カテゴリ:MJ考察系( 75 )

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マイケルとハワード・ヒューズ[2]映画『アビエイター』の続き


読んでくださっている方の中には、映画を観ていない方も多いと思いますが、日本ではあまり知られていない人物の伝記映画なので、ここからは、映画のあらすじを結末まで説明しようと思いますので、ご注意ください。

下記は『アビエイター通常版DVD』のコメンタリー字幕(監督、スタッフなどの解説)から、スコセッシが語っていることを抜粋して引用。

彼は世界最速の飛行機造りに挑戦しただけでなく、航空会社の経営や映画製作にも関わった。だが最大の関心事はやはり飛行機だった。ヒューズは我々の世界に多大な影響を与えている。科学者、挑戦者、パイロット… 彼はそのすべてだった。

人々は当時からヒューズの伝記を読んでは彼の言動や立場をあげつらい、あれこれ批判していた。だが本作で描いたのは、世界を変えようと息巻く若き青年の姿だ。そのプライドが最後には彼を苦しめ、強迫神経症にまで追いやるわけだが…

観客はレオ(ディカプリオ)という役者を媒介に、彼の苦悩を我がことのように感じるだろう。僕らはヒューズを1人の人間として描いた。病気が進行してからもその立場は変わらない。

彼(ヒューズ)が買収したRKO社の映画で初めて彼のことを知った。後には「世界一の大金持ち」と認識するようになる。ラスベガスのホテルに住み街の施設を次々に買収。やがて、あらゆる奇行の噂がささやかれるようになる。。。

潔癖性のこと、“取り巻き” たちの黒い噂など… 彼の大空への情熱など子供のころは知らなかったが、それを本作では描いてみたかった。

僕の頭の中には常にあるイメージがあった。ギリシャ・ローマの文学や、神話が好きでよく読むんだが、ヒューズは蝋の翼をつけたイカロスのように思える。イカロスの父は翼をつくり、ヒューズの父は翼を作るだけの金を遺した。なのに彼は迷宮から永遠に逃れられない。迷宮の正体は彼自身の狂気と執着、欲望、そして何よりプライドだった。彼の欲望には限度がなかった。

英雄には必ず暗い一面があるものだ。もっと革新者、開拓者としての彼の姿を見て欲しい。

ヒューズがかつてどれほどの高みにいたのか、僕は考えたこともなかった。アイデアに満ちた優秀な若者が少しづつ追いつめられ、それでも必死で何かを生み出し自分らしくあろうと奮闘する。彼は病いと闘いながら航空界に貢献するが、最後には自分自身の内に囚われてしまうんだ。

(引用終了)





予告編は、アビエイター(飛行機乗り)というタイトルらしく、ヒューズの力強さなども感じられるのですが、本編はそうではなく… 

ディカプリオが演じることで、ヒューズが身近に感じられるという意図は理解できます。難聴、潔癖性、強迫神経症といった持病を抱えながらも、少年のような純粋さで夢を追い続ける、そんな人物の繊細さを演じるには、ディカプリオはぴったりで、

父の事業を受け継いだ頃を演じている彼は、本当の少年のようで、『ギルバート・グレイブ』や『ロミオとジュリエット』の頃の、あの繊細なレオ様が帰ってきたという感じがしました。

でも、実際のヒューズの印象とは異なっていて・・・

革新者、開拓者として世界を変えようとした青年の姿を描くはずの場面ひとつひとつに、いちいち神経症の演技プランだけがしっかりと挟み込まれていて、

ヒューズの本当に輝かしい瞬間、物語の山場であるはずの『地獄の天使』のスゴさも「公聴会」についても、説明不足でまったく伝えられていません。

奇人変人として流布されてしまった、ヒューズのイメージを回復させようとして、彼の奇行の理由を「病気」に求めているのでしょうけど、それが、彼の偉業よりも強調され過ぎていて、結局、この映画では、ヒューズの難聴や強迫神経症ばかりが印象に残ります。

下記は、プロデューサーのマイケル・マンのコメンタリー。

本作は悲劇的な結末をもつ壮大な叙事詩だ。僕ら現代人にはヒューズのヴィジョンに親しみと共感を覚える。飛行機に対しても映画に対しても彼の読みはすべて正しかった。誰よりも未来を見通していたんだ。

今日では当たり前に感じるが、TWAは国際線・国内線を扱う最初の航空会社だった。(中略)J・ラッセルのための特製のブラジャーもデザインした。役者の演出に際しては、現在「メソッド演技」と呼ばれるスタニスラフスキ・システムを採用。『暗黒街の顔役』のP・ムニの演技はR・デニーロやA・パチーノ、M・ブランドに引き継がれる。

すべての始まりはヒューズだったんだ。

彼は病いに侵されながらも多方面に偉大な革新をもたらした。

(引用終了)

映画を見た人には、ヒューズがそこまで偉大には見えなかったでしょう。この映画で描かれたような精神状態で、どうしてそこまでの仕事ができたのか?と疑問に思った制作者は誰もいなかったんでしょうか?

彼が成した仕事は、ひとりの人間がやったこととは思えませんが、すべて「事実」です。でも、彼の奇行や、神経症と言われるようなことについては、人々が創った「物語」ではなかったかと。

映画では、ヒューズの母親の細菌への怖れが、ヒューズに潔癖性を発症させたトラウマだと捉え、また、彼が引きこもったり、孤独な生活を好むようになったことも、難聴や、強迫神経症と強く関連づけ、重度の神経症に陥っていく姿でエンディングを迎えます。

理想を追求し続けるような超人が、「ロマンティックな破滅」を迎えなければ、観客にとって「失われた個人主義への郷愁」に、安心して浸ることができないかのように。

「未来への道だ…(the way of the Future…)」と、言い続ける人間を、まるで精神患者のように。






下記は、スコセッシ映画の多くを編集しているセルマ・スクーンメイカー

飛行記録をつくって、TIME紙の表紙を飾ったヒューズの本当に輝いていた頃を、今の若い人にも知ってもらいたかった。

心臓が体の右側に移動するほどの大怪我を追っても、奇跡的に生き延びたのは、強い気力と野心があったからこそと思う。ただ、手術は成功したものの、彼の外見は大きく変わってしまった。口ひげを生やすようになったのも、この影響によるもので、事故は、彼の病気にも悪影響を与えたと。

そこあと、ヒューズは松葉杖と格闘し、自ら公聴会に出向くまでに回復したものの、肉体的なダメージは彼の精神を消耗させた。体の回復は確かに早くて、実際にハーキュリーズに乗る彼の映像を見て、本当に驚いた。

(引用終了)

どんなに映像や写真で、実際の彼の元気な姿を見ても、その裏面を執拗に悪い方に想像していると思うのは、私だけでしょうか。

スクーンメイカーは、こうも言っています。

偉大な芸術家と呼ばれる人々は見ていて辛い存在だと思う。彼らが芸術家として優れているのは、人生に対して異常なまでに感じやすいからだもの。ヒューズは才能に溢れながらも常に苦しみ続けた。多くの天才たちと同じように。マーティン(スコセッシ)が素晴らしいのは、こういう難しい人物を愛すべき存在だと感じさせてくれることね。

(引用終了)


感動的で、たしかにそのとおりだと言いたくなる言葉なんですが、ヒューズのように、ありえないレベルの優れた人間を「愛すべき存在」をするために、病気ばかりに注目し、成功よりも、破滅を描きたいのだとすれば、

そういった精神こそが「病んでいる」のではないでしょうか。

[1]で紹介したキーツ本を「つまらなかった」とか、文章家の貧弱な空想力だなどと、言ってしまったことを、撤回しようか迷っています。

読んでいるときは、MJが言っている意味が書かれていないと感じ、ヒューズにまつわる混乱の何もかもがよくわからなかったのですが、あまりにも「単純化」され、恣意的に描かれている映画を観終わったあとでは、キーツが言わんとしていたこともわかってきて、映画を観る前に、読んでおいて本当に良かったと今は思っています。

ヒューズの偉業については知らないけど。。

というMJファンの人に、この気持ちを説明するなら、少なくとも、キーツは『インヴィンシブル』までMJがやったことを描いているけれど、

映画は、マイケルの偉業を『スリラー』期に限定し、『デンジャラス』までのマイケルを描いて、そこから破滅に向かったと決めつけ、そのすべてを「病気や怪我」や「幼少期のトラウマ」で説明しているようなものです。

ここで紹介した制作者たちのコメントからは、彼らがヒューズに対して悪意などなく「善意」や「愛」をもっているように見えます。でも、彼らが描いたヒューズの姿は、その後も、財産を殖やし続け、TWAを去ったあと、60歳から、新たな事業で大きな業績を遺した彼の「事実」と照らし合わせれば、私には「捏造」と思えてなりません。



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by yomodalite | 2014-04-12 08:56 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)
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マイケル・ジャクソンが語ったヒューズを求めて、マーティン・スコセッシ監督の2005年の映画『アビエイター』も観てみました。

スコセッシ監督といえば、名匠というだけでなく、MJの長編ヴィデオ第2作である『BAD』の監督でもあり、MJが尊敬する俳優として名前をあげたデ・ニーロの代表作を何作も創り、コッポラ、ルーカス、スピルバーグといった、MJとも親交が深い監督たちとの絆も含めて、とかく縁の深い監督。

この絆には、黒澤映画と三島由紀夫の糸も絡んでいて、黒澤に関しては有名なので、三島との繋がりに関してだけいうと、コッポラは、MJが信頼していた監督というだけでなく、彼の先生でもあり、親友でもあったブランドの傑作であり、彼自身も最高の仕事をしたと自負する映画『地獄の黙示録』を監督していたとき、三島の『豊穣の海』を強く意識し、

また、スコセッシ監督の『タクシードライバー』の脚本家である、ポール・シュレイダーは、日本未公開の映画『Mishima : A Life In Four Chapters』の脚本家で、また、この映画の製作総指揮は、コッポラとルーカスが務めています。


MJの映画への強い関心は生涯にわたるものでしたが、彼が大好きな30年代のギャング映画の代表作『暗黒街の顔役(Scarface)』は、ヒューズが制作し、同じハワードと言う名のハワード・ホークスに監督を依頼した映画です。

このときヒューズの頭の中にあったのは「あたかもシカゴを舞台にしたボルジア家のような、カポネ一家の物語」でした。

ボルジア家は、しばしば歴史物語や、映画の中で悪役として登場する貴族ですが、ルネサンスを生んだという評価もあり、華やかな当時の文化を担っていました。貴族のような生活と残忍な冷酷さ、カトリック教会との軋轢・・という物語は、イタリア系ではなく、貴族的な顔立ちのブランドが「カポネ(のような人物)」を演じることで始まった、後のコッポラの『ゴッドファーザー』に受け継がれ、完成したと言えるでしょう。

また、MJが最大級に尊敬しているチャップリンは、ヒューズが制作し、監督も務めた『地獄の天使』を観た翌日、「ツェッペリン炎上の場面はこれまで観たもののうち一番ドラマティックなシーンでした」と電報を打ちました。

この映画が、ツェッペリン炎上という歴史を、映像として深く印象づけたことは、「going like lead balloon」というキース・ムーンの口癖から、lead を led に、balloon を zeppelin に変え「レッド・ツェッペリン」というバンド名に繋がった理由かもしれません。

スコセッシはこの映画を大学の映画の授業で初めて見たときのこと、また、極普通の労働者だった彼の父親が、いつもこの映画のことを感心して話題にしていたことを語り、スコセッシ自身もこの2作を何度も観たそうですが、

映画評論家の町山智浩氏も、父親が『暗黒街の顔役』を観て、アメリカ映画に狂ったというエピソードを語っています。



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永い間大勢の人々の記憶に遺り、語らずにはいられない映画となった理由のひとつは、この映画がチャップリンが賞賛するほど素晴らしい映画だっただけでなく、記録的なヒットを飛ばした映画を、ヒューズ自身がある時期から「封印した」からです。

スコセッシと同世代の映画ファンは、この作品が見られる数少ない機会を、そわそわして待ったそうです。

当時、スコセッシが自宅で『地獄の天使』の上映会をしたときも、そこにはスピルバーグや、ロイ・シャイダー、地獄の黙示録の脚本家であるジョン・ミリアス、ポール・シュレイダーや、デ・パルマもいて、皆このシーンに感嘆し、夢中でみていたそうです。

この頃、彼らが観た『地獄の天使』は白黒でしたが、スコセッシは、その後着色され、カラフルになったことで、より空中戦の激しさが伝わったとも。制作時に、無謀なほどの予算と時間をかけた『地獄の天使』は、その後の映画の技術革新にも耐え、長く名作としての位置をキープし続けたわけです。

そして、スコセッシは、自分が映画製作の道に進んだ頃、この映画が持っていたロマンティックな時代は終わったと感じたようです。未来への夢に進んでいたはずのアメリカは、いつのまにか泥沼のベトナム戦争に傷つき、夢を実現した人物を素直に受け入れられない多くの観客を生み出していました。

とにかく、そんなスコセッシが撮ったヒューズなら観ないわけにはいかないのですが、長くなったので、次に続きます。


上記でスコセッシが語ったと言っている内容は、『アビエイター(通常版DVD)』に入っていた「コメンタリー字幕(監督、スタッフなどの解説)」からのものです。

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by yomodalite | 2014-04-09 11:08 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)
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マイケル・ジャクソンの死後、父であるジョー・ジャクソンは、CNN「ピアース・モーガン・トゥナイト」のインタヴューで、息子はハワード・ヒューズのように扱われてきた。と語ったそうです。






また、MJの死後、彼との対話を出版したユダヤ教のラビは、彼の死は単なる個人の悲劇でなく、アメリカの悲劇である。と言い、その対話本の中でマイケルは、

ハワード・ヒューズは自分の所有するホテルの最上階にいるって、みんなが言ってた。そのフロアにずっといて下りてこない。暗がりの中、部屋の隅っこのベッドにいて、爪や髪をこんなに長く伸ばして、点滴に繫がれてるってね。

そんな感じで、脳はおかしな考えを色々かき集めて、とんでもない話しを作り上げる。僕はそういうのが大好きだから、ハワード・ヒューズのことも大好きなんだ。彼は大きな仕掛けをしたからね。僕にとって、彼はある意味、先生なのかもしれない。こんなことを話すのは、初めてなんだけど、ハワードのことが大好きなんだ。彼は天才だよ。人を操る術っていうか、彼はみんなが興味を持ってしまう方法を知っていて、P. T. バーナムもそういったことが得意だった。

と、語っていました。

多くの日本人にとっても、ヒューズのアメリカでの絶大な存在感については想像しにくいとは思いますが、父の事業を10代で引き継いで実業家として大きく拡大させ、「地球の富の半分をもつ男」「資本主義の権化」と評されるほど、20世紀を代表する億万長者となった人物。


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長身のハンサムで、何人ものスター女優と浮き名を流しただけでなく、自分の映画の主演女優をも発掘し、ハリウッド黎明期の名作に監督・プロデューサーとしても名を残した。また、世界一の飛行機を創る会社を経営しただけでなく、自らも飛行機乗りとして世界記録をつくった。そんなヒューズのことを、MJのような「超人志向」の男が目標としたのは、不思議ではないかもしれません。


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彼がヒューズのような偉大な男になりたいと思っていたのは、少年時代より幾分落ちついた人気と評価の中にいて、新生マイケル・ジャクソンとして、自分の今後の戦略を練り上げていた、ジャクソンズを解散する前ぐらいのことなんでしょうか。

しかし、それを語った2000年前後、彼はすでに億万長者になっただけでなく、ヒューズが経験した以上の有名税を払ってきたはずです。それなのに、父が名声による悲劇的人物として名を挙げたヒューズを、当時もMJは「大好き」「先生」だと言い、ヒューズと同じような天才として、P.T.バーナムをあげていた。。。

この人物も日本では知名度が低く、調べにくい人物ではありますが、史上最大のサーカスを主催し、広告・宣伝の達人で、「バーナム効果」という心理現象にも名前を残したバーナムと、

秘密主義者で、マスコミ嫌いという印象のヒューズを、ともに「人心を操った偉大な人物」と考えている、MJ自身の「人心術」への興味から、米国で1967年に出版された本書を読んでみました。

下記は、2005年に書かれた「訳者あとがき」から、省略して引用。

1976年、非常な死亡記事によってハワード・ヒューズの名がニュースとして報じられたとき、多くのアメリカ人は、民間伝説の最後の英雄の死という受けとめ方をしたにちがいない。ヒューズを現代の悲劇の英雄に仕立て上げたものは、失われた個人主義への果てしないアメリカ人の郷愁である。

1968年のニューズウィークの表紙になったあと、それまでの14年間、人前に一度も姿を見せず、1枚の写真も撮られていなかった隠遁者が、まさに時の人のあつかいを受けた。それは、1967年末からヒューズが手がけた、有名な「ラスベガス乗っ取り」計画が明るみに出たあとのことだった。しかし、話題の人物ということであれば、半世紀前にアメリカの実業界にデヴューして以来、ヒューズはたえず、知名度ナンバーワンの生きた伝説上のアメリカ人だった。

ラスベガス乗っ取りも、『ヒューズ正伝』の贋作をめぐる一大ペテン劇も、とつぜんの死にまつわる数多くの逸話も、無数のヒューズ伝説に新たなエピソードをひとつふたつ添えたに過ぎない。本書の筆者、ジョン・キーツは1966年に付した「まえがき」のなかで本書をたんなる中間報告とよんでいるが、ヒューズの死後あわただしく刊行された数作の “ヒューズ伝” もふくめて、本書『ハワード・ヒューズ』が最もオーソドックスな風格を備えたすぐれたノンフィクションであることは、類書と読みくらべてみればおのずと明白だろう。

数々のエピソードのなかには、本書に納めきれなかったものもあるだろうし、その後も、数多くのエピソードが生産されてきた。まず、本書刊行後の最大の事件といえば、あれほど執着を示していたTWAの持株を、ヒューズが1966年に売却し、5億ドル以上の巨額の金を手中におさめたことだろう。筆者ジョン・キーツは、ヒューズが最大の夢を託していたTWAの実権を失ったことをさして “夢の終わり” といっている。そしてその予言どおり、ヒューズはTWAを去った。ヒューズが70歳の生涯を終えた後になって考えてみれば、キーツの言葉はたんなる中間報告ではなく、正しく的を射抜いた予言の言葉であったといえる。

本書はヒューズ陣営との激しいトラブルのあとに刊行された曰く付きの書である。自分自身のことに触れたあらゆる報道を極端に嫌ったヒューズは、本書の刊行以前にも何度となく出版物に関する問題をおこしていた。彼の死後はじめて、生前身近にいた人物たちによる評伝が刊行された事実だけをみても、その絶大な影響力が測り知れるだろう。絶対に出版しないという条件で、終生前払金をもらいつづけながら暮らす “幻のヒューズ伝” 作家さえいたということである。

あやるゆ妨害や起訴を覚悟の上で本書の刊行を決意したランダムハウス社の会長ベネット・サーフは、ヒューズ陣営との話し合いを拒絶し、筆者のジョン・キーツをはげましつづけた。ヒューズ陣営は事前の検閲を申し出たり、協力すればランダムハウス社を援助するといった話までもちかけたが、ベネット・サーフは「金儲けのためだけに出版事業をやっているのではない」とはねつけたという。

(引用終了)

この本のあと、様々な類書を読みましたが、「オーソドックスな風格を備えたノンフィクション」という評価に賛同します。本書で取り上げられたエピソードは「客観的事実」として認定されているもので、著者は感情を抑え、慎重に筆を進めていると思いました。

ただ、多くの評伝がそうであるように、枠を越えたような人物でも、枠におさめないと、物語としては完成しない。という「つまらなさ」も感じました。

ヒューズが出版を妨害した理由など、もちろん、私にわかるわけはないのですが、俗世間から姿を隠しつつ、巨大帝国を支配し、“ラスベガス乗っ取り” を開始した1967年の前年に出版されるというタイミングも影響したのでしょう。

残念ながら、本書からは、マイケルが言った「ヒューズがした大きな仕掛け」はあまり感じられませんでしたが、ただ、ヒューズが書かれることを強く拒否していた気持ちは、MJにはよく理解できたのではないでしょうか。

おそらく、それは、プライヴァシーの侵害という以上に、常にまだこれからだ。と思い続ける人間にとって、客観化という作業は、凡人が納得するための物語でしかなく、

世界一という高みからの風景を一度も見ることなく、俯瞰しているつもりになっている文章家の貧弱な空想力の中で主人公にさせられることが耐えられないからではないでしょうか。

並外れた読書家だったマイケルは、歴史の本をよく読むけど、自分が描かれて来た経験から、歴史の本は信用できないとも語っていました。

歴史は繰り返すという、その歴史は、

歴史を変えようとはせず、偉人を「変人」や「病気」としてしか納得することのできない、多くの凡人によって書かれているからだ。ということは、私がマイケルへの熱狂から学んだことのひとつです。

ヒューズへの興味は、1966年に出版された本書が、2005年に再販されるきっかけとなった、映画『アビエイター』へと続きます。


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by yomodalite | 2014-04-08 10:24 | MJ考察系 | Trackback | Comments(2)
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[後半に追記しました]

とにかく5月が待ち遠しい『XSCAPE』発売のプレスリリースですが、
New Albumのジャケットを見て思ったことなど。。



☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2014-04-03 08:41 | MJ考察系 | Trackback | Comments(4)
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[1]と同じく、2009年の6月30日に書かれた記事の「HIS LEGACY」から、下記は、記事全体の編者でもある、Sam Chennault 氏によるもの。

引きつづき、日本語部分は、充分にご注意の上、気になる点や、間違いは、遠慮なくご指摘くださいませ。

His Legacy

There was always something about Michael Jackson that reminded me of the General of the Universe, the central character from Gabriel Garcia Marquez’s hallucinatory, stream-of-consciousness epic, Autumn of the Patriarch. The general is the dictator of an unnamed Caribbean country who was born to a bird woman and with a grossly enlarged testicle that hums songs.

ガブリエル・ガルシア・マルケスの “意識の流れ” による幻想小説『族長の秋』に、主役として登場する “大統領” のキャラクターは、いつも、私に、マイケル・ジャクソンを思い出させます。その “大統領” は、カリブ海の無名の国の独裁者で、小鳥売りの女から生まれ、歌を口ずさむ肥大した睾丸をもっています。

He lives to be between 107 and 232 years old, sires 5,000 children, orders time altered (after all, aside from the General of the Universe, he is also the undoer of dawn, the commander of time and repository of light), and sells off the Caribbean Sea to the United States (which then transplants the sea, along with “the reflection of our cities, our timid drowned people, our demented dragons," to barren Arizona).

彼は、107年から232年の間、生きていて、5000人の子供を産ませ、時間をも自由に変更でき(夜明けを取り消したり、時間や光を溜め込むことも“大統領”はその世界のすべてを決断することができる)、そして、カリブ海を、アメリカに売り払ってしまいます。(海も、私たちの、街の輝きも、小心で溺れてしまった人々も、気が触れたドラゴンもすべて一緒に、不毛なアリゾナに移動させた)

Toward the end of his life, he becomes overtaken by illusions, unable to distinguish reality from fiction. He becomes unduly paranoid and never appears in public anymore, preferring instead to deploy an army of body doubles. When one of the body doubles is killed, the General doesn’t clarify, and instead orchestrates his public resurrection three days later.

人生の終わり頃、彼は、現実とフィクションが区別できなくなり、幻想に追いつかれるようになります。過度に偏執狂になって、大勢の「身代わり」を使い、彼は、公に現れることがなくなりました。身代わりのうちの1人が亡くなっても、“大統領” なのかどうかもよくわからないまま、また、3日後には、別の身代わりが生まれるという仕組みです。

When his own death finally comes, the countrymen find him in a dilapidated mansion, a "rotting grandeur" of corpses. No one can process that the dead man lying before them, infected with parasites from the deepest depths of the sea, is the General of the Universe.

彼自身の最後がようやく訪れたとき、彼の同胞は、荒廃した大邸宅で、 “壮大に腐敗した” 死体となった “大統領” を発見します。“大統領” は、深い海の中で寄生虫に感染したため、遺体を前にした誰も、それを処理することができなかったのです。


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Of course, M.J. never killed 2,000 children and dumped them in the sea, as the General does, but he seemed touched by a similar sort of madness and magic. He built his own private Disneyland. He defied physics with the moonwalk. He married Elvis' daughter. He bought the Beatles. He planned to live to be 150. He cavorted with Ronald Reagan. When he visited Africa, he was greeted by 100,000 people.

もちろん、MJは、その “大統領” がしたように、2000人の子供たちを殺してもいませんし、海に投げ捨ててもいません。しかし、彼は、それらの狂気や幻想と、どこか似ているように見えました。彼は、プライヴェートなディズニーランドを造り、自然ではない月面歩行(ムーンウォーク)をし、エルヴィスの娘と結婚して、ビートルズを買い、150歳まで生きることを計画し、レーガン大統領とはしゃぎ、アフリカを訪問したときは、10万人に挨拶されました。

He performed for over a half million people in just seven nights in London. He sold 100 million copies of Thriller. He erected a giant statue of himself that floated down the river Thames. For years, he dressed like a cross between Liberace, a Martian general and an Egyptian pharaoh. He made a complete mesh of race, gender and sexuality.

彼は、ロンドンでの7日間の夜の公演で、50万人以上の人々のために、ショーを行おうとして、スリラーを1億万枚売り、テームズ川を下る、巨大な彫像を造り、何年も、リベラーチェ(派手なコスチュームで知られる米国のピアニスト)と、火星人と、エジプトのファラオをミックスさせたような服を着て、人種も、性別も、性的思考も、すべてを混合させました。

He befriended a pet chimpanzee called Bubbles, who shared his toilet and cleaned his bathroom. And these are just the confirmed facts -- never mind the rumors and accusations.

彼は、バブルスと呼ばれる、ペットのチンパンジーと友達になり、彼とトイレを共有し、バスルームの掃除もしました。これらは、実際に確認された事実で、噂や、言いがかりではありません。

All of which made it difficult for me to truly believe that he was dead. I spent Sunday halfway expecting that he would pop up on CNN, with a twisted angelic smile, and in a fey voice announce that he had conquered death. But it’s Monday. He’s still gone and the reality of his death is beginning to set in. -- Sam Chennault

それらのことから、私には、彼が本当に亡くなったと信じることがとても難しいのです。私は日曜日、半分期待して、CNNを観て過ごしました。拗ねた天使のような笑顔と、不思議な声で、彼が死を克服して、突然現れたというニュースが流れるんじゃないかと思って… でも、月曜日。彼は、まだ行ってしまったままで、彼が亡くなったという現実がスタートし始めました。----サム・シェノールト

source : http://blog.rhapsody.com/2009/06/michael-jackson


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マルケスの “大統領”は、肥大した睾丸と、数えきれないほどの愛のない “愛人” をもっているような「独裁者」で、それが、私たちの「マイケル・ジャクソン」と、どう似てるの?と、思われる方も多いと思うのですが、、

この小説は、“大統領” を主人公とする「独裁者小説」でありながらも、語り手が〈われわれ〉だったり、複数の語り手が継ぎ目なしに入り込んで〈わし〉とか〈わたし〉とか、突然〈おふくろよ〉とか〈閣下〉とか呼びかけたりする、複雑な構成の小説で、

(引用開始)

彼はあらゆる老獪な手段を弄して、略奪にたいする全国的な抗議運動をまき起そうと努めた。しかし、誰ひとり関心を示す者はいませんでした。閣下。いくら説得しようとしても、あるいは強制しようとしても、街頭に出ようとする人間はいなかった。つまりわれわれは、それまでにも何度か同じことがあって、このたびの呼びかけも、権力にしがみついていたいという抑えがたい情熱を限度を越えてまでみたそうとする、彼の新しい作戦だと考えたのだ。われわれは心の中で思った、いっそ何か起こってくれればいい、海なんかくそ食らえだ、ドラゴンごと国全体を持っていけ。軍人たちのさまざまな誘惑の手をしりぞけながら、そんなふうに思っていたのだ。

彼らは民間人を装ってわれわれの家に現れた。略奪が行われるのを防ぐために街頭に出て、アメ公帰れ、とシュプレヒコールするように、祖国に代わって要求した。商店や外国人の別荘を略奪し焼き討ちにするようにそそのかした。民衆と連帯した軍隊の保護のもとに、侵略にたいして抗議すべく街頭に出るように、現ナマさえ握らせようとした。しかし、街頭に飛び出す者は1人もいませんでした、閣下。

そこでわしが、1人でこの重荷を背負わなきゃならなかった、1人で書類にサインしなきゃならなかった、1人で何もかも考えなきゃならなかった、おふくろよ、ペンディシオン・アルバラド(大統領の母)よ、海兵隊の上陸を許すぐらいなら、海を失ったほうがましだってことは、おふくろがいちばんよく知っているはずだ、思い出してくれ、わしにサインさせようとしている命令書の内容を考えたのは、やつらなんだ、

やつらは芸人たちをホモに変えおった、やつらは聖書と梅毒を持ち込んだ、生きるってことがたやすいことだと、なんでもお金で手に入ると、黒人たちは伝染性の病気をもっていると、民衆に信じ込ませたのも、じつはやつらなんだ、おふくろよ、やつらはわしの兵隊を説得して、国家は一種のビジネスで、名誉なんてものも、軍隊をただで戦わせるために政府がでっち上げた、うさん臭いしろものだと信じ込ませようとした、

やつらが勝手に、あるいは全人類の利益と国家間の平和に貢献すると考えるかたちで、わが国の領海を利用する権利を、わしがやつらに譲渡したのは、これ以上災難が繰り返されるのを避けるためだった。

(引用終了 p331~332 『族長の秋』ガルシア=マルケス


この “大統領” が、MJに似ているとは、あまり思えないものの、多くの独裁者が、暴力的に国民を支配してきたという、ラテン・アメリカ社会の「現実」を揶揄しつつ、それが、欧米側の「視点」でもあり、また “大統領” という独裁者をつくり出しているのも「民衆」であるという、この小説の世界と「キング・オブ・ポップ」を対比させているのは、面白いと思いました。

◎[動画]Michael Jackson - History soldiers


☆「They Don't About Us」撮影ドキュメント(4:06~)レポーターのMJインタヴュー
◎[動画]Michael Jackson no Brasil - Reportagem do Fantástico (1996)

☆トラヴィスによるフィリピン刑務所でのパフォーマンス
◎[動画]Philipine prison"2010'Dancing inmates'

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photo : ZURICH, Switzerland (AFP) - A giant statue of the" King of the Pop" Michael Jackson, who died on June 25th, was set up near Zurich on the occasion of an organized ceremony this weekend in tribute to the American singer, explained AFP the organizer of the event.

The statue of 12 metres height and four tons was set up the day before on the lawn in the village of Regensdorf , in the northwest of Zurich , representative Michael Jackson standing and with golden belts. "There are only 19 copies of this statue of grey plastic in the world and two of them in Europe ", told the organizer, Andreas Grassmann. The organizers, who expect about tens of thousand admirers of the idol, will sell candles and roses and they put a book of condolences at the public disposal. (Source:AFP)




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by yomodalite | 2012-06-25 11:02 | MJ考察系 | Trackback | Comments(2)
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2009年の6月30日に書かれた記事から「THE MAN」の一部を訳しました。

苦手な英語力を最大限に駆使しておりますので、日本語部分は、充分にご注意の上、気になる点や、間違いは、遠慮なくご指摘いただけると、大変助かります。

MICHAEL JACKSON : THE MAN, THE MUSIC AND HIS LEGACY
BY SAM CHENNAULT June 30, 2009 10:51PM


When Michael Jackson passed away on Thursday, June 25, 2009, there was an outpouring of grief from around the world. We asked our editors to take a few minutes and collect their thoughts about the music and legacy of one of pop's greatest entertainers.

マイケル・ジャクソンが、2009年6月25日(木)に他界した時、世界中からの悲嘆の声があがりました。私たちは、数分で結集し、ポップミュージック界の最も偉大なエンターティナーについて、その音楽と、彼が遺した文化的遺産について、彼らの考えをまとめてくれるように、エディターに依頼しました。

(数人のライターが書いているのですが、下記は、Chuck Eddy 氏によるもの)

The Man

Michael Jackson never quite seemed mortal until now. He spent at least 40 of his 50 years trying to escape from his past and his fears and his race and his self, and at least 30 of those 50 years singing about it, and last Thursday, he finally found the door out.

マイケル・ジャクソンが亡くなるなんて、今の今まで、誰も考えたことすらなかった。彼は、50年の人生のうち、少なくとも40年を、自分の過去や、人々の自分への恐れや、人種への偏見、自分自身からの脱出をも試み、少なくとも30年間は、それらを歌にして、そして、先週の木曜日、彼は、最後のドアを開けました。

Michael Freedberg, the great disco critic from the Boston Phoenix, said once that Michael lived Robert Johnson's life in the plain view of everyone on earth, always watching out for hellhounds over his shoulder.

ボストン・フェニックス誌の偉大な音楽評論家、マイケル・フリードバーグは、かつて、マイケルは、地球上の誰からも見られるところで、地獄の番犬のような奴らが、常に背後から襲いかかってくるんじゃないかと見まわしながら、ロバート・ジョンソン(註1)のような人生を、生きたのだ。と言いました。


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Robert Johnson “King of the Delta Blues”

      

And it's true; if you don't believe me, go back and listen again to the paranoia and foreboding in "Heartbreak Hotel," "Billie Jean," "Beat It," "Wanna Be Startin' Somethin'" ("You're a buffet, you're a vegetable / They eat off of you, you're a vegetable") "Torture," "Smooth Criminal" ("You ran into the bedroom/ You were struck down / It was your doom"), "Dirty Diana," "Who Is It," "Give In to Me,"

ウソだと思うなら以下のような曲を聴き直してみてほしい。そこには被害妄想や不吉な予感がある。「ハートブレイク・ホテル」も「ビリー・ジーン」も「ビート・イット(逃げろ!)」も「ウォナ・ビー・スタート・サムシン」(お前はまるで棚に陳列された / 野菜 / 世間に食い物にされる野菜)「トーチャー(拷問)」「スムース・クリミナル」(寝室に逃げ込み / 倒されて / それが運命だった)「ダーティー・ダイアナ」「フー・イズ・イット(誰のせい?)」「ギブ・イン・トゥー・ミー(僕にひれ伏せ)」も。

and pretty much all of 1997's great, intense, inexplicably ignored Blood on the Dance Floor album, which was almost entirely about being chased, followed, often to the sound of funereal gothic rock: "Susie got your number/ And Susie ain't your friend/ Look who took you under/ With seven inches in."

そして、1997年の素晴らしく、強烈なインパクトを持ちながら、不可解なまでに黙殺されたアルバム「ブラッド・オン・ザ・ダンスフロア」も。このアルバムは、ほぼ全体に、追われたり、つきまとわれたりという経験に基づいていて、しばしばゴシック・ロックの葬送曲のようなサウンドになっている(「スージーはお前の番号を持っている / スージーはお前の友だちなんかじゃない / 支配されてることを直視しろ / 深く(7インチぐらい)内側まで」)。

As somebody approximately Michael Jackson's age (I'll be 49 this year, he was 50), also from the Midwest, with a messed-up and sometimes barely existent childhood of my own, I can relate. And so can Axl Rose, I'm sure, and so can Eminem. And so, in their own way, can the millions if not billions of other people worldwide who loved Michael, and probably plenty of the ones who didn't.

マイケル・ジャクソンと同じような年で(私は今年49歳で、彼は50歳でした)、中西部出身で、自分自身もめちゃくちゃで、無いに等しいような子供時代を過ごした人間として、私には理解出来ます。それは、アクセル・ローズ(ガンズ・アンド・ローゼス)も、そうでしょうし、エミネムもそうです。そして、世界中の、何億人とまでは言えないまでも、マイケルを愛していた大勢の人たちも、そして、おそらく、彼を好きでなかった人たちの多くも、それぞれ、自分の方法で、彼を理解していたのだと思う。


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Axl Rose(Guns N Roses)



If he did anything wrong in his life -- and part of me doesn't ever want to know if he did -- he certainly also did more good than any of us can ever conceive of. He was easily the greatest dancer of the past three decades, probably the greatest singer, and quite possibly the greatest songwriter. Which adds up the greatest entertainer, period.

彼が(過ちよりもはるかに多くの)私たちの想像が及ばないほど、良いことをやったことも確かです。彼は、過去30年間で、ぶっちぎりの偉大なダンサーで、おそらく、最も偉大なシンガーでもあり、そして、最も偉大なソングライターとも言えるでしょう。まとめて言うなら、彼は、これまでで、もっとも偉大なエンターテイナーだということです。

"I can guarantee you one thing : we will never agree on anything as we agreed on Elvis," Lester Bangs wrote in Presley's obit 32 years ago, only a couple years before Michael Jackson definitively proved him wrong, emerging full-blown into adulthood as the world's most popular musician by presaging generations of young people who would celebrate their adulthood by refusing to grow up.

レスター・バングス(著名な音楽評論家)は、32年前、エルビスの死に際して、「保証する。私たちは、永遠に、エルビスがキングだということに同意するだろう」と書いた。しかし、そのたった2年後、マイケル・ジャクソンは、彼が、決定的に間違っていたことを証明しました。(註2)

世界中の若い人々に最も人気のあるミュージシャンは、青年期に、その才能を満開にして現れ、大人になり、もうそれ以上年を取りたくないと思っているような若者たちの先駆けとなった。

And he emerged, of course, with some of the most celebratory music anybody from those generations will ever hear. But always, in the middle of that celebration, and not always submerged, there was dread. If anybody deserves to finally rest in peace, it's him. -- Chuck Eddy

彼は、最も成功し、その時代の人が永遠に聞くような音楽とともに現れました。しかし、その華やかな成功の間も、常に水面下には、恐ろしい不安が存在しました。もし、最後には、誰もが、平和に休むことが出来るのなら、彼こそ、そうあるべきでしょう。--- チャック・エディー

source : http://blog.rhapsody.com/2009/06/michael-jackson



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註1
◎ロバート・ジョンソン(Wikipedia)
アフリカ系アメリカ人。ブルース歌手として知られ、生涯に残したレコーディングは、この29曲(42テイク)のみだが、同時代の多くのブルースのみならず、その後のロックなどに多大な影響を与え「クロスロード伝説」は有名。エリック・クラプトンは、若い頃から何度もジョンソンの曲を取り上げてきたが、2004年には全曲ジョンソンのカヴァーから成る『ME AND MR JOHNSON』を発表。

◎Robert Johnson- Crossroad
◎Eric Clapton - Kind Hearted Woman, Sessions for Robert Johnson

☆そういえば、ロバート・ジョンソンの全曲カヴァーをしているクラプトンは
「BEHIND THE MASK」(MJ歌詞)のカヴァーもしてるよね。

◎Eric Clapton - BEHIND THE MASK


註2
エルヴィスが亡くなった(1977年)から、2年後が「Off The Wall」なんですが、、

kumaさんからのコメントで判明!レスター・バングスの記事は「The Village Voice」の1977年8月29日号に掲載された「Where Were You When Elvis Died ?」から引用されたもの(http://josephwaldman.livejournal.com/43782.html)

ところで、

この記事が掲載されているサイトの、マイケルの「アルバム」コーナー。

「Singles & EPs」の右から2番目の「Sity (Single)」って何なんでしょう?


(ジャケットをクリックすると、再生ボタンが表示されます。サインアップの画面になる場合もありますが、何度かトライすれば、再生ボタンが押せます)

知っている方は、ぜひ教えてください。


☆THE MAN, THE MUSIC AND HIS LEGACY[2]につづく



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by yomodalite | 2012-06-24 22:55 | MJ考察系 | Trackback | Comments(16)

ソニー―ドリーム・キッズの伝説 (文春文庫)

ジョン ネイスン/文藝春秋



今頃「SONY伝説」という気持ちもありつつ、2012年に読んでもすごく面白い本でした。

本書は、多くの日本企業がグローバル戦略を考えざるを得なくなった現在より遥か前に、その先頭に立ち、輝かしいジャパン・ドリームをアメリカで成し遂げた「SONY」を、アメリカ人が描いたもので、その描き方は「プロジェクトX」的な創りとは、大きく異なり、日米のSONY関係者100人以上にインタビューを行い、それらの人々の感情のこもった言葉を引出した内的なドキュメンタリー。

SONYは、著者が希望する人物には誰でも会えることを保証したうえ、出来上がった原稿を検閲したり、承認する権利を放棄することにも同意しています。

また、著者のジョン・ネイスンは、ハーバード大学の学生時代にライシャワーに日本史を学び、三島由紀夫の評伝(『三島由紀夫―ある評伝』)や、大江健三郎の小説を英訳をし、ドキュメンタリー映画の作家として、エミー賞も受賞しています。日本から世界に羽ばたいた企業がたどった苦闘の歴史を、こういったレベルの人が描くという奇跡が、もうこの後、何年もないだろうということが、ひしひしとわかる人には、今からでも必読の書。

訳者のあとがきには、本書の紹介に「ニューヨーク・タイムス」は、大きなスペースを割き、評者は「何度も涙を禁じ得なかった」と告白、「素晴らしいシーンの連続で、終わるまで椅子にくぎづけにされた」との記述がありましたが、私は何度も涙ではなかったものの、釘付けは同感でした。(原著のタイトルは『SONY:The Private Life』

歴代のカリスマたちが、アメリカで成功するために歩んだ道は、文化の違いとの戦いで、それを、現在の日本企業が克服したかと言えば、むしろ、後退しているのではないでしょうか。そのことを、これほど教えてくれる本も他にはないような気がしました。

と、ここまでが、本書の検索で訪問された方用の紹介で、

ここからは、無理矢理(笑)、MJに関連づけて書きます!

本書は、“ソニーウォーズの別の意味”で引用させていただいたサイトで参考にされていた本で、それがきっかけで読んでみたのですが、こちらのとてもとても素敵なサイトでも、言われているように、MJはほとんど出てきません。また「ソニーウォーズ」に関して、マイケルとソニーは、5者の力関係の問題で、


・ソニー創業家(盛田家)


・日本のソニーの意思決定者


・ソニーアメリカ代表


・ソニーの音楽部門代表


・マイケル・ジャクソン



これらの関係は、3つの観点で説明でき、


①ソニー内の政治抗争の道具としてのマイケル・ジャクソン


②投資対象としてのマイケル・ジャクソン


③ソニー創業者とマイケル・ジャクソンの関係

単にトミー・モトーラとマイケルの個人的な諍いや、マイケルが勝ったと考えるのは間違い。というのは、とても素敵な解釈なんですが、私には、また別の感想が浮かびました。

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タイトルであるドリームキッズというのは、歴代のソニーのカリスマ達のことで、井深大を「トランジスタ・キッズ」、盛田昭夫を「ウォークマン・キッズ」、大賀典雄を「CDキッズ」、出井氏は「デジタル・ドリーム・キッズ」になろうとしたと、本書の最終章「出井社長はかく誕生した」には書かれているのですが、

1999年の原著の出版から、10年以上経っている今、出井氏は「デジタル・ドリーム・キッズ」になれず、SONYは、その輝きを取り戻せないまでに「落ちた」と、多くの人が感じているでしょう。本書には、なぜ、出井氏が「デジタル・ドリーム・キッズ」になれなかったのかについては、年代的に触れられていませんが、その判断を検証するうえでも、重要な示唆に富んでいるように感じました。

かつての、SONYが現在のアップルのような存在で、どれほどスティーブ・ジョブズが、盛田昭夫の死を悼み、AppleをSONYにしたかったか、

◎なぜAppleはSONYになれたのか?

小飼弾氏は、その理由を「個人が利用する製品を個人に売り、買った本人から代価を得ているから」で、

◎書評 - 僕がアップルで学んだこと

Jobsの一番えらかったのは、それを「自分の責任」にしたことにある、と言う。

出井氏は「デジタル・ドリーム・キッズ」を目指しつつも、ウィンドウズを搭載したPCを創り、ハードではなく、ネットでコンテンツを売るというモデルを構築するには至らなかった。

しかし、そのことを、たぶん、誰よりも深くわかっているからこそ、出井氏は、「スティーブ・ジョブズの死はマイケル・ジャクソンと似たところがある」と、言っているような気がします。

SONYの変換期に社長になった、出井元会長にとって、アップルにとってのジョブズが、SONYにとっての盛田昭夫と同様に感じられるのは、よく理解できますが、そのジョブズを、自社の子会社のアーティストと似ていると思うのは、MJが単に所属しているアーティストだったからではなく、

ソニーウォーズが起こった頃、SONY本体にとって、ソニー・ミュージックは赤字が増大した子会社でしたが、MJはSONYの「ドリームキッズ」で、出井氏にとって、井深や、盛田、そしてジョブズと同様に、超えられなかった「カリスマ」だったと感じるからではないでしょうか。

でも、出井氏も凡庸な経営者だったわけではなく、家電企業からIT企業への転進という大きな夢を追い、世界企業としてのSONYに相応しい「カリスマ」を備えていなかったわけではなかった。

1989年、SONYは60億ドル近くを要して、コロンビア映画を買収しましたが、それはハリウッドに撮影所を持ちたいという創業者、盛田昭夫の永年の夢でした。しかし、その夢に支払った金額は大きく、授業料は高くついた。この損失処理が長引いたことが、技術者出身でない出井氏に繋がった可能性は無視できないでしょう。

映画への夢は、ベリー・ゴーディーも、盛田昭夫も果たせなかった夢で、2000年以降のMJもそれを強く語っていました。

私は、グランジ全盛時代に、3億円の費用をかけた「You Rock My World」を創って、広告が足らないというのも「おかしな話」だと思いますし、また、ソニー・ミュージックが気づくよりも、ずっと前に版権の価値を知っていたMJが、トミー・モトーラを自分を意図的に貶めようとしているソニーの有力者だと認識していたというのは、SONY本体の社長だった、出井氏の発言から考えても「変」で、

辞めさせる力があったMJが、その力を行使したと考える方が、私にとっては矛盾が少ないですね。

また、2001年の「ロックの殿堂」スピーチでの「ベリー・ゴーディー!×4」「Tommy Mottola is a devil!」は、繋がっていると思っているので、その件はまたいずれ。

☆本書には、マイケル・ジャクソンがほとんど登場しないだけでなく、スティーブ・ジョブズも登場しないのでご注意ください。
◎ソニードリーム・キッズの伝説(アマゾン)

☆本書の参考サイト
◎藤沢烈 BLOG
◎中島孝志のキーマンネットワーク

☆関連記事
◎迷いと決断ーソニーと格闘した10年の記録/出井伸之
__________

[日経ビジネスによる紹介]伝説の男たちを米国人が描く/米国の日本研究者が今日のソニーを築き上げた故・井深大氏、故・盛田昭夫氏、大賀典雄氏、現社長兼最高経営責任者(CEO)出井伸之氏らの素顔を描き出そうと試みたドキュメンタリー。約2年間に及ぶ取材、大賀、出井両氏はもちろん国内外のキーマンに延べ105回のインタビューを敢行したという著者の執念が、ほかの「ソニー本」とは全く異質で、しかも感動的な「成功秘話」を浮き彫りにする。

「コロンビア映画買収の真相」の章にこんなくだりがある。「(撮影所をもつことが盛田氏の"夢"であったために、ほぼ言い値の買収を決定したことは)ソニー・コーポレーションが昔から仕事をしてきた環境が公的でなく私的であり、合理的でなく感傷的であったことの、さらなる劇的な証拠である」。

こうした視点は全編に貫かれ、盛田氏の章では家族との関係や盛田邸内の様子までを子細に追う。「伝説の経営者」の内面に迫る試みだ。

また、米国ソニーの成功に深くかかわった2人の外国人の足跡と日本サイドとの間に生じた信頼、確執を初めて紹介している点も興味深い。ビジネス書として、また一級の人間ドラマとして楽しめる1冊だ。単行本(2000年6月)、文庫版(2002年3月)


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by yomodalite | 2012-04-26 09:20 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)
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Golden Boy, New York City, 1990



自分以外は、あんまり興味がもたれていない話題だと思っていた「Invincible アルバムジャケット(補足1)」を、予想外に見てくれた人が多くて驚いたんだけど・・・

どうして???(笑)

でも、まさか、「補足(2)」があるとは思わなかったでしょ? 

わたしもーーーー(笑)

見てくれる人が多い理由はわからないし、それで調子に乗ったわけじゃないんだけど、でも、このジャケット、もうずっと、不思議だなぁって思ってたので、ほんのちょっぴりのヒントでも、自分でもびっくりするほど食いついちゃってて。。

真相だとか、週刊誌的な「真実」とか、おバカな脳が創り出す「陰謀」にもうんざりなので、ホントにそーゆーのじゃなく、つい「あれこれ」思ってみちゃうだけなので、充分におくつろぎのうえ、やんわりと見て欲しいのだけど、、

まずは、いつもの「うっかり」な点から(泣)

☆反省その1

(21)で、『Invincible』のアート・ディレクターである、Nancy Donald のことを、レコード会社に、主に支持されている「作風」と言ったのは、(反省後、21の表現は少しだけ修正)私自身の底の浅さを露呈した発言で、これは、MJのような「とてつもないアーティスト」のことを、自分目線で考えてしまうと、ついやってしまう「間違い」で、

彼女の一見、作家性が感じられない作風は、様々なアーティストを自分の感性に収めるのではなく、幅白いリスナーに届けることを重視している、完璧にプロフェッショナルな姿勢で、アーティストからも、その柔軟で幅の広い対応が支持されているのであって、やはり、MJがすべてのアルバムを彼女に依頼していることの方が重要だと思いました(MJのようなアーティストが、デザイナーを選べないということはありえないですからね)。

☆反省その2

補足(1)では、GOODな写真家がカラーで撮った写真から、色も質感もすべて「飛ばした」理由は、販売側が「メイクオフ」したかった可能性が高いと書きましたが、その考えに至ったのは、ヘアメイクの人の発言を聞いていたからだということに気づき、一夜明けてみると、そんなに「可能性が高い」とは言えないという気分になってきました。

そんなことも含めて、

[補足2]では、[1]とは少し異なることを書きます。

わたしにとって、カレンのツイートが気になった最大の理由は、MJがこのアルバム・ジャケットに「顔の正面アップ」を、自分で選んでいて、しかも、インスパイアされたのは「少年写真」だということだと思うんです。

「顔の正面アップ」は、よくあるジャケット・コンセプトだけど、MJのアルバムでは初めてですし、それに「スリラー」「バッド」という、当時の時代センスから見ても、天才アーティストの歴史的アルバムにも相応しいと思えないような「どうでもいい感じ」のジャケットの後、彼は「アルバム」にまともに顔出ししてないでしょ?

わたしは発売当時にこのジャケットを見たとき、その頃見ていた彼のイメージと違うことから、撮影された時期も、もっとずっと前なんじゃないかとか、その頃のMJの顔があまりにも「ヤバい」ので、制作サイドが、MJの以前の写真から、合成や、修正を重ねて創ったんじゃないかとも疑っていたんですが、ジャケットの元になっている写真は、発売前の時期に撮影されたもので間違いないようだし、ジャケット用の撮影だったことも、やっぱり間違いないみたいですよね。

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中面のワトソンの写真の雰囲気は「大人のマイケル」というイメージですし、このアルバムの音も、これまでより「大人っぽい」(当時43歳のキングに言うべきセリフじゃないけどw)ので、表紙の「少年ぽさ」は、販売側の意図が大きいんじゃないかと思ってたんです。

でも、MJは「少年の写真」にインスパイアされていた… (ふぅーーー)

確かに、こどもへのこだわりはMJの生涯を通して一貫しているものですが「You Rock My World」のSFの顔とか、この頃の彼の「少年風味」は、理解するのが難しいものが多く、実際に少年ぽく見えたことは、少なかったのではないでしょうか?

カレンは、撮影した写真とは全然違うって言ってるけど、私は「完成品のジャケット」と「少年写真」は意外と似ていると思ったんですね。

「Thriller」と「Bad」のアルバムジャケットの差がわかりやすいと思いますが、MJの顔は、肌の色が薄くなってから、特に眼の周りがくっきりとしていて、元々まつげが黒くて濃い+白い肌ということもあって、

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Bambi Awards


この1年後の「Bambi Awards」の頃は、すでにまゆげが自然な感じになっていますが、ヒストリー期以降のMJは、「サインペンですか?」って感じのまゆげが多かったし、下まつげもマスカラ入れてる?って感じだったでしょう。でも、「完成品のジャケット」では、
まつげが「少年写真」と似ているし、まゆげと眼が左右ほんの少し違うってところや、顔の中の眼の割合も似ている。

カレンの「ゴールド」(I had painted Michael gold)は、文字通り「金色」かもしれないけど、実際は「褐色」という可能性もあって(少年写真も、Golden Boy, New York City というタイトル)、MJは「BAD期」以降、実際の肌色より「暗く」したことは一度もなく「Invincible期」は、特に白さを強調していたので、最初に「painted gold」を見たとき、なんとなく、Arno Bani とのフォトセッションのときのような「白い肌に濃いメイク」を想像してしまったのだけど「少年写真」に近い「小麦色の肌」にしていたのかもしれませんよね。

・白い肌で、眉とか、まつげとか、髪の色が「金色」
・小麦色もしくは褐色の肌色で、眉とか、まつげとか、髪の色も「金色」


だとすれば、いつものMJのように、まゆげや、まつげが目立ち過ぎることもなく「少年写真」のような質感の写真が撮れた可能性もあるかもしれません。

ただ、実際の写真を見なくちゃわからないことなんだけど、、もし、この「少年写真」のような照明で、写真を撮っていたとしたら、どんなにMJに純粋なこどもの魂があったとしても、この、あごの周囲のシェードを、大人に適用すると、さらに「大人っぽく」なると思うので「少年ぽさ」は出せないような気がするんですよね。


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スティーブ・ジョブズの伝記の表紙もワトソンの写真。
ジョブズも意外にかなり左右対称ですね。
物をまっすぐに見ることが出来る人だからかな。




それと、こどもと1番違うのは、やっぱり「鼻」ですね。

成長してから、壁のように高い鼻をもつ西洋人でも、こどもの頃はそうでもなく、顔の中の眼の割合と、小さな鼻は「こどもの顔の特徴」で、このときのMJも、鼻筋が消えているせいで「少年っぽく」見えるんだと思います。

わたしは「新聞広告写真」のMJの顔にシェードがないのは「白い顔」のせいで、オリジナル写真から、色も影も「はぎ取る」理由は、メイクの濃さしかないと最初は思ったのですが、

変更した1番の理由は「鼻」だったのかもしれませんね。

鼻を消したいという理由がメインで、そのために、影が消えて、色も…という順番もあるかもしれません。

その「指示」が、どこからきたのかということも色々考えられますが、鼻が消えたせいで「完成品のジャケット」は少年ぽくなり、当時は、MJの顔と全然違うと思ったものの、2004年のJonathan Exley の写真や、2007年の Bruce Weber の写真の「顔」に、何か力強さを足した感じで・・後になって考えてみると、意外とMJのアルバム・ジャケットの中で1番イイようにも見えてきたり、、、


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photographer : Jonathan Exley



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photographer : Bruce Weber



それと「少年写真」が、Golden Boy なら『Invincible』のジャケットには、Silver ...もとい Platinum Boy と言いたくなるような雰囲気もある。

カレンは、現場でMJの見た目だけに集中していたので、メイクだけでなく素敵なヘアスタイルも飛ばされてすごく残念だと思いますが、でも、CDジャケットに関しては、あそこでトリミングするのは、プロのデザイナーとして当然ですし、現場でMJの霊感に触れていなくても、必死で魂込めている人々も大勢いる。

Albert Watson のような写真家の写真を、現場のディレクションとは異なるぐらい後からイジるのは確かに不思議なんですが、現場で「色が重要視」されていても、出来上がりの写真に「色がない」ことはよくあることですし、写真家とディレクターが、最終的にどういう観点で「OK」にするかという過程に、メイクアップの人が関わることは稀で(どんな一流であっても)、

印刷が仕上がるまで関わっているアートディレクターと、撮影現場でのメイクアップ・アーティストが理解している「コンセプト」が、違うということはものすごくよくあることです。

(「BAD」のジャケットから、私はMJがアルバムジャケットのデザインに、あまり関わっていないのでは?という印象もあったのですが、その後の「デンジャラス」「ヒストリー」では、クリエイティブの段階から、彼のアイデアが色濃く感じられる。「インヴィンシブル」の顔の正面アップというデザインワークは、アートディレクターの裁量で出来るアイデアなので、これまでMJの関与についてわからなかったのですが、顔のアップ、ゴールデンボーイという、MJのコンセプトの元に撮影が行われたのだとすれば、写真の加工に、MJが許可を出した可能性は低くないと思う。そう思う一番の理由は、その撮影方法では、MJの顔が「少年ぽく」見えなかったと思う。)

いずれにしても、

やっぱり、ここまでのカレンのツイートからも、それを「SONY」がやったと言えるかどうかは疑問で、また、その決定が「アーティストの首に手をかけ、彼らの生活を縛る」ことだと言うのは「カレンさんらしい発言」だと思いました。(実際にそういうことはよくあることで、彼女は「嘘をつかない」という点で、MJから信頼されていたことはよく分かるのですが・・・)

アルバート・ワトソンや、ナンシー・ドナルドが、ツイッターや、Facebookをやっててくれたらいいのね・・・

もっとも、彼らは、メイクの人のようには「おしゃべり」しないと思うけどw


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でも、その写真はやっぱりすごく見たいので、どこかから発見されますように!
◎海外写真家たちに聞く「Albert Watson」

Nancy Donald(art direction)
Steven Hankinson(cover design)
Albert Watson(photographer)

☆[追記]ワトソンは持っていない?について想像したことは、こちらのコメ欄参照。
BADウェンブリーのVD管理の杜撰さから想像すると、残念ながらこれが出てくるのは「夢のまた夢」のような気がしてきた...




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by yomodalite | 2012-04-14 09:05 | MJ考察系 | Trackback | Comments(5)
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下記は、マイケルのメイクで有名なカレン・フェイの『Invincible』ジャケット撮影についてのツイート(2012.3.27)

☆太字:カレン・フェイ

Karen Faye (@wingheart)
Posted Tuesday 27th March 2012 from TweetList

he Invincible cover (the head shot) was retouched into something that was no where near the original photo shot by Albert Watson. I had painted Michael gold and he was wearing a hairpiece that was completely gold. I was very disappointed at what Sony did to the photo. The original photo was quite amazing. RT @onmyanger: @wingheart On the full, uncut cover of "Invincible", Michael wears a highly unusual hairstyle. How did this idea come about? Did he like it?

『Invincible』のジャケットのオリジナルでは、マイケルは非常に珍しいヘアスタイルをしてます。このアイデアはどこから来たものですか?また彼はそれを気に入っていましたか?

『Invincible』のジャケット(顔のショット)は、アルバート・ワトソンが撮影したオリジナルの写真とはかけ離れたものに修正されました。私はマイケルをゴールドにメイクし、彼は金髪のヘアピースをつけ、完璧に「ゴールド」のイメージにしましたが、ソニーがその写真にやったことには落胆しました。オリジナルは完璧に素晴らしかった。

Photo shoots were always a collaboration by all the artists involved...all inspired by Michael. It was a magical event. The closest feeling I have had, to that "artistic happening", since Michael has died, is when I work with David LaChapelle. You know you are a part of creating artistic history. RT @RuchieC711: @wingheart  I would love to see The original cover of Invincible,It would really set the record straight on what MJ and You really wanted.

『Invincible』ジャケットのオリジナルが見たかったです。それはMJとあなたが実際に望んだものだったんでしょうね。

写真撮影は、常にそこにいるすべてのアーティストによる共同作業で、そのすべてに霊感を与えているのがマイケルです。それは魔法のような体験で、マイケルが亡くなってから、それに近いような「芸術的な体験」を私が感じたのは、デビッド・ラシャペルの仕事をしたときです。それは芸術的な歴史の一部ね。

◎David LaChapelle(デビッド・ラシャペル)Wikipedia

Record companies have their hands around artists necks, and they strangle the life out of them. It's very sad, but a historical fact...especially black recording artists. Michael taught me about that. RT @MarieJoseGMH: @wingheart  sure would love to see the original photo. Sony seemed to have a habbit of changing things : (

実際にオリジナルの写真を見たいですね。ソニーには変更する習慣があるみたいですね。

レコード会社はアーティストの首に手をかけ、彼らの生活を縛るのです。とても哀しいことですが、特に、黒人アーティストにとっては歴史的事実です。マイケルはそれを私に教えてくれました。

Karen Faye ‏ @wingheart
Albert Watson will probably have it. RT @MJfanForAllTime: @wingheart Wow! Is this original photo around anywhere to be seen? I guess not :(

ああ、そのオリジナルの写真はどこかにないのかなぁ。ないんだろうなぁ

たぶん、アルバート・ワトソンは持っているでしょう。


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No. The blue eye photo was taken in Paris in 1999. It was just an experimental photo shoot. RT @ovrthernbow: @wingheart Hi Karen-Wasn't the "Blue-Eye" photo supposed 2B the cover of "Invincible"? To me, that photo looked 2B taken LATER than 1999.

ハイ、カレン!「青い目の写真」は『インヴィンシブル』のジャケット用ではなかったの?私にはあの写真は1999年より後に撮られたように見えたんだけど、、

いいえ。「青い目の写真」は、1999年のパリで撮られたものです。それは実験的な撮影でした。

It did not represent anything. RT @ovrthernbow: @wingheart  Thanks for answering! Boy, there is A LOT of misinformation out there! Do u know what the blue-eye photo represented? Thanks!

そこには間違った情報があふれている。あなたは青い目の写真が何を表しているか知ってる?

特に何かを表現しているわけではないわ。

Karen Faye ‏ @wingheart
:) RT @aguedamperez: @wingheart  Hi Karen! Do you have a Facebook account? I just saw there is one with your name and pic :)

ハイ、カレン!Facebookのアカウントもってる?見せたい写真があるんだけど。


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元案になった少年の写真
http://www.photoicon.com/images/4611big.jpg



Yes. That was the photo that inspired the shoot with Michael. You can see why MJ liked it. RT @sparklepeople: @wingheart  Look at this Albert Watson photo: http://t.co/maAeuJXO Was MJ like this?

アルバート・ワトソンの写真(photo: http://t.co/maAeuJXO)MJはこの写真が好きだったと思う?

ええ。それはマイケルに撮影のインスパイアを与えた写真でした。MJがそれを好きだったことはあなたにもわかるでしょう。

Karen Faye ‏ @wingheart
Yes. RT @MICHAELUCIA: @wingheart  so you did Michaels make-up right? Wow that's awesome =D

あなたがマイケルにメイクアップしたのは間違いないのね。それは素晴らしいものだったんでしょうね

ええ。

(引用終了)


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(2009年7月6日、フォレスト・ローンに到着したカレン・フェイ)


わたしは、このツイートから、新聞広告に使われた「オリジナル」と思われた写真が、アルバート・ワトソンを選ぶ必然性がなく、中面の写真ともイメージが連動していないという謎は解けたような気がしました。ただ、その写真の変更が、会社側の判断だとしても、

アーティストの首に手をかけ、彼らの生活を縛るのです。とても哀しいことですが、特に、黒人アーティストにとっては歴史的事実です。

というのは、SONYへの抗議行動を共にした彼女には、すべてがそう感じられるのだろう。という印象をもちました。

カレンさんは、マイケル個人に信頼されることで一生の仕事を得た方なので、どーでもいいことなんだと思いますが、世界中に影響力をもちたかったMJは、そんなに「会社」を軽く考えていないということも、重要だと思います。(下記のリンク参照)

◎MJ's Speech「Killer Thriller Party」
◎MJ's Speech「Against Racism」
◎ソニーウォーズの別の意味

結局、「元案の少年写真」を持ち込んだのが、アート・ディレクターなのか、写真家なのか、MJなのかはわかりませんが、(21)で、

顔の輪郭、背景をフラットにしているなどの撮り方を見る限り、アートディレクターからの強い指示で撮影されているように見える。

と書いたときは、永年SONYアーティストのジャケットを「商業的」にディレクションしてきたデザイナーが、この時期のMJのアルバムに「顔アップ」を選択したのは、顔の皺とか最初から全部 “飛ばす” ことを前提にしていると思ったからなんですが、

現場では、上の「少年の写真」を元に撮影していたということなら、出来上がった写真が会社側(MJ自身も?)に不評で、大勢の人に売るには相応しくないという判断から、大幅な修正を加えることになり、それがあの新聞広告の状態だったのかもしれませんね。


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だとすれば、この写真の顔の “飛ばし” 具合は、メイク全部を「OFF」して欲しいという会社側の要求から、こうなった可能性が高く、その要求と、5色展開すればマニアの多いMJファンは1人で何枚も買うという期待を織り交ぜた、AKB48的な「案」が合体して、実際のジャケットとして完成しているのかもしれません。(そういえばあのサイン会もw)

このジャケットへの疑問のひとつに、GOODな写真家を使った割には、写真をイジリ過ぎているという「謎」があったんですけど「メイクオフ」したかったからと考えれば、納得できます。(カレンには最もショックなことですよね…)

ワトソンの撮った、キース・リチャードや、デヴィッド・ボウイの写真のように、通常、男性アーティストの場合、皺も、滑らかではない肌の質感も、隠す必要はないのですが、当時のMJには、色素が抜ける病気により、白人よりもずっと白い肌の色と、まだ、そうなってはいない部分をフラットにするという「基礎メイク」があり、その基礎メイクは「白人よりもずっと白い肌」に統一されています。

肌の色全体をフラットにするのも大変ですが、眉や、唇は「アートメイク」にしたのに、ヒゲをきれいに剃るとか、永久脱毛をする気は全然ないといったことからも、肌の質感を生かした撮影は難しく、そのせいで、フォトレタッチが目立つ写真になりがちに・・・それは、肌の基礎メイクを、普通の白人レベルにすれば解決しやすかったと思うのですが、

たぶん、その「白過ぎる肌の色」へのこだわりは、白人のような「白い肌」にしたいのではなく「肌の色なんか関係ない」という主張に、アーティストとして出した肌の色だったのでしょう。

それゆえ、これが最後のスタジオアルバムでもいいと思うほどの覚悟があった最高傑作であり、史上最強のアルバム『Invincible』では、これまで以上に「顔」にこだわっているのだと思います。(Invincible期が、MJの変顔至上最高レベルである理由?)


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また、こだわっているのは「肌の色」だけではなく、

BAD期に決断した「あごの亀裂」からもわかるように、眉や、唇への「アートメイク」はしても、ヒゲの永久脱毛はしないなど、彼は、自分の顔から「男」の要素を消したくない。また、この頃、頬骨の高さをメイクで強調するようになったのは、彼の両親に、インディアンの先祖がいることから「モンゴロイド」のルーツをも表現しようとしたのかもしれません。

◎[関連記事]Roots of Michael Jackson

どんな人種でもなく、男も女も子供の要素もすべてを取り入れるという「顔のコンセプト」は『Invincible』(無敵)と銘打ったアルバムには、絶対に必要な「顔」で、

あの裁判時も、途中からメイクが変わって、自然に見えるようになっていますし(このブログの裁判写真はメイクが変わってからのもの)、このときも、2007年のブルース・ウエーバーが撮影した写真のようにすることも出来たはずですが、MJはそれでは『Invincible』という作品に相応しくないと考えているんだと思います。

それでも、本当のオリジナルは、きっと、カレンが言うように素晴らしい写真に違いないし、当時はわからなかった可能性も高いけど、今なら、本当にその素敵さがわかるような気がするので、ワトソンが出してくれることを期待したいです。



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以上が、カレンのツイートへの感想なんですが、ここからは素敵な写真が見たいという気持ちと、同じぐらい興味があることについて「ついでに」メモしておきます。


実際のジャケットのMJや、新聞広告に使われた写真への「違和感」の原因について

このジャケットでは、鼻がほとんど消えているということも大きいと思うのですが、実際のジャケットのMJの顔は、眉の形と眼の部分のデジタル表現により「左右非対称」が創られていて、新聞広告に使われたものも「左右非対称」ですよね。私たちが、この写真を見て「誰?」と言いたくなったのは、その部分にも原因があると思っています。

MJの顔は、普通の人より顔が「左右対称」で、男性アーティストの顔としてはめずらしいぐらい、顔の中で「眼の割合が大きい」ですよね。

それは、実際の顔が「左右対称」というだけでなく、写真に撮られるときも、そのように意識しているからだと思うんですね。

女性の美にとって、左右対称は重要なので、ごく普通の女性でも、毎日メイクする場合にそれを意識していますが、男性アーティストの場合は、ポップミュージシャンも俳優も意識している人は少ないのですが、

MJは熱心に「アイコン」となるべく、写真の撮られ方もかなり研究して、男性にはめずらしく「顔の左右対称」を強く意識しているように感じられます。


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オードリー・ヘップバーンも、顔が完璧に左右対称で、顔の中の眼の割合が大きいとよく言われていますが、それは、こどもの特徴でもあり、人の顔は、成長するにしたがって、どんどん「非対称」になっていくものです。

彼の鼻が、ヒストリーツアー時代に、特に細く見えたのも、実際に鼻を細くしたというより、「左右対称」へのこだわりで「中心線」を意識しているという理由もあるんじゃないかと思っていて、「顎の亀裂」に関しても、大人の男性の象徴であるとか、ハンフリー・ボガートや、ケーリー・グラントなどの俳優の影響もそうですが、顔の「中心線」のポイントを考えているような気もするんですよね。

新聞広告に使われた方の写真は、眼の大きさも、その方向も同じなのに、眉毛の部分だけ「左右対称」じゃないですよね。そのせいなのか、より左右に差がある加工を加えたジャケットの方が、むしろ自然に見えるほど、強い「違和感」があるんですよね。私はこれがずっと気になっていて・・(だって、変顔じゃないのに違和感って初めてのケースでしょ?)

この不自然というか、どこか不思議な「左右比対称」の理由が、写真の加工のし過ぎによるものなのか、また、MJは『Invincible』のアルバムに、完全に真正面を向いた「左右対称の顔」の写真を望んでいたのか、それとも、この写真にも残っているような「左右非対称」について、自らも何か「工夫」をしていたのか。

ワトソンが持っているらしい「オリジナル」が、実際にどうなってるのか、知りたくてしかたがありません。

☆この後、この内容に再考すべき点があるような気がして[補足2]も書きました!
◎ Invincibleアルバムジャケット[補足2]


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by yomodalite | 2012-04-12 08:21 | MJ考察系 | Trackback | Comments(2)
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もしかしたら、私は日本一「Blood on the Dancefloor:HIStory in the Mix」を愛している女なんじゃないかと思うことがあるんです。

ほとんど毎日聴きたいと思うし、特に1日の始まりに聴くと色々憂鬱になるような現実にもなんとなく対応できる気がして、すごく「ポジティブ」になれるのですが、一般的にはあまり健康的とはいえないイメージの曲が多いこのアルバムに、なぜそのような効果があるのか?ずっと不思議でした。

これは、自分の感想に1番近いレヴューのような気がして、いつか訳しておこうと思っていたものです。いつもどおり、ヤバい英語力を駆使していますので、お気づきの点は遠慮なくご指摘くださいませ。

Source : SHUFFPOST ENTERTAINMENT

Michael Jackson : Man in the Music, Part 2(Morphine)
Joe Vogel
(Posted: June 27, 2009 03:44 AM)

This is Part 2 of a series exploring Michael Jackson the artist through his albums and songs. The following excerpt is taken from Chapter 5 of Man in the Music: An Album by Album Guide to Michael Jackson

マイケル・ジャクソン「Man in the Music」Part 2 “Morphine”
アルバムと歌を通して研究するシリーズのパート2。今回取り上げるのは、第5章「An Album by Album Guide to Michael Jackson」から


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People often struggle with allowing artists to grow and evolve. For Bob Dylan it was considered sacrilege by many to pick up an electric guitar; for the Beatles, the shift from sentimental love songs to social statements and psychedelia caused them to lose, in some people's minds, their initial charm and mass appeal.

人はアーティストが成長し、進化していくことを認めるのに苦労する。ボブ・ディランへは、エレキギターなどけしからんという意見が多く、ビートルズには、センチメンタルなラブソングから、社会への声明やサイケデリックな世界観へ変化したことが、彼らの初期にもっていた魅力や大衆的な人気を失わせることになったと感じた人もいただろう。

For Michael Jackson, the conventional wisdom meant every album post-Thriller that didn't sound or sell like Thriller was considered a failure; this, in spite of the fact that some of his most significant and challenging work came later. Call it the curse of expectational stasis.

マイケル・ジャクソンへは、スリラー以降のアルバムが、スリラーのようには売れなかったことで失敗と思われるということが一般通念になった。実際には、彼の最も重要で挑戦的な作品がその後だったにも関わらず、これは、期待が外れたときの混乱による災難と言ってもいい。


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Still, for those who gave Blood on the Dancefloor: HIStory in the Mix a serious listen, it was an impressive record indeed. Containing just five new songs, the album is considered an artistic breakthrough by some. "His singing on the first five tracks of new material has never been so tormented, or audacious," wrote Armond White of Village Voice.

さらに、本当に重要なレコードである『Blood on the Dancefloor: HIStory in the Mix』を真剣に聴くなら、この5曲の新曲には、これまでにない芸術的な進展が見られる。ビレッジ・ボイスのアーノルド・ホワイトは「彼が最初に歌った5曲は、苦痛に満ちていながらも、不敵で大胆といった、これまでにはない新しい質感がある」と書いている。

"'Blood on the Dancefloor' has the vitality of an intelligence that refuses to be placated. . .[It] is a throwdown, a dare to the concept of innocuous Black pop." In a 1997 review, The New York Times' Neil Strauss concurred: "There is real pain and pathos in these new songs... Jackson's pain is often the world's merriment, and this is probably true of his new songs, which fret about painkillers, sexual promiscuity and public image.

『Blood on the Dancefloor』は、懐柔を拒否するような知性に溢れていて、それは、無害なブラックポップのコンセプトへの思い切った冒険でもある。1997年のニューヨークタイムスのレヴューにおいて、ニール・ストラウスの意見も一致している。現実の苦痛や悲哀が込められた新曲… ジャクソンの苦痛は、しばしば、世界中で娯楽となったが、これらの新曲は、鎮痛剤や、性的乱交、自分の公的イメージに対する彼の真実を歌ったものだ。

In many of them, Jackson seems like the elephant man, screaming that he is a human being... In keeping with Jackson's darker mood, the music has grown more angry and indignant. With beats crashing like metal sheets and synthesizer sounds hissing like pressurized gas, this is industrial funk... Creatively, Jackson has entered a new realm."

大勢の中で、ジャクソンはまるで、自分は人間なんだと叫んでいるエレファントマンのように見える… 金属板を壊すようなビート、シンセサイザーは、圧縮されたガスのシューというような音をだし、その音楽は怒りを増し、ジャクソンは暗い雰囲気を漂わせている。これは、まさに創造的で、インダストリアル・ファンクというか… ジャクソンは新しい領域に入ったと言える。


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In the gritty, haunting "Morphine," Jackson tackles a subject he never had before: drug addiction. To a relentless, industrial funk beat, the singer lashes out in visceral bursts of anger, aggression, and pain. "Is truth a game daddy," he screams out at one point. "To win the fame baby / It's all the same baby / You're so reliable."

ザラザラするような不安感に満ちた「Morphine」、ジャクソンは以前は考えられなかったテーマである「薬物中毒」に取り組んだ。執拗なインダストリアル・ファンクのビートに対し、歌手は、怒りを内部から爆発させるかのように攻撃的に苦痛を歌い上げる。「真実はゲームなのか?ダディ」彼はある時点で叫ぶ。「名声を得るために、みんなそうさ、実に頼もしいよ」

The rage and disappointment, combined with its ear-assaulting sound (music critic Tom Sinclair described it as "alternating Trent Reznor-style sturm und clang with Bacharachian orchestral pomp"), make for a jarring listening experience, particularly for those accustomed to the breezier melodic pop of Off the Wall and Thriller (though it should be noted that songs like "Wanna Be Startin' Somethin'" and "Billie Jean" were already beginning to uncover the complexity, paranoia and pain represented in these later tracks).

憤怒と失望が混ざりあって耳を襲う音は(音楽評論家のトム・シンクレアは、トレント・レズナー風の荒れ狂うような音と、バート・バカラック風の優雅さが交互に入れ替わるようだと著している)「Off the Wall」や「Thriller」の軽快なメロディーや、美しいポップスに慣れている人には、不協和音のような耳障りの悪さを感じるだろう。(「Wanna Be Startin’ Somethin’」や「Billie Jean」のような曲も、これらの曲の複雑さをもち、偏執的で、苦痛を精密に表現していたにも関わらず)

☆sturm und clang ←Trent Reznor に絡んでいることから「sturm und klang」の誤植ではないかと… 確信はありませんが「sturm und klang」で訳しています。

☆Trent Reznor(トレント・レズナー)ナインインチネイルズの中心人物。
デヴィッド・リンチの映画『ロスト・ハイウェイ』の音楽を担当。

◎Nine Inch Nails - The Perfect Drug (full)

☆同じく『ロスト・ハイウェイ』で使用されたドイツの「インダストリアル系」バンド
◎Rammstein Rammstein lost highway

☆Tom Sinclair(トム・シンクレア)Entertainment Weeklyのレビュワー
EW.com(http://www.ew.com/ew/)



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But "Morphine" is best viewed as an experiment -- both sonically and lyrically -- in representing the experience of physical / psychological pain as well as its temporary release via narcotic pain relievers like demerol and morphine (both of which Jackson has been reportedly addicted to, on and off, since the early Nineties).

「Morphine」は、歌詞や音においても、デメロールやモルヒネといった一時的な麻薬の投与によって得られる身体的・精神的な開放感と苦痛の両方を表現するうえで、最も実験的といえる。(伝えられるところによれば、90年代の初期から、ジャクソンはその両面で中毒になっていたという)

This experience is also brilliantly conveyed in the song's form: About mid-way through the track, the grating beat subsides, symbolically representing the pacifying effect of the drug. "Relax, this won't hurt you," Jackson sings soothingly from the perspective of the drug.

この経験はまた、曲の形式にも見事に表現されている。曲のちょうど真ん中あたりで、軋むようなビート音は弱まっていく。これは、ドラッグの鎮静効果を象徴するものだ。「リラックスして。痛くなんかないからね」ジャクソンはドラッグの視点からなだめるように歌う。

Before I put it in
Close your eyes and count to ten
Don't cry
I won't convert you
There's no need to dismay
Close your eyes and drift away

Demerol
Demerol
Oh God he's taking demerol
Demerol
Demerol
Oh God he's taking demerol

He's tried
Hard to convince her
To be over what he had
Today he wants it twice as bad
Don't cry
I won't resent you
Yesterday you had his trust
Today he's taking twice as much

Demerol
Demerol
Oh God he's taking demerol
Demerol
Demerol
Oh God he's taking demerol


◎訳詞:Morphine「マイケルの遺した言葉」



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These verses are perhaps some of the most poignant (and tragic) Jackson has ever sung. Beyond the literalness of the drug itself is Jackson's persistent yearning to escape from pain, loneliness, confusion, and relentless pressure. In this brief interlude he beautifully conveys the soothing, seductive, but temporary release from reality. There is a sense of pleading, of desperation, before the high abruptly ends, and the listener is slammed back into the harsh world of accusations and anguish.

この一連の歌詞は、おそらく、ジャクソンがこれまで歌った中では、もっとも痛烈(および悲劇的)で、麻薬そのものの解釈以上に、ジャクソンが抱える孤独や混乱と容赦のないプレッシャーといった苦痛から解放されたいという願望が見られる。短い間奏中も、彼は優しく慰め、誘うように。しかし、それは一時的な解放に過ぎず、ハイな状態は突然、絶望を訴えるような感覚へと突き落とされ、リスナーは、非難に苦しむ不快な世界に連れ戻される。

Sputnik Music described this musical sequence as a "moment of absolute genius." The song, written and composed entirely by Jackson, is one of his most experimental and brilliant creations. It is a confession, a personal intervention, a witness, and a warning.

Sputnik Musicは、この音楽シークェンスを「絶対的な天才の瞬間」であり、この曲は完全にジャクソンによって作詞・作曲され、彼のもっとも輝かしく、実験的な創造のひとつで、それは罪の告白であり、個人的な治療でもあり(自らが)証人となる、警告でもあると評した。



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[Note : This analysis of "Morphine" was written before Michael Jackson's death. It becomes all the more tragic given reports that narcotics like demerol and morphine may have contributed to his passing.]

[注:この「Morphine」の分析は、マイケル・ジャクソンが亡くなる前に書かれたもの。デメロールやモルヒネのようなドラッグが彼の死の要因かもしれないという報告に従うなら、より一層悲劇と言える]


☆Sputnik Music:英国の音楽評論誌(http://www.sputnikmusic.com/)

(Copyright by Joseph Vogel, from Man in the Music: An Album by Album Guide to Michael Jackson)

◎Morphine - Michael Jackson





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by yomodalite | 2012-03-30 14:36 | MJ考察系 | Trackback | Comments(7)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite