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Story of O by Pauline Réage『O嬢の物語』

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今日は、私の好きな文学オールタイムベストのひとつ『O嬢の物語』(澁澤訳)を、
ステファン卿ではなく、ジャクソン卿への不埒な欲望をバネに、
英語訳と照らし合わせながら読みました。

下記は第2章「ステファン卿」の中から少しだけ。。
電車の中でも安心して読める箇所をセレクトしてますw


Sir Stephen
ステファン卿

Sir Stephen stirred the fire, Rene suddenly went behind the sofa and, seizing O by the throat and the hair, pulled her head down against the back of the couch and kissed her on the mouth, a kiss so prolonged and profound that she gasped for breath and could feel her loins melting and burning. He let her go only long enough to tell her that he loved her, and then immediately took her again. O's hands, overturned in a gesture of utter abandon and defeat, her palms upward, lay quietly on her black dress that spread like a corolla around her. Sir Stephen had come nearer, and when at last Rene let her go and she opened her eyes, it was the gray, unflinching gaze of the Englishman which she encountered. let her go and she opened her eyes it was the gray, unflinching gaze of the Englishman which she encountered.

ステファン卿は火をかきたてた。ルネはいきなりソファのうしろへまわって、Oの首と髪の毛をつかむと、ソファの背に彼女の頭をのけぞらせて、その口に接吻した。長い激しい接吻だったので、Oは息がつまりそうになり、全身が熱く溶け出すような感じがした。愛してるよ、と言うあいだだけ、ルネはOを離し、すぐまた彼女をつかまえるのだった。Oの身体のまわりに花冠のように広がった黒いスカートの上に、彼女の手は、掌を上にして、ぐったりと投げ出されていた。このとき、ステファン卿が近づいてきた。Oがようやくルネの手から完全に解放されて、ふたたび目をあけると、すぐ目の前にイギリス人の灰色の、まっすぐなまなざしがあった。
 
Completely stunned and bewildered, as she still was, and gasping with joy, she none the less was easily able to see that he was admiring her, and that he desired her. Who could have resisted her moist, half-open mouth, with its full lips, the white stalk of her arching neck against the black collar of her page-boy jacket, her eyes large and clear, which refused to be evasive? But the only gesture Sir Stephen allowed himself was to run his finger softly over her eyebrows, then over her lips. Then he sat down facing her on the opposite side of the fireplace, and when Rene had also sat down in an armchair, he began to speak. (~P69 - P70)

が、彼女はまだ茫然としていたし、幸福に息をはずませてもいたので、彼女を賛美し欲望する男のまなざしに、ほとんど気がつく余裕もなかった。彼女のぬれた半開きの口や、ふっくらした唇や、ページ・ボーイ風なジャケットの黒い襟からのぞいた白い首や、大きな澄んだ目に、いったい、誰が抵抗しえたであろうか。しかしステファン卿があえてした行為は、ただ指で彼女の眉毛と、それから、ステファン卿は暖炉の反対側の、Oの正面にすわった。そしてルネも肘掛椅子にすわるのを待って、次のように話しはじめたのである。



Sir Stephen's quiet, self'- assured voice rose in an absolute silence. Even the flames in the fireplace flickered noiselessly. O was frozen to the sofa like a butterfly impaled upon a pin, a long pin composed of words and looks which pierced the middle of her body and pressed her naked, attentive loins against the warm silk. She was no longer mistress of her breasts, her hands, the nape of her neck.

ステファン卿の静かな落ち着いた声が、ふかい沈黙のなかで鳴り響いていた。暖炉の炎さえ、音もなく燃えていた。Oはソファのうえに、ピンで留められた蝶のように釘づけになっていた。言葉と視線でできたその長いピンは、彼女の身体の中心をつらぬいて、彼女の敏感な臀を生暖かい絹の上に圧しつけた。Oには、もう自分の胸や襟首や手の感覚もなくなっていた。

But of this much she was sure : the object of the habits and rites of which he had spoken were patently going to be the possession of (among other parts of her body) her long thighs concealed beneath the black skirt, her already opened thighs.

それでも、いまステファン卿の言った習慣とか儀式とかいうものが目的としてねらっているものは、自分の肉体の各部分のなかでも、とりわけ黒いスカートの下にかくれた、あらかじめ半開きになっている、自分のすんなりした二本の脚であることを疑うわけにはいかなかった。

Both men were sitting across from her. Rene was smoking, but before he had lighted his cigarette he had lighted one of those black-hooded lamps which consumes the smoke, and the air, already purified by the wood fire, smelled of the cool odors of the night.

ふたりの男は彼女の方を向いていた。ルネはタバコをふかしていたが、ふと近くにある黒いシェードのランプに灯りをつけた。煙はその灯影に吸い込まれ、すでに暖炉の木の匂いによって浄化されていた空気に、さらに夜の冷気が立ちこめた。
 
“Will you give me an answer, or would you like to know more?" Sir Stephen repeated.
“lf you give your consent," Rene said, “I'll personally explain to you Sir Stephen's preferences."

「返事をしてください。それとも、もっと聞きたいことがありますか?」とステファン卿がまた言った。「もしきみが承諾してくれたら」とルネが言った。「ステファン卿に優先権があるってことを、ぼくから説明してあげよう」

“Demands,"Sir Stephen corrected.

「むしろ請求権というべきだよ」とステファン卿が訂正した。

英文:Story of O by Pauline Réage(P69~P72)
日本語:O嬢の物語 渋澤龍彦訳(河出文庫(P109~110)

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◎[Wikipedia]O嬢の物語
◎[Wikipedia]ドミニク・オーリー(ポーリーヌ・レアージュ)

☆英語版はペーパーバック、Kindle版ともに2種類ありますが、上記で引用した本はこちらです。河出文庫版と同じマンディアルグの序文やジャン・ポーランの推薦文も収録されています。
◎[Amazon]Story of O by Pauline Réage

☆澁澤訳のKindle版も角川と河出の2種類あって角川の方がお安いようですが。。
◎[Amazon]O嬢の物語 渋澤龍彦訳(河出文庫・Kindle版)

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by yomodalite | 2013-12-08 23:14 | 文学 | Trackback | Comments(0)

想像ラジオ/いとうせいこう

想像ラジオ (河出文庫)

いとうせいこう/河出書房新社

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DJせいこうのラジオは、2011年3月11日の東日本大震災から4日後に始まった。

それは、震災後の文化人ツイートの中で、もっとも心打たれたものの1つで、あの頃に保管していた、つぶやき記録(カテゴリ「311関連」)にも、絶対に残っているはずだと思ったんだけど、なぜかみつからなかった。

確実に覚えていたのは、その「ラジオ」で最初にかかった曲が『上を向いて歩こう』で、次がウルフルズの『笑えれば』、そのあと、マーヴィン・ゲイの『What's Going On』に励まされた思い出と、志ん朝からのサンプリング

「あたしにまかせてください。悪いようにはしませんから」

「俺が来ました。もう心は大丈夫です」に続いて、

次にかかった曲が、マイケル・ジャクソンの『Rock With You』だったこと。

わたしの鉄板中のてっぱん、マーヴィン・ゲイ、志ん朝、MJが登場して、それまで、そんなに深く意識してなかったけど、いとう氏にもたくさん影響を受けてきたことを思い出したのだけど、大地震や、原発事故という大きな被害のあとのつぶやきに、わたしが違和感や、危惧を感じなかった人たちは、いずれも音楽と笑いを重視している人々で、そうではない人々からの知識や、情報もなにもかもが貧弱に思えてならなかった。

本書の「想像ラジオ」は、DJせいこうではなく、DJアークによるもの。

DJアークは、妻と息子がいる38歳の芥川という男で、杉の木のてっぺんから放送していて、そこにはリスナーのメッセージも届けられてる。

DJアークが最初にかけた曲は、ザ・モンキーズの「デイドリーム・ビリーバー」、その次にかかったのは、ブームタウン・ラッツの『哀愁のマンデイ』でした。


Boomtown Rats
I Don't Like Mondays (Live 1981)




◎[Amazon]想像ラジオ/いとうせいこう



◎下記は、2011年3月15日 DJせいこう@seikoitoDJ のツイートから。 
https://twitter.com/seikoitoDJ


DJせいこう ‏@seikoitoDJ
被災地のみんな、心の被災をしているみんな、こんにちわ。DJせいこうです。原発ニュースが深刻だね。でも今はまずこんにちわ!

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
まずはきっかけになった仙台の@oznyankos、余裕のあるときでいいから言葉を聞かせて!

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
みんな、どこでこのDJ見てる? それを教えて。少しでも被災地のそばまで行けたらうれしいです。おれたちはみんな君たちのことを思ってるよ。 #seikodj

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
ここで、「上を向いて歩こう」をお送りします。a tast of honeyがスキヤキとしてカバーもしてて世界的大ヒットだったね。救援の海外の人にもわかると思うんだよね。歌ってあげて。じゃあ、歌いましょう。届け! 「上を向いて歩こう」

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
みんなで歌ってるところ悪いけど、仙台からも秋田からも「リスナー」からの声が届いてるぜ。リプライ見てくれよな。確かtwitterが他人のリプライも見れるぜ。杉並区からも届いてる。俺の台東区の家も本棚が倒れてぐちゃぐちゃだぜ!

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
いろいろリクエスト曲きてるぜ。全部それぞれ一気に各自「on air」が原則の文字DJだけど、ここで@philosikからの『スーダラ節』を俺は歌うよ。あと、この放送のきっかけになった仙台の@oznyankosは「絶対生きる!」ってリプライくれた。俺も生きるぜ! リスナーもな!

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
@sexy_sadie0122からのリクエストで、ウルフルズの「笑えれば」をかけたいんだけど、俺、歌詞知らないから。ぐっとくるとこ、リプライして。そしたらアップするから。で、知ってる人も知らない人も雰囲気で歌おう!

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
特に被災地の方々で、これを読める方、「思わず心がほんわりしたこと」「思わず笑っちゃったこと」をお寄せください。ずっと緊張で本当に大変なことでしょう。一生懸命お察しします。

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
@yackeee DAI yackeeeからいただきました。ウルフルズの「笑えれば」歌詞。「♪とにかく笑えれば 最後に笑えれば♪ 今日一日のおわりに ハハハと笑えれば」。ごめん、俺知らないけどテキトーに歌うわ。みんなも歌おう!

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
福島から「疲れちゃったよ」のリプライ。だろうと思うよ。正直、俺でさえ布団かぶってうずくまってる時間が長いから。だから、この「番組」に本音くれよ。弱音くれよ。俺も泣きながらやってるよ。

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
この放送のいいところは、リクエスト曲をその時間に聴く必要がないってとこ。歌える時間に歌うことも「放送」だって言いたいんだ、俺は。元気が出るよね、音楽は。俺も人生で最悪の時期にマービン・ゲイのワッツゴーインオンに励まされたんだよ。やつの見てる地獄が俺以上だったから。

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
ヘイ、福島ピープル! 岩手、茨城、秋田、新潟、千葉、長野フレンズ、もしも夜とかにustしたら見られる人はいますか? だめなら今のままの文字DJで心をロックするぜ。

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
古今亭志ん生からのサンプリングだけど、俺はこの数年イベントとかでいきなり言うんですよ。「あたしにまかせてください。悪いようにはしませんから」って。これがうけるんだよねー。経年変化の雰囲気なんだろうけど。で、今もはっきり言うよ。「俺が来ました。もう心は大丈夫です」

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
横浜がた夜間停電の可能性ありとリプライもらった。月明かりがきれいだといいね。さて、みなさん、ここで一曲。マイケルジャクソンで「rock with you」。なんかいきなり思いついた。鼻歌でなんとなく歌えるでしょ? てことで歌って。

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
リスナーのみんな、ありがとう。結果、「アイワナロックウィズユー」でいいわ。「アイワナロックウィズユー オールナイト ダンシング ウィズ ジャパン」で。歌って。

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
なんかわからないけど、「ロックウィズユー」をテキトーに歌い続けて増す、俺もなう。踊ろうよ、各自で。

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
作家たちがこの事態にむけて何かしようとしてるって。メールで呼びかけがあったけど、どうでもいいと思った。やりたきゃ自分の責任で好きにやれよ、クソども。俺は俺の責任でもうやってる、俺ラジオ。次の曲はどうしよう? 

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
どーしたんだ、ヘヘイベイビー!

DJせいこう ‏@seikoitoDJ
俺たちの放送ではキヨシローさんは生きてるぜ、もちろん! 俺が初めてやったアマチュアバンドはRCのコピーバンドだったんだよ。それから俺の音楽人生が始まったんです。


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by yomodalite | 2013-09-14 08:23 | 文学 | Trackback | Comments(4)

さあ、気ちがいになりなさい/フレドリック・ブラウン、星新一 (訳)

さあ、気ちがいになりなさい (異色作家短編集)

フレドリック・ブラウン/早川書房

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さあ、気ちがいになりなさい 

♪~ (^_^)/ はぁーーーーーい

久しぶりに「あのひと」のことを忘れて小説を読むのだ。( ̄ε ̄;)

古典なんかじゃなく、とにかく面白いやつで、読み終わったあと英語原文でも確認してみようとか、そんなめんどくさいこと一切考えなくてもよくて、

ちょっぴり「んっ?」と思うようなタイトルだけど、コンパクトサイズのこじゃれた装幀だから、カバーなしで読んでいると、オシャレ系メガネ男子から「面白そうだね」なんて言われたりなんかしてw

これ一冊だけじゃなく「異色作家短編集」シリーズ第1作のロアルド・ダール、第3作のスタージョンなんかも一緒に本棚に並べてみると、カバーの色がグラデーションになっててキレイなので、いっそのこと全部コンプリートしたくなって、

中でもフレドリック・ブラウンは、

翻訳・星新一だし、

あーー面白かった。で、終われるようなフィクションで、

しかも、寝る前にサクッと読めるショートストーリー!

そんないいことしか思いつかない本書のタイトルにもなっている「さあ、気ちがいになりなさい」(Come and Go Mad)から、

目についた言葉を適当に引用。


なんのためにだ。

真実を知るためだ

おまえはだれだ

わたしはおまえの内部とも外部ともつかぬ所にいる。名前はもたない

では、おまえはどんな存在なんだ

『明るく輝けるもの』の使者だ

『明るく輝けるもの』とは、この地球そのもののことだ。この惑星の知性のことだ。太陽系の3つの知性のひとつ、宇宙の多くの知性のひとつだ。地球はそれなのだ。それが『明るく輝けるもの』と呼ばれている

わからない

いまにわかる。用意はできたか… 



(引用終了)


うーーーん、面白いっ!

でも、なんか、不思議と「あのひと」のことを思い出してしまうなぁ…ww

まっいいか(笑)

☆解説はブラウンが好き過ぎて全文暗記した作品もあるというマンガ家の坂田靖子氏!
◎[Amazon]さあ、気ちがいになりなさい

◎目 次
・みどりの星へ
・ぶっそうなやつら
・おそるべき坊や
・雷獣ヴァヴェリ
・ノック
・ユーディの原理
・シリウス・ゼロ
・町を求む
・帽子の手品
・沈黙と叫び
・さあ,気ちがいになりなさい


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by yomodalite | 2013-09-04 08:41 | 文学 | Trackback | Comments(4)

幻年時代/坂口恭平

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(昨晩のこと)

坂口恭平の自伝小説。いつまでも「総理♡」と呼びたかったけど、今は退任されてしまったので、もう、私の心の中でしかそう呼べない元総理に私はめちゃくちゃ弱くて、家のミッシェル・レリスを地下深いところから引き上げただけでなく、「魔子」を聞いて、大杉栄にハマったり、

☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2013-08-13 14:03 | 文学 | Trackback | Comments(0)

エドガー・アラン・ポー(4)おすすめ文庫2冊!

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これから初めてポーを読んでみよう。
もしくは、以前に有名な短編を読んでみたけどピンと来なかったという人に!

八木敏雄氏との共著もあり(未読)、現在日本ポー学会会長もされている、
巽孝之氏による一番新しい新潮文庫版は未読なんですが...

それ以外の、現在手に入る文庫本を比べて、ベスト文庫を2冊セレクト!

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短編ではなく「ショート・ストーリー」と言いたくなる、
ポーの現代性が、訳者のリズム感のいいスマートな訳でスムーズに味わえます!


◎訳者による解説(ほんのちょっぴりだけ紹介)

ポーは自分がどういう書き方をするのか、はっきり表明した人だった。自作への解説や、同時代のホーソンに対する書評などの中で、さかんに創作法を論じている。一口に言えば、理詰めの芸術派なのだ。目標ははっきりしている。ある効果に的を絞って、読者の心を強烈に打つ。

そうであれば作品として出来が良い。その効率が高いのは「恐怖」である。もし「美」を扱うなら、詩の方が韻律があるだけ有利だから、散文では「恐怖」の効果を期待する。また、読み出したら1回で読み切れる長さでなければ、効果は薄れる。(引用終了)

◎訳者あとがき「ポーとコーソン」(めちゃめちゃ大幅に省略してメモ)

19世紀のアメリカ小説をご存知の読者は、右の標題を見て「ポーとホーソン」の間違いではないかとお考えかもしれない。でも誤植ではない。「コーソン」である。ポーが作品を書いていたのは、日本式に言えば江戸時代の後期、ほぼ天保から弘化にかけての時代だった。(中略)

やや脱線した話として、じつはポーを訳しながら、話の運びが落語調だと思うこともあった。枕が長くて怪談物の得意な噺家とでも言おうか、まず一般論、抽象論として、世間の通例を話してから、ようやく本題に入っていく。この枕の部分が訳しにくい。(中略)

明治26年、篁村の向こうを張って、より原文を尊重した『黒猫』は出た。訳者は内田魯庵。この人も下谷の生まれだが、下訳は使っていない。1人で読んで訳したという意味では、これが一匹目の猫である。篁村では「私」だった語り手が、魯庵では「余」になって、まるで漢文を読み下したようなリズム感で書いている。

誤訳がないわけではないが、篁村訳よりは恐怖が内面化して感じられる。ほぼ独学だったという魯庵の英語は、相当のレベルにあったのだろう。いや、慶応が明治になる前に生まれたのだから、訳した当時は二十代半ばではないか。これはすごい。

この魯庵はもちろん、篁村の下訳者にしても、かなりの読解力があったことは間違いない。どんな辞書を使ったのだろう。ろくな資料もない時代に、よくぞここまで、と思っただけで、もう私には明治人の誤訳をあげつらう気持ちはなくなる。

この人たちの系譜に連なる仕事を自分でもしたのか、今度の猫は21世紀の一匹目ではないのか、と思うと泣きたくなるほどうれしい。にゃーお。(引用終了)

・黒猫
・本能VS.理性----黒い猫について
・アモンティリャードの樽
・告げ口心臓
・邪鬼
・ウィリアム・ウィルソン
・早すぎた埋葬
・モルグ街の殺人

◎[Amazon]黒猫/モルグ街の殺人[光文社古典新訳文庫]小川高義(翻訳)


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『アッシャー家の崩壊』『黄金虫』『リジーア』… などのベスト!

八木敏雄氏による滑らかな翻訳だけでなく、各作品の冒頭の解説も訳注も、
日本一のポー研究家ならでは!
扉絵には、当時のイラストも使用されています。

(上記の光文社古典新訳文庫と重複する作品は「アモンティラードの酒樽」のみ)

・メッツェンガーシュタイン
・ボン=ボン
・息の紛失
・『ブラックウッド』誌流の作品の書き方ある苦境
・リジーア
・アッシャー家の崩壊
・群集の人
・赤死病の仮面
・陥穽と振子
・黄金虫
・アモンティラードの酒樽

◎[Amazon]黄金虫・アッシャー家の崩壊 他九篇 (岩波文庫)
____________

下記は、八木敏雄氏の著作の個人的メモ。

・破壊と創造 エドガー・アラン・ポオ論(南雲堂 1968)
・ポー グロテスクとアラベスク(冬樹社 1978)
・アメリカの文学 志村正雄共著(南雲堂 1983)
・アメリカン・ゴシックの水脈(研究社出版 1992)

(編著)
・アメリカ! 幻想と現実(編)(研究社 2001)
・エドガ-・アラン・ポーの世紀 ― 生誕200周年記念必携 巽孝之共編(研究社 2009)
・マニエリスムのアメリカ(南雲堂 2011)

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by yomodalite | 2013-08-09 09:28 | 文学 | Trackback | Comments(0)

エドガー・アラン・ポー(3)「破壊と創造」

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☆Edgar Allan Poe(2)“For Annie”の続き

つい最近になって、エマソンを読み始めたら(MJ研究のためにねw)、彼がポーを散々な言葉で批判しているのを発見して、それでエマソンよりも、ポーの方に夢中になってしまって、これまで、私がイメージしていた人とは別の「ポー」が現れはじめました。

それは、またしてもイメージだけが膨らんでいくようなものだったのですが、ラッキーなことに「私のポー」を、適確に著してくれた日本一のポー研究者・八木敏雄氏の本に出会うことができ、ポーにハマったとほぼ同時に、八木敏雄氏に夢中になってしまったので、八木氏の著作の中から、『エドガー・アラン・ポオ研究 ー 破壊と創造』を紹介します。


◎1964年から『成城文芸』に連載された論文をまとめ、1968年初版....
[Amazon]エドガー・アラン・ポオ研究 破壊と創造


下記は、本書の「序にかえて ー ポオの評価をめぐって」を全文引用。

(下線は著者による傍点。太字は私のアンダーライン)



序にかえて ー ポオの評価をめぐって


その死後百有余年をへた今日、いまだにエドガー・ポオの評価は定まりかねているようである。それが定まりかねているのは、ポオが論じられることのすくなく、攻究されることの稀な作家であったからではない。彼がスフィンクスの如く巨大で謎めいた人物であったからでも、またむろん、彼が評価にあたいしない文学者であったからでもない。

事情はむしろ逆で、ポオに関しては、あらゆる種類の評価や好悪の意見は出つくし、その技法態度を蘇活すると否とにかかわる後世の意図は十分以上に果たされてしまった観がある。伝記的研究は旅役者であったポオの父母のレパートリーの研究からポオ自身の借金の額の詮索にまで及び、二巻よりなる書箇集は刊行をみ、彼の作品の精神分析学的研究はポオについてのいちばん部厚い本を生んでいるありさまで、普通なら、いまではこの作家について言いふるされていないようなことは言えぬのではないかと絶望するなり、安心するなりしてよいはずであるのに、事実はそうではない。

ポオがシェイクスピアの如き汲めどもつきせぬ偉大な作家で、各時代、各世代があらたな発見をしつづけてゆくであろうような作家であるなら、この事情に不思議はないのだが、ポオが偉大な作家ではないということ、彼の文学技法上の使命は終ったということには定説があり、しかもそれはどうやら動かしがたいようにみえる。

ポオの評価をめぐるこのような逆説的事態は、ポオがその生国アメリカでは永らく顧みられず、しかしフランスでは、ボオドレールやマラルメやヴァレリーなどの世界第一級の詩人たちによって高く評価され、そればかりか、彼らの創作の大いなる糧となり、したがって世界の近代詩のみならず、近代の文学全体に大きな影響をあたえた人物であったという文学史上の逆説によく象徴されている。 

むろん、かかる事態を招いた責任の一半はポオ白身にもあった。ヴァレリーの理解ある言葉を皆りれば、ポオが「自分自身の発見について、それが有する弱点を知悉していながら、その美点のすべてを強調したり、特長の一つ一つを宣伝したり、欠陥を隠したりし、いかなる代償を払ってもそれを彼が欲するものに似せようとして自分の発見に取り組む」たぐいの人間でもあったからだ。

「しかし、ポオの思想はその根本においてやはリ深遠で、偉大なのである」ともヴァレリーは保証する。知性の悲喜劇の愛好者にとって、ポオは依然として魅力ある人物たるを失わないであろう。が、いましばらくは直接にポオを対象にしないで、ポオの評価をめぐる後世の事態を観察してみたい。それがかえってこの作家の本質を解く鍵を提供してくれるかもしれないからだ。
 
ところで米国においては、ポオの評価はその百年忌にあたる1949年頃には、比較的低いところで定まりかけていたのである。そして、ポオを見なおし考えなおそうという風潮が起ってきたのも、この百年忌を境とする。手はじめに、1949年前後にポオについてなされた、目だった論者の発言を拾ってみよう。百年祭を記念して、ポオの詩と散文のアンソロジーを編んだモンタギュー・スレイターは、そのはしがきの枕に、「その死後百年になるが、ポオの作家としての位置を決定するのは容易なことではない」と書く。

V・S・プリチェットは『ポオ百年祭』というエッセーで、やはり開ロー番、「その死後百年になるが、いったいわれわれはポオをどう理解すればよいのか? われわれはこの作家から模糊として曖昧なものを読みとるだけだ。しかしこの作家から数々の文学上の重要な事柄が摂取されてきた。二流の作家、だがしかし示唆に富んだ発言者。ポオの天分は気まぐれで狭隘であったが、影響するところ甚大」と述べ、当惑を示す。

偉大なアメリカ文学の再編成者F・O・マシーセンでさえ、1948年という時点では、「ポオの最終的評価は、彼の作品がその原動力となった多くの文学的伝統を別にしては下しえないであろう」という目算を述べるにとどめた。T・S・エリオットの『ポオからヴァレリーヘ』は米国でのポオ再評価のきっかけのIつとなった論文だが、その冒頭の一節でエリオットは次のように述べる。
 
私がここでこころみようとしていることはエドガー・アラン・ポオの裁断的評価ではない。彼の詩人としての位置を定め、彼の本質的独創性を抽出してみようとは思ってはいない。まさしくポオは批評家にとって蹟き石である。彼の作品を詳細に検討してみると、ずさんな筆運び、広範な読書と深い学識に支えられていない未熟な思考、主として経済的な逼迫のせいだろうが、細部にまでわたる完璧性に欠けた、さまざまなジャンルでの気まぐれな実験といったものしか見出せないようにみえる。

が、これでは公正を欠くだろう。ポオの作品を個々別々に見ないで、全体として遠望するなら、たえず目をそこにやらずにはおれぬような、特異な姿と印象的な大きさを有する全体として、われわれの目にうつる。ポオの影響という問題もまた、われわれをとまどわせる……。
 
ここでエリオットは、ポオを「全体として」、つまり『大鴉』の詩人、『アッシャー館の崩壊』の短篇作家、『アーサー・ゴードン・ピムの物語』の長篇作家、『詩作の哲学』の詩論家、『ユリイカ』の宇宙思想家などと個別的に見ないで、それらが微妙に絡みあって構成されているポオを全体として眺めることを提案している。が、エリオットがここで示している当惑も単なる修辞的ポーズではなかろう。

たとえば、同じ論文で、エリオットは「ポオに欠けているものは頭脳力ではなく、人間全体としての成熟をまってはじめてもたらされるところの知性の成熟であり、彼のさまざまな情緒の成長と調整なのである」と指摘することを忘れない。そして注意していただきたいことは、これが米国におけるポオ再評価のきっかけとなった論文の口調だということである。
 
それ以前の米国におけるポオ評価はどうであったか。ヘンリー・ジェイムズ(「ポオを熟愛できるということは幼稚な思考の段階にあることのあきらかな証拠である」)からポール・エルマー・モーア(「ポオは未熟な少年と不健全な大人のための詩人」)をへて、今日のアイヴァー・ウィンクーズ(「ポオは、彼の讃美考たちの主張するところによれば、理論と実際とをみごとに合致させたそうだが、その理論も実際も、ともにお話にならぬほどひどいものである)に至るまで、アメリカの各世代の代表的作家、批評家がポオを高く評価したためしはなかった。
 
しかし真摯なポオ讃美者の群がフランスに見出せる。ポオを発見しポオをあがめたボオドレール、ポオとボオドレールを尊敬したマラルメ、ポオとボオドレールとマラルメを尊重したヴァレリーなどの面々。このポオ崇拝の系譜がそのままフランス象徴主義の系譜を形成していることは、すでに何事かでなくてはならぬと思わせる。

たとえばボオドレールは、はじめてポオの作品を読んだとき、そこに「私が順に思い描いていた主題ばかりか、私が考え抜いていた文章さえも見出した」と告白している。この告白に嘘がなかったことは、ボオドレールはポオの『詩の原理』をほとんどそっくりそのままフランス語に移しかえ、それを自分の詩論尚として発表していることからもうかがえる―「われにもあらず自分によって作られたと思ってしまうほど、ぴったりと自分のために作られていると思えるものは、これを自分のものとせざるを得ません」とはボオドレールに対するヴァレリーの美しい弁護だが、同類にのみ許される剽窃の事例というわけか。

だがボオドレールがいかにポオに傾例していたかの傍証としてなら、『悪の華』という詩集を一冊出しただけの彼が、またけっして着実な性格の持ち主ではなかった彼が、ポオの散文作品ばかりは生涯休みなく仏訳しつづけたという事実に如くものはあるまい。クレペ編のボオドレール作品集12巻(書簡その他を含めて全19巻)のうち、じつに5巻がポオの翻訳によって占められている。これをボオドレールの詩才のために借しむのは勝手だが、彼にとってポオの散文作品の翻訳が畢生の事業の一つであったことをこれは物語る。
 
若き日のマラルメは「もっとよくポオを読めるようになりたくて」英語を勉強した、とある手紙にしたためている。そしてマラルメのポオ崇拝の念は生涯変ることがなかった。詩(“L’Azur”)をカザリスに献じたさいに添えた手紙に、マラルメは「この方向に進んでゆけばゆくほど、私はわが偉大なる師エドガー・ポオの示した厳格な理念に忠実になってゆくでありましょう」と書いている。またポオの詩をはじめてフランス語に訳したのはマラルメであった ー おそらく、ある畏敬の念からでもあろうが、韻文訳をあきらめ、散文に移すにとどめたけれども。
 
完璧という病いにとりつかれていて、誤謬を犯すことがなによりも似つかわしくなかったポール・ヴァレリーは、「ポオは唯一の完璧な作家である。彼は誤ちを犯したことはなかった」とまで断言する。またヴァレリーは、英米にあってはまったく顧みられることがなかった『ユリイカ』について美しいエッセーを書いた。それがヴァレリーの批評に堪えたということが、すでに何事かであることをわれわれにしのばせる。ヴァレリーはまた独立のポオ論を書いているけれども、『ボオドレールの位置』というエッセーはボオドレール論であると同時にポオ論でなければならなかったほど、彼はポオに深い関心を寄せていた。ここでしばらくヴァレリーの雄弁に耳を傾けてみるのも無駄ではあるまい。
 
明晰の魔・分析の天才、また、理論と想像、神秘性と計算のもっとも樹齢でもっとも心を惹く総合の発明者、例外の心理家、芸術のあらゆる資源を極め利用する文学技師、これらはエドガア・ポオの姿をとってボオドレールの前に現われ、彼を驚歎させます。これほど多くの独創的見解と非常な約束とは技を魅了します。彼の才能はこれによって変容され、彼の運命は華々しく一変されます。(佐藤正彰訳)
 
これらフランスの詩人たちのポオを語る語り口と英米人のそれとを較べてみるがよい。その違いようは怪しむにたる。だがボオドレール、マラルメ、ヴァレリーなどが高い知性と鋭敏な感受性の持ち主であり、すぐれた批評家であったことは紛う方なき事実なので、彼らのポオ讃美が、ヘンリー・ジェイムズの言うように、彼らが「幼稚な思考段階にあることのあきらかな証拠」とはならぬことはたしかである。

これらのフランス詩人たちの「過大な」ポオ評価を彼らの英語力の不足のせいにする意見はなかなか有力である。英語を母国語とする者ならすぐそれと気づくポオの詩の未熟な語法や不正確な韻律に、彼らは気がつかなかったとする意見だ。それはありえたことである。しかし彼らの栄光は英米の読者がポオに見落していたものを見出したことにあった。
 
それでは、比較的低い評価しかあたえなかった英米の評家たちが完全に間違っていたのであろうか? すでに引用した英米の評家もいずれ劣らぬ一流の作家、詩人、批評家たちであってみれば、そういうことはありそうにない。彼らのポオに対する不満は、詮ずるにポオが成熟することを知らぬ文学者であったところに向けられていたのだ。「未熟な少年と不健全な大人のための詩人」というモーアの評は彼らのポオに対する最大公約数的な意見であったと言ってもよい。
 
「成熟する」とは、簡単に言って、この世の現実とかかわりあいながら人生観を形成することであろうが、ポオは現実を、そこに身を置き、生き、かつ人格を形成する場とは見なさず、ただ観察し、分析し、自己の知力によって綜合する対象としてしか考えていなかった、と英米の文学者たちに感じられているのである。一方、フランスの詩人たちは、ポオの観察し、分析し、綜合する意識的な態度に感心したのであった。所詮、両者の目のつけどころが違っていたのであるから、感心の仕方も違ってくるわけである。
 
教養ある英米の人士にとって、ポオの詩や短篇のいくつかは、少年の日にはある感興を覚えながら読んだことがあるけれども、長じて自然な欲求に駆られて再読してみたいとは思わぬていの読みものであるに相違なく、そのことがまたポオの未熟さを裏づけているように思いなされるのも自然なことでなくはない。たしかにポオの作品は、一度読めば生涯忘れえぬほどの印象を、われわれの意識下の記憶に刻みつけるけれども、そしてこれはポオが凡庸な作者ではなかったことの有力な証拠ではあるけれども、一方、一度読めば足リるということがあるのも事実である。

もし世界第一級の文学作品たるの資格が、まず再読に堪えること、読むごとにあらたな発見を読者に強いずにはおかぬこと、われわれを心底から震撼し、その震撼がある種の普遍的な質に到追していることなどであるとするならば、ポオの作品の多くがそのような資格に欠けていることを認めないわけにはいかない。
 
もっとも、われわれはそうしようと思えば、ポオの詩を幾度でも読むことができる ー 耳に快いから、野暮でないから。彼の短篇小説を再度たのしむことができる ーー ありうべからざることが現に眼前に展開されているかに錯覚させる短篇の技巧にすぐれているから、そうと知っていながらそのように進行してゆく筋や、そのように反応していく自分の精神の動きを確認するのにはある種の愉悦があるから。

しかしポオの詩は、それが一個の純粋な芸術作品でありながら、同時に人生や世界の不条理をしのぼせ、人間実存の姿を垣間見せるという世界第一級の詩が持たねばならぬ逆説的構造を有するまでには至っていないと感じさせる。

短篇小説の場合なら、たとえば『アッシャー館の崩壊』でのように、嵐の晩にいったん死んだはずのマデラインが生身で生きかえってくるような話に、もはやわれわれは心から驚かされることはない。要するにポオの諸作品はすでにわれわれを心から痛ましめず、傷つけず、人間性についてのあらたな発見を強いることもないように思える。

が、それにしても ーー とわれわれは思うわけだが、それというのも、純粋に芸術作品でありながら人生の多様性をはらみうるような短篇小説の原型を後世に示したのがポオであり、いまではすでに異常ですらなくなってしまったほどに「異常心理」の普及に力をかしたのがポオであり、サンボリストたちの仕事によって実証されたように、厳密と精緻の度を加えるに堪え、しかも世界の不条理を盛りこむに堪えるほどの詩の理論を最初に編み出したのがポオであったからである。

普通でないことを始めた当時には、それが普通でないという理由からうとまれ、それが普通になってしまう頃までには、それが普通でなかった当時の状態や発明者の独創は忘れ去られており、しかもそれにつきものの弱点や欠陥は出つくしてしまっている ーー という破目になるのが発明者や創始者の辛い運命なのかもしれない。が、議論を前に戻せば、決して後世によって凌駕されない仕事を残す文学者が存在する ーー たとえばシェイクスピアの如き。
 
だがアングロ・サクソン世界で、比較的低い評価しかあたえられなかったのはポオの詩や小説ばかりではなかった。いや、英米でいちばんうとんじられているのは、フランスの詩人たちに珍重され、彼らの財宝とまで見なされた『詩の原理』や『詩作の哲学』や『マージナリア』の断章に含まれていたポオの詩論のたぐいだった。

英米人には、ポオの詩論の有効性が彼自身の詩作によって実証されていないと感じられているからであろう。『詩作の哲学』が自作の詩『大鴉』を材料にポオが自己の詩作の態度と意図を開陳してみせた文章であることは周知のことであるが、これが英米ではことさらに評判が悪い。

詩の長さに対する考察、詩の純粋性の主張、詩作にあたっての意識的な分析と計算と綜合の必要性の強調、やがてサンボリストたちの合言葉とすらなった「音楽」の観念 ーー それらはすべてこの論文に見出せるわけだが、たとえば「この詩(『大福』)のいかなる些細な一点といえども偶然や直観のおかげを蒙ってはおらず、作業は数学の問題を解くときのような正確さと厳密さをもって、一歩一歩完成されていった」という作者の言明をその実作が裏切っていると見えるらしい。いかなる点がそれを裏切っているかを、エリオットは『大鵬』の次の一行をあげて指摘する。
  
In there stepped a stately Raven of the saintly days of yore.

不吉な福は、その逆ではないにしても、いささかも “stately”(気高い)なところはないはずなので、なぜこの鴉が “saintly days of yore”(気高いむかし)に属するのかわかりかねる、とエリオットは言う。また、“stately”(堂々たる)とここで形容されている鴉が幾行か先では “ungainly fowl”(見苦しい鳥)と呼ばれているが、これなど矛盾でしかない、とも。

この詩は主人公の意識の変化をたどる詩なので、その鴉の容姿も主人公の意識の変化とともに変化してもおかしくないと思えるけれども、この現代の代表的詩人の指摘はそれなりにわれわれを納得させるにたる。しかしポオが一篇の詩を書き、かてて加えて、その詩の意図から技術問題にまでわたる解説文を書いたことで、英米ではうとんじられる結果になり、フランスでは重んじられることになったのは、なお怪しむにたる。
 
要するに、英米の批判者たちの見たポオがポオのすべてでもなく、フランスの詩人たちが見た彼がポオのすべてでもなかったのである。ポオはそれらのすべてだった。この簡単な事実に気づかれるまでに、ポオはその死後百年を待たねばならなかったようである。

(引用終了)

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『破壊と創造 エドガー・アラン・ポオ論』の一部は、こちらで読めます。

http://www.seijo.ac.jp/pdf/falit/043/043-04.pdf

ここの49ページ「養父ジョン・アランと養子エドガー・ポオとの関係は、しばしばポオに好意的な伝記作者たちによって加害者と被害者との関係として述べられている……」「アランとポオとの関係が加害者と被害者のそれであったとするならば、ポオには、その関係の温存をはかっていたと思えるふしがある……」「“子” の客観性のかなりの部分は “父” によって与えられるものであるから “子” は自分の自分の客観性に対してそれほど責任を持たなくてよい …… 

と続く文章にも、MJを描こうとする凡庸な伝記作者に飽きた。と思う方なら「ビビビッ」と来ませんか?(この文章は、このあと「アニー」も登場します)

☆エドガー・アラン・ポー(4)おすすめ文庫2冊!

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by yomodalite | 2013-08-07 09:30 | 文学 | Trackback | Comments(2)

William Blake “A Divine Image”(『無垢の経験の歌』)

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『無垢の経験の歌』(Songs of Innocence and of Experience)の「人の姿(The Human Abstract)と「神の姿(The Divine Image)」の翻訳を見てくださった、みっちさんが、

◎人の姿(The Human Abstract)
◎神の姿(The Divine Image)

ご自身でも、この詩を訳してくださっただけでなく、

http://mitchhaga.exblog.jp/20522889

なんと「The Divine Image」だけでなく、「A Divine Image」もある。

と教えてくださいました!

みっちさんによれば『無垢の経験の歌』の中でも、「A Divine Image」という詩が納められた版は極一部らしく、未完成なのかもしれませんし、由来についてもよくわからないのですが、

ブレイクらしい巧緻が感じられるというか、「The Divine Image」よりも皮肉めいていて、また、この詩での人類のイメージは、有名な「虎(Tyger)」という詩と比較できる点も興味深くて、

◎William Blake “The Tyger” Thriller 25 The Book

またまた、うっかり訳してしまいました。


A Divine Image
神聖についての断片

Cruelty has a human heart,
And Jealousy a human face;
Terror the human form divine,
And secrecy the human dress.

人の心臓には、残虐があり
人の顔には、嫉妬がにじむ
人が神聖を形づくると、恐怖を必要とし
だから、
人の衣装は、秘密で整えられている

The human dress is forged iron,
The human form a fiery forge,
The human face a furnace seal'd,
The human heart its hungry gorge.

人の衣装は、鍛えられた鉄により
人の形は、鉄工所の火から
人の顔は、溶鉱炉ではりつけられ
人の心臓は、飢えた胃袋で造られたのだ

(訳:yomodalite)

なぜ、人の心には「残酷」なところがあるのか、、

この詩の「Divine Image」とは “God's Creation” のことではなく “Human made” の「Divine Image」(宗教業界とそれを信じる人々の合作)とは、こういうものである。ということではないでしょうか。


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by yomodalite | 2013-07-21 10:36 | 文学 | Trackback | Comments(2)

対訳 ブレイク詩集が疑問だったので自分で訳してみる[2]

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[1]の続き


下記は『無垢の経験の歌』の「無垢の歌」から、[1]で紹介した「人の姿(The Human Abstract)」に対比する

「神の姿(The Divine Image)」という詩です。

英文は、対訳ブレイク詩集(岩波文庫)から書き起しましたが、日本語訳は「私訳」なのでご注意くださいませ。

The Divine Image
神の姿


To Mercy Pity Peace and Love,
All pray in their distress :
And to these virtues of delight
Return their thankfulness.

憐れみ、同情、平和や、愛、
そういった苦悩から人は祈り
そして、それらの美徳の喜びに
人は感謝のきもちを返す

For Mercy Pity Peace and Love,
ls God our father dear :
And Mercy Pity Peace and Love,
ls Man his child and care.

憐れみや、同情、平和や、愛は、
親愛なる父である神からのもので
憐れみや、同情、平和や、愛によって
父の子である人間は受けとめられる

For Mercy has a human heart
Pity, a human face :
And Love, the human form divine,
And Peace, the human dress.

憐れみは、人の心臓であり
同情とは、人の顔
そして愛は、人の神聖をあらわし
平和は、人の衣装である

Then every man of every dime,
That prays in his distress,
Prays to the human form divine
Love Mercy Pity Peace.

誰もがあらゆる場所で
苦しいときに祈りを捧げている姿が
ひとの神聖であり
愛や、憐れみ、同情や、平和でもある

And all must love the human form,
In heathen, Turk or Jew.
Where Mercy, Love&Pity dwell,
There God is dwelling too.

だから、すべての人の姿を愛さなくてはならない
異教徒も、トルコ人も、ユダヤ人も
憐れみや、愛や、同情があるところには
神もまた住んでおられるのだ

(訳:yomodalite)

☆William Blake “A Divine Image”(『無垢の経験の歌』)に続く


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by yomodalite | 2013-07-19 09:11 | 文学 | Trackback | Comments(16)

William Blake “Auguries of Innocence” 無垢の予兆(2)

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☆William Blake “Auguries of Innocence”(1)の続き


Tools were made and born were hands,
Every farmer understands.
Every tear from every eye
Becomes a babe in eternity;

人の手からは、道具が生まれることを
すべての農夫が知っている
すべての涙がその眼で作られていることも
赤子のときから変わらない

This is caught by females bright,
And return'd to its own delight.
The bleat, the bark, bellow, and roar,
Are waves that beat on heaven's shore.

それは聡明な女性たちに受け止められて
彼女たちもまたそれを繰り返す
泣き、怒鳴り、呻き、そして、わめく
天国の岸に打ち寄せる波のように

The babe that weeps the rod beneath
Writes revenge in realms of death.
The beggar's rags, fluttering in air,
Does to rags the heavens tear.

鞭を怖れて泣く赤子は
死に際に復讐を心に刻み
乞食が纏うボロ布は風の中ではためいて
天の涙をぬぐう

The soldier, arm'd with sword and gun,
Palsied strikes the summer's sun.
The poor man's farthing is worth more
Than all the gold on Afric's shore.

兵士は剣と銃で武装し
夏の太陽は小刻みなビートを刻む
貧乏な男の古い銅貨は、
アフリカの海岸から運ばれた金よりも価値がある

One mite wrung from the lab'rer's hands
Shall buy and sell the miser's lands;
Or, if protected from on high,
Does that whole nation sell and buy.

労働者の手から絞りだしたような僅かな金なら
安い土地を売買することができ
上流社会から保護されていれば
国家全体をも売り買いできる

He who mocks the infant's faith
Shall be mock'd in age and death.
He who shall teach the child to doubt
The rotting grave shall ne'er get out.

幼児の信仰を侮る者は
加齢にも死にも玩ばれ
こどもに疑うことを教える者は
朽ち果てた墓から出ることは出来ない

He who respects the infant's faith
Triumphs over hell and death.
The child's toys and the old man's reasons
Are the fruits of the two seasons.

幼児の信仰を尊ぶ者は、
地獄にも死にも勝利し
子供のおもちゃと老人にとっての動機は、
2つの季節に実る果実である

The questioner, who sits so sly,
Shall never know how to reply.
He who replies to words of doubt
Doth put the light of knowledge out.

座ったままで質問ばかりする者は
どんな答えも知ることはなく
疑問に答える者は
知識に光を射すことが出来る

The strongest poison ever known
Came from Caesar's laurel crown.(*)
Nought can deform the human race
Like to the armour's iron brace.

これまでに知られている最強の毒とは、
シーザーの月桂冠によるもの
人類が無から創られたのなら
鉄の鎧のような骨組みになるだろう

When gold and gems adorn the plow,
Peaceful arts shall envy bow.
A riddle, or the cricket's cry,
Is to doubt a fit reply.

金や宝石が鋤を飾るとき
平和の印はリボンを羨ましく思い
謎や、コオロギの鳴き声は
適当な答えを疑う

The emmet's inch and eagle's mile
Make lame philosophy to smile.
He who doubts from what he sees
Will ne'er believe, do what you please.

アリのインチや、鷲のマイルという単位は
微笑むためには不十分な思想で
自分が見たものを疑う人間は
神を信じることも、人を喜ばすこともない

If the sun and moon should doubt,
They'd immediately go out.
To be in a passion you good may do,
But no good if a passion is in you.

もしも太陽や月を疑うなら、
それらはただちに消え去り
あなたが人にしてあげることに情熱があるなら、何をやっても良いが
自分にだけ情熱があるのなら、何をやっても良くないだろう

The whore and gambler, by the state
Licensed, build that nation's fate.
The harlot's cry from street to street
Shall weave old England's winding-sheet.

娼婦と賭博師が免許を受け取り
国の運命が決められる
通りから通りに響く売春婦の叫びは
古き英国の屍体を包む布を織る

The winner's shout, the loser's curse,
Dance before dead England's hearse.
Every night and every morn
Some to misery are born,

勝者は叫び、敗者は罵り
死せる英国の葬儀車の前で踊る
ありとあらゆる朝と夜に
不幸は生まれ

Every morn and every night
Some are born to sweet delight.
Some are born to sweet delight,
Some are born to endless night.

ありとあらゆる朝と夜に、
甘く美しい喜びが生まれ
甘く美しい喜びは
終わりなき夜に生まれる

We are led to believe a lie
When we see not thro' the eye,
Which was born in a night to perish in a night,
When the soul slept in beams of light.

我々が自分の目を通して見なければ
我々は嘘を信じるように導かれる
魂が光の中にありながら眠っているなら
嘘は夜に生まれて、夜に滅びる

God appears, and God is light,
To those poor souls who dwell in night;
But does a human form display
To those who dwell in realms of day.

夜に住む貧しき魂には
神は光となって現れる
だが、その日1日を生きる者にとっては
それは人の姿そのものなのだ

(訳:yomodalite)


(*)シーザーの月桂冠(Caesar's laurel crown)/シーザーが、共和制ローマの終身独裁官に就任したこと(月桂冠はその証)が、その後の暗殺に繋がったことから。という意味だと思います。

☆ ☆ ☆

ちょっぴりわかった。と思ったのは、

Innocence(無垢)とは、神が創ったままの世界だということ。

最後まで読んで、その思いはさらに強くなりました。




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by yomodalite | 2013-07-07 11:52 | 文学 | Trackback | Comments(2)

William Blake “Auguries of Innocence” 無垢の予兆(1)

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[内容を修正しました]

これまで現代においても、欧米でブレイクが愛されていて、頻繁に引用されている理由がよくわからなかったのですが、マイケルと神について考えているうちに、Innocence(無垢)がすごく気になってきて、、ようやく少しはわかってきたような気がしたので訳してみることにしました。

ところが、、

最初にアップしたものは、この詩の半分程度で、まだまだ長い続きがあることを、こちらの「とてもとても素敵なブログ」の方に教えていただきました。(コメント欄参照)

それで漏れていた2行を足し、パラグラフの区切りは、私には判断できないので、
すべて4行で統一し、後半部分を追加したものを再度アップします。

前半だけで、多少わかったような気になっていた私ですが、後半部分を読んで、さらに理解が深まったように感じました。勘違いの可能性は多分にありますが、MJについて4年間毎日考え、泣きながら古典を読んでいるうちに、

教会の教えとは異なる神を理解しようとする、アーティスト達の永い伝統が多少は感じられるようになった気がして....

ウィリアム・ブレイクの「Auguries of Innocence」は『無垢の予兆』として多くの和訳がありますが、私訳では「無垢の気配」にしました。

また、自分が解釈した意味を強調して訳してある部分や、
あまり自信がもてない箇所もありますので、

日本語部分には充分ご注意のうえ、
気になる点は遠慮なくご指摘くださいませ。



下記は、前半部分です。


Auguries of Innocence
William Blake

無垢の気配

To see a World in a grain of sand,
And a Heaven in a wild flower,
Hold Infinity in the palm of your hand,
And Eternity in an hour.

一粒の砂には世界があり
野に咲く花には天国があり
きみの手は無限をつかみ
永遠のひとときを得る

A robin redbreast in a cage
Puts all Heaven in a rage.
A dove-house fill'd with doves and pigeons
Shudders Hell thro' all its regions.

籠の中の1羽のコマドリは
天上の怒りを
せまい鳩舎に押込められた鳩たちは
地獄の震えを

A dog starv'd at his master's gate
Predicts the ruin of the State.
A horse misus'd upon the road
Calls to Heaven for human blood.

一匹の犬が天国の門の前で飢えるなら
それはひとつの地域が滅びる前兆
一頭の馬が路上で酷使されているなら
人の血も流させよと天から命令がくだる

Each outcry of the hunted hare
A fibre from the brain does tear.
A skylark wounded in the wing,
A cherubim does cease to sing.

撃たれたウサギが一匹ずつ抗議の声をあげれば
脳髄の神経の1本1本が引き裂かれ
1羽のひばりが翼を傷つけられたなら
1人の智天使が歌うのをやめる

The game-cock clipt and arm'd for fight
Does the rising sun affright.
Every wolf's and lion's howl
Raises from Hell a Human soul.

闘鶏が戦いに備えて武装すれば

昇る太陽さえも脅かし

狼やライオンが吠えるたび

地獄にいる人々の魂は呼び覚まされる


The wild deer, wandering here and there,
Keeps the Human soul from care.
The lamb misus'd breeds public strife,
And yet forgives the butcher's knife.

野鹿はあちこち彷徨いながら
人の心を癒し
子羊は不法な競りにかけられても
肉屋のナイフを許す

The bat that flits at close of eve
Has left the brain that won't believe.
The owl that calls upon the night
Speaks the unbeliever's fright.

前夜に飛び回ったコウモリは
不信心な考えをもたらし
夜に訪れたフクロウは
無神論者の恐怖を語る

He who shall hurt the little wren
Shall never be belov'd by men.
He who the ox to wrath has mov'd
Shall never be by woman lov'd.

小さな鳥(ミソサザイ)を傷つける者は
決して男たちに愛されず
怒る雄牛を連れて行く者は
決して女に愛されない

The wanton boy that kills the fly
Shall feel the spider's enmity.
He who torments the chafer's sprite
Weaves a bower in endless night.

理由なきハエ殺しの少年は
蜘蛛の敵意を感じ
黄金虫の妖精をいじめる者は
独居で終わりなき夜を過ごす

The caterpillar on the leaf
Repeats to thee thy mother's grief.
Kill not the moth nor butterfly,
For the Last Judgement draweth nigh.

葉の上の毛虫は
汝の母の哀しみを繰り返し
最後の審判が近づいているから
蛾も蝶も殺すなという

He who shall train the horse to war
Shall never pass the polar bar.
The beggar's dog and widow's cat,
Feed them, and thou wilt grow fat.

戦争のために馬を訓練する者は
最終法廷(最後の審判)を通過することができず
落ちぶれた犬や未亡人の猫も
餌を与えれば太ることができる

The gnat that sings his summer's song
Poison gets from Slander's tongue.
The poison of the snake and newt
Is the sweat of Envy's foot.

夏の歌をうたうブヨは
毒から中傷を吸い取り
蛇やイモリの毒は
羨望からにじむ足の汗

The poison of the honey-bee
Is the artist's jealousy.
The prince's robes and beggar's rags
Are toadstools on the miser's bags.

ミツバチの毒は
芸術家の嫉妬で
王子のマントも乞食のぼろ着も
守銭奴のバッグに生えた毒キノコ

A truth that's told with bad intent
Beats all the lies you can invent.
It is right it should be so;
Man was made for joy and woe;

真実も悪意をもって語られれば
でっちあげよりも嘘になる
人がつくり出す喜びも苦しみも
正しくそれとおなじこと

And when this we rightly know,
Thro' the world we safely go.
Joy and woe are woven fine,
A clothing for the soul divine;

そして、このことを正しく知れば
わたしたちの世界は、安らかに進んでいき
喜びと苦しみは織物のように編まれ
神聖な魂の着物となる

Under every grief and pine
Runs a joy with silken twine.
The babe is more than swaddling bands;(*)
Throughout all these human lands;

深い苦しみと狂おしい思いの中には
喜びが柔絹のように編み込まれ
人が住む世界はどこまでもずっと
赤子が生まれたときにきつく巻かれた布以上のもの

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by yomodalite | 2013-07-07 11:51 | 文学 | Trackback | Comments(7)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite