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ブログに読書感想を書いている、1番の理由は、自分のための記録です。

万が一、totoで6億円当たっても、一生狭い家に住む!と決めているので、どうしても何度も読みたいとか、レファ本として、家に置いておきたいとか、本文ページに目一杯書き込みや、赤線引いて読みたいとかじゃない場合は、書物は、図書館で補完しておいてもらいたいんですよね。

2番目は、書くことで、より記憶しておきたいからだと思います。

で、3番目は、著者に少しは恩返しをしたいのと、いいなぁと思ったモノを人に薦めるが好きだからなんですけど、たま〜に「紹介により買いました!」って、言われると、すごく嬉しい反面、いつも「シマッタ!」って思うんです。

わたしが勝手にそう思ったことまで、本に書いてあるかのように、言ってしまったかも。とか、ちょっと、言い過ぎたかな?とか、で、そんな反省を出来るだけしなくても良いように、「アフィリエイト」も張ってないので、ホント期待どおりじゃなくても、どうか恨まないで欲しい。

と、ここまでが言い訳で、

ここから、タイトルの本についてなんですが、、、まず、本書は、もの凄い「傑作」ですが、著者は「特殊まんが家」という、本当に特殊な職業の方なので、お薦めしたい!って気持ちは、まったくありません。

もし、あなたが、根本敬という、名前を聞いたことさえないなら、ここから先は、どうかご遠慮くださいませ。根本敬氏との出会いが、わたしが書いた文章なんて、気が重過ぎるし、きっと良い出会いにはならないと思う。それと、たぶん、根本氏やタイトル本が出てくるのさえ、すごく時間がかかると思うし、とにかく無駄に長いと思う。

それと、ここからは、通常とは異なるチャンネルの「電波」を放出するので、
そこにも「周波数」を合わせないでほしい。


特に、わたしのブログをマイケル関係で読んでくれている方は読まないで欲しい。

ていうか、マイケル関係以外のひとも読まないで欲しい(笑)本当に死にそうなほど暇で、尚かつ、読んだ後にすっかり忘れてくれる人以外は、どうか遠慮していただきたいと思う。

本当に、本当に「ひとりごと」なので。。。(しかも、電波系の)(言い訳はここまでって言ってから、また言い訳しちゃった。。。だって、まさか、マイケルが、根本敬まで、わたしを導いてくれるなんて、、、思ってもみなかったし、この気持ちを、どうやって、記録していいのか、わかんないんだもんっ!)

とにかく、根本敬が、どうして「来た」のか、よく覚えてないけど、最近、いとうせいこう氏のことを考えていたせいかもしれない ー 最初に、氏のツイッターを見つけたときに、杉本博司の『曾根崎心中』のお知らせを発見して、すごくびっくりして、慌てふためいて、神奈川芸術劇場のメンバーになった。

舞台や芝居は苦手だし、文楽も好きでもないんだけど「杉本博司+近松」を、いとう氏で知って、腰の重いわたしでも、走らざるを得なかったのだ。来年行われる、そのチケットを入手して、あらためて、これまで、いとう氏から受けた「恩」をいっぱい思い出した。


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(右側のグルーチョに成りきっているのは大竹まことで、左側はチコ役のきたろう)



『マルクス・ラジオ』ー 今のヤング(笑)は、どうなのか知らないけど、私がヤング(笑)な頃は、ヌーベルバーグや、小津安二郎の映画と同様に『マルクス・ブラザース』の映画も、重要なサブカル教養ではあったのだけど、それでも、マルクス・ブラザーズを解散後の、グルーチョ・マルクスがやっていたラジオ番組の脚本を、番組終了後60年以上経ってから、完璧に笑える「翻訳」で、しかも、大手出版社から出版してくれるような、そんな、ステキな人が他にいるだろうか?(絶対いない!!!)

いとう氏が、浅草に住まいを移したと聞いたときは、私はまだ、全然「浅草」のことがわかっていなくて、とりあえず、その数年後に隅田川沿いに住むようになったので、少しだけ近づけた気がするけど、あと2年ぐらいしたら、あのとき「銀座」の近くを選んだのは、甘くて下衆な下心だったと完全に反省するかもしれない。それほど、かの地の男の“粋”と、この地の男(特にキモノ関係)のレベルの差は激しい。

日本のヒップホップが誕生した瞬間(いとう氏が作った)、わたしは、その場所(どこだったかは覚えていない)に居たし『ノーライフ・キング』(’88年)も『天才ビットくん』も『しりとり竜王戦』も見逃していなかったけど、もっともっと、深く出会っておけば良かったなぁと、今になって思う。。でも、重要な「出会い」は、ほんとうに、ある日、突然、まさかというタイミングで、やって来ることが多いのだ。

あの日もそうだった。

まだ、あの頃は、朝TVが流れていて、それで、あのニュースを知ったのだ。今だから、わかるけど、あのニュースには、驚くほど、多くの「電波」が、発せられていて、それは今でもずっと続いている。

CDを買う必要がないほど、街に彼が溢れていた時代以降の「INVINCIBLE」も「Blood On The Dance Floor」も持っていて「In The Closet」の3枚のリミックスCDなんかも狂ったように聴いていたはずのに、今から考えると、まったく聴いていないに等しいというか、まだ全然彼に出会ってなんかいなかった。

若い頃に出会ったアーティストや曲が今も一番という人は多いようだけど、わたしは自分の若い頃の感覚なんて、今はまったく信用できないので、あの頃もスゴいと思っていて、尚かつ、今もスゴくあり続けている人を発見すると、若い頃に感動した何倍も感動してしまう。

でも、根本敬氏は、若い頃から知ってはいたけど、本も1冊も持っていないし、1番、最近触れたものは、たぶん『神様の愛い奴』だと思うけど、『ゆきゆきて、神軍 』を観たひとは、セットで観た方がいいかもなぁと思った以上の感想はなかったし、その後の作品にはまったく触れていない。

そういえば、最近、3日連続でみうらじゅん氏の夢を見た。みうら氏は、根本氏やマイケルと同年齢で、根本氏は2008年に「みうらじゅん賞」を受賞しているのだけど、他の「みうらじゅん賞」受賞者だって、いとうせいこう氏以外は知っているとは言えないし、出会ってもいないし、そもそも、みうらじゅん氏にだって、あまり出会っていない。

だから、どうしてなのか、本当によくわからないのだけど、もしかしたら、勝新太郎なのかもしれない。

『天才 勝新太郎』 ー 著者の春日氏は、時代劇の現場を、相当取材されて、書かれているのは、間違いがないのだけど、でも、それだけでは、あれほど「勝新太郎」には出会うことは出来ない。この本に、根本氏の名前があったかどうか、覚えていないけど、春日氏は、勝新太郎自身だけでなく、根本敬の「ソウル電波」も、きっと受けたに違いないと思う。

仮に、著者に記憶がなくても、この世には、さまざまな「残留思念」というものがあるのだ。そうでなければ、今になって『影武者』を降りたときの、勝新太郎の気持ちがわかることもないし、あれが、何かを変えた瞬間で、また、何かが終わった瞬間だったことが、後になって、わかるということもないと思う。

わたしが、春日氏の驚異的な仕事により、勝新太郎に出会うことが出来たのは間違いないのだけど、でも、春日氏がどんなに良い仕事をしてくれていても、マイケルによって、わたしの「アンテナ」が開かれていなかったら、それを受け止めることは出来なかった。90年代以降のMJに周波数を合わせていたから、勝新太郎を感じることが出来たのだ。

本書を読むまで、根本氏が、これほど、勝新太郎の「ソウル電波」を受けていたことも知らなかったけど、わたしも、勝新太郎の「ソウル電波」を受けていたから、根本氏にも出会うことが出来たんじゃないかと思う。

とにかく、とうとう、根本敬が来た!という感じが突然して『特殊まんが家-前衛の-道』と『真理先生』の2冊を図書館で借りてきた。『真理先生』は決して得意とは言えない、根本氏の「まんが」なしで読むことができるので、そっちから読み始めたのだけど、なかなか読むことが出来なかった。かなり特色のある文体に、なかなか慣れることが出来なくて「根本敬が来た!」と思ったのは、勘違いだったのかと思い始めたころ、諦め半分で『特殊まんが家-前衛の-道』を読み始めた。

水木しげる氏と、根本氏の関わりというか、インドのカースト制の中には、バラモンの読書中に生涯ページを捲るだけの、只、それだけの役割のカーストがあるという話から、水木先生に、トイレがどこかを教える役割を与えられていたけど、遂にその役目から「解き放たれた」という根本氏のエピソードが語られている「はじめに」を読み終えると、目次があって、章扉には、

「真の夜の収穫者は水谷君(孝)ではなくこの僕だ」
− そういった夜に対する自負が森進一にはあった。


と書かれてあった。

水谷君とは、裸のラリーズのボーカルで、ギターの人なんだけど、わたしは、よく知らないし、森進一のことも知らない。

小見出しは「人の役に立つ」ー 根本氏が、はじめてドヤ街に足を運んだ時に、アル中のジジイから、浴びた言葉から始まってて、「ガロ」、『情熱のペンギンごはん』〜奥平イラ、ひさうちみちお、「JAM」「HEAVEN」「GOCOO」という、あの頃のサブカル必修雑誌などの名前が並んでいるのだけど、そのことが懐かしいわけではない。でも、湯村輝彦の、ある行為を「アート・ディレクション」と称した、根本氏に、はじめて「グッと」惹き込まれ、次の「没入」は、勝プロ倒産から始まっていた。

やっぱり、勝新太郎に呼ばれたんだということが、だんだん、わかって来た。

「永遠の素人」でいいと、勝新太郎は言っていた。ー 根本氏は、佐川一政の家の近所に住んでいて、深夜三時にセブンイレブンに行って、交通事故を目撃する。松田優作は「撮るのなら俺の《魂》を撮ってみろ!ただし簡単には撮らせないからな」と、写真集『スロー・ニュアンス』を出版したカメラマンの渡邊俊夫に言っていた。

舞台『不知火検校』ー 勝新太郎の車中での電話での会話。根本氏はそれを「宿題」として10年以上考え続けた。『天才 勝新太郎』ではブルース・リーとの共演話が語られていたけど、あのプリンスからも「座頭市」としてビデオ出演のオファーが来ていたのだ!!!!!

勝新太郎が語る《偶然完全》

ただ、パッと会ったときに、そっちが俺のことをよく知ってるから、俺も知ってたんだよ。そういう、この空気の中に電気菩薩みたいなのがいるんだよ。空気が俺に、そういう風にしてくれるんだよ。太陽がこうやって来て、ここへ来たら太陽もあたってる。これが雨だったときは雨がそうしてくれたと思うし。『宝島』って本がどうして俺のところへ来たのか知らないけれど、何かで、フッと俺のところへ来たんだから、俺はフッとこうなったんだよな。」

根本氏は、韓国の漢陽大学校での「講演」で、クレージーケンバンドやポンチャックの李博士(イ・パクサ)や電気グルーブや、内田裕也の政権放送を語り、勝新太郎の《偶然完全》を、J・レノン死後の「フリー・アズ・バード」レコーディングのエピソードにより説明する。

◎Traffic - John Barleycorn
トラフィックの「ジョン・バーレイコーン・マスト・ダイ」は、知らなかったけど、なんとなく聴いたことがある曲なのかと思ったら、今まで一度も聴いたことのない、まったく知らない曲だった。

◎Traffic - Dear Mr. Fantasy   
こっちの曲の方が、有名みたいだけど、やっぱり、全然知らない。

ロックに、白人の知性が感じられたのは、レッド・ツェッペリンが最後で、フレディ・マーキュリーという辺境の人をフロントに置いた、クイーンが、完全に、その幕を引いたんだと思う。

初めて見たTrafficのボーカルの人の鼻の高さがすごく気になったけど、70年代にはめずらしくなかった、こんな感じの白人は今どこに行ってしまったんだろう。白い肌に、すごく高い鼻、ストレートのロングヘア....どことなく2002年ぐらいからのマイケルに似ている気がするけど、同じ1958年生まれの、根本敬氏と、みうらじゅん氏にも似ている。

きっと、この3人は、「電気菩薩」(by 勝新太郎)で、繋がっていて、それは、70年代に関係があるんじゃないかと思う。でも、70年代は、すでに「精子」ではなかったけど、まだ、人間には、ほど遠かった、わたしにはよくわからない。

めったに役に立たないけど、10年以上、独自(=インチキ)に研究している占星術で「解った」と思った瞬間は、ほんの数回しかないのだけど、中でも、ものすごく自信をもって「解った!」のは、

山下達郎(1953年2月4日)と、フィル・コリンズ(1951年1月30日)が、ほぼ、同一人物(笑)だと言うことと、ペ・ヨンジュン(1972年8月29日)を見た瞬間に、ものすごくMJ(1958年8月29日)と近い人ということが解ったこと。ヨン様ファンと「TII」以降、増えたり、戻ったりした、MJファンの乙女心はかなり近いはずだ、ということ。

マイケルは『冬のソナタ』(2003年日本)より前から、すでにヨン様だったのだ(笑)

だから「WHY」(1996)で、共演した3Tまで、その磁場で、韓流スターっぽくなってしまったのだと思う(笑)

アメリカと、D通のおかげで、かの国のことは、いつもフィルターがかかるのだけど、四方田犬彦氏と根本氏に導かれたいと思う。

サヌリヌ(金昌完メンバー)や、申重鉉(シン・ジュンヒョン)が、わかるのは、いつになるかわからないけど。。。

また、平凡パンチ(わたしは知らない)からの、マガジンハウス系雑誌や「宝島」、前述した「ガロ」や「HEAVEN」などの伝説系の雑誌のことは、今でも、ときどき当時の話に登場するけど、この時代の『流行通信』を、柄でもない連中が、毎月購入すべき雑誌のひとつだった。というのも、むしろ、根本氏らしい証言だと思った。他とはまったく異なる紙質と、写真による、当時の『流行通信』は、確かに、そういう雑誌だった。

そして、勝新太郎に呼ばれて、韓国にまで飛びそうになった「電波」だけど、呼ばれたのは、勝氏だけではなかった。

吉田豪氏によって、引寄せられていたけど、未だ何もわからない、謎の人、内田裕也氏の「電波」も、すごく近づいて来ていたのだ。


◎『真理先生』につづく
____________

[内容紹介]第11回みうらじゅん賞受賞・根本敬による「特殊漫画家になるまでの道のり」を綴ったエッセイ。濃密な根本ワールドが展開。巻末には天久聖一とのロング対談も収録。東京キララ社 (2009/4/3)





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by yomodalite | 2010-11-30 20:50 | エッセイ | Trackback | Comments(0)

ヨーロッパ超富豪 権力者図鑑

中田 安彦/日本文芸社



本書は、今年3月に出版された『世界権力者人物図鑑』の続編とも言える、ヨーロッパ版!著者は、副島氏の一番弟子で、名著『ジャパン・ハンドラーズ』の中田安彦氏(副島氏は責任編集)

出版されたばかりで、読了後3日経ってませんが、今回は、急いで紹介しちゃいます。

というのも、前書は、全国民必読の書でしたけど今回は、特に女子にお薦め!!!

帯には「国際ニュース」の裏が読めるってありますけど、これを読めば、ファッション紙の情報が、いろいろと詳しくわかります!

第一章 欧州とファッション
第二章 欧州の心臓を握る覇者
第三章 欧州のメディアとIT
第四章 これから伸びる欧州企業と財界人
第五章 欧州の2つの辺境大国

この第一章で取りあげられている、富豪は、まず

あの、LVMHグループのベルナール・アルノー!!!
最近は買収が一旦落ち着いたようですけど、何年か前まで「LVMH」に入ると、急に、ファッション紙の広告が増えたり、イメージが良くなったり、、なんてことが良くありましたよね。

ルイ・ヴィトン、ロエベ、セリーヌ、ケンゾー、エミリオ・プッチ、ベルルッティ、クリスチャン・ディオール、ジバンシー、フェンディ、ダナ・キャラン、マーク・ジェイコブス、タグ・ホイヤー、ゼニス、、、お酒関係では、ヘネシー、ドン・ペリニヨン、ブーブ・クリコ。。。これらは、すべて、「LVMH(ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー)」で、数年前に、渋谷のマークシティにオープンして、今は撤退してしまった、化粧品小売の「セフォラ」や、同じく撤退したスーパー「カルフール」も傘下に収めてます。

で、次は、そのライヴァルである「PPR」のフランソワ・ピノー。
こちらは、グッチ、イブ・サン・ローラン、ボッテガ・ヴェネタ、ステラ・マッカートニー、バレンシアガ、アレクサンダー・マックイーン、セルジオ・ロッシ、ベダ&カンパニー、プーマ、ブシュロン、、、

その他、シャネルの三代目オーナー兄弟とか、ジョルジオ・アルマーニとか、ベネトン、ZARA、H&Mのオーナーはもちろん、イギリスのユニクロ「TOP SHOP」とか、、、

あと、化粧品の最大手「ロレアル」も、「ロレアル・パリ」ブランドだけでなく、ランコム、ヘレナ・ルビンシュタイン、シュウ・ウエムラ、ビオテルム、メイベリン、ボディショップは、すべて「ロレアル」グループって、知ってました?奥さん!!

まだまだ、他にも「ダイアモンドは永遠の輝き」デビアスや、欧州権力者と言えば、忘れちゃいけないロス・チャイルド家のことも、もう、今更『赤い楯』とか読む必要ない感じで、どうして環境問題とか、エコロジーから、地球温暖化になって、結局、原子力発電所が増えて、水ビジネスと、製薬会社ばかりが肥え太っているのか。とか、ホント「イベント」には、注意しなくちゃね!ってことも良くわかります。

他にも、ベルギーのような小さい国が何故?とか、ビルダーバーグ会議と、ダヴォス会議ってどうちがうの?とか、なんで、日本ばっかり「タミフル」買わされたの?とか、結局アフリカ支援て、、、などなどのヒントも?

で、第3章は、それらの企業の宣伝役である、メディアを握る方々が登場しますけど、メディアを支配しているのは、ルパード・マードックだけじゃなくて、カナダ、ドイツ、オランダなど、日本にはほとんど情報が入ってこないけど、関係がないわけはない国のメディア王の方々がズラリ。

次の第4章の「これから伸びる欧州企業と財界人」に登場の方々も、すでに、日本企業のライヴァルというよりは、もう、とっくに頭3つ以上?、差をつけられた方々がほとんどで、MJファンや、ホリエモンでも、有名な、リチャード・ブランソンや、IKEAの創業者、また陰謀論でも、おなじみの「シオニスト」の一族や、「ハイネケン」や、あのパリス・ヒルトンと写真を撮られていた男とか、「レッドブル」とか、遺伝子組み換え食品って、もう、避けられないところまで来てるなぁとか、

とにかく、オールカラーで、写真いっぱい、親切でわかりやすい図解もあって、
たったの1500円(税抜き)で、もう、盛りだくさん過ぎる内容!

中田氏は、副島氏ほど「暴き系」ではないので、第1弾より、午後の紅茶の読み物としてもいいかも。

銀ブラのお供に、是非!!!

______________

[内容紹介]ベストセラーとなった副島(そえじま)隆彦の権力者図鑑シリーズ待望の第2弾!(第1弾 副島隆彦 著『世界権力者 人物図鑑』 日本文芸社 刊)

世界を動かす超財界人を知れば、国際ニュースの裏がわかる!
ヨーロッパの主要企業を握り、グローバルな経済・金融活動で世界を操る超富豪たち。ファッションから金融、メディア、ITまで、世界のビジネス界を動かすヨーロッパ超富豪66人の実像と最新動向を、豊富な写真とともに徹底解説!

新興大国の台頭、アメリカ帝国の世界覇権に対抗するヨーロッパ最重要財界人たちの戦略とは? 
世界経済とビジネス界の未来を読み解く──。
ヨーロッパ財界のキーパーソンと、彼らの成功の秘訣、力の源泉がわかる! 
日本文芸社 (2010/11/25)



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by yomodalite | 2010-11-29 11:36 | ビジネス・経済・金融 | Trackback | Comments(2)

わらしべ偉人伝―めざせ、マイケル・ジョーダン! (角川文庫)

ゲッツ板谷/角川書店

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本書は、2001年1月〜2003年1月まで「SPA!」に連載され、2003年5月に単行本化。この文庫版は、2007年5月に出版されたもの。

これまでのエッセイやレポートと違い、これはインタヴュー集なんですが、会った人の紹介により、次にインタヴューする人が決まるというシステムで、最終的に、ゲッツ師匠がこよなく愛する“MJ”、マイケル・ジョーダンを紹介してもらいたいっ!という熱い願望を込めつつも、そのことは、インタヴュー内では一切、触れては行けないというルールで、始まられていて、そこが、タイトルの『わらしべ...』に繋がっているんですね。

で、その偉人伝、最初の偉人とは、、

針すなおさん! 様々な人の似顔絵と、モノマネ番組の審査員としても活躍した方。

ここからは、すべて紹介によるものなので、この方のみ、ゲッツ師匠が選んだわけですが、意外といえば意外ですし、MJとの繋がりは皆無と思われるものの、芸能界には顔が広いかもと思わせる人選。。。

果たして、針すなおさんとは、いかなる人物なのか?という内容は、本書で確認して頂きたいのですけど、なんと、この後すぐに紹介されたのは、まず、誰も名前を知らないだろう、ゴールデン街のバーのママ。。。既に2回目にして、この偉人伝は、渋すぎる人選へと突入し、この当時も、今も「誰それ?」みたいな方々が、大勢出演されるインタヴュー集になっています。

で、それらの有名、無名の人々から、あのゲッツ師匠が、何を引き出したのか、あるいは引き出さなかったのか?という内容も、本書で確認していただきたいのですけど(笑)、結果を言えば、やっぱり引き出したり、引き出さなかったりなんですね(笑)で、引き出さなかった回は、ゲッツ師匠の「芸」と「技」で、何とかやっているという感じでしょうか(笑)

あの「友だちの輪(古!)」とは違い、こちらは週刊連載ではありながら、次の紹介者が、常にインタビュー後に決まるという「ルール」は、やらせなしに守られたようで、紹介者のインタヴューが連載締め切りまでに間に合わないということも、しばしば。。で、そんなときには、ゲッツファンにはおなじみのケンちゃんやセージも登場してます。

文庫本化にあたっても、インタヴューは行われた順番どおりで、

第一章 「いぶし銀座」
第二章 「深爪アーティスト」
第三章 「トンガリ右京」
第四章 「野菊のヤンキー」
第五章 「妖怪タンメン」

と、なんかわかるような、さっぱりわからないような、章タイトルに、様々な“意外な人たち”が、繋がっていて、

これは、、、ある種の「旅」のようです。

ゲッツ板谷と行く「因果鉄道の旅」(←by根本敬)なんだと思います。

また、この連載は、50人というキリのいいところで終了し、そして、最後に、とうとう、MJが登場します!!!しかも、2人も!(笑)

最後に、マイケルファンとして、ひと言。

本書の内容には、ジョーダンは登場しないんですが(ネタバレ?)、ジャクソンの方は、登場するんです。なぜなら、高須クリニックの人が登場するからなんですね(苦笑)。
で、高須氏を否定するつもりはありませんが、こういった美容外科医の発言にも、いつか決着つける!(笑)ために、今後も精進して行きたいと思います!!!!
________________

[BOOKデータベースより]ライター界の特攻隊長・ゲッツ板谷が各界の偉人に直撃インタビューを敢行!そして、その偉人が「偉い」「すごい」と思っている人を紹介してもらい、次回はその人に会いに行くという“活字版テレフォン・ショッキング”。登場するのは、堀内恒夫、伊集院静、ピエール瀧、市川染五郎、京極夏彦、水木しげる、崔洋一ほか全50人+α。最終目標のマイケル・ジョーダンめざし、ゲッツ板谷と大物ゲストのぶっちゃけトークが炸裂する。角川書店 (2007/05)



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by yomodalite | 2010-11-28 19:58 | 評論・インタヴュー | Trackback | Comments(0)
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“says with a goofy grin”(2) のコメント欄で、pytさんが教えてくれた記事が、読んでるだけで「イキそう♡」なほど、素敵な内容なので、またまた苦手な英語力を駆使して、全訳してみました。

MJのクラシック・アルバム!!!(うっとり)というだけでなく「THIS IS IT」リハーサルの間、ダンサーや、ツアーメンバー以外にも、彼がすごく元気で、創造的であったということを証言した内容になっています。

http://www.baltimoresun.com/bs-mtblog-2009-07-more_details_on_instrumental_a-story.html

☆JULY 10, 2009

More details on instrumental album Michael Jackson started before his death, and his love of classical music

マイケル・ジャクソンが旅立つ前に始動していたインストゥルメンタル・アルバムと、彼のクラシック音楽に対する愛

TV and film composer and conductor David Michael Frank may have been one of the last persons to collaborate with Michael Jackson on an artistic project.

テレビや映画の作曲家で指揮者でもある、David Michael Frankは、マイケル・ジャクソンと芸術的なプロジェクトに関わった、最後のひとりであったかもしれません。

The pop singer’s untimely death left that project in an uncertain state. Initial reports suggested that Jackson planned to do an album of “classical music” he had written; the pieces were to be orchestrated by Frank.

ポップシンガーの突然の死により、そのプロジェクトは不確実な状態にあります。初期のレポートでは、ジャクソンは、彼が作曲した「クラシック音楽」のアルバムを計画していたとされていて、それらの曲は、フランク氏によって調整されていました。

Actually, Frank says, the pieces were closer to film music and would have gone into an all-instrumental album had Jackson lived. The Baltimore-born Frank, interviewed by phone in California, gives an account here of his experience with the King of Pop:

フランク氏は言います。それらの曲は、彼が生きていたら、映画音楽か、インストゥルメント・アルバムになっていたでしょう。ボルチモア生まれのフランク氏は、カリフォルニアでの電話インタヴューで、キング・オブ・ポップとの経験を説明します。

Four or five months ago, I received a call from Michael Jackson’s longtime personal recording engineer, Michael Prince, who told me Michael was looking for someone to arrange some music for orchestra.

4、5ヵ月前に、マイケル・ジャクソンの長年の個人的な録音技術者であるマイケル・プリンスから、オーケストラのために音楽を編曲する人間を探していると言って、私は呼び出しを受けました。

I thought it was going to be for the tour he was going to do. For the next month or two, he would call, saying, ‘Michael Jackson says he’s going to call you.’

私は、彼が予定していたツアーのためであると思いました。 1、2ヵ月後に、彼は電話で「マイケル・ジャクソンが、あなたに電話をするでしょう」と言ってきました。

At the end of April, another Michael, Michael Jackson’s personal assistant, called me and asked me to come the next day at 10 a.m. and asked me the make and model of my car. I drove to the Holmby Hills home. I drove up to the front door, and was met by an assistant who told me to go inside.

4月の終わりに、別のマイケル(マイケル・ジャクソンの個人秘書)から、私は車のメーカーとモデルを聞かれ、翌日の午前10時に来るように言われ、“Holmby Hills”の家の正面玄関まで運転して行って、秘書から中に入るように言われました。


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これが“Holmby Hills”!!!......だと思ったんだけど、、


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こんな写真もあって


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こっちかな??


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エントランス?


I was met there by a woman dressed like a housekeeper, but with a white turban on her head. She said, ‘Michael Jackson will be with you shortly.’ About two minutes later, he came down the stairs.

私はそこで、家政婦のような服を着て、白いターバンを巻いた女性に「マイケル・ジャクソンにすぐ会えますよ」と言われました。およそ2分後に、彼は階段を降りて来ました。


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きっと、この階段から、MJが降りてきたぁーーー!


I was reluctant to shake his hand because I had heard that he was concerned about germs, but he immediately stuck his hand out and gave me a very firm handshake. He was very skinny, but not the least bit frail. He was wearing a suit and a hat. He was going to rehearsal later for the tour.

わたしは、彼が細菌に関して心配していたと聞いたので、握手するのは気が重かったのですが、彼はすぐに手を出して、とても堅い握手をしてくれました。彼は非常に痩せていましたが、決して脆い感じではなく、彼はスーツを着て帽子をかぶっていて、この後ツアーのリハーサルに行く予定でした。

He said, ‘You look familiar.’ I told him a long time ago I worked on a TV tribute to Sammy Davis, Jr. at Shrine Auditorium [that he had participated in]. I told him I had met him briefly there.’ He said, ‘I never forget a face.’

彼は「あなたのことを知ってるような気がする」と言いました。私は昔、シュライン・オーディトリアムでの、サミー・デイヴィスJrのトリヴュート番組で働いていたことを告げ(彼は参加していましたから)そこで少しだけ彼に会ったことがあると言いました。「僕は人の顔は決して忘れないんだ」と彼は言いました。

He told me, ‘I have three projects going on simultaneously.’ One was the tour that the whole world knew about. The other two I believe no one knew about. One was to be an album of pop songs. Then he said, ‘The other one is that I want to record an album of classical music’ — what he called classical music.

彼は「私には、同時進行の3つのプロジェクトがあります」と言いました。1つは全世界に知られていたツアー、あとの2つは誰も知らなかったと私は思います。ひとつはポップアルバム。それからもうひとつは「クラシック・アルバム」
彼がクラシック・ミュージックと呼ぶものとは.....


He said he listened to ...
classical music all the time; it was his absolute favorite.

彼は常にクラシック・ミュージックを聴いていて、ずっと、それが大好きだった。

I was impressed with the pieces he mentioned: Aaron Copland's Rodeo, Fanfare for the Common Man and Lincoln Portrait; Leonard Bernstein’s West Side Story.

私は彼が言及した曲に感動しました。アーロン・コープランドの『ロデオ』、『市民のためのファンファーレ』と『リンカーンの肖像』 レナード・バーンスタインの『ウエスト・サイド物語』。

◎Aaron Copland - Hoedown From“Rodeo”

◎Aaron Copland - "Fanfare for the Common Man"

◎Aaron Copland - “Lincoln Portrait”

I mentioned Bernstein's On the Waterfront. Then Michael mentioned that he loved Elmer Bernstein's film music, too, and he specifically mentioned To Kill a Mockingbird.

私はレナード・バーンスタインの「波止場」(On The Waterfront)について話し、それから、マイケルは、エルマー・バーンスタインの映画音楽も好きだったと言い、特に「アラバマ物語 」(To Kill a Mockingbird)について語りました。

☆MJと縁が深いマーロン・ブランドの主演映画「波止場」
◎Symphonic Suite "On The Waterfront"/ Leonard Bernstein(Soundtrack)

☆こちらもMJと縁が深いグレゴリー・ペックの主演映画「アラバマ物語 」
◎Elmer Bernstein - Theme from "To Kill a Mockingbird"

I realized that almost all the classical pieces he mentioned are childlike, very simple and pretty, like Prokofiev’s Peter and the Wolf and Tchaikovsky’s Nutcracker Suite. He also mentioned Debussy several times, specifically Arabesque

プロコフィエフの「ピーターと狼」やチャイコフスキーの「くるみ割り人形」や、ドヴュッシーのアラベスクのことも何度か言及し、わたしは、それらすべてが、シンプルで、子供っぽく、また古典的な美しい音楽であることに気づきました。

☆これは、デヴィッド・ボウイのナレーション入り。有名な主題は2:00ぐらいから
◎Peter & the Wolf 1 - Narrated by David Bowie

☆MJは『くるみ割り人形』の組曲すべてが完璧で、自分のアルバムの完成度のお手本のように思ってたんだよね!
◎The Nutcracker - Waltz of the Flowers

◎The Nutcracker - Snowflakes  

◎The Nutcracker - Dance of the Mirlitons

[No. 1] and Clair de lune. He was very soft-spoken when were talking about music, but when he got animated about something, he was very changed.

ドヴュッシーの「月の光」。彼は非常にソフトな口調でしたが、その音楽について語るとき何かに突き動かされているように活気づいていました。

☆関連記事。クラシックが好き発言は何度もしてますが「くるみ割人形」と「月の光」(牧神の午後やアラベスクも)は毎回挙げていますね。
◎マイケルの好きだった音楽(1)

When he mentioned how he loved Elmer Bernstein, and I said I liked the Magnificent Seven score, Michael started singing the theme very loudly, almost screaming it.

彼が、エルマー・バーンスタインをどれほど愛しているかを語っていたとき、私が『荒野の七人』が好きだと言ったので、マイケルは、まるで叫んでいるかと思うぐらい大声でそのテーマを歌い始めました。

☆この曲をボイパで歌うMJ....(もう心臓止まりそう!!!)
◎Elmer Bernstein - The Magnificent Seven

He said, ‘I’m making a CD.’ Then his son, Prince Michael, came in, and Michael asked him to find a CD player. Paris found one and brought it in with Prince. Michael played the CD.

「私はCDを作っています」と彼は言いました。それから、彼の息子(プリンス)が来て、マイケルは彼にCDプレーヤを見つけて来るように頼みました。 パリスがそれを見つけて、プリンスと一緒に持って来て、マイケルはCDを再生しました。

It was very pretty music. He said, ‘But a section is missing.’ He played a second piece. And he said, ‘But a section is missing, too.

それは、とても美しい音楽でした。でも、彼は「足らないところがある」と言いました。彼は2番目の作品も再生しました。そして、これも「足らない部分がある」と言いました。

But I can hum it to you.’ I asked if there was a piano in the house, and he said there was one in the pool house.

でも、それをハミングで私に伝えたので、私は家にピアノがあるか尋ねました。彼はプールハウスにあると言いました。


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これがプールハウス?
でも最初の家の前にもプールあったよね?
プール2つ?(バスルームか!)


We headed out there, but Michael stopped when he saw the dog was outside, soaking wet from being in the pool.

私たちがそこに向かおうとしたとき、彼はストップをかけました。プールの中にずぶ濡れの犬が居たんです。

He didn't want us to get splattered. It was kind of funny. Michael got another assistant to hold the dog while we went to his pool house.

彼は、わたしたちに水がはね散って欲しくなかったんでしょう。それはちょっと面白かったですね。私たちはプールハウスに行きましたけど、マイケルは、アシスタントに犬を捕獲させてました。

I sat at the piano and Michael hummed the missing part of one of the pieces. I had taken a little digital recorder with me and asked if I could record him.

わたしはピアノの前に座って、マイケルは足りない部分をハミングし、小さなデジタル・レコーダに記録してもいいかどうか尋ねました。

He was in perfect pitch. I tried to figure out chords to go with it as he hummed. He said, ‘Your instincts are totally right about the chords.’

彼には絶対音感がありました。わたしが、彼のハミングをコードにすると、彼は「まさにそのコードだよ」と言いました。

We talked about classical music some more. I played some Debussy pieces. Michael seemed very happy and I think he felt very comfortable with me.

わたしたちは、クラシック音楽に関してさらに話しあい、私はいくつかのドビュッシー作品を演奏しました。 マイケルは非常に幸せそうで、私と居ることが快適だと感じてくれたと思いました。

He mentioned Leonard Bernstein again, and I played some of West Side Story.

彼は再びレナード・バーンスタインについて語りました。そして、私は『ウエスト・サイド物語』のいくつかを演奏しました。

He told me he had met Bernstein once and that Bernstein had said he was a big fan of Michael’s.

彼はバーンスタインに前に一度会ったことがあって、バーンスタインが、マイケルの大ファンだと言ったことを私に話しました。

こちらのとてもとても素敵なブログに、レナード・バーンスタインと、MJが会ったときのエピソードがあります。


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Back in the house, whenever he’d go from room to room, you’d hear, ‘I love you, Daddy.’ ‘I love you, Paris.’ They all seemed pretty normal and happy.

母家に戻って、彼が部屋から部屋まで行くとき、あなたは聞くでしょう。「パパ、愛してる」「愛してるよ、パリス」彼らはすごく普通で、幸せそうに見えました。


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色々な部屋....


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Michael was very anxious to get the pieces orchestrated and record the music with a big orchestra. I suggested we record it at the Fox, Sony or Warner Brothers lot.

マイケルは曲を調整して、大きなオーケストラと共に音楽を録音することを切望していました。 私は、FOXか、ソニーまたはワーナーブラザースでそれを記録することを提案しました。

I asked if he could have someone call me to discuss the budget and he said he would take care of it. When I left there were several fans outside the gate.

私は、彼が予算について議論するために、私に電話をすることができるかどうか尋ねました。彼はそうするよと答え、 私がそこを去るとき、門の外には数人のファンがいました。

[Later] I talked to Michael on the phone. He asked me how the project was going and I said I was waiting to hear from someone so we could set the deal.

その後、私は電話でマイケルと話しました。 彼はどのようにプロジェクトが行なわれていて、私たちが仕事ができるように、誰から連絡がをもらえるのかを私に尋ねました。

I suggested we could record the music in London while he was doing the show there. He liked the idea. He again brought up Arabesque.

私は、彼がロンドンでショーをする間、そこで音楽を録音することを提案しました。 彼はそのアイデアが気に入り、彼は再び「アラベスク」を持って来ました。

I laid the music all out on my computer and started on the orchestrations. Finally, a week before Michael died, his manager, Frank Dileo, called and asked me for an email with the budget and an electronic mock-up of the music, the costs of orchestration.

私は、コンピュータで音楽を全面的に、オーケストラ編成にすることを始めました。最終的にマイケルが亡くなる1週間前に、彼のマネージャー(Frank Dileo)は、オーケストラ編成の予算と、デジタル・データを私にメールで求めました。

Now I have no idea what’s going to happen with this. I’m hoping the family will do something to get this done. I will not bring it up [with them] until after what I think is an appropriate time.
My guess is that each piece would be seven to ten minutes long.

今、わたしには良い案がなく、何がこれで起こるかが分かりません。彼の家族が、これを完了させるために何かしてくれることを願っています。適切な時期になるまで、私はそれを持ち出すつもりはありません。推測では、それぞれの曲は、7〜10分であるだろうということです。

[Each one] is more substantial than a song. It’s very pretty music. One piece had an Irish quality about it. I suggested that we could use a Celtic harp. The pieces sound like pretty film score music, with very traditional harmony, and definitely very strong melodies.

それぞれが「歌」よりも、実質的でとても美しい音楽です。ある曲には、アイルランドの雰囲気がありました。 私はケルト族のハープを使用することを提案しました。それらの曲は、美しい映画音楽のように、非常に伝統的に調和がとれていて、また、とても力強いメロディーに聞こえます。

One of them was a little John Barry-ish, like in Out of Africa -- that kind of John Barry score. I could hear [in my head] sweeping strings and French horns in unison.

それらの1つは、ちょっと、ジョン・バリー(「007」シリーズで有名な作曲家)ぽくて『愛と哀しみの果て』(Out of Africa)のような感じで、私は、ストリングスとフレンチホルンを頭の中で聴くことができました。

◎John Barry - “Out of Africa” Soundtrack

I told Michael I was going to use one of Leonard Bernstein’s batons I had bought at auction when we did the recording. I knew he would have gotten a big kick out of that. I guess I still will use that baton if I ever get to conduct the music.

私は、私たちが録音するとき、私がオークションで買ったレナード・バーンスタインの指揮棒を使用するつもりであるとマイケルに言いました。

☆最後はドヴュッシーで、興奮を鎮めてね♡
◎Debussy - Clair de Lune
◎Debussy - Arabesque #1


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by yomodalite | 2010-11-25 23:51 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(17)

“says with a goofy grin”(2)

わたしは、Brancaが、MJの遺書は2002年にサインされていてとか、言ってることは疑っていますけど、彼の作品の管理先として他の選択も思いつかないし、、、

でも、とにかく、気になるのは、MJの芸術的遺産ですよね?

で、色々わからないところも、疑問も、いっぱいあるんですけど、基本的なことが、わかってない可能性が、すごくあるので、主にJohn Branca&S×××/ATV(1)と(2)の内容の確認をしたいんですけど、、

まず、

S×××/ATV音楽出版は、

MJが、ATVを買った後に、Brancaが作った、S×××と、MJの合弁会社で、「ATVカタログ」には、ビートルズなどの有名アーティストの版権が含まれていて、現在、MJのシェアに関しては、エステートが管理している。

S×××は、エステートのシェアを買うかどうかは、あきらかにしてないけど、エステートは、S×××の出先機関としか思えないから(ちがうのかな?)、、ここは、多分売ることになるのかな。

で、これとは、別に、MJが作曲した楽曲に関しての権利は、

S×××/ATV音楽出版ではなく「Mijac」という出版社にあり(Sly and the Family Stone 含む)、そこは「Warner/Chappell Music」が管理している。(ただ、確かじゃないけど、、この契約は、相当MJに有利なものだったような、、と言っても「Mijac」の所有者は「Family Trust」で、これは、結局エステートが自由にできるみたいな。。)

それと、

He also sold Berry Gordy's Jobete Music to EMI, which changed the method and standard by which catalogs were valued.

この、ゴーディーの「Jobete Music」っていうのは、Jackson5を含むモータウンの楽曲を持ってるところで、この売買に、Brancaが関わって、2008年にEMIに高値で売っている。

ということは、もし、S×××以外のレコード会社ってことになると、Warnerか、EMIの可能性が高いのかな?でも、MJの音楽は永遠だけど、版権収入とドルの価値は上がらないし、レコード会社の未来は暗いし、優良な買い手となると... 遺された作品の管理なら、作品が分割されるのもウザイし、そうなると、MJも、やっぱ、S×××でいいか?って、今は思ってるってことはないかな?

Katherine is a partner in the company JacksonSecretVault.com The company owns nearly 300 unreleased MJ tracks and never-before-seen video and memorabilia.

それと、キャサママが、共同経営者の「JacksonSecretVault.com」は、約300曲のMJの未発表曲と、完全未公開ビデオ、、、300って、多過ぎない?(笑)


で、『Michael』なんですけど、
__________________
1. Hold My Hand (Duet with Akon)
2. Hollywood Tonight
3. Keep Your Head Up
4. (I Like) The Way You Love Me
5. Monster (Featuring 50 Cent)
6. Best Of Joy
7. Breaking News
8. (I Can’t Make It) Another Day (Featuring Lenny Kravitz)
9. Behind The Mask
10. Much Too Soon

__________________

1.Akonが、2008年にリリースしようとしていたアルバムのための曲で、
作曲は、Claude Kelly。
2.わかんない
3.作曲にエディー・カシオが参加し、カシオ・トラックと呼ばれているもの(以下カシオ・トラック)
4."The Ultimate Collection”に収録されている曲で、MJの作曲じゃない。
5.カシオ・トラック
6,わかんない
7.カシオ・トラック
8.レニークラヴィッツの作曲で、『INVINCIBLE』から洩れたので、レニーの2004年のアルバム『Baptism』に、収録予定だった曲。
9.“Thriller”に収録されるはずだったYMOの曲(作詞はMJが後からつけた)
10.1981年頃にMJによって書かれた曲。

2、6は、よくわかんないし、まだ、はっきりとは言えないけど、MJが確実に作曲したと思われるのは、“Much Too Soon”だけかな?
で、1981年頃ってことは、「Mijac」の管理じゃない可能性も高いかも?

それと、「Mijac」には、未発表曲は含まれているんでしょうか?
(だって、キャサママの会社、300って言ってるし。。)

Akonも、Lennyも、S×××のアーティストじゃなくて、
リリースしようとしたら、流出騒ぎがあったのね。。。

あのね、ホントに全然、わかってないかもしれないんだけど、

S×××は、MJの未発表曲を、ものすごく出し渋っている可能性も高いけど(今どきとは思えない10曲入りって部分だけじゃなくて。。)

まだ(今のところ)全然持っていないって可能性はないの?

みなさん、どう思います???

とりあえず、わたしは、ほぼ完成している未収録曲を、もちろん待望してますけど「未完成品」にも、すっごく興味があるので、『Michael』は、買います♡

◎says with a goofy grin (3)へ  





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by yomodalite | 2010-11-24 22:25 | goofy grin | Trackback | Comments(15)
養老氏と言えば、「唯脳論」の人。

長い間、様々な著作や、TV番組を通じて「脳」ブームを作ってきた方って印象があるんですけど、このところ、私は、あんまり読んではいませんでした。

脳関係の本って、茂木健一郎氏のものも含めて、なんだか厭きたって気がしてたんです。養老氏も茂木氏も、著作の完成度にはこだわらないことで、過剰な出版数を維持しなくてはいけない、日本の出版社に寄与してきたとは思いますけど、読者としては「当たり」を見つけるのが、すごく難しいという部分でも、敬遠してました。

でも、茂木氏の著作で感動したことは一度もないんですけど、氏のブログはわりと面白いんですよね。

◎茂木健一郎「クオリア日記」
◎茂木健一郎「連続ツイート」

上手く説明できませんが、お二人の面白さに比べると、一般向けの書籍の乱発と、著作の完成度の低さはどうしてなんだろう、、でも、なんとなく、その原因も、お二人の仕事というか、研究に、原因があるのかな〜なんて思いつつ、めったに行かない「ブックオフ」の文庫欄で、この本を見つけました。

南伸坊氏の「個人授業」シリーズは、本書以外にも、心理療法、免疫学、生物学などがあって、他著も是非読んでみたいものばかりですが、あの、南氏が、養老氏を、わかりやすく解説してくれるなんて、、、素晴らし過ぎませんか?

で、興奮しつつ、表紙を眺めてて、ふと、思ったんですけど、養老孟司氏の専門は「解剖学」なんですね。それで、解剖なら、わかる気がするけど、「解剖学」って何なの?ってことに、初めて気がついたんです。で、そこに気づいた瞬間、ほんのちょっぴり「あっ」て声を上げそうになりました。もしかして、これが、アハ体験(笑)

さらに、冒頭を立読みしてみたら、「まえがき」に、「笑うと、頭がはたらいている気がする。笑った時に、人は何かを考えているというのが、わたしの持論です」って書いてあって、もう、欲しくてたまらなくなったので、105円と交換しました。

近年、こんなに「わらしべ長者」気分になったことは、めずらしいかも。。。

ただ、家に帰って、じっくり読んでみたら「アハ体験」かどうかは、よくわからなくなりました。

解剖なら、わかる気がするけど、「解剖学」って何なの?っていう疑問は、ことのほか、むずかしいんです。で、南氏は、そこが、むつかしいってことを、今までの誰よりも、わかりやすく、すごく丁寧に「バカの壁」を、打ち砕こうとしてくれています。

それゆえ、この本は「解剖学」を、わかりやすく説明してくれる本ではなくて「解剖学」って、こんなに、むずかしいんだってことを、丁寧に、気づかせてくれるという、南氏以外では、ありえない、希少な本になっています。

「脳」本に厭きた方へ。。。

______________

[目次]

第1講 解剖学事始
第2講 人間はなぜ解剖をするのか
第3講 落語と孔子と二宮尊徳
第4講 大腸と小腸は同じ!?
第5講 耳小骨
第6講 目玉の話
第7講 セクシイの巻
第8講 形からわかること
第9講 科学の哲学の話
第10講 無限と解剖学
第11講 脳にとって冗談とは何か?
第12講 奇抜な結論
第13講 世界1、世界2、世界3
第14講 現実とは何ぞや
第15講 忘却の彼方
復習 『対談』人体の不思議
補講 蛇の足の解剖学(養老孟司)


[BOOKデータベース]ネズミも象も耳の大きさは変わらない!?えっ、目玉に筋肉あるの?誰もが知りたい体のしくみ。でも、解剖学はそれだけでは終わらない。解剖して名前を付けるってどういうことなんだろう。ハゲおやじの「頭」と「額」の境目はどこ?器官は何のためにあるの?そもそも何かのためにあるの?落語や二宮尊徳、哲学や社会に話が飛躍して、好奇心は無限に広がる、シリーズ第3弾。

[MARCデータベース]胃がどこにあって、何の役に立っているのか、それを知るだけじゃつまらない。落語や孔子や哲学も、解剖学とは深い関係にある。解剖学の基礎から最先端までを、オモシロく、わかりやすく学ぶ授業録。 新潮社 (2001/03)





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by yomodalite | 2010-11-23 15:29 | 科学・環境問題 | Trackback | Comments(0)
今、地上波、地底派(?)も含めて、もっとも面白い番組『松嶋×町山 未公開映画を観るTV』で紹介された海外ドキュメンタリー映画が、今日からWEB配信中。

東京でも忘れがちな、地味なローカルチャンネル、東京MXテレビの番組なので、東京以外にお住まいの方は必見。こちらで、予告編が観られます。

◎『松嶋×町山 未公開映画祭公式サイト』

12月25日(土)から、渋谷を皮切りに、厳選9本は全国でも劇場公開があるみたいですけど、この9本以上に興味深い作品もすごく多かったので、いくつか下記に書き出してみました。

(『金正日花/キムジョンギリア』など、見逃しているのも多いんですが)

☆リンクページの各作品の説明の「この作品の関連ネタを見る」に
更に詳しい情報があります。


フォックスニュースチャンネルと、その創設者ロバート・マードックが
いかに巨大メディアを統率・操作してきたか。
そして視聴者の意識をいかにコントロールしてきたかを描いた、
◎『アウトフォックス Outfoxed』〜イラク戦争を導いたプロパガンダTV

アメリカ議会史上最悪のスキャンダルと言われた、大物ロビイスト、
ジャック・エイブラモフの議会わいろ事件、およびカジノ関連詐欺事件を描いた、
◎『カジノ・ジャック Casino Jack & US of Money』〜史上最悪のロビイスト

1世帯あたり平均9000ドル以上のカード負債があるアメリカ。そんなクレジットカード漬けになっているアメリカ人の借金の実態と金融業界の真の姿に迫り、貧しき者がさらに貧しく、富めるものがさらに豊かになる仕組みを解き明かした、
◎『マックスト・アウト Maxed Out』〜カード地獄USA

笑いとともに、世界に対して挑戦を続けるアクティビスト集団イエスメン。
本作では、イギリスのBBCまでもが完全に騙されてしまうほどに巧みな『でっちあげ』会社や団体を立ち上げ、特定の企業やアメリカのニューオリーンズ州を相手取って、
皮肉たっぷりに戦いを挑んだ、
◎『イエスマン2 The Yes Men : Fix The Would』〜今度は戦争だ!  

「ボラット」の監督でも有名なラリー・チャールズが、世界中の宗教と信仰にメスを入れる。毒舌コメディアンのビル・マーによる“決して相手にパンチを出させない”巧みなインタビュースタイルで、世界中の宗教やその神々、信仰厚き人々に迫った、
◎『レリジュラス』〜世界宗教おちょくりツアー

エクアドルの熱帯雨林で起こった「アマゾン・チェルノブイリ」とも呼ばれる
石油メジャー・シェブロンによる世界最大級の環境汚染と、それに対する訴訟を追った、
◎『クルード』〜アマゾンの原油流出パニック

日本人なら誰もが当たり前のようにきれいな水が身近にあると思っている。しかし世界に目を向けてみると、8秒ごとに子どもが汚い水を飲んだことで死んでいる…。アメリカの大企業がインドで水を取り込んでびん詰めして売っている、現地の人々は地下水位の低下に悩み訴訟に発展している、などなど、当たり前と思っている水の裏側を追った、
◎『フロウ』〜水が大企業に独占される!  

また、MJ関連では、

以前、「マイケル・ジャクソンの顔について(15)」で、紹介した『グッド・ヘアー』や、来週、後編が放送される下記も、すっごく面白かったです!

クリス・ロックが、自らの娘からの「何で黒人の髪はチリチリなの?」という子どもならではの素朴な疑問をきっかけとして、一気にアフロアメリカンのルーツに迫った、
◎『グッド・ヘアー Good Hair』〜アフロはどこに消えた?


前編は終わってしまいましたけど、今週金曜日(11/19 23:30 ~ 0:30)に後編が放送される「DEFAMATION」も傑作!MJの「They Dont Care About Us」を差別だと訴えた圧力団体(ロビイスト)が登場します。後編からでも、観た方がイイかも。。

ホロコーストの悲劇がイスラエルのパレスチナ弾圧の正当化に利用されているのでは?
疑問を抱いたユダヤ系イスラエル人監督が追及する
◎『ディファーメイション DEFAMATION』

☆関連本
『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策[1]』  
『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策[2]』 

☆参考サイト
◎日々の雑感 76:
著書『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』について





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by yomodalite | 2010-11-17 16:50 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

John Branca&S×××/ATV(2)

John Branca&S×××/ATV(1)の続き

◎Death of Michael Jackson
http://en.wikipedia.org/wiki/Death_of_Michael_Jackson


☆続きを読む!!
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by yomodalite | 2010-11-16 23:48 | goofy grin | Trackback | Comments(0)

John Branca&S×××/ATV(1)

思い込みは禁物とはいえ、彼に関しては、なんかもう、名前とは逆に“真っ黒”って気がしちゃうよね。わたしは、MJが旅立って後の、ATVカタログとか、MJのお金の遺産に関しては、子供たちにも充分遺せてるし、あんまり興味がないんですけど、でも、Justiceを求めている人たちは、ほとんど、BrancaとS×××に集中しているようなので、わたしも、少し勉強してみようと思いました。

2002のMJクロニクルにも、全然、登場してくれなくて残念だったので、とりあえずウィキペディアとか、基本情報を記録しておきます。

以下は、John Brancaと、S×××/ATVの、ウィキペディアから抜粋。

いつもより更に訳が雑になっていて、機械翻訳を少しマシにしたぐらいなので、ここは、マジで、マズいなって箇所もいくつかあって、、、直して頂ける方が、いらっしゃったら、すごくウレシイです。

特に「ジャクソンは、3年後に、Brancaを再雇用して、、、」ってところの「、、ソニー/ATV株の利子を販売し返します」という部分、ちょっと意味が違うんじゃないかと思うんですけど、どなたか、正解おわかりになりませんか?


◎John Branca
From Wikipedia, the free encyclopedia

http://en.wikipedia.org/wiki/John_Branca


John G. Branca (born 1950) is an entertainment lawyer who specializes in representing rock and roll acts, as well as independent investors, music publishing catalogs, and independent music labels.

John G. Branca(1950生まれ)は、ロックンロールを専門にする芸能関係の弁護士です。独立している投資家、音楽出版カタログ、およびインディーズラベルなど。

He has represented 29 acts in the Rock and Roll Hall of Fame, including The Rolling Stones, Michael Jackson, The Jackson 5, Carlos Santana, Aerosmith, The Beach Boys, ZZ Top, Fleetwood Mac, Bee Gees and The Doors, which is believed to be more than any other entertainment attorney.

彼は「ロックの殿堂」入りした、29のアーティストと仕事をしています。ローリングストーンズ、マイケル・ジャクソン、ジャクソン5、カルロス・サンタナ、エアロスミス、ビーチボーイズ、ZZトップ、フリートウッド・マック、ビージーズ、ドアーズを含んでいます。他の、どのエンターテインメント弁護士よりも、多くであると信じられています。

Other clients have included Alicia Keys, Berry Gordy, Dick Clark, Dr. Dre and the Backstreet Boys. Among his clients outside the music world: Forbes magazine, Penthouse magazine, Playboy magazine, investor Ron Perelman, MCI and Mike Tyson.

他のクライアントは、アリシア・キーズ、ベリー・ゴーディー、ディック・クラーク、ドクター・ドレー・アンド・バックストリート・ボーイズ。音楽の世界以外のクライアントは、フォーブズ誌、Penthouse誌、Playboy誌、投資家ロン・ペレルマン、MCI、およびマイク・タイソン。

In recent years Branca has been involved in the sale of some of the music industry's most prestigious publishing catalogs, including Berry Gordy's Jobete Music, Leiber & Stoller, and the Rodgers & Hammerstein Organization.

近年、Brancaは、音楽産業のいくつかの最も名門の出版カタログの販売にかかわりました。Berry GordyのJobete Music、Leiber & Stoller、Rodgers & Hammerstein Organizationを含んでいます。

Branca was also involved in the formation and sale of Interscope Records, the sale of Rhino Records, and represented Rick Rubin and his American Recordings label.

また、Brancaは、Interscope Recordsの構成と販売、ライノレコードの販売、Rick Rubin and his American Recordingsレーベルに関わりました。

He also has served as counsel to numerous music industry investors, including Vivendi, Matsushita and Richard Branson.

また、彼は、相談役としてヴィヴェンディ、松下、およびリチャード・ブランソンを含む多数の音楽産業の投資家として仕えました。

As a partner in the law firm of Ziffren, Brittenham, Branca, Fischer, Gilbert-Lurie, Stiffelman, Cook, Johnson, Lande & Wolf LLP, Branca is one of a handful of attorneys to have been included in all editions of the prestigious Best Lawyers in America.

Ziffren、Brittenham、Fischer, Gilbert-Lurie、Stiffelman、Cook, Johnson, Lande & Wolf LLPの法律事務所のパートナーとして、Brancaは、アメリカの中でも名門の、ほんの一握りの弁護士のひとりです。


◎Career highlights

Michael Jackson

Branca was instrumental in the production and release of Michael Jackson’s Thriller music video. Before Thriller, music videos typically had budgets of $50,000—however, Jackson spent over $1 million on the music video of Thriller.

Brancaは、マイケル・ジャクソンの“Thriller”のミュージックビデオの生産とリリースに関わっていました。“Thriller”より以前は、ミュージックビデオは5万ドルの予算が通常でした。しかしながら、ジャクソンは100万ドル以上を、“Thriller”のミュージックビデオに費やしました。

Branca financed it by persuading Showtime to pony up $1.2 million for a Making of "Thriller" video, the first "making of" documentary for a music video.

In the video, Jackson turns into a werewolf. At the time, Jackson was a Jehovah's Witness, and church elders berated him for promoting demonology.

“Thriller”のメイキングビデオの120万ドルを払うように、Showtimeを説得することによって、Brancaはそれを出資させました。それは、ミュージックビデオのための、初めてのドキュメンタリーの作成でした。

ビデオでは、ジャクソンは狼人間に変わります。 当時、ジャクソンは「エホバの証人」でした、そして、教会の年長者は、彼が悪魔学を促進すると激しく非難しました。


Jackson ordered Branca, who had the sole copy, to destroy it. Branca told Jackson that Bela Lugosi, whom Jackson adored, and who played Dracula in the movies, was also religious and had put a disclaimer at the beginning of Dracula stating that he didn't endorse vampirism.

ジャクソンは、唯一のコピーを持っていたBrancaに、それを破壊するよう命令しました。Brancaは、ベラ・ルゴシも、ドラキュラの演技をしていたときに、映画の前に、吸血鬼の習性を是認しなかったという「注意書き」を添えた話しをしました。

This anecdote persuaded Jackson to put a similar disclaimer on Thriller and allow it to be released. In the five days following, the Thriller CD - already out for 1½ years, sold another million copies.

この逸話は、同様の注意書きを“Thriller”に置けば、それがリリースできることを、五日間のうちに、ジャクソンに納得させました。 “Thriller” CDは、販売されてから、1年半が経っていて、既に100万部を販売していました。

The success of the video caused rock groups and record companies to consider music videos an essential part of the way rock music was packaged and sold

ビデオの成功により、ロックグループとレコード会社は、ミュージックビデオが、音楽を販売する方法として、不可欠であると考えられるようになりました。

Branca helped Jackson to purchase ATV Music Publishing in 1985 for $47,500,000 (which held the copyrights to the Beatles' and Little Richard's songs). Within a few years the catalog was worth more than $400,000,000.

Brancaは、ジャクソンが1985年に、4750万ドル(ビートルズとリトル・リチャードの著作権を保つ)でATV Music出版を購入するのを手助けしました。 数年で、カタログは4億ドル以上の価値がありました。

Branca was also instrumental in facilitating the merger of ATV with Sony, creating one of the world's largest independent music publishers.

また、Brancaは、世界で最も大きいインデペンデント出版社の1つを作成して、ソニーとATVの合併を容易にしました。

Jackson abruptly left Branca in 1990 when record company mogul David Geffen convinced him that Branca exerted too much control.

ジャクソンは、1990年に、レコード会社の要人David Geffenに、あまりにも多くのコントロールを及ぼしたとして、突然、Brancaを解雇します。

Jackson re-hired Branca three years later, and Jackson appointed Branca as one of his representatives on the Board of Sony/ATV. In 2006, Branca resigned as Jackson's lawyer and sold back his equity interest in Sony/ATV.

ジャクソンは、3年後に、Brancaを再雇用して(1993年?)、ソニー/ATV音楽出版の代表として、Brancaを任命します。2006年、Brancaは、ジャクソンの弁護士を辞職して、ソニー/ATV株の利子を販売し返します。

Approximately three weeks before he died, Jackson rehired Branca.

彼が亡くなる約3週間前に、ジャクソンは、Brancaを再雇用しました。

In the Michael Jackson probate case, Branca produced Jackson's final will and testament, which designated Branca as executor. The Jackson family filed a preemptive probate action in the Los Angeles Superior Court, based on the allegation that Jackson died "intestate," without a valid will.

マイケル・ジャクソンの遺言書の検認では、ジャクソンが執行者としてBrancaを指定していたため、Brancaはジャクソンの最終的な遺言書を製作しました。 ジャクソン家は、ジャクソンが、有効な「遺言書」がない状態で亡くなったという主張に基づいて、米ロサンゼルス高裁で、検認に関して、申し立てをしました。

Branca filed the will in Los Angeles on July 1, 2009 and was appointed co-executor. Katherine Jackson has since filed a petition to the Court, asking for a determination whether she will be disinherited under the "no-contest" clause of the will if she challenges Branca's appointment as executor.

Brancaは、2009年7月1日、ロサンゼルス高裁の決定により、共同遺言執行者に任命されました。

After filling for interim control of her son's will, the judge informed his mother that Branca, along with John McClain would continue to be primary executors of the pop icon's will.

彼女の息子(MJ?)による、仮のコントロールが続いた後に、裁判官は、彼(MJ?)の母親に、そのことを知らせました。Brancaと、John McClainは、今後も、KING OF POPの第一の執行者でありつつけるでしょう。

Katherine Jackson has since filed a petition to the Court, asking for a determination whether she will be disinherited under the "no-contest" clause of the will if she challenges Branca's appointment as executor.

キャサリン・ジャクソンは、以来法廷に陳情書を提出しています。「無効」の決断が求められるかどうかは別としても、彼女は、Brancaら、執行者へのアポイントメントに挑戦しているようです。

Since that decision there has been no word wether Jackson will get further control over her son's assets, but it is obvious that this is the case since the film “This Is It ”and the current Cirque de Sole deal, in which, both Branca and McClain had major roles in did not involve Katherine Jackson.

そこでの決定がまだなので、ジャクソンは、彼女の息子の資産の更なるコントロールを受けています。しかし、映画「This Is It」と現在進行中の“Cirque de Sole”の取引まで、BrancaとMcClainの両方が、主要な役割を持っていたことは明白で、キャサリン・ジャクソンは関わっていません。


◎Music Publishing

In 1985, Branca facilitated one of the most famous music publishing deals in history, the purchase of The Beatles' and Little Richard's music catalogs to Michael Jackson.

1985年に、Brancaは、史上で最も有名な音楽出版取引の1つ、ビートルズおよび、リトル・リチャードの音楽カタログをマイケル・ジャクソンが買うことを容易にしました。

In 2008, changes in the tax law that allowed songwriters to pay a small capital gains tax instead of a larger income tax prompted Branca to advise some of his clients that this was the perfect time to sell their music publishing catalogs, thereby establishing new precedents in valuation.

2008年に、作詞作曲家が支払う所得税を小さく、代わりに、受取る著作権税をより大きくすることができる税法の変化により、彼らの音楽出版カタログを販売する格好の時期であると、彼の何人かのクライアントに忠告したことにより、評定価格の新しい先例を確立します。

Ensuing sales included: Kurt Cobain and Nirvana copyrights; Steve Tyler's Aerosmith publishing catalog of 160 songs to Primary Wave Music Publishing for $50 million; Julian Lennon's share of The Beatles' royalties, and the catalog of the legendary song-writing team of Leiber & Stoller to Sony/ATV, which created a new yardstick by which the worth of catalogs was measured.

販売は、続きました。中には、Kurt CobainとNirvanaの著作権。 スティーブ・タイラーの160曲のエアロスミス・カタログによる、50millionのPrimary Wave Music出版。 ビートルズのロイヤリティに関するジュリアン・レノンのシェア、およびカタログの価値が新しく測定された、ソニー/ATVの伝説的な作詞作曲チーム、Leiber & Stollerのカタログ

He also sold Berry Gordy's Jobete Music to EMI, which changed the method and standard by which catalogs were valued.

また、彼はBerry GordyのJobete MusicをEMIに販売し、カタログが評価された方法も規格も価値も変えました。

In 2009, in a highly-watched move, Branca beat out Wall Street investment banking houses to represent the Rodgers & Hammerstein Organization and sold their catalog for an excess of $200million, despite predictions by the Wall Street Journal and others that the catalog wouldn't fetch more than $150million.

2009年、注目された移動では、BrancaはRodgers & Hammerstein Organizationの代理をするためにウォール街の投資銀行家を打ち負かして、ウォール・ストリート・ジャーナルと他によるカタログが1億5000万ドル以上にはならないだろうという予測にもかかわらず、2億ドルの過剰で、それらのカタログを販売しました。

In addition, Branca helped songwriters such as Don Henley of The Eagles regain copyrights of their songs, or to help them secure royalties that they’ve lost, as he did with John Fogerty of Creedence Clearwater Revival.

さらに、Brancaは、イーグルスのドン・ヘンリーなどの作詞作曲家が、それらの歌の著作権を取り戻すのを助け、また、彼がクリーデンス・クリアーウォーター・リヴァイヴァルのジョン・フォーガティを処理したときのように、彼らが失ったロイヤリティを保証しました。

These deals prompted Marty Bandier, CEO and chairman of Sony/ATV Music Publishing, to call Branca the "number one music publishing lawyer in the country."

これらの取引により、ソニー/ATV 音楽出版のMarty Bandier、最高経営責任者および議長から、Brancaは、“この国の音楽出版の最高の弁護士”と呼ばれることになりました。

John Branca&S×××/ATV(2)につづく





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by yomodalite | 2010-11-16 22:59 | goofy grin | Trackback | Comments(0)

MJ cronicle 2002

S×××とか、John Brancaとか、その後の色々な騒動とか、やっぱり2002年からが重要かな?って思ったので、、、

MJと同行している人など、『マイケル・ジャクソン全記録』の記述にはない部分が気になったので、記録してみました。和訳が間違ってるとか(きっとある!)、とにかく、気になった点は、遠慮なく、ご指摘くださいませ。

元記事は、以前も引用した、こちらのポルトガル語のサイトで、英語に翻訳できないページも結構あって、英語サイトより、更に困難なんですけど、英語圏以外のサイトも参考にしたいのと、クロニクル形式であること、気になる人物名などが分類されていることなどが、他に見当たらないので、泣きながら、活用しています。

以下は、上記サイトの右側の欄、「Cronologia 2002」の英語翻訳ページから。


◎2002年

• January 9:
At the end of the American Music Awards Ceremony, Chris Tucker presents the Artist Of The Century Award to Michael.
Chris their guests to film director Brett Ratner Michael.

1月9日、
American Music Awardsのセレモニーの最後に、Chris Tuckerは、Artist Of The Century Awardを寄贈しました。
映画監督のBrett Ratnerもゲストでした。


• February:
Michael is on the cover of Vibe magazine with an exclusive interview and pictures taken at Neverland.

2月、
マイケルのネバーランドでの写真がVIBE誌のカバーになり、単独インタヴューが掲載されました。


• February 9:
Michael & Elizabeth Taylor Attend the fund-raiser Art For Aids: A Tribute To Rock Hudson at the Laguna Art Museum in Laguna Beach.

2月9日、
マイケルとエリザベス・テイラーの資金集めのイベント「Art For Aids」が行われる。
ラグナビーチの「ラグナ・ビーチ美術館」での“ロック・ハドソンに捧ぐ”


Later in the evening, They Attend a private dinner at Dana Point with Michael's dermatologist Dr. Arnold Klein.

その晩遅く、彼らは、Dana Pointで、マイケルの皮膚科医アーノルドクライン博士と共にフライヴェート・ディナーを楽しむ。

• February 13:
Michael hosts a party for Prince's 5th birthday at Neverland.

2月13日、
ネバーランドで、マイケルにより、プリンスの5歳の誕生日パーティーが行われた。


• February 21:
Birth of Michael's new son Prince Michael II (nickname Blanket Amed) at the Grossmont Hospital in San Diego, California. Soon after Michael takes Blanket to Neverland. Mark Lester as Michael Chooses Blanket's Godfather.

2月21日、
サンディエゴ(カリフォルニア)のGrossmont病院で、マイケルの新しい息子、プリンス二世が誕生。マイケルは、すぐにNeverlandに連れて行きました。マイケルは、Mark Lesterを、名付け親に選びました。


• February 24:
Michael, Elizabeth Taylor and Brett Ratner Mark Attend a private party at Damon's house to announce That Neverland Entertainment and Raju Sharad Patel have signed with Damon's Independent film company MDP Worldwide Entertainment to create a new division called Neverland Pictures.

2月24日、
マイケル、エリザベス・テイラー、およびBrett Ratnerは、マークが用意した、Damon's houseで、Neverland Entertainment と Raju Sharad Patelが、Damonのインデペンデント映画会社、MDP Worldwide Entertainmenの新部門(Neverland Pictures)を創設するのに、サインした。


• March 16:
Michael was best man at the wedding of David Gest and Liza Minnelli celeb rated in New York City with a galaxy of Stars Such As Elizabeth Taylor, Diana Ross and Michael's brothers Tito and Randy.

3月16日、
マイケルは、David Gest と Liza Minnelliの結婚式で、花婿付添人をしました。その日のニューヨークは、エリザベス・テイラー、ダイアナ・ロス、マイケルの兄弟、ティトとランディなど、銀河系クラスの有名人が揃いました。


March 16 :
Angry with Sony Music who refused to release What More Can I Give & finance the video for Unbreakable, Michael invites several fans to his suite to explain them the situation and encourage them to push the promotion of Invincible.

3月16日、
「What More Can I Give」のリリースと「Unbreakable」のビデオ製作の融資を拒否したSony Musicに怒り、マイケルは、彼のスイートルームに数人のファンを招待し、彼らに状況について説明し「Invincible」の販売促進の後押しをするように奨励しました。


Michael also decides to finance & produce the Unbreakable video by himself. He hires Brett Ratner to direct it and asks Chris Tucker & Mel Gibson to play in it. He also contemplates the video of a new world tour mainly to pay back his debt to Sony.

また、マイケルは、自身で「Unbreakable」のビデオを出資して、生産すると決めます。 彼は、それを指示するためにBrett Ratnerを雇って、Chris Tucker & Mel Gibsonに出演を依頼します。 また、彼は、主に彼の負債をソニーに返済するために、新たな世界ツアーのビデオを熟考します。

•April 24 :
Michael performs Dangerous, Black Or White & Heal The World (joined by Diana Ross!) during a fund-raiser for the Democratic National Committee’s Every Vote Counts ‘campaign held at the mythic Apollo Theatre in Harlem .

4月24日、
マイケルは、ハーレムにある“Apollo Theatre”で、民主党全国委員会の資金集めの催し、“Every Vote Counts”のために「Dangerous」「Black Or White」 と 「Heal The World」(Diana Rossと共演)のパフォーマンスをしました。


Brett Barnes, Prince, Paris, Blanket, Grace, the Cascio family Chris Tucker & Rodney Jerkins attend the event.Afterwards Michael makes a photoshoot with Bill Clinton.
While in NYC Michael introduces Prince, Paris & Blanket to President Clinton.

Brett Barnes、Prince、Paris、BlanketとGrace(乳母)とCascioの家族、 Chris TuckerとRodney Jerkinsは、マイケルと共に、アフターパーティーに参加し、ビル・クリントンと写真を撮りました。ニューヨークでは、マイケルは、Prince, Paris & Blanketと一緒に、クリントン大統領と過ごしました。

•June 11 :
Michael has dinner with Uri Geller and his family. Geller introduces him to British journalist Martin Bashir who wants to do a TV documentary on Michael.

6月11日、
マイケルはユリ・ゲラーと彼の家族と共に夕食を食べます。 Uri Gellerは、マイケルのテレビドキュメンタリーを創りたがっているイギリス人のジャーナリスト、Martin Bashirを彼に紹介します。


•July 6 :
Michael attends a fan demonstration at the Sony Music offices in Manhattan, New York. As he did in London, Michael arrives on the top of a double-decker bus.

7月6日、
マイケルはマンハッタンのSony Music officesに、ファンとデモに参加します。 ロンドンでそうしたように、マイケルは2階建てバスの上に乗って到着しました。


Later, Michael goes to a civil rights meeting to speak out against the music industry’s treatment of the artists and he calls Tommy Mottala a racist, mean and devilish man which causes a great controversy.

その後、マイケルは、アーティストに対する音楽産業の処遇に関して、はっきりと話す市民権ミーティングに行きます。そして、彼は、Tommy Mottalaを人種差別主義者で、悪魔的な男性と呼び、大きな論争を引き起こします。

In the evening, Michael attends a fan-club party with Grace & Karen at the Webster Hall where he accepts the 3Oth Anniversary Fan Award.

その日の夜、マイケルは、ファンが企画した彼の30周年記念パーティーのため、ウェブスターホールに、グレース(乳母)とカレンと共に出席しました。

•July 9 :
Michael goes to Al Sharpton’s National Action Network headquaters in Harlem where he speaks again of a conspiracy in the record industry against black artists.

7月9日、
マイケルは、ハーレムで行われた、アル・シャープトン師のNational Action Network headquatersに行って、黒人アーチストに対するレコード業界の陰謀について、再び話しました。


•July 30/31 :
Michael invites British journalist Martin Bashir to Neverland to shoot a documentary on his life.

7月30・31日、
マイケルは、イギリス人ジャーナリストのMartin Bashirに、Neverlandで、彼の人生のドキュメンタリーを撮るように誘います。


•August 29 :
Michael goes to New York City to appear at the MTV Video Awards Ceremony where Britney Spears present him a birthday cake for his 44th birthday but Michael misundetstands (misunderstands)and gives a thanking speech for the Artist of the Millenium award.

8月29日、
マイケルは、ニューヨークで、MTV Video Awardsのセレモニーに出席して、Britney Spearsが、彼の44回目の誕生日にバースデーケーキを彼に贈りますが、マイケルは、ミレニアム・アーティスト章のためのスピーチを誤解してしまいます。


•September :
Michael invites journalist Martin Bashir to Las Vegas . They do interviews and go on a shopping spree with Prince, Paris & Grace.

9月、
マイケルは、ジャーナリストのMartin Bashirをラスベガスに招待します。Prince, Paris & Graceと大騒ぎの買い物に行き、インタビューが行われました。


•September 26 :
Michael is at Neverland with Martin Bashir to shoot an interview with young Gavin Arvizo who says Michael saved him from cancer. At one point, he holds Michael’s hands and reveals that he has sleep over in his bed (Michael adds that he slept on the floor)

9月26日、
マイケルが、癌から救ったと言う若いGavin Arvizoとのインタビューのために、Martin Bashirと共にNeverlandにいます。そこでの注目は、彼がマイケルの手を握って、彼のベッドで眠ったことが露になったことです。(マイケルは、床で眠ったと付け加えます)。


•November 13/14/15 :
Michael goes to the Santa Maria Courthouse to testify in the Marcel Avram trial. His appearance causes media frenzy.

11月13・14・15日、
マイケルは、マルセル・アブラム(エイブラム)の裁判で証言のため、サンタ・マリア裁判所に行きます。 彼の外観はマスコミの狂乱を引き起こします。


•November 19 :
Michael arrives in Berlin, with his three children and Grace.

Later he shocks the world by dangling Blanket over the balcony of his hotel suite because he wanted to show him to the fans.

11月19日、
マイケルは彼の3人の子供とグレースと共にベルリンに到着します。
その後、ファンがBlanketを見たがっていたので、彼はホテルのバルコニーで、Blanketをぶら下げることによって、世界にショックを与えます。


In the evening he goes to the restaurant with journalist Martin Bashir & business partner Dieter Wiesner.

その晩、彼は、ジャーナリストのMartin Bashirと、ビジネスのパートナーのDieter Wiesnerと共にレストランに行きます。

•November 20 :
Michael is on the cover of all the tabloids around the world because of the Balconygate and although he issues a statement of apologises, he is severely criticized. Michael makes things worse by taking Prince & Paris to the zoo (with Grace, Wiesner & Bashir) but he puts scarfs on their faces to protect their identity which is also severly critisized.

11月20日、
マイケルは、世界中のすべてのタブロイド紙のカバーになり、彼は謝罪の声明を出します。彼は厳しく批判され、Prince & Parisを連れて、Grace、Wiesner & Bashirと共に、動物園に行きますが、子供たちのアイデンティティ保護のため、顔にスカーフを身につけたことにより、事態をより悪くします。


In the evening he attends the charity gala “A Tribute to Bambi” with Wiesner & Bashir where he donates one of his jacket for auction.

その晩、彼は、チャリティーイベント“A Tribute to Bambi”に出席し、WiesnerとBashirは、そのオークションで彼のジャケットを寄贈しました。

•November 21 :
Michael attends the Bambi Awards with Wiesner & Bashir where Boris Becker presents him the Pop Artist Of The Millenium award.

11月21日、
マイケルは、Wiesner & Bashirと共に、Boris BeckerがMilleniumアーティスト賞を与える、Bambi Awardsに出席しました。


•December :
Michael invites Dieter Wiesner & Ronald Konotzer at Neverland to work on a 10 year plan named MJ Universe.

12月、
マイケルは、Dieter WiesnerとRonald Konotzerに、Neverlandでの10年企画“MJ Universe”に取り組むよう誘います。


•December 3/4 :
Michael goes back to the Santa Maria Courthouse to resume his testimony in the Marcel Avram trial. He arrives on crutches after being severly bit by a spider at Neverland.

12月3・4日、
マイケルは、マルセル・アブラム(エイブラム)の裁判における彼の証言を再開するために、サンタ・マリア裁判所に戻ります。 Neverlandでクモに噛み付かれ、彼は、松葉杖で到着します。


•December 9 :
Live from Neverland, Chris Tucker presents Michael a special award to celebrate the 2Oth Anniversary of Thriller during the Billboard Awards. Frank Tyson and several fans are present.

12月9日、
Neverlandからライブ、Chris Tuckerは、Billboard Awardsで、Thrillerの2Oth Anniversaryを祝うための特別な賞をマイケルに贈ります。Frank Tysonと数人のファンが出席しました。


•December 20 :
Gold magazine publishes an interview of Michael.
Michael goes to Miami to visit houses and work with Barry Gibb on a charity song.

12月20日、
「Gold」マガジンは、マイケルのインタヴューを発売しました。
マイケルは、Barry Gibbとチャリティ・ソングのために、マイアミの家に行きました。


•December 24/25 :
Michael celebrates Christmas with Prince, Paris, Blanket & Grace.

12月24・25日、
マイケルはPrince、Paris、BlanketとGraceと、クリスマスを祝いました。


◎John Branca&S×××/ATV(1)につづく





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by yomodalite | 2010-11-16 15:49 | goofy grin | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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