カテゴリ:☆MJアカデミア( 50 )

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20世紀のクラシック音楽界をリードした作曲家で、指揮者としても有名なレナード・バーンスタインと、マイケルの共通点とは・・・

大統領選の混乱後、しばらくしてから投稿されたDancing with the Elephantの記事を翻訳して紹介します。


source : https://dancingwiththeelephant.wordpress.com/


リーシャ:こんにちは、ウィラ。この前の会話から大分経ったわよね。


ウィラ:そうね。あれからすごくいろんなことがあったものね。


リーシャ:ホントにね。アメリカでは、日々のニュースに追われないでいることがむずかしいほど政治の混乱が続いてる。でも最近すごく心に響くことがあってね。

1970年の7月5日のボストン・グローブ紙に載った、指揮者であり作曲家であるレナード・バーンスタインの言葉。彼がタングルウッド音楽祭で行った、「混乱する世界におけるアーティストの役割」っていうスピーチで言ったことみたい。


「アーティストこそが、いまのこの世界で、最終的に我々を救うのです。感じる人、考える人たちです。そういう人たちが、大きな夢を言葉にし、人々に知らせ、挑戦し、主張し、歌い、叫ぶのです。アーティストだけが、“未知”を現実にできるのです。」


ウィラ:教えてくれてありがとう!なにもかもが素敵な言葉ね。特に最初の、「アーティストこそが・・・」と言い切っているところ。


世界を取り巻く不正義や暴力とか、アメリカで増大している不寛容な空気について読んだり、気候変動がすごいスピードで進んでいくことや、最近の政治的な変化に私たちがついて行けないばかりか、もしかしたら間違った方向に後退しているんじゃないか、なんてことを考えていると、人類はこの先生き延びていけるのか、不安になるわよね。


リーシャ:たしかに危うい時代よね。


ウィラ:ほんとにそう。崖っぷちに立たされている感じ。でも望みがないわけじゃない。それはアーティストなのよ。


リーシャ:そう!アーティストは、私たちが今どこにいるのか、どこへ向かうべきなのか、を示す重要な役割を負っている。私たちの、想像したり、ものを生み出し、実現していく力の最先端を彼らは見せてくれる。


ウィラ:まったくその通りだわ、リーシャ。バーススタインが言っているように、「アーティストだけが “未知” を現実にできる」のよ。本当にそう思う。そして、「その変化を起こす」ためには、もう一人の、あの予見力をそなえたアーティストが言ってるように、まずはその変化をはっきりと思い描くことが必要。そして、みんなにそれを気付かせることが必要なのよ。

新しい人のあり方を想像する、それを実現するために人々に「気づき」を促す。これらふたつは、社会変革をもたらす上でもっとも重要且つ困難なステップ。それができるのはアーティストだけだと思う。“未知” を可視化して、人々に注意を向けさせる能力を持っているのはね。


リーシャ:そこよね。その具体的な例としてあげられるのが、レナード・バーンスタインとマイケル・ジャクソンの仕事のしかただと思う。

バーンスタインは、アメリカの音楽を広い視野から見て、すべてのアメリカ人が共鳴できるような「アメリカ的」音楽の要素とはなんなのかを理解しようとしたパイオニアの1人。彼は早くからアメリカの音楽における高級と低級の区別に疑問を呈し、その区別の背後にある人種的な政治についても考え、その立場から終生逃げなかった。


ウィラ:マイケル・ジャクソンがいかに高級芸術と大衆芸術の垣根を曖昧にしたか、については、すでに何回か話し合ったわよね。アンディ・ウォーホールや、フレッド・アスティアや、サルバドール・ダリ、ジャン・コクトー、ウォルト・ディズニーまで引き合いに出してね。あなたの言うとおり、バーンスタインも両者の架け橋になるような仕事をしたのよね。


リーシャ:そう。バーンスタインは、交響曲を作っているのと変わらず楽しみながら、ミュージカルや映画の音楽も書いたし、ナイトクラブでさえも演奏した!作曲家として、指揮者として、「真面目な音楽」と「人気音楽」を分けているものは何なのかを問い続け、音楽の形式によって差別することを拒み、音楽を市民の社会参加の形として使った。彼はパフォーマーとしても規模の大きな人だった。だから、彼がマイケル・ジャクソンの大ファンだったことは、驚くにはあたらない。

作家のジョナサン・コットは、バーンスタインの自宅に招かれてディナーをとりながら、実質的に最後になったインタビューをしてるんだけど、バーンスタインのマイケル・ジャクソンに対する称賛をこんなふうに書いている。


注目すべきは、人生や仕事のすべてにおいて、バーンスタインは分野を限定せず「熱狂する人(enthusiast)」であったということだ。ディナーでの会話の中で彼は、「熱狂(enthusiasm)」という言葉はギリシャ語の形容詞で神を内包する」という意味のentheosから派生したものであり、entheosはオリンポスの丘に住む神々がそうであったように「老いることなく生きる」という意味も含んでいるんだ、と教えてくれた。バーンスタインの熱狂する気質をよく表す逸話として私が好きなのは、1986年にロサンゼルスのロイスホールで彼がニューヨーク・フィルを率いてコンサートをした際、当時28歳だったマイケル・ジャクソンをそこに招いたときのこと。時代を超えた音楽の「申し子」の一人として、バーンスタインは熱狂的にマイケル支持していた。マイケルはバーンスタインの超激しいパフォーマンスに圧倒されて、休憩時間に楽屋に行き、この同時代の音楽界の巨人に、尊敬と称賛の言葉を贈った。大喜びしたバーンスタインは、両腕でマイケルを抱えて持ち上げ、唇にキスした。地面に降ろされたとき、びっくりしたマイケルからやっと出た言葉は、「いつも同じ指揮棒を使うんですか?」だった。


(1986年のロイス・ホールで2人が会ったとき?)


ウィラ:すごくいい話ね!バーンスタインがマイケル・ジャクソンを思いっきり抱き上げている絵柄って、素敵!才能と創造性に富んだ人たちが、どれだけマイケルのことを同族として認めているか、びっくりするほどよね。バリシニコフもマイケルのダンスのことをそんなふうに話していたわよね。(*2)

でも、マイケル・ジャクソンがスターにボーッとしているところを想像すると笑っちゃう。彼が自分の尊敬する人に会って舞い上がってしまったっていう話は、バーンスタイン以外にも読んだことがあるから、実際ときどきはあったんでしょうけど。


リーシャ:そうよね、マイケル・ジャクソンのほうが明らかに大スターなんだから、おかしいわよね。おまけにバーンスタインの熱狂的な挨拶への対応が、指揮棒についての質問だなんて!


ウィラ:ほんとにね。デイヴィッド・マイケル・フランクがジョー・ヴォーゲルに言ってたことを思い出したわ。フランクは、2009年の春にマイケル・ジャクソンとクラシックのアルバムの製作をしていて、それは、生前最後の数ヶ月間、『THIS IS IT』のリハーサルとともにマイケルが何よりも熱を入れてやっていた仕事なのよね。


フランクはジョー・ヴォーゲルに、バーンスタインの指揮棒についてこう語っている。


「いつかマイケルの家族が、彼への捧げ物としてこの音楽をレコーディングして、彼の芸術の深さを世界に示してくれることを願ってる。マイケルに言ったんだ。レコーディングの際には、私がオークションで買ったバーンスタインの指揮棒を使うつもりだって。そうすれば彼のやる気が倍増するってわかってたから。」


リーシャ:そうなんだ!素敵じゃない?


ウィラ:実現してれば素晴らしかったわよね。フランクがバーンスタインの指揮棒を振って、マイケル・ジャクソンが作ったクラシック音楽を指揮しているところ、見てみたかったなぁ。


リーシャ:いつか生で演奏されるかもしれないわよ!


ウィラ:絶対その場にいたいわよね!バーンスタインとマイケル・ジャクソンが会えるようにアレンジしたディヴィッド・パックが書いているところによると、二人はお互いに大ファンだったみたい。バーンスタインは自分の誕生日の数日前にロサンゼルスにいたんだけど、パックが、誕生日のお祝いは何がいい?って尋ねたたら、「間髪おかずにレナードが言ったんだ。『マイケル・ジャクソンに会いたい』ってね」パックはそう書いてる。元の記事はもう削除されちゃったんだけど、Reflections on the Danceっていうサイトに、再掲載されていて、その時のことがわかるわ。(*3)


リーシャ:夢中で読んじゃう記事よね。その夜レナード・バーンスタインとマイケル・ジャクソンが何を話し合ったか知りたいなぁ。


ウィラ:私も!


リーシャ:私が思うに、この記事にあるディナーパーティーは、マイケル・ジャクソンがニューヨーク・フィルのコンサートをロサンゼルスで聞いたのと同じ日じゃない?。マイケルの着ている服がどの写真でも一緒だもの。上の写真ではバーンスタインはタキシードを着てて、ディナーでは普段着になってる。指揮者はたいていコンサートのすぐあとに着替えるし、ホールの外ではタキシードを着たりしないでしょ。だから、ディナーパーティーはコンサートの直後だと思う。


ウィラ:あなたの推測通りだと思うわ。楽屋で会ったあと、マイケル・ジャクソンがクインシー・ジョーンズを伴って、バーンスタインとのディナーに行ったと考えるのが自然よね。


リーシャ:ええ。そしてたぶんバーンスタインは、その時の会見がマイケルと一緒に作品を作ることに繋がれば、と思っていたんじゃない?。パックによると、「レナードはマイケルにクラシック音楽のことを教えたかったし、たぶんクラシックとポップスのコラボをしようと誘ってたかもしれない」マイケル・ジャクソンに、クラシックを教える必要なんかないってことを彼らは知らなかったのかもね。ジャーメイン・ジャクソンが「ユー・アー・ノット・アローン」で書いているように:


マイケルは音楽を感情面からだけなく「科学的に」とらえていた。バウモントドライブに引っ越した時(1972年)から、彼は作曲を勉強し始め、科学者が人のDNAの構造を理解しようとするのと同じ方法で、他の人がどうやって曲を作っているのか理解しようとしていた。2人でラジオのクラシックを流す局にチューニングして、流れてくる曲の構造を聞き取ろうとしたよ。どんな構造がどんな色やムードや感情を生み出すのか「探る」んだ。彼には大好きなクラシック曲がたくさんあった。弦楽器でゆっくり始まって、ダイナミックに展開したり、スピードが速くなったりして、それからまた静かな曲調になるようなのが好きで、この、A-B-A的な構造を僕たちはいつも研究してた。クラシックから学んだことは、彼の音楽の多くに生かされている。 (p. 129)


実際、マイケル・ジャクソン自身も言っているように、アルバム「スリラー」(マイケルがバーンスタインと出会う4年前に発表された)は、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」を手本にしていて、ただ直感で作ったわけではないのよね。


ウィラ:それについてはスーザン・ファストが数年前の記事で語ってくれてる。すごく意外だと思ったけど、スーザンが説明してくれて納得したわ。(*4)


リーシャ:そうね。彼女はいつも複雑なことをすごく明快に説明してくれる。もうひとつ興味深いことがあって、ビート・イットのショートフィルムをけっこう見てる人ならほとんどが、マイケル・ジャクソンの作品にバーンスタインのウェストサイドストーリーの影響があるのを見て取ることができるわよね。


ウィラ:そうね。監督のボブ・ジラルディは関係ないと言ってるけど(*5)、マイケル・ジャクソンのショートフィルムの監督って、往々にして彼の作品について浅薄な理解をしていたりするじゃない。だからジラルディが意識していようといまいと、ビートイットにウェストサイドストーリーからのインスピレーションがないとは考えにくいんじゃないかな。実際、多くのつながりがあるものね。


リーシャ:そうね。ジラルディが語る製作過程はその通りだと思うけど、ウェストサイドストーリーの影響は否定できないと思う。


ウィラ:それで正しいと思うわ、リーシャ。


リーシャ:マイケル・ジャクソンは、ポピュラー音楽や演劇や映画の歴史に精通し、知り尽くしてた。多くの人が、ウエストサイドストーリーはミュージカル映画の最高峰だと思っているし、彼もそれを知らないわけない。ビート・イットとウエストサイドストーリーにはあまりに類似点が多いから、偶然で片付けるのは無理があるのよね。


ウィラ:私もそう思う。たとえば、ウエストサイドストーリーで、ギャング団が衝突するときには、繰り返し「ビート・イット(逃げろ)」という言葉が聞こえる。ウエストサイドストーリーでギャング達が動きをそろえて歩くのも、歩きながら指パッチンするのも、ビート・イットのショートフィルムに同じ場面があるでしょ。それに、ギャングが暴力を乗り越えるのを描くミュージカルのコンセプトっていうのが、ふたつの作品の核になってるわけよね。だから、ビート・イットを作っているときに、マイケル・ジャクソンの頭の中には、ウエストサイドストーリーのことがある程度あったと考えた方が自然よね。


リーシャ:あなたが『M Poetica』に書いたビート・イットについての分析を読んでない人は、本当に損してる。あなたは、ビート・イットと、ウエストサイドストーリーと、シェイクスピアのロミオとジュリエットの結びつきを考察することで、アーティストが過去の作品とどのように交流するか、すごく説得力ある方法で示してくれた。マイケル・ジャクソンは、それまでの作品のような民族や血の繋がりではなく、それとは別の集団の存在を目に見える形にしたことによって、物語のあり方に新しい魂を吹き込んだのよ。


曲の中頃にバーンと入ってくるエディ・ヴァン・ヘイレンのギターソロが、そのことを音で表現している。普通なら黒人音楽として区分けされる音楽の中に、白人の要素が強く組み込まれるわけだから。そして、ショート・フィルムのラストでは、カメラが引きになると、見ている側と演じている側にあった第四の壁も取り払われる。みんなの注目が集まったところで、この作品は現実の世界はこうなんだって単純に表してるんじゃなくて、こういう世界も実現可能なんだってことを見せている、ときっぱり宣言してるのよ。


ウィラ:それはすごく重要な指摘ね。ビート・イットを「お花畑」だなんて言う批評家は、そこがぜんぜんわかってない。


リーシャ:より平和で人種偏見のない社会を、ステージ上やスクリーンの中で表現するというのは、バーンスタインもやってるわよね。バーンスタインのブロードウェイでの第一作、『オン・ザ・タウン(踊る大紐育)』は第二次世界大戦真っ最中の1944年に書かれたもので、3人のユダヤ系アーティストとの競作だった。マイケルの作品にもその振り付けが見えるジェローム・ロビンス、ベティ・コムデン、そしてマイケルに大きな影響を与えているふたつの作品『バンドワゴン』と『雨に歌えば』の脚本家であるアドルフ・グリーン。


ウィラ:バーンスタインとマイケル・ジャクソンには、私が知ってた以上のつながりがあるわけね。


リーシャ:そういうこと。すごく興味をひかれる話よね。特に、『オン・ザ・タウン』ていうショーが当時としては革新的なものだったかを考えるとね。それは、クラシックの作曲家によって書かれた初めてのブロードウェイ作品で、人種の壁をこえたキャスティングをした最初の作品でもあった。典型的なニューヨーカーや、水兵や、歩行者役を、アフリカ系アメリカ人の役者が、白人と同じように演じるのは、それまでにないことだった。異人種どうしでコーラスしたり、手をつないで踊るシーンがあったり。オーケストラの指揮はエヴェット・リーで、彼はブロードウェイ初の黒人の音楽ディレクターになった。

でも、おそらくもっとも革新的なキャスティングは、主演女優だった。日系アメリカ人の、ソノ・オサトが、究極の全米一の究極の美女、アイビー・スミスを演じたのよ。それは当時としては、人種に関わる大事件だった。オサトの父親は、戦争中に収容所に入れられていた12万人の日系アメリカ人のうちの1人だったんだから。



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写真は『オン・ザ・タウン』でのソノ・オサトとジョン・バトルズ。


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1944年のブロードウェイのオリジナルキャストによる『オン・ザ・タウン』


ウィラ:『オン・ザ・タウン』についての考察をありがとう。これは、ほんとに、マイケル・ジャクソンの作品みたいな感じね。つまり、彼も『バンド・ワゴン』に出てくる白人だけのナイトクラブを、『スムース・クリミナル』や『ユー・ロック・マイ・ワールド』では、いろんな人種の客がいる場所にしたでしょ。


リーシャ:そう、この作品はマイケル・ジャクソンの製作理念と似通ったものを持ってるの。『ユー・ロック・マイ・ワールド』のことを出してくれてうれしいわ。そこにもレナード・バーンスタインとのつながりが見られるものね。バーンスタインは、マーロン・ブランド主演の映画『波止場』の音楽を書いているんだけど、この映画は『ユー・ロック・マイ・ワールド』のいろんなところに影響を与えてる。ブランドがカメオ出演していることも含めてね。




ウィラ:確かに!それって、本当に重要なつながりよね。すごく興味深いつながり。気付かせてくれてありがとう。それと、『オン・ザ・タウン』についてあなたが言ったことはすごく気になるわね。その作品は、私たちがマイケル・ジャクソンの作品に見る、境界を乗り越える感性の先駆けとなったものじゃないかしら。


リーシャ:そうね。そしてこれが第二次大戦中の作品だということも忘れちゃいけないと思う。当時のアメリカは、国外では人権と自由のために戦うと言いながら、国内ではそういうものをおろそかにしていたから。


ウィラ:たしかに。「よそ者」、とくに日系アメリカ人に対する恐怖がピークに達していたときよね。あなたがさっき言ってたように、主演をつとめる女優の父親は、戦争中に自宅から連行されて、収容所に住まわされた、何千もの日本人の一人だった。それにはとても衝撃を受けたわ。


リーシャ:私たちの国の現状にも関係しているから、私もそれを落ち着いて考えられるようになるまでしばらくかかった。1944年、日系アメリカ人は強制連行され、捕虜収容所に入れられた。若いユダヤ人アーティストたちはそれに対抗して、新しい美のアイコンを、日系アメリカ人のソノ・オサト演じる清潔感溢れる表情の、アメリカを代表する親しみやすい女の子という形で生み出したのよね。


ウィラ:そうね。クリエイティブな形で、権力に対して自分たちの本当の気持ちを表現したのね。


リーシャ:きっとそうだと思う。2017年の今、『オン・ザ・タウン』のオリジナルキャストの写真を見てみると、このミュージカルの時代的な背景を聞かされなければ、人種偏見とはまったく関係のないキャスティングに見えるわよね。21世紀の人の目には不自然なところがなにもないキャスティング。でも1944年においては、観客の予想を遥かに裏切っていたものだった。

このミュージカルがいかに人種の問題を考えたものだったかが明らかになるのは、舞台から五年後にMGMがこの作品を映画にしたとき。そこでは、すごくいやなやり方で、人種の問題がきれいさっぱり取り除かれた。バーンスタインの音楽も、歌3曲とバレエ部分以外は、ほとんど排除されていた。プロデューサー達はバーンスタインの音楽がクラシック過ぎると考え、観客は気に入らないだろう、あるいは理解しないだろうと考えたのね。


ウィラ:バーンスタインは、20世紀の偉大な作曲家であり指揮者の一人だと見られていたのに?言いたくないけど、こういう話ってほんとに頭に来るわ。『ブラック・オア・ホワイト』のパンサーパートに起こったことを思い出すわね。バーンスタインやマイケル・ジャクソンぐらいの地位のあるアーティストが革新的な新作を発表すれば、彼らのやったことに対する一定の支持はあるし、それをいきなり非難するなんてためらわれることだ、と普通思うはずでしょう?でも実際はそうじゃなかった。


リーシャ:信じられないけど、そうなのよ。今度MGM版の『オン・ザ・タウン』(邦題『踊る大紐育』)見てみて。新しく入れられた音楽がどんなにくだらないか、人種差別的なナイトクラブのシーンがどれだけひどいか、自分の目で見てみて。なんで?って思うわよ。どうして高いお金をかけて、オリジナルをひどいクオリティのものに作りかえたんだろう?って。


ウィラ:本当に皮肉な話よね。


リーシャ:でも、おそらくアーティストが文化的な意味で時代を何歩も先取りしてしまうと、こういうことが起こる。理解できない人が出てくるのよ。マイケル・ジャクソンはそれに気付いていた。だから、パンサーパートについて、一歩下がって謝罪声明を出したのよ。あまり性急に、強硬に物事を運ぼうとするとメッセージが伝わらない、ということを彼はわかってた。


そこが、バーンスタインとオリジナルのオン・ザ・タウンについても一番注目すべきところ。政治的なメッセージがすぐにバーンと伝わる必要はない、このミュージカルはこうだったらいいなという世界を見せているだけなんだ、芸術の本分はいつでもそこにある、という姿勢ね。

音楽学者のキャロル・オジェは「バーンスタインのミュージカル:時代の反映」というエッセイの中でバーンスタインのことをこう述べてる。


その音楽には、政治的な信条のようなものが一本通っており、それは信じるに足るものだ。しかし、バーンスタインのミュージカルにある政治的なメッセージは論争や説教とは無縁で、ショー全体をつらぬく精神に、政治が垣間見えるような感じ・・・。


これはマイケル・ジャクソンが歌やショート・フィルムを作るときにとった手法じゃないかと、はっとしたのね。


ウィラ:そうね。彼の多くのショート・フィルムがそう。「ガール・イズ・マイン」みたいにさりげないのもあるけど。そこには、人種について触れた部分なんか一言もない。でもポール・マッカートニーの声とマイケル・ジャクソンの声を聴けば、1983年にみんながやったように、黒人の男性と白人の男性が同じ1人の女の子とデートしていて、彼女がどっちが好きか言い合ってるんだって、わかる。それが1983年という時代の人種の状況だった。


リーシャ:そうね。受け入れるのを戸惑いながらも、それができる状況が1983年にはあったということね。でも、あの歌は対立という形をとらずに人種のことを扱っていて、多くの人はそこにある政治的な含みに気がつかないまま、楽しく一緒に歌いながら、十分にメッセージを受け取っていたんだと思う。


ウィラ:そうかもしれないわね、リーシャ。特に若い聴衆は。あなたは説教したり対立を強調したりしない芸術のあり方という大事な点を指摘してるのね。


私は、この数ヶ月の社会の変化について、それがどのように起こったかについてずっと考えてた。人種差別をはじめとする不寛容を乗り越えることはマイケル・ジャクソンにとってとても重要なことだった。その証拠はいくつもあるわよね。そして彼はいつもより公平な社会を提唱していた。でも同時に、彼は、人種差別主義の人を、決してバカだとか無知だとか邪悪だとか言わなかった。おまえは無知だ、ということで誰かの心を変えることなんかできないじゃない?実際は逆効果で、相手が自分の主義主張にますますしがみつくようになるだけ。

効き目があるのは、なんと言っても芸術の力よ。オン・ザ・タウンについてあなたが言った、「人種の壁をこえたキャスティングをした最初の作品でもあった」ということ。マイケル・ジャクソンもそれを繰り返しやったし、「自分はスタッフを才能でえらぶ、肌の色では選ばない」と何度も言ってる。


リーシャ:マイケル・ジャクソンはいつも人種の協調を頭に置いていた。1984年のローリングストーン誌のインタビューではこう言ってる。


僕は人種なんか気にしないんだ。肌の色で人を雇うんじゃない。能力を見て雇うんだ。人種にこだわるのは僕の主義じゃない。いつか、すべての人種がひとつの家族のように愛し合うようになればいい、って強く願っているんだ。


ウィラ:まったくそうね。その時代の、特に人種に関わる社会常識に従うことを拒否する、それがバーンスタインとマイケル・ジャクソンに共通する革新的なスタンスだった。結局、多くのラジオ局は、それが異人種の男女交際をほのめかしているという理由で「ガール・イズ・マイン」を流さなかった。ましてや、黒人の男が白人の男に(それもビートルズのメンバーに!)、彼女は僕のほうが好きなんだ、って言ってるところなんかもってのほかだった。


でも、1983年にこの設定がラディカルだったからこそ、マイケルは軽いタッチでそれを歌った。こういう社会で許容される概念の境界線にさりげなく揺さぶりをかける芸術が、人種や人種間の関係についての世論を変えていくのに主導的な役割を果たしていけるんだと思う。


社会的道徳観がどれだけ変化してきたかは、新しいディズニー映画『美女と野獣』に対する観客の反応を、あるいは無反応を見ればわかる。この映画は、『オン・ザ・タウン』と同じように、さりげなく人種の壁をこえたキャスティングをしている。悪い魔法によって、家の中にある物に変えられてしまったキャラクターがいくつか登場するんだけど、彼らは、ピアノとかドレッサーとかろうそく立てとか、無生物的な形の中に閉じ込められているから、愛する人の顔を触りたくてもそれができない。最後に、魔法が解けて、見ている私たちが感情移入していたそれらのキャラクターは人間の姿に変わっていくんだけど、その中に2組の異人種カップルがいるの。そして、『美女と野獣』はディズニー映画史上初めて、異人種カップルのキスシーンを出した。でも、それについては、賛成意見も反対意見もほとんど何も話題にならなかった。


異人種恋愛はもう普通のことになったから、ディズニー映画でさえもそれを描くようになった。そしてそれが特に気にされることもなく通るようになった。そういう変化が起こりえたのは、バーンスタインやマイケル・ジャクソンのような、先見的なビジョンを持つアーティストに負うところがすごく大きいと思う。


リーシャ:賛成だわ、ウィラ。レナード・バーンスタインや、ジェローム・ロビンスが、手を取り合うダンスやコーラスによって、人々に人種の平等ってどういうことなのかを見せたってことはすごく大事なことだった。マイケル・ジャクソンが巨大な橋をステージの上に作って、気候変動は、どこのグループに所属してるかに関係なく、みんなの参加が必要な問題なんだ、ひとつの国やひとつのグループで解決できる問題じゃないんだ、ってことを考えさせてくれたことも、すごく大きなこと。ひどい結末を回避するたったひとつの希望があるとすれば、それは私たちがひとつになろうとする意志。今行動を起こさないのは、どんな悲惨な結末になり得るかを見通す想像力が私たちに欠如してるってことね。


ウィラ:その通りだと思うわ、リーシャ。この記事の冒頭であなたが引用してくれた発言の中で、バーンスタインが言っているように、道を示すのはアーティストよ。


リーシャ:記事をしめる前に、その引用の後半をここにあげておきたい。“未知” を “現実” にしていくことについて、彼はこう言ってる。


どうやればいいか?自分が上手くやれること、すごく上手くやれることを見つけることです。そして全力でそれをやるのです。クールに「自分のやりたいようにやれ」というのとは違います。それでは消極的だし、勝負から下りてる。なんにもできない。私が言いたいのは、それが小さな街であろうと、世界であろうと、自分の住む場所、自分の仲間のためになることをやれ、ということ。


ウィラ:すごく励まされる言葉ね、リーシャ。


リーシャ:私もそう思う。何時にも増して今の時代こそ、私たちはバーンスタインやマイケル・ジャクソンを必要としているんじゃないかな。


(この記事は、childspilitsさんが翻訳してくださいました。感謝!)


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(*1)ジョナサン・コットインタビューは、Rolling Stone誌に連載されたもので、本にもなっている。

Dinner with Lenny: The Last Long Interview with Leonard Bernstein

https://www.amazon.co.jp/dp/B00AFVDV6O/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1


参考文献

ハンフリー・バートン著『バーンスタインの生涯』下巻・376-377ページ(棚橋志行訳、福武書店刊/翻訳書は上下巻セット。原著 LEONARD BERNSTEIN» written by Humphrey Burton, Doubleday, 1994 484-485ページ)


(*2)バリシニコフもマイケルのダンスのことを・・・

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/06/26/AR2009062604257.html

マイケルはエリザベステイラーに連れられて、初めてバリシニコフのパフォーマンスを見たようです。バリシニコフはバレエダンサーだけでなく、映画俳優としても活躍し、現在も魅力的な姿を見せてくれています。




(2015年にリル・バックと共にrag & boneのCMに出演)




(*3)Reflections on the Danceの記事

http://www.reflectionsonthedance.com/DavidPack-on-Michael.html


(*4)Dangerous Talk with Susan Fast

https://dancingwiththeelephant.wordpress.com/2014/09/04/dangerous-talk-with-susan-fast/


(*5)ボブ・ジラルディが「Beat It」について語ったこと

http://www.truemichaeljackson.com/true-stories/bob-giraldi-on-directing-beat-it


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by yomodalite | 2017-09-05 00:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)
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「大統領の政治3」のコメント欄の後半です。
前回紹介した「前半」では、極短い発言をするのみだったMessiは、選挙の結果が出る前のPart 1から、Ninaと対立していて、ウィラやリシャも、トランプとマイケルが似ているという意見には賛成しかねる・・という感じでした。おそらく、この後半部を読んでも、Ninaと同意見の方が多いような気がします。

私は、熱心なMJファンで、常連コメンターでもある、Messiや、stephenson(スティーブンソン)が、差別主義者だと批判されているトランプを擁護するのは、トランプの差別発言が非常に「戦略的」なものだと信じているからだと思います。それは、差別主義者の評を集めるという戦略という意味ではなく、「差別だ!」という批判に絶対に屈しない姿勢を貫いた、という「信頼」なんだと思います。

なぜ、そんなことが「信頼」に値するのか? 

それを私が少し理解できるようになったのは、武器をもたない黒人が警察に射殺されるという痛ましい事件が頻発し、その根深い人種差別というものの実態について、色々と考えるようになったことがきっかけで、それが、トランプ現象への興味に繋がり、MJファンや、黒人や、LGBTのトランプサポーターの考えを知り・・・とにかく、ここ1年余りの間のことです。

米国の黒人が抱える問題については、こちらの素晴らしい記事をリンクしておきます。
トランプ自身の差別感覚については、こんな記事はどうでしょう?美女好きなのは確実のようですがw


トランプ政権は、ある意味クーデターと言っていいほどの領域にいくつも踏み込んでいて、これほど巨大な規模の批判を、受け止められるような人間が「狂人」で「嘘つき」だという可能性は、確かに高いかもしれません(笑)

しかし、現在のネオリベラルと言われる人々が、トランプ憎しから、その主義を度外視してまで踏み込んでしまった領域もまた「狂気」と「怖れ」に支配されていて、これまでのアメリカの中東政策に目をつむり、人種や、性別、宗教による分断を強固にするだけで、階級の固定化に繋がっていると感じます。

それで、私は、stephensonが、「多くの人が変化を必要としていることを認識しています。一緒に平和的にやることはできませんか? 私はメディアを含め、人々がレトリックを慎まなければ、内戦に向かうと思います。」と言っていることに最も共感したのですが・・・

(ここからコメント欄後半)

stephenson | December 29, 2016 at 5:18 pm

私の見解では、マイケルは、彼が見て経験した不正を世界規模で戦い、自分の才能、宗教的背景、そして名声によってターボチャージされた代替手段(L.O.V.E.)によってメッセージを広めましたが、メディアが彼にしたことは卑劣なものでした。 私の考えでは、マイケルは、アメリカ大統領(POTUS)よりも人間社会に大きな影響を与えました。「卑劣なマスコミ」はまさに適切な名前です。彼らは、マイケルを泥水に投げ込み、それはまだある程度続いています(最近のバーバラ・ウォルターズの特別番組を参照)。彼らはそうすることで、いじめを「正当化」(この言葉は嫌いだが、ここでは適切でしょう)している。今、私たちはいたるところで、いじめを起こしています。そして主流のメディアはますますタブロイドと融合しています。これは偶然でしょうか? 私はそうは思わない。過去18ヶ月間、メディアがトランプに行ったことは、マイケルと比較すれば、地味なものでした。ふたりの違いは、トランプは、直ちに鈍く激しいレトリックで戦ったのに対し、マイケルはアーティストとして、芸術的に、そしてファンを通して戦った。マイケルは長期的な戦略を持っていた。「うそは短距離走を走るようなものだけど、真実はマラソンを走るようなもの」というように。

Nina Fonoroff | December 30, 2016 at 7:38 pm

スティーブンソン、あなたのコメントは少し混乱していると思う。メディアがどのように動いているかを批判することで、ドナルド・トランプを真剣に心配しているつもりですか? それとも、何年もの間マイケル・ジャクソンを迫害し、行き過ぎたメディアへの気持ちから、さらに興奮しているんですか?

私たちは、ここを区別することが極めて重要だと思う。先に述べたような理由で、機能するメディア、つまり影響力あるメディアには、公職に就こうとする、あるいは、就いている人に制限のない尋問をしてもらわなければならない。だから、なぜあなたが、ニュース・メディアの「餌食にされる」ことと、それに「抵抗」する方法といった点で、マイケル・ジャクソンの物語を、ドナルド・トランプのそれと同じ次元に置こうとするのか、よく理解できません。

今、私たちが選んだ大統領は、米国と世界各地の何百万人もの人々の生活を、完全に惨めなものにしうる立場で、大勢の人もこれに同意しているでしょう。(マイケル・ジャクソンはそうじゃないでしょう!)トランプは、本当に私たちの同情や配慮を必要とするに値しますか?

もう一点:この先私たちが望むメディア文化とはどんなものでしょう?

私の見解では、ニュースや公共の事柄を扱うジャーナリストは、トランプと彼のスタッフのような特定の公的な人物については、さらに厳しくする必要があります。彼らはこれまで長くやってきた以上に、徹底的かつ慎重に、選出された当局者に質問する必要がある。私たちは真剣な「調査」ジャーナリズムを常に必要としています。これまで以上にね。

stephenson | January 7, 2017 at 4:02 pm

私たちは「機能するメディア」を持っていないし、ここしばらく持ったことがない。私たちが持っているのは、「ニュース」を噂や、匿名の情報源から作り出し、有名人のゴシップや、おかしなファッションの報告などに単純化し、有権者を教育することに完全に失敗した、日和見主義で、利益のために人々を悪用する、そんなメディアです。マイケルを悪魔化する意図は明らかで、トランプを悪魔にする意図も同様でした。メディアは、08年の大統領予備選に多大な影響を与えましたが、それは、オバマを厳しく審査せず、彼の背後にあるネガティブな要素を明らかにしたり、議論したりすることは一度もせず、そんなものなど、まるで無かったようにふるまったことにある。基本的に、彼を全面的に支持し、ヒラリーについて否定的なことをたくさん報道することで、メディアはオバマが指名を受けることを助けました。彼らは今回も予備選と本選挙で主役を演じようとしたが、失敗しました。メディアが気にするのは視聴率であって、事実や真実に興味は無い。だから、視聴率を上げ彼らの意図に合うものなら、どんな嘘でも大々的に報道する。そんなことはもう常識です。 今や「ニュース」は主に「意見」であり、さらに悪いことに、バイアスがかかった(選択された)「ニュース」と「攻撃的な意見」が混在したものになっている。

彼らの扇動の結果として、米国に内戦が起こっても、彼らはそこで写真家にカメラを回させる準備ができているでしょう。視聴率をとる絶好の機会だから。不安定化は、彼らが望むところです。なぜなら、紛争、ケンカ、意見の衝突は、「数字」がとれるからです。これが、必要でもないのに暴力的な言葉(誰かが「他人を叩く」、誰かが誰かに「撃たれる」のように)を使って見出しを書く理由です。あなたはメディアについては非常に素朴だと思う。また、これらの手法は、米国や英語圏の国に限定されません。マイケルの歌詞「金のためならなんだってやる」は適切です。

トランプとマイケルの違いは、メディアは何十年もマイケルを悪魔化させてきたということ。だから、人々を洗脳から脱却させるのは難しい。一方、トランプに関しては、メディアはまだ始めたばかり。私は、そんなバッシングのためのトークショーにつきあっていくつもりは毛頭ありません。それは「ゲスト」(つまり犠牲者)の品位を汚すものであり、その人は、しばしば大声でわめかれ、言葉を遮られ、しつこく詮索され、そして基本的に、侮辱され、ひどい言葉をかけられるのです。「ジャーナリスト」が、テレビ局の意向に反する意見を述べようとする、「不運なゲスト」を黙らせようとする、そんなショーにはつきあいたくない。
メディアは、ほぼ完璧に壊れています。彼らは自分に都合のいいところだけ拾って、嘘の見出しを作るケースが非常に多い。最近もワシントンポストが、ロシアがバーモントの電力網をハックしたという記事を載せましたが、それは誤っていることが判明しました。

☆この下のリンクは記事の最後の動画と同じで、そちらにインデックスをつけました


ジャーナリズムや、ニュースについて、「説話(ナラティブ)」という言葉が非常に価値を得ていることは明らかです。 これは明らかに物語やフィクションに関する文学的用語ですが、今、まさに、説明のための話を作って、販売、マーケティング、といったことが起こっています。 それは基本的に、説教壇の上から人に道徳を説くような宗教であり、政府やメディアの目的は、どんな価値観が「正しい」のかという「物語」に照らし合わせて、人々を「善」対「悪」に分けることのようにも見える。

メディアは批判的思考を奪い取ったり、取り除こうとしています。 個人的には、私は、「ニュース」の偽りを暴くことや、広告について、高校や大学で、必須のクラスとして教えるべきだと思います。学生に、視聴者や読者としてどのように秘密裏に操作されているのか分析することを学ばせることが出来ます。それによって人々は、私たちが日々直面する群衆の声からのプレッシャーに抵抗するための術を手に入れることが出来る。そういった群衆の声とは、メディアや企業からの情報によって、人、物、原因などから積み重ねられ、もたらされるもので、私たちがそれを受け入れるか、テレビのスイッチを切ってしまうまで、私たちにやかましい語りかけてくる。

Nina Fonoroff | January 7, 2017 at 9:18 pm

スティーブンソン、先に触れた私の投稿は、良いジャーナリズムは何をすべきなのか、社会におけるその理想的な機能についての感覚を伝えることを意図していました。 私たちが現在見ているものではなくね。あなたは、『個人的には、私は、「ニュース」の偽りを暴くことや、広告について、高校や大学で、必須のクラスとして教えるべきだと思います。学生に、視聴者や読者としてどのように秘密裏に操作されているのか分析することを学ばせることが出来ます』という。

私も全く同感です。大学のメディアおよび文化研究部門の多くで、本当に大勢の人がすでに何年もやってきています。ひとつ言っておきたいのは、独立した映画製作者として、私自身、あなたがたが「メディア」と呼んでいるものの一員であり、あなたが知っているかどうかはわかりませんが、責任を持って仕事をしているジャーナリストも多くいるということ。(これについては別の機会に紹介します。あなたが興味を持つであろう、いくつかの権力監視の役割を果たしているメディアも。私の意見ですが、インターセプトの編集者Glenn Greenwald(あなたが上にリンクしたブログ)は、 そういうジャーナリストの一人です(Politicoのライターについてはよくわかりませんが)。同時に私は、権力監視の役割を果たしているメディアの中に、「政治」が入り込んでいないと信じることも、「あまりに素朴」な考え方だと思います。「いかなる種類の」ジャーナリズムもニュースも公的なコミュニケーションも、政治と無関係ではあり得ません。あなたが探している種類の事実的「客観性」はどこにも見つからないと思います。

この点について、あなたはこうも言っています。

ジャーナリズムや、ニュースについて、「説話(ナラティブ)」という言葉が非常に価値を得ていることは明らかです。 これは明らかに物語やフィクションに関する文学的用語ですが、今、まさに、説明のための話を作って、販売、マーケティング、といったことが起こっています。 それは基本的に、説教壇の上から人に道徳を説くような宗教であり、政府やメディアの目的は、どんな価値観が「正しい」のかという「物語」に照らし合わせて、人々を「善」対「悪」に分けることのようにも見える。

私たちがテレビや映画で見る物語は、「フィクション」であると謳っているかどうかにかかわらず、いつでも物語として、あるいはあなたの言う「説話」として提示されます。米公共ラジオ局から、ナショナル・エンクワイアラー誌や、ディケンズの小説まで、私たちが見たり聞いたり読んだりするすべてが、「説話」として提示されている。他には何がありますか? 生データを列挙した、ギネスの世界記録のような「事実」とか? 多くの人々に情報を届けるための提示の仕方として、「説話」に代わるやり方があるというなら、教えてほしい。

もちろん、私はあなたのメディア教育についての考えに同感です。 実際、私が専門にしていることは、ほとんどそれなんです。大雑把に言えば、私はアメリカの大学で「メディアリテラシー」(これはフィールドとして存在しています)を教えています。 何十年も前からそういうことをやっています。私のカリキュラムでは、いかなるメディアも、分析や批判的な見方から逃れることはできません。
私たちみんなが「メディア」について(少しでも、たくさんでも)単純に考えないようになれば、今の驚くほど多くある公共通信の中で、その「メディア」の意図するところを、包括的かつ微妙なところまで理解できるようになるのでは、と思います。

たとえば、現在多くの人が情報を得ているソーシャルメディアについて、それが「ニュース」を提供する際に邪魔になっている点についてはどうでしょう?『ザ・デイリー・ショー』(政治風刺ニュース風の番組)のようなコメディ番組や、他にも、John Oliverのようなコメディアンの番組は? 私は最近、多くの人々がニュースをどこから入手しているか、年代別に調査した研究を見ました。 近年、新聞は急速に率を下げていて、これが今日のジャーナリズムの状態に決定的な影響を与えています。

私の見解では、 「メディア」の分析と批判は、ジャーナリズムの様々な情報源と同様に、主流派であるハリウッド映画やテレビなどの「フィクション」にも向けられるべきで、スティーブンソン、あなたが「メディア」について述べるとき言いたいのも、そういうことですよね。歴史的に見て、視聴者は、これらの架空の物語(支配的なイデオロギーへの指示をこう呼びたいのなら)によって、ニュース番組によるのと同じ「洗脳」をされる可能性が高い。 (ハリウッド映画の歴史は、実際には、人種虐殺、白人覇権、異端者への罰、貧しい人々の悲惨さ、移民の不安、不信などの歴史を擁護する表現でいっぱいです。さらに言えば、そういった視点は、もっとも「リベラルな」メッセージを意図した映画にさえ、「同じように強烈に」散見されるのです。)べつに、言葉尻を捉えて、細かいところにまでいちゃもんをつけようというのではありません。私は、授業の中で、あらゆる種類の映画(架空の「物語」である映画はもちろん、ドキュメンタリーも背景になる歴史とともに取り上げました。ドキュメンタリーも実際には「説話」として構成されていますからね!)
(下のコメントに続く)

Nina Fonoroff | January 7, 2017 at 9:33 pm

で、これらのことはマイケルジャクソンとどういう関係があるでしょうか? たくさんあります。先学期、私は私の大学で「マイケル・ジャクソンの映画の世界」というコースを教えました(これについて多く話したいのですが、またの機会にします)。もうひとつ、マイケル・ジャクソン自身、「メディア」を利用し操ったという点では、完全に(一般に思われているようには)「無実」ではないということ。実際のところ、私たちが知っていて、愛し、弁護しているマイケル・ジャクソンは、「メディア」がなかったら存在しません。それについて考えてみましょう。

レーガン大統領のいるホワイトハウスへの訪問は、「メディア」によって、与えられ、構築された出来事ではないんですか?

マイケルは、トランプがそうであるように、メディアの恩恵を得ていることを非常によく知っていた。 (これは前に言いましたよね?ふたりに共通して指摘すべきなのは「地球上で最も素晴らしいショー」を創ったことで名を馳せたP.T. Barnumの崇拝者だったことです)

マイケル・ジャクソンについての永続的な疑問は、これはタブロイドや主流のメディアによって引きずり下ろされるスーパースターたちすべてに言えることですが、「説話」がなぜ、どのように変わるのか、ということ。 この疑問を、私たちは以前にも考えたことがあり、これからも繰り返し考えることになるでしょう。この種の象徴的な攻撃に耐えたのはマイケル・ジャクソンだけではありません。

スティーブンソン、あなたは、「メディアは批判的思考をすでに取り去ったか、あるいは取り除こうとしている」と言う。

私たちは、「メディア」について、より深い疑問を考えていく必要があると思います。マイケル・ジャクソンとドナルド・トランプと「メディア」の関係、そして私たちが真実とか現実だと呼んでいるものとは何なのか。
ニュースジャーナリズムの現状に、メディアによるセレブレティの報道と、政治の報道の区分けをなくしてしまえば、私たちは "批判的思考"のスキルを放棄したロボットとかわらなくなってしまう。
真実は、トランプのキャンペーンは、彼の相手よりも多く、ものすごい回数報道されたということです。「タダ」でね。彼はこの報道の波に乗ってホワイトハウスにたどり着いた。私たちは、もっと賢くなるか、結果を受け入れるか、しなくてはいけませんね。

Irene | February 2, 2017 at 11:09 am

ノルウェー人から見て、アメリカは世界で最も偉大な国です。ドナルド・トランプは人種差別主義者とか、同性愛嫌いとか・・・偏狭頑迷な人物などと言われていますが、それは、マイケル・ジャクソンについて人々を欺いたようなメディアにあなたが騙されているからです。現在、国とその国民を本当に愛している大統領がホワイトハウスにいるのに、多くの左派(主に)は、メディアのあらゆるゴミのような報道を見て騒いでいる。このビデオを見てください。





(コメント欄終了)

すべてのコメントを紹介し終わったら、主にNinaに反論するつもりで、私のコメントも追加しようと思っていたんですが、ここまでで疲労困憊してしまいました。昨日いただいたコメントから、さらにピルジャーの記事の和訳を修正したので、そちらを再度読んでいただきたいと思います。
で、、上の動画は、stephenson が紹介したリンク先と同じですが、陰謀論風味ではなく、主要メディアが報じたトランプ批判に対して、普通に反論している動画です。主要メディアが「オルタナ・ファクト」と呼んでいることや、トランプがここまで、どのように批判されてきたか、よくご存じない方には、いい「まとめ」にもなっているような気がします。もっとも、リスニングが全然できない私は、字幕や豊富なフリップを見て、大雑把にそう言ってるだけですがw。

相当長いので、目次代わりにタイトルだけ下記に記しておきますね。

0:43 - ドナルド・トランプの戦略
3:42 - ドナルド・トランプについての大手メディアの報道
5:25 - トランプは泡沫候補だ
6:44 - 彼は選挙書類を提出しない-無視しろ!
8:52 - 不法移民、国境の壁、レイプや犯罪
16:18 - Univision、NASCAR、ESPN、そしてメイシーのトランプは「おことわり」?
18:22 - ジョン・マケインは戦争英雄か?
21:52 - トランプは徴兵忌避者だった?
23:40 - メーガン・ケリー、ロージー・オドネル、女性との戦い
27:18 - 彼女はどこかから出血してる…
28:55 - 破産についての真実
32:18 - 聖書は知っている!
33:39 - 9月11日にイスラム教徒が祝祭
35:52 - トランプは障害のある記者をばかにしたのか?
37:25 - イスラム系移民入国禁止
43:17 - アメリカ人はトランプのイスラム系移民入国禁止を支持?
44:38 - イスラム教データベース
46:33 - 不法移民を雇用する?
48:20 - ウラジミール・プーチン
50:09 - 反ユダヤ発言
51:26 - アドルフ・ヒトラーとの比較
54:57 - 選挙運動に反対した人々
56:28 - 娘とのデートについてのおきまりのジョーク
57:10 - サタデー・ナイト・ライブ
58:09 - トランプは巨額の富を継承した
59:06 - ドナルド・トランプは選挙資金に困っている
1:01:21 - ジェブ・ブッシュと移民政策との個人的なつながり
1:01:54 - パリでの銃規制
1:02:46 - 原子力規制に関してはトランプを信用するな
1:03:35 - ヒラリー・クリントンがISISの勧誘ビデオ(にトランプの映像が使われたこと)に抗議
1:04:10 - インターネットを閉鎖しろ?
1:05:00 - カーリー・フィオリーナ:あの顔を見てみろ!
1:05:48 - ヒラリーは「ヤラレた」
1:06:13 - テロリストの家族をねらえ
1:07:00 - ジョージ・W・ブッシュは我々の安全を守った
1:07:50 - トランプはレイプ魔だ
1:08:30 - 強制国外退去
1:09:31 - 「ドナルド・トランプはヒラリー・クリントンの秘密兵器」という陰謀
1:09:53 - 選挙資金の偽善
1:10:50 - オプラを副大統領に?
1:11:08 - ドナルド・トランプはバットマン


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by yomodalite | 2017-02-20 13:10 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

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少し前に和訳した「大統領の政治3」のコメント欄の和訳です。

高学歴のMJファンが集っていることで知られる「Dancing With The Elephant」で、今回の大統領選の結果がどう受け止められ、どんなことが語られたのか? 

それは、ある意味、本文よりも濃い内容のようにも思えたので、なんとか日本語にしてみました。時間がかかってしまいましたが、とりあえずトランプ政権が失脚してしまう前に紹介できそうで安堵しています(ホッと出来たのはそれぐらいですがw)。

前後半の2回に分けて紹介したいと思いますが、

下記は、2016年12月8日から12月29日までのコメントです。


Caro | December 8, 2016 at 4:38 am


新しい投稿をありがとう。 私は南アフリカにいるので、アメリカの政治にはあまり興味がありませんが、両国とも、クズ大統領のようですね!!私はあなたたちがすべての結果にとても傷ついていることを残念に思います。 私たちは上手くいけば、トランプ政権ができる前に、ズマ大統領を失脚させることができるでしょう! 次の総選挙は、その達成のために投票するのが唯一の理由です!!!  ANC(アフリカ民族会議)にいる、多くの黒人サポーターは、現状にうんざりして支持政党を変えています。もはや、人種隔離政策に反対したネルソン・マンデラに対する熱狂はなくなりました。(参考記事→)

私がうれしく思ったのは、マイケルが政治的ではないことで、変化を起こす方法について指摘されたこと(私の友人は、人のすることはすべて政治的だ、と言ってますが)。 彼が何をしたのか、彼がとてつもなく大きな影響力を使って、どのように変化を起こしたのか ー ガンジーの名言でよく取り上げられている「あなたがこの世で見たいと願う変化に、あなた自身がなりなさい」 マイケルは、私にとって、その言葉通りに生きた人。私は、彼をインスピレーションとし、道徳的な指針としても、自分の人生を生きようと努力してきました。 ジョージ・フォックス(クエーカー教の創始者)は、人々に、「世の中を陽気に歩いていく手本となれ、規範となれ」と言いました。それは、マイケルもしてきたことで(陽気という部分は、彼には、とても困難でしたが)、私もそのように生きています。 ほとんどの場合、私は "外部” を変えることはできませんが、自分の世界に影響を与えることはできます。ジョーソープ(英国のコミック)でよく言われているように、それは最も重要で、とても効力があるものです。

この記事のおかげで、マイケルがやったことを思い出させる良い機会になりました。私たちがサイのような皮膚で、良い状態を続けられますように!


Lisha McDuff | December 8, 2016 at 2:19 pm


ありがとう、キャロ!

私が思うに、今回の選挙は、伝統的な政治の枠組みや政策が、良い政治に必要なスキルからかけ離れていて、政治的イデオロギーがどれだけ政治に必要にないものに縛られているかを明らかにしたと思う。人々の心と精神に及ぼす悪影響に対応するために、私たちは今まで以上に、私たちのためのアーティストを必要としている。今は恐ろしい時代です! マイケル・ジャクソンがここにいたらいいのに。 私たちには彼が必要です。


Nina Fonoroff | January 8, 2017 at 12:55 am

キャロ、南アフリカからの視点をもたらしてくれて、ありがとう。私も、そして、おそらく多くのアメリカ人も、孤立主義によって、米国内だけの問題に囚われている。 私たちの国境の外の世界を思い出すのは良いこと思います。

Messi | December 8, 2016 at 9:08 am

マイケル・ジャクソンとドナルド・トランプは、両方とも人種差別的メディアを破った。 マイケル・ジャクソンとドナルド・トランプの両方が腐敗した政府を破った。 マイケル・ジャクソンとドナルド・トランプの両方がアメリカ人によって正当化された。

Willa | December 14, 2016 at 5:24 pm

こんにちはメッシ。私は、メディアとの関係において、ドナルド・トランプとマイケル・ジャクソンがもたらしたことの中には、いくつか非常に特殊な方法があったということに同意します。 最近のワシントンポストの編集部が示唆しているように、どちらもパフォーマンス芸術の一種として、メディアを利用したと思う。トランプの息子、エリックは数週間前の会話でこれを認めたようですが、トランプ自身は、先週の選挙ラリーでそれを認めました。 彼の支持者の何人かが、ヒラリー・クリントンを「監獄に入れろ!」と唱え始めたとき、彼は「選挙前にそうなれば最高だね、別に、おれたちは構わないよね、そうだろう?」と言いました。 ここに動画があります。





しかしながら、彼らの動機は全く異なっていた。 マイケル・ジャクソンは、Can You Feel It、Beat It、Bad、Black or White、そして、They Don’t Care About Usでも、彼の最も強力で象徴的なショートフィルムで明らかなように、人種差別や、その他、様々な偏見のために戦いました。一方、トランプは、恐怖と怒りを助長し、支持者を世論調査に駆り立てるために、非常に扱いやすい方法で、人種問題を餌に、女性嫌悪や、外国人嫌悪などを使用しました。
それらの本質的な違いを無視することは、マイケル・ジャクソンの仕事と、人生の多くの背後にある動機付けを否定することになります。

stephenson | December 26, 2016 at 12:16 pm

こんにちは、ウィラ。当然のことながら、トランプを見る方法はいくつかあると思う。私が最近考えているのは、もっと寛大な見方です。彼は、国家が進行していく過程で、深刻な体系的な問題を感じ、世論調査において、国民の感情が高いレベルで悪化しているのを読み、大統領選のために行動し、物事をより良くしようと決心した。 バーニー・サンダースの場合も同様です。彼らはある問題を見て、他の問題にも繋がっていると感じ、それは国民に広く拡がっている不満だと思い、行動を起こした。戦いに足を踏み入れたトランプは、勝つために最善を尽くそうと、相手を倒すためにすべての武器を使いました。彼が集会で言ったように、「私が勝たなければ、時間とお金の最大の無駄になるだろう」ということ。つまり、彼は、彼が勝つために必要なことを行ったわけです。「心の曲がった、不誠実なヒラリー」と相手を呼ぶことも含めて。あなたが投稿した動画に見られるように、それは戦略であり、本当に「彼女を監獄に入れたい」わけではなかった。彼はメディアが想像したよりはるかに戦略的に戦いました。メディアは衝動的な子供と言いましたが、彼は自分の発言をきちんと把握していたと思います。そして、トランプについてのもうひとつ言えることは、移民や貿易を中心に、十分に対処されていなかった正当な問題を提起したことです。

私が興味を持っているのは、トランプが、ヒラリーや、共和党の反対者などをカメラの前で名指しして攻撃したときの、彼らの対応の仕方です。彼らのほとんどが、ただ肩をすくめて、やれやれと天を仰ぎ、笑ったり、ニッコリしたりした。ヒラリーは、女性として「相応しい礼儀」という基準に縛られ、不利な状況にあったでしょう。でも、最終ディベートでは、言い返し、より強力に対応することもできたはず。言い換えれば、彼女は怒って、彼女の顔や言葉で表現する必要がありました。「もし私が大統領になれば、あなたは刑務所にいるだろう」とトランプが言ったとき、彼女はもっと強烈に反応することができました!大統領は国民を刑務所に入れる決定は出来ない。それは裁判所の責任であり、私たちは強い原則として「有罪判決が出るまでは無罪」を前提としている、と。議論の形式のせいで、彼女は窮屈になってしまったようだけど、トランプはそうならなかった。私は、彼女は「よくも言ってくれたわね」と言い返すべきだったと思う。怒りを見せるべきだった。笑ったりしないでね。誰だろうと、人を刑務所に入れると、何百万人もが見てるステージで言うなんて、ちっとも面白いことじゃない!

一方、私はMessiに同意します。企業であるメディアは、MJを悪用したのと同じように、彼に対して不公平でした。そういった行き過ぎは、弱者の同情を生み出し、彼が長期的に大統領候補として、選出されるのを助けたかもしれない。 MJ対メディアと、トランプ対メディアが権力闘争だったことは間違いありません。メディアはMJを人種差別主義者(TDCAUの反ユダヤの歌詞)として攻撃し、彼のメッセージを完全に誤解していた。そして、彼らは、トランプもそのやり方で倒そうとした。例として、トランプが人々に誓いを立てるように頼んだとき、彼らの集会で投票すると、手を上げた人々の写真は、ヒトラーにハイルヒトラーをする人々の写真と比較された。率直に言って、私はトランプがメディアが公正じゃないと言ったとき、それを気に入っていました 。そうです!彼らはあまりにも多く、倫理的な制約などお構いなしに、視聴率を追い求めている。私は、MJを、彼らがどのように扱ったかについて恨みを抱いているのかもしれませんが、ジャーナリストには厳しい事実や、意見が少なく、2人を混合することは間違っているかもしれませんが、私の意見では、メディアは行き過ぎていると思う。

Nina Fonoroff | December 28, 2016 at 3:50 am

スティーブンソンへ。以前の記事で、私は、エンターテイナー(MJ)と政治家、また、政治家(Trump)の仕事は大きく異なると書いたと思いますが、 さらに言えば、彼らのメディアによる扱われ方が、社会や政治に及ぼす結果は、「非常に」大きく異なると思います。ですから、 その点に関して二人を比べることは、まったく意味のないことではないでしょうか。
そういったこととは別に、トランプはジャーナリストの助けを必要とせず、私たちが持っているコミュニケーションのチャンネルを通じて、ナルシストのデマゴークとして登場することができたわけです。 彼の選挙キャンペーンでの演説を見たり、彼の多くのツイートや、彼の集会における支持者の振る舞いをみても、トランプの立候補を理解することは、どこをとっても、まともな人々に対する侮辱であり、そして彼が今後大統領職に就くことは、私たち全員にとって深刻な危機です。

stephenson | December 8, 2016 at 5:07 pm

ウィラとリシャ、私は今が恐ろしい時代だということに同意します。2011年に「ウォール街を占拠せよ」(オキュパイ運動)の動きが登場する前から、ずっと怖いと思い、爆発しそうな緊張状態を感じていました。残念ながら、オキュパイ運動の動きは止まりましたが(私の意見)、オキュパイ運動が明らかにした社会的緊張は、BLM(「黒人の命も重要だ」)や、バーニー・サンダースの動きなど、後の動きに大きく連動していて、オキュパイ運動が大規模なデモや行進で現場に登場したときから、二大政党を不安定化させる勢力が活躍していたと言えます。社会全体を覆うような不満感情が増幅されていたから、それは起こるべくして起こった。最近の不満は、農村部により多く現れた。このような地域に住んでいない人は、おそらくそこで起こっている経済的な内訳を完全には理解していないでしょう。私は地元の小さな町のメインストリートを通って、空の店の陳列棚を見ることができます。ビッグ・ストアだけが生き残ることができ、私たちのラジオ・シャックは閉店してしまいました。地元の企業は生き残るために苦労しているんです。人々には使いたくてもお金がない。都市の環境に住んでいる人は、こういったことをまったく見ないですむ人もいますが、ここでは、昨年も、多くの小規模店舗や地元のレストランが閉店しました。私の地元の新聞は差し押さえのリストでいっぱいです。こういった不満を考えれば、私はどうして今回の選挙で、サンダースやトランプのような未知の新人が中心になったか、わかる気がします。これまでの行政や、その失敗(感知されたものも、実際も)と関係していなかった人の方に強い磁力があった。トランプは米国のインフラを更新することに重点を置き、道路や橋を修復するために郡がドルを獲得しようとしたことで、認められたんです。

私は、経済の不安定化とテロリズムに対する強力な恐怖がこの選挙に大きく影響したと思っています。人々は傷ついていて、自分たちや、国を、そして不安定な世界を助けてくれる人を求めています。多くの人が変化を必要としていることを認識しています。一緒に平和的にやることはできませんか? 私はメディアを含め、人々がレトリックを慎まなければ、内戦に向かうと思います。こんなことは言いたくありませんが、これは極端な社会的、政治的混乱の論理的終結ではないかと心配しています。私は、私たちがその瀬戸際から引き返せることを望み、祈ります。私たちは合意を構築できなければ、地球も、自然も救うことはできません。最も重要な目標を決め、良い計画を立て、それに基づいて行動するべきです。(簡単なことですよね?)ニューヨーク市の気候変動デモでは、40万人が一緒に行進し、そこにあったバナーの1つが印象に残りました。「闘争の統一」。壊滅的な環境劣化を止めたいなら、さまざまな戦闘陣営に分かれることをやめてください。私たちは地球を救うために団結することができないんでしょうか?否定主義者たちを説得することは? なぜ、私たちは、これについての米国の地位を確立し、それに専念するための事実認定委員会を立ち上げられないのか? とにかく、私たちが見ている劣化が人間の活動によって引き起こされたものではないと思うのはやめましょう。言い換えれば、永遠に議論しつづていくか、独立した委員会で問題を解決するか、どちらかです。

当然のことながら、選挙中に放映された9つのディベートの中で、「気候変動」に関して、メディアから1つの質問もなかったことで、私の苦痛は増しています。 私たちが議論を拒否すれば、どうやってみんなが情報を得ることが出来るでしょう? 種の絶滅や、環境の悪化などの大きな問題は広範囲に及んでおり、停止する必要があります。私はアル・ゴアや、レオナルド・ディカプリオのような人々がトランプと個人的に話をしたことをうれしく思っています。 それは物事を変える方法であり、お互いに敬意をもってコミュニケーションできる人同士の良い交流です。

Sharon | December 10, 2016 at 2:08 am

私はあなたに完全に同意します。 気候変動は私たちの時代の問題です。それは、気候変動の影響を受けているかどうかにかかわらず、メディアではまだ十分に言及されていません。 もちろん、気候そのものも十分に論じられるべきですが、問題はそれがどれほど悪化するか?です。

stephenson | December 26, 2016 at 12:21 pm

ありがとうシャロン。あなたに賛成です。どれほど悪化するか?WWFが作ったこの美しいビデオを見ましたか。私も少し前に見たのですが。




Willa | December 14, 2016 at 4:32 pm

こんにちは。StephensonとSharon。気候変動が、今私たちが直面している最も重大な問題だということには同感ですし、実際に対処されていないとも思う。スティーブンソン、あなたが指摘したとおり、「この選挙には、経済不安やテロへの強い恐れが影響した」と思う。恐れを抱いている人々が、長期的な解決策を考えることはとても困難です。私は、この選挙中に明らかになった怒りと不合理な恐怖を和らげ、私たちが取り組むべき本当の問題に焦点を当てる必要があることに同意します。
スティーブンソン、あなたと同じように、私はトランプがアル・ゴアと会話したいという気持ちが、気候変動と環境についての新しい考え方に門戸を開いていることを望んでいました。実際、ゴア自身がそのように会合を解釈したようです。しかし、トランプの政策キャビネットの選択はそれに反している。 Huffington Postの記事では、「ドナルド・トランプの内閣は超反環境主義」という見出しがあります。(→記事リンク)

stephenson | December 26, 2016 at 11:19 am

こんにちは、ウィラ。ある友人は、最近、私たちが「気候変動」と呼んでいる現実を受け入れる上での問題の1つに、そのフレーズが記述的な意味において正確でないという見解を示しました。人々は、気候が変化していることを正当に指摘していて、それは否定することはできないが、それに身構える必要はない。私の友人は、何が起こっているのかをより具体的に説明するのに、「環境劣化」という言葉を代わりに使っている。環境の劣化だけでは、問題の幅が示されていないので、私は「包括的?」という言葉を追加することを考えていました。 「地球温暖化」や「加速度的地球温暖化」のように、「温暖化」という言葉を使用することもできますが、「暖かい」という意味では、特定の地域では起こり得ないため、問題があります。 「体系的な環境悪化」と言えるかもしれません。どう思いますか? 関心がある人は成功する方法を見つけなければなりません。私たちの政府は確実にそのボールをとり損ねましたが、私たちはもっと良く知るべきです。そうすれば、トランプも環境主義者に大きく耳を傾けるでしょう!!

すこし明るい感じで書いておきましょう。素晴らしい2017年になりますように! DWTE(このサイトの略語)で、ウィラと、リシャと貢献者の皆さんがやってることに感謝!

Nina Fonoroff | December 29, 2016 at 7:13 am

本当のことを言えば、崩壊の危機に瀕している世界の最前線にある他の緊急課題と、気候変動を完全に切り離して考えることはできないと思います。 私の見解では、自然界の絶え間ない抑圧は、難民の危機と密接に関連しています。 継続的で無限に続いている戦争や、経済的な不平等、人種差別、特に米国における白人優位の伝統(例えば、ミシガン州フリント市の汚染された水は、そのほとんどが貧しい人種が住む村に影響を及ぼしている)、他にもたくさんあるでしょう。一見すると、偶発的に見える、銃による暴力もそのひとつです。 私たちは、生き残るために必要な資源が、急速に減少する脅威から、無意識のうちに、多くの人々が圧迫されるような神経質な世界に住んでいます。 このような状況下では、油(または水)の最後の一滴、または生息不能な惑星に残された最後の食糧のために競争しなければならないと考えられ、あらゆる種類の暴力が増えると予想されます。

憂鬱な話かも知れませんが、当然のことながら、私たちの誰も先を見通す力を持っていません。 しかし、私たちはこれらを明確にして、曖昧にしてはいけないと思う。 そのためには、ある現象と結びついているように見えても、大きく異なっているもうひとつの現象との間に、はっきり(そんなに細かいことではない)区別をつける必要があります。私が言っていることを、Stephensonに宛てて、もう少し明確に言えば、マイケルジャクソンや、他の有名人が、誰とどれくらい性交渉をしたとか、整形手術を何回、いつ、どこで、そしてどうしてしたのか、とか知っていたり、知る必要がある人などいないでしょう。

しかし、私たちは、気候変動や、エネルギー、経済不平等、移民、中東における5つの軍事的取り引きといった深刻な問題に関する大統領候補の政策については、少なくとも少々の知識を持っている必要があると思います。 私たちが知る限り、これは必須です。ジャーナリストは、納税記録(トランプが開示を拒否している)を含め、候補者の背景を調査するとき、与えられた仕事をしているだけです。 調査を行う記者は、稼ぎに見合う仕事をしようとするなら、候補者または当選者が何かを前もって隠していると思われる場合は、必要な手段を用いて、公共の利益のためにその情報を見つけ出す必要があります。

ニュースメディアで働く人は、(ポップスターとは対照的に)政治家にあまりに優しく接することは、仕事として失敗で、マスコミと一般大衆の間に存在すべき信頼の絆を根絶することになります。私たちは大人です。投票するなど、私たちの人生に関わるような決断を下す必要がある場合、その問題について実践的な知識が必要です。繁栄している民主主義は、独立した報道や、報道が自由かつ責任ある行動をとることを保証する表現の自由がなければ存在し得ません。これはマイケルの「ケース」と、トランプの違いを明確にするはずです。だから、トランプが「嘘つきのメディア」について、自分がどんなにメディアにいじめられているかと、泣き言を言っても、私はいかなる同情もしません。

Julie | December 29, 2016 at 9:55 am

「ルーズベルトが生きていたなら、彼は結局政治的な圧力に屈していたかも。多くの大統領がそうするようにね。彼自身が、“黒人を招いた” あと、マスコミからの批判に屈したように」
「They Don't Care About Us」のビデオに対する批判への否定表明の中で、マイケルは「すべての人類への不公平(人種差別だけではなく)を描写する」と主張していたことから、ルーズベルトが「TDCAU」で言及された理由について、別の考えを述べたいと思います。

ルーズベルトは1933年から1938年の間に米国で制定された社会保障を含む一連のプログラムであるニューディール政策で歴史に残った・・・。プログラムは大恐慌に対応し、歴史家が「3Rs」、救済、復興、改革と呼ぶものに焦点を当てた:失業者と貧困層の救済、経済の正常なレベルへの回復、金融システムを再構築することができた。・・・ニューディールは、政治と国内政策に大きな転換をもたらし、特に、連邦政府の経済規制が大幅に強化された。また、複雑な社会プログラムの始まりと労働組合の成長力も印象的だった」(https://en.wikipedia.org/wiki/New_Deal)

このような点でルーズベルトは、ノーム・チョムスキーのような知識人が規制緩和と民営化という概念によって、今日世界中で見られる民主主義の衰退を担っている新自由主義に、実際に直面した数少ないうちの1人、あるいは唯一の大統領だった。チョムスキーが新自由主義について論じている講演については、たくさんの動画があります。








インタビューの中でチョムスキーは、当時と今の違いをこう指摘しています。

「1929年に大恐慌が起こりました。その約5年後、人々は真の戦闘的な労働組合や、産業組織会議を設立し、座り込みのストライキを始めました。 基本的には、それがルーズベルトにニューディール改革を実行するよう促したのです。 それが現在の経済危機では起こっていない」(Source: http://www.truth-out.org)

だから、違いは私たちにあるのです。私たちは政治家のために一種のバックアップとして機能することもあれば、上記の行で述べたように、政治家に「従え」と言うこともある。

ルーズベルトは、環境面に関心がある人間としても知られていました。 彼は140の国家野生生物避難所(特に鳥類)を作り、29個の国有林と、同じく29個の国立公園やモニュメントを樹立した。 それによって彼は、1931年に明らかにしたビジョンを達成しました。「これまで、私たちの環境政策は単に既存の森林を可能な限り保全することでした。 私たちの新しい政策は一歩進んでいます。 既存の森林を保護するだけでなく、新しい森林を作り出します。」 (Source: https://en.wikipedia.org/wiki/Franklin_D._Roosevelt) これは、彼のいとこであるセオドアが、自分の個人的な趣味のハンティングを楽しむために国立公園を指定したのとは違っています。

フランクリン・ルーズベルトが生きていたら日本に原爆が落とされることはなかったという歴史家もいます。実際には彼は原爆投下の数ヶ月前になくなりました。この問題は今に至るまで歴史家の間で議論になっています。



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by yomodalite | 2017-02-18 07:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

大統領の政治(3)

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(シャペルの素敵なスピーチの全文を「注釈」に追記しました)

Dancing With The Elephant からの和訳「大統領の政治(2)」の続き・・・


今回のパート3は、大統領選の一般開票が終了した約1ヶ月後の、2016年12月8日に投稿されたものです。

このシリーズ記事では、マイケルの政治への関わりや、彼が過去の大統領とどう付き合ってきたのか。という点にスポットが当てられていますが、私は、知的レベルの高いMJファンが多く集うこのサイトで、今回の選挙戦がどう語られるのかにも興味がありました。この選挙でのトランプ氏の扱われ方には、全メディアから攻撃を受けていた頃のマイケルを思い出す点がいくつかあったからです(これについては、このあとコメント欄の声も紹介したいと思っています)。


ウィラは、「今までにもまして社会変化を引き起こす、政治以外の方法について話すことが重要になってきている」と、最初に語り、私もそれに強く共感しました。なぜなら、マイケルもそうでしたし、差別よりも、アイデンティティ政治によって人々が分断をされていることの方がより大きな問題だと感じていたからです。



Presidential Politics, Part 3

大統領の政治(3)


ウィラ:リシャ、私たちが前回の投稿を書いてからずいぶんと変化があったわね。この精神的に疲れた選挙はついに終わり、私は驚き、愕然としています。多くの人々が言うように、私たちの政治プロセスは深刻な被害を受け、壊れているのかもしれないと感じています。そして、今までにもまして社会変化を引き起こす、政治以外の方法について話すことが重要になってきています。


リシャ:国家としてどれほど深く分裂していたかに直面することになって、私にとってとても難しい時期だった。 私は、私たちの制度が大勢のプレッシャーに耐えられるほど強いとは思えない。マイケルが「THIS IS IT」で、

「それは、僕たちと一緒に始まる。それは、僕たちのもので、そうじゃなきゃ、何も始まらないんだ」と言ったように。






ウィラ:それは素晴らしい例だと思う。 彼は具体的に、政府の限界と、政治家はそれを導くのではなく、世論に従う傾向があることについて具体的に話している。これは、あなたが引用した箇所につながる文章の中で明らかよね。

みんなは言う。「誰かがやってくれる。政府がやってくれる。心配ない、誰かが・・」って。でも、誰かって誰?僕たちから始めなきゃ。自分たちから。じゃなきゃ、何も始まらない。


リシャ:マイケル・ジャクソンは、2009年の「Earth Song」のパートで、この声明を発表し、差し迫った気候変動への警報を鳴らした。 彼はこれが解決されるには、私たちの参加が必要なんだと警告し、時間がなくなっていることをわかっていた。 私は、彼が7年以上経って、今、どのように感じているのかを想像することができないわ。気候変動を否定している人が、米国環境保護庁長官に任命されそうなのは知ってるけど。(→参考記事) 


ウィラ:私もまったく同じことを考えてた。大きな環境の危機に瀕している時、私たちは間違った方向に大きく踏み出しているように感じる。1つの小さな希望は、イヴァンカ・トランプが、父親とアル・ゴアとの間で会議を開き、その後、ゴアはその会議を「長くて非常に生産的なセッション」と呼び、「続けていく」と言ったこと(→記事リンク)


リシャ:ええ、それは少なくとも希望の光ではあるわね。


ウィラ:でも、ゆっくりと成り行きを見守っていれば上手くいく、とも思えない。 結局、マイケル・ジャクソンは決して政治を信じていなかったしね。


リシャ:本当ね。2007年、エボニー誌がの彼の政治的見解(ヒラリーとオバマのどちらを支持するか?)について彼に尋ねたとき、彼はこう言った。

正直に言うけど、それについてはフォローしてない。僕たちは、人間が世界の問題を解決することをあてにしないようにと育てられた。人々にはそれが出来ないというのが、僕の見方だよ。それは僕たちを超えたものなんだ。(→インタヴュー全文)


ウィラ:素晴らしい名言よね。ただ、彼は政治に疑念を抱いていたけど、それは、彼が社会に関与していなかったという意味ではない。 具体的には、人々の認識や、アイデア、感情を変えるための芸術の力を、彼は情熱的に信じていた。


リシャ:彼は積極的に取り組んで、自分が何をすべきかわかっていた。私は、今日においても、彼が恩恵があるような素晴らしい貢献をしたと思うわ。


ウィラ:まさに。 1980年の「20/20」のインタビューで、彼は、彼の兄弟がステージで演奏したときに観客がどのように反応するのかを説明し、その反応を重要な文化的変化、アーティストが感じることができる感情的な変化に結びつけた。彼の言ったことは次のとおり。

みんなで手をつないで、体を揺らして、様々な肌の色のすべての人種がそこにいて、それは最も素晴らしいことだよ。政治家にはそんなことさえできないからね



(発言は、動画の4:47~)。



リシャ:彼はかなり若い頃からそう語っているわね。その言葉は、その後、彼が生涯かけてやったことをよく表している。


ウィラ:本当ね。そして、私たちは、彼のコンサートだけでなく、歌詞、ショートフィルム、詩やエッセイ、そして、その他の表現においても、その深い文化的な変化に焦点を当ててきました。でも、マイケルのアートのいくつかは、それををアートとしては発表しておらず、しばしばアートだと考えられてもいない。でも、この別の種類の「アート」も、社会の変化をもたらす上でとても重要だった。


リシャ:それは本当にそうね。


ウィラ:例えば、前回話したように、ロナルド・レーガンや、ブッシュ大統領とのホワイトハウスでの会見は、ある種のパブリック劇場と見ることができる。 ステージや衣装、写真や映画、世界中で生み出される画像の数々 ーー 世界中で入念にリリースされたそれらには、あらゆる演劇の要素がある。マイケル・ジャクソンのイメージは、敬意を表される大統領のように、ホワイトハウスで尊敬されるゲストとして扱われ、政治的で芸術的な効果もあった。ホワイトハウスを、自信を持って歩いている黒人のイメージは、アメリカ人がいつかホワイトハウスに住む黒人を持つようになることをイメージさせ、それが、バラク・オバマに道を開くことになったのかもしれない。


リシャ:それは重要なポイントね。 これらはとても強力なイメージで、偉大な白人男性が独占してリードする資格を持っているという古い認識が揺らいだ。私は多くのアメリカ人が「人種差別主義」という言葉を聞くと、すぐにそれを否定しようとしていると思う。それは、デビッド・デュークや、KKKが表現する憎しみがこもった偏見や、排他的な意味だと考えられ、私たちは経験からほとんどのアメリカ人はそうではないことを知っているけど、この選挙期間中は、こういったグループに対して驚くほどの許容度があった。


ウィラ:確かにそうね。 経済的利益の約束と引き換えに、アメリカ人の大部分が人種差別、女性蔑視、外国人嫌い、宗教的不寛容、などの偏見を無視できるというのが、この選挙の最も気分の悪いことのひとつ。


リシャ:これに真剣に取り組むのはつらかった。 私はそれについて多くの否定があることを感じる。 いかなる人種的憎悪を持っていないとしても、人種問題はアメリカ人である私たちの生活の一部。それを認めようと認めまいとね。「人種差別主義」という言葉は、憎悪のグループや、憎悪の言葉だけではない。それはまた、支配的な白人文化がはっきりとした優位性を享受する、人種に基づくカーストシステムを指していて、そしてそれは私たちが必然的に取り組む必要があるものよ。


ウィラ:確実にね。それはとても重要なポイントね、リシャ。


リシャ:でも、あなたが言ったように、1984年、マイケル・ジャクソンが豪華な軍服を来てホワイトハウスの芝生の庭を見下ろしたとき、彼は自分のアートによって、少なくともあの一瞬、そのカーストをひっくり返してみせた。レーガン大統領と夫人を含め、回りのすべての人が舞台裏に追いやられた感じ。それは、パワーを非常に賢い方法で動かすことに挑戦した賢明で大胆な行動だった。


ウィラ:ええ、レーガン大統領と夫人、そして後にブッシュ大統領と一緒に撮った彼のイメージは広く放送され、世界中で強力な政治的効果を得たと思う。私たちは前回、人種差別撤廃のイメージの力を初めて実現したフレデリック・ダグラスについての記事を投稿し、ダグラスが、アブラハム・リンカーンを訪問したことについても触れたけど、選挙後の「サタデー・ナイト・ライブ」で、デイブ・シャペル(米国のコメディアン)がそれについて話したことは興味深かったわ。




(シャペルの発言は9:50~)



シャペルは数週間前にホワイトハウスでパーティーに行くと説明してこう語った。


さて、俺はこれが真実かどうか確かめてはいないんだが、ホワイトハウスに正式に招待された最初の黒人はフレデリック・ダグラスだった。 彼はゲートで止められたので、アブラハム・リンカーン自身がそこまで歩いていって、ダグラスをホワイトハウスに護送しなければならなかった。 そして、俺が知る限り、ルーズベルト(*1)が大統領になるまで、そういったことは再び起こらなかったが、彼が大統領になって、黒人男性を招き入れたとき、メディアから多くの攻撃を受けた。それで、ルーズベルトは文字通り「私はもう二度とホワイトハウスに “ニガー” を入れることはないだろう」と言ったんだ。(←この前後も含めた全文を注釈に追加)


リシャ:私はシャペルの言葉に激しく心を打たれたと言わなければならないわ。アメリカで一定のグループの人間が、そんなひどいやり方で扱われるなんて、なんて恥ずかしく、不名誉なことか。


ウィラ:そうね、ルーズベルト大統領はすべての人の大統領だと言われ、妻のエレノアとともに、多くの場合、市民権を擁護するチャンピオンとみなされているにも関わらずね。実際、マイケル・ジャクソンはルーズヴェルトの写真を「They Don’t Care about Us」のプリズンバージョンに入れている。


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そして、彼は歌詞でルーズベルトの名前に言及し、賞賛するような強力な言葉で歌っている。


教えて欲しい、僕の人権はどうなったのか?

気づかないふりをしてれば、僕が見えないとでも?

宣言書によれば、僕の自由は約束されたはずだろう

恥辱にまみれた犠牲者でいるなんて、うんざりだよ

彼らは、僕に汚名を着せようととしている

ここが、僕が生まれた国だなんて信じられない

こんなことを言うのは、本当に嫌だってわかるよね

政府は、僕を見ようともしないけど

もし、ルーズベルトが生きていたら

こんなことはしない、ありえないよ

(全訳はこちら→)


マイケル・ジャクソンは、このあと、この最後の2行を繰り返し、ルーズベルトの箇所をマーティン・ルーサー・キングの名前に代えています。それは、マイケルがこのふたりを同等に扱っていて、具体的に言えば、ルーズベルトや、キング牧師は不正を大目に見ないことを意味している。 彼らは「こんなことはしない」のだと。


ただ、シャペルの言ってることが本当だとすると、現実は「They Don't Care About Us」の歌詞とはちがうかも知れないわね。ルーズベルトが生きていたなら、彼は結局政治的な圧力に屈していたかも。多くの大統領がそうするようにね。彼自身が、「黒人を招いた」あと、マスコミからの批判に屈したように(*2)


リシャ: では、これについてそろそろ考えてみましょう。人種差別された「他者」を守るために、ルーズベルト大統領がやれる限界があったのは、明らかよね。


ウィラ:そうね。ルーズベルトのやる気にも限界があったのは確かよね。政治家は、投票してくれる人々の思惑を外すと、選挙区を失うことになる。リンドン・ジョンソンは、1964年の公民権法に署名したとき、補佐官に「私たちは南部の支持を失ってしまった」と言った。彼は正しかった。少数の例外を除けば、南部は堅実な共和党支持になった。ノースカロライナやバージニアのようないくつかの州には揺り戻しがあったけどね。


でも、重要な点をついているわね。一般的に、政治家はマイケル・ジャクソンのようなアーティストのように人を動かすことはできない。有権者を強引に先導しようとすると、いま持っている権力を失ってしまうかも知れないから。


リシャ:マイケル・ジャクソンが、「They Don’t Care About Us(彼らは僕たちのことなんて気にしない)」を作曲したのは、もう20年以上前だけど、この歌は、たびたび必要とされて私たちの前に姿を現す。たとえば最近、抗議者たちは「黒人の命が大事にされなければ、すべての人の命が大事にされたとは言えない(black lives matter)」というシンプルな主張のこの歌をストリートで流した。


私たちが実現しようとしていない高尚な理想、「すべての人のための自由と正義」のようなものにぶつかっていくのは、現在とても重要だと思う。マイケル・ジャクソンは、自分たちそれぞれ利害ではなく、心の深いところに突き刺さるような、芸術的手法でこれらを想像した。高尚な理想を実現する基盤になるようなね。前に進み続けられるかどうかは、私たち次第。


ウィラ:間違いないわね。 彼は「They Don’t Care About Us」のショートフィルムでもそれを明らかにした。「Black or White」や、「Can You Feel It」など、他にも数多くの方法でね。私たちは「Thriller」や、「Ghosts」などの探求を通じて、彼の肌の色が根本的に変化したことや、一般的なアートとはいえない、ホワイトハウス訪問などの政治的な舞台も見てきた。でも、そういった政治的光景の中で、彼が気にかけていた点に注意を向けるときよね。


リシャ:私がインスピレーションを受けた例の1つは、1993年のビル・クリントン大統領就任祝賀式典。 マイケル・ジャクソンはこれまで共和党政権の2人の大統領に賞賛されているけど、民主党が政権をとったとき、マイケル・ジャクソンは再び中心的なステージに立った。彼は心配していた問題に注意を喚起する機会を得て、「Gone Too Soon」でライアン・ホワイトに敬意を表しました。これはもう一度見直し、取り組む価値があるものです。






ウィラ:これはとても強力な瞬間ね。 これは、マイケルジャクソンが、アメリカ大統領を取り巻く政治劇場を使って、彼が信じたこと(この場合はエイズ問題の解決)と、彼が気にかけていた人物への意識を高めるための明確な例よね。


リシャ:クリントン大統領と国務長官の両方がこのパフォーマンスによって、実際どのように動いたのかは注視してないけど、私たちみんなが知っているように、この後、世界のエイズ人口の半分以上に救命医療を提供するチャリティ基金が設立された。


ウィラ:ええ、それは本当に覚えておかなくてはね。 私はマイケル・ジャクソンがこの就任演説で、この問題を支持する前に、ビル・クリントンがエイズ問題に多くの政治的資金を費やしたとは思わない。そして、その芸術的行為は、あなたが言うように、世界中の何千人もの命を救うクリントン財団を通じて、長期的な効果をもたらした。


マイケル・ジャクソンは、後にアトランタにも拡がった、ヒールLAプロジェクトのためにカーター元大統領とチームを組んだときに、特定の政治問題に対する意識を高めることにも同様の焦点を当てている。 マイケル・ジャクソンは、1993年のスーパーボウル・ハーフタイム・ショーでのスピーチの中で、LAプロジェクトについて、カーター大統領とクリントン大統領の両方からインスピレーションを受けたと語った。






そして、もちろん、彼はハーフタイムショー自体、とりわけ「ヒール・ザ・ワールド」の壮大なパフォーマンスのフィナーレに、このテーマを取り入れた。カーター大統領はそのプロジェクトに一緒に取り組んでいるとき、実際ネバーランドを訪れてもいた。これは、彼の訪問中に撮影した写真。


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リシャ:この写真大好き!


ウィラ:私もよ! そして、オムニ・コロシアムでのアトランタ・プロジェクトの発表には、多くの写真があります。 この動画は、それらをスライドショーにしたもの。






リシャ:素晴らしいわね。 マイケル・ジャクソンの大統領と付き合いは確かなものだったわよね?


ウィラ:彼は本当につきあっていた。フレデリック・ダグラスと共通するもうひとつの特色ね。


リシャ:この話題ついてはさらに詳しく(次回に続く…)


訳者註)_________


ルーズベルトという名の大統領は、セオドアとフランクリンの2人がいますが、

・セオドア・ルーズベルト(大統領就任期間1901年 – 1909年)

・フランクリン・ルーズベルト(大統領就任期間1933年 – 1945年)


(*1)シャペルが語っているエピソードは、セオドア・ルーズベルトが、アフリカ系の大統領補佐官ブッカー・T・ワシントンとホワイトハウスで夕食をとったときのことが報道されて、激しくマスコミから批判されたときのものではないかと思います。


(*2)一方、ウィラが、妻のエレノアとともに市民権を擁護するチャンピオンとみなされていると言い、マイケルのビデオにも登場しているのは、フランクリン・ルーズベルトで、彼に「黒人を招いた」ことで、メディアから批判されたというエピソードがあったかどうかは、確認できませんでした。


セオドアは、テディという愛称で呼ばれ、それがテディベアの元にもなったと言われていたり、2人とも尊敬され、現代の米国でも1、2を争うほど人気がある大統領ですが、残念ながら、人種問題に関して、熱心に取り組んだことはなく、フランクリンに関しては、公民権運動を妨害する立場だったということもよく知られていますし、第二次世界大戦の開戦時に大統領だったこともあり、日本人への人種的差別的な発言もありました。


世界史にも、黒人の歴史にも造詣の深いマイケルが、フランクリンの公民権運動への態度を知らないわけがないので、彼が、「もし、ルーズベルトが生きていたらこんなことはしない、ありえない」という時代は、マイケルから見て、人種差別があった時代よりも、酷いと言っていることになります。つまり、自分が黒人だからという目線ではなく、国全体をまとめるために、その時代に適した判断を下せるリーダーとして、真っ当だったという評価があるのだと思います。


そういったことから考えると、マイケルが、この曲で、ルーズベルトとキング牧師の2人を登場させたのは、一般的に、尊敬されている政治家・指導者の中から、黒人と白人の代表を1人づつ選んだということでしょう。


記事の中では紹介されていいない、シャペルの言葉の前後・・・


2,3週間まえ、ホワイトハウスのパーティーに行ったんだ。初めてだったんで、すごくワクワクした。BETがスポンサーのパーティーだったから、そこにいる人は全部黒人だった。素敵だったよ。ゲートを通ってね。俺はワシントン出身だから、バスの停留所(ホワイトハウス行きの?)は見たことあった。昔バス停があった角とかさ。俺もそこで学校へ行くためのバスに乗ってたんだけど、いつかこんな夜があるんじゃないかと夢見てたんだ。


ほんとに素敵な夜だった。その夜の終わりに、みんなでホワイトハウスの西側ウィングに行って、ものすごい盛大なパーティーがあったんだ。そこにいるのはみんな黒人だった。ブラッドリー・クーパー(俳優)を除いてね。彼がどういうわけで、そこにいたのかわかんないけど。


壁には歴代の大統領の肖像画があった。


さて、俺はこれが真実かどうか確かめてはいないんだが、ホワイトハウスに正式に招待された最初の黒人はフレデリック・ダグラスだった。 彼はゲートで止められたので、アブラハム・リンカーン自身がそこまで歩いていって、ダグラスをホワイトハウスに護送しなければならなかった。 そして、俺が知る限り、ルーズベルトが大統領になるまで、そういったことは再び起こらなかったんだけど、彼が大統領になって、黒人男性を招き入れたとき、メディアから多くの攻撃を受けた。それで、ルーズベルトは文字通り「私はもう二度とホワイトハウスに “ニガー” を入れることはないだろう」と言ったんだ。


俺はそれについて考えたよ。黒人ばかりの部屋を見渡して、みんなの顔(あと、ブラッドリーも)を見たら、みんなすごく幸せそうなんだ。ここにいる人たちは、歴史上では人権を奪われてきた人たちだ。それを思うとね、希望がありそうに思えたんだ。アメリカ人でよかったなって。この国の未来に関してすごい希望がわいてきたっていうか。


だからさ、そういう気分で、ドナルド・トランプの幸運を祈るよ。彼にチャンスをあげたい。で、彼には、歴史の中で人権を奪われてきた俺たちにもチャンスを与えてほしいんだ。みなさん、どうもありがとう・・・(歓声)


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by yomodalite | 2017-02-09 10:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)
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Dancing With The Elephant からの和訳「大統領の政治(1)」の続き・・・

2016年の大統領選では、ほとんどの有名人が支持を表明したヒラリー候補が敗れるという結果になりましたが、今も人気が衰えない偉大なスター、エルヴィス・プレスリーと、ジュームズ・ブラウンは、どう政治に関わっていたのか?そして彼らと、マイケルとは何が違っていたのか・・・



Presidential Politics, Part 2: Michael Jackson and “Soft Power”

大統領の政治(2)マイケル・ジャクソンと “ソフトパワー”


ウィラ:私は、フレデリック・ダグラスを描いている「19世紀に最も写真を撮られた米国人の写真伝記」と呼ばれる魅力的な本を読んでいたんだけど、 ダグラスは解放された奴隷で、精力的な奴隷廃止運動家であり、さまざまな方法で政治目標を推進した人物なのね。

そのひとつは、アブラハム・リンカーンから始まり、その後7人の大統領との関係を継続したこと。 彼は1895年に亡くなるまで、リンカーンからハリソンまでの大統領全員に会っている。

もうひとつは、白人の黒人に対する認識に挑戦するような、彼の写真やパブリック・イメージの使い方。それまで多くの白人が奴隷を人間以下と見なすように訓練されてきていたから、これは、南北戦争のあとには特に重要なことだった。ダグラスは、他の人種も同じ人間だということを白人に気づかせ、新たな見方や、感じ方をするようにさせる力が写真にはあると信じていた。

例をあげると、アメリカ初の黒人上院議員、ハイラン・ローズ・レヴェルズの支持者だったダグラスは、レヴェルズの肖像画を見れば、「人々の偏見がどうであれ、この男が、ミシシッピ州の上院議員であることを認めなければならない」と述べた。私はフレデリック・ダグラスが、社会的変化をもたらすために、自分のパブリック・イメージをどのように使用したかについて、語ることができて嬉しく思っています。ここには、マイケルジャクソンに繋がる魅力的な話がいくつかあると思う。


リシャ:そうね! フレデリック・ダグラスを議論することは、マイケル・ジャクソンの仕事の重要性を説明するのに大いに役立つと思うわ。


ウィラ:特に自らの名声や、徐々に進化していったパブリック・イメージを、彼がどのように利用したか。ダグラスは、マイケル・ジャクソン、写真、パブリックイメージ、アメリカ大統領・・・について話を始めるのに便利な出発点になるんじゃない。


リシャ:フレデリック・ダグラスのように、マイケル・ジャクソンはイメージがもつ破壊的な力を理解していた。これは、彼が米国大統領とどのように交流したかを見れば、特に興味深く意義があると思う。


ウィラ: 例えば、ダグラスはリンカーンの就任式に出席しました。彼は、アメリカの大統領のゲストとして撮影された初めての黒人の中の1人だった。 これは、リンカーンの2回目の就任式のときの歴史的写真。



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リンカーンは表彰台に立っていて、赤い丸で囲んでいるのが、ダグラス。ダグラスはいつも非常に慎重で、落ち着いて堂々としたやりかたを公の場で通していた。この写真のように、遠景でまわりも混沌としている中でもそれがわかるわね。


リシャ:素晴らしい写真ね。 私はそういうものが存在していたかどうかも知らなかった。 今、1865年の写真に、マイケル・ジャクソンが、レーガン大統領と夫人と一緒にホワイトハウスの庭を歩こうとする、1984年の写真を並列させてみると・・




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ウィラ:興奮するわよね! こんな風に2枚の写真を比較できるなんてね。フレデリック・ダグラスが120年前に立っていた場所に、マイケル・ジャクソンが立った。 ホワイトハウスにいる、フレデリック・ダグラスと、南北戦争終結時のアブラハム・リンカーン。そして、アメリカで最も成功し、影響力のある男性の1人である、マイケル・ジャクソンと、ロナルド・レーガン。ホワイトハウスでは、120年の間に多くのことが変わった。

この2つの写真は、120年という長い時間の両端に存在するもので、ともに強力な文化的瞬間を記録している。マイケル・ジャクソンは、ダグラスと同じように威厳のある態度で、自分の役割を果たしきっている。実際のところ、彼は王族のような雰囲気さえ漂わせている。


リシャ:同感ね。 そして、この写真には情報があふれてる。一見すると軍の式典のような雰囲気で、ショービジネスの人らしい輝きや、トレードマークの白い手袋、そして誇り高く、若く、驚くほど裕福なアフリカ系アメリカ人である彼は、自由世界のリーダーよりも輝いて見える!この写真が撮られたとき、マイケル・ジャクソンは音楽業界の常識をひっくり返しただけでなく、同時代の多くのステレオタイプをも揺るがせていた。


ウィラ:いい表現ね。私は、マイケル・ジャクソンが真っすぐ前を見て、レーガンの方が、うやうやしく彼に接して歩いていたことにも心を打たれた。 彼らが一緒にいることで、予想以上の視覚的効果が表れている。 彼らを知らない人が見たら、おそらくマイケル・ジャクソンが政治的なリーダーで、レーガンを補佐官だと思うわよね!


リシャ:まさに。 大胆な力の表現だけど、間違いないわね。 レーガン大統領は、その日の異常な大観衆に対して、「私たち夫婦が、これほど多くの人々を見たのは中国を離れて以来だ! まあ、みんな私を見に来たんだろうね」と、冗談を言った。


ウィラ:それは面白いわ! でも、冗談はときに多くの真実を伝える・・・



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リシャ:マイケル・ジャクソンがすべての注目を集めていたのは確かで、大統領とファースト・レディにとってはかなり異例な経験だったでしょうね。ある記者は、「マイケル・ジャクソンが、その日のワシントンDCで受けたほどの注目や警備や興奮を、国家元首が受けたことはない」と述べた。


ウィラ:結局のところ、私たちの社会は、ますますセレブ文化になってきていて、そこでは、注目されることこそパワーなのよね。そしてその結果、伝統的に理解されているような政治的な領域から、文化/メディア/娯楽の領域へと、パワーが移行しつつある。 また同時に、政治に有名人が導入されている。 レーガン自身は、その変遷の中で重要な人物であり、有名人を一種の政治権力として再利用していた。 彼は元俳優であり、政治的な目的のためにカメラを使用することに非常に熟練していました。


リシャ:ええ、文化批評家の多くは、テレビ俳優から国家元首になったロナルド・レーガンが、私たちの社会にあるパワーの感情的な部分に、いかにアピールしたかについてコメントしている。


ウィラ:それは本当に起こっていることよね。 でも、レーガンの立場とカリスマ性をもってしても、マイケル・ジャクソンは彼を出し抜き、より重要に見える。


リシャ:確かに。レーガンの補佐官のひとりで、今は連邦最高裁判所長官のジョン・G・ロバーツは、あのとき、「ミスター・ジャクソンが来場することで、ホワイト・ハウス職員の一部がこびるような態度を見せること」に対して懸念を示した。彼は、大統領からマイケル・ジャクソンに手紙を送る案が出たときも、それを却下し、「大統領広報局は、マイケル・ジャクソンのPR会社の付属品じゃない」と警告した。ホワイト・ハウスの補佐官が、そういう内容のメモを出すなんて、よほど危険な状態だったに違いないわ。


ウィラ:将来の最高裁判所長官のロバーツが、アメリカの大統領を守るために書いたメモで言っていることだものね。大統領は大きな政治的力を持っている。でも、マイケル・ジャクソンなど、アーティスト、芸能人、有名人は、人々の意見や態度を変える能力を持っている。これは何度も言及したわよね。政治家は一般的に世論に従う必要があると感じている。そういう意味では、人気のあるアーティストが指導者を率いることもある。この時点でのマイケル・ジャクソンの「ソフトパワー」は凄かったし、そういう意味ではレーガンを上回っていたかもしれない。

ところで、マイケルとレーガンの会見について、前に話したところに戻りたいんだけど、これは、1990年のホワイトハウスで、マイケル・ジャクソンが、ジョージ・H・W・ブッシュに会った写真。




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マイケルは、またもや微動だにしないといった感じで、彼の側のいる政治家の方が敬虔な感じね。そして、このジャケットを見て! あなたが指摘した、一見すると軍の式典のような雰囲気は、レーガン、ブッシュと共にこの写真にも浸透している。 これらの写真は、ミュージシャンというよりは、英国王室からの訪問を記録しているみたい。


リシャ:これは、マイケルの写真の中でも大好きな1枚ね。 2012年に、この英国式のミリタリージャケットは、ロンドンのゲッティイメージズ・ギャラリーでも展示されていた。このジャケットは、デザイン、職人の技術、絶妙なディテールなど本当に劇的よね。 写真ではその本当の素晴らしさを表現できないぐらい。マイケル・ブッシュは、この衣装の製作を終えた後、マイケル・ジャクソンがそれを見て、左側に、何か追加したいと言ったことを指摘している。 具体的にいえば、ブッシュ大統領の側の胸に、派手なラインストーンのブローチを置いたこと。ミリタリージャケットでは、人がバッジを見るであろう右側に、バッジやメダルが相応しいと。




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ウィラ:それは興味深い話ね。


リシャ:私はそこに魅了されたの。なぜなら、ここで私たちがここで話していることを象徴するように私を襲ったから。それは、政府が何世紀も恐れてきた芸術による、政治のソフトパワーよね。 マイケル・ジャクソンは芸術家の権力と権威について、絶妙にして、強力なメッセージを作り出し、大衆に影響を与えた。


ウィラ:どう解釈するのか興味深いわ!どこか軍の式典のような雰囲気を醸し出すマイケル・ジャクソンの大きな事例だものね。こういった場合、名誉のメダルは、一般的に職業軍人の場合は左胸に表示されるけど、それを大きく変えるような微妙な変化を作っている。


リシャ:本当に賢いわよね。 歴史的に、軍事的なパフォーマンスは、権力の重要な構成要素で、英国人は特にそれに熟達している。たとえば、英国人がインドを占領したときも、彼らはそれを多く行った。強い力を認識させた精巧な軍のパフォーマンスと、戴冠式は、彼らの支配を維持する1つの方法でもあった。


これは1911年のデリー、ダルバールでの式典におけるジョージ5世と、メアリー女王の写真。



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ウィラ:すばらしい考察と、それを示す驚くべき写真。ここには、権力の象徴となるようなものが余すことなく表現されている。私の目を引いたのは、これだけのパワーや荘厳なショーの雰囲気を生み出すのに、どれほどの演劇的要素が盛り込まれているか、ということ。ここには、演出、舞台装置、手の込んだ衣装、振り付けされた行進、台本をもとにした言葉がある。






リシャ:これらは、素晴らしい舞台の要素をすべて含んでいる。


ウィラ:確かにね。 マイケル・ジャクソンのレーガンとブッシュとのホワイトハウス訪問と同じような舞台感覚。演劇としての演出を見ているようね。


リシャ:そして、これが壮大な舞台のように見えるのは、偶然ではない。 マイケル・ジャクソンは、レニ・リーフェンシュタールの「意思の勝利(Triumph of the Will)」のような映画を通して、軍事パレードや、舞台効果について研究していました。ヒストリー・ティーザーでの、アドルフ・ヒトラーのパフォーマンスの使用については、ここで記事にしたわよね。


それは素晴らしい内容だったけど、HIStoryアルバムのライナーノートに描かれた軍服のまた別の話として、これはロンドンで最も古い、最高のミリタリージャケットのテーラーの1人によって、マイケルのためにカスタマイズされたものなのよね。



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ギーブスとホークスの手によるテールコートは、世界で「ハンド&ロックハンド刺繍の最高品」の1つと言われている。 現存する最高級の英国の軍服のうちの1つが、イギリスの軍隊や王族に属していないというのは魅力的な話よね。それは、マイケル・ジャクソンのものなんだから。


ウィラ:それは結構な皮肉よね?


リシャ:ええ。 マイケル・ジャクソンが、芸術、映像、衣装、舞台を通じて、どのように力を行使できるか、とても慎重に考えていたことは間違いありません。


ウィラ:たしかに。私たちは、英国のロイヤルティとその芸術、イメージ、衣装、舞台芸術について、彼が勉強していたことを知っている。マイケル・ブッシュは、彼の本『キング・オブ・スタイル:衣装が語るマイケル・ジャクソンの世界』でこれについて繰り返し述べている。そして、マイケルは、政治権力によるこういった大きなパーティーにつながっているように見えました。たとえば、ブッシュの著書では、


「マイケルは、英国の伝統と軍事史に魅了されていて、マイケルのお気に入りの格言のひとつは予想もしない人物のものです。「人は、こんな安ピカなものに操られる生き物だ」。ナポレオンは自分の兵士たちに褒美として与える勲章の意義をそう説明していました。ヨーロッパ公演の最中、マイケルは必ず各国の城や古都を訪れて、博物館に展示されている王や王妃たちの肖像画をうっとりと眺めていました。バッキンガム宮殿でも、ロンドン塔でも、国会議事堂でも、マイケルは壁に掛けられた肖像画を熱心に鑑賞し、すべてを吸収していった。華やかさ、魅惑的な美しさ、勲章と名誉のしるし、王族や指揮官を実物より堂々と立派に描く手法・・・そういったもののすべてに、マイケルは強く惹きつけられていた。(P8)


リシャ:それは素晴らしい格言ね! 実際、トンプソン&ブッシュのデザインによる、マイケル・ジャクソンの最後の衣装は、それを非常によく示している。 私は本当にこのデザインが正しいと思う。それは、彼の人生をかけた仕事をどれほど美しくまとめていることか。



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ウィラ:そうね。特にこのジャケットは、ブッシュが、マイケル・ジャクソンのお気に入りと言っていたジャケットを元に作られているから。それは、あなたが以前言ったように、非常に「男性的」なミリタリースタイルと、「女性的」な真珠とブローチを組み合わせた、素晴らしい再解釈よね。 私は、ブッシュが葬儀の前に、このジャケットでマイケルをドレスアップしたことを読んで、とても心が動かされた。


リシャ:私も。マイケル・ジャクソンにとってこれ以上完璧なスーツを想像することはできない。そんな重要な話を中断するのはいやなんだけど、でも、パワーの表現として、身につけているものや勲章について、私が話したいのは、ジョン・レノンがプレス・インタビューで、おそらくは、ファッションの表現として、バスの運転手のバッジをつけたときのこと。それは勲章が本当に意味するものについて、すべての考えを検証しなくては、と考えさせられます。彼はそれについて尋ねられたとき、バスの運転手のバッジだと言っていて、実際に彼が「バスの運転をしていた」ことを意味していた! それは人々に、自分の力と、権威を表現する方法を見つけ出すうえで、芸術的な方法だと思う。また同じようにエルヴィスも、ファッションや、勲章や、権威の表示に魅了されていた。


ウィラ:ええ、それは聞いたことがあるわ。 彼が1970年12月に、リチャード・ニクソンとの会談を要請したのは、勲章を求めてのことだったと。


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リシャ:これは、そういった意味で魅力的な写真ね! マイケルジャクソンが着用したベルトのいくつかに、彼のベルトがどれほど似ているかがわかるわ。それにしても、これが、合衆国憲法を含む国立公文書館で、最もリクエストされているものだって信じられる?


ウィラ:本当? それは知らなかった。よく知られているように、この写真はエルヴィスが発表したくないという理由で、長い間隠されていた。 スミソニアン誌の記事によると、エルヴィスは(銃や違法なドラッグのようなものを持ち込もうとしたとき、税関を通り抜けることを阻止するための)麻薬および危険薬物局の勲章を求めて、この会談を行った。ただ、これはマイケル・ジャクソンのレーガンや、ブッシュとの象徴的な会合とはまったく違う権力への理解を示している。 エルヴィスは、大統領が自分が望む何かを与えることができる強力な人物として、ニクソンに会えるように頼んだ。 それは王座に近づき、王様から特別な品物を要求するような、伝統的な権力への見方よね。


リシャ:そのとおり。ニクソンは、エルヴィスが欲しがったので、BNDD(Bureau of Narcotics Dangerous Drugs)勲章をあげようとした、というのが私の理解。


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でも、マイケル・ジャクソンがレーガン大統領と会ったときは、あなたが示唆するように、力のダイナミックは、別の場所にあった。 マイケルが大統領との会見を求めるのではなく、彼と接触したかったのは、レーガン政権だったし、エリザベス・ドール運輸長官は、公聴会で「ビート・イット」を使用する許可を得たかった。






ランディ・タラボレッリによれば、当初マイケルは興味がなかったが、ホワイトハウスが彼の名誉授賞式を行うことに同意したことで、心変わりしたのだと。


ウィラ:そう、もしそれが本当であれば、あなたが以前に言及したように、インドの植民地時代に、英国王室が帝政尽くしのパフォーマンスをしたように、彼はこの瞬間の儀式的な側面について、かなり意図的に考えていたことを示唆しているわね。そして、まさに重要な点は、エルヴィスは、大統領との写真を公開することを嫌がったけど、マイケルは公開した。 実際、そういった視覚的なイメージを広めることが、彼にとって重要なポイントだったようね。 彼は、カメラにどうやって撮られるのか、これらの写真がどのように公開されるのかをよく知っていた。 彼は、特別大使のための勲章ではなく、力を表現するのは、そのイメージなのだと認識していた。


リシャ:それが正しいと思う。ホワイトハウスの式典は、それ自体がマイケル・ジャクソンに与えられた報酬だったけど、エルヴィスの場合はそうではなかった。大統領の日々のスケジュールを、細心の注意を払って撮影しているホワイトハウス専門の写真家がいなかったら、エルヴィス/ニクソンの写真は、保存されていない可能性もあった。大統領の瞬間が、いつ歴史的に重要になるかを事前に知ることは不可能なので、写真家は、ほぼすべてを記録している。 オバマ大統領は「ナショナルジオグラフィック」誌に、そういうことには慣れたと語っていたわね。事実、いつ何時でも、常に大統領は撮影されている。



National Geographic: The Obama White House Through The Lens [1/4]

(4:30~ ホワイトハウスの写真家ピート・スーザについての部分)






ウィラ:以前その映像を見て、オバマ大統領の言葉に衝撃を受けたわ。彼はこう言った。「絶え間なく観察されていることは、このオフィスを使用する誰にとっても、非常に難しいものがある」と。私はそれは本当のことだと思う。そして、「絶え間ない観察」は、マイケル・ジャクソンの成人期すべてで対処しなければならなかったもの。 しかし、レーガンやブッシュ大統領との会談のようなとき、彼は、伝えたいと思った劇的なイメージのために、何をすべきかを知っていた。


リシャ:私は、大統領が絶え間なく観察されていることは、マイケル・ジャクソンが社会へと踏み出す度に経験したことと非常によく似ていると思う。 ただ、私はマイケル・ジャクソンがこれを「gesamtkunstwerk」(*1)の一形態として、より大きな芸術作品となることを学んでいたと思うわ。


ウィラ:同感。彼が、有名人である自分を、新しいジャンルの芸術として考えていたことは間違いないと思う。 マイケル・ジャクソンが、ホワイトハウスを訪れたとき、あなたが以前に説明したような「一見すると軍の式典のような」舞台を意図的に設定していたこともね。だから、エルヴィスと、ニクソンの会談(特別任務の勲章を与えることで、力を示している)と、マイケルと、レーガン、ブッシュとの会談(マイケルの象徴的なイメージが世界に伝えられている)でのパワーの違いは興味深いわね。


大統領とミュージシャンの別の会合といえば・・・ニクソンがエルヴィスと会った2年後、彼はジェームズ・ブラウンとも会った。写真はエルヴィスの写真と非常によく似ている。 実際に、彼らは同じ場所に立って握手している。




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あらためて思うけど、パワーというものは、本当に面白いわよね。後々、レーガンの側近がマイケル・ジャクソンに連絡したのと同じように、ここでは、ニクソンの側近がジェームズ・ブラウンを捜して、彼に支持を求めている。






想像できることだけど、ジェームズ・ブラウンはこれによって厳しく批判された。でも、彼は、批判されればされるほどニクソンを支持するようになったのよね。


リシャ:エルヴィスのように、ジェームズ・ブラウンは本当にニクソンを尊敬し、彼にとっての重要な問題で、ニクソンの立場を高く評価した。 多くのアーティストがそうであるように、彼はニクソンの政治運動を助けるために、有名人としての文化的な影響力を使った。でも、それはマイケル・ジャクソンがやったこととは違う。


ウィラ:そう、マイケルが絶対にやらなかったことね。 彼は政治よりも芸術の方が強いと思っていて、複数の機会にそれを語り、彼は自分のアイデアや信念や感情を、自分の芸術を通して表現することを選んだ。


リシャ:そうね。それはかなり慎重だった。 それと、ジェームズ・ブラウンがこのインタビューで、党派性ではなく、同郷人を重視していたことも思い出された。 私は、彼がそれを表現しているところに好感をもったわ。


ウィラ:私も。


リシャ:私はまたもや、マイケル・ジャクソンが自分の哲学をどのように描いてきたかに感銘を受けた。 マイケルは、2回連続で共和党政権に表彰された後、次の民主党政権で再び重要な役割を果たし、ビル・クリントン大統領の就任演説ではパフォーマンスを行った。(*2)


ウィラ:そうね。それと、ジミー・カーターと会ったのは、彼が辞職した後だった。 事実、ジミー・カーターはネバーランドにも訪れている。 マイケル・ジャクソンとアメリカの大統領について、私たちは、次の記事でそれについてもっと話をします。


リシャ:まだ、続きます!


source : https://dancingwiththeelephant.wordpress.com/


訳者註__________


(*1)「理想的で普遍的な芸術作品や、包括的なアートワークを含む総合的な芸術形態に対して使われる美学用語。元はドイツ語だが、英語に受け入れられた。


(*2)1993年、クリントン大統領就任祝賀祭典でのパフォーマンス。マイケルはGone Too Soon」という歌の前に、血液製剤の輸血治療により13歳でエイズに感染し、学校から追放された後、エイズに関する広報活動に広く関わってきたライアン・ホワイトの死を悼み、エイズ患者への支援を訴えた。このときの動画は、次回のパート3で紹介します。



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by yomodalite | 2017-02-01 17:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

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「Dancing With The Elephant」の記事の和訳です。

永年のマイケルファンである、英文学博士のウィラと、プロのフルート奏者として30年のキャリアをもち、演劇公演のプロデューサーでもあるリシャによる、マイケルと米国大統領をテーマにしたシリーズ記事で、初回は、大統領選が決着前の2016年9月末、一番最近のパート3は、トランプ勝利後の2016年12月で、このあともまだ続くようですが、


まずは初回から。


Presidential Politics, Part 1: Michael Jackson and Donald Trump

大統領の政治(1)マイケルとドナルド・トランプ


リシャ:さて、今年は米国の大統領選挙の年、それはいつもよりはるかに騒々しいものになっていて、本当に私の頭を傷つけるような何かが起こっている。 ウィラ、あなたはこの選挙に関連してマイケルジャクソンの名前が何回出てきたか気づいたことがありますか?

ウィラ:あるわ。


リシャたとえば先週、プロモーターのドンキングがトランプ氏を紹介したときのことがことが記事になったわね(→)。物議をかもした彼の発言はこんな感じ。




「俺はマイケルジャクソンに言ったんだ、おまえが貧しいなら、貧しい黒人(negro)だ。そのときは、あえて差別用語(N-word)を使ったんだが、おまえが富裕層なら、豊かな黒人だ。 知性があって、知的であれば、知的な黒人。踊ったり、滑るように歩いたり、腰を振っている黒ンボ(nigger)なら・・いや、黒人(negro)だったな(笑)。おまえは、踊ったり、滑るように歩いたり、腰を振る黒人だ。自分だけはちがうと思っちゃいけない。白人に同化するなんてできないんだから。わかってるよな、お前は死ぬまで、黒人なんだからな」

ウィラ:マイケル・ジャクソンが生きてたらこうするだろう、こうしないだろう、と推測するのはいつも躊躇するのだけど、ドン・キングのコメントにはやっぱり感謝しないだろうと、私は思う。これを聞いてすぐ思い出したのは、ビクトリー・ツアーの最後にドン・キングが言ったこと。


「マイケルがわかっておかなければいけないのは、彼が黒んぼ(nigger)だということだ。どんなにすばらしい歌やダンスができても関係ない。彼が陽気に誇らしげにふるまうのもかまわない。世界的メガスターのひとりなんだから。でも、あくまでも黒んぼのメガスターだ。彼はそれを受け入れなくちゃならない。それを理解して、受け入れ、黒んぼでいたいんだ、と示さなくちゃならない。なぜか?黒んぼもメガスターになれる、っていうことを証明するためだ」


リシャ:ああ、それはランディ・タラボレッリの本に書いてあったことよね? ドン・キングはまさにそういうことを言ってたのね!


ウィラ:ほぼ、同じことを言ってるわよね? そして、マイケルジャクソンは、ドン・キングの言葉について、訴えようと思うぐらい怒っていた。 マイケルは、弁護士のジョン・ブランカにこう言ったそうよ、「そいつは、初日以来ずっと僕の神経を逆撫でしている」


リシャ:不思議なんだけど、ドン・キングはマイケル・ジャクソンを本当に叱責したの? それとも、彼はアメリカ文化の人種的分離についての重要な点をついていた? タラボレッリは、他のビクトリーツアーのプロモートに、マイケルが同意しなかったことで、キングが腹を立てていた、と。 私はその意見には同意できないけど。最近のキングのコメントを考えるとね。


ウィラ:あるいはその両方かもね。 私は、ドン・キングは、アメリカの黒人と白人の間には橋渡しができない分野があるのだと言っているのだと思う。マイケル・ジャクソンが、その断裂を乗り越えることができると信じているなら、愚かだと。


Lisha:そうね。ドン・キングが言ったように、「自分だけはちがうと思っちゃいけない。白人に同化するなんてできないんだから」ってことね。ジャーメイン・ジャクソンの本『You Are Not Alone:Brother's Eyes』には、この話について別の説明があって、ジャーメインによる、ドン・キングの発言はまったく異なる文脈でなされたことを思い起こさせる。彼の記述は次のとおり。


ドン・キングは、機転や駆け引きによって評価されたのではなく、自分の巨大なエゴによって、プロモーターになった。彼はすごく効果的だった。「大口たたき」のドン・キングと「静かな男」マイケルとのやりとりを見て、人は「やっかいなおじさんを持った若者が、しょうがないなぁと思いながらおじさんを面白がってる」という風に思うかも知れない。僕たちがショーの方向性について話し合い、会議に出席していたときのことは忘れられない。マイケルは、ファンにどんなお返しすればいいかとか、彼らを元気にし続けたいと話していた。ドン・キングは、「マイケル!」と、そこに割って入り、まるでひとりごとを言うように、

「これを忘れるな。おまえが金持ちの黒ん坊(nigger)か、貧しい黒ん坊か、ふつうの黒ん坊であるかどうかは重要じゃない。おまえがどんなにビッグになっても、この業界はまだおまえを黒ん坊のように扱うということなんだ」

と言いました。言い換えれば、お前はいつまでも音楽業界の奴隷だと言うことです。部屋にいた誰もが固まりました。音楽業界の人は誰もが人を煙に巻くものだけど、ドン・キングは、直裁に厳しいことを言ってのける。でも、それに最初に笑ったのはマイケルで、その後も静かに聞いていた。彼はそれを面白いと感じたようで、怒ることはなかった。僕たちも怒らなかった。インディアナ州ゲイリーで育った人間にとって、黒人が黒人にそんな風に言うのは、別に珍しいことではなかったからね。(P243-244)


ウィラ:ああ、それは根本的に異なる解釈ね。 タラボレッリとジャーメインの異なる解釈を並べてみるのは注目に値する。 同じ話が聞く者によって、劇的に異なる方法で認識され、解釈されるかを如実に示している。


リシャ:そうね。 ジャーメインは、ドン・キングが音楽業界の人種差別主義について重要な点を指摘していると思っているようね。彼の兄弟もそれを理解していると感じるわ。


ウィラ:まあ、それは本当に重要な区別よね。状況に対して、非常に異なる視点を投げかけている。 でも、マイケル・ジャクソンの本当の気持ちを知るのは難しい。 彼は人種と人種差別について率直に話し合い、ジャーメインが言ったように、キングのコメントに感謝していることも示唆したけれど、Victoryツアー中、ドン・キングが自分に話しかけてくれることを望んでいなかったこともきちんと証明されている。 実際、彼は、「ドン・キングが、事前の許可なく、マイケルのために誰とでも話し合うことを禁じる」という書面による命令も出している。


それ以前も、マイケル・ジャクソンは、ドン・キングが、Victoryツアーのプロモーターとして雇われたことを望まないことを明らかにしている。 しかし、彼の父親と兄弟は、大きな報酬を約束したことで、ドン・キングを支えた。 それによって、マイケルの意見は却下され、ドン・キングが雇われることになったんだけど、最終的にマイケルがが正しかったことも証明された。ドン・キングには、Victoryツアーを運営するような経験はなかったのよね。 ただ、こういった歴史をとおして、ジャーメインがどのように物事を描写するか、ある程度は想像できるわね。 彼は表面的な緊張状態にもかかわらず、実は、マイケルはドン・キングを気に入っていたと言っているようで、それは真実かもしれない。


リシャ:同感。 それでも、私はドン・キングが言っていることが確かだとは思わない! 想像だけど、ボクシングと、コンサートのプロモーションとは、かなり遠いので、ドン・キングが、Victoryツアーに取り組んだとき、彼の読みは外れていたと思う。 でも、アメリカ文化と、ビジネスが交差する方法についての発言には、役立つこともあったと思う。そして、それは、ドナルド・トランプのために彼のフィールドで、キングがしていることなんだと思うわ。 彼は声明で、トランプに対する自分の支持は、女性と、黒人に対する不平等に基づいた制度のため、アメリカの政治システム全体が破壊され、再建される必要があるという信念に基づいていると強調している。


ウィラ:差別用語に関する論争にまぎれてしまったけど、それこそが彼の言いたかったことよね。N-wordはマイケル自身も「This Time Around」で使っているしね。二人ともその言葉を、人種とそれに対する認識、という問題に目を向けさせるために使っている。この場合の、差別用語自体は問題ではない。ドン・キングが示した人種差別主義について強い声明の中には、残念ながら、真実がたくさん含まれていることに私は同意します。


でも、マイケルジャクソンが何をやっても、音楽業界の人々も、そして、一般的にはもっと、常に、人種差別のレンズを通して、彼を有色人種の人間として見るといった人種差別はあいかわらずで、 マイケルはそれに強く反対すると思います。彼は人種差別について、特に、年を重ねてからは、より強く発言していましたが、それは、彼の芸術と、独自の文化的地位が、人々の信念や見方を変えるかもしれないという確信のもとになされていた。彼は、芸術を変革の強い力と見ていました。私は、彼が根強い意見や、偏見に挑戦することで、人々の心と精神に永続的な違いをもたらすと熱く信じていたと思います。


リシャ:すべて同感。 マイケル・ジャクソンは、大きな反発に直面したとしても、文化的規範を受け入れることを断固として拒否し、アメリカ社会に強力な影響を与えました。 多分、私たちが理解しているよりもはるかに多く。ドン・キングは、マイケル・ジャクソンを落胆させるより、むしろ、彼が交渉するように依頼されていた、まさに、その限界に逆らうことを励ましていたのかな。


ウィラ:それは面白い問いかけね。「踊って滑るように歩く黒人」以上のものではないということを受け入れろ、というドン・キングのアドバイスは、彼が間違っていることを証明する野望を、マイケルに与えただろうと想像することもできるわね。


リシャ:まさにね。 私はそれ以外のことを想像することができないわ。でも、この選挙でマイケル・ジャクソンを使ったのは、ドン・キングだけじゃない! トランプ自身も、マイケルとの友情について、人々に知らせようとしているし、マイケル・ジャクソンが、実際に、文化をどんな風に推進しているかについては、以前私たちも話したわよね。 たとえば、ロイターの、ジョナサン・エルンストによる写真は、ドナルド・トランプ氏が共和党予備選で勝利したこと関する記事とともに掲載されている。


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トランプのサポーターの1人が、この写真にサインを求めたみたいね。 でも、それにサインして返す代わりに、トランプは振り向いて誇らしげにそれを報道機関に見せた。 これには、打ちのめされたわ。 ちょっと、どのぐらい自分にすごいパワーがあるか見てみますか?マイケルジャクソンと付き合っていた証拠だよ!っていう感じよね


ウィラ:それを解釈するのは興味深いわよね、私はあなたが何か気づいているんだと思う。 結局のところ、彼は翌日、アンダーソン・クーパー(CNNのキャスター)に「マイケル・ジャクソンは実際に私の友人だった」と語っている。






リシャ:つまりね、トランプ氏は、自分は大統領候補者として真面目に取り上げられるべき人間だ、という宣伝の一環として、マイケルジャクソンとの友好関係についてわざわざ話したのよ。


ウィラ:ええ、私もその意味を理解しようとしてた。そのインタビューで、トランプ氏は、マイケル・ジャクソンが事実、自分の世界に興味を持っていたことを強調している(*1)。彼がマイケル・ジャクソンについて言うことの多くは、私と一致しないし、トランプ氏が、マイケルについて語っていること(彼が語ったのは、ふたつとも別の時代)を聞いていると、マイケルをそれほどよく知っているわけではないこともわかる。でも、彼が、親密な友好関係を熱く主張していることに、私は心を打たれた。

あなたが言うように、おそらくそれは選挙のためであり、彼がビジネスマンというだけでなく、ポップカルチャーに触れ合っていることを示す方法かもしれない。結局のところ、トランプはポップカルチャーの力を大いに尊敬している。このひとは、14年間「アプレンティス」という番組に出演していたし、ラトーヤ・ジャクソンを紹介したショーは、カジノ、航空会社といった彼の全帝国が崩壊した後、それを償還するために使用された。現在の彼は、不動産界の大物ではなく、有名人であり、彼の財産は、その資産よりも、名前の方にある。そういった人間は、マイケル・ジャクソンのような有名人の力を大切にするでしょうが、私は、彼が、人やアーティストとして、マイケルを理解したとは言えないと思う。


リシャ:素晴らしいわ。 トランプ自身の言葉は、マイケル・ジャクソンをよく知らないということも同感。 兄のジャーメインもそれについて話していたわね(→)


ウィラ:そうね、ジャーメインはインタビューの後、ツイッターで「マイケルの名前を利用するあなたを良いとは思わない。あなたは選挙に勝てないでしょう。特に偽りの事実を使用するなら」と。


リシャ:ジャーメインは、マイケル・ジャクソンがトランプを支持しなかったということにも躊躇しなかった。(→動画) ただ、マイケル・ジャクソンの興味深い点のひとつは、彼が、政治的に多くの異なる範囲の人々に、好感をもたれたことです。


ウィラ:それは確かね!マイケルが永年トランプ氏を知っていたことも本当のことだしね。 たとえば、彼は1990年のタジ・マハル(トランプ氏所有のカジノ)のオープニングパーティーの間も、彼のそばにいました。






リシャ:ドナルド・トランプについてのさまざまなレポートの中で、私はこの動画を何度見たかわかりません。 彼が成功のひとつの尺度として、マイケル・ジャクソンの関心をどのように引きつけたかについては注目に値します。 タージ・マハルのイベントについて、最近、アレックス・コノック(イギリスの放送局の重役)が、「The Spectator(英国の政治雑誌)」に魅力的な記事を書きました。 (→)彼はトランプのカジノ開店時における熱狂的なマイケル・ジャクソンを描いています。


「クレオパトラが甦ったり、アメックスのゴールドカードを使ってチェックインしても、マイケル・ジャクソンが到着したときの歓迎の様子は、レセプションでの興奮以上のものだった」


失礼ではあるけど、私はこの説明が、そのシーンを完全に捉えていると思う!コノックは、マイケル・ジャクソンが掲載された「National Enquirer(セレブを扱うタブロイド誌)」で、トランプがマイケルとプライヴェートジェットで移動したとき、彼らと一緒に乗っていたことも書いています!



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ウィラ:それって面白くない? 「National Enquirer」を読みながら、マイケル・ジャクソンとドナルド・トランプがふたりで座っているなんて想像できますか? それはあまりにも面白いわ! トランプについての記事の中で、彼らはそれを読んで話していたと書かれているわね。 コノックが写真を撮っていてくれたら良かったのに ...


リシャ:ええ、彼もそうだったでしょうね! でも、彼はカメラで写真を撮るにはあまりにも恐れ多かったと。 あなたは「Enquirer」を読んでいるトランプとマイケル・ジャクソンの写真がどれだけ価値があったか、想像できる?


ウィラ:最近、私たちは、そういうものをたくさんのことを見ているわよね!マイケル・ジャクソンが、何年もトランプタワーにアパートを持っていたという話も聞きました。 あなたはそれについて何か知ってる? それが本当なら、彼らは時々会うこともあったでしょうね。


リシャ:私は最近までそんなに多くは見ていなかったけど、(マイケルがもっていたとされる)そのアパートが売りに出されていて、すてきな写真がいくつか掲載されているのは見たわ。富と有名人の文化的なアイコンでもある、2人の男が一緒にぶらぶらしていたという考えは、間違いなく何らかの興味を生み出している。


ウィラ:そうね。マイケル・ジャクソンがトランプと一緒に過ごす時間を楽しんでいたのは、ある程度は理解できる。 彼は間違いなくカラフルな人間だもの。P.Tバーナムのようなものよね。マイケルジャクソンも間違いなく多彩なキャラクターに描かれていた(→)


リシャ:すべての宣伝が、良い宣伝であるというトランプの主張を聞くたびに、もしかしたら、マイケル・ジャクソンが、トランプ氏に、P.T.バーナムのような方法を教えたんじゃないかって思うんだけど!


ウィラ:私もそう思うわ!( yomodalite:私もーーww)


リシャ:トランプはいろいろな面でショーマンです。近頃は、大統領選のためにそれが便利なようです。 あなたは共和党全国大会でトランプの劇的な登場シーンを面白くしたジミーファロン(米国のコメディショーの司会者)のパロディを見た?






ウィラ:見たわよ! 「Smooth Criminal」のセグメントは素晴らしかった!


リシャ:私は、もうすべてをぶち壊されたって感じ!


ウィラ:でもね、ここは大事だと思うんだけど、何年かの間ドナルド・トランプと付き合いながらも、数年前に、MJアカデミア・プロジェクトが指摘したように、マイケルは『Money』という曲で、彼を微妙に批判しています。『Money』では、無慈悲で、非倫理的な大物のリストがあげられていて、彼はそのリストにトランプの名前を入れている。曲は全体的にお金に対する愛への厳しい批判であり、それはこのように始まる。


金,金

お金のために嘘をつき

お金のためにスパイをして

殺すことも

殺されることもある


それは「信用」だって、君は言うだろうけど

僕に言わせれば

それはただの悪魔との駆け引きで

物欲と肉欲があるだけ


彼らはなにも気にせず

お金のために僕を利用する


教会に行って

聖書にの尊い言葉を読んでいても

それは処世術に従っているだけ

バカげた話さ


彼らはなんとも思ってない

お金のためなら人を殺すことだってするし

お金のスリルを楽しむのさ


君は国旗に忠誠を誓い

国も君を信用し

君は勲章を身につけ

エリートと呼ばれ

君は戦うことになる

兵士の義務のようにね

僕は、君を裏切ったり

友達をだましたりなんてしない。でも・・


もし、君がお金を見せてくれるのなら

僕は受け取る

泣けと言われれば、泣くふりをするし

握手を求められれば、喜んで応じる

人は金のためならなんでもするんだ


(訳:yomodalite。全訳はこちら→「和訳 Money」)


厳しい告発よね。 そして、3:18 からのバックグラウンド・サウンドを慎重に聞くと、


「もし、金が欲しいのなら、尊厳をもって稼げ」そして、そうしなかった強盗集団のリストとして、ヴァンダービルト、モルガン、トランプ、ロックフェラー、ヒンデ(*2)、ゲッティ、ゲッティ、ゲッティ、... "


リシャ:このセグメントは、国家の歴史のなかで、最も無慈悲で非倫理的なビジネスマンの名前の羅列です。 あなたが言ったように、彼らはしばしば泥棒伯爵と呼ばれ、その言葉はお世辞ではありません。 それは最初、罪人と貴族の両方としてコーネリアス・ヴァンダービルトを批判するために使われました。 悪徳資本家は、彼らの略奪するようなビジネスのやりかたで軽蔑されましたが、彼らの力と富のため、多くの名声も持っていました。例えば、ロックフェラーの名前は、特権と富と同義でもありますが、当時、ジョン・D・ロックフェラーは、アメリカで最も嫌われていて、彼は、ネガティブな宣伝に対抗するために、初めて、広報担当者を採用しました。


ウィラ:それは本当に面白いわ、リシャ。 私は今までそれを知らなかったけど、マイケルが "Money" で、彼を呼び出すのは不思議じゃない!私は、 "Money" の名前のリストが、 "Getty、Getty、Getty、..."の繰り返しで終わっていることにも気づかされた。J. Paul Getty は、石油でお金を稼いで、かつて、アメリカで最も裕福な人だった。 数十年後、彼の孫のマーク・ゲッティは、ゲッティ・イメージズを創設するためにその遺産の一部を使用しました。ゲッティ・イメージズには、マイケルの多くの象徴的な写真と、スキャンダラスなものの両方が含まれている。


リシャ:そのとおり!ゲッティは繰り返されています。 ゲッティ・イメージズが、マイケル・ジャクソンの多くの写真の権利を所有していることを考えれば、偶然ではないわよね。


ウィラ:偶然には見えないわね。 トランプ氏の名前がリストに載っていることも重要だと思う。 私はマイケル・ジャクソンが本当に彼を尊敬したり、彼に大きな愛情を持っていたなら、彼をリストに含めたとは思わない。


リシャ:面白いわね、そうなんじゃない? つまり、影響力という上では、リストに載っている他の企業家や金融業者に比べ、トランプは小者だと思う。 だから、彼らの影響力や社会的卓越性よりもむしろ、これらの人々が富を達成するのに悪徳的なやり方に関するものなんじゃない?ドナルド・トランプの妻、メラニアは、アメリカの超富裕層1%に対応する雑誌「DuJour」とのインタビューで、マイケル・ジャクソンの言葉を引用しました。ローリングストーン誌もまた、マイケルジャクソンと、彼女の魅力的で親密なディナーパーティーについて説明することで、インタビューにコメントしました。 彼女は本当に特権的でパワフルな生活様式に慣れているという印象です。


ウィラ:面白い話だったわよね。 彼女の記憶が正しければ、マイケル・ジャクソンは、彼女と気楽につきあっているように思える。彼女は、「私たちは、意気投合し、楽しい時間を過ごしていた」って。(*3)


リシャ:それはとてもチャーミングなストーリーよね! そして印象的です。 誰もがマイケル・ジャクソンに対して、そのようなアクセスを持っているわけではありません。


ウィラ:それが本当のことなら、彼女が、マイケル・ジャクソンに会った頃は、誰もが彼に会いたがっていなかった。正確なタイミングは分かりませんが、そのエピソードは、2005年1月にドナルド・トランプと結婚した後だったことを意味しています。おそらく、2005年の裁判の後や直前は、マイケル・ジャクソンの公的イメージは最底辺にあり、多くの人が、彼が有毒であるかのように扱っていたと思う。トランプに対して、私は、マイケルジャクソンの人生の中で、最もひどい時代に、彼らの家に招いていたのだと言わざるを得ません。


ここには、ドナルドとメラニア・トランプが、マイケル・ジャクソンのことを語っただけでなく、マイケルの名前を使った動機、そして、亡くなった後のマイケル・ジャクソンのイメージの回復といったすべての状況が含まれている。トランプは、大衆の意見に密接に同調しようとする傾向があります。たとえば、彼は、イラク戦争が大衆に支持されていたときは、それを肯定し、支持が少なくなると、それに反対しました。そして、現在、彼はそうした記録が残っているにも関わらず、ずっとそれに反対していたと主張しています。


トランプが2008年の大統領選に出馬していたら、彼は「非常によい友人である」マイケル・ジャクソンのことをそれほど自慢しなかったでしょうね。今、彼がそうしているという事実は、マイケル・ジャクソンのイメージが、2009年以来、ずいぶんと変化していることを示す強力な指標になっているわね。


リシャ:重要なポイントね。


ウィラ:でも、マイケル・ジャクソンに対する今の一般的な認識はどうなっているのかな。トランプは彼をどう見ているのか。そして、彼と自分を一緒にすることによって、何を得ることを望んでいるのか? そういったことが、私が疑問に思っていたこと...。



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あなたと、スーザン・ウッドワードによる、少し前の洞察的な会話を思わずにはいられない。あなたたちは、マイケル・ジャクソンがあれほどのネガティブ・キャンペーンにさらされるなかで、影響力の本当の意義をどのように伝えようとしたかについて話していたわね。トランプはいま、あそこで話されていた「影響力」や、マスコミは時に不公平で誤解を招きがちだという「語り」を自分のものにしているみたい。トランプはフォックス・ニュースにこう語っている。


マイケル・ジャクソンが亡くなった時を思い出す。私はマイケルと友達で彼のことをよく知っていた。あのとき、みんなが彼についてコメントしていたけど、私は思ったね。えー、この人たちマイケルのこと知らないじゃないかって。でも、そんなもんだよ。政治の世界はすごく奇妙なところだけど、みんなそこに入って、いろんなことを言いたがる。政治家は、自分が何をしゃべっているのかよくわかってない。私はそれを見逃さない。そしてよく聴いてるんだ。


ウィラ:そうね。 メディアは、ドナルド・トランプとマイケル・ジャクソンの長い間の会話の話題に偏っているわよね。例をあげれば、前に触れた1990年に「National Enquirer」を一緒に読んでいたときのようなこと。

リシャ:私はその会話を聞いて、思い出したことがあります。 マイケルのネバーランド・ランチの大半を所有しているトム・バラックは、トランプのトップ経済アドバイザーの1人に選ばれています。 実際、共和党全国大会でトランプと娘を紹介したのはバラックだった。


ウィラ:本当? 私はそのつながりについては知らなかった。 それは私にはショッキングね。それについては説明することができないから。


Lisha:MJエステートがネバーランド・ランチの売却計画に「悲しんでいる」という声明を出したことを考えれば、それは私にとって心地のいい話ではないわ。 マイケルの子供たちが、ネバーランド・ランチを家族に残したがっていることは知っていますが、それは起こりそうにないようです。


ウィラ:ブラッド・サンドバーグとの2つの記事で語ったように、ネバーランドは単なる財産ではない。それはマイケル・ジャクソンの思いが詰まった作品のひとつであり、彼の思い出に満ちたものだけど現在は解体されている。それは非常に多くのレベルで、ただ悲劇という他ないわ。


リシャ:確かに。


ウィラ:まあ、マイケル・ジャクソンは、確かにドナルド・トランプや、クリントンとも長く複雑な歴史を持っていた。 結局、マイケルは、ビル・クリントンの就任式で歌い、そして、長いキャリアの間に、他の多くの大統領との交流があった。 私たちは次回の記事でそれを見ていきます。


リシャ:掘り下げずにはいられないわね!


source : https://dancingwiththeelephant.wordpress.com/


訳者註_________


(*1)2000年11月30日、作曲家のデニス・リッチが創設したガン研究の団体が主催する慈善パーティーで、ラビ・シュムリーに、「ドナルド・トランプがやって来たのは見た?」と聞かれたマイケルは、「彼は面白い人物だね (Now he is an interesting man.)」と答えています。(『MJTapes』恋心と初恋より)


(*2)原文では、 “Vanderbilt, Morgan, Trump, Rockefeller, Hinde, Getty, Getty, Getty, …” なんですが、Hinde(ヒンデ)の素性がわかりません。他サイトでは、Hinde の部分は、Carnegie になっているものが多いようです。

ヴァンダービルト、モルガン、トランプ、ロックフェラー、カーネギー、ゲッティ、ゲッティ、ゲッティ、... "


(*3)トランプと結婚した後、メラニアは多くのセレブと会うようになったが、その中には"キング・オブ・ポップ"も含まれていた。彼らは意気投合し、楽しい時間を過ごしたようだ。「マイケル・ジャクソンに会ったわ」と彼女は説明する。「ここ、ニューヨークのピエール・ホテルだった。彼が招いてくれたので、私たちは出かけてディナーをご一緒したの。食事の後、ソファでみんなでおしゃべりをしていたら、誰かが主人に美術品を見せたいと言って、主人は別の部屋に行ったの。するとマイケルがこう言ったわ。"ねぇ、トランプ氏が戻ってきたらキスしようよ。彼が妬くようにさ"」。結局、キスはしなかった。「しない、しない」と彼女は言う。「でも、抱腹絶倒だったわ」。http://rollingstonejapan.com/articles/detail/26077/1/1/1

(上記の内容とは関係ありませんが、ワシントンDCの国立アフリカ系米国歴史文化博物館が最近オープンし、C-Spanは、Lonnie Bunch監督による、博物館に収蔵されたマイケル・ジャクソンの衣装についての素晴らしいYデオを投稿しました)




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by yomodalite | 2017-01-24 07:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(4)
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ウィラとエレノアの会話がイマイチ理解できないという感想を小耳に挟んだことがきっかけで、どんどん解説が長くなってしまったティーザー記事も今回で20本目。


◎初回記事「ヒストリー・ティーザーについての記事を紹介します」


世界で一番の有名人であり、かなりの読書家でもあるマイケルの『ヒストリー』を、読みやすい分量でまとまるような内容にしてしまったら、マイケルのHIStory(歴史観)や、HIStory(彼の物語)ではなく、マイケルを利用したストーリー(物語)になってしまう。そんなものはもうたくさん!と思っていただける方に共感していただけるようなものを目指し、ふたりが探してくれた内容から、さらによく見ることを心がけ、安易な物語や、主観を排除してきたつもりなんですが、そのことで、ますます理解しにくいのでは、というジレンマに苛まれ・・


ただ、自分なりに精一杯努力した、という気持ちも芽生えてきたので、そろそろ区切りをつけたいと思います。


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最後は、あの巨大な像を中心にして、なんとかまとめてみました


⭐️ ⭐️ ⭐️


HIStoryは、メディアによって繰り返し語られる嘘が、大衆の心に根を下ろして出来上がった偏見に満ちた物語(his story)を、彼自身の側から語った(his story)であり、彼の歴史観(history)でもある。


『意志の勝利』の監督リーフェンシュタールは、ナチの世界観を反映しただけでなく、ナチスドイツを創造し、維持していくための神話を創り出そうとしたが、マイケルがティーザーでやったことも、それと同じだと言える。ヒトラーは、「我々は、ひとつの国民にならなければ。そして君たち若者が、その国民なのだ。階級による差別はない。君たちの中にそんなものがあってはならないのだ」と言った。それは純粋なドイツ国民でさえあれば、優性が与えられるというもので、疲弊した国民、特に若者たちに熱狂的な受け入れられた。マイケルの映像は、ヒトラーが期待感を煽り、欲求をかき立てるという点では似ているものの、彼はマッチョ的な要素なしに、その熱狂を作り上げた。


でも、ヒトラーの『意志の勝利』が引用されただけでなく、チャップリンの『独裁者』の最後のスピーチを映像化したものだと気づいて感動した人も多いでしょう。マイケルは、チャップリンが演説した世界観を、その魅力的な「スマイル」とともに表現した。


長年、私はそれだけで納得したような気分でいたけど、でも、チャップリンの映画は、独裁者を床屋と同じ普通の人間として描いていて、スピーチのあとチャップリンが演じた男も、床屋に戻った姿が容易に想像できる。ただ、実際その後のチャップリンはそうではなく、『独裁者』はチャップリンへの世論を変え、愛すべきLittle Trampだった男は、アメリカを追われた。


ティーザーは、『独裁者』のあとのチャップリンの歴史をも内包し、インターナショナリズムや、反ナショナリズムが「非アメリカ人」として責められる大きな原因になることを覚悟し、また、演出にマイケルの意図が反映されていることが間違いないこの映像には、彼を崇める大勢の群衆が映され、巨大なマイケル像は世界のあちこちに建てられ、テムズ川をも渡って行った。マイケルの周囲には、「KING OF POP」のプラカードが常にあり、誰もが彼をエンターテイメント界の王様だと認識していただけでなく、彼自身もそのイメージを積極的に拡散した。


このフィルムは、王座に君臨するがゆえの攻撃の炎に、自ら大きな燃料を投入したと言う点でも稀有なものだ。実際、このあと彼が受けたメディアによる制裁もかつてないほどのものだったけど、巨大な像を建立し、自分を崇める大勢の人々をも映し出したのだから、自己神格化という批判は、マイケルにとって想像通りの反応だったはず。


実際、これが公開になった直後のインタヴューで、マイケルは十代のアイドルのような無邪気さで、「それを待ってたんだ」と答えている。議論が起こることを待っていたと。でも、このティーザーを細かく見て、真面目に論じるなどということが、マスメディアに無理なことだってわかっていたと思う。これはアルバムの宣伝のために造られた映像なので、そういった反応に広告効果があることも事実で、ビジネス感覚にも長け、また無類のイタズラ好きの彼は、真面目くさった批判も面白く感じていたかもしれない。でも、それだけの理由では、やはりこれほどリスクが大きい作品を創ることはできない。作者が意図しなくても、時代を超えて議論され続ける作品が出来上がることはある。でも、マイケル自身にその確信がなければ、商業的なポピュラーミュージックの最前線でトップの商業成績を保ちつつ、この緻密な構造を作品化するために、莫大な予算と時間を使うというのは絶対に不可能なことだ。


ティーザーには、『意志の勝利』や『独裁者』以外にも3つの映画が引用されていて、それらは、すべて世界大戦の恐怖や、最終戦争といった人類全滅の可能性を秘めている。


『意志の勝利』と『独裁者』は、世界制覇を狙うイデオロギーがテーマで、前者はそれを推進し、後者はそれに対抗している。『レッド・オクトーバーを追え』は、冷戦時代が舞台で、アメリカとソ連の軍事的緊張状態の中で、他者への理解を描き、『ターミネーター2』は、機械と人間が、地球だけでなく、宇宙の覇権まで争って戦争をする恐怖の未来を避けるために、現在を変えようとする。そして、『地獄の黙示録』は、アジアが大国の駆け引きが飛び交うチェス盤となった原因を、古代から受け継がれた人々の精神の中に見ようとした。


そして、マイケルの世界観は、帝国支配の歴史と、大戦後数十年にわたってソ連の占領下に置かれたハンガリーを舞台に、平和と戦争を並列することで語られる。ここでは「情景と音」はかみ合うことなく、音は常に情景を攪乱する。「善」と「悪」に対する従来の考え方に大きく挑戦し、人々の立場を逆転させ、他者への感情移入を促すように。


なぜなら、マイケルの革命は、敵を攻撃することではなく、自分の心の内の思考や感性に革命を起こすことだから。


私たちがこの映像を見て、不安を感じる部分があるのは、私たちが『意志の勝利』のように、独裁者の王を歓迎した事実と、『地獄の黙示録』のような《王殺し》を支持したという両方が表現されているからだ。


マイケルが旅立った後、彼の地に落ちていたイメージは反転し、大勢の人がマスメディアの嘘に怒りをあげたが、今、毎日のように誰かが批判されているのは、マスメディアのせいではなく、匿名のネットの声。


歴史から学ばない人々は過ちをくり返す。マイケルは、運命は私たち自身が作るものだと考え、この軍隊をどう読み取るべきかについて、あえて、わかりにくくしている。彼が率いている兵士たちは、一見、帝国主義国家の兵士たちと同じような規律をもち、命令に従っているように見える。でも、彼らは、敵を倒すことなく、腕には包帯を巻き、木で出来た銃をもち、全体主義ではなく、力強い団結をあらわしている。そして、マイケルは、彼らを率い、英雄広場へと向かっていく。


そこにつながる道には、大天使を戴いた円柱がいくつも並び、マイケルは大天使ミカエルのようにも見える。しかし、突然、雰囲気が変わり、車が燃え、『地獄の黙示録』のように、ヘリコプターが上空を旋回し、爆音が響き、マイケルの軍隊を歓迎していた群衆は、恐怖に怯えパニックに陥る。混乱した群衆の様子は、軍を美化する映像を疑わせ、同じ軍隊が自分たちに銃を向けるようになること、強力な軍の力が守ってくれると同時に、脅威にもなることも感じさせる。


私たちの「善」や「悪」という単純な考え方が、ものごとをさらに混乱させるのだ、と教えるように。


登場したヘリコプターは攻撃開始ではなく、祝福の合図だったことは、このあとすぐに明らかになる。ライトアップされた記念碑の中で、赤い垂れ幕の前に浮かび上がるのは、政治家や将軍たちの像で、その前には、起爆を指揮する威厳のある男と、スイッチを入れる男。彼らが「善」なのか「悪」なのかはわからず、像が爆破される不安を感じさせながら、男がレバーを押すと、縛り縄が飛び散り、像を覆っていた幕は地面に落ち、巨大な彫像が露わになる。


それは、デンジャラスツアーのオープニングで「JAM」を歌ったときと同じ衣装を着たマイケルの像で、ツアーが行われなかった米国では、驚異的な視聴率を記録した1993年のスーパーボウルのハーフタイムショーに登場したときとも同じ。これが「マイケル・ジャクソンの像」だということは誰の目にも一目瞭然で、批評家たちは、こぞって「空虚な栄光に彩られた自己神格化」だと批判し、マイケルと親しくしていたユダヤ教のラビは、人間の男性が巨大な像となって崇拝の対象になるという場面を見て、椅子から転げ落ちそうになったという。生来の深い精神性を持ち、『スリラー』のあとでさえ、熱心なエホバの証人だったはずの人間が、どうして自分を神格化したり出来るのか?と。


でも、この彫像が、マイケルの芸術や遺産を表現するなら、なぜ、弾ベルトを身に巻きつけ、POLICEバッジをつけた姿だったのか? 映像の冒頭でも、多くの人が聞き取れないエスペラント語ではあるものの、「世界共通の母と、愛と、音楽の癒やしの力の名のもとに、像を建てる」と言っていたはずなのに。マイケルの代表曲で、ムーンウォークのパフォーマンスで有名なビリージーンの衣装のように、帽子や、白く煌めくルーズソックスといった《シンボル》ではなく、なぜ、戦争や警察といった、マイケルのイメージとは真逆といえる《シンボル》で創られているのか?


私が思いつくのは、何度も断っていたハーフタイムショーのオファーを受けたのは、スーパーボウルが世界中で中継され、各地に駐留している米軍も見ていることを知ったからだった、という情報。マイケルは「さすがに僕もそこまではツアーでも行けないから」と考えを変え、出演を決めたという。米国では、ベトナム戦争から戦争の意義に疑問を感じる人が激増し、帰還兵は命がけの経験をして、国に戻っても社会から差別を受け、そのトラウマの解消には光が見えず、戦場以外で生きる術のない彼らのほとんどが外国での生活を余儀なくされ、彼らにとってのアメリカは米軍の中にしかない。そんな兵士たちの孤独と傷は、1982年に公開された『ランボー』によって映像化されたが、誰も演じたがらないことで、キャスティングさえも難航したという。


そして当時、社会主義国家が倒れていく革命の中、警察官たちが権力者たちの命令によって、市民を攻撃し、衝突する場面も幾度も映されていた。革命に燃える市民にとって、警察官は安全を守ってくれる存在ではなく敵になっていた。


つまり、マイケルにとって、ハーフタイムショーは戦場で傷ついた兵士たちへの慰問でもあり、この衣装を着て歌ったJam(団結)は、帰還兵に冷たいアメリカ社会と、兵士たちを繋ぎ、新たな社会を求める市民と敵味方に分かれた警察官をも団結の輪の中に入れようとする、マイケルの想いが込められたものだったのではないか。


引用された映画が最終戦争や黙示録に関わるものだったように、マイケルのティーザーでは、聖書の中で禁止されている「偶像崇拝」を揶揄したという側面もあるが、宗教が弾圧された社会主義国家では、1989年にベルリンの壁が壊されたあと、独裁者や指導者たちの彫像が倒される映像が世界中に溢れていた。そういった価値観が大きく転換した国々に、マイケルは「新たなヒーロー像」として、巨大な像を建てた。この像には、数多くの《星》の意味が重ねられ、人々の希望や、スター(英雄)、民族や、防衛、そして呪術でもある《星》をそのあらゆる意味で統合しようとしている。


黒人でありながら、白い肌になり、男性として、女性的な美を取り入れ、王として、子供の心を持ち、平和を祈りながら、兵士たちを癒し、権力者と市民を分断せず、人々の安全を見守る・・それは「マイケル・ジャクソンの像」であっても、マイケルが生涯に渡って体現しようとしたイメージ(像)だったのではないだろうか。


HIStory(曲)では、蹴飛ばされても果敢に挑み続け、自らを鼓舞する男が登場し、日々の歴史は、自らの手で作っていくのだと人々を励まし、ひとりひとりが歴史の担い手だということを意識させた。


マイケルが好きだったガンジーは、


「人は、自分が信じたものに近くなる」と言った。


HIStoryはマイケルの物語であると同時に、大文字のHISは神を指し、HIStory(神の物語)でもあった。私はこの世界のすべてを創造したという「神」の存在について、強い関心をもったことはなかったが、マイケルの信仰を考えているうちに、これまでとはまったく違う信仰の意味が感じられるようになった。


それは、自分が想像する以上の神を人はもつことが出来ない、という恐ろしさと同時に感じたこと。マイケルを「自己神格化」だと批判し、彼のあらゆる行動を批判した人々にとって、神を信じるということは、神に近づくことではなく、彼らにとっては運命に身をまかせることが神の思し召しであり、誰かを批判するのも、その正義の秩序を守るため。


『地獄の黙示録』の引用は、KING OF POPである自分への《王殺し》の予言ともいえる。疲弊した90年代の米国社会は、再生のための《王殺し》を、強く豊かだった80年代を象徴したマイケルに求めていた。マイケルは人々の暗い欲望を感じながら、さらに自分の殻を脱ぎ捨てるという転生を重ね、最終的には勝利を収めるという英雄への道を歩む決意を示した。何度も傷つけられながら、マイケルが人々を信じ続けたのは、


人は、自分が信じたものに近くなる。


という信念からだったのではないか。マイケルは神を信じることで、神の愛に近づき、愛は誰かを独占することではなく、与えることだと理解した。


女子サッカー界の英雄、澤穂希は、


「苦しくなったら、私の背中を見て」と言った。


時としてルールが通用しない愛について理解する手がかりは少ないが、人は手本になる「像(イメージ)」がなければ、苦しみに沈んだとき、暗い欲望から行動を起こし、世界に残されるものは憎しみでしかなくなる。


リアルタイムでこの映像を見たとき、素晴らしいと思うと同時に、何もしなくても売れるほど有名なアーティストが湯水のように広告費を使うことが無駄も思え、大人げないとも感じていた。これほど恵まれて成功したマイケルが、一番を目指し続けることに共感もできず、嫉妬する気持ちさえあった。それまで、一番を目指す競争の激しさの中に、美しさを感じたことがなく、なにか傲慢なものを感じていたからだと思う。


マイケルが与えられたものを大事にするだけでなく、かつてないほどの責任を感じて「KING」の役目を果たそうとしなければ、こんなにも才能に恵まれた人が、ここまで、すさまじい努力をしてくれなければ、わたしには何年経ってもわからなかったのだと思う。そして、マイケルもそれをわかっていたから、ここまで全力を尽くそうとしたのだろう。


たった十数年で変わる時代に身をまかせるのではなく、時代を超えるために身を投げ出した多くの英雄たちの姿を忘れず、いつまでも心の中で大きく立ち続けるために。あの像は巨大でなくてはならなかった。


スタジオでいつも驚くほどの爆音を好んだマイケルが、彼らに贈った壮大なレクイエムはもっともっと大きかったのだから。








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by yomodalite | 2016-04-12 11:38 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(3)

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HIStoryティーザーについて、長々と書いてきましたが、今回と次回でティーザー解読の長い旅を一旦終了したいと思います。


今回は、マイケルが細部にまで注意を払って、さまざまな普遍的なシンボルを使っている点について分解してみます。


これらは隠された意味というよりw、マイケルはあらゆるものを混合させ、統合しようとしていたのだと思います。



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ローマ帝国や、オーストリア=ハンガリー帝国、ナチス・ドイツ、ロシア、アメリカなどで、軍隊のシンボルとして使われている鷲と剣(鷲と武具)の像。




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太陽は、太古からあるシンボル。




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神の軍隊を表す「鷲と武具」のシンボルから、兵士たちがあらわれる。



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工場、労働者、道具は、共産主義や全体主義のプロパガンダとしてよく用いられたシンボル。



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(実際のポスター。労働者の地位と向上を目指し、
労働の価値観を重要視していた)




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この場所にいた男はエスペラント語で話し、それは、チャップリンの『独裁者』の引用でもあるのですが、チャップリンがユダヤ人のゲットーにエスペラント語を忍ばせたのは、ナチス対ユダヤ人という対立において、ユダヤ人の側からのみで描きたくなかったからでしょう。マイケルのこの「星」も、エスペラントのマークとしてではなく、ロシア、アメリカその他様々なシンボルに使われている「星」だと思います。




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文字は全て架空のものですが、ロシア語のようなデザイン。最初にナチスを思わせた軍隊に、ソ連のイメージを重ねている。




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像が造られている場所では、《眼》の部分がクローズアップされる。眼のシンボルは、古代エジプトからあるもので、『HIStory』のブックレットには、MJがカフラー(Khaf-Ra)王に扮しているような写真もありました(→リンク)。この王の姿は、ハヤブサの姿あるいは頭部を持つ天空神ホルスが元になっていて、この神の目が世界中の眼のシンボルの元型になったとされる。ホルスの左目は月の象徴、右目は太陽の象徴とされ、この場面では像の右目(太陽)がクローズアップされている)




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ヒトラーの映像でも、兵士たちに惹かれる子どもは重要だった




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建築中の像の《星》。左手に見える鉄骨は、その星よりもずっと小さな《十字架》に見える。





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兵士を率いるマイケルの腕の《星》と、ヘブライ語やルーン文字のような古代を思わせる文字





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最初にナチスを思わせた兵士たちは、実はソ連軍のユニフォームを着ている。





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MJのコンサートでもお約束の《熱狂で倒れる少女》





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ナチスのパレードを思わせる光景の中にマイケルの《眼》のシンボル。マイケルの眼は《左目》なので月のシンボルといえるのかも・・・




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実際のマイケルの《眼》は隠され、サングラスを外す瞬間に期待が高まる




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再びコンサート会場のように、人々の熱狂は高まる。





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サングラスを外したマイケルが最高の「スマイル」を人々におくる




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最初にナチスを思わせたパレードは、花吹雪や紙テープによってアメリカ的な様相をも見せる。観衆と兵士たちは、同じぐらい大勢。




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この場面も『意志の勝利』と酷似していますが、マイケルの映像では、凱旋門の前の広大な道の両側にハンガリーの英雄広場にある大天使ガブリエルを頂く円柱がいくつも並んでいる。ここから、マイケルを「大天使ミカエル」と捉えることができるが、一方で、ガブリエルは何体もコピーされ、大天使の意味は失われている。


マイケルがHIStoryの冒頭に、ムソルグスキーの組曲『展覧会の絵』を使っていることも考えると、この凱旋門から、ハンガリーが侵攻したウクライナの「キエフの大門」のことも思い出される・・・マイケルが率いる兵士たちの哀しみは、レッド・オクトーバー賛歌によって歌われていますが(→リンク)「キエフの大門」は、ムソルグスキーが亡き友人を追悼するためのレクイエム。建築家だった友人は、モンゴル帝国によって壊されたキエフの門の再建コンペに応募していたが、再建は行われないまま、友人も亡くなってしまった。





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兵士たちは、撃つことのできない、木で出来た《銃》をもっている




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『地獄の黙示録』と酷似したシーン。これも《太陽》のシンボルですが、この映像の中の太陽はすべて「夕陽」になっている。





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ヘリコプターの登場でこれまでとは雰囲気が一変し、暴動や攻撃への恐怖からパニックが起こる。





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ハンガリーの「英雄広場」にある千年記念碑。ライトアップされているのは、正面右側にある政治家や将軍たちの像




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像の除幕式への期待と、攻撃への恐怖に混乱する群衆(視聴者も同様)




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天使ガブリエル像越し(手前の影)にサーチライトを浴びる像




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英雄たちの像が納められたハンガリーの千年記念碑は、実際は2つしかないのですが、ここでは、巨大な像の周囲にいくつも建てられている。彼が考える英雄はHIStoryという曲で歌われたように大勢いるからでしょう。



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像にかけられた幕を縛っていたロープが爆破によって解かれる・・



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彫像が建っている下の部分は、アメリカ国防省、通称ペンタゴンと言われる「五角形」から、各床に環状に広がる構造を模しているが、彫像の台座は、ダビデの星と同じ《六芒星》になっていて、それぞれの星の先が、「千年記念碑(英雄たちの像)」に繋がっている。星のシンボルは幾重にも意味が重ねられている)





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(ペンタゴン)






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実際の千年記念碑の中央にあるガブリエル像が取り払われ、戦争と平和の像の対比をピックアップしている




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現実の英雄広場と比較すると、マイケルの像が建つ広場では、歴代の王たちとガブリエルが一貫して消去され、マイケルの像は、ガブリエル像をさらに巨大化させ、その存在と交換されているようにも見える。




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(実際の千年記念碑)





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エスペラント語で、「さまざまな国が、世界共通の母と、愛と、音楽の癒やしの力の名のもとに、この像を建てよう!」といって建てられた巨大な像は、デンジャラスツアーの、オープニングと同じ衣装を着たマイケルの像で、「Jam(団結)」を歌ったときのもの。




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そして、腕にも、そのときと同じバッジ・・・




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このバッジを衣装から拡大すると・・・




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「六芒星」と「円」と「五芒星」をミックスした上に、上部を「鷲」、下部に「POLICEを重ねてデザインされていることがわかる




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世界共通の母と、愛と、音楽の癒やしの力の名のもとに建てられた像は、なぜ、「POLICE」なのか?





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攻撃するかのように見えたヘリコプターは、この像に「降参」したかのように、股の下をくぐり、祝祭を盛り上げているかのように旋回し・・・




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人々は歓声をあげ、誰もが「KING OP POP」を祝っているかのよう・・・




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でも、この結末はチャップリンが『独裁者』で演説した世界観をあらわしたものと言えるのでしょうか?私には、ただの床屋が「独裁者」と間違われて、演説した世界とはあきらかに異なる《要素》が混入されているように見えます。




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by yomodalite | 2016-03-30 08:00 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)
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HIStoryティーザーに引用された5つの映画は、すべて世界大戦と世界帝国が創られる恐怖が絡んでいて、人類全滅の可能性がある深刻な恐怖をもたらすものを扱っている。(→「新たなヒーロー像」)

ということから、ここまで「黙示録」に注目して、4本の映画について書いてきたのですが、今回は肝心の「HIStoryティーザー」が、黙示録をどう扱ったか、について。


黙示録の天使は、

地上に住む人々、あらゆる国民、種族、言葉の違う民、民族に告げ知らせるために、永遠の福音を携えて来て、大声で言った。

これは、ティーザーの映像が始まる前、エスペラント語で男が叫んだ、

「さまざまな国が、世界共通の母と、愛と、音楽の癒やしの力の名のもとに、この像を建てよ!」

という部分に似てますね。でも、このあと黙示録の天使たちが言った、

神を畏れ、その栄光をたたえなさい。神の裁きの時が来たからである。天と地、海と水の源を創造した方を礼拝しなさい。(黙示録14章)

と違って、ティーザーは、「像を建てよ!」です。

ここは、エスペラント語ですから、ほとんどの人が聞き取れず「大笑い」できた人は極わずかだと思いますが、以前も書いたように(→参考記事)黙示録の天使たちは、偶像を拝むとか、偶像を崇拝するものを地獄に落とす気がハンパないんですよ(笑)

これから、アホほどデカイ像を建て、しかも大勢で崇拝して見てますから、黙示録の天使たちは全員ブチギレ確実で、地獄行きのジャッジするに違いないんですがw、

ティーザーでは、このあと、軍隊のシンボルであり、ヨハネをあらわすとも言われる《鷲》の彫像が映り、


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マイケル率いる兵士たちが夕陽をバックに現れます。



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黙示録(別名:The Book of Revelation)や、聖書(通称:The Book)への間違った解釈に基づいた「HIStory(歴史)」を「Past(過去)」のものとし、「Present(現在)」と、「Future(未来)」を「Book I(新たな本の第1巻)」とするという、マイケルの『HIStory : Past, Present and Future, Book I』が叩きつけた「挑戦状」が、ググッと感じられたと思いますが、マイケルの軍隊はさらに力強く進んでいき、


0:48あたりから、映画「レッドオクトーバーを追え」のサントラから、Hymn to Red October(レッドオクトーバー賛歌)の物悲しいメロディーが流れ、街道は「KING OF POP」のプラカードと、人々の悲鳴にも似た歓声に包まれます。


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黙示録では、「小羊(イエス)」を前にした天使たちは、

あなたは屠られて、あらゆる種族と言葉の違う民、あらゆる民族と国民の中から、御自分の血で、神のために人々を贖われ、彼らをわたしたちの神に仕える王、・・・屠られた小羊は、力、富、知恵、威力、誉れ、栄光、そして賛美を受けるにふさわしい方です。

と言うのですが、これは、「KING OF POP」のプラカードをもち、沿道でマイケルの軍隊に声援を送っている場面に対応しているんじゃないでしょうか。


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また、ここで、マイケルの腕章にある《777》が、黙示録で悪魔の数字と呼ばれる《666》のパロディだということはいわずもがなでしょう。聖書には「7」という数字が頻繁に登場しますが、黙示録は特にそれが顕著で、小羊(イエス)を、3つの《7》で表現している箇所もあります。

わたしはまた、御座と四つの生き物との間、長老たちの間に、ほふられたとみえる小羊が立っているのを見た。それに七つの角と七つの目とがあった。これらの目は、全世界につかわされた、神の七つの霊である。


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音楽は、兵士たちの切ない心情を奏でていますが、マイケルは投げキッスと極上のスマイルを返します。


寒く、つらく、虚しい
光は私を置き去りにした
君が死んでしまうなんて、どうして私にわかるだろう?
今また旅立つ、懐かしき我らの国
これが現実で、夢ではないなんて
想像することもできない
母国、わが故郷
さらば、我らの祖国よ

恐れを知らず海を行け
北の海の誇りを胸に
革命の希望を胸に
君たちは人民の信念をみなぎらせ
十月に、十月に
我らの革命の勝利を君に告げよう
十月に、十月に
君たちは我らの遺産となるだろう

(Hymn to Red Octoberの歌詞和訳)

◎十月革命(Wikipedia)




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大勢の人々がいる街道は、英雄広場にある、現代美術館と近代美術館の間の路で、人々の歓声はますます高まり、



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次に立ち止まった街道で、マイケルが率いる軍隊は、実際の場所にはない《凱旋門》をくぐり抜け、その両側には、ハンガリーの英雄広場にあった、頂上に天使ガブリエルがいる像がいくつも並んでいます。ここでのガブリエルは、最終戦争の始まりを告げるという意味は感じさせるものの、伝統的な聖書の考え方では、大天使ガブリエルがいくつも、というのはありえません。それでは「大天使」になりませんからね。

大天使という存在は、新約聖書からは薄れているので、ヨハネの黙示録にもガブリエルの名前は登場しないのですが、ガブリエルを思わせる天使像を並べたことで、この街道にいる戦士たちと、それを率いるマイケルには「ミカエル」の意味を帯びてきます。神と自分のあいだの存在を認めず、神のメッセンジャーとしての天使には重きをおかずに、街道で見ている人々と同じように扱っていますが、「ミカエル」としては見て欲しいのでしょう。(参考記事→)




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そして、最終戦争に勝利するミカエルが率いる兵士たちは、腕に腕章ではなく「白い包帯」し、撃つことのできない木製の銃で、華麗なライフル・ドリルを披露します。(参考記事→)




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すると、ここで『地獄の黙示録』と同じ夕陽をバックにヘリコプターが現れます。映画では、「額に神の刻印を押されていない人には害を加えてもよい」という伝統的な黙示録の解釈にそって、異教徒を攻撃しまくるのですが、(参考記事→)

マイケルの場合は、黙示録の天使たちを怒らせていますからね(笑)。

ここでは、天使が放った「イナゴ」(ヘリコプター)によって、車に火が放たれ、街灯を破壊したのでは?という不安と、

第七の天使が鉢の中身を空中に注ぐと、神殿の玉座から「事は成就した」という大声が聞こえ、稲妻、さまざまな音、雷が起こった・・・

という、2つの意味を感じさせつつ、完成した彫像の除幕式は、すっかり日が落ちた英雄広場で始まります。




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ロケ場所である、ハンガリーの千年記念碑は、左側に歴代の国王の像、右側に政治家や将軍たちの像が飾られているんですが(参考記事→)、映像では、右側の像たちが点灯され、そのあと英雄広場全体に照明が点いて、ガブリエル像の背後から、布で覆われた巨大な像が見えてきます。



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(ガブリエル像の背後から像を見ている)



除幕式を指揮している男は、王室関係の行事を思わせるサッシュをしていて、背後の彫像ははっきりとはわかりませんが、おそらく右側の政治家や将軍たちの像でしょう。



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ターゲットに照準を合わせ、発射レバーを引いた男は、ファッションを見ると、冒頭で彫像作りを指揮していた男のようです。



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この巨大な彫像が布で覆われていることを、黙示録的に解釈すると、小羊が最後の封印を解く役割を担っていることも思い出されます。

神とおぼしきひとの右手にある七つの封印のある巻物は、「小羊」が開くのがふさわしい

マイケルの「Book I」が、この巻物の意味をもっていると思われるのですが、この巨大な彫像も、最後に封印を説かれるべきものなのでしょう。

マイケルの「ティーザー」は、チャップリンが『独裁者』で演説した世界観を「スマイル」とともに提示して見せた世界だと思います。しかし、ここにはチャップリンが映画では表現していないことも盛り込まれています。


そのもっとも大きなものがこの《巨大な彫像》の建立と、


それを攻撃しようとする・・・


というわけで、この続きはまた次回。





(ここまでを確認したい人のために動画も貼っておきますね)




最後にもうひとつ・・


マイケルがこの時期、慌てて結婚しw、滅多にプライヴェートを見せなかったマイケルが、これでもか、と「結婚」をアピールしたことはご存知だと思いますが、



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(映像ではブーツに婚礼を挙げた場所が刻印されているだけですが・・参考記事→)

ハレルヤ、全能者にして、わたしたちの神である主が王となられた。わたしたちは喜び楽しみ、神をあがめまつろう。小羊の婚姻の時がきて、花嫁はその用意をしたからである。
最後の七つの災害が満ちている七つの鉢を持っていた七人の御使のひとりがきて、わたしに言った、「さあ、きなさい。小羊の妻なる花嫁を見せよう」。


最終戦争に勝つためには、花嫁の存在や、お披露目も重要だったんですよね(笑)






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by yomodalite | 2016-03-18 12:09 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)
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HIStoryと黙示録:マイケルと神話 ① の続き

引き続き「The Triptych」について。

①で、聖書や、聖杯伝説といった伝統に従えば、「The Triptych」は、

騎士に任命され、竜を退治して王になり、竜を退治した聖剣によって、王国を治める。

というマイケルの内面的な意志を表わした絵だと書きました。

でも、西欧では、聖書を筆頭に《竜》は邪悪のシンボルですが、私たち東洋人にとっては、そうではないですし、世界の神話に興味があったマイケルにとって、《竜》を必ずしも邪悪というイメージで捉えていたとは思えません。

ただ、マイケルの神話やシンボルの使い方を見ていると、アブラハムの宗教とその源流にあるギリシャや、エジプト神話を基本としていることは一貫しているので、自分の詩を織り込み、決意が込められているように見える肖像画において、ウェールズ地方の伝説である《赤い竜》とか、他のアジアの神話や宗教に最も大きな意味をもたせていないことも確かだと思います。

《竜》のファッションは、中国の王によく見られますよね。彼らは自分を《竜》だと誇っているわけです。


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マイケルは、2000年以降、アンドレ・キムがデザインするファッションを好んで着ていて、それらは、一見チャイナ風でドラゴンぽいんですが、よく見ると、マイケルの絵の聖剣にも描かれ、HIStoryツアーの「オープニング映像」に登場したヘルメスの杖にもある《二匹の蛇》にも見えないでしょうか?



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(こちらのデザインでは、蛇の口には「玉」があるようにもみえるので、「双竜」に見えるということも重要なのかもしれません。『金枝篇』や『祭祀からロマンスへ』が、世界の神話はみな似通っていることを示したように(→リンク)、マイケルが世界中のツアーで感じ、また信条としたことも、世界の人々はみな同じで、自分と他者は同じもの。ということですから・・・)




一方、ここまで、騎士や、兵士たちが身につけていた《鷲》については、マイケルも何度かファッションに取り入れています。これは、わかりやすい例なんですが、中央に鷲の中央に「M」がついていることから、自分を《鷲》だと捉えていることがわかると思います。


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(1990年頃の衣装)





「The Triptych」の中央の絵だけを見ると、マイケルの背後の《竜》は、彼自身を象徴しているようにも見えますが、




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同時期に、同じ画家がマイケルの依頼で描いたこちらの絵のタイトルが「CAMEROT」(アーサー王の城の名前)だということを考えても、




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最初は城が描かれていたが、マイケルの希望で取り除かれた)




「The Triptych」に、《竜退治》の意味がないと考えるのは不自然で、




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剣でマイケルの肩に触れている女性は、紫のドレスの袖口が見えるだけですが、王冠を与えている女性のドレスの袖口には、クロスのような紋章があります。これは鮮明には見えないので、はっきりとは言えませんが、私にはクロス紋章を思わせつつも、少し変えてあるように見えます。



同様に、獅子の紋章の上部も、ユリの紋章(フルール・ド・リス)を思わせつつも、少し変えてあるというか、紋章の元になったアイリスにより近い形になっているように見えます。



マイケルは、他にも《獅子》《騎士》《王》《王冠》《星》・・・といった伝統的なシンボルを多用しているのですが、それらは、少しづつその意味を解釈し直すための表現だったのではないでしょうか。

欧米の《竜》の伝統的な意味は、「ヨハネの黙示録」にあるように、ローマ軍とか、アジアの敵とか、エデンの園でそそのかした蛇とか、サタンや悪魔といった意味なのですが、




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マイケルはヘビ好きをアピールし、ペットのサルと人間のように付き合うということでも有名でしたが、ヘビは、伝統的な聖書の解釈においてサタンの化身であったり、サルから人間に進化したという進化論を教えるかどうかについて、米国のキリスト教コミュニティでは未だに議論となっています。マイケルは誰よりも「God Bless You」を口にし、いわゆる反抗的な態度を見せませんでしたが、歴史的に、多くの芸術家や哲学者たちは、教会が人々に示すような良識的な人生や、権威に従って定める敵ではなく、《竜》の意味を考えようとするものです。


『Off The Wall』『Thriller』『Bad』『Dangerous』・・・壁を乗り越え、自由を求め、危険を覚悟しながら、歩んできたマイケルの『HIStory』に現れた《竜》は、私には、ニーチェが『ツァラストラはかく語りき』で語った「精神の3つの変化」の話に出てくる 《汝なすべしの竜》に近いものではないか、と思います。

ツァラトゥストラというのは、ゾロアスター教という、キリスト教よりも古い善悪二元論的な宗教の開祖で、ニーチェは、ツァラトゥストラは本当はこう言ったのだ。というフィクションによって、イエスの教えから変質した「キリスト教」の善悪二元論を批判しているのですが、

「精神の3つの変化」は、精神が、ラクダ→ライオン→子供と進化していくことを述べたもので、王になりながら、子どもの精神を自分に取り入れることを重要だと考えたマイケルを理解するのにいい話だと思うので、要約して説明すると、


ラクダのような精神とは、もっとも重いものを背負うことで自分の強さを喜ぶ。もっとも重いものとは、自分の高慢さに痛い思いをさせるために、自分を低くし、自分の知恵をあざ笑うために、自分の愚かさを目立たせ、自分が成功したときに、それを捨て、真理のために、魂が飢えていることに苦しみ、自分を軽蔑する人たちを愛し、恐れさせようとする幽霊に手をさしだす。


ラクダの精神は、こういった重いものを全部背負う。


しかし、荷物を積まれて砂漠へ急ぐラクダは、その孤独な砂漠の中で変化し、その精神はライオンとなる。


ライオンは「自由」を獲物のように求め、精神の砂漠のなかで自分が主人になろうとする。そして、これまで自分の主人(Lord or God or...)だった者を《龍》と見なし、それと戦おうとする。それは「お前はこうすべきだ」と言う存在で、ライオンの精神は「自分はこうしたいのだ」と言う。


《龍》は、鱗を金色に光らせ、どの鱗にも「こうすべきだ!」という文字が書かれている。それは何千年も続いてきた価値によって光輝き、龍は、「ものごとのすべての価値は、吾輩のからだで輝いている。すべての価値はすでに造られていて、お前が自分で新たに求めることなど、あってはならない」のだと言う。


以前は「こうすべきだ!」ということを、もっとも神聖なこととして愛していた。しかし、このもっとも神聖なことさえも狂気の横暴だと見なす必要がある。精神が、自分の愛を、自分から強奪して自由になるために。その強奪のためにライオンの精神が必要なのだ。


しかし、ライオンは、新しい創造のための自由を手に入れることはできても、新しい価値を創造することは、まだ出来ない。ライオンでさえできなかったことが、なぜ、子どもにできるのか? 強奪する力のあるライオンが子どもになる必要があるのか?


なぜなら、子どもには、無邪気で、忘れるという良い点がある。新しい遊びを始め、車輪のように勝手に転がって動き、世界を神のように肯定する。創造という遊びのためには、神のように世界を肯定することが必要なのだ。自分の精神を、自らの意志とするために、世界を捨てた者が、自分の世界を獲得できるのだ。



マイケルが退治しようとしたのは《汝なすべしの竜》と言われる、権威や、今ある良識を盾に、「お前はこうすべきだ」なのだと人を縛る、自分の外だけでなく、内にもいる《竜》のことだったのではないでしょうか。


HIStoryティーザーに引用された『意志の勝利』で、王となったヒトラーや、彼がこよなく愛したワーグナーも、ドイツ人民こそが、ニーチェの言う「超人」だと明言していましたが(当初ワーグナーを尊敬していたニーチェは、後にワーグナーの純血主義や、反ユダヤ主義を批判している)、では、ティーザーのあの巨大な彫像は、ニーチェのいう《超人》としての「自己像」だったのでしょうか?


☆分解『HIStoryティーザー』 に続く





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by yomodalite | 2016-03-07 12:26 | ☆MJアカデミア | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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