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インサイド・ザ・ジャクソンファミリー/ラトーヤ・ジャクソン

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音楽評論家・吉岡正晴氏は『マイケル・ジャクソン全記録1958-2009』の翻訳・監修者として、同書を「ゴシップはいらない。事実の積み重ねだけで、マイケルの足跡を振り返る」と評しています。

まさに、そのとおりで、私もマイケル・ジャクソンに関しては、彼の創った音楽や映像を通して以外は、知りたくないという気持ちはよく理解できます。

また死後の再販新刊ラッシュの中でも、読むべきなのは、マイケル本人の自伝『ムーンウォーク』(田中康夫翻訳)、日本のマイケル研究の第一人者のミュージシャン西寺郷太氏の『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』、そして、このブログにも旧版の方の感想を書いた『マイケル・ジャクソン全記録1958-2009』(エイドリアン・グラント著)、あとは、幼児虐待疑惑の真相を暴いた『マイケル・ジャクソン裁判』の4冊という意見にも同感なのですが、

あえて、もう一冊、現在ほとんど書評のないラトーヤが書いた本書について記録しておきたいと思います。

わたしが、この本を読もうと思った理由は、ジャクソンファミリーの真実は、その中に居た人間にしか書けないし、そうなると、男兄弟であるジャクソンズ以外で、マイケルに一番年齢が近く、3人姉妹の真中の“双子座の姉”が、一番「文才」があるに違いないという“直感”と、また、スキャンダラスな話題ばかり先行していた、ラトーヤのイメージへも、マイケル同様疑う必要があるのでは、と思ったからです。

本書は、結論から言えば、マイケルファンにとって、決して嫌な内容の本ではないです。

むしろ、人を傷つけることに、あまりにも神経を使い過ぎている、マイケルの自伝『ムーンウォーク』に対して、お姉ちゃんが覚悟を決めて、人肌脱いだと感じる部分が多く見られます。

全部読んだとは言えないので、自信をもっていうのもどうかと思うのですが、ジャクソンファミリーを描いた著作では、ベスト本ではないでしょうか。

この本の出版が話題になっていた当時も今も、本書はいわゆる「暴露本」という扱いで、ラトーヤ自身もヌードグラビアや、兄弟に対しての中傷などから、センセーショナルな存在としてのみ、取り上げられているように思います。

『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』にも「洗脳 姉ラ・トーヤの10年間戦争」として、ラトーヤがマネージャーで夫でもあったゴードンの洗脳による“人騒がせなおばさん”として紹介されていますが、ゴードンに操られたという部分は、彼女のジャクソン家からの最終的な旅立ちにともなう混乱によるもので、本書の記述全体に及ぶものではありません。

ファミリー本としては、多分最上級のクオリティにも関わらず、再販されていないのは、本書では擁護されているゴードンのことを、後に、彼女は過ちに気付き、マイケルと他の兄弟に謝罪する結果になったことが最大の原因だと思います。

本書の最終章は、彼女が、家を出て行くところで終わっているのですが、もし、ラトーヤが、この後の家族への謝罪、和解などのエピソードを加え、最終版を出版するのであれば、わたしは迷わず買います。本書は、彼女の混乱に乗じ、騙されて企画されたという一面もありながらも、ジャクソンファミリーの一員としてのラトーヤの“魂”が込められたものです。

ジャクソンファミリーという特殊な環境で、それぞれの兄弟がどのように悩み、成長して行ったか、特にその中で最も苦労することになるマイケルの時代ごとの生き生きとしたエピソードや、優等生でもあり、問題児でもあった、マイケルに次ぐ、ファミリーの中心的人物ジャーメインに関しても、些かキツい表現もありますが、問題点がよく捕らえられています。

その他の兄弟へも、当事者は耳の痛い部分はあるでしょうが、客観的にみて、ファミリーを貶めてはおらず、家族の欠陥を描きつつも、読者として、ファミリーひとりひとりを抱きしめてあげたくなるような読後感がありました。

また“Wanna Be Startin' Somethin'という曲は、ラトーヤと義理の姉妹との摩擦を書いたという記述なども興味深いのですが、『ムーンウォーク』にはない記述で最も重要なのはやはり「エホバの証人」の信者だったときのマイケルのことでしょう。

ラトーヤに言い寄ってきた有名人の話なども、一見彼女の自慢話に聞こえるかもしれませんが、彼らとラトーヤが上手く行かなかった理由と、マイケルがテイタム・オニールや、ブルック・シールズなどとの恋愛に抱えていた問題には、類似する点があるように思います。

信じられないことですが、スリラーの驚異的なヒットの後にすら、マイケルは信者としての個別訪問(!!)など、熱心な宗教活動をしています。ところが、マイケルの芸能活動は教団から否定され、偽善者と非難されてしまいます。(一方では教団内でマイケルを救世主とする見方もあった)

『ムーンウォーク』発売('88年)の1年前('87年)に、ついにマイケルは「エホバの証人」に脱会届を出し、そのため当時まだ信者であったラトーヤにも母にも会えなくなっているのですが、マイケルが『ムーンウォーク』で、ラトーヤと自分は全然似ていないと書いていることには、そういった事情もあると思います。

西寺郷太氏の『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』には、「楽園 ネバーランドの建設」〜「洗脳 ラトーヤの10年間戦争」として、この頃のことが書かれています。ただ、ラトーヤのこの本を、家族への反撃としての「暴露本」と言うには、あまりに、彼女が可愛そうというか、彼女は彼女なりに、同じ信者として味わった挫折感と、姉として、この頃のマイケルを擁護したいという思いがかなり強くあったのは、間違いないと思いますし、実際ネバーランド以降のマイケルの気持ちがもっとも理解できたのは、ラトーヤではなかったかと思います。

更に、想像で付け加えれば、このあと、ラトーヤが、マイケルの幼児虐待を肯定してしまう発言に至ったのは、ゴードンの脅しが大きかったとはいえ、本来、マイケル擁護であった本書により、彼女が家族から見放されたこと、また、それを強く理解しつつも「読んでいない」発言以外できない、マイケルへの悲痛な叫びと、益々ゴードン以外に頼る者がいなくなった、ラトーヤの混乱があったように感じました。

当時の姉の行動を、家族の中で、もっとも理解していたのは、マイケルだったように思えてなりません。彼が、このあと、父の虐待に関して、これまでよりも発言が増えて行ったのは“姉の擁護”という側面もあったのではないでしょうか。

また同書では「最も典型的に詐欺師の毒牙にかかり人生を翻弄されたのが、最も両親に従順で純情だったラトーヤ」とも評されています。しかし、これは、彼女が騙されやすい性格だった、という単純なものではありません。

これは、マイケルにも言えることですが、ふたりとも、非常に知性があり、慎重でありながらも、理不尽な攻撃を受け、人生を翻弄されたと思います。

山下達郎氏は、マイケルの逝去のことを「マーヴィン・ゲイ同様にアメリカ芸能界の地獄で燃え尽きてしまいました」と語ったそうです。

「吉岡正晴のソウルサーチン」

わたしは、その炎の燃え上がりが、どうしてこれほどまで激しいものになったのか、なぜ何度明確な否定がされても、消え入ることがなかったのか、実感としてはわからなかったのですけど、本書で少しだけ、その正体が見えたような気がしました。それは、ひとつではなくて、いくつもの顔があるのですが、日本人として育ってきた私たちには、なかなか気づくことが出来ないもののようです。なんというか「本場の地獄は違う」というか...

P259〜265には、のマイケル宗教活動と、その脱退までが、短くまとめられているのですが、日本の宗教団体でマイケルほどの広告塔に、これほどの攻撃をする団体なんてないでしょう。それも脱退してからではなく、信者の時代に。。。そして、こういうことが、ここで書かれている特定宗教団体のみではないということも。何もかも、アメリカに住んでもいないアジア人種には想像もつかないことでした。

ジャクソンファミリーは、アメリカで初めての黒人名門家族になりました。そして、そこには、マイケルと言う不世出なタレントが生んだ兄弟の確執とか、幼い頃からのセレブ生活とか、そんな日本人が思いつく芸能界の闇とは、まったく桁違いの「地獄」が待っていました。

私には、ラトーヤが、自分とマイケルが似ていると感じ、そして自分よりもっと傷ついているという気持ちが、この本の出発点になったと思えてなりません。その志の高さは、流石はマイケルの姉!なんですが、結局その後、幼児虐待疑惑では、マイケルに打撃を与えてしまうことになりました。彼女も地獄の炎の激しさからはどうしても逃げられない運命でした。

また、ラトーヤ・ジャクソンのウィキペディアには、

1991年ジャクソン家の内部の暴露本を出版。この本では家族内部で激しい暴力が振るわれた事、自分と姉リビー・ジャクソンが父ジョセフ・ジャクソンに近親姦をされた事が述べられ論争となった。

とあるのですが、私が読んだ初版と思われる1991年9月第1刷にも、1992年2月の新装版にも、近親姦というような内容はありませんでした。

詳しい事情はわかりませんが、本書は、出版前から兄弟による差し止めなど、騒ぎが大きかったので、その時点での“噂”か、出版後のインタヴューなどから生じたものなのか?あるいは、まったくのデタラメなんでしょう。

有名な兄弟たちの葛藤と、彼女自身が、宗教からも、家族からも自立しようとしていく過程を描いた物語として、本書は前述の良書4作に比べ、遥かに“文学的”な作品です。私は、美しい物語として読みました。絶版ではありますが、図書館にはあるところが多いようなので、機会があれば是非ご一読を。


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『インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー』は原題のようですが、実際は「La Toya: Growing Up in the Jackson Family」が本当のタイトル。日本版の表紙は、出版社自体が「暴露本」として、売ろうとしている悪意が感じられますが、原著は、マイケルとポールの『Say,Say,Say』に登場していた時のように美しいラトーヤがカバーになっています。

★★★★☆(マイケルとジャクソンズの資料として)


☆関連本
『マザー』キャサリン・ジャクソン
『息子マイケル・ジャクソンへ』ジョー・ジャクソン

☆本書の第2版
ラトーヤ・ジャクソン インサイド・ザ・ジャクソンファミリー《愛蔵限定版》
☆マイケルの死後リリースされたラトーヤののビデオと詞
“HOME”

☆「吉岡正晴のソウル・サーチン November 13, 2009 02:31:31」
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【内容紹介】インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー ラトーヤ・ジャクソンが語るファミリーの真実/La Toya Jackson , 高橋伯夫 (翻訳)

マイケル・ジャクソンの姉、ラトーヤが語るジャクソン・ファミリーの真実。華やかな名声の陰で、父親の暴力、母親の罪深い偽りの愛、兄弟の確執があった。「欠陥家族」の姿を、客観的に、しかし愛情をこめて描く。 オオカワ・コーポレーション (1991/09)

原題「La Toya: Growing Up in the Jackson Family」/LaToya Jackson (著), Patricia Romanowski (著)




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by yomodalite | 2009-11-29 23:55 | マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(7)

福田君を殺して何になる/増田美智子

福田君を殺して何になる

増田 美智子/インシデンツ



◎[2012.2.21追加]元少年に死刑判決 - 死刑の是非の前に問いたい是非

初めての育児に一生懸命だった若い妻と、幼い子供の両方を奪われた夫、本村洋氏の怒りは、裁判の経過中、死刑判決を望む旨を強く表明し続け、一審での無期懲役の判決には「司法に絶望した、加害者を社会に早く出してもらいたい、そうすれば私が殺す」など、激しいものでしたが、守れなかった家族への責任感の強さから発せられる、本村さんの言葉には、これまでの刑罰論に一石を投じるような論理があり、今まで顧みられなかった被害者遺族の人権にも注目を集め、多くの人を感動させました。

私も、このときの本村さんに、たいへん感動した1人です。

でも、本書のタイトルや、そして著者がまだ20代の女性であることを知って「もしかしたら。。。」という期待と共に読了し、それは、ほぼ期待どおり、満足のいく内容でした。

「殺して何になる」という問いに、

・被害者遺族が満足する。
・殺人に対して、死刑という刑罰がくだされるのは当然。
・なぜ凶悪犯罪者の命を救おうとするのかわからない。

上記のような考えの方は、是非一読されることをオススメします。

本書の帯には、3人の文章の抜粋があります。

ひとりは、本事件の弁護士を途中解任され、『なぜ僕は「悪魔」と呼ばれた少年を助けようとしたのか』を出版された、今枝仁弁護士。

被告である福田君。

そして、もう1人は、被害者遺族である本村洋さん。

本村さんの文章は、本書への直接の推薦文ではありませんが、彼の今の心境がよく著わされています。死刑執行でスッキリした気持ちになれるのは、被害者遺族ではなく、まったく関係のない私たちのような野次馬だけだということが。。。。

本村氏の真摯な“聖戦”に対して、警察発表の忠実な犬にして、常に事件後の傍若無人な加害者であるマスコミ報道を鵜呑みにした世論により、「死刑」が執行されることは、本当にも相応しいことなんでしょうか。

著者の取材方法、取材者への態度や気配りなどに、批判的な人も多いですが、私は、それ以上に、批判を承知したうえでの著者の行動力と、真に重要な問題提起に感動しました。

というか、信頼していた著述家の中にも、この取材方法への批判を真っ先に挙げる人がいたことにはショックを通り越して絶望すら感じました。彼女の取材に気配りがされていないなら、マスコミはどうなんですか?

死刑に興味をもって、見聞きした数少ない経験を通してわかったのは、死刑の廃止と存続には、それぞれの既得権益者による、不毛な議論しかないということです。

本書が明らかにした主内容は、

・少年の悪印象を決定づけた“不謹慎な手紙”の真相
・少年の実像
・少年が死刑になった“真の理由”

上記3点なのですが、中でも、死刑判決が下されることになった最大の責任は、弁護団にあることを明らかにした点です。(批判されている弁護団は、世論を味方にすることが困難な裁判を何度も戦ってきて、司法の判断を知り尽くしていることが、逆に戦略ミスを招いたという側面もあるような気もするのですが....)

少年への匿名報道は、将来の社会復帰を考えてこそのはずですが、少年法を逸脱した死刑を課せられようとしている“少年”の匿名には、一体どんな意味があるのでしょうか?

事件の報道や本書への評判も、1度リセットして、本書を読んでみれば、匿名での死刑判決という、明らかな人権侵害を問題にせず、少年の実名明記のみを問題にして、本書が語られる“本当の理由”が、朧げながら見えてくるはずです。

本書の発売にあたっては、光市母子殺人事件の被告の名前を明らかにしたことで、実名報道の是非をめぐって賛否両論が大きく報じられ、また、弁護側は本書に対し、出版禁止の仮処分を広島地裁に申し立てた。

被告の死刑に異議を唱えた内容にも関わらず、なぜ被告弁護人から出版禁止を申し立てられたのでしょうか? その真相を知りたいひとへ。

☆今のところ、本書の意義を伝えている唯一の書評。
「404 Blog Not Found」

☆追加
鬼蜘蛛おばさんの疑問箱
___________

【内容説明】現在、光市母子殺害事件の被告人は、どのような心境で毎日を過ごしているのか。被告人と同じ年の著者が、マスコミ情報に頼らず、自分の足で取材し、事件関係者らの「生の言葉」から、この事件の意味を問い直す。



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by yomodalite | 2009-11-27 15:44 | 裁判・法律・犯罪 | Trackback | Comments(0)

映画『イングロリアス・バスターズ』監督・脚本:クエンティン・タランティーノ

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豊洲ユナイテッド・シネマにて、『イングロリアス・バスターズ』を観る。

☆続きを読む!!!(ネタバレはありませんが、有用な情報もなし)
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by yomodalite | 2009-11-25 23:26 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

仮想儀礼(上・下)/篠田節子

仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫)

篠田 節子/新潮社



都庁の職員でありながら、ゲームのシナリオライターを副業にしていた“正彦”は、オリジナル作品の依頼をきっかけに、ゲーム作家を本業とすることを決意、公務員を退職し、理解のない妻とも別れたが、出版詐欺にあい、何もかも失ってしまう。また、正彦に仕事を依頼していた“矢口”も会社をクビになり、仕事を失っていた。年齢がネックとなり再就職が出来ない2人は、事業として「宗教」を営むことを思いつく。。。

昨年末に出版された本書により、初めて篠田氏の作品を読みました。

ゲームのシナリオとして考えられた“宗教”に、はまって行く人々に対して、最後まで冷静さを失わない“教祖”桐生慧海(正彦)や、次第に金儲けより、生き辛さをかかえた女たちに共感していく矢口、また成功しながらも、宗教を必要とする経営者たち、天才ともいえる文学的才能をもちながらも、破滅の道から抜け出せない、作家・萩尾敬。

家族の問題に引裂かれた女たちも、いずれも、人物がよく描かれていて、長編にもかかわらず、ぐいぐいと読ませられてしまう、著者の器の大きさに圧倒されました。

探偵や刑事ではなく、途中から重要なキャストとして、ルポライターの安藤が登場し、マスコミの問題点をも浮き彫りにしている。信者の女の家族である、政治家の兄など、男たちの社会的地位や、職種による性格の描き分け方が上手いうえに、女たちへも、女流作家ならではの鋭い目線で、間違いなく楽しめます。

★★★★(古くささがあまりない社会派サスペンス!)

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【BOOKデータベース】(上巻)信者が三十人いれば、食っていける。五百人いれば、ベンツに乗れる—作家になる夢破れ家族と職を失った正彦と、不倫の果てに相手に去られホームレス同然となった矢口は、9・11で、実業の象徴、ワールドトレードセンターが、宗教という虚業によって破壊されるのを目撃する。長引く不況の下で、大人は漠然とした不安と閉塞感に捕らえられ、若者は退屈しきっている。宗教ほど時代のニーズに合った事業はない。古いマンションの一室。借り物の教義と手作りの仏像で教団を立ち上げた二人の前に現れたのは…。二十一世紀の黙示録的長篇サスペンス。


(下巻)スキャンダルの末、教団は財産を失う。しかし、残った信者たちの抱える心の傷は、ビジネスの範疇をはるかに超えていた。家族から無視され続けた主婦、ホテルで飼われていた少女、実の父と兄から性的虐待を受ける女性…居場所を失った者たちが集う教団は、次第に狂気に蝕まれてゆく。「カルト」の烙印を押された聖泉真法会。さまよえる現代の方舟はどこへ向かうのか—真の救済の在り処を問う、著者の新たなる代表作。新潮社 (2008/12)



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by yomodalite | 2009-11-24 17:56 | 文学 | Trackback | Comments(0)

CD『Michael Jackson's THIS IS IT 』

f0134963_135857100.jpg昨日は、レディースデーにかこつけて、昼に3度目の『THIS IS IT』、夜に『ムーンウォーカー』という、またしてもマイケル漬けの1日。

若い頃と、死の直前のマイケルを比べて、また新たな感想もあるのですが、『ムーンウォーカー』も『THIS IS IT』へも、これ以上急いで感想を語るのは、控えることにして、自分の記録用に映画で使用された曲目リストをメモしておきます。

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by yomodalite | 2009-11-19 13:51 | マイケルジャクソン資料 | Trackback | Comments(6)

『クイック&デッド』 主演:シャロン・ストーン(監督:サム・ライミ)

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マドンナのライブを観ていたら、シャロン・ストーンを思い出したので、
「美男・美女」で、初めての外人美女を取り上げます。


☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2009-11-17 15:22 | 美男・美女 | Trackback | Comments(0)

やんごとなき読者/アラン・ベネット、市川恵里(訳)

やんごとなき読者

アラン ベネット/白水社




やんごとなき読者とは、英国女王エリザベス2世のこと。
ある日、女王は愛犬を追いかけていった先で、移動図書館のトラックに出会う。
80歳を目前にした女王が、立派な宮殿内図書館があるにもかかわらず、移動図書館の少年から本を借りることで、突然読書に目覚めていく。

女王「本を借りてもいいのかしら?券を持っていないけど?」
少年「大丈夫です」
女王「私は年金暮らしなのよ」
少年「6冊までお借りになれます」
女王「6冊も?まあ!」

上記のようなカワイイ会話後、女王は様々な本を読むようになっていきます。フランス風とか、イギリス流とか、グローバル化ですっかり印象が薄くなりましたが、本書は、まぎれもなく英国風であるところがイイです。

読書にハマっていく女王に対して、周囲の人々の反応がどのようなものだったか、また様々な読書経験を経て、女王はどのように変わっていくのか。。。

すでに英米独でベストセラーになっているようですが、映画化されたら、きっとチャーミングな作品になりそうです。

また「解説」で説明されていて、意外というか全く知らなかったのは、読書に対するイメージについて。上流階級の紳士淑女にとって、頭があまり良くなくて、ものを知らないことこそが「美徳」であるという考え方があり、イギリス全体がめざす「美徳」ともみなされているということ。

「頭が良い」(clever)という言葉が必ずしも褒め言葉でないのはイギリスだけとか、(参考:漫画家ポントによる『イギリス人の特質』というシリーズ内「知的でないことの重要性」)、皮肉屋でブラックなユーモアセンス一杯という、自分の今までのイメージとは異なるイギリス人像などの紹介が興味深かった。

★★★☆(午後のティータイムに)
___________

【BOOKデータベース】英国女王エリザベス二世、読書にハマる。おかげで公務はうわの空、側近たちは大あわて。「本は想像力の起爆装置です」イギリスで30万部のベストセラー小説。白水社 (2009/3/11)


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by yomodalite | 2009-11-15 12:37 | 文学 | Trackback | Comments(0)

人情馬鹿物語/川口松太郎

人情馬鹿物語

川口 松太郎/論創社

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著者の川口松太郎氏は、浅草出身で、小学校卒業後、洋服屋や質屋の小僧、古本露天商、警察署給仕、電信局勤務、講釈師許に住込み口述筆記手伝い、編集者等、様々な職業を経て作家となり、昭和10年に第1回の直木賞を受賞。

映画化もされ、空前のヒット作となった『愛染かつら』など、大衆小説家として大活躍し、また戦後は、大映専務としても映画や演劇界に尽力し、文化功労賞も受けた人物。(「川口浩探検隊」で有名な川口浩は、後妻の女優・三益愛子との長男)

とにかく、明治生まれで、昭和の文化・芸能史に確固たる地位を築いた方のようなのですが、アラフォー世代の私は、まったく存じあげず。。。ところが、どこでオススメされたか、記憶にないのですが、突然、わたしの中の“江戸っ子”センサーに、ひっかかってきて、期待半分で読んでみると、スゴくイイ!!

内容は、川口氏が小説家になる前に、講釈師、悟道軒円玉の手伝いをしながら、居候をしていた頃に、円玉の元に出入りする様々な人々を描いた12話の短編集。大正期の東京の下町を舞台に、今なお残されている「人情」がテーマなのですが、人情にとことん馬鹿になれた“江戸っ子”を支えていたものとは、なんだったのか。それは、今忘れられているようで、やっぱり同じ日本人として、どこか理解できるもののように思えます。

この作品が実際書かれた時期は、本書にも記載がなく、調べてもわからないのですが、小説の舞台は、大正12年の大地震前で、円玉が、深川の森下に住んでいた頃。著者は作中で、この時代こそが、江戸っ子の中の江戸っ子らしい生活の最後の名残りがあった時代としています。

しばらく前に、渡辺謙が映画『沈まぬ太陽』のインタビューで、主人公の気持ちを“矜持” という言葉で、それは、堂々としたプライドとは少し違って、胸の奥に秘めているものではないかと語っていたのが印象に残ったのですが、この物語の登場人物たちにある“人情馬鹿”というのも、江戸っ子の矜持ではないでしょうか。

話の内容は、意外にも、女の強さを描いたものが多くて、やわな女は1人も出てこない。
働く女子にとっては、草食系イケメンに癒されるより、明日への活力に満ちてくるかも。

著者は、幸田文より、5歳年上で、「半七捕物帳」でおなじみの岡本綺堂より27歳年下なんですが、このお二人より、遥かに読みやすい文章で、人情話が楽しめます。

落語好きの方には、もちろん、景気回復よりも、日本の人情の復活が大事と思われる方へ

★★★★(本書の底本となっている【講談社文庫・大衆文学館】シリーズにも興味津々)

「やっぱり本が好き」
http://plaza.rakuten.co.jp/niko2town/diary/200908270000/ 

_____________

【内容】
「紅梅振袖」
大家の娘に惚れた、腕のいい縫箔屋の職人は、娘の結婚のために見事な刺繍をほどこした
振袖を作り上げるが。。。
「春情浮世節」
子宮癌で、女を失ったと思っている女芸人の恋への挑戦
「遊女夕霧」
自分のために身を持ち崩した男のために花魁がとった行動とは。。
「深川の鈴」
文士を一人前にするために夫婦になろうとした、寿司屋の未亡人
「親なしっ子」
義太夫芸者が内儀になるためにかかった医者は、道楽者で。。。
「春色浅草ぐらし」
堅物と見られていた四郎には、安来節の女芸人の“色”がいた
「七つの顔の銀次」
元スリの銀次は、今は仕立て屋として堅気になっていたが、
惚れていた役人の娘のために警官に頼まれ、スリを働くことになった
「櫓太鼓」
柏木は、大関になるまでは女を絶つと神前に誓ったが、芸者花香に惚れてしまう。。
「丸髷お妻」
女博徒お妻は、逃がしてくれた恩義のため執拗に信吉に迫る。
何度も振り切った末に、とうとう信吉もほだされるが。。。
「三味線しぐれ」
吉村は、お腹の子供も一緒にお仙をもらおうとするが。。。
「歌吉心中」
亭主安兵衛が芸者歌吉に惚れたことで、傾いた吉田屋の元女将お孝は二人の娘を
芸者として仕立てることにすべてを賭けるが、
歌吉と安兵衛の心中は講談として評判になる
「彼と小猿七之助」
席亭の娘お道は、講釈師の芸が廃れるのを案じ、燕林と夫婦になる決心をしたが、
お道の父は、借金の肩代わりをした請負師国定に、お道をゆずる約束をしていた。。。

【BOOKデータベースより】
大正期の東京下町を舞台にした人情小説の名作12編、待望の復刊。

【著者略歴】(「BOOK著者紹介情報」より)
明治32(1899)年、東京浅草生まれ。久保田万太郎、講談師・悟道軒円玉らに師事する。大正12年に小山内薫主宰の雑誌「劇と評論」に戯曲が掲載され、その後、戯曲・台本を数多く発表する。小説でのデビュー作は昭和9年『鶴八鶴次郎』。翌年に同作ほかで第一回直木賞を受賞する。以後、映画化され、『愛染かつら』や『しぐれ茶屋おりく』(吉川英治文学賞受賞)、『新吾十番勝負』など、芸道小説、風俗小説、時代小説で活躍。また、映画会社の重役として、映画や演劇の製作にも力を注いだ。昭和40年に芸術院会員、48年に文化功労者。昭和60(1985)年逝去。享年八十五歳(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 論創社 (2009/05)



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by yomodalite | 2009-11-11 17:24 | 文学 | Trackback | Comments(0)

それでも、日本人は「戦争」を選んだ/加藤陽子

それでも、日本人は「戦争」を選んだ (新潮文庫)

加藤 陽子/新潮社



本書は、東京大学大学院教授である著者が、2007年末に、栄光学園・歴史研究部の中高生17人を前に行なった5日間の講義をまとめたもの。序章では、9.11テロや南北戦争など、他国の例を用いながら、古代から順に日本史を学ぶことで、暗記ばかりに重点がおかれている日本の歴史教育から、近現代史を中心に、過去と未来を見ることの重要性を説き、その後、日清〜日露〜第一次大戦〜日中戦争〜太平洋戦争と続いた日本の戦争を、それぞれ世界の歴史と合わせて、くわしく語られています。

世界の戦争の歴史の中で、日本の決断は、どうなされたのか。

自虐でも、陰謀でもなく、隣国とアメリカだけに目を向けた狭窄史観でもない、日本人すべてにオススメの戦争歴史教本。

中高生相手とバカにするのは大いに間違っていて、生徒の歴史知識はかなりのものなので、菊川怜のクイズ解答のようにがっかりすることは一切ありません。

日本の戦争論の著者のほとんどにみられる、軍や国への恨みつらみや、天皇への幼児的愛着心から、解き放たれている、めったにない良書。

また、戦争のような極限的状況でなくても、日本人が陥りやすい特性というか、性質が見えてくるあたりもとても興味深く、その点は著者が女性であることが優位に働いている。

本書では、戦争がいかに経済と密接に繋がっているかが、よく理解できるのですが、今後の日本経済の悪化を、戦争なしで、どう耐えるかは深刻です。

序章 日本近現代史を考える
1章  日清戦争 - 「侵略・被侵略」では見えてこないもの
2章  日露戦争 - 朝鮮か満州か、それが問題
3章  第一次世界大戦 - 日本が抱いた主観的な挫折
4章  満州事変と日中戦争 - 日本切腹、中国介錯論
5章  太平洋戦争 - 戦死者の死に場所を教えられなかった国
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【内容紹介】かつて、普通のよき日本人が「もう戦争しかない」と思った。世界最高の頭脳たちが「やむなし」と決断した。世界を絶望の淵に追いやりながら、戦争はきまじめともいうべき相貌をたたえて起こり続けた。その論理を直視できなければ、かたちを変えて戦争は起こり続ける。

だからいま、高校生と考える戦争史講座。日清戦争から太平洋戦争まで。講義のなかで、戦争を生きる。生徒さんには、自分が作戦計画の立案者であったなら、自分が満州移民として送り出される立場であったならなどと授業のなかで考えてもらいました。講義の間だけ戦争を生きてもらいました。そうするためには、時々の戦争の根源的な特徴、時々の戦争が地域秩序や国家や社会に与えた影響や変化を簡潔に明解にまとめる必要が生じます。その成果がこの本です。……本書「はじめに」より

日本だけでなく、世界の人々がなにを考え、どのような道を選択したのか、 かつての人々が残した言葉をたどりながら、詳しく鮮やかに紐解いてゆきます。縦横無尽に「戦争」を考え抜く。歴史の面白さ・迫力に圧倒される5日間の講義録◆ 朝日出版社 (2009/7/29)



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by yomodalite | 2009-11-08 19:26 | 戦争・軍隊 | Trackback | Comments(0)

10月のきもの

f0134963_1054725.jpg11月になったとたん、すっかり寒くなって、完全に「袷」の季節になりました。

今年は暑い期間が長かったこともあり、単衣の買い増しばかりに気を取られていて、冬支度のことを一切考えていなかったことに、ちょっと焦りつつも、ようやく、10月のきものをアップ。

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by yomodalite | 2009-11-04 10:56 | きもの | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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