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響くものと流れるもの

福田 和也,柳 美里/PHP研究所




突然来た柳美里マイブーム。

やはり福田和也氏との大げんかの後の絆の理由は知らなくてはならないと思い、本著を読んでみたのですが、残念ながら本著は、出版社にとっては、批評家と作家との真摯な対決、作品論をテーマに出版されたものではなく、Webマガジン掲載文の商売展開に過ぎず、全体の2/3を過ぎてから「見張り塔からずっと」というケンカの糸口となった文章が唐突に登場するまでは、柳美里の最新作や、福田氏の佳作評論を褒めあっているだけのような対談が続きます。

対談自体は興味深い点が多く、福田氏の未読本への柳氏の評価、福田氏の『命』『魂』『生』3作への感想は同感するところが多く読み応えがあるのですが、喧嘩の華が本にまとめられなかったのは非常に残念。


◎『命』、そして次をめぐって(対談)

『命』以前は、サイン会にならぶのは6、7割男性(永遠の浪人生のような感じ)だったが、『命』以降は、同年代から上の女性で主婦が多い。

『命』には書けなかったが、東由多加氏に「いっしょに死のう」と誘われていたこと。

『命』で書いたのは、現実に復讐されつつ現実から生まれた家族観。

『命』は私記というかたちで書いたが東さんの側の視点で書いたらどうなるのか。東さんの視点で6年前の別れる直前の生活も書いてみたい。

亡くなった日の明け方に「あなたは俺が死んだら死ぬんでしょ」と東さんに言われた。(以上柳)

江藤淳、自殺の真相〜江藤淳という人を維持し育て書かせていた妻が亡くなったことが大きい。(福田)

柳美里という作家は、彼と2人でつくった作品なんです。(柳)

※江藤淳『妻と私』、『幼年時代』

◎『魂」をめぐって(対談)

一部の人たちが、これは文学じゃないという言い方をしているけど、『魂』はーこう申し上げるとまた怒られるかもしれないけれどもー柳さんの作品の中で一番純粋に文学的なものではないかという気が僕はしているんです。(福田)そうかもしれないですね(柳)

息子を日本国籍にしたことで、逆に母親である私が韓国籍を捨てないでいる根拠のあるなしを、突き詰めざるを得なくなりました。その国の言語を理解する意志が皆無なのに、国籍を保持しているのはおかしいので、どれくらい時間がかかるかわかりませんが、韓国語を理解してみようと思ったわけです。(中略)意識的に言語を習得してみて・・・・韓国籍を保持するのか、日本国籍に変更するのか、選択します。
私の一族の中で日本国籍を有するのは丈陽ただ一人です。そのことを失念して、母はよく「だからイルボンサラン(日本人)は」というような言い方をするんです。以前は聞き流していましたが、現在はイルボンサランの息子の母親として聞き流せません。(柳)

◎福田さん、真の批評を(対談)

『奇妙な廃墟』(国書刊行会)を読んで愕然としてしまったんです。引用されている作品を全部読んでからでないとお会いできないのではないか、というぐらいの重みがあった。(柳)

福田さんが標榜していらっしゃる「保守」の本質が、この本に書かれていますね(柳)

私は、評論家というのは小説家になりたかったのになれなかった人で、その嫉妬を軽蔑にすりかえることによって、高みに立っていると思っていたんです。けれども、『奇妙な廃墟』と『日本人の目玉』を読んで、福田さんは作家になれなかったのではなくて、ならなかったんだと思いました。(後略)(柳)

これはすごいと息を詰めて読んだのは「見えない州之内、見るだけの青山」という章です。(後略)(柳)

「美」の甘皮を剥いて果肉を貪る青山次郎の目玉と瞠目しった瞼の中で「美」を凝視している州之内徹の目玉の対比は、身震いするほど見事です。(後略)(柳)

◎批評家にとっての歴史(対談)

『保田興重郎と昭和の御代』、『地ひらく』、『江藤淳という人』の3冊を中心に柳がインタビューする。

『奇妙な廃墟』のモチーフを日本に置き直して書いたのが『日本の家郷』です。そのあと、そこに行くまでに、やっぱり一度田興重郎を通らなければいけなかったんですね。先達である批評家と対決するということが必要だったんです。(福田)

【目次】
まえがきー福田和也
『命』、そして次をめぐって
『魂」をめぐって
福田さん、真の批評を
批評家にとっての歴史
作家と批評家の関係
見張り塔からずっとー福田和也(1999年3月)
見張り塔から、見張られてー柳美里(1999年4月)
前衛なき時代の表現行為ー福田和也・柳美里
祝・長編完成!!柳美里の「故郷」横浜黄金町を歩き、
密かに批評の時に備えるー福田和也(1998年12月)
あとがきー柳美里
______________

【出版社/著者からの内容紹介】いま最も注目される文学界の両者による、妥協なき交感。
『新潮』掲載の「見張り塔から、ずっと」で、福田和也氏は柳氏の作品を全面否定。それに対し柳氏は「見張り塔から、見張られて」で大反論した。その激しい応酬は、近年の文学界で一際目立つ出来事となった。それから2年。柳氏はベストセラー『命』で新境地をひらき、両者は5回の対談を行なった。

本書の第一部では、その5回の対談を、そして第二部では「見張り塔から」の応酬と他に2編を収録している。

「『ゴールドラッシュ』は、現代社会の観察としては甘すぎる(福田)」「『見張り塔から、ずっと』ほど文芸評論家の無能ぶりを示した例はかつてない(柳)」「柳さんが倫理を正面から書いたことは、戦後文学の中で画期的なことだと思います(福田)」「なるべくならこの言葉を使わずにお伝えしたかったのですが、天才だと思いました(柳)」——文学とは何か、真の批評とは何か。その本質的な問いを語る。

【内容「MARC」データベース】
小説とは何か。批評の役割とは何か。ときに共感し、ときに激しく激突する。今もっとも活躍する両作家の、妥協なきスリリングな対話! Webマガジン『JUSTICE』他掲載分と、既刊単行本からの転載をまとめる。 PHP研究所 (2002/3/2)



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by yomodalite | 2008-05-26 16:36 | 文学 | Trackback | Comments(0)

ある朝、セカイは死んでいた

切通 理作/文藝春秋




古屋兎丸による装幀が印象的な本著は以前に読んだことがあったのですが、内容の記憶がなく、個人的に再評価熱が高まっていた柳美里論の2編を再読したかったので読んでみました。

1995年から2000年までのいわゆる世紀末に起こった刺激的な事件や話題に言及されているので、懐かしさからか、グングンと読み進みましたが、読了後はやはりあまり記憶に残らない。

引用著作の選び方には時折著者の個性が感じられるものの、掲げたテーマに持論を展開するほどのパワーはなく、全体的に引用図書の感想文という感じ。

注目の柳美里論ですが、「本当の話をしたいのです」で、 竹田青嗣、金鶴詠の「在日性」から柳美里の作品を論じようとする手法には無理が感じられ、文学評論になっていない。

柳氏へのインタビューでは、「・・ですからわたしの境遇が特別だからとか、そういう見方だけをされるのは違うと思います。・・・」、『石に泳ぐ魚』の意図と異なった演出〜チョゴリ女たち・・・が評論家に評価されたこと・・・と同様の間違いを侵した切通に答えている。

残念ながら、切通氏はインタビュアーとしても作家性に乏しく普通過ぎる印象。反面、柳氏は、その類型的な質問に、すべて真摯に答えられていて流石だと思いました。

「現実の私を許さないー柳美里と『命』をめぐる対話」は、『命』の出版に合わせた『文学界』のインタビュー批評の執筆者であった切通氏が、その顛末を、結局どこにも掲載しなかった文章に加筆したもの。

こちらは、執筆当時のメディア状況や、柳美里のこれまでの活動を紹介する文章になっているのですが、いずれも、タイトルほど内容がある中身ではないのは、柳美里論だけでなく全体的な印象。

やはり、古屋兎丸氏の表紙のみで、記憶される本かな。

タイトルからは詳細がわからない章のみ、下記に引用書籍を紹介。

■少年少女の国の「囚人」
冒頭に、茨木のり子『わたしが一番きれいだったとき」の詩、少年事件の匿名報道にみられる民主主義によって保護された「権利」。フランス書院文庫のポルノ作家、伊達龍彦『女教師・Mの教壇』『女教師・放課後M調教』。。。の題名からは想像出来ない作風。その登場人物のテレビコメンテーターのような言い方。ヒロインの非実在性。再度、茨木のり子『準備する』を引用。

■「被爆」少年たちの終わりなき戦い
 僕がそれをみに映画館へ入ったのは、要するに街の暑さと暇と、せいぜい広島でヒロシマをみるという興味からにすぎなかった。ー山川方夫のエッセイより。アラン・レネ『24時間の情事』(HIROSHIMA MON AMOUR)〜『はだしのゲン』/中沢啓治〜大和屋竺のエッセイ『一尖、灼きつくす廃墟願望』の中で「被爆者の栄光を漫画に工夫する奴らに災いあれ」という言葉とともに中沢啓治の原爆漫画『黒い川の流れに』を徹底批判。映画『真田風雲録』、真崎守『共犯幻想』(60年安保に乗り遅れた世代が全共闘に心情に仮託した漫画)、ジョ−ジ秋山『ザ・ムーン』(週刊サンデー連載の巨大ロボットマンガ)、梅図かずお『漂流教室』、小池一夫、平野仁『少年の町ZF』

■「理想の学校」を求めて
筆者の母校である、群馬の山中の全寮制中学、高校「S学園」による「真の自由人たれ教育」の内実。当時の同級生である「いどたけし」による感想

■恋愛なんかやめておけ
伊丹十三の自殺〜大江健三郎『取り替え子 チェンジリング』、大島渚『日本春歌考』での伊丹と恋人役・小山明子、少年図書館シリーズの記念すべき一冊目、松田道雄『恋愛なんかやめておけ』、伊丹十三「死に至る病」(『女たちよ』所収)

■異形の君へ
石井政之『顔面漂流記〜アザのあるジャーナリスト』、春日武彦『顔面考』

■「ポア」の青空
井上夢人『ダレカガナカニイル…』(オウム事件の数年前の執筆)、橋本治『宗教なんて怖くない!』(オウム事件の渦中に執筆)、『imago別冊・オウム真理教の深層』、村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』、大澤真幸『虚構の時代の果てーオウムと世界最終戦争』、井上夢人『メドウサ、鏡をごらん』

■ ある朝。セカイは死んでいた
17歳の高校生による、2000年12月新宿歌舞伎町ビデオ店の爆弾事件。2000年5月、愛知豊川の17歳高校生による面識のない64歳主婦の殺害、その2日後、同じく17歳高校生が刃渡り30センチの牛刀を小学一年生女児に突きつけてバスジャックし、人質3人を傷つけ、一人を殺害。翌月21日岡山県立高校の17歳高校生が野球部員の後輩4人をバットで殴打し重軽傷を負わせた後、自宅で母親を死亡させる。一ヶ月後の8月大分の山間部で高校一年15歳の男子が覗きの疑いをかけられた報復のため、サバイバルナイフで隣家を襲い一家6人を殺傷。3人死亡。その家裁送致の報道がされた9月の新聞には、愛媛の17歳の高校生が授業中にマンガを読んでいたことを注意した教師の首を刺した事件が報道されている。
それら一連の事件の少し前に二つの象徴的な事件が起きていた。一つは、1月に新潟県柏崎市で自宅に少女を9年と二ヶ月監禁していた37歳の男性が捕まった。少女は小学4年生の時に連れ去られ、19歳になるまで自宅の一室に監禁されていた。
いま一つは、99年12月21日、京都伏見区の小学校校庭で遊んでいた小学2年生が若い男にナイフのようなもので、首など数カ所を刺され死亡。犯人は数枚の犯行声明と思われる文書を残し、そこには「てるくはのる」という暗号が記されていた。
いずれも未成年ではないが、親のもとで暮らしているモラトリアム青年が抵抗力の弱い子どもを手にかけた事件だった。
これらに加え、名古屋市緑区の中学生が総額5千4百万円を複数の少年たちに脅し取られていた事件。同様に栃木のリンチ殺人では、金ヅルを求めていた3人の少年が19歳の被害者を拉致し、サラ金などから借金させ総額700万円を脅し取り、全身の80%に及ぶ火傷を負わせたうえに発覚を恐れセメント詰めにした。
文芸春秋は2000年11月号において「なぜ人を殺してはいけないか」という特集を組んで識者に回答を求めた。
 
新井英樹『ザ・ワールド・イズ・マイン』、望月夆太郎『ドラゴンヘッド』、高見広春『バトル・ロワイヤル』、ジョージ・ロメロ『ゾンビ』

【内 容】
第1章/ある朝、学校で
・ホワイトアルバムー県立所沢高校生との対話  
・少年少女の国の「囚人」
・戸塚ヨットスクールと「生きる実感」
・「被爆」少年たちの終わりなき戦い
・「理想の学校」を求めて
第2章/ある朝、彼女は
・かくれんぼう気分ーわが友宮崎勤
・恋愛なんかやめておけ
・夏への扉ーアニメーションに記された〈刻〉、あるいは庵野秀明論 
・本当の話をしたいのですー柳美里論
・現実の私を許さないー柳美里と『命』をめぐる対話
・異形の君へ
第3章/ある朝、戦場で
・与党精神の果てにー小林よしのり『戦争論』を読む
・ガンダムという戦場ー富野由悠季と二〇年目のニュータイプ論
・戦争しか知らない子どもたちー作家見沢知廉の快楽
・「ポア」の青空
・平和憲法の選び直しと「行為の白紙性」
・ある朝。セカイは死んでいた
_____________

【著者コメント】2004/11/08 3:15:00テーマはズバリ、90年代とは何だったのか?
宮崎勤事件、オウム、酒鬼薔薇など社会をゆるがした事件から、エヴァンゲリオン、小林よしのりのゴーマニズム宣言といった、時代に影響を与えた文化まで、分析を加えてゆきます。旧価値観の崩壊の過程から、新しいセカイの姿までを呈示します

 もう一度だけ逢いにいく
地平線の鉄塔、夕暮れの本屋、少女の消えた森 きみの声と、かくれんぼう気分でシンクロする一冊。文藝春秋 (2001/01)

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by yomodalite | 2008-05-26 14:14 | 評論・インタヴュー | Trackback | Comments(0)

柳美里不幸全記録

柳 美里/新潮社




日記文学をそれほど多く読んでいる訳ではないのですが、これは傑作に値すると思う。

『石に泳ぐ魚』を読んで、今までの柳氏への評価が甘かったと反省し、すぐに別のなるべく最近の作品を読みたくて、これを選んだのですが、やはりこの人の「本物」度は他に比較出来る人が見当たらない。

作中に、松浦理英子氏へ作品の依頼がないことに柳氏が編集者の怠慢と憤る場面が出てきましたが、才能があっても作家として作品を書き続け、売れ続けること厳しさに耐えられるのは希有なことです。

本著には、一般にわかりやすく感動をもって迎えられた『命』よりも天才を感じました。

父、母、男、子ども、ペット、作家生活の苦しさ、女流文学者の魂のすべてが厚さ5センチの厚み以上に深く迫ってくる。

物語(柳氏の日常?)は、子どもの成長に比例して「不幸」の度合いが増していき、特に最終章では、増え続ける動物と子どもの体重の増加に、更なる際限のない「不幸」への序曲が奏でられているが、このあたりは多分最もフィクション度が高く、一流の劇作家でもある氏の本領発揮で続編への興味をかき立てられる。

話題となった表紙の本人ヌードですが、世に蔓延る自己愛病で、不幸自慢や変人自慢したがるナルシスト女のそれとはまったく異なるものです。

柳氏のように不幸を引き受けて創作を続けることが可能な本格的文学者は、もう平成の世には現れないでしょう。

◎「波の音を聴きながら」
http://shos-days.blog.so-net.ne.jp/2008-01-02
__________

[出版社 / 著者からの内容紹介]あなたのいない世界では、すべてが不幸に染まる。
「『不幸であることを不服に思ったこと』は一度もありませんでした。(あとがき)」処女作の出版差し止め、朝日新聞連載打ち切り、止められぬ息子への折檻、そして始まる新しい家族との生活……。ミリオンセラー『命』の著者とその息子を、その後待ちうけていた酷薄な日々を綴った800ページの衝撃の極私的文学。「新潮45」連載『交換日記』五年半の軌跡が一冊に! 新潮社 (2007/11)

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by yomodalite | 2008-05-20 19:26 | 文学 | Trackback | Comments(0)

人間臨終図巻〈1〉 (徳間文庫)

山田 風太郎/徳間書店




亡くなった年齢順に古今東西の様々な人々がカタログ化されている。元医学生でニヒリスト、記録文学の傑作『戦中派不戦日記』の作家らしい淡々として凄みのある作品。余命を悟ったら全作を死に至るその日まで読んでみたいと思う。
____________

【MARCデータベース】
人は誰でも死を怖れる。いつか来るとはわかっていても、それが今だとは誰も信じたくないものだ。源実朝から夏目雅子まで、古今東西の若くして生を全うした人々の最期の刻。1986年刊の再刊。徳間書店 (2001/03)

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by yomodalite | 2008-05-14 11:11 | 文学 | Trackback | Comments(0)

完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)

柳澤 健/文藝春秋




1976年、それまで私はプロレスを一度も見た事がなかったけどプロレス嫌いの父が、猪木×アリ戦を少しだけ見て「くだらない」とつぶやいていたことは、少しだけ覚えています。猪木に関する本は、加治将一の『アントニオ猪木の謎』 に続いて2冊目。レスラーとしての猪木を全く知らない私ですが、大人になってから知る猪木という男の真実は非常に興味深い。

猪木には、猪木をとおしてしか知ることができないような、男の「秘密」や「謎」がつまっている。

加治氏は猪木個人の謎に迫りましたが、橋本治を師と仰ぐ柳澤氏は日本人の謎にも迫っているところが、わたしにとっては、本書の魅力でした。

当時ファンだった人には、猪木の八百長話に惹き付けられるでしょうが、本著が浮かび上がらせた「リアルファイトに対しての日本人の歪んだ感情」というテーマは、日本人論として非常に興味深く、プロレスファンでない人にとっても読む価値大。どうやら日本はまだ当分の間「9条」を保持したほうが良さそうです。

☆☆☆☆☆(満点。大人であることの楽しさを満喫!)

(以下は、著者のインタヴューより抜粋)

真剣勝負の格闘技と、大衆娯楽のプロレス。本来、交わることのない両者が、なぜか、日本だけは密接な関係を保ち、混同している人も多い。格闘技とプロレスにおける捩れた現象。その要因こそ“アントニオ猪木の1976年”に帰結すると本書では説いている。

〜「ルスカの部分っていうのは、個人の物語なんですよね。悲しい男の話。で、アリのところは、スーパースターの物語。パク・ソンナンっていうのは、国の物語。ペールワンは、一族の話」

〜猪木から現在の格闘技に繋がっているのはファンタジー。ファンタジーの文脈を掴んで、わかりやすく説明するのはすごく難しい。ある時点で、これ本にするためには、76年の猪木が今にどう繋がっているのかを書かなければならないということが明らかになったんです。

〜だから、76年の4試合を書けば終わりとはならない。“76年の猪木と現在とはファンタジーで繋がっている”と書けば一行で済む、それを説明するのは難しいよぉ(笑)。

ーー柳澤さんにとってのアントニオ猪木。その結論は?
「力道山やジャイアント馬場、ルー・テーズやバディ・ロジャースなど偉大なレスラーはいっぱいいたけれど、皆、観客や会社(団体)のためのツールにすぎなかった。ただ一人、猪木だけが新しいジャンルを切り開いた世界一のレスラーだった。

——子供の頃にに見ていた猪木も世界一のプロレスラーだった?
「そう。結論は74年の小林戦の頃と全然変わらない。でも、過程はずいぶん違う。大人になるってことは、そういうことなんじゃないかな(笑)」

★柳澤健インタヴュー
http://allabout.co.jp/sports/prowrestling/closeup/CU20080117A/index.htm

★水道橋博士の「博士の悪道日記」
http://blog.livedoor.jp/s_hakase/archives/50326900.html
____________

【内容紹介】2月ルスカ戦、6月アリ戦、10月パク戦、12月ペールワン戦。4試合の当事者を世界に訪ね、新証言によって描く格闘技を変えた熱い1年。1976年、猪木は異常ともいえる4試合を闘いました。2月に柔道オリンピック金メダリスト・ルスカと最初の異種格闘技戦を闘い、6月に現役のボクシング世界ヘビー級チャンピオンだったモハメッド・アリに挑み、10月に韓国プロレスの希望の星をたたき潰し、12月にパキスタンの国民的英雄の腕を折り、一族を破滅においこみます。
著者は、当時の試合の当事者たちを世界中に訪ね歩き、猪木の開けた「巨大なパンドラの箱」を描き出します。私たちは76年に猪木がつくりあげた世界観の中にいる——知的興奮にも満ちたこの一冊。(SS)  文藝春秋 (2007/03)
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by yomodalite | 2008-05-12 14:43 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

近世快人伝/夢野久作

近世快人伝 頭山満から父杉山茂丸まで (文春学藝ライブラリー)

夢野 久作/文藝春秋




『ドグラ・マグラ』や『少女地獄』といった、夢野久作の著作を読みあさっていた時期には杉山茂丸も頭山満も玄洋社のことは何も知りませんでした。夢野久作には突如として現れた異端の作家というイメージがあり、父親が歴史上の人物だということは、ずいぶん後まで知らなかったのですが、玄洋社も、杉山茂丸も、未だ語られ尽くしていない印象があり、久作氏が語るそれらには興味がありました。

「父杉山茂丸を語る」は、72歳で亡くなった父への追悼文として執筆されたもので、久作の幼年時代の体験などが語られています。「父・杉山茂丸」 も追悼文と同日に書かれたようですが、茂丸についてはほとんど言及せず、全面的に松岡洋右のことが語られていて、松岡が追悼する茂丸といった趣きなのですが、それにしてもと思うぐらい茂丸に関して極わずかにしか語られていません。

玄洋社や、頭山満についても、特に目新しい記述はないように思いました。著名な作家が、有名な父を語るということはやはり難しいようです。

【目 次】
「近世怪人伝」
・ 玄洋社からどんな人物が出たか
・ 父杉山茂丸を語る
・ 呑仙士
・ ビール会社征伐
・ 日韓合併思ひ出話
「父・杉山茂丸」
・ 父・杉山茂丸
・ 頭山満先生
・ 喜多文子
______________

【BOOKデータベース】頭山満、父杉山茂丸、奈良原到、篠崎仁三郎、内田良平、喜多文子…久作文学に深い影響を与えた玄洋社・黒龍会の奇人、怪人、豪傑たちが久作の掌で生き生きと踊りだす。葦書房 (1995/02)

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by yomodalite | 2008-05-11 19:56 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

石に泳ぐ魚/柳美里

石に泳ぐ魚

柳 美里/新潮社

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初版時も、出版差し止めが話題になっている時期も読み逃していましたが、今回始めて読み、これを処女作とする著者への評価が格段に上がりました。作品への真摯な態度、緻密な構成は完成度が高く、しかも「処女作」らしい瑞々しい美しさに満ちていて心が揺さぶられずにはいられませんでした。

初版も、裁判記録も読んでいないので、被害者の痛みは計り知れませんが、柳氏が、この作品で流した血は「被害者」の痛みを遥かに上回っているように思われます。

裁判後の改訂版すら出版すべきでないと主張する人々には「何か別の理由」があるのか、もしくは愚かな煽動に乗せられているのでしょう...安易に被害者に同調する風潮と、リストカッターの増加は比例しているのかも。

また、ペンで身を削るという意味が理解されていないという状況は、同時期に読んだ『1976年のアントニオ猪木』にも描かれていたような、リアルファイトへの歪んだ感情にも似ているのかもしれません。

★★★★☆
________

[MARCデータベース]わたしたちは石の海に放たれた魚。魂の血を流しながら、泳ぎ続ける…。94年『新潮』に発表されたが、裁判により出版差止になった作品の「改訂版」。「改訂版」についての出版差止請求は棄却され、この判決は確定している。新潮社 (2002/10)



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by yomodalite | 2008-05-11 17:36 | 文学 | Trackback | Comments(0)

色っぽいキモノ

井嶋 ナギ/河出書房新社

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銀座の老舗も、大手呉服会社も、着付け講師も、仕立て職人も、どうしてこうも「色気」のないキモノをつくりたがるのか。

どんなに業界の人たちのいうことを聞いても、料亭の中居さん風になるか、和泉節子に近づくか、そのどちらかでしょう。

数年前から、リサイクル着物のプチブームがあり、今までの常識にとらわれない着こなしや、昔の着物の素晴らしい意匠が見直されてきていますが、まだまだポップな段階で、色気をを感じさせる着こなしを見かけることはほとんどありません。ダメな業界の人の意見に染まる前に、この本を読んで本当の日本を知りましょう。

きものが日常だった時代の流行や、スターがきものを着ている映画から着物のおしゃれを学んで色っぽいキモノを着よう。

がんばれ!自分!!

本書は、随所に著者の知性と文章の巧さが光り、きものに憧れるおしゃれな人がもっとも納得でき、ためになる意見が満載。写真やイラストも多いのだけど、例えば「ナナメお太鼓」など、ぜひ著者のコーディネートを写真入りで見せてくれれば、更に素敵な本になったと思う。第2弾が楽しみな著者です。

____________

【出版社/著者からの内容紹介】誘惑する下着、体の線を魅せる着方、想いを伝える色と模様、帯で色気を表現……。色気にこだわった着物生活の新たなヒントが満載。映画、歌舞伎、小説、美人画等の資料から着こなしのコツまで、姐さんテイストな着物姿練習帖! 河出書房新社 (2006/10/17)

【目 次】
第1章 下着で色気を表現せよ―着物の下はこうなっている!
・肝の据わった女は、蹴出しで勇ましく誘惑
・長襦袢、脱がなくてもスゴイ女の隠し玉
・足もとで魅せるために知っておきたい、足袋と素足に関する2、3の事柄
第2章 着物でからだのラインを魅せよ―着物の種類は覚えなくてもいい!
・粋な姿とは、強気で切ないそれのことである
・浴衣で漂わせたい、色気と涼気
第3章 色と模様で想いを伝えよ―色と模様がすべてである!
・縞、永遠に交わらない平行線のゆくえ
・ニッポン・サイケデリックな幾何学模様
・ドラマティックな女は生きもの柄を愛用する
・役者模様が、ミーハー魂に火をつける!
・エレガントな媚態、黒の正しい使用法
・女王で小悪魔、それが紫という魅惑
・緋色使いは、とっておきの色気ワザ
第4章 帯で腰まわりを語らせよ―補正なんていらない!
・帯を締め、柳腰で自由を描く
・前代未聞。ふしだらな帯結びのススメ 
・修羅場に挑むなら、博多帯と啖呵でキメよ
第5章 小物で個性を表現せよ―小物が世界を完成させる!
・楚々とした手弱女にこそ、毛皮のソウルを
・色っぽい女は、紐使いももちろん巧い 
・拒絶しつつも誘惑する。すべてキセルと煙が見せる夢
・想いをこめてグッと挿す、女心の髪飾り



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by yomodalite | 2008-05-09 15:31 | きもの | Trackback | Comments(0)
今日から、ブログタイトルを「一日一冊読書日記」から『読書日記と着物あれこれ』に変更しました。1日1冊読書して、3の倍数のときに着物に関してなんか書く予定(嘘)。

これまで「きもの」本は、ブログに収録してなかったので、少しづつ良かったもの、つまらなかったもの、また購入して失敗した商品、良かった商品などなど、リサイクル着物ファンの悩みあれこれにおつき合いくださいませ。

最近袖の長い紗のきものを購入し、長襦袢をどうしようか検討中。とりあえずウェルキーの袖無し襦袢をお仕立て中。さて袖はどうしようかなあ〜。

では、はじめに着付け教室体験から

「石田節子流着付け教室」(銀座らくや)★★★★
 家から歩いて行けるのと、石田節子氏のセンスに惹かれて、「初心者コース」(1回)と「自分で着るコース」全3回を受講。

「初心者コース」は、1回2時間で、着物の基礎知識、着付け実演(トルソに講師の人が着せてみせる)、畳み方などに『石田節子流 着付けと帯結び』(別冊家庭画報)1200円の本がついて7350円。(小物などをレンタルする場合は、更に1000〜ぐらいの料金必要)

いきなり着付け教室というのが不安だったので、初心者講座から受けてみたけど、これはお値段から考えて必要なかったかも。ただテキストの『石田節子流 着付けと帯結び』は、この手の本を何冊も見た経験ではベスト本!どの結び方もカラー写真で細かく、わかりやすいので石田流の着付けを学びたい人にはオススメ。

「自分で着るコース」は、1回目が「長襦袢、きものの着方」2回目「一重太鼓の結び方」3回目が「二重太鼓の結び方」。
1日無料着付け教室というのがよくあるけど、まったくの初心者には、1回2時間、3回コースは最速という気がします。

着付け小物は、
ひも3本と、腰紐1本、伊達締め1本、ベルト付き帯板、帯枕、コーリンベルトで特に個性的なものはなく、補正ものは一切使用しない。
ただ、こちら(らくや)で販売されている「ひも」(166×3.5)は通常(210×5.5)より短く幅も狭いのですけどそれが逆に使いやすいかも。

石田流の帯結びは、折り上げるだけで結ばないので、帯にも優しく痛まないのと、小物や道具がシンプルな点が◎。現在の着付け教室無料化の流れから考えるとお高い気がしないことはないけど、お店の商品のセンスの良さと、銀座という全国一着物人口の多い街での教室は通う価値あり。


「○○屋」(虎ノ門 ○○は伏せ字) ★★
二重太鼓の復習や半幅帯の変わり結びなどを、お安く習いたいと思って通ってみた。ここのシステムは、

入会金  5,000円
授業料 一回1,000円

奇数月の一週目から入会して、プログラムの順番どおりに受講していく。受けたくない講座も飛ばすことが出来ないのが難なのだけど、1回1000円は安い。と思ったのが受講理由。

最初の説明で、ちょうどなごや帯、半幅帯、二重太鼓が続けて受講出来そうだったので、入会金を払って予約したのだけど、軽くだまされたのか、実際始まってみたら、半幅帯(極普通のリボン結び)、なごや帯、半襟の付け方という、いらない講座ばかり受けることに。。。

しかも、HPにも写真が出ている女将らしき講師は軽〜くやな奴なので、気弱い人はやめた方がいいかも。ちなみにこの女将は、この老舗呉服店の姉妹の妹?らしい。姉?は上品で優しく、きもののセンスも素敵なのですが、妹の方が仕切ってます。

まず、持参の着付け小物のチェックで、ベルト付き帯板にダメだし。ベルトを切るか、ベルトなし帯板を買えということで、ベルトなし帯板をその場で買わされる。

HPのエッセイの感じからは、想像していなかったのだけど、バリバリの「補正派」!で、銀行がくれるようなタオルにさらしを縫い付けてあるだけの補正用品2500円ぐらいも買わされる。次に肌着に着替えたところ、「ブラは取ってくださいね!」と、スポーツブラにもダメ出しをくらう。「スポーツブラなんですけど。。」と言ったら、「ああそうなの」って、肩部分3センチぐらいあったのにでなんでわかんないかな〜( -.-)ノ

胸はBカップ、最近太って補正いらずのきもの体型♪と思っていたところにバリバリと無駄に胴を太くみせるためとしか思えない補正具を巻かされ、すっかりテンションが下がる。しかも言うとおりの巻き方をすると、ナント石田流のひもでは短く結べない。それを見るやいなや、「何それ子供用のひもじゃない!仕方ないわね、これ使いなさい」と渡されたひもは、後日、授業前に「○○さん、この間ひものお金頂いてなかったわよね」と請求されることに。着替え後、返却した私は、「お借りしたひもは返却しましたけど」と答えると、「そういえば結んだひもが置いてあったけど、あれかしら。やだわ、新しいのをおろしたのに。。。」というどケチぶり。

すっかり意欲を失わせられ、なごや帯の結び方を教えられるものの、まったくわからない。意欲の問題以外に、鏡を見てはいけないというやり方が初心者には非常に難しく、教え方も下手で、本当にその場でまったく出来ないので、当然復習もできず未だにわからない。

3回目は、待望の二重太鼓だと思っていたら、「半襟の付け方」とわかり、作ったばっかりの長襦袢のきれいな半襟を取り外すはめに。。。

こちらでは、衿芯は絶対「三河芯」ということで、半襟を縫い付けるだけでなく、三河芯も長襦袢に縫い付ける。(ちなみに、石田節子流も三河芯)これはやってみなくてはわからなかったけど最悪な方法です。半襟と違って芯は固いので、これを衿のカーブに縫い付けるというのは相当難しい。

この日は優しい姉の方の授業なので、言い方は優しいのだけど、衿のカーブ部分は、縫い目を細かくしてくださいとのあまりにもあっさりした指示のみで、実際にやってみせてくれるわけでもなく、この受講は私ひとりにもかかわらずほったらかしで別の着付けの受講生の方にかかりきり。

指貫でぎゅうぎゅうと一針一針押し付けるようなツライ仕事中、隅っこに一人きりで椅子もなし。その間、別段縫い目や出来上がりをチェックもしていないにもかかわらず、適当にお上手だとかおだてられるのみで一時間半の受講を終えた。

三河芯の良さは、衿抜きのカーブが自在に変えられるところにあるのだけど、細かく縫ったつもりでも、結構ギャザーがよってしまって汚く見えるし、一番の問題は襦袢が畳めないこと。ものすごく苦労した三河芯の縫い付けだけど、縫い付けることの良さは感じられず、この後すぐほどくことに(爆泣)

現在、三河芯は縫い付けずに半襟に挟むというか、通して使ってます。
三河芯の方、長襦袢を畳むときどうされてるのでしょうか?

お店もビルのテナント料が売り上げのほとんどと思われ、商売になりそうな品物も見当たらず、○○市も、生徒と、出品者以外は行く意味はないかと思われます。

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by yomodalite | 2008-05-08 18:30 | きもの | Trackback | Comments(0)

米原万里の「愛の法則」 (集英社新書)

米原万里/集英社




「理解と誤解のあいだ : 通訳の限界と可能性」 は単語に関する概念の違いから通訳の実際まで、「通訳と翻訳の違い」 は、著者の子ども時代から通訳としての活動が述べられています。愛と、国際化と、同時通訳の仕事について3つのテーマによる4つ講演の文章化。講演集でない著作もぜひまた読んでみたい。

【目 次】
第1章/愛の法則
世界的名作の主人公はけしからん!
もてるタイプは時代や地域で異なる ほか
第2章/国際化とグローバリゼーションのあいだ
「国際」は国と国とのあいだ、国を成立させる要素 ほか
第3章/理解と誤解のあいだ—通訳の限界と可能性
同時通訳は神様か悪魔か魔法使い?!
濡れ場の多いベストセラー小説『失楽園』 ほか
第4章/通訳と翻訳の違い
言葉を相手にする通訳と翻訳
小説を楽しめる語学力があれば通訳になれる ほか
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最初で最後の講演録集。女が本流、男はサンプル!なぜ「この人」でなくてはダメなのか?稀有の語り手でもあった米原万里、最初で最後の爆笑講演集。世の中に男と女は半々。相手はたくさんいるはずなのに、なぜ「この人」でなくてはダメなのか—〈愛の法則〉では、生物学、遺伝学をふまえ、「女が本流、男はサンプル」という衝撃の学説!?を縦横無尽に分析・考察する。また〈国際化とグローバリゼーション〉では、この二つの言葉はけっして同義語ではなく、後者は強国の基準を押しつける、むしろ対義語である実態を鋭く指摘する。四つの講演は、「人はコミュニケーションを求めてやまない生き物である」という信念に貫かれている。集英社 (2007/08)

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by yomodalite | 2008-05-08 14:15 | エッセイ | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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