<   2011年 02月 ( 17 )   > この月の画像一覧

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『必殺仕置人』棺桶の錠で、沖雅也さんの男前ぶりを紹介しましたけど、このシリーズ、登場する役者さんも、キャラクターも、ストーリーも、すべてGood!なんですが「着物」もすごくイイんです。

☆続きを観る!!!
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by yomodalite | 2011-02-28 23:22 | きもの | Trackback | Comments(0)

本日のTwiiter(2011.2.25)

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◎写真はすべてこちらから

2011年2月21日〜25日までのTwitterから抜粋してメモしました。上から(古→新)になっています。前回も紹介した「マッドマン」さんのツイートが中心です。

☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2011-02-25 23:11 | 日常 | Trackback | Comments(4)
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「マイケル・ジャクソンの鼻が低いままだったら、歴史は変わらなかっただろう」

そんな言葉が歴史の名言として遺ることも、もう間近に感じられる今日この頃、

毎回、緊張で震えつつも「顔について」も、とうとう20回記念!

ついに『HIStory』ショートフィルムに行きます!!!!

と、勢い込んでみましたけど、内容はたいしたことないので、ここでしっかりハードルを下げていただいて、続きをお読みくださいませ。m(_ _)m

『HIStory』のショートフィルム(以下SFと表記)は、下記の6つ。

注:「History」はティーザーで、リミックスのMJは当時のものではないので除外。「Come Together」も映画『Moon Walker』の映像がありますが、これも撮影時がHistory期ではないので除外しました。( )内の数字はシングル発売された年。



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Scream (1995.5)



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Childhood (1995.5)



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You Are Not Alone (1995.8)



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Earth Song (1995.12)



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They Don't Care About Us (1996.4)



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Stranger In Moscow (1996.11 米国では1997.8)



HIStory期のSFで印象に残るのは、彼の“眼”ではないでしょうか。この頃のMJの“眼”は、Dangerous期には見られなかった特徴が感じられます。

『HIStory』のSFは『Dangerous』の頃よりも、さらに、一作ごとに、念入りな「キャラ設定」と「顔造り」がされていると思いますが、一般的な印象として、この頃から、MJの「眼」が変わったと思われた方も多いと思いますし、タブロイド紙では「眼も整形した」などと言われていました。

確かに、この頃のMJは、これまでより眼が大きくなったように感じられ、また「三白眼」が目立っているように見えました。

その原因のひとつとしては、こちらのとてもとても素敵なブログでも、言われているように、MJの体調によるものということも充分に考えられると思います。

また、MJの薬物依存についても、まったく想像もつかない方もおられると思うので、麻酔を使いたいと思うほどの「睡眠障害」について、わたしの経験から少し説明したいと思うことも、たくさんあるのですが、

MJの「三白眼」は、この時期のSFの写真以外には、その特徴があまり見られないことと、また、このブログでは、MJの顔を「彼の表現として見る」ことを中心にしているので、病気以外の原因を考えてみたいと思います。

注:同時期のMJ写真としては、顔について(14)のインタヴュー時や、顔について(17)のマルソーとの写真や、MTVのリハーサル時などを参照してください。

まず、これらの「三白眼」は、メイクが原因ということについて。

多くの女子が知っていると思いますが、眼を大きく見せる「技」として、白目の下の際の部分に、白いラインを入れるというメイク法がありますよね。


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元々MJは、つけまつげなどのアイメイクには力を入れていましたが、この頃、特に「眼」が大きくなったように見えるのは、この白いラインが、彼の場合「ナチュラル」にそうなったからだと思います。

彼の肌は「白班症」により、この頃は「雪のように白い肌」になり、また、それをメイクでも、そのまま隠さず、強調するようになっています。

それで、肌と白目の色がほぼ同じ色になり、白目部分が拡大されたように見えるんだと思います。

◎画家ノーダール氏の証言(MJの自画像を描いていた画家による証言)

☆こちらのとてもとても素敵なブログに和訳があります(感謝!)すべて貴重な内容ですが「白班症」については(4)になります。

◎デビッド・ノーダール、20年にわたるMJとの友情を語る(1)
◎デビッド・ノーダール、20年にわたるMJとの友情を語る(2)
◎デビッド・ノーダール、20年にわたるMJとの友情を語る(3)
◎デビッド・ノーダール、20年にわたるMJとの友情を語る(4)

(引用開始)彼の皮膚は白かったのですが、白人の白さではなかったからです。冷凍庫のような、雪の白さだったのです。初めのうちは、白斑をカバーするために暗いメークをしていました。しかし広がるにつれて、白い部分を残りの部分と同じにするのが難しくなっていきました。だからだんだん明るくするメークを使わなければならなかったのです。(引用終了)

☆yomodaliteのひとりごと:わたしは、MJが画家に自分の自画像を描かせているところも、当時は、成金趣味とナルシズムを感じて、あまり好ましく思っていませんでしたが、今は眠れない夜につきあってくれる相手として画家が果たしてくれた役割は大きかったと思ってます。どんなに人生に前向きであっても、厳しい不眠が続くと、強靭な精神力をもてしても衝動的ということがありますし。。。

前述したように「三白眼」は、SFのセット写真以外ではそんなに目立っていないので「表現」や「演技」の要素が大きいと思うんです。

上記のSFの中で「They Don't Care About Us」だけは、歌詞にも「妻や子供」が登場するなど、実人生に沿ったキャラになっていて、特に映像では「三白眼」は感じられませんが、他の作品は、中性的で、年齢不詳な感じで、できるだけ「男性」も「父親」も封印しているように見えませんか?


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これは、MJとThree Stooges(3)でも引用した、2001年の「USA Today」のインタヴューで語っていたように、わたしには、

父親になって、子供達の世話や面倒を見て、正しいマナーを教え、でも、それを自分の音楽やダンスやパフォーマンスの妨げにはさせず、二つの異なる役割を演じた「結果」のように思えます。

また、この時期のSFの写真には「上目遣い」のものが多くないでしょうか?


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たぶん、MJが、これらのSFを創るときに、

メイクミラーの前で思い描いていた「顔のひとつ」は、

彼が大勢見てきた、下から大人を見上げる

“こどもの眼”だったんじゃないでしょうか。



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▲MJ自身が描いた、こどもの絵

☆「History」期は、とりあえずこれで終了。
「顔について」は、今後もう一度「Invincible」期を追求する予定。


♡おまけ♡

MJで「世界はひとつ」な動画

アラブ世界のMJ好き(MJがイスラム教に改宗してくれたらなぁ〜っていうのが多い)や、全世界で終わりそうにないMJ人気が感じられる動画を少しだけ。。。

☆一瞬MJが歌っているように聴こえる?ジャーメインがイスラム教に改宗したこともあり、熱狂的人気だったMJも期待されてたんだと思います♡
◎Give Thanks to Allah - Michael Jackson(←じゃないけど)

◎KABAH - Michael Jackson(←じゃないけど)

☆この“Irfan Makki”って人が、上のMJ似の美声の持主みたい。
なんか、もうファンになってしまいそうなんですけど♡

◎Who are you? Irfan Makki @ MuslimFest - Mississauga Summer Festival

☆これはデュエット!
◎I think of you ( Mesut Kurtis & Irfan Makki )

☆「MICHAEL 2」は彼にお願いしない?(爆)
◎irfan makki-nasheed  

☆Irfan MakkiのFace Book
http://www.facebook.com/IrfanMakki

☆踊るアラブの青年!
◎Arabic Micheal Jackson

☆サウジの警察官も!
◎Saudi cop dancing like Michael Jackson  

☆結婚パーティーでも!
◎michael jackson afghani dancing in afghan wedding cermony in saudi arabia jeddah

☆とにかく踊る!
◎michael jackson dangerous arabic style

☆トルコの“Got Talent”で、かなりイケテル「デンジャラス」を踊る少年。
◎Michael jackson turkish boy imitator

☆インドの“Got Talent”で、かなりイケテル「デンジャラス」を踊る少年。
◎Tribute to Junior Michael Jackson 2010 - Awesome lil kid performing Dangerous  

☆MJを尊敬してるに違いない、この少年にはアッシャーもびっくり!?
◎INDIA GOT TALENT - Michael Jackson Tribute

☆中国の人もがまん出来ない!
◎中国のマイケル・ジャクソン

☆(反省・まとめ・今後の課題②)につづく


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by yomodalite | 2011-02-23 23:05 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(19)
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昨日書いた『桜庭一樹読書日記 ー 少年になり、本を買うのだ』の章タイトルの中で、

バナナの皮で、世界が滅亡する。

これ、すごく気になっている人がいるんじゃないかと。。。
ふだん、何気に捨てている、あの皮で、凄惨なことが起こるなんて、、とか、

もしかしたら、何人かの人を不安にしてしまったんじゃないかと心配なので、

少し補足しておきたいと思う。

あの本の、バナナの皮で、世界が滅亡する。はどこから来ているかというと、

...ところがメールには続きがあった。「M澤君によると、この作品で失笑を買ったカーは、なにくそと十数年後に同じ趣向で新作を書きまして。これはアンフェアでなくミステリとしてそれにりによくできております.....」ふむふむ。「で、この話題の後、なぜかバナナの皮のことで盛上がりまして.....」おぉ。さすがカー。愛されている。「すると、翻訳ミステリ班のM原さんが(チャーリーという蛙を買っています)がすごいことを思い出しました。『バナナの皮がきっかけで地球が滅ぶ作品があった』というのです。

それは『地底のエリート』(K・H・シェール、松沢健二訳)という本で、『床に捨てられたバナナの皮に始まる悲喜劇的な偶然の連続が、人知の限りをつくした厳重な安全弁を次から次へと詰まらせ、東西両陣営間に飛びかう核ミサイルの大群のため、全世界は数時間のうちに凄惨な地獄と化した』というストーリーであります」(引用終了)


という「小説の話」だったんです。

昨日の読書メモに、この本を加えようかどうか迷ったのだけど、少し不安だったのだ。

格ミサイルの大群により全世界滅亡。そして“地底のエリート”とは果たして何なのか?未読なので、わたしにはまったくわからないし、科学的なことは弱いので、バナナの皮が核ミサイルに及ぼす可能性もよくわからない。

また、弱いのは科学だけじゃなくて、ここでも書いたけど、わたしは大好きな「お笑い」の世界に「恐怖」が忍び寄るみたいなのも、すっごく苦手なのだ。

でも、この小説は「バナナの皮ですべる」というおかしさと「滅亡」という対比により、面白さを生んでいるのかもしれないけど、

そもそも、そのギャグは何で有名なんだろう。

チャップリン? 

たしかに、彼なら「バナナの皮ですべる」ことに、緻密なシチュエーションを設定し、尚かつ、実際に「すべる」までに、幾通りもの柔軟な体の動きと、絶妙な表情で、笑いを誘ったうえに「涙」まで演出するかもしれない。

スリー・ストゥージズ?

カーリーなら、バナナですべる前に、何度かモーにボコられたうえに、落下したバケツを頭から被って、数回のターンをキメたうえに、階段からも落ちてるかもしれない。

マズい!!!!

うっかり、チャップリンとスリー・ストゥージズのことを考えてしまった!!!

バナナの皮ですべるギャグが、チャップリンやカーリーに関係があるなら「バナナの皮で、世界が滅亡する。」ことは、MJにも関係があるかもしれない(呆)

バナナのギャグの元祖を知っているひとがいたら、ぜひ、わたしのMJ研究のために教えてくださいませ(真剣)

MJのバナナギャグと言えば...(4:55〜)
倒れたMJの肩に注目。バナナにさらにもう一品というところがKING流!



そんなに自信をもって言えないけど、わたしと同年代から下の世代で、「バナナの皮ですべるというギャグ」を見たことのある人は少ないんじゃないかな。

わたしも見たことないし、、、

でも、実は、わたしは「バナナの皮ですべった人」は見たことがあるのだ。

それを見たことがある人も、きっと少ないと思うので、貴重な体験を、ここに書いておきたいと思う。

そして、不幸なことが起きる前に、よく考えてみてほしい。

⭐️ ⭐️ ⭐️

わたしは、電車の中で熱心に本を読んでいたので、その人がいつ隣に座ったのかは覚えていない。だから、それは、山手線の沿線だったとしか覚えていないのだけど、、、

そのひとは、30代になったばかりの私が「おばさん」と躊躇なく言いたくなるような年代だったと思う。

向かい側ではなく、隣席だったので、はっきり見たとは言えないのだけど、

そのおばさんは膝にのせた白いレジ袋から、ものスゴい勢いで「バナナを食べていた」

本に夢中になっていた私は、それを「殺気」とも言える雰囲気で感じたのだ。

バナナは、都会のスーパーやコンビニで売っているような量ではなくて、

大きなグローブ以上の、10本以上軽くありそうな立派な房状で、その袋に入っていたと思う。とにかく、彼女の膝いっぱいに「バナナ」はのっかっていたのだけど、


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わたしの隣に、彼女が座った瞬間から、そのバナナはあっという間に、グローブから、たくさんの皮に変化した。

本を読むために目線は真下だったにも関わらず、向かい側の客の表情まで感じられるぐらい、その「勢い」はスゴかったのだ。

わたしは、相当おもしろい小説を読んでいたのだけど、どうしても、おばさんのことが気になり出して、このまま隣に座っていて、だいじょうぶなのかなと心配になってきた頃、

彼女は、急に何かに気づいたようで、今までの「殺気」が、なにか別のものに変化した。

停車しているプラットホームに「新橋」という文字を発見したからだと思う。

彼女はものすごい勢いで立ち上がり、ホームに一直線に向かおうとしたんだと思う。

通勤時間帯ではなかったので、ドアまでは、スムーズに道が開いていた。

でも、その袋に詰まっているバナナの皮の量がハンパなかったのだ。

膝からすべり落ちた袋から、大量のバナナの皮が落ち、彼女は、勢いよくすべった!!!!

それは「凄惨」な光景だった。

ゴミと化した大量のバナナの皮で、体が真横になるぐらい、すべった熟年女性。。。

わたしは、息をのむという表現がぴったりな心境だったし、乗客のほとんどが、ちょうど座れるぐらいの車内では、そこにいた乗客すべてが、そんな心境だったと思う。

でも、勢いよく「すべった」おばさんは、そんなことには、まったくめげずに、びっくりするぐらいのスピードで、その大量のゴミと化したバナナの皮を、袋に詰め込み、驚くべきことに、降車に成功したのだ。

でも、プシューというような音でドアが閉まって、車内におばさんが居なくなった後も、
そこに「笑い」は起きなかった。

おばさんが、バナナを食べていたときには感じた「ざわめき」も消え、車内は「静か」になった。

わたしは、そこにいたから、よくわかる。

ひとは「バナナの皮ですべる」という現実では笑えない。

何年も経ってから、思い出しても、さっぱり「笑えない」

バナナの皮は、やっぱり、人を不安にさせるのかもしれない。

『床に捨てられたバナナの皮に始まり....全世界は数時間のうちに凄惨な地獄と化した』

悲惨な体験を語ることが「平和」に繋がるかもしれない。

そんな気持ちで、わたしの体験を語ってみました。(おしまい)

(写真は、こちらと、こちらからお借りしました)

☆関連記事『バナナの皮はなぜすべるのか?』
☆マイケルとバナナと言えば….


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by yomodalite | 2011-02-22 14:50 | 日常と写真 | Trackback | Comments(4)
『桜庭一樹読書日記』は、1年間の読書日記として、現在までに3冊出版されていて、

『少年になり、本を買うのだ』
(2006年2月〜2007年1月)
『お好みの本、入荷しました』
(2008年4月〜2009年5月)

☆上記リンクはカスタマーレヴューの数で単行本にしましたが「文庫」も出版されてるみたい

今回読んだのは、上記の2冊。著者の読書日記は、出版社から寄贈されて、新刊本の感想を書かれているような、よくある「書評」と違い、すべて自ら買い求めた本によるもの(著者が、本を買い求めるところも、この本のグッとくるところ!)なので、年代が新しい日記に、最近の本が紹介されているわけではなく、

絶版本や、希少本、古典から、お笑い本まで、幅広く、怒濤のペースで、どんどん読書をこなしていく、その量にも圧倒されるのですが、桜庭一樹という人がもっとスゴくて圧倒されます。

『少年になり、本を買うのだ』は、ほとんど未読で、今まで手にしたことのないジャンルが多かったんですけど、その章タイトルが素敵過ぎて、ここに記録しておく誘惑に逆らえないっ!

・読書にまつわるすごいこと(たぶん)を発見する。
・町中に“なぞの女”がいる、気がする。
・ジョン・ランプリエールが辞書になる!
・夏木マリと、カー談義する。
・直毛なのに、アフロである。
・バナナの皮で、世界が滅亡する。
・傑作の前を、歌って通りすぎている。
・百匹の蠅が死に、百人の老人がやってくる。夏が、終わったのだ。
・片手に二十世紀梨、片手に豆腐竹輪の夜である。
・「ビバビバ都会!野戦病院!」である。
・少年になり、花を買うのだ。
・書店はタイムマッシーンである。


◎松岡正剛の千夜千冊『ジョン・ランプリエールの辞書』

ねっ!すっごく読みたくなるでしょ?こうやって書き出していたら、またまた思い出して、読み直したくなってしまう。。わたしのブログでも、こんな素敵なタイトルをつけてみたいという「欲望」に逆らえそうにないので、今後、ヘタクソな真似をしちゃったときは「やってる、やってる!」(by : ジミー大西)って感じで見守って欲しい。

『お好みの本、入荷しました』には、上記のような「章タイトル」がなくなったのが、少しサビしいのだけど、本の内容は前作より詳しく説明されているかも。また突然「入籍」されたりして「夫」という、新たなパートナーにより、著者のキャラもちょっぴり変化されたり、直木賞受賞もあったり、、

でも、どちらの本も、本の内容を詳しく語られているわけじゃないのに、すごく読みたくなってくるのは、著者の本への愛情が伝わってくるからだと思うけど、でも、語られている本以上に「桜庭一樹」というひとが魅力的だからだと思う。

この本を読んだこと、桜庭一樹という人に感動したことを記録しておこうと思ってから、2週間以上経ってしまったのは、あまりにも興奮したからで、

知らない本を一杯紹介してもらって、

人気作家である著者の毎日と怒濤の読書欲に圧倒され、

読書好きな母との不思議な会話や、

娘(桜庭氏)、母、祖母という桜庭家三代に渡る、読書への想いと、

作家として骨身を削られている姿に涙したり、

著者だけでなく、書店員や編集者といった本好きのプロたちの本への愛情も、

苦しくなるぐらい伝わってきました。

今までにも、魅力的な作家はたくさんいたと思うけど、

作品でなく、作家自身に、これほど魅力を感じたことはなかったように思う。


それにしても、読書ブログなのに、直木賞作家に、MJで出会うって、、、なんかマズい気もするんだけど、でも、わたしが、もう、どーしよーもないほど、MJに惹き付けられたのも、彼が相当の読書好きだってことが、深くわかってしまったからだし、、

MJ繋がりで、またもや素敵なひとに出会えたんだから、

「ま、いいか」

『傷痕』楽しみだなぁ。。。なんか、とんでもないことになるかもしれないけど、、
MJファンのひとに、いじめられないといいなぁとか、気の早い心配しそうになっちゃった。。。

◎初めて、桜庭一樹を知った日の日記
◎うっかり影響を受けている日の日記  

あまりにも、多くの魅力的な本が紹介されているので、興味をもった本をメモするのも大変なんですが、たまたまピンクの付箋が目の前にあったときに貼っておいた部分のみ、ちょっぴりメモしておきます。

◎『少年になり、本を買うのだ』より
・『オトメの祈りー近代女性イメージの誕生』/川村邦光(1993年・紀伊國屋書店)
・『女賊』/橋本治 (俳優、篠井英介氏のために書かれた「黒蜥蜴」の一人芝居で、岡田嘉夫氏のイラスト付きのカラー絵本)
・『6人の放送作家と1人の千原ジュニア』(DVD。宮藤官九郎脚本の『福本和枝』。♪わたしは、太陽の塔と寝た女!♫)
・『キリハラキリコ』/紺野キリフキ(女子高生の日記を模した本。元は携帯サイトで配信されていて、日常のトボケた法螺話)
・『エンジェル・エンジェル・エンジェル』/梨本香歩
・『ハルカ・エイティ』/姫野カオルコ
・『春子ブックセンター』/宮藤官九郎
・『東のエデン』/杉浦日向子
・『愚か者ー畸篇小説集』/車谷長吉
・『ニシノユキヒコの恋と冒険』/川上弘美
・『肉体が記憶と出会う場所ー人種、性、アイデンティティをめぐる漂泊』/ディヴィッド・ムラ(米の著名な詩人で日系三世)
・『ミッション・スクール』 (2006年、中公新書)
・『死の泉』、『妖櫻記』/皆川博子
・『ハザール辞典』/ミロラド・パヴィチ(東京創元社。在庫なし?)
・『琥珀捕り』(東京創元社。在庫わずか?)
・『ユルスナールの靴』/須賀敦子(ユルスナールを愛する著者による独特の考察が光るエッセイ)

◎『お好みの本、入荷しました』より
・『教科書に載った小説』/佐藤雅彦
・『アフタースクール』内田けんじ監督(海外サスペンス好きにはたまらない活劇として紹介)
・『人間の情景』(1992〜93に刊行、全八巻のアンソロジー。エンタ読みには第六巻『奇妙なはなし』がお薦めらしい)
・『衣裳術』/北村道子
・『風俗嬢菜摘ひかるの性的冒険』/菜摘ひかる
・『聖フランチェスコの鳥』/田口犬男(現代詩)

こちらの本は『少年〜』と違って、既読の本が多くて、それらの感想に共感する箇所も多かったのだけど『O嬢の物語』の著者が女と知って驚くもそのひとつ。本書の中で四方田犬彦氏は、しわくちゃの老女になったフィルムを見たって記述があるけど、わたしが、そのフィルムを見た印象は、驚くほどカワイイ老女でした。





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by yomodalite | 2011-02-21 11:59 | 文学 | Trackback | Comments(2)

本日のTwiiter(2011.2.19)

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◎写真はすべてこちらから

私は、90年代からのメディアの変節がずっと気になっていたのですが、、

元電通マンで、現在はロンドン在住のマッドマンさんの2月14日〜19日までのTwitterから抜粋してメモしました。上から(古→新)になっています。

◎http://twitter.com/#!/madmanjapman

☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2011-02-19 23:07 | 日常 | Trackback | Comments(2)

日本を動かした大霊脈

中矢 伸一/徳間書店




読みたい小説もいっぱいあるのだけど「英雄」が気になって・・・ 特にまだあまり知られていない英雄となると、つい、ふらふらと惹き付けられてしまいます。そんな「英雄」好きで、尚かつ、明治のイケメンに目がなく、玄洋社などの右翼の源流にも興味がある人、そして、堀川辰吉郎の名前に、なんとなく「ン?」、どこかで聞いたことある、と思われた人。そう、堀川辰吉郎とは、あの中丸薫が、自分の父親だと言っている・・

つまり彼女が、あの御方の孫だと言っているのは、この父(?)の伝説によるものなのですが、、

私は彼女には興味ないので、そこはあっさり通過しておきますね。

堀川辰吉郎には、世界各国に48人の妻と88人の子供がいます!!!!(←本人伝)

ですから、彼女は、辰吉郎の子供だとしても、88分の1なんですが(笑)、彼はそのすべてを把握していて、全員に充分な養育費用などの面倒を見ていたようなので、彼女が当時の日本ではありえない待遇を受けていたのは、その恩恵による可能性はあると思います。

いずれにしても、結局「志」が違うということなんじゃないでしょうか。「血」で受継がれるものは、極わずかですからね。

では、どーでもいい人のことは、そんなところで、

堀川辰吉郎と“霊脈”に関して「はじめに」から、省略して引用します。

激動の時代には、天の配剤によるものか、神の仕組みによるものか、通常人のスケールでは計れないような大人物が、多数出現するようだ。

社会がむしろカオス状態に陥るような、旧体制が崩壊して新秩序が生まれる変革の時期には、第一級の「大人物」が現れて歴史に名を遺す様々な仕事をする。

維新前後の時は吉田松陰、高杉晋作、坂本龍馬、西郷隆盛、勝海舟などなど。日清戦争の時は乃木希典、児玉源太郎ら軍人たち。

ところが、名前が知られていない、超ド級の人物もいる。宗教家でいえば出口王仁三郎などがそうだし、右翼で言えば頭山満である。彼らの名前はとくに若い世代には知られていない。(中略)いわゆるタブーの領域にカテゴライズされてしまう人たちだから、当然である。

彼らの生き様は、破天荒で型破りであった。だが、それは1人よがりのものでなく、大勢の人々の心をまとめ、あるいは影響を与えるなどして、ひそやかに、かつダイナミックに歴史を動かしたことは事実である。そのことは、彼らの死後何十年が経ったとしても、心ある歴史研究家によって正しく評価され、記録されるべきであろう。

彼らは同じ時代の空気を共有しながら、どこかでつながっていた。(中略)彼らを動かしていたものは果たして何だったのだろうかと考える時、私はそこに「魂」レベルにまで及ぶ深いつながりを見る。

そうしたエネルギーが厳として存在し、悠久の太古から現在に至るまで、脈々と息づいているような気がする。

これを本書では「霊脈」と表現するとしよう。

この「霊脈」から、日本やアジア、そして世界をまたにかけ、陰に陽に活躍した大人物が現れた。

堀川辰吉郎の名前は、まったくと言っていいほど世間には知られておらず、まさに無名の存在と言ってよい。しかし、堀川辰吉郎という不思議な人物がこの世に実在し、日本男児として威風堂々と、世界をまたにかけて平和運動を行ったことは事実なのである。


と、スゴいひとみたいです。

著者の中矢伸一氏は、「日月神示」に関する著作で有名な方(未読)のようですが、レガリアとか「神盤」などという文字に、またもや「ン?」と思われた方もご安心ください。

その手の“風味”は、あまりなく、資料が少なく謎に包まれた「堀川辰吉郎」の軌跡を、丁寧に調査されいて、『日本週報』という雑誌の「不思議な人物-堀川辰吉郎一代記」という連載の内容紹介や(実際に交流のあった作家・森田哲郎のインタビューが基本)、辰吉郎が晩年、神盤を預けた「いのちの会」の森蔭彬韶氏への取材も、たいへん興味深いものでした。

また、上記にある、出口王仁三郎、頭山満、日本やアジア、世界をまたにかけ....という部分ですが、

こどもの頃から、大悪童で、校長を川に投げ込み、ヤクザとも喧嘩してしまう辰吉郎に、福岡では行く学校がなくなってしまい、井上馨と頭山満が相談して、東京の学習院に入れるのですが、そこでも、とんでもない問題を起こし、ついに、頭山翁の案により、孫文の預けられたのが15歳のとき。(王仁三郎との関係は下記の四章を参照)

孫文は、このとき「日本の若宮として革命戦争に使わせていただきましょう」と語ったそうです。

第一章は、幼少期から井上と頭山が、教育係としてついているなど、出生の謎に関する内容。

第二章「孫文と辰吉郎」
現在の米国の飼犬のような日本の右翼とは、まったく異なり、アジアのために命を賭して孫文を守った、日本の志士たちのこと、また高貴な雰囲気の美男のうえに、胆力があり、男ですら、その美しさに目を奪われた辰吉郎の、初恋だったかもしれない恋のエピソード、孫文の密使となった辰吉郎に、もっとも入れ込んでいたのが、あの張作霖だったなどなど。

第三章「大陸の空を駆けめぐる」
孫文の生き様から、彼が日本を愛し、辰吉郎を可愛がり、清朝末期の革命の時代の、日本と中国の志士たちの話が綴られていますが、辰吉郎自身は、晩年まで、それを饒舌に語らなかった。

第四章「真の世界平和実現のために」
辰吉郎は、敬州蜂起の失敗後、孫文とは合流しなかった。「不思議な人物-堀川辰吉郎一代記」では、孫文の片腕と称された辰吉郎のことが、他の文献では一切出て来ない謎。十数年を大陸で過ごし、帰国した後、彼は日本の政界にも影響を及ぼすすものの、この頃から、政治より宗教という考えだったらしく、中国最大の慈善事業団体「世界紅卍字会」の名誉会長に就任する。

大本教は、第一次大本弾圧事件のときに、満蒙へ潜入。あやうく処刑されそうになったところを救ったのが、辰吉郎だったらしく、大本と世界紅卍字会を結びつけることに骨を折る。辰吉郎が志向するするところは、常にアジアの平和と安寧だった。

ジュネーブで行われた世界平和連邦会議にも何度も出席し、威風堂々と、世界中の女性と関係し、その落とし胤が、中共にもソ連にも、アメリカにもフランスにも、対立する世界の両側の至るところに、成長していると演説し、沸き返るような拍手と「サムライ・ホリカワ」の異名を轟かした。

第五章「日本を動かした霊脈」
大正13年の神戸、孫文の「大アジア主義」と題された講演。その根本は

「苦しみを受けたアジアの民族が、どうしたらヨーロッパの強い民族に対抗できるかという問題であります。簡単に言えば、非圧迫民族のために、不平等を取り去る問題であります。圧迫を受けた民族はヨーロッパにもあります。侵略政策を行う国家は、たんに外国の民族を圧迫するだけでなく、自国の国民を圧迫しています。わたしの説く大アジア主義は、正義にもとづき不平等をなくするためのものです。」

そして、講演を締めくくる言葉として、

「あなたがた日本国民は、欧米の覇道の文化を取入れていると同時に、アジアの王道文化の本質ももっています。日本が今後、世界文化の前途に対して、西洋の覇道の番犬になるのか、東洋の王道の牙城になるのか、それはあなたがた日本国民がよく考え、慎重に選ぶことにかかっているのです」

この言葉は、生涯にわたって日本と日本人を深く愛し続け、それゆえに、この国の心ある人々に対し、大きな期待を寄せていた孫文の、最後の言葉だった。

大アジア主義から、大きく遠ざかり、西洋に憧れ、自らも覇道を求めて、敗れた日本では、この頃の「英雄」たちは「タブー」となり、埋もれていった。なぜ「タブー」になっていったかを考えれば、

今また訪れようとしている「アジアの時代」に、学ぶことが多い本かも。。。

[参考サイト]
◎大本教の系譜:中丸薫と堀川辰吉郎の「誇大妄想」革命
◎明治のイケメン(10)堀川辰吉郎という怪人  
◎堀川辰吉郎と内田良平
◎神盤・レガリア
___________

[MARCデータベース]堀川辰吉郎は、大本の出口王仁三郎、右翼の大ボス頭山満、辛亥革命最大の功労者孫文らと密接につながっていた。日本を歴史を動かした「霊脈」とは何か。巨人・堀川辰吉郎と霊脈のレガリアについて描く。徳間書店 (2002/12)


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by yomodalite | 2011-02-17 20:49 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)
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マイケルとThree Stooges(2)のつづき

「Curly: An Illustrated Biography of the Superstooge」が出版されたのは1985年で「Vibe」誌のインタヴュー(2002年)より17年も前の話なんですが、その1年前の2001年「USA Today」のインタヴューで、MJは子供の教育について答えています。

彼は父親になり、5歳の長男と、4歳の長女、次男はこの雑誌が販売された頃はまだ生後1〜2ヵ月ぐらい。こどもたちの教育のことは、きっと彼の関心のかなりの部分を占めていたと思います。

◎USA Today Interview(スクリプト原文)
◎こちらのとてもとても素敵なブログに翻訳があります

(上記から抜粋して下記に引用)

歴史を振り返ってみると、素晴らしいことを成し遂げた人はいつも同じ目に遭ってきています。僕はディズニー家の人達と親しいんですが、ウォルトのお嬢さん達はいつも、学校時代は辛い思いをしたと話していました。同級生に「ウォルト・ディズニーって最悪だよな。つまんないもん。ディズニーなんか見ないよ」と言われ続けたそうです。

チャーリー・チャップリンの子供達とも親しいんですが、彼らも子供達を学校に行かせられなくなった。「おまえの爺ちゃん、アホか?全然面白くないよな!みんなあいつなんか嫌いだよね!」というふうにいじめられたせいです。チャップリンはあんな天才だったっていうのにです!(何かを達成した人の子孫は)みんなやっかみに対処していかなくてはならないんです。(引用終了)



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彼らとの交流は、父親として、自分のこどもを守るために、彼らの経験から学びたかったという理由も大きいのかもしれません。

このインタヴューでは、チャップリンやディズニーの娘とのエピソードが語られていますが、彼は、ジョン・レノンの息子や、また元妻のリサもそうですが、他にも多くの有名人の子供と交流しています。アメリカの象徴とも言える少女スターだった、シャーリー・テンプルと面会したとき、MJはひたすら泣いたという話もありました。

わたしは、リアルタイムで、この頃のMJの記事を目にしていたときは、彼が前人未到の成功を手にした後「チャイルド・スター」であった自分の辛かった思い出に、こだわり過ぎていて、自分のような、一般的なファンの気持ちから、どんどん離れていってしまっているような気がしていましたし、メディアの「マイケル・ジャクソン」のイメージもそうでした。

でも、2000年前後の彼の行動をよく見て行くと、彼が「チャイルド・スター」としての過去のトラウマや、得られなかった子供時代にやり遺した世界に、閉じこもっていたという見方は、違うのではないかと思うようになりました。



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彼が、多くの有名人の子供や子役スターと交流したのは「チャイルド・スター」であった自分のきもちをわかって欲しいという気持ちがなかったとは言えませんし、自分のこどもの教育を考えてという理由もあったと思います。

でも、MJには、彼らの心を癒したいという気持ちの方が強かったんじゃないかと、私には思えるんです。そして、彼が癒そうとしていたのは、チャイルド・スターや、芸能人の子供だけではありませんでした。

彼が「こどもの心」を癒そうとしていたのは、もうずっと前からですが、1993年にイギリス、リバプールでおこった2歳児誘拐殺害事件の加害者である、ふたりの10歳児にも会いに行こうとして、当時の妻だったリサ・マリーとも口論になったようです。

この事件は、当然のことながらイギリスで大問題になり、未成年としてはありえなかった実名報道や刑事罰があたえられるなど、メディアの過熱報道がなされた事件でした。

何もなくても、常にパパラッチにつきまとわれているMJが、こういった過熱状態のメディアから逃れることなど、まったく不可能にも関わらず、彼は、2人は愛のない家庭に育ったに違いないから、どうしても自分が会いに行かなくてはいけないんだと、強行に主張したようです。

◎オックスフォード・スピーチでも語られた「ジェームス・バルガー事件」
(=ジェイミ・バルジャー)


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MJはリサのことを、こどもたちの病院を一緒に訪問するのに、とてもふさわしい人だったと語っていますが、多くのこどもたちへの支援活動をしているような人であっても、幼いこどもの命を奪った「こども」に愛情をそそげる人は少ないでしょう。

オックスフォードでのスピーチも「USA Today」のインタヴューと同じ2001年です。

彼がそこで語ったのは「貧しさや病気から、こどもを救う」ことではなく、大人も含めて自らの内にある、こどものこころを「癒す」ことと「許す」ことでした。

◎オックスフォード大学での講演  

こどもの頃、大好きだったカーリーのモノマネや、コメディを人前で演じることを、彼は10代で一旦止めて(「ジャクソンズ・バラエティ・ショー」)、彼は代表作と言える傑作アルバムを何枚も創った後、彼らの素晴らしさと、自分が受けた影響を、何度も語るようになっていますが、それらは、未だに、真剣なメッセージとしては、捉えられていないように思えます。

☆2001年「USA Today」(再度上記のブログから引用させていただきます)

Q : 子供が教えてくれたことは?

MJ : 沢山あります。子供に接していると、聖書の教えを思い起こさせられます。 聖書によれば、弟子たちが、誰が一番すぐれているとイエスはお考えだろうかと言い争っていた時、イエスは「お前たちのうちの一人ではない」と言って一人の少年を呼び、「この子供のように謙虚になるまでは、、、」と述べられたということです。

このことは、私達は、親切で謙虚でなくてはならず、子供のように開かれた素直な目で驚きをもって世の中を見ることが大切だと教えてくれます。僕にはまだそういう面があると思います。今でも僕は雲の様子や日没の素晴らしさに我を忘れます。昨日も虹を見た時、願いを唱えました。流れ星も見て、その度に願いを唱えたんです。(引用終了)



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こどものように素直に世の中を見ることは、大人にとって、ときどき思い出して見た方がいいと思いますが、こどもの心を大事にして「許す」ことは、むつかしくないですか?

「許す」ことは、こどもには、なかなか出来ないし、こどもっぽさを大事にして、大人になるのも、むつかしいですよね。

Q : 父親になってどんなふうに変わった?

MJ : とても大きな変化を経験しました。時間の使い方を今までとはすっかり変えなくてはいけないでしょう。子供達の世話を行き届かせ、正しいマナーを教え、きちんと育てるのが僕の務め。とはいっても、それを自分の音楽やダンスやパフォーマンスの妨げにはさせない、とも心に決めている。

ですから、僕は二つの異なる役割を演じなくてはならないんです。

(引用終了)

わたしは、MJが旅立ってから、彼を拒絶し始めた時代のことを、何度も思い返してしまうのですが、あの頃から、世の中は、どんどん「不寛容」になっている気がします。

ジェームス・バルガー事件は、イギリス全土に警備カメラが設置されるという結果を招き、10歳の少年に終身刑を求める声も激しかった。

不寛容で、疑い深い世の中になると、なぜか世の中は「こどもっぽく」「単純」になり、画一化されましたが、人の「こどもっぽさ」は、許されなくなっているようです。



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MJがカーリーのことを好きなのは、映画『スリング・ブレイド』もそうでしたが、自分を犠牲にしてもというところに、親近感があるように思います。

でも、彼がキングになってから、メディアに「ストゥージズ」が好きだと、何度も語るようになったのは、芸能人の鏡としてのリスペクト以外に、2つの意味があるのではないでしょうか。

ひとつは、マイケル・ジャクソンの顔について(16)でも書きましたが、

90年代以降、世界が「笑えない」方向に進もうとしていたことを、
敏感に察知していたから。

もうひとつは、内田樹氏の『武道的思考』で、これは、MJのことではないかと思ったのですが。。。(グレー部分。再度省略して下記に引用)

「世界が私のような人間ばかりだったらいいな」というのが人間が自分自身に与えることのできる最大の祝福である。でも、これはむずかしい課題である。

ふつうの人は「世界が私のような人間ばかりだったら」気が狂ってしまうからである。他者のいない世界に人間は耐えられない。

だから、論理的に考えれば、「私のような人間ばかりでも平気な私」とは「一人の人間の中に多数の他者がごちゃごちゃと混在している人間」だということになる。

わたしが、内田氏の言葉を本当に理解しているかどうかわかりませんが、MJが「ストゥージズ」への愛を語ることが多くなっていったとき(ヒストリー〜インヴィンシブル期)、彼自身からスマイルが消えていったのは、あの頃の「逆風」からではないと思います。

なぜなら、彼は、あの「裁判」のときですら、笑うことが出来るほど「強く」、
それから何年も準備を怠らず「THIS IS IT」で復活することができたのだから。



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MJとThree Stooges(1)で紹介した「序文」は、追悼式が行われた日の
「The NEW YOKER」でも、記事になっていました。

元記事内の「message board」にリンクがあって、Three Stoogesのファンサイトに飛びます。Stoogesの熱心なファンが、MJのためにあたたかいメッセージをくれていると思って行くと、そうでないものもたくさんあるので、そんなにお薦めできませんが....

「The NEW YOKER」の記事の締めの言葉。。。
Curly, like Jackson, outperformed the pessimists.

著者のジョーンによる、娘たちへのインタビューのことなどは、また気が向いたら。。




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by yomodalite | 2011-02-13 21:42 | MJ考察系 | Trackback | Comments(2)
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マイケルとThree Stooges(1)のつづき

ファミリーが、全員ストゥージズのファンで、それがとても楽しい思い出だったことは、「メモリアル」での、マーロンの言葉や、あの「裁判」が終結した日のリビーのインタビュー、また、最近のラトーヤのツイートでも、何度も語られていますよね。

◎「追悼式でのマーロンのスピーチ」ノーナ・リーブス:西寺郷太さんのブログ  

わたしは、いつも、MJだけでなく、ファミリー全員が、ストゥージズのことを語るとき、彼らのこれまでの深い苦しみと、また彼らが、現在の米国に言いたいメッセージも感じてしまいます。

日本でも放送されていた「三バカ大将」については、こちらの「とても素敵なサイト」に記事があります。


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スリー・ストゥージズ(三バカ大将)は、1963年から日本でも放送されていて、日本の伝説的なコメディアンにも、大きな影響を与えているグループだと思うんですが、わたしは年代的に見ておらず、近年、米国で発売されているDVDも、一応買ってみましたが、残念ながら、わたしには、彼らの「笑い」が、よくわかったとはいえません。

でも、カーリーの魅力については、少しわかりました。
カーリーは、他の2人より高い声で子供っぽいだけでなく「音」の使い手でもあるんです。



本の表紙にある「nyuk nyuk...」
MJがカーリーの変な音って言ってる代表例




また、スリー・ストゥージズというぐらいですから、3人は全員「バカ役」なんですが、一応「ツッコミ」は、上の写真の左側の“ホトちゃんヘア”のモーで、真ん中のカーリーと、右側のラリーが「ボケ」という、ネプチューン・スタイルなんですが「ツッコミ」のモーは、名倉よりも、遥かによく「叩きます」。 

それは、浜ちゃんの「ツッコミ」が大好きなわたしから見ても、ちょっと可哀想になるぐらいで、MJが著者のジョーンに答えているように、カーリーの“shave off”した髪型も、ラリーの真ん中だけ“ハゲ”なスタイルも、この「ツッコミ」を効果的にするためであることは間違いないですよね。


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1960年代にTV放送され、日本でもこどもたちにも大人気だった「三ばか大将」ですが、実はこの頃、すでに、カーリーは亡くなっていました。(Curly Howard 1903 - 1952)

だから、1958年生まれのMJがTVで観ていた頃も、彼はすでに亡くなった後なんですが、スリー・ストゥージズは、今でも、アメリカで絶大な人気があるようで、わたしが購入した、このDVDも、2007年発売で145レヴューって?!... ちょっと人気あり過ぎですよね。

現在の米国アマゾンのDVD市場で見る限り、チャップリンよりも一般的人気があるように見えます。それも、最近リバイヴァルしたというわけでもなく、ずっと高い人気を保持してきているようなんですね。

その理由は、もちろん、彼らが素晴らしい天才であるからなんですが、もうひとつは、彼らのような笑いが、現在のアメリカには全くないからだからだと思います。


「三ばか大将」ウィキペディアより
カーリーはそれまでの古いコメディアンの枠にとらわれず、独特の笑い"N'yuk, n'yuk, n'yuk" 、興奮すると発する奇声"Woo, woo, woo" 驚いた時の大袈裟なリアクション"N'gyahh-ahhh-ahhh!" 、その他にも裏声でのしゃべり、連発する駄洒落、犬の鳴きまね、不可思議なアクション等で一躍トップスターに躍り出る。ラリーが弾くバイオリンの曲"Pop Goes the Weasel"を聞くと俄然強くなるボクサー(Punch Drunks )、シチューの中の牡蠣と格闘する男(Dutiful but Dumb )、氷を相手にひげ剃りを試みるコック(An Ache in Every Stake )はカーリーの非凡さを伺わせる名作である。 脚に障害がありそれをカバーする為に編み出したカーリーの動きは、彼自身台詞覚えが悪くとっさにアドリブで繰り出していた状況のおかしさと相まって大いに受けたのである。(引用終了)



☆冒頭からすぐにカーリー登場。“氷を相手にひげ剃りを試みるコック”
◎The Three Stooges - An Ache in Every Stake (Part.1)

☆2:35〜“ラリーのバイオリンで強くなるカーリー”
◎The Three Stooges - In Punch Drunks (Part.1)  

☆2:10〜カーリー登場。“シチューの中の牡蠣と格闘する男”
◎The Three Stooges - In Dutiful But Dumb (Part.1)


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MJが好きなチャップリンとカーリーは、ふたりとも「しゃべり」で笑わせるタイプじゃなくて、チャップリンは「面白さの後に、心地よい涙で締めくくられる」ことが多かったですが、カーリーは、本当に、涙は見せずに、ひたすら、みんなを楽しませるために「体を張ってきた」ように見えます。

カーリーは大勢の人を楽しませるために、自らを「犠牲」にしていますけど、現在では、子供っぽくて、クレイジーな魅力のキャラクターは、メディアの「生贄」になってしまうようです。

彼は、TVメディアの黎明期にすでに亡くなっていますが、チャップリンも、MJも、平和と子供の素晴らしさを表現して「幼児性愛者」のレッテルを貼られました。

◎ピーウィー・ハーマン(ポール・ルーベンス)彼もこどもを傷つけてはいない。。 


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笑いの世界は「ボケ」が「華」ですから、ストゥージズの中でも一番人気だったのは、やっぱり「大ボケ」のカーリーだったでしょう。

でも「お笑い」の仕事を、まだあまり理解できない子供や、本当に「バカ」な大人も大勢いますから、彼らの子供たちは幼い頃、きっと虐められた経験があるんだと思うんです。

マイケルとThree Stooges(3)につづく




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by yomodalite | 2011-02-13 10:59 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)
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こちらで書いた2002年の「Vibe Interview」で、MJが語っている本「Curly: An Illustrated Biography of the Superstooge」ですが、ようやく入手出来たので、彼が書いた「序文」の部分を紹介したいと思います。

◎2002年の「VIBE」インタヴュー(テキスト原文)  

このときも気になっていたんですけど、この本の著書は、スリー・ストゥージズ(3ばか大将)のメンバー、モー(Moe)の娘のJoan Howard Maurerなんですが、MJは、カーリー(Curly)の娘に連絡して、一緒に本を書いたって言っているような気がしませんか?

MJ : I like anything to do with Shirley Temple, the Little Rascals, and the Three Stooges. I love Curly. I love him so much that I did a book on him. I got a hold of his daughter, and we wrote the book together.

現在は、雑誌の記事やインタヴューなど、あらゆるメディアの信頼性に関して、多くの人が疑いをもつようになっていますが、ライターに書かせた記事も、著名人に以来した原稿でも、都合のいいところのみ使用したり、間違いがあったからって、訂正などほとんどしないのは、昔からなので、本当に、このまま、MJが語っているかどうかまで疑ってしまう部分もあるんですが、

わたしは、この記事を読んだとき、こんな想像をしました。

MJが会いに行き、その人生が気になったのは、やっぱりカーリーの娘で、彼の意識の中では、モーの娘ではなく、カーリーの娘と一緒にという点が重要だったんじゃないかと。。

モーの娘のJoan Howard Maurerは、ストゥージズの本を何冊も出版していますが、カーリーの2人の娘は特に目立った活動はしていないようです。MJは、カーリーの娘が有名なコメディアンの父親をもったことで、どんな人生を送っているのかが、すごく気になったんじゃないでしょうか。

彼は、著者から人を通じて「序文」を依頼されたんじゃなくて、カーリーの娘に伝えたいことがあって、彼女に会いに行って、そのことから、この本は生まれたのかもしれない。

この本は、著者のジョーンが、彼女の叔父カーリーについて思い出を語り、他の様々な親類にインタビューをしていく本なんです。

MJが、カーリーの娘に会って、父親の歴史を知って欲しいと思った。それで、この本は生まれることになったのでは。。わたしは、なんとなく、そんな風に想像して本書を読んでみたいと思いました。

英語が苦手なので、まだ中身まで読んでいませんし、本書に関するエピソードは、この記事以外見ていません。ストゥージズのことも、カーリーのことも、まだよくわからないんですが、序文で、著者から質問を受けているところからも、やっぱりそんな風に思えてならなくなりました。


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Michael Jackson's dressing Table, artfully arranged with some of his favorite things : eg., a photo of the Stooges.


FOREWORD
序文


My memories of the Three Stooges, and especially Curly, are still with me to this day.

スリー・ストゥージズの思い出。特にカーリーの思い出は今日までずっと僕と共にあります。

In my childhood, around our house in Indiana, it was a daily ritual for me to watch the Three Stooges on television.

僕が子供のころ、インディアナでは、毎日テレビでスリー・ストゥージズを見ることは、日課のようなものでした。

All my brothers loved them then and even more so now.

僕の兄弟はみんな、その頃もそうでしたが、今はもっと彼らが好きです。

Chaplin and the Stooges are the greatest to me - their humor survives each generation.

僕にとって、チャップリンとストゥージズは本当に偉大です。彼らのユーモアは、どの時代も乗りこえ、

Even my mother loved to see us have fun watching them.

母も、僕たちがそれらを楽しんでいる姿を好んで見ていました。

Rehearsing as a team and watching the Stooges were the only times we got together as a whole family.

みんなでリハーサルをすることと、ストゥージズを見ることは、僕たち家族がひとつになる唯一のことでした。

The Stooges' craziness helped me to relax and to escape life's burdens.
They influenced me so much that I even wrote a song about them.

ストゥージズのドタバタ騒ぎは、僕をリラックスさせ、人生の負担を軽くさせてくれました。僕は彼らからとても影響を受けたので、それらに関する歌も書きました。

Curly was definitely my favorite Stooge. He was unquestionably a comic genius who understood ad-libbing better than anyone.

カーリーは、ストゥージズの中でも特に好きです。彼は即興コントを誰よりも理解している、笑いの天才でした。

I loved the Stooges' slapstick action and especially Curly's funny noises and his silly, child-like mannerisms and attitudes.

僕はストゥージズのドタバタ喜劇の動きと、特にカーリーの変な音や、おバカで子供っぽい癖とか態度が、とても好きでした。

He should be honored much more than what has been done for him in the past, for everyone loves him.

皆が今でも彼を愛していることは、彼のために行われた過去のどんなことより、はるかに「名誉」なことです。

As a kid, I imitated Curly all the time, and I enjoyed feeling superior to and smarter than those three, silly grownups.

僕は子供のころ、いつもカーリーの真似をしていて、彼ら3人よりも上手なんじゃないかと思いながら「おバカな」大人になり、

I owe so much to them that I feel they belong to me. That's why I had to write the Foreword for this book.

彼らからとても多くのものを受継ぎ、それを自分のものにしてきました。だから、僕は、この本のために「序文」を書かなければならなかったんです。

Joan, the auther,asked me whether I thoght that Curly had suffered when he had to shave off his wavy head of hair in order to become a Stooge.

著者のジョーンは、カーリーが「ストゥージズ」になるために、巻き毛をそり落とさなくてはならなかったとき、苦しんだのだろうかと僕に尋ねました。


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My answer was that I was sure he did, that underneath the smile may have been a tear - after all, he was a clown. But it is our duty as entertainers to satisfy the people -to give of our souls even if it horts.

僕は、もちろん、そうだと答えました。微笑みの下には涙があったかもしれません。でも、彼は「芸人」なんです。人々を満足させるのは僕たち芸能人としての義務です。

Curly had a magic. He was God gifted - a natural. Even when he didn't intend to be funny he was magic.

カーリーは、魔法を持っていました。彼は生まれたときから、神様の贈り物でした。面白いことを意図しないときでさえ、彼には素晴らしい魅力がありました。

Today, thirty-three years after his death, Curly still has legions of fans because he was a natural.

彼が亡くなって33年後の今日でも、カーリーに未だにファンが熱狂するのは、彼が生まれながらの天才だからです。

Such people appeal to the masses young and old - like the color blue.

若者にも年老いた人にも、訴えることができます。まるで青い色のように。

I love everything about Curly and I would give anything to really know what he was like.

僕は、カーリーのすべてが好きだったので、彼が本当にどのようであったかを伝えることができるでしょう。

Thanks to the auther, this book will clear up much of the mystery of Curly for me and his millions of devoted fans. ~ Michael Jackson

著者に感謝します。この本は、僕と、数百万の熱心なファンのために、カーリーの神秘の数々を解き明かしてくれるでしょう。  ー マイケル・ジャクソン


[参考記事]コメディアンの涙について
◎後藤ひろひと「カーテン・コールの拍手の中で」

マイケルとThree Stooges(2)につづく




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by yomodalite | 2011-02-11 14:35 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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