カテゴリ:☆マイケルの愛読書( 33 )

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ジャーメインの著書『You Are Not Alone』から、マイケルが読書好きになったきっかけや、彼の生き方に読書がどのように影響したかについて。


But it was when we first laid eyes on her library that Michael started to become the voracious reader that he was. Rose [Fine] handled each book like a precious artifact, and she was always on at us to read, read, read – and Michael heeded this advice.

マイケルが貪欲な読者家になり始めたのは、ぼくたちが、彼女(少年時代の家庭教師、ローズ・ファイン先生)の図書館を最初に見たときからでした。ローズ先生は貴重品に触れるかのように各々の本を取り扱い、僕たちに多くを読み、マイケルは熱心にそのアドヴァイスを受けました。彼は、ボキャブラリーも、知識も、また、様々なテーマに対して理解を深めるように、いつも熱心に読書をしていました。

Few people know that my brother was a bookish nerd, always swotting up on some random subject to better his vocabulary, knowledge, or understanding of life. “I love reading. There is a wonderful world to be discovered in books,” he said. Michael’s early reading material concerned Fred Astaire or Elvis, or child stars Shirley Temple or Sammy Davis Junior. In later years, his reading extended from Steven Spielberg to Alfred Hitchcock, President Reagan to President Roosevelt, Malcolm X to Dr Martin Luther King, and Mussolini to Hitler.

ほとんど人々は弟が学究的なオタクであったということを知りませんが、本は、素晴らしい世界を発見するためにある。「ぼくは読書が大好き」彼はそう言っていました。

マイケルの読書は、フレッド・アステアやエルヴィスに関するものや、チャイルドスターだった、シャーリー・テンプルや、サミー・ディヴィス・ジュニアの本から始まり、その後は、スティーブン・スピルバーグや、ヒッチコック、レーガンや、ルーズベルト大統領、マルコムXや、キング牧師、ムッソリーニやヒトラーまで読んでいました。

I doubt many people would have given him credit for the general knowledge he amassed. Except Rose [Fine.] She always taught us that we can learn from the best by following history’s lessons; that it has left the footprints for us to follow. That is why Michael’s autobiography, Moonwalk, starts with a quote from Thomas Edison:

私は人々がマイケルに対して信じていることを疑います。ローズ先生は、歴史は、後に続くもののために遺されたもので、何を学ぶ上でもそれは重要だと教えてくれました。それで、マイケルの自伝「ムーンウォーク」も、トーマス・エディソンからの引用で始まっているのです。

“When I want to discover something, I begin by reading up everything that has been done along that line in the past – that’s what all these books in the library are for. I see what has been accomplished at great labor and expense in the past. I gather data of many thousands of experiments as a starting point, and then I make thousands more. “The three great essentials to achieve anything worth while are, first, hard work; second, stick-to-itiveness; third, common sense.”

何かを発見しようと思ったとき、
私は過去に為されてきたことを全部読み返すことから始める。
そのためにこそ、図書館に本はある。

私は過去に膨大なる労働量と出費によって成し遂げられた事柄を理解する。
出版点として何千ものデータを作っていく。
いずれにせよ、価値のあることをしようと思ったら、大切なことが3つある。


1、一生懸命やること
2、のめり込むこと

3、常識である

ー トーマス・エディソン

That quote still stands as the truest reflection of Michael’s approach to his own mastery, and they were the words he actually posted in gold letters to the cloth, coffee brown walls of his sound studio at Hayvenhurst.

この引用は、彼自身を反映し、マイケル自身の謎に近づくうえで信頼すべきものです。これらの言葉は、彼が実際に使用したヘイブンハーストのスタジオの茶色くなった壁に、布に金文字で掲示されていました。

SOURCE: Michael Jackson’s Library: Favorite Books
(Michael's Love For Reading In General)


☆和訳は、自伝の引用個所を除き、わたしのテキトー訳なので気になる点は遠慮なくご指摘くださいませ。


『You Are Not Alone』の和訳をされている「とてもとても素敵なブログ」に、
1990年、マイケルが胸痛で病院に運ばれたときの「読書エピソード」が語られています。

突然、病院に運ばれたときに枕元にあった本とは… 
そして、イスラム教についても。。本当にスゴい読書欲。。


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by yomodalite | 2013-01-21 17:04 | マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(0)
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『不滅のキング・オブ・ポップ』の話の途中ですが、、

こちらで省略して紹介してしまったジェロミーヌ・サヴィニョンの文章は、実際はもっとファンタスティックな雰囲気で、冒頭のページ写真にもあるように、ジャック・プレヴェールの『月のオペラ』の話から始まっています。ジャック・プレヴェールは、フランスの国民的詩人で、パントマイム芸人が主人公の名画『天井桟敷の人々』の脚本を書き、最近、ジャーメインもカヴァーした名曲『枯葉』の作詞でも有名な方。




(デヴィッドさん、編曲だけでよかったのに・・泣)



サヴィニョンの文章に魅せられ、絵本も読みたいと思っていた私は、もう飛びつくように読んでみたんですが、、これが、とてもイイ絵本で、この話から、MJとバニとのことを語るなんて、、

やっぱ、フランスって素敵っ!(もうアメリカンな人たちの話は飽きたわ...)

と思ってしまっただけでなく、MJはこどもたちへの本の読み聞かせは、すごく重要だって言ってたけど、、

この本を、こどもたちに読んであげてたんじゃないかって想像してしまったんです。

だって、フランスの有名な絵本だし…

娘は「パリス」だし… w

めちゃめちゃMJ好みの話としか思えないし…

そんな興奮と、勝手な推測で、この本を「MJの愛読書」に認定!

主人公は、フランスのマイケル、ミシェル君。


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ミシェル君は、こんなことを言うこどもで、


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プレヴェールが作詞した「ミシェル・モランのうた」の楽譜もあったりして、、





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by yomodalite | 2012-11-30 09:31 | マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(3)
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[1]では、正しい狂気というものがあるはずだ。という三島の解釈への違和感に「違和感を感じる」というような書き方をしましましたが、、三島の『葉隠入門』は、やはり「正しい狂気のあり方」として「葉隠」をよむための解説書、もしくは、煽動書だと、私も思います。

葉隠本を、何冊か見てみましたが、現在、これが、世界でも読まれている思想書だと知って「葉隠」を読むなら、むしろ、三島の『葉隠入門』の解説はまどろっこしく、また、後半の名言抄よりも、現代語訳や、英語の対訳で、全文が書かれている方が読み応えがあり、スムーズに理解できるようにも思いました。

でも、

新渡戸稲造は、外国人から「宗教なしで、どうやって道徳教育をするのか」と問われ、それに代わるものが「武士道」だと語り、武士のいない世界に、思想書としての「武士道」が広まりました。

三島由紀夫の『葉隠入門』も「葉隠」が戦争のために利用され、汚された後、そこから新たな光を見いだした、三島の命懸けの行動によって、武士のいない世界に、思想書としての「葉隠」が蘇ったのだと思います。

主君と家来という世界がなくなり、天皇が「人間宣言」をした後では「武士道」の思想は成立せず、「God」を持たない日本人には「神」がいなくなること。

自衛隊とは「自衛」のための軍隊ではなく「米国の盾になるための軍隊」だと、誰よりも完璧に理解した三島は「憲法改正」に真剣に取り組み、本気で、自衛隊にも、日本国民にも「武士」としての心構えを説こうとしたのだと思います。


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(葉隠の海外版には「家紋」をデザイン化されているものが多いのだけど、この本で使用されている「家紋」が、常朝の時代の鍋島藩の家紋のはず)



三島が命をかけたとき、日本精神が失われることの危機感を、真剣に理解できていたら、文化を創っているのは、文化人とは限らないということを、文化人がわかっていれば、

「武士たる者は死に狂ひの覚悟が肝要なり」に最大絶無のメッセージがあることを、
無理に否定したり、(三島が)なぜそんなにも行動に憧れ、死へのあくことなき渇仰を語るのか?などと、疑問に思うこともなく、

また、勝俣会長のような人が、東電のトップになることもなく、原発事故が起きたとしても、その後の対応はまったく違ったものになり、私たちが、もっとも憎む相手も「原発」ではなかったかもしれません。

葉隠には様々なことが書かれていて、逆説的であるとは、三島も言っていることですが、マイケルは「死に狂い」の人だったと、私は思いますし、「死へのレッスン」は、なかなかする機会がないので、[2]に引きつづき

葉隠の中の「死」に関しての言葉を、さらに、狂ったように紹介します。


現代語訳と英文は『対訳 葉隠』より


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(海外版では、この“丸に三羽の鶴”の家紋が使用されているデザインが多いのだけど、、これはどこの家紋なのでしょう?ご存知の方はぜひ教えてくださいませ)



Lord Naoshige said, "The Way of the Samurai is in desperateness.
Ten men or more cannot kill such a man.
武士道とは進んで死地に突入することである(武士道とは死に狂ひなり)
人を殺すのには数十人かかっても手にあまるものである。と直茂公は仰せられた


Common sense will not accomplish great things.
Simply become insane and desperate.
正気では大業はできない。死に狂いの思いで進んで死地に突入することである

"In the Way of the Samurai, if one uses discrimination, he will fall behind.
また、武士道においては善悪、損得などを考えていては、早くも人に遅れをとる。

One needs neither loyalty nor devotion,
but simply to become desperate in the Way.
Loyalty and devotion are of themselves within desperation."
忠も孝も考えずに、死に狂いすることである。
その中に、忠も孝もおのずから備わっているのだ。




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(丸の中が、鶴になっていないヴァージョンも多いのだけど、、この「家紋」も上と同じく実際にあるものなのか、どこのものかもわからないので、ご存知の方はぜひ教えてくださいませ)



A certain person was brought to shame because he did not take revenge.
ある人は、喧嘩で仕返しをしなかったため、恥をかいた

The way of revenge lies in simply forcing ones way
into a place and being cut down.
There is no shame in this.
By thinking that you must complete the job you will run out of time.
仕返しのやり方は、ただ進み踏み込んで切り殺されるまでである。
こうやれば恥にはならないのである。
相手に勝たなければと考えるから間に合わないのである


By considering things like how many men the enemy has, time piles up ;
in the end you will give up.
また、向こうは多勢だなどと言っているうちに時間が経過し、
ついにはやめる話になってしまうのである。


No matter if the enemy has thousands of men,
there is fulfillment in simply standing them off
and being determined to cut them all down,
starting from one end. You will finish the greater part of it.
相手が何千人であろうと、片っ端からなで切りにする覚悟で立ち向かっていけば、
それで仕返しの意図は果たせるのだ。
また大概、それで相手をなで斬りにできるものである。


(この後、泉岳寺で腹を切らなかった、忠臣蔵の討ち入りについてのダメだしwを中略)

Although all things are not to be judged in this manner,
I mention it in the investigation of the Way of the Samurai.
ふつうはこのような批判はしないものであるが、
これも武士道を考える材料となるから言うのである。


When the time comes, there is no moment for reasoning.
And if you have not done your inquiring beforehand,
there is most often shame.
前々から、十分に考えておかなければ、いざというとき、判断することができないから、
たいていの場合、恥をかくのである。


Reading books and listening to people's talk
are for the purpose of prior resolution.
人の話を聞き、ものの本を読むのも、かねがね覚悟を決めて置くためである。

Above all, the Way of the Samurai
should be in being aware that you do not know what is going to happen next,
特に武士道においては、いつどのようなことが起こるかわからないと思って、

and in querying every item day and night.
Victory and defeat are matters of the temporary force of circumstances.
朝に晩に、箇条を立てて考えておかなければならない。勝負は時の運である。

The way of avoiding shame is different. It is simply in death.
Even if it seems certain that you will lose, retaliate.
恥をかかないやりかたはまた別である。死ぬ決心があればよいのである。
たとえその場で負けるとしても、すぐに仕返しすればよいのである。


Neither wisdom nor technique has a place in this.
A real man does not think of victory or defeat.
これには知恵も業も要らない。剛の者と言われるほどの人は、勝敗を考えず、

He plunges recklessly towards an irrational death.
By doing this, you will awaken from your dreams.
脇目もふらず死に向かって進むだけである。
これでもろもろの執着が消えて本来の自己に戻るのである。









The saying of Shida Kichinosuke,
"When there is a choice of either living or dying,
as long as there remains nothing behind to blemish one's reputation,
it is better to live," is a paradox.
このことは、この間も聞いたことであるが、このたびのお話は次のようなものであった。
志田吉之助が「生きても死にても、瑕にも名誉にもならないなら、生きた方がよい」
と言ったのは、裏を言ったものである。


He also said, "When there is a choice of either going or not going,
it is better not to go." A corollary to this would he,
"When there is a choice of either eating or not eating,
it is better not to eat. When there is a choice of either dying or not dying,
it is better to die.''
また「行こうか行くまいかと思うところへは行かないのがよい」とも言ったが、
この続きには「食おうか食うまいかと思うものは食わないのがよい。
死のうか死ぬまいかと思うときは死ぬのがよい」とある。






◎[Amazon]葉隠入門/三島由紀夫
◎[Amazon]対訳 葉隠



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by yomodalite | 2012-05-19 12:39 | マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(2)
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☆葉隠入門/三島由紀夫 ー マイケルと三島由紀夫[1]のつづき

葉隠という本は、武士道論だと思って読むと、意外にそうでもなかったり、現代に生きる普通の社会人にも当てはまるような「処世訓」も多く語られているのですが、

そうではない部分に注目して ... 続けます!





戦争が終わって、平和になったから「軍隊」はいらないと思われた国で、自ら「軍服」を着たひとは、筆を、刀に代えたことに困惑され、

軍隊を、他国へ「輸出」しなくてはいけないほど、戦争を必要とした国で、自ら「軍服」を着たひとは、「顔」にばかり注目され、侮辱され続けた。

日本独自の様式に乗っ取り、流血の中で果てた人と、MJの「LOVE」とは、まったく異なる感覚を受けるひとが多いとは思いますが、、、

でも、MJは、三島よりも、ずっと長く「軍服」を着続けていたと思うので、もしかしたら、三島より「武士道」だった可能性も高いと思うんです。


三島は、自決の年に、防衛に関する意見を求められ、それをテープに録音し、印刷したものは、当時の官房長官と、佐藤総理が目を通し、閣僚会議にも提出する予定でしたが、当時の防衛庁長官の中曽根康弘氏によって妨害され、叶いませんでした。

三島由紀夫の遺言状とも言える、その「政府への建白書」の中で、三島は、外国人に「武士道」を説明するとき

武士道と軍国主義を一緒に扱ったのは、米国の占領政策の1番悪い点で、武士道を概略的に説明すると、武士道と云うものは、セルフ・リスペクトと、セルフ・サクリファイスと、セルフ・レスポンシビリティ、この3つが結びついたものが「武士道」で、この1つが欠けても「武士道」ではない。

もし、セルフ・リスペクトとセルフ・レスポンシビリティだけが結合すれば、下手をすると、ナチスに使われたアウシュビッツの収容所長の様になるかもしれない。

日本の武士道の尊いところは、セルフ・サクリファイスというものがあるからこそ「武士道」なのであって、身を殺して仁をなすというのが「武士道」の非常な特徴である。

だから、侵略主義も軍国主義も「武士道」とは無縁のものだ。ところが、戦後の自衛隊には、セルフ・リスペクトというものが常になかった。

また、セルフ・レスポンシビリティはあるかもしれないが、これも、官僚的セルフ・レスポンシビリティに堕してしまい、セルフ・サクリファイスは、遂に教えられることがなかった。


と述べています。新潮文庫の『葉隠入門』の「解説」を書かれた、田中美代子氏は、

ここで(『葉隠入門』)死をめぐってなされる様々な考察は、単なる道徳書や人生訓の域をこえて、やはり三島由紀夫独自のものであり、運命的な自殺にいたる論理の道筋には、常人のうかがい知れぬ謎めいた要素がつきまとっている。どれほど言葉を尽くしても、彼がなぜそんなにも行動に憧れ、死へのあくことなき渇仰を語るのか、という疑問は、読者の頭をはなれない。

もしかするとそれは結局、三島由紀夫が、生きながら、たえず死を味わうことを強いられる、完璧な芸術家だったからではないのだろうか。日々の制作の途上で、一瞬一瞬死に向かって登りつめ、死の緊張を持続しながら孤独な日々の苦行に耐える、そうした営みがあまりにも強烈な充足感をもっていたとすれば、作品の終結とともに訪れる爾余の現実、生の弛緩と曖昧さは、耐えがたい倦怠と疲労をもたらすものとなったのではないだろうか。


と、書かれていて、「完璧な芸術家」には、大いに賛同しますが、

上記の「建白書」の内容をすべて読むと、三島の最期の行動が、完璧な作品を書き上げた後の「現実」から逃れるためでも、「ナルシシズム」とも無縁で、肉体改造への意欲も、メディアへの露出も、本当に慎重に考え抜かれたものだったということがよく解ります。

また、武士道から「セルフ・サクリファイス」を感じ、その「美学」に殉じようとする人も、日本では、それほどめずらしくないかもしれませんが、三島ほどの高度な知性をもった人が、これに殉じようとするのは、極めて稀なことだと思います。

現在「葉隠」を読むほとんどの人は、死を命ぜられることもなく、多くの文学関係者は、山本常朝の武士としてのニヒリズムを理解することで、それを深く味わおうとしていたり、もしくは、現代にも通じるような普遍的な精神を見いだそうとされているようです。


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常朝の多くの語りのなかで、「常住死身」(じょうじゅう・しにみ)という言葉ほど輝くものはない。これはいざというときに死んでみせるという覚悟ではなくて、その前提にあるのは、いつだって死んでいる覚悟が必要だという意味である。それゆえ例の「武士道というは死ぬ事と見付たり」の文章(語りだが)は、次のように結ばれる。

「毎朝毎夕、改めては死々(しにしに)、常住死身に成りて居る時は、武道に自由を得、一生落度なく家職を仕課(しおお)すべきなり」。(松岡正剛「千夜千冊」より)


下記の、現代語訳と英文は、『対訳 葉隠』より。
一生落度なく家職を仕課(しおお)すべきなりの後の文章も追加して引用



The Way of the Samurai is found in death. When it comes to either/or,
ther is only the quick choice of death.
武士道とは、死ぬことである。
あれかこれか、生か死かの選択をせまられたときは、ただ死ねばよい


It is not particularly difficult. Be determined and advance.
To say that dying without reaching one's aim is to die a dog's death
is the frivolous way of sophisticates.
なにも考えることはない。腹を据えて突き進むだけである。
それを目的を遂げずに死ぬのは、犬死にだなどというのは、
上方風の上品ぶった武士道である


When pressed with the choice of life or death,
it is not neccessary to gain one's aim.
生か死かのせっぱつまったとき、思い通り目的を遂げるようなことはできないことである

We all want to live.
And in large part we make our logic according to what we like.
But not having attained our aim and continuing to live is cowardice.
人間は、生きる方が好きである。多分、好きな方に理屈をつけるだろう。
だが、目的を遂げずに、ただ生きのびたら、腰抜けである


This is a thin dangerous line.
To die wighout gaining one's aim is a dog's death and fanaticism.
But there is no shame in this.
This is the substance of the Way of the Samurai. 

この生き残ろうという考え方ははなはだ危険である。目的を遂げずに死んだら、犬死に、気違い沙汰である。だが、恥にはならない。これが、武士道に堅固な男なのだ

If by setting one's heart right every morning and evening,
one is able to live as though his body were already dead,
he gains freedom in the Way.
His whole life will be wighout blame, and he will succeed in his calling.
毎朝、毎晩、心を振り返り、死を思い死を決し、つねに死に身になっているとき、
武士道に達して欠けることなく、一生の間、落ち度もなく、
武士の務めをはたすことができるのである


(中略)

To hate injustice and stand on righteousness is a difficult thing.
Furthermore, to think that being righteous is the best one can do and to do
one's utmost to be righteous will, on the contrary, bring many mistakes,
The Way is in a higher place then righteousness.
不義を嫌って、正義が立つようにすることは難しい。しかし、正義を立てることを
最上と思い、ひたすらに正義を通すとかえって誤りが多くできるものである。
正義より上に道があるのである


This is very difficult to discover, but it is the highest wisdom.
When seen from this standpoint, things like righteousness are rather shallow.
If one does not understand this on his own, it cannot be known.
このことを会得することは難しい。これは最高の叡智である。
その境地から見るとき、正義なども小さいものである。
この境地は自分自身で覚らない限りわからないことである


There is a method ofgetting to this Way, however, even if
one cannotdiscover it by himself.
This is found in consultation with others.
Even a person who has not attained this Way sees others from the side.
しかし、自分で悟ることができなくても、その境地に到る方法はある。
人と話し合うことである。
たとえ道に至っていない人でも、脇からは他人のことはよく見えるものだ


It is like the saying from the game of go;
"He who sees from the side has eight eyes." the saying,
"Thought by thought we see our own mistakes."also means that the highest
Way is in discussion wigh others. Listening to the old stories
and readig books are for the purpose of sloughing off one's own discrimination
and attaching oneself to that of the ancients.
碁で岡目八目というのと同じである。いろいろな思いに自分の非を知るということも、
話し合いに勝るものではない。話を聞いたり、書物を読んで覚えるのも、
自分の独善的な考えを捨て、古人の優れた考えにならうためである


(引用終了)



常朝の「常住死身」については、朝堂院大覚氏も『マイケルからの伝言』で、

日本人の多くが「武士道は死ぬことと見つけたり」を曲解していたのに、マイケルは、すなわち武士とは、いつ死ぬか分からない、それを日常の心得として、毎日を生きる。いわば生きることの有難さを感謝して生きるという反語なのだということを、自分の生き方に投影していた。

と書かれたように、死を思うことで、生をより生きるというように、マイケルも理解していたと語っていますが、

武士ではなく、死を命ぜられることのない「芸術家」だった、三島とマイケルは、毎朝、毎晩、心を振り返り、死を思い死を決し、つねに死に身になって、完璧な作品を求めて、ついに、その瞬間が訪れた、稀な「芸術家」だったと思います。


☆しんどいですが、、もう少し続きます。
__________________

上記で引用した、三島由紀夫の遺言状とも言える「政府への建白書」は、

私は、終始一貫した憲法改正論者で、それによって、日本を軍国支配するつもりではなく(中略)、日本の防衛問題にとって最も基本的な問題、もっと大きくいえば、日本と西洋社会との問題、日本のカルチャーと、西洋のシヴィライゼーションとの対決の問題、これが、底にひそんでいることをいいたいんだということです。(省略・要約して引用)

で、終わっているのですが、

「戦後の国際戦略の中心にあるものはいうまでもなく核だと思います」から始まり、限定戦争、民族主義、代理戦争、人民戦争理論によるヒューマニズムの利用、大国のコンベンショナル・ウィポンでの戦いが人民戦争理論に負けること、自由諸国のマスコミが共産圏に有利に働くこと、国論分裂が最も民心にアピールする→マスコミの有用な商売材料など、、

1970年に書かれたとは思えないほど、その後の世界を暗示し、日本の現在をも完璧に予言した内容になっていて、『三島由紀夫が復活する』に、全文掲載されています。

この表紙に「抵抗感」がある人も多いかもしれませんが、

本の内容は、三島の「軍隊」のことだけでなく『豊穣の海』の解説本としても、私が読んだ中では「ベスト本」です。天才、小室直樹氏の著作の中では「名著」ではないかもしれませんが、「唯識」についても「ミリンダ王の問い」も「輪廻転生」も、『豊穣の海』を語る上で、キリスト教から、イスラム教や、仏教まで、小室氏ほど、海外の宗教に造詣が深く、天皇についても語れる方はいないので。

☆[3]につづく



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by yomodalite | 2012-05-17 20:53 | マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(0)
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マイケルが『葉隠』を愛読していたということから( 『マイケルからの伝言』)、三島由紀夫の『葉隠入門』のことも考えてみようと思って書き始めたのですが、「葉隠」も「三島由紀夫」も「マイケル・ジャクソン」も、あまりにも誤解が多いうえに、この3つすべてに興味がある方も少ないと思います。

どうか「私のマイケルと違う」と感じた方は、無視してくださいね。

では、、

葉隠は、海外でも何種類か出版されていて、MJが読んだのがどの本なのかわからないのですが、米国Amazonや、Wikipediaの情報から(はっきりわからないのですが、)1979年の William Scott Wilson 訳が1番古く、年代的に、MJが読んだのも William Scott Wilson 訳ではないかと、、、

後日註:MJの書棚の本として認定されているのは「Hagakure : The Book Of The Samurai, by T. Yamamoto」で、この書名検索で出てくる本は、やはりWilliam Scott Wilson 訳なので、日本MJファンが読むべき「葉隠」としては、下記の『対訳 葉隠』がもっともお奨めで、三島ー Wilson ー MJ の流れも、私の妄想だけではないと思います。

◎Hagakure(Wikipedia)
◎Hagakure(Amazon.com)

William Scott Wilsonの『対訳 葉隠』のまえがきによれば、

私が本書に興味を抱いたのは、カリフォルニアのモントレーで日本語を勉強していた1972年のことである。私が三島由紀夫を作品を愛読しているのを知った日本の友人が、それなら『葉隠』も面白いはずだと勧めてくれた。数週間後、三島由紀夫の『葉隠入門』を含む数種類の版を日本から取り寄せると、、(引用終了)

とあるように、三島由紀夫が「きっかけ」だったようです。(三島由紀夫の『葉隠入門』も1977年に Kathryn Sparling によって翻訳出版されている)


松岡正剛氏は、「千夜千冊」で、三島の『葉隠入門』について、

三島の生き方と『葉隠』に何が書いてあるかということは、必ずしもぴったりは重ならない。ところどころは、逆向きになっているところさえあった。

三島だけではなく、多くの者が『葉隠』を本格的な武芸書と勘違いしてきた。

「武士道というは死ぬ事と見付たり」や「武士たる者は死に狂ひの覚悟が肝要なり」に最大絶無のメッセージがあると思いこみすぎていて、その部分の拡大解釈ばかりが強調されることが多い。三島も「死に狂ひ」の言葉から「正しい狂気というものがあるものなのだ」と書いた。(引用終了)


と書かれていて、

三島の『葉隠入門』が「武士たる者は死に狂ひの覚悟が肝要なり」ということを第一に、人々を狂気に駆り立てるような「煽動」を目的に解説していると思われそうなんですが、三島の生き方と「逆向き」かどうかということを置いても、ここで、松岡氏が『葉隠』について語っている、

『葉隠』は武士道の心得や心掛けを語っているのはむろんだが、どうもそれ以外のことをいろいろ書いてもいて、われわれがすっかり忘れてしまいそうになっていることを暗示しているのである。

とか、

常朝は「忍恋」ということを頻りに重視した。そう、恋である。しかも「忍ぶ恋」だ。三島由紀夫はほとんどそのことにふれていないのだけれど...

ということはなく、三島も暗示しているし、触れてもいるんですよね。

おそらく、松岡氏は、三島の最期の行動への嫌悪感から、その行動と『葉隠』が言わんとしていることは違うと言いたいのだと思います。 『日本という方法』 という素晴らしい日本文化論を書かれた松岡氏には、日本の素晴らしさはよく見えていても、三島が感じていた、日本と西洋との違いや、西洋に侵蝕されたことによる「日本文化」への危機感は、あまり感じられなかったからでしょう。


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わたしが、松岡氏と同じぐらい尊敬している町山智浩氏も、最近、三島の『葉隠入門』を薦めていました。

☆ “通過儀礼” について、島田裕巳『映画は父を殺すためにある』5:30~
◎タマフル 町山智浩推薦図書① 2012年3月31日

☆『葉隠入門』については、6:30~
◎タマフル 町山智浩推薦図書② 2012年3月31日

町山氏は、

欧米には「通過儀礼」をテーマにしたストーリーが無数にあり、アメリカ映画は、まさに「父を殺すためにある」と語り、また、人がヒーローになる瞬間とは、自分のことばかりを考えていた状態から、誰かのために生きることを決断した瞬間であり、葉隠の「武士道とは死ぬことと見つけたり」と言うのは、

二者択一の選択肢というのは「自分の責任」か「他人の責任」かの選択で、そのときに、必ず身を捨てて「自分の責任」の方を選択するということで、それは「頭のいい」選択ではないけれど、誰も「卑怯者」とは言わない! それが「武士」の選択すべき道である。


と力説されていて、三島も本書で同様に述べています。

でも、アメリカ映画の多くのストーリーの基本である「通過儀礼」や、ヒーロー物語を、町山氏がアメリカ映画を観る際に重要なことだと、力説しなくてはいけないのは、現代の日本に、それがまったくないからですよね。

三島由紀夫という芸術家の自決は、

・武士がいかに主君に仕えるかという処世訓である『葉隠』を巧妙に利用し、
・芸術とは真逆と思える「軍隊」のスタイルをもち、
・昭和天皇批判という「父殺し」を孕んでいる

それは、日本の方法論について深く考えてこられた松岡氏にとっても、天皇神話の国に永年暮らし、民族として「父殺し」を経験して来なかった多くの日本人にとっても、遺伝子レベルでの「違和感」が感じられるのだと思います。

でも、三島の批判は、昭和天皇の「人間宣言」であって、

むしろ、天皇神話を基本とする「日本の方法」を守るために『葉隠』を利用したんですよね。。。

日本は「父殺し」をしない反面、「自らの死」を、西洋のように怖がらず、身近に接してきた。しかし、その「殉死」の精神は「西洋」によって蝕まれ、それでも依然として「父殺し」は出来ない。そうなると「奴隷化」が決定したも同然で「自由」は完全に奪われることになる。

三島由紀夫は、その類いまれな論理的知性と「芸術家としての感性」で、それがわかったにも関わらず、その表現としては、まったく相容れないような「軍隊」を纏ったことにより、戦争で「自由」を奪われていた記憶がまだ生々しい当時の「文化人」には、嫌悪感の方が先立ち、意義が理解されなかった。


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本書の「葉隠の読み方」から引用します。

「葉隠」がかつて読まれたのは、戦争中の死の季節においてであった。現在「葉隠」が読まれるとすれば、どういう観点から読まれるかわたしにはわからない。若い人は観念的に死を夢み、中年以上の人は暇があればあるほどガンの恐怖におびえている。

日本人は、死をいつも生活の裏側にひしひしと意識していた国民であった。しかし、日本人の死の観念は明るく直線的で、その点、外国人の考えるいまわしい、恐るべき死の姿とは違っている。中世ヨーロッパにおける大きな鎌を持った死神の姿は、日本人の脳裏にはなかった。

われわれは西洋から、あらゆる生の哲学を学んだ。しかし生の哲学だけでは、われわれは最終的に満足することはできなかった。また、仏教の教えるような輪廻転生の永久に生へまたかえってくるような、やりきれない罪に汚染された哲学をも、われわれは親しく自分のものとすることができなかった。(引用終了)




三島の自決の意義を「三島独自の死への美学」としか理解できなかったために、現在の日本は、欧米の「通過儀礼」も「父殺し」も「神」もなく、「葉隠」で武士が必ず選択すべきとした「自分の責任の方をとる」という方法を「頭が悪い」と忌み嫌うようになり、責任者が、誰も責任をとらない国になりました。

武士道が、新渡戸稲造により“思想書”となったように、三島がこれを書いた1967年よりも、現代の方がより『葉隠』を“思想書”として、読むべき時代なのではないかと思う。

また、まったく共通点がないように見える、三島由紀夫とマイケルですが、

私が共通していると思うのは、ふたりとも「芸術家」として、自らの意志で「軍服」を着て、

三島は平和になった日本のために、

マイケルは子供のために、

共に命令されることのない「主体」のために、闘うことを「表現」したということです。


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Michael Jackson to San Sebastian(←コメント欄参照)



矢が刺さっていても、まったく痛くないんだという点が、MJの「聖セバスチャン」の解釈なのかな。それで、羽根もあると....

☆[2]につづく



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by yomodalite | 2012-05-16 09:19 | マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(25)
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ー 何人たるを問わず、余の伝記をものにせんとする者を、神よ、罰したまえ ー

上記は、大変なメモ魔だった、バリの晩年のメモに遺されていたもの。著者は、古代エジプトのファラオの墓に彫り込まれた呪いにも似た、この警告に恐れをなし、本書を伝記でないと断り、また、バリの作品の評論でもなければ、彼の心理の分析でもない。登場人物自身の言葉で語られ、自身の姿で描かれた、一つの愛の物語であり、

さらにまた、これはドキュメンタリーとして書かれているが、自分がBBCテレビのために書いた同名のドラマとも違っていて、本書では、編集者の役割に徹し、書簡、日記、メモ、面接取材、写真、それにバリ自身の作品などの資料に、事実をあるがままに語らせ、個人的見解はできる限り排除したつもりである。

と「序文」で語っています。


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(Andrew Birkin。監督作「THE CEMENT GARDEN」の主演で、姪でもあるシャルロット・ゲインズブールと)



また、特に大きな助力を受けた協力者として、協同研究者のシャロン・グードと、彼女がその所在をつきとめた、バリの養子となった5人の兄弟の末っ子、ニコラス・リューイン・ディヴィス(通称ニコ)を挙げ、家族全員のものである手紙や書類の版権の所有者として、出版に同意し、原稿を詳細に吟味したニコの協力について、

送りつけた原稿に対し、「やや正確さを欠くと思われる若干の点についての意見」を別便で送るが、そう重大なことではないから無視してもいいということだったのに、送られてきた「次の便」は、50枚近い便箋にびっしり書き込まれたもので、それは、すべて、事実に関する原稿の誤りを訂正するものだった...

という、素敵なエピソードからも、本書を「マイケルの愛読書」に断定しました。

☆[追記]このあと調べたところ、リストにあったことが判明。
http://www.mjjcommunity.com/


バリの研究本は、英国、アメリカともにたくさん出版されていますが、バリが「マイ・ボーイズ」と呼んだ5人の兄弟の1人が深く関わり、第一級の資料が満載の本を、MJが読んでいないわけがないですからね(原著の出版年は「Off The Wall」発売の1979年)

上記で「BBCテレビのために書いた同名のドラマ」と言っているのは、1978年にBBCで放映された「The Lost Boys」という1回90分の3回連続ドラマで、大変な評判になり、多くの賞を受賞したもの。著者のアンドリュー・バーキンは、1968年に『2001年宇宙の旅』に助監督として関わり、その後も脚本家、映画監督として活躍され『薔薇の名前』の脚本家として有名な方。また、あのジェーン・バーキンは1つ年下の妹だそうです。


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Michael Llewelyn Davies age 9



とにかく『小さな白い鳥』を読んで以来、バリに夢中で、本書でもバリの作品タイトルが登場するたびに、読みたくなるのですが、日本で出版されているのは「ピーターパン」ぐらいで、、

◎Andrew Birkin's site about Barrie and the Davies family

上記のサイトを眺めたり、バリの有名なスピーチの原文を探して、でもこれを訳すなんて何年かかるかわからない ... と、途方に暮れていたんですが、本書を読んでいる間は『小さな白い鳥』読了後に見舞われた「バリ禁断症状」が和らぎました。

後日追記:バリのスピーチ、初めての翻訳です!

といっても『小さな白い鳥』と異なり、こちらは「おとぎ話」ではなく、現実の少年たちが、大人になり、ひとり、また、ひとりと亡くなっていくような、あまり楽しい話ではありません。5人の少年たちは、バリの成功と「ピーターパン」の人気により、少年時から、当時の新聞によって、一々、ピーターパンと結びつけられて報道され、そのことによる苦しみなども本書には著されています。

また、少年たちは、幼い頃可愛かっただけでなく、青年時もそれぞれ優秀で、全員が「人気者」。なかでも、バリが特に愛したと言われている、長男ジョージと、4男マイケルは、優秀な子弟が集まるイートン校でも目だつほど「天才」で「ハンサム」な青年でした。

◎Llewelyn Davies boys

バリの性的な能力に関する論議は、1970年以降から盛んになったようです。そういえば、そういったことに限らず、新たな病気を発見しては、患者を増やしたり、新たな罪を創っては、罪人を増やすということも、その頃から始まっているような.... ク☆ガキよりも、ずっとたちの悪い、ろくでもない大人が増えたからでしょうか。

私は、MJのことを性的異常だと思ったことはまったくなかったものの「ネバーランド」や「ピーターパン」好きに関して、以前は、そんなにイイ感情を持っていませんでした。でも、それは、自分がこどもだったからなんだと、今になって、しみじみ思う。


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Michael Llewelyn Davies age 2



こどものままでいたいと思う、こどもは1人もいないし、こどもの素晴らしさがわかるのは、大人だけだから。。大人になっても「道徳」とか「規範」でしか、物事を考えられないのは、出来の悪い大人でしかない。。

3男のピーターは、その名前からも「ピーターパン」の高名により最も苦しんだと思われるのですが、バリの些か愛情が溢れ過ぎともいえるジョージとマイケルへの手紙について、

手紙には、バリがジョージとマイケルに抱いていた愛情の、異様な性格がよくあらわれていると思う。少しばかり父性的で非常に母性的、そしてやはり非常に恋人的な愛情だ。批判するのは何でもないが、この奇妙な愛情がジョージに何らかの害を与えたとも、与えたかもしれないとも、私は思わない。と意見し、

前述の本書の協力者でもあるニコ氏の言葉は、序文の締めの言葉になっている。

私の知るすべての人のなかで、バリほど機知に富み、一緒にいて楽しい人はいなかった。彼はセックスにはまったく何の関心も示さなかった。彼は素敵な人だった。彼には何の邪気もなかった。だから彼は『ピーター・パン』を書くことができたのだ。



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Michael Llewelyn Davies age 6



本書には、バカな大人には異常と思えるほど、5人の息子たちを愛した、バリの実際の手紙や、息子たちの返事、証言、その他、バリが折々に語ったユーモア溢れる言葉の数々が納められていて、ニコ氏が言うように、バリが本当に素敵な人だったことがよくわかる。

その後、5人を襲った悲劇は普通とはいえないかもしれない。でも、これは、よくある「おとぎ話」の裏にあった現実というような、つまらない話ではなくて、幼い頃、兄を亡くし、そのことで心に深い傷を負った母親、上手く行かなかった結婚、成長し、ケンジントン公園からも、この世からも旅立ってしまった息子たち.... 

さまざまな「失われていく」悲しみに立ち向かって、類いまれな想像力の翼で人生を生きた、バリ自身の「ものすごく素敵な話」だと思いました。

最後に、翻訳者の鈴木氏による「訳者まえがき」から、

「The Lost Boys」という語は、バリに慈しまれながら、1人また1人と離れて ー 失われて(ロスト) ー いったディヴィス家の五少年に、劇の『ピーター・パン』で活躍するネバーランドの少年たちを意味する「迷い子たち(ロスト・ボーイズ)」を重ねたものである。


年齢に関係なく、ユーモアを愛する大人の方に...

◎ロスト・ボーイズ ー J・M・バリとピーターパン誕生の物語(アマゾン)

[ロスト・ボーイズ原著]
◎J.M. Barrie & The Lost Boys :
The Love Story that Gave Birth to Peter Pan[Hardcover]/Andrew Birkin

◎J. M. Barrie and the Lost Boys:
The Real Story Behind Peter Pan[Paperback]/Andrew Birkin


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Michael Llewelyn Davies age 6



☆下記は、私のメモ。未読の方は、読了後の参照をお薦めします。


[バリ作品メモ]

◎『センチメンタル・トミー』
主人公のモデルはバリ自身と思われる。バリの母は、この作品を気に入っていた。

◎『マーガレット・オギルヴィ』
『センチメンタル・トミー』の序文とするために書きはじめられた、バリの母の話は、次第に長くなって1冊の本になった。バリの母の死の翌年、1896年末に公刊。無名の女性にまつわる回想で、その女性を語ることで、著者自身もさらけ出すという、当時の文学界では例を見ない作品。旋風のように読書大衆の想像力を捉えたが、批評家は、プライバシーの侵害に不快感を表明し、バリの家族からも非難された。バーキン氏は、バリが生涯を通じて描き続けた「失われた喜びの国へのあこがれ」が、自分の少年時代への後ろ向きの回帰現象でなかったと書いている。

◎『小牧師』
批評家の評価はよくなかったものの、公演は大成功だった。

◎『トミーとグリゼル』
物語は『センチメンタル・トミー』の終幕から始まる。トミーは流行作家で、社交界の寵児となり、少年時代の友グリゼルは、大人の情熱を身につけた成熟した女性になっているが、トミーの心情は少年時代のまま。迷いながらも、グリゼルと結婚したトミーは、その感情の行き違いに悩む。前編である『センチメンタル・トミー』の出版から3年をかけた、この長編は、トミーが背中に背負った荷物が釘に引っ掛かり、登ろうとした塀から滑り落ちたトミーは、首を吊ったかたちで変死するという唐突な結末だった。批評家の評価は非常に高かったが、全編を通じて病的かつ悲痛な雰囲気がある。

◎『おい、ブルータス』
「ときどきだが、私の文学的努力の結果がマイケルの気に入ることがある。彼が『おい、ブルータス』を読み終えて、そう悪くはないというコメントつきで原稿を返して寄越した日、私は天にも昇る心地だった」

バーディ われわれの人生をかたちづくるのは、偶然なんかじゃありませんよ。
ジョアンナ そうね。運命が決めるんだわ。
バーディ いや、運命でもありませんよ、ジョアンナさん。運命とはわれわれの外にあるものです。本当にわれわれの行為を決定するものは、われわれ自身のなかにあります。われわれを駆り立てて、同じ種類の愚行を重ねるもの、どんなに数多くの機会を得ても同じことをさせるもの......、われわれが生まれつき持っているものです。シェイクスピアにはちゃんとわかっていたのです。

われわれが下積みなのは、
おい、ブルータス、
われわれの星のせいじゃない。
われわれを左右するものは、
われわれ自身のなかにあるんだ


◎バリの演説『勇気(Courage)』
1922年5月3日にセント・アンドリュース大学の名誉総長に選ばれたときのスピーチ。バリのスピーチの中で最高のものとされている。

◎『ジュリー・ローガン嬢への挽歌』
『小さな白い鳥』から30年後に出版された最後の小説(「ピーターパン写真集」鈴木氏の文より)


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「Boy Castaway」George, Jack, Peter


Llewelyn Davies boy

◎George (1893 - 1915)
積極的だったジョージは、自らすすんでバリに近づいた。バリは際限もなくおもしろい話を聞かせてくれた翌日、ひと言も口を聞いてくれないこともあったが、ジョージは、子どもらしい自己中心的な考えで、相手の態度で傷つくことはなく、バリにとって「これほど小癪な子は見たことがない」というような小生意気なところが魅力だったらしい。また、イートン校の同級生は「彼のように万事に頭角をあらわすような生徒であって、自惚れの気がない者はめずらしく、人を惹き付ける話術と、ユーモアのセンスが抜群だった」と語っている。

◎John 'Jack' (1894 - 1959)
ジョンと名づけられたが、すぐに愛称ジャックと呼ばれるようになる。本書の中では地味な印象だが、兄弟の中で最も早く結婚し、2人の子どもは、シルヴィア(母の名)、ティモシー(バリの幻の息子)と名づけている。

◎Peter (1897 - 1960)
ピーターという名前は母シルヴィアの亡父で高名な作家、ジョージ・ド・モーリアの作品「ピーター・イベットソン」から名づけられ、バリの愛犬ポーソスの名は、この作品に登場するセントバーナード犬からもらったものだった。ピーターは1945年、1874〜1915年の間の家族関係の手紙や書類を集め、自分のコメントそえて6巻にまとめ、これを皮肉を込めて「モルグ(死体公示所)」と呼んだ。本書には、この資料から多くの証言が集録されている。ピーターという名前に翻弄され「あのいまいましい傑作」と称したものの、出版社を経営し、自分の次男もピーターと名づけている(長男はジョージ[兄の名前])

◎Michael (1900 - 1921)
ジョージ、ジャック、ピーターは、バリに会ったときから「少年」だったが、マイケルは、はじめて出産に関与することが出来たことで、その登場は、バリにとって、格別新鮮な体験だった。5歳のころのマイケルは、ジョージやジャックと違って、他の子がサンタクロースを信じるように、ピーターパンは本当にいると信じて成長した。彼は、バリがピーターの劇を書いたことも、ピーターを演じているのが「女優」だということをわかっていたが、ほかに、本当のピーターパンがいて、ときどきブラックレイクにあらわれるのだと思い込んでいて、しばしば、悪夢に悩まされた。マイケルはウィルキンソン学校でも常に主席で、ニコは、5人の中でマイケルが一番頭が良く、兄のピーターは「生まれたときから本物の詩人」の素質を持っていたと語り、イートン校の同窓で、その後オックスフォード大学でも親しくし、のちに「ロード」の称号を得たブースビーは、マイケルは私が交際した中でもっとも際立った存在だった。同世代で天才と言えるのも彼1人だったと証言。

◎Nicholas 'Nico' (1903 - 1980)
ウィルキンソン学校の同級生の談話「ウィルキンソンで、もっとも華々しかったのは、ニコだった。知力が高いとか、ゲームの腕前と言うよりも、往々にして1人の幼い少年を大勢の中で一際目だたせる、強い牽引力をもっていた」兄のマイケルは、ホームシックにかかった自分と異なり、イートン校でのニコのことを、先生にぼくもニコのようだったらいいのにと言われ、学寮の象徴だそうだ。と証言している。



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by yomodalite | 2012-02-23 13:40 | マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(0)
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☆Rubberhead Club 会員連絡「ピーターパン」はじめました!

暗記するぐらい読まなくてはならない『ピーターパン』なんですが、実はわたし、子どもの頃も、大人になってからも『ピーターパン』を一度も読んだこともなくて、、でも、とにかく「小さなことからコツコツと(by : 西川師匠)」始めようと、読むべき『ピーターパン』を探してみたところ、こちらが見つかりました。

本書について「訳者まえがき」から、要約して引用します。

永遠の少年「ピーターパン」を主人公とするジェイムズ・M・バリの作品は、主要な3つが公刊されている。

①『ケンジントン公園のピーター・パン』(公園のピーター)
②『ピーターとウェンディ』(劇のピーター)
③『ピーター・パン』(劇のピーター)


②は1921年の「Peater Pan and Wendy」と改題されたが、1987年の著作権が消滅してからは単に「Peater Pan」という標題で出版されるのが普通になっている。

③は〈ト書き〉とセリフから成る台本の形をとっている。ただし、6千語におよぶ長い序文が添えられ、全体としては台本というより読まれるための戯曲という感じになっている。

三者はそれぞれ独立した作品ではなく、共通するのは「ピーター・パン」という主人公の名前と、年をとらないという点で、身体的特徴も行動の形態も全く別人のそれと言える。

②と③は、1枚のコインの両面で、②は1904年初演の劇『ピーター・パン』を物語の形に改めたもので、③は再演のたびに手直しされ完成の域に達したとバリ自身が認めた1927年上演の同じ劇『ピーター・パン』の決定版を戯曲の形で出版したものである。

②が初演から7年も経って書かれたのは『ピーター・パン』が、演劇関係者が驚くほどの大当たりをとり、一儲けを企む群小出版社による俗悪な作品が大量に売り出されたため、原作者自身の手による本格的な物語を発表することになった。

①は、1902年に出版され、本書『小さな白い鳥』(The Little White Bird)の一部として書かれたものである。ピーター・パンというキャラクターは『小さな白い鳥』という作品の中で、3分の1にあたる一連のエピソードの主役として活躍するが、決して全編の主人公ではない。

『小さな白い鳥』は、小説家としてのバリの最後の作品であると同時に最高の傑作でもある。人間性への透徹した洞察とそれを包み込む温かい愛情、そしてその甘さを適度に抑える軽妙な皮肉とその鋭さを和らげるユーモアなど、すべてがバリの到達した円熟の境地を示している。

しかし、その高度に洗練された文学の妙味を十分に味わい得る読者の層はあまり厚くはなく、出版後数年間で5万5千部という売行きは、今世紀初頭のものとしては第一級のベストセラーではあったが、人気作家バリの新作としては比較的冷静な一般の反応だった。

ところが、その発表から2年後に初演された『ピーター・パン』は爆発的な人気で迎えられた。この人気を利用しようと考えた出版社が(バリの同意のうえ)『小さな白い鳥』からピーター・パンの登場する6つの章だけを抜粋し、出版した。

これが①が世に現われるに至った真相である。

今日、我が国では青少年から成人に至るまで広い範囲の人々の精神的・心理的諸問題に関して「ピーター・パン症候群」といった恣意的な概念による説明が試みられるなど、原作者の意図とは遠く離れたところで「ピーター・パン」への関心が高まっているように見られる。

しかし「ピーター・パン」の真の姿を知るためには「劇のピーター」よりも先に「公園のピーター」を知ることが必要であり「公園のピーター」を正しく理解するためには『小さな白い鳥』全体との関係においてこれを読むのが正しい態度ではなかろうか。

(引用終了)


本書を最初に手にしたときは、表紙の絵も好みの範疇とは異なるうえに、その厚さにも重みを感じた私ですが、読み始めると、ジェイムズ・M・バリの熱心な研究家である鈴木重敏氏の翻訳が本当にスムーズで、実際のバリの文体を感じさせるような、魅惑的な文章に夢中になり、

これまでの「ピーター・パン」のイメージを完全に覆され、ファンタジーとか、メルヘンとか、おとぎ話が、全然好きではないにも関わらず、冒頭からワクワクし、何度も笑えるほど、楽しく読むことができ、訳者の「まえがき」にある

人間性への透徹した洞察とそれを包み込む温かい愛情、そして、その甘さを適度に抑える軽妙な皮肉とその鋭さを和らげるユーモアなど、すべてがバリの到達した円熟の境地で、その高度に洗練された文学の妙味....

にも完全に同意。これほど完璧な物語を読んだのは、人生で初めてのような気がします!(私の記憶を信頼したことは、私自身はほとんどありませんが....)

ピーターは、厚さ4センチほどの本書を半分読み終えても、まだ登場しませんし、主人公は元軍人の中年男性で、会員である紳士クラブでは「意地っ張りのオールド・ミス」と呼ばれるような偏屈で皮肉屋の男性。

でも、その中年男性が、紳士クラブから、ケンジントン・クラブ(ケンジントン公園)へと、社交場を変化させていく過程は、わたしが「ネバーランド」にたどり着くためにも、絶対に必要な物語で、ジョニー・デップ主演の映画『ネバーランド』で彼が演じたバリよりも、遥かにステキな(「Rubbers」的な意味で)著者の姿も見えてきました!

そんなわけで、マイケルがバリを熱心に研究していたことをよくご存知の、Rubberhead Club 関係者にとって「Must Read」は言うまでもないと思いますが、忙しい会員に、さらに「しつこく」奨めるために、バリのお茶目なおとぼけぶりが伝わる、

不思議な「序文」も引用しておきます。

(これは1930年の全集刊行時に書かれたもの。バリは自作を解説することをとことん拒否し続けた作家で....)


「序」 ジェイムズ・M・バリ

大戦が始まって2ヵ月、私はアメリカを訪れた。ニューヨーク・タイムズがインタヴューを申し入れてきたが、私は断った。

ところが、それでもインタヴューの記事が同誌に掲載された。執事のブラウンが私に代わってインタヴューを受け、私や私の日常生活について、いろんなことを喋ったことになっている。もちろん署名はなかったが、私は今に至るまで、自分で書いたのかも知れないと思っている。

とにかくブラウンが話したことになっているのだが、それによると私は、当時まだ中立を守っていたアメリカのウィルソン大統領の要望に背くまいと、非常に気を遣っていたことが分かる。私はブラウンに命じて、戦争そのものに関してはもちろん、それ以外のあらゆる面でも厳正な中立を守らせたようだ。

例えば食べる物にしても、今日牡蠣を注文すれば明日は蛤にする、といった具合で一切の偏向を避けさせたし、ニューヨークの摩天楼を見ても、ある1つが他の1つよりも高いなどとは、口が裂けても言わせなかった。

ブロードウェイを通るにしても、左右どちらの歩道の肩を持つと思われても困るので、危険は承知の上で道の真ん中を歩かせたほどだった。

ブラウンは、また、私が自分の作品を、それが出版されるや否やすっかり忘れてしまう、というようなことも話したらしい。全く酷いやつだ、客が来ると分かっているとき、話題が自分の作品に及ぶ場合に備えて、私は最近の自作を大急ぎで読み返すことがある ー その現場を見たことも1度や2度ではない ー そんなことまで彼は証言している。

この最後の点に関しては、ブラウンの話も満更作り話ではないと認めねばなるまい。なぜなら、主イエス・キリストの御降誕紀元1930年というこの年、私はこの『小さな白い鳥』に関しては、どんな質問を受けることも拒絶せざると得ないからだ。私が覚えているのはただ1つ、それが他人を脅迫した結果の、自業自得の産物だということだけだ。

それまで一度も本を書いたことの無いある女性が、ずっとまえからこの題名で本を書こうと考えていた、と私に話したのだ。私はその女性を励ますつもりで、貴女が書かなければ私が書きますぞ、と脅したのだが、結局はその脅しを実行する破目に陥ってしまった。

こんな事情で本を書いたことなど、この他には一度も無い。だがひょっとすると、だれでも同じようなことをしているのかも知れない。



◎小さな白い鳥(アマゾン)

◎ジェイムズ・M・バリ《ジェームス・マシュー・バリー》(ウィキペディア)
◎ネバーランド《映画》(ウィキペディア)

[参考記事]
◎松岡正剛の千夜千冊『ピーターパンとウェンディ』


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by yomodalite | 2012-01-19 12:34 | マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(21)
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☆[2]のつづき

本書の紹介を続けます(省略して紹介しています)


エルサレムの靴直し「偏見のない人」

私はイエスという男を好いていたわけではなく、また嫌っていたわけでもない。あの男の説教を聞いていたのは、その言葉よりも、その声が音楽的で美しいと思ったためだ。彼の声は耳に心地よかった。

あの男が言ったことはすべて、私にはうすぼんやりとしかわからなかった。しかし、彼の声の音楽的な響きは、はっきりと聞き取ることができた。

もしあの男が何を教えているのかを私に教えてくれる人がいなかったならば、本当にあの男がユダヤに味方しているのか敵対しているのかさえ、私にはわからなかったろう。


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ユダの母キボレア

私の息子は品行方正で善良な子だった。私には親切で優しかったし、親族や同郷の者たちにも愛情深かった。あの子は私たちの敵、紫の衣をまとう忌まわしいローマ人を憎悪していた。

息子は17歳のとき、私たちの葡萄園を踏みにじって行軍していたローマ兵士に矢を射たせいで、捕虜された。あの子は私の子、唯一の息子だ。

あの子は、今や干涸びたこの胸から乳を飲んだ。今や震える葦のようにか細くなってしまった私の手の指を握りしめながら、あの子はこの家の庭で初めて歩いた。

私はあの子が自裁して果てたと聞かされた。あの子は、友人のナザレ人イエスを裏切ったという自責に駆られて、レバノンの岩山から身投げしたという。あの子が亡くなったのを知っている。だが、あの子が誰を裏切ったわけでもないことを知っている。なぜならあの子が憎んだのは、ただローマ人だけで、ユダヤの同胞をあの子は深く愛していたからだ。

通りであの子はイエスに出会い、この家を出て、彼に従って行った。そのとき私の心は、あの子が誰かに従うのは間違っていると思っていた。あの子が別れを告げたとき、私はあの子の判断が間違っていると指摘したが、あの子はそれを聞き入れようとはしなかった。

どうか私にこれ以上、息子のことを訊ねるのはおよしください。
私はあの子を愛していたし、これからもずっと愛するだろう。

私はもうこれ以上語りたくない。ユダの母親よりはるかに尊敬されている、別の女のところに聞きに行くがよい。イエスの母親のところに行くが良い。彼女の心にもまた剣があるだろう。

彼女はあなたがたに私の話もするだろう。それで私の言いたいこともわかるだろう。


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最後に、
マグダラのマリアが、イエスの死から30年後に語ったこと。



マグダラのマリア(30年後)「霊の復活について」

いま一度私は語りましょう、死にあってイエスは死を征服したと。墓から蘇り、霊と力をもって復活したと。あの方は私たちの孤独を歩き、私たちの情熱の庭を訪れました。

あなた方があの方を信じていないのを知っています。私もかつてそうでした。信じないあなた方は大勢います。でも、その数はこれからどんどん減っていくでしょう。

言葉を見つけるために、リラや堅琴を壊さないといけないものでしょうか。
果実がなると確信するまえに、樹木を切り倒さないといけないものでしょうか。

あなた方がイエスを嫌うのは、北国出身の誰かがあの方を神の子であると言ったからです。しかし、あなた方はそれぞれが己を誇り、隣人とは兄弟になどなれないと思っているために憎み合っています。

あの方が処女から生まれ、人の種でないと言う者がいるから、あなた方はあの方を嫌います。しかし、あなた方は、墓に赴いた母たちの処女性を知らない。

自らの渇きに咽びながらも、墓地に下りて行った男たちのことも知らない。

大地が太陽と結婚していることをあなた方は知らない。その大地が私たちを山に遣わし、砂漠へと赴かせるのだということをあなた方は知らない。

あの方を愛する者たちとあの方を憎む者たちの間には、そして、あの方を信じる者たちと、あの方を信じない者たちの間には、大きな深淵が口を開けています。

しかし、やがて年月がその隔たりを埋め、あなた方は私たちとともに生きたあの方が不死であることを知るでしょう。

私たちもまた神の子であるのとちょうど同じように、あの方が神の子であることを知るでしょう。あの方が処女から生まれたのは、私たちが夫のない大地から生まれたのと同様に真実です。

不信者たちは大地から、その乳房を吸うために根を与えられず、高く飛ぶための翼を与えられず、この世界を満たす愛の滴を飲むこともできず、満たされることもない ー たいそう奇妙なことではありませんか。

しかし、私は自分が知っていることを知っています。それだけで充分なのです。


(引用終了)


なんとなくですが、私は、この本を読んでいるうちに、神を信じることが、
宗教でなくてもいいのではないかと思いました。



◎『人の子イエス』カリール・ジブラーン(アマゾン)
◎全国図書館蔵書検索サイト「カーリル」




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by yomodalite | 2011-12-25 12:09 | マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(5)
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Khalil Gibran



☆人の子イエス/カリール・ジブラーン (著)、小森健太朗 (翻訳) [1]のつづき

凡庸な伝記にありがちな「光と影」という描き方では、光が射し込む窓が、まるで1つしかないようなものが多く、凡庸なライターは、それを「二面性」と表現することにも躊躇しない。裏や表などという、そんな薄っぺらい人間などいるわけがないのに。。

でも、画家でもあるジブランは、光も影も多彩であることをよく知っていて、人が多面体であることがよくわかっている。洗礼者ヨハネ、マグダラのマリア、イエスの弟子ルカ....等々、さまざまな人物がイエスについて語っていて、

同じ人物が、人によってまったく異なるように見えていること、見る人の眼によって、見える顔は違うのだということが、カタログのようになっている点も興味深く、

また、ジブランは1883年生まれで『人の子イエス』は、1928年に出版されたものなんですが、ここで、イエスについて語っている人々は、現在とまったく変わらないようにも、私には見えました。

さまざまな人の中には、イエスを救世主として考えていない人や、批判者も多く含まれていますし、ルカやマタイといった福音書の語り手が、どう語っているかは、実際に本書で読んで頂きたい.....など色々迷った結果、下記に少しだけ紹介します。(かなり省略して引用してあります)


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Self Portrait and Muse, 1911



ナタニエル(イエスの使徒の一人)「イエスは柔和にあらず」

人々は、ナザレ人のイエスが柔和で謙虚だったと言う。人々が言うところでは、イエスは正しい義の人で弱者だったのに、しばしば力をもった強者と取り違えられているという。拘束されて衛兵たちの前に引き出されたとき、イエスは狼の群れに投げ込まれた羊にすぎなかったと人々は言う。

しかし、私は、イエスが人々に対して権威と力を持っていたと言おう。

従順で柔和な者が「我生命にして真実に到る道なり」と言うだろうか。
検挙で控えめな者が「我、父なる神の内にあり。父なる神、わが内にあり」と言うだろうか。

自らの力を自覚していない者が「我を信じざる者、この生命を信じず、永遠なる生命をも信じず」と言うだろうか。

心が貧しく思慮に乏しい者たちが、イエスのことを柔和で謙虚だと言うのを聞くたびに、私は胸がむかつき、腸が煮えくり返りそうになる。彼らは自らの弱さと貧しさをイエスに投影して、自らを正当化しようとしているにすぎない。

虐げられた者たちが、慰めを授ける仲間として、イエスを語るとき、そのイエスはまるで道ばたで日に炙られている虫けらのようだ。


そう、そのような者たちに、私は心底うんざりしている。私が認めるイエスは、強大な人であり、難攻不落の聳え立つ霊に他ならない。



イエスの信徒ダビデ「実際的なイエス」

あの方が語った説教やたとえ話の意味がわかったのは、あの方がもはやおられなくなってからでした。いやそれどころか、あの方の言葉が私の眼前で形をなし、体となって私が歩く道を歩くようになるまで、私はあの方が語ったことを理解しませんでした。

このことを私に話させてください。ある晩、私は机に向かって坐り黙考に耽りながら、あの方の言行を思い出して、それを記録に書き留めようとしていました。そのとき私の家に何人かの泥棒が侵入しました。泥棒たちが我が家の財物を盗もうとしていたのはわかっていましたが、イエスのことを夢中で考えていた私は、泥棒たちに剣をとって対峙することも「そこで何をしているのだ」と口にすることさえしませんでした。

私は泥棒の侵入に気づいてもなお、師の言動の覚書を続けました。
泥棒たちが去ったとき、私はイエスの言った言葉を思い出しました。

「あなたの上着を盗もうとする者には、別の上着をも与えてやりなさい」

そして、私は理解しました。私が師の言葉を書き綴っているとき、たとえ私の全財産を持ち去ろうとする者がいたとしても、私の筆を止めることはできなかったでしょう。

私とて、自分の身、自分の持ち物を守りたくないわけではありません。けれども、そんなものよりも貴重な宝がどこにあるのかを私は知っているのです。

(引用終了)

☆人の子イエス/カリール・ジブラーン (著)、小森健太朗 (翻訳) [3]につづく





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by yomodalite | 2011-12-24 20:03 | マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(0)
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本書は、マイケルの愛読書として知られている『預言者』の著者である、カリール・ジブランの英語で書いた著作の中では、唯一の長編で『預言者』に次ぐ、第二の代表作と言える作品。

この作品をMJが愛読していたという記事を読んだことはないのですが、ジョン・レノンは、箴言集『砂と泡』(Sand and Form)を『ジュリア』に引用し、ラジニーシは、「ジブランの著作は、真のイエスを表現することにおいて、きわめて近くまでいっている」と評価し、愛読書として9冊も挙げるなど、西洋の読書家にとって、ジブランの英語著作である7冊は必読本であること、

加えて『預言者』の著者が描いた「イエス」を、MJが読んでないわけがない。という私の判断から、本書を「MJの愛読書」と断定します。

下記は、訳者のあとがきから(省略して引用)


◎『預言者』の刊行

ジブランは、ニーチェの『ツァラトゥストラかく語りき』に出会っていたく感動し、詩的な表現の様式の理想をニーチェに見出した。書簡集でみても、この頃に知り合った女友だちには「ニーチェを読んでいないのなら、読んでから来てください。ニーチェの『ツァラトゥストラ』の話をしましょう」と書いている。


◎『人の子イエス』について

本書でのジブラーンの文体は、現代の口語文でなく、シェークスピアの時代に近い、古雅な英語で書かれている。翻訳に際し、文語調に訳すのが原著の味わいにふさわしいかもしれないが、本書では、主にイエスの語りを特化させるため文語調に訳すことで、コントラストをつけることにした。

本書は全部で79の小節からなり、イエスの同時代人による歌や証言で構成されている。ただし、この作品を「78人がそれぞれに語るイエス像」とするのは、いささか不正確で、重複する語り手を勘定すれば、語り手は72人である。

本書のイエス像は、新訳聖書の福音書を通して伝えられるイエス像と、似て非なるものがある。ジブラーンの描くイエスの教えには、苛烈な裁き手としての側面はほぼ払拭されている。本書のイエス像の特徴は「神の子」としてのイエスではなく「人の子」としてのイエスを強調する側面が大きいことである。

そのため、イエスの奇蹟などは描かれていない。「神の1人子」としてのイエスを否定し「人の子」としてイエスを肯定的に描くというのが、基本的なジブラーンのスタンスのようである。

このようなジブラーンのイエス像には、ジブラーンが傾倒していたニーチェのイエス観が反映されているだろう。たとえばニーチェは『善悪の彼岸』4章の164節で次のように述べている。

イエスは彼のユダヤ人たちに言った。「律法は奴隷のためのものであった。私が神を愛する如くに、神の子として神を愛せよ! われわれ神の子らにとって、道徳など何の関わりがあろう!」(木場深定訳)

道徳の教師として矮小化されているイエス像を、ニーチェは救い出し、道徳を超越して神を愛することを説いたイエス像を提示しようとしている。ニーチェを通してイエスは、神の1人子でなく、人みなが神の子であると宣べ、その姿勢は、ジブラーンを通した本書でのイエス像に受け継がれている。

ジブラーンの親友ナイーミによるジブラーン評伝中でも、本書のイエス像はニーチェの超人を模したものだと述べられている。

ジブラーンは種々あるイエス像がどれも気に入らないと列挙していて、キリスト教徒の描くイエスは従順な子羊のようで弱者にすぎるし、神学者の描くイエスは、あまりのジャーゴン、専門用語にイエスを閉じ込めすぎである。最近のアメリカ人作家によるイエス伝では、現代のアメリカのビジネスマンのようにイエスが描かれている。

どのようにしてイエスを描くつもりかというナイーミの問いに対して、ジブラーンは、何人もの同時代人の眼を通して語られる多面的なイエス像という構想を語った(引用終了)


マイケルへの興味から『聖書』を読んでみようと思われた方は少なくないと思いますし、私も、MJきっかけで読んでみて、ようやく、ちょっぴりわかったとか、理解が深まったという本が一杯あるので、今度こそ「よくわかる聖書」とか「面白いほどわかる聖書」とか「日本人にもわかる聖書」とか(不思議とこういった本に限って、さっぱりわからない本が多い)、そんな感じの本じゃなくて、実際の『聖書』を読んでやるぅ!という“野望”はあるんですが、

これまでの何十年間の読書経験でも、特に「新約聖書」に関しては、どーゆーわけか、旧約よりわかりにくいという印象がありました。(新約聖書を新書にした『新約聖書Ⅰ・Ⅱ』[文春文庫 解説:佐藤優]は、画期的だと思いました)

でも、

本書は、イエスのことを知りたいと思ったときに、聖書の難解なうえに「してはいけないこと」ばっかり言ってるイメージから逃れられ、尚かつニーチェの本質にも触れられるかもしれない....

そんな「お得な内容」については、

☆人の子イエス/カリール・ジブラーン (著)、小森健太朗 (翻訳) [2]につづく

☆ジブラン自身が描いたイエスの表紙も素敵。。
◎『人の子イエス』カリール・ジブラーン(アマゾン)
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[BOOKデータベース]同時代人七十数名の証言でえがくイエスの生涯。祈りの風土を知るレバノン生まれの詩人が甦らせた「地上を歩むイエス」。使徒たち、マグダラのマリア、総督ピラト、ペルシアの哲学者、ユダヤの大祭司、ナザレの隣人など、同時代人七十数名の証言のかたちで描くイエスの生涯。イエスの言葉と行いが、福音書の記述と異なっていたこともあったろう。

笑い、夢み、愛したイエス。その語りは人の心の中心を射抜いた。憎まれ、侮蔑され、十字架上で死んだイエス。彼は武装したローマ帝国と伝統を固守するユダヤ社会を前にひとり立った。「人の子」イエスは、人の飢え渇きをわが身で知っていた。本書の登場人物たちの孤独、苦痛と怖れ、悲しみ、執着、情熱と憧れは、わたしたちのものでもある。

著者ジブラーンは、初期キリスト教発展の地レバノンのマロン派の家に生まれ、渡米。ジョン・レノンにも愛唱された、米国で今も最も著名なアラブ系詩人である。読者は頁の中で、今も地上を歩む「人の子」イエスに出会うだろう。 みすず書房 (2011/5/21)




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by yomodalite | 2011-12-23 15:40 | マイケルの愛読書 | Trackback(1) | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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