カテゴリ:☆マイケルジャクソン書籍( 39 )

小説サムライ ー モーツァルトとマイケル・ジャクソン/水沢美架

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前回、教科書のような本を紹介したので、今回は毛色の変わったものをw

マイケルの小説は、これまでも、直木賞作家の桜庭一樹氏や、小説家ならぬ大説家の清涼院流水氏のものがあって、

◎『傷跡』桜庭一樹 
◎『キング・イン・ザ・ミラー』清涼院流水

いずれも、マイケルに対しての愛が感じられるものでしたが、本書も同様で、タイトルで、モーツァルトとマイケルを「サムライ」としているのは、著者がもっとも尊敬しているものだからだと思われます。

で、内容を少し紹介すると・・

(引用開始)

モーツァルトのオペラ「魔笛」の初版本の挿絵と、マイケル・ジャクソンのアルバム『デンジャラス』の表紙絵とを比べてみる。奇妙に似ていて、息をのむ
どこか怪しい神話のような世界、薄明かりの地下の洞窟
五芒星、アーチ、神殿の柱
ロココ、ドクロ、アランビック、精霊、牛、鋤、レンガ壁
そして、壁の中から密かにこちらをうかがうプロビデンスの目

「ぼくたちは、まだ、死にたくなかった」
そう悔やむモーツァルトとマイケルの声が聞こえる
あの礼拝堂のオルガンを鳴らすと、死者の声がする
まるで同じ運命をたどる仲間に、忠告するような哀しげな声

「ブラック・オア・ホワイト」の三度戸をたたく音
「ヒール・ザ・ワールド」の連続するスラー
「ジャム」の三連符
「ウィル・ユー・ビー・ゼア」のシラーのオード(*1)
アルバム『デンジャラス』の曲の中に出てくるシンボリズムは「魔笛」の曲の中にも数多く込められている・・・

(以上プロローグより)

この小説では、夢の中で行われる、マイケルとモーツァルトの会話に、実際のエピソードも挿入されているのですが、朝堂院氏とのエピソードがずいぶん詳細なことが疑問で、著者について検索したところ、彼女は、かつてジョーパパも出演したことがある朝堂院氏のインターネット番組の司会(*2)もされている方なんですね。流石サムライ好きw。

マイケルは今後、アメリカ帝国文明を代表するひとりとして、必ずや歴史に残る人なので、神聖ローマ帝国に華開いた古典派音楽を代表するモーツァルトと比較するのは、色々な面で興味深いのですが、ハイドンやベートーベンより、モーツァルトがより興味深いのは、他のふたりに比べて「謎」が多い点だと思います。

モーツァルトが7番目の子供で、幼少時からその天才を認められ、ゲーテなど多くの文化人に注目されて成長し、栄光を手にするも、若くして亡くなった(35歳)という点にも類似点が感じられますが、特に興味をかき立てられてきたのは、その死の謎。

マイケルの「スリラー」旋風がまだおさまっていない1984年に公開された映画『アマデウス』では、サリエリの嫉妬と苦悩がクロースアップされましたが、その映画でのモーツァルトの描かれ方は、老獪なサリエリと、天衣無縫で、純粋無垢な天才モーツァルトといった単純なもので、映画の公開当時、モーツァルトは音楽の天才であっても、世間知らずで、スカトロジーの趣味があるといったような話題も盛んで、そんなところも、マイケルの場合と似ているというか、ゴシップって、昔からほとんど変わらないものですね。でも、本書のふたりは「サムライ」ですから、そういった話題は一切なく、

第1章 夢の中のモーツァルトとの会話から)

マイケル「あなたは、もちろんご存知ですよね。ぼくがあなたの『ピアノ協奏曲大4番』の第一楽章の主題をモチーフにして、『バッド』のベースの冒頭の主題を作ったことを・・・あなたの『ドイツ語による小カンタータ(無限なる宇宙の創造者を畏敬する君よ)』の歌詞をもとにして、『ヒール・ザ・ワールド』を書いたことを・・・『スムース・クリミナル』は、現代版『ドン・ジョバンニ』ですし、『ヒストリー』は、あなたの人生を・・・

(引用終了)

などなど、著者は、マイケルファンに多いクラシック好きの方のようで、XJapanのYOSHIKIとのエピソードにも力が入っています。ただ、実際のエピソードと架空の物語を融合させる中には、若干強引な箇所もあって、

(第1章 夢の中のモーツァルトとの会話から)

マイケル「ぼくがフリーメーソンに入会した理由は、『入会の有無にかかわらず、真理の探究者はすべてメーソンだ」という言葉が気に入ったからです。・・・ぼくは弱い人間です。だから、フリーメーソンの教義に賛同したんです。この世で、心から、他者の幸福のために奉仕し、善行を積み重ね、どんな宗教でもいいから神を信じ、まじめにコツコツと仕事に励み、真理の探究をし続け、自分にしかできないなにかを成し遂げれば・・・自分の神殿を築き上げれば・・・神のような、永遠不滅の高貴な霊的存在になれるというフリーメーソンの教義に・・・」

(引用終了)

モーツァルトがフリーメーソンだったのは事実かもしれませんが、マイケルがメーソンリーだった事実はありませんし、キリスト教会が絶大な権力をもっていたモーツァルトの時代と違って、マイケルが生きた時代、メーソン的な考えを信じるのに、秘密結社に入会する必要はありません。

世界の真実を語るために、フリーメーソンやイルミナティを利用する人は多く、プロヴィデンスの目のようなものを発見しては「陰謀」めいたことをいう方々も多いので、誤解がないように一応補足しますが、そういった類の陰謀論は、フリーメーソンがグローバリズムの脅威と関連付けやすいからで、メーソンが秘密組織ではなくなり、実態が明らかになっていく中で、あまり知られていないことで使い勝手がよかった「イルミナティ」が論者に好まれるようになっているようです。

あるとき「善」であった組織が「悪」に変わるのは、歴史上常に起こっていることですが、それは、そこに集う人間がみんな善と悪の両方をもっているからでしょう。宗教であっても、無宗教であっても、資本主義や共産主義やグローバリスムも、その教義は「善」から生まれていても、それを信じる人々の「強欲」や、「独善」が、自分よりも相手を疑って、敵を生み出し、敵対する勢力との争いの中で、より大きな「悪」へと変化してしまう。

教義の違いから敵対するような集団同志であっても、カトリックの聖人マザーテレサが行っていたことと、プロテスタントのマイケルがネバーランドで病気の子供にしていたことが似ているのは、強い意志をもった個人には、集団を維持するための原理から距離をおくことが出来るからでしょうか。

発足当初のフリーメーソンに集まった人々には、永年権力を握ってきたキリスト教の弊害を重く受け止め、自由な気風と、輝くような知性によって、建国時からアメリカの大きな力になったことは事実で、マイケルの考え方の基盤にも、そういった人々の影響が強く感じられることは確かなことだと思います。ローマ法皇という王様を頂点とするカトリックと違い、プロテスタントは数多くの小集団にわかれ、中でも、マイケルが実際に信者だったエホバの証人は、三位一体や、運命予定説を放棄した点で、フリーメーソンの教義に近いと言えなくもありませんし、開祖がメーソンだった可能性もありそう。

ですが、最初に言ったように、現代ではフリーメーソンのような考え方をするのに、秘密結社に入会する必要はないので、集団や教会を必要としないのなら、私は、ユニテリアンの方が近いと思います。

◎[参考記事]解説 All In Your Name

どんな集団も移り変わっていくもので、もっとも基本的な教義であっても、集団を維持していくうちに、重要視するものも変わっていきますし、個人が信仰を深めていく中で、むしろ、教団に属することが邪魔になることもあるでしょう。マイケルが少年の頃に属していた教団を離れたのは、まさにそういった理由で、彼は豊富な読書や知識欲によって、教えられた信仰ではなく、自分で心の底から信じるものを探し続け、ひとりの人間としては稀なレベルにまで、信仰心を高めた。それは、周囲の評価から正しさを測っている現代のハリウッド・リベラルにはない「真実の光」をマイケルが放ち続ける理由でもあると思います。

成功と失脚の、天と地ほどの落差を耐え抜いたマイケルに、イエスの受難を感じる人は多いですが、その中の多くは、聖書の中のイエスにはないビジネス感覚を理解せず、音楽やダンスの天才だったと思う人は、モーツァルトの知性に興味がない人が多い。

2016年に出版され、マイケルとビジネス契約を結んでいながら、MJエステートに排除された朝堂院氏との関係からか、本書ではエステートの罪への言及もあるのですが、そういった部分も、モーツァルトのパトロンだったスヴィーテン男爵と比較するなど、これまでの真実追求本にはない視点が興味深いと思います。

新たな視点で、マイケルを見たい人には面白く読める物語かもしれません。

(フリーメーソンのとこ、長々と書きすぎたかな… )

目次
第1章 日本が支えたマイケルと、モーツァルトの告白
第2章 愛国者マイケルと、スヴィーテン男爵の野望
第3章 マイケルの著作権と、モーツァルトの対決
第4章 マイケルのツインソウルと、モーツァルトの死因
第5章 復帰を目指すマイケルと、モーツアルトの憂い
第6章 「This is it」と、レクイエム

◎Amazon『小説サムライ ー モーツァルトとマイケル・ジャクソン』
_________

(*1)シラーのオード/ウィル・ユー・ビー・ゼアの冒頭で歌われる、ベートーヴェンの交響曲第9番第4楽章の「歓喜の歌」と言われる部分は、1785年にシラーが書いた「自由」(Freiheit )の詩が使われていて、これは、フリーメイソンの理念を詩にし、フリーメイソンの儀式のために書かれたと言われている。マイケルが使用しているのは、その最後の部分。

Ihr stürzt nieder, Millionen?
Ahnest du den Schöpfer, Welt?
Such' ihn über'm Sternenzelt!
Über Sternen muß er wohnen.

ひざまずくか、諸人よ?
創造主を感じるか、世界よ
星空の上に神を求めよ
星の彼方に必ず神は住みたもう


(*2)



動画は著者の水沢氏が司会をされていることから選んだものです。


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by yomodalite | 2017-01-12 11:17 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)

マイケル・ジャクソン 人生を賭けた2秒間

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今年初めての読書メモなんですが、昨年は、読書本について、内容が良くてもそうでなくても書けないことが多くて・・。そんな積み残した分から、やっぱりマイケル関連書籍については何冊か記録しておこうと思います。

2015年に放送された『アナザーストーリーズ 運命の分岐点「マイケル・ジャクソン降臨」』をご覧になった方も多いと思いますが、本書はその書籍版。

インディアナ州ゲイリーで生まれ、ジャクソン5として、モータウンと契約するまでのPart 1。モータウンを離れ、ジャクソンズと改名、映画『ウィズ』に出演するなど、ソロアーティストとしての階段を上り始めるPart 2のあと、成功の分岐点となったムーンウォーク誕生の舞台裏に迫った番組内容を文章化したPart 3、そして、Part 4ではかつてないほどの栄光とスキャンダルに苦しめられ、THIS IS ITで復活を遂げるまでの軌跡が綴られているのですが、

様々な憶測が飛び交った死の原因、騒々しい報道が注目されただけの裁判も終わって落ち着いた頃(2016年9月発売)、厚み12ミリほどのコンパクトサイズにまとめられた物語は、歴史に刻まれたあの栄光の舞台裏(ステージでムーンウォークを披露するまでにかけた長い時間だけでなく、テレビ放送時は自ら編集に立ち会い、カメラワークまで指示した・・)が鮮やかに描写されているせいか、ビギナーファンはもちろん、マイケルに詳しいファンにとっても読み応えがあると思いました。

番組には納められなかったPart 4では、性的虐待疑惑のあと、オックスフォードスピーチが紹介されているのですが、「寝る前に子供に本を読み聞かせることの重要性」や、「自分が愛されていなくても親を許すように、呼びかけたこと」など、

本が読める人が少なく戦うことが推奨され、許すことを重要視しない文化の問題点を、子供と親の両方の立場から訴えた部分がピックアップされ、音楽活動を休止していた時期のことも陰謀のせいにするのではなく、子育てを重要視していたことも示唆し、生前のマイケルが贈ったという「クイーン・オブ・マイ・マート」の文字を娘のパリスがタトゥーにしたことなども記されています。

テレビ番組のナレーションのようにスムーズな読み物でありながら、マイケル自身が、「マイケル・ジャクソン」を創り出したという凄みを、これまで以上に表現されているように感じられ、2017年の時点では、もっとも「教科書」に相応しいマイケル本かもしれません。

下記は「はじめに」から省略して引用
成功者には、実は多くの共通項がある。一番目の条件は言わずと知れた「才能」である。しかし才能があってもそれだけで人は花開くとは限らない。その才能は発見されなければならない。それが2番目の条件、場所だ。多くの芸術家を生んだパリのカフェ、手塚治虫を始め錚々たる漫画家たちが住んだトキワ荘、ジョブズやゲイツがしのぎを削ったシリコンバレーなど、その時代を切り開く “才能” が集まる場所があり、そこから時代を揺るがすジャイアントが生まれる。
その意味において、ジャクソン5として幼い頃からモータウンの空気を浴びたマイケルは、まさに “正しい場所” を見つけたといえる。しかし、人が何かを極めるには、もうひとつ不可欠な条件がある。それは “野心” だ。
番組では、あの2秒間にこそマイケル誕生の秘密があると看破、その豪腕で企画として成立させた。見えてきたのは、マイケルの創作の隅々にまで発揮されたすさまじいまでのこだわり、そして天才ゆえの孤独だった。
謎のベールに包まれたキング・オブ・ポップ、マイケル・ジャクソンその偉大な足跡を知ることで、彼の “野心” に触れて欲しい。きっとその想いの深さこそが、彼を世界の頂点に押し上げたのだから。

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by yomodalite | 2017-01-05 19:30 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)

閲覧希望のメールをくださった方へ(2)

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お待たせしていた招待メールですが、明日(25日)に、メール送信します。

yomodaliteから、「・・・・の閲覧者に招待されました」というメールが届きますので、開封して、「招待に応じる」をクリックして、次の画面の「紹介メールを承認」をクリックすると、次ページに限定ブログのURLがありますので、ブックマークしてください。

このページが表示されるのは「一回きり」なので、ご注意くださいね。



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招待メールが届かない方で、コメントをくださったことがある、作業のお手伝いをしてくださる、どちらかの条件をクリアしている方は、承認基準が高かったんだ、などとは決して思わず、受信設定や、迷惑メールなどもチェックしてみてください。

また、招待した方が、承認したかどうかはこちらにもわかるので、一週間以上経っても「承認」されていない方には、再度ご連絡するようにします。



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PCページの右欄には、「このブログの読み方」があるので、そちらをご覧いただきたいのですが、モバイルでご覧になる方のために、少し説明させていただくと、新ブログのトップページは、4冊の本の目次ページで固定になっています(モバイルでは4冊+ごあいさつ)。通常のブログでは、更新された記事がトップになりますが、このブログでは、本のように上から順に読めるようにアップしていきますので、新しい記事は、目次ページのリンクから続きをお読みくださいませ。

25日にアップされているのは、「ごあいさつ」と『Private〜』の「はじめに」です。この本が終了してから、現在、何人かの方にお手伝いしていただいている次の本をアップします。






ちなみに、、、

この2冊を紹介しようと思ったのは、これが特別素晴らしい内容だから、とか、ここに書かれていることが真実だと思っているわけではなく、時折、マイケルの声が聞こえるような気がした。というだけで、ほのぼのするようなところもあれば、胸が締め付けられることもあると思いますが、私は、マルティネリのアップルジュースが再び来てるところですw



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みんなも半分ぐらい飲んだところで、炭酸で薄めるよね?  




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by yomodalite | 2016-06-24 07:00 | マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)

閲覧希望のメールをくださった方へ(1)

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閲覧希望のメールをくださった方、個別に返信できないうえに、招待メールもお待たせしちゃっていてスミマセン(汗

お手伝いを申し出てくださった方への返信で手一杯で、「お知らせ」を書いたときは、メールを頂いた方から順に「招待メール」をお出ししようと思っていたのですが、色々と考えた結果、新しい本のイントロ部分をアップしてから、一斉にメールしたいと思います。

期日はまだ決めていないのですが、今月中には・・と考えています。

6月の雨の煩わしさが、中居君の歌によって、美しい「Memory」へと変わったという人も多いと思いますが、限定ブログは、特に「追悼」を考えてのことではなく、たまたま、そういう時期になってしまっただけなんですが、、

この季節に、新たな人との出会いがあったことはマイケルに感謝したいと思っています。






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by yomodalite | 2016-06-01 06:00 | マイケルジャクソン書籍

「マイケル・ジャクソン対話集」リニューアル!

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[2016.10.15 追記:限定ブログの閲覧希望は締め切らせていただきました]

「マイケル・ジャクソン対話集」は、

・Honoring the Child Spirit

・The Michael Jackson Tapes

の2冊に、

・Private Conversations in Neverland with MJ

・Remember the Time:Protecting MJ in His Final Days


さらに上記2冊の本加えてリニューアルします。


◎読みたいという方へ

これまでに、このブログや、「マイケル・ジャクソン対話集」のスタッフブログなどにコメントをしたことがあるという方のみの「限定公開」とさせていただきます。

ハンドルネーム(コメントのときに使用したニックネーム)とブログへの感想など、簡単なメッセージを添えて、yomodalite☆excite.co.jp (☆ → @)まで、メルアドをお知らせください。yomodalite から「閲覧者に招待されました」というメールが届きます。

閲覧には、Google アカウントが必要ですが、お知らせいただくメルアドは、gmailアドレスでなくてもかまいません。また、読者は、他の読者の情報はわかりません。読者のメルアドはブログの管理人(1名)が管理しています。メルアドを流用することは絶対にありませんが、スタッフがお知らせしたいことがある場合は、メールをお送りするようなこともあるかもしれないということをご了承ください。


◎はじめまして。という方の場合(2016.5.23以降のコメントはこちらになります)

メールで、簡単ではない自己紹介(ブログや使用しているSNSがあれば、そちらも)と、このブログへの感想をお書きいただいた上で、下記の作業のお手伝いをしてくださるという方に限らさせていただきます。

スタッフ間では、本からスキャンしたテキストを使用しています。ただ、スキャン精度が低いせいで、文字化けの頻度が高く、オリジナルの原稿に修正するのに大変手間ががかかっています。この作業を分担してください。

・英語力はまったく必要ありません。

・お送りするテキストファイルを原文と照らし合わせ、テキストを修正してください。

・ご応募いただいた方には、試しに文字化け原稿を数ページ分お送りしますので、携帯以外のメルアドをお知らせください。

・本はご自身でご購入ください
(本の購入はお申し出のあと、こちらからの返信後にお願いします)

9.26追記:募集は終了しました。


◎関連記事



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by yomodalite | 2016-05-23 07:00 | マイケルジャクソン書籍

『The Michael Jackson Tapes』終了

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『The Michael Jackson Tapes』は、明日で翻訳完了。

マイケルの会話がなくなった時点で、終了してた。と思う人がほとんどだとは思いますが、シュムリーの「謝辞」と、翻訳監修者childspirits先生の「あとがき」で、本当に終了です。

シュムリーのあとがきまでガマンして読んでくださった方も、彼のあまりのしつこさに「いいかげんにしろ!」と思われた方も多かったでしょう。

マイケルが旅立ってから、彼を救いたいと思っていた大勢の人は、誰もが彼を救うことができなかったと言い、誰もがそれを、自分とは別の取り巻きのせいにしました。

でも、マイケルを救うってどういうことなんでしょう?

彼は、イエスが言ったように

「自分の目の中の〈丸太〉に気がつかないのに、なぜ、人の目についた〈おが屑〉が気になるのか。自分の目の中の丸太で物が見えなくなっているのに、どうして、人に「あなたの目から〈塵〉を取り除く手助けをしよう」などと言えるのか。(→ 山上の説教)

と思っていたのではないでしょうか。

シュムリーは、取り巻きだけではなくマイケル自身に責任があり、とりわけ、幼い子供を残して去ったことを厳しく責め、自分の子供だけでなく、世界中の子供を救いたいという彼の夢をメシア・コンプレックスだと非難しました。

でも、マイケルについて書かれた数多くの本の中で、著者の内面や脳が割れるような体験とともに書かれた本は、シュムリーのこの本だけではなかったか。と、私は思います。私の方がもっともっと悲しんだ、と思う人は大勢いると思いますし、私自身、流した涙の量では余裕で勝っている気もしますが・・・それでも、人生をかけた仕事や、9人の子供をもつ父親としても、そのアイデンティティのすべてにおいて、本当に心を揺さぶられ、激しい葛藤の中で書かれた本は、この本以外にはないように思います。

人を導くラビとして、ようやく成功の果実を手にいれられそうになっていたとき、突如現れたピーターパンとの出会いと別れ・・・

そんな風に感じるのは、私だけかもしれませんが・・・シュムリーは「謝辞」でも、マイケルにありがとう。と言っていて、私はその言葉だけは100%信じています。



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by yomodalite | 2016-03-25 10:03 | マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)

テレサ・イン・ネバーランド/テレサ・J・ゴンサルベス

マイケル・ジャクソンに捧ぐ テレサ・イン・ネバーランド

テレサ・J・ゴンサルベス/三才ブックス




日本では2010年に出版された本ですが、ようやく読了(原著は2009年に出版された『Remember Times』)。

著者は12歳からマイケルのファンで、16歳で彼に会い、ゴシップ雑誌ではビリージーンのモデルとして報道された人物。

私は「マイケル・ジャクソン書籍」に関しては、選り好みせず、すべて読みたい方で、それでつまらないと思ったこともないのですが、この本は想像していた以上に楽しめました(私にとっては、光も闇も、彼にまつわる何もかもがキラキラしているように見えるからでしょうかw)。

調査方法や資料の読み解きなど、著者の「真実の扱い方」についても、普段はかなり気にする方ですが、「恋愛」についてなら、そういったことはどうでもいいです。だって、もし、私の元彼が、私について語ったとしたら、私が思ってもみなかったようなことを言うだろうし、私も同じだと思うから。

マイケルに恋し、彼と同じ時を過ごした女性は数えきれないほど大勢いても、それを「恋愛物語」として出版できるほど文才に恵まれ、作家性があったひとは希少でしょう。

おそらく、彼女は12歳でマイケルに手紙を書きはじめたときから「作家」で、それは、マイケルが少年時から「パフォーマー」だったことに少し似ていると思う。彼が初恋の相手がテイタム・オニールで、ブルック・シールズとは真剣な恋愛だったと自伝に記し、数々のラブソングに虚実を織り交ぜたように。

(引用開始)

私がこの本を書こうと決めたのは、マイケル・ジャクソンと私の交際を知って欲しいと思ったからです。1000万人の読者をもつ米国のセレブ誌『スター・マガジン』、ランディ・タラボレッリ著の『ザ・マジック・アンド・ザ・マッドネス』などが、私たちの付き合いを記事にし、米国のケーブルテレビ・チャンネルVH1は、私たちの交際を放送しました。しかし、内容は、公表されてもかまわないと私たちが判断したことに限られていました。しかも、報道機関一流の語り口のお話でした。いま、私は、自分の流儀で、自ら真実を語りたいと思います。

(引用終了)

タラボレッリ本は、以前、日本で出版された古い版のものを持っていて、彼女についてのエピソードは旧版にも書かれていたことだとは思うんだけど、どういう記述だったかについては、確認する気にならない(どーでもいいからw)。同様に、スターマガジンの記事について調べるのも面倒くさいw。(本書の記述では、スターマガジンの見出しは、「マイケル・ジャクソンの人生のほんもののビリー・ジーンと彼女の赤ちゃん」。彼女はMJと付き合いがない時代に生まれた次男に、スペルは違うものの“マイケル”と名づけている。)

著者のサイトのバイオグラフィーによれば、


本書は、彼女が書いたMJ本の2冊目で、最初に書かれた本が、『OBSESSIONS – the shocking true story of the Real Billie Jean in Michael Jackson’s life』。だから、彼女の語る「真実のビリージーン物語」は、前書の方が詳しく書かれているのかもしれません。

最後に、本書の中で、私が印象に残った箇所を少しだけ紹介しようと思って書きはじめたのですが、やっぱり止めておきます。厚み1センチの薄い本ですしね。

私は図書館本で読んだのですが、読了後、買ってもいいかなと思いました。

なぜだか自分でもわかりませんが…w


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著者(たかの友梨似w)



Michael Jackson's Dangerous (33 1/3)

とか、

Otherness and Power : Michael Jackson and His Media Critics

とか、、翻訳本出ればいいのになぁ。。


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by yomodalite | 2015-01-06 17:53 | マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)

「マイケル・ジャクソン対話集」について

追記:現在、「マイケル・ジャクソン対話集」は、リニューアルのため「非公開」になっており、今後は、別サイトで「限定公開」になります。

アクセスの仕方については、こちらをお読みください。

__________
 

「マイケル・ジャクソン対話集」という別ブログで、マイケルと、ユダヤ教のラビ、シュムリー・ボアテック氏との対談を元にした2冊の本、『The Michael Jackson Tapes』(通称:MJTapes)と、『Honoring the Child Spirit』の全訳を公開しています。


2冊の本はともに、シュムリーとMJの蜜月期だった2000年前後の約2年間の会話を元に構成された本です。『MJTapes』は、マイケルの死後まもなく出版され、その内容がスキャンダルに報道されたこともあり、批判も多くみられる著書ですが、マイケルが商業誌では決して語らなかった様々な内容、特に、自身の内面に関して、これまでになく語っている唯一の著書であり、また、いわゆる「マイケル名言」には、この2冊からの内容を加工して紹介しているものもかなり多くあります。ここでは、2冊目の『Honoring the Child Spirit』を先に、あとから『MJTapes』を公開しました。

また、当ブログの「マイケル・ジャクソン対話集」のタグには、ここまでの経緯や、翻訳者との会話を収録しています。



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by yomodalite | 2014-06-28 10:45 | マイケルジャクソン書籍

『MICHAEL JACKSON, INC.』のメモ

MICHAEL JACKSON, INC. マイケル・ジャクソン帝国の栄光と転落、そして復活へ

ザック・オマリー・グリーンバーグ/CCCメディアハウス

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☆MICHAEL JACKSON, INC./ザック・オマリー・ グリーンバーグ(著)のつづき

下記は、本書からの個人的なメモで、その章のメイン内容とは異なる場合が多く、
省略して転載しています。

Chapter 1「鉄鋼の街の夢」Steeltown Dreaming

インディアナ州ゲイリーにあるジャクソンストリートは、庭師のいる家が建ち並ぶような場所ではない。轍のついたアスフアルト沿いに、人の住んでいる家と無人の家とが混在する通りだ。数軒しかない住人のいる家には頑丈な扉がつき、庭の草は伸び放題になっている。一方で、窓が目張りされたり割られたり、あるいは屋根が崩れかかっているのは空き家の証拠だ。
 
ジャクソンストリート2300番地にあるマイケル・ジャクソンの生家は、そのどちらにもあてはまらない。11人の大家族を抱え込んでいた家というよりは、巨大なモノポリーの駒のような平たい箱に見える。夏の日曜日の夕暮れ時、その家の前の小さな庭を、だぶだぶの黒のジーンズにデュムのベストという格好の中年男が歩き回り、わずかに散った落ち葉を丁寧に掃き集めては私道に置いたどみ袋へ入れている。
 
家のまわりは頑丈な鉄柵で囲われていて、柵棒にはバラやキャンドル、テディベアが引っかけられている。マイケルの死を悼んで世界中から訪れた人々の置いていったものが、どんどんたまっているのだ。

幼いキング・オブ・ボッブがこの家で実際に暮らしていたころ、キース・ジャクソン(マイケルのいとこ)はまだよちよち歩きの赤ん坊だった。にもかかわらず、1965年に起こったことはすべて、まるで先週の火曜日のことのように覚えていると言い張る。キースは小さいころのマイケルの別の顔についても教えてくれた。音楽の神童ぶりとはあまり関係がないので、注目されてこなかった一面だ。

「マイケルはすごく賢かったよ。エンターティナーだっただけじゃなくて、間違いなく、すごいビジネスマンでもあったんだ」


Chapter 2「モータウン大学」Motown University

音楽ビジネスの手本とするのに、ベリー・ゴーディ以上にふさわしい人間はそう多くない。元ボクサーのゴーディは、1960年にモータウンレコードを設立し、音楽業界で一時代を築いた。設立から12年後、デトロイトからロサンゼルスヘ社屋を移転すると、モータウンの勢いは増し、それまで以上に広く深く、エンターテインメント業界全体へ食い込んでいった。そして88年、マイケル・ジャクソン、ダイアナ・ロス、スティーヴィー・ワンダーら無数のアーティストを巣立たせたのち、ゴーディは6100万ドルで会社を売却した。

「マイケルは、私の一挙手一役足を見つめていた」。ゴーディは言い、姿勢を崩す。「多少は落ち着かなかったよ。別のほうを向いて、しばらくして向きなおってみたら、マイケルが私の動きをひとつ残らず観察しているんだからな」
 
ひと呼吸を置いて「すべてをだよ、君」と続ける。「理由はさっぱりだが。。あの子はとにかく私に注目していた。他のみんなが遊んでいるのに、マイケルはこちらに顔を向けて、私をじっと見ている。あのころは、いつもあの子に見られているような感じがしたものだ」

マイケルは、作詞・作曲がもたらす金銭的価値も、着実に理解し始めていた。マイケルが若くして学び取っていたとおり、楽曲には主にふたつの収入源がある。マスター音源と著作権だ。マスター音源は曲を録音したもので、商品はすべてそこからコピーされて生み出される。マスター販は普通レコード会社が所有し、アーティストにはCDやテープ、レコード、ダウンロード配信といった形でコピーが売れるたびに印税(通常は販売価格の10~15%)が支払われる。一方で、著作権は作詞と作曲に伴う権利だ。

音楽出版の考え方は、今では大きく発展している。あるラップの曲を例に考えてみよう。この曲から印税を得る権利を持つのは、作詞をしたラッパーと、シンセサイザーを使って作曲をした作曲家だけだ。CDが売れれば、アーティストにも印税が入ってくる。ところが、曲がアメリカのラジオで流された場合、印税は作詞家と作曲家にしか入らない(もっとも、この慣行は変わりつつある)。使用許諾を得た映画やテレビで曲が使われたり、他のアーティストにカバーされたりしたときも、お金が入ってくるのはそちらだけだ。

ポップミュージシャンの多くは自分で曲を作ることがないため、それに付随する収入を得られない。曲作りをするミュージシャンもいるにはいるが、ほとんどが権利を音楽出版社に譲り渡し、曲から得られる利益は会社と分け合っている。そもそも権利を譲渡しなかったか、あとで買い戻した一部のミュージシャンだけが著作権を100%保有し、音楽出版社にわずかな手数料(5~20%)を支払うだけで、自分たちの作品が生み出し続ける現金を確保している。同様にマスター音源も、レコード会社の手から引き離すのは難しい。マイケル・ジャクソンは、のちにその両方を成し遂げた稀有なアーティストのひとりだ。ベリー・ゴーディは言う。

「マイケルは音楽出版の仕組みに興味を持っていた。これは何、あれは何、というように……まあ、とにかく知りたがりだったよ」


Chapter 3「大きな飛躍」Epic Changes

イェトニコフには、今も忘れられない光景がある。エンシノにあるジャクソンー家の豪邸を訪れたときのこと、若きマイケルが、ライブやレコードに関する契約書を読み込んでは、ページの余白にメモをしていたのだ。「まるで弁護士みたいだったよ」とイェトニコフは振り返る。「読んで、読み込んで、そして横にメモをする…代わりにやってくれる弁護士はいたはずだが、マイケルは自分で読んで、気になるところを書き出しておきたかったんだ。そうやってマイケルは、自分の活動について理解していたんだろう」

インタビューを切り上げる前に、もうひとつ新しい話題に触れてくれた。マイケル・ジャクソンという人間の多面性だ。イェトニコフは、マイケルがキャリアを重ねるなかで、時に相反する側面をのぞかせるところを直接目にしてきた人物なのだ。
 
「俺にとってはごく簡単なことだよ」。元CBS社長は答えた。「マイケルのなかには、いろいろな面が共存していたんだ。子どもっぽくて情にほだされやすいところもあれば、抜け目ないところもある……抜け目ないビジネスマンなところもね」そしてこう続けた。
 
「ひとりの人間にそういう異なる顔があるのは不思議なことじゃない。まあ、たしかに『そんなこと別に気にしない』と言うのは俺ぐらいかもしれん。だが、気にするかしないかは別として、おかしなことではないはずだ」


Chapter 4「帝国の誕生」Empire Building

彼のサングラスは、単なるファッションではなかった。「マイケルは会議のときもサングラスをしていた」。そう話すのは、80年代初頭からマイケルの下で働き始めたカレン・ラングフオードだ。「そうされると、彼がどのくらい会議に集中しているか、こっちにはわからない……でもあとになって意見をもらうと、実際はものすごく集中して人の話を聞いていたことがわかるのよ。サングラスをかけてじっと座っているのは、すべてを取り込むため。それがマイケルのやり方だった……彼にとっては世界のすべてが教室で、あの人はすべてを知りたがった」


Chapter 5「モンスターにキス」Kissing the Monster

かつて「DJにラジオで曲をかけてもらう」ことと同義だった宣伝活動は、80年代初頭になると、それよりもけるかに重要な意味を持つものに変わっていた。《Thriller》を王道ボッブのアルバムとして完全にブレイクさせるために、イェトニコフは、どうしてもMTVでミュージックビデオを流す必要があった。ケーブルテレビネットワークのMTVは81年8月に放送が始まったばかりだったが、ほぼ1年のうちに、契約局は当初の300から2000へ、契約家庭は250万から1700万へと急拡大していた。音楽産業が70年代の低迷を抜け出し、83年に年5%の成長を見せるようになっていたのは、MTVのおかげで露出が急増したことが理由のひとつだった。
 
「すべてが始まった1956年以来、ロックンロールとテレビは決して相容れない時代が続いた」。ローリングストーンズのキース・リチャーズは、タイム誌のインタビューでそう語っている。「ところが、あるときいきなり両者は結婚し、どうやっても切り離せない仲になった」
 
マイケルはこの潮流に来ろうと、《Thriller》では当初からミュージックビデオを3本作る計画を立てていた。MTVの上層部は「マイケルのビデオはロックではない。うちで流すのはロックだけだし、視聴者が求めているのもそれだけだ」と言い張った。その言葉には言外に「白人の」という前提が含まれていた。

25歳までに、マイケルは地上で最も裕福なエンターテイナーのひとりとなり、83年には4300万ドル、84年には9100万ドルの収入を得た。金銭的成功に見合うだけの称賛が《Thriller》に寄せられ、グラミー賞でも12部門にノミネートされた。ところがマイケルは、その栄光をひとり占めしたがった。たとえ一緒にアルバムを作った仲間を蔑ろにすることになっても。ロサンゼルスで授賞式が行われる前夜、イェトニコフのもとにマイケルから電話があった。
 
「僕はグラミーをたくさん獲るだろうけど、クインシーもたくさん獲るよね」とマイケルは言った。「だけど、製作者賞にクインシーがノミネートされているのは納得がいかない。僕が作ったんだから」「マイケル、頭でもおかしくなったのか」「おかしくなんかないよ。主催者のところへ行って、クインシーのノミネートを取り下げるように言ってよ。製作者賞は、僕だけのものにしたいんだ」「マイケル、そんなことは不可能だ。できるわけがない。まず、もう遅すぎる。次に、これはテレビ番組で、この段階で俺がどう働きかけようと向こうは相手にしない。ここはクインシーの街で、俺の街じゃないんだ。今さらどうにもならないし、彼らがクインシーより俺の言い分を優先するはずがない。それに何より、俺も見てきたんだ。クインシーがくそったれのこのレコードを作るところを!あいつがつまみを回したりだなんだとするところを!馬鹿も休み休み言え。できるわけがないじゃないか」
 
イェトニコフの自伝によれば、元CBS社長は最後に「いいかマイケル、気に入らなかろうがなんだろうが、グラミーには出席しろ。そして満足しているふりをするんだ」と言って話を打ち切ったという。


Chapter 6「勝利のビジネス」The Buisiness of Victory

マイケルは約束どおり、このツアーで得た自分の取り分をT・J・マーテル基金や黒人大学基金連合などいくつかの団体に寄付した。その金額は合わせて600万ドル。もっとも、マイケルは半年という時間をかけて行ったツアーを手ぶらで終わらせるつもりは毛頭なかった。84年の夏、国内各地を回っていたマイケルは、ミュージックビデオのなかで自分が見せたファッションの多くが、ツアーに集まった何百万という人々に影響を与えていることに気がつく。だが、偽の「スリラージャケット」で儲けているのは、まったくの第三者だ。そこでマイケルと側近たちは集まって計画を練った。縁もゆかりもない業者に模逸品で儲けさせるくらいなら、本物を提供してはどうか? 「マイケルには絶対的な統率力と価値観があった」とサリヴァンは話す。「このビジネスは彼なしでは生まれなかったよ」そして84年、マイケル・ジャクソンは自身のブランドを持つ最初のミュージシャンとなった。


Chapter 7「ビートルズを買う」Buying the Beatles

長年にわたりマイケルと仕事をしたカレン・ラングフォードは、このころ、あらゆる年代の名曲のうちどの版権を購入すべきかをマイケルとじっくり話し合ったと話す(彼はとりわけビートルズやプレスリー、レイ・チャールズの名を口にしていた)。「彼は版権の分野で世界一になりたかったのよ」とラングフォードは語る。「そして…それが版権のことであれ、他のことであれ、とにかく目標は一番になること、ナンバーワンの地位を得ることだった。一番の大物、その道の第一人者になることがね」
 
マイケルはスライ&ザ・ファミリー・ストーンの全楽曲の半数にあたる版権を25万ドルでロバーツから買い取った。残り半分は、当時マイケル自身の曲も管理していたワーナーミュージックの出服部が所有している。これに目をつけたブランカは、ワーナーの取締役レス・ビーダーに話を持ちかけた。「残り半分を購入したいんです」とブランカは申し出た。「どうしてわが社が売却すると思うんだね?」「まあ、もしも(マイケルとの)契約を更新したいなら……」ワーナーがMijacミュージックの管理を続行するという条件で、ビーダーは残り半分の楽曲を25万ドルでマイケルに売却した。これでマイケルは、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの全楽曲に50万ドルを支払ったことになるが、その直後にステイタスクォーによるカバー曲がUKチャートの1位になったため、この出費は早い段階で回収できた。
 
マイケルは、購入する楽曲にかなりのこだわりを見せた。クリス・クリストファーソンのヒット曲《Help Me Make lt Through the Night》の売却話を持ちかけられたこともあるが、購入はしていない。彼にはそこまでの価値は見出せなかったということだ。

彼が何よりも望んでいたのは、ベリー・ゴーディが運営する音楽出版社ジョービットが持つ版権だ。この会社は、ジャクソン5を含むモータウンレコードのほとんどのヒット曲を所有していた。あるときマイケルは「魅力的な」金額を提示してきた、とゴーディは話す。だがまだ売却の段階にないと考えたゴーディはこれを断り、97年になって、ジョービットが所有する版権の半数をEMIに1億3200万ドルで売却している。ゴーディの著作権管理のやり方を見ているうちに、マイケルのなかの何かに火がついた。「マイケルは夢中になっていた」とゴーディは語る。「そして、もっとでかいことをやりたいという気持ちに駆り立てられたのさ」


Chapter 8「星々とのダンス」Dancing with the Star

レモランデ(『キャプテンEO』の脚本・プロデューサー)は『キャプテンEO』製作の初期段階に、マイケルがこの役に、そして映画業界というものに強い関心を寄せている理由を知ることになる。
 
「映画製作はマイケルの人生において最優先されるべきものだった。それもそのはずさ」とレモランデは言う。「彼はミュージックビデオ界を制した。言ってみれば、彼が創り上げたようなものだ。彼はポップミュージックを制し、ダンスと振り付けの分野でもその力を見せつけた。あとは何か残されていると思う?」

「緊張して突っ立っていたんだ」とマイケル・ブッシュは回想する。「暗いなか、マイケル・ジャクソンが少し離れたところにいるのがわかった。そしてふたりは話を始め、やがて話題は音楽のことに移る。パッツィー・クライン[訳注:60年代初めに活躍したカントリーミュージック歌手]が好きなんだ、とブッシュは言った。そのときマイケルはこの歌手のことをよく知らないようだったが、翌日には『キャプテンEO』のセットでクラインの歌を口ずさんでおり、彼女がいつ、どのように亡くなったのかも知っていた。
 
「一体どこにそんな時聞があるんだ?』と思ったよ」とブッシュは話す。「グーグルを使ったわけじゃない。当時はそんなものなかったからね。マイケルは僕とコミュニケーションをとるために自分で調べたんだ……どんなに忙しいときでも、撮影が間近に控えているときですら、そうやって僕をリラックスさせてくれたんだ」


Chapter 9「成功の光と影」Good and Bad

同年、マイケルは伝説の興行主P・T・バーナムの伝記をディレオとブランカに渡し、こう言っていた。「偉人に学んで、より成長するんだ」

85年にチャリティソング〈We Are the World)をライオネル・リッチーと共作したあと(この曲のレコーディングにはブルース・スプリングスティーン、レイ・チャールズ、ダイアナ・ロス、ビリー・ジョエルなども参加した)、マイケルは忽然と姿を消したと言えるだろう。その年は賞絡みのステージやインタビューも受けていないし、公の場にも現れていない。

その一方で、彼は再登場の最高の演出をディレオとともに、そしてレヴィンのひそかな力添えのもと考えていた。そのときの案をマイケルが書きとめた未公開のメモがあり、なかにはこんなタイトルがつけられたものもあったーー「ビジネスと秘密主義に開する覚え書き」。

計画では、マイケルは86年9月に再び人前に登場することになっていた。バーナムのやり方にヒントを得た電撃キャンペーンを仕掛け、その勢いに乗ってニューアルバムの発売につなげようとしたのだ。『Humbug』のなかのバーナム像に、当時のマイケルは共通点を見出していたのかもしれない。つまり「知性とエネルギーにあふれ、家族を大切にする愛情深い男、そして禁酒家」という点だ。そしてふたりとも「聴衆を魅了する卓越した手腕」を駆使していた。


Chapter 10「ネバーランドへ」Off to Neverland

マイケルは5回目となるMTVビデオミュージックアワードヘの出演依頼を受けていた。長年にわたるメディアでの功績を称えるビデオ・ヴァンガード賞を受け取るためだ(のちにこの賞は「マイケル・ジャクソン・ビデオ・ヴァンガード賞」と改称された)。マイケルは条件つきで出演を承諾する。MTVネットワークの影響力のあるDJすべてが彼の愛称として「キング・オブ・ポップ」だけを使用するよう上層部に要求したのだ。

ロード(長兄ジャッキーが、当時リトル・マイケルと呼んでいた少年歌手)にとって何よりも印象深いのは、エンターティナーを目指すまだ8歳の少年にマイケルが与えたアドバイスだ。曲作りや観衆を魅了する方法ではなく、ビジネスの話から始めたという。「(自分の作品の)所有権を得て初めて価値が発生するんだ」とマイケルは言い、知的財産だけでなく形ある商品についても、このころ用いていた哲学で説明した。「所有すればそれは君のものだ。永遠に。そして君の子どもや家族にあげることもできる。財産はそうやって築いていくんだよ」


Chapter 12「危険な冒険」Dangerous Ventures

91年3月、マイケルはソニーミュージックと新たな契約を結んだ。ソニーはレコードー枚につきマイケルに500万ドルの前払金と売上印税25%を支払い、彼が新しく立ち上げたレコードレーベルに利益を分配する、というものだ。また、ソニーはこの新レーベルと新たなア圭アィストだちとの契約を期待しており、契約が成立した場合にはその見返りとして400万ドルがマイケルに支払われる。加えて彼は新レーベルの運営費用として年間100万ドル、維持費220万ドルを受け取ることになった。
 
さらに、この契約はマイケルとマネージャーのサンディ・ガリンが組んで以来ずっと目指していたハリウッドヘの扉を開くことになる。契約には出演料500万ドルで「ミュージカル・アクション・アドベンチャー」映画に出演する、という条項が含まれていたのだ。ロサンゼルスタイムズ紙はこの契約を「ひとりのエンターテイナーが結ぶ契約としては最大規模」だと大きく取り上げ、この契約によってマイケル・ジャクソンは何億ドルもの収入を得るだろう、と予測した。
 
「マイケルはすべてにおいて、質的にも量的にも『もっと、もっと、もっと』なんだ」とガリンは言う。「満足するってことがない。もし最初の週にレコードが300万枚売れれば、350万枚売れなきやいけなかったって言う。しかもナンバーワンをとれなきや絶対に納得も喜びもしないんだよ」


Chapter 13「歴史の教訓」History Lesson

チャンドラーとの和解が成立したあと、マイケルはその一件は忘れるつもりでロサンゼルスに戻った。少なくともブランカの目には、マイケルと車でビバリーヒルズに向かう道中、そう映った。ふたりはコールドウオーターキャニオンパークを見下ろす崖に立つ、2軒並びの邸宅を見にいくところだった。
 
「これはそのうち “再臨” と呼ばれることになるよ」。丘を上り始めた車の中で、マイケルはそう言った。

「さあ、あの家を見に行こう!」数か月前、リハビリ施設に到着したときのマイケルとは別人のようだった。絶望が怒りに変わり、それがモチベーションとなったのだ。「追いつめられている感じではなかった」。ブランカはそう振り返る。「本気で怒っていたんだと思う」マイケルが怒りを感じる理由はいくらでもあった。最大級に悪質とされる犯罪で告発されたのだ。その結果、パフオーマーとしてもビジネスマンとしても、キャリアが頓挫してしまった。マイケルの相談役のなかには、帝国の重要資産の売却を勧める者もいた。だがブランカは、マイケル・ジャクソンINCにはもっと良い道があると信じていた。


Chapter 14「無敵?」Invincible?

ソニーはこのアルバムが失敗することを望んでいると、マイケルは考えていたようだ。もし資金繰りが悪化すれば、ソニー/ATVの持ち分を担保にバンク・オブ・アメリカから借りている2億ドルの返済が滞ってしまう。そこで02年7月、マイケルはニューヨークに行き、レーベルヘの不満を公表することにした。ハーレムで聞かれたアル・シャープトンとの記者会見の席で、若いころに音楽ビジネスにおける黒人アーティストの窮状を知り、大人になってからはそれを回避しようとあがいてきた道のりを語ったのだ。

マイケルの攻撃からほどなくして、アル・シャープトンは、自分はモットーラが人種差別者だとは思っていないし、マイケルが何を言うつもりなのか事前には知らなかったと公の場で発言した。同じころマイケルのもとに、報道で発言を知ったベリー・ゴーディから電話がかかってきた。モータウン創設者はマイケルに、「人種という切り札」を使うべきではない、それは二度とやってはいけないと助言した。
 
「我々はこれまで一度もその方法はとらなかった」とゴーディはかつての教え子に説明した。「音楽はみんなのもので、肌の色は関係ない、というのが我々の信念だ。だから、そんな手は使えないし、特に君はダメだ。だって、これまで人種を意識してやってきたわけじゃないだろう。今は腹が立って、つらい気分になっているだけだ。よく考えてみろ」
 
「あなたの言うとおりだ」とマイケルは答えた。「よく考えなくてもわかる……電話をくれて本当によかった」マイケルはゴーディに、二度と同じことはしないと約束した。


Chapter 15「浪費の王」The Prodigal King

バーレーンにいる間に、ジャクソンは新たな国際訴訟を起こされた。今回は民事訴訟で、膨らみ続ける債務に対してマイケルが前年に立て直しを試みた際の未払い金から生じたものだった。児童虐待の裁判中、マイケルの現金は出ていく一方で、収入は最盛斯の足元にも及ばなかった。生活スタイルを維持するため、マイケルはソニー/ATVの版権の自分の持ち分を担保に借金を続けた。その結果、05年末までに2億7000万ドルもの大金をバンク・オブ・アメリカに返さなければ、担保を失うかもしれないところまで来ていた。
 
マイケルがその解決策を求めたことで、事態はめまぐるしい速さで展開していった。弟のランディがマイケルに、カリフオルニアを拠点とする会計士ドナルド・ステーブラーを紹介すると、ステーブラーはプレサント・アクイジションという金融会社を紹介し、その会社がマイケルに、ディストレス債権[訳注:経営破綻した企業に対する債権]を専門とする企業再生ファンド、フォートレス・インベストメントグループを紹介した。最初の話では、フォートレスが5億7300万ドルという資金を用意して、合弁事業のソニーの持ち分を買い取り、なおかつマイケルの持ち分を担保としたローンを返済することになっていた。そこから、マイケルが流動資産の危機を切り抜けるための数百万ドルも残る計算だった。それと同時期に、マイケルは富豪のロン・バークルにも助言を求めていた。


Chapter 16「ディス・イズ・イット」This Is It

「何が起こっているのかわからない」とマイケルはバラックに言った。「突然、ネバーランドは金曜に抵当流れになると言われてしまったんだ」この日は月曜だった。マイケルは1時開15分にわたって、自分の財務状況をできるかぎり説明した。バラックが話を聞いている間、マイケルは「クールエイド[訳注:粉末ジュース」を飲んでいた」という。

バラックはマイケルの「聡明な、信じがたいほどの理性」に驚いた。意識は冴えわたっているように見え、薬物の使用をうかがわせるところはなかった。だが、「マイケルが処方薬の問題を抱えていることは誰もが知っていた」とバラックは言う。それでもバラックは魅了され、マイケルを助けようと決めた。


Chapter 17「死後の成功」Postmortem Payday

その知らせは、2009年6月25日の昼間から少しずつ伝わり始めたーー

「今日はインターネット史に大きな影響を与える一日だった」。AOLの代理人は声明のなかでそう言っている。「範囲においても規模においても、これほどのことは初めてだ」。フォーブス誌では編集室の全員がそのときしていた仕事を中断し、マイケルの死が財務面に与える影響について記事を書き始めた。(転載終了)


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by yomodalite | 2014-06-23 08:34 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)

MICHAEL JACKSON, INC./ザック・オマリー・ グリーンバーグ

MICHAEL JACKSON, INC. 

マイケル・ジャクソン帝国の栄光と転落、そして復活へ

ザック・オマリー・ グリーンバーグ/CCCメディアハウス



日本×ギリシャ戦が終了し、監督や選手たちが空ろな表情でインタヴューに答えているとき、この本が届いて、観終わったばかりの試合結果を払拭するかのように、猛スピードで読みました。
 
著者は、エール大学を卒業し、フォーブス紙でシニアエディターを努めているということから、これまでの陰謀論好きのファンに向けた「マイケルの周囲は金の亡者ばかりで、彼はその被害者」というような展開ではなく、MJ自身が行なってきた様々な取引について語られていると期待していたのですが、

著者の経歴には他にも注目すべきところがあって、

雑誌フォーブスで記事を書くうち、私はマイケル・ジャクソンの死後の事業の巨大さ、そしてマイケルが生前に集め、育んだ資産の裏にある物語の魅力を実感するようになった。マイケルの偉業の数々は、単に敏腕弁護士たちがいたから達成されたのではなく、多くはマイケル自身の知性と直感があってこそのものだった。それを理解したとき、私の頭に『Michael Jackson lnc.』のアイデアが浮かんだ。
 
私のデビュー作『Empire State of Mind』は、音楽ビジネスの成功者と広く称えられるジェイ・Zのビジネスに焦点を当てた伝記だ。マイケルに対しても、同じ角度からアプローチできるのはわかっていた。しかし同時に、私はこれまでにない視点でマイケルを捉えていた。というのは、私は短い間ながら子役をやっていたことがあるのだ。少年時代のマイケルが昧わった痛みと重圧の2枚組アルバムに比べれば、私の体験を構成するのは単音ひとつきりかもしれない。それでも、華々しく、過酷で、現実離れしたショービジネスの世界の雰囲気は昧わってきたつもりだ。(序章より)

という著者は、かつて子役として、
あの映画『ロレンツォのオイル』で少年ロレンツォを演じていたんですね。

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あの少年が、実業家としてのMJの飛躍を目の当たりにしてきた100人以上の人にインタヴューして本を書くことになるとは、不思議なめぐりあわせを感じなくもないんですが、

読了後の率直な感想としては、思ったほど「ビジネス書」ではなかったです。

自分で「スリラー」の頃のことを書いているときに、エビデンスとなるようなデータが得られなかったので、著者の書き方によっては、自分が書いたことを訂正しなくては。と思っていたんですが、スリラーに関しては、これまでに語られていたストーリーをほぼ踏襲していて、期待したほどの収穫はなく、

総じてファミリーに対しては厳しく、エステートの評価は高く、MJのビジネスは90年代から管理者が次々と変わり、信頼のおけるパートナーを得られなかったことで、下降線を描いたという見方を覆すような展開もありません。

ビジネスに対しても、薬物に関しても、彼の周囲には「NO」と言える人物がいなかった。と嘆く声も、他書と同様でした。

また、MJのマネージャーの中で、特にディーター・ウィズナー(Dieter Wiesner)に対して「虚言傾向のある策士のドイツ人」と、辛辣な表現をしているのですが、そこまでの表現をする理由は、本文や注釈を読んでもよくわからないもので、

ウィズナーは、マイケルはラスベガスのいくつもの施設でクリエイティブコンサルタントを務めていて、ミラージュの火山噴火ショーもベラージオの噴水ショーもMJが考案したのだと言っている。(P276)

ウィズナーを庇う理由はありませんが、彼は自分の業績を大きく語ったのではなく「MJが考案した」と言ってるわけですし、著者は、これらの発言をホテルオーナーに確認して、ウィズナーをペテン師を言っていますが、これと似たようなことは、MJ自身も言っています。



ただ、全体を通して、最後まで飽きることなく夢中で読んだことも他書と同様で、もっとも、私はこれまでマイケル本で読まなければよかったと思ったことはなく、このブログに感想を書いた本の中で、相当低く評価した本でも、読んで損したと思ったことはないんです。

そんなに本を読まない人の中には、誰もが素晴らしいという本を読みたいという人も多いと思いますが、たくさん本を読む習慣をもった人間には、ダメな本も有用な読書だと思うものです。マイケルのようなレベルの読書家なら、やはりそうではないでしょうか。

私は、マイケルの浪費や、ビジネスや人生も、
それと同じではなかったかと思うんですね。

もし、マイケルが誰もがいいと思うようなことだけをやっていたら。。

彼のキャリアの中で大きな痛手になった、数々のことがなかったら。。

たぶん、私は今のように彼に夢中になってはいないでしょう。

私には、彼がステージを降り、
CDを発売しなくなってからの長い期間こそが「宝」のように見えます。

彼は、私たちのような普通の人間には耐えられない悲劇を生きた。

とてつもない天才でありながら、世界中で大衆的な人気を得たマイケルには、今後も悲劇がつきまとうでしょう。

でも、それは、わたしたちが普通の人生から離れることができないからで、彼は自分の思うように生き、自ら悲劇をも招いたのだと思います。

「マイケルは少年の心と天才の思考を持っていた」とベリーゴーディは言う。「とても情に厚く、口調は穏やかで、そして思慮深かった… マイケルはすべてをやりたがり、そしてそれができた。普通の人間には到底できないことが、あの子にはできたんだよ」(2013年2月インタヴュー、序章より


本書に書かれたことで、自分が知らなかったことなどひとつもない。というファンは少ないと思います。私は夢中で読み、やっぱり彼から逃れられないと思いました。



著者は、確かな文章力だけでなく、本文の記述の出所が(注)に記載されていることが魅力的で、私は、あわてて予約して、あとからkindle版が出たことを気づかなかったことだけが残念でした。



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by yomodalite | 2014-06-21 11:34 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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