カテゴリ:☆マイケルの愛読書( 33 )

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アンディ・ウォーホルが主催していた雑誌「Interview」から、読書に関する部分を抜粋。写真は2009年のものですが、マイケル24歳のときのものです。


テキトー訳なので、気になる点は、遠慮なくご指摘くださいませ。


source:http://www.interviewmagazine.com/music/michael-jackson-1982#_



COLACELLO : Do you read a lot?

たくさん、読書する方?


JACKSON : Yes. I love to read. I like philosophy and short stories. I like to keep up with the latest best-sellers. The Calendar in the Sunday L.A. Times is my favorite paper. It really lets you know what's going on everywhere. I have my favorite authors―it's not like I just read the best-sellers. I like to see what they are doing and keep with what people are interested in. There's a lot of physical stuff now.

読書は大好きだよ。哲学書や、短編集が好きなんだ。最新のベストセラーをチェックするのも好きで、気に入ってるのは、LAタイムスの日曜版。実際に、どこで何が流行っているのかわかるしね。僕のお気に入りの作家は、今、読んでるようなベストセラー作家じゃないけど、僕は、みんながしていることについて行きたいし、人が何に興味があるのか知りたいんだ。それで、今やることがたまってるんだよね。


COLACELLO : Do you exercise?

エクササイズはしてる?


JACKSON : Every Sunday I dance for 30 minutes straight without stopping. I love to do that.

毎週日曜に、30分間休みなしでダンスするのがすごく好きだよ。


COLACELLO : Why Sunday?

どうして、日曜なの?


JACKSON : That's just the day I pick. Like I fast every Sunday. I don't eat anything. Just juices.

単にそう決めただけ。毎週日曜に断食するのもね。ジュースだけで、何も食べないんだ。


COLACELLO : Why do you do that?

どうして、そんなことするの?


JACKSON : It flushes out the system, cleans out the colon. I think that's great. To really make it work you have to do it properly. That's the sewer valve of the system. You have to keep that clean like you clean the outside of your body. All these impurities come out of your system because you're not clean inside. It comes out in pimples or disease or through big pores. Toxins trying to get out of your system. People should keep themselves clean.

腸をキレイにすることで、身体を一掃するんだ。すごくいいよ。本当に身体を働かせるためには、ちゃんとやるべきだよ。それは身体の排出機構だから、身体の外側をキレイにするように、中も清潔にしておかないとね。内側が清潔でないと、すべての不純物が身体の中に出てしまう。それは、吹き出物とか、病気の大きな要因になる。有害な毒素は、身体の中から出るから、自分自身できれいにしておかなくちゃならないんだ。


COLACELLO : You don't read page one of the newspaper.

君は新聞の一面を読まないの?


JACKSON : No. I might look at it but I won't read it.

見ることがあっても、読むことはないね


COLACELLO : Too depressing?

あまりに憂鬱だから?


JACKSON : Yes. It's always the same old thing. I like to make people happy. That's what's great about show business. It's escapism. You pay your five bucks to get in and sit there and you're in another world. Forget about the problems in the world. It's wonderful. It's entertaining. It's magic.

うん。それは常に同じで、古いことばかりだろう。僕は人を幸せにするのが好きなんだ。それがショービジネスの素晴らしさ、現実からの脱出だよ(escapism)。5ドルを払ってそこに座れば、君はもう別の世界にいられる。世界の問題も忘れられる。素晴らしいよ。それがエンターテイメント。それが魔法なんだよ。


(引用終了)


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ニュースは、いつも同じで古いとか、見ることがあっても読まないとか、新刊本や、最新のエンタメ情報を熱心にチェックしているけど、好きなのは、哲学書や短編集などの古典だとか、20代前半から、偉い人はやっぱり違うなぁと思う。


こんな風に思っていたとしても、本当にこの両方を咀嚼できる人は極めて稀で、新しいものを追いかけている人が、古典や歴史をないがしろにすることは多く、歴史を「現代」にあわせて理解したり、新たな試みを「自分の現実」に引き摺り下ろして理解する人も多い。


それが、批評家と言われる人のレベルが低いことの理由であり、マイケルのように、自ら「古典」を創り出し、最新のマーケットでもトップを維持し続けた人が、彼らに理解されなかった理由だとも思う。




マイケルが「escapism」について、このあとも同様に語っていることは、

こちらの「とてもとても素敵なブログ」にまとめられています。





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by yomodalite | 2014-08-09 19:22 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(0)
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名スピーチとして名高い、J.M.バリの「Courage(勇気)」の翻訳を紹介します。
日本語訳はこれが初めてだと思います。

バリは、英国・スコットランドの作家で、マイケル・ジャクソンが心から演じたいと願い、こどもたちに暗記するほど読め。と言っていた「ピーターパン」の作者です。

その物語に登場する「ネヴァーランド」は、現代では「マイケル・ジャクソンの家」として有名になり、MJのネヴァーランドの門には、“DIEU ET MON DROIT”「神と我が権利」や、”Honi soit qui mal y pense” 「邪推する者は侮蔑されんことを」(*)という言葉もそのままに、英国の紋章が掲げられていました

MJの人生は「ネヴァーランド」を現実化するために大金を稼ぎ、そして、その夢のために誤解を受け、大きな犠牲をはらったともいえるのではないでしょうか。

わたしはこどもの頃『ピーターパン』を読んだこともなく、彼が、疑惑の渦中に「60ミニッツ」に出演し、「おとぎ話」の重要性や、こどもの心について語り、番組出演時の奇妙なメイクとはまるで違う、夢見る少年を演じている『Childhood』のヴィデオが流れたときも、冷ややかな目で見ていました。

彼の少年虐待について、疑ったことはなかったものの、当時、社会の厳しさの真っただ中にいた私は「おとぎ話」を、心のよりどころにすることは出来なくて、MJは、ますます私たちとは違う世界に行ってしまったと感じていたのです。

正直にいえば、今も『Childhood』のヴィデオを見て涙することはないのですが、ただ、「おとぎ話」を繋いできた文学者たちの系譜には、まったく違った思いをもつようになりました。

そのきっかけを作ってくれたのが、J.M.バリです。

『小さな白い鳥』を読んで以来、私はバリに夢中になったのですが、バリ作品で今読めるのは『ピーターパン』ぐらい…

そんな中、『ロストボーイズ』や、芹生一氏訳の『ピーターパンとウェンディ』(石井桃子訳に不満だった方は是非!)で、バリの有名なスピーチ「Courage(勇気)」のことを知りました。

ネットで探し出したものを見ながら、時間をかければ、自分にも訳すことが。。というような無謀な努力をしなかった自分を、今は褒めてあげたいと思います。それは、私にはめずらしく賢明な判断だったと思うのですが、これを読まれた方は、もっとそう思われるでしょう。

バリの精神を日本語にしていただくのに相応しい方にお願いすることができました!

語学に興味がある方は、ぜひ、原文と照らし合わせて読んでみてください。

原文は、直訳ではまったく意味がわからないぐらいの上級レベルの英語なので、はじめて、これを日本語で読んだときは、わたしは魔法を見たように感動しましたが、より行間を読むために、そこから半年以上の時間を費やしました。このブログでも何度もお世話になった「If you must die, die well」のみっちさんに助けていただけなかったら、途中で挫折していたかもしれません。

日本の若い人にも読んでもらいたい。

というのが、私と訳者に共通する思いでした。そのためには、伝える側が深く理解していなければ。と考え、少しずつ調べているうちに、当初、感動した地点から、少し遠くまで思いを馳せられるようにはなったものの、

現代に生きる、日本を愛する若者に、これを伝えるにはどうすればいいのか悩み、

調べられないことや、理解しきれないことで、迷ったことも何度もあったのですが、私たちができる精一杯のレベルということで納得することにしました。ページによっては、幾分「注釈」が多いと感じるかもしれませんが、何度か読まれるうちに、

バリの「勇気」とは、どのようなものなのか、
より深く理解するために、少しは役立てることもあると思います。

第一次世界大戦は、1914年~1918年。
バリがこのスピーチをしたのは、終戦から4年後の1922年です。

1930年に書かれた『小さな白い鳥』の序文でも、彼は「ブロードウェイを通るにしても、左右どちらの歩道の肩を持つと思われても困るので、危険は承知の上で道の真ん中を歩かせた」というほど、中立に慎重だったバリは、

このスピーチでは「若者に戦う勇気を持て」と煽動しています。

バリは何のために戦えと言ったのでしょう?


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スピーチには、現代の日本人にはなじみの薄い、英国、スコットランドゆかりの人物が多く登場しますが、彼らは、近代の日本人が熱心に学んだ人々です。

私たちの先人が、欧米の文化に接して、何を学び、何に悩んだか、現代の日本人は、もう一度振り返るべきなのではないかと思います。

英国史における、イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの関係についても、わたしたちはなかなか理解することができませんが、中国、韓国・朝鮮と日本の問題と近い部分も多く感じられます。明治以前より、日本の上層は「英国」の影響を色濃く受けてきていますが、今に至るまで、「英国」にはなれず、中国にその地位を奪われつつある今は、特にそう思えてなりません。

また、バリが語っている数々の戦いの中には、第一次世界大戦だけでなく、宗教対立という部分もあります。

世界の戦争において、わたしたちが一番理解しにくいのは「宗教」に絡んだ部分ではないでしょうか。現代日本で知識人を自認している人の多くも、「一神教」は、世界で起きている対立の原因であり、平和の妨げになっているというような意見を口にします。

しかしながら、「一神教」を理解しなければ、世界に「思想」を語ることも、世界からの批判をかわすこともできません。

バリのスピーチには、宗教、国、民族、郷土愛、母校愛、友情、愛する者の死…といった、わたしたちの「戦う理由」になるようなことが、すべて詰め込まれていて、それらの犠牲になったり、勇気を発起して散っていった人々の魂、ひとつひとつに語りかけているようです。

わたしたちは、近隣諸国への謝罪が足らないという批判を何度もされていることに、うんざりしていますが、国のために犠牲になったわたしたちの先祖の無念さや、未来に託してくれたこと。。そんな魂の声を本当に聞いているといえるでしょうか。

その他、何度読んでも、読み返すたびに、新たに、バリの思いに気づき、歴史に遺る文学者の深さに少しだけ触れられたような体験を味わいました。

長くなりましたが、最後に、マイケルファンの方に付け加えると、わたしは、MJは、バリがここで語っているさまざまなことに忠実だったように思います。

ですが、スピーチの名手としても有名だったバリは、この歴史に遺るスピーチを「堂々と」行ったのではなかったようです。

(スピーチ読了後「訳者あとがき」をお読みくださいませ)

MJも「Courage」という詩を書いたときはステージに上がることに勇気はいらなかった。でも、『THIS IS IT』のとき、彼は不安を隠しきれなかった。

ヴィクトリーツアーの頃のMJは、まるで、ミケランジェロの「ダビデ像」のように見えましたが、『THIS IS IT』を成功させようとしていたMJは、ミケランジェロが晩年まで創り続けながらも未完に終わった「ロンダニーニのピエタ」のイエスのように、雄々しさとは違っていた。


歴史をふりかえってみれば、偉人の「勇気」というものは、常にそういうものではなかったでしょうか。





(*)「思い邪なる者に災いあれ」の訳が多いですが、下記サイトの訳を使用させていただきました。

スピーチに関連している文学者とMJの関係について

シェイクスピア
MJが映画を撮っていくことの芸術的価値について彼が抱いている想いに畏怖の念を抱き、彼がどれほどのことを教えてくれたか説明できない。と語った、反抗する若者像を初めて演じ、後のロックスターの源流でもあるマーロン・ブランドは、MJと同年代の俳優、ジョニー・デップに、シェイクスピアを演じることの重要性について、強く語っていました。欧米で映画や物語を創造するひとにとっては当然ですが、もちろんMJの書棚リストにも。


サミュエル・ジョンソン
バッドツアー中、メディアに宛てて書かれた手紙の中には、ジョンソン博士の言葉が引用されていました。
If a man could say nothing against a character but what he can prove, his story could not be written.


ロバート・バーンズ
マイケルの友人で、30周年記念コンサートのプロデューサーでもあったデイビッド・ゲストは、MJはバーンズの大ファンで、彼の詩に曲を書いたと語っています。


ウィリアム・アーネスト・ヘンリー
アーネスト・ヘンリーの有名な詩「インヴィクタス」は、MJが尊敬し親交があった、ネルソン・マンデラの獄中を支えた詩としてよく知られています。


ライマン・フランク・ボーム
オズの魔法使いの作者。MJは自作の詩にも引用し、そのリメイク作ともいえる『ウィズ』はMJの初映画出演作。

スティーヴンソン
『ジキル博士とハイド氏』『宝島』で有名なスティーヴンソンは、フロイト研究者にして、冒険物語の愛好者である、MJの「先輩」といえるかも。。

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by yomodalite | 2014-02-13 15:13 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(2)
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☆Edgar Allan Poe “For Annie”(1)の続き

MJの愛読書の中で、全集(Complete Works)の所有が確認されている作家は、O・ヘンリー(1862年9月11日 - 1910年6月5日)と、ラルフ・ウォルドー・エマソン(1803年5月25日 - 1882年4月27日)と、エドガー・アラン・ポー(1809年1月19日 - 1849年10月7日)の3人で、「For Annie」は、彼が所有している『The Complete Stories and Poems of Edgar Allan Poe』に収められています。

また、「ポォーーーー!」という叫びが印象的な『Smooth Criminal』のショート・フィルムは、ポーが創造し、その後ホームズ等に受け継がれた探偵やトリックなどのスマートさ以外にも、ポーからの様々なインスピレーションが感じられる作品だと思います。

『Smooth Criminal』の “アニー” に関しては、様々な解釈がされていますし、MJの作品の要素は概ね「てんこ盛り」なので、ひとつのテーマに集約するなんて、幕の内弁当の中で天ぷらだけを食べているようなものだと思いますが、 MJが計画していた映画「The Nightmares of Edgar Allan Poe」は、ポーの晩年に焦点をあてたもので、アニーは、ポーの最後のときを彩った女性でした。そんなわけで、

“アニーの謎” が、ポーへの入口に繋がるのは、いずれ、MJと文学談義を交わす際には有用なのではないかという目論み(笑)なので、夜露死苦っ!

◎[関連記事]http://yourockmyworld829.blog88.fc2.com/

☆ ☆ ☆


「For Annie」は、1848年に発表された詩で、アニーとは、何年も病床にあった妻(ヴァージニア)を、1847年を亡くし、深い失意にあった頃、つきあっていたナンシー・リッチモンド夫人(アニー・リッチモンド)のことだと言われています。(この頃、彼には他にも婚約したり、詩を捧げたりという複数のロマンスがあるのですが)

この詩の「私」は死後の独白のような内容ですが、実際、ポーは、このころ自殺を図り、詩が発表された翌年、原因がわからない変死により人生の幕を閉じている。

しかし、そういった「物語」よりも、もっと複雑で興味深いのは、やっぱり、彼の作品であり、詩であると。そんな風にようやく感じられ始めたので、(1)とはまた別の訳書を読んでみました。

◎[Amazon]ポオ詩と詩論 (創元推理文庫)

こちらは「ユリイカ」など長文の散文詩を含めすべての詩が収められて、
1979年に出版されたもの。

下記は、福永武彦氏による「まえがき」

エドガー・アラン・ポオの詩の全部を、現代口語に翻訳しようなどという試みは無謀というほかはなく、私はひたすら固辞したのだが、遂に出版社の熱意に押し切られて引き受けざるを得ない破目になった。

そこで私は条件をつけて、詩集のうちのわずか十篇ほどで勘弁してもらい、残りの五十三篇は入沢康夫君の手を煩わした。同君は何よりもまず詩人であり、詩の翻訳は訳者もまた詩人でなければ語感の美しさを移植できないと信じる。

ただ私にしても入沢君にしてもフランス語の方が本業なので、語学的に間違いを犯した点がありはしないかと恐れている。(中略)

勿論私たちは二人とも、ステファヌ・マラルメ及びレオン・ルモニエの仏訳を参照したが、これは文字通り参照したというだけで、実を言うと、仏訳にも怪しい点が少なからずある。

[仏語が読めない私にはわからない参考資料]マラルメ訳「Pour Annie」

ただ語感という点では、マラルメの散文訳は見事なものであり、私たちも亦その語感に学んだと言うことが出来る。この邦訳は、その大部分を入沢君に頼んだが、頼んだのが私である以上、全体に関しては、勿論私が責任を持つものである。

(引用終了)

と、このまえがきから、マラルメのポーの翻訳詩が見てみたくなっただけでなく、福永武彦氏のことも一瞬で好きになってしまいました!(私は存じ上げなかったのですが、作家としてもとてもファンの多い方で、三島由紀夫より7歳年上)。


下記は本書から、福永氏ではなく、入沢氏が翻訳された “For Annie” の訳詞に
英語原文を加え、各スタンザの冒頭に番号を付記しました。

こちらは、答えあわせのつもりだったのですが、

残念ながらそうとも言えないというか、
しつこく(呆)疑問がのこった点に関しては「太字」にしてあります。
ご意見やご指導をお寄せくださいませ。




For Annie
アニーのために


1)
Thank Heaven! the crisis 一
The danger is past,
And the lingering illness
ls over at last 一
And the fever called “Living”
ls conquered at last.

有難いことだ! 危機は ーー
危難は すぎ去った。
長びいたわずらいも
とうとう終った ーー
「生存」という名の熱病が
ついにとどめをさされたのだ。

2)
Sadly,l know
l am shorn of my strength,
And no muscle l move
As l lie at full length 一
But no matter ー l feel
l am better at length.

私は知っている、悲しいことだが、
私の力は奪われている。
筋一本も 動かばこそ、
長々と横たおったままなのだ ーー
だが、かまわない!ーー 私は感じる、
やっと心地がよくなったのを。

3)
And l rest so composedly,
Now,in my bed,
That any beholder
Might fancy me dead 一
Might start at beholding me,
Thinking me dead.

こうして私がいかにもゆったりと 今
ベッドにやすらっている姿を
見る人はだれであれ思うだろう、
私が死んでいるのだとーー
私を眺め 死んでいるものと思いこんで
おそらく身ぶるいをするだろう。

4)
The moaning and groaning,
The sighing and sobbing,
Are quieted now,
With that horrible throbbing
At heart : 一 ah,that horrible,
Horrible throbbing !

かなしみの声 呻きの声、
溜息も すすり泣きも、
今は静かになってしまった。
あのいまわしい心臓の
鼓動も消えた ーー ああ あのいまわしい
いまわしい鼓動の音も!

5)
The sickness 一 the nausea 一
The pitiless pain 一
Have ceased,with the fever
That maddened my brain 一
With the fever called “Living”
That burned in my brain.

むかつき ーー 嘔き気 ーー
なさけ容赦もない痛み ーー
みんな 終った。私の頭を
狂わせていた熱病も終った ーー
頭の中で燃えていた
「生存」という名の熱病も。

6)
And oh! of all tortures
That torture the worst
Has abated 一 the terrible
Torture of thirst
For the napthaline river
Of Passion accurst : 一
l have drank of a water
That quenches all thirst : 一

そして ああ! ありとある
責苦のなかでも一番むごい
あの責苦 ーー 呪われた「熱情」の
瀝青の河に渇き苦しむ
おそろしい責苦
それも今やおさまった ーー
すべての渇きをいやす水を
私はごくりと飲みほしたのだから ーー

7)
Of a water that flows,
With a lullaby sound,
From a spring but a very few
Feet under ground 一
From a cavern not very far
Down under ground.

子守唄のような音を立てて
流れて来た その水、
地下 ほんの数尺の
泉から流れ出る水 ーー
ほど遠からぬ地の下の
洞穴から流れ出て来る水を。

8)
And ah! let it never
Be foolishly said
That my room it is gloomy
And narrow my bed;
For man never slept
In a different bed 一
And, to sleep, you must slumber
In just such a bed. 

だから ああ! この私の部屋が暗く、
私のベッドが狭いなどと、
そんな愚かしいことは
言わないでいただきたい。
人はみな これと同じ
ベッドに就いてきた。
眠るというならば 人はまさに
このようなベッドでまどろまねばならぬ。

9)
My tantalized spirit
Here blandly reposes,
Forgetting, or never
Regretting its roses 一
Its old agitations
Of myrtles and roses :

タンタロスのように渇きに喘いだ私の魂も、
ここでは さわやかにやすらっている。
薔薇の花のことも ーー
その昔のミルトや薔薇のさやぎも、
忘れて ーー それをくやむことも
絶えてなく。

10)
For now, while so quietly
Lying, it fancies
A holier odor
About it,of pansies 一
A rosemary odor,
Commingled with pansies 一
With rue and the beautiful
Puritan pansies.

それというのも 今 こうして静かに横たわって
私の魂は さらにさらに神聖な
思い(パンジー)の香りが身をとりまくのを
夢みているからだ。
美しく清らかな思い(パンジー)や
侮い(ヘンルーダ)にまじった
追憶(ローズマリー)の香り
が身をとりまくのを
夢みているからだ。

11)
And so it lies happily,
Bathing in many
A dream of the truth
And the beauty of Annie 一
Drowned in a bath
Of the tresses of Annie.

こうして 私の魂は 幸せに
やすらっているのだ、
アニーの 真実と 美との
数知れぬ夢にゆあみしながら ーー
アニーの髪の中に
深々とゆあみしながら。

12)
She tenderly kissed me,
She fondly caressed,
And then l fen gently
To sleep on her breast 一
Deeply to sleep
From the heaven of her breast.

彼女はやさしくキスしてくれた。
心をこめて愛撫してくれた。
やがて 私は彼女の胸で
穏やかに眠りにおちるのだったI
天国のような彼女の胸から
深い眠りへとおちるのだった。

13)
When the light was extinguished,
She covered me warm,
And she prayed to the angels
To keep me from harm 一
To the queen of the angels
To shield me from harm.

ともしびが消えた時、
彼女は私を暖かく覆ってくれ、
天使たちに祈ってくれた、
この人を危難から守って下さいと ーー
天使たちの女王のマリアに祈ってくれた
この人を危難から守って下さいと。

14)
And l lie so composedly,
Now,in my bed,
(Knowing her love)
That you fancy me dead-
And l rest so contentedly,
Now in my bed,
(With her love at my breast)
That you fancy me dead 一
That you shudder to look at me,
Thinking me dead: 一

今 私がベッドの上で
(彼女の愛情を思いながら)
ゆったりと横だわっているのを
人は死んでいると思うのだ ーー
今 私がベッドの上に
(彼女の愛情を胸に抱いて)
こころ満ち足りて やすらっているのを
人は死んでいると思うのだ ーー
死んでいると思えばこそ
私を見てふるえるのだ。

15)
But my heart it is brighter
Than an of the many
Stars in the sky,
For it sparkles with Annie 一
It glows with the light
Of the love of my Annie 一
With the thought of the light
Of the eyes of my Annie.

だが 私の心は 天国の
あまたの星をことごとく合せたよりも
もっともっと輝いているのだ。
アニーといっしょにきらめいているのだ ーー
私のアニーの愛の光で
あかあかと燃えているのだ ーー
私のアニーの限の光を思って
あかあかと燃えているのだ。


(訳:入沢康夫)


下記は、上記の訳への疑問と(1)の私訳への「言い訳」ww

7)
泉から流れ出る水 ーー not very few Feet で、not very far Down の地下から流れ出てきた水は「泉」ではないと思いました。

地獄があるはずの地下から、子守唄のような音が聞こえ、清らかな水が流れてくることや
光が射さない暗闇の中にも、春が訪れる…

冒頭の「Thank Heaven!」から、棺桶の中で休んでいる “私” は、教会の教えに反したことや、死に感謝するなど、人々の感情とは異なることを述べていると思います。

9)
myrtles(ミルト)や roses(薔薇)のような女たちによって、タンタロスのように、永遠に止むことのない飢えと乾きを感じていた “私” が、安らいでいる理由は…

10)
パンジー(思い)や、ヘンルーダ(侮い)や、ローズマリー(追憶)の香りが
身にとりまくのを夢みている...

悔いに混じった追憶...

ヘンルーダの香りに、ローズマリーの香りが混じった香りに身を包まれることを夢みる...ポーが「花言葉」で詩を書くことが変ではないとしても、この文章は「変」ではないでしょうか?

花言葉の意味で感情を表現するのに「odor」を用いていることにも違和感を感じるのですが、

くやむこともなく、忘れて… と言っている、myrtles(ミルト)roses(薔薇)など、誘惑的で香りを身にまといたくなるような花は複数形で、

両方とも薬草系で、夢ごこちで身にまといたくなる香りではない「rue」と「rosemary」は単数形ですよね。だったら、A holier odor と、A rosemary odor が、Commingled(混じっている)のは「Puritan pansies」の方なんじゃないでしょうか? そして、それは、美しくもあり(beautiful)、残念(rue)でもあると。

私には、どうして、この部分をわざわざ「花ことば」の意味で考えなくてはならないのかがわからないんですが、、この時代の人々が、すぐにこういった「花ことば」を思い浮かべる習慣があるなら、この詩全体に流れる、反社会的な基調を和らげているというか、ポーの巧妙な仕掛けなんじゃないでしょうか。

11)
棺桶の中で幸せを感じている “私” は、アニーの夢に安らいでいる。この「アニー」が、リッチモンド夫人だとすれば、アニーは生きていて、 “私” は、死によって安らいでいる。

12)13)
やさしくキスをし、愛撫し、 “私” のために祈ってくれたのは、アニーの思い出でしょうか?

15)
“私” は死によって、「アニーと一緒に」なる夢をみることができ、
天国よりも星よりも、きらめくことができる…

私のアニーの愛の光で、あかあかと燃えている…

アニーの愛の光で、私の魂が燃えている。なら、ふつうに意味が分かるんですが、「私の」を強調しているのは、現実のアニーではなく、夢の中にだけ存在する「アニー」が、 “私” が、死んだことにより、永遠に “私” の中に生き続けることになる。

そして、それはアニーという固有の女性への愛情ではなく、彼女を見つめる “私の眼の中” に「thought of the light」があるのだ。ということだと思い、「ぼくのアニーを見つめる目の奥には輝くような思想があるから」にしました。


Annie, are you ok?
So, Annie are you ok?
Are you ok, Annie?



Smooth Criminal(HIStory World Tour Live In Gothenburg '97)




☆エドガー・アラン・ポー(3)「破壊と創造」に続く



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by yomodalite | 2013-08-04 19:23 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(22)
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ブレイクの対訳詩集でこのシリーズの面白さにハマり、マイケルが愛読していたポーの詩集も読んでみました。

◎[Amazon]対訳 ポー詩集ーアメリカ詩人選〈1〉(岩波文庫)


これまで、ポー作品は有名な短編を何作か読んだことがあっただけで、詩をじっくり読んだのは初めての経験だったのですが、あらためて、こーゆー人だったんだ。と思えることが多くて、、

ポーの画像検索をしていて思ったのですが、ポーの写真は「一種類」しかないといっていいほど少ない。それは、彼のイメージが「一種類」に絞られているということと同様で、実際、ポーの作品を読んだことがない人でも、ポーについての「イメージ」だけはある。という人は多いと思います。

このブログを、マイケル関連で読んでくださっている方には、MJがポーのファンで、彼に関する映画の計画についての話題をご存知の方が多いと思いますが、ポーの詩や詩論を読んでみたら、小説を読んだときよりもずっとMJとの繋がりを感じて “ワクワク” してしまいました。

で、そんなことを語りたかったのですが、まだまだわからない点も多く、
まずは、詩の翻訳から。


本書では「アニーに寄せて」というタイトルの詩です。


下記の詩の英語部分は、『対訳ポー詩集』から書き起したあと、ネット探索もしましたが、日本語訳は「私訳」なのでご注意ください。

『対訳ポー詩集』と解釈が異なる箇所は、パラグラフ(スタンザ)の最後に(*)をつけ、そちらの訳と注釈も掲載しましたので、お叱りをいただける際(優しく教えてね)の参考にしてくださいね。


私の解釈と疑問は(☆)です。


For Annie
アニーのおかげで...(☆1)

Thank Heaven! the crisis 一
The danger is past,
And the lingering illness
ls over at last 一
And the fever called “Living”
ls conquered at last.

天国に感謝!
絶体絶命 一 そんな危篤状態から抜け出て
長く苦しんだ病いもすっかり過去のこと ー
そして、ついに「生きる」ことへの熱情も
克服したのだ

Sadly,l know
l am shorn of my strength,
And no muscle l move
As l lie at full length 一
But no matter ー l feel
l am better at length.

哀しむべきことに、
ぼくは、どんな筋肉も動かすことができず
力を奪われた状態で横たわっている
だが、なんの問題もない
ぼくは確かによくなったのだから

And l rest so composedly,
Now,in my bed,
That any beholder
Might fancy me dead 一
Might start at beholding me,
Thinking me dead.

ぼくは、今、とても落ち着いて
ベッドで休んでいる
人はその様子にぼくが死んだと思い込み
そんな眼でぼくを見始める

The moaning and groaning,
The sighing and sobbing,
Are quieted now,
With that horrible throbbing
At heart : 一 ah,that horrible,
Horrible throbbing !

嘆いたり、罵ったり、溜め息をつき、すすり泣くことも
今はもうない
胸がずきずきするような、酷い動悸
あの、恐ろしく心臓が
ずきずきするような激しい動悸さえも!

The sickness 一 the nausea 一
The pitiless pain 一
Have ceased,with the fever
That maddened my brain 一
With the fever called “Living”
That burned in my brain.

あの病気というもの 一 吐き気や
容赦のない痛みも 一 終わったのだ
それは、ぼくの脳を激しく悩ませ
「生きる」ことへの熱情を、ぼくの脳に焼き付けた

And oh! of all tortures
That torture the worst
Has abated 一 the terrible
Torture of thirst
For the napthaline river
Of Passion accurst : 一
l have drank of a water
That quenches all thirst : 一(*1)

そして、なにもかもが拷問と思える中でも
最悪の苦しみが ー 薄らいだ
ナフタリンが流れるような川からの
激しいのどの渇きによる「受難」ー
ぼくは、すべての渇きを潤す水を飲んだ

Of a water that flows,
With a lullaby sound,
From a spring but a very few
Feet under ground 一
From a cavern not very far
Down under ground.

その水は春から
子守唄のような音色をともない
流れてきた
地面のほんの少し下の ー
そんなに深くない洞穴から

And ah! let it never
Be foolishly said
That my room it is gloomy
And narrow my bed;
For man never slept
In a different bed 一
And, to sleep, you must slumber
In just such a bed. (*2)

だから、どうか
ぼくが横たわる部屋が、暗くて、狭いだなんて
愚かなことは二度と言わないでほしい
その男はこれ以外のベッドでは眠れたことがないのだ
そして眠るとなれば、誰もが
このようなベッドで過ごさなければならない

My tantalized spirit
Here blandly reposes,
Forgetting, or never
Regretting its roses 一
Its old agitations
Of myrtles and roses : (*3)

ぼくの乾いた魂も、ここでは穏やかでいられる
忘れよう、そしてもう二度と
後悔はない、薔薇のことは ー
銀梅花や薔薇のような花々に
惹かれた過去のことは

For now, while so quietly
Lying, it fancies
A holier odor
About it,of pansies 一
A rosemary odor,
Commingled with pansies 一
With rue and the beautiful
Puritan pansies.(*4)

今、ここでこうして静かに横たわり、
この場の神聖な匂いを嗅いでみれば
それはパンジーのようで ー
ローズマリーの匂いでもあり、
パンジーには、
厳格で清らかな清教徒の残念さが潜んでいる(☆2)

And so it lies happily,
Bathing in many
A dream of the truth
And the beauty of Annie 一
Drowned in a bath
of the tresses of Annie.

だから、そう、これは幸いなことなのだ
あの真実の夢 ー 美しいアニーの
彼女の長く美しい髪にうもれた夢に浸れるのだから

She tenderly kissed me,
She fondly caressed,
And then l fen gently
To sleep on her breast 一
Deeply to sleep
From the heaven of her breast.

彼女はぼくに優しくキスをし愛撫した。
それから、ぼくは彼女の胸の上で穏やかに
沼地に沈みこむように、眠りにつく
彼女の天国のような胸の上で

When the light was extinguished,
She covered me warm,
And she prayed to the angels
To keep me from harm 一
To the queen of the angels
To shield me from harm.

明かりを消し
彼女はぼくを優しく包み込むように抱きしめ
ぼくを危険から遠ざけるために、天使たちに祈った
ぼくを守るように
天使たちの女王に

And l lie so composedly,
Now,in my bed,
(Knowing her love)
That you fancy me dead-
And l rest so contentedly,
Now in my bed,
(With her love at my breast)
That you fancy me dead 一
That you shudder to look at me,
Thinking me dead: 一

そして、今ぼくはとても穏やかに
(彼女の愛を知りながら)
ベッドに横たわっている
人はぼくが死んでいると思っている ー
しかし、ぼくは心地よく休むために
今、こうしてベッドにいる
(彼女への愛を胸に抱いて)
人はぼくが死んでいると思っている ー
ぼくが死んでいると思っているから
ぼくを見て恐ろしさに身を震わせているのだ

But my heart it is brighter
Than an of the many
Stars in the sky,
For it sparkles with Annie 一
It glows with the light
of the love of my Annie 一
With the thought of the light
of the eyes of my Annie.

しかし、ぼくの心は満天の星々よりも
もっと明るい
それは、アニーとともにいて
アニーに対する愛情の光で輝いていて
ぼくのアニーを見つめる目の奥には輝くような思想があるから

(訳:yomodalite)

(☆1)ダサいタイトルですみません。でも、アニーに寄せてや、アニーのために。ではないと思ったら、これしか思いつきませんでした。

(*1)
それに何よりも、おお、
何よりも苦しかったものが
静まってくれた 一一
のどの乾きという苦しみ、あの呪われた「情熱」の
火の川を求める
恐ろしい苦しみが静まって 一一
いまのぼくは
すべての渇きをいやす水を飲んだのです 一一

本書の註:napthaline または naphthalene = clear, combustible rock oil(石油からとる、ナフタリン)「地獄の火の川」を連想させる。of Passion accurst passion の p を大文字にすると、キリスト教の受難の意となるが、ここでは、普通の意味を強調する語。accurst(呪われた)passion quenches(Vt. )= puts out, extinguishes.

(☆)naphthalene rever 「地獄の火の川」を求める...?

(*2)
そして、おお、どうか
思いこまないでほしい 一一 ぼくの
横たわるところが
薄暗くて狭苦しいものだなんて 一一
なぜなら人は誰でもみんな
眠れば同じようなベッドに眠るのです 一一
眠るとなれば、いいですか、
誰だって同じようなベッドなのです。



(*3)
いつも恋いこがれる
ぼくの魂もいまゆったりと憩っている。
そのマートルや薔薇によせた
興奮の数々を
いまは忘れて、もう ーー
後悔もしないで ーー


本書の註:myrtles and roses myrtleはキンバイカ、ヒメツルニチソウ。ここでは myrtleは “Love” を、rose は “Beauty” を象徴している。(ボーの時代の「花言葉」辞典による。次も同じ。

(*4)
なぜっていま、
こうしてごく静かに
横たわる魂は
パンジーの
あの清い香りを思うからです、
美しいパンジーの清さにまじる
ローズマリーの香りと 一一
ルーや美しくて清いパンジーの香りと。


本書の註:pansies パンジーは “Thoughts”(思索、物思い)の象徴。 rosemary マンネンロウ。香料となる低木“Remembrance"(追憶)または “Fidelity"(忠実)の象徴。rue ヘンルーダ、ミカン科の低木、葉に強い香りあり。“Grace"(優美さ)の象徴。Puritan pansies Puritanは清教徒のこと。相手のアニーはニューイングランド育ちで清教徒だから、この妙な語(Puritan pansies)もそれなりにふさわしいのだろうが、訳しようもない句である。

(☆2)「rue」は名詞でしょうか?...「Puritan pansies」は、文章にするのはむつかしくても、私にはその意味自体は明確に思えました。このスタンザに漂っているのは “美しい花の香り” だけではなく、詩人だけが感じるような “臭気” も「commingle」だと思ったのですが。。

rosemary と pansies は、ぼくが寝ている場所、ベッド(棺桶)が置かれている教会のような場所の「匂い」と、三枚の花弁をもつパンジーは、三位一体を受け入れたキリスト教徒の反知性を表現し、「Puritan pansies」は、質素で、厳格な清教徒に対して幾分かの侮蔑と、また、冒頭で天国に感謝し、心地よく横たわる “ぼく” の「残念な思い(後悔)」とは、「Puritan pansies」に対してであり、ピューリタンの夢と現実が混じりあう米国に対してではないでしょうか。

この詩は、冒頭の「Thank Heaven!」から、教会が教える「天国と地獄」のイメージに、詩人の魂で返したもので、アメリカはピューリタンの精神で建国されたと言われる国ですが、19世紀のアメリカで、モルグ街を書き、ホームズの先達とも言えるオーギュスト・デュパンを創造したような鋭利な知性の持ち主である彼が、清教徒の女性を讃美し「花言葉」の意味で詩を書くでしょうか... 

彼の個性も、アイルランド系の出自も、当時の米国では正当な評価を受けにくいものだったでしょう。(彼は、フランスの詩人たちによって高い評価を得た後、米国で評価されるようになった)

また翻訳者は解説で、アニーをナンシー・リッチモンド夫人だと書いているのですが、、


Annie, are you ok?
So, Annie are you ok?
Are you ok, Annie?





ポォー ーーーー!!!


このあとも、さらに、この詩で悩み、どんどん深みにハマってしまったので、
☆(2)に続く


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by yomodalite | 2013-08-02 10:00 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(12)

対訳 ブレイク詩集―イギリス詩人選〈4〉 (岩波文庫)

ウィリアム ブレイク/岩波書店

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海外の古典と言われる詩を読むのはずっと苦手でした。なんか自然を讃美して、「おお」とか、「ああ」とかばっかり言ってて、神のこともピンとこないし、、

でも、MJのことを考えているうちに、Godのことを、聖書の教えではなく、独自に突き詰めていった人たちの系譜が見えてきて、それで彼らとの距離が少し近くなったような気がして、、

今、ブレイクきたーーー(・∀・)って感じなんですよねっ。

こちらの文庫には『無垢の経験の歌』『天国と地獄の結婚』『セルの書』『アルビヨンの娘たちの幻覚』『詩的素描』『ピカリング稿本』から抜粋した詩が、対訳で収められ、巻末には20ページほどの「ブレイク略伝」もあり、ブレイク入門にはちょうどイイ感じ(なんですが、、)

『ピカリング稿本』のピカリングって何?って思ってたんですけど、こちらの略伝によれば、これは1801年から1805年にかけて執筆され、1807年までにノートに清書されて残されていたもので、ピカリングとは、そのノートの所有者の名前だそうです。


下記は『無垢の経験の歌』の「経験の歌」にある「人の姿」という詩です。

英文は、本書から書き起しましたが、
日本語訳は「私訳」なのでご注意くださいませ。


The Human Abstract
人の姿



Pity would be no more,
If we did not make somebody Poor :
And Mercy no more could be,
If all were as happy as we :

我々は誰か貧しい人を作らなければ
憐れむということもなく
すべての人が我々のように幸せなら
慈悲の心というものもない

And mutual fear brings peace :
Till the selfish loves increase.

そして、互いを恐れることで平和を維持し
自己愛や利己的な愛は増していく

Then Cruelty knits a snare,
And spreads his baits with care.

冷酷な心は罠をしかけ
注意深く餌を与え世話をしていく

He sits down with holy fears,
And waters the ground with tears :
Then Humility takes its root
underneath his foot.

男は神聖な恐れから腰を下ろし
涙で地面に水をやる
すると、彼の足元からは
謙遜が根づく

Soon spreads the dismal shade
Of Mystery over his head;
And the Catterpiller and Fly,
Feed on the Mystery.

やがて宇宙の謎の荒涼とした闇は
彼の頭上に広がり
そして、毛虫や蠅は
その謎の餌となる

And it bears the fruit of Deceit,
Ruddy and sweet to eat :
And the Raven his nest has made
In its thickest shade.

そしてそれは赤くて口に甘い
虚実の実を結び
そしてそのもっとも深い茂みの中に
大きなカラスが巣をつくる

The Gods of the earth and sea,
Sought thro’ Nature to find this Tree,
But their search was all in vain :

陸と海の神々は
自然の中から、その木を見つけようとしたが
すべて無駄だった

There grows one in the Human Brain.

それらは人間の脳の中に生えているのだ

(訳:yomodalite)


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by yomodalite | 2013-07-18 09:49 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(3)
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Nancy Bass Wyden(THE WALL STREET JOURNAL)



2009年7月5日のハフィントン・ポストの記事。ニューヨークにある、有名老舗書店「ストランド」の女性オーナーが、マイケルが2002年に来店したときのことを語っています。



The Day I Met Michael Jackson
あの日、私が会ったマイケル・ジャクソン

Nancy Bass Wyden
co-owner of the Strand Bookstore

Posted: 07/05/09 09:18 PM ET


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I was sitting with a friend as she glanced at her BlackBerry, "Michael Jackson is dead," she read. Then she added, "This must be a joke from my friend." But a few seconds later her grandma sent her another text. "It must be true," she concluded.

私が友人と座っていて、彼女がスマートフォンを見たときです。「マイケル・ジャクソンが亡くなった」彼女はそれを読みながら、「友だちからの冗談に決まってるわ」と付け加えましたが、数分後、彼女の祖母から送られたメールで、それが間違いでないと確信しました。

What flashed through my mind was: "Wasn't he dead already...a long time ago?" It was a strange thought, because I had met Michael Jackson, however briefly, in the flesh. I watched as he sang to himself. I saw him be a father. I played with his kids and cooed at his newborn son. That was 7 years ago, Friday April 30th 2002.

そのとき私の心に飛来したのはこんなことでした。「彼はもうずっと前から死んでいたのでは… 」それはおかしな考えでした。なぜなら、私はかつて、ほんのつかの間ですが “生” のマイケルに会っていたからです。

私は、彼が誰にともなく歌を口ずさむのを見ていました。私が見たのは父親になったマイケルです。私は彼の子供と遊んで、生まれたばかりの彼の息子に優しくささやいたりして、それは、2002年4月30日の金曜日で、今から7年前のことでした。

Perhaps the reason I thought he had already died is that I remember watching him on the Ed Sullivan Show with my parents. He was cute as a button, lively with an Afro. But eventually I could no longer recognize that little boy. His ghostly white skin, hair that looks like a glossy wig, rosy lipstick on his mouth, hidden behind dark glasses and a surgical mask: he had become a stranger.

おそらく、私が彼がすでに死んでいたと思った理由は、私が両親と「エド・サリヴァン・ショー」で、彼を見たことを憶えていたからです。

彼はとても可愛いいアフロヘアの少年でした。でも、私にはその当時の男の子が、彼だとは認められなくなっていました。彼の幽霊のような白い皮膚、つやつやとかつらのように見える髪、バラ色の口紅をつけた彼の口は、サングラスとマスクに隠され、彼は私の知らない人になりました。

I saw a picture of him lying in his oxygen tank, looking like a glass corpse. I remember a porcelain life-sized Jeff Koons sculpture of him that I saw in a museum.

私は、彼が酸素タンクの中で、死体のように見える写真や、美術館でジェフ・クーンズが陶器で創った、等身大のマイケルの彫像を見たことも思い出しました。



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Michael Jackson and Bubbles(Jeff Koons, 1988)



Don't they memorialize people that way after they die? His existence had turned into myth as he retreated into a bubble; didn't he show up to court in his pj's? He was a prince; he was an icon; he was Peter Pan; he lived in Neverland.

私たちは、誰かが亡くなってしまってから、そんなふうに思い出すものなんでしょうか。
彼の肉体が泡のように消えてから、彼の存在は神話に変わりました。

彼は裁判にパジャマで現れなかった?
彼はプリンスで、アイコンで、ピーターパンでもあり、
ネヴァーランドに住んでいました。

I received a phone call in the afternoon. The husky voice said, "I am representing a VIP who would like to come to the Strand." (The Strand is a bookstore that was founded 82 years ago by my grandfather and is run by my dad and me.) The voice continued, "I work for Michael Jackson. He would like to come to the store without customers around."

午後に私は電話を受けました。そのハスキーな声は、「私はストランドに行きたいというVIPの代理をしています」(ストランドは私の祖父が82年前に設立した書店で、父と私が受け継いだ書店です)と言ったあと、続けて、「私は、マイケル・ジャクソンのために働いています」と言いました。「周囲に、他のお客がいない状態で、マイケルは店に訪れたいのです」
I was directed not to tell anyone that Michael was coming. There was a contact telephone number at the New York Palace hotel, and I received updates from his representative throughout that day. It was decided he would come to the store at 10:30pm, after the Strand closes. And I kept the visit a secret, except to a few managers whom I asked to stay late with me; in turn I asked for their vow of secrecy.

私は、マイケルが来るということを誰にも話さないように命じられ、彼らと接触するための電話番号はニューヨークのパレスホテルで、その日、私は彼の代理から、新たな電話を何度も受け、ストランドが閉まったあと、午後10時30分に、彼が店に来ることが決められたのです。そして、私は店に残るように頼んだ数人のマネージャー以外には、彼の訪問を秘密にし、彼らにはその秘密を守るように誓いを求めました。

By nightfall the air was swirling with electrical excitement. I piled copies of Moon Walk, Michael's memoir (edited by Jackie Onassis,) in the store for him to see. I remembered from reading it how kind his voice was as author.

夜になる頃には、あたりは電気が走っているように渦巻いていました。私は、マイケルの伝記『ムーンウォーク』(ジャッキー・オナシスによって編集された)の再販本を、彼の目につくように積み重ねました。私はあの本でのマイケルの語り口がとても優しかったのを覚えていました。

And then there was Michael walking (not moon-walking) through the door of our third-floor rare books department. His skin was bleached white, he had orange rouge on his lips and his hair was straight. But he was still Michael. I had watched him grow up.

そして、そのあと、マイケルは歩いて(ムーンウォークではなく)私たちの店の3階にある、めずらしい本を集めたコーナーにいました。彼の肌は漂白されたように真っ白で、唇にはオレンジの口紅、そして髪はストレートでした。それなのに、彼は今でもマイケルでした。私は彼が成長した姿を見たんです。

The first thing Michael said when he walked into the room was, "Are there any cameras?" I said no. I knew that ruled out my having a picture taken with him; I had brought a camera just in case. I felt his paranoia. I could hear the crowd shouting at street level "We love you, Michael!" He asked that I pull down all the shades in the oversized windows. I was later told that some fans were climbing the gates that protect the store windows.

彼が店の中に入った時、最初に彼は「ここには何かカメラがありますか?」と言ったので、私は「ありません」と答えました。彼が写真撮影がNGだというルールを知っていましたから。でも、万が一に備えて一応カメラを持ってきていました。

私は彼の病的な疑い深さを感じましたが、群衆が通りじゅうに響き渡るように「私たちはあなたを愛してます。マイケル!」と叫んでいて、彼は、すべての窓のカーテンを下げられますかと尋ねました。後から聞いたのですが、一部のファンが店の窓を保護するための門を登っていたのです。

Despite my conscientious effort to keep this event a secret on Michael's behalf, somehow news had spread. But how did they find out? Maybe because Michael and his entourage were traveling in a motorcade that included a huge white stretch limousine, a white stretch Lincoln and a black Suburban truck. I was told that they had just come from Times Square. The curious onlookers must have followed them, and word got out.

このイベントをマイケルのために秘密にしておこうと誠実に努力したにも関わらず、なぜか、ニュースは流布しました。いったい、彼らはどのようにそれを発見したのでしょう?おそらくですが、マイケルと彼の側近たちは、白い巨大なリムジンに乗り込み、白いリムジンと黒の田舎臭いトラックは、列をなして移動していました。彼らは、今ちょうどタイムズスクエアから来たと言っていたので、好奇心の強い見物人たちは、彼らの後を追ったにちがいありません。そして、それはニュースになったのでしょう。



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In filed his entourage: two security guards, three nurses all dressed in crisp white uniforms, and four children varying in age, some Hispanic, some African-American. There was such a sweetness to Michael in how he interacted with them. They seemed like nice, polite, appreciative kids; I wondered if he took them under his wing because they'd had a hard life.

彼の取り巻きは、二人の警備員、パリッとした白いユニフォームを着た3人の看護師と、異なる年齢の4人のこどもたち、数人のヒスパニック系の子とアフリカ系アメリカ人の子がいました。マイケルは彼らに本当に優しく接していました。子供たちは、素晴らしく、礼儀正しくて、鑑識眼があるように見えました。マイケルが彼らを自分の庇護の元に置くのは、彼らが過酷な境遇を背負った子供たちだからだろうか、と私は考えました。

Then there were his beautiful children; they looked like magical Disney characters. They seemed as doll-like as their names: Paris and Prince Michael I. Both were dressed in matching royal blue velvet. Paris, who was 4 years old, was wearing a tiara with diamonds, like a real princess. Prince Michael, 5 years old, had straight blond hair cut in a page-boy; Paris had flowing brown hair and big blue eyes. Their skin was pure white...they looked Scandinavian. The effect was adorable: I wanted to keep them, to take them home.

それと、そこには、彼の可愛い子供たちもいました。彼らは、まるでディズニーのキャラクターか、彼らのパリスとプリンスという名前と同様にお人形のようで、お似合いのロイヤルブルーのビロードの服を着ていました。

4歳だったパリスは、ダイアモンドの冠をかぶっていて、本物の王女のようで、5歳のプリンスは、ストレートヘアを “ページボーイ”という髪型に切ってもらっていて、パリスは流れるような茶色の髪と大きな青い眼、彼らの肌の色は純粋に白人のようで、スカンジナビア人のように見えました。子供たちはとても魅力的で、私は彼らをこのままの状態で保存して、家に連れて帰りたいと思ったぐらいです。

I knew he covered them with shawls when cameras were around, and he did so when he later continued his shopping downstairs. Draped in cloth, his children walked around looking like Cousin It from the Addams family. The kids seemed well adjusted. We gave them a wind-up doll of a tan dog in a red bow tie and a suit, and they played on the wooden floor.

周囲にカメラがあった場合、マイケルが彼らをショールで覆うことを、私は知っていましたが、あとで、彼が階下で買い物をしているときも、彼はそうしました。布で覆われた彼の子供たちは「アダムス・ファミリー」の従兄弟のようでしたが、子供たちはそういう状況に慣れていました。わたしたちは、赤い蝶ネクタイとスーツを着て、黄土色の犬の操り人形を、彼らにプレゼントし、彼らは板の間でそれを使って遊んでいました。

Prince Michael brought over an oversized book on collectable toys, barely able to carry it. He said in the cutest little voice; "Dad, can I have this" Michael lovingly smiled and asked if he was going to read it. He replied, "Yes."

プリンスは、特大の本を、おもちゃがあるところまで持ってきて、
ちいさな可愛い声で「パパ、これぼくにくれる?」と言いました。
マイケルが優しく微笑んで、それが読めそうかどうか尋ねると、
「うん。」とプリンスは答えました。

One nurse was holding an adorable newly born baby with dark hair. I hadn't heard that Michael had three children nor was it public knowledge at the time. I wondered if Michael had a new baby, or could the child be borrowed? Months later, I found out that he was Prince Michael II.

看護師の1人は、新たに生まれた黒い髪が魅力的な赤ちゃんを抱いていました。私はマイケルに3人の子供たちがいると聞いていませんでしたし、それはその時はまだ公表されておらず、私はマイケルに新たな赤ちゃんがいたことが不思議で、借りてきた子供なのかと思いましたが、数ヶ月後、私が見たのは、プリンス2世(ブランケット)だったことがわかりました。

Michael picked out a young Hispanic employee to help him. He had his name, Jesus, written in black magic marker on his plastic oval Strand name tag. I would think this was the thrill of the young man's life. Michael handed the books that he wanted to buy to Jesus, who then gave it to us in a basket to be sent to the cash register to be added and packed.

マイケルは、本をピックアップするために、若いヒスパニック系従業員を呼びました。彼は “イエス” という名前で、プラスティック製の卵型の店のネームタグに、黒いマジックでそう書いてあったのです。これは、青年にとって人生最高のスリルだったと思いますが、マイケルは、イエスに買いたかった本を手渡し、それは、次々とカゴに加えられてレジに運ばれました。

Occasionally, Michael had requests. He wanted books on black folk music, books by Roald Dahl (including James and the Giant Peach), and something on Versailles. I would send my troops to look for the books and hand the findings to Jesus. On a previous visit, my dad had helped him, and he picked out books on Howard Hughes, dictionaries and first edition children's books.

マイケルからリクエストされたのは、黒人フォークミュージックの本と、ロアルド・ダールの本(『James and the Giant Peach』“おばけ桃が行く” を含む)と、ベルサイユ関連の本。

私はスタッフに本を探させ、スタッフは見つけた本をイエスに渡しました。以前の訪問では、私の父が彼の助けになり、ハワード・ヒューズや、辞書、児童書の初版本などを見つけました。

◎ロアルド・ダール(Wikipedia)
◎『おばけ桃が行く』(Amazon)



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Of course, I'm fond of anyone that shares my love of books, and I was impressed with Michael's selection. He sang quietly to himself and focused on photography and art books for a while, climbing on a ladder when necessary. All told, he spent $6,000 in books and allowed anyone in his group to take books. Although the people in his entourage did choose some, they did not seem as excited about shopping for books.

当然のことですが、わたしは本への愛情を共有できる人は誰でも好きです。それで、私はマイケルの選択に感動しました。

彼は静かな調子でひとり歌いながら、写真の本やアートブックに注目し、必要に応じて、梯子の上に登りました。彼は、全部で6000ドルを使って、グループの誰にでも、本を買うことを許し、彼の取り巻きの人々も何冊か選んでいましたが、彼らは本を買うことに興奮するようには見えませんでした。

Michael was hands off when it came to the transaction. I asked a security guard about getting paid when they were nearing the end. He handed me a cell phone, and I was given a credit card number, in a different person's name. The next day a black town car was dispersed to pick up Michael's purchases, all packed in doubled shopping bags.

マイケルは支払いのことにはノータッチだったので、本探しが終わりに近づいた頃、マイケルのセキュリティに支払いに関して尋ねると、彼は私に携帯電話を手渡し、私はその電話で、マイケルとは違う名義のクレジットカードの番号を教えられました。その翌日、すべて二枚重ねの買い物袋に詰められたマイケルの購入品を受け取りに、黒のタウンカーが寄こされました。

Michael and his entourage piled in the cars and, despite his desire for secrecy, his paranoid nature, you could tell he loved his fans waving and yelling, and he told them that he loved them.

マイケルと彼の取り巻きは急いで車に乗り込み、彼は秘密に対して病的なまでに疑い深い欲求があるにも関わらず、叫んでいるファン達は、彼に手を振って「愛してる!」と言うことができ、マイケルも彼らのことを「愛してる!」と言いました。

He craved love just like the rest of us, or maybe even more so.

彼は、私たちと同じように、もしかしたら私たち以上に愛を切望していたのでしょう。

It was after midnight. They had been at the Strand for 2 hours. Michael's security guard told me their next stop was FAO Schwartz, which like the Strand was open just for them.

その頃にはもう12時をまわっていました。彼らは2時間「ストランド」にいたんです。マイケルのセキュリティは、次に行くのは「FAO Schwartz」だと私に言いました。そこは、ストランドと同じように、マイケル一行のためだけに店を開けていたのです。



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FAO Schwartz



I felt like jumping with excitement, and thought to myself, I want to go with them. I wanted to be a kid again. I didn't want to stay in a crammed bookstore worrying about personnel, inventory, customer complaints. I WANT TO HAVE FUN.

私は興奮で飛び上がりたいような気持ちになって、彼らと一緒にそこに行きたいと思いました。私ももう一度こどもに戻りたかったんです。人員についてのあれこれとか、目録とか、顧客の不満についての心配がいっぱい詰まった本屋にもう居たくありませんでした。

「わたしは楽しみたかったんです」

I want to shop for toys and dance on the giant piano like Tom Hanks did in the movie Big. I want to ride in the big white limousine with Michael and the kids bopping to loud music. I want to follow Tinkerbell, be sprinkled with fairy dust, open the window, and fly through the night sky.

トム・ハンクスが映画『ビッグ』でしたように、店でおもちゃを買って、巨大なピアノの上で踊りたかった。マイケルと騒がしい音楽にあわせて踊っている子供たちと一緒に、大きな白いリムジンに乗りたかった。ティンカーベルについて行って、妖精の粉を振りかけられて、窓を開けて夜空を飛び回りたかった。


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FAO Schwartz



But 7 years later, I now have kids and I read them fairy tales. And as we all know, fairy tales can also have a dark side. Even Peter Pan said,

しかし、その7年後、現在の私には子供がいて、
私は彼らにおとぎ話を読んで聞かせています。

みなさんご存知のように、おとぎ話には暗い側面もあります。
あのピーターパンでさえ、こう言っていました。


"To die will be an awfully big adventure."

「死ぬって、きっとスゴい冒険だよ」



(引用終了)

source : http://www.huffingtonpost.com/


☆ ☆ ☆ 


そのポイント、わかるぅーーー!と言わずにはいられない
This is it[RARE Sweet moment]





これだけ、多くの本を読んでいたのに、

彼が語った言葉はとても少なくて、

知識をただ身につけるだけじゃなく、自分の言葉として使えるように

作品だけでなく、言葉も同じようにものすごく探し求めていたんだなぁと思う。

しかも、それほど、人生に求道的だった人が、

こんなにも、かわいくて、しかもセクシーだなんて、

いったいどうすれば、

忘れられるのかな。。。?

(A:無理!)



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by yomodalite | 2013-06-25 08:46 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(0)
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これまでに引用した話と重複する部分もありますが、MJの地元の有名書店オーナーが「LAタイムス」に語った記事をメモしておきます。

日本語部分には充分にご注意のうえ、気になる点は遠慮なくご指摘くださいませ。


Michael Jackson, the bookworm
マイケル・ジャクソンは本の虫

Owners of local bookstores, including Dutton's, recall encountering the late pop star perusing their shelves.
ダットン氏など地元の書店オーナーは、書棚を閲覧していた今は亡きポップスターに出会ったときのことを思い出します。




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By Carolyn Kellogg
Los Angeles Times Staff Writer
June 27, 2009

2009年6月27日 ロスアンジェルスタイムス紙記者 キャロリン・ケロッグ


When news broke in early 2009 of Michael Jackson's return to Los Angeles, it was not via reports of him being spotted dining at the Ivy or dancing at the hottest new Hollywood club but book-shopping in Santa Monica.

2009年の前半、マイケル・ジャクソンの復帰のニュースがロサンジェルスで始まった頃、それは「アイビー」で食事したとか、ハリウッドの最新のクラブで踊っているところを発見されたのでもなく、サンタモニカで本を物色したというものでした。

"He was a longtime and valued customer," a store representative of art and architecture bookstore Hennessey + Ingalls said Thursday. "We'll miss him."

「彼は永年にわたってとても重要な顧客でした」木曜日、アートと建築関係の書店「Hennessey + Ingalls」の代表は「彼がいなくなって寂しい」と語った。

If Jackson's bookstore appearance surprised his pop fans, it was nothing new for booksellers. A few years ago, Doug Dutton, proprietor of then-popular Dutton's Books in Brentwood, was at a dinner with people from Book Soup, Skylight and other area bookstores. "Someone mentioned that Michael Jackson had been in their store," Dutton said by phone Thursday, "And everybody said he'd shopped in their store too."

ジャクソンが書店に現れることは、ファンを驚かせはしましたが、書店にとってはめずらしいことではありませんでした。数年前、ブレントウッドで人気の「Dutton's Books」のオーナー、ダグ・ダットンは「Book Soup」や「Skylight」、その他のエリアの書店関係者と夕食を共にしたとき、誰もが、マイケル・ジャクソンが自分の店に来て買い物をしたと言ったと電話で話しました。






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(MJの写真はすべて、2008年に「Hennessey + Ingalls」に行ったときのもの)



It was the early 1980s when Dutton first saw Jackson, who came in wearing "very large sunglasses." He had bodyguards with him, but he was solitary and quiet. "There was no display of 'I'm Michael Jackson,' " Dutton recalled. "I don't remember him actually saying anything." Each time he shopped at Dutton's store, he'd buy four or five books.

ダットンがジャクソンを最初に見たのは、1980年代初期。彼は「とても大きなサングラス」をして店に入り、ボディガードが付いていましたが、ひとり静かな様子で、「自分がマイケル・ジャクソンだ」というような態度ではなかった。ダットンは、彼が実際にしゃべったことについては何も覚えていないが、自分の店で「マイケルは毎回4、5冊の本を買っていた」ことはよく覚えている。

Brother Dave Dutton got a call in the late '80s or early '90s from an assistant, who asked if he'd close his store early so Jackson could shop there alone. "We did close early," he recalled by phone as his wife Judy and son Dirk discussed Jackson's visits. "About a quarter to 9 he showed up in a big van," Dave Dutton said. "Once you got over the initial caution because of those burly guys with him, he was very nice."

ダグ・ダットンの兄弟、デイブ・ダットンは、1980年代の後半から90年代前半に、アシスタントからの電話で、ジャクソンが1人で買い物ができるように、早く店を閉めることが可能かどうか尋ねられたので、「我々は早く店を閉めた」と言う。また、彼は、妻のジュディと息子のダークが、マイケルの訪問について語り合っていたことを思い出しました。「9時15分前頃に、彼は大きなバンに乗って現れたんだ。たくましい男たちが側にいたから、最初はちょっと面くらったけど、彼はとても素敵だったよ」
In later years, Jackson would wear a surgical mask during his visits. In an X17 online video of him on New Year's Eve 2008, in what appears to be Hennessey + Ingalls, he browses for books under a black umbrella, often held by an assistant.

最近では、ジャクソンはマスクを付けて店を訪れていました。2008年の大晦日「X17 online video」(セレブゴシップを扱うような番組)では、「Hennessey + Ingalls」で、彼が本を閲覧し、アシスタントからしばしば黒い傘で隠されている様子が映されていました。





"He loved the poetry section," Dave Dutton said as Dirk chimed in that Ralph Waldo Emerson was Jackson's favorite. "I think you would find a great deal of the transcendental, all-accepting philosophy in his lyrics."

デイブ・ダットンが「彼は詩のコーナーが好きでしたね」と言うと、デイブの息子ダークは「ジャクソンは、ラルフ・ウォルドー エマソンがお気に入りだった」と話の中に割り込み、「彼の歌詞には、すべての素晴らしく偉大な哲学の影響が感じられる」と語る。


◎ラルフ・ワルド・エマーソン(Wikipedia)
◎ラルフ・ウォルドー・エマソン(Amazon)
◎R.W. エマソン(Amazon)


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Largely an autodidact, Jackson was quite well read, according to Jackson's longtime lawyer. "We talked about psychology, Freud and Jung, Hawthorne, sociology, black history and sociology dealing with race issues," Bob Sanger told the LA Weekly after the singer's death. "But he was very well read in the classics of psychology and history and literature . . . Freud and Jung -- go down the street and try and find five people who can talk about Freud and Jung."

ジャクソンはほとんど独学でした。ジャクソンの永年の弁護士ボブ・サンガーによれば、ジャクソンはまさに博識で、「心理学、フロイトとユング、ホーソン、社会学、黒人の歴史と人種問題を扱う社会学について、我々は話しました」「彼は心理学と歴史と文学の古典に、非常に造詣が深かった... フロイトやユング... 通りに出て試してみてください。フロイトとユングについて話すことができる5人でも見つかるかどうか」弁護士は、歌手の死後、LAウィークリーに語りました。

Hours after his death, Jackson's 1988 autobiography, "Moonwalk," despite being out of print, entered the Amazon bestseller list for biography and memoir at No. 25.

彼の死の数時間後、1988年のジャクソンの自伝『ムーンウォーク』は、絶版だったにもかかわらず、アマゾン・ベストセラー・リストの伝記と回顧録部門において25位を記録。


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相変わらずパジャマなんですけどw、書店に行くときは、グレーのペイズリーという「知的でクラシック」なものを選んでいてw、このスリムなトレンチコートの下に着て、袖口を折り返してるとことか、妙にオシャレに感じられるのが、、不思議。。


"I've always wondered if there was a library in Neverland," Doug Dutton mused. Indeed there was -- Sanger told LA Weekly that Jackson's collection totaled 10,000 books.

「私は、ネヴァーランドに図書室があったかどうかは知りません」と、ダグ・ダットンは感慨を込めて言う。しかし、それは本当にありました。サンガー弁護士は、LAウィークリーで、ジャクソンの蔵書は合計1万冊だったと語った。

And while the seven-bedroom Holmby Hills home that he leased this year had a sunny pool and other luxuries the sunlight-wary Jackson might not have taken advantage of, it also featured something he very well might have: a wood-paneled library.

そして、太陽に敏感であったジャクソンが利用しなかったかもしれない日当りのよいプールと、他の贅沢な施設を備え、今年、彼が借りていた7ベッドルームの豪邸「Holmby Hills」は、彼が多く所有していたのものを特徴としていました。ーーー「木製の重厚な造りの図書室」

carolyn.kellogg@latimes.com
Copyright © 2013, Los Angeles Times

source : http://www.latimes.com/

(記事引用終了)


*ダットン・ファミリーが経営する「Dutton's Books」は、希少な古書なども扱う、LAの有名なインデペンデント書店でしたが、2006年に閉店しています。ウォルマートや、Amazonの台頭といったことが、主な要因と考えられているようですが、同じ頃、超優良顧客だったMJがこの地を離れたことも、かなりの痛手だったりして....


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「Holmby Hills」の紹介動画
Michael Jackson's Final Home : Zillow Home of the Week





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これが、Holmby Hills の「wood-paneled library」だと思う。。


☆MJと書店オーナーの話は、6月25日にもアップします。



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by yomodalite | 2013-06-21 09:09 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(2)
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MJが本を持っている写真を見ると、異常に食いついてしまう癖があるのですが、ものすごく集中して見てみても、本のタイトルが解読できることってなかなかないんですよね。

上の写真は、そういった中では、なんとか解読できそうな部類で、タイトルっぽい4行の一番上は、SALA KSIAZECA かなぁ、、と。でも、このスペルは英語じゃないし、ドイツ語でもないし、ロシア語でもない… と頭を抱えたんですが、、

ポーランド語の「Sala Książęca」ではないかと散々粘って解読しました。

ところが、この言葉、ポーランド語のGoogle翻訳で見てみても、さっぱり意味がわからない。でも、、英語が母国語のMJが、他国語の本を見てるとすれば、おそらく「美術書」でしょう?

しかも、ドイツ語でもフランス語でもスペイン語でもなく、ポーランド語の本を。。と思ったら、ちょっとビリっと来たんですね。

何がって、、んーーと、ハプスブルグ家とか、神聖ローマ帝国とか、なんかそんな感じのがww

そうなると、ますます、どんな感じの本なのか興味が尽きなくなって、さらに、粘って、検索を続けたところ、

こんな記事が、、
http://www.lubiaz.republika.pl/anpolo.htm

(下記は、上記のページを下にスクロールして隊長の写真が出てきたところ)


King of pop music

On 28 May 1997 on a football pitch in Lubiąż the helicopter with Michael Jackson has landed. The singer were interested in Lubiąż after seeing a picture of Monastery. Jackson were in Monastery only 20 minutes. Children had greeted him with bread and salt. He has visited the Monastery which has a roof surface over 330 thousand m3 in express speed. He went into raptures in Sala Książęca, got a watercolour of . After visit he boarded to helicopter and flied off.

1997年5月28日、Lubiąż のフットボール競技場の上に、マイケル・ジャクソンを乗せたヘリコプターは着陸しました。歌手は、Lubiążで修道院の写真を見て興味を示しました。ジャクソンが修道院にいたのは、わずか20分の間ですが、子供たちは彼をパンと塩で歓迎し、彼は33万㎥以上の屋根をもつ Sala Książęca を駆け足で見て回り、すっかり魅了され、水彩画を買って、それからヘリコプターで飛び去っていきました。

(引用終了)


1997年ということは、ヒストリーツアーでポーランドに行ったときに、ここにも立ち寄ったのかなぁと思ったんだけど、ヒスツアーがポーランドで行なわれたのは、1996年の9月で、1997年5月28日というと、1997年1月4日のハワイと、同年6月3日のドイツ公演の間なので、その間を利用したプライヴェートのエピソードなのかな?

◎HIStory World Tour (1996-97) SECOND LEG

となると、

わずか20分とはいえ、MJは「Sala Książęca」に、かなり惹かれるものがあったから、出かけているような、、「Lubiąż」というのは、おそらく地名で、ドイツ語表記では「Leubus」らしい。

というところまで何とか解明できたら、ポーランド語と違って、ドイツ語検索は少しは楽になったんだけど、、どちらの単語も、ポーランド地図で見ても、なかなか探せないぐらいの地名なので、たぶん、ここを訪れる人の大半は「Sala Książęca」に関連した建物を目当てなのかな。。

で、写真に写っている本のタイトルを、再度、目を凝らしてみてみると、

2行目は、たぶん、ポーランド語の「OPACTWA」で、これは修道院(大寺院)という意味らしく、3行目は「CYSTE RSKIFGO」とか「CYSH RSKIEGO」などに見えるけど... 不明。4行目は、最初の文字はわかんないけど、、後は「LUBIAZ」に見えるので、

やっぱり、Lubiąż にある Sala Książęca という大寺院の写真集ではないかと。。

同ページの「History」の内容からも Sala Książęca は修道院(大寺院)の名前のような気がするのだけど、Silesian Baroque 建築で有名な Lubiąż Abbey(Lubiąż大寺院)の中でも、特に有名な「Prince Hall」のことをポーランド語で「Sala Książęca」というのかもしれません。( → 後述)


なので、、妄想推理としては、


写真のMJはヒストリー期の感じだけど、乗ってる列車は、90年代後半の欧米先進国のものでは無さそうなので、

ヒスツアーで、ポーランドを訪れたときに立ち寄った書店で見つけた「Sala Książęca」の本が素晴らしかったので、それで、あとから再度、実物を見に行った。。。

MJが見ていた本の中身は、こんな感じだったのではないでしょうか。。



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確かに、MJが行ってみたくなるような場所ですよね!

で、これぐらいで、満足してもよかったんだけど、


本のタイトルについて、さらに、しつこくww 粘ってみた結果(呆)、ちょっぴり驚く意外な事実もわかりました!


この建物は、ドイツ表記では、Kloster Leubus in Schlesienで、英語だと、Cloister Leubus in Silesia らしい。。

◎[参考記事・ドイツ語]Kloster Leubus in Schlesien
◎[参考記事・英語]Silesian_architecture
◎シレジア(Silesian)Wikipedia


Cloister Leubus in Silesia → シレジア(地方)Leubus(の)修道院

Kloster Leubus in Schlesien → Lubiążu klasztor na Śląsku(自動翻訳)→ 
Klasztor Cystersów w Lubiążu もしくは、Lubiąż - klasztor Cystersów
Klasztor Cystersów w Lubiążu → Cistercian monastery in Lubiąż(自動翻訳)

本のタイトルの4行目の最初の文字はたぶん「W」で、これは英語の「IN」らしく、後は「LUBIAZ」に見えるので、

3行目を飛ばして繋げると、Sala Książęca Opactwa w Lubiąż

これを、英語に自動翻訳してみると、Prince Hall Abbey in Lubiąż

*ただし、英語からポーランド語では、Książęca = Prince ではなくて「Principe」。

不明の3行目は「S」から後が異なるものの、たぶん「Silesia」(シレジア)という意味の、ポーランド語の「Cystersów」に近い言葉で、

Sala Książęca
Opactwa
Cystersów
w Lubiąż

これだと「Prince Hall Cistercian abbey in Lubiąż」(シレジア地方、Lubiąż 大寺院のプリンスホール)で、ちょうどいいんだけどなぁ。。






上記のような動画をしつこく検索しているうちに、

MJの2度目のポーランド訪問の動画を発見!!!

Sala Książęca の中にいるところも映っているのだけど、この様子だとプライヴェート訪問とはほど遠いみたい。。



(Warsaw '97 - The Second Visit)



下記は、上の動画に付けられていた待望の英語文!

The second visit of Michael Jackson in Warsaw, Poland. Some extracts from TV news about this event.
During various meetings with polish officials, MJ revealed the plans of building 'Jacksonland' (a theme park similar to Disneyland) in Poland. MJ was extremely astonished by the previous year' warmthly welcome (during his HIStory World Tour Warsaw'96), so he decided to erect the park in Warsaw and also buy the Lubiąż castle for his european residence.
Unfortunately the castle was not for sale, and the complicated law regulation caused entertainment project failure.

ワルシャワでのマイケル・ジャクソンの2回目の訪問。このイベントに関するテレビ・ニュースからの抜粋。当局との様々な会談の間に、MJは、ポーランドで『Jacksonland』(ディズニーランドに類似したテーマパーク)を造る計画を明らかにしました。MJは前年、ワルシャワを「HIStory World Tour」で訪れ、大変歓迎されたことに驚き、そこで彼は、ワルシャワでテーマパークを建設し、彼のヨーロッパの住居として、 Lubiąż 城を買うことを決めましたが、城は売りに出されてはおらず、また、複雑な法律規制は、エンターテイメント・プロジェクトの倒産をも引き起こしました。

(引用終了)

まさか、ここに住むつもりだったとは・・・

プリンスが生まれて間もない頃で、「プリンス・ホール」だし。。みたいな?(笑)


この頃から、最晩年まで、あらゆるプロジェクトを頓挫させてきたMJなので、、
あちこちの国でこれに似た計画があったような気もしますが、

チャンドラーのことが騒がしかった頃から、誰もが、他人を批判し、審判をすることに熱中し、被害者になりたがる米国を離れ、自分の愛がシンプルに伝わり尊敬された、この地で世界中のこどもたちのための新たな「ネヴァーランド」として『Jacksonland』を建設しようとしてたのかなぁ。。。


追記(6.17)

コメント欄で、みっちさんが、同じタイトルの本を見つけてくださいました!
http://allegro.pl/sala-ksiazeca-opactwa-cysterskiego-w-lubiazu-i3309333262.html

MJが読んでいた本のタイトルは、
SALA KSIĄŻĘCA OPACTWA CYSTERSKIEGO W LUBIĄŻU

で、間違い無さそうです。
みっちさん、どうもありがとうございました!

とすると、、、

Cysterskiego は、英語だと「Cistercian」(シトー修道会の)なので、

◎シトー会(Wikipedia)

本のタイトルを、なんとか日本語にすれば、
Leubus(にある)シトー修道会寺院のプリンスホール みたいな感じかな。。。


追記(6.21)

Lubiąż(Leubus)は、ポーランドの Województwo dolnośląskie(ドルヌィ・シロンスク県)にあり、県都であるヴロツワフ(Wrocław。ドイツ語:Breslau)から54キロほど離れた、人口およそ2000人ほどの村みたい。

◎Lubiąż(Wikipedia)

◎ドルヌィ・シロンスク県(Wikipedia)

◎ヴロツワフ(Wikipedia)


プリンスホールと言われるのは、おそらく、シレジア王子ボレスワフに関連していて(違うかなぁ。。)

王子ボレスワフというのが、ボレスワフ何世なのかはわからないんだけど、Lubiąż にある、最初のシトー修道会の寺院が出来た1163年と年代があうのは、ボレスワフ1世ヴィソキで、彼は、神聖ローマ皇帝フリードリッヒ1世の従兄弟みたい。。

◎ボレスワフ1世ヴィソキ(Wikipedia)


みっちさんが、ここまでの経緯(コメント欄参照)などをまとめてくださいました(感謝!)みっちさんのおかげで、この件について、さらにしつこく追っかけようという気になってきました043.gif



みっちさんによる、プリンスホールの詳細なレポート
これで、主要人物はすべて揃った!



その他、本文中には書ききれなかった探求の経緯については、
コメント欄をご覧ください。



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by yomodalite | 2013-06-16 11:11 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(27)
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マイケルの元顧問弁護士ボブ・サンガーの話には、直接、書名は出て来ないものの、
読書好きの方なら、色々と想像できる内容になっています。

何度か引用している内容ですが、こちらに記録しておくことにしました。

英文は、こちらの「Michael's Love For Reading In General」から。
和訳は、こちらの「とてもとても素晴らしいブログ」から転載しています。

Michael’s lawyer, Bob Sanger :

And the third thing was that Michael was extremely well-read.

ボブ:三つ目は、マイケルは非常に広く深く書物に触れていたということです。

I didn’t know that.

知りませんでした

No. Few people did. In trial – and I knew Michael, but I got to know him a lot better at the trial. The judge was doing jury selection, and it was time for break. Judge Melville said, ‘Ladies and gentlemen, I want you to know that jury service is very, very important.’ He’s trying to convince people not to have stupid excuses to get out of jury service. All judges do this. He says, ‘The jury system is a very time-honored system. It’s been around for 200 years. We’re going to take a break and come back in 15 minutes.

ボブ:でしょうね。知っている人はほとんどいませんでした。 私はマイケルと古くからのつきあいですが、あの裁判の時に彼のことをずっと深い意味で知ることになりました。 裁判長が陪審の選定を行っていた時のことです。

休憩時間になり、メルヴェイユ裁判長はこう言いました。「みなさん、陪審の務めは非常に重要なものであるということをご理解下さい」裁判長は、皆がばかな言い逃れをして陪審の務めを逃げたりしないように働きかけていたのです。裁判官の誰もがやることですが。彼はこう言いました。

「陪審制度は、非常に歴史のある制度です。 200年ぐらいも前から続いてきた制度なのです。それでは休憩に入りますが、15分後にはお戻りください」


We stand up and the judge leaves, and Michael turns to me and says, “Bob, the jury system is much older than 200 years, isn’t it?’ I said, ‘Well, yeah, it goes back to the Greeks.’ He says, ‘Oh yeah, Socrates had a jury trial, didn’t he?’ I said, ‘Yeah, well, you know how it turned out for him.’ Michael says, ‘Yeah, he had to drink the hemlock.’ That’s just one little tidbit. We talked about psychology, Freud and Jung, Hawthorne, sociology, black history and sociology dealing with race issues. But he was very well read in the classics of psychology and history and literature.

ボブ:みんな立ち上がり、裁判長は退廷します。
するとマイケルはこちらを向いて言ったのです

マイケル「ボブ、陪審制度は200年どころではなく古い制度だよね?」
私「ええと、そうだね、古代ギリシャ時代からある」
マイケル「そうだよね、ソクラテスも陪審裁判を受けただろう?」
私「そうだ、ほら、どういう結果になったか知っているだろう?」
マイケル「ああ、毒ニンジンの毒薬を飲まなくてはならなくなったんだったね」

これは、ほんの一例です。

マイケルと私は、心理学、フロイトやユング、 ホーソン、社会学、黒人の歴史、人種問題を扱った社会学などについて色々話し合いましたが、彼は心理学の古典的著作や歴史や文学に驚くほど精通していました。

That’s fascinating.

すごいですね


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He loved to read. He had over 10,000 books at his house. And I know that because – and I hate to keep referring to the case, because I don’t want the case – the case should not define him. But one of the things that we learned – the DA went through his entire library and found, for instance, a German art book from 1930-something. And it turned out that the guy who was the artist behind the book had been prosecuted by the Nazis. Nobody knew that, but then the cops get up there and say, ‘We found this book with pictures of nude people in it.’ But it was art, with a lot of text. It was art. And they found some other things, a briefcase that didn’t belong to him that had some Playboys in it or something. But they went through the guy’s entire house, 10,000 books. And it caused us to do the same thing, and look at it.

ボブ:マイケルは心底読書好きでした。 自宅には10,000冊以上の書籍を持っていました。どうして知っているかというと、検察側が彼の書斎を徹底調査したからです。 事件のことにばかり触れるのは嫌なのですが... というのは、彼の人生はあの事件をもって語られるべきではないからです。

ですが、検察側は例えば、1930年代のドイツの画集などを探し出しました。これはナチスに迫害されたアーティストによるアートブックでした。でもそのことは誰も知らず、警察官たちは「ヌードの絵(写真)が入った本を見つけた」と騒いだのです。、、、 検察側はマイケルの家中をしらみつぶしにあたり、そこには10,000冊の本があったのです。弁護側も必然的に同じことをし、本を一冊一冊見ていったのです。


And there were places that he liked to sit, and you could see the books with his bookmarks in it, with notes and everything in it where he liked to sit and read. And I can tell you from talking to him that he had a very – especially for someone who was self-taught, as it were, and had his own reading list – he was very well-read. And I don’t want to say that I’m well-read, but I’ve certainly read a lot, let’s put it that way, and I enjoy philosophy and history and everything myself, and it was very nice to talk to him, because he was very intellectual, and he liked to talk about those things. But he didn’t flaunt it, and it was very seldom that he would initiate the conversation like that, but if you got into a conversation like that with him, he was there.

ボブ:マイケルが腰を落ち着けて本を読むお気に入りの場所がいくつかあり、彼が栞やメモなどをはさんだ本が何冊も置いてありました。色々話して分かったことですが、彼は本当に幅広く読書していました。独学で自分で書籍を選んでいた人とすればなおさらです。私は自分が博識だなどと言うつもりはありませんが、でも実際多くの本は読んできていますし、哲学、歴史、何でも読むのが好きですが、彼との会話は非常に楽しいものでした。

彼は極めて知的でしたし、そういったことを話すのも好きだったからです。もっとも彼は博識さをひけらかすことはありませんでしたし、自分からそういった会話を持ちだすこともめったにありませんでした。ですが、一旦そういう話題が出るといくらでも面白い会話ができる人間だったのです。


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Do you remember the last time you saw him, or talked to him?

彼に最後に会ったり話したりした時のことを?

The last time I talked to him was right after the trial, and then he moved out of the country. I had not seen him personally, in person – I talked to him on the phone – since them. Of course, I talked to people around him, because we still took care of matters for him. But the best I can say, and I don’t want to oversell my significance in his world, but I want to convey this side of him that people didn’t see. I just hate – every time I hear Jay Leno or somebody take a cheap shot – and Jay Leno I think is a very funny man – but every time they take a cheap shot I think, that really isn’t fair, because that’s not who he is. And few people had an opportunity to really experience the kindness of him and his family. And few people really had the opportunity the have these intellectual discussions about great thinkers and writers. Freud and Jung – go down the street and try and find five people who can talk about Freud and Jung.

ボブ:最後に話したのは裁判が終わってすぐのことでした。 その後彼は国外に居を移したのです。直接会ったのではなくて電話で話しました。 もちろん、マイケルのスタッフとはそれ以降も話すことがありました。 あの後も法的事項を任されていたからです。 マイケルに関わる自分の役割を過大に喧伝するつもりはありませんが、 みなさんがお分かりになっていなかったマイケルのこうした側面について、私はお伝えしたいと思っています。

ジェイ・レノのお笑いはうまいと思いますが、それでも彼や他の誰かが マイケルについて卑劣な攻撃をするのを聞くと、本当にアンフェアだと感じますし、遺憾に思います。 本当のマイケルとはかけ離れているからです。

マイケルやその家族の親切を実際に経験する機会に恵まれた人は、ほとんどいませんでした。そしてマイケルと向き合って、偉大な思想家や文筆家について、 知的な会話を楽しむ機会に恵まれた人も数えるほどしかいませんでした。 ちょっと通りに出て試してみてください。フロイトやユングについて、深い会話ができる人間が5人でも見つかるかどうか。


(引用終了)



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by yomodalite | 2013-01-22 08:48 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(2)
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フランク・カシオ著『マイ・フレンド・マイケル』には、読書があまり好きではない人や、青少年のために、誰にでもお勧めできるような本が多く紹介されています。


Frank Cascio, “My Friend Michael”

On weekends in the city, we often went to the movies or comic book stores, but what I remember most fondly about those visits was that Michael introduced me to the joys of books. I was dyslexic, and reading had always been tough for me, but when I complained that I didn’t like to read, he said, “Well, then you will be dumb and ignorant for the rest of your life. Frank, you can do anything you want in this world, but if you don’t have knowledge, you are nothing. If I gave you a million dollars right now, would you take it? Or would you want to have the knowledge of how to make that million on your own?” I knew the correct answer to this question. “I’ll take the knowledge.” “That’s right. Because with knowledge you can make the first million into two.”

ニューヨークで週末を過ごしたときはよく、映画を観たり漫画専門書店に行ったりした。僕の胸に一番の思い出として残っているのは、マイケルに本を読む楽しさを教えてもらったことだ。僕は識字障害で、本を読むのは苦手だった。だが、マイケルに本が嫌いだというと

「だったら一生無知で馬鹿のまま過ごすことになるよ。君はその気になればどんなことだって実現できる。でも、知識を身につけなければゼロだ。今、僕が100万ドルあげると言ったら受け取るかい? それとも、100万ドル稼ぐ方法を知りたい?」

僕には答えがわかっていた「稼ぐ方法」

「そうだ。それがわかっていれば、稼いだ100万ドルを、200万ドルに増やせるからね」

原文 http://rhythmofthetide.com/


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マイケルが僕に最初に読ませたのは、『積極的考え方の力ーポジティブ思考が人生を変える』(ノーマン・V・ピール著)という本だった。その本に書いてあることのは、マイケルが話していることと重なる部分があって、僕は惹き込まれた。そして、これがきっかけで、僕は本が読めるようになり、その後はマイケルお勧めの本を読んだり、マイケルが読んでいる本を覗き込んだりするようになった。

マイケルの甥っ子たちも本好きで、マイケルは書店でみんなに「なんでも好きな本を買ってあげるよ。君たちへの投資だ」と言っていた。僕たちは本を大量に買い込んではトランプタワーに戻り、本を広げて寝そべった。ペンとノートも用意していた。僕たちはこれを「トレーニング」と呼んだ。お互いに「トレーニングの時間だ」と声をかけて、思い思いの場所で何時間も読書にふけるのだ。

マイケルは本を愛する方法も教えてくれた。新しい本を買ったら、四隅にキスをすることを教えてもらい、それが習慣になった。面白い本を読み終えたとき、マイケルが手を叩いて笑い、本にキスしていたことは忘れられない。(P96~97)


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自分の可能性を最大限に追求する姿勢も、マイケルから教わった。同じ目線に立って、真摯に向き合ってくれるマイケルの教えを、僕は素直に受け入れた。学校では、僕は決していい生徒ではなく、ぼんやり夢想にふけることも多かった。そんな僕にマイケルは、学校以外でも学べる場所はいくらでもあると教えてくれた。世界の偉人には、エジソンやアインシュタインのように学校での成績がよくなかった人もいるんだ、何かの道を極めたければ、独学で知識を身につければいい ー マイケルは僕のすることを無条件に応援し、信じてくれた。(P49〜50)


「マインドマップを作るよ」

マイケルのそばでこども時代を送るということは、彼独特の哲学を身につけることを意味している。その日教えてくれたマインドマップとは、心をとらえた場所や人、気に入ったものや、実現したいものの写真を、ノートに切り貼りしていく、というものだ。用意するのは、写真がいっぱい載った雑誌、新品のノートに、糊とハサミ。道具を買い揃えると、僕たちは大型の豪華ツアーバスに乗り込んだ。

◎参考記事:すごい!マインドマップを集めてみた[NAVER まとめ]


マイケルは成功哲学を説いたお気に入りの本を、すでに何冊も僕に与えてくれていた。

『地上最強の商人』(オグ・マンディーノ著)『眠りながら成功する』(ジョセフ・マーフィー著)『理想の自分になれる法』(シャクティ・ガワイン著)といった類いの本を、本当にたくさんもらった。(P107〜108)


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マイケルが宿泊するビヴァリーヒルズ・ホテルのバンガローに2週間滞在していたときのこと。マイケルがよく瞑想しているのを知っていたので、僕もやってみたいと言うと、すぐに賛成してくれた。「君も絶対やるべきだよ。雑念を払って、考えを巡らせたり自分の好きなことを思い描いたりするんだ。瞑想は種を植えるにに似てる。心に種を植えれば、それが現実になるんだよ」

ホテルでは、マイケルのお抱え運転手のゲーリーが瞑想の指南役になってくれた(中略)ろうそくが立てられ、床にハンカチが敷かれた部屋で、言われるままに目を閉じ、深呼吸した。

スコットランドを走るバスの中で、マイケルと僕は一緒に瞑想を始めた。マイケルが時間を計って、ふたりで25分瞑想し、5分休んで締めくくった。それからというもの、1日1回は瞑想するのが僕たちの儀式になった。(P109〜110)



僕とマイケルはマインドマップを作り、瞑想して、心の働きや、自分たちが宇宙においてどのような存在なのかといったことを語り合った。あのとき作ったマインドマップを、僕は今でも持っている。僕はマイケルから教わった。志と自覚を持ち、自分を高めて行く人には、大きなチャンスが巡ってくるということを。

マイケルは目に見えるものひとつひとつが、どんなにかけがえのないものかを話してくれた。バスを停めて、日が沈むのを眺めたこともある。青々とした草がどこまでも広がり、美しい高木が視界を縁取っていた。

「ほら、あれを見て。ああいう景色を見れば、神様がいることが実感できるよ。こんな旅ができて、僕たちは幸せだ。みんなが毎日こういう眺めを目にしていれば、地球をもっと大切にするようになるんじゃないかな」マイケルは地球を心から愛していて、そのことを隠そうとはしなかった。

この旅の最中にマイケルの勧めで読んだ本の1冊に『かもめのジョナサン』がある。

ジョナサンは自分にただのカモメとして生きる以上の人生があることに気づいた。いま目の前にあるものがすべてではないと知ったのだ。マイケルは、このジョナサンのように生きたがっていた。みんなが無理だと思うところまで飛んで、誰も経験したことのない人生を歩む。

「君はジョナサンになりたい? それともふつうの鳥になりたいかい?」よくこう尋ねられたものだ。

マイケルはこんなことも言った。「集めた写真や言葉について、しっかり学ぶこと。鏡を見て、どんなことを実現したいか自分に言い聞かせるんだ。毎日やれば、現実になる」

「それだけでいいの?たったそれだけ?」

「考えや言葉だけじゃなく、全身にその思いがみなぎっていないとだめだよ。毎日、それを肌で感じて生活するんだ。心から信じられるようになるまでね」

「へぇ、すごい」僕は感動しまくっていた。「なるほどね。マイケルはそれを音楽でやってるんだ」

「そうだよ。まさにその通りさ。そのうち映画でも同じことをやりたいと思ってる」(P111〜112)


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こどもが体験するあらゆることに気を配ろうとするマイケルの姿勢は、デビーが妊娠したときから現れていた。名前も、生まれる前からプリンスにすると決めていた。ジャクソン家に伝わる名前だそうだ。マイケルはテープに「プリンス、お父さんだよ。愛してる。お父さんはプリンスが大好きだよ。ほんとうにいい子だね」と吹きこみ、

児童文学や『白鯨』『二都物語』といった名作の類いも音読して録音していた。そして夜、デビーがイヤホンをお腹に当てたり、スピーカーから流したりしてそれらのテープを赤ちゃんに聞かせ、マイケルの声に慣れさせていた。(P123〜124)


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by yomodalite | 2013-01-21 18:00 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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