃなく「デンジャラス」がすごく人気があって、どうして、小学生が毎朝ラジオ体操がわりに「Dangerous」?って不思議だったんですけど、子供たちが、集団で少林拳法の型をやっているのと、同様の感覚で、MJのダンスに対する姿勢も、東洋の宗教修行と近い感覚で捉えられているのかもしれませんね。


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MJの強烈パンチが、Billy Dragoに炸裂。倒れた衝撃でランプが壊れ、アルコールに火がつく。燃え上がる火を見て、クリスを呼ぶMJ。クリスもMJの元に駆けつける。


MJ、襲いかかる男にヒザ蹴り。


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火はカウンターを走り去るように一瞬で燃え上がる。

(壁にかかっていたボクサーの写真のクローズアップ)

女は逃げ出そうとし、入口で止められるのを振り切って、外に出る。

MJ、またもや、男に強烈パンチ



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燃え上がる炎の中、奥からブランドが登場する。MJと対面。

Brando、大げさなアクションでサングラスを取る(コント赤信号かっ!古)

Brando : You’re pretty cute in there.(坊主、やるじゃないか)

ここは『VISION』の日本語字幕では「久しぶりだな」になっていますが(英文字幕なし)知りあいののネイティブに英語を確認したところ、以前に会っているという意味は特にないので、上記の訳にしました。

別のボクサーの絵がクローズアップされる(コメント欄参照→追記:このあとの記事で判明しました)



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MJ:I know who you are.(あんたのことは知ってるよ)

Brando : Bing bang

Brando : Later(またな)

この「bing bang」、どういう意味だかわかります?
とりあえず、知りあいの知りあい...のネイティブに意見を求めたところ、

Not sure, but maybe because Michael knows who he is.
Marlon Brando is going to have to shoot (kill) him.


という解答を得ました。

でも、そーゆー意味なら「Bang bang」の方がいいと思いますし、その方がギャングぽいと思うんですよね。

◎Sammy Davis Jr - Bang Bang(←顔について27参照)

20世紀No.1俳優と称され、1分「1億円」と言われたブランドのセリフですし、時代を何度も作ってきた伝説的俳優と、MJとの「神々の会話」だと思うので、ここは、もう少し、しつこく考えてみることにします。

☆(33)につづく
___________

出演者情報/キシャヤ・ダドリー(Kishaya Dudley)は、この後、グェイン・ステファニーなどの振付で、2005年のMTV Video Music Awardsで「Best Choreography賞」を受賞しているようです。また、このSFの「ダンサ−の女」も、彼女が演じていることから、「一人二役」という意味も重要だと思います。

◎Kishaya Dudley Choreography Reel
◎2005 MTV Video Music Awards for Best Choreography

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by yomodalite | 2011-06-19 18:03 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(12)
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☆(30)のつづき


SF「You Rock My World」の内容を、過去の作品の影響とか、共通点をまとめて、私なりの「解説」を、ちょっぴりしたいと思います。

「セリフ」に、MJの曲名とか詩が多く使用されているのですが、見落としている部分に気づいた方は、ぜひ教えてくださいませ♡






MJ : The idea just kind of happened. In Cuba. Hot summer night.
A club run by these hoods.


偶然思いついたんだ。舞台は暑い夏の夜のキューバで、その手の面々が経営しているようなクラブでね....(2001年TVガイドインタビューより)

オープニング「The WATER FRONT HOTEL」の看板。

この看板は、物語が『On The Waterfront』(邦題「波止場」主演マーロン・ブランド)+『Smooth Criminal』であることを象徴していると思います。

「Smooth Criminal」のステージパフォーマンスが始まる前の“言葉”は、元々「Heartbreak Hotel」(This Place Hotel)の冒頭で使われていました。(あのシルエットにも「HOTEL」の文字がありますよね)

追記:「Smooth Criminalの直系」という巷の評判に釣られて、そう書いていまいましたが「HOTEL」は『Billie Jean』でも重要なキーワードですし『Black or White』も『Who Is It』もそうかな...

(下記は、あのパフォーマンスが始まる前の言葉。わたしの意訳なのでご注意ください)

My footsteps broke the silence of the pre-dawn hours, As I drifted down Bleaker St.
私の足音は、Bleaker通りを漂い、夜明け前の沈黙を破る。

Past shop windows, Barred against the perils of the night. Up ahead, A neon sign emerged from the fog.
ショー・ウィンドウを通り過ぎた頃、見上げると、霧の中から、真夜中の危険を警告するネオンサインが現れ、

The letters glowed red hot In that way I knew so well, Branding a message into my mind, A single word, Hotel.
赤く点滅する、ありふれた看板の、その文字に惹き付けられてしまった。 ー「HOTEL」

◎「Smooth Criminal」(“The Girl Hunt Ballet”の影響) → (27)参照
◎「On The Waterfront」 → (30)参照



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MJ & Chris Tucker、最初の顔アップ。MJは明らかに「異形の男」になっていますが、影像内では、ふたりの若い男の冴えない日常を演じている。


「女」が登場する(Kishaya Dudley)“Girl Hunt”の始まり。男たちは興奮気味ですが、彼女は、絶対に落とせない「夢の女」という雰囲気ではないように見えます。


2人の会話「Pretty Young Thing (P.Y.T.)」「The Girl Is Mine」

女の肩の後ろの“タトゥー”(不明)→「33」参照

☆類似作品:「The Way You Make Me Feel」


「The WATER FRONT HOTEL」と書かれた建物に入って行く「女」を追って、2人の男は、支払いも済まさず、中華屋を出て、後を追う。入口には「ボクサーの写真」

(追記:ボクサー探しはこのあとの記事でもずっとわからなかったのですが、http://nikkidoku.exblog.jp/16291516/ ←このコメント欄で、白人の方はエド・ルイスという「レスラー」だと判明。また黒人のボクサーは、おそらく、MJがインタヴューでも言及していたジャック・ジョンソンの若い頃の写真だと思います。どうして西寺さんは『VISION』の解説で、ブランドの若き日のなんて訳のわからないことを言っているんでしょうね?)



女は、地元の顔役といった風情の男(Michael Madsen)に呼ばれて来た様子。

入口のバウンサーの男の静止を振り切って、2人は中に潜入。


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ヤバそうな男が付いていることにビビるクリス、その静止を振り切って女の元に行くMJ。クリスのセリフは「Bad」「Beat It」「Dangerous」「シャモーン」(チョモーン)など、MJの曲にちなんだ言葉を使っている。

奥の事務所。背中越しの男(Marlon Brando)。口笛&折り鶴

強引にスクリーンを降ろし、MJが「シルエットの男」として登場。


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My life will never be the same
Cause girl you came and changed
The way I walk, the way I talk
I cannot explain......


☆類似作品:「Smooth Criminal」ステージ
『有頂天時代(Swing Time)』(“Bojangles Of Harlem”) → (27)参照


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スクリーンからMJが現れ、移動しながら、女と絡むように歌う

My life will never be the same
Cause girl you came and changed
The way I walk, the way I talk
I cannot explain
These things I feel for you
But girl you know it's true
Stay with me, fulfill my dreams
And I'll be all you need
Ooh it feels so right, girl
I've searched for the perfect love all my life
All My Life
Ooh feels like
I have finally found a perfect love this time
I have finally found, Come on girl


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画面向かって左、MJと女の様子を撮るカメラマン(パパラッチ?)

☆類似作品:カメラは『Billie Jean』『You Are Not Alone』にも登場。

MJのお約束「お尻タッチ」♡

女は、まだMJを観察している様子。
不信そうに見つめる女を置いて、MJは別のフロアへ。

クリスは隅の方で、ダンスを楽しんでいる。

女は徐々にMJに興味を持ちはじめ、挑発するようにダンスをし始める。

MJ、クリスに、Please「Leave Me Alone」

女は(もらった)金をMJに投げ、MJは、それをポーカーテーブルに捨てる。
お金が捨てられたのは「ダイヤのKING」の上

女が投げたお金の方向がわかりにくいので、同じお金ではないのかもしれません。お互いに自分を賭けあったとか、男と女が、それぞれ「カード」を切ったというぐらいの意味かもしれませんが、それでは女のお金が行方不明で、また、MJも自分で勝負しないテーブルなので...女→MJ→「捨てた」と解釈しました。みなさんはどう思いますか?


奥の部屋:ボス(ブランド)が、帽子をもてあそぶ。

MJ、女の前を通りすぎて(アステアと同様の動きで)地下へ。


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☆類似作品「Smooth Criminal」
『The Band Wagon』(“The Girl Hunt Ballet”) → (27)参照


You rocked my world, you know you did
And everything I own I give
The rarest love, who'd think I'd find
Someone like you to call mine



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この地下に行く感じは、映画「ムーンウォーカー」の「CLUB 30's」の入口〜「Come Together」が始まる前にも少し似ていますね

You rocked my world, you know you did
And everything I own I give
The rarest love, who'd think I'd find
Someone like you to call mine



暗転したステージにダンサーの女。MJはこの女性ダンサーも、奇妙なステップで通りすぎて、再び女の元へ戻る(この女性ダンサーは、Kishaya Dudleyの1人2役のようです)


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女はMJに擦り寄り、彼の姿を追うような雰囲気に....

And girl, I know that this is love
I feel the magic all in the air
And girl, I'll never get enough
That's why I always have to have you here
Hoooh!



MJ、バーカウンターの上の空のボトルを、マドセンに。

MJ、バーカウンターの上でダンス。


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MJ、グラスを投げつける。投げつけた先には「NO FIGHTING」の文字と、
「クラブとハートのKING(上部に少し見えているのはジョーカー?)」

☆類似作品「Black Or White」後半
『七人の愚連隊(Robin And The 7 Hoods)』(“Bang Bang”)→(27)参照


マドセンが空のボトルをカウンターに叩き付けると、それが合図であるかのように、屈強な男たちが現れる。

_________

出演者情報/マイケル・マドセンは、サディスト的な殺人者の役柄で、クエンティン・タランティーノの『レザボアドッグス』や『KILLBILL』でお馴染みですが、MJの「Childhood」が使用された映画『Free Willy』に家庭的な父親役としても出演していて、妹のヴァージニア・マドセンも『Liberian Girl』に出演していました。

また、これまでに何冊も詩集を出版していて、それらの集大成らしき本も。
◎The Complete Poetic Works Of Michael Madsen: 1995-2005

ケルアックに影響を受けているらしく、デニス・ホッパー(勝新の親友)の感性にも近いのかも。

◎Michael Madsen/ Thelma & Louise (1991), Reservoir Dogs (1992), Free Willy (1993) Free Willy 2 : The Adventure Home (1995), Kill Bill : Vol. 1 (2003) and Kill Bill Vol. 2 : The Love Story (2004)

☆(32)につづく


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by yomodalite | 2011-06-16 00:49 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(17)
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Marlon Brando(映画『波止場』より)



☆(29)のつづき


(27)(28)(29)は、アステアとサミー・ディヴィス・Jr などのクローズアップで、少しだけミケランジェロという内容になってしまいましたが、SF「You Rock My Would」は、マーロン・ブランドに捧げられているという説があります。

また、MJのこれまでの集大成でもあり、セルフパロディという見方をされる方もおられるようです。ここまでの、わたしが書いたことは、それとあまり関係ないかもしれませんが、とても重要ポイントだと認識していて、マーロン・ブランドについて、わたしたちのブランドに対するイメージも考え直す必要があると思います。

MJの「教養」に追いつくのも、彼のあきれるぐらいの「真剣」さに、ほんの少し近づくことも大変ですが、とりあえず「宝」のありかのヒントだけでも....と思っているんですけど・・・。


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You Rock My Wouldの「完璧な愛」とは、芸術への愛であり、この場合の「完璧」や「見つけた」は、エンターティナーとしての自分への言葉でありながらも、そこに満足感や充足を感じるのではなく、さらに「すべての、こどもを救わなくては」という決意の表れになっていて、それゆえ、エンターティナーとして完成した自分(「集大成」)に、一旦決別するという構成になっているんじゃないかと思うんです。

このSFや、30周年コンサートで、MJの魅力的だった「表情」が失われたのは、もう、それでは救えないこどもが大勢いると思ったからで、

バッド期は、ステージでは激しい表情が多かったけど、普段はやさしい「笑顔」が全開だったり、個人的な怒りをぶちまけたと言われた、アルバム「HIStory」のツアーでは、メイクはダンサーまで含めて怖いにも関わらず、ステージでは「笑顔」と「セクシー」が一杯だったりするのがMJですから、変顔MAXで、コメディ映画にも積極的に出ようとしているなんてときに、「怒り」がMAXだったとしても不思議ではないんですよね。


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で、そんなMJの怒りが、どの程度で、どれだけ真剣だったのかが少し伝わるのが、主演:マーロン・ブランド、監督:エリア・カザンの『波止場』(原題:On The Waterfront)だと思います。

わたしは、そんなに映画ファンでもないうえに、こーゆー古い映画って苦手なんですが、

ブランドが、このあと、その真逆の役柄である『ゴッド・ファーザー』で復活して、その後の『地獄の黙示録』のカーツ大佐とか、さらには、コッポラの苦悩なども想像すると、MJがついに映画を創ることができなかったことも、ほんの少しわかってきたり・・・

エリア・カザンは、「アカデミー名誉賞」を受けるほどの名監督で、しかも「アクターズ・スタジオ」を設立して、大勢の名俳優を育てるなど、素晴らし過ぎる監督なのに、若い頃に共産党員でありながら「赤狩り」で同胞を売ったと言われるような行動から「名誉賞」授与のときでさえ、激しい非難を浴びたり、

◎エリア・カザン(ウィキペディア)
◎エリア・カザンのやったこと

それが、左翼政治家である、現在の菅首相とどんな関係があって、彼を支える江田五月や仙石直人らが、どうして、あんなに凶悪な顔つきになったのかとか、小泉元首相(横須賀出身)は、“波止場”の政治家なんだなぁとか、なぜ、小沢一郎は、常に「負けない戦術」で生き延びるしかないのかとか、

MJは「We Are The Would」の作曲者で、そのメッセージの発信者なのに、その後、そのメンバーとのチャリティコンサートには参加しなかったり、「Heal The Would」などの団体の設立がうまく行かなかったなどの理由も、ぼんやりと見えて来て、やっぱり、西寺氏の「マイケル・ジャクソン=小沢一郎」は深いと、あらためて感動したり・・


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「THIS IS IT」のリハーサル開始後、同時に制作してた「クラシック・アルバム」で、MJが創ろうとしていた音楽がどんなものだったのかとか、『波止場』の作曲者であるバーンスタインまでもが、MJにメロメロだった理由とか、

十字架とか、、、

とにかく、レジェンドな天才になればなるほど、MJに魅了される理由が、だんだん、わかってきて、もう、今以上に「虜」になってしまってもいいって覚悟があって、まだ『波止場』を観てなかった人は、

絶対、観た方がいいと思う。

それと「You Rock My Would」での、ブランドの最後のセリフ

「Later....」(またな)

などから、このSFが連作だったという見方があるのだと思いますが(西寺さんの連作案を否定したいわけではないです)、



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この撮影の際のエピソードに関して第一次情報を探ったわけではなく、まったくの憶測なんですが、果たして、あの、マーロン・ブランドに対して、演技やセリフが「台本」としてあったのかという疑問があるんですね。

だって、あの「マーロン・ブランド」に、ポール・ハンターぐらいの監督が、演技だの、台詞だのと言えるがわけないと思うんです。。

また、当初、このSFには、ロバート・デニーロへのオファーがされていたけど、デニーロのスケジュールが合わず、ブランドが抜擢されたとか、制作費のほとんどはブランドのギャラだという報道もされていますが、それも「真実」かどうかは、微妙ですね。

というのも、『ゴッドファーザーⅡ』には、ブランドがギャラを高くしすぎたために脚本を大幅に変更して、彼の出演がなくなったという「伝説」があって、これは、そのときの「ブランドが蹴った作品に出演したデニーロ」への「意趣返し」という気がするんですね。

共に『ゴッドファーザー』のドン・ヴィト・コルレオーネを演じた2人に関しては「ネタ」になりやすいですし、このネタは、タブロイドではなく、MJサイドの方で積極的に流した可能性があると思います。

いずれにしろ、完成した「You Rock My Would」は、完全にブランドありきの作品だとは思います。「You Rock My Would」は、MJのセルフパロディという部分もあるけど、ブランドのセルフパロディと思える部分もあるんですね。

というか、そっちの方が「メイン」かも・・・

このセリフは、ブランドの「アドリブ」か、もしくは、ブランドはMJよりかなり年上で、20世紀No.1と言われるほどの伝説的名優だけど、ふたりは相当親しい関係なので、話し合って「台詞」を考えたかのどちらかではないかと。



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ただ、ブランドに言った

MJ:「I know who you are」(あんたのことは知ってるよ)

は、これまで、ブランドが演じた様々な役柄や、彼の人生をも知っているという意味ではないかと思います。

他にも「You Rock My Would」には、『波止場』(On The Waterfront)や、マーロン・ブランドの歴史を押さえておかないと、わからないポイントがいっぱいあると思いました。

また、わたしは、2005年の裁判時の写真を見ているうちに、「あっ」と思って、そこから溯ったのですが、、、

2000年以降の、MJの行動プランは、SF「You Rock My Would」からあったように思えてならないんですね。

「Later....」(またな)

は、ブランド自身のメッセージでもありながら、

MJにとっても、これは、今までの自分に対しての集大成でもあり、決別でもある。

最後まで、こども時代の歌を捨てなかった男の「変化」は、常に足し算で、変化し続けたように見えたMJは、結局振り返ってみると、こども時代からなにも変わっていなかった。「Invincble」だと言い切ったマイケルは、

「Later....」(また後で)

と言ったあと、ずっとある瞬間を待っていたのだと思います。

そして、それが「THIS IS IT」だったのではないかと・・・

☆(31)につづく


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by yomodalite | 2011-06-13 22:37 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(0)
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☆(28)のつづき

「You Rock My World」のショートフィルムは、MJが、整形によって、自分で、自分の顔をめちゃめちゃにしてしまった。という印象を多くのひとに与えた作品だったと思います。それまで、メディアによる印象操作や、タブロイド情報をくだらないと思っていたファンにとってさえも。。

こちらのコメント欄での、モスクワさんの意見のように、さらに、この後、頬骨を高くして、体重が増え顔が丸くなったため、頬をこけさせ、不自然にこけた頬と盛り上がった頬骨のせいで、人相が変わってしまい、それをカバーするために、エラと顎と鼻の無限ループに陥って行った....

『THIS IS IT』後でさえ、そういった印象が拭えず、決定的な事実と感じている方は依然として多いようです。

わたしもある時期までは、そんな風に思っていました。でも、インヴィンシブル期から『THIS IS IT』までのMJを知りたくなって、年月順にしつこく見ていったところ、そうでないことはあっさりわかりました。

あっさりわかる写真に関しては、これまでも「カテゴリ」の「マイケルジャクソン裁判」(2005年)や「MJの顔について」で、豊富に「証拠」を揃えたつもりなので、ここでは、「You Rock My World」から1年後の動画を1点だけ紹介しておきます。


2002年12月1日
ディズニーランドでのプライヴェート動画 




「整形」だけではなく、MJには、こどもの頃から大人の世界にいたために、成長後、こどもの世界に逃避するようになったという、強固に信じられた「イメージ」もありました。

わたしは、インヴィンシブル期からのMJに興味をもってから、どうして、彼が、何度もミケランジェロのことを言っていたのか、少しだけわかるようになったのですが、

こどもにも、そして、こどもの感性をもった大人でも、システィナ礼拝堂の天井画を見て、感動する「心」はあるかもしれませんが、それを描く技術も、また、技術があったとしても、あの過酷な作業に耐えることはできないと思いませんか?


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天井から、滴り落ちる絵の具を顔に受け、本当に無理な姿勢による肉体的苦痛に耐え、途方もない時間をかけ、天井に絵を描くという行為は、心の底からの激しい怒りと、また、その怒りが、自分にとってだけでなく「人類にとって正当なものである」という確信がなければ、絶対に出来ないレベルのものです。

ミケランジェロは、それまでの教会に激しい怒りを抱きつつも、その教会に自ら絵を描くことで、教会を正し、本来の「神」を復興しようとした。わたしは、ルネサンスの「人間復興」を、教会の民衆への不誠実と反知性に対して起こったものと理解していますが、ミケランジェロの絵も彫刻も、どうして、あれほどまでに「筋肉」にこだわったのか、最近までよくわからなかったし、

筋肉を感じさせない、反マッチョイズムのダンサーだったMJが、どうして、ラファエロや、ボッティチェッリでなく、あんなにもミケランジェロを尊敬していたのかも、なんだか不思議だったのですが、ミレニアムからのMJのことを考えているうちに、ようやく、少しだけ腑に落ちてきました。


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MJは、こどものように、ミケランジェロの作品に感動しただけではなく、歴史をよく学んだうえで、その「怒り」を手本にし、常に、それを自分のものにしようとして、作品を創ってきたんだと思います。

アステアが、MJに電話をかけたときの言葉をもう一度、思い出してください。

「君は怒れるダンサーだ。私とおんなじだよ。」

そして、サミー・ディヴィス・ジュニアが言った、

「パンが人類の食卓に載った時以来のすごいやつになる」

MJの「怒りの激しさ」は、常にサーヴィス精神に溢れ、心優しく妖精のような身の軽さを備えた2人のレジェンドには、すぐにわかったみたいですが、ただの音楽ファンである私にはものすごく時間がかかりました。でも、次元上昇とか、宇宙エネルギーなどのスピリチュアル風味で、MJのことを「神」や「メッセンジャー」だと感じたところで、もうすでに歴史上起こったルネサンスのような「変化」でさえ訪れないと思うんです。

MJは、変革というものが、どれほど困難かを歴史を通してよく学んでいたから、何度も同じメッセージを繰り返すことを厭わず、長い間のメディアの攻撃に耐えられたのであって、それは、こどものような精神ともキレイごとばかりのボランティア精神とも異なるものだと思います。だからこそ彼は、自分のこどもに大人になるための教育も出来たのだと思います。

アーティストが、こどもの感性を大事にするのは極普通ですが、彼らとMJが決定的に異なるのは、深い叡智と、変革に対しての「本気度」の差ではないでしょうか。


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再度、下記のとてもとても素敵なサイトからの引用。
◎『STRONGER THAN PARADISE』マイケルの最強ショート・フィルム【第9位】

どんどん人種不詳化するルックス、曖昧さを増すセクシュアリティ、年齢不詳化するメンタリティ、その他、様々に報じられる奇行などによって、マイケルは我々の前で、ひとりの黒人男性から、人間離れしたミッキー・マウス(あるいはモンスター、すなわちファンタジー)へと変貌を遂げていった。

脱・人間を標榜する「Thriller」を自分の表現の頂点としてしまったことは、マイケルにとってあらゆる意味で不幸なことだったと思う。マイケルが「Thriller」を克服する唯一の方法は、人間ミッキー・マウスと化す前の普通の黒人男性に戻ることだったと思うが、それは残念ながら、肉体的にも精神的にも不可能なことだったように思える。(中略)

ほぼ無味無臭に近い、空虚とも言える平面的な男性像。だからダメだ、というわけではない。それをどう享受するかは、もちろん観る人次第なのだが、肉体のミッキー・マウス化を完遂していったその後のマイケルに関して言えば、パフォーマーとしての唯一無比の凄みに圧倒される一方、何か言いようのない寂しさと物足りなさを感じる、というのが、いちマイケル・ファンとしての私の正直なところだ。

執拗に変身を繰り返すマイケルを見ていると、彼は本気でマンガになってしまいたかったのかもしれないとも思う。

一体何がそこまでマイケルを変身に駆り立てていたのかという問題には、ここでは踏み込まない。かつてひとりの黒人青年が放っていた肉体の神々しい官能こそを私はこよなく愛する、とだけ書いて、その点は留保したいと思う(私はこの文章を飽くまでミュージカル映画ファンとして書きたい)。(引用終了)



「You Rock My Would」のSFを、初めて見たときの感情を代弁してくれた言葉だと思いましたが、それを残念だと思っていた頃は、彼が「世の中の子供を助けるため、という望みがなかったら、生きてこられなかっただろう」という気持ちも理解できなかったし、

もうすっかりこどもではなくなっていた、わたしのことを救ってくれるとは、もっと思っていませんでした。



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TVG : I found it jarring to read a recent quote in which you said that if it weren’t for your desire to help the children of the world, you would throw in the to well and kill yourself. Do you really feel that way?

あなたが「世の中の子供を助けるため、という望みがなかったら、頑張って生きてこられなかっただろう」と言ったのを読んで違和感を覚えたんですが、本当にそんな風に感じているんでしょうか?

MJ : I always have, ’cause I would feel I have nothing to live for.

いつもそんな気持ちでした。そういう望みがなかったら、何のために生きていけるだろうと言う風に感じるんです。

TVG : Not even for yourself and your own creativity?

自分自身とか、自分の創造性のためという動機ではだめなんですか?

MJ : I wouldn’t care. Everything I create is inspired by that kind of innocence. And nature, it’s everything. It has to be. I mean, that’s it.

そういうことはどうでもいいんです。僕が創り出すものは、純粋さや自然からインスピレーションを受けて生み出されるんです。それがすべて。(創造とは)そういうものから生み出されるもので、そうでなければならないし、それ以外はありえないんです。(1999年「TVガイド」インタビューより)

☆(30)につづく



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by yomodalite | 2011-06-11 00:36 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(2)
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☆(27)のつづき

MJに大きな影響を与えたとされているフレッド・アステアは、1987年に亡くなっていて、アステアの影響が強い、SF「Smooth Criminal」(映画「ムーンウォーカー」)はその翌年の1988年に公開され、同年の自伝『ムーンウォーク』もフレッド・アステアに捧げられています。

そこには、モータウン25周年記念コンサートで「Billie Jean」を歌い、初めて「ムーンウォーク」を披露したMJに、

「ホントよく動くな。昨日の晩、みんな腰抜かしとったぞ」「君は怒れるダンサーだ。私とおんなじだよ。私もステッキを使っておんなじことをやったものさ」「昨日、私はあの特番を観たんだ。録画しておいて、今朝、またもう一回観てしまったよ。君はとんでもないダンサーだな!」と、翌日電話をかけてきたアステアが言った通りの言葉が記されています。


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わたしは、過去のダンスレジェンドや、映画にも詳しくないんですが、下記のとてもとても素敵なブログから、わたしが「You Rock My World」に関連すると思った部分を引用し、動画を添えてまとめました。
尚、具体的なダンス・スタイルの類似に話を絞れば、マイケルのアステア流儀は、明らかに後続のボブ・フォッシー(アステア信奉者)を介して引き継がれている。ダンサーとしてのマイケルのキャリアに革命をもたらした「Billie Jean」のパフォーマンスも、タネを明かせば、マイケルなりのフォッシー解釈の所産と言えないこともない。『星の王子さま(The Little Prince)』の「A Snake In The Grass」を見れば、'80年代以降のマイケルのダンスがいかにフォッシー美学に多くを負っているかが分かるだろう。





「Dangerous」の雛型として特筆しておきたいのが、アステア信奉者でもあるボブ・フォッシーが振付を手掛けた『The Pajama Game』のナンバー「Steam Heat」






アステアの『Royal Wedding』の有名な “天井ダンス” も、長編ヴィデオ『Ghosts』の中でしっかり取り上げられている。

(天井ダンスは2:40ぐらい〜)





「Smooth Criminal」は、フレッド・アステア主演『The Band Wagon』の終盤に登場するプロダクション・ナンバー「The Girl Hunt Ballet」の影響を強く受けている。「Girl Hunt」の中で最もマイケル度が高い瞬間は、事件の手掛かりを求めて探偵役のアステアがナイトクラブに入店する場面だろう。「You Rock My World」で実際これと全く同じ動きを見せている。






「Smooth Criminal」では、ステージに巨大なスクリーンが掛かり、そこに巨大な踊るシルエットが投影されるという演出が見られた。これは『有頂天時代(Swing Time)』に登場するアステアのソロ・ナンバー「Bojangles Of Harlem」からの引用である。(シルエットのシーンは5:00〜)





これは上でアステアがトリビュートしている
ボージャングルと、
MJが終生好きだったシャーリー・テンプルの共演




「Dangerous」の演出は『Top Hat』におけるアステアのソロ・ナンバー「Top Hat, White Tie And Tails」を連想させる。「Dangerous」とより具体的な類似が見られるのは、ジュディ・ガーランド、ジーン・ケリー主演『Summer Stock』に登場する「Get Happy」(ジュディはライザ・ミネリのママ)





「Dangerous」という曲は、ダンスの演出とはまた違った部分でアステアから大きな影響を受けている。Aメロが始まる前にマイケルがブツブツ喋っている語り(ラップ)部分に注目。目の前に現れた眩惑的な女のことが、以下のように表現されている。元ネタはまたしても「Girl Hunt」。これはシド・チャリースに関するアステアの以下のモノローグからの引用である。
 
“She came at me in sections, more curves than a scenic railway. She was bad. She was dangerous. I wouldn't trust her any farther than I could throw her.

女が来た。悩ましい曲線美だ。危ない。近寄るな。信用できる代物じゃない。

“She was bad”以下は、「Girl Hunt」劇中で繰り返し登場する印象的なフレーズ。“She came at me in sections〜”という表現も、「Dangerous」2コーラス目の冒頭でそのまま使われている(“She came at me in sections with the eyes of desire”)。

もともと歌詞の時点で「Girl Hunt」を引用していたこの曲のステージ・パフォーマンスが「Smooth Criminal」に続いてギャングものになったのは、半ば必然と言えるかもしれない。「Girl Hunt」がなければ『DANGEROUS』というアルバムのタイトルもなかったのだろうから、その影響は莫大である。(以上『STRONGER THAN PARADISE』より)


MJは70年代後半に放映されたジャクソンズ時代のTVシリーズ番組でも、「Girl Hunt」をネタにし、「Get Happy」も歌っていました。でも、1983年のモータウン25周年記念コンサートの「Billie Jean」には、そんなにアステアの影響は感じられないと思うんですね。

MJの歴史的瞬間として、有名なシーンですが、その後のMJの「Billie Jean」を見すぎているからでしょうか。今から見ると、このときのムーンウォークは、距離も短いし、帽子もないし、MJの並々ならぬ決意というか、オーラはスゴいのですけど・・ダンス部分では、特に「アステアの後継者」という称号が相応しいかと言えば、そうでもないように、わたしには見えます。

実際、当時の記事でも、このときのMJのことを、現代のシナトラとか、エルヴィスと言った表現が多かったようですし、アステアと言えば、ハリウッド一のお洒落で粋と言われたひとで、MJも「Smooth Criminal」「The Way You Make Me Feel 」のSFでは、アステアと同じファッションをしていますが、彼はそういった賞賛とは無縁でした。


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ムーンウォークの起源も古いものですし(「ムーンウォークの起源」参照 )エレガントなダンスだけでなく、黒人系のダンスもよく研究していたアステアにとっても、決してめずらしいものではなかったはずですが、どうして彼はこのときのMJを、それほどまでに「とんでもない」と思ったんでしょうか?

また、アステアは亡くなる前「自分の後継者が誰か知らないままこの世を去りたくなかった。ありがとう、マイケル」と語っていたとも言われていますが、

アステア流のミュージカル映画が造られなくなってからも、ミュージカルや、ダンス分野で、永遠に「教科書」として遺るような、確固とした「伝説」を遺しているアステアが、後継者に託したものって、何でしょう?



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サミー・ディヴィス・Jrは、12歳のMJを見て「パンが人類の食卓に載った時以来のすごいやつになる」と賞賛したことが有名ですよね。でも、サミー・ディヴィス・Jrは、MJには経験したことがないような、過酷な人種差別があった時代に、3歳から舞台に立って、アメリカ中を巡業するような生活から、成功をつかみ、片方を失明する等の困難にもめげず、晩年に至るまで世界中で愛され尊敬された、本当にスゴいエンターティナーで、

また、一見してわかるように、アステアもサミー・ディヴィス・Jrも、190センチぐらいで普通に見えるようなアメリカ社会にあって、小柄で、痩せていて、ハンサムでもありません。彼らは、そのコンプレックスを乗りこえて、スターになったと思うんですが、MJのように、10歳でスターになり「家の前にファンの女の子がいなかった記憶はない」というような若者のことを、そこまで賞賛するのは、ちょっと不思議な気がしませんか?



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MJは、例えば、Ne-yoには、マイケル・ジャクソンぽい雰囲気があるとか、アッシャーや、ジャスティン・ティンバーレイクのことも褒めていますけど、このときのアステアに似たような感情を抱いたことはないように思うんですね。(88歳で亡くなったアステアと比較するのは無理がありますが...)

わたしは、晩年まで、世界から尊敬を失うことなく、88歳まで生きたアステアの方が、MJよりも、辿り着けなかった「夢」があったからだと思うんです。そして、その「夢」が、MJには伝わったのではないでしょうか。

わたしには、彼らが、ただ、MJのことを先輩として褒めているだけでなく、12歳のときも25歳のときのMJにも、自分たちが出来なかった「夢」を感じているような気がするんです


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SF「Smooth Criminal」を見ることなく亡くなったアステアですが、その13年後に、もう一度、アステアへの思いを込めた、SF「You Rock My World」には、彼らだけではなく、いろいろな思いや、影響を感じますし、わからないものも、たくさんあるとは思いますが、

何度か見ているうちに、わたしには、アステアとサミー・デイヴィス・Jr への思いが強く感じられるようになりました。

『クインシージョーンズ自叙伝』では、彼がMJとアルバムを創っていた頃「彼はジェイムズ・ブラウン、サミー・デイヴィス・ジュニア、フレッド・アステア、ジーン・ケリーを崇拝し、研究していた。」という記述がありますし、様々なインタヴューで、MJはその名前を出していましたが、

2003年のブレット・ラトナーのインタヴューでは、師匠として影響を受けたのは、


BR : Do you have a. mentor or someone who inspired you?

MJ : Yeah, I do: Berry Gordy, Diana Ross, Thomas Edison, Walt Disney, James Brown, Jackie Wilson.



と答えていて、アステアと、サミー・ディヴィス・Jrの名前が消えています。彼らへの想いは、すべてやり尽くしたという心境なんじゃないかと感じてしまうのは、わたしが「MJには意味のないことは1ミリもない派」だからでしょうか。



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下記のとてもとても素敵なサイトから、再度引用します。

◎『STRONGER THAN PARADISE』マイケルの最強ショート・フィルム【第9位】
http://strongerthanparadise.blog122.fc2.com/category18-1.html#no66

「Smooth Criminal」はもちろん「Girl Hunt」と多くの点で異なるが、決定的な相違点を挙げるなら、ずばり、このシド・チャリースの不在に尽きる。

そのままコンセプトを拝借していながら「Smooth Criminal」の場合、もっぱら「Girl Hunt」のシュールでマンガ的な側面が強調され、何かセクシュアリティが欠落した、去勢されたようなミュージカル場面になっているところにマイケルらしさが強く感じられる。

およそ男性的とは言えないマイケルが、アメリカ的マッチョイズムの権化のようなタフガイ像を演じることにはもともと無理があって(中略)同様の問題は、実は元ネタである「Girl Hunt」のアステアも抱えているのだが、「Girl Hunt」の場合、そうしたマッチョイズム自体をパロディ化することで、その問題点が巧みに回避されていた。アステアが演じるタフガイ像は、一種のギャグなのである。マイケルの場合、これを大真面目にやっているから、どうしても違和感や歪さが生じる。

その無性的なスター性からしても、マイケルは間違いなくアステアの正統な後継者だったと思う。しかし、アステアよりも更に無性度が高いマイケルの映像作品においては、もはや女性すら出てこない。(中略)「Smooth Criminal」で展開されるのは、まさにそうした、すべてがマンガ/アニメ化されたような世界なのである。(引用終了)


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こういった意見は、この方だけのものではなくて、MJのエンターティナーとしてのスゴさを充分に知ったうえで、徐々に歯がゆい思いをされるひとが多くなっていったのは、ミスター無重力、人間ミッキーマウスと言われた、アステアと比べても、MJの「超人間像」というか、人間離れの仕方は、大人のファンから見ると、子どもっぽく、どこか、軽んじたくなるような要素に満ちていたからだと思います。

・アステアの「Girl Hunt」が、マッチョイズムのパロディ化であること。
・無性的なスター性からしても、マイケルは間違いなくアステアの正統な後継者だった。
・「Smooth Criminal」で展開されるのは、すべてがマンガ/アニメ化されたような世界なのである。


上記の3点にほぼ同意しますが、「マイケルは大真面目にやっているから、違和感や歪さが生じる」という点に関しては、当時は、確かにそんな風に見えましたが、

今は、アステアが「パロディ」としか受取られなかったことを、大真面目にやるような「男」だったからこそ、MJは、この大いなるレジェンドの2人から、これほどまでの賞賛と羨望を持って愛され、その大真面目さは「Smooth Criminal」よりも、さらに倍増して「You Rock My World」に表現されているような気がしています。

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by yomodalite | 2011-06-09 08:33 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(0)
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本日の名言。

TomoMachi 町山智浩
おとなげ? そんなものは童貞と一緒に捨てて来た

か、カッコいいーーー!!!
わたしも、こんなこと、言いたいっ


TomoMachi 町山智浩
女子はいいの。「〇〇君、やめなさいよー」が仕事だから。 RT @chat_le_fou: @TomoMachi たしなめ野郎で何が悪い・・・!

そーゆーの、仕事辞めたときに止めたって思ってたけど、
よく考えたら、ダーリンに毎日やってた。。Umm...


下記は、最近読んだけど、MJに夢中で、ブログに書けなかった本のメモ。

☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2011-06-07 17:00 | MJ系ひとりごと | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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