カテゴリ:マイケルと神について( 29 )

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☆「ジョン・レノン Part 5」の続き

中断していた「マイケルと神について」を再開したいと思います。

Part 1~ Part 5と、ジョンの訳詞、Instant Karma、Mind Games、All you need is love、Watching The Wheels、Woman に書いたことも含めて、ジョン・レノンという人が、ビートルズ解散後、何を考え、何をしてきたのか?ということを、できるだけ、ジョン自身の言葉で綴りたいと思ったのですが、私が感じた部分すべて抜き書きするわけにもいかず、今、読み返してみると、説明の仕方に反省しきりなんですけど、

昨日の日経新聞(新聞にはできるだけ近寄らないようにしてるんだけど、ダーリンがそのページだけ読めって言ってきたのね)「プラス1」の特集「覚えておきたい現代の名言」

ベストを尽くして失敗したら、ベストを尽くしたってことさ(スティーブ・ジョブズ)

ゴールは遠いなぁと、がっかりするのも道のりです(糸井重里)

に、力を得たので、めげずに続けたいと思います。

さて、

Part 1で、ジョンの「God」と、もしMJが… という比較をしましたが、

ジョンの「God」は、当時、心理療法にあたったヤノフ医師の影響を受け、一旦、自分自身をリセットするためのもので、最終的に、彼は、イエスもブッダも正しく、イエスがこういったと、他の人が決めつけていること(=教義)は信じないけど、

その他にも、神様とされたような人たちの言葉に、みんなが関心を持てば、みんなが神とともに生きることができる。と言っていますし、最後までジョンの言葉を追っていると、結局、ジョンも、MJと同じような場所に帰結しているように思いました。

少年時代からの悩みと、自分のことを神と考えるような人と接する有名人としての苦悩…

ジョンが、神に救いを求め、様々な宗教や、心理療法を試したことも、差別や平和の問題や、政治についてよく考えていたことも、その時代の若者に大きな影響を与えました。

彼は自分を求める人々に対し、間違っているかどうかは歴史が決めればいい。

自分が有名人として、できることは、とにかく試してみて、その経験をも露わにすることだと信じ、有名人として社会に何ができるのかをとことん考え、アーティストの社会への影響を拡大させ、ただのジョンと、人々が求める「ジョン・レノン」の重みに苦しみながらも、ジョンは、結局、最後の瞬間まで「ジョン・レノン」であり続けた。


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ジョンのインタヴューは、各メディアのエースが担当し、スピリチュアルなことも、政治や社会問題についても、知的な内容が多く、インタヴュアー自身も、ジョンへの尊敬心があるというか、いつもお決まりの質問ばかりのMJインタヴューとは、かなり異なった印象でした。

MJへのインタヴューにもこういったものが一度でもあったら・・とも思いましたが、彼は、政治や社会問題について、同時代のアーティストよりずっと慎重な姿勢をとり続けました。


Q:次の大統領選挙について、ヒラリー・クリントンか、バラック・オバマ、どちらの支持?

正直に言うと、それについてはフォローしてない。僕らは、人間が世界の問題が解決するということを当てにしないように育てられた。人々にはそれが出来ないというのは、僕の見方でもある。それは僕たちを超えたものだよ。ほら、僕たちは大地をコントロールすることができないだろう、それは揺れるし、僕たちは海をコントロールすることもできなくて、津波が起こるし、空もコントロールできないから、嵐が起こる。すべては神の手の中にあるんだ。人はそのことを考慮するべきだと思う。僕はただ、彼らに、もっと 赤ちゃんや、子供たちのために助けになるようなことをして欲しいと願うだけだね。そうなったら素晴らしいと思わない?(2007年EBONYインタヴューより)



僕たちが育てられた考えかたというのは、エホバの証人の教えのことで、選挙権を行使しないのが原則のようです。とはいえ、MJはすでに何年も前にそこを脱会していますし、教会がそう言ったからというのではなく、自分の考えでその教えに賛成しているのだと思います。

わたしは、ずっと前にこれを読んだときよりも、人間が世界の問題を解決することを期待していないということも、津波を起こす海をコントロールできないということも、深い考えだとあらためて思いました。彼が言っていた「環境問題」というのも、政策の問題ではなく、政治家は赤ちゃんや子どもたちのためにというのも。。。大抵の大人は、政治や国に頼らなくても、自分で生きていけばいいですからね。

他にも、MJは、ジョンよりも音楽とダンスの歴史に純粋に連なろうとしていたということも、政治への関心が薄かった要因だと思っていましたが、やはり、

社会を変えるより自分を変えるんだ

という信念に忠実だったからではないかと思います。無知で愚かなまま、みんなが主義主張を言い合い、権利闘争をしても、人々の気持ちは分離するばかり… 政治や、社会に大きく関わったという印象のジョンも、1980年のインタヴューで、今まで一度も投票したことがない。と言っていますし、(『ジョン・レノン愛の遺言』P181)

MJの真理への追求は、革命の季節後の80年代以降、時代を饒舌に語りたいだけの評論家や、有名雑誌のライターとは噛み合うものでもなかったでしょう。

また、ジョンが、マハリシに導師を求めたり、アーサー・ヤノフの療法に身を委ねるなど、精神世界や心理療法の体験を通して、魂の探求を深め、また、それを紹介することにも熱心だったのに比べ、MJは、神を信じているとは何度もいっていたものの、それがどんな神だということも、その探求についてもほとんど語りませんでした。

MJが、ジョンを含め、スピリチュアルを求める人と大きく異なるのは、彼には、自己の魂の救いとして神を求めたようなところがほとんど感じられないことと、

チョプラとの交流後も、東洋の導師に惹かれることもなく、宗教指導者で、学者でもあるラビ・シュムリーとの対話においても、彼はすでに確固とした自分の考えをもっていて、相手の意見に惹き込まれることもなく、ここでは紹介していないシュムリーとの対談本第二作においても、むしろ、彼の方がMJに影響を受けていて、シュムリーは、MJは謙虚な態度でユダヤ教を学んでいたとは言っていますが、それは、キングとして君臨した音楽業界の人にも同様の態度であって、彼は一度もスピリチュアル関係者を、自分の導師として求めておらず、

少年時に影響を受けた「エホバの証人」を脱会後は、すべて独学で学んでいるようです。

以前、カルマや神の審判を否定してしまうと、ほとんどの「宗教」を否定することなってしまうと書きましたが、MJは脱会した宗教の教えのいいところは最後まで否定せず自分の信条にもしています。非常にめずらしいことだと思いますが、これも、すべて自分自身で精査し、考えたから出来ることで、大抵の人は「信念」を貫くことに疲れたり、教えの矛盾が見えたとき、すべての教えも、その集団をも強く否定します。

でも、それは感情的なもので、MJのような態度は、教えを鵜呑みにせず、常に自分で考えてきた人でなければできない態度だと思います。

彼は、神のその存在自体を疑うことは一度もなかったように思いますが、最後の日まで、本を読み、考え続けていたのではないでしょうか。

そういえば、彼は旅立つ数日前にも本屋に出かけていたようですが、どんな本を買ったのでしょう。これから行なうツアーに関係した本だったのかなぁとぼんやり思っていただけで、調べていませんでしたが、とても知りたくなってきました。ご存知の方がおられましたらぜひ教えてください。


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わたしは、MJの、カルマ・セオリーはゴミだという発言を読んで、そのストレートな物言いに、彼が、多くの神を信じるタイプの人とは、まったく違うメンタリティの人だということがわかって、とても驚いたのですが、

今思うと、彼はよく人生は一回きりだというような表現を、何度もしているわけですから、不思議ではないのですけど、でも、ジョンだけでなく、スピリチュアルなことに興味を抱いてきた人にとって、カルマは頻繁に使用する言葉で、それなしでは、魂のことは語れないぐらいのセオリーだと思うんですよね。

魂を測るものさしが「審判」であり「正義」ですから。

通常、神を信じている、なんらかの宗教の信者はそのセオリーを守ることに「信念」を見出し、それが「信仰」だとされています。

自己の魂の救済や「悟り」を求める人も、今まであまりスピリチュアルなものを求めてこなかった人も、いずれも

ジョンや、MJが、なぜ「審判」を否定しているか理解しにくいと思います。

それは、私も含めて、ほとんどの人が「魂の癒し」や「教え」を求めているからで、

ジョンや、MJが、その誤りに気づけたのは、彼らは「教え」ではなく「真理」を求め、

自己の「魂の救済」でなく「利他」を突き詰めたからだと思います。

真理は、一元的なものなので、本気で真理を求めていくと「教え」の矛盾が見えてきますが、それを自分の信条にまで高めて生きるというのは、とても厳しく、孤独なことです。

一方で、何かの教えにより、最初に「救われた」とか「わかった」と思う経験をしてしまうと、ほとんどの人にとっては、その感覚の方が「真実」であり、喜びをともなった「実感」であり、同じ真実を共有する仲間もできる。

ジョンは「次の目標はカルマ」と語っていたけど「Instant Karma」でも、「Watcing The Wheels」でも、解脱とか、魂のレベルアップよりも、多くの人が現実社会で陥りやすい部分に目を向けている。

それらからは、ジョンが「カルマ・セオリー」を現実に生かす方法を模索していたようにも思えます。でも、そこから、さらに、MJが一歩踏み出したのは、彼がジョンよりも、さらに「他者」である「世界中のこどもたち」のことを深く考えたからでしょう。

ジョンは、黒人コメディアンのディック・グレゴリーの言葉「次にやるべきことは子供の解放だ」を、MJに繋ぎ、彼が、どんなにこどものために尽くしたかは、みなさんよくご存知ですよね。



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MJの「カルマ」と「審判」の否定を、もう少し具体的に、尚かつ大雑把に言えば、キリスト教の「神の審判」と、仏教やヒンドゥー教の「輪廻」を否定しているということです。

神の審判とは、天国の審判のことで、死後の人間を、天国と煉獄と地獄に振り分けることで、その世界は永遠に続きます。

また、輪廻は生前の行為(カルマ)によって様々に生まれ変わるということで、仏教でもヒンドゥー教でもない、現代日本人は、現世があまり苦しくないせいなのか、生まれ変わることを良しとしている人も多いようですが、二度と再生しない「解脱」を最高の理想とするものです。

信者の方には無理かもしれませんが、そうでない方は、この2つを冷静に比較してみれば「教義」としての人への影響は「天国の審判」も「カルマ」も、結局おなじものだということがわかるのではないでしょうか。

カルマ・セオリー(輪廻)と、ジャッジメント(天国の審判)は教えとしては同じことなんです。

まだ信教をもっていない人、そして、今すぐに救われなくても大丈夫な人は、

もう一度、カルマと審判について考えてみませんか。

私はより良き社会を夢みた、大勢の真面目な若者が「オウム真理教」に入信し、結果的に多くの人を不幸にし、自分にも、取り返しのつかない過ちを犯してしまったのは、なぜなのか?ということに、ずっと興味を抱いてきたのですが、MJのカルマはゴミ発言で「ハッと」して、初めて気づいたことがたくさんありました。



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解脱を目指す教理にも、魂のあり方を解いた本にも、カルマについて色々とむつかしい理屈が書いてありますね。

そういった理屈を味わうことで、確かに、いままで使っていなかった脳の一部が活発化されるということもありますし、時間がある人は、MJの「人生は一回きり!」を信じる前に、それらを検証しておくのもいいんじゃないでしょうか。

私は、もちろん、それらすべてを理解したわけではないけど、生命の樹も、カバラーも、曼荼羅も、ミケランジェロのシスティナ礼拝堂の天井画を理解するうえでも、カルマはまったく必要ないと思えたので、やっぱりMJは正しいっ!と、ますます、MJ信者になってしまいました(笑)。

でも、どんなに立派な人が言っていたとしても、自分自身でわからないと「信念」というレベルで信じることはできないし、理屈には、つくづく屁理屈も多いけど、言葉や論理でわかることには、再現性も、持続性もあって、伝達力もあると思う。

人は「わかった」と思ったことでも、何度でも間違うので、何度でも同じことを学ぶことが重要で、だからこそ、音楽やダンスといった、身体や感覚で、神を感じることができるMJでさえ、読書は重要だと、最後の日まで考えていたのではないでしょうか。


さて、


マイケルは「Man In The Mirror」を書いたサイーダ・ギャレットに「Imagine」が大好きだと言っていました。

◎サイーダ・ギャレット、「Man In The Mirror」の曲作りについて

自伝『ムーンウォーク』でも、もし、ジョンが生きていたら「Man In The Mirror」に自分を重ね合わせることができたはず(P279)。だと語っています。

ジョンとMJの比較の最後に「Imagine」と、MJがバリー・ギブと共作した「All In your Name」を比較したいと思います。

☆「All In Your Name」の和訳へ


☆下記は「人生は一回きり」という感じのMJの言葉がいっぱい紹介されている、とてもとても素敵な記事

◎[参考記事]JAMとマイケルの信念
◎[参考記事]The Giving Tree ー 最上級に自分を高め与える事を喜びとした人

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by yomodalite | 2013-01-13 12:26 | マイケルと神について | Trackback | Comments(10)
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☆「ジョン・レノン Part 4」の続き

ジョンのことばかり書いている記事に「マイケルと神について」とタイトルをつけて、とうとう「Part 5」にまでなっていることに、自分でもあきれてしまいますが、さらにしつこく、ジョンの言葉を紹介します。

またこの後、いくつか「訳詞」もしなくちゃ。とも思っているので、さらに周り回った道をいくことになりそうなんですが、目的地のことは、忘れていないつもりなので、気長におつきあい頂けたらなぁと思ってます。

天才のことを考えていると、よく思うんですが、

神についても、愛についても、真摯に考えている人に共通しているのは、「利他」を突き詰めているということ。

絶対にひと言では語れないような「超天才」に対して、あえて「ひと言」でいうと、

ジョンにとってのそれは「女」であり、MJにとっては「こども」だったのだと思います。


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下記は「Part 4」で紹介した『ロスト・レノン・インタヴュー』から、1971年以降のジョンの言葉です。

◎1971年7月ロンドン PRESS CONFERENCE

Q:ニューアルバム(『ジョンの魂』)や、最近の発言を聴くと、あなたの考え方はますますラディカルで政治的になっているようですね。

僕は前から政治に興味があったし、今の状況には反対だった。僕みたいな育ち方をすれば、極めて当然だろう。僕は警察を生まれながらの敵として恐れながら憎んで、軍隊とはみんな連れ去って、どこかでむざむざ殺してしまうものだと軽蔑してた。つまり、それはワーキングクラスの原則だよ。

1965年か66年頃は、どっちかというと宗教のほうに熱心だったけど。あの宗教ざんまいは、スーパースターとかいうくだらないことが招いた直接の結果だったんだ。宗教が僕の抑圧された心のはけぐちだったのさ。

僕はある意味で、常に政治的な人間だった。僕が書いた二冊の本は、ジェームズ・ジョイス的なわけのわからない言葉を並べてはいるけど、宗教批判がたくさん入っているし、労働者と資本家についての話もあるんだ。僕は子供のころから体制を風刺してた。

Q:いったん革命状態になれば、たいてい新たな保守官僚が生まれるでしょう。そういう危険もありますよね。

新しい権力が出てくれば、とにかく工場や列車を動かしておくだけのために「新しい」既成の状況を作らなきゃならない。僕らの誰にでもブルジョア志向は備わってるんだ。手に入れたものを実際に手に入れてしまったら、そのあとどうやって革命の熱気を保って行けばいいのか。中国の毛沢東は革命をどんどん進めていったけど、毛沢東がいなくなったらどうなる?彼は個人崇拝を利用してる。たぶん必要なことなんだろう。

誰もが父親像を必要としているんだから。僕はここんとこ『フルシチョフ・メンバーズ(フルシチョフ回顧録)』を読んでいるんだけどね、彼は個人を宗教にするのはよくないって思ってたらしい。そういのは共産主義の基本的な理想にあてはまらないってさ。それでも人はやっぱり人だから、そこが難しいんだ。


このあとジョンは、1971年9月にアルバム『イマジン』(Imagine)を発表し、1972年には、最も政治色が強く、極左的とも批判された『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』(Some Time in New York City)をリリース。

ジョンはベトナム戦争の反戦活動家のジョン・シンクレアを支援し、また「人々に力を、民衆に権力を」という左翼的なフレーズを立ててアメリカ国内でデモ行進を行うなど、その積極的な政治行動から、CIAや、FBIから監視の対象となり、大麻不法所持による逮捕歴を理由としたアメリカへの再入国禁止など、ジョンへの「アメリカ追放」の動きは加速していく。


◎[Wikipedia]ジョン・シンクレア
◎[参考サイト]映画『PEACE BED アメリカVSジョン・レノン』DOWNTOWN DIARY
◎[参考サイト]ヒストリー「ジョン・レノン」SoundTown


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下記は、1975年のロックンロールのスタンダード曲によるアルバム『ロックン・ロール』(ROCK'N'ROLL)から5年のブランクを経て発表され、生前最後のアルバムとなった『ダブル・ファンタジー』(DOUBLE FANTASY)リリース後の「ジョンの言葉」です。

◎1980年

1972年の『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』に収録された「女は世界の奴隷か!」(Woman Is The Nigger Of The World)について

ヨーコが言ってることは事実だ。女性は今でも奴隷なんだ。いまやこの世に残ってる唯一の奴隷だよ。黒人について話しあうことはできる、ユダヤ人について話しあうことも、第三世界について話しあうこともできる、どんなことでも話しあうことはできるんだ。でもそういったものの下に隠れているのが女性で、さらにその下には子供たちがいる。ディック・グレゴリーが1969年にデンマークで言っていたよ、「次にやるべきことは子供の解放だ」って。

子供には何の権利もないんだ、まったく、なにひとつ与えられていない。女性はある程度権利を得たけど、子供はまだこれからなんだ。

「子供の力」を勝ち取らなくては。でもきっと女性が子供を自由にしてやれるだろう。

◎[参考サイト]ディック・グレゴリー(Dick Gregory)
◎マイケルジャクソンを支援したコメディアン、ディック・グレゴリーの断食抗議


◎1980年9月

キリストは正しかったし、ブッダも正しかった。そういった人たち全員が正しかったと思う。みんな同じことを言ってるんだ。その本質を僕は信じてる。キリストが実際に言ったこと、キリストが愛や寛容について示した基本的は教えは信じてる。キリストがこう言ったとみんなが消めつけていることについては信じない。

キリストが今より人気者になれば、僕らはいっそうキリストに支配されることになるんじゃないか。だとしたら、僕はそんなの嫌だね。それならみんなを僕らに従わせるほうがましじゃないか、それが一生歌って踊ってることにすぎないとしてもだ。キリストの言葉、あるいは神様とされたそのほかの人たちの言葉にもっとみんなが関心を持てば、みんな神とともに生きることができるだろう。

昔のプロテスタント神学者ポール・ティリヒ(パウル・ティリッヒ)が言ってるように、宗教的であるということが「社会問題に関心を持つ」ことだとすれば、うん、それなら僕は宗教的だよ。僕は関心を持ってるさ、人々のことに無関心ではいられないよ。

僕は他人が期待するような僕にはなれない。だってそんなのは幻想なんだから。それでもみんな現実の僕以上の僕を望むんだ。実際より大きいボブ・ディラン、実際より大きいミック・ジャガー…あのころ(1960年代)どんな風が吹いていたとしても、
とにかくその風がビートルズを動かしたんだよ。

確かに船のてっぺんにひるがえる旗は僕らだったかもしれないけど、動いていたのは船全体なんだ。ビートルズがマストの上で「陸が見えるぞ!」って叫んでたとしても、みんながその同じ船に乗ってたんだよ。

僕はどうしたらいい?すべてを人にやってしまって、ただ通りをふらふらしてればいいのか?ブッダは言ってる、「心をとらえるものすべてを捨てよ」と。持ってる金をすべて手放したって、ブッダの言葉どおりになんてできっこないよ。

◎[Wikipedia]ポール・ティリヒ

☆下記は、ポール・ティリヒの名言

He who risks and fails can be forgiven.
He who never risks and never fails is a failure in his whole being.

危険を冒して行動し、失敗する人は、許される。
危険を冒すこともなく、失敗もしない人は、存在そのものが怠慢だ。

Astonishment is the root of philosophy.

驚きは哲学の根源である

Loneliness expresses the pain of being alone
and solitude expresses the glory of being alone.

孤独という言葉は1人でいることの痛みを表す。
一方、独居は、1人でいることの輝きを表す。


Cruelty towards others is always also cruelty towards ourselves.

他人を虐待することは、また、常に自分自身への虐待でもある。


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◎1980年12月5日

昔の僕は、世の中が自分に不当なことをしてる、自分は世間に貸しがあるって思ってた。保守派か社会主義者かファシストか共産党か、キリスト教徒か、ユダヤ人か、とにかく誰かが、僕になにかしようとたくらんでるって思ってた。十代の頃って誰でもそんな風に思うもんさ。

でも僕はもう40になった。もうそんなことは考えてない。そんなこと考えても何の役にも立たないってわかったからね!どっちにしろ、なるようにしかならないし、ママが悪い、パパが悪い、社会がこんな目にあわせた、そんなこと叫んでても、結局は自慰行為でしかない。

いつかそういう時期を抜け出さなきゃならないんだよ。多くの愚かな人たちは、現実の状況をそのまま受け入れてなんとかやっていく。でも、ひとつかみの人たちは、なにがどうなっているのかって問いただしてみるんだ。それで僕はわかったんだ …

世界全体を考えたんじゃなくて個人の次元でね。自分に責任があるんだなって。彼らだけのせいじゃないってことさ。僕も一部なんだ。どこかで線が引かれてるわけじゃない、みんなひとつなんだよ。そういう考え方ですべてを見ると、

「ああ、そうだな、もう一度そういう方向で自分のことを考えなきゃならない。どれが現実なんだ?どんな幻想のなかに僕は生きているのか?」って思うんだ。

毎日そういう調子でかたづけていかなくちゃならない。タマネギの皮をむくのと同じだよ。そういうものなんだ。

☆「ジョン・レノン Part 6」の前に、下記の「訳詞」も、ぜひお読みくださいませ。

◎[訳詞]John Lennon “Instant Karma”
◎[訳詞]John Lennon “Mind Games”
◎[訳詞]Beatles “All you need is love”
◎[訳詞]John Lennon “Watching The Wheels”
◎[訳詞]John Lennon “Woman”

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by yomodalite | 2012-11-15 13:40 | マイケルと神について | Trackback | Comments(0)
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マイケルと神について考えるとき、ミケランジェロのことは、とても重要なファクターなのだけど、この考察を続けて、ミケランジェロまでたどり着くのに、あとどのくらいかかるのかなぁとか考えて気が遠くなりつつ、「ピエタ」のことをぼんやりと想っていた。




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ミケランジェロのピエタは、4種類あって、一番有名な「サン・ピエトロのピエタ」は、ミケランジェロが25歳頃に完成しているのだけど、後の3作品はいずれも未完成。

・「サン・ピエトロのピエタ」(1498年 - 1500年、サン・ピエトロ大聖堂)
・「ドゥオーモのピエタ」(1547年? - フィレンツェ、ドゥオーモ博物館)
・「パレストリーナのピエタ」(1555年? - フィレンツェ、アカデミア美術館)
・「ロンダニーニのピエタ」(1559年 - ミラノ、スフォルツァ城博物館)



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「サン・ピエトロのピエタ」は、若々しく美しいマリアが印象的で、イエスを膝に抱いているマリアは、イエスよりも神々しく「聖母」とは「女神」であるという印象。



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一方、「ドゥオーモのピエタ(別名フィレンツェのピエタ)」には、母マリアとマグダラのマリアと思われる二人の女性と、一般的にはニコデモだと言われている(父ヨゼフだという説もある)男性1人に支えられ、ミケランジェロ自身の真作かどうか議論もある「パレストリーナのピエタ」でも、マリアと思われる女性は、現実的な描写となり、神ではなく「人間イエス」を描こうとしているように見える。



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最後のピエタであり、遺作と言われる「ロンダニーニのピエタ」では「サン・ピエトロのピエタ」と同じくマリアと二人きりで描かれているのだけど、このマリアもやはり人間的で、、


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未完に終わった作品はどれも、イエスにも、マリアにも、神々しさが欠けていて、ミケランジェロは20代で制作し、最高傑作ともいわれる「サン・ピエトロのピエタ」以降、ピエタを、聖母子としては描いていないように思う。

また、最初に創られたイエスを膝に抱いている「サン・ピエトロのピエタ」以外は、いずれも、傷ついたイエスを立たせようとしているように見える。

「ロンダニーニのピエタ」は、十字架刑の後なのかどうかはわからないけど、イエスの背後にいるマリアは、イエスの肩より上に見え、これはマリアを「背負っている」からだとも言われているけど、

イエスの足は地に着いているようには見えないし、この足の状態からは自力で立っているとは思えず、やはり、先の2作品と同じく、マリアがイエスの体を引き上げようとしているか、もしくは、飛翔しつつあるのではないだろうか。


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Wikipediaに書いてある「イエスを亡くして悲しむマリアをイエスの霊が慰めている様を表現するために、両義的な解釈が可能となるようミケランジェロが意図した」という解釈も、なんだかよくわからないのだけど、でも、どうして、ミケランジェロは「サン・ピエトロのピエタ」以外、イエスを立たせようとしているんだろう。とぼんやり考えながら、

「ダヴィデ像」から、ずっと裸体の男を描いてきたミケランジェロの作品を見ているうちに、ふと思い出した。

あの医師の裁判のときに公開された、MJの最後の写真を。



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あの時、マイケル・ジャクソンという人は、どうして、こんなにもメディアによって、どんな姿もすべて公開されなければならないのかと、胸が張り裂ける思いがしたひとは、私だけではないと思う。

私はそのときは見られなかったし、一生見ることはないと思ったのだけど、

つい最近、そうではなくなった。

そこには、女神も聖母もいなかったけど、必要ともしていないように見えた。

☆『ロンダニーニのピエタ』(Pietà Rondanini)に関する参考記事 
http://www.geocities.co.jp/kaztan0929/italy-92.html
http://www.asahi-net.or.jp/~mf4n-nmr/yorokobikanasimi.html


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by yomodalite | 2012-11-04 08:41 | マイケルと神について | Trackback | Comments(0)
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☆「ジョン・レノン Part 3」の続き

Part 2、Part 3では『ジョンの魂』の発売後に行なわれたインタヴューを紹介しましたが、今回は、1996年に出版された『ロスト・レノン・インタヴュー』から、

『ジョンの魂』発売直前の、1969年から1970年のまでのインタヴューを紹介します。

『ロスト・レノン・インタヴュー』は『ロスト・ビートルズ・インタビュー』の著書もある、ジェフリー・ジュリアーノが編集し、監修者のあとがきによれば、原書は1冊ですが日本版は2巻で出版され、第1集はジョン自身の発言とビートルズのメンバーの発言で構成され、特にこれまでほとんど知られていなかった1969年の「ラブ・アンド・ピース活動」の記者会見での発言も収録されている本で、原書は、MJの蔵書としても確認されている『The Lost Lennon Interviews, by Giuliano』。

日本版では、テーマ別時代順に並べ替え、ジョン自身の発言で綴る生涯と作品論はどんな著名人が書いた本よりも読み応えがあるとも言われていて、私もこの本でジョンのこともヨーコのことも、ますます夢中になりました。

ここで紹介する発言の多くは、大勢の取材陣が集まっている「記者会見」のもので、ジョンとヨーコは様々なインタヴュアーに答えています。これらがきちんと伝わらなかったのは、取材者が自社の都合に合わせ、それぞれ細切れで、料理し、会見も恣意的に放送されたからでしょうか。

下記は、ジョンの平和活動や神と宗教について語っている部分を中心に省略して抜粋しています(註記はすべて私による)


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◎1969年アムステルダム「ベッドイン」PRESS CONFERENCE

Q:仕事から帰って、テレビを観て、また翌日も厳しい社会で生きている人たちに対して特になにかメッセージはありますか?

どんなワーキングクラスの人だって、僕らのやってること(「ベッドイン」のこと)はできるだろう。

ヨーコ:現代のワーキングクラスの人なら、少なくとも二週間は休暇がとれるでしょう。OLでもね。街でデモをやってる学生も、ベッドに入っていることはできます。どんな形にせよ暴力に頼れば、さらに暴力をよぶことになるんですから。これは単なる事実です。

行動を起こせば、その反動が来る。そういうことをすれば、返ってくるのも暴力だわ。私たちは革命がいいとは思いません。人は進化すると信じていますいつか変わるときがくるはずです。でも若い人の多くは我慢できずにいるの。「進化なんて待っていられない。革命を起こさなくては」とね。とても焦っているんです。現代の10年は19世紀の百年にも匹敵します…。時間の流れがとても早いんです。


あらゆる年代の人から電報が来るんだ。神父とかホテルの支配人とか、ありとあらゆる種類の人からね。自分たちで行動を起こさないにしても、僕らがうまくいくように祈ってくれてる。精神的な面で僕らを守ってくれている人たちが、ある程度はいると思うんだよ。

僕はそういった波動の効果も信じてる。あちこちの国の大勢の人が「そうなんだ、僕もそう思うんだ」って言ってくれる。彼らが「うん、信じるよ」というだけでも、効果があるんだよ。

ヨーコがこの間言ったとおり「咳をすればこの部屋に影響し、世界に影響する」。なにかしゃべれば、その言葉はそこで終わりにはならない。科学者なら証明出来ると思うな、波動は拡がって行くものだって。だからあらゆる行為は無限に拡がっていって、効果をおよぼしていくんだよ。自分がどんな効果を生み出して行くか、慎重に考えて計画すれば、僕ら全員にチャンスがめぐってくる。

自分の行動すべてを考えるのは大変だ。でも自分の人生に対する姿勢が他のみんなにも影響を与えるんだよ。それによって世界にも影響するんだ。

ヨーコ:これまでにも多くの平和主義者がいました。ガンジーとか、山奥で瞑想するグルたちとか、彼らが発する波動にも大きな意味があると思います。マーティン・ルーサー・キングは説教をして、ジョン・ケネディは政治を動かしました。彼らの波動にもとても意味があります。でもそういう人たちと私たちとの違いは、私たちにはユーモアがあるということです。

私たちは岩の上で瞑想するのではなく、ベッドの中にいます。これはものすごく人間的なことでしょう。私たちは概念としてのセックスを波動として世界に送っているんです!だから、山の中で水と空気だけで過ごしながら瞑想するのとは違います。大きな違いがあるんです。私たちのやっていることはとても人間的で、とても現代的です。

若者が世界を変える方法は、説教や政治ではない、グルになることでもありません。誰もがグルなのです。ベッドの中でも瞑想はできます。私たちの宗教の根本は、キリスト教、ヒンズー教主義、仏教主義、共産主義、これまでに生み出されてきたあらゆる「主義(イズム)」の基本原理なのです。そういうものはほとんど、善良な意図を持った人によって作られています。

私たちが反対しているのは事実の歪曲です。私たちはキリスト教徒であり、仏教徒であり、共産党員でもあるのです。メッセージは世界中どこでも同じだと信じています。

Q:そういう考え方をする以前は、カトリック信者だったのでしょう?

僕はイギリス国教会(☆)の教徒として育った。つまりイギリスに住んで、地元の教会に通っていたんだ。

(☆)現在、イギリス国教会という訳語は不正確?(Wikipedia)

ヨーコ:私は色々な段階を経てきました。ジョンもそうだと思いますけれど。これは、この時代の特徴だと思います。誰もが資本主義やら仏教の禅やらを経験しているでしょう。現在は、誰もがあらゆる知恵に実際にふれることができる時代なんです。

Q:「宗教」という言葉は使わないのですか?

僕らはあるひとつの袋、ひとつの「主義(イズム)」に入りたくない。すべての「主義(イズム)」を、その基本理念において僕らは受け入れる。全部同じなんだ、どれも同じことを言ってるんだよ。

ヨーコ:言葉を変えれば、共存ということです。なにか意見を言えば、そのとたんに危険になるのですから、主張とは危険なものです。それが即座にほかの意見を殺してしまうのだから。ジョンのキリスト発言のようにね。キリストを妄信すれば、仏教でも何でも殺してしまうことになります。

なぜすべての「主義(イズム)」を共存させて、そこから未来を築こうとしないのでしょう。私たちは「私たちはあなたの味方です」って言ってるだけ。それを『ベッド主義』とか『ヘア主義』とか呼んでもかまいません、あるいは『現代主義』とか。もしみなさんがレッテルを欲しがるのであれば。

Q:東洋での体験からなにを学びましたか?

ヒンズー教や、禅のことをちょっと。マハリシにいろいろ聞いたよ。彼はいい先生で、哲学に詳しかった。僕はそういうことをまるで知らなかったんだ。で、「主義(イズム)」についていろいろ学んだわけだ。そのうち、僕がなじんできたキリスト教と、本でよく読んでいた共産主義とか、いろいろなものの間に共通点があるって気がついた。だから、あそこではずいぶん教わったよ。瞑想も習った、実際にはそれがそもそもの目的だったんだけどね。

Q:ではなぜやめたんですか?

あの「主義(イズム)」をやめたんだ。瞑想は今でもやってるよ。マハリシ主義の原理は今でも信じているけど、あのグループには属したくないんだ。



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◎1969年3月31日

Q:今、マハリシのことをどう思っていますか?

彼は僕に瞑想を教えてくれた。僕は今でも瞑想をやってるよ。それにもうひとつ彼が教えてくれたこ … 遠回しにだけど… それは、僕らはみんな自分自身のグルだということだ。

Q:彼を悪者だという人たちについてはどう思いますか?

僕個人としては、彼を悪者だとは思わない。彼がほんとに金目当ての詐欺師だとしたら、マスコミは、どこで彼が金を手に入れたか見つけ出せるはずだ。彼がほんとに悪人だったら、君らでつかまえればいいだろう。

Q:カトリック教会をどう思いますか?

確立した宗教はみんな同じで、真理からかけ離れていると思う。キリスト教も仏教もヒンズー教も、それに共産主義も、基本的な真理はすごく似てる。でもそのメッセージは失われてしまった。

◎1969年ロンドン PRESS CONFERENCE

Q:「アイ・アム・ザ・ウォルラス」はヒンズー教のマントラと言われてきました。

音楽はすべてマントラだよ。曲を作るのと同じで、マントラも反復も音波みたいなものだ。ポップミュージックはみんなのマントラのようなものさ。

◎[Wikipedia]「アイ・アム・ザ・ウォルラス」
◎[動画]The Beatles - I Am The Walrus
◎[訳詞]「I Am The Walrus」(やさしいThe Beatles入門)

Q:「僕は彼、彼は君 … 」というのはどういう意味ですか?

あれは、単に「僕らはみんなひとつ」ということを言ってるだけ。



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◎1969年モントリオール「ベッドイン」PRESS CONFERENCE

Q:ノーザンソングスは、現在ATVが権利を持っているわけですが、この会社とビートルズとの関係は、これからどうなるのでしょうか。

僕らはこれまでも権利を持っていなかった。ほかの誰かに支配されないようにしてきただけだ。僕らはノーザンソングスを管理できるだけの株をもってなかったんだ、ずっとね。だれか新しい人間が入ってくると、僕らは彼らに完全な支配権を握られないようにした。で、実際そうならないようにしたんだ。ATVの持ち分は4分の3しかないからね。

Q:レノンさん、1941年にヒトラーが権力を握っていたころ、アメリカがイギリスの援護にやってきました。もしそのころ生きていたら、あなたは自分の哲学をアメリカ人に話したでしょうか。

ヒトラーに話しただろうね。

ヨーコ:もし私がヒトラーの恋人だったら、状況はずいぶん変わっていたでしょう。戦争や独裁制あ存在するのは、みんなが十分に対話しないから、みんなが十分愛を与えないからです。だれもがヒトラーを愛していたら …

「愛」というのはほんとうの意味で対話することですけれど、それにいって彼の心を開かせ、彼に違う刺激を与えていたら、彼はあんなところまで行かなかったでしょう。彼があんな風になったのは、独裁者になる典型的な状況に置かれたからよ。つまり孤独です。それはみんなの責任だわ。

Q:ヒトラーは子供が好きだったそうですよ。甥や姪をとてもかわいがっていたということです。

彼にもキリストの部分が残っていたんだろう。

Q:「ビートルズってものを通り抜けて」というと、もう過去のことなんですか?

そうさ。ビートルズは言っていれば成長するための「まゆ」だったんだ。今の僕は僕自身でいられる。次の目標はカルマだ、僕はそれを、さいころを降るようなものだと考えているんだよ。

Q:リーダーになりたいと思いますか?

いや。「僕は彼、君は彼、君は僕、僕らみんないっしょなのさ」ってね。僕らはみんなひとつなんだよ。それを一曲ごとに言い続けるわけにはいかないけど。

Q:みんなひそかに言ってますよ。あなたが「日1日とキリストに似てくる」って。

それはジョークだろ。キリストに似てるやつならたくさんいるよ。たしかにキリストは最高にいかしてると思うけどね。でも、新しいキリストが出てくるべきでしょう?しかも現代においてはメディアから出てくるべきです。期待できる場所はそこしかありません。

キリストは「自分がなになにである」とは一度も言ってないよ。神の子とか人の子としか言ってない。それって僕らみんなと同じじゃないか。だからさ、キリストにビートルズのイメージをかぶせたのは他のみんなだろう。

ヨーコ:私たちが出した結論は、実際に知る必要がないということです。私たちは私たち自身でいればいい。評価はあとで誰かが決めてくれるでしょう。あるいは永遠に定まらないままかもしれないですけど。

Q:ハンター・ディヴィス(1968年に出版された公認伝記『ザ・ビートルズ』の著者)が取材した頃、あなたはあまりエゴを出さずに他のメンバーに頼って、あまり幸せそうに思えませんでした。でも、今日のあなたを見ると、すっかり本来のあなたに戻っているようですね。変化の原因は何だったのでしょう。

ヨーコだよ。初めてドラッグとか、宗教とか知った頃は、僕らのエゴがビートルズとしての関係に悪影響を与えていた。(中略)エゴについてのティモシー・リアリーのパンフとかを読んで、僕らみんなエゴというのは悪いものだと思うようになったんだ。僕はものすごく強いエゴの持ち主だからこそ、あそこまで行けたわけなんだけど、2年間そのエゴを完全に殺そうとしていた。もとに戻るのにまた2年かかったよ。

Q:エゴがないと、どういう感じになるんですか?

恐ろしいもんだよ。僕はもともと神経質でパラノイアに陥りやすい人間だから、エゴを消してしまうと何の役にも立たない。ひたすらポールとか、他のメンバーに頼ってた。みんなは僕ほど自分を壊していなかったんでね。



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◎1969年ロンドン INTERVIEW

Q:「宗教」という言葉を聞いて、なにが頭に浮かびますか?

確立した財産と建物。その言葉がなにを意味するのか、どうしても思い出せないね。僕にとってはたいした意味のないものだ。

ヨーコ:規則を教えているかぎりは、宗教に問題はありません。みんなが求めているのは父親像なんです。ブッダや、キリストや、モハメッド、そういったものにあてはめて物事を考える。父親に頼りたいのです。非常に厳格な規則を学ぶだけでなく、崇拝している。ヒトラー崇拝と変わりありません。すごく危険なゲームです。

◎1969年12月トロント平和のための記者会見 PRESS CONFERENCE

Q:この前モントリオールに来たときには、どんぐり(☆)の話を…。

(☆)世界各国の元首に箱に入れた2つのどんぐりを送り、平和について考えを促そうというイベント

フセイン国王(☆)が植えてくれたよ、彼だけだよ!

(☆)ヨルダンのフセイン・イブン・タラール国王のこと)



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Q:あなたが平和を追求しても、その服装や髪型が人を遠ざけているかもしれませんよね。

要するに、それは政治家のやってることだろ。政治家の小綺麗な写真を見て騙される人が、今どのくらいいるっていうんだい。日曜日の教会をバックに、家族と犬と、ついでに娼婦も一緒に写っているようなやつをさ。若者はもうそんなことは信じないさ。

ぼくは「門を一カ所開けておく」ことが大切だって直感的にわかってるんだ。「城は内側から崩れる」っていう中国の古いことわざがあってね。

たとえばアメリカは、共産主義者に侵略されやしないさ。内側からダメになっていくんだ。常に扉は一カ所開けっ放しにしておくことだ。城の扉を全部閉めていたら、敵はあらゆる方向から攻めてくるだろう。それで負けるかもしれない。

でも扉を一カ所だけ開けておけば、敵はそこをめがけてくる。僕らの扉は長い髪であり、MBE返還の理由に『コールド・ターキー』(註1)を挙げることだ。

どうでもいいようなことで目をそらしておけば、僕ら自身が攻撃の的になることはない。だから、僕らは努めて自然なままでいようとしているんだよ。

ラビ・フェイバーグ(1969年の短期間、ジョンとヨーコと活動を共にしていたユダヤ教の宗教的指導者):ジョン、今のあなたが若者に与える影響力というのは、司教とラビと神父をすべて合わせたよりも大きいんだ。ほんとうだよ。自分の持つ力が恐ろしく思えるときはない?

抽象的な力だからね。その力をつぎ込む具体的な対象があったら … つまり平和ではなく、なにか形のある商品を売り込みたくて、知ってるマスコミの人間をつかまえて理科してもらおうとしても、たぶんうまくいかないだろう。だから、僕の持ってる力というのは、実際に使える力じゃないんだよ。

Q:体制側の人間に経済的な支援を頼もうと考えたことはありますか。たとえばヘンリー・フォード2世みたいな人に。

ああ、もうちょっと組織がしっかりしてきたらね。僕たちはリーダーになるのは嫌だったんだ。ウィルヘルム・ライヒ(フロイトから直接指導を受けた精神分析家。1960年代に再評価された)は「リーダーになるな」って言ったけど、それはほんとだと思うよ。僕は自分たちも仲間のひとりでいたいんだ。(中略)そういうのは、独裁政治なんだ。僕らはみんなに手伝ってほしい。

Q:神を信じますか?

うん。神というのは発電所みたいなものだと思う。電気の供給所みたいなものなんだ。神は最高の力を持ってるんだよ。でも、神は善でも悪でもない、右翼でも左翼でも、黒でも白でもない。神は神なんだ。僕らはその力の源を探って、そこからなにかを生み出す。電気と同じだよ。椅子をとおして人を殺すこともできるし、部屋を明るくすることもできる。神は存在すると思う。

Q:キリストの間違いは、ひとりの人間として全世界を救おうとしたことだと言われます。あなたもそう思いますか? そう思うからリーダーになろうとしないのですか?

それについてはわからない。ただ僕は、リーダーや父親像とかいうのは僕らの前の世代みんなの間違いだと思うよ。どうしてもニクソンとかキリストとかに頼りがちだけど、僕らはもう頼れないんだよ。他の誰かにやってもらおうと思うのは責任逃れだろ。「彼がきっと助けてくれる。助けてくれなかったら彼を殺してやろう、落選させてやろう」ってことじゃないか。それは間違いだと思うよ、父親像に頼るってことはね。僕らは活動を続けるかぎり、絶対にリーダーにならないよ。

ヨーコ:それにリーダーはあなたがたなんです。ここにいる誰もが、次の世界を率いて行かなくては

Q:この平和運動を始めるきっかけとなったのには、なにか特別なきっかけがあるんでしょうか。

何年もの間にだんだんとこういう方向に向いてきたんだけど、直接のきっかけと言うと、ピーター・ワトキンスという人から手紙をもらったことかな。『ザ・ウォー・ゲーム』(1965年)という映画を作った監督だよ。

◎[関連記事]孤高の「偽」ドキュメンタリー作家、ピーター・ワトキンス
◎[動画]"The War Game" - directed by Peter Watkins - Excerpt 1 of 2

すごく長い手紙で、今どういうことが起きているかが書かれていた。メディアがいかに統制を受けているか、どんな風に動かされているか、みんなに知らされる情報すべてが、いかに操作されているか。

彼はそれをはっきりと、何時間もかけて膨大な枚数に書いてきた。そして最後に「あなたならこういう状況をどうしますか」って。

彼が言うには「あなたのような立場、我々のような立場にいる人間には特に」、つまり彼が映画監督だからね…、「メディアを世界平和のために利用する責任があるはずだ」。

僕らはこの手紙を前にして3週間ずっと考えてた。そのあとで僕らは「ベッドイン」を思いついた。召集令状が来て、3週間どうしたらいいか考えて、ベッドインをやったんだ。



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◎1970年7月ロンドン PRESS CONFERENCE


Q:アンダーグラウンドは唯一の文化的革命でしたが、それでも世間に広まってみると、ウォール街の連中よりもさらにひどい人間たちの集まりでしたね。

フラワー・パワーとそっくりだよ。メッセージは正しかった。「戦争はやめて愛しあおう」…。でもそれがインチキに取り込まれてしまったんだ。でもメッセージは復活するんだよ。ある思想を広めた人間が、なにかまた新しいことを思いつくんだ。

半年のあいだ平和を流行させることができれば、継続していくだけのエネルギーが出てくるんだ。最初のフラワーパワー世代が今でも同じことを言ってるみたいにさ。。。問題は解決していないんだ。そういうメッセージを全部また呼び戻さなきゃいけない。なにひとつ、たいして変わっちゃいないんだ。

Q:ニュースの対象になることが、あなたが使える手段としてもっとも優れたものだと思いますか? つまり、アルバムを作ることや映画を作ることよりも。

僕らはその全部をやってるよ。ニュースになるような平和運動をやっていこうと思うし、それに曲や映画を作る元気がなくなってきたわけでもない。だから、すべてをやってるのさ。(中略)僕らのためにドアを開けてくれる人たちに会って、意見を交換して、何年もの経験や、味わったハイな状態を語り合い、エネルギーを高め合い、自分たちを見せあう。そして新しい知識を得て、さらに進んでいくんだ。

Q:そして、くぐり抜けたあとのドアを開けておくのも … 。

それが歴史の法則なんだろう。前に進むときには、必ずなにか後ろに残しておくこと。「人になにかを成せ」ってやつだ。なにかを見つけたら、それを次の子孫に渡して、自分は先に進まなきゃいけない。

(1969年から1970年までのインタヴュー終了)

(註1)

女王陛下殿、私は、英国のナイジェリア・ビアフラ問題への介入、ベトナムにおけるアメリカ支持、そして『コールド・ターキー』がチャートから滑り落ちたことに抗議し、MBE勲章を返還します。
愛を込めて、ジョン・レノン
1969年11月25日 

Your Majesty, I am returning my MBE in protest against Britain's involvement in the Nigeria-Biafra thing, against our support of America in Vietnam and against Cold Turkey slipping down in the charts.  
With love, John Lennon
November 25, 1969

◎大英帝国勲章(Wikipedia)

☆「ジョン・レノン Part 5」 に続く

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by yomodalite | 2012-10-25 09:41 | マイケルと神について | Trackback | Comments(8)
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☆「ジョン・レノン Part 2」 の続き

私が実際に読んだのは「Part 2」で紹介した『レノン・リメンバーズ』ではなく、その前版の『回想するジョン・レノン』で、また、ここではテーマに沿った部分のみ大幅に省略して紹介していますが、すべてが貴重な内容で、翻訳者の文体には不満が大きいものの、ジョン・レノンを語るうえでは、欠かせない本だと思いました。

ジョンは相手を選び、そのときそのときの自分の気持ちを率直すぎるほど、率直に語ろうとしているようで、毎回判で押したようなMJインタヴューとは異なり、彼は、自分の気持ちに正直であるだけでなく、説明の仕方や、伝え方も色々と試しているせいか、インタヴューによって受ける印象が変わるような気がします。

私には、ジョンが語っている中には、MJは絶対に言わなかったけど、、という部分が多く感じられ、ジョンがビートルズを創ったと言われた男たちと決別しようとしたときの話では、MJがフランク・ディレオや、ジョン・ブランカを解雇した頃のことを思い出し、

ブライアン・エプスタインが亡くなった後、ジョンが「ビジネスマン」とそれほど変わらない才覚でビジネスをこなしていたことなども意外でしたが、

ジョンがそうであったなら、この経験を「学んでいた」MJは、もっと「したたか」であっただろうと思いました。

会社の乗っ取りや出版権の売買の話は、所々、少しづつ語っているという感じなので、当時の報道を知らない、後世代の私たちには全体像を理解しにくいのですが、

ATVとの出版権をめぐる攻防では、ジョンがスカウトしてきた、アレン・クラインと、ポールの妻の父親(弁護士)との対立があり、それは、ジョンもポールも、お互いに自身の家族の方を選んだというような決断につながり、また当時、ジョンもポールの妻も、ビートルズを解散させた要因と言われ、メディアやファンからも激しいバッシングに合いましたが、特に、ヨーコの嫌われ方は凄まじいものだったようです。

また、1960年から70年代、精神世界の話題は、今の時代からは想像できないぐらい「パワフル」だったようで、ジョンの会話には、イエスとブッダの名前が頻繁に登場するだけでなく、

彼の『God』という曲に登場する、名詞すべてが、時代の「救世主」であり、救世主があふれている時代の最大のアイコンが、ジョン・レノンだったように思えます。

このインタヴューの後に、また別のインタヴューを紹介する予定ですが、

下記は、1970年12月の「ローリングストーン」誌によるインタヴューの続きです。

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Q:自分がエルヴィス以上だと気づいたのは、いつでしたか?

わかりません。実際にエルヴィス以上になってみるのと、ただ考えているときとでは、ちがうのです。

Q:夢は終わったとあなたはおっしゃいますが、その夢の一部分はビートルズは神であったということで、ビートルズは神のメッセンジャーであり、ビートルズあるいは、あなた自身が神だったという…

ええ、つまり、神というものがあるならば、私たちみんなが神なのです。

Q:自分たちのレコードを聴いてくれる人たちからのリアクションを最初に感じ始めたのはいつですか? 精神的なリアクションみたいなものですが。

イギリスにウィリアム・マンという男がいて『ロンドン・タイムス』に書いているのですが、ビートルズにとって最初の知的な批評家でした。この男をきっかけに、人々は私たちのことを知的に語るようになったのです。

ええ。この男は、イオリアン・カデンスとか、そういった音楽の術語をたくさん使って、くだらないことを言う人なのですが、いわゆる知的な人々に対して私たちを信頼するに足る存在にしてくれたのです。ウィリアム・マンは、今でもくだらないことを書いていますが、私たちにとっては利点がたくさんありました。中産階級とかインテリの人たちが、ウィリアム・マンを通して、私たちに感心するようになりましたから。

Q:ジョン・レノンは神だ、ということが、あなたに対してはじめて提示されたのはいつでしたか?

どうしていいのかわからなかったですね。「どうか、お告げをくださいませ」とでも言われているみたいで … 『ラバー・ソウル』のころでしょうか … 記憶にありません。つまり、私たちはメッセージを発しはじめたのです。メッセージを出し始めると、人々はそのメッセージはどういう意味なのですか、と聞きはじめるのです。

Q:いまは、どんなアーティストが優れていると思いますか?芸術のどんな分野でもいいのですが …

ヨーコは、私にとっては、ポールとディランをいっしょにしたほどに重要な存在です。彼女は死ぬまでは評価されないと思います。現在の痴呆的な世代に対して、彼女の作品がどのような意味を持つのかが少しでもわかっている人たちは、片手で数えられるほどでしょう。私としては ーー ヨーコのやっていることには敬服しています。

アートスクールで私が学んだことといえば、ヴァン・ゴッホについてだけであって、マルセル・デュシャンについても教えてくれず、彼について教えてくれなかったという点で、私は自分が通ったアートスクールを軽蔑しています。

Q:ヨーコを理解することに関して、一般的な妨げとなっているものはどういうことなのでしょうか?

ハワード・スミスが、FM局でヨーコの音楽をかけると予告したところ、馬鹿な人たちが電話をかけて「彼女の音楽をかけるなんて、とんでもない。かけるものならかけてみろ。ビートルズを解散させてしまった女じゃないか」と電話で言ってきたのです。彼女はビートルズの解散の原因ではありませんし、たとえそうだったとしても、FM局が彼女の音楽をかけることに、なんの関係があるのですか。

彼女は女性で日本人です。彼女に対しては人種的な偏見がありますし、女性だからという偏見もあるのです。彼女の作品は、ちょっと考えられないほどすばらしく『サージェントペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド』と同じほどに重要です。本当にヒップな人たちは、すでに気づいています。彼女はあまりにも優れていて、進みすぎていて、、彼女の苦痛はとてつもなく大きく、彼女が自分を表現するときに、その表現を受け止める方の人たちにまで、苦痛が伝わって行くのです。とても受け止めることはできません。ゴッホが自分の時代に受け入れられなかったのと、同じです。

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Q:ベッド・ピースは、どういうことだったのですか? あなたが再び一般に姿を見せ始めた最初でしたけれど。

私たち夫婦が、ベッドの中で平和について語ったことが世界の新聞の見出しになったということを考えれば、素晴らしいイベントだったと思います。

◎ベッド・イン(Bed In)Wikipedia
◎『PEACE BED アメリカVSジョン・レノン』(The U.S. vs. John Lennon)

Q:「愛」という言葉は使わずに「平和」にしたわけですね。意味は同じでしょうけど。「平和」という言葉のどこが好きなのですか。

愛とか平和に関して、私とヨーコとは共通していたのです。ヨーコは、平和のためでないことは、何もやりたくなかったのです。

Q:政治のリーダーたちからは、なにかリアクションがありましたか。

ベッド・インについてはなにも。どんぐりを送ったことに対しては反応がありました。いろんな国の元首たちが、実際にそのどんぐりを土に植えたのです。送ってもらったどんぐりに対する返事は、たくさん来ました。

Q:カナダのトルドー首相に会ったときはどうでしたか。あなたに対する反応はどうだったのですか?

私たちがなにか若者の層を代表しているのではないだろうかと考えていて、私たちに興味を示していました。彼は大変神経質になっていたと思います。時間は40分ほどで、いろんな国の元首たちに会う時間よりも5分長く、35分でもトルドーに会うこちが出来れば、当時は非常に光栄なことだとされていました。

◎ピエール・トルドー 1968〜1984年まで首相を務め、現在の多文化国家カナダの原型を作り、対米依存主義脱却を目指した。

Q:ハンラッティのために、あなたは袋の中に入ったりしましたよね

◎ハンラッティ事件(Wikipedia)

ええ。ハンラッティのために「バッグイベント」(☆)のようなことをやりましたけど、ヨーコと一緒に行なった「バッグ・イベント」で一番良かったのはウィーンで行なった記者会見でした。オーストリアのテレビで、ヨーコの映画『強姦』が訪英されたときです。その映画の製作を私たちが頼まれ、できあがったものを観にウィーンに行ったのです。

(☆)バギズムとも言われるジョンとヨーコによる平和運動のひとつ(Wikipedia)

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Q:「戦争は終わった」のポスターに対してはどのような反応がありましたか。

大きな反応がありました。そのイベントが、メッセージそのものから離れても立派なものだということを理解してくれて、世界中の若者から、ありがとうという感謝の言葉を受け取ったのです。私がいま、町を歩けば、人に話しかけられるときの話題は、平和のことだと思います。

Q:あなたに大変な人気があるのは、なにが理由になっていると思いますか?

私はやるべきことをやったからです。ビートルズをやめてしまったからです。芸術家として、たとえば、ディラン・トーマスみたいな人たちのことを聞いたことはありませんか。なにも書いたりせずに酒ばかり飲んでいて、、、みんな酒で死んでしまっています… なにかをやった人と言うのはたいていはこんな風なのです。

ビートルズの頃の私は、パーティーのまっただ中に身を置いているようなものでした。そのパーティーの中で私が皇帝になっていて、何百万という女性を従え、薬物も、酒も、権力もあり、あなたはなんて偉大でしょう、とみんなが私に言っていたのです。そのような状況から抜け出すことはできませんし、降りることもできず、ものを創り出すこともできなかったのです。少しは創りました。創ろうと思わなくても出てきてしまうものは、少しはあるのです。

Q:ボブ・ディランを偉大な存在だと考えますか?

いいえ、詩人のひとりとか、競争相手のひとりとして、考えています。ディランの歌を聴いたり、ディランの歌を読んだり、ディランでなくても誰でもいいのですが、そういうことをする以前に私が書いた本を読めば、わかります。誰を聞こうが聞くまいが、私は同じなのです。私は、エルヴィスやディランのあとに出てきたのではなく、それ以前からいたのです。

しかし、偉大なアーティストに接したり実際に会ったりすれば、私は、その相手が好きになります。短い間ですけど、相手に対して狂信的になり、そして冷めていくのです。

Q:あなたはこれからロンドンに帰るのですね。この先3ヶ月ぐらい、なにをやるのか、大体の見通しはどうなのですか?

ちょっと、ただ消えてみたいですね。ニューヨークには疲れさせられました。ニューヨークは好きですが、とんでもない怪物に惹かれていくみたいな感じです。映画をつくるのは、色んな人たちに会う手段としては、とても良かったと思います。私たちは、もう充分に発言し行動したので、これから数ヶ月は、なにもしなくていいと思います。特にこのインタヴューでは充分に発言しました。

Q:これから数年間についての、おおよその計画は、どうなのですか?

これから数年間のことなど、まったく思いもおよびません。あと何年あるかなどと考えると、底なしの感じがします。まだ、何百万年とあるのですから。私は、週単位でくらいでやっていきます。一週間より先のことは、あまり考えません。

Q:もう訊くことがなくなってしまいました。

それはまた、驚きですね。

Q:なにか付け加えたいことはありますか?

いいえ。『ローリングストーン』の読者をつかむような、肯定的で心あたたまるものは何もありません。

Q:「自分が64歳になったら」どうなっているか、想像できますか?

とてもできません。アイルランドの海の近くとか、そういったところに住んでいる、素敵な老人夫婦になっていたいと思うのですーー狂気のスクラップ・ブックを眺めて暮らすというような。

(インタヴュー終了)


「僕が64歳になっても」
ポール作曲『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』収録曲





1970年の暮れに行なわれたローリングストーン紙のインタヴューの紹介は以上です。

わたしは、自分自身が神のように扱われることの苦悩と、ヨーコへの凄まじい批判に対して「ジョン・レノン」という名声を捨てても…という心情を強く感じました。

Part 4で、このインタヴューとほぼ同時期の、また別のインタヴューを紹介します。

☆「ジョン・レノン Part 4」に続く


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by yomodalite | 2012-10-19 14:52 | マイケルと神について | Trackback | Comments(0)
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☆「ジョン・レノン Part 1」の続き

Part 1で紹介した「God」は、1970年に発売された『ジョンの魂』(原題:John Lennon / Plastic One Band)に収録された曲。

心理学者アーサー・ヤノフが書いた『Primal Scream』という本に影響を受けたジョンは、ヨーコとともに「プライマル・セラピー」と呼ばれる精神療法を体験。パラノイアックなまでに、自分の過去を否定したアルバムとも称された『ジョンの魂』は、その治療の影響を強く受けたものでした。

◎ジョンの魂(Wikipedia)
◎プライマル・セラピー(原初療法)

下記は『ジョンの魂』発売後、1970年12月に行なわれた「ローリングストーン」の編集長ヤーン・ウェナーによるインタヴューをまとめた『レノン・リメンバーズ』(『回想するジョン・レノン』『ビートルズ革命』改題)から、

ビートルズの音楽出版権売買へのジョンの関与や、ビートルズ解散問題に疲れ、それをヨーコの責任とするメディアやファンにも怒りを募らせている当時の心情を率直に吐露したインタヴュー部分を、省略・要約して抜粋しています。

◎[Amazon]『レノン・リメンバーズ』
☆尚、著作ではなく、雑誌掲載のインタヴュー原文はこちらで読めます。


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Q:これまでの自分をみんな取り消してしまいたいという気はありますか?

自分が漁夫かなにかになれるのであれば、取り消しますね。アーティストであることは、少しも楽しくないですからね。わかるでしょう、たとえば、ものを書くにしても、楽しいことではなくて、責め苦ですよ。

ほかの人たちが、私たちを死ぬまで吸い尽くしてしまうのです。私たちにできることといえば、せいぜいが、サーカスの動物みたいにやっていくことくらいのものなのです。わたしは自分がアーティストであることに憤慨していますし、そういう意味では、なにも知らない馬鹿な人たちのためにパフォームすることに憤りを覚えます。

Q:公演旅行に出るということは、どういうことなのですか?体の不自由な人たちがやってきて、というような話を読みましたけど。

たとえばイギリスでは、私たちがどこへ公演にいっても、体の不自由な人たちとか車椅子に乗っている人たちのために、どこでも、いつも席がいくつかあけてあるのです。私たちは、有名であるがために … そういう人たちに対して私たちはなんというか愛想よくしなければならないのだ、と思われていたのです。

ひとりでいたいですし、それに、何を喋っていいかわからないのです。そういう人は、たいていは「わたしはあなたのレコードをもっていますよ」と言ったことしか喋らないか、あるいは、なにも喋れなくて、ただ手を触れてみたいだけなのですね。

それに、いつも、その人たちのお母さんとか看護婦さんとかが、そういう人たちを私たちに押し付けてくるわけなのです。私たちがキリストかなにかのように。。私たちには、普通の人とはちがったなにか特別なものがあり、手で触れてくることによってその特別なものが自分にも乗り移るみたいな感じで... そうでなければならないと決めてかかっているみたいでしたね。そのようなことに対して、私たちは、なんと言えばいいのか、冷淡な態度でいたのです。

Q:あなたが、そのような人に対して持っていると考えられていた能力のことを自分で思ってみても、その時点では、あなたは仰天したりしなかったのですね?

私たちが、体の不自由な人たちを直す力を持っているというのが、仲間うちのジョークのようになっていました。私たちが言いそうな、、残酷な言葉ですからね。私たちも、そのような人々に対して気の毒には思うのですが、ずっと取り囲まれていると気まりが悪いみたいなこともあります。

私たちが有名になればなるほど、私たちが接するアンリアリティは大きくなっていき、たとえば、市長の奥さんと握手をしないと彼女は怒鳴りはじめ、セッションの後、眠っていると、市長の奥さんがやってきて「起こさなければ、新聞記者たちに喋ってしまうわよ」と脅し、自分たちの馬鹿な娘に私たちが会わないなら、不利な情報を流すと、、

このアルバム(『ジョンの魂』)で、私が言っているのは、、私は二度と再びおまえたちにひっかかりはしない、ということなのです。

Q:アーサー・ヤノフについてちょっと話をしましょう。あなたがサンフランシスコに出てきたとき「プライマルこそ…!」と、あなたは言いたがっていましたね。
When you came out to San Francisco, you wanted to take an advertisement to say, “This Is It!”(註1)


そういう願望は、プライマル療法の初期におこってくることなのだと思います。というのは、プライマル療法によると、自分自身について発見するわけですが、その発見が自分にとって、あまりにも驚愕すべきことなので、こういう療法はまだ誰も知らないだろう。これはたしかにかなりのものだ、と思うようになるのです。

私がアーサー・ヤノフを宣伝したいと言った裏には、どこに行くにしても、私は行くための理由が欲しいのです。ヤノフの宣伝を行なうのだ。という理由で、ひとつの目標ができます。でも、マハリシのときのように、大げさで派手なことにはしたくありません。この療法について宣伝みたいに喋ることはやめなさいと、あなたは言いましたけど、それは正しかったわけで、私があそこでなにを体験したか知りたい人がいれば、その人には、自分で調べて知って欲しい。こういうふうに言っておかないと、また、マハリシのときみたいなことになってしまいますからね。

Q:パラノイドとしての状態は、やわらいでいますか?

いいえ。しかし、自分自身の恐怖を私は感じることができるようになったのです。自分自身の苦痛が感じ取れますから、以前よりもその苦痛にうまく対処できるという、それだけのことですね。私はおなじ私ですけど、ひとつチャンネルが余計に出来て、それによって、私の苦痛が私のなかにとどまってはいずに、動き回れるようになったのです。以前よりも楽になりました。

誰もが、私たちをひどい目にあわせました。特にヨーコに対してひどかったですね。(中略)あまりにも苦痛をあたえつづけられるので、なんとかする必要があったのです。それで、ヘロインになったのです。ビートルズとその同類たちが私たちふたりにひどいことをしたからですよ(中略)意図的に私たちに対してひどいことを行なったわけではないのですが、、とにかく、私は忘れません。

◎[参考サイト]P.S. I Hate You : The Angry John Lennon Letters

Q:『セクシー・セディ』(☆)は、マハリシのことですか?

マハリシよ。おまえはなにをしてくれたのだ。みんなをいっぱいかついだな」とは書けなかったのですが、いまならはっきりそう言えます。

Q:マハリシにかつがれているのだ。と気づいたのは、いつですか?

わかりません。なんとなく見抜けたのです。(中略)マハリシがミア・ファーローを強姦しようとしたり、ミア・ファローだけでなく他にも … というようなことに関して大きな騒ぎがあったのです。徹夜して「それはほんとうだろうか嘘だろうか」と話し合い、それから私たちはマハリシのところへ行ったのです。(中略)「私たちは帰ります」と私は言いました。「なぜですか」マハリシは聞き返していました。そこで私は「あなたが自分でおっしゃるように広大無辺な存在であるなら、私たちがなぜ帰るのか、その理由もわかるでしょう」と答えました。マハリシ自身、それに、彼の右腕的な存在の男たちがみんないつも、マハリシは奇跡がおこせるのだ、とほのめかしていましたからね。

だから、私は「理由は、おわかりになっているはずです」と言ったのですが、彼は「私にはわかりません。教えてください」と私は言い続け、彼は「この野郎、殺してやるぞ」というような顔をしました。彼がそんな顔で私を見たときに、私にはマハリシの正体が見えたのです。

私註:後に、他のメンバーはマハリシへの誤解をとき、彼への支持を表明しています。また、ジョンのマハリシへの感情は、今後のインタヴューも参考にしてください。

ヨーコ「マハリシに対する期待が大きすぎたのね」

ぼくは、いつもそうなんだ。人に対する期待が大き過ぎる。たとえば、いつも自分にとって母というものを期待していながら、結局は手に入らなかったというような、そういうことがいつもあるわけです。母とか両親とか。自分というものに関して、そのへんまではわかっているのです。

Q:ニューヨークへ来て、マハリシを弾劾する必要があると考えたのはいつのことですか?

マハリシを弾劾するとは?(中略)あれは、アップルの発表だったのです。(中略)本当のことがなにもわかっていないのにいろいろ喋りまくる、ということをみんなよくやりますが、今の私もそうなのかもしれません。

他の人たちは、私が言うことをそのまま受け止めるわけですけど、私は人から聞かれた色んなことに対して、ただ、答えていくだけで、ある部分は意味をなしているかもしれませんが、(中略)私が覚えているのは、アップルについて喋ったということだけです。

Q:ポールが「私はビートルズをやめる」と発表したときは…

私がそれをやりたかったのです。しかし、そのころは、ノーザンソングス(ディック・ジェームズとブライアン・エプスタインが取締役のビートルズの曲を管理する音楽出版社)とか、その他、いろいろな問題があって、難しいことがたくさんありました。

Q:ディック・ジェームズ(註2)が自分の持株を売ってしまっていた、とわかったときにはどんな気分でしたか?

彼は、ちょっとジョージ・マーティン(ビートルズの音楽プロデューサー)みたいなところがあり、ビートルズをつくりあげたのは自分だと思っているのですが、本当はそうではないのです。ディック・ジェームズの音楽とやらを聞いてみたいですね。ジョージ・マーティンの音楽というものも聞いてみたいです。そんなものが存在するなら。

ディック・ジェームズは、ビートルズをつくったのは自分だと言ったのです。実際は、私たちが彼らのような人間をなんとかしてあげていたのに、一般の人たちは、彼らによって私たちがつくられたのだと、錯覚しているのです。

Q:ディック・ジェームズが、どんなふうにあなたに喋ったのですか?

喋ったのではなく、リュー・グレード(註3)に売り込んだのです。私たちはそのことを新聞で読んだのだと思います。ビジネスマンという人たちは、人種が違うのだと、一般の人たちは考えているようですが、私たちが音楽を演奏するのとおなじように、ビジネスマンたちは、ビジネスをやるのです。

たとえばアレンですが、彼はとてもクリエイティブな男です。彼はいろんな状況をつくり出し、その状況がまた、彼らのような人たちが動き回るためのポジションをつくりだしていきます。ビジネスマンたちは、みんなこれをやります。私たちもまた、役割を演じたわけで、どちらの側も、役割を演じたのです。

Q:あなたは、どのようなことをやったのですか?

どんなふうに表現すればいいのでしょうか… 私は、人を操作したのです。リーダーはそういうことをやるのです。座り込んで色々考え、他の人たちとの関係の中で、自分に利益があるような状況をこしらえだすのです。要するに、すべては、そんなふうに単純で、私もまた人から操作されていて、アレン・クライン(註4)を、アップルに入れるために動かなければなりませんでした。ぼくも動いたし、君だって動いたのだ。

ヨーコ:あなたは本能的に行なったのよ。

それはやめてくれ、ヨーコ。それは言わないでくれ。要するに、操作なのだから。はっきり言うようにしよう。意図され計算されつくした操作によって、たとえばあるひとつの状況を、いかにして自分の望むようにもっていくか、ということなのだから。ちがうかな。そうだろう?

ヨーコ:つまり、あなたは、かなり本能的な人なのよ。

アレンだって本能的だし、ディック・ジェームズも、リュー・グレードだってそうだ。みんな本能的で、彼だってそうだろう。やはり、操作なんだ。操作したりされたりすることを恥ずかしがる必要はない。人を操作し、自分も人に操られているのだという事実を、いさぎよく認めることが大事なのだ。「同胞よ、神の恵みがありますように、ハレ・クリシュナ」などと言いながら、この世に既得権なんかありえないような顔をしていては、いけない。

ヨーコ:落ちるところまで落ちた、くだらない次元でアレンをつかまえてくるのではなく、あなたは、アップルのような話にアレンは飛びついてくる男だ、と本能的に見抜いたうえでアレンを手にいれてくる、という違いがあるのよ。

しかし、それは、問題の中心からはずれている。アップルやビートルズの周囲に、アレンが入ってこれるような状況をつくりだす、ということについて僕は話している。いま喋っていることの意味はそういうことなんだ。もし僕がそのような操作をしなかったら、アレンは入って来なかったに違いない。君のおこなった操作がなくても、やはりアレンは入って来なかっただろう。君だって、決定に参加したのだから。

Q:どのようにしてアレンを加えたのですか?

自分が欲しいと思っているものを手に入れるときと同じ、あなたが欲しいものを手に入れるときと同じです。要所要所に電話して自分が考えているとおりにすればいいのです。

Q:ポールの反応は、どうでした?

世の中にはいろんな人がいます。ディック・ジェームズのような人、デレク・タイラー(ビートルズの広報担当)みたいな人たち、ピーター・ブラウン(ビートルズのアシスタント)のような男たち、それに、ニール・アスピノール(ビートルズが設立した、アップルの代表)とか、みんな自分たちこそビートルズだと思っているのです。そういう連中は、糞でもくらえですよ。天才たちと一緒に10年、15年と仕事をしていると、そんな連中は、実は自分たちの方が天才なのだと思い始めるのです。


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Q:あなたは自分を天才だと思いますか?

ええ、天才というものがあるとすれば、私は天才です。

Q:そのことをはじめて意識したのは、いつですか?

私が12歳のときでした。自分は天才にちがいないと、いつも考えていたのですが、私が天才であることに誰も気がつかない。私は天才だろうか、それとも狂人だろうか、と私はよく考えたものです。天才とは一種の狂気で、私たちはみんなそうなのです。

詩をつくったり、絵を描いたりしながら、ビートルズが成功したり、あるいは私が有名になって、それで私がひとかどになったというのではなく、私はこれまでずっとこうだったのです。天才であることも苦痛です。ただ、単に苦痛です。

Q:ビートルズに繋がっている人たちに対しては、どう感じていますか?

彼らはビートルズの過去の夢の中で生きているのです。彼らはビートルズとはいったいどういうことだったのかということに関して、ひどくねじ曲がった見方をしているのです。

Q:自分たちの生活が、あなたの生活と、もはや解きほぐすことができないほどに、からみあっているのだ、と感じているでしょうね。

もし、そうだったら、もっと成長してそんな状態からは抜け出すべきですね。自分こそビートルズなのだと思い込んだまま生き続けるわけにはいかないのです。彼らの現在の状況は、だいたい、このあたりにとどまっているのです。わかっていないのですよ。つまり、このインタヴューが活字になって出て、いまの私の話が載っているのを読んだら、その人たちは、ジョンは少しおかしい、と思うのでしょうけど、とにかく、連中は、いまだに過去のなかに生きている、という状態なのです。

Q:あなたは、デレク・タイラーと、いっしょにトロントに行き「BED PEACE」もトロントで行なったのでしたね?

ええ、それも、いま私が言ったのと同じことなのです。つまり、当時はわたしも過去のなかに生きていました。そのときの状態をひきつづき維持しながら、私たちの生活のなかにヨーコを持ち込んでくることができるのではないかと、考えていたのです。しかし、現実には、私がビートルズと結婚したような状態になってしまうか、あるいは、ヨーコとそうなるかのどちらかをとらなくてはいけないようだったので、私はヨーコの方をとったのです。私の選択は間違っていませんでした。

Q:あなたが初めてヨーコを連れてきたとき他の人たちの反応はどうだったのですか?

みんな彼女を軽蔑していました。私とヨーコが一緒だったこの二年間、私たちに関するパブリシティのアップルでの扱い方、それに、私たちに対する人々の態度、すべてが私たちをパラノイド扱いする方向にむかっているのです。しかし、そういう人たちこそ、ビートルズが解散した本当の理由はヨーコだとかアレンだとか、考える馬鹿な人たちなのです。

___________

(註1)
☆こちらに、ジョンの “This Is It!” 発言について、少し書かれています
◎ヤノフの妻へのBBCインタヴュー(ジョンの父の妻・ポーリーン・レノンの記述など)

(註2)
ディック・ジェームズ/ビートルズがもっている経済的成功の可能性に最初に目を向けた人物。彼とビートルズとの間に設立された音楽出版社がノーザン・ソングスで、レノン&マッカートニーの全作品を管理し、ジェームズは株の50%近くをもっていた。レノン&マッカートニーの作品に生じる各種の版権を押さえているだけでも非常に儲かるため、ジェームズの持株を買いたいと言う話が各方面から常にジェームズのところへ持ち込まれていて、テレビ会社のATVが提示した価格に動かされたジェームズは、自分の持株をATVに売り、これによってATVはノーザン・ソングスの筆頭株主となり、事実上の乗っ取りが行なわれたことになった。

(註3)
リュー・グレード/英国のショービジネス界で有力なテレビ会社、ATVの経営者。

(註4)
アレン・クラインはジョンがスカウトした人材で、ビートルズの持株をディック・ジェームズが売った倍の価格でATVに売り、決着をつけた。

☆「ジョン・レノンPart 3」に続く

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by yomodalite | 2012-10-17 20:43 | マイケルと神について | Trackback | Comments(0)
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☆「藤永先生のメールから」の続き

チョプラの著書『クォンタム・ヒーリング』では、西洋の先端医学を学ぶために、インドを離れたものの、現代医療の限界から、インドの古代医学「アーユルヴェーダ」や、マハリシに惹かれていったことなどが書かれていて、私はアーユルヴェーダも、瞑想も、ヨガも、ホリスティック医療も好ましいものと感じていますし、製薬会社に支配された現代医療に対して頑張って欲しいとも思うのですが、

ただ、それらに「アートマン」や「ブラフマン」という考え方が必要とは思えず、むしろ、精神と肉体が一体化されていた方がいいのではないかと思ってしまったり、また、チョプラの素敵なところももっと紹介すべきではないか・・など、色々悩んだのですが、

ジョン・レノンに続けることにしました。

MJとエルヴィスという比較は、とても多く見られるのですが、ジョン・レノンは「マイケル・ジャクソンの時代」と言われる80年代の、その最初の年に亡くなった、60年代~70年代の最大のカリスマで、エルヴィスに強い影響を受けて、音楽を始めています。

◎[Wikipedia]ジョン・レノン

MJは、ジョン・レノンの言葉を、自伝の冒頭にも挙げているのですが、その内容は、

When the real music comes to me ー the music of the spheres, the music that surpasseth understanding ー that has nothing to do with me 'cause I'm just the channel. The only joy for me is for it to be given to me and transcribe it. Like a medium. Those moments are what I live for. ー John Lennon

本当の音楽が私のところにやってくる時 ー 
天空の音が、理解を凌駕した音が、やってくる時 ー 
私自身は単なる媒介にすぎないから、何も関係がないのだ。唯一の喜びといえば、私に与えられるそうした音を書き写すことだ。私は媒介でしかない。が、そうした瞬間のために私は生きている。 ー ジョン・レノン


という、他の多くのミュージシャンからも聞かれる言葉で、特にジョンらしい言葉とは言えないような・・

MJは、ジャクソンズから本格的にソロデヴューした当初から「僕たち黒人の音楽を盗み、作詞も作曲もしていないエルヴィス」に対しては、すぐにも超えられることを確信していたものの、エンターティナーを志し、少年時代から芸能界に育ったMJは、ジョンに対しては、尊敬とともに複雑なライヴァル心もあったのではないでしょうか。

でも、よく考えてみると「愛」や「平和」も、MJ以前は、ジョン・レノンが強く担っていた「イメージ」ですし、

同じく自伝の冒頭に掲げた言葉「何かを発見しようと思った時、私は過去に為されてきたことを全部読み返すことから始める」という言葉どおり、MJは、ジョンの遺した言葉や、経験や苦悩から、すごく学んできたことが、

彼の「神」について考えているうちに、どんどん強く感じられるようになりました。

下記は、ジョンの有名な曲「God」の和訳です。




“GOD”
Written By John Lennon

God is a concept
By which we measure our pain
I'll say it again
God is a concept
By which we measure our pain

神とは苦悩を測る観念に過ぎない
繰り返して言う
神とは苦悩を測る観念に過ぎない


I don't believe in magic

僕はマジックを信じない

I don't believe in I-Ching

僕は易占いを信じない

I don't believe in Bible

僕は聖書を信じない

I don't believe in tarot

僕はタロットを信じない

I don't believe in Hitler

僕はヒトラーを信じない

I don't believe in Jesus

僕はイエスを信じない

I don't believe in Kennedy

僕はケネディを信じない

I don't believe in Buddha

僕はブッダを信じない

I don't believe in mantra

僕はマントラを信じない

I don't believe in Gita

僕はバガヴァッド・ギーター(*1)を信じない

I don't believe in yoga

僕はヨガを信じない

I don't believe in kings

僕はキングのような人々を信じない

I don't believe in Elvis

僕はエルヴィス・プレスリーを信じない

I don't believe in Zimmerman

僕はボブ・ディラン(ズィマーマンはディランの本名)を信じない

I don't believe in Beatles

僕はビートルズを信じない


I just believe in me

僕はただ自分を信じる

Yoko and me
And that's reality

ヨーコと僕
そして、それが現実なんだ

The dream is over
What can I say?
The dream is over Yesterday

夢は終わった
何を言えばいいと言うんだろう?

昨日、夢は終わったんだ

I was the dream weaver
But now I'm reborn
I was the Walrus
But now I'm John

僕は夢を紡いできたけど

今、ようやく生まれかわったんだ

僕はウォルラス(*2)だったけど
今の僕はただのジョンなんだ

And so dear friends
You just have to carry on
The dream is over


親愛なる友よ

君もそうしていくしかない
夢は終わったんだ


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(*1)バガヴァッド・ギーター

(*2)ウォルラス/セイウチのこと。ウォルラスはビートルズの「I Am the Walrus」や、MJもカバーした「Come Together」にも登場した、空想世界でのジョンを表すキャラクター。


この詩を元にして、MJを語るとすれば、こんな感じでしょうか。

ぼくは、マジックが好きだ
ぼくは、聖書には信じられない部分がある
ぼくは、ヒトラーと対話したい
ぼくは、イエスを人間として目標にし
ぼくは、エルヴィス・プレスリーを超えて
ぼくは、ビートルズを買い
ぼくは、キングになった
ぼくは、世界中の人々は、すべて「神のこども」だと信じる

神は「審判」など行なわず、
世界に救済はなく、人は復活することも、生まれ変わることもない
だから、世界を変えるのではなく、自分を変えよう
自分が生きている時間が「現実」なんだ

夢は生きている間に見るもの
ぼくは、大勢のひとに夢を与えたい
それが、ぼくが、神から与えられた運命で、
それが、マイケル・ジャクソンなんだ

親愛なるすべての人々へ
君も、君に与えられた運命を全うするために
今の自分を変えるんだ
夢は生きている間に見るものだから


☆「ジョン・レノンPart 2」に続く

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by yomodalite | 2012-10-06 11:52 | マイケルと神について | Trackback | Comments(24)
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☆「他のインタビューから」の続き

わたしは、量子論については、さっぱり理解できないものの、チョプラの本を読んでいて、彼が、科学者たちの量子に対する意見の違いを無視していることが気になりました。

特に、一般的に有名なアインシュタインの名前は頻繁に登場するのですが、アインシュタインの有名な言葉「神はサイコロを振らない」というのは、量子力学への懐疑から発言されたということを、なんとなく覚えていたからです。

◎「アインシュタインの科学と生涯」量子力学、統一場理論

また、 「黄金律に従おう(註釈1)」 で、うっかりMJの神の考え方は、スピノザやニーチェに近いと書いてしまってから、アインシュタインがスピノザに影響を受けたということも気になってきて、

パイスという理論物理学者が書いた、アインシュタインの伝記『神は老獪にして』(“Subtle is the Lord”)という本を読んでみようと思ったのですが、その本の重量感は、ページを開いた瞬間、もっと重たく感じられ、すっかり意気消沈した私は、

物理学者である藤永茂先生に直接質問してしまいました。

◎[関連記事]藤永先生に贈ったマイケルの曲[1]

この質問をしたのは、まだ、エリ・ヴィーゼルについて書いていたときで、物理学者の方に、自分の疑問をどう質問していいいかもわからず、科学音痴のわたしに、質問されるなんて、先生もお困りだろうなぁと思いつつ、、

・先生は、ビッグバンをどう思いますか?
・先生は、ヒッグス粒子発見のニュースを聞いて、どう思われましたか?

という2つの質問をメールしたのですが、

先生はそれまでの「マイケルと神について」も、読んでくださっていて(感涙)、また、「ディーパック・チョプラ Part 2」で、一部引用をお願いしたところ、さらに、MJの死後の世界観やビッグバンの考え方を否定したくないということと、チョプラに関しての意見も加えたものを送ってくださいました(大泣)。

下記が、その内容です。

(引用開始)

アインシュタインは、

「自然の深遠な法則(真理)の一部が人間に分かるという事は奇跡に思える」と幾度も語っています。

また、

ビッグバンはアインシュタインの方程式の数学的な解として確かに存在します。物理学の理論から出てくることとして、私はビッグバンに相当する解の存在を受け入れます。それに基づいたいろいろの自然現象の物理学的説明も説明としてなかなか魅力的です。

これは、私の意見ですが、大多数の物理学者の意見でもあると思います。

我々人間は、ある事柄について「100%こうだ」と断定する事は出来ません。物理学者はこの事を絶えず意識して仕事をしています。ビッグバンが100%確かにあったとは誰も言えないのです。ビッグバンを否定し、神による別様の宇宙の創成を信じ、人生が一回だけ与えられた機会であると考え、残酷な死後の世界の存在を否定するMJさんの心情、あるいは魂を、私は美しいものとして受容します。

ビッグバンの起る前の宇宙はどんなものだったか?、とか、宇宙が有限ならその外はどうなっているか?、といった疑問に答える妥当な物理学的思考の土台が見つからない現状で、それ以上の事を考えてみても始まらない。

というのは、私の意見ですが、

「時間に原点があるということは物理学的にどのような意味を持つか?」とか「宇宙が有限であるか無限であるかを判定する物理学的操作をどう定義するか?」

この問題を考える物理学者はあり得ます。
 
チョプラさんが、実際に、人々の病いを癒し、健康にして、幸福をもたらしているならば、それはそれで、結構なことだと私は考えます。しかし、同時に、彼がその癒しの営みを、量子力学を使わずにやってくれればよいのに、とも思います。量子力学に就いて彼が言っていることには正しくない事が沢山ありますし、その意味では、彼は人々に嘘をついています。もっとも、人の心の平穏のためには嘘も方便という考えもありましょうが、私の趣味には合いません。

(引用終了)

尊敬する先生から、チョプラに抱いた疑問を後押ししてくださったや、また、

「MJ宿題は懸命にやっています」

という 「MJプログレスレポート」の進捗状況もお伺いできて、私はすごく力をいただいたのですが、

これを「Part 2」で紹介するのをやめたのは、量子力学に詳しい先生は、チョプラの「間違い」がわかるから批判ができるのであって、私が同じように、物理学者の先生が「こう言っている」からと言ってしまっては、チョプラが、アインシュタインを利用していることよりも、

もっともっと、ずっと「虎の威を借りてる」感じがしたからです。

それで「量子」を理解しなくても、チョプラを理解できないかと『ヴェーダ』や、チョプラの師匠マハリシの本とか『バガヴァッド・ギーター』をちょっぴり覗いているうちに、

Part 3の最後にしつこく付け加えた「仏教は物理学が解明した宇宙を先取りしていた」に関して、もっと絡みたくなってきて、付け加えた部分を、再度、消去してみたり、、

「サイの皮膚(rhinoceros skin)」って … とか、 ジョン・レノンとマハリシのこととか、MJはやっぱり『Imagine』が大好きなんだなぁとか、下書きを書いたものが何種類もあって、どこに続けたらいいのか、もう何日も迷っていたのですが、、


☆「ジョン・レノン Part 1」に続けることにしました


◎冒頭の写真

FEEL BELIEVE by : Michael Jackson
(MJ write this in the late 1970’s about writing and composing a song)

LET THE SONG WRITE ITSELF

LET IT TELL YOU WHAT TO WRITE

WHAT INSTRUMENT TO USE

WHAT MELODY SHOULD BE USE

LET THE FEELING BE YOUR GUIDE

FEEL, FEEL, FEEL

AS THOUGH A PROPHET

WRITING THROUGH THE THOUGHTS OF GOD

HIS PENMANSHIP, HIS THOUGHTS

FEEL, FEEL, FEEL

FEEL, FEEL, FEEL “BELIEVE”

THE FORCE,

MJ

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by yomodalite | 2012-09-28 09:38 | マイケルと神について | Trackback | Comments(0)
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☆「ディーパック・チョプラ Part 3」の続き

チョプラの「量子」に、ヘトヘトになりつつも『Bad 25』からパワーを受ける毎日。

ボックスセットか、CDとDVDをそれぞれ単体か、もしくは音源のみ「配信」にして、DVD単体を購入するか、という悩みは迷った末に、ライブCDが欲しいという理由でボックスセット(輸入版)に決定。実際の商品にはいくつか不満はあるものの、今更ながらMJの素晴らしさに感動しまくりで、これほど「幸福感」を感じられる商品が、他にあるとは思えない … って感じです。

とはいえ、今後も「Bad期」が全盛期という意見には抵抗していくつもりですしw、そんなことも含めて、チョプラにもしつこく絡んでいたり、彼のことを、カルマのことだけで終わらせてしまうのはもったいないという気持ちもあって、右往左往しているのですが、まだまだ、まとめることが難しいので、

シュムリー以外のインタヴューで、MJが神について語っている部分について、ちょっぴり書いておきます。


☆2001年「30周年記念コンサート」の2ヶ月後インタヴューから
◎TV GUIDE Interview November, 2001

TVG : How did you avoid self-destruction?
あなたはどうやってそのような状況を乗り越えたのですか?

MJ : I think religion entered in
信仰心があるからだよ

TVG : Are you still a Jehovah's Witness?
あなたは、今でも「エホバの証人」の信者なんですか?

MJ : Yeah. I've done, you know, we call it pioneering. We do 90 hours a month. I don't do as much now because I'm busy. You go door to door. I wear a fat suit, pop-bottle glasses, mustache, buck teeth, and, like, an Afro wig. And I knock on the door and say we're Jehovah's Witnesses.

そうだよ。僕は、僕たちが「パイオニアリング」(布教活動)と呼ぶ布教活動をしてきた。僕たちはひと月に90時間、それをやるんだよ。今は忙しくなってしまったから、やらないけど。太って見えるスーツとか、分厚いメガネ、付けヒゲ、出っ歯の入れ歯とか、アフロヘアのかつらをかぶって、1軒1軒「わたしたちは、エホバの証人です」と言って訪問するんだ。

◎TV GUIDE Interview 全体の和訳はこちら

(引用終了)

MJが「エホバの証人」を脱会したのは、1987年4月で『BAD』発売の数ヶ月前。2001年のインタヴューでも、彼が「エホバの証人」だと言っているのは不思議なんですが、、

欧米で神を信じるとは、イコール、どの宗教を信じているか?ということなので、

どういった信条で生きているか?とか、どういった習慣を持っているか?というような、その人の生活スタイルに関わる質問だったりします。

日本人の場合、特にどの宗教を信じるというわけではないけど、なんとなく「神」という存在を信じているという人は多いと思いますが、

その神はどういう存在なのか?ということを、人に説明しろと言われたら、困るひとがほとんどだと思います。それでは「信じる」という意味にならないのが、世界の基準です。

それで、新渡戸稲造が、苦心して日本人の宗教観を、なんとか欧米人になんとかわかるように書いたのが『武士道』なんですが、、新渡戸は、これがすでに当時(1900年!)の日本人にも失われていることもわかっていて、今後、日本人はキリスト教などの世界宗教を学ばなければ、世界が理解できなくなるという危惧も表明しています。

◎[Amazon]現代語訳 武士道 (ちくま新書)

MJの場合「エホバの証人」を脱会後、他の宗教に改宗したという話を聞かないので、インタヴュアーは「信仰心がある」というMJの答えを聞いて「まだ、エホバの証人の信者なのか?」と質問し、MJも、脱会後かなり後になるまで、誕生日を祝わなかったとか「エホバの証人」の習慣を生活信条にしている部分があり、「TVガイド」の読者と、インタヴュアーには、この答えが一番相応しいと判断したのではないでしょうか。

また、さらに重要な点として、

MJは「エホバの証人」を1宗教団体の名称として捉えているだけでなく、実際に「エホバ(YHWH)」(キリスト教、イスラム教、ユダヤ教に共通する唯一神)が存在するということを証明する人間として、自分を位置づけているんだと思います。

シュムリーとの会話と合わせて判断すれば、教会の教えの中には疑問も多いけれど、彼にとって、その頃の布教経験はとても重要なことで、その行動への後悔はまったくしていないし、神を信じる気持ちも変わらず、それを1人でも多くの人にも伝えたいという気持ちも変わっていない。ということでしょうか。

☆2005年の裁判のときの、ジェシー・ジャクソンによるインタヴューから
◎[音声]Michael Jackson Interview with Jesse Jackson Part 3
◎[スクリプト]ALL MICHAEL JACKSON. com から(時間表記は上の動画)

Jesse : And so, you-you-you-you had these hits, ahem, and people that you have embraced are now facing you in court on a daily basis. How does your spirit handle that?

ジェシー:そして、そう、君、君、君、君はいくつものヒットアルバムを持っていて、、そして、君の周囲にいた人々と、今は、日々法廷で対面している。君の精神は、これにどうやって対応しているの?

(6:04~)この音声の最後から、Part 4へ。
◎[音声]Michael Jackson Interview with Jesse Jackson Part 4

Michael : Ah, I gained strength from God. I believe in Jehovah God very much and ah, and I gain strength from the fact that I know I’m innocent ~~ none of these stories are true ~~ they are totally fabricated, and it’s very sad, it’s very, very painful. And I pray a lot and er, that’s how I deal with it and I’m a strong person, I’m a warrior. And I know what’s inside of me. I’m a fighter. But it’s very painful. At the end of the day, I’m human, you know, I’m still a human being. So it does hurt very, very, very much.

僕は、神から力を得ている。僕は神(Jehovah God)をすごく信じていて、自分が無実だと知っている ー それらに真実はひとつもなく ー 完全に捏造だからね、本当に哀しくなるし、すごく胸が痛むよ。でも、僕は多くの祈りを通じて、強い人間でいられる。僕は戦士で、僕は自分の中に闘士がいることを知っている。でも、とても傷つくんだ。1日の終わりに、自分もひとりの人間なんだって、わかるだろう。僕だって、ただの人間なんだ。だから、傷つくことは、すごく多いよ。

(引用終了)

米国では確かに、Jehovah(エホバ) と言えば「エホバの証人」の宗教もしくは信者をさすことも多いのですが、Jehovahは「エホバの証人」に固有の神ではなく、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教に共通の「God」の名前である、YHWH(ヤハウェ)の英語読みで、同一の意味です。

MJのように、何々教ではなく、神を信仰しているというのは、米国では非常にめずらしく、それは「無神論者」と捉えられても不思議ではないのですが、

MJには、通常の宗教を持っている人々よりも、自分は「もっと神を信じている」という意識があり、また、カルマと正義[1]の最後で言っているように、世界の創造主としての神を信じているから、何々教と言うのではなく「Jehovah God」と言っているのであって、

それは、「神は世界にひとりで、わたしたちは全員、神のこども」だということを信じているという意味だと思います。

◎[音楽]All In Your Name[Official Music Video]

この曲が発表されたのは、2011年ですが、レコーディングは2002年で、
たぶん、創作時は、シュムリーとの会話の時期から少し後か、ほぼ同じ頃だと思います。
このVDでのMJのファッションは、2001年のKIIS-FMコンサート出演時の
ブルゾンと同じですね。

☆ ☆ ☆

教会の反知性主義に対して、多くの科学者や、哲学者、芸術家たちが、人間の理性の解放を求めてきました。歴史の大きな流れは「神は死んだ」という方向に進んできたと思います。ですから、多くのスピリチュアル系で、「物質文明の否定」がなされ、わたしたちはそこに共感を覚えることが多いでしょう。

しかし、MJは、科学の進歩に興味が旺盛で、常に最新の技術を自分が取り入れるということにも熱心でしたし、チョプラの「カルマ」を否定していても、『QUANTUM leap』という詩も書いていますし、量子論を否定しているわけではありません。

でも、「ビッグバン」は否定している。。

というのは、どういうことか?について、まだ自分でもよくわかっていないのですが、、

☆「藤永先生のメールから」に続く


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by yomodalite | 2012-09-23 14:40 | マイケルと神について | Trackback | Comments(0)
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☆「ディーパック・チョプラ Part 2」の続き

カルマについて同じことをしつこく書いているかもしれませんが・・・

チョプラの「スピリッツ」はカルマと切り離せないし、チョプラがそれを「量子」で説明しようとしている部分も「カルマ」が関わっているので・・だから、私がしつこいんじゃなくてチョプラがしつこいからだと思うんですけどぉ(苦笑)

とにかく、MJの「カルマはゴミ」発言がどれだけスゴいかについてなんとか説明したい、その一心で、私が右往左往しているのだと思います。

重複表現も多々あり、同じことを、ちょっぴり違う方向から言っているような内容なんですが、よろしくお願いします。

☆ ☆ ☆

MJは、オックスフォード・スピーチでは、ユダヤ教の言葉を引用していますが『Thriller 25』の公式ブック『Thriller 25th Anniversary : The Book』の最後には、ヒンズー教の『アタルヴァ・ヴェーダ』(Atharva Veda) からの言葉が綴られています。

Peaceful be heaven,
Peaceful the earth,
Peaceful the broad space between.
Peaceful for us be the running waters,
Peaceful the plants and herbs !
Peaceful to us be the signs of the future,
Peaceful what is done and undone,
Peaceful to us be what is and what will be.
May all to us be gracious !


天国が平和でありますように
大地が平和でありますように
天と地の間が平和でありますように
流れる水がわたしたちのために平和でありますように
そして木も草も平和でありますように
未来の兆しが、わたしたちにとって平和なものでありますように
為されたことも、為されなかったことも平和でありますように
そして今あるものも、これから生まれるものも平和でありますように
すべてのものが、わたしたちに寛大でありますように


※日本語部分は私訳なので、気になる点は、遠慮なくご指摘ください。

ヒンズー教は、キリスト教、イスラム教に次いで、信者数の多い宗教で『アタルヴァ・ヴェーダ』は、4種類あるヒンズー教の『ヴェーダ』の中で、最も新しいもの。

MJは、宗教書も、心理学や、哲学書、自己啓発本から、日本の『武士道』や『葉隠』さえも、、とにかく「スピリッツ」に関する本を山ほど読んでいるようなのですが、中でも、チョプラは、スピリチュアル系の人物の中で、もっとも長く親しくしていたという印象があって、

それは、チョプラが、東洋思想の全般に知識があり、また、現代科学に基づいた東洋医学の実践者としての経歴から、心身両面で、あらゆる話が出来る相手だったから、、と想像していて、

チョプラの本を読めば、インド思想や、インドの古典医学に加えて、量子のことまで、わかりやすく説明してもらえるんじゃないかと期待していたのですが、

参考にした本は、前述の『ゆだねるということ』と『クォンタム・ヒーリング』『富と宇宙と心の法則』(原題:Creating Affluence)と『ブッダ』の4冊なのですが、このうち、チョプラによる “ブッダ物語” である『ブッダ』以外は、すべて、量子に関する説明があるのですが、

わたしが理解できたのは、自己啓発的な部分のみで、それ以外のことは、まったく理解できませんでした。

カルマのことも、スピリッツのことも、その説明には、どうしても「量子」や「現代物理学」の理屈が必要なようで、何かと言えば、その話になるのですが、わたしには、それが悉く理解できないんですね(ハハハ… 泣)

ユダヤ教の歴史より、チョプラの方が難しいなんて想定外だったのですが、

Bottom of heart で、わかったことが、自分に「理系センス」がないことだけ・・で、終わるわけにも行かないので

だって、、あの日以来、代替医療とか、瞑想とか、もっとやっていれば、、と思ったひとも多いでしょう?

それで「量子」を理解するのではなく、どうして、チョプラが、スピリッツを説明するのに、これほど「物理学」に拘らなくてはならないのか、、という観点で「ねっとり」と、考えてみたところ、

意外と「イケてる答え」が見えてきました。

それは、カルマやスピリッツを「科学」で納得したいと「心の底から」思っているのは、チョプラ自身だから。というものです。

なぜかと言うと、

わたしたち日本人は、東洋思想というと、なんとなく知っているような気がしている仏教を思い出すのですが、仏教はインドではマイナーで、チョプラが「物理学」以外で、聖典としている『ヴェーダ』は、元々バラモン教の教えで、ヒンズー教にも受け継がれているものですが、チョプラが宇宙原理(意識)として書いている「ブラフマン」は、バラモン教の根本原理です。

一方、ブッダは『ヴェーダ』を否定しています。

これは要するに「カースト制度」を否定したということで、

バラモン階級というカースト制度を維持するための思想が「カルマ」で、カルマとカーストは切っても切れない関係なんですね。

カースト制度のない欧米では、輪廻転生は神秘思想(スピリチュアルも含む)や、様々な物語に取り入れられていますが、日本の仏教は、インドからも、中国などのアジアからも影響を受けたものですが、それが、国の宗教として取り入れられた理由は「士農工商」という、カースト制度と似た、生まれながらの身分制度があったため、ブッダの思想だけではなく、ヒンズー教も適当に取り入れて、日本独自の大乗仏教になったのですが、

仏教が日本の政治と切り離されて「士農工商」がなくなったので、日本人にも「カルマ」や輪廻転生をロマンティックな物語として受け入れられるようになりました(そのきっかけになったのは、欧米の一神教を “天皇制” として取り入れたから)。

でも、カルマは、もともと「差別」を維持するための思想です。

だから、ブッダは「カルマ(輪廻思想)」を否定し、自ら「王子」の座を捨て、カースト制度に苦しむ下層階級の人々と生活を共にして、「人は死んだらそれで終わり」で、地獄などなく、また生まれ変わって、同じように苦しむことなどない。と説いた。

しかし、そこは、イエスが亡くなった後、教会がしたことと同じく、ブッダが亡くなった後、教団化した「仏教」では、輪廻転生がまたもや復活したり「悟りの境地」は、どんどん複雑化して「象牙の塔」となって行った。

イエスが山の上で行なった説教も、

ブッダが菩提樹の下で語ったことも、

それを聞いて感銘を受けたのは、それまでの宗教により差別され、見捨てられていた人々で、それが、何度、本を読んでもなかなか理解できない教義であるわけがないでしょう。

だから、差別を許さない、そして子どもも含め、常に声なき人のためにと考えるMJが「カルマはゴミ」だと言うことには、矛盾がない。

一方、チョプラの考えは、下記の動画をご覧下さい。

◎[日本語字幕]魂はどこにあるのか?魂とは何なのか? - ディーパック・チョプラ

[動画から抜粋]

魂というのは、時空間を越えたところにある大元の意識です。体や脳に魂を探そうとしても探せません。魂はそこにはないからです。肉体を感じられるのも意識ですよね? 意識なしにはあなたの体験はなにひとつ存在しないのです。

あなたの魂とは、集合的塊の母体の一部、宇宙的魂、私たちが神と呼んでいるものなのです。魂がなぜ探せないのかというと、時空間にないものを、時空間の中に探しているのです。。


[動画から抜粋終了]

自分の精神を、宇宙に近づけて考えていくことには、エゴを抑え、他人との違いでなく、みんなが同じであるということを理解するうえで、いいことだと思うのですが、私が、チョプラに矛盾を感じるのは、

魂が時空間を越えたところにあるなら、どうして、魂に個別に傷がつき、それぞれの過去生からのトラウマを受け継ぐのでしょう?

チョプラがこれに矛盾を感じないのは、

輪廻の背景には「我=アートマン」という概念があって、これは人それぞれ固有で、肉体とは別に存在します。だから、肉体が滅んでもアートマンが輪廻をするんですね。

一方、ブッダは「我=アートマン(atman)」が前提である社会から「無我=アナートマン(anatman)」を説き、輪廻を否定しました。

◎[参考]無我の思想ー仏教のアートマン(永遠不変の魂)否定「佐倉哲エッセイ集」

ところが、ブッダが亡くなったあと、仏教は、教団化したことで、またもや輪廻転生を復活させてしまう。ただし「象牙の塔」となっていた仏教界では、高度な知性の競い合いという部分もあり、ナーガルジュナ(龍樹)は「空」の概念により、再度輪廻を否定した。でも、その理論は、カーストに苦しむような、本当にカルマを否定して欲しいような人々には届かず、もはや仏教は、民衆には親しみのないものとなっていたため、

そこから、信者の獲得のために、またもやヒンズー教や、バラモン教を受け入れ、インド以外の地への布教も広がって行った。

ブッダは輪廻を否定するために「無我」を説いたのだけど、

チョプラが、魂が体や脳にはないと言っていて、カルマには傷がつくと言っているのは、ブッダ以前の「我=アートマン」のことで、これを捨てろと言っているのは、エゴイズムを捨てろと言っているだけで、

エゴイズムを捨て去って「宇宙=ブラフマン」が絶対で、カルマによって輪廻転生が行なわれるということを信じさせる(これは洗脳手法としても使用されている)というのは、

カースト制度がない国では、来世はお金持ちに。。という夢を抱くことが容易かもしれませんが、カースト制度に縛られている社会では、自分に子どもが、生まれて、その子どもがまた同じような苦しみから逃れられない。。という先祖から続く歴史に未来が見えなくなるひとも多いでしょう。

下層のカーストでも、医者など、高いカーストの人々から必要とされるような職業では、経済的に豊かになることができ、子どもたちにも高い教育ができ、カースト制度のない外国で活躍することもできるでしょう。

これは、クリスチャンたちが嫌がるような「金融業」などの仕事で蓄えた経済力を、子どもたちの教育につぎ込んできたことが、現代のユダヤ人の成功に繋がっていることとよく似ていると思います。でも、親の仕事を継ぐしかないような環境で、苦しみから逃れられる仕事は限られています。

チョプラもそうですが、親が医者だからといって、医者にはなれません。彼も、彼の弟も一生懸命に勉強してきたことは間違いないと思うので、彼らは、カルマもカーストも「文化」として受け容れられるのでしょう。

わたしは、インドの「カースト制度」は、日本の「天皇制」と同じように、他国が、軽々しく否定できるものではないと思います。ですから、チョプラのように、その民族的知恵に対して「宇宙の法則」を適用したいと思う気持ちもわかるような気がしますが、、

それは「知恵」かもしれませんが「真理」とか「宇宙のセオリー」ではないでしょう?

しつこく、チョプラの考えを聞いて、ようやく分ってきたのですが、

チョプラは、この動画で「神と呼んでいる」と言っている宇宙意識であるブラフマンと、カルマがセットになっている『ヴェーダ』を信じるために、カルマに「高度な理屈」を求めてしまうんですね。

業=カルマ(行為)にもとづく因果応報の法則(善因楽果・悪因苦果・自業自得)は、輪廻の思想と結びつき、高度に理論化されて、インド人の死生観・世界観を形成してきています。

つまりは、理解しようとしてもなかなかわからない教えというのは、それを理解することで「権力」が得られるというシステムができ上がっているからで、それは、今の東大入試に受かって、上級公務員試験に合格すれば、官僚になれるというのとほとんど同じで、

精神性が高いことと「同義」ではありません。

ただし「思想」には、そういう側面があって、

ユダヤ教徒や、インド人に優れた人が多いのは、ユダヤ人差別や、カースト制があるからだと言えなくもない面があって、インドでも優秀な人は、カースト的には下だけど、教育には恵まれているという階級に多くて、大体そーゆーところで「高度な理論化」というのは、進むもののようですね。

ですから、チョプラの考えは「自己啓発」として成功に導く要素はあるかもしれません。

ちなみに、チョプラのWikipedia(英語)によれば、彼の父親はインドで有名な心臓専門医で、弟もハーバード・メディカル・スクールの医学教授という医者一家なので、裕福で少年の頃から高い教育を受けてきたことが想像できるのですが、医者という職業は、カースト制度では高い身分ではありません(むしろ最下層)。

ブッダは、高いカーストを、自ら捨てたという事実があって、多くの人々に力を与えられたのですが、それが、高度に知的になっていったのは、教団化した後は、救いを求める人々に、元々いい暮らしをしている人たちが多くなっていったからでしょう。

MJが、「カルマがゴミだっていう理由を、すべて彼らに教えてあげるよ」

と言った「理由」が、どんなものか、私なりに必死に考えてみたのですが、少しは説明できたでしょうか?

「ディーパック・チョプラ Part 4」に続けようと思ったのですが、量子疲れ(笑)のため

☆「他のインタビュー」に続く

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by yomodalite | 2012-09-21 11:11 | マイケルと神について | Trackback | Comments(12)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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