カテゴリ:☆マイケルの愛読書( 33 )

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この記事http://nikkidoku.exblog.jp/16778765/)で使用した写真は、以前からお気に入りの1枚で、彼のパパラッチへのサーヴィス精神は、後年はもっと激しく、考えられないような面白い変装とか「インヴィンシブル」としか言いようがないレベルに達してしまうわけですが、この頃は、まだ、ほんの片鱗があらわれたってところでしょうか。

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(ミケランジェロの本も逆さに見てますね。絵を逆さに見るとデッサンの狂いがよくわかったりということもあるけど...写真に撮らせてるのは、「芸人魂」かなw)


本をとっさに逆さにして顔を隠し、その本のタイトルが『ANIMAL LANGUAGE』なんて、すごくシャレてるなって思うんですよね。

これがいつ頃のものかは、よくわからないんですが、たぶん、、このときMJが掛けているサングラスが登場したのはBAD期の1987年頃で、1991年まではよく使用してたけど、1992年から登場回数が減って、髪型もスダレ前髪になっていったので、たぶん1992年より前じゃないかと。

となると、「動物学」とか「生物学」の研究は、年々進んでいっているはずなので、2011年にこの本を探すのは最後のチャンスかもしれないと思うと急に焦ってしまいました。

これを読まずに死んでいいものかと....ww

この本のタイトルは『ANIMAL LANGUAGE』でいいと思うんだけど、背に書いてある著者名らしき文字は、MICHAELのあとが、よくわからなくて、最後は「T」で間違いないように見えたので「MICHAEL ・・・T」の『ANIMAL LANGUAGE』で、米国と英国アマゾンを探したところ、

http://www.amazon.com/Animal-Language-Michael-Bright/dp/0801418372/ref=sr_1_30?s=books&ie=UTF8&qid=1320988165&sr=1-30

上記が見つかりました。Michael Bright を他の本の著者紹介で見てみると、英国BBCのエグゼクティブ・プロデューサーのようです。

本の写真はどこにもないので、MJが手にしてるものかどうかは、わからないんだけど、Michael Bright は、文字数的にも、背の著者名と合ってるような気がしたので「マイケル・ブライト、動物」で探したところ、こちらのタイトルの本が見つかりました。

ざっくり読んでみた感じでは、音楽を多少勉強されている方か、理系の方にお薦めしたいような内容で、文系の方はあんまり面白くないかもしれません。

作曲は数学的だとよく言われますが、MJとスタジオミュージシャン達の会話でも、彼が実験室のように、緻密に実験を繰り返して「たったひとつの答」に辿り着いていく感じとか、多くの美術系が大雑把にいって「文系」であることに比べ、音楽系のひとは「理系」のひとが多いんですよね。そのせいか、この本は、わたしには理解できないところがいっぱいあったんですが、

ただ、、すごくMJっぽい本だってことは感じました!

まっ、どこがと言われても困るんですがw、、それに、いまや、落語を聴いても、MJを思い出すほどの重症の中毒患者の言うことなので注意してほしいんですが、一応それっぽい感じがするところを「はじめに」から軽く引用してみますね。

動物の音声研究の真の幕開けは、録音技術と録音再生技術の進歩にあった。(中略)およそ20年前、音声は発音記号や音符であらわすしかなかったが、今日では音声スペクトル分析器が音声を図形にかえ、主として視覚に依存する私たち人間にも、動物の音声が容易に説明できるようになった。(中略)

本書ではコミュニケーションの媒体として音声だけをとりあげ、視覚や触覚についてはふれない。(中略)たとえばセミが発信膜をふるわすあの速度、イルカが[パリッ・パリッ・パリッ」とクリック音で情報を伝えるあのすばやさ、

ザトウクジラやインドリの声が伝わるあの距離。それらは言葉といえるかもしれないし、言えないかもしれない。だが、そうしたコミュニケーションのしかた自体、非常に興味深く魅力的で、学問的な問題といえるだろう。(引用終了)

また、著名な動物学者のデイビット・アッテンボローが「本書について」というあとがきを書いているので、そちらもちょっぴり引用します。

今から200年前、南英・セルボーン村の副牧師ギルバート・ホワイトは、フクロウはすべてBフラット(Bb)のキーで鳴くと主張し、友人のナチュラリストと議論をたたかわせた。のちに彼の著書『セルボーンの博物誌』を読む多くの人々にとっても、興味深い書物のなかの愉快なエピソード以上のものではなかった。しかし、これこそ動物のコミュニケーションが科学的関心の的になった最初の事例のひとつだった。(中略)

1982年、英国放送協会・自然史部門は創立25周年をむかえ、記念事業として動物コミュニケーションに関する最新の発見を調査することになった。その担当に選ばれたのが、自然史部門のラジオ・シニア・プロデューサーのひとりである著者マイケル・ブライト氏である。

彼は世界各地にとび、フィールドで動物を調査する研究者を訪れ、実験室で実験中の研究者を取材して回った。そして、その足で私をたずね、番組のナレーターに私を招いてくれた。(中略)番組にまとめられた内容の幅のひろさと重大さに圧倒される思いだった。幸いにもそれらは放送とともに消え去ることはなかった。彼が1冊の本にまとめ詳細を記録してくれたからである。(引用終了)


また、訳者のあとがきによれば、この特別ラジオ番組『アニマル・ランゲージ』は26回のシリーズの30分番組で、地味なものながら、アマチュア・ナチュラリストの多い英国で大変好評だったそうです。

わたしが、MJっぽいなぁと感じたのは、本書に頻繁にでてくる動物たちの「擬音語」なんですが、訳者のかたは、原文の擬音語を表現するのに、実際の番組のテープを何本も聴いて、文字で表現されているのですが、それが、すごくMJの音楽を思い出すんですね。

たとえば、

鳥類研究所に保管されている録音から、さえずりのいくつかの成分、とくに音のエネルギーが最も集中している主要周波数についての分析....音のタイプ、つまり音色のある澄んだ音(たとえば〈ピーィ・フィッ・フィッ・〉といったホイッスル音)か、それとも急速に周波数が変動する濁った音(たとえば〈ジーィ・ジュク・ジュク〉)かについても分析をおこなった。とか、ワオキツネザルの〈ウニャーァ・ウニャーァ〉という鳴き声...とか、カエルのオスが〈コゥッ・キィーイ〉とかって感じで、

擬音だけでなく、動物たちのソナグラムがたくさん掲載されていて、わたしは、動物にも詳しくないですし、音の周波数とか、ソナグラムってさっぱりわからないんですけど、動物好きなMJが、ネヴァーランドに訪れる野鳥の声とか、飼っていたさまざまな動物の声を「音楽」として聴いてきた感じを想像して、ちょっと楽しいきもちになりました。

マイケルの音楽は、彼の声がメロディを歌っているだけでなく、いろいろな「音」がありますよね。

彼の音楽は、性能の悪いラジオから流れてきても、一瞬で多くのひとを惹き付けてしまう魅力がありますけど、ちょっと性能のイイ、ヘッドフォンで聴いてみたりすると他のアーティストでは満足できなくなるぐらい、ミラクルな「音」に溢れていて....「ヒィッ」とか「ブワァハ」とか「アォッ」など、彼の声以外でも....

ああいった「音」は、もしかしたら、MJが動物たちから聴き取って「音楽」にしてたのかなってことが、この本を読んでいたら、今までよりリアルに想像できて、あらためて、オプラのインタビューのことも思い出しました。

最終章の「動物にことばがあるか」では、

動物にことばはあるかという疑問を解くかぎは、ことばをもちいないコミュニケーションの特徴のひとつは、うそがつけないことだ....表現内容と事実の分離が、ことばであるかどうかの有力なきめてのひとつだ。とか、目には見えないが心にうかんだことについてコミュニケーションがかわせる.....動物たちにそれができるようになったとき、はじめて彼らにことばがあるといっていいだろう。から始まり、

「チンパンジーの場合」が続き、どうして、わたしたち人間はこれほどまでに複雑なことばをつかっているのだろうと著者は疑問を投げかけます。この本に書かれていることは、現在はもっとわかってきたのかなぁ。。

1992年のオプラ・ウィンフリー・ショー

Oprah : So, when you're standing there and there's a sea of people responding to you, screaming you name as they were, what does it feel like?
あなたがいる場所では、多くの人々があなたに反応し「人の海」のようになって、あなたの名前を叫んだりしているけど、あなたはそれをどう感じているの?

Michael : Love, you just feel lots of love and I feel blessed and honored to be able to be an instrument of nature that was chosen to give them that, what I give them. I'm very honored and happy about that.
愛を感じる。すごく大きな愛を感じるよ。ぼくは、自然の音を楽器にして、みんなに音楽として与えられることを、とても光栄で幸せだと思う。

Oprah : An instrument of nature - that's an interesting way to describe your - self.
自然の楽器は興味深いわね。それは、あなた自身を表す方法なのね。

Michael : Thank you, yes.
ありがとう!そのとおりだよ。

[目次]
1章 コミュニケーション
2章 クジラの歌
3章 やさしい殺し屋
4章 環境の制約
5章 さえずりと地鳴き
6章 さえずりの学習
7章 母と子
8章 危険を知らせる
9章 最初の声
10章 音で「見る」
11章 器楽奏者
12章 魚たち
13章 昼に吠え、夜に叫ぶ
14章 霊長類のテリトリー
15章 サルの鳴き声
16章 動物にことばはあるか

◎ボイストレーニングのサイト(ヴォーカル関連「参考図書一覧」〜「音声」に掲載)

◎東京都立図書館統合検索(わたしがいつも使っている図書館検索)
◎全国図書館検索(カーリル)
◎動物たちの話し声(アマゾン)
◎出版社(品切れ)
___________

[内容]彼らは何を話しているのか? 仲間の声をどう聞きわけるのか?なぜ音声をつかうのか? 動物の驚くべき多様な音声伝達能力を紹介し、そのしくみをさぐり、人間のことばの起源を考える。どうぶつ社 (1986/06)


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by yomodalite | 2011-11-12 20:29 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(5)
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そういえば『恥ずかしい読書』に、本を逆さにして読むことの効能が書いてあったかも・・・

さて、[1]では『預言者』は読んだだけでは「来ない」本だと言いましたが、柳澤氏の『よく生きる智慧ー完全新訳版「預言者」』は読むだけで「かなり来ます!」

『預言者』の翻訳に至るまで(冒頭のエッセイより省略・要約して引用)

“The Prophet”は、この80年のあいだに、世界の20カ国以上の国で翻訳され、じつに2000万人以上の人々に読まれていると言われています。しかし、日本では何度か翻訳を試みられながら、いまだ世の耳目をそばだたせたことはありません(中略)

世界の国々で、教養のある人は皆読んでいるような本を日本でも広く知らせたいという私の気持ちは強くなる一方でした。その気持ちを、小学館の編集者に話したところ、彼は、こともあろうに、わたしに般若心経の現代語訳を銘じてこられました。

尋常を絶する直感力で、私と『預言者』の結びつきの前に、私と般若心経の運命的つながりを洞察されたようです。


『よく生きる智慧』より前に出版されて大評判になった、現代詩訳の般若心経本!

◎『生きて死ぬ智慧』(アマゾン) 

般若心経では現世を超越する死生観、つまり「生きて死ぬ智慧」がテーマでした。これに対し『預言者』ではあくまでもこの人間社会の普遍的な倫理、この世のこの生 ー 私たちの日常の日々を「よく生きる智慧」がテーマです。(引用終了)

さらに、冒頭のエッセイで、柳澤氏は、コロンビア大学大学院で博士課程終了、Ph.Dを取得された生命科学者でしたが、ES細胞やiPS細胞の研究に関連した遺伝子研究で、世界をリードしていた矢先に、原因不明の病気に襲われ、研究者としての道を閉ざされ、

また、病気の原因がわからず、様々な病因をたらい回しにされたことで、芽生えた医学への不信、苦痛への周囲の無理解から孤独の奈落に突き落とされ、その絶望をジブランの詩が、いかに救ってくれたかが語られているのですが、

このエピソードは、柳澤氏の個人的な物語としてだけでなく、読者の心の扉を開ける準備運動になっていて、これに続く、ジブランの思想説明も、わたしが何度か読んで、長い間に、ようやく「そうなのかなぁ」と思ったことに近い説明がされていて

「最初から、柳澤訳で読みたかった...」と思う内容だったので、一部引用します。

彼の宗教面での思想は、すべての生き物は神聖に存在し続け、生命は再生するという確信です。これは一見、ニーチェ哲学に影響を受けているかに見えます。しかし、ニーチェのようなニヒリズムとは無縁です。

善と悪について語るとき、彼はそれがわれわれ全体の一部なのだといいます。彼は絶対的な善や悪を否定します。彼は書きます。

「直立している彼と倒れている彼は、夜の小さな自己と昼の神の自己の闇の薄明かりの中に立っている1人の男に過ぎないのだ」

ですから、アルムスタファは、いかに凡俗に絶した叡慮を示したとしても、ニーチェが仮想したツァラトゥストラのような超人ではありません。ニーチェ哲学特有の宙返りするような思考の飛躍や、錐もみするような論理の迷宮はありません。

すべての人は、この世にあるべきようにあればいい。そういう単純きわまりない我が身の養い方だけを告げます。いたずらに宗教がかった啓示で驚かせることは決してありません。(中略)

ジブランは、いのちを黒白に分ける一本の線で見ない。いのちを白地一色の面で見る。いい人、悪い人の別はない。好きな人、嫌いな人の分け隔てもない。哲学者や裁判官のように善悪・正義の峻烈を定めることもなく、誰もができる「よく生きる」法だけを諭す。

そして知らず知らずのうちに、聴く者に無類の倫理性と智慧の深みを伝染させてしまう。人の善性に対する、しんじつ心を尽くした信頼の完璧さは、胸がすくほどにいさぎよいと思います(本書タイトルの『よく生きる智慧』を名づけた理由を、このリフレーン幻聴体験から推測していただければ幸いです)(引用終了)


ね!なんか、「マイケル来たーーー!」って感じしません?

この「エッセイ」は30ページほどあって、『預言者』の世界に、読者を導くうえで必要な説明が過不足なくされている無駄のない文章で、わたしはこの本からスタートするのが、もっとも「近道」だと思いました。

エッセイによる説明だけでなく、詩の訳し方も、もっとも普通の文章で、そこも、わたしは重要だと思いました。多くの人が、ジブランの文章の美しさを称えていますが、ステラが言うように、この本で真っ先に重要なのは「わかりやすく自分なりに言い換える」ことだと思うんです。

有枝 春氏の『預言者のことば』では、冒頭に、デヴィッド・ボウイやジェイソン・ムラーズが曲や著書の中で一部を用いていること、また写真家の星野道夫氏もエッセイ『長い旅の途上』で、詩の一部を紹介していることなどが書かれています。(星野道夫氏は、MJが旅立ったときに、わたしが一番最初に思い出した人です)

最初の詩編「船の訪れ」の冒頭部分を引用します。

あらゆるものを誘う海が私を呼んでいる。旅立ちの時だ。

選ばれし者、愛されし者、自らの日々を照らす太陽、アルムスタファ。彼は遠いオルファリーズの町で12年間、故郷の島からやってくる迎えの船を待ち続けていた。そしてついに、その12年間の収穫の月、アイルールの7日。彼が町の城壁を出て丘を登り、海のかなたを眺めると、薄もやのなかから船が姿を現した。


下記は、柳澤氏の本の同じ部分「決別の船出」。

どうしたら悲嘆にくれずにおだやかな気持ちで、この街を去ることができるだろうか....

アルムスタファは誰からも好かれ愛されていました。時代の夜明けを告げるように、若く輝かしいアルムスタファ。かれはオーファーリーズの街で船を待っているのです。その船はかれを生まれ故郷の小島へつれて帰るために、こちらに向かっているのでした。

この街に来てから12年目の刈り入れの月であるアイリールの7日目に、アルムスタファは、塀のとぎれている街角から丘に登り、海のかなたを眺めました。海のかなたから霧に包まれて進んでくる船が見えるではありませんか。


有枝氏の訳は、船井氏、池氏と大雑把に言えば同じで、前述の神谷氏の文章は柳澤氏にやや近いのですが、神谷氏の訳は『預言者』全文ではなく(それと『予言者』でなく『預言者』の方がいいと思う)柳澤氏訳の方が「わかりやすく自分なりに言い換える」ことにおいて、より確信的で、

柳澤氏の強い想いに助けられた方が、この物語の扉が開きやすいと、私は思いました。

◎『よく生きる智慧ー完全新訳版「預言者」』(アマゾン)

☆皇后陛下も愛読されてます。
◎カリール・ジブラン(ハリール・ジブラーン)ウィキペディア


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by yomodalite | 2011-11-04 11:29 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(4)

よく生きる智慧~完全新訳版『預言者』

柳澤 桂子/小学館

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これから『預言者』を読もうと思っている人と、一応読んでみたけど....という人へ。

マイケルも、ステラ・アドラーも、読めと言っていた『預言者』ですが、この本を読んで『Dancing the Dream』を読むと『Dancing the Dream』がより味わい深くなると思います。

と言っても、わたしも『預言者』を、『Dancing the Dream』 よりもずっと前から読んでいたにも関わらず、なかなかわからなかったんですが、永江朗氏がインタヴューで「なるべく断定して、間違っていたら謝れ」と言われていたことを見習って『預言者』のベスト翻訳本を断定することにしました。

では....

『魂の演技レッスン22』の編者であるハワード・キッセルは「あとがき」で、こう語っています。

本書はステラ・アドラーと出版社アプローズ・ブックスのグレン・ヤングとの交流から生まれたものだ。(中略)以下、ヤングの言葉を引用しよう。

「僕はいつも、戯曲に書かれていることの本当の意味や、この場面でこうなるのはなぜなのか、この人物はなぜこうなるのか、ということを考えていた。ただ漠然と興味があったのではなく、具体的な疑問がいくつもあった。それらを重ね、目に見えない粒子のようなレベルで戯曲を分析したかった。だから彼女の興味を引けたのだと思う。僕たちは分子レベルで理解し合い、深い交流ができた。

僕たちの関係が変化したのは、僕が彼女の本に意見を出した時だ。当時、ステラ・アドラー名義で本が出版されようとしていた。それより、もっといい本ができるんじゃないかと僕が言ったのだ。

ステラを知る人は皆、彼女の精神の豊潤さ、バロック的なところに、たくさんの方面に同時に手を伸ばそうとする大胆さを知っている。演劇は歴史や哲学、経済、心理学、色彩と光の合流点。そう主張したのが、ステラ・アドラーだ。

彼女の思考はこれ以上ないほど研ぎすまされ、安っぽくされるのを拒む。何に対しても、非常に堅古な思考が返ってくる。

また、彼女には華やかさがある。彼女は生徒にも華やかさを求める。知性の面での華やかさ、贅沢を持ちなさいと生徒を導く。ところが、目の前にある本は、僕が思うに、それとは正反対の内容だった。

冷たくて、ちっちゃくて、メカニカルな感じのする本だった。ステラが放つ炎のような感じや、冒険的なところも全部抜け落ちていた。過激な言葉はみな、お行儀の良い表現に書き換えられていた。

彼女を取り巻く全員がその本を賞賛していた。反対意見を唱えたのは僕が初めてだと思う

そして、グレン・ヤングの使命は僕の使命にもなった。ステラ・アドラーの教えを書き起こすだけでなく、彼女の声のトーンまで伝えろと。(中略)

本書は普通の「ハウツー」本ではない。ステラ・アドラーが最も嫌うのがハウツーだ。彼女にとって、演技の技法は世界についての思索と一体である。彼女いわく、この世界は堕落している。旧約聖書の預言者も、同じことを言うかもしれない。(引用終了)


彼女の素敵な言葉は、他にもいっぱいあって、ホント紹介しきれないんですが.....この本であらためて実感したのは、

偉大なひとのことは、偉大なひとを通してでしかわからないということと、
偉大なひとは、偉大なひとから学んでいるということ。


マイケルのことを最初に「もの凄い読書家」だと思ったのは、2005年の裁判のときの写真を見たときなんですが、それは、大きな苦しみや逆境を乗り越えていけるひとは、必ず、偉大な先人の教えを学んでいるということと、

あのときの彼の態度は、逆境を冷静に乗り切る以上に、スゴく魅力的だったことから、彼の読書について、ますます興味が尽きなくなってしまいました。

『預言者』は「世界的なベストセラーで、聖書の次に世界中で読まれている」という本なので、わたしも一応、佐久間 彪氏訳のヴァージョンで読んでいて、2年ほど前に、この本がMJの愛読書だと知って「ああ、そうかぁ」とは思ったんですね。

MJの愛読書として公表されているものは、どれも納得できるものでしたが、『預言者』は『ムーンウォーク』や『Dancing the Dream』 と思想的にも、全体的な雰囲気も一番近い味わいをもつ作品に思えたので。。

とはいえ、それは「そんな感じがした」と言うだけで、何種類かあるアマゾンレヴューを見てもそうなんですが、『預言者』が、MJの他の愛読書に比べると人気がないのは、

この本は、難解ではないのですが、感動することは、むずかしいからだと思うんです。

それで、『預言者』は、わたしの中で「いつかはきっと」のコーナーにずっと置いてあったんですが、ステラの言葉、

このエッセイの中からあなたが引きつけられる章をひとつ選び、わかりやすく自分なりに言い換えてきてください。自分の言葉を使って書き直してみましょう。

で、精神にキックが入ったので、全部の翻訳本を読み比べてみました。

古典の翻訳物には、2、3行であっても、何を書いてあるのかわからないような、難解な文章も多いのですが、こちらは、どれを選んでもそんなことはないですし、薄い本なので原書で買われた方も多いと思います。

たしかに、英語が苦手なわたしでも「MJ愛」と「聖書の次にベストセラー」の理由があれば、なんとか・・と思うぐらいの厚みなんですが、よほど、英語に堪能でなければ、これは日本語で読んだ方がいいと思います。だって、そうじゃないと、

テキストを読みこなし、作者の思考に取組みなさいということよ。思考のないテキストなんて存在しない。読んで、読んで、読んでいるうちに意味がわかり始めて来ます。

ということが出来ないでしょう?

ステラの言葉でようやく気づいたんですが、母国語で読んでいる人でも「わかりやすく自分なりに言い換える」ことが必要なんだから、そうでない人は、もっと「自分なりに言い換えることが必要」で、

何度か読んで思ったんですけど、、これは読んだだけでは「来ない」本なんです。

古典にはそーゆーの多いですよね。そもそも、聖書がすんなり読めたら、教会もいらないですしね。

『預言者』の翻訳本は下記の6種類(タイトルと翻訳者のプロフィール)

◎船井幸雄(『預言者』有名経営コンサルタント、スピリチュアル系の著書多数)
◎佐久間 彪(『預言者』カトリックの神父)
◎有枝 春(『預言者のことば』)
◎柳澤桂子(『よく生きる智慧』生命科学者、エッセイスト)
◎神谷美恵子(『ハリール・ジブラーンの詩 』ハンセン病治療に生涯を捧げた精神科医)
◎池 央耿(『ザ・プロフェット』)

この中で、物語の導入部に効果的な「ことば」があるのは、柳澤氏と、神谷氏のもので、神谷美恵子氏の『ハリール・ジブラーンの詩』は、預言者だけでなく、他のジブランの作品からも抜粋した本で(神谷氏の訳では『予言者』)、この本には、最初に本書の構想が説明されているので、下記に一部引用します。

初めの「船の到着」のところで意味が深いと思ったのは、巫女の願いに対して予言者が次のように答えていることです。

「オルファリーズの人々よ、あなたがた自身の魂の中で今、動いているものについて語るほか、ほかの何について私が語ることができようか」

人生についての知恵とは結局、万人の心にあるものにほかならない。ただ一般の人はそれをうまく自覚することも表現することもできない。みなに代わって自覚し、これを新しく表現するのが予言者、詩人の役割だというのでしょう。(引用終了)


『預言者』を未読の方は、ピンと来ないかもしれませんが、この最初の「船の到着」の意味を、自分に惹き付けて読むことができない本が多いんですね。

柳澤氏の本は、冒頭がエッセイになっていて、神谷氏の本よりも、ずっと長い導入部分があるのですが、

わたしは、柳澤桂子氏の本をお奨めします。

紫の表紙に白い薔薇の装幀も、邦題「よく生きる智慧」も、なんだか宗教くさくて、最初の印象では、もっとも感覚的に違うなぁと思いましたし、本文が始まる前に氏の闘病期も交えて語られていたりして、わたしは通常、映画でも本でもあまり解説を見たくない方ですし、特に、自分が見たり読む前は避ける方なんですが、

この本に関しては、この導入部の説明はすごく必要だと思いました。

☆よく生きる智慧 ー「預言者」[2]につづく


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by yomodalite | 2011-11-03 11:37 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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