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芸術と青春 (知恵の森文庫)

岡本 太郎/光文社




岡本太郎の知恵の森文庫で復刊されている3部作、『今日の芸術』(1954)、『日本の伝統』(1956)、『芸術と青春』(1956)を一気読み。

まずは、今回初めて読む『芸術と青春』。
1929年、太郎は18歳でフランスに行き、1940年、29歳で帰国している。31歳で徴兵検査を受け中国で4年間軍隊生活を送り、1946年に復員した。1947年に敏子に会い、復員の8年後に、『今日の芸術』刊行。本著はその2年後に出版されています。

大成功した親の2世として、当時は非常にめずらしかったであろう留学経験。しかもパリが芸術の都として最も華やかな時代に、その綺羅星たちのほとんどに太郎は交流を果たした後一転して軍隊生活へ。終戦後の多くの文学者が、日本軍の惨めな実情をとおした反戦哲学や、日本批判をすることでしか世界意識を獲得できなかったのとは異なり、太郎は、日本とフランスを比較して日本を批判するようなことは一切していない。

鋭敏な感受性を持ちつつ、夏目漱石のように神経症にも陥ることなく、通常の日本人より落差が大きかったであろう軍隊生活を経て『今日の芸術』が書かれたことはまさに驚異的。芸術の都での太郎は、いわゆる日本の伝統を心の拠り所にしていたわけではない。太郎のその誇り高い魂の源であった岡本家の真実、かの子と一平の夫婦生活についても、実の息子でありながら、的確な評価をし、尊敬しつつも、超えようとする太郎の強い意志。。。この本を十代までに読めなかったことが本当に悔やまれる。

【目 次】
はじめに/岡本敏子
1/青春回想
色気と喰気、はたち前後、青春の森、ソルボンヌの学生生活、銃と私 ほか
2/父母を憶う
母、かの子の想い出、私の好きな母の歌、かの子文学の鍵、父の死 ほか
3/女のモラル・性のモラル
処女無用論、日本女性は世界最良か?、春画と落書き、女性に興ざめするとき ほか
解説/みうらじゅん
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【BOOKデータベースより】「青春は無限に明るく、また無限に暗い。」—岡本太郎にとって、青春とは何だったのか。パリでの旺盛な芸術活動、交遊、そしてロマンス…。母かの子・父一平との特異ではあるが、敬愛に満ちた生活。これらの体験が育んだ女性観。孤絶をおそれることなく、情熱を武器に疾走する、爆発前夜の岡本太郎の姿がここにある。 光文社 (2002/10 初出1956年河出書房)

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by yomodalite | 2008-04-22 14:10 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)

荒地の恋/ねじめ正一

荒地の恋 (文春文庫)

ねじめ 正一/文藝春秋




ねじめ正一の著作を読むのははじめて。「荒地」のことも田村隆一と鮎川信夫以外は知らずに「私小説」を久しぶりに読みました。永い親友関係にして、同業者である詩人の妻との定年間近にしての恋の様々な波乱も、奔放、無頼な詩人の生活も、淡々とした日常として描かれている。

◎「荒地の恋」ねじめ正一氏インタビュー(夕刊フジBLOGより)

戦後を代表する詩人、田村隆一と中学以来の親友であり、詩の結社「荒地」の同人である北村太郎が、田村の妻、明子と恋に落ち、家を出て貧窮の同棲生活を送る話である。一種、破天荒な実名の小説はなぜ書かれたのか、著者に聞いた。

昔の作家を扱った実名小説は珍しいものではないが、主人公の北村や田村、北村と明子の、いわば仲立ちをする鮎川信夫にしろ、記憶に新しい現代詩人だけに驚く。


この3人は戦後詩を代表する詩人ですし、マスメディアにも顔を出している人だから、匿名でなく、きちっと名前を出して書かなきゃいけない、という思いがありました。

家族の方が読んだらどう思うかという気持ちはありましたから、ずいぶん取材しました。(北村の恋人となる)第2の女性、第3の女性など、登場人物の女性たちにもしょっちゅうお会いしてこちらの意図を汲んでもらいました。私が書きたいものを書かしていただくわけで、向こうの方は私に対して何の義理もないわけですから、そうしないといけない。いつもその気持ちだけは忘れずにいました。

異論は出なかったのですか。

(連載した)雑誌は必ず送っていたし、生原稿も毎回、読んでもらって、何か問題ありますか、と聞いてました。とくに北村さんの娘さんなどは、回が進むに連れ、変わってきて、父親の北村太郎を、客観的に読めるようになった。父親が家を出てからどういう生活をしてたか、どんな思いで生活していたか小説の中で知りたい、そういうふうに意味合いが変わってきましたね

冒頭、田村さんが北村さんの翻訳した『あるスパイの墓碑銘』(早川書房)を、別の出版社から出す自分の翻訳としてそっくり使わせてほしい、と電話してくる。後に、いわば寝取られ男ともなる田村さんの無頼派ぶりが躍如、むしろ親近感を持たせる場面である。

詩人としての田村さんは、どこか尊敬していたし、無頼である田村隆一も敬愛していたので、そこらへんはちゃんと書いたつもりです

田村の4度目の奥さんとなった明子が、田村から「僕と死ぬまで付き合ってくれませんか」と口説かれた話のあとの、次の文章がすごい。

《殺し文句である。田村の詩も、田村という人間も、もしかしたら田村の人生も、殺し文句で出来上がっている。(中略)言葉で女を殺して、うまいこと利用して、面倒臭くなったら逃げ出すのだ。殺し文句の詩人が大切にしているのは言葉だけである。言葉に較べたら、自分すらどうでもいいのである》。

しかし、この小説の主人公は、田村とは対照的に、新聞社の校閲部で普通のサラリーマンとして生真面目に生き、明子と会うまでは家庭の幸福も感じていた北村である。


普通の人が定年を前にした53歳のとき、ある意味で突然、壊れたのはなぜか。書きたかった理由の一つです。奥さんに明子さんのことを告白してからも、家を出るまでに3年近くかける。北村さんのそういうとこに誠実さを感じましたね。

それにしても、奥さんとの修羅場や、田村家に乗り込んだ奥さんと明子のやり取りなどが、まるで見てきたように生々しく書かれ迫力がある。

分からなくなったとき一番、力になったのは北村さんの詩。人間をぐっとつかまえられる瞬間がある。こういうときに北村さんはこう言うだろうと、捉えられたときが楽しい。北村さんは詩を書きたくて家を出たんじゃないけど、出てから、家への仕送りもあり、生活が厳しくなる。そういう切羽詰まった状況の中で詩が書けるようになったんです

北村は最初の奥さんと子供を水難事故で亡くしている。

人間は明日どうなるか分からない、そういうものを目の当たりにした。以後、死者の側に立って生きていく。簡単に自由自由というけど、自由に生きるってことは、こんなに大変なことなのか、ということが、この小説の中で一番書きたかったことです。
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【内容紹介】五十三歳の男が親友の妻と恋に落ちた時、彼らの地獄は始まった。北村太郎、田村隆一、鮎川信夫。宿命で結ばれた詩人達を描く長編小説。文藝春秋 (2007/9/26)
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by yomodalite | 2008-04-22 12:47 | 文学 | Trackback | Comments(0)

バブル (宝島SUGOI文庫 A た 2-1)

田中 森一,夏原 武/宝島社




またもや、ダーリンが田中本を図書館で借りてきてしまったので、仕方なく(笑)また読んでみる。未だ『反転』は読めていませんが、その後の外伝本は『必要悪』に続いて2冊目。『クロサギ』の原作者との共著という期待もあったのだけど、残念ながら許永中の詐欺の手口に関してとか、「詐欺」に関する話題はなく『必要悪』と重複するエピソードが多すぎる。どちらか一冊にしておけ!というのが至極真っ当な意見だと思う。
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【内容紹介】大ベストセラーになった『反転』(幻冬舎)の著者、元東京地検特捜部の検事にして闇社会の守護神と呼ばれた田中森一が語りつくすバブル時代のエピソード。許永中の虚像と実像、暗殺された宅見勝・五代目山口組若頭の思い出、闇紳士愛、自身がつかんだあぶく銭の使い道……。大ヒットTVドラマ『クロザギ』の原作者・夏原武を聞き手に迎え、狂乱の時代と日本人の感性について熱弁をふるう。10時間に及ぶロングインタビューを1冊に凝縮した『反転』外伝の登場! 宝島社 (2007/12/6)
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by yomodalite | 2008-04-21 21:21 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

北芝健のアンチエイジング道場

北芝 健/バジリコ



北芝健氏の健康本。現在も驚異的若さを保っている(誰も実年齢を信じないと思う)北芝氏ですけど、20年ほど前もやっぱりすごく若々しくて、その頃からサプリメント等に異常に詳しい健康オタクだったのこと(知りあいからの情報) 。

内容は、警察官やヤクザの方でも実行できるようなものから、女子の美容に、徹夜仕事に、精力アップに、より良き生活習慣にも役立ちそうな、北芝氏愛用の薬、精神系、オススメサプリメントと情報が盛りたくさん!

実用度も高いうえに、氏の話しの巧さも加わって、この手の本としてはとても楽しめる内容。類例がない健康法というわけではないですけど、氏の若々しさからは「本物」の説得力が感じられます。

【目 次】
第1章/無類の健康オタク・北芝健のバイオグラフィ
第2章/どんなにフラフラでも、シャキッとする活力術
第3章/不摂生をしても、病気にならない生活習慣
第4章/驚異の若さを保つ、肉体改造法
第5章/北芝健が教えるサプリメントの選び方、使い方
すべて実際に受けた相談です!健康アドバイザー・北芝健のサプリメント活用術
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[内容紹介]ヤクザも刑事も大絶賛! 不健康な毎日でも老化しない、とてつもない健康術!! 医師から「30代の若さを維持している」と表された驚異の男、北芝健。その若さのヒミツはなにか? 代々医師の家系に育ち、受け継がれた生活習慣と沖縄の伝統文化を盛り込んでたどり着いた、類例のない健康術を披露する!

朝食メニューから徹夜を乗り切る方法、腹上死しないでセックスを楽しむ極意、不摂生をしても病気にならない生活習慣まで、他の健康本にはない切り口で独自の健康法を披露。長生きするだけでなく、人生を若々しく謳歌するために役立つ今までにない実用書です。

慶應大学医学部内科学教室/日本抗加齢医学会認定専門医 医学博士 佐藤誠剛先生 推薦! バジリコ (2007/11/24)

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by yomodalite | 2008-04-21 13:57 | 健康・医療 | Trackback | Comments(0)

刑法三九条は削除せよ!是か非か (新書y)

呉 智英,佐藤 幹夫/洋泉社



タイトルと、呉智英氏の組み合わせには「刑法三九条」削除すべしの結論へ導く書という印象を受けますが、両論のバランスとしては、むしろ削除すべきでない論の方が多い。

呉智英(評論家)は、刑法上で責任能力を判断することをやめるべきという主張ですが、呉氏にしては、及腰というか、かつての復讐論とは異なり意外にも折衷案に落ち着いている。

小谷野敦(比較文化)は、精神分析や心理療法がジャンクサイエンスであるとし、福島章や人権派、団藤重光の死刑廃止論を批判していますが、その論拠は、概ね日垣隆の「そして殺人者は野に放たれる」を資料としている。

橋爪大三郎(社会学)は、39条の削除にはまったく賛成できないとしながら、その理由として刑法とはなにかという原理論を述べるのみで、39条自体への意見は避けている。

浜田寿美男(子供学・発達心理学・法心理学)は、犯罪時の精神状態は認定できるか、という精神鑑定医たちがかならずつきあたる原理的な問題を、鑑定医自身も立ち入らないまま、司法の要求に従って何らかの結論を出している現状をより問題視している。

副島洋明(弁護士)は、知的障害者や、発達障害をかかえる人の弁護を行ってきた経験から、責任能力ではなく、受刑能力のあるなしを鑑定すべきという主張。知的障害者にも、少年審判のような仕組みを適用すべきとしながら、「心神喪失」や「心身耗弱」には否定的意見。

林幸司(精神科医)は、39条の最大の問題は「罰しない」の後に続く文言がないことという主張。殺人、傷害、暴行、脅迫、放火、強盗など犯罪としかいいようがものを精神障害者の「問題行動」として治療にあたらなくてはいけない現場の限界を、医療の立場から述べられている。刑務官による処遇と、医師による治療が英語では同じ[treatment]である。ある西欧の司法精神医学の専門家に「日本では統合失調者の重大犯罪では責任能力の争いとなることが必須だが、貴国ではどうか」との問いに、「責任能力の有無なんて問題じゃない。病院で扱えないような危険な者は刑事施設でみるのが当たり前だ」と即答したという経験を紹介。(←常識論なら、なぜ、ある西欧ではなく、具体的な国名、人名をあげられないのか?)

滝川一廣(医学部卒〜精神病院勤務を経て児童福祉センター〜大正大学人間学部教授)は39条の問題を、

(甲)私たちの日常生活の安全や社会の治安がまもられるためにはなにがたいせつか
(乙)私たちが精神障害者となったとき、じゅうぶんなケアと回復や社会復帰の道が、つまり生活がまもられるためにはなにがたいせつか
という2つの問題に冒頭で集約していて、非常に驚かされる。

(甲)は問題ないとしても、なぜ39条の問題が、(乙)につながるのか、精神障害者で犯罪を犯した者を罰することが、精神障害者すべての人権を阻害するものだと考えようとする典型的なおバカな意見である。池田小事件の宅間守が「自分は精神障害者だから罪に問われない」とうそぶいていた、といい、そのような通念が間違っているとして、『分裂病犯罪の精神鑑定』という1978年に出版されたというおそろしく古い資料を引用している。

佐藤幹夫(フリージャーナリスト)は、犯罪被害者遺族の苦しみ、報復感情を理解しつつ「心神喪失」「心神耗弱」への誤解と混乱、「精神障害・知的障害=精神鑑定=無罪」という誤解を解く。責任能力は司法判断であり、精神鑑定=無罪ではない。しかし、精神障害を疑われている犯罪者の中で毎年約90%が不起訴処分となっている。不起訴率90%の数字の背景には刑事事件における有罪率99.9%という数字が控えていて、検察官の点数主義が見えかくれする。被疑者のための判断というよりは、検察にとって公判維持できるかどうか、有罪判決を勝ち取れるかどうかが優先されているという疑念を消す事ができない。責任能力の疑わしきは起訴せずの一方、起訴されたからには何が何でも有罪という危惧。もし39条を削除し、すべての事案を公判に持ち込むなら、99.9%の有罪率の刑事裁判のあり方に再考を促さなくてはならない。

・新受刑者総数30277人中、知的障害は284人。知能検査結果IQ49以下1158名、測定不能1830名(平成13年矯正年報)
・39条をもつのは先進国で日本だけ
・逮捕・勾留から起訴まで22日間という長期拘束を認めているのも先進国では日本のみ
・被疑者の自白供述にもっとも重きをおいた取調べがなされるのも先進国では日本だけ


第1章 「刑法」は限界なのか
・責任という難問/呉智英
・三九条はきれいさっぱり削除されるべきだ/佐藤直樹
・新論・復讐と刑罰/小谷野敦
第2章 「刑法」とは何か
・「刑法三九条」を削除する理由はどこにもない/橋爪大三郎
第3章 司法と医療の現場から
・刑法三九条論議の一歩手前で/浜田寿美男
・求められているのはむしろ新しい「責任能力論」である
—処遇論と訴訟能力論の重要性を中心に/副島洋明
・寡黙な条文を補完するもの/林幸司
・生活や社会をどうまもるのか/滝川一廣
第4章 三九条、そのさまざまな問題
・刑法三九条何が問題なのか/佐藤幹夫
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【内容「BOOK」データベースより】 「心神喪失・心身耗弱」、そして凶悪殺人犯が野に放たれる?精神鑑定はうそ臭い!刑法はもはや時代遅れだ!こんな三九条があるから被害者は救われないのだ!よろしい、まちがいなく議論はタブーなしで、徹底的にやるべきだ。さてしかし、責任能力とはなにか、なぜ精神鑑定が「うそ臭い」のか。ほんとうに「精神病者=犯罪者=責任能力なし」なのか。いや、そもそも刑法とはなにか。なぜ三九条の条文があるのか。本書は、この厄介きわまりない主題に迫り、冷静に、多角的に、腰を据え、そして時代に先駆けてなされる問題提起の一書である。 洋泉社 (2004/10)

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by yomodalite | 2008-04-16 15:00 | 裁判・法律・犯罪 | Trackback | Comments(0)

ホームレス中学生 (幻冬舎よしもと文庫)

田村 裕/幻冬舎




ダーリンが図書館で借りてきたので、読んでしまいました。私はTV番組は、基本的にお笑いとサッカーしか見ませんし、お笑い番組は、TVの唯一残された良心だと考える人なので、田村のビンボー話は何度も聞いていましたが、気になっていたのは、田村の「姉」の存在でした。

果たして姉にとって、この本のヒットは喜ばしいことなのか、中学生の田村の姉はホームレスになった時高校生ぐらいでしょうか、幼くして母を亡くし、父、兄、弟と男ばかりの家族、3人兄弟の真ん中、ビンボー生活を戦って成長した男子に与えられる成功とは異なり、女子のこのビンボー体験はキツい。

兄も田村より前にお笑いを目指していて、姉もお笑い好きだった、この兄弟が育ったのが「大阪」で良かったと思い、姉が優しい伴侶に恵まれていて欲しいと思いました。

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【内容紹介】麒麟・田村のせつな面白い貧乏生活がついに小説に!
中学生時代の田村少年が、ある日突然住む家を無くし、近所の公園に一人住むようになる超リアルストーリー。 ダンボールで飢えを凌ぎ、ハトのエサであるパンくずを拾い集めた幼き日々から、いつも遠くで見守ってくれていた母へ想いが詰まった、笑えて泣ける貧乏自叙伝。ワニブックス (2007/8/31)

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by yomodalite | 2008-04-14 10:50 | 文学 | Trackback | Comments(0)

危険な思想家/呉智英

危険な思想家 (双葉文庫)

呉 智英/双葉社




橋本治氏の著作をひさしぶりに読んだら、呉智英氏の本も久しぶりに読んでみたくなりました。

2人とも思春期のわたしにとって、強く心に響いた方々で、呉智英氏は民主主義が絶対でないことをはじめて気づかせてくれた先生でした。(『封建主義 その論理と情熱 さらば、さらば民主主義よ!』改題『封建主義者かく語りき』)

書評など、雑誌などでは読んでいましたが、まとまった著書を読むのは、もしかしたら30年ぶりぐらいかもしれません。

でも10年前の著作にもかかわらず、内容はまったく古くなっていませんし、残念ですが、アエラはまだ発刊されていて、あの恥ずかしい一行コピーもまだ健在のようです。

本書で、恥ずかしい人々として登場するのは(数字は2008年4月の検索ヒット数)、住井すえ(2,410)、中野孝次(50,500)、野間宏(41,200)、津村喬(12,800)、最首悟(5,600)、芹沢俊介(47,300)、上野俊哉(21,000)、大江健三郎(665,000)、大江光(19,100)、佐高信(178,000)で、想像どおり、大江健三郎が筆頭で、佐高信も意外としぶといですが、他はすでに影響力はなく、

ちなみに呉智英氏は(235,000)なので、

切通理作(40,100)、佐伯啓思(60,800) 、浅羽通明(71,000)、西部邁(142,000)、本多勝一(160,000)、ベンジャミン・フルフォード(164,000)、大月隆寛(173,000)、福田和也(184,000)、西尾幹二(195,000)、副島隆彦(227,000)より影響力大で、

橋本治(316,000)、吉本隆明(321,000)、宮崎哲弥(378,000)大塚英志(465,000)、 勝谷誠彦(405,000)、小林よしのり(648,000) 、宮台真司(684,000)、筒井康隆(838,00)より影響力が低いと思われる。(あれだけTVに出ている宮崎哲弥氏のヒット数の低さに驚いた)

それにしても、ご・ちえいが、くれ・ともふさであるのは、よく知られていることですが、本名が新崎 智(しんざき さとし)だったのいうのは、今日初めて知りました。

【目次】
第1章 オウムの托卵
・オウムと惰眠知識人たち
・異物と孤独
第2章 人権真理教の思考支配に抗して
・人権真理教と差別
・聖なる白痴の零落
・民主主義の顕教密教と人権朱子学の崩壊
第3章 眠れない世のために
・歴史がわかると現代がわかる
・左翼全滅の時代の「左畜」
・痴漢より恥ずかしい「アエラ」の広告
・あいまいな日本語の新聞
・「噂の真相」さん江
・大学を目指す青年に
・闘う書評
あとがきに代えて〜東京クーデター計画
____________

【メタローグ】何が正しく、何を信じればいいのかが見えてこない社会情況の中、すっぱりものを言い切ってくれる論者の本は確実な読者層をつかむ。この呉智英もその一人。人権思想や民主主義を疑え、という立場から社会を斬るこの本は、言い切ることの爽快さと強さに満ちている。だが何より特筆すべきはその滑稽味だろう。この世で最も人権を主張出来るのは、現生人類が滅亡させたネアンデルタール人だとか、著者が東京都知事選に出て、「差別もある明るい社会」「東京を民主主義の治外法権に」のポスターを貼りたいとか……。民主主義の替わりに何を持ってくるか、が最後まで触れられじまいなのもご愛敬か。(守屋淳)『ことし読む本いち押しガイド1999』

【内容「BOOK」データベースより】
狂なるは進取(『論語』小路篇)。「狂」にこそ進取の気風が満ちている。進歩も革新も淀んだ安全な思想に堕した今、進取の「狂」が、危険な思想が求められているのだ。「人権いい子」たちが操る人権真理教のマインドコントロールから目覚めよと説く、危険な魅力満載、著者渾身の最新評論。メディアワークス (1998/03)

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by yomodalite | 2008-04-11 20:39 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

これがニーチェだ (講談社現代新書)

永井 均/講談社



「これがニーチェだ」というタイトルで著作もろくに読まないで、ニーチェのことがおおざっぱにわかったような気にさせてくれる本かも、という私と同じような期待をもって読むとがっかりします。

『ツァラストラ』を思春期にカッコつけてチラッと読んだことがあるという私と同じようなタイプの人には、ガッテンしにくい内容です。ニーチェを論じた本の中では良い本らしい雰囲気が、著者の気合いと共に伝わってくるのですが、、、いつか機会があれば、、出直したいと思います。

__________

【内容紹介】哲学は主張ではない。問の空間の設定である。ニーチェが提起した三つの空間を読み解く、画期的考察——。
この本はどこが新しいか——私は、これまでニーチェについて書かれた多くの書物に不満がある。それはたいてい、ニーチェという人物とその思想を、何らかの意味で世の中にとって意味のあるものとして、世の中に役に立つものとして、描き出している。私には、そのことがニーチェの真価を骨抜きにしているように思える。ニーチェは世の中の、とりわけそれをよくするための、役に立たない。どんな意味でも役に立たない。だから、そこにはいかなる世の中的な価値もない。そのことが彼を、稀に見るほど偉大な哲学者にしている、と私は思う。哲学を何らかの意味で世の中にとって有益な仕事とみなそうとする傾向は根強い。哲学ということの意味がどれほど一般に理解されないかが、そのことのうちに示されていると私は思う。ニーチェの中には、およそ人間社会の構成原理そのものと両立しがたいような面さえある。彼は文字通りの意味で反社会的な思想家なのである。それにもかかわらず、いやそれだからこそ、ニーチェはすばらしい。——本書より  講談社 (1998/05)

【目 次】
第一章/道徳批判—諸空間への序章
なぜ人を殺してはいけないのか。。。
第二章/ニーチェの誕生と、「悲劇の誕生」のソクラテス像
生い立ち、『悲劇の誕生』の空間。。。
第三章/第1空間—ニヒリズムとその系譜学
神の死とニヒリズム、道徳の系譜学。。。
第四章/第2空間—力への意志とパースペクティヴ主義
真理と力、力への意志とパースペクティブ主義。。。
第五章/「反キリスト」のイエス像と、ニーチェの終焉
二つの体験ー永遠回帰とルー・ザロメ。。。
第六章/第3空間—永遠回帰=遊ぶ子供の聖なる肯定
永遠回帰の襲来、意志の否定。。。



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by yomodalite | 2008-04-09 17:25 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

日本発イット革命―アジアに広がるジャパン・クール

奥野 卓司/岩波書店



タイムリーではありませんが、4年前の著書が今の現状をどれぐらい予知していたのかという興味により読んでみました。この数年で秋葉原の外人客の様相は明らかに変化し、ジャパニメーションや、ジャパンクールは一層拡大している印象がありますね。

著者は関西学院大学教授で、若い頃は11PMの台本をアルバイトで書いていたらしく、通常の大学教授の著書と違って関係者向けではない一般書。日本のオタク市場をTV的な印象操作のそれではなく「多元的マニアックス」と呼び、韓国や中国が国主導でコンテンツ政策を進めているが、イット革命が遊びの要素からなりたっている以上日本が追い抜かれることはないだろう。というのが要旨。

現在の日本のアニメ、マンガ業界の疲弊は明らかだが、世界の文化状況の停滞ぶりは更に激しいので、相対的にはやはり追い抜かれることはないかもしれない。それにしても、このダサ過ぎる装幀にジャパンクールっていうのは・・ ヾ(´ω`)

★★★☆
__________

【内容「BOOK」データベースより】拡大する日本発ポップカルチャーの実態に迫る。いま日本のゲームやアニメ、Jポップなど日本発のポップカルチャー(ジャパン・クール)がソウル、台北、上海、香港などで爆発的に拡大し、世界で高い評価を受けている。この拡大を支えているのは、多元的なコンテンツ(イット)に関心をもつ若者たちだ。豊富な調査から彼らの実態を浮き彫りにする。 岩波書店 (2004/12)

【目次】
1章/イット革命が始まる
竹中さん、IT革命って何だったのですか、Tバブル崩壊の原因 ほか
2章/イット革命が広がる—東アジアでの日本発ポップカルチャー
「ジャパン・クール」伝播の実態は?、台北の「哈日族」 ほか
3章/イット革命が創られる
「イット革命」以前、エキゾティシズムの評価を越えて ほか
4章/イット革命のゆくえ
国家戦略としてのイット革命—韓国と中国、就業可能人口と産業化の可能性 ほか



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by yomodalite | 2008-04-06 23:29 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)

昭和天皇二つの「独白録」 (NHKスペシャルセレクション)

東野 真/日本放送出版協会



1997年6月にNHKスペシャルとしてテレビ放映された内容を単行本として出版したもの。著者の東野真氏はNHKのディレクター。

この本により、1990年12月の「文藝春秋」誌に発表された「昭和天皇独白録」が昭和天皇が東京裁判から自らの罪を免れることを目的とした文書であることが明らかにされた。(『昭和天皇独白録』寺崎英成著/文春文庫)

当時、東京裁判の対策として書かれたなら、アメリカに示したであろう英文の独白録があるはずだ、との反論がありましたが、それがNHKの取材により発見された。英語版の「独白録」を持っていたのは、元アメリカ陸軍准将ボナー・F・フェラーズ。フェラーズは、1944(昭和19)年から二年間にわたって、ダグラス・マッカーサー元帥の軍事秘書で、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)を愛読し、皇室内にも非常に信頼された日本通。

元大統領ハーバート・フーヴァーと同じくクェーカー教徒(フレンド派)でマッカーサーを大統領選挙にかつぎ出すために活動した。寺崎氏も後年クェーカーとなっている。

天皇が主張したポイントは以下の2点(p. 133)。

1.自分は立憲君主であったから政府の決定したことを無条件に裁可していた。

2.もし開戦の決定に拒否権を行使していたら、クーデターなどの内乱が勃発して日本は滅びていた。

つまり、天皇は「自分は無力であった。戦争を起こしたのは好戦的な、軍国主義者たちである。だから私は無罪である」と主張したのだ。それならば、なぜ終戦のときだけ天皇は「聖断」を下して日本軍の戦闘を止めることが出来たのかと、当然原告側からは追求されるだろう。ここが論理的に苦しい箇所であり、フェラーズらもそれを協議している。

(以下『昭和天皇独白録』より引用)
開戦の際東條内閣の決定を私が裁可したのは立憲政治下に於る立憲君主として已むを得ぬ事である。若し己が好む所は裁可し、好まざる所は裁可しないとすれば、之は専制君主と何等異る所はない。

終戦の際は、然し乍ら、之とは事情を異にし、廟議がまとまらず、鈴木総理は議論分裂のまゝその裁断を私に求めたのである。そこで私は、国家、民族の為に私が是なりと信ずる所に依て、事を裁いたのである。

今から回顧すると、最初の私の考は正しかつた。陸海軍の兵力の極度に弱つた終戦の時に於てすら無条件降伏に対し「クーデター」様のものが起つた位だから、若し開戦の閣議決定に対し私が「ベトー」を行つたとしたならば、一体どうなつたであらうか。(『昭和天皇独白録』(文春文庫)、p. 160)

天皇は「終戦時は内閣が機能していなかったので自ら決断せざるを得なかったのだ」と少々苦しいながらも弁明することになった。

他にも、フェラーズの戦中での重要な任務である「心理作戦」には驚かされた。

《終戦の年の天皇誕生日に投下されたビラ》

「今日は天長節」
今日4月29日は御目出度い天長節であります(中略)
戦争の責任者である軍首脳者はこの陛下の御誕生の日に戦捷を御報告申し上げる事も出来ず、むしろ自身の無能の暴露を恐れているでせう。軍首脳部は果たして何時まで陛下を欺き奉る事が出来るでせうか。

終戦前から、米軍は戦争責任を負う者として、「軍首脳部」を指摘し、天皇はだまされている、という認識を示していたことは驚きだった。

《「聖断」前、8月13日午後に東京に巻かれたビラ》

日本の皆様
私共は本日皆様に爆弾を投下するために来たのではありません。お国の政府が申し込んだ降伏条件をアメリカ、イギリス、支那並にソビエット連邦を代表してアメリカ政府が送りました回答を皆様にお知らせするために、このビラを投下します。戦争を直ちにやめるか否かはかかったお国の政府にあります。皆様は次の二通の公式通告をお読みになれば、どうすれば戦争をやめる事が出来るかがお判りになります。

ビラには、これに続いて、日本政府の通告文とバーンズ回答とが印刷されている。このビラは翌日の早朝にもまかれ、その直後8月14日の午前中、天皇自らの発意で初めて御前会議が召集された。

天皇は後にフェラーズが心理作戦の担当者だったと聞いて、寺崎に託してメッセージを伝えた。フェラーズが家族にあてた手紙によると

昨日、天皇から個人的なメッセージを受け取った。その内容はこうだ。心理作戦でまかれたビラや新聞は非常に効果的だった。いや、効果的過ぎたかもしれない。予定していた重要な軍事会議は心理作戦のせいでキャンセルせざるをえなかったというのだ。そして、ビラを見た軍人たちがクーデターなどの過激な行動に出るのを恐れたため、天皇は終戦の決断を下したのだそうだ。心理作戦によって終戦が早まったのだ。
(1946年3月10日のフェラーズ文書)

予定していた重要な軍事会議とは14日午前中に予定されていた最高戦争指導会議のことである。心理作戦のビラが日本の終戦交渉を暴露したため、危機感を抱き、終戦の「聖断」を下したー天皇はそう説明しているのである。同じようなことは「独白録」にも書かれている。

日本を去るとき、フェラーズは、当時日米振興会会長を務めていた笠井重治へを通し天皇にあてて一通の書簡を送っていた。フェラーズは直接会う事を希望し、天皇もそれを希望していたが、吉田外相の判断によって会見は実現せず、代わりに書簡を渡す事になった。

フェラーズは何を伝えようとしたのか。天皇にあてた書簡の写しは残念ながらフェラーズ書簡に残されていない。しかし後に笠井の手紙からその内容を推察することができる。17年後の1963年4月29日付けのフェラーズへの手紙に次のような一節があるからだ。

今日は、天皇誕生日だ。マッカーサーと君のおかげで、天皇の座は維持された。君には本当に感謝している。君の努力は素晴らしかった。君と二人で、天皇に「遺憾の意」(Imperial repentance)を表明するようお願いしようとしたことを覚えているかね?あれが実行されていれば、天皇は日本国民のみならず、世界の人々の敬愛を集めたことだろう(フェラーズ文書)

フェラーズが天皇に伝えようとしたのは、どこかの時点で天皇自ら戦争についての意見表明を行うべきだというメッセージだったのではないだろうか。「遺憾の意」というのは、「戦争をとめられなかったことは遺憾である」といったような内容かと思われる。フェラーズがなぜこうした提言をしたのかは明らかでない。(中略)今日に至るまで、天皇の戦争責任問題が折に触れて内外から問題にされることを考えれば、この提言の持っていた意味は少なくないというべきだろう。

戦後30年1975年10月31日初のアメリカ公式訪問を終えて帰国した折に、訪米の成功を記念して記者会見が行われた。このときある記者が「いわゆる戦争責任について、どのようにお考えになっておられますか」と質問した。天皇はやや表情を固くして次のように答えた。

「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないので、よくわかりませんから、そういう問題については、お答えできかねます。

天皇のパーソナリティーがよくわかる発言だと思う。天皇は科学的知性の人で、決して文学的でない。日本の軍部があまりに文学的というか、合理的精神とかけ離れていたのと対象的で、これが逆だったらと思わずにはいられない。もっとも、非科学的で、合理的精神に欠けているのは当時の軍部だけではなく、その後の政治もマスコミもまったく変わらない。

戦争責任に関してどう答えるか、この記者を含めて大勢の日本人が期待しているのは、不祥事を起こしたときに謝罪する経営者に期待しているものと同質の非常に「文学的」なものだ。世界を巻き込んだ戦争に対して、天皇と日本と自分の国籍さえ、よく理解していない幼稚な精神からの質問としか思えない。

私自身は、この本によって天皇への見方が変わったということはないですね。天皇教のようなものを作ってしまう心性が、天皇にかかわりなく現代の日本にも色濃く残っている。日本人はとにかく担ぎ上げてついていくのが今でも大好きですから。

この本は、この英語版発見は「NHK」取材班の手柄とし、天皇温存によって日本を運営する案をほとんどフェラーズ一人のパーソナリティーを主体としていて、フェラーズを送りこみ、日本を学ばせた真の支配者たちのことには触れていない。天皇の戦争責任について、最も厳しい態度をとっていたのがオーストラリアとソ連だったのは、この二国が世界支配者たちとあまり接点がないからでしょう。
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【内容「MARC」データベースより】天皇訴追に備えて用意された英語版「独白録」。東京裁判前夜、日米共同で進められた極秘工作の全貌を明らかにするとともに、「独白録」の日本語版と英語版を徹底比較する。日本放送出版協会 (1998/07)



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by yomodalite | 2008-04-02 14:10 | 天皇・皇室 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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