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◎マイケル・ジャクソン裁判 2005.5.2 - 5.17の続き

トライアルファッションショー、ラストです。

冒頭の写真は、2005年5月18日のもの。

すべての容疑で、有罪になった場合、18年8ヶ月の懲役となり、さらに、事態が深刻化した場合は、56年もの刑期になると予想されていた裁判を受けるために、ここまで、MJが用意した“衣装”の素晴らしさを、ご堪能いただけましたでしょうか?

法廷へ通った100日余りの日々、世界中の2200ものメディアの視線を、たった1人で浴び続ける、という経験は、これまでの、どのような“スター”にも経験がないことです。
どんなレッドカーペットも、これほどの注目を浴びたことはありません。

しかも、それらのメディアの視線は、未だかつてないほど厳しいものでした。

その視線にも耐えて、これほどエレガントな態度だった彼が、
毎日、専属デザイナーから一式揃えて届けられていた衣装に、
着替えることすら出来なかった、

あのパジャマの日の“背中の痛み”とは、一体どれほどのものだったでしょうか。

想像してみてください。

彼は世界中が尊敬するダンサーでした。一流のダンサーが、毎日の厳しい練習と同じぐらい、その身体のメンテナンスに時間をかけていることは、よく知られていることです。

MJは、世界一と言われるほどのダンサーでありながら、作曲、歌唱、映像、プロデュースなど、全てにおいて、“KING”と称され、マイケル・ジャクソンのいう名の世界企業のCEOでもあり、尚かつ、3人の子供の父親も立派にこなしていました。

私には、あまりにも多才で、これほど完璧な才能を納めきる身体をイメージすることが出来ないのですが、彼は、一体どんなメンテナンスをしていたんでしょうか?

無罪が確定した6月13日、3日以降、久しぶりとなる裁判所にあらわれたMJは、疲労がピークに達しているためか、かなり辛そうで、一切笑顔はなく、この日の彼の写真はアップしませんでした。

前置きが長くなりましたが、最後は、さらに長い文章の引用を、挟みつつ。。
2005年5月18日から6月13日の写真です。下記の言葉は、アフロダイテ・ジョーンズ著『マイケル・ジャクソン裁判』の冒頭
“著者注”より省略して引用しています。


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▲2005.5.18

サンタマリアでの公判中、マイケルの無実について本を執筆しようとは、まったく考えていなかった。(中略)自分の偏向報道を明かすつもりは毛頭なかった。その上、メディアに関わる「友人たち」が不公平で一方的な報道をしていた、と暴露するような真似も決してしたくなかった。

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▲2005.5.19

はっきり言わせてもらおう。裁判を取材した2200ものメディア関係者の中で、マイケル・ジャクソンが有罪であるかのような報道を意図的に行なったと、認めたのは、ほんの一握りに過ぎない。これらのメディア関係者の中には、私の仲間も含まれている。

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▲2005.5.20

ネバーランド訪問をきっかけに、私の報道方法も微妙に変化した。わたしは、マイケル・ジャクソンが無罪だという考えを受け入れられるようになり、否定的なコメントからは距離を置こうと試みるようになった。しかし私も、裁判の初期には否定的な報道ばかりしていた。またテレビで偏向報道をしていただけでなく、マイケル・ローガンが司会を務める全米ネットのラジオ番組に出演し、何週間もマイケルを激しく非難し続けてきたのだ。

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▲2005.5.20

メディアの中でマイケル破滅の陰謀があったとするならば、明らかに私も当事者の1人だった。

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▲2005.5.20

長年テレビのレポーターを務めてきた私だが、マイケルの裁判中は陰で非難されていた。陰口だけでなく、時にはレポーターたちから面と向かって非難されることもあった。

私は、何のために、ここまで辛く苦しい思いをしなければならないのだろう?

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▲2005.5.23

出版社を見つけようと、ニューヨークを訪れたが、アメリカにはマイケル関連の本を刊行しようという出版社など存在しない、という現実に気づかされた。マイケル側に立った本を書くとなれば、なおさら敬遠された。

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▲2005.5.23

私は打ちのめされた。しかし、ここで、私はマイケルのことを考えた。
私は「マイケルの」気持ちに思いを巡らせ、そして気づいた。マイケルこそ、地獄を味わったのだと。マイケルは、破滅を企てる、メディア・マシーンの攻撃にさらされた。
マイケルこそ、陰で激しく非難されていた人物なのだ。

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▲2005.5.25

メディアや懐疑論者、さらには友だちや家族が何を言おうと、私はマイケル・ジャクソンのために立ち上がらなければならない。そんな思いを抱きながら執筆をはじめた私だが、あらゆる場所で自分が笑われていることに気づいた。マイケルを擁護する本などあり得ない、と物笑いの種にされたのだ。

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▲2005.5.25

本書の執筆は、私にとって、もっともきつい仕事だった。時には、世界を敵に回しているような気分にもなった。

マイケルも、このような気持ちで生きてきたのだろうか?

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▲2005.5.25

気力を挫かれぬよう、私は公判中にマイケルが挨拶してくれた時のことを思い返し続けた。休憩中の廊下で起こった出来事である。私はまるで蝋人形を見つめるかのように、マイケルを凝視していた。マイケルは私を見ると、いきなり「ハイ!」と声をかけてきた。

彼に声をかけられて、私は心底驚いた。
彼はおどけていた。私は、そのユーモアを愛した。

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▲2005.5.27

マイケル・ジャクソンに会ったことはあるか?常に訊かれる質問だ。私の答えは「イエス」である。しかし、実際のところ、私は自己紹介したこともない。そして彼は、もちろん私のことを知らない。

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▲2005.5.27

一度だけ、私はメディア専用エリアで彼に質問をした。裁判当初、マイケルがまだメディアの質問に答えていた頃である。ネバーランドのゲートに集まるファンと話をするのか?私はマイケルに尋ねた。マイケルは既に前を歩いていたが、振り返って私を見つめると、

「僕はファンが大好き。ファンを愛しているんだ!」と答えた。

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▲2005.5.27

まるで、大切なのはファンだけ、と言っているかのようだった。

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▲2005.6.3

著書の最後(謝辞より)
本書を執筆しながら、私は神にも日々感謝していた。
神が、わたしに書き続ける意志を与えてくれたのだ。

(引用終了)

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▲2005.6.3


本書には、この後、メゼロウ弁護士の「序文」があり、そこで彼は、裁判が始まった当初のMJの様子を語っています。

写真を見てもわかるのですが(このシリーズにはアップしてません)始まって間もない頃のMJは、これらの写真よりも躁状態で、集まった大勢のファンの声援に全身で応えようとしていました。

メゼロウは、就任後、そのようなMJを止めることが出来なかった、当時の弁護士、スタッフのはしゃぎぶりを不信に感じ、それらを全部辞めさせたようです。

わたしたちが、これまでの報道で目にしてきた裁判の様子は、この頃のものが多いようで、MJが、世界中から集まった熱心なファンに、ありったけの “LOVE” を贈ろうとしている様子が、面白おかしく報道されていたようです。

メゼロウ弁護士は、優秀な弁護士で、この「序文」も同様に素晴らしいと思いますが、それでも、わたしは、彼に訂正をして欲しいところがあります。

MJは、無邪気で、騙されやすかったんじゃない!!!

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2005.6.13▲

著書の「最終章」より
裁判終結後、あるジャーナリストは、証拠のひとつとなったメモをじっと見つめていた。ある書籍の内側に記されていたマイケルのメモである。公判中は特に注目を浴びることのなかったこのメモは、マイケル・ジャクソンの本質をとらえていた。スーパースターは本の中に、こんな言葉を残していた

「少年たちの顔に浮かぶ
幸せと喜びを見よ。
これこそが、少年時代の真髄だ。
私が過ごしたことのない時代、
私が一生憧れ続ける時代である」



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◎「マイケルジャクソン裁判」





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by yomodalite | 2010-03-31 13:36 | ☆マイケルジャクソン裁判 | Trackback | Comments(10)
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◎マイケル・ジャクソン裁判 2005.4.4 - 4.29の続き

トライアルファッションショー、ラス前です。

そろそろ、MJの美しさに慣れてきた方は、登場人物全員のファションのディティールにも注目。ここではMJの美しさを一番に選んでいるので、掲載しきれないんですが、ファミリー、SPともに、素敵なスタイリングな上に、集団としてもカラーコーディネートが考えられているようで、

とにかく、これまで、わたしを含め、MJのファッション、ダサっと思っていた方、とうとう、そんな声も彼の耳に入ってしまったのか、まさかのタイミングで始まった、MJのファッションスイッチは、入ると同時に、ありえないレベルで振り切れてしまったようです。

この後“THIS IS IT”の何年か前から、人生初めて(?)のプレタを着始めたりもして(それもレディース)、段々オシャレになって行っても、やっぱり気に入ったものは何度も着るタイプのMJが、

このときのファッションだけは、この後一度も見てません。本当に1日限りのファッションのようです。

また、裁判の写真1126枚、一応全部目を通しましたが、ファミリーで一番登場回数が多いのは、長男ジャッキーと、ジョーパパのようですね。

ジャッキーは、体調の良くない状態のときのMJの体を支えていたり、至近距離で写っていることが多く、また、父親とは笑顔で話している様子がよく見られ、この頃2人はかなりイイ関係のようです。

次が、ラトーヤとジャーメインでしょうか。ラトーヤは、ジャネットと両手に華状態で、MJを守っていたりするんですが、ジャーメインとは、あまり絡んでいませんね。また、キャサママと一緒のときのMJは、大抵表情が穏やかで、ジェントルマンな態度が本当に板についている感じです。

それと、3月24日の写真に見られるように、やっぱりマーロンはMJを笑わせようとしていて(ママしか笑ってませんが)、意外ですが、ジョーパパもMJを和ませようとかなり努力している感じがしました。

では、2005年5月2日から17日までの写真です。
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2005.5.2

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2005.5.2 ベストのボタンが♡

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2005.5.6

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2005.5.6 
MJの視線ビームに、一瞬うろたえる検査官

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2005.5.16

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2005.5.17 
十字架が見えるのは私だけ??

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2005.5.17 
SPともカラーコーディネートがされているように見える

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2005.5.17 
ママは常にエスコート!

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2005.5.17

◎マイケル・ジャクソン裁判 2005.5.18 - 6.13に続く






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by yomodalite | 2010-03-30 18:40 | ☆マイケルジャクソン裁判 | Trackback | Comments(19)
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◎マイケル・ジャクソン裁判 2005.1.31 - 3.24の続き

トライアルファッションショー、まだまだ続きます!
冒頭の写真は、2005年4月4日のもの。


《主な裁判記録》
4月中は、検察側の弁論が続く。
4月25日、ゲラゴスとブラフマン弁護士がMJに解任され、トーマス・メゼロウが就任
4月27日、元妻デビー・ロウが、検察側の証人として出廷したが、
MJに有利な証言をし、検察側を驚かせる。
4月30日、メゼロウ、罪状認否で全面無罪を主張。 

下記は、2005年4月5日から29日までの写真です。(当時マイケル46歳)
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2005.4.5

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2005.4.27(デビー・ロウが、検察側の証人として出廷した日)

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2005.4.28

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2005.4.29


◎マイケル・ジャクソン裁判 2005.5.2 - 5.17に続く






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by yomodalite | 2010-03-29 21:54 | ☆マイケルジャクソン裁判 | Trackback | Comments(4)

昨日のこと

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浅田真央に金メダルおめでとう!なんて、言いたくない。。。

☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2010-03-29 11:23 | スポーツ | Trackback | Comments(0)
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幼児虐待疑惑による裁判の写真は、以前「MJトライアルファッションショー」として紹介しているのですが、日付順に整理し直し、より多くの写真をアップすることにしました。

冒頭の写真は2005年1月31日の裁判初日。

この裁判で、MJは、これまでほとんど見る機会がなかった、スーツファッションを幾通りも見せてくれているだけでなく、2005年の1月31日から6月の無罪確定まで、特に3月〜5月は月に20日ほども出廷しているので、

2005年当時の、彼の“本当の姿”がよくわかると思います。

この裁判をパジャマで出廷などの報道で記憶されている方も多いと思いますが、そういう特殊な1日の様子ではなくて、圧倒的に多いそれ以外の通常の姿から、

わたしが美しいと感じた写真のみ選びました。

MJが法廷に通ったのは、およそ100日間ぐらいでしょうか(数えてませんが)。この間、毎日異なるオリジナルファッションを着こなし、SPにいたるまでコーディネートがされていて、

私には、彼がこの裁判を完全に“ショー”として意識していたように見えます。

命をかけて貫き通したかった信念が、裁判という“ショー”により、

彼が生涯を通して、全身全霊でアーティストだったことの“証明”になっているようで、ある意味、このときの彼の姿は、私にとって“THIS IS IT”以上に、衝撃的でした。

前置きが長くなってしまいましたが、
まずは、2005年2月22日から3月24日までの写真です。



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2005.2.22

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《この時期の主な裁判記録》

1月31日。裁判初日

2月15日、サンタマリア地裁に向かう途中、体調不良を訴え、
医療センターに緊急搬送される。

2月22日、病後、初めての出廷。

2月24日、陪審員決定。

2月28日、検察側、弁護側の冒頭陳述始まる。

3月4日、被害者とされる少年(ギャビン)の姉、ダブリンが証言に立つ。MJは公判終了後、感想を求められ「もどかしい」思いを抱いたと語った。マイケルのメディアに対するコメントは、この日が最後。

3月9日、ギャビンが証言台に上がる。

3月10日、背中の痛みのため、パジャマにジャケットを羽織って、1時間以上遅れて出廷。これは時間内に出廷しなければ、逮捕状を発行し、保釈金も没収すると威嚇していたため結局、これは実行されず、回復猶予のため、3月14日に延期。

3月14日 再びギャビンの証言


ここには、アップしていない2005年3月21日は体調がかなり悪かったようでジャッキーや、SPに体を支えられている様子が写っているのですが、こういったバッドコンディションの写真には、すかさず、Getty Images とか、ストックフォトの「印」が多数入っています。マスコミが求める「MJ」の姿だったからでしょうか。

法廷でのファッションは、これまでのMJのコンサート衣装のほとんどをデザインしている、マイケル・ブッシュと共同デザイナーのデニス・トンプソンによるもの。毎日午前3時に起床して、法廷に着ていく衣装一式を届けていました。

幼児虐待疑惑は、マーティン・バシールによるドキュメンタリー番組から始まりましたが、彼は、そのフィルムをABCテレビに売却し、その後ゴールデンタイムの「ABCニュース」のアンカーに就任しました。

◎マイケル・ジャクソン裁判 2005.4.4 - 4.29に続く


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by yomodalite | 2010-03-28 20:29 | ☆マイケルジャクソン裁判 | Trackback | Comments(12)
久しぶりに談春さんの独演会に行きました。

ずっとチケットが取れなかったんですけど、今回は落語家生活25周年ツアーの末尾を飾る独演会で、大会場なので、ようやく二階席のほぼ最後尾ゲット(泣)こんな後ろで談春さんのお顔がわかるのかしらと不安になりましたが、高座の上方にスクリーンが用意されていて一安心。

生感は薄れるけれど、仕方がないです。皆さん観たくてしようがないんですから。

志ん朝師匠の思い出、談志と厚生年金会館などの話題が、そのスクリーンを利用して語られ、高座では枕話はほとんどなく、3本の古典落語をじっくりと、というスタイルで、楽しませていただきました。

[演目]
・粗忽の使者
・愛宕山
・たちきり

愛宕山は、志ん朝師匠が得意だった上方落語ですけど、やっぱり、今の江戸前継承者としての、談春師匠の“愛宕山”は、すごく素敵。

“たちきり”は、比較的最近だと、志らく師匠で聴いていたけど、やっぱり談春。。かな




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by yomodalite | 2010-03-27 23:22 | お笑い・落語 | Trackback | Comments(0)

日本辺境論/内田樹

日本辺境論 (新潮新書)

内田 樹/新潮社



去年出版されていて、2010年の新書大賞も受賞している本。

内田氏の、キャシャーンがやらねば、誰がやる!的な「まえがき」に、強く納得。氏が言われるように、本書の内容は、目新しくはないけど、さっぱり浸透していない、日本論の典型。

久しぶりに、最後まで、赤線を引っ張って、読了しました。本書には、有名ブロガーや、著名人による書評も多くあるのだけど、心から共感する書評は、まだ見当たらない。といっても自分で書くのは大変すぎる内容。ただ、本書が、意外と評判高くないのは、エセ愛国者のような方にとって、都合が悪いからだと思う。

「まえがき」より

……ですから、最初にお断りしておきますけど、本書のコンテンツにはあまり(というかほとんど)新味はありません

でも、新味があろうとなかろうと、繰り返し確認しておくことが必要な命題というのはあります。

私たちはどういう固有の文化をもち、どのような思考や公道上の「民族誌的奇習」をもち、それが私たちの眼に映じる世界像にどのようなバイアスをかけているのか。それを確認する仕事に「もう、これで十分」ということはありえません。

朝起きたら顔を洗って歯を磨くようなものです。一昨日洗ったからもういいよというわけにはゆきません。……

[内 容]

◎日本人は辺境人である
「大きな物語」が消えてしまった/日本人はきょろきょろする/オバマ演説を日本人ができない理由 /他国との比較でしか自国を語れない/「お前の気持ちがわかる」空気で戦争 /ロジックはいつも「被害者意識」/「辺境人」のメンタリティ /明治人にとって「日本は中華」だった/日本人が日本人でなくなるとき / とことん辺境で行こう

◎辺境人の「学び」は効率がいい
「アメリカの司馬遼太郎」/ 君が代と日の丸の根拠 / 虎の威を借る狐の意見/ 起源からの遅れ/『武士道』を読む/無防備に開放する日本人 /便所掃除がなぜ修業なのか/学びの極意/『水戸黄門』のドラマツルギー

◎「機」の思想
どこか遠くにあるはずの叡智/ 極楽でも地獄でもよい/「機」と「辺境人の時間」 /武道的な「天下無敵」の意味 /敵を作らない「私」とは / 肌理細かく身体を使う/「ありもの」の「使い回し」/「学ぶ力」の劣化 /わからないけれど、わかる/「世界の中心にいない」という前提

◎辺境人は日本語と共に
「ぼく」がなぜこの本を書けなかったのか/「もしもし」が伝わること/ 不自然なほどに態度の大きな人間/日本語の特殊性はどこにあるか/日本語がマンガ脳を育んだ /「真名」と「仮名」の使い分け /日本人の召命

◎終わりに
________

[BOOKデータベース]日本人とは辺境人である―「日本人とは何ものか」という大きな問いに、著者は正面から答える。常にどこかに「世界の中心」を必要とする辺境の民、それが日本人なのだ、と。日露戦争から太平洋戦争までは、辺境人が自らの特性を忘れた特異な時期だった。丸山眞男、澤庵、武士道から水戸黄門、養老孟司、マンガまで、多様なテーマを自在に扱いつつ日本を論じる。読み出したら止らない、日本論の金字塔、ここに誕生。「新書大賞2010」受賞。(中央公論新社主催)新潮社 (2009/11)



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by yomodalite | 2010-03-27 14:12 | 評論・インタヴュー | Trackback | Comments(0)
個人的な読書メモです。

巡礼 (新潮文庫)

橋本 治



ゴミ屋敷に住む、初老の男性の人生を、丁寧に遡って綴られた、その行為じたいが、タイトルに重なる、魂の小説。『ひらがな日本美術史』も、まだ読みはじめていないし、橋本氏からの宿題は、たまる一方だけど、全部、読まずには死ねないと、思わせるものばかりで、ずっと困ってます。


マイケル・ジャクソン 仮面の真実

イアン・ハルパリン



幼児虐待の裁判に関して『マイケル・ジャクソン裁判』と同様の結論を導きだすまでは、取材方法にも、取得情報への態度にも、誠実さがあるのだけど、たぶん、アフロダイテ・ジョーンズと、内容においてかぶってしまうことなどから、途中から、路線変更を余儀なくされたか、本の売りを、追加せざるを得なくなったことから、終盤からは、収集情報の扱いに、かなりの差が見られます。

ただし、ランディ・タラボレッリが「マイケル・ジャクソンの真実」の続編(英語版では出ているようですが)出してくれないかな〜と思っていた私には、この本は面白く読みました(←TV番組制作者の典型的な手口が楽しめるという意味で...)

本に真実を求める人には、まったくオススメ出来ませんが、上級者のファンにとっては、料理しがいのある材料が揃ってますので、腕だめし用にいかがでしょう(苦笑)。


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by yomodalite | 2010-03-27 14:00 | 読書メモ | Trackback | Comments(2)
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(追記:2014.1.10 写真を一部入れ替えました)

読書記録も溜まってきているんですけど、今日は、私が最もカッコいいと思う写真、アップします!!!

MJは、年代ごとに様々な表情を見せてくれたので、みなさん、それぞれ好きな時代の“顔”があると思うんですけど、私が心の奥底までハートを射抜かれてしまったと感じたのは、

裁判のときの写真を見たとき。

想像を絶する辛さだったと思うんですが、応援に来てくれたり、心配して報道を見ているファンを気遣い、毎回、超オリジナルな法廷ファッションで楽しませてくれるという、誰にも真似出来ない、捨て身のサービス精神に、究極のダンディズムを感じました。


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“BAD”の頃、まさかMJがこんなにダンディな男になるとは、思っても見ませんでした。

未だに、整形、整形ってウルサい人もいるけど、彼は “整形” だけで変わったんじゃない。MJは、他のアーティストより、ずっと多く、そして長い間、進化し続けたんです。



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☆裁判のときの、美しいMJの写真は、このあと下記の4回の記事にまとめました。
こちらも、ぜひご覧ください。


◎マイケル・ジャクソン裁判 2005.1.31 - 3.24
◎マイケル・ジャクソン裁判 2005.4.4 - 4.29
◎マイケル・ジャクソン裁判 2005.5.2 - 5.17
◎マイケル・ジャクソン裁判 2005.5.18 - 6.13


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by yomodalite | 2010-03-26 08:25 | ☆マイケルジャクソン裁判 | Trackback | Comments(10)
西寺郷太氏の『マイケル・ジャクソン』(2)の続き


◎第五章 「THIS IS IT」への道(続き)

『「THIS IS IT」への道』(P221)
2005年、完全な「無罪判決」を受ける。
《西寺氏の意見》
「失意の時代」のような捉え方をされることが多い。しかし、僕はこの時期はマイケルにとってとても大切な時期であったと思っている。(引用終了)に激しく同意。

2001年、オックスフォード大学での講演のテーマ。
“チャイルドスター”という特異な存在の一般化
“許すこと”

「仕事の成功」から「家庭の幸せ」へ。
そして「人生の成功」へと向かっていく。


『時代がマイケルに「追いついた」』(P224)
「マイケルをかっこ悪いという」ことが「かっこ良い」時代が終わった理由。

マイケルに憧れた新世代アーティストと、MJの違い。
レディ・ガガの「80年代リヴァイヴァル」に見られる表層的な模倣。
でも、それをするしかないほど、疲弊した世界。


『映像機器の進化とともに訪れた「三度の波」』(P229)
《西寺氏による分類》
1)69年のデヴュー期の「カラーテレビとテレビ・ショー」
2)83年の“スリラー”期の「ヴィデオデッキとMTV」
3)2009年の急逝で、彼の一挙手一投足に注目と追悼が集まった映画「THIS IS IT」期の「YouTubeと映画」

MJは「言葉を超越した存在」であるダンサーであることと、遺した「映像群」の素晴らしさによって、ビートルズ以上の力を持って後世に影響を与えてゆく=新しい世代のファンが増え続ける(引用終了)

完全に同意。映像として遺すこと。アーティストとしての永遠の命を、彼はずっと若い頃から真剣に考えてきた。アルバムに収録されない曲の膨大なストックも、モータウン時代から学んでいた、死後リリース計画だったのかも。また、新世代のMJ発見が、簡単には終わらない理由として、MJ自身が世界でもかなり早い時期に現れた、多方面な「オタク」であることも、マニアの心をつかんで離さないと思う。



『マイケル・ベアデンの証言』(P235)
“THIS IS IT”には、最後まで、確実なセットリストはなかった。
MJは最後まで、子供時代の曲を歌い続けた。


『バシリ・ジョンソンの証言』(P238)
ミック・ジャガーとの共演曲『ステイト・オブ・ショック』もリハーサルされていた。急死の前日も、ライブメンバーと一緒いる時間は幸せそうだった。


『マイケルにとって、“THIS IS IT”とは?』(P242)
《西寺氏の意見》
マイケルは子供の頃からコンテストやタレント・ショーで、優勝や、トロフィー、賞金を狙うために歌やダンスに取り組む癖がついていた。これは、「芸術家」というよりは、「オリンピックを目指すアスリート」に近い心境である。このことは、マイケルが大人になっても「自分の正当性」を確かめるために、きちんと「結果」、つまりセールスや記録に人一倍こだわったことにも繋がっている。(引用終了)

記録にこだわったのは、アスリートに近い心境とも言えるけど、批評家への不信感と、芸術家として「歴史に残る」ということが、一番大きな理由だったのではないかと私は思います。


『ダンサー達との幸福な瞬間』(P245)
《西寺氏の意見》
マイケルと新世代ダンサーとの幸福な出会い。もしも、マイケルが“THIS IS IT”で復活することを決意しなかったら、彼は亡くなっていないかもしれない。(引用終了)

MJの不可解な死への疑惑に関しては、彼の死により、これまでの疑惑の証明、名誉の回復がなされたことにより、アーティストとして遠い未来にまで繋がる「成功」を呼び寄せたこと。を認識したうえで、なされるべきと考えます。下記のサイトの主張は、全面的に同意しているものではありません。


◎「THIS IS NOT IT」
◎趣旨

『おわりに』(P249)
《西寺氏にライオネル・リッチーが語ったこと》
「.....もし仮にツアーの利益が1000万ドルあると言われても、それと同等、もしくはそれ以上を制作費につぎ込んでしまうのさ。最後にロボットまで出てきちゃうしね(笑)。マイケルはそういう考え方をする人だったんだよ」(引用終了)

主催者が10回のツアーを50回にしてしまったら、今度は、チケット売上げ金で、3Dだの、MJエアーだの、50回を決めたときには、小躍りしたであろう、“強欲”集団も、コンサートが近づくにつれて、MJと同様に、眠れない日々だったんではないでしょうか?


わたしは、最終的に、すべて、マイケルが勝利した。と思っています。


《再びライオネルの言葉》

「郷太、ふざけてるって思わないで聴いて欲しい。僕は最近、マイケルは本当に“天使”だったんじゃないか.....、ってそう思うんだよ。50年間だけ、この世界に存在して、“愛”の意味を一生懸命に伝えて、それで役割を果たして帰っていったんじゃないかなって.....、そんなふうに捉えているんだ.....。僕は長い間、仲が良かったけどね。いや、本当に不思議なんだよ.....」(引用終了)

ライオネルに静かに同意。“天使”って言うと、こういう感じを想像する人も多いと思うけど、
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マイケル(ミカエル)という名前の天使はこんな感じ。

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ジョルダーノの『大天使ミカエルと叛逆天使たち 』
(一応ルネサンス期のものということで)

“エホバの証人”では、ミカエルとイエスは同一人物であるとされているようです。

それと、MJが異常なほど「赤」が好きだったのは、ミカエルの属性が“火”だと言われていたり、彼のミリタリー好きも、ミカエルが、兵士の守護聖人とされていることから....

赤、青、白、黒、金、MJの原色好きも、この時代の絵画からでしょう。

大好きだったミケランジェロも、Michael+Angelで、“Michelangelo”.....

彼がウォホール以降の大量消費時代のミケランジェロだったという点など、MJとミケランジェロは、もっと深く追求したいところ。相当な読書家であるマイケルですが、美術に関する教養は、すさまじくて、一晩中しゃべり続けても、ネタが尽きなかったという話があるほどですし。。

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“THIS IS IT”で、カーリーヘアに戻っているのも、やっぱりミカエルだからでしょうか....

《西寺氏の意見》
彼は歌やダンスを使って、人間の持つ「喜・怒・哀・楽」の感情すべてを、最大限まで表現し続けた。
もちろん、彼は、常に洗練されたものとして存在しただけではない。ときにはいびつなまでに振り切れたその困惑するほどの自由さで、周囲の人間を振り回したこともある。

プリンスやマドンナであれば許されることも、子供の頃からの成長過程を知っている存在であるマイケルには、社会全般が持つ「老婆心」のようなものが働き、それを許さなかった、という状況があると思う。

彼がひとりの「黒人アーティスト」として成し遂げた様々な既存のルールの転換は、その優しい「少年的」で「中性的」なイメージとまったく違った「強さ」「タフさ」があったからこそ起こしえた「ある種の革命」なのである。(引用終了)

彼の驚くべき「タフさ」に関しては、まったく比べられるような人がいないように思います。これほど本格的な“知性”を感じさせてくれた人も、同時代を生きた人の中には、他に心あたりがありません。

西寺氏が言うように、何か時代的な深い意味・理由があるのではないか、と私も思えてなりません。彼の“ミケランジェロ”好きは、生涯を通して一貫しているうえに、相当深いですし....

毎日永遠の命を欲しくなる。
自分が作り上げた物は歴史に残って欲しい。
それが石像、絵、音楽、作文であれ同じことだ。
ミケランジェロが言ったとおりだ。
作者はいずれ居なくなっても、作品は歴史に残る。
自分が死んだり、作品が滅びないように自分が作るものにはしっかりと心を込めている。
それだから、何をするに全力をつくすことにしている。
生きている間に自分のすべてを観客に与えたい。
僕が言っていることわかるでしょ?

―マイケル・ジャクソン


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by yomodalite | 2010-03-25 11:29 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(12)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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