カテゴリ:報道・ノンフィクション( 79 )

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山本七平著『私の中の日本軍(下)』最後の言葉より

(省略して引用しています)


「南京大言殺」がまぼろしだという事は、侵略が正義だという事でもなければ、中国にそしてフィリピンに残虐事件が皆無だったという事ではない。

それは確かに厳然としてあった。

それを正当化することはまず、本当にあった事件を隠してしまうだけであり、犠牲者がいるとなると、今度はこういう犠牲者に便乗して、本当の虐殺事件の張本人が、ヌケヌケと自分も戦争犠牲者だなどと言い出すことになってしまうからである。

虚報に虚報を上塗りし「百人斬り競争」を「殺人ゲーム」でなぞっていると、そういう全く不毛の結果しか出てこないのである。

南京大虐殺の「まぼろし」を追及された鈴木明氏のところへ「反省がない」といった手紙が来たそうだが、この世の中で最も奇妙な精神の持主は、そういった人びとであろう。

反省とは自分の基準で自分の過去を裁くことのはず。

あくまでもその人の問題であって、他人は関係はない。まして国際情勢も中国自体も関係はないはずである。両国の間が友好であろうと非友好であろうと、そんなことによってその人の反省が左右されるはずはあるまい。

いま「反省がない」といって決め付けているその人が、真っ先にまたその「時代の旗」を振るであろうことは、浅海特派員のその後の経歴がすでに証明していると言ってよい。


「週刊新潮」には次のように記されている。

便乗主義者にとって最もやっかいな相手は、自分自身の言動なのであった。

最後にもう一度、浅海氏が発言を求めてこられたので加える。

「戦争中の私の記者活動は、軍国主義の強い制圧下にあったので、当時の多くの記者がそうであったのと同じように、軍国主義を推し進めるような文体にならざるを得なかった。そのことを私は戦後深く反省して、新しい道を歩んでおるのです」


これが「反省」なのか、これが「反省」という日本語の意味なのか。「懺悔」という言葉もさかんにロにされた。

しかしこの言葉が、『罪と罰』にあるように「四つ辻に立って、大声で、私は人を殺しましたという」といったことを意味するなら、この「百人斬り競争」という事件だけをとってみても、一体全体どこに懺悔があるのか。

私は虚報を発して人を処刑場へ送りました、といった人間が、関係者の中に一人でもいるのか。もしいれば、それは懺悔をしたといえるであろう。

だが、そういうことは、はじめから関係者のだれの念頭にもない。

それどころか、虚報をあくまでも事実だと強弁し、不当に処刑場に送った者の死体を自ら土足にかけ、その犠牲者を殺人鬼に仕立てあげているだけではないか。

それは懺悔とは逆の行為であろう。

また本多勝一記者の「殺人ゲーム」を読んで、多くの人は「こういう事実を全然知らなかった」と言った。そういっているその時に、まだその人自身が、

実は自分が何の「事実」も知っていないことになぜ気付かないのか。

「百人斬り競争」を事実だと信じた人間と、「殺人ゲーム」を事実だと信じた人間と、この両者のどこに差があるのか。

自分が無実で、虚報で処刑されることは、その本人たちがだれよりもよく知っている。そしてそれゆえに、余計にどうにもできなくなる。何を言っても、何をしても無駄だという気になってしまう。

法の保護も、身を守る武器も、そして最後には自分の精神さえ。
しかし、そのとき、はじめて人は気づくのである。

すべて奪われても、なお、自分か最後の一線で渾身の力をふるってふみとどまれば、万人に平等に与えられている唯一の、そして本当の武器がなお残っていること。

それは言葉である。
自分で捨てない限り、これだけはだれも奪うことはできない。





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by yomodalite | 2014-03-11 08:38 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(3)

泣き虫 (幻冬舎文庫)

金子 達仁/幻冬舎

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またもや「今頃?」と言われそうな本ですが、

幻冬舎の本は、しばらく寝かせておくと、旨みが増すという仮説を検証するために読んでみたのだ。というのは、もちろん嘘で、『吉田豪の喋る!! 道場破り』読了後、気になった方々の中でも、高田氏の本は特に期待して読み始めました。

今から10年前、本書の初版が出版された2003年は、1997年『断層』(加筆修正後『28年目のハーフタイム』として出版)、1999年『秋天の陽炎』により、金子氏は、評価を高め、多忙を極めていたはず。そのタイミングで執筆依頼できたのも、高田延彦という男の魅力であり、

それは、誰が一番強いのか?という格闘技界の永遠のテーマにとっても、もっとも重要なポイントなんだということを、本書はよく伝えてくれていて、

私は数年前から、金子氏の主戦場と思われるサッカー記事で、氏のことが「大キライ」になっていたのですが、本書はそんなことを忘れてしまうぐらいの傑作でした。

金子氏は、自分があまり知らない格闘技の世界について語る目の前の男のことを、冷静に判断しようとしたと思う。また、同じスポーツライターの中にいる、自分よりも格闘技に詳しいライヴァルの眼も気にしつつ、客観的に描こうとしたはず。。

それなのに、自分でも思いがけないほど、
高田という男に惚れてしまったのだ。と思う。

下記は「あとがき」より(省略して引用)

打ち合わせが絡わったとき、わたしは高田さんについての単行本を書き下ろすことになっていた。これまで、わたしの名前で刊行された単行本は数あれど、完全な書き下ろしによるものは一冊たりともない。原稿用紙十枚、二十枚というスケールを仕事場としている人間にとって、最低でも三百枚、四百枚は書かなければならない書き下ろしは、想像のはるか彼方に存在する世界だった。
 
ただ、「なんで携帯の電源を入れちゃったんだろう」とか「どうして無理です、やれませんって言えなかったんだろう」といった後悔の念に混じって、ほんの少し、ドキドキするような興奮がひそんでいたのも事実だった。
 
「ナンバーとかスポニチとか、読ませてもらいました。大したことのない人生ですけど、カネコさんにどう書いてもらえるか、お任せしてみたいんです」
 
本当に書き下ろしなんかできるんだろうか、という不安が消えたわけではない。それでも、こちらの目の奥を見据えるような眼差しで高田さんが口にした言葉による衝撃は、打ち合わせのあと、赤坂のパチンコ屋さんで3時間ほどを過ごしても消えなかった。俺の人生をお前に書いてもらいたい。そう言われて狂喜しないライターなどいるはずがないではないか。
 
高田さんの日記によれば、あれは2002年10月2日の出来事だった。あの日、わたしが受けた衝撃、喜びは、結局、最後まで消えることがなかった。曲がりなりにも書き下ろしを完成させることができたのは、それゆえである。

一通りの取材を終え、原稿を書くようになってから、わたしの脳裏にこびりついて離れなかったふたつの「なぜ」がある。
 
ひとつは、「なぜ高田さんはここまでの話をしたのか」ということだった。すでに読了された方ならばご存じの通り、本書にはプロレス界、格闘技界についてのタブーにまで踏み込んだ部分がある。熱狂的なプロレス・ファンの中から、書いた人間、書かれた人間に対する怒りの声があがってくるであろうことは、十分に予想できる。いまも格闘技の世界に身を置く高田さんである。この本を出版することによって生じるメリットとデメリットを比較すれば、後者の方がはるかに大きいことになってしまうかもしれない。
 
では、なぜ?
 
インタビュアーに力があり、本音の部分を引き出すことに成功したから、ではない。プロレスとはそういうものだと知っていたから、でもない。なぜ、高田さんがここまでの話をしたのか。わたしには、いまだにその答えがわからずにいる。
 
ただ、あくまでも推測ではあるものの、もしかすると桜庭和志という男の存在が関係しているのかな、という気はしている。話をうかがっているうち、高田さんにとって桜庭和志がたとえようもないぐらい大切な存在であることはわかった。彼は、いまもPRIDEの世界で生きている。そして、高田さんが道を切り闘いたことによって、総合格闘技の世界にプロレスラーが参加することは少しも珍しいことではなくなった。
 
しかし、自らプロレスラーを名乗る桜庭は、実は、PRIDEのリングだけを主戦場とし、PRIDEのリングの上のみで生きている。時にプロレスをし、時にPRIDEを戦うという選手とは、そこが決定的に違う。桜庭のやっていることがどれほど凄くて、怖くて、危険なことなのか。格闘技のファンにそのことを伝えるためには、高田さんはプロレスとPRIDEの違いにまで踏み込まなければならなかった。踏み込まなければ、桜庭たちのやっていることが見過ごされてしまう懸念があった。踏み込むことによって、自分に膨大な火の粉が降りかかってくるのは間違いない。それでも、自らが被る痛みを代償として、桜庭の功績を訴えることはできる。だからなのか、とは思う。もっとも、高田さんにこちらの推測をぶつければ「俺はそんなにかっこいい男じゃないよ」と笑って受け流されるのが関の山だろうが…… 。
 
もうひとつの「なぜ」は、「なぜ高田さんはここまでの話をわたしにしたのか」ということだった。12月17日に始まったインタビューは、2週間から3週間に1回のペースで3月まで続いたが、インタビューが終わるたび、わたしと担当編集者は首を傾げ合った。

「どうしてここまでの話をしてくれるんでしょうねえ」
 
いまになって膨大なテープ起こしを読み返してみると、わたしはそこかしこで相当にとんちんかんな質問をしてしまっている。最初のころは特にひどい。プロレス、格闘技界についての無知丸出しの質問を平然としてぶつけ、高田さんが思わず言葉に詰まってしまっている場面がゴロゴロしている。いや、まったく、よくぞ高田さんが愛想をつかさなかったなというのが率直な感想である。本文の中にはUWF時代、ファンの無邪気な憧れが高田さんを大いに苦しめるというくだりがあるが、わたしの質問には、まさしくそうした類のものが多々あった。
 
だが、高田さんはなぜか愛想をつかさなかった。気心の知れたライター、作家の知り合いは山ほどいるはずなのに、なぜか、門外漢の人間と最後まで付き合ってくれた。
 
ひとつめの「なぜ」への答えが推測でしかないように、ふたつめの「なぜ」に対する答えも、所詮はわたしの思い込みである。とはいえ、ひとつめの「なぜ」に比べると幾分確信めいた思いがあるのも事実である。
 
高田さんは、巻き込みたくなかったのではないか。
 
これまでの人生を、高田さん自らが筆をとって明らかにしていくならばともかく、ライターなり作家なりが直接的な記述者となる以上、降りかかる火の粉は高田さんだけでなく書き手の方にも向けられることが考えられる。そうなった場合、これからも格闘技、プロレスの世界で生きていく書き手にとっては死活問題にもなりかねない。過去の雑誌や新聞に掲載されたインタビュー記事を読み返してみる限り、高田さんには間違いなく信頼し、心を許している書き手が何人かいる。それでも、そうした人たちから「どうして自分に話してくれなかったんだ」という反応が出てくるのを承知のうえで、まったくの門外漢に秘密を明かしたのはなぜか。それは、その門外漢が、格闘技の世界以外に仕事の基盤をもっていたからではないか、とわたしは思うのだ。もっとも、こちらの推測も、高田さんは「そんなことないよ」と笑って否定しそうだが……。
 
それにしても、不思議な一年だった。締め切りがギリギリまで近づかないと一文字たりとも書けない人開が、この本を書いているときだけはなぜかまだ外が明るいうちからパソコンに向かうことができた。「あなたって夏休みの宿題を最後までやらないタイプなんじゃなかったの?」と妻がびっくりするほどの変貌ぶりである。このあとがきだって、締め切りよりもはるか前の段階で書いてしまっているのだから、自分でも驚くしかない。
 
いいことばかりではなかった。普段、わたしは呑んでもあまり変わらないのが自慢だったのだが、この本を書いているときは、自分でも信じられないぐらい乱れてしまうことが多かった。焼酎をほんの4、5杯ほど呑んだだけで意識を失い、熊本の居酒屋で2時間近くもトイレにこもったことがあったかと思えば、担当編集者に絡み、泣き出し、挙げ句の果てには自宅の玄関で自分の靴に向かって放尿してしまったこともあった。ところが、脱稿した途端、いくら呑んでもケロッとしている状態が戻ってきたのだから、これはもう、知らず知らずのうちに相当なストレスがたまっていたということなのだろう。ちなみに、酒を谷んでの豹変ぶりが一番ひどかったのは、高田さんが「心が病んでいた」という時期のエピソードを書いているときだった。あのときは、間違いなくわたしの心も病んでしまっていた。そんな時期のわたしに関わってくれた、あるいは関わってしまったすべての人に、いまは心から感謝したい。

最後にタイトルについて。

「『泣き虫』はどうでしょう」ともちかけたとき、多分、高田さんは凍っていたと思う。笑ってはいた。いたのだけれど、いつもの笑いとは違う笑いだった。もしかすると、本が出たいまになっても、高田さんの中には、このタイトルに対するわだかまりが残っているかもしれない。
 
でも、わたしは思うのだ。
 
現在進行形で、コンプレックスにさいなまれている人間は、自分のコンプレックスを笑うことはできない。自分に自信のない者は、そんな自分を笑うことができない。
 
高田さんは泣いてきた。辛さに、痛みに、喜びに。そして、泣いてきた自分を「かっこわるいっすよね」と笑いとばしてみせた。
 
泣いていた過去がなければ、笑っているいまはなかった。ぼくはそう思うし、おそらくは高田さんもそう思っている。「泣き虫」という、いまの高田さんにはあまりにもふさわしくないタイトルをつけたのは、そんなわけである。

(引用終了)

ムカイへ。君に伝えることができて良かったーーー 髙田延彦
◎[Amazon]泣き虫(幻冬舎文庫)

◎参考書評「読書の塊」

[2012年10月]水道橋博士「長州力 × 髙田延彦 今こそプロレスのSOUL(魂)を…」


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by yomodalite | 2013-10-03 08:55 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

おそめ―伝説の銀座マダム (新潮文庫)

石井 妙子/新潮社

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本書を読むことになったのは、こちらで紹介されていた楠木建氏の『戦略読書日記』にとりあげられている本の中で、この『おそめ』という書名だけが、なんの本なのか、まったく想像がつかなかったので、それで、どんな内容なのかも調べずに、図書館で予約してみたんです。

購入する場合は、色々調べ回ることが多いのですが、借りられる本に関しては、とにかく真っ白な状態で「読んでみる」方が、自分が選ばないような本と出会えて楽しいからなんですが、

図書館で受け取った本の表紙を見て、初めて銀座のマダムの話とわかり、まずは「よかった」と思いました。なぜなら、元芸妓で銀座マダムになった人の本だと知っていたら、今読もうとは思わなかった。と思うんです。

銀座のマダムにも、芸妓にも興味がないわけではありませんが、

愛される性質の美女が、個人の才覚で、時代の寵児となるほどの成功をおさめる。なんて、まずは「美女にならなくては何も始まらない」という、少女時代から自分を苦しめてきた “この世のルール” を何度見せつけられたからって、自分にはどうしようもない。と思うせいなのか、

以前読んだ『江戸っ子芸者一代記』が自分には期待はずれだったからか、

とにかく『おそめ』が「伝説の銀座マダム」だと知っていたら、「今」は読まなかった可能性が高かったのですが、知らずに手に取ったおかげで、素晴らしい読書ができました。

彼女の物語は、たしかに稀有な人生といえるものなのですが、女の物語としてはありふれていると、同じ性をもつ者なら思うのではないでしょうか。

読了後『おそめ』で検索してみたら、本書に書かれていた物語を、かなり詳細に紹介しているものも多く、松岡正剛氏のサイトの『おそめ』の項でも、これでは、中身を紹介しすぎでは?と思うほど詳しく書かれていたり、

また、おそめさんが、モデルになったと言われる『夜の蝶』も、小説では読んでいませんが、映画の方は、着物への興味から偶然見てはいたのですが、

本書は、それらの印象とはまったく異なっていて、この本の魅力は、伝説にもなった物語にあるのではなく、著者である石井氏の語り口にあると思いました。

吉春姐さんや、デヴィ夫人、銀座で成功した多くの女性のようには自らを語らなかった、おそめさんのことを、石井氏は、エピソードではなく、彼女の風情に相応しい文体で綴ってあって、それで、私は惹き込まれずにはいられなかったように思います。

本書の中には、おそめさんの美しさに対して、通りを歩くとすぐにひとだかりがして「日本一!」の声がかかったとか、あの白州次郎は「綾部の傑作」といい、白州正子は「平安絵巻から抜け出した白拍子かお巫女」と書き、銀座の後輩でもある山口洋子は「京人形というより、もの哀しげな博多人形」だと綴ったことを紹介しているのだけど、

著者は、後年のおそめに直接会ってから、残された写真を見て、彼女の美しさは、写真には写せないようなものではなかったかと書いています。

しかし、その写真に遺せないような美しさは、本書の文体にはよく映しとられ、人生の深さや、哀しさは、文庫の厚み以上に迫ってくる、渾身というに相応しい傑作!

終生、女たちから激しい嫉妬をうけてきた「おそめ」さんですが、彼女の物語に強く心打たれるのも、やはり女性の方が多いのかもしれません。


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by yomodalite | 2013-09-16 09:00 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

あんぽん 孫正義伝

佐野 眞一/小学館



今年(2012年)の始めに出版され、大評判になった本。

図書館にも予約が一杯で、最近ようやくこの本を借りられたダーリンは、毎日すごく楽しそうに本著を読み、私にも「絶対読め」と何度も奨めてきたんですが、私はすでに両手両足どころか、猫の手まで借りても読み切れないほど、たくさん本を抱えていたので「面白そうなのはわかるけど、それどころじゃない」って思ってたんです。でも、読了後、彼が「ああ、読み終わっちゃった。。」と残念そうだったり、私と違って通常、本代にはケチな彼が「これ、買おうかなぁ」とまで言い出したので、、自分の本代には甘いものの、彼の本代にはドケチで、物が増えるのも嫌いな私は、その魂胆を阻止すべく、もうホント「しぶしぶ」って感じで読み出したのですが、、

結果から言えば、大勢の人と同じく、すごく面白かったです。

その面白さについては、素敵な書評がいっぱいあるので、、

◎[参考書評]ダイノジ大谷の「不良芸人日記」
◎[参考書評]渡辺正裕公式ブログ「逝く前のジョブズのごとく」
◎[参考書評]琥珀色の戯言
◎[参考書評]黒夜行
◎[参考書評]圭一朗日記


ものすごく個人的で、極私的な感想だけを「小声」で言いますが、
私は、これを読んでいる間、何度も、MJのことを思い出しました。(呆)

「あのスティーブ・ジョブズの人生にも負けないくらいドラマチック」

という宣伝文句も嘘ではなく、ジョブズの伝記よりも、また、ジョブズ本人よりも「似ている」と思ったりもして、、(ただ、具体的にどこがと言われるとすっごく困る…w)

孫正義や、ソフトバンクに興味がなくても、

石原慎太郎が大嫌いな人(前から嫌いだったけど、最近は殴ってやりたいとすら思う)

なら、今からでも遅くないと思います。

下記は、本書から、孫氏が12歳のときに書いた「詩」をメモしておきます。


(引用開始)


三上は(孫正義を)担任中、孫が韓国籍だとはまったく知らなかったという。

「彼自身、そんなことはひと言も言いませんでした。ただし、彼が “差別” というものについて敏感だったことは間違いありません」三上はそう言って、1冊のノートをテーブルの上に広げた。表紙には筆記体で「Masayoshi = Yasumoto」と書かれ、その下に通信ノートと記されている。日付は1970(昭和45)2月4日とあるから、孫が12歳のときである。そこに「涙」という孫の自作の詩が書き込まれていた。


君は、涙をながしたことがあるかい。

「あなたは。」「おまえは。」

涙とは、どんなに、たいせつなものかわかるかい。
それは、人間としての感情を、あらわすたいせつなものだ。

「涙。」 涙なんて、流したらはずかしいかい。

でも、みんなは、涙をながしたくてながしてはいないよ。

「じゅん白の、しんじゅ。」

それは、人間として、とうといものなのだ。

「とうとい物なんだよ」

それでも、君は、はずかしいのかい。

「苦しい時」「かなしい時」そして、「くやしい時」

君の涙は、自然と、あふれ出るものだろ。
それでも、君は、はづかしいのかい。
中には、とてもざんこくな、涙もあるのだよ。

それは、

「原ばくにひげきの苦しみを、あびせられた時の涙」
「黒人差別の、いかりの涙」
「ソンミ村の、大ぎゃくさつ」

世界中の、人々は、今も、そして、未来も泣きつづけるだろう。
こんなひげきをうったえるためにも、涙はぜったいに欠かせないものだ。
それでも君は、はづかしいのかい。

「涙とは、とうといものだぞ。」



小学6年生とは思えない大人びた詩である。この詩にもある「ソンミ村の大ぎゃくさつ」とは、ベトナム戦争中、アメリカ軍兵士が非武装のベトナム民間人を大量虐殺した事件のことである。「孫くんの当時の感性がよくわかる詩だと思います。原爆の悲劇、黒人差別、ソンミ村の虐殺まで、小学生ならではの憤りが記されています。1970年という時代の影響かもしれませんが、小学生でここまで考えられる子はそうはいなかったはずです」

三上は、孫は間違いなくクラスのリーダーだったという。「学級委員という肩書きだけでなく、ちゃんとリーダーとしての資質をもっていた。子どもの社会ではリーダーというのはたいがい敵をつくるものなんですが、孫くんには敵がいなかった。というより、孫くん自身が決して敵をつくらなかった。分け隔てなく、誰とでも付き合う子だったんです。

ちょっと勉強ができない子がいれば、彼はちゃんと寄り添って面倒を見る。決して見下すようなことはしなかった。といって、堅苦しいだけの子どもではなかった。野球をやらせれば名サードとして活躍したし、みなで遊びに行けば、誰よりもはしゃいでいた。だから、彼は「安さん、安さん」と呼ばれて頼りにされ、誰からも好かれていたんです。文字通りよく学び、よく遊ぶという子どもでした」(p73)

(引用終了)

◎[Amazon]あんぽん 孫正義伝
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[内容紹介]ここに孫正義も知らない孫正義がいる。今から一世紀前。韓国・大邱で食い詰め、命からがら難破船で対馬海峡を渡った一族は、豚の糞尿と密造酒の臭いが充満する佐賀・鳥栖駅前の朝鮮部落に、一人の異端児を産み落とした。ノンフィクション界の巨人・佐野眞一が、全4回の本人取材や、ルーツである朝鮮半島の現地取材によって、うさんくさく、いかがわしく、ずるがしこく……時代をひっかけ回し続ける男の正体に迫る。

“在日三世”として生をうけ、泥水をすするような「貧しさ」を体験した孫正義氏はいかにして身を起こしたのか。そして事あるごとに民族差別を受けてきたにも関わらず、なぜ国を愛するようになったのか。なぜ、東日本大震災以降、「脱原発」に固執するのか――。全ての「解」が本書で明らかになる。

[BOOKデータベース]
今から一世紀前。韓国・大邱で食い詰め、命からがら難破船で対馬海峡を渡った一族は、筑豊炭田の“地の底”から始まる日本のエネルギー産業盛衰の激流に呑みこまれ、豚の糞尿と密造酒の臭いが充満する佐賀・鳥栖駅前の朝鮮部落に、一人の異端児を産み落とした。孫家三代海峡物語、ここに完結。  小学館 (2012/1/10)





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by yomodalite | 2012-09-18 10:44 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

大山倍達の遺言

小島 一志,塚本 佳子/新潮社




遺言書をめぐって問題が起きるのは、それがお金の問題のようで、それだけとも言えないというか、遺族や関係者に与える影響の大きさは、故人の大きさに比例しているというのは、世界共通なのかもしれません。

大山倍達氏は肺がんの末期に、聖路加国際病院に入院し、当時側近だった梅田嘉明氏の提案によって遺言書が作成されました。これは「危急時遺言書」という特殊なもので、梅田氏(医師)、大西靖人(極真全日本大会出場者)、米津稜威雄(弁護士)、黒澤明(友人・映画監督とは別人)の5人が証人となり、その遺言書には、後継者は松井章圭と明記されていました。

これにより、松井新館長が誕生したのですが、この遺言状が、家族を病室から排除して作成されたものだったり、松井氏が当時31歳という若さだったことから、ほとんどが松井氏よりも年上である極真幹部からの反発を呼び、泥沼の分裂劇が始まるきっかけとなる。

小島一志氏と、塚本佳子氏による前著『大山倍達正伝』は、私がこのブログに始めて書いた本で、見た目の厚みに負けないぐらい重厚で、印象深い内容だったこともあり、それ以来、私は空手の経験もないのに、なぜか「極真魂」に目覚めてしまってw、うっかり本書も気になって読んでみました。

『正伝』では、小島一志氏と塚本佳子氏は、それぞれ独自取材による二部構成でしたが、本書は、すべての章の元原稿を塚本氏が担当し、そこに資料データを含め、小島氏が加筆するというスタイルになっています。

著者としての主張は出来るかぎり入れずに、事実のみを記すということ。すべての出来事は当事者、またはその関係者の言葉によって構成している。取材を依頼するなかで「当時のことは、もう思い出したくない」という声も多かったが、一部匿名希望があるものの、ほとんどの関係者は、当時そして現在の胸中を吐露してくれた。それぞれの立場によって正義が異なる以上、同じ出来事に対してまったく正反対の言葉が発せられることも少なくなかったが、極力平等に各人の意見を記している。

と、塚本氏による「はじめに」では書かれているのですが、読了後の印象としては「極力平等」という印象はあまり感じませんでした。というのも、晩年の大山氏と親しい関係にあったという小島氏は、大山氏の死後、いち早く「松井支持」を表明、本書執筆前から、反松井派とは絶縁状態にあったため、極真の分裂は、反松井派の陰謀による。という「結論」は、冒頭からすでに感じられます。

小島氏は、大山氏が「家族は極真の運営に関わらせない」と何度も語っていたこと。また後継者について「30代で、世界チャンピオンで、百人組手の達成者であること」という条件を出していたことも、関係者なら全員が知っているはずで、それら、すべてを満たしているのは、松井氏以外には存在しておらず、生前、大山氏が松井氏を寵愛していたことも誰もが知っている。ということを「松井支持」の正統な理由として述べています。

確かに、それは、異論の余地のない「正論」のように思えるのですが、本書で、極力平等というには、少し弱いのではないかと思ったのは、裁判で「遺言状」が無効になった理由に関してでしょうか。私は極真の内部事情など、知らないので、これは想像でしかありませんが、

大山氏の死後直後から、反松井派の勢いが増していったのは「遺言書の作成メンバー」への疑惑が大きかったのではないでしょうか。そして、裁判での「遺言書の無効」というジャッジにも、それと「同じ理由」が、大きく影響したのではないかと思います。

極真幹部たちは、松井氏の後継者指名には納得できるものの、遺言書の作成メンバーを考えたとき、彼らが糸を引くような体勢には賛成できない。要するに、遺言書作成メンバーがヤバ過ぎたんじゃないかと。。

私は、昨今のヤクザ壊滅への動きにも幾分同情し、戦後の在日社会の成り立ちや、その複雑さにも興味があるので「ヤクザ=悪」という単純図式で、格闘技や興行の世界を語りたくはありませんが、本書での、遺族や、三瓶氏、緑氏が、自らの利益のためだけで、矛盾行動を繰り返し、陰謀のかぎりを尽くしたという「描かれ方」には、若干の同情をかんじつつ読みました。

「おわりに」で、小島氏はこう述べています。(大幅に省略して引用しています)

まず何よりも最初に書いておきたい。今回の作品ほど執筆に苦痛が伴ったものは、過去になかった。自筆を「生業」のひとつにして、すでに30年近くになる。だが、今回の執筆は今まで味わったことのない多大な苦しみ、言い換えるならば、それは耐えられないほどの不快感、または怒りであり、さらには諦念との闘いそのものであった。しかも、それらは皆、自己嫌悪を私自身に強いていた。(中略)

私は30年以上、さまざまな立場で極真会館に関わってきた。当然、生前の大山倍達氏とも懇意にさせていただいてきた。恐れ多くも私の買いたてのマンションに宿泊していただいたこともある。午前八時に、時間ぴったりに大山氏から私の自宅への電話は、少なくとも週に3回以上で約4年間続いた。こういった大山氏を通した関係から、極真会館の支部長たちをはじめ、多くの関係者とのつきあいもかなり広い範囲におよんだ。(中略)

彼らが突然、敵味方に別れていく姿や「同じ釜の飯を食べた」者同士が聞くに耐えない嘘まみれの罵倒や中傷しあう姿を目の当たりにして、(中略)この年になって初めて私は醜悪な「人間の宿痾」を痛感した。改めて人間の本性は「性悪」のなかにあると確信したのである。(引用終了)


この後、小島氏は、本文中で極真の分裂劇に、もっとも多大な影響を与え、数々の陰謀を指揮したという記述がなされている、三瓶啓二氏のことを、若い頃から偉大な先輩として遇してきたこと、前書『大山倍達正伝』の執筆後に「反松井派」との関係改善に努めてきたものの、最終的に「新極真」側から、協力を得られなかったことが記されています。

小島氏は、大山氏が、後継者に選んだのは松井氏という確信があるため、必然的に「新極真」は、遺言を踏みにじった勢力であり、極真の分裂を招いた行動は「極真空手は永遠なり」という大山氏の思いも、「極真」のこれまでの栄光にも泥を塗った行為で、人間の本性は「性悪」のなかにあると確信した。という気持ちも理解できなくはないですが、、

ただ、私は、この分裂騒動で繰り広げられた「男の戦い」は、至極、健全なものだと思いました。

そもそも、この騒動は、格闘技に人生を賭けた人たちによるもので、それは一般社会の基準と比較して「純粋な人々」によるものだと思います。しかし、どんなに「純粋な人々」であっても、人間というのは「大きな矛盾」を抱えているものです。本書の登場人物に対し、小島氏は、彼らの言葉の矛盾をつくのですが、

普通の人は、自分の言葉を忘れられるから、明日を生きられるのであって、自分の言葉どおりに生きることなんて、誰にもできません。常に自分が書いた言葉を、過去においても、現在においても、なんとか整合させることによって「意見」を熟成するという作業を、文筆業である、小島氏は多少はしているかもしれませんが、言葉を自己表現としなくてもいい人は、言葉と行動に矛盾があることなど、極普通でしょう。

多くの人は、その場その場の感情や、あるいは、しがらみで動いていて、それを「お金のため」だと思うことすら、自分への言い訳であったり「表向きの理屈」であったりするものです。

もし、大山氏の遺言どおりに、支部長ら幹部全員が一致団結して、松井館長を極真の新たな顔として、盛り立て、運営したとして、それで果たして「極真空手は永遠なり」を実現できたでしょうか? 31歳で新館長に就任した松井氏はいつまで館長を続け、その次は?

極真が、史上最強を目指した強者たちが集まった団体だったのなら、我こそが、と思う人がたくさんいるのが当然であって、カリスマの遺言を言葉通りに受け取って粛々と運営することが「極真魂」や「史上最強の空手」に繋がるとは限らない。

分裂などなく、表面上まとまっていたとしても、意にそぐわないことを自らに強いては、結局、魂や精神の腐敗に繋がり、組織防衛するだけの組織になってしまう。

と、私は、我が家の極真ではないけど、空手有段者のダーリンを慰めました(笑)

現在、原発や被災地の問題から、多くの人が「傍観者ではない生き方」を模索し、デモなどの社会行動に魅せられた人も増えているようなので、今後、純粋な行動から、泥沼の争いに傷つく人々も増えるでしょう。

人は、自分が何を支持するかについて、数十年経った後でも、歴史的に正しかったという判断ができることは稀で、多くの人は、自分が信じたいことを「真実」だと信じ、一旦、その考えで行動してしまうと、自分の間違いに気づくことは「自己否定」に繋がるので、それに耐えられるような、強靭な精神や、知性をもっている人も、ほとんどいません。

また、頭では解っていても「人間的なしがらみ」で、動かざるを得ないことも多い。人は「性悪」というよりは「愚か」なのだと私は思います。

そして「愚かさ」の中には、勇気も、涙も、真心も詰まっているものです。


☆格闘技に人生を賭けた者たちによる、壮絶な跡目争いは、読み出したら止まらない。
登場人物の「キャラの立ちっぷり」が最高!特に三瓶氏のワルぶりは清々しいほど!


◎[Amazon]『大山倍達の遺言』


☆読書感想・参考サイト
◎MADE IN JAPAN! in Japan

☆インタビュー
◎『大山倍達の遺言』刊行にあたって
「極真会館、大分裂騒動の真相」小島一志、塚本佳子


◎新極真会「お知らせ」
◎極真会館浜井派代表 「夢現舎小島一志へのメッセージ」
◎家高康彦「小島氏のブログに関して」
◎芦原会館・小島一志著「芦原英幸伝」について
____________

[内容説明]極真会館の大分裂騒動の真実とは? 528ページに及ぶ渾身ドキュメント! 総裁・大山倍達の死後、散り散りに割れた世界最大の実戦空手団体「極真会館」。関係者たちの膨大な証言をもとに、その分裂騒動のすべてを明らかに! 衝撃の真実が次々と浮かび上がる……。全空手関係者&格闘技ファンの度肝を抜く、超大作ノンフィクション完成。稀代の空手家の遺志はいかにして踏みにじられたのか? 新潮社 (2012/4/27)



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by yomodalite | 2012-07-24 08:07 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

エリア51 世界でもっとも有名な秘密基地の真実 (ヒストリカル・スタディーズ)

アニー・ジェイコブセン/太田出版



本書はノンフィクションである。ここに書かれているのはすべて実話であり、本書に登場するのもすべて実在の人物だ。本書を書くにあたってインタヴューした74人はいずれもエリア51に関する稀少な情報、すべて自らの体験に基づいた情報、を持っており、そのうち32人は実際にこの秘密基地内に住み、そこで働いた経験を持つ人々である」(p.7 プロローグ 秘密都市より)


エリア51と聞いて、まず連想するのは「UFO」、そして、そのあとに連想されるのは「ロズウェル事件」ではないでしょうか。なんとなく、最近はUFOの話題が下火になっているような気がするので、あぁ、そんな「謎」に夢中になったことがあったなぁと思われる方も多いと思いますが、

でも、本書がインタビューや機密解除された公文書から明らかにした新事実の大半は、UFOではなくて「原子力委員会」と「CIA」に関係すること(原書は2011年出版)。

311以降、原発について考えるようになって、ようやく気づかされたことですが、宇宙開発も、原子力も、すべて、米ソの冷戦時代の産物。米国は第二次大戦後も、キューバ、ベトナム、朝鮮戦争と、絶え間なく戦争状態にあり、地球規模の核戦争の回避を大義名分に、CIAと原子力開発は超法規的な権力を手にしていった。

エリア51の周辺では、頻繁に核実験を行っていて、本書には、水爆の父、エドワード・テラーの名前が多く登場します。

核実験に関してこれだけの極秘情報がすでに公開されている、米国の情報機関にとって、現在の福島の被爆など取るに足らない、シュミレーション通り、利用できる「ショックドクトリン」の到来なんだろうと感じました。

1961年に、アイゼンハワー大統領が、退任演説で、軍産複合体の存在を指摘し、大統領が、米国の真のリーダーではないことが明らかになり、それでは、原子爆弾の開発を推進したり、大統領の直属と言われるCIAに、命令を下しているのは、いったい誰なんだろうと、以前はよく思いました。

軍産複合体、国際金融資本、イルミナティ、ロスチャイルド、ロックフェラー… といった黒幕の存在は誰もが知っています。でも、冷戦の狂気から守られてきたはずの、今日の日本の検察や官僚の暴走を見ていると、もう、そんな黒幕など必要ないのかもしれません。

本書は、公開された極秘文書を、緻密に解いていくという構成で、著者の推測による語りはほとんどないので、月面着陸捏造説に関しては、サラリと触れる程度なんですが、今でも、アポロが月に行ったと思っている人は読まない方がいいかもしれません。また、UFOや、宇宙にまだ夢がある人や、単純な陰謀論的「真相本」に慣れている人も、読了するのは難しいかもしれません。

でも、終盤まで、UFOもロズウェル事件のことも忘れて読み進んできた読者にとっては、最後に、突然『X - FILE』のテーマソングが流れてきそうな箇所があります。

下記の参考サイトで、著者の「新仮説」が論争を呼んだと記しているところで、大勢のレヴュアーも、真偽を疑っている箇所なので、安心して、あえて言っておきますがw、私は多くの日本人が食料に飢えるほど、貧しい戦争の間に「731部隊」がやっていた実験を考えれば、月面着陸を創造した米国には、これを実行する理由が充分あると思いました。

少なくとも、原発すら安全に稼働できない科学力で、月に行って帰ってくることの「荒唐無稽」とは異なり、現在の科学力で実行可能ですからね。

◎[参考サイト]HONZ『エリア51』アメリカで賛否両論の話題作

[目次]
秘密都市
エリア51の謎
架空の宇宙戦争
陰謀の種
情報適格性
原子力事故
ゴーストタウンからブームタウンへ
転落するネコとネズミ
基地の再構築
科学、テクノロジー、仲介の達人たち
どんな飛行機?
さらなる隠蔽
汚くて退屈で危険な任務は無人偵察機に
砂漠のドラマ
究極の男社会
ブラックシールド作戦と、プエブロ号事件の知られざる歴史
エリア51のミグ
メルトダウン
月面着陸捏造説と、エリア51にまつわるその他の伝説
空軍の支配ーカメラ室から爆弾倉までー
驚くべき真実

◎[Amazon]エリア51 ー 世界でもっとも有名な秘密基地の真実
________________

[内容紹介]「NYタイムズ・ベストセラー・リスト」に11週連続でランクインした全米ベストセラーが日本上陸! エリア51の知られざる数々の事実、核や人体実験などアメリカ軍事史の闇に迫る渾身のノンフィクション! ◆「エリア51」はUFO墜落・宇宙人の遺体回収で知られる「ロズウェル事件」の舞台として世界的に有名だが、実際はネヴァダ州の砂漠地帯にある米最高機密の軍事施設である。衛星写真でも隠せないほど広大な基地にもかかわらず、いまも当局は存在を伏せている。 ◆ジャーナリストの著者は、ふとしたきっかけからエリア51で働いていたという人物と知りあい、取材を開始。以後、基地に勤務していた20人近い関係者、プロジェクトに関わった50人以上の科学者、基地近郊の30人を越える居住者などからの証言を得て全容解明に挑戦。その結果、冷戦下の軍事秘史が明らかになった。 ◆貴重なモノクロ写真を約60点収録。太田出版 (2012/4/5)



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by yomodalite | 2012-07-04 08:31 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

さよなら、サイレント・ネイビー―地下鉄に乗った同級生

伊東 乾/集英社



さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に乗った同級生 (集英社文庫)

伊東 乾/集英社



ダーリンが図書館から借りてきていた本書の表紙を見て、ヨットで冒険したひとの話かと思い、何気にページを開いてみて驚きました。

まったく想像していなかったのですが、これはオウム事件に関する本でした。

サブタイトルにある「地下鉄に乗った同級生」というのは、地下鉄サリン事件の実行犯である豊田亨。

著者は、死刑判決を受けた豊田亨と、東大時代、同じ研究室にいて、作曲家・指揮者としても活躍し『題名のない音楽会』の司会をしていたことでも知られている、伊東乾氏(現在・東大准教授)

◎豊田亨(Wikipedia)

おそらく、このブログに記録した2倍以上、オウムに関する本は読んでいると思いますが、本書は『A3』と同様、大変重要な本だと思いました。

2冊とも著者の全力で書かれた印象で、『A3』は主に90年代からの日本を振り返るドキュメンタリだったのに対し、本書は、著者の生い立ちから、第二次大戦なども踏まえた日本社会への言及から、執筆時の2005年までを振り返り、著者の全人生をかけて、親友だった豊田亨と、彼が巻き込まれた「オウム」とはなんだったのかを問う内容になっています。

想像ですが、豊田亨に死刑が確定されたのは2009年のことなので、著者は上告が棄却される前に、友人の本当の姿を知ってもらいたいという一心で書かれたのではないでしょうか。(←この表現に対し、著者よりコメントをいただきました)死刑が求刑されるような被告の主張など聴きたいと思う人は少ないかもしれませんが、日本の裁判は始まった時点で、有罪が確定しているといっていいほど「無罪率」が低く、報道は検察の主張のみを報道しています。

被告の報道での印象と、著書で描かれる人物像とがかけ離れていることは、事件を扱った本を読むとき、毎回思う感想ですが、豊田亨のことを描いてくれたことを、著者に感謝したいと思いました。

オウム真理教が引き起こした事件の中でも、教団とまったく関係のない被害者を多数生んだ地下鉄サリン事件が起きたのは1995年。この教団が関わる事件には多くの謎があり、そういった事件の場合、10年以上立たないと「真相」は見えて来ないものですが、本書は2006年に出版され、その年の開高健ノンフィクション賞を受賞した佳作。

アマゾンの内容紹介には、刊行前から各メディア取材殺到とありますが、著者によれば、受賞するまで出版のあてもなかったとのこと。同年に出版された出版界で常に評判の高い藤原新也氏の『黄泉の犬』に対しても、同様の話がありましたし、予定通りの裁判に影響を与えるような出版は、常に歓迎されていないのでしょう。

以下は、本書から(村上春樹の『アンダーグランド』に書かれた部分に対して)

俺は、村上春樹は嫌いじゃない。むしろ好きだと言ってもいい。村上春樹は〈加害者=オウム関係者〉のプロフィールが、ひとりひとりマスコミが取材して、ある種の魅惑的な物語として世間に語られているのに、もう一方の〈被害者=一般市民〉のプロフィールの扱いが、まるでとってつけたみたいだったから、この『アンダーグラウンド』の仕事をしたって言うんだ。とても価値があると思う。ただ、この豊田の部分みたいなのは、基本的な事実も間違っているし、あまりに類型化されてて、正直ひどいと思った(p144)


エリート研究室って何? 世の中に、うちは〈エリート研究室〉ですっていう研究室があんの? 最低のレッテル貼りと思考停止だと思った。豊田が選考したのは素粒子理論、理学系基礎研究の最高頂点みたいなものだったけど、村上春樹はなんて書いてる〈応用物理学を専攻し、優秀な成績〉は、およそ判で押したような類型で、普段の村上のいいとこと正反対と思った(p145)

地下鉄サリン事件の法廷を見に行った村上春樹は〈自分たちが人生のある時点で、現世を捨ててオウム真理教に精神的な理想郷を求めたという行為そのものについては、実質的に反省も後悔もしていないように見受けられる〉って言うんだ。そこで信者が完全にしらふだったって仮定に立ってものを言っているけど、実際には薬盛られたり、いろんなマインドコントロールや洗脳のテクニックで、蟻地獄に落とされていくんだ。特に高学歴の連中は、狙い撃ちにされて落とされていった、この段階からすでに被害者なんだけど、そういうことがいっさい表に出てこない(p146)

村上春樹は、社会の〈どうしてこのような高い教育を受けたエリートたちが、わけのわからない危険な新興宗教なんかに?〉という質問に〈あの人たちは「エリートにもかかわらず」という文脈においてではなく、逆にエリートだからこそ、すっとあっちに行っちゃったんじゃないか〉って書いてある。これは半分当たっているだけに、最悪の間違いだと思う(p147)

(引用終了。本書のすべてではありませんが、この部分は「相棒」と呼ばれる女子大生を「ワトソン役」にして、会話するという構成になっています)


著者は、なぜ高学歴のエリート達がオウムに? という疑問に、何も調べることなく、類型的な「エリート像」で語ってきた社会に対し、実際に「豊田亨」という男がどんな人間だったかが、心情深く伝わるように、立体的なエピソードで語っています。

サイレント・ネイビーという言葉を、私はこの本を読むまで知らなかったのですが、「黙って任務を遂行し、失敗しても言い訳をせず、黙って責任をとれ」という、海軍の美意識を表現する言葉。

戦後、海軍の美談ばかりに慣れているひとには、本書の第二次大戦以降の日本社会への言及も唐突に感じられるのかもしれませんが、著者は、その言葉を、友人の豊田亨の姿勢と、沈黙に美学を見いだす日本全体の両方に向けて発している。

オウム事件とは何だったのか?という問いも、二度ととこのような事件をおこさない、とか、凶悪事件後、常に聞かれる言葉ですが、直後はもちろん、10年余に渡って考えられたような著作に対し、世間が反応することは極僅かです。

せめて、本ぐらいは読みたいという方へ。

☆上野千鶴子「さよなら、サイレント・ネイビー」とノンフィクションの魅力」
☆有田芳生の『酔醒漫録』
☆第四回開高健ノンフィクション受賞(選評・受賞の言葉・試し読み)

◎参考書評「無回転レシーブ」
◎参考書評「風のたより」

☆さよなら、サイレント・ネイビー〈集英社文庫〉(アマゾン)

◎参考記事
☆元オウム信者で、地下鉄サリン事件実行犯の広瀬健一氏が、
平成20年に大学生へ向けて書いた手紙(忠告)をまとめました。


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by yomodalite | 2012-04-05 16:45 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(2)
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2011年12月に出版された、現在もっとも新しい勝新太郎の伝記。

プロローグで、著者は、

ぼくは勝新太郎の最後の弟子だった(中略)かつて、勝は週刊誌で人生相談を連載しており、ぼくはその担当編集者だった。週1回、2ページの連載にもかかわらず、ほぼ毎日彼のところに通った時期もあった。(引用終了)

と書かれていて、根本敬氏の『特殊まんが家 ー 前衛の道』で、勝新太郎の「偶然完全」という言葉に出会い、この「人生相談」のことを知っていた私はものすごく興奮しました。

さらにプロローグから引用します。

勝は不当に軽んじられていると思う。代表作の『座頭市』の映画は全部で26本作られた。これは渥美清の『男をつらいよ』三益愛子の『母もの』、森繁久彌の『社長』シリーズに続く数である。『座頭市』と同時期に、勝は『悪名』と『兵隊やくざ』シリーズを持っていた。悪名は16本、兵隊やくざは9本、それぞれ製作されている。こんな俳優は他にいない。

年若い編集者と座頭市の話をしたことがあった。その編集者は「座頭市と言えば(北野)武さんですよね」とさらりと言った。世間では勝は忘れられつつあるのかもしれない。そんな気持ちに後押しされて、勝のことを改めて調べ始めた。短い期間とはいえ、ぼくは濃厚な時間を勝と過ごし、様々な話を聞いたつもりだった。しかしそれはあくまでも、つもりだった。知らない話が次々と出てきた(中略)ぼくは思った。この生き様こそ、勝の最大の作品ではないか、と。(引用終了)


うーーん、勝新の天才性への一般社会での評価はまだまだ低いとはいえ、「座頭市と言えば北野武さんですよね」というような「若い世代」と言えなくもない春日太一氏(1977年生まれ)の『天才 勝新太郎』も絶賛されていますし。。

◎博士の悪童日記(2010年02月05日)
◎博士の悪童日記(2010年02月24日)

著者は、春日氏よりだいぶ年上(1968年生まれ)なのに、同世代にも、若い世代にも勝新以上に知られていない、三益愛子、森繁久彌と比較して「こんな俳優は他にはいない」と言われてもなぁと、ちょっぴり不安になりつつ、

それでも、巻末の参考文献に、春日太一氏の本だけでなく、わたしがこれまで読んできた本もズラリと並んでいることから(吉田豪、水道橋博士が紹介している本はリストアップされているものの、根本敬氏の名前はない)勝新伝の「決定版?」という期待で読み始めましたんですが、、、率直な感想を言えば、本書の大半が、どこかで読んだ話がまとめられているという印象でした。

勝新に思い入れがない人なら、こういった「アンカーマン」としてまとめたような内容(≠決定版)でも満足な読書ができると思いますが、水道橋博士も言われているように、

勝新は、「勝新大陸」「勝新山脈」と呼ぶべき、常人が住む娑婆とは隔離された、芸能の真理を身に纏う偉大なる無法者で、この一般には見えざる概念上の、大陸、山脈は、特殊漫画家・根本敬氏らの研究、紹介により、昨今、その存在が多くの人に知られるように....

なっているだけに、著者は、勝新の天才性を紹介しているつもりでも、本当にその大きさが見えているのかどうか疑ってしまう部分や、巻末に引用図書はリストアップされているものの、その大半は現在でも入手可能なものであるにも関わらず、本文では、それらの紹介も、引用もきちんとされずに、ただ、まとめて1冊にしていると感じられるようなところも多くあり、著者の本づくりの姿勢にはあまり感心できませんでした。

ただ、博士も言われているように、読み始めたら止まらなかったことは確かで、

◎博士の悪童日記(2012年02月01日)

連載担当になってからの話が始まる、第12章「今度はパンツをはかないようにする」からの内容は、著者が直接、勝新と出会った部分で、週刊ポストで「人生相談」を始めた頃の勝新の日常に触れられたような気がしました。

偉大なひとは、偉大なひとから学んでいるし、賢人たちはみな「答えは目の前にある」ということを繰り返し、説き続けるものですし、根本敬氏の「ソウル電波」もそうですが、エラい人はみんな同じようなことを言い、エラい人から感じる「気」は、だいたい同じなので、『傷痕』を書いた桜庭和樹氏が、読書日記で、水木しげる氏の言葉、

「この世に生まれて楽園で生活しないなんて、バカだよ」

という、MJの「Are You Listening」(『Dancing the Dream』)と、ほとんど同じ言葉が紹介されていたり、勝新は自伝『俺、勝新太郎』の中でも、マイケル・ジャクソンに言及していましたが、本書にも、MJが登場してました。

(P284)第11章「神が降りて来ない」ー 六本木に座頭市を歩かせたい より

88年9月19日、渋谷のディスコ「Jトリップバー」で『座頭市』製作発表記者会見が行われた。皮のハーフコートを着た勝、着物姿の樋口可南子、そして緒形拳たちが壇上に並んだ。勝は、再び『座頭市』を撮ることになった理由を説明した。

「海外の映画、最近の日本映画を見ていると、その人しか持っていないものを作るのがいいんじゃないかと。勝新太郎というと座頭市になる。座頭市の映画は16年もやっていない。(アイデアが)溜った引出し、世間の流れも変わっている。今の世の中に座頭市を入れたらどうだろう。六本木に座頭市を歩かせたらどうだろう、と」

この考えは、スタッフルームに貼られていた紙により踏み込んで書かれている。

六本木、原宿、永田町界隈に座頭市がイーグルスの曲に乗って現れたら、マイケル・ジャクソンが座頭市をやったら、どんな座頭市映画ができるだろう。(引用終了)



著者は、この1989年の『座頭市』に関して「映画としての出来はそれほどでもない」などと言うような芸術音痴な方なので「勝は音の使い方が上手い」とか書いていても、実際のところ、他の人の受け売りで、あまりわかっていないようなんですが、

勝新は言葉的な面白さで、そう言っているのではなくて、、そんな発言を知らない私が、最初に観たときも、はっきりマイケルを感じたんだから… 本当にスゴいと思う!

☆勝新が、著者にも言ったように、その人しか持っていないものを作って欲しかったという不満はあるものの、勝新の優しさ、可愛らしさはよく表現されているので、一般的にはイイ本だと思います

◎『偶然完全 勝新太郎伝』(アマゾン)


☆参考サイト
◎『偶然完全 勝新太郎伝』現代ビジネス・立読み電子図書館
◎BOOK asahi.com「存在そのものが作品のような男」
◎本書の表紙写真の写真家・操上和美のサイト。撮る写真も本人もすべてがカッコいい


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by yomodalite | 2012-02-27 19:05 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか ~地下鉄サリン事件から15年目の告白~

松本 聡香/徳間書店



1ヵ月ほど前、平田信オウム事件容疑者逮捕というニュースを見て、この本を読んでいなかったことを思い出しました。

著者は、有名な三女アーチャリーの妹で、松本智津夫の四女。松本家は4人の女の子の後に長男、次男の2人の男の子が生まれている。聡香はペンネームで、父が逮捕されたとき、彼女は5歳。16歳で家出し、2010年に本書が出版されたときは、彼女は21歳でした。本当に痛ましい本だと思う。

死刑囚をもった家族は、ほとんどが一家離散の運命を辿るものだけど、彼女は教団とは別の道を歩もうとしては、家族に連れ戻され、教団では、教祖逮捕後の教団の運営をめぐって、幹部たちにも様々な考えがあり、姉、母、父の愛人たちという「女の争い」もある。

幼い頃から「教祖の娘」として接してきた信者たちは、殺人者として服役し、彼女は少女時代から、度々、彼らの面接にも行っているが、身近に接し、優しかった彼らが「殺人」という罪を冒してしまったのは、自分の父親によるものだという「罪」の意識からも逃れられない。

教祖の娘として甘やかされて育ったのではと思う人も多いと思うけれど、生まれたときから「教祖」だった父親に、彼女は普通の父親としての態度で接したことはなく、それは、正悟師で教祖の妻だった母親へも同様で、

子供の頃から教団で育った子ども達も、他の信者たちと一緒の施設に住み、飲食を含め、ヘッドギアなどの修行も同様にやっていたと彼女は言い、両親が逮捕されたときのことは、こう記しています。

(引用開始)

父に続いて母も逮捕されると、私たち姉妹はタガが外れたように、伸び伸びと子どもらしい日々を過ごしました。父が禁止していたチョコレートを長女が買ってきてくれると、姉妹たちは歓声をあげて飛びつきました。上の弟の部屋がみんなの溜まり場になり、毎日がパーティーのように、みんなではしゃぎました。

厳しい規則で縛られていたことからの解放感もあったのでしょうが、みんなで騒いでいないと両親がいなくなった悲しみには耐えられなかったのかもしれません。


(引用終了)


メディアは、元信者が教団の呪縛から逃れられず、カルトの洗脳が解けていないなどと騒がしく責め立てるけど、信者であることを隠しても、正直に話しても、元信者への差別は激しく、家を借りることさえ困難で、

松本家の子供達は、未成年にも関わらず、教団の責任を負わされ、学校への入学許可さえ降りなかったうえに、ようやく入った学校でも、想像どおりの「いじめ」を受け.....

皮肉にも、彼女の苦しみを救うことが出来るのは「宗教」以外にはないようにも思えてくる。でも、彼女は、それに出会う前に「信仰」の苦難ばかりを知りすぎている。

本書には、教祖である父親や家族に対して、興味深い記述が多くあります。正直、それらは、彼女の年齢を考えると、当時の記憶というよりも、後から学習したというか、記憶の修正が行われているように思える部分も多々あるのだけど、それでも、彼女自身の冷静な客観力からは、知性が感じられるだけでなく、彼女の周囲にも知的な人間が大勢いたことが感じられます。

重い精神病にかかってしまった長女への親近感や、自分より年下の長男、次男へは温かい眼差しを向ける著者は、信者たちからの献金で暮らす、次女、三女、母にも、彼女たちと袂を分けた上祐派にも、批判的で、その理由としては「被害者への償い」を第一に考えていないことをあげている。

ただし、一方、自分の行動を記述した部分では、どの場所にも安住出来ず、それは、堪え性がないとも言いたくなるほど、短い期間に居場所を点々としていて、自分を助けようとしている人に対しても、結局、彼女は誰も信じきれず、疑い、離れていってしまう。

自らの進路に迷うだけでいい普通の思春期の少女にとっても、悩みの多い時代に、彼女は、罪の償いをしながら、教団とは別の道を歩んでいくという高い「理想」に呪縛され、結局、どの道も歩んでいけず、自傷行為をくり返した後に、本書は書かれたようです。

その痛ましさと、記憶への疑問はありますが、本書で彼女が語っている中で、もっとも説得力があり、リアルな描写になっているのは、父親に面接したときのもの。

(引用開始)

9年ぶりの再会

次女と下の弟と3人で行った初めての面会の日。私だけが初めての面会だということで、次女と弟は私を父の正面の真ん中の席に座らせてくれました。私は初めての面会という緊張や長い間離れていた父に9年ぶりに会えたという思いで胸がいっぱいになり、言葉がうまく出ませんでした。姉も弟も緊張している様子で話さなかったので、脈絡なく父が笑う声だけが時折面会室にこだまするだけでした。(中略)

その年の暮れに今度は三女と2人で面会に行きました。父はやたらと腕や脛をボリボリと掻いては、時折「シー」と歯の間から声を出す、と言った具合で落ち着きのない様子でした。姉は話をせず父の様子をひたすらノートに書いていました。そのノートは父が娘とすら会話が成立しない状態だということを裁判所に提出するためのものだったようです。

3度目の面会は翌05年8月のことです。この面会が姉弟たちと共に行く最後の面会となったのですが、衝撃的な光景を目の当たりにすることとなりました。父は相変わらず身体のあちこちをボリボリ掻いていて落ち着きがありません。「今日はミラレパの本を読もうと思っているんです」三女が父に言いました。この時、姉は父が尊敬していたミラレパという聖者のことを描いた『ミラレパの生涯』という本を父に読み聞かせようと考えていたようです。(中略)

その直後です。忙しなく動かしていた父の手が止まりました。一瞬、何が起きているのかわかりませんでしたが、私は父のそれをはっきりと見たのです。父はスウェットパンツの中から自分の性器を取出し、マスターベーションを始めたのです。(中略)父の真横に座っていた看守は、私たち3人の沈黙の中に漂っている空気を察知すると、父を見て即座に「やめなさい!」と叫びました。しかし、父はいったんは止めたものの、しばらくすると再び自慰行為を始めました。私の記憶では3回ぐらい繰り返していたと思います。(中略)

三女がやっと口火を切りました「これは恥ずかしいことだから、あまり公にしたくないよね」(中略)でも私は姉に「あそこまで恥ずかしい行為をしたのだから、ちゃんと公にした方がいいんじゃない?」と言いました。というのも、私はショックよりも、もっと大きな疑念を抱いていたからです。それは父の詐病説です。もし、父が精神障害などではなく詐病だったとしたら....

(引用終了)


この面会時の描写は、森達也氏の『A3』での他の娘たちの証言と同様で、『A3』では、詐病ではないと主張するもっとも大きな理由になっているものです。著者(四女)はこのとき14歳で、本書では、このあと四女が家を出る前にひとりで面会に行ったときの記述があります。

(引用開始)

詐病

私が教団の起こした事件の全貌を知ったのは15歳のときでした。それまで学校でいじめを受けたときもそうでしたが、なぜ父が死刑判決を受けるに至ったのか、何が原因だったのか、私には知らないことがあまりにも多かったのです。置かれている環境に常に違和感を抱いていながら、それが何かを私は探しあぐねていました。

家族、いえ教団の構造と過去の歴史と、関わった事件。それらを自分なりに検証することで、私は自分の中にある違和感や謎が少しずつ解けていくのでは....と、そんな期待をしていたのかもしれません。

初めて事件の内容を知ったのは、父の裁判の一審で弁護団長をされた渡辺 脩弁護士の著書『麻原を死刑にして、それで済むのか?』を読んでからでした。それからインターネットで検索して世論や、いろんな識者の意見を知るうちに、自分がどうして今のような状況に置かれているのかが少しずつ理解できたのです。

事件のことを知ると、私は家族の態度にも不信感を抱くようになりました。悲惨な事件を引き起こした者の身内なのに、事実上、教団から得たお金(信者からの献金)で何食わぬ顔で贅沢をして暮らしていることを、おかしいと思うようになったのです。(中略)

そうした心の変化は家族や信者たちの考え方とは対極のものでしたから、次第に日常の些細な出来事においても溝が生じていくのは当然です。しばらくすると周りの人たちとは修復できないほどの壁ができていました。(中略)

それからしばらくして、私は家を出ました。家出した時、私は、家族はもちろん、教団関係者とも訣別し、父とも、もう二度と会わないと決心しました。(中略)しかしその後、ジャーナリストの江川紹子さんに「1度は会って自分の気持ちを整理した方がいいのではないか」と勧められるなど、いくつかの偶然が重なり再び面会することになりました。(中略)

姉たちと面会に来ても、父に対してはあくまでも教祖と弟子として振る舞いましたし、家族という感覚ではありませんでした。でも、私は娘として父と向き合いたかったのです。その一方で、同じ父の子なのに、父の愛人の子どもたちは面会できないのに自分だけ会っていいのだろうか、という戸惑いもありました。(中略)

面会の許可がおりると長い通路を歩きながら、私は何度も深呼吸を繰り返しました。とても緊張していたのです。その日の父は、全身に気力がみなぎっていて、以前会った時と、だいぶ違って見えました。「さとかです。お久しぶりです」そう言ったあとで、本当に来てしまってよかったのだろうかという思いが頭をよぎりました。

目が見えなくても、父はそんな私の逡巡している気配を察したのでしょう。「何でも言ってごらん」というように、微かに首を振りました。「いきなり来てしまってごめんなさい。今日は他の人と面会の予定だったのですが、先に会った人がいたので....」父は身動きもせずに私の方を向いていました。「あの、大丈夫ですか?」具合が悪いのではないかと思い慌てて尋ねると、父はまた「うん、うん」と頷きました。たったそれだけの仕草でも、私にとっては昔、一緒に暮らしていた頃の懐かしい父が思い出されました。

「痩せましたね。この前来たのは一昨年の夏ですよね。私は太りすぎですけど」と言って私は笑ってしまいましたが、父は笑うことなく聞き入っていました。今考えると、目の見えない父には私の姿が見えないので笑いようがなかったのかもしれません。

「東京ではこの冬は暖かかったですが、お父さんの居るところはどうでしたか?」父は見えない目で私をじっと見ていました。「私は暖房をつけずに冬を越せたのでありがたかったです。あっ、東京ではって、ここも東京でしたね」

自分でも何をトンチンカンなことを言っているんだろうとおかしくなってしまいました。父も声を立てて笑いました。そして、その笑いに乗じて父が言ったのです「さとか.....」それは私にだけ聞こえるぐらいの小さくて懐かしい父の声でした。父は右手で自分の口を覆い隠すようにして、笑い声でごまかすように私の名前を呼んだのです。

看守は気づかなかったようですが、私には聞き取れました。いえ、おそらく口の動きを見えていなければ私も聞き逃してしまったかもしれません。もしかしたら、父は私の話をちゃんと聞いて理解しているのだろうか。ふと、そんな気がしました。(中略)

「そういえば昔、りんごを一個食べられたって自慢して、お父さんに、もっと食べられるようになるよって言われたことがありましたね。あの時は、そんなこと絶対ないと思っていましたが、お父さんの言った通りになりましたよ。女の子なのに、丸かじりが大好きですし」(中略)

瞑想にしか興味のない父が俗世の話題に耳を傾けるとも思えませんでしたが、あまり沈黙していると面会を切り上げられてしまうので、私は話を続けました。(中略)

必死で笑顔を作ろうとしましたが、そう思えば思うほど泣けてしまいました。とりとめのない話をしているうちに、30分の面会時間は終わりました。(中略)私はドアのところでもう一度振り返り、面会室を出て行く父の背中に向かって「大好き!」と叫び、そのまま駆け出しました。(中略)

このときの面会で、私は父が私をはっきりと認識していたことを確信しました。最初から父は詐病ではないかと疑っていましたが、それが確信に至ったのはこの時の面会での父の態度を見たからだったのです。私は「父はやっぱり詐病だったんだ」とはっきりと悟ったのです。その少し後にも再び父と面会したのですが、その思いが変わることはありませんでした。

(引用終了)


私には、著者が、父が詐病だと「はっきりと感じた」のは、不自然に思えましたが、詐病説をとる人々は明確な根拠もなく、麻原死刑囚に面会したわけでもないのに、とにかく「絶対」そうだと主張される方が多いですね。

本書には、家族だけでなく、有名信者や、死刑囚として服役している信者たちの素顔を綴った文章も多く納められています。

それらは、やはり著者の当時の年齢を考えると不自然で、彼らへの客観性と、自分を見つめる眼の「差」は、アンバランスとしか言いようがないのですが、6歳から、彼女が深く悩み、多くの本を読み、考えてきたであろうことは容易に想像できるような「洞察」になっていて、色々な意味で一読の価値が高い本だと思いました。


◎未成年後見人の辞任について(江川紹子氏によるメディア向け文書)

◎[参考記事]獄中の麻原彰晃に接見して/会ってすぐ詐病ではないと判りました

◎[Amazon]私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか

[目 次]
はじめに
第一章 オウム真理教の亡霊
第二章 教団・その後
第三章 血のキズナ
第四章 悪夢
第五章 妻妾同居
第六章 いじめと登校拒否
第七章 姉と弟
第八章 さすらいの年月
第九章 マスコミ露出と苦悩
第十章 教団幹部たちの素顔
おわりに
____________

[BOOKデータベース]「地下鉄サリン事件のとき、私は5歳だった」―幼い心と体を痛めつけた父の虐待と妻妾同居の異常な生活、間近に見た最高幹部たちの言動、そしてひそかに進む恐るべきテロ計画。激しいイジメと公安当局の執拗な追跡に遭いながらも、罪悪感に囚われ自殺未遂を繰り返す日々。松本死刑囚の家族が初めて明かす殺人教団・オウム真理教の正体と自身の流浪20年間の真実。 徳間書店 (2010/4/24)



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by yomodalite | 2012-02-06 23:44 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(9)
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☆青春 この狂気するもの/田原総一朗[1]のつづき

[1]で、第一章の内容を少しだけ書き出してみましたが、本書のスゴさというか「魔力」を言葉にするのは、ものすごく難しいです...(本自体は全然難しくないのに)

どんなテーマで書かれているか?といった感じで本書を見ると「ありきたり」な表現になってしまったり、エピソードの裏側だけ紹介することになってしまったりしそうで....

本書の「あとがき」では、友人のカメラマンが、新宿西口のフォーク集会を取材しろうとしたら「マスコミ帰れ」のシュプレヒコールを浴びたことで逆上して「君たちのためにブラウン管で代弁してやるのじゃないか」と怒鳴ったら「反体制を商品にする告発ごっこは止めろ」と逆襲され、社名人りのジャンパーを破られカメラを壊された。ということが紹介されています。

これは、この「時代」の若者の記録映像でよく見られる「怒れる若者」の姿ですが、一方で、[1]でも紹介した「はじめに」の冒頭は、

テレビはつまらなくなった」「全然だめになった」

この言葉は、いまでは「東京の空は汚い」「いまの若者はわからない」などという言葉と同じく挨拶のような常套句になっている。紛争中の大学や新宿で会う若者たちは、テレビについて発言を求めると、ただ、薄笑いを浮かべるだけで真剣には攻撃さえしようとしないし、いわゆる〈文化人〉たちの中には「テレビは野球しか見なくて」とか、「テレビがないんで....」とはにかんでみせるのが、無難なポーズのようにさえなっているようだ。


で始まっていて、こういった「若者の醒めた目線」というのも、確実に存在していたようですが、この年に始まったTV番組には『8時だョ!全員集合』や『コント55号の裏番組をぶっとばせ!』『NTV紅白歌のベストテン』、TVアニメでは『ひみつのアッコちゃん』『忍風カムイ外伝』『どろろ』『タイガーマスク』『アタックNo.1』など、その後何十年も影響力があった番組が多く生まれた年でもあり、映画「ALWAYS三丁目の夕日'64」に描かれた頃から、たったの5年後なんですが、

◎『ALWAYS三丁目の夕日'64』公式サイト


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当時のテレビや新聞では「怒れる若者」とか「若者の狂気」といったテーマが流行っていたようで、田原氏のTVドキュメンタリー『青春』も、そのラインに一応は沿ったものだったと思われるのですが、この本は、自ら制作し、高い評価を受けたドキュメンタリーでの「若者の狂気」が、どのように製作されたものだったのか?

という〈裏側〉を描いただけではなく....

「まえがき」で、ドキュメンタリーは「やらせ」であり〈やらせ〉のドキュメンタリーだけが、実像を捉えることができ〈やらせ〉でない〈ありのまま〉のドキュメンタリーなどは、まやかしか〈やらせ〉さえする価値のない.....

と言っているように、撮る前から徹底的に〈やらせ〉を意識していて〈やらせ〉の実体を見せることや、そこでは描ききれなかった〈エピソード〉によって、

より〈真実〉に迫ろうとしているだけでもありません。


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本書で取りあげた5つの番組は、

第一章・青春との出会い ー 彼女の内なる狂気へ
第二章・狂気のレッスン ー “怒れる” を演技するタレントたち
第三章・新宿ラリパッパ ー この華やかな騒乱ごっこの主役たち
第四章・少年院優等生 ー かれらの狂気は生きのび得るか
第五章・狂気を失った青春たち ー いまあなたが一番殺したいヤツは?


それぞれ「青春の狂気」をテーマにしていて、それらを、なんとか短い言葉でまとめるしかないとすれば、

第一章は、若い女性の内面の不可解さ、
第二章は、同世代の若者を熱狂させているバンドメンバーの「怒りの演技」の裏側にある繊細なサービス精神
第三章は、フーテンと呼ばれた、若者たちの「革命ごっこ」
第四章は、「ヤクザもどき」の「ヤクザらしさ」に生きる活路を見出す若者

を描いているのかもしれませんが、やはり、それだけではなくて、



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最後の「狂気を失った青春たち」は、

あなたは敵はいますか?
誰?
どうして?
殺したいヤツは?
いままでやった最も悪いことは?
セックスをいう言葉で何を想像しますか?
最初の体験は?
どこで?
セックスが何かの力になると思う?
オナニーはする?
どのくらい?
あなたの英雄は?
最後に青春とは?


という、街頭インタヴューのレポートになっていて、その報告によれば、30歳以上の人々にインタヴューをしかけてみたら、10人中6人は頭から拒否し、2人は途中で去り、残った2人は宗教団体の役員とひなたぼっこの浮浪者だったが、23歳以下の若者では、拒否をしたのは1人もなく、露骨すぎる質問に腹を立てた若者も結局最後まで答えた。この報告に対し田原氏は、

気の短い大人と、気の長い若者たちばかりに、ぶつかったわけではなく、大人たちが時間に追われているわけでもない。新宿でフーテンのハプニングや、交通事故でもあると、やじ馬の中でしつっこいのは、むしろ年配者に多く、

根気よくインタヴューに応じ、長々と相手になってくれるのは、若者たちの「サービス精神の豊かさとバイタリティーであり、若者とは、サービス精神にあふれ〈怒らぬ〉たくましさ、〈怒らぬ〉バイタリティーをもった種族と考えるべきだと述べ、

若者たちに、そういった(怒りの)サービスの演技を強いているのは大人たちで、それは「教育」という言葉に置き換えてもさしつかえなく、

では、大人たちはなぜ若者たちに演技を強いるのか?

ひたむきで、エネルギッシュで、ほとばしるような純粋な情熱 ー 演技

という問いに、わたしは、それを大人たちの青春への郷愁、あるいは青春をまっとうしなかった悔恨から、若者たちに夢を託しているのか、と考えたことがあるが、むしろ若者の素顔、若者そのものに対する不安、恐怖のためと考えるのが正しいようだ。

そこで、大人たちは、若者を〈理解しやすく〉〈安全な〉〈期待される人間〉に調教しようと考えた。大人たちは周到な準備と綿密な計画のもとに調教を実施した。

若者たちの間を吹き荒れている怒りと敵意のゲバルト旋風は、若者たちが、あまりに素直で、大人の仕掛けた罠に見事にはまったために生じたもの、その意味では、大人たちの調教が見事に成功したのだというべきだろう。

だが、どういうわけか拍手、喝采は起こらない。喝采どころか、きこえてくるのは、大人たちのためらいと非難の声ばかり。しかし、ためらいたいのはむしろ若者たちの方だろう。要求されるとおり、調教されるままに、ひたむきに演技しつづけてきたのだから.....。それでも、若者たちは演技をしつづける。彼らは何しろ若い。サービス精神にあふれている。

それに演技することしか知らず、迫真の演技をすることでのみ大人たちの期待にこたえられるのだと信じきっているからだ。拍手・喝采がないのは、まだ迫真力がないためだと彼らは考え、若さのかぎりを打込んで演技をしつづける。(引用終了)



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冒頭の「あとがき」の続きから。

わたしの知人たちの間では〈報道〉腕章や社名の入ったジャンパーに抵抗を感じ、マスコミ人間である印をつけずに取材に行く連中がふえている。若者たちのいう〈体制側ジャーナリズム〉の人間であることにうしろめたさを感じるのだ。

わたしにも確かにうしろめたさはある。だが、それは、商業テレビ局という組織にいるためというよりも、むしろドキュメントすること自体のうしろめたさである。対象を映像化するためにドキュメントするということに対するうしろめたさである。

わたしが、この本をまとめようとしたのは、書くということで、一度〈映像化〉ということをつっぱなし、のめり込みすぎて見逃したり、あるいは故意に目をそらしてきた事柄をできる限り執拗に見つめ直し、わたし自身を問い直し、再び歩き出すための起爆剤にしたいと考えたからである(引用終了)


こういった「うしろめたさ」は、この後に登場した、原一男氏や、森達也氏にも見られるものですし、また、ドキュメンタリー作家だけでなく、実在人物をモデルにした小説を書かれた作家にも感じられるものですが、

わたしは、本書が1969年出版であることに驚いただけでなく、これほど、その問題から目をそらしていない本も、また、テレビ全盛期に目覚ましい活躍をした、脚本家やディレクター、評論家らの回顧録や現代への警鐘をテーマにした本には、本当に時間の無駄と思える本や、真実を求めて別の「洗脳」に導かれてしまうなど、がっかりすることが多かったのですが、田原氏はそういった方々とは比べようがないほど、強靭な魂の持主というか、

テレビの〈やらせ〉の問題など、いまや「問題」と受けとることすら難しいほど「あたりまえ」で「お約束」という用語も広く一般的ですが、それでも、この本の「魔力」が失われていないのは、田原総一郎の「天才」によるとしか言いようがないです。

また、テレビの黎明期を担い、永年第一線で活躍し、未だにその力を維持している、現在の田原総一郎氏に関しては、元々、視聴者としてあまり接しておらず、数年前、小泉純一郎への応援に、その権力を行使した姿を垣間見た後は、ますます、テレビで拝見していないのですが、

田原氏は、この本だけでなく、激動のテレビ時代を生きながらも、これまでも先鋭的な著作を何冊も書いてこられていて、

『原子力戦争』『通貨マフィア戦争』『穀物マフィア戦争』『鉄神話の崩壊』『エネルギーマフィア』『遺伝子産業革命』『電通』 『巨大な落日 大蔵官僚、敗走の八百五十日』『ドキュメント東京電力』『IT革命のカラクリ 東大で月尾教授に聞く!』『脱「ダメ日本」宣言(田中康夫との共著)』『それでも、小泉純一郎を支持します』『Twitterの神々 新聞・テレビの時代は終わった 』など.....

わたしは、まだ、そのほとんどを読んでいませんが、3.11後の専業作家に現代が見えていないと感じることが多い今日このごろ、作家としての田原総一郎は、相当「スゴい」と感じたので、

この本の紹介も、とても難しかったです。抜粋したり、言葉として拾った箇所以外に漂う「妖気」がスゴいので....

★★★★☆「名著!」

[参考・関連]

◎1969年(ウィキペディア)
◎1969年[ザ・20世紀]
◎1969年の映画『薔薇の葬列』

◎田原総一朗(ウィキペディア)
◎封印なし!田原総一郎テレビ劇場
◎田原監督と私(原一男)
◎田原総一郎監督インタヴュー
◎ドキュメンタリー《やらせ》論1(1〜7まであります)


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by yomodalite | 2012-01-30 17:02 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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