カテゴリ:歴史・文化:美術( 48 )

残されたる江戸 (中公文庫)

柴田 流星/中央公論社




次回、田中優子氏の著作で一応「辰巳芸者」の件は終了の予定ですが、この本も江戸の芸者のことが気になって読んでみた本です。

1990年の中公文庫ですが、初版は明治44年、失われてしまった江戸を愛惜を込めて描いた柴田流星は作家で翻訳家でもあったらしいのですが、これが90年に文庫で復刊されたのは、たぶん挿絵を書いた竹下夢二によるところが大きいでしょう。

夢二は当時、江戸川に住んでいたらしく、この本の出版後、銚子にお島を訪ね「宵待草」が生まれたらしい。この挿絵は、明治42年に出版物が次々とヒットして、夢二全盛の兆しが見えていた時代なんですが、残念ながら、この本の「江戸川朝歌」という変名での仕事は、夢二の大正ロマンのスタイルとは異なっていて、気軽にペン?1本で書かれたもの。

とりあえず、芸者に関しての箇所のみ少し書き出してみます。

為永春水の作に次の如く書いてある。
「・・・・・上田太織の鼠の棒縞、黒の小柳に紫の山繭縞の縮緬を鯨帯とし、下着は、お納戸の中形縮緬、お高祖頭巾を手に持ちて乱れし鬢の島田髷・・・・・」

また、ソレシャ社会の驕奢を穿って、同じ人がこうも書いている。

「・・・・・極上誂織の白七子をお納戸の紋付に染め、江戸褄模様に翻れ梅、紅白の上絵彩色銀糸にて松葉を散らしに縫わせ・・・・英泉の筆意を頼み、下着は縮緬鼠のさや形、帯は花色勝山に色糸を以て阿蘭陀模様を堅縞の如く縫わせたらば類なくてよかろうか。黒の呉絽服に雨竜の飛び飛杉を菅ぬいにさせたらば如何だろう。


為永春水(1790〜1844年)は江戸後期の戯作者で、1842年に風紀を乱したとして「手鎖の刑」に処されているので、この描写は江戸の最後期の辰巳芸者の驕奢ぶりを表現していると思われます。

尚、本著は下記のサイトで読めます。↓

残されたる江戸/柴田流星
http://www.aozora.gr.jp/cards/000342/files/2391_18586.html
______________

【BOOKデータベース】夏祭り、風鈴と釣忍、薮入と閻魔、渡し舟、五月場所、苗売り、菊と紅葉、丑べに、筍めし、八百善料理、歳の市、浅草趣味、常磐津、清元、歌沢、江戸ッ児の教育などなど—。江戸の名所名物、年中行事、物売り、気質など、失われゆく江戸を明治人が愛惜をこめて綴る。明治という、江戸の面影が未だ色濃く残されている時代に纒められた資料生ゆたかな、明治版“江戸案内”。竹久夢二挿画十五葉入り。中央公論社 (1990/06)




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by yomodalite | 2008-11-13 22:09 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)

芸者論―神々に扮することを忘れた日本人

岩下 尚史/雄山閣



芸者論―花柳界の記憶 (文春文庫)

岩下 尚史/文藝春秋




辰巳芸者のことを色々調べていて発見した本なんですが、想像以上の内容に感動とともに読了しました。2006年に出版された芸者関係の本にここまで優れたものがあったとは!

第一章、古代・中世編は、柳田邦男、折口信夫の民俗学による解明で始まりますが、戦後に到るまでの「芸者」を神格化したわけではなく、日本の移り変わりとともに変化して行った「芸者」の歴史には、関係者には耳の痛い話もかなり含まれている。

これほど詳細な芸者の歴史を語り、著者には、言わば「インサイダー」という立場もありながら、花街の狭い世界に拘泥することのないバランス感覚は稀で、日本文化論としても優れもの。

続編ともいえる、芸者論Ⅱ『名妓の資格』も読んでみたい。

辰巳芸者に関しても、興味深い内容がいくつかあったので、そちらはまた別に書きます。

☆☆☆☆☆(満点)

「今週の本棚」田中優子氏の書評
http://mainichi.jp/enta/book/hondana/archive/news/2007/05/20070527ddm015070157000c.html

中日新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/book/shohyo/shohyo2006121003.html
______________

「日本の伝統芸能を支え続けた花柳界と芸者衆の心意気を
これほど明らかにした著作はあるまい。」      平岩弓枝 −帯より

【目 次】
序/都市の秘境と化した東京の花柳界 
第一章/神々の振舞いを演じるという記憶の系譜 
第二章/神婚秘儀の再生装置としての吉原 
第三章/町芸者の確立 
第四章/帝都の花(明治〜大正)        
第五章/菩薩を凌駕する迦陵頻伽 
第六章/名妓と不見転の分化 
第八章/東京の替り目 
結 び/宴の祭司と巫女

【出版社/著者からの内容紹介】
新人としては異例の第二十回和辻哲郎文化賞を受賞。古代から今日にいたる芸者の歴史的変容の姿を解き明かし、その歴史と現状を紹介しつつ都市文化の本質を探る。魅力的な挿話による注釈とともに、実際には全く知られていない東京の芸者や花柳界を都市文化の核と位置づける画期的日本文化論。雄山閣 (2006/10)

【著者経歴】
岩下尚史 (いわしたふみひさ)
國學院大學文学部卒業後、新橋演舞場株式会社入社。
企画室長として、社史『新橋と演舞場の七十年』を編纂。

劇場創設の母体である新橋花柳界主催「東をどり」の制作に携わり
明治生まれの錚々たる名妓たちに親しく接したことで、芸者の本質および一流の花柳界の実態を知る。幕末から平成にいたる新橋花柳界の調査研究を進めたが、
その折に採集した老妓たちによる回顧談のノートが、後に上梓することになる花街関係の著作の基礎資料となる。

現在は、東京の秘境とも言うべき一流地の花柳界の歴史と実情に精通する稀少な作家として、各新聞雑誌へコラムを寄稿する一方、演劇界および花柳界の中枢に身を置いた特異な経歴と、その興趣あふれる話術から講演の依頼も多く、出版および各メディアを通して、宴を中核とした日本文化の特長を分かりやすく紹介している。



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by yomodalite | 2008-11-04 11:01 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)

家族の昭和/関川夏央

家族の昭和 (新潮文庫)

関川 夏央/新潮社

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戦中に生まれ「もはや戦後ではない」と言われた東京オリンピックの年に売れっ子TVドラマ脚本家になった向田邦子が「戦前」で、

日露戦争勃発の年の明治に生まれ、偉大な父露伴から、江戸の粋を身体で覚えさせられた幸田文が「戦後」という章順には、最初違和感を抱くが、‘78年(昭和53年)の『父の詫び状』発表までは「戦前」は暗黒であり、昭和後半までは「存在」していなかった。

昭和という時代は、その後半において、まず「戦前」を発見し、明治・江戸へと遡った。江戸の静かなブームは現在まで続き、平成の世に「落語」が再発見されている。女の自立は、戦後欧米由来一辺倒だったが、昭和後半において、明治の女の自立がようやく発見された。

バブル前夜に若くして亡くなった向田邦子は、戦前の家族を描いて仕事を終えたが、江戸の粋を作家としてではなく、一生活人としてたったひとりで体現していた幸田文は、父を描くだけではなく、戦前の家庭教育による女の骨太な自立を描いて、バブル終焉間近に亡くなった。「昭和史」においては、やはり、この順番で正しいのかも。
 
昭和後半生まれとしては、第3章の鎌田敏夫のドラマは、この中ではもっとも記憶に残っている。「ダイヤル回して手を止めた〜♪」のは、団塊の世代と言われる人たちだった。終戦後4、5年あとに生まれ、必死に豊かさを求めた親をもち、激しい競争と、学生運動という戦争を経て、核家族と、専業主婦による「家族」のドラマは、不倫と、学生時代の思い出をスパイスに描かれていた。

蒲田のドラマの主人公は、その後独身の若者へと移っていき、「家庭」は、育ちのレベルを著わすようになる。経済的格差による抗えないアイデンティティ「○金(まるきん)」、「○貧(まるび)」、ブランド信仰...

『3丁目の夕日』とは全く異なる、永く永く揺れ動いたリアルな昭和史。

向田邦子/1929年11月28日 - 1981年8月22日『父の詫び状』(1978年)
幸田文/1904年9月1日 - 1990年10月31日 『流れる』(1955年)
小川知子/1949年1月26日〜
団塊の世代/1947〜1949(※1955年までの説もあり)

「壊れかけたメモリーの外部記憶」
http://blogs.yahoo.co.jp/rtpcrrtpcr/42923486.html

1.「戦前」の夜ー向田邦子『父の詫び状』と、吉野源三郎『君たちはどう生きるか』
・平伏する父
・稼ぐ娘
・ふたつの家の「家長」
・「コペル君」たちの東京
・「あの人々」への視線
・「大衆」の住む家
・家族のプライバシー
・大事なことはしゃべらない

2.女性シングルの昭和戦後ー幸田文『流れる』ほか
・女だへの家
・向島の生家
・「おとうと」を亡くした人
・「脊梁骨を提起しろ」
・父の思い出を書く人
・女たちがひとりで棲む街
・玄人に伍してみたい

3.退屈と「回想」ー鎌田敏夫『金曜日の妻たちへ』ほか
・「妻たち」の昭和末
・「回想」する彼ら
・「生まれ育ち」には勝てない
・衣食足りて退屈を知る
・リバーサイドからベイエリアへ
・「昭和」の終焉

終章 家族のいない茶の間
____________

[本の内容]向田邦子『父の詫び状』、吉野源三郎『君たちはどう生きるか』、幸田文『流れる』、そして鎌田敏夫『金曜日の妻たちへ』……。家族が寄り集まっていた茶の間から、一人去り、二人去り、そしてついに誰もいなくなったのが昭和という時代だった。戦前・戦中・戦後、さらにバブル期へ。「家族」を切断面に見た、「昭和期日本」の姿。
新潮社 (2008/05)

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by yomodalite | 2008-08-24 17:20 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)

時代を見通す力

副島 隆彦/PHP研究所



久しぶりに歴史関係で興奮を覚える本。

神道などの日本精神を学ぼうとしてもわからなかった人、日本を愛するきもちから特定アジア諸国への反感に駆り立てられている人、その他さまざまな陰謀に利用されないためにも真実の歴史を見通す力は必要ですよね。

《第1章のポイント》
南宋の文官トップであった文天祥の「正気の歌」(1281年?)が、1660年代の日本の知識人層にものすごく大きな影響を与えた。そこから山崎闇斎(やまざきあんさい)の崎門学(きもんのがく)が生まれ、その後、浅見絅斎(あさみけいさい)の『靖献遺言(せいけんいげん)』の中で文天祥の「正気の歌」が激しく礼讃され、当時の優れた武士たちに強い影響を与え、栗山潜峰(くりやませんぽう)らとともに後の日本の右翼思想の源流ともいえる愛国主義、民族主義が生まれた。

この思想は幕末・明治維新の尊王攘夷の思想につながり、昭和の軍人たちにまでつながった。“昭和維新”の二・二六事件の青年将校たちも、全てこの「正気の歌(せいきのうた)」である。

更にこのあと大日本帝国の思想となって海外膨張主義即ちアジア侵略の思想、東アジア自己防衛戦争、大東亜共栄圏(八紘一宇)の戦略思想にまでなった。

幕末の日本で爆発的に読まれた、平田篤胤(ひらたあつたね)の『出定笑語(しゅつじょうしょうご)』、頼山陽(らいさんよう)の『日本外史』と会沢正志斎(あいざわせいしせい)の『時務策(じむさく)』。この三人の言論人の原型も、すべて文天祥。

日本人の思想の正統性の根拠が、中国の儒学者たちからもらってきた思想であるという複雑な心理と悲しみに、日本という国の知識階級のねじれというか、哀しみがずっと横たわっている。→「日本こそが世界の中心である」(山崎闇斎、山鹿素行、藤田東湖ら)日本中朝論。

《第2章のポイント》
足利・戦国時代から江戸初期まで、禅僧(仏教徒)たちが朱子学を学び講義もしていた。なぜ仏僧たちが、中国の儒教の書物を読み続けたのか?→禅僧たちは、中国との密貿易の文書作成係で、それが彼らの隠された最大の仕事(重要な国家的任務)だった。貿易だけが巨万の富をもたらす。幕末に薩長土肥の4藩が豊かな軍資金をもっていた背景と同様。

頼山陽と平田篤胤が熱狂的に武士階級の人たちから読まれたことが、幕末維新の思想的原動力となる。→儒学の正統である朱子学は当時非常に嫌われていた。昌平坂学問所の教授、古賀精里、尾藤二州、柴野栗山らは、朱子学を講義しながらも内心バカにし(中公文庫「日本の歴史」参考)、国学や、陽明学を学んでいた(→反徳川)。徳川家の一門の中でも、天皇を中心にした政治体制論に傾き始める。

幕末は、僧侶たちに対する激しい憎しみが国内に満ち溢れていた。(→戸籍にあたる宗旨人別帳と豪奢な寺の維持費の負担、墓参りの度に頭を下げなくてはならない「墓質」)

仏教は先祖崇拝とは何の関係もない。お釈迦様は「人間の死に関わるな。葬式に関わるな」とはっきり言っている。仏教と僧侶に対する憎悪が「お伊勢参り」の大流行につながった。「神社」が民衆の信仰を集めた。

神道の中身は何もなく、あるのは「日本民族の真心」だけである。

明治元年と2年の2年間に、全国に廃仏毀釈という運動が吹き荒れる。毀損されていない寺は陰陽寺に変化してしまっていている寺院が全国各地にあり、その典型は浅草寺、目黒不動尊、北野天満宮、四天王寺など。明治以降は、神道の時代になって、神官たちが威張り始めた(→『現人神の創作者たち』山本七平)

仏教界の激しいイデオロギー対立は大乱闘を繰り返し歴代天皇も苦慮した。知識人集団である僧侶たちの危険から、朝廷は侍という武装集団をガードマンとして雇うようになった。(→武士の興り)僧侶たちの集団乱闘の激しさは、学生運動を思い出せばわかる。

浄土宗の原型はキリスト教。特に聖母マリアへの信仰。マリア像が観世音菩薩に変じた。

富永仲基「誠の道」は、松下幸之助に受け継がれた優れた生き方である。
※論文『出場後語』(しゅつじょうこうご)、『翁の文』(おきなのふみ)『出場後語』が百年後に平田篤胤により改変されて『出場笑語』(しゅつじょうしょうご)となる。

尊王攘夷、勤王の思想は好ましいが、冷酷な政治理論としては、どうしても神懸かりであり、偏狭な日本主義を唱えているという世界からの攻撃を免れることはできない。神仏習合・神仏混淆を放置することも同様。

武士が能を好んだ理由....従軍して負傷者を看取り、戦没者を弔う陣僧としての役割を担い、軍旅を慰める興を催す活動から「阿弥衆」として芸能文化の想像に関わることに成った→その後、観阿弥・世阿弥が大成。狂言はそのお笑い版。

(第3章以降後日更新予定)


第1章 「義」の思想を日本が受容した
・文天祥「正気の歌」 
・思想の大義に従って生きること 
・「正気の歌」が中世・近世・近現代の日本史を動かした
・戦後世代の言論の弱点 
・中国人の根底にあるのは孔子ではなく関羽
・富永仲基が暴いたこと 
・平田篤胤の政治パンフレットが革命の発火点 
・裏のない横井小楠たち開明派 
・特攻隊へとつづく忠義の思想
・副島隆彦は現代の文天祥である 
・近代五百年の大きさを知れ 
・「志士」は「侍」ではない 
・戦後日本に蔓延したのは神でも仏でもなく「岩波共産主義」 
・「義」とは何か――政治の中心にある「巨大な悪」 

第2章 現在につながる仏教と神道の対立
・禅僧は密貿易の文書作成係だった 
・朱子学者(徳川体制)が国学(天皇中心)を学んでいた江戸後期 
・名簿を管理していた僧侶たちへの憎しみが明治維新の発火点 
・江戸時代にお伊勢参りが流行したわけ 
・寺の坊主が神社の神官よりも格上だった江戸時代 
・明治、大正、昭和の敗戦までは神官たちが威張っていた
・時代の空気を読んで神官に転向した興福寺の坊主たち
・仏教内部の六百年にわたるイデオロギー闘争
・浄土宗の原型はキリスト教 
・現代の大学教授は役に立たない坊主と同じ
・富永仲基「誠の道」――真面目に働く商人の思想 
・大塩平八郎の檄文も文天祥と同じ思想だ
・吉田松陰『講孟箚記』――日本の正統な支配者は天皇である
・本物の尊王攘夷――土佐「勤王同盟」 水戸「天狗党」
・一橋慶喜に見捨てられた天狗党
・裏切られた公武合体、暗殺された天皇と将軍
・尊王攘夷思想の正しさと偏狭さ 
・清河八郎「回天一番」 
・従軍坊主「戦陣僧」――武士が能を好んだ理由

第3章 江戸中期の思想家、富永仲基を評価する
・日本の神道は中国伝来の道教が原型 
・星占い=近未来予測は、中国の歴代皇帝の重要儀式 
・日本に本物の仏教はない 
・幕末に広く読まれた平田篤胤の『出定笑語』 
・トマス・ペインの『コモン・センス』がアメリカ独立革命の発火点
・富永仲基「加上」の原則――すべての仏典は・の積み重ねだ 
・お釈迦様が本当に説いたことと後世の仏教の違い
・内藤湖南が評価した富永仲基の意義 
・富永仲基の思想を裏切った平田篤胤
・大坂で生まれた町人、商人の思想
・中世の坊主は知識人階級
・天皇の原理とは何か
・神国イデオロギーの危うさ

第4章 黒船来航とロックフェラー石油財閥の始まり
・黒船来航と捕鯨
・石油が燃料になることの発見は世界史的大転換
・鯨油から石油へ、ロックフェラー財閥の勃興
・院政(=GOM)を敷くロックフェラー家 

第5章 明治維新はイギリスの世界戦略の中に組み込まれていた
・映画『カーツーム』でイスラム原理主義を解読する
・明治維新はイギリスの世界戦略の中に組み込まれていた 
・大英帝国内部の政治闘争が属国の運命を決める
・大英帝国内部の自由党VS保守党の政争
・帝国の戦略が、属国の政治を左右する
・覇権国の軍事戦略に世界規模の歴史が見える 
・アフガニスタンでも反乱に苦しんだ大英帝国 
・今も昔も占領地で泥沼に陥る世界覇権国

第6章 昭和史の背後に戦争を仕組んだものたちが潜む
・昭和戦前史から未来が見える 
・泥沼の日中戦争から突然の日米戦争へ 
・浜口・井上「金解禁」=小泉・竹中「郵政民営化」 
・金融恐慌の背後に世界覇権の移行が見える
・“アメリカ帝国”は一九一四年に世界覇権を握った
・民政党=米ロックフェラー=三菱VS政友会=欧ロスチャイルド=三井
・金解禁の背景に米ロックフェラーの世界戦略があった
・日米開戦を仕組んだのは米内光政と山本五十六長官である 
・南京大虐殺はあった 
・“アジア人同士戦わず”アメリカの戦略に騙されるな 
・リットン調査団の本音「満州までは日本にまかせる」 
・米内光政(よないみつまさ)はアメリカのスパイ
・石原莞爾の警告「間違ってもアメリカとは戦争をするな」
・アメリカの常套手段に陥った真珠湾攻撃
・二つの戦争(日中・日米)を同時に勝てるはずがない
・なぜか東京裁判で一人も刑死しなかった海軍軍人A級戦犯 
・「戦争は公共事業」というロックフェラー家の恐るべき思想 
___________

[出版社による紹介]最近は、金融に関する予測本での活躍が目立つ著者であるが、もともとは、日本とアメリカの政治思想を専門とする、右に出る者のない碩学である。著者は、常々「本当は、日本人はどのような思想のもとに生きてゆくべきなのか」を考えてきた。そのヒントは、これまで日本という国、日本人という人種が歩んできた「歴史」のなかにこそ存在する。そこで、著者の知力を総動員して描かれたのが、本書である。 
     
この本は、美しい人間絵巻である司馬遼太郎が描いたような歴史観には基づかない。過去の人々が、なるべく一般庶民のまえに出すまいとしてきたであろう事実を表に出し、本当に起きていたことは何なのかを抉り出すことに全力を注いでいる。読者は、戸惑いと驚きの中で、今まで誰も教えてくれなかった、真の歴史考察と直面するであろう。日本人必読の一冊である。


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by yomodalite | 2008-08-04 16:08 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)

クラシックでわかる世界史 時代を生きた作曲家、歴史を変えた名曲

西原 稔/アルテスパブリッシング




タイトルどおり、クラシック音楽を通して歴史を学べる良書。本文の下に註釈や図版もたっぷり、手軽なサイズにして豊富で濃い内容。ハードカバーでないのもいいですね。新しい出版社であるアルテスパブリッシングのサイトには今後も期待出来そうな出版企画が並んでいます。

ただ、著書詳細に、装幀者の名前を入れるのは非常にめずらしいことですが、冴えないデザインが多くて残念(音楽系ってホントにデザインがわからない人が多い)。今後ぜひ改善して欲しいですね。

【目 次】
第1章 宗教改革と宗教戦争の時代[1550-1650]
──バロック時代前期の音楽と社会
第2章 花開く宮廷文化と絶対王政[1650-1730]
──バロック時代後期の音楽と社会
第3章 バッハの作品に隠された世界史
第4章 揺らぐ宮廷支配[1730-1790]
──前古典派・古典派の音楽と社会
第5章 モーツァルトの作品に隠された世界史
第6章 フランス革命からヴィーン体制へ[1790-1830]
──初期ロマン派の時代の国際関係
第7章 ベートーヴェンの作品に隠された世界史
第8章 1830年七月革命と音楽
──新ロマン主義の音楽と社会
第9章 ヴィーン体制の終焉
──1848年三月革命と音楽
第10章 ユダヤ人都市ベルリン
──プロイセンの移民政策と音楽
第11章 ヨーロッパ再編の時代[1850-1890]
──帝国主義の時代の音楽
第12章 黄昏ゆくヨーロッパ[1890-1914]
第13章 第一次世界大戦と音楽[1914-1920]
──ヨーロッパ近代の終焉

(前文略)本書が対象としている時代は一五五〇年から一九二〇年までである。すなわちプロテスタント・ルター派の登場によって、ヨーロッパ大陸に宗教と国家の新しい枠組の基盤があたえられた一六世紀中頃から、第一次世界大戦終結によって、一九世紀近代が終焉をむかえた時期までということになる。一般的な音楽史書によくある中世やルネサンスから現代までの通史ではなく、あえてこの時代枠に限定したのは、ヨーロッパ近代が形成され、そしてその価値観が解体するまでのひとつの大きな流れのなかで、音楽とヨーロッパの歴史をとらえるためである。また、時代区分は音楽史のそれを土台にして、そこに世界史のできごとを重ねあわせている。(以上、本書「はじめに」より)
___________

【出版社からの内容紹介】ルターの宗教改革から第一次世界大戦終結まで。激動のヨーロッパを生き抜いた作曲家たちは
時代の真実を音楽に刻み込んでいった──

名曲が生まれるとき、歴史は動く。
ヴィヴァルディは皇帝に協奏曲と〈機密情報〉を提供した?
ベートーヴェンのパトロン遍歴と国際政治力学の関係は?
ロッシーニは独立義勇軍からケチ呼ばわりされてイタリアを捨てた?
宗教改革から第一次世界大戦まで、音楽史でいえばバロック前期から後期ロマン派までの時代の音楽を、各時代における政治力学、王侯貴族間の人間関係、国家の経済状況、革命や戦争などの大事件といった外的要因からみることによって、
現代に残された数々の名曲に秘められた真実の歴史を読み解く。
アルテスパブリッシング (2007/10/24)

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by yomodalite | 2008-03-28 22:42 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)

大江戸歌舞伎はこんなもの (ちくま文庫)

橋本 治/筑摩書房




現在の歌舞伎の解説書ではなく、歌舞伎を通して、江戸の世界観の解説を試みた本。江戸に興味がある人には大変価値のある内容。

【目 次】
歌舞伎の定式
江戸歌舞伎の専門用語
江戸歌舞伎と曽我兄弟
東と西と
江戸の時制―時代世話
歌舞伎の時代錯誤と時代世話
顔見世狂言とは何か
顔見世狂言の定式
江戸歌舞伎と“世界”
江戸歌舞伎の反逆者達
江戸のウーマンリブ
江戸の予定調和
______________

[BOOKデータベース]著者が30年間惚れ続けている大江戸歌舞伎。誰も見たことのない100年以上前の歌舞伎とはどんなものだったのか?歌舞伎の定式、専門用語とは?“時代”と“世話”とは?顔見世狂言とは?などなど、江戸の歌舞伎の構造を徹底解説。人気狂言『兵根元曽我』はなぜ何ヶ月も何ヶ月もロングランしたのか??粋でイナセでスタイリッシュな江戸歌舞伎の世界へようこそ。 筑摩書房 (2001/10 文庫2006/01)

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by yomodalite | 2008-03-24 13:22 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)

西鶴という鬼才―新書で入門 (新潮新書)

浅沼 璞/新潮社




以前原文を読もうとして歯が立たなかった西鶴が「新書で入門」に登場ということで、さっそく読んでみました。残念ながら、西鶴にはもともと資料が少ないので、西鶴の伝記としては不満が残るものの、残された句を通して、俳人でもある著者が読み解く手法により、当時の世相の一端が垣間みれる。

第1章 金銭を知る—経済小説家の眼;
第2章 性愛を描く—ポルノ小説家の表現;
第3章 芸道を究める—タレント作家の演技;
第4章 奇想を生かす—エンタメ作家の技巧;
第5章 人生を探る—西鶴の謎;
文学に描かれた虚像と実像—あとがきにかえて

■ジャパンハンドラーズと国際金融情報
http://amesei.exblog.jp/7309814
______________

【BOOKデータベースより】一日で二万句を詠み、十年で三十作の小説を著した元禄の鬼才・井原西鶴。醒めた眼で金銭を語り、男と女の交情をあますところなく描く。芸能記者にして自らも芸人、そしてエンタメ作家として人気を博した。評伝的史料は極めて少なく、実在さえ疑われることもあるけれど、芥川や太宰をはじめ数多くの作家と読者を今も魅了しつづける。仕事と人生を「鬼のような心」で全うした謎多きマルチタレントの実像に迫る。新潮社 (2008/02)

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by yomodalite | 2008-03-14 18:28 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)

渡辺 京二/平凡社



逝きし日、日本人は笑い上戸で、心の底まで陽気、人だけではなく、至るところ全ての風景が著しく平和的で、その美しさに心を奪われない西洋人は1人としていなかった。江戸時代に日本に訪れた外国人に共通した感想が、夥しい数の証言として記録されていて、失われてしまった「日本」に胸が熱くなります。

【目 次】
ある文明の幻影
陽気な人びと
簡素とゆたかさ
親和と礼節
雑多と充溢
労働と身体
自由と身分
裸体と性
女の位相
子どもの楽園
風景とコスモス
生類とコスモス
信仰と祭
心の垣根
___________

[BOOKデータベース]「私にとって重要なのは在りし日のこの国の文明が、人間の生存をできうる限り気持のよいものにしようとする合意とそれにもとづく工夫によって成り立っていたという事実だ」近代に物された、異邦人によるあまたの文献を渉猟し、それからの日本が失ってきたものの意味を根底から問うた大冊。1999年度和辻哲郎文化賞受賞。平凡社 (2005/09 葦書房 1998年刊の再刊)

[著者紹介]
渡辺京二/1930年京都市生まれ。日本近代史家、書評紙編集者などを経て、現在、河合塾福岡校講師。著書に「評伝宮崎滔天」「北一輝」など。

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by yomodalite | 2007-09-03 11:54 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)

持丸長者[幕末・維新篇]―日本を動かした怪物たち

広瀬 隆/ダイヤモンド社




『赤い楯』の著者による日本の富豪版。

幕末、維新の資本家たちの真実の歴史。文明開化は、徳川幕府の時代に進んでいて、維新政府はその手柄を横取りし、有能な人材を粛正した後、アジア侵略の道に進んでいった。

下記は、http://nyanko001.blog.ocn.ne.jp/kabu/2007/06/post_bbc6.html より

・明治41年(1908)年には、両替商と呉服商にとって代わり、三井・三菱・住友の三大財閥がトップを占め、産業の変化があった。

・両替商は2種類あり、1つは町人や職人を相手に、雑貨屋を兼業しながら、主に銭貨の金融を扱い、偽物を鑑定するような小さな銭両替である。それに対して、鴻池善右衛門、天王寺屋五兵衛、平野屋五兵衛、加島屋九左衛門といった大阪の名だたる両替商たちは、幕府や藩の金融機関として大名たちに金を貸し付け、その大名貸の利子によって商家が成り立つほど高利を得ていた。

大阪に対して江戸には両替株という特権を与えられた大手両替商があり、幕末には三井、小野、島田、三谷、竹川、竹原、村田、吉村、永井の9軒が、幕府や諸大名を相手にし、彼らは利益のほかに扶持米として給与の米を支給された。鴻池屋は年に1万石ものふちをもらっていたのだから商人というより、自分が大名である。大名貸の見返りに、両替商は苗字帯刀を許され、町人でありながら武士と同じ待遇も受けられた。

・現代の1万円札を1両とすると、5000円の二分、2500円の一分、1250円の二朱、625円の一朱まで揃っていた。残りは銭貨で細かい勘定をすませた。なお大判1枚は小判約7両で相場変動していた。

・近江長浜村に逃れた浅い長政一族の子孫が大村孫右衛門と名を変え、長政死して63年後に彦四郎という子どもをもうけた。彦四郎は、飛騨高山藩初代藩主となった金森候の木曽材を売る材木商となり、白い素木に因んで「白木屋」を屋号として京都に進出した。それから小間物問屋を開業して呉服と木綿を扱うようになり、江戸へ進出して、江戸の三大呉服商・白木屋となった。

・近江源氏・成瀬の孫である源経方は近江国蒲生郡佐々木荘に居住し、佐々木経方と名乗り、佐々木源氏が誕生した。その孫・佐々木秀義が、源頼朝の叔母を妻に娶って、こおに清和源氏と宇多源氏の血がひとつに流れ込み、2人の間に佐々木定綱が生まれた。この定綱がほかの3兄弟とともに源頼朝に従って平家打倒に挙兵し、鎌倉幕府成立の立役者となるのだが、この定綱兄弟の子孫から、驚くべき集団がぞろぞろと出てきたのである。

○京の3長者・角倉了以
○浅井長政の娘の嫁ぎ先・京極氏(徳川秀忠の義兄弟)
○石見銀山支配者・尼子氏
○尼子氏の家臣・山中鹿之助と、その後裔・鴻池善右衛門
○信長に敗れる六角氏と、その後裔・三井高利
○博多茶人財閥育ての親・黒田官兵衛(黒田如水)

・長崎では、ペリー来航のはるか前から、今日使われている天文学、科学、西洋医学が導入され、近代化の知識が日進月歩のえざましい普及を遂げていたので、密貿易を通じて海外情勢に通じていた佐賀藩と薩摩藩は、アヘン戦争に脅威を覚え、長崎からオランダの技術書を取り入れて知識を積極的に導入し、幕府とは別に、自らの手で工業近代化の扉を開いていた。鍋島直正と島津斉彬は、ずっと後年から見れば薩長土肥の倒幕藩に属するが、この当時は逆であった。この当時に倒幕思想などは日本全土にかけらもなく、佐賀藩と薩摩藩は幕府を第一に立てる雄藩のなかでも、傑出した主役であった。

・1896年に日本のすべての製造業の上位100社の資産額を総計して、その金額の70%を占めたのが紡績業であった。正しくは糸と織物を含めた繊維業である。「持丸長者」という呼び名にふさわしい人間の多くが、繊維業から生まれたのである。

・1859年、長崎・横浜・函館が鎖国を破り、商業貿易港として開港された。すると開港した年には、輸出額の第1位は長崎だったが、開港翌年1860年には輸出総額の84%を横浜が占めてしまい、以後はずっと横浜港が貿易の第1位を占め続けた。輸出品であるお茶や蚕種(蚕の卵)、漆器、陶器、銅、石炭、昆布を含めた輸出総額のうち、開港翌年には生糸が65%を占め、開港4年目には86%が生糸による輸出になるほど、生糸がひとりで莫大な外貨をかせいだ。そのうち、数量、金額とも生糸輸出の99%が横浜に集中したのだから、「横浜の生糸」がそのまま日本の輸出総額に近い数字となったのである。幕末から明治初期にかけて、日本に三井、三菱、住友、安田、古河などの財閥が形成されたのは、全産業の70%を占めたこの繊維業が生み出した資金によるものであった。

・明治2年に早くも日本最初の電信として東京~横浜間に電信が開通した。続いて明治5年に日本最初の鉄道として品川~横浜間が仮開業、続いて新橋~横浜間の鉄道が本格開業した。つまり、電信も鉄道も、横浜が目的地だった。

・廃藩置県によって大名が存在しなくなって一番に驚愕し、青ざめたのは大手両替商であった。大名貸によって巨財があるはずの彼らは、大名がいなくなれば、大名貸しの資産が貸し倒れとなって吹き飛んでしまう。明治政府は1843年以前の藩債つまり大名貸しの借金は全額帳消しにする、と言ったため。こうして大阪では、巨大な資産を失った商人が続出し、日本の台所が一気に日本経済の頂点から転落することになった。

・それでも社会経済学的に、廃藩置県はほかに大きな意味を持っていた。ほぼ300年続いた米本位制を崩壊させることになったのである。豊臣秀吉が天下をとって開始した太閤検地によって確立されたのが米本位制である。秀吉は全国統一の計量基準を定めて米の生産量を正確に測り、これを貨幣価値として、その石高によって大名と土地の格を定めた。その結果、住民基本台帳を作成して住民を土地にしばりける大名・土地・農民の経済支配を確立した。この米本位制が崩れ、300年後の廃藩置県によって新たな中央集権国家となった日本は、藩が所有していた田地の生み出す米という財産を基準とした土地経済から、すべての物品の自由売買を認める貨幣経済に移行したのである。

(引用終了)

【目 次】
●序章/黄金の国ジパング
嘉永元年(一八四八年)日本持丸長者集
明治八年(一八七五年)大日本持丸長者委細調大新板
明治四十一年(一九〇八年)大日本金満家一覧鑑資産額
慶応年間・徳川幕府諸侯格式一覧表
昭和八年(一九三三年)帝国興信所調査・全国金満家大番付
明治三十一年(一八九八年)全国多額納税者互選名鑑

●第一章/信玄と家康の遺産
「両替商と貨幣製造の系譜」
両替商はどこから出たか
江戸幕府の貨幣制度
金座の後藤四郎兵衛と後藤庄三郎
銀座の大黒常是と狩野派の画家たち
本阿弥光悦と俵屋宗達の黄金の世界
京の三長者・角倉了以
京の三長者・茶屋四郎次郎
金座銀座を支配した職人技能

「近江国の広大な人脈」
浅井長政に発する富商たち
尾形家の雁金屋
赤穂浪士討入事件
銀座事件と江島生島事件
将軍吉宗登場
荻生徂来の炯眼
吉宗の幕府財政建て直し
武田信玄の貨幣制度と甲州財閥
信玄と武田一族による金山衆の囲い込み
近江守護・佐々木氏の子孫たち
鴻池が金融業に進出

●第二章/ペリー来航の衝撃
幕末に道を拓いた先人たち
福地源一郎と栗本鋤雲の才筆
歴史から消された先駆者の功績
ジョン万次郎とペリー提督
密議する幕府の前に姿を現わした黒船
鍋島閑叟と島津斉彬の千里眼
日本における近代産業の嚆矢
製造業の七割を占めた巨大産業の台頭
生糸輸出が牽引した幕末貿易
横浜輸出貿易が全国一の富を生み出す
生糸輸出商が生み出した郷土銀行
明治産業革命の大動力
近代化を導いた知識伝播の順序
文明開化と安政の大獄
時代に遅れた明治維新の志士たち
小栗上野介の天才
新政府に謀殺された幕末の偉才

●第三章/財閥続々と台頭す
維新の志士の経済能力
新政府の財源捻出策
感情を押し殺していた商人たち
三井財閥はどのように誕生したか
明治政府の閨閥
誤って伝えられてきた政府要人の功労
渋沢栄一と沼津兵学校
沼津兵学校を出た俊才たち
井上馨・山縣有朋と三井財閥
廃藩置県の大混乱と大手両替商の破綻
三菱財閥はどのように誕生したか
日本郵船による三井と三菱の合体
住友財閥の誕生
鴻池善右衛門と保田善次郎
綿紡績による大阪の再起
島津斉彬の智恵の遺産

●第四章/アジアへ進出せよ
政党政治家と財閥の力関係
大名資産が生み出した華族銀行
特権階級と軍閥の誕生
日本の朝鮮支配と竹島の編入
植民地主義拡大の起源
ファシズム台頭の動力
米騒動
外国人の見た明治維新
__________

[出版社からのコメント]これまでロスチャイルドやネオコンなど国際情勢の深層を描いてきた著者が、自身初めて日本の豪商・財閥・資本家らに焦点を当て、近現代史に隠された数々の謎を解き明かしていく......

表題の「持丸長者」とは、わが国の大富豪を指す。幕末期の長者番付で上位を独占した鴻池善右衛門など大手両替商。首都東京の公益事業をなめつくした若尾逸平など甲州財閥。豪商たちと姻戚関係を繰り返した松方正義ら維新政府要人。

明治期に続々と台頭した三井・三菱・住友ら財閥グループの代表者たち。彼らが蓄えた巨大な富は日本の経済・社会を動かし、幾多の産業を発展させ、やがては戦争という悪魔の生みの親ともなってきた。本書では、著者が長い年月をかけて編み上げた膨大な系図をバックデータに、これら持丸長者たちの金脈と血脈を紐解き、歴史の表舞台からは窺い知ることのできない近代開化の実像を追跡する。

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by yomodalite | 2007-07-12 19:45 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)

幕末 維新の暗号(上) 群像写真はなぜ撮られ、そして抹殺されたのか (祥伝社文庫)

加治 将一/祥伝社

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幕末 維新の暗号(下) 群像写真はなぜ撮られ、そして抹殺されたのか (祥伝社文庫)

加治 将一/祥伝社

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明治天皇の物語の決定版?

種本である鹿島昇氏の『裏切られた三人の天皇』と違い、ミステリー小説仕立てで読みやすく『ダヴィンチコード』のような面白さ。吉田松陰に対しては鹿島説とは異なる見解のようです。

☆参考サイト
◎「教育の原点を考える」フルベッキの子孫を巡る噂
◎フルベッキ写真

『幕末維新の暗号』あとがき

『幕末維新の暗号』を出してから、有形無形の圧力を受けている。脅しさえも。
日本には『幕末維新の暗号』という、一介のフィクション小説の出版さえ、許さない得体の知れない勢力がいる。

言論弾圧、出版妨害。

あるものは政府機関を名乗り、あるものは弁護士を名乗り、あるものは教育者を名乗り、あるものは学者を名乗り、いややはりその中には、まったく名乗らない闇の勢力もいる。 妨害には、さまざまな方法がある。『幕末維新の暗号』はもっともらしいことを並べ立てて、反証してみせ、これはイカサマ本だと言いふらす卑劣な方法は一般的だ。だが、よく検証すれば分かるが、根拠の薄いものばかりで、こじつけの手法が多くとられている。

そもそも小説に、史実と違うという攻撃など、トンチンカンな話で、その意図がミエミエではないか。

『幕末維新の暗号』は、盗作で読む価値なしだという言いがかりもよく使われる。

『幕末維新の暗号』は、駄作だと中傷する古典的な方法がある。

いずれも、知識遺産を知りたいと思う情熱を抹殺する恥ずべき人間のやることだが、そうはいっても確信犯的な連中には通用するわけはないのだが・・・

出版社や新聞社に、『幕末維新の暗号』の書評を載せるなと、圧力をかける方法もある。 そして直接版元に、本の抹殺を狙って難癖をつける方法もとられるが、現代において、もやはそれは成功しないはずだ。 情報が公開され、一定程度の言論の自由という意識が浸透している時代になってきているからだ。

さらにまた、作家やその周辺を震えるほどに脅す方法がある。オーソドックスだが、効果的だ。

正直、身の危険を感じている。
しかし加治は、屈服する年齢ではない。
もう充分、好きなように生きてきたし、この世に未練はあまりない。この先、長く生きてもせいぜいあと20年だろうか。それが仮に数年短くなったとしても、冷静に受け止められると思っている。

正直に生きるためなら、あえて危険な領域に踏み込むことはいとわない。
とは言え、セキュリティのために公表していた顔写真を引っ込め、暮らしを移させてもらった。これはすべきことだと思う。

過去における真実とはなにか?
個人が決めることじゃない。多くの人が、さまざまなことを知り、考えることに参加すれば、より真実に近づけるはずだと信じている。
それにはまず、知ること。

加治は『幕末維新の暗号』という小説で、世に問題を提起した。この本は長い取材と調査、そして多くの人の協力があっての賜物だった。

もう一度、見つめようではないか?
考えようではないか?
我々、日本という国を・・・
我々には、それが可能なはずである。

『幕末維新の暗号』は、発売わずか3週間で、4度も刷り増しするという栄誉にあずかった。購入し、読んでいただいたみなさんには、深い感謝と尊敬の念を抱かざるをえず、さらにより多くの人が、『幕末維新の暗号』を自分なりに見つめていただきたい気持ちでいっぱいだ。そこになにかを見出し、気付いていだだければ、作家としては本望なのだ。

応援歌がたくさん聞こえる。 すべての人に、感謝と愛情をこめて・・・

加治将一
by kaji-masa | 2007-05-18 07:01
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[出版社 / 著者からの内容紹介]
坂本龍馬の最後の手紙を「暗号文」と解読し、龍馬が腕利きのスパイだったこと、さらにフリーメーソンとの関係までを解き明かして、明治維新に新しい光を当てた前著『あやつられた龍馬』(2006年2月刊)で黒鉄ヒロシ氏をはじめ各界から絶賛された著者が、一枚の謎めいた写真から、ふたたび幕末ミステリーの旅に出る。本作は『ダ・ヴィンチ・コード』『天使と悪魔』のように、実在の人物・団体・出来事に基づいたフィクションの形式。小説NON連載(2006年7月号~2007年3月号・全9回)を単行本化。

◎学会からも黙殺され、トンデモ写真の類と当初は歯牙にもかけなかった望月だが、面会した岩本老人の熱意と鋭い分析から徐々に興味を抱き、該博な知識を持つ桐山ユカと共に、写真の謎の解明を試みる。岩本は、写真には「陰謀」が隠され、そのため歴史から抹殺されたと主張した。

◎そんな矢先、岩本は失踪の果てに死亡。残されたのは岩本からの謎めいた手紙と旅程表だった。望月はそれに導かれるように奈良県吉野、佐賀、長崎、鹿児島、そして岩本が絶命した山口県柳井を巡る。訪ねた土地土地で、望月は「写真」に塗り込められた、ただならぬ「秘密」を知る。それは……

☆出版社からのコメント
著者のもとに読者から実際に寄せられた「写真」をきっかけに、本作は着想された。
「写真」とは、幕末ファンなら誰もが知っている「幕末志士全員集合写真」、通称「フルベッキ写真」と呼ばれる一枚。そこには龍馬はおろか、西郷隆盛、勝海舟、高杉晋作、岩倉具視、大久保利通、伊藤博文、大隈重信……明治維新の主役たちが一堂に会し、中央には外国人親子が陣取っていた。

志士の全員集合などありえない。普通はそう思う。ところが、文献や古写真など史料との照合を重ねると、一人、また一人と被写体の「正体」が判明してゆく。誰が写っているのか?そして「外国人」フルベッキが、明治新政府に絶大なる影響力を有していたという事実と、あぶり出される幕末史の歪み。果たして、一枚の写真には明治新政府が隠した「維新の暗号」が塗り込められていた……歴史ファンが瞠目するノンフィクション・ノベル。

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by yomodalite | 2007-06-29 14:46 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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