カテゴリ:☆マイケルジャクソン書籍( 39 )

西寺郷太氏の『マイケル・ジャクソン』(2)の続き


◎第五章 「THIS IS IT」への道(続き)

『「THIS IS IT」への道』(P221)
2005年、完全な「無罪判決」を受ける。
《西寺氏の意見》
「失意の時代」のような捉え方をされることが多い。しかし、僕はこの時期はマイケルにとってとても大切な時期であったと思っている。(引用終了)に激しく同意。

2001年、オックスフォード大学での講演のテーマ。
“チャイルドスター”という特異な存在の一般化
“許すこと”

「仕事の成功」から「家庭の幸せ」へ。
そして「人生の成功」へと向かっていく。


『時代がマイケルに「追いついた」』(P224)
「マイケルをかっこ悪いという」ことが「かっこ良い」時代が終わった理由。

マイケルに憧れた新世代アーティストと、MJの違い。
レディ・ガガの「80年代リヴァイヴァル」に見られる表層的な模倣。
でも、それをするしかないほど、疲弊した世界。


『映像機器の進化とともに訪れた「三度の波」』(P229)
《西寺氏による分類》
1)69年のデヴュー期の「カラーテレビとテレビ・ショー」
2)83年の“スリラー”期の「ヴィデオデッキとMTV」
3)2009年の急逝で、彼の一挙手一投足に注目と追悼が集まった映画「THIS IS IT」期の「YouTubeと映画」

MJは「言葉を超越した存在」であるダンサーであることと、遺した「映像群」の素晴らしさによって、ビートルズ以上の力を持って後世に影響を与えてゆく=新しい世代のファンが増え続ける(引用終了)

完全に同意。映像として遺すこと。アーティストとしての永遠の命を、彼はずっと若い頃から真剣に考えてきた。アルバムに収録されない曲の膨大なストックも、モータウン時代から学んでいた、死後リリース計画だったのかも。また、新世代のMJ発見が、簡単には終わらない理由として、MJ自身が世界でもかなり早い時期に現れた、多方面な「オタク」であることも、マニアの心をつかんで離さないと思う。



『マイケル・ベアデンの証言』(P235)
“THIS IS IT”には、最後まで、確実なセットリストはなかった。
MJは最後まで、子供時代の曲を歌い続けた。


『バシリ・ジョンソンの証言』(P238)
ミック・ジャガーとの共演曲『ステイト・オブ・ショック』もリハーサルされていた。急死の前日も、ライブメンバーと一緒いる時間は幸せそうだった。


『マイケルにとって、“THIS IS IT”とは?』(P242)
《西寺氏の意見》
マイケルは子供の頃からコンテストやタレント・ショーで、優勝や、トロフィー、賞金を狙うために歌やダンスに取り組む癖がついていた。これは、「芸術家」というよりは、「オリンピックを目指すアスリート」に近い心境である。このことは、マイケルが大人になっても「自分の正当性」を確かめるために、きちんと「結果」、つまりセールスや記録に人一倍こだわったことにも繋がっている。(引用終了)

記録にこだわったのは、アスリートに近い心境とも言えるけど、批評家への不信感と、芸術家として「歴史に残る」ということが、一番大きな理由だったのではないかと私は思います。


『ダンサー達との幸福な瞬間』(P245)
《西寺氏の意見》
マイケルと新世代ダンサーとの幸福な出会い。もしも、マイケルが“THIS IS IT”で復活することを決意しなかったら、彼は亡くなっていないかもしれない。(引用終了)

MJの不可解な死への疑惑に関しては、彼の死により、これまでの疑惑の証明、名誉の回復がなされたことにより、アーティストとして遠い未来にまで繋がる「成功」を呼び寄せたこと。を認識したうえで、なされるべきと考えます。下記のサイトの主張は、全面的に同意しているものではありません。


◎「THIS IS NOT IT」
◎趣旨

『おわりに』(P249)
《西寺氏にライオネル・リッチーが語ったこと》
「.....もし仮にツアーの利益が1000万ドルあると言われても、それと同等、もしくはそれ以上を制作費につぎ込んでしまうのさ。最後にロボットまで出てきちゃうしね(笑)。マイケルはそういう考え方をする人だったんだよ」(引用終了)

主催者が10回のツアーを50回にしてしまったら、今度は、チケット売上げ金で、3Dだの、MJエアーだの、50回を決めたときには、小躍りしたであろう、“強欲”集団も、コンサートが近づくにつれて、MJと同様に、眠れない日々だったんではないでしょうか?


わたしは、最終的に、すべて、マイケルが勝利した。と思っています。


《再びライオネルの言葉》

「郷太、ふざけてるって思わないで聴いて欲しい。僕は最近、マイケルは本当に“天使”だったんじゃないか.....、ってそう思うんだよ。50年間だけ、この世界に存在して、“愛”の意味を一生懸命に伝えて、それで役割を果たして帰っていったんじゃないかなって.....、そんなふうに捉えているんだ.....。僕は長い間、仲が良かったけどね。いや、本当に不思議なんだよ.....」(引用終了)

ライオネルに静かに同意。“天使”って言うと、こういう感じを想像する人も多いと思うけど、
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マイケル(ミカエル)という名前の天使はこんな感じ。

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ジョルダーノの『大天使ミカエルと叛逆天使たち 』
(一応ルネサンス期のものということで)

“エホバの証人”では、ミカエルとイエスは同一人物であるとされているようです。

それと、MJが異常なほど「赤」が好きだったのは、ミカエルの属性が“火”だと言われていたり、彼のミリタリー好きも、ミカエルが、兵士の守護聖人とされていることから....

赤、青、白、黒、金、MJの原色好きも、この時代の絵画からでしょう。

大好きだったミケランジェロも、Michael+Angelで、“Michelangelo”.....

彼がウォホール以降の大量消費時代のミケランジェロだったという点など、MJとミケランジェロは、もっと深く追求したいところ。相当な読書家であるマイケルですが、美術に関する教養は、すさまじくて、一晩中しゃべり続けても、ネタが尽きなかったという話があるほどですし。。

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“THIS IS IT”で、カーリーヘアに戻っているのも、やっぱりミカエルだからでしょうか....

《西寺氏の意見》
彼は歌やダンスを使って、人間の持つ「喜・怒・哀・楽」の感情すべてを、最大限まで表現し続けた。
もちろん、彼は、常に洗練されたものとして存在しただけではない。ときにはいびつなまでに振り切れたその困惑するほどの自由さで、周囲の人間を振り回したこともある。

プリンスやマドンナであれば許されることも、子供の頃からの成長過程を知っている存在であるマイケルには、社会全般が持つ「老婆心」のようなものが働き、それを許さなかった、という状況があると思う。

彼がひとりの「黒人アーティスト」として成し遂げた様々な既存のルールの転換は、その優しい「少年的」で「中性的」なイメージとまったく違った「強さ」「タフさ」があったからこそ起こしえた「ある種の革命」なのである。(引用終了)

彼の驚くべき「タフさ」に関しては、まったく比べられるような人がいないように思います。これほど本格的な“知性”を感じさせてくれた人も、同時代を生きた人の中には、他に心あたりがありません。

西寺氏が言うように、何か時代的な深い意味・理由があるのではないか、と私も思えてなりません。彼の“ミケランジェロ”好きは、生涯を通して一貫しているうえに、相当深いですし....

毎日永遠の命を欲しくなる。
自分が作り上げた物は歴史に残って欲しい。
それが石像、絵、音楽、作文であれ同じことだ。
ミケランジェロが言ったとおりだ。
作者はいずれ居なくなっても、作品は歴史に残る。
自分が死んだり、作品が滅びないように自分が作るものにはしっかりと心を込めている。
それだから、何をするに全力をつくすことにしている。
生きている間に自分のすべてを観客に与えたい。
僕が言っていることわかるでしょ?

―マイケル・ジャクソン


☆関連記事
◎MJトライアルファッションショー




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by yomodalite | 2010-03-25 11:29 | マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(12)
西寺郷太氏の『マイケル・ジャクソン』(1)の続き

◎第三章 「マイケル」と闘うマイケルー絶頂期の混乱(続き)

『テディライリーの回想』(P141)
MJは、GUYの「レッツ・スペンド・ザ・ナイト」が好き。(←“Spend the Night”の国内版タイトルのこと?)


この曲よりも、もっと強い曲という依頼により、“Blood On The Dance Floor”が生まれたと、テディは語っている

◎Spend The Night - GUY

☆で、生まれたのが、私が大好きなこの曲!

◎Blood on the Dance Floor

「実際のコードやすべてを弾いてくれ...」スタジオ全体を押さえ、寝室までもすぐ近くに作る。といったアルバムの作り方。

『映画への接近』(P145)
MJは本当に、音楽業界から退いて、映画を作ろうとしていたのか?

『それぞれの兄弟たちのゆくえ』(P148)
“2300 Jackson Street“は、なぜ彼らの最終アルバムになったのか?

☆傑作?BabyFace作曲「ナッシン」
◎nothin (that compares 2 u) - the jacksons

☆名曲!テディとジャクソンズ(当時4人)の共作。
MJ、ジャネット、リビーもボーカルとPVに出演。
◎第四章 銃弾と忘却ー少年虐待疑惑を検証する

『FBIの極秘資料公開』(P188)
ジョンレノンとMJが長期間捜査されていた理由。
“イマジン”と“Black or White”に共通する危険性。

◎『第五章「THIS IS IT」への道』

『逆風の90年代』(P193)
《西寺氏の意見》
「“80年代的”なマーケティング重視、過剰に装飾されたポップミュージックの否定」がその後のトレンドになったことがわかる。(引用終了)

“80年代”以降に否定されたことを、挙げていくだけで新書一冊分になる。

『マドンナの忠告』(P195)
黒人という帰属を失ったMJが、自ら選んだ帰属が“チャイルドスター”
でも、マドンナの忠告に耳を貸さなかったのは、彼が世間知らずのチャイルドスターだったからではない。

『ニルヴァーナの衝撃』(P199)
白人社会の収入格差の増大によって、ロック(白人音楽)が持っていた“文明批評”という部分は、資本主義への感情的嫌悪により、表現の貧しさを助長した。
(お金と知性の両方への否定)


90年代から、PVから急速にクリエイティビティが失われ、アーティストだけでなく、批評も死んだ。

アメリカ文化は衰退し、世界との乖離が進む。
MJは、世界一お金持ちのエンターティナーとして、資本主義への最も先鋭的な批判者への道へ。

『“HIStory”の時代』(P203)
MJの“HIStory”(Disc 2)が、評価されなかった理由。

「怒りの表現のストレートさ」に困惑するファンを気遣い、最後はやっぱり“Smile”で締めざるを得ない、マイケルの優しさ

“Black or White”から“They Don't About Us”へ

『“ブラッド・オン・ザ・フロア”と「ゴースト」』(P211)
誰も評価できない領域に踏み込んだ、MJを客観的に観ることができたのは、MJ自身だけだった。アーティストにして、批評・分析・客観的能力を持ちすぎていた悲劇 ー「ゴースト」

「KING OF POP」の称号とともに「モンスター」キャラも自ら受認。
“笑顔”放棄の時代へ


『インヴィンシブル』(P215)
5年の歳月で30億円という巨額の予算。

これまで、子供たちと“子供同士の付合い”をしてきたと思われていたMJが、立派な父親になれた理由。

若い頃から歴史に残るという野望を抱いていた完璧主義者MJは、ついに最終段階へ。

『ジャクソンズ再結成』(P217)
(1)でも書いた、MJのソロ30周年を祝うコンサート「Michael Jackson: 30th Anniversary Celebration, The Solo Years」

マイケルは、兄弟には厳しかった。(マーロンよく頑張った!)



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by yomodalite | 2010-03-24 14:14 | マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)

マイケル・ジャクソン (講談社現代新書)

西寺 郷太/講談社



『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』で、“マイケル・ジャクソン学”の先頭に立った、西寺郷太氏の2冊目の書。新書企画ということで、どんな風にまとめられるのか、たいへん興味もつと同時に、すごく大変そうだなぁと思っていました。

今回は、前書では収めきれなかった「幼児虐待」疑惑へも、かなりのページを割いているということで、本書が出るまでに、様々な情報を得ている、ファンとしては、なかなか新しい情報には出会えそうになさそう。。という予想をしていたのですが、喜ばしいことに、本書は想像以上にレベルが高く、まさに、決定版「マイケル・ジャクソン」入門本になっています。

これだけの情報を簡潔な文章でまとめあげ、尚かつ、マニア情報の織込み方と、その配置もお見事のひとこと。本当に益々、西寺氏の頭の良さに感心いたしました!

これを読むまでは、本書の出版記念に、今回も引用されていて、現在絶版になっている『マイケル・ジャクソンの真実』の感想を書こうと思っていたのだけど、やっぱり、こちらから、今後の研究(←大げさ)テーマというか、考えていきたいことを、とりあえず、メモしておこうと思います。

といっても、メモだけで、だらだら長くなってしまったので、西寺氏の紹介のおかげで、注目度が増したにちがいない、マーロンのセクシー画像♡を挿んでみました!(残念ながら低画質)


◎第一章 ジャクソン兄弟物語(前編)

『四男マーロンーマイケルの「友達」(P43)
マーロンが、変なタイミングのシャウトや、生まれ持ったB級センスで、人の良さのみアピールしてきたのは、郷太氏の言う通り。


ジャクソンズ史上最高のB級品質「ボディ」




でも、MJのソロ30周年を祝うコンサート「Michael Jackson: 30th Anniversary Celebration, The Solo Years」でのジャクソンズには、本当に驚きました!

マーロンが、あのマーロンが、いつもくねくね踊りと、にやにや笑いだったマーロンがめちゃめちゃかっこ良くなっている!!!

このときの映像を見て、「誰と結婚したいか」というアンケートをとったら、かなりの確率で、マーロンが1位になったのではないか?と思われるほどのセクシーな男っぷり。メンバーの中で、もっとも早く引退し、才能を発揮できなかったマーロンですが、このときは、本当に動きもポーズも決まっていて、スターオーラで輝いてます!(一番下の画像参照)

ファミリー内の、音楽的成功という意味では、同じく地味だったラトーヤも、最新作“Startin' Over”を、彼女の最高傑作に仕上げたし、こういった諦めない向上心は、MJだけでなく、ジャクソンファミリー全員に共通しているスゴいところ。


◎第二章 ジャクソン兄弟物語(後編)

『トッド・グレイの証言』(P73)
写真集『Befor He Was King』は、MJ自身も、このときの写真がお気に入りで、確か、ダイアナ・ロスにもプレゼントとして贈っていたはず。(←要確認)
そんなことからも、彼の整形が「醜形恐怖」や「父親嫌悪」からとはいえないと思う。

『スリラー』(P90)
この作品が最も偉大なベストフィルム、第1位。という意味。

『CM撮影中の火傷、ヴィクトリーツアー』(P93)
『マイケル・ジャクソン観察日誌』(全記録の旧版)を読んで一番驚いたのが、有名なペプシCM撮影中の火傷の直後にワールドツアーが始まっているという点でした。
MJの鎮痛剤依存の問題、彼の死については、現在、まとめ中。

◎第三章 「マイケル」と闘うマイケルー絶頂期の混乱

『「エホバの証人」からの脱会』(P128)
MJは脱会後も、「僕はいまでも、エホバの証人だよ」と語っている。規律の厳しい宗教会派から脱会して、それを否定しない人間は非常にめずらしい。それ以外でも、彼が過去を否定することは、めったとない。という希少なパーソナリティーに関して。

『“BAD”の低評価』(P128)
なぜ“THIS IS IT”のセットリストには、“BAD”が多かったのか?

『グラミーでの屈辱』(P133)
膝から落ちるパフォーミングで、膝を故障。。。ダンサーとしてのMJは、いかに肉体を酷使していたか。疲労や、ボディメンテに関して、なぜ情報が出てこない?

『“DANGEROUS”の季節』(P138)
“BAD”のセールスを超えた“DANGEROUS”が、なぜ彼の最高傑作と言われなかったのか?

「エンターティナーはひとりの人間(パーソン)でなく、ひとつのイメージを持ったパーソナリティとなってしまう」。有名になればなるほど、みんなその人物を変わり者に仕立てようとする。と、MJはホイットニーに語っていた。


西寺郷太氏の『マイケル・ジャクソン』(2)に続く


さて、ここからは、

苦節30年!ついにマーロンに訪れた栄光の瞬間!

“30th Anniversary Celebration”のTV放送から、マーロンの晴れ姿を集めてみました!

ジャクソンズ復活を最高にカッコ良く見せた最大の功労者。MJの引き立て役としての完璧な仕事ぶり、そして、MJと不動のツートップとしてだけでなく、時間が経つごとに、MJを凌ぐほど、存在感を増して行くマーロンにご注目ください!!写真のトリミングは、TV画面とほぼ同様です。


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マーロン登場!!!渋っ


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メンバー内でひとりだけMJの視線と完全にリンクした動き!



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♪1、2、3、A、B、C♪


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TVカメラが、MJ丸かぶりにしてまで、マーロンを真中で捉えはじめる!


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指先までピーン!


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もうカメラマンは、マーロンに釘付け!


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でも、MJの引立て役という役目は絶対に忘れない!!


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そして、ステージに'NSYNCが登場しても、ツートップは譲らない!
今をときめくジャスティン・ティンバーレイクも霞みがち。。。


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もう、どんなに人数増えたってマーロンが中心!


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やっぱり不動のツートップ!!


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'NSYNCはどこへやら?依然としてマーロンに釘付けのカメラ


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ついに、右サイドもマーロンが制圧!!


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膝折れだってやっちゃいます!


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終始、かぶりまくってたジャッキーと異なり、最後まで、完璧だったマーロン♡♡
“Body”の後、彼はこんなにクールな男になっていた!


◎西寺郷太氏の『マイケル・ジャクソン』(2)に続く

____________

[内容説明]マイケルにまつわる誤解を解き、「THIS IS IT」の魅力に迫る!
世界でもっとも有名な家族・ジャクソン家の人間関係、絶頂期の混乱と「孤独」、マイケルをどん底に突き落とした「少年虐待疑惑」の真相、「THIS IS IT」での大復活の理由と、その知られざる舞台裏まで。
初心者からマニアまで、すべてのファンに捧ぐ、マイケル・ジャクソン入門書。
講談社 (2010/3/18)

[著者からのメッセージ]西寺郷太です。今回の著作『マイケル・ジャクソン』は、映画「THIS IS IT」公開以降、たくさん増えた新しいファンに、マイケルの歴史を知るガイドブックになるよう、心がけました。さらに、大きく誤解されている93年の「少年虐待疑惑」について真正面から切り込んだ、日本で初めての本になっています。世界で最も愛され、最も誤解されたスーパースター・マイケルをより深く知ってもらうきっかけになれば嬉しいです。




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by yomodalite | 2010-03-23 17:24 | マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(3)
MJファンから絶大なる信頼を得ている吉岡正晴氏が自身のサイトで絶賛したため、熱心なファンの人の間にも絶対買わなきゃ!と思われた特集号。残念ながら、これは複数回映画を観て、DVD発売までの時間も様々なサイトから情報を得ている人にとっては、あまりおすすめできる内容ではありません。
というのも、

・インタヴューはインタビュアーが映画を観る前に行っている。
・曲目解説はサントラ
・映画内のフィルムに関しての情報はほとんどなし。

なので、基本的にDVDをじっくり観た後に“THIS IS IT”の内容で、
知りたくなるようなことは何も書かれてないんですよね。

日経らしく、他の特集やDVDの内容とは別の視点で書かれているのは「ソニーピクチャーズ宣伝マンが明かす、THIS IS ITが日本で社会現象になった理由」ぐらいですが、内容は想像通りの浅いもの。

そういうわけなので、おすすめできる人は、
映画を見たのが2回以下で、
ネット環境があまり良くなく、映画を観た以外は、特に情報に触れておらず、
1枚組DVDを観た人。

あまり、おすすめできない人は、
二枚組DVD、ブルーレイを買った人、もしくは購入予定の人は、観る前には読まない方がいいです。というのは、特典映像で語られていることが多いので。

ただし、冒頭18ページの“THIS IS IT”の映画写真がキレイなのと、良質な印刷紙によるオールカラー、82ページで790円は激安なので、買ってもそんなに損することはないでしょう。特に、あのダンディなスーツ姿のMJの写真は、雑誌ではこれがベストかも。でも、あの“Human Nature”の、手が完全に上に伸びているポーズがなかったのは残念でした。

綴じ込みカレンダー“HISTORY Calender 2010”は、月変わり12枚の写真が雑誌を拡げた大きさより、少し小さいぐらいなので、お得感が好きな人には、これもポイント高いかも。写真は“HISTORY”時代というわけではなく、子供の頃も含めて、ライブ写真が多いようですが、ベストショットと言えないものや、どうしてこれを選ぶかな?というものもあり。(“THIS IS IT”写真はなし)

映画パンフとしては、激安のうえ充実してます。ただし、記事の内容は薄くDVD内容の重複記事が多いので、マニアのマストアイテムでは絶対ないです。

わたしは、この表紙がゆるせなかったので買う気はなかったのですが、つい吉岡氏につられて。。。ポチ注文。でも、この表紙のセンスがキライな人はやっぱり買わない方が正しいかも。




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by yomodalite | 2010-01-27 23:52 | マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)
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MJの『ムーン・ウォーク』、ラトーヤの『インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー』の後、本書を読みましたが、ブログには記録していませんでした。でも、マイケル、姉、母、父の『息子マイケル・ジャクソンへ』という、家族の「ジャクソンファミリーストーリー」が揃ったという意味もあって、こちらも記録しておくことにしました。

本書は家族全員に、驚くほど賞賛されているファミリーの母による『ムーンウォーク』の補助作品として、マイケルの誕生時、幼少時から、成功した後の作品づくりや、様々なビジネス面でも、詳細な内容になっていて、完成された本だと思います。ただ、わたしが気になったのは出版年で『ムーンウォーク』が1988年、『インサイド〜』は1991年『マザー』は1990年になっています。『マザー』が『インサイド〜』より先というのが、どうもよくわからなかったんですね。

出版年に、どうしてこだわるかと言えば、本書の「プロローグ」が、次のように、始まるからです。

「どんな家庭にも、どこかみんなと違う変わり者がいるのよ。それが私なの」ー ラトーヤ・ジャクソン 1985年

ラトーヤが『プレイボーイ』でヌードになった?!その噂を聞いた時、私は本当にびっくりしました。(中略)アトランティック・シティのトランププラザで行われた、1988年のあの子のショーのことを思い出さずにはいられません。あの子はその時それまでになく、セクシーというか、そそるような雰囲気で踊ったのです。(中略)

ゴードンは、私の夫でラトーヤのマネージャーでもあったジョーに彼女のマネージャーをさせて欲しいと頼みこみました。(中略)ジョーはゴードンと二人で、あの子のマネージメントをすることにしたのです。(中略)

私がとりわけ失望したのは、ラトーヤがニューヨークでゴードンに連れられて出版社めぐりをした(中略)その時私は『ムーンウォーク』でマイケルが受取ったよりも多額の契約金で、ラトーヤが出版社契約を済ませたことを知っていたのです。(中略)

ジャック・ゴードンが彼得意の大嘘を“醜い家庭の秘密”として世間に広めたのちも、何度か繰り返されました。その大嘘の中には、ラトーヤが八歳の時、ジョーにいたずらされたというものがありました。(中略)

結局ラトーヤは、本を書いているということを一度も認めず、1989年の始めに、私は真相を新聞で読むことになりました。「マイケルの本は素敵だけど、とても軽いわ」と記事の中であの子は言っています。「マイケルの本に書かれてないことが、私の本にはたくさん書いてあるわよ」(中略)

『プレイボーイ』のインタヴューの中で、ラトーヤは自分の行動をこう弁護しています。「家族のためじゃなく、私は私のための人生を生きなくちゃいけないから」あの子は、自分がヌードになることを誰よりもマイケルが認めたとみんなに宣言することによって、状況をさらに悪くしてしまいました。(中略)

ラトーヤが表紙を飾った『プレイボーイ』が、ニューススタンドを賑わせた直後、ラトーヤはテレビ番組『ドナヒュー』に出演しました。(中略)

ラトーヤの反抗を書き立てるだけでなく、マスコミは未だにマイケルの私生活について、いろいろ噂をして喜び、“ジャクソン兄弟の不仲”を記事にし、ジョーと私が子供たちから除け者にされているという話を書き立てます。(中略)

ここにあるのは、私が生きてきたジャクソン・ファミリーの真の物語なのです。それは、小さな夢から始まりました。


冒頭のマイケルと、兄弟たち(ラトーヤ以外)の、ちょっと度を超しているかな〜と思うような、母親大絶賛のコメントは、こういった事情によるものだったり、この出版自体がラトーヤ本が大きな原因だったことが、わかるでしょうか。

『マザー』の、冒頭のクレジットでは、Copyright(C)1990 by Bond Co.,Ltd. and Fuji Television となっていて、「訳者 あとがき」には、1998年6月、私たちは「エンシーノで最も有名な家」へと向かっていた。〜平成2年3月24日 小林礼子(礼は旧字)となっているのに、奥付には、1990年5月14日 1刷 となっています。

この表紙も洋書のようですが、デザインは渡邊かをる氏で、通常、翻訳本にはない、企画プロデューサー、制作プロデューサー、編集、編集協力に日本人名があって、Bond Co.,Ltd も、協力:株式会社ボンドという表記になっていて、やっぱり日本企画のように感じます。(同年に海外で出版されている「The Jacksons My Family」と内容が同じだと思われるんですけど、英語本は読んでいません)

出版当時は、ジョーパパ本と違って、アメリカで出版できない状況ではなかったはずで(実際、同年にアメリカ出版されている)、内容への介入や、出版まで内密にしたかったために、あえて、日本を選んだのか、また、ラトーヤの本の初版が本当に、1991年だとすれば、出版前に、それほど話題になっていたということになりますが、そのせっかくの話題づくりにしては、企画が早かったにも関わらず、ママ本よりも、遅い出版というのが、どうも理解できないんですね。(それと、翻訳本の初版は、一体いつ出版されてるんでしょうか?1991年?1998年?)

また、本書でも、ラトーヤの父による性的虐待のことが触れられていますが、わたしが読んだ、翻訳本『インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー』の初版と第二版(たぶん)には、その話は書かれていませんでした。

ちなみに、ラトーヤ本は何度も再販されているようで、翻訳本も第二版には写真が増えていて、それらは家族仲がいい写真が多いのですが、その中の1枚に「今は兄弟たちとわたしの愛の架け橋は電話だけ。いつかわたしたちが本当の家族となる夢を持ち続けています。(中略)家族全員がひとつの部屋で一緒に座りそして大声で話し合うことくらいすばらしいことはありません。といった、キャプションが・・・

ママ本だけを読んだり、世間の評判ではラトーヤの問題行動のように感じるかもしれませんが、プレイボーイのヌードの時(1989年)彼女はすでに33歳なんですよね。しかも、掲載されたヌードはとてもキレイで芸術度も高いものです。この頃のラトーヤは、世界一キレイな身体と言ってもいいぐらいの、ものすごいボディ!

多くの有名女優がヌードを体験していることを考えれば、このときの家族の態度は大げさ過ぎるんですけど、それもこれもマスコミとそれを受取る一般人により、マイケルにしてもファミリーにしても、もうこれ以上ないというぐらい“問題”が膨らむんですね。

これは、想像ですが、本の出版、ヌード披露は、ラトーヤにとって家族からの自立と今度の芸能活動にとって、重要な賭けだったと思います。ただ、家族がそれに反対したことと、ラトーヤによる宣伝のためのリップサービス、当時のマネージャーの方針、ファミリーを常に食い物にするメディア、これらが一体となり、本の実際の内容とはかけ離れた「騒動」になっていったんだと思います。お互いの発言が、メディア上で交されたことで、真に受けるファンも多かったのでしょう。

◎La Toya: Growing Up in the Jackson Family(1991)
http://www.amazon.com/Toya-Growing-Up-Jackson-Family/dp/0525933433/ref=pd_cp_b_0

◎Shocking and Controversial Expose of life in the Jackson Family(1996)
http://www.amazon.com/LaToya-Jackson-Shocking-Controversial-Expose/dp/0099726408

☆The Controversial Expose of Life In The Jackson Family
上記でなく、このタイトルの本もあるようで、こちらが先に出版されている模様。

ラトーヤ本の真の初版が、本当に、ママ本より後に出版されたのかは、まだ確定とは言えませんが、後から出版されたものの方が、内容が過激になっていることは、翻訳本の2版を読んだ印象や、この後の和解を考えるとありえないと思うんですね。

そういうわけなので、しつこいようですが、ウィキペディアにあるリビーとラトーヤの近親姦といった内容は実際には出版されていないと思います。ホント読んでもいないのに、暴露本とか、痛い姉とか、MJに対しての偏見と一緒ですね。。

また、この後のマイケルの父親批判も、ラトーヤが起点というか、援護射撃といった要因も、わたしは感じざるを得ません。この姉は、ファッションや整形なども含めて、とにかくマイケルに与えた影響は大きいですね。姉の方も、マイケルの中に自分を見ざるを得ないところがあって、共依存関係だと思います。『インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー』も『マザー』もイイ本なんですが、今再販するのは難しいんですね。きっと。。

2冊とも古本だとものすごく高いので、図書館でお探しくださいね。
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[目次]
プロローグ
第一章「夢見るころ」
女優になる夢、歌手になる夢
小児麻痺との闘い
ジョー・ジャクソンとの出会い
ジョーとの再開
ジャクソン通りの家
ファルコンズ誕生

第二章「ジャクソン通りの子供たち」
ブランドンの死
マイケル誕生
みんな私の子供たち

第三章「踊りだしたマイケル」
哺乳瓶片手に
マイケルののぞき趣味
初めてあの子が歌った

第四章「ジャクソン通り2300番地のパズル」
2つのベッドルームに11人
バスタブ物語
もうひとつのパズル
厳しい冬の思い出

第五章「すべては神の御業」
危険な町ゲイリー
エホバの証人
子供には厳しく
ゲイリーからの脱出

第六章「ジャクソン・ファイブ誕生」
テレビのない夜に
モータウンサウンドに首ったけ
子供たちの音楽的才能
ステージの第一歩
タレント・コンテストに挑戦
そして喝采

第七章「モータウンへの道」
ジャクソン・フォーには大反対
練習・練習、そして敵なし
シカゴでもチャンピオン、ニューヨークも制覇
最後の手製衣装
モータウンのオーディション
 
第八章「夢のカリフォルニア」
大スターたちの前で
暴力の街
リビーとの別れ
ロサンジェルスに飛ぶ
初めての吹き込み
全米テレビネットにデヴュー
カリフォルニアにようこそ

第九章「歴史はこうして創られる」
四枚続いたベスト・ヒット
ファンの興奮は怖いほど
エド・サリバン・ショーに出演
マスコミの影響力
昔のままの子供たち

第十章「慣れが肝心」
昔のようにつきあって!
あつかましいファンには閉口
お金があるのは楽しい
エンシーノに買った家
困った同居人

第十一章「孤独なマイケル」
鼠が大好き
マイケルの子供っぽさとプロの一面
マイケル試練の時

第十二章「さよならモータウン」
ジャーメインの結婚
モータウンへの不満
ラスベガスで絶賛
モータウンからエピックへ

第十三章「家族の危機を乗りこえて」
苦しんだジャーメイン
モータウンの逆襲
『ザ・ジャクソンズ』苦戦
新たなる挑戦
『ディスティニー』の成功

第十四章「やるべきことはいくらでも」
マイケルが『ウィズ』に出演
シドニー・ルメット監督
俳優マイケル
クインシージョンズとの出会い
素晴らしいチーム
『オフ・ザ・ウォール』の成功と失望

第十五章「消えない胸の痛み」
マイケルは不幸せ?
ジョーとの生活
ジョーの浮気
離婚起訴

第十六章「勝利に向かって」
子供が怪我を!
ランディの大事故
もう一歩必ず歩くんだ
アルバムの名は「勝利」(トライアンフ)
最高のショー

第十七章「震えるほどの名誉と栄光」
マイケルの野望
ミュージック・ビデオに革命を
『ビリー・ジーン』の魅力
素晴らしかった『ビート・イット』
アルバム『スリラー』でカバーストーリーに
“モータウン25周年”のショー
ムーンウォークに全米が熱狂
運命のビデオ『スリラー』
グラミー賞七部門で受賞の栄光
ギネスブックに載る記録

第十八章「苦闘の末の“勝利”(ヴィクトリー)
ジョーから離れていく息子たち
新しいマネージャーとジョーとの争い
ビッグツアーを企画
わたしもプロモーター
マイケルが頭に火傷!
マイケル・ジャクソン火傷センター
弁護士たちに振り回される
大きな利益とファンの嘆き
『ヴィクトリー』ツアーの始まり
楽屋裏での楽しいこと、辛いこと
最高のショー、最高のアルバム

第十九章「楽しきわが家」
家の立て替え
マイケル好みの家
私のハウスアイデア
飾り付けの好きなマイケル
屋根裏部屋のジャクソン・ファミリー
マイケル・ジャクソン・ミュージアム

第二十章「落ち着いた仕事」
マイケルの変装好き
スポード狂マイケル
刑務所体験に大喜び
子供たちやファンとの交流
マイケルの年上の友人たち
ユル・ブリンナーが私の部屋に!
音楽への投資
あくなき挑戦

第二十一章「ジャネット、スーパースターに」
娘たちの才能
性格の違う娘たち
ラトーヤのアルバム・デヴュー
岐路に立つジャネット
娘の夫は麻薬中毒
ジャネットに救いの手
大きな賭
自分の手で“コントロール”できる喜び
素晴らしいアルバム『コントロール』

第二十二章「耐えるのよマイケル」
大がかりなプロモーション計画
難産だった『バッド』
CBSレコード史上最大の予約数
ゴシップにうんざり
涙の公開状
日本ツアーで大歓迎
兄弟が一緒だったら
偏見に満ちたグラミー賞

第二十三章「やすらぎの家」
常に記録を塗りかえる
ツアーの楽屋裏
マイケルの食生活
母と子の二人の時間
ショーの思い出はつきず
ビートルズに捧げるショー
マイケルの家でくつろぐ

第二十四章「マスコミが何を書こうとも」
笑えないゴシップ
父と子の緊張関係
愛情表現の下手なジョー
仲の良いジャクソン・ファミリー
子供たちとの過ごし方
ジェラシーに無縁な子供たち
ファミリー・ミーティングとファミリーディ
ジョーと私の生活

第二十五章「演じるべき役柄」
1989年のマイケル
ミュージカルの夢
マイケルの花嫁はどこに?
家族の絆は変わらない

第二十六章「ジャクソンズの伝統をもう一度」
アルバム・ラッシュ
のんびり屋のジャネット
私までビデオに
ジャネットの新しいサウンド
長く辛い道のり
グループのパワーを再結集
感動の『ジャクソン通り2300番地』

第二十七章「夢を追う家族」
こんな仕事、あんな夢
子供を思う母の夢
固い絆をもう一度

第二十八章「そして、これからも」



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by yomodalite | 2009-12-07 12:20 | マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)
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11月の着物もアップしていないし、12月の着物も、、、江戸から学ぶ日本文化、正座をしない着物生活といったテーマへの回帰が出来ず、通常の読書ペースに戻れないのも、下ろしたてのスリッパが2日でこんな姿になったのも、

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なぜかマラカスが買いたくて仕方ないのも、この数年間、自分にとってすごく重要な疑問に対して、相当鮮やかな答えを出してくれた著作を読書中にもかかわらず、こんな地獄テイストの本を掲載してしまうのも、すべては“この方”のせい・・

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本書は『インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー』 の1992年2月の新装版。こちらも、とりあえず補完。本文は同じですが、巻末に30枚の織り込み写真付き。それらの写真のラトーヤと比べて、なんでこんなスナップ写真?を表紙に選んだのか、その後のストリップクラブでの仕事などを彷彿させるような雰囲気ですが、国内での出版元もホント地獄系ですね。

それでも、彼女は「イタイ姉」ではなく、やっぱり「サヴァイバー」だと思います。

☆Blood on the Dance Floor (Extended Version)



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by yomodalite | 2009-12-06 19:47 | マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)
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音楽評論家・吉岡正晴氏は『マイケル・ジャクソン全記録1958-2009』の翻訳・監修者として、同書を「ゴシップはいらない。事実の積み重ねだけで、マイケルの足跡を振り返る」と評しています。

まさに、そのとおりで、私もマイケル・ジャクソンに関しては、彼の創った音楽や映像を通して以外は、知りたくないという気持ちはよく理解できます。

また死後の再販新刊ラッシュの中でも、読むべきなのは、マイケル本人の自伝『ムーンウォーク』(田中康夫翻訳)、日本のマイケル研究の第一人者のミュージシャン西寺郷太氏の『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』、そして、このブログにも旧版の方の感想を書いた『マイケル・ジャクソン全記録1958-2009』(エイドリアン・グラント著)、あとは、幼児虐待疑惑の真相を暴いた『マイケル・ジャクソン裁判』の4冊という意見にも同感なのですが、

あえて、もう一冊、現在ほとんど書評のないラトーヤが書いた本書について記録しておきたいと思います。

わたしが、この本を読もうと思った理由は、ジャクソンファミリーの真実は、その中に居た人間にしか書けないし、そうなると、男兄弟であるジャクソンズ以外で、マイケルに一番年齢が近く、3人姉妹の真中の“双子座の姉”が、一番「文才」があるに違いないという“直感”と、また、スキャンダラスな話題ばかり先行していた、ラトーヤのイメージへも、マイケル同様疑う必要があるのでは、と思ったからです。

本書は、結論から言えば、マイケルファンにとって、決して嫌な内容の本ではないです。

むしろ、人を傷つけることに、あまりにも神経を使い過ぎている、マイケルの自伝『ムーンウォーク』に対して、お姉ちゃんが覚悟を決めて、人肌脱いだと感じる部分が多く見られます。

全部読んだとは言えないので、自信をもっていうのもどうかと思うのですが、ジャクソンファミリーを描いた著作では、ベスト本ではないでしょうか。

この本の出版が話題になっていた当時も今も、本書はいわゆる「暴露本」という扱いで、ラトーヤ自身もヌードグラビアや、兄弟に対しての中傷などから、センセーショナルな存在としてのみ、取り上げられているように思います。

『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』にも「洗脳 姉ラ・トーヤの10年間戦争」として、ラトーヤがマネージャーで夫でもあったゴードンの洗脳による“人騒がせなおばさん”として紹介されていますが、ゴードンに操られたという部分は、彼女のジャクソン家からの最終的な旅立ちにともなう混乱によるもので、本書の記述全体に及ぶものではありません。

ファミリー本としては、多分最上級のクオリティにも関わらず、再販されていないのは、本書では擁護されているゴードンのことを、後に、彼女は過ちに気付き、マイケルと他の兄弟に謝罪する結果になったことが最大の原因だと思います。

本書の最終章は、彼女が、家を出て行くところで終わっているのですが、もし、ラトーヤが、この後の家族への謝罪、和解などのエピソードを加え、最終版を出版するのであれば、わたしは迷わず買います。本書は、彼女の混乱に乗じ、騙されて企画されたという一面もありながらも、ジャクソンファミリーの一員としてのラトーヤの“魂”が込められたものです。

ジャクソンファミリーという特殊な環境で、それぞれの兄弟がどのように悩み、成長して行ったか、特にその中で最も苦労することになるマイケルの時代ごとの生き生きとしたエピソードや、優等生でもあり、問題児でもあった、マイケルに次ぐ、ファミリーの中心的人物ジャーメインに関しても、些かキツい表現もありますが、問題点がよく捕らえられています。

その他の兄弟へも、当事者は耳の痛い部分はあるでしょうが、客観的にみて、ファミリーを貶めてはおらず、家族の欠陥を描きつつも、読者として、ファミリーひとりひとりを抱きしめてあげたくなるような読後感がありました。

また“Wanna Be Startin' Somethin'という曲は、ラトーヤと義理の姉妹との摩擦を書いたという記述なども興味深いのですが、『ムーンウォーク』にはない記述で最も重要なのはやはり「エホバの証人」の信者だったときのマイケルのことでしょう。

ラトーヤに言い寄ってきた有名人の話なども、一見彼女の自慢話に聞こえるかもしれませんが、彼らとラトーヤが上手く行かなかった理由と、マイケルがテイタム・オニールや、ブルック・シールズなどとの恋愛に抱えていた問題には、類似する点があるように思います。

信じられないことですが、スリラーの驚異的なヒットの後にすら、マイケルは信者としての個別訪問(!!)など、熱心な宗教活動をしています。ところが、マイケルの芸能活動は教団から否定され、偽善者と非難されてしまいます。(一方では教団内でマイケルを救世主とする見方もあった)

『ムーンウォーク』発売('88年)の1年前('87年)に、ついにマイケルは「エホバの証人」に脱会届を出し、そのため当時まだ信者であったラトーヤにも母にも会えなくなっているのですが、マイケルが『ムーンウォーク』で、ラトーヤと自分は全然似ていないと書いていることには、そういった事情もあると思います。

西寺郷太氏の『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』には、「楽園 ネバーランドの建設」〜「洗脳 ラトーヤの10年間戦争」として、この頃のことが書かれています。ただ、ラトーヤのこの本を、家族への反撃としての「暴露本」と言うには、あまりに、彼女が可愛そうというか、彼女は彼女なりに、同じ信者として味わった挫折感と、姉として、この頃のマイケルを擁護したいという思いがかなり強くあったのは、間違いないと思いますし、実際ネバーランド以降のマイケルの気持ちがもっとも理解できたのは、ラトーヤではなかったかと思います。

更に、想像で付け加えれば、このあと、ラトーヤが、マイケルの幼児虐待を肯定してしまう発言に至ったのは、ゴードンの脅しが大きかったとはいえ、本来、マイケル擁護であった本書により、彼女が家族から見放されたこと、また、それを強く理解しつつも「読んでいない」発言以外できない、マイケルへの悲痛な叫びと、益々ゴードン以外に頼る者がいなくなった、ラトーヤの混乱があったように感じました。

当時の姉の行動を、家族の中で、もっとも理解していたのは、マイケルだったように思えてなりません。彼が、このあと、父の虐待に関して、これまでよりも発言が増えて行ったのは“姉の擁護”という側面もあったのではないでしょうか。

また同書では「最も典型的に詐欺師の毒牙にかかり人生を翻弄されたのが、最も両親に従順で純情だったラトーヤ」とも評されています。しかし、これは、彼女が騙されやすい性格だった、という単純なものではありません。

これは、マイケルにも言えることですが、ふたりとも、非常に知性があり、慎重でありながらも、理不尽な攻撃を受け、人生を翻弄されたと思います。

山下達郎氏は、マイケルの逝去のことを「マーヴィン・ゲイ同様にアメリカ芸能界の地獄で燃え尽きてしまいました」と語ったそうです。

「吉岡正晴のソウルサーチン」

わたしは、その炎の燃え上がりが、どうしてこれほどまで激しいものになったのか、なぜ何度明確な否定がされても、消え入ることがなかったのか、実感としてはわからなかったのですけど、本書で少しだけ、その正体が見えたような気がしました。それは、ひとつではなくて、いくつもの顔があるのですが、日本人として育ってきた私たちには、なかなか気づくことが出来ないもののようです。なんというか「本場の地獄は違う」というか...

P259〜265には、のマイケル宗教活動と、その脱退までが、短くまとめられているのですが、日本の宗教団体でマイケルほどの広告塔に、これほどの攻撃をする団体なんてないでしょう。それも脱退してからではなく、信者の時代に。。。そして、こういうことが、ここで書かれている特定宗教団体のみではないということも。何もかも、アメリカに住んでもいないアジア人種には想像もつかないことでした。

ジャクソンファミリーは、アメリカで初めての黒人名門家族になりました。そして、そこには、マイケルと言う不世出なタレントが生んだ兄弟の確執とか、幼い頃からのセレブ生活とか、そんな日本人が思いつく芸能界の闇とは、まったく桁違いの「地獄」が待っていました。

私には、ラトーヤが、自分とマイケルが似ていると感じ、そして自分よりもっと傷ついているという気持ちが、この本の出発点になったと思えてなりません。その志の高さは、流石はマイケルの姉!なんですが、結局その後、幼児虐待疑惑では、マイケルに打撃を与えてしまうことになりました。彼女も地獄の炎の激しさからはどうしても逃げられない運命でした。

また、ラトーヤ・ジャクソンのウィキペディアには、

1991年ジャクソン家の内部の暴露本を出版。この本では家族内部で激しい暴力が振るわれた事、自分と姉リビー・ジャクソンが父ジョセフ・ジャクソンに近親姦をされた事が述べられ論争となった。

とあるのですが、私が読んだ初版と思われる1991年9月第1刷にも、1992年2月の新装版にも、近親姦というような内容はありませんでした。

詳しい事情はわかりませんが、本書は、出版前から兄弟による差し止めなど、騒ぎが大きかったので、その時点での“噂”か、出版後のインタヴューなどから生じたものなのか?あるいは、まったくのデタラメなんでしょう。

有名な兄弟たちの葛藤と、彼女自身が、宗教からも、家族からも自立しようとしていく過程を描いた物語として、本書は前述の良書4作に比べ、遥かに“文学的”な作品です。私は、美しい物語として読みました。絶版ではありますが、図書館にはあるところが多いようなので、機会があれば是非ご一読を。


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『インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー』は原題のようですが、実際は「La Toya: Growing Up in the Jackson Family」が本当のタイトル。日本版の表紙は、出版社自体が「暴露本」として、売ろうとしている悪意が感じられますが、原著は、マイケルとポールの『Say,Say,Say』に登場していた時のように美しいラトーヤがカバーになっています。

★★★★☆(マイケルとジャクソンズの資料として)


☆関連本
『マザー』キャサリン・ジャクソン
『息子マイケル・ジャクソンへ』ジョー・ジャクソン

☆本書の第2版
ラトーヤ・ジャクソン インサイド・ザ・ジャクソンファミリー《愛蔵限定版》
☆マイケルの死後リリースされたラトーヤののビデオと詞
“HOME”

☆「吉岡正晴のソウル・サーチン November 13, 2009 02:31:31」
_______________________

【内容紹介】インサイド・ザ・ジャクソン・ファミリー ラトーヤ・ジャクソンが語るファミリーの真実/La Toya Jackson , 高橋伯夫 (翻訳)

マイケル・ジャクソンの姉、ラトーヤが語るジャクソン・ファミリーの真実。華やかな名声の陰で、父親の暴力、母親の罪深い偽りの愛、兄弟の確執があった。「欠陥家族」の姿を、客観的に、しかし愛情をこめて描く。 オオカワ・コーポレーション (1991/09)

原題「La Toya: Growing Up in the Jackson Family」/LaToya Jackson (著), Patricia Romanowski (著)




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by yomodalite | 2009-11-29 23:55 | マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(7)
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彼の写真や資料を集めた本はたくさん出版されていますが、こちらは、マイケル自身が出版した2冊目の本。彼の詩(歌詞ではない)と多くの写真が掲載されています。

☆続きを観る!!!
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by yomodalite | 2009-09-04 14:16 | マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)
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マイケルが亡くなって、1ヶ月以上経ちました。

生前熱心なファンでなかったくせに、この間、私のようにマイケルに夢中になっていた人は多いと思うけど、彼の死を残念がり、残された作品への賛辞で溢れていた現象も少し落ち着いたところで、ひっそり追悼したいと思います。

本書は、マイケル・ジャクソン公認ファン雑誌の編集長である著者が、1958年8月29日の誕生日から1995年9月24日までのマイケル観察日記を箇条書きにしたもので、訳者により1997年の夏のヨーロッパツアーまでが加筆されています。

(この本は『マイケル・ジャクソン全記録』の初版ヴァージョンです)

読了したのは、1ヶ月前ぐらいなのだけど、なかなかブログアップできませんでした。

生前のマイケルに対して、誤解が多かったことに衝撃を受けつつも、死後の賛辞一辺倒への急激な変化にも乗せられたくない。まずは、私の中で彼に抱いた謎に決着をつけてからという思いでした。

そもそも、わたしのマイケルへの最大の誤解は、彼の容貌が「人間離れ」していった時期の作品がつまらないと思っていたことでした。

しかし、その誤解は作品に触れることですぐに解消されました。2001年10月に発売された「Invincible」も、1997年の「Blood On The Dance Floor/HIStory In The Mix」もマイケルが亡くなってから真剣に聞き直して、そのクオリティに驚かされたのだけど、

もっとも衝撃的だったのは、ニューヨークでソロ30周年を祝うコンサート「Michael Jackson : 30th Anniversary Celebration, The Solo Years」の再放送を観たときでした。

前半は、デスティニーチャイルド、アッシャーなど、今をときめくスター達が次々と、特別観覧席にいるマイケルの前でショーを行なっていき、マイケルの側には、エリザベス・テーラーや、マコーレー・カルキンも同席し、遠目に見ても人間離れの激しい彼の顔は、そんなに近くで見て大丈夫なの?カルキン!と心配したくなるほどでしたが、マイケルは一向に構わぬ様子で、まるで「異形の王」のように存在していました。

ところが後半、エリザベス・テーラーの紹介により、再結成したジャクソンズとして、マイケルが登場すると、今までのスター達は一体何?と言うか、比較することがバカバカしいほどの圧倒的な輝きを見せ、マイケルだけでなく、兄弟たちすべてがまったくブランクを感じさせない素晴らしいパフォーマンスで、会場の老若男女すべてを熱狂させる。

ヒット曲に事欠かないジャクソンズとはいえ、メンバーすべてが懐かしさではなく、今現在これほどまでに輝いた演出が実現できたことに、本当に驚かされたのだけど、その驚きがまだ覚めやらない舞台に、今度はマイケルが1人で登場する。ジャクソンズのときよりずっとシンプルなブルーのシャツで。。。

もうここからは、口をぽかんと開けたままで観ていたかもしれない。このときの「Billie Jean」の素晴らしさを言葉で表現できる人がいるだろうか。何度観ても色褪せないとは、よく言うけど、このときの彼の姿は、観るたびに、新しいマイケル狂を作り出していくと思う。すでにある“伝説”の遥か上をいくレベルを、30周年記念という、功労賞のようなコンサートでやり遂げるスゴさ!

この伝説的なコンサートの翌日にあの“アメリカ同時多発テロ事件”が起こったことは、彼を攻撃し続けた相手の正体と無関係ではないでしょう。間違いなく奇跡の復活を遂げるはずだったマイケルのその後の活動はマスコミによって更に無視されることになる。

それにしても、どうしてマイケルは、不可解な整形を繰り返したと思われるような精神状態で、これほどクオリティの高い作品を生み出し続けられたのか?

「白人コンプレックス」
「女性になりたかった」

上記2つの意見はすでに真実であるかのように言われています。確かに、白人より白い肌になり、二人の妻も白人で、子ども達も白人のように見える。30周年コンサートでも、エリザベス・テーラーや、ライザ・ミネリは彼の整形の見本になっているようにも感じました。それでも、あの鼻は白人ではないし(とにかく人間が見本ではない)、子どもの養育権を実の母親にしたことは理解できるとしても、どうして3人の白人の子どもたちの後見人が、黒人のダイアナ・ロスなんでしょうか?

女性願望についても、最初の結婚前ぐらいから、かなり赤味のある口紅もつけるようになったり、30周年記念コンサートでの、まったく年をとっていないライザ・ミネリと、マイケルの整形には似通った点が感じられたが、それなら何故「バッド」の頃に入れた男性らしさの象徴ともいえるアゴの中裂がそのままなんでしょうか?

彼はイイと思ったものすべてを自分に取り入れることに、ひたすら一生懸命で、まるで、「Black or White」でのモーフィングのように、自らの容貌に非常に自由な感性でいたかったのでしょうか。

黒人でもあり白人でもあり女でもあり男でもある、そういう存在になりたかった彼の尋常でない一途さは、不世出の天才ならではですが、彼の「人種や、肌の色にこだわっていない」と言う発言は、一般的に日本人が考えるほど気軽な発言ではありませんでした。「世界平和」というのも同様に危険な発言です。マイケルの場合は発言だけでなく、その活動への熱心さ、影響力の凄まじさが、あれだけのバッシングを生んだのでしょう。

本書を読むとよくわかるのですが、子どもへの寄付活動は、その額も回数も半端ではありません。マイケル1人で、これほど熱心な寄付活動をされては、大手・老舗の宗教関係者はどう思ったでしょう。

アニメキャラの鼻、舞台女優の眼、男らしい顎。。。人間を見本としないアニメの鼻だけが、今の形成外科医のテクニックにないため、なかなか思うように行かなかった。。。彼が自分が受けた手術の回数を「鼻は2回」と言っているのは、デザインの変更のことで、黒人風の広がった鼻を細くまっすぐにしたのが1回。アニメ風に変更したのが2回目ということなら理解できます。鼻先の両側に穴があることなど、彼には問題ではなかったんでしょう。

彼の形成手術への傾倒は、女性願望でも人種でも醜形でも、およそ通常のコンプ解消といった文脈で語られるものではないことは明らかだと思います。ただ、彼は年をとることだけは、きっと嫌だったのかもしれません。

残念ながら(?)本書には、○月○日、××形成外科に行く。なんていう記述はありませんが、マイケルのパブリックな歴史のすべてをかなり忠実に追うことができます。彼の作品を見れば、これほどまでに永く超一流の創造期間を保つことができたアーティストはいないということがよくわかりますが、「scream」「You Are Not Alone」や「They Don't Care About Us」など、幼児虐待事件の凄まじい逆風のころに、これほど完成度の高いPVを制作していたなど、改めて彼の精神力の強さに、驚愕せずにはいられませんでした。

また、マイケルの死因ともされている鎮痛剤中毒。デメロールという歌詞が登場する「Morphine」は、1997年発売のアルバム「ブラッド・オン・ザ・ダンス・フロア」の2曲目に収録されていますが、その4年前の1993年の11月12日に鎮痛剤中毒の治療に専念するために、ツアーを途中でキャンセルすることを発表しています。

鎮痛剤中毒発表から16年。スターから、とにかく金を毟り取ろうとする大勢の人々、わずか5週間で750万枚も売れた『ヒストリー』の成功を無視したマスコミ、そして、その作品を宣伝するよりも、妨害しようとしたSONY。。。あまりにも巨大に膨れ上がった金の亡者と、世界を戦争状態にしておきたい勢力に囲まれながら、これほど永く、そして力強く戦ったアーティストはもう2度と現れることはないでしょう。

彼は、アメリカが生んだ最大のスターであるだけでなく、神にもっとも近づいた人間だったと思う。

☆鼻、眼、顎の変化にこだわっていますので、白班症、全身性エリテマトーデス(全身性紅斑性狼瘡:SLE)の影響に関しては、美容整形の理由に含めませんでした。

追記(2009.12.7)

彼の顔へのこだわりについて、現在は少し異なる感想を抱いています。私は、完璧主義者である彼が目指した“顔”がどういうものだったか?にとても興味があったのですが、むしろ、彼はそこにはあまり興味がなかったのではないかと思うようになっています。

特に、鼻梁がどんどん細くなっていった理由は、彼の美的な“こだわり”ではない可能性に思い至り、「マイケル・ジャクソンの顔について」というエントリを書き始めることにしました。

____________

【BOOKデータベース】本書は、イギリスのマイケル・ジャクソン公認のファン雑誌オフ・ザ・ウォールの編集長である著者が、マイケルの歩みを極めて丹念に調査し、それを日付によって時系列で並べた詳細な“観察日誌”である。何年何月何日にどこで何をしたか。あるいは、何月何日にどの曲がチャートに入り何位まで上がったか。何月何日にどの国のどの都市で公演をしていたか、などが非常にわかりやすいスタイルで記されている。マイケルの歩みを知るには非常に便利な、資料性の高い著作である。

インタヴューや声明からの抜粋も収録されていて、彼の生の言葉が時系列に沿ってまとめられたという意味でも、非常に貴重なものである。 小学館 (1996/12)





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by yomodalite | 2009-08-07 15:59 | マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite