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マイケルに起きた真実 ― The Michael Jackson's Story

レオナルド・ロウ



本書の著者は、1974年24歳でエンターテイメント業界に参入。1979年にジャクソンズの50都市での最初の全米ツアーをプロモートし、

その後、マイケルの人気上昇と、黒人という理由により、プロモーターとしての立場から追放され、1996年にブラック・プロモーターズ・アソシエーション会長に選任。

2009年に、再びマイケルの依頼により、契約代理人を務めていた方。あの日の早朝、MJが救急隊員によって病院に運ばれたことをランディからの電話で知り、死亡確認後、キャサリンママから「病院にすぐに来て」と言われたこと、

マイケルファンには、実際何が起きたのかを伝えたいという思いで出版されたと「はじめに」には書かれていて、

本書には、MJとAEGが交した契約書も掲載されているなど、扇情的な内容の同類の本と比べて、資料面が充実していて「良書」と言えると思います。

ただ、これまで、ジャスティス系には、ちょっぴり冷めた感情を吐露して来た、当ブログですが、実は、人一倍、愛にも、正義にもウルサい方だったりするせいか、

共感できる部分は限定的でした。

以下の青字の文章は省略引用(遺言状と思われる写真は本書のものではなく真偽不明)

◎P74
マイケルの死因について、マレー医師以外の誰も調べようとしなかった。わたしは調査官に尋ねた。「ランディ・フィリップスが怒りを爆発させてないのはおかしいと思いませんか?AEGはマイケルの健康状態を監視してもらいのに毎月15万ドルという法外な料金を支払っていたのに?」マイケルは当時そんな大金をもっていなかった。ということはAEGが払っていたのだと思う。


マレー医師は一般的な健康管理のためではなく、MJの睡眠を確保するために雇われていたと思います。睡眠を麻酔でというのは非常識ですが、それ以外に眠ることができないほどの睡眠障害なら、コンサート成功のために、それを選択したことを責めることは出来ないでしょう。でも、専門の麻酔医師ほど、そのリスクの大きさがわかるため、専門外であまり優秀でなくお金を必要としていたマーレーのような人物以外は雇いようがなかった(ただし、マーレーは生死に直結する心臓の専門医。MJのようなセレブが本当のヤブ医者に出会うことはないと思います)

お金を払っていたのが、AEGなのかMJなのかがわからなくても、使用していた麻酔薬を考えれば、それを望んだのは、MJ自身だと思う。AEGは、MJが亡くなってもリスクを負わなくてもいい契約にはなってはいましたが、成功しても儲かることは変わらないのだから、あえて「殺人」のリスクを負う理由はないし、また、仮に計画があったなら、マーレーのような事後の計画性のない行動は理解できない。

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著者は、自分なら、50回のチケットを全部売って、ものすごい利益を得たら、MJの健康でいてくれるように何でもすると思うと書いていますが、AEGは、まさにそういうことをしたのでは?

支払いがAEGであった場合、こういった目的で医師を雇うというのは、企業として正式に認めることは出来ないものの、法外な金額から、その目的には気がついていた可能性はあると思います。

◎P77
マイケルは死の2日前にリハーサルの撮影を許すように説得された。なぜか?彼の死後に映画が作られることになっていたからだろう。


MJが宣言したように、これは彼の最後のツアーでした。死後でなくてもライブDVD発売は充分あり得るし、特典としてリハ影像が付録されることは極自然なこと。また、リハ影像は2日前だけでなく遺されているはずですし、過去のツアーリハーサルも、Youtubeでたくさん観られます。

第二章 マイケルとAEGの契約に関する再考察、
第三章 マイケルとAEGの契約書


この章の内容は専門的で、著者がありえないと言っていることに反論することはできませんが、

◎P108
AEGとマイケルの契約には、マイケル・ジャクソン合同会社は担保物件の一部という契約権が含まれている。


こういった例から、著者は何度も、これらの契約がどれほど酷いものであるか、自身のプロモーター経験を通してありえないと評していますが、

メディアによりあり得ないほど貶められ、何年もの間CD発売をしておらず、借金生活と見なされていたアーティストが、これほどの公演を決行できることも、またそれが記録的なチケット売上げを期待されるということも、まったく「ありえない」ことで、

それは、著者と違ってw、AEGのような大規模ツアーに慣れているプロモート会社ですら、我を忘れるほどの「儲け」の機会でありながら、また何かあれば、とてつもない負債を置いかねない「契約」だったはず。

AEGの契約は、MJにとって過酷なものですが、そうでなければ、プロモーター側に多額の負債を抱えるリスクがあることを、同業者である著者が理解できないのは、近代的なプロモーターの世界を生き抜けなかったせいでしょうか。

わたしには、キャサママの態度も、MJが最終的にこの著者との契約を諦め、AEGサイドを信用したのは仕方がないことのように感じました。

著者は、MJがこれほどのスターでありながらも、搾取されたことを「人種差別」に結びつけていますが、その差別感は、黒人ではない種族にとっては「強欲」の思想に結びつき、著者が拠り所としている「アフリカ系」に違和感を感じる黒人も大勢います。
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第五章 マイケルの遺言状偽造に関する考察

著者は、エステートの管理人である、ブランカとマクレインを批判し、特にブランカに対しては、横領行為によりMJが解雇した事実をあげ、遺産の管理人として絶対にありえない相手と表しています。

本書にあるように、2002年の7月7日の署名には疑わしい点があるとわたしも思います。

ただし、MJは最後のスタジオアルバム『INVINCIBLE』(’01)発売後のこの時期に、自分が遺すものについてかなり真剣に考えていたはずで、その財産の一番重要な部分は、彼がありったけの精魂を込めて創っていた「作品」だったはずです。
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そして、子供をどんなに愛していたとしても、3人の子供によって作品が分割されることは望まなかったでしょう。

遺産から、父親を無視したなどとも言われましたが、両親や兄弟に財産を残す責任はありませんし、アーティストが作品の分割を嫌がるのは当然で、そのことと愛情を結びつけるのはナンセンスです。(岡本太郎が岡本敏子を妻としてではなく、養子としたことも同様の理由といわれています)

彼のアーティストとしての財産がポップミュージックであることを考えれば、遺産管理人として、当時、ブランカとマクレインに依頼したことは、事実であって不思議ではないと思いますし、当時、他の選択があったとも思えません。
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これは、まったくの推論ですが、

最も価値のある版権をもつMJが、永年付き合いのある、版権ビジネスのNo,1弁護士であるブランカに遺産管理を依頼するのは、当然の選択なので、一旦はブランカに「遺言状」を作らせた可能性は高いと思っています。

でも、何事にも慎重なMJは、ブランカのごまかしに気づき、自分を騙したり、コントロールすることが不可能だと知らしめる意味で、解雇もしましたが、代わりの人間を見つけられないまま、それは放置されたんじゃないでしょうか。

また、亡くなる数日前のブランカとの再契約もありえないとは言えないと思います。そう思う第一の理由は、他に「遺言状」が存在していないからです。
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MJはリサとの結婚直後から、こども誕生にすごく焦っていたこと、また自分が長生きするとはあまり思っていなかったことを考えれば、ブランカ解雇後に新たに「遺言状」を作成していなかったのは、むしろ不思議ですが、

『THIS IS IT』の計画で、経済状態に劇的な変化が訪れることは容易に想像できることですし、MJの常に周到な人生計画を考えれば、そのタイミングは充分ありえると思えるからです。

姉のラトーヤの証言のように「ブランカが大嫌い」だとしても、それは、自分を騙す可能性がある「賢者」への発言であり、プライヴェート秘書的な目線で弟を見守ってきた姉には、その監視の目を持ち続けて欲しいという理由も考えられますが、エステートの権利者としての選択はあるのではないかと、わたしは考えます。

いずれにしても、ブランカの解雇後、代わりの人間を見つけられなかったのも、ソニー以外のレコード会社に移籍できなかったのも、簡単に代案が見つけられる問題ではありません。ブランカは当時もNo,1で、今もそうですから。。

そういう人でなければ、MJエステートは任せられないことを一番よくわかっているのは、MJ自身で、MJがどうしようも出来なかったというのは、彼の「睡眠障害」もそうですが、他の誰にも解決できない問題だからです。

著者は、MJがあらゆることに頭がまわって、脳が休むことができないために「睡眠障害」に苦しんでいたことも、いわゆる「薬物中毒」の症状と混同していますが、他の人に騙されたことが「薬物中毒」だったなら、自分が代理人に選ばれたことも疑うべきでしょう。
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本書のような内容から、MJが、金の亡者のよる強欲、陰謀の世界から逃れることができなかったということに哀しくなる人も多いかもしれませんが、

お金による強欲、陰謀の世界から逃れられないのは、MJの音楽を聴くことのできる、世界中の人々に共通していることです。


わたしは、この著者が、MJを救えなかったと感じることに、自身の過大評価を感じざるを得ませんでした。結局この著者は、MJの偉大さをわかっていないんじゃないでしょうか。

ファンは、MJが関わった企業や人々を「悪魔」だと非難するより、自分自身を見つめ直してみるべきではないでしょうか。天使も悪魔も大抵はひとりの人間に同居していて、彼のファンのすべてを愛しているという言葉は、本当に重みのある言葉だと思います。

救われなかったのは、MJではなくて、

反省しないメディアだけでもなく、自分の不満を「義憤」に転じて騒ぐだけで正義行動だと思っていたり、目一杯広告を表示して、メディアの欺瞞をなげくブロガーだったり....

マイケル・ジャクソンは、神に愛されて生まれ、世界中で一番愛されたアーティストでした。

本当に救われていないのは、わたしたちだと言うことに気がつかなくてはね。

....It all begins with forgiveness,
because to heal the would,
we first have to heal ourselves.

ー Michael Jackson(Oxford Speech 2001)


すべては許すことから始まる。
世界を癒すためには、まず自分を癒すことから始めなくてはならない


◎マイケルに起きた真実(アマゾン)
◎What really happened to Michael Jackson The King of Pop?(米国アマゾン)
______________________

[著者序文より]マイケル・ジャクソンのファンの方々へ、マイケルに感銘を覚えた方、心を動かされた方、そして彼を愛したファンの方々へこの著書を捧げる。マイケルはファンをとても大切にし、ステージに立つ際には常にファンのことを考えていた。 彼の楽曲からもそれは分り「Heal the world」「Black or White」「You are not alone」「They don't really care about us」 等はそのほんの一部である。 彼は本当に世界の重要性を背負っていたと信じている。 「世界を癒し、より良い場所とするために」 従って過去であろうが現在であろうが、マイケルのファンである人々にこの著書を捧げたい。彼の音楽と伝説が、世界を変える足掛かりになることをいつまでも忘れないでほしい。 この著書を読まれるに当って、マイケル・ジャクソンがステージ上と同様にステージ外でも注目すべき生涯を送ったという貴重な部分を垣間見てもらいたい。 世界中のマイケルのファンに言いたい、彼は本当にあなた達を愛していた。そして常にあなた達ファンのことを考えていた。 彼が病の際、ステージに向う途中で私が「あまり無理をするな」と声をかけた時に、マイケルは私を睨みつけ、「それはできない。彼ら(ファン)の前では全力を尽くさなくてはならない」と言い放ったのを覚えている。それがマイケル・ジャクソンのファンに対する振る舞いなのだ。 「The True King of Pop」マイケル・ジャクソンの誠実で、彼に愛されたファンの皆様にこの著書を捧げる。 さんが出版 (2011/6/25)


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by yomodalite | 2011-08-11 23:08 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(3)
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前回と同じく、こちらのとてもとても素敵なブログの情報から予約注文。

今回はタイミング良く『Invincible』特集。

前回前々回と同じく、長谷川友氏による熱い文章が素敵なので、下記に「序章」を少しだけ引用します。

☆続きを読む!!!
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by yomodalite | 2011-07-12 10:42 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)

beatleg magazine 2月号 (vol.127)

横関清高(編集)/レインボウブリッジ




こちらの、とてもとても素敵なブログのお薦めにより購入。内容を確認して管理人さんが言われていることに激しく同意しました♡(この雑誌はアウトテイクスに興味があるマニア向けです。“for the Record”を持ってる人とか興味がある人用ね♡)

MJ特集ページは「No.119」が全270ページ中、2〜79P。「No.127」が2〜73P。文字が小さく内容が濃いのでページ数よりも満足感があります。

特集を、ほぼ1人で担当されている長谷川友氏は、No.119『クインシー・ジョーンズとの奇跡の3部作徹底検証!』を次の言葉で締めくくられています。

(引用開始)マイケル・ジャクソンとのクインシー・ジョーンズによる『Off The Wall』『Thriller』『Bad』の3部作は、マイケルのキャリアの頂点における作品群であると同時に、ブラックミュージックやヒップホップ、そしてロックを含む全ポップ・ミュージックの歴史の中でのベストの作品群であると言えるだろう。しかし、マイケルはこのマスターピース3部作を超えるものを90年代に入って尚果敢に作ろうとするのである。

常に邁進を続けたマイケル・ジャクソン。果たしてそんな凄いものを作ることが出来たのか、出来なかったのか、今の段階でその答えは伏せておくことにする。もちろん皆さんの持つ答えと、僕の答えは違うかもしれない。今回の特集の続きを書かせて頂ける機会を頂けたら、その時に僕の答えをお知らせしたいと思う。(引用終了)


で、その次の機会が、No.127『マイケル・ジャクソン徹底検証ー最高傑作Dangerous、ベストのベストHIStory、ニューアルバムMichael』なので、わたしは「No.127」が特に興味深かったです。

良質な内容なので、すぐに紹介したかったのですが、ずっと「在庫切れ」になっていて、出版社サイトにも紹介がなくなっていたので遠慮していたんですが、現在はアマゾンで注文可能なようです。

◎beatleg magazine 6月号 (vol.119)
◎beatleg magazine 2月号 (vol.127)  

下記は、本誌で紹介されていた“アウトテイクス”から

☆『HIStory』『Blood On The Dancefloor』期
◎In The Back - With Lyrics(Ultimate Collection収録)

☆『Dangerous』期。作者のB.Lorenがアルバムに収録。でもコーラスが素敵過ぎる!!!
◎To Satisfy You - Bryan Loren (FEATURING MICHAEL JACKSON)


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by yomodalite | 2011-01-22 13:17 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)
本書は、マイケル・ジャクソンに対しておこされた2度の児童性的疑惑の最初(1993年)の真相を探る本。

MJ側が高額な「和解金」を支払った理由について詳細な説明があり、また、この原告がお金目的であったことがはっきりとわかる「電話録音」が公開されているにも関わらず、

メディアがMJの性的疑惑に関しての過ちを認めないことへの苛立ち、このときの解決方法さえ間違わなければ2005年の「裁判」はなかったという悔しい思い....

著者の熱い想いに、本書の日本版の出版にも尽力された、翻訳者の丁寧な訳と注釈が加わり、本書は原書よりも更に素晴らしい資料になっているように思いました。


◎出版社のサイト(翻訳者の寺尾氏が代表)
http://www.med-perspectives.co.jp/michael_book.html

◎寺尾和子氏(翻訳者)のTwitter 
http://twitter.com/#!/medp_MJ

上記のツイッターに、『今でも米国では、マイケルをポジティブに描いている本は出版社が見つからない。信じられないでしょ?』とは、米国人友人の言葉。アフロダイテ・ジョーンズの『MJ裁判』も、弊社が現在制作中の『私たちの天使、MJ』の原著も自費出版です。『救済』の著者も出版社探しにメチャ苦労したようです。

という、ツイートがあったので、日本のアマゾンではなく、amazon.comを覗いてみました。それぞれ出版年も異なりますし、アマゾンのベストセラーランキングは目まぐるしく変わるので、とりあえずレヴュー数で上位を見てみると、

(写真や音楽データを主体としているものは省きました。邦訳本ありで邦題が書いてないのはお薦めではないため。ただし『The Magic, The Madness』は事実誤認はあるものの一流伝記作家によるMJ伝記本としてレベルの高い本です)

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本書に写真はありませんが、ネバーランドのMJの写真をアップします



1. The Michael Jackson Tapes by Shmuel Boteach
☆2つ (230 customer reviews)

2. Michael Jackson Conspiracy by Aphrodite Jones
☆5つ (210 customer reviews) 邦題『マイケル・ジャクソン裁判』

3. Unmasked: The Final Years of Michael Jackson by Ian Halperin
☆2つ (198 customer reviews)(邦訳本あり)

4. Michael Jackson: The Man behind the Mask by Bob Jones, Stacy Brown
☆3つ(191 customer reviews)(邦訳本あり)

5. Moonwalk by Michael Jackson
☆4つ半 (177 customer reviews) 邦題『ムーン・ウォーク』

6. Michael Jackson: The Magic, The Madness, The Whole Story, 1958-2009 by J. Randy Taraborrelli
☆4つ (158 customer reviews) 初版のみ邦訳本あり、現在絶版

7. Be Careful Who You Love by Diane Dimond
☆2つ (125 customer reviews)

8. Michael Jackson: A Visual Documentary by Adrian Grant
☆5つ(62 customer reviews) ここから写真を除外して単行本に編集し直したのが『マイケル・ジャクソン全記録』

9. Redemption: The Truth Behind the Michael Jackson Child Molestation Allegation by Geraldine Hughes
☆4つ (54 customer reviews)  邦題『救済』(本書)

10. Remember the Time: A True Intimate Look at Michael Jackson by Theresa J. Gonsalves
☆4つ半 (44 customer reviews) 邦題『テレサ・イン・ネバーランド』

11. An Angel Among Us: We called Him Michael Jackson... by Ms. Elizabeth Michelle Billeaudeaux & Mr. Henry Diltz
☆4つ半 (26 customer reviews)

12. Michael Jackson: The Book the Media Doesn't Want You To Read by Shawn Henning
☆3つ半 (21 customer reviews)

13. La Toya: Growing Up in the Jackson Family by LaToya Jackson他
☆4つ半 (19 customer reviews) 邦題『インサイド・ザ・ジャクソンファミリー』現在絶版。『ムーンウォーク』と同時期を姉の視点で描いた佳作本。

14. The Secret: The Story of Brilliant, Beautiful, Handicapped Michael Jackson by Patricia Eddington
☆4つ (14 customer reviews)

2位の『Michael Jackson Conspiracy』(邦題『マイケル・ジャクソン裁判』)の評価の高さとレヴュー数の多さは目立ちますね。これは著者のアフロダイテ・ジョーンズのこれまでの作品の中でも、レヴュー数がダントツに多いのですが、本の表紙写真もなく、翌年の著書の「著者紹介」にも、ドリュー・バリモア主演の映画の原作者で、他にもパトリシア・アークェット主演のTV映画の原作者として、ベストセラー作家である。と紹介されているだけで、この本にはまったく触れられていません(このページは今回初めて見たので、出版当時から表紙写真がなかったのかどうかはわかりません)

本書の『救済』は『マイケル・ジャクソン全記録』に次いで、レヴュー数が多く、評価も高いようです。また、11位の『An Angel Among Us』が、今度、寺尾氏の会社から出版予定の『私たちの天使、マイケル・ジャクソン』です。

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ポジティブに描いているか、いないかという区分けはあまり単純にすべきではありませんし、人には「光と影」があって当然なんですが、MJの場合「光」は一番売れたことと黒人として初めて記録ぐらいで「影」は整形と性的疑惑という、彼の凄さのほんのさわりだけを扱った「バカでも書けるMJ本」もしくは「ラクラク書けるMJ本」の書き方を踏襲した「パターン」が多いのもうんざりなんですよね。

わたしは英語が苦手なので、原書を読むのは相当苦痛なんですが、この中で、それでも読みたいと思ったのが、1位の『The Michael Jackson Tapes』と4位の『The Magic, The Madness』。でも『The Magic〜』の方は発注ミスにより、結局、最終版の『〜The Whole Story, 1958-2009』の内容は確認出来ていません。

『The Michael Jackson Tapes』は、MJが何年も一緒に行動していた、ラビ・シュムリーが公表したMJの音声テープから構成した本で、これは、なんとか読みました。230のレヴューで☆2つというのは、一見するとすごい悪本のようですが、実際はそんなに酷い本ではありません。

ただ低評価の理由は理解できます、、、なんていうか、確かにシュムリーのコメントはウザイところがあるし(笑)このテープを公開することの道義的な疑問も、MJとの会話からシュムリーが抜粋している不満もある。でも、こちらの上から6番目の写真にあるように、ユダヤ教のラビであるシュムリー、国際的に有名な超能力者でユダヤ教徒のユリ・ゲラーとMJは2001年にイスラエルの首相に会って会談をしてます。わたしは、長く友人関係であったこの2人のユダヤの友人とMJが会話していた内容に興味をもっていたので、プロの説教師であるシュムリーのMJへの“嫉妬”や“葛藤”を想像して興味深く読みました。

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翻訳本で読んだ、3位の『Unmasked』は、全体のかなりの割合を締める05年の裁判に関してはMJ擁護側ですが、興味を惹く“ネタ”のために、取材姿勢にバラツキが見られ、多くの怪しい記述あり。4位の『The Man behind the Mask』は完全なタブロイド本。

7位の『Be Careful Who You Love』は未読ですが、著者は美人TVレポーターとしてLarry King やGeraldo Riveraと仕事をしていますが、MJファンは絶対に許せないであろう「Hard Copy」の記者としての活躍が大きいようで、MJ裁判時もTVレポーターとして現場取材していることが低評価レヴューに繋がっているのだと思います。ただし同じ著者による他書(ある有名人夫婦の裏ネタ?)も50レヴューで☆1つ半ですね(笑)

12位の『The Book the Media Doesn't Want You To Read』既存メディアへの挑戦的なタイトル。MJの熱狂的なファンによる、彼のメッセージを伝えるために書かれた処女作のようです。

14位の『The Secret』の著者は、児童心理学や教育について学んだ後、22年間教師を務め退職後は教材販売の会社を経営。14レヴューの内訳は5つ星と「Interesting」という感想が目立つ一方、1つ星の酷評もあるという「読書好き」なら挑戦したくなる評価内容。たぶん著者の心理学研究からの視点が独自で興味深いけど、ファンの中には、自分の内なる“MJ”に対して違う見方を絶対に赦さないという姿勢の人も多いからでしょうか。

わたしは現在、心理学にあまり興味はありませんし、むしろ、その学問の様々な限界や弊害が気になる方ですが、読書は自分と違った意見を知ることが面白いので、これは読んでみたいですね。

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下記は、現在のランキングです。(ただし順位は常に変動しています。下記は2011年1月16日前後)

1. Never Can Say Goodbye by Katherine Jackson Story
(2010.6.1)

2. Moonwalk
(2009.10.13)

3. Michael Jackson: The Magic, The Madness, The Whole Story, 1958-2009
(2010.8.14) 

4. Michael Jackson: A Visual Documentary The Official Tribute Edition
(2009.8.1) 

5. The Making of "Thriller": 4 Days / 1983 by Douglas Kirkland
(2010.10.28)

6. Michael Jackson Conspiracy
(2010.11.11)  

7. The Michael Jackson Tapes...
(2009.9.25)

8. Michael Jackson: In Search Of Neverland by Gloria Rhoads Berlin
(2010.3.29)

9. An Angel Among Us: We called Him Michael Jackson...
(2010.3.9)

10. Unmasked: The Final Years of Michael Jackson
(2009.7.14)

11. Remember the Time: A True Intimate Look at Michael Jackson
(2009.10.19)

12. Thriller: The Musical Life of Michael Jackson
(2010.6.8)

13. The Secret: The Story of Brilliant, Beautiful, Handicapped Michael Jackson
(2010.1.29)

14. Be Careful Who You Love: Inside the Michael Jackson Case
(2009.7.28)

15. Michael Jackson: The Man behind the Mask
(2010.1.1)

16. Redemption: The Truth Behind the Michael Jackson ....
(2004 ☆1ST edition)

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1位のMJのママが出版した本は順位が大きく変動しやすいのですが、2位、3位、4位は定番ロングセラー、『Michael Jackson Conspiracy』(MJ裁判)は重版後の売行きも好調と言えそうですが『Redemption』(救済)は、2004年が初版で、MJ裁判本で満足してしまう読者も多いことから、現在の売行きは好調とは言えないかもしれません。

レヴュー数のベストになかった4位の『Michael Jackson: The Making of "Thriller": 4 Days / 1983』は、去年の11月頃に出版された新作と言える本。15レヴューで星4つ。写真がキレイという評価が多いものの、作家のコメントが今イチやアンチという意見も少数あり。読んでないのでわかりませんが、未だに「スリラー」という著者は、それしか書けないという大人の事情か、もしくは根本的にMJに興味がないように思えてなりません。

8位の『Michael Jackson: In Search Of Neverland』は、MJにネバーランドを売った不動産屋さんの女性が書き、16レヴューで星4つ。評価にバラツキのないポジティブな本のようです。12位の『Thriller: The Musical Life of Michael Jackson』は、邦題『スリラー マイケル・ジャクソンがポップ・ミュージックを変えた瞬間』で《1》〜《4》まで長々と感想を書きました。

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レヴュー数ベストと、現在ベスト、全18冊のうち、ポジティブ(アンチでない)なのは、
・Michael Jackson Conspiracy
・Moonwalk
・Michael Jackson: A Visual Documentary
・Redemption
・Remember the Time
・An Angel Among Us
・The Book the Media Doesn't Want You To Read
・The Secret
・Never Can Say Goodbye
・Michael Jackson: In Search Of Neverland

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オールポジティブとは言えないものの、光と影の「光」の部分が描かれているのは
・The Magic, The Madness, The Whole Story, 1958-2009
・The Michael Jackson Tapes

わたしが未読で判断できないものと、微妙なのは
・Michael Jackson: The Making of "Thriller": 4 Days / 1983
・Thriller: The Musical Life of Michael Jackson(個人的にはアンチ本だと思う)
・Unmasked: The Final Years of Michael Jackson by Ian Halperin

完全にポジティブでない、アンチ本なのは
・Michael Jackson: The Man behind the Mask
・Be Careful Who You Love

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こうして見ると「ポジティブ」に描いていない本が少ないとは言えず、むしろ「ポジティブ」本は増えているという印象もあります。

現在MJ出版の総合1位は『Michael Jackson 2011 Calendar (Jun 2010)』(601レヴューで星4つ半)で、全体の4,163位(Wall Calendars部門で過去最高3位)なんですが、上記を過去の部門別最高順位で見てみると

1.『Michael Jackson Conspiracy』現在29,273位(過去最高1位☆自費出版)

2.『Moon Walk』現在80,052位(過去最高3位←再販後)

3.『The Secret: The Story of Brilliant....』現在140,853位(過去最高5位!!!!!!近年の“Biographies & Memoirs”のMJ本で最高に売れてる?☆処女作)

4.『The Michael Jackson Tapes』現在139,144位(過去最高10位)

5.『The Magic, The Madness』現在287,705位(過去最高27位←再販後)

6.『The Man behind the Mask』現在299,283位(過去最高29位。著者というよりは多分「監修」を担当したStacy Brownは以前にスティービー・ワンダー関連の著作あり)

7.『The Making of "Thriller": 4 Days / 1983』現在55,231位(過去最高30位)

8.『Unmasked』現在303,041位(過去最高30位。著者はカート・コベインやジェームズ・テイラーを描いた本など著書多数。TV番組制作者としても活躍)

9.『An Angel Among Us』現在277,060位(過去最高43位)☆処女作、自費出版

10.『Remember the Time』現在452,860位(過去最高46位。著者はMJと同い年で少年時代からのガールフレンド。『Obsessions: The Shocking True Story of the Real Billie Jean in Michael Jackson's Life』というMJ本が処女作←29レヴューで星4つ、ランキング記録なし。金儲け!という定番1つ星批判はあるものの平均的に高評価。上記レヴュー記録で洩れてました)

11.『Thriller: The Musical Life of MJ』現在600,993位(過去最高57位)

12.『Redemption』現在689,094位(過去最高70位。『Be Careful〜』より過去も今も上位!!! ☆処女作、自費出版)

13.『The Book the Media Doesn't Want You To Read』現在699,634位(過去最高72位。『Be Careful〜』より過去も今も上位!!!☆処女作)

14.『Be Careful Who You Love』現在759,975位(過去最高77位)

15.『Never Can Say Goodbye』現在8,548位(過去最高90位)

16. 『In Search Of Neverland』現在187,559位(ランキング記録なし)☆処女作

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データから、自費出版かどうかわからないのですが、アマゾンに過去に出版記録のない人は、自費出版されているかもしれませんね。でも『MJ裁判』を筆頭に、同じく自費出版の『An Angel Among Us』が有名著者の『Unmasked』と遜色なく売れていたり、表紙にMJの写真も使われていないような地味な『The Secret...』が、それらを上回るほど好調だったり、MJの旅たちから2年を経て、ジェラルディン・ヒューズや、寺尾和子氏のような意志をもった方が増えていて、読者もそちらに移っているように思いました。

さて、近所の図書館の“バランス”は、どうなってたかなぁ.....





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by yomodalite | 2011-01-16 23:32 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(25)
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1983年、Todd Gray Photo



スリラー/ネルソン・ジョージ (著)、五十嵐正 (翻訳) 《3》のつづき 

この著者だけでなく、マイケルは関わった大勢のひとに「金」を与えてきたけれど、そこには失われることのない「黄金」を受取ったひとと「札束」を受取ったひとが居て、その「価値観」を変えることは容易ではない。

アメリカでは、日本とは比べものにならないほど、酷い報道がなされてきたんだと思う。いわゆるタブロイド誌ではなく、クオリティ誌でも、同様だったことは、本書もそうですが、翻訳者による「あとがき」から伝わってくることが、これまでにもよくありました。

とても書名を紹介する気にはならないけど、MJに対して酷いイメージを持ち、驚くほどストレートに彼を貶めるような「あとがき」を遺している翻訳者がいたことを思い出すと、この本は、著者も翻訳者も「バランスが取れている」(笑)と思う。



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▲1983年、Todd Gray Photo



たった220ページほどで、厚み15ミリの薄い本。これで「THRILLER The Musical Life Of MICHAEL JACKSON」という原題にも関わらず、MJの音楽的仕事に関しては、あまり語らず、浅学な評論ばかりで、その後のアルバムは無視し、自分にはあまりわからないけど隣で見ていた婦人は『THIS IS IT』を見ていて泣いていたとか、『THIS IS IT』に反対する『THIS IS NOT IT』にも一定の共感を表明してみたり、他の国では「スリラー」以降も評価されているとか、

自分で書きたくないところだけ、取材者や執筆者の原稿から都合のいいところだけ利用して記事を作っている新聞・マスコミ同様の手口による(愚民だと思っている)「大衆」へのバランス感覚!



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▲1984年、Disney World



本書にあるのは根拠のない「上から目線」だけで、ゴシップ本のようなバカバカしい創作の努力もないうえに、著者が本気で文化批評をしているつもりになっていたり、金儲けに正義を利用しようとしている点においても、一瞬では済まされない、心の奥底から気持ちが冷えきるような「寒さ」を感じました。


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本当に、この本を読んで、怒りが押さえきれなくて、自分でも予想以上に、だらだらと長く書いてしまいました。尊敬する池乃めだか師匠のように、デカイ相手に挑みたかったんですけど、師匠のようなキレのいいパンチもなく、まだまだ、どこに当てればいいのかわからない練習生なので、考えながら書き始めて見たんですけど、


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特に《第2部》の音楽評論の部分が引っかかったり、「自分の黒人性に問題を抱えている」発言にマジ切れし過ぎて、、スライだけじゃなくて、チャック・ベリーのことまで考え直してみたりとか、いろいろ、自分の範疇を超えてることで、頭がぐちゃぐちゃになって、なかなか終われませんでした。ホント、読みにくくて、スミマセン。


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▲1984年、Disney World


最後にもう一度、翻訳家の「あとがき」へ疑問を呈して、終了します。



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▲「スリラー」PVのバックステージ


翻訳者「あとがき」より

(引用開始)マイケルは、偉大なアーティストたちと同様に、たくさんの矛盾を抱えていたし、それゆえに彼の作品は興味深いものになっていた。その疑問や矛盾に蓋をしてしまってはいけないだろう。

ネルソンは「伝記ではない。音楽評論と回顧録と文化史の混合である」と形容する本書で「目標はマイケル・ジャクソンの才能を称えることであるが、一方で彼の短所を見過ごすことはしない」とバランスのとれた見方によるアーティストとしてのマイケル・ジャクソン像を描く(引用終了)



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マイケルも、他の偉大なアーティストたちも、多くの矛盾を抱えていたと思うが、多くの矛盾を抱えているのは、生きている人間すべてに言えることで、それについて、偉大なアーティストほど突き詰めて考えていない者たちが、矛盾を指摘するだけの浅い「批判」を繰り返していることは、いったい何かの役にたっているのだろうか。

疑問や矛盾に蓋をしてはいけないのは「自分自身」であって、それこそが「Man In The Miller」などの、マイケルの「メッセージ」だったのではないのか。

自分にだけ「蓋」をした状態では、それらを真摯に考えてきたアーティストたちの努力も成果もわかるはずはないし、自らの「俯瞰的視線」そのものに、まず疑問をもつべきではないかと思う。


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▲1983年、Todd Gray Photo



現在のような情報が溢れた社会で「バランスの取れた見方」をするのは容易ではない。できるだけ正確な資料を数多く探すことも、地道な努力と時間を必要とし、その資料の見方も、訓練を必要とする。

ただ、それは少しでも「真実」に近づきたいという要求があるときのことで、いろいろな人が言っていることを聞いて、自分だけ、みんなと違うことを言わないように気をつけるという意味なら、それは、凡人にとっては現実的に役にたつ考え方だと思う。ただ、評論家は、まるで自分がリングの上から見ているような気分に浸っている人が多いけれど「批判」というパンチを繰り出す以上、その戦いには、必ず観客がいてジャッジを受ける。マイケルへの批判者がどれだけ多くても、彼がすべて勝利することを「バランスが悪い」とは言えない。



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▲1983年、Todd Gray Photo



(引用開始)公民権運動〜ブラックパワー〜中産階級と貧困層の二極化という黒人社会の変化と共に発展してきたR&B/ソウル、そして主流ポップ音楽へのクロスオーヴァーというコンテクストをふまえての文章であることが、本書の強みである。邦訳もある『モータウン・ミュージック』(86年)『リズム&ブルースの死』(88年)『ヒップホップ・アメリカ』(98年)といった、ちょうどマイケルのキャリアと重なる時代の米国黒人音楽を論考する優れた著書をものにしてきた評論家ネルソン・ジョージだからこその1冊と言える(引用終了)


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▲黒人と白人の混成バンドである“Sly & The Family Stone”は一世を風靡したが
ブラックパワーから激しく攻撃された。
本書はバランス重視(笑)なので、やはり微妙な記述!



著者の他の本は、一切読んでいませんが、これらの本に書かれているだろう内容を推測すると、著者が望んでいたり、想像していた「黒人社会」が、マイケルの存在によって混乱し、その未来の形も変わったことで、彼を嫉妬させ、マイケルの人生にはあまり見られない「矛盾」が多い文章を書くことになってしまったんだと思います。(たぶん彼は熱狂的なブラックパワー主義者だったというわけでもなくて、きっと、そこも“バランス”(笑)をとっていたと思う)

推測でものを言ってはいけないと思うけど、本書であまりにも疲れ、著者の現在からは、今後の黒人にも、アメリカにも、わたしにも、あまり良い影響を受けそうにないので、これらの読書はパスしたいと思います。

著者が、俯瞰的視線でこれまで評価してきた作品のように、それらは、貴重な試みだったかもしれないけれど、時を超えることができなかったんだと思う。

本書はまさに「深刻な主題を平凡化してしまう許しがたい無遠慮」ばかりでした。
(「 」内は著者の言葉より)


長い長い文章をここまで読んでくれて、心が寒くなってしまったひとへ♡




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▲2006年のグラミー賞トリヴュートのときのスライ・ストーン



◎Sly & The Family Stone 1973 (Part 1)

☆マルーン5による、スライのトリビュート(1:00からマルーン5登場)
◎Everyday People - Maroon 5 Sly and the Family Stone

☆パール・ジャムによる、スライのトリビュート
◎Pearl Jam {RARE COVER} Everyday People(1995)  

☆ジョーン・ジェットによる、スライのカヴァー
◎Joan Jett - Everyday People



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☆2009年のスライのドキュメント映画予告
◎Sly Stone Documentary“Coming Back For More”Trailer

☆スライ・ストーンのウィキペディア
MJのニューアルバムのための作曲も行っていたという記述も(聴いてみたいっ!)これに関して詳しいことはわからないんだけど、MJはスライをずっと尊敬していたし、助けたい気持ちもあったと思う。ただ採用となると、MJは“鬼”厳しいからなぁ(笑)。


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▲1984年、Disney World(ただカメの顔がかわいかったので♡)

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by yomodalite | 2011-01-09 22:29 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(2)
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スリラー/ネルソン・ジョージ (著)、五十嵐正 (翻訳) 《2》のつづき

唐突なんですが、なんだか「黒い音」が続いたので、気分を替えておフレンチなのを...
デヴィッド・リンチのお気に入り“Au Revoir Simone” 

◎Au Revoir Simone-The Lucky One
◎Au Revoir Simone - Another Likely Story
◎Au Revoir Simone "Sad Song"  
◎Au Revoir Simone - Fallen Snow


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▲1986年『Captain EO』



リンチとMJの繋がりと言えば「デンジャラス」ティーザーですけど、わたしは、“アメリカ文化・最後のひと” 繋がりを感じています。このふたりには、わたしがまだ完全にこどもだった頃の「アメリカ人」を感じるんです。シャツの一番上のボタンまで、きっちり止めるところとか.....

でも、リンチとMJについて、考えだすと収拾がつかなくなるので.....

本書の話題に戻りますが、



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▲1986年『Captain EO』



この本には、現在、 アマゾン評のレヴューに☆1つ評価が一件あるのみなんですが、通常こういった極端に低い評価を見ると、わたしの場合、つい庇いたくなることが多いんですけど、今回はそういう気持ちにはなれませんでした。このレヴュアーの方が「出直してこい」と言われている心情には、完全同意したいという気持ちです。

それでも、かなり頑張って、本書を面白く読めるひとを想像してみると、ラーメンばかり食べ歩くことで「美味しいラーメン屋」が発見できると思うタイプの人には、ためになる部分もあると思います。(あと、新聞やTVの報道番組が好きな人も♡)

ちなみに、わたしは「ラーメン評論家」が、ラーメンばかり食べていることを語っているのを聞くと「吐きそう」になるタイプなので、それで「黒人音楽評論家」と意見が合わないことが多いのかなって気がしてます。



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▲1984年“Celebration for Thriller”




特に「黒人音楽評論家」がMJを語る場合は、極上のレストランに初めて来たにもかかわらず、気取らないサーヴィスと、馴染み客のような対応を期待し、フルコースに、旨いラーメンじゃないって「いちゃもん」つけてるような、検討ちがいの「クレーム」を感じることが、今までにも何度もあったので、本書にも、最初から、そういったマイナスの先入観がなかったとは言えません(ラーメンよりフルコースが上って意味じゃないですからね)

ただ、音楽評論家に「マイケル・ジャクソン」を語ることが無理だということは、もう重々わかっていましたけど、一応、その中ではレベルが高いという人なら、せめて『スリラー』のことぐらいは、書けるんじゃないかという「期待」はしてたんですね。



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▲1978年“The Wiz ”Opening



ところが、そんな低いレベルの期待にすら届いていない....というのが、一読しての感想でした。でも、その評価のかなりの部分は、わたしが、これを日本語で読んでしまったからかもしれません。もしかしたら、著者は、もっと格調高く愛情溢れる感じの文章で書いているのかもしれないんですけど、日本語の方は、まるで「自動翻訳機」のような文章で読みにくく、著者の主旨が今イチ伝わらない点も考慮しなければと思い直したり、

消費者として買ったものに対して、多少でも満足したいという“意地汚い”根性も手伝い、ひょっとして「音」と一緒に読むことで、少しは資料的価値があるのかも...というのが、ここまでのメモの動機のひとつだったんですが (* ̄∇ ̄*)

もうひとつは、この著者のようなタイプと、こういった評論形式を、うっかり学んでしまう(笑)タイプの人には「肌の漂白」などの事実誤認を何度指摘したところでわからないし、あっさりと☆ひとつ評価で貶すぐらいでは「許せない」って気がしてきちゃったんですよね。この著者に対してではなく、自分に。。。



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《お詫び》ここまで「黒人音楽評論家」という表現を何度もしましたけど、極一部の素晴らしいひとに、たいへん失礼だったことを、謹んでお詫びいたします。

著者が、歴史的アルバムの一曲一曲に、根拠に乏しい個人的感想のみで評価を下していたり、「音楽評論と回顧録...」とか言っていたので、音楽評論家の方かと思ったんですが、「音楽」を評論するための「知識」もあまり感じられませんし「愛」や「尊敬」はもっと感じられません。

自分の思い出が「歴史」だと思っていたり、調べないで書くことが常態化している様子や自分の取材に応えない態度が“傲慢”だと勘違いしているような「傲慢」さなど、音楽評論家のひととは、もうまったく比べ物にならないほど、世の中に害悪を垂れ流しているひとの割合が高い新聞とか雑誌記者(元含む)の人が書く文章とよく似ていると思いました。

それで、プロフィールを確認して見たら「音楽評論家」なのは、翻訳家の方のほうで(黒人音楽ではない模様)、著者は音楽関係の著作や、監督、脚本とあるので、飯の種になっているのは、むしろ「黒人」の方なのかもしれません。



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▲1983年、Todd Gray Photo



たぶん、読者として「出直して来い!」って言いたくなるのは「第3部」の内容に集中しているのではないかと思います。

「イントロダクション」では、ジャクソン5が引き起した熱狂を「何かが始まった」とし、2011年にあらためて語られるべき「スリラー」の功績が綴られるかと思いきや、資料は、ほこりを被った自分の昔の記事と当時の資料ばかり....

伝説的アルバムの一曲一曲に対し自分の感想を書き連ねる際も、スライをポップアーティストとして省いたり(?)、黒人ロックを語るのにレニー・クラヴィッツを無視するなど、MJ本としても黒人音楽史としてもありえない修正主義的(!)な内容や



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すでに他の本で語られている情報を使い回し、クインシーと知りあいという利点も、よくある、MJ<クインシー図式に乗っ取ったへつらいに、ほんの少しだけ、彼のエロ親父ぶりを描写するにとどまっていた《第2部》から、ようやく“THIS IS IT”衝撃後の「スリラー」とMJが語られるかと思ったら、若き日にベストセラーになった自著をあまり取材していなかったと反省しているような記述があるにも関わらず、

それぞれ友人だって言っていた、

スパイク・リーのMJリスペクトからは、100万倍以上かけ離れた理解度や、その魅力を讃えていたはずのクインシーから面白い本の書き方も見習わず(『クインシー・ジョーンズ自叙伝』)、親友(?)のジョン・マクレーンに新アルバムのことを取材しないなどの気の利かなさに呆れるだけでなく、


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▲1984年 Lynn Goldsmith Photo



スリラー期のMJの頬の赤みを「ほお紅のつけ過ぎ」だの、ヴィクトリーツアーの高額チケットは彼の名前に汚点を残したなど、MJがこのときの自分のギャラを全額寄付(ツアー開始前に公式発表)したことも知らない(!?)というお粗末さ。

その後、人生最初にして最後の取材(笑)だったかもしれない『ヴィレッジ・ボイス』誌の記事(「何故エドマンド・ペリーは死んだのか」)によって、『BAD』が創られたという“自慢”に辟易とさせられたのもつかの間、追撃ちをかけるように、次の記述が.....




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(引用開始)彼の死後、アフリカ系アメリカ人社会は、彼の思い出を守るべく陣営を固めてしまったが、80年代後半にはマイケルの肌の濃淡の変化は説教壇から床屋までで批判の矢面に立たされる話題だった。マイケルは後にそれらの変化は肌の病気の白班のひどい症例を埋め合わせるためだと主張した。だが、彼の顔の改造は根本的に作り直した鼻をはじめ、その病気の引き起すものを超えている。

(MJの死後のクインシー・ジョーンズのインタヴューより)「ああ、俺たちはいつだってそれについて話していたよ。でも、彼は、“ねえ、断言するよ。僕は病気なんだ”とかびっくりするようなことを言ってくるんだ。“胸に水ぶくれがあるんだよ”とか、そういった戯言のあれこれをね。むずかしいね。だってマイケルは乙女座だからさ。自分のやり方ですごく固まってしまっている。彼を説得してやめさせるなんてできないよ。ケミカル・ピールとかああいったことをね」さらにクインシーはとても悲しそうに、マイケルが自分の黒人性に問題を抱えていると示唆した(引用終了)




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最初に、“事実誤認を何度指摘したところでわからない”と言ったのは、この記述のような著者の捉え方によるものなんですが、わたしは、MJのように、白人より真っ白な肌にまで「漂白」することが可能とは思いませんが、でも彼が、それが病気であることを相当あとになるまで公表しなかったことと、もし実際に漂白可能だったら、彼は実行していた可能性も高いことを考えると、この件に関して、病気によるものか、そうでないかはあまり問題にしたくありません。


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▲1984年(?)Todd Gray Photo


♪ちょっと休憩(^^*ゞ ♫

そういえば、本書の第2部には、ポール・マッカートニーとスティービー・ワンダーの《エボニー&アイボリー》のことを、ワンダーとマッカートニーはこのうえもなく偉大なアーティストだが、両者とも感傷的で気の利かないイメージとかわいさをねらったメロディーに取組むと本当に甘党で.....《エボニー&アイボリー》は、そこが欠点だった(中略)人種の調和の訴えは申し分ない。それでもなお、この曲の最後の部分には深刻な主題を平凡化してしまう許しがたい無遠慮な何かがある。

って書かれてるんですが、そこは、ちょっぴり共感したかも....(それでも「Black Or White」に触れられないんだなぁ、この著者は....本当に“Dangerous”って危険なアルバムだったってことが、今の方がよくわかります)

そんなわけで“人類の調和”「Hold My Hand」完成記念、Akon♡特集!!!
◎Angel - Akon(Lyrics)
◎Angel - Akon(downlord-link)
◎Wanna Be Startin' Somethin' 2008 - MJ with Akon  

☆MJの旅立ちを契機に、エロキャラ脱却を謀るR.Kellyの隙をついて
“エロキング”の称号を射程に入れてきたAkonの共演曲

◎I Just Had Sex - Lonely Island feat. Akon
◎I Just Had Sex - Lonely Island feat. Akon (LYRICS)


エイコンは、両手を拡げたポーズと、笑顔が組合わさると(“I Just Had Sex”参照)『ロック・ウィズ・ユー』のときのMJに似てない?どんなにエロくても“神のご加護”がある感じも...

さて、休憩終了。下記は、休憩前の文章に続きます * ̄∇ ̄* )



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▲1984年のMJとマドンナ



MJの肌が白くなったことが、人為的な「漂白」によるものか、本人の意思にまったく関係ない「病気」によるものか、わたしは、そのどちらであっても、MJの偉業にまったく関係ないと思いますが、

それは、著者のいう「自分の黒人性」に問題を抱えているか、いないかではなくて「黒人性」という問題の立て方そのものに疑問を感じるからです。

そもそも、アメリカに住む黒人すべてを「アフリカ系アメリカ人」と呼ぼうとするのも、すごく不思議なことだと思う。白人より「黒い」という、肌の濃淡からは「アフリカ」からだけではない、様々な“ルーツ”があり、その中で「アフリカ」が関わっているのが100%の人もいれば、ごくわずかの人もいる。

両親のどちらかにアフリカ系のルーツが何割かある場合、必ず「黒人」や「アフリカ系」とされるルールは、それ自体が矛盾を孕んでいて、

国でもなく、統一言語もなく、文化も様々な「アフリカ」をアメリカでの「帰属」として考え、身体的特徴まで、その「イメージ」どおりにというルールは、自分は何者か?という問いを真剣に考える人間には共感できない「掟」であったり、自分の可能性に枠をはめることだと思う人もいるでしょう。マイケルにとっては、まさしくそうだったと思う。

彼はアフリカ文化もアメリカの黒人文化もよく学んでいるけど「黒人」らしくとか「アフリカン」など、そのイメージの限界に、自分が当てはめられるのは、イヤだったんだと思う。



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▲1984年、Hemsley Palaceを離れるところ


また、この著者のように「黒人の誇り」を前面に出しつつ、世界中の多様な人々に尊敬されているひとを、自分のイメージと違うというだけで攻撃しようとする人もいる。彼らが標的にしたり、無視しようとするのが、いつも人種の越境者たちであることを思うと、こういった人々こそ、真の「人種差別主義者」であり「差別」をネタに利益を受けるために人種差別を無くさないよう目を光らせている「差別温存主義者」なんじゃないかと疑う。彼らのような人が、MJの真摯なメッセージを受けとめたくないために『バッド』や『デンジャラス』を無視したり、貶してきたんだと思う。

MJが言っているように「人種」じゃなくて「メンツ」の問題なのだ。


肌の色が同じだということが仲間意識に繋がることはあるけど、人が、音楽に魅せられるときに、肌の色が黒いか白いかを気にする人がいるだろうか。

エルヴィスが、現在とは比べ物にならないほど、人種が隔離されていた時代に、黒人音楽に魅せられたのも、その音楽にどうしようもなく魅せられたのであって、肌の色には関係ない。大勢の人が「混血」になったのも、人が人に魅せられることに、肌の色が関係ないことの証拠だし、クインシーが、白人と結婚することと、マイケルが白人を取入れようとしたことに、いったい、どれだけの違いがあるというのだろう。

マイケルは「黒人性に問題」を抱えていたのではなく、黒人でも白人でも関係ないという強い信念があっただけだ。肌の色の変化に関して「事実」がどうであれ、彼の信念は、黒いときも白いときもまったく変ってなんかいない。

でも、この著者は、元々そんなことには、何の興味もなく、そもそもマイケル・ジャクソンに「疑問」も「興味」も持っていない。

彼が「漂白した」としつこく言い募り、少年への性的疑惑の真相を探ろうとしないのは、

「マイケル・ジャクソンの人生にはとても多くの疑問を提示する」という“パターン”で、何度でも楽に商売ができるから!

スリラー/ネルソン・ジョージ (著)、五十嵐正 (翻訳) 《4》につづく 


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by yomodalite | 2011-01-05 13:12 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(2)
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スリラー/ネルソン・ジョージ (著)、五十嵐正 (翻訳) 《1》のつづき


さっき行って来た近所の神社でお願いするの忘れちゃったけど、
石川さゆりには、この先50年とか、もう永遠に紅白で『天城越え』を歌って欲しい。。

さて、


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以下、抜粋してある文章はすべて省略引用

「第一部」は、主に『スリラー』以前が語られているのですが、黒人であるネルソン・ジョージが感じた、同時代の黒人音楽と、当時のMJを対比していくという行為は「日本人」のわたしにとって、かなりの違和感を感じるものでしたが、この違和感は、わたしだけではなく、MJもそうだったのではないでしょうか。

クインシー・ジョーンズも、永年ジャンルを超えた作品で、早くから黒人枠を越えたアーティストで、彼の年代では、白人の美人妻を迎えるというのが、ステイタスでもあったわけですが、


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MJは、子供のころから、白人の女の子の熱狂を経験し、当時の映像を見ても、ジャクソン5のファン層は、むしろ白人の方が多いように見えるぐらいですし、10代の頃にテイタム・オニール、ブルック・シールズといった、国際的アイドル女優を射止めてもいます。

わたしは、彼が皮膚の色素が破壊される「病気」によってというよりは、アーティストとしての自由を「黒い枠」にはめようとする圧力の壁を越えようとする「意志の力」によって、肌の色が「変化」したんじゃないかと思うことがあります(科学的でないことを承知で言いますが....)



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1983年、エンシノの自宅にて



それは、黒人としてのルーツを大事にしていないこととは厳然と異なると思いますが、彼の生まれ育った「国」は、人種を重要視(特別視)し過ぎるという問題があり、また、その問題は日本でも、音楽評論家や、駆け出しの翻訳家のナイーブさでは複雑過ぎるために、「マイケル・ジャクソン」が理解できないという方も目立つように思います。

(MJに関しては、他のアーティストに比べ、プロデューサーの功績を高く見積もることが常態化しているのも不思議ですね。『デンジャラス』で、MJが“ニュージャックスウィング”を取入れただとか、『スリラー』の“Q”に関しても...「芸術」にも「創造」にも敬意が感じられない、嫉妬深くて、上から目線で言いたいだけの本場(笑)の評論家の意見を、ただの情報輸入屋さんが“素直”に信じてまき散らしたからなんでしょうか?)

子供時代から、肌の色の壁を越え、成人後すぐに世界一売れたレコードを作ったMJは「スリラー」の後は、もっと広い世界や宇宙にさえ目を向けていました(Captain EO...)日本のリスナーとして『スリラー』も、他の作品も、余所の国の“事情”を踏まえ、あまりに素直に学び過ぎるのはどうかと思うんですが....



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▲1984年、Grammy Awards



☆ここからが、本書のメモ(すべて省略引用)

《第2部》『スリラー』

(引用開始)...とてもよくデザインされた80年代らしいパッケージにそれを個人的な声明と思わせるに充分な彼の特異性のタッチが加えられている。このアルバムは計算された大量生産の製品であると同時に、非凡で、漫画的で、情熱的で、奇妙で、夢を見がちで、不安に満ちた個人を投影したものであり、熟練したアーティストと職人の一団がその両方を可能にした。


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『スリラー」は、82年4月から10月にかけてデジタル以前の時代の最先端のスタジオだったウェストレイク・スタジオで録音された。そのアルバムはそれ以前に出たすべての売上げを凌ぎ、その後のレコードが届くことが不可能な記録を打ち立てた。

これほど壮大な成功は振返って見てみれば、何かの始まりであるだけではなく、ある時代の終わりと見ることもできる。『スリラー』は両方だった。

『スリラー』は最後のデジタル以前(アナログ)のアルバムの1枚だった。それは主流ポップに受入れられることを求めてきた黒人アーティストたちによる奮闘の数十年間の頂点と証明された。そのアルバムは黒人音楽の成功がどこまで可能かについて非現実的な期待値を定めた。

《スタート・サムシン》

『ソウルパワー』の記憶に残る一場面は、カメルーンのサックス奏者マヌ・ディバンゴを追いかけ、彼の演奏で子供たちが踊るところだ(中略)彼の《ソウル・マコッサ》は別の曲のシングルのB面で、ニューヨークの先を見通す力のあるDJ、ディヴィッド・マンクーソがいなければ、間違いなく知られないままだったろう。



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73年までに《ソウル・マコッサ》は、小さな熱狂となり、30ほどのカヴァー・ヴァージョンが録音された一方、ディバンゴのオリジナルはポップチャートで35位までに上がった。進歩的なニューヨークのディスコからWBLS局のプレイリストに、そして世界的なヒットに至るという、こういった音楽の旅はディスコ時代にしばしば繰り返されることになる。

「ママ=セ、ママ=サ、マ=マ=クー=サ」......マイケルとバックグラウンド歌手たちの最終ヴァージョンは、よりアフリカ的なサウンドに聞こえる。

ディバンゴは《スタート・サムシン》の共作者としてのクレジットはされなかったが、ジャクソン側陣営と金銭面で和解し、リアーナは、07年のスマッシュ・ヒット《ドント・ストップ・ザ・ミュージック》で、その本案を用いた。



R&Bの世界に白人のソングライターは、ジェリー・リーバーとマイク・ストウラーのデュオが古典曲を連続して書いた50年代から存在し、77〜79年にかけて、白人のソングライターがグラミー賞の年間最優秀R&B楽曲を獲得した。
◎アース・ウィンド&ファイアの《ファンタジー》1977年

この態度こそがマイケルジャクソンが『スリラー』で応答することになるものだった。



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《今夜はビート・イット》

....ファンたちはチャック・ベリーの曲を大抵はビートルズ、ビーチボーイズ、グレイトフル・デッド他のカヴァーを通して知っていた。だが、ジミー・ヘンドリックスを除く黒人ロッカーは愛を得ることはなかった。プリンスは正真正銘のロック・ギターを基調にした曲を作ったが、最初の5枚のアルバムの間はAORににべもなくされていた。

80年代はロックラジオでヘンドリックス以外の黒人の歌声を聴くことはなく、黒人ラジオも同じくらい偏見があった。ジャクソンとクインシーは、こういったアフリカ系アメリカ人とロック・ギターの歴史に逆らって《ビート・イット》を作り上げた。

クインシーがこの曲をけしかけたのだが、彼はナックの79年のフックのあるヒット《マイ・シャローナ》に刺激されたようだ。

《ビート・イット》が、ジャクソンにとってのヒットとなったにもかかわらず、その曲は黒人ロックへの水門を開けることはなかった。しかし、『スリラー』全体、とりわけ《ビート・イット》が受入れられたことは、プリンスをポップスターとして受入れられるのを容易にしたと僕は強く信じている。


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《ビート・イット》と《パープル・レイン》以降の年月に、多くのR&Bのアーティストが大きな売上げに近づく道としてロックギターを用いた。

◎シャラマーの《デッド・ギブアウェイ》
◎キャメオの《キャンディ》
◎ジャネット・ジャクソンの《ブラック・キャット》

ロックをその音楽へのアプローチに融合させて最も成功した黒人グループは主流のずっと外側からやってきた。「ロックの王様」と自ら宣言したランDMCは、黒人のストリートの若者たちと郊外のロック・ファンの両方に信用されるラップレコードを作った。《ウォーク・ディス・ウェイ》でのランDMCと、エアロスミスの共演は《ビート・イット》の息子であり、同じくらいに文化的影響力を持った。

◎Walk This Way - RUN-DMC(1986年)

ランDMCから、パブリック・エネミーのサンプルの壁が登場し、やがて、扇動的な(レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン)から面白みのない(リンプ・ビズキット)までのバンドによるラップ・ロックというジャンル全体の誕生を引き起こしたのだ。


それでもなお、プリンス&ザ・レボリューションを除くと、実際に「ロックの殿堂入り」をした黒人バンドはいなかった。最も近かったのはリヴィング・カラーで、彼らはブラック・ロック・コーリションの旗艦バンドだった。


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《ビート・イット》の永続する魅力のひとつの例は21世紀のポップロックバンドのフォール・アウト・ボーイに見つけられた。

プリンス、ランDMC、リヴィング・カラーの後、その曲のヒットに最も影響を受けたアーティストはマイケル・ジャクソンだった。残りのキャリアにおいて、マイケルは定期的にロック賛歌かぶれの曲を、それも頻繁に他のロック・ギターの神との共演で録音した。

だが、その後の労作はどれひとつとして《ビート・イット》ほど活力があったり、重要だったりしなかった。その曲はジミ・ヘンドリックスの死以降の年月においての最も重要な黒人ロック・レコードであり続けている。

☆yomodalite注:本書の内容をメモしているのは、この本の素晴らしさを紹介したいのではなくて『スリラー』最高傑作などの、MJへの音楽的評価の“類型”に対して「正気ですか?(by : ケンドー・コバヤシ)」とか「どうかしてるぜっ!(by : ブラマヨ)」って思ってるからです。

音楽リンクを追補したのは、音楽評論家が陥りやすい「評価の類型」が、どのような「心情」や「歴史観」から来ているものなのかという「パターン」を読み解く材料になればという思いと、各ミュージシャンの時代への試みは、評論家の浅薄な言葉や、歴史への傲慢さとは違って、ずっと尊いので。。。



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《ヒューマン・ネイチャー》

ステイプルズ・アリーナでの追悼式の出演者リストの中で、最も驚かされた名前はジョン・メイヤーのそれだった。

メイヤーは白人のギタリスト/歌手で、21世紀に入ってから最初のレコードを作った男である。彼は幾らかのソウルフルなサウンドのレコードを作ろうと試みてきたし、ブルーズの古典を数曲録音した。

だが、彼にはマイケルとの事実上の直接的なつながりはまったくなかった。

しかし、彼の世代(77年生まれ)の若者の一人残らずと同じく、メイヤーはマイケルの音楽と共に育った。ポップ・ソングとは何かについての考えの多くは『スリラー』を経由して学んだのだ。

ジャクソン家はメイヤーに連絡をとって、彼に《ヒューマン・ネイチャー》を歌ってほしいと頼み、結局、彼は歌うのはよそうと決心し、その代わりにそのメロディーをギターで弾くことを選んだ。意図したかどうかは別としても《ヒューマン・ネイチャー》の演奏にメイヤーを選択したことは、その曲の創作の中心にいた白人のポップ職人たちへの黙礼として機能した。

メイヤーは大衆にアピールする主流ポップ(ユア・ボディ・イズ・ア・ワンダーランド)の作り手であり、LAのスタジオ完璧主義の全盛期の痕跡を見出せる数少ない21世紀のスターの1人である。



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▲1984年、American Music Awards



TOTOは、LAの一流セッション奏者たちの集まりから成るポップバンドで、そういったスタイルの象徴というだけでなく『スリラー』の制作において音楽の中心的な役割も果たしたが、多くの批評家にとって、それはニューヨーク、ロンドン、その他あらゆるところのパンク・ロックの怒れる使者に、胸のむかつく思いをさせる如才ない大衆受けねらいのサウンドの象徴とした。ジャーニーやシカゴ、その他の70年代の一語だけの名前の中流白人的なバンドと共に、ロック評論家たちは、TOTOをひどく嫌った。

(TOTOのメンバーである)スティーブ・ルカサーは《ビート・イット》を編曲し、大半のギターを弾いた。クインシーは作詞家のジョン・ベティス(カーペンターズの《イエスタディ・ワンスモア》マドンナの《クレイジー・フォー・ユー》を書いた)の番号を引っ張りだし、マイルス・デイビスは《ヒューマン・ネイチャー》をカヴァーした。



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photo : Matthew Rolston(1984)



《P・Y・T(プリティ・ヤング・シング)》

クインシーの81年のアルバム『ザ・デュード』は、百万以上を売り、年間最優秀アルバムを含む5つのグラミー賞を獲得した。クインシーがイングラムのために選んだ方向性 ー 天性のソウル歌手による抑制されたバラード歌唱 ー は、80年代ポップの主要な商品となる。ライオネル・リッチーが70年代後半にコモドアーズのために作曲して歌ったバラード、《イージー》、《セイル・オン》がこの戦略の基礎を築いた。



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photo : Matthew Rolston(1984)



ピーチズ&ハーブの《リユナイテッド》、マンハッタンズの《シャイニング・スター》などのヒット曲は、その後のホイットニー・ヒューストンがとることになる道を切り開いたことがわかる。しかしながら、その見返りに感情を抑制した歌い方は作品の「面白みの無さ」を強調することにもなった。

◎Shining Star - The Manhattans(1976年)
◎Reunited - Peaches & Herb(1978年)

クインシーは、A&Mレコードを離れ、ワーナーが資金を提供した自分のレーベル「クウェスト」を設立し、《ハウ・ドゥ・ユー・キープ・ザ・ミュージック・プレイング》や、TVの昼メロ番組『ジェネラル・ホスピタル』で目立って使われた《ベイビー・カム・トゥ・ミー》といった曲でヒットを飛ばし続けた。






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by yomodalite | 2011-01-01 22:01 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(6)
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いつもお世話になっている、みなさまに、感謝のきもちを込めた、年末のごあいさつなどもしたいところなんですが、

自分の中で、どんどん、宿題が溜っていく一方で、また、東京から離れる気もないので、年末年始は、この本の内容を、メモしていこうと思います。

最初の方は、主に「音」の補足です。

わたしは「スリラー」に関しては、以前、“スリラー”は、なぜ高く評価されているのか?でも書いたように、

マイケル・ジャクソンにとって、通過地点でしかない「スリラー」を最高傑作とする論評の中には「スリラー」以降の彼の数々の偉業や傑作を見なかったことにしようという「意図」が隠されているような気がして、うんざりしてしまうんです。

そんなわけで、本書のタイトルを見たときも、また「スリラー」(疲)と思ったんですが、日本語で読めるMJ本は、限られていますしね(疲)。。


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▲1981年“Off The Wall”Platinum



著者は本書について
「伝記ではない。音楽評論と回顧録と文化史の混合である」と形容し、「マイケル・ジャクソンの人生はとても多くの疑問を差し出す」とし、

翻訳者は「訳者あとがき」で、日本での死後の人気の再燃に関して、
「死者を敬う態度は当然だが、彼を神様か天使扱いして、生前の業績や行動のすべてを肯定する修正主義的なマイケル・ジャクソン像が描かれがちだと思うのだ」と記しています。



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▲スリラー期のジェリー・カール(1984年“Celebration for Thriller”)



わたしは自分なりに調べた結果、現在、MJを「自分の神」のように尊敬していますけど、死後、彼の慈善活動ばかりを高く評価したり「愛」と「平和」というイメージばかりに集約されそうになったことには、強い危惧を感じました。

しかしながら、一方で、MJへの根拠に乏しい偏向報道に対して、きちんとした修正が行われていないにも関わらず「修正主義」という言葉を安易に使用する、この翻訳者のように

正確な資料の収集を怠っているにも関わらず、間をとったような態度だけで「バランスのとれた見方」をしていると勘違いし、また、それだけで、効率よく、自分が頭がいいということを見せられると思っている、常識人的態度にこそ、日々「多くの疑問」を感じています。


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▲1984年“Celebration for Thriller”



それでも最終的に、これを読もうと思ったのは、著者が、TVドキュメンタリー作家(悩)とか、ジャーナリスト(笑)とかではなく、元音楽雑誌「Bilbord」のライター(悩)で、10冊以上の著作があり、ディームズ・テイラー・アウォードを2度受賞していて、

《ディームズ・テイラー・アウォード》
ASCAP(アメリカ作曲家・作家・出版者協会)のディームズ・テイラー賞(作曲家・音楽評論家として活躍したTaylorにちなんで優秀な音楽関係の著作物に与えられる賞)。ディームズ・テイラーは、ディズニー映画『ファンタジア』の音楽顧問で、ナレーションも担当している。


90年以降は、映画、TVのプロデューサーや脚本家、監督もこなし、MJより、ひとつ年上で、同い年のスパイク・リーとは友人らしく、リーと同様に、子供のころから、MJ旋風を受けて育ち、クインシー・ジョーンズや、MJエステートのジョン・マクレーンとも、知りあいであるという情報から、

『スリラー』を語った本としては「良質」なんじゃないかという気がしたからです。

ただし、上記に書いたことから想像できるように、これは、ファン向けの本ではなくて、MJを多少「研究したい」という人向けだと思います。

◎ネルソン・ジョージ著『スリラー マイケル・ジャクソンがポップ・ミュージックを変えた瞬間』吉岡正春のSoul Searchin'

◎「ネルソン・ジョージから学んだこと」吉岡正春のSoul Searchin'

◎ https://twitter.com/#!/taddihno(五十嵐正氏(翻訳者)のTwitter )


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「オフ・ザ・ウォール」期のジェリー・カール



☆ここから本書の引用開始

《第1部》

☆2009年
84年1月、アメリカ自然史博物館でジャクソンがギネスブックによって名誉を授けられていた夜に、デルが僕の初めての本となる『ザ・マイケル・ジャクソン・ストーリー』を出版した。

その本は百万部以上売れて、『ニューヨーク・タイムズ』紙のベストセラー・リストの第3位にまで上がることになる。

僕はスパイク・リーという名前の若い映像作家と友だちになり、彼の映画『シーズ・ガッタ・ハブ・イット』の初期の編集を見た(中略)その衝撃が現在にまで及ぶ黒人映画のムーブメントを先導する映画史における事件となった。

僕は公の場で彼を追悼したくなかったし、マイケルの人生の、それについてまったく知らない面のことを話したくなかった。

これは音楽がその中心にある本だ(中略)09年秋に、VH-1が毎年放送している『ヒップホップ・オーナーズ』のセットで振付師のファティマ・ロビンソンと話していた(中略)ヒップホップのアーティストたちの間でも、マイケル・ジャクソンの名前が出てきた。


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僕らの会話の中で僕が最もよく覚えていることは、彼女の息子ズーリが20世紀の暗黒の日々に死に絶えたと思っていた髪型であるジェリー・カールにしたがったという話だった。

彼は黒人と白人、ふたりのマイケル・ジャクソンがいたに違いないと考えたのだ。そして彼自身が濃い褐色の少年であるズーリは、その両方が大好きだった。

☆ゲアリーに戻ろう

ジョーの芸能界入りした子供たちは誰一人としてフランキー・ライモンのような悲劇とはならなかった(フランキーは13歳にしてセンセーションとなったが、18歳になるまでにヘロイン中毒で自滅し、26歳で亡くなった)

◎Frankie Lymon & The Teenagers

☆その歌声

マイケルの長いレコーディングのキャリアは、美しい人間の声が子供から中年まで進化していくさまを耳にする、かけがえのない機会を僕らに提供してくれる。

“ビッグボーイ”でのマイケルのリードボーカルは、これら初期のの録音の中で最も人を惹き付けるパフォーマンスだ。その歌詞は若い少年が信用してくれない女性に自分の成熟さを主張する物語で、マイケルのヴォーカルのアプローチはモータウンの初期の録音よりももっと大人っぽい。

◎Big Boy - The Jackson 5 


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マイケルはよく「コールド・スウェット」と「アイ・ガット・ザ・フィーリング」を歌っていたけど、あの感情は偽物じゃなかった
アイズレーブラザースの「イッツ・ユア・シング」のカヴァーでは

その伴奏トラックのかみそりのように鋭いシンバルのサウンドに調和するシンコペイションをもって発音し音を伸ばすマイケルをフィーチャーしている


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フォートップスの「リーチ・アウト・アイル・ビー・ゼア」のジャクソン5版では、マイケルがジャーメインとヴォーカルを分け合うが、オリジナルよりゆっくりとしたテンポで歌われ、マイケルのヴォーカルはリーヴァイ・スタッブス(フォートップスのリードヴォーカル)のもっとオペラ的な解釈よりもブルースっぽい。

◎Reach Out I'll Be There - The Four Tops


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これらの録音の中でとりわけ素晴らしいのは、
レイ・チャールズの「ア・フール・フォー・ユー」のカヴァーだ。
テイラーには残念なことだったが、ベリー・ゴーディは持ち前の売れるものへの直感力によって、(中略)テイラーをジャクソン5のプロデューサーの座から外した。

テイラーの後任としてジャクソン5のスタジオ内での交通整理担当になったのは(中略)ディーク・リチャーズである。20代半ばの白人のギタリスト/ソングライターで、ハリウッドの脚本家の息子だった。

伝説的なH=D=Hチームが自分たちのレーベルを始めたので、リチャーズと共に、LAを本拠とするフランク・ウィルソン、パム・ソウヤー,R・ディーン・テイラー、ハンク・コスビーが、デトロイトのポンチャトレイン・ホテルに集められ、H=D=H退社以降の曲を幾つか作り上げた。クラン(訳者注:一族)と名付けられた緩い括りのアンサンブルは「ラブ・チャイルド」を生み出した。

◎Diana Ross & The Supremes - Love Child


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最初、その3人組はグラディス・ナイト&ザ・ピップスと仕事をし「アイ・ウォント・トゥビー・フリー」という曲を生み出した。この曲がどのように「帰って欲しいの」に発展していったかは、幾つかの少しばかり異なる物語を生んでいる。


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▲この当時から女の扱いが上手過ぎるMJ。
スリラー期のシャイさは、
ある意味女を知り過ぎていたからかもw



「メイビー・トゥモロウ」は、僕のお気に入りの70年代前半のマイケル・ジャクソンのヴォーカルだ。(中略)「メイビー・トゥモロウ」は恋愛への心からの熱望の歌で、即座にゲットーの古典となる曲だ。僕にはラジオで聴くよりも公営住宅の夜中のハウスパーティーでかかる方が良く聞こえたレコードであり、その部屋で最もセクシーな女の子とスロウダンスするときにかけるレコードである。90年代に、ラッパーのゴーストフェイス・キラーとプロデューサーのRZAが「オール・ザット・アイ・ガット・イズ・ユー」の土台として、その曲を用いた。

◎Ghostface Killah - All That I Got Is You

☆音/映像1

マイケルは50年の生涯でハリウッドが投資した映画には1本しか出演しなかったー78年の『ウィズ』だ(中略)



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▲1979年、MJ & Tatum O'Neal



スピルバーグのような映画監督がマイケルの演じられる役柄に言及したとしても、それはピーターパンやその他の日常の現実の外に彼を置く作品の登場人物としてだった(中略)マイケルのもうひとつの障害物は彼の話し声だった(中略)

それでもなお、マイケルの役者としての仕事は稀だったにもかかわらず、デトロイトでの最初のオーディション映像から死後に公開されたコンサート映画『ディス・イズ・イット』まで、彼ほどそのパフォーマーとしての人生の、あれだけの詳細な記録が映画、ヴィデオ、最後にハイディフィニションで残されたエンターティナーはほとんどいない。

☆ニューヨーク、ニューヨーク

スタジオ54は快楽主義の見ものだった(中略)スタジオ54でマイケル・ジャクソンがドラッグやセックスにふけっていた記録はないとしても、彼は間違いなくニューヨークのディスコ文化をそのきらびやかな影響の最盛期に目撃した。


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70年代後半のニューヨークのサウンドトラックだったサウンドと感性の独特の融合を定義したのは、ラジオ局WBLSとそこのプログラム・ディレクター/スーパースターDJのフランキー・“ハリウッド”・クロッカーだった。(中略)クロッカーの音楽のミックスは優雅で耳あたり良く、洗練されていて、そして最も重要なことには肌の色を問わなかった。

彼は黒人聴衆の関心をユーロ・ディスコに向けさせたし、ドナ・サマーの「愛の誘惑(ラブ・トゥ・ラブ・ユー・ベイビー)」や素晴らしいオルタナ・ダンス・バンドのドクター・バザーズ・オリジナル・サヴァンナ・バンド他多くの人たちをヒットさせた。

◎Donna Summer - Love To Love You Baby(1975)  
◎Dr. Buzzard's Original Savannah Band - Cherchez La Femme


ディスコの影響力はニューヨークのヒップな人たちだけに限っていなかった。映画館でもクールじゃないAMのトップ40局でも。それらの場所ではビージーズが支配していた。



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▲1980年の“American Music Awards”ドナ・サマーとMJ


☆音/映像2

マイケルのマイクの持ち方、スピンするときの上半身の保ち方、マイクを持っていない方の手を使ってのジェスチャー、踊っているときに頭を傾かせて身体の各部を分離させるやり方、これらのMJの動きのすべてに少量のウィルソン(ジャッキー・ウィルソン)がある

マイケルのヴォーカルの音域と「ホーッ」サウンドはブラウンのざらざらな唸り声よりもウィルソンの高いテナーとしゃっくりのような歌い方のずっと似て聞こえる。

☆黒人のハリウッド

70年代の初めにベリー・ゴーディがモータウンの操業をデトロイトからロスアンジェルズに移したとき、彼はジャクソン5を養成する以上のことをした。彼は黒人ポップの地理的バランスを変えた(中略)


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1981年のThe Diana Ross Special Show



LAとニューヨークは常に重要な目的地だったが、モータウンの西への移動は(中略)大志を抱くアーティストたちは(中略)どちらかの都市に行かねばならないという結果を生じさせた。この移動は他のふたつの黒人ポップ現象と時を同じくしていた。ひとつはブラックスプロイテーション映画、もうひとつはドン・コーネリアスの『ソウル・トレイン』

このダンス番組は黒人のアーティスト、スタイル、ダンスを定期的に全国に紹介し、同時期にはハリウッド・エリートの通う私立学校と公立学校への黒人の少年少女の流入があった(中略)

ジャクソン兄弟の仲間のうちの一部となった若者の一人がジョン・マクレインである。彼は痩せたハンサムな若者で、母親がジャズピアニストのシャーリー・スコットで父親はLA周辺で葬儀社チェーンを所有していた。マクレインはジャクソンズが子供のポップ・バンドから若者のバンドに進化していった年月に彼らとつきあっていた(中略)


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1981年の“Annual Academy Awards”



マクレインは80年代前半にA&MレコードにA&Rの重役として加わり、16歳だったジャネットとレコード契約を交わした。

僕がジョンと会ったのはその頃で、その直後に彼はジャクソン家の末娘を、ジミー・ジャム&テリー・ルイスと組ませて、ジャクソン家の2人目のスーパースターを作り出す。

80年代半ばにさかのぼると、ジョンは黒人音楽界で姿を現してきたばかりの人物で、僕の親友のようなものだった(中略)LAコミュニティの価値観はニューヨークで僕が知っているそれらとはとても異なっていた(中略)サンセット・ストリップの2階建てのナイトクラブ、カルロス&チャーリーズやハリウッド・ヒルズでの盛り上がっているパーティーでは(中略)激しいファンクよりもスタジオで磨かれた完璧さを褒め讃えるR&B美学を作り出した。

幾つかの例外(トータル・エクスペリエンス・レコード所属のギャップバンド、サウンド・オブ・ロス・アンジェルズ・レコードでのリーオン・シルヴァーズのプロダクションの一部)はあったが、黒人ポップの80年代前半サウンドをブッカーT&MGズと間違える人は誰もいなかった。

◎Booker T & MG's ~ Green Onione


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☆例外の方↓


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1981年、Chris Walter 撮影



☆リーオン・シルヴァーズのプロダクション(Leon Sylvers III Production)
Leon Sylversが居たThe Sylversは、ウエスト・コーストのジャクソン5と言われたグループ。その後、作曲家、プロデューサーとしても大活躍した。



☆Leon Sylvers III Productionのヒット曲(MJファンにはおなじみのシャラマーも!!!)



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1983年、Victory Tour Press Conference



(80年代前半の黒人ポップの)変化に貢献したのは、コンピューターテクノロジーの使用の増大だった。アース・ウィンド・&ファイア、キャメオ、コン・ファンク・シャンといったバンドはどれもホーン・セクションと数個のパーカッション楽器を売り物にしていたが、人間の奏者をシンセサイザーやドラムマシーンに取り替えた。

◎Cameo - Shake Your Pants
◎Con Funk Shun - Ffun
◎Con Funk Shun - Too Tight


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この社会的及び音楽的コンテクストの中で、79年の『オフ・ザ・ウォール』で始まるマイケル・ジャクソンとクインシー・ジョーンズの共同作業はミュージシャンとしての彼の作品にとってと同じくらいにハリウッドでの有力な業界人としての成長にも重要だった。


2009年のMJの旅立ち後から始まり『スリラー』以前の音楽・文化事情を記した「第1部」のメモは、とりあえず、これで終了。

「スリラー/ネルソン・ジョージ(著)、五十嵐正 (翻訳)《2》」につづく

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by yomodalite | 2010-12-28 14:00 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)

息子 マイケル・ジャクソンへ ~ 天国への遺言状~

ジョセフ.ウォルター・ジャクソン/講談社



当ブログは、MJファンブログではないので、日々のニュースに一々反応したくないですし、他の方とかぶりそうなことも避けたいんです♡

ただ読書ブログなので、本に関しては、できるだけ全部読んでおきたいんですが、これもブログ的には、全部網羅するんではなく他の方が多く取りあげていて、特に問題なさそうな内容の場合はスルーで、逆に、世間的にあまり評判がよくないけど、実は、、、みたいなものを積極的にとりあげて行きたいと思ってます。

で、ジョーパパ本なんですが、

一周☆を経ても、MJの話題は、相変わらず「スリラー」時代のことか、最後の瞬間のどちらかで、MJ物語の第一巻から、いきなり最終巻のラスト数行を読んで、感想文を書いたような内容が多くてうんざりなんですけど、

ジョーパパのことも、12歳の長男をはじめ、子供3人の父親をやりながら、尚、青年期までの父親との確執ばかりを、しつこくネタにされるのも本当にうっとうしいことだったと思います。

また、家族全員が有名人で、マスコミを通じて、自分のことが語られるというのも、本当に面倒な状態だと思うんですが、中でも、ジョーパパは、比較的、感情むき出しというか不用意な発言を利用されやすかった部分はあると思いますし、ファミリーの中で、もっとも「著作」に向いていないという印象も強いと思います。でも、実はそうでもなくて....
という詳細は、他のブログでも、好意的に語られているようなので、そちらを参考にしてください(笑)

個人的ですが、わたしも、父親との問題を、これまでの人生の大半をかけて考えてきた方なので、MJの父親に対する気持ちの変化や、オックスフォードスピーチにも、人一倍、思い入れはあるんですが、でも、そんなことより、すっごく見せたい写真があるんです♡

何度も、このブログにアップしている、2005年の裁判写真なんですが、このときも言ってたように、ジョーパパの写真は、すごく多いんですね。で、これを出す機会を、ずっと狙ってて、ついに来たか、と(笑)

裁判写真で、今まで見たことのないMJに出会ったという方も多いと思うんですが、実は、ファミリーの中で、MJ以上に印象が変わる、もうひとりの人物がジョーパパなんですね。

MJの、母親に対してのジェントルマンな態度も、すごく素敵でしたが、ジョーパパが、このときに見せた、父親として息子を守ろうとする姿も、すごく感動的です。

とんでもない報道陣の数と、フラッシュが眩しいせいか、いつもは穏やかな表情のキャサママも、顔をしかめざるを得ないんですが、ファミリーの中で、サングラスでないのは、パパ、ママ、ジャッキー、マーロンで、ティト、ジャーメイン、ラトーヤ、ジャネット、ランディといった芸能人組?は皆サングラスをして、俯き加減です。

ジャッキーは、ジャクソン5時代から、人気者なのに、どこか控えめな印象が変わらず、体調の悪いMJを支えているところも「長男」ぽくて、素敵なんだけど、親しさという点ではちょっと距離があるみたいだったり、マーロンも、MJを笑わそうとしているんですが、今イチ、ウケてなかったり(苦笑)なんですが、MJと、ジョーパパは、2人で爆笑していたり、強く手を握りあっていたり、ものすごい“絆”を感じる写真が多く、

MJの近くにいて、親しげなのも、
MJが、笑顔で、リラックスしているように見えるときも、
MJと、スキンシップをしているのも、

ジョーパパが、圧倒的に多いというか、むしろ、ジョーパパと居るときのみ、そういう姿が見られるという感じです。

ジョーパパが、このときのカメラに対して、まったく臆するところがないのも、驚きだったんですが、また、どの写真でも、MJの表情をよく見ているというか、常に気にかけている様子で、むしろ、キャサママより、彼は感情が細やかなタイプというか、少なくとも、感情が鈍い人ではないですね。

MJの本名は、マイケル・ジョセフ・ジャクソンですが、10人兄弟の7番目(ブランドン含む)で、6男のMJに、キャサママは、初めて、名前の中に、父親の“ジョセフ”を入れようと、主張したらしいんですね。作品への理解力もあり、直感力に優れていたように見える天才の母親は、そのとき、何を感じたんでしょうか。6人目の男の子で、ようやく“父親”の名前を出してくるって、なんだか、不思議な気もします。

では、前置きが長くなりましたが、ジョーパパの写真です。
ジョーパパの素顔が見られる写真は、MJのカッコいい写真と同じぐらい多いので、選ぶのに苦労しました。

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▲2005.4.27 このとき、いったい何をそこまで盛り上がっていたのか、聞いたインタヴュアーはいないのかな?

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本書の土台となっているのは、1990年代終わりから、7、8年の歳月をかけて、ジョセフ・ジャクソンが、自ら書き綴った手記「The Jackson Family's History」。

これは、ジャクソン家のルーツから、キャサリンとの出会い、子供達の誕生と、ジャクソン5の世界的成功を収めるまでの詳細なストーリーが描かれ、2004年にドイツで出版され、2009年に文庫版としても再出版されているもの。ジョセフ氏は、これを書き始めた頃、マイケルには様々な問題があり、アメリカでは出版できなかったと、語っている。

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本書は、これに、日本の取材チームがインタヴューを追加し再構成したもので、第一章「マイケル・ジャクソンはなぜ死ななければならなかったのか」は、マイケルの死後1年近く経ってから、行われたインタヴューで、ジョセフ氏が考える、死の真相と陰謀に関して語られています。

第二章「すべては“夢”から始まった」は、「The Jackson Family's History」の内容へのインタヴューが最初にあり、ジャクソン家の歴史、マイケルの本書への感想などが、語られた後、手記が始まります。(第四章までが、以前に出版された手記)

第五章「これからのジャクソンズファミリー」は、ファミリーの父親としてのインタヴューが最初にあり、マイケルの成功に添うようにして仕組まれた陰謀や、マスコミによって、報道された様々な事柄について、ジョセフ氏が語っている。最後には、日本のファンへのメッセージも。

そのあとの「おわりに」は、取材チームによる追補で、「KTYM AM1460」というラジオ局(LA地域のコミュニティラジオ局)の「LACRAスピークス・アウト」という番組に出演して、本書のインタヴューでは、答えなかった、

◎マイケルの死の疑惑に関する確証
◎それに関わる個人と組織の相関図

について、語った内容が記されています。

出演者は、ジャクソン家の弁護士オックスマン、作家のジェラルディン・ヒューズ、ジョセフ氏の友人でMJ専属の奇術師マジェスティック・マグニフィセントと、司会者のエディ・ジョーンズ。ジョセフ氏のメッセージが詰まった1時間の番組。

上記に、ジャクソン家の家系図、ジャクソン・ファミリー年表、マイケル・ジャクソン追悼式での、アル・シャープトン師による演説全文なども収録されていて、資料的価値がある本だと思います。


☆関連記事
◎MJトライアルファッションショー
◎マイケル・ジャクソン裁判 2005.1.31 - 3.24
◎MJ Glassies Collection (1)





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by yomodalite | 2010-07-03 19:02 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(15)
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死後、怒濤のように出版されたマイケル本ですが、ヘタな似顔絵、手書きタイトルといった自費出版テイストで異彩を放つ本書は、結論から言えば「買い」です。

表紙からは想像しにくいですが(度々の失礼をお詫びします)、チャーミングなMJのプライベートなカラー写真が16ページもあるのですが、著者所有か、もしくはビル・ブレイが所有しているものらしく、他では見たことのないものばかり。

著者は、日本生まれで、12歳からアメリカで育ち、日系アメリカ人の夫を持ち、MJファンにはお馴染みのマイケルの専属セキュリティ、ビル・ブレイから、来日時のプライベートな時間のアレンジを頼まれた女性。

著者が初めてMJに会った1986年から2002年までの思い出が語られているのですが、

“マイケルズ・ペッツ” ー MJのペットをキャラクター化事業
“ゴールド・マイケル・コイン・メダル” ー 銀座山崎による記念コイン
“ムーン・ウォーカー” ー セガのゲームソフト
“スペースチャンネル5パート2” ー セガのゲームソフト

など、ビジネスにまつわるものから、

横浜ジョイポリス、長崎ハウステンボス訪問や、ツアー中の体調不良により医師の診断を受けたとき、来日中の専属シェフ、日本の常宿になったキャピタル東急のことなど、

プライベートに関する話まで、

その場で通訳していた、著者から語られているためか、これまで聞いた話よりも、ずっとそのときのMJの表情までもが伝わる話として、語られています。

また、

著者とMJを引合わせ、セキュリティ引退後は、出版社からの100万ドルのオファーも断った、ビル・ブレイ氏は、マイケルの専属セキュリティとして、こどもの頃から、2000年に引退するまで、ずっとMJのもうひとりの親のように付き添って来た人物。彼とMJとの話もこの本以外では読めない、貴重な話ばかりです。

MJファンなら、絶対に読んで暖かい気持ちになれます。オススメ!ポプラ社 (2010/05)




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by yomodalite | 2010-05-21 08:24 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(14)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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